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企業生成・発展の変動要因としての企業家

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(1)

前稿で検討したように,シュンペーター(Joseph A. Schumpeter)におい ては,「新結合の遂行」ないしはイノベーションの創出機能を担うのが企業 家であった。シュンペーターが生きた戦前から戦後にかけた時期は営利的な

「製品・サービス生産の組織体」=企業が数多く生まれ,また大きく成長した 時期であった。生産財のみならず,消費財を生産する大企業も出現するよう になった。製品やサービスの生産,また生産的消費が大企業において行われ るようになってきたのである。

ところで,こうした大企業も様々な局面でイノベーションを生み,絶えざ る経済的変動に対応しなければやがて経営に行き詰まり,破綻を迎えるであ

企業生成・発展の変動要因としての企業家

(Ⅴ)

―― ドラッカーの所説の検討

!

1:企業家と企業家的な人々 ――

川 上 義 明

はじめに

1.企業内で「企業家的機能を果たす人々・イノベーションを創出す る人々」

2.企業とイノベーション

3.ドラッカーにおける企業家の機能とアントレプレナーシップ 4.企業家的企業と企業家的経済,企業家的社会

むすび

−23−

( 1 )

(2)

ろう。

筆者がこれまで検討したのは,企業家とは何か,どのように各研究者はこ れを規定しているのか,企業家の機能は何と考えられているかということで あった1)

小稿で取り上げるドラッカーは,「いよいよ大組織もイノベーションを行 わなければならなくなった」2)と言い,実際「アントレプレナーシップを発揮 している大企業はかなりある」3)と言い,日本企業ではソニーや本田技研工業,

ヤマハ,京セラ,松下電器産業(現パナソニック)を例にあげている4)。と ころが,筆者が思うに,大企業においては,「新結合の遂行」ないしはイノ ベーション創出機能を自らのリスクのもと行う個人が特定しにくくなった。

そのことを明らかにしているのが,シュンペーターの所説を受けたドラッ カーである。ドラッカーは(「企業内においては」ととくに断らなければな らないが),企業家と企業家的な人々(各経営者・管理者,現場担当者〔と くにはホワイトカラー〕)がイノベーションを創出するとみている。

しかして,そこでは失敗した場合,自ら直接リスクを負う企業家が後退し たかにみえる。だが,筆者がみるところ,ドラッカーが念頭においているの は,失敗した場合自ら直接リスクを負う「本来の企業家」を下敷きとした「企 業家的な人々」である。そして,ドラッカーは(筆者はあえて「企業家精神」

という用語を使用することは避けるけれども)アントレプレナーシップ(en- trepreneurship)の重要性を説くのである。

ドラッカーは企業家概念を後退させるどころかじつは「企業家的な人々」

を強調し,前面に押し出そうとしていると考えてよいであろう。また,ドラッ

1)川上義明[2006年][2007a][2007b][2008年]

2) Drucker [2002], 104.邦訳書,161ページ。引用文は必ずしも邦訳書のとおりとは

していない。以下同じ。

3) Drucker [2002], 103.邦訳書,160ページ。

4) Drucker [2002], 94.邦訳書,152ページ。

−24−

( 2 )

(3)

カーは「知の巨人」として,その関心は実に多面的である。経営学者として 企業とそのマネジメントを研究し,大学で講義し,そして政治学も講義し,

哲学者でもあり,文筆家であり,コンサルタントでもあった。

したがってといってよいであろう,マクロ的には「企業家的経済」を説い ている。今日では,企業(家)の範疇を超えてさらに広く「社会企業家」

(social entrepreneur)が議論されることもあるけれども,ドラッカーは「企 業家的社会」を説いている。

そこで,以下,小稿ではドラッカーがどのように企業家や企業家的な人々 を捉えているのか,彼の数多くの文献の中からとくに「3大古典経営書」5) いわれる著作に加えて,The Age of Discontinuity(19,邦訳書名は『断絶 の時代』)およびThe Innovation and Entrepreneurship(15,『新訳 イノベー ションと起業家精神』6)を中心に検討を加えてみたい。

1.企業内で「企業家的機能を果たす人々・イノベーションを創出する 人々」

!

顧客主権論

一般的に言って,若い経済発展段階においては(日本もそうだったけれど も),生産財を生産する企業が主要な企業であった。ところが,経済が成熟 していくようになると今度は消費財やサービスを生産する企業も主要な企業 の1つとなる。この段階になるとこうした企業は消費財の販路の開拓・マー ケティングに敏感にならざるを得なくなる。

ところで,筆者が理解するところ,企業は誰のために経営されるべきかと 5) Drucker [1954],[1964],[1967]。

6)本書では新訳を参照したが,以下,entrepreneurは「企業家」と訳している。ま た,entrepreneurshipは「企業家精神」と訳してもあるいは「起業家精神」と訳して も,ここでは真意が伝わらないと考えるので,そのまま「アントレプレナーシッ プ」としている。なお,邦訳者は,新新訳(2007年)では,entrepreneurは「企業

家」にentrepreneurshipは「企業家精神」に訳語を「戻して」いる。

企業生成・発展の変動要因としての企業家(Ⅴ)(川上) −25−

( 3 )

(4)

