実践事例
著者 小林 真人
雑誌名 研究紀要 : 共に創りあげる授業
巻 20
ページ 56‑72
発行年 2020‑03
出版者 静岡大学教育学部附属静岡中学校
URL http://doi.org/10.14945/00027149
実践事例
1 題材名 ガムランの鑑賞を起点とした創作
―ボウルで奏でるオリジナルガムラン―(第3学年)
2 題材の目標
音楽は背景となる文化や歴史などと関わり合う中で生み出され,育まれてきたと認識している子どもた ちが,「ガムランに登場する役割の異なる様々な音色」「拍節周期やガムランならではの旋律などの様々な 音型の多様な関わり合いによる音の重なり方」やそれらの関連を知覚し,その働きが生み出す特質や雰囲気 を感受しながら,ガムランの鑑賞を深めたり,ボウルでガムランのような音楽を創作したりすることを通し て,ガムランならではの音楽表現のよさや美しさを味わう。また,音楽の多様性や固有性の尊さに気づき,
音楽文化に対する価値観を広げる。
3 題材観
(1) 音楽の多様性や固有性の尊さ
音楽は,人類共通のものであり,あらゆる文化に おいて存在します。また,音楽が人々の暮らしや営 みに必要とされてきたことは,今も昔も変わりませ ん。人々によって生み出されてきた音楽は,暮らし や営みに根付いていく中で様々な発展を遂げ,多様 性と固有性に富むものとなっていきました。
① 音楽に宿るそれぞれの土地の価値観や精神 人類が音楽(と呼ぶことができるようなもの)を 奏で始めるに至ったきっかけは,無意識的・偶発的・
遊戯的であったと思われますが,音楽の起源につい ては,「言語起源説」「労働起源説」「模倣起源説」
「呪術起源説」などがあります。また,音楽様式に ついては,抑揚をつけて言葉を唱えることから始ま ったとされる「言語起源的な様式」と,形にとらわ れずにあふれ出る感情を表出させることから始ま ったとされる「感情起源的な様式」が最も原初的な ものとして挙げられ,この二つが混ざり合って「旋 律起源的な様式」へと発展したと考察されています。
いずれにしても,人々は文明が興るはるか昔から音 楽を奏でており,目的をもって音楽を奏でることを 通して,音楽を様々に発展させていきました。
太古の音楽は,生活の課題を解決するために考案 されたと考えられます。太古の人々にとっては,猛 獣や害虫・天災などから身を守ることが毎日の生活 の大きな課題であったことでしょう。原初の鐘と思 われているものは,何個も同時に打ち鳴らすことで 猛獣を退散させたと伝えられています。このように,
生活の安全を守ってくれる音楽は,後に,祈りや祝 祭,あるいは狩猟や儀式などに用途を代え,様々に 発展していきました。
しかし,地域や社会によって,人々を取り巻く境 遇は異なります。そのため,各地域の環境や気候,
生活様式,信仰などと結びつくことを通して,音楽 はそれぞれの土地の価値観や精神を宿らせながら,
世界各地で独自の発展を遂げ,伝承されていきまし た。そして,現
代まで受け継 がれてきてい るそれらの音 楽 の 多 く は
「民族音楽」
と呼ばれるよ うになりまし た。
②固有の特徴から価値観や精神を感じ取る
「民族音楽」とは英語の“ethnic music”の訳語 で,民族(共通の言語・文化を持つ人の集団)が固 有に伝承してきた音楽のことを指します。これを踏 まえると,日本の伝統 芸能である歌舞伎の長 唄も,イタリア発祥の オペラも,「民族音楽」
と呼ぶことができるは ずです。ただし,現在で も西洋クラシック音楽 に対して,ヨーロッパ でも田舎の音楽や非ヨ ーロッパ地域の音楽に対する適切な言葉がないた め「民族音楽」と呼んでいるのであり,その裏には,
西洋クラシック音楽が「民族音楽」よりも優れてい るという偏見も存在しているのでしょう。
歌舞伎
オペラ
しかし,そのような偏見を取り除き