いう問いに対して次のような解答が与えられるであろう。

①アングロサクソン(英国系)諸国に多いのだが,企業はその所有者(出 資者)のために存在する。したがって,その所有者(出資者)のために 企業は経営すべきであるという解答である。これを「所有者・出資者主 権論」と呼ぼう。

②次に,ことに従来からみられた日本の議論においては,企業は従業員の ためにある ―― 従業員のために経営すべきであるという議論がある。こ れを「従業員主権説」と呼ぼう。

③さらには,近年の日本における議論によくみられるようになっているの が,企業は,出資者,債権者,従業員,労働組合,仕入先企業,製品納 入先企業,顧客,地域社会,政府(国・地方自治体)といったステーク ホルダー(利害関係者集団)の間でバランスのとれた経営をすべきであ るとする解答である。これを「ステークホルダー主権論」と呼ぼう。

④これに対して,ドラッカーは,The Practice of Management(邦訳『現代 の経営』)においても,そしてその10年後に出されたManagement for Re-

sults(14,『創造する経営者』)においても,企業は顧客のために存在

するという,顧客のための経営を説く。企業の目的は自らの顧客創造に あるとする(The purpose of a business is to create a customer)7) 8)。ドラッ カーは顧客を創造する経営を説くのである。これを「顧客主権論」と呼 ぼう。

ドラッカーの場合,組織 ―― 筆者の用語を使えば営利的であろうが非営利 的であろうが何らかの「製品・サービス生産の組織体」―― が存在する理由 は社会における機関として社会に貢献することにある。1組織(体)として 企業(営利の「製品・サービス生産の組織体」)も社会における1機関であ

7) Drucker [1954], p.37.邦訳書(上),46ページ。

8) Drucker [1964], p.91.邦訳書,126〜127ページ。

−26−

( 4 )

(5)

る。したがって,企業の目的は企業それ自身にあるのではなく社会に貢献す ることになければならなくなる。

つまり,ドラッカーは企業が顧客の諸要求を充足するために,社会は企業 に対して富を作り出す(経営)資源を委託しているとみる。企業は,所有者・

出資者・株主,従業員のためにあるのではなくて,社会の中の1機関として 存在し,「顧客の創造」を目的とするというわけである。

企業は,これまで人々がまったく感じていなかった欲求を,公告やセール スマンシップの発揮,あるいは新製品の投入によって創造する。なぜなら,

商品ないしはサービスに喜んで金を支払い,経済的資源を富に転嫁し,物を 商品化するのは顧客をおいて他にないからである。顧客が企業の基礎であり,

企業の存続を支えるのである9)

このように,ドラッカーは企業の目的が顧客創造にあるという,筆者が言 う「顧客主権論」の立場から企業そのものとそのマネジメントを説くのであ る。

!

企業の基本的機能 a.マーケティング

ドラッカーはこの「顧客主権論」の立場から,あらゆる企業の基本的機能 としてのマーケティングとイノベーションを説く10) (補注)

(補注)邦訳書では,明らかではないが,ドラッカーはこの2つの機能(function)

を「企業(business enterprise)の機能」であるとし,またまさに「企業家的機 能」(entrepreneurial function)であるとしている11)

シュンペーターから受け継いだ「企業家」概念がドラッカーの念頭にある ことをここから窺い知ることができる。

9) Drucker [1954], p.37.邦訳書(上),47〜48ページ。

10) Drucker [1954], p.37.邦訳書(上),49ページ。

11) Drucker [1954], p.37.邦訳書(上),49ページ。

企業生成・発展の変動要因としての企業家(Ⅴ)(川上) −27−

( 5 )

(6)

企業は生産した製品をただ販売すればよいのではない。顧客(市場)が必 要とする製品を生産し,販売するのが企業の機能になるというわけである。

ここにドラッカーは,マーケティングは企業独特の機能であると位置づける。

すなわち,マーケティングを他の人間組織と企業とを区別するメルクマール であるとしている。けだし,教会,軍隊,学校,国家といった組織はマーケ ティングを行わないというのである12) (補注)

(補注)と,このようにドラッカーは言うのだが,ところで,仮に非営利の「サー ビス生産の組織体」の中には,今日ではとくにマーケティングが重要な役割 を果たす場合もあるであろう。この点,筆者としては強調しておきたい。

このように,ドラッカーはマーケティングをおよそどの企業の場合でも企 業の第1の機能とするのである。

b.イノベーション

イーダスハイム(Elizabeth H. Edersheim)も指摘しているが,多くの著作 からみて,ドラッカーの経営思想においてはイノベーションが中核の位置を 占めている13)。ドラッカーは企業の第1の機能であるマーケティングに次い で第2の機能をイノベーションの創出に求める。曰く。「企業は発展的な経 済あるいは少なくとも変動を自然的で望ましいと考える経済の中においての み存在することができる」14)と。

つまり,企業は製品やサービスを商品として提供すればそれで十分なので はない。「顧客主権論」からいっても,企業は絶えずより品質・性能のよい,

より価格の安い製品やサービスを提供しなければならない。「ここでは企業 と関わってと断らなければならないのであろうが」,ドラッカーによれば,

12) Drucker [1954], pp.3738.邦訳書(上),49ページ。

13) Edersheim [2007], p.83.邦訳書,77ページ。

14) Drucker [1954], p.39.邦訳書(上),52ページ。

−28−

( 6 )

(7)

イノベーションとは,より品質・性能のよい,より経済的な商品やサービス を供給することである15)。イーダスハイムもいうように,顧客が期待してい る製品やサービスを売り出したとしても,それはイノベーションではない16) 真のイノベーションとは,顧客の期待を変えるものなのである17)

例えばデザインや製品,マーケティング技術,価格,顧客サービス,経営 組織,経営手法等々,イノベーションは企業のあらゆる面で行われるし18) また,製造業企業のみならず商社,銀行,保険会社,小売店,運輸企業など 様々な分野においてもイノベーションがみられる19)

ドラッカーにおいては,すぐ上でみたように企業は顧客のために存在する という「顧客主権論」にある。イノベーションに関連してもドラッカーは「顧 客主権論」を説く。市場または顧客の新たな必要からイノベーションが生じ るとみるからである。「必要はイノベーションの母」20)というわけである。

!

イノベーションの創出機能を持つ人々=イノベーター

シュンペーターにおいては,「イノベーションを創出する人々は企業家」

であった。企業内においてと,忘れずに断っておかねばならないのだろうが,

ドラッカーがみるところ,「イノベーションは企業内の技術陣や研究機関の みに関係するのではない。企業のあらゆる部門,あらゆる機能〔部門〕,あ らゆる活動に関わりを持っている」21)のである。

こうして,みていくと企業家がイノベーションを創出するというよりも,

企業内の様々な局面において(あらゆる経営管理階層および現場担当者(と

15) Drucker [1954], p.39.邦訳書(上),52ページ。

16) Edersheim [2007], p.85.邦訳書,80ページ。

17) Edersheim [2007], p.83.邦訳書,78ページ。

18) Drucker [1954], p.40.邦訳書(上),52ページ。

19) Drucker [1954], p.40.邦訳書(上),53ページ。

20) Drucker [1954], pp.6869.邦訳書(上),97ページ。

21) Drucker [1954], p.40.邦訳書(上),53ページ。 〕内は筆者による。

企業生成・発展の変動要因としての企業家(Ⅴ)(川上) −29−

( 7 )

(8)

くにはホワイトカラー)において,そしてあらゆる職能部門において),そ この経営者や管理者,現場担当者(とくにはホワイトカラー)がイノベー ションを引き起こすとドラッカーはみていることが分かるであろう。

ドラッカーは企業と関わっては顧客主権論の立場から先でみたようにイノ ベーションを定義しているのだが,さらに興味深いところでは,ドラッカー が①新しい便宜(convenience)や②新しい欲求の創出,③旧来の製品に新し い用途を見出すことをイノベーションの内容として与えていることである。

例えば,ある販売員が(食物の冷蔵や冷凍のためにではなく),なんと凍結 防止のために22),エスキモーの人々に冷蔵庫の売り込みに成功したならば,

彼はまったく新しい製法を編み出した者あるいは新しい製品を発明した者に も比肩するイノベーションを創出したものとみる。そうして,ドラッカーは 彼を「イノベーター」と呼ぶのである23) (補注)

(補注)ドラッカーは,The Age of Discontinuity『断絶の時代』)において,真の イノベーターとしてフォード(Henry Ford)を挙げている。彼は自動車を発 明したのでも,自動車を生産するための機械,道具,新製品,製法に関する 特許を何1つ取得してはいないのだが,紛れもなく彼は大量生産,大量市場,

ごく低い利潤性等々で(顧客に)貢献したからである。概して,イノベーター

(=企業家ないしは企業家的な人々)がもたらす知覚力(perception)のイン パクトは大きいとみるのである24)

『現代の経営』においては,企業内に「企業家」を見出そうとするのでは なく,企業家的な経営者・管理者,また企業家的な現場担当者(とくにはホ ワイトカラー)がイノベーターとしてイノベーション創出機能を果たしてい 22)筆者も経験したことがあるが,寒い地方に住み始めて,冬,ビン入りジュース をよく冷やそうとベランダにおいていたら凍結してそのビンは割れてしまったこ とがあった。その時以来,ビン入りジュースは部屋に置いた冷蔵庫に保管するこ とにした思い出がある

23) Drucker [1954], p.40. 52ページ。

24) Drucker [1969], p.44.邦訳書,62〜63ページ。

−20−

( 8 )

(9)

くことが描かれているとみてよいであろう。

2.企業とイノベーション

!

企業家とアントレプレナーシップ研究の一般化

筆者がかつて示したように25)『現代の経営』が出版された頃はいまだ「企 業家」や「アントレプレナーシップ」「イノベーション」に関する研究は盛 んではなかった。というよりほとんどなかった。こうした研究分野はいまだ

「市民権」を得ていなかったといってよいであろう。ところが,10年代に なるとこれらの研究はそうとう行われるようになった。一般化していったと いってよいであろう。ドラッカーのInnovation and Entrepreneurship『新訳 イノベーションと起業家精神』)が出版されたのはちょうどその頃であった。

前述のごとく,『現代の経営』においては,企業の基本的機能はマーケティ ングとイノベーションであった。ドラッカーはすでにManagement Tomorrow

(12,邦訳書名は『新しい経営行動の探求』)の中で先進国企業はもちろん 発展途上国企業におけるアントレプレナーシップの重要性を指摘していたが,

その後,イノベーション(研究)が一般化した段階で,『新訳 イノベーショ ンと起業家精神』においてイノベーションとさらにはアントレプレナーシッ プを大きく取り上げている。

!

企業内におけるイノベーションの意義

ドラッカーが言うには,革新的でない企業(すなわち,イノベーションを 創出できない企業)は必然的に衰退していく。とくに急速な変化の時代にお いては,その衰退の速度は速い26)

ところで,イノベーションは自然発生的に生まれるのではない。ドラッカー

25)川上義明[2006年],160ページの「図表2−2」を参照。

26) Drucker [1985b], p.149.邦訳書(下),12ページ。

企業生成・発展の変動要因としての企業家(Ⅴ)(川上) −21−

( 9 )

(10)

は言う。「もし,ある組織でイノベーションがうまく生まれないとすれば,

そのことは組織がそれを抑制しているからである」27)。つまり,イノベーショ ンは「自然発生的なもの」(natural)でも「自然の創造物」(creative)でもな い。それは〔企業ないしは組織内での一定の〕仕事(work)なのである」28)

!

ドラッカーにおけるイノベーションの源泉

ドラッカーは,かねて顧客からみた経営を説いている。したがって,イノ ベーションについてもこうした立論から次のように定義する。すなわち,「イ ノベーションとは技術〔に関わる用語〕というよりもむしろ経済的ないしは 社会的用語である。イノベーションとは,供給に関わる用語というよりも需 要に関わる用語すなわち消費者が資源から得られる価値や満足を買えるこ と」29)であると。

なお,企業におけるイノベーションとは,「単なる発明,発見ではなく,

それを実際に生産し,資金を回収し,利益を出すというビジネス・モデルを 構築すること」に関わるといってよいであろう。

さて,イノベーションが偶然の産物でもばらばらな存在でもないとすれば,

それはどのような源泉(ソース)から体系化されるのだろうか。

1つの考え方は,市場がイノベーションのアイデアを生む最も効力がある 源泉であるということであるが30),こうした見方とは別にドラッカーは7つ の源泉(ソース)を挙げる。いま,それを表にまとめると図表2−1のよう になるであろう。

27) Drucker [1985b], p.150.邦訳書(下),13ページ。

28) Drucker [1985b], p.150.邦訳書(下),13ページ。 〕内は筆者による。

29) Drucker [1985b], p.33.邦訳書(上),49ページ。 〕内は筆者による。これとは 別に,ドラッカーはイノベーションとは,「テクノロジーではなくて,組織を革新 させる経営管理の技術,ノウハウ」なのであるとしている ―― ドラッカー[1986 年],8ページ。

30) Drucker [1969], p.47.邦訳書,66ページ。

−22−

( 10 )

(11)

こうして,企業(営利を目的とする製品・サービス生産の組織体)やある いは公的サービス機関(非営利のサービス生産の組織体)は,顧客志向の観 点から,それ自身のあるいは当該産業内外のイノベーションの源泉から自社 ないしは自組織に適当なイノベーションを創出していくことになるのである。

!

企業内におけるイノベーター

このように企業内における仕事としてのイノベーションを創出する人々は,

ドラッカーにおいては,上でみたイノベーターである。

ところで,イノベーターたるには一定の条件が必要となるであろう。実際,

それについてドラッカーは次のように言う。「イノベーションを行うには知 図表2−1 イノベーションの源泉(ソース)

イノベーションの源泉

(ソース) 生じる場

①予期せぬもの:予期せぬ 成功・失敗・出来事

産業・企業・公的 サービス機関内

②不一致:現実とあるべき 規範との不一致

③プロセスにおけるニーズ

植字作業,ロボット,写真,写真 フ ィ ル ム,電 球,視 線 誘 導 標,

ニュース週刊誌

④産業構造,市場構造の 変化

半熟練工による大量生産,自動車 のフルライン生産,ニッチ自動車 市場(ボルボ,BMW,ポルシェ)

⑤人口の変化

産業・企業外

⑥ものの見方・感じ方・

考え方の変化

健康雑誌,中流階級子弟向け百科 事典

⑦科学的・非科学的分野に おける新知識

サルファ剤,ディーゼルエンジン,

コンピュータ,オートメーション,

真空管(ラジオ),ペニシリン

(注)信頼性と確実性が高い順に並べた。

(資料)Drucker[15],第2章および第9章より筆者作成。

企業生成・発展の変動要因としての企業家(Ⅴ)(川上) −23−

( 11 )

(12)

識が必要であり,創造性を必要とすることも多い。イノベーションを行うに は才能や素地が必要となり,勤勉さと持続性,それに献身性を必要とする。

これらがなければ,いかなる知識も創造性も才能も無駄となる」31)と。

ではそのイノベーターは具体的には誰なのであろうか。ドラッカーはその 所論において経営者を「現代社会における指導的な機関」とみているから,

考えられるのは,まずイノベーターの1人は経営者ということになるであろ (補注)

(補注)ドラッカーは言う。経営者とは,①「事業の経営」と②「管理者の管理」

③「労働者とその仕事の管理」といった目的を同時的に果たしていく機関(or- gan)なのである32)と。

『現代の経営』で,ドラッカーは自由競争経済においては,経営者の能力と 実行力が企業の成否を左右するないしは企業が生き延びるかどうかを決定す るとする。

ドラッカーは経営者をあらゆる企業においてダイナミックで,その企業に 生命力を吹き込む要素とみる。「経営者のリーダーシップなしには,生産資源 は単なる(いってみれば地中に埋もれた)資源に留まり,なんら生産に寄与 することはできない」33)と,このようにドラッカーは経営者を企業にとって必 要不可欠の存在であると位置づけるのである。

さらには,経営者を社会的にみればどうか。経営者は資源(今日言う,経 営資源)を活用すること,すなわち組織的に経済を発展せしめる責任をとく に社会から委託された機関であるとみている34)

むろん,この3つの職能のうち,どの職能が他の職能に優先するとか,あ るいは他よりも高度のスキルと能力(competence)を必要とするというわけ ではないであろう35)

ドラッカーはイノベーションに関して,トップ・マネジメント層に責任を 持たせようとする。この場合,トップ・マネジメントは自らイノベーション を創出するというよりも,誰にそれを担当させるか,見込みのない場合には

31) Drucker [1985b], pp.138139.邦訳書(上),221〜223ページ。

32) Drucker [1954], p.17.邦訳書(上),22ページ。

33) Drucker [1954], p.3.邦訳書(上),2ページ。 〕内は筆者による。

34) Drucker [1954], p.4.邦訳書(上),4ページ。

35) Drucker [1954], p.16.邦訳書(上),21ページ。

−24−

( 12 )

(13)

中止させるか意思決定をする立場にあることも多いであろう。

実際,ドラッカーは言っている。経営者は「どのイノベーションに力を入 れ,推進すべきか」「どのイノベーションが新しい機会をもたらすか」,逆に

「どのイノベーションが期待どおりに進んでいないか」「それらのイノベー ションはどうすべきか,あきらめるべきか,期限つきでさらに努力すべきか。

ただし,いかなる期待のもとにおいてか」を考慮に入れなければならない 36)。また,同時に複数の革新的な仕事を手がけている企業は(通常,大企 業だが),トップマネジメント・グループの1人が直接革新的な仕事のすべ てを担当するといってよい37)。このイノベーションを担当する人々は,もっ ぱら生まれたプロジェクトを代表すべきで,そして見込みがなければ中止を 意思決定できる高い地位にいなければならないと38)

このように,ドラッカーは経営者・管理者(マネジャー)にイノベーショ ン(に関する仕事)を担当させようとする。というのも,イノベーションの 試みはすべて成功するとは限らないからである。イノベーション(革新的な 仕事)にはリスクが伴い,冒険的な場合も少なくないであろう。したがって,

その責任を引き受けられる経営層が重要になる。筆者が考えるにこうした企 業家的な人々(経営者・管理者)をドラッカーは「企業家的経営者・管理 者」(企業家的マネジャー)と呼ぶのである。

そして,企業の各経営・管理者を「新しいものを求める存在」(rerum no- varum cupidus)ならしめねばならないとする。そして,イノベーションは「経 営・管理者にとって魅力的で利益をもたらすようにされなければならないの である。なぜなら,イノベーションがその組織を守り,永続させるべき最良 の手段であり,個々の管理者のジョブ・セキュリティと成功のための基礎だ

36) Drucker [1985b], p.160.邦訳書(下),28ページ。

37) Drucker [1985b], p.164.邦訳書(下),34ページ。

38) Drucker [1985b], p.164.邦訳書(下),35ページ。

企業生成・発展の変動要因としての企業家(Ⅴ)(川上) −25−

( 13 )

(14)

からである39)

以上のような条件を満たす人々(=イノベーター,=企業家的な人々)は トップ・マネジメントに限るまい。先にエスキモーに冷蔵庫を販売したセー ルスマンの例をみたが,イノベーターは企業内の経営管理階層において下層 にも及ぶであろう。だが,ドラッカーが現場作業者(ブルーカラー)にも企 業家的な人々(=イノベーター)を見出すのかどうかについては明言できな い。

3.ドラッカーにおける企業家の機能とアントレプレナーシップ

『現代の経営』では,経営者,管理者が前面に出され,従来の「企業家」

は無視されているとは言わないけれども少なくとも後退しているように思わ れた。だが,先に指摘したように,ドラッカーは『新訳 イノベーションと 起業家精神』においては,急速な変化の時代においては,イノベーションを 創出しない企業は必然的に衰退していくと説く。そのイノベーションを創出 するのがイノベーター,言ってみれば本来の企業家概念を下敷きとした「企 業家的な人々」である。

では,そもそもドラッカーは「企業家」をどのようにみているのであろう か。

!

ドラッカーにおける「企業家」の規定

前にも示しておいたが40)「entrepreneur」とは,もともと「仕事を引き受 ける人々」(請負人,仲介者,興行主,勧進元)を意味した。もう少し詳し くは,entrepreneurとは,「事業を始めることによってないしは事業を経営す ることによって,とくにはこの事業が金融上のリスクを伴う時に,もうけを

39) Drucker [1985b], p.151.邦訳書(下),14〜15ページ。

40)川上義明[2006年]

−26−

( 14 )

(15)

得る者」とされる41)。ふつうentrepreneurは日本では「企業家」(最近では好 んで「起業家」)と訳される。

ドラッカーの場合は主として大企業を扱っているということもあって,企 業家の規定の仕方も独特である。まず,「企業家とはイノベーションを行う。

イノベーションは富を創出すべく新しい能力を資源に与える。イノベーショ ンは,実際,資源を創出する」42)と捉えられているのである(補注)

(補注)ここに「資源」とは,ドラッカーの場合以下のような意味合いで用いら れている。

「人が利用法を見つけ出し,経済的な価値を与えないかぎり,何ものも『資 源』とはならない。どの植物も雑草にすぎず,どの鉱物も岩にすぎない。地 表にしみ出る原油やアルミニウムの原料であるボーキサイトが資源になった のは,1世紀少々前のことである。それまでは,単に地力を損なう厄介物に すぎなかった」43)

したがって,ドラッカーの場合,自らリスクを負うという点では他の論者 と一致しているのだが,ところで(シュンペーターも然りだったけれども)

所有者(出資者)が必ずしも企業家なのではない。

ドラッカーがみるところ,企業家は他のあらゆる経済活動(そしてほとん どの非経済活動)と同じように資本(資金)を必要とする。しかし,企業家 は資本家であるとは限らない。投資家であるとも限らない。もちろん,企業 家はリスクを引き受ける。だが,経済活動に関わるものは誰でもリスクを引

41)川上義明[2006年],161ページ。

42) Drucker [1985b], p.30. 邦訳書(上),45ページ。なお,他のところでは,企業家 を次のように規定している。すなわち,企業家とは,「企業に新しいキャパシティ を与える人物」である ―― ドラッカー[1986年],8ページ。また,中堅企業・小 企業はもとより,大企業においても「イノベーションの機会を見出し,組織を革 新へと導く法則を手中におさめて,かつ実行できる人間が『企業家』」である ― ドラッカー[1986年],15ページ。

43) Drucker [1985b], p.30.邦訳書(上),44〜45ページ。

企業生成・発展の変動要因としての企業家(Ⅴ)(川上) −27−

( 15 )

(16)

き受ける。経済活動の本質は現在の資源を将来の期待のために使うことであ り,不確実性とリスクを意味する。企業家は雇用者であるとは限らず,むし ろ被用者であり得る。ないしは,全く独立した個人でもあり得る44)と,この ようにドラッカーは独自の視点から「企業家」を規定するのである。

ドラッカーが言うところ,企業家にとってイノベーションは目的ではない。

手段・道具なのである。曰く。「イノベーションとは,企業家に特有の道具

(tool)であり,様々な事業ないしはサービスへの機会に変化を利用する手 段である。それは体系として表現でき,学ぶことができ,実践することがで きる」45)と。

!

アントレプレナーシップ

a.一定の心理的特質を持つ企業家の活動=アントレプレナーシップ 先に筆者が確認したとおり46),10年代も中ごろになるとアントレプレ ナーシップに関する研究が多くみられるようになった。それ以降もアントレ プレナーシップに関してじつに多くの研究がみられる(補注)

(補注1)小稿で検討する『新訳 イノベーションと起業家精神』が出されたの はちょうどこの頃,すなわち15年のことであった。

アントレプレナーシップ(entrepreneurship)はよく「企業家精神」という 訳語が充てられるが,筆者はあえてこの訳語を使用することは避けることに する。というのも,アントレプレナーシップが企業家の精神状態を指すだけ ではないからである。もし訳すとすれば長くなるけれども「企業家が持つ精 神的態度とそれにドライブされた活動」とするのが適切であると考えられる からである(注6)も参照)。なお,アントレプレナーシップがもたらすもの,

44) Drucker [1985b], p.25.邦訳書(上),37ページ。

45) Drucker [1985b], p.19. 邦訳書(上),29ページ。企業はいかにアントレプレナー シップやイノベーションのために人を配置すべきなのだろうか。「企業家」といっ た人々はいるのだろうか。彼らは特別な人種なのだろうか。……イノベーション についての実践は誰でも学ぶことができる ―Drucker [1985], p.170. 邦訳書(下)

44ページ。

46)川上義明[2006年],160ページ。

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(17)

結果がイノベーションである47)

(補注2)英語で「-ship」とは,名詞につけて,①状態,性質,②身分,地位,

③能力,技量,④集合体をあらわす(Oxford Advanced Learner’s Dictionary, 2000 による)

それゆえにといってもよいであろう,由井常彦教授は,アントレプレナー シップそれ自体は「企業者主体の機能あるいは活動を意味すると同時に,主 体そのものの性能・資質を意味する概念であって,言い換えれば,経済成長 に作用する革新的な勢力(フォース)であるとともに,その文化的性質をも 示すものであるとしている48)

また,土屋喬雄教授と由井常彦教授は,ヒルシュマイアー(Johannes Hirsch- meir)のThe Origins of Entrepreneurship in Meiji Japan(文字どおり訳せば『明 治期日本におけるアントレプレナーシップの始まり』となるであろう)を『日 本における企業者精神の生成』と訳している。

このことについて,由井教授は,「邦訳書の表題では,アントレプレナーシッ プを便宜的に企業者精神とした。これは本書の眼目が,明治期の民間ビジネ スにおける企業者の精神の生成過程に焦点が置かれていると思われるからで ある」49)が,企業者活動は統計的数量的には把握できない人間的な機能・資質 であり,「厳密には適当ではない」50)としている。

では,ドラッカーはアントレプレナーシップについてどのようにみている であろうか。

ドラッカーはThe Age of Discontinuity(19年,『断絶の時代』)において,

次のように言っている。

すなわち,時代は今やアントレプレナーシップの強調される時代に突入し つつある。しかしながら,そのアントレプレナーシップは1世紀前のものと は異なる。すなわち1人の人間「本来の企業家」といってもよいであろう

― 川上)が自分で経営し,管理し,その支配下におく事業を組織する能力

47)ドラッカーは「企業家に共通するものは,体系的にイノベーションを行ってい ることであり」「イノベーションは企業家に特有の機能である」としているとこ ろがある(Drucker [1985b], p.67. 邦訳書,352ページ)から,1人企業家のみがイ ノベーションを創出すると読みとれそうだが,以下の行論から明らかになるよう に,筆者は,企業家と企業家的な人々(両方を併せてイノベーターといってもよ い)が,イノベーションを創出する機能を持っていると理解することにする。

48)由井常彦[1965年],264ページ。

49)由井常彦[1965年],264ページ。

50)由井常彦[1965年],265ページ。

企業生成・発展の変動要因としての企業家(Ⅴ)(川上) −29−

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とは異なっている。むしろ将来に向かって,組織を創造し,それを指導する という能力であろう。(今や)過去50年間にわたって築かれた経営基盤の上 に,新しいアントレプレナーシップ構造を構築していける人間(企業家ない しは企業家的な人々 ―― 川上)を必要としている51)

そして,1人の企業家の段階から出発して,経営者・管理者(manager)(の 段階)へと進み,そして今や次元は高いが再びもとのアントレプレナーシッ プ(が重要な役割を果たす段階)へと進もうとしている52)

このように,螺旋的に時代は移り変わり,規模の大きい企業が出現する段 階になって再度アントレプレナーシップが重要性を増す時代になったという のである。

そして,この指摘から16年後ドラッカーは,『新訳 イノベーションと起 業家精神』の中で,アントレプレナーシップとは,「個人であれ,機関であ れ,独特の特性である。それは人的特質(trait)ではない。・・意思決定を 行おうとする者は誰でも学ぶことで企業家であることができるし,企業家と して行動することができる。アントレプレナーシップとは,人的特質なので はなく,行動なのである」53)とする。

ドラッカーは,アントレプレナーシップを企業家のないしは企業家的な 人々の「精神」とするのではない。独特の特性に基づく企業家の行動である としている。

その上で,ドラッカーはアントレプレナーシップは,「経済に関する理論 や社会に関する理論に基づいているとする。その理論とは,変化を正常でか つ健全なこととみる。その理論は社会・経済の中に大きな課題をみつける。

すでに行われてことをうまくやるよりもむしろ何か異なった方法でやること

51) Drucker [1969], pp.3940.邦訳書,56ページ。

52) Drucker [1969], p.40.邦訳書,56ページ。

53) Drucker [1985b], p.26.邦訳書(上),37〜38ページ。

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である。〔このことは〕20年前にセイ〔Jean B. Say〕が基本的に意味したこ とである。〔加えて〕シュンペーターが明らかにしたように,企業家の課題 は『創造的破壊』なのである」54)と,このように,ドラッカーはアントレプ レナーシップの革新的な活動の側面を強調している。

b.アントレプレナーシップにおけるマネジメントの必要性

筆者も「企業家=リスク・テーカー」であると考えるが,アントレプレナー シップを語る際,「危険負担」を口にしないものはない。ところが,ドラッ カーは「進んで多くの危険を負担する」のが企業家であるとは考えない。と いうのも,アントレプレナーシップが「リスキー」なのは,企業家が自分が 何をなすべきか,方法論を知らず,初歩的でかつよく知られているルールに 反していると考えられるからである55)

つまり,行き当たりばったりではなく,マネジメントの対象とし,リスク を最小化し,その上で進んでそのリスクを引き受けるのが企業家というわけ である。「企業家たらんとするものは,方法論や理論を学ぶべきである」と ドラッカーは言いたいのである。

ドラッカーによれば,実際,アントレプレナーシップは体系化することが できるのである56)。こうして,意識的に努力し,方法論や理論を学べばアン トレプレナーシップはいかなる企業においても実現することができる57),と ドラッカーは言う。

筆者に言わせてもらえば,一定の能力や資質を備えたものであれば,「企 業家的」足りえるということになるであろう。

54) Drucker [1985b], p.26.邦訳書,38ページ。 〕内は筆者による。

55) Drucker [1985b], p.29.邦訳書,43ページ。

56) Drucker [1985b], p.".邦訳書(上)「まえがき」!ページ。

57) Drucker [1985b], p.150.邦訳書(下),13ページ。

企業生成・発展の変動要因としての企業家(Ⅴ)(川上) −21−

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規模の大きい企業におけるアントレプレナーシップ

アントレプレナーシップという用語は,もともとの意味合いから新規の小 企業と重ね合わせて用いられることが多い。だが,今日ではそうとばかりは 限らない。

ドラッカーは,企業規模や企業年齢によって,イノベーター(企業家や企 業家的な人々)の状況が異なるとはみていない。規模の小さい企業はもちろ ん,「企業家やイノベーターがうまくことを行っている多数の大企業があ る」58)というのである(補注)

(補注)ドラッカーの場合もその叙述の対象が大企業であることが多く,したがっ て大企業の中に企業家ないしは「企業家的経営者・管理者」(企業家的マネ ジャー)を見出している。「アントレプレナーシップは大企業でそれもしばし ば歴史のある企業で実践されつつある。〔ちなみに〕ゼネラル・エレクトリッ ク社は,新規の企業家的ビジネスをゼロからスタートさせ,それをかなりの 産業に育てあげ」59)ていると。

4.企業家的企業と企業家的経済,企業家的社会

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企業家的企業

ドラッカーが『現代の経営』で研究対象としたのは1人,企業だけであっ たといってよい。ところがその後,筆者の用語を使えば営利の「製品・サー ビス生産の組織体」=企業のみならず,非営利の「サービス生産の組織体」 公的サービス機関をも考察の対象にしている。『新訳 イノベーションと起 業家精神』においても然りである。

たしかに,官僚制でかつ保守主義の大企業は多い。しかし,ドラッカーが みるところ,そのことがアントレプレナーシップやイノベーションの障害と なるわけではない。多くの巨大企業の中には企業家的企業がある。世界中に

58) Drucker [1985b], p.147.邦訳書(下),9ページ。

59) Drucker [1985b], p.22.邦訳書,32〜33ページ。 〕内は筆者による。

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は,企業家的企業が優に10社を超え,また革新的な大組織の公的サービス 機関がみられると60)

とはいえ,たいていの米国の企業家的企業は,10年代半ばの売上高が5 億ドル程度の中規模企業である。既存の「小企業」は,企業家的企業のリス トにはあまり入ってこない61)

このように,一般的にというよりも限定的であるのだが,ドラッカーは米 国における企業家的企業の存在を指摘するのである。

!

企業家的経済の到来

次いで,ドラッカーは米国における企業家的経済を論じる。一言では言い 尽くせないが,マネジメントの新規適用によって,経済的,技術的な変化が 起き,同時に文化的,心理的な変化が起き,その結果として米国において「企 業家的経済」(entrepreneurial economy)が出現した。つまり,米国において,

企業家的経済の出現を可能ならしめたのは,マネジメントの新規適用であっ たというのである62)

ドラッカーはこのように米国経済は(米国的現象として),企業家的経済 にあるとする。つまり,「米国における真の企業家的経済の出現こそ,最近

〔10年代前半〕の経済と社会の歴史における最も希望に満ちた現象である と考えられる」というのである63)

0年以降,ことに79年以降において米国は企業家的経済に移行してい 64)

ドラッカー自身は定義していないけれども,彼の論旨に沿って筆者がみる 60) Drucker [1985b], p.148.邦訳書(下),10ページ。

61) Drucker [1985b], p.148.邦訳書(下),10〜11ページ。この点については,額面ど おりに受け取ってよいのかどうか,稿を改めて論じてみたい。

62) Drucker [1954], p.14.邦訳書(上),22ページ。

63) Drucker [1985b], p.#.邦訳書,「まえがき」"ページ。

64) Drucker [1984], p.59.邦訳書,340ページ。

企業生成・発展の変動要因としての企業家(Ⅴ)(川上) −23−

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ところ,企業家的経済とは, 多くの部門が企業家ないしは企業家的な人々

(両者を合わせてイノベーターといってもよい)に牽引された経済 のこと である。

これらの人々はアントレプレナーシップの保持者である。したがって,企 業家的経済は「新しいものを創造するというアントレプレナーシップに率い られた経済」65)であると言い換えることができるであろう。ただし,企業家 的経済を構成しているのはハイテク分野に限らずその他多くの産業分野であ 66)

企業家的経済が主として米国だけに存在するのか,それとも他の先進工業 諸国にもみられるようになるのかはまだ分からない,とドラッカーはみる。

日本では独自の形態をとるのかもしれないが,企業家的経済の出現を予感さ せるだけの理由はあるする。しかし,西欧で企業家的経済への移行が行われ るかどうか今のところ言えないと67)

ドラッカーが言いたいところ,米国において起りつつあることは,「管理 者経済」(managerial economy)から企業家的経済への移行である68)。このよ うに,ドラッカーは米国が(15年時点で)企業家的経済にあるとするので ある。

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企業家的社会の到来 ―― 古典的企業家への回帰? ―

企業家や企業家的な人々は,いずれもアントレプレナーシップの保有者で ある。筆者の用語を使えば,何も彼らは営利的「製品・サービス生産の組織 体」とだけ関わるのではない。非営利的な「サービス生産の組織体」とも当 然関わる。

65) Drucker [1984], p.60.邦訳書,343ページ。

66) Drucker [1984], p.64.邦訳書,348ページ。

67) Drucker [1985b], p.7.邦訳書,11ページ。

68) Drucker [1954], p.1.邦訳書(上),1ページ。

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参照

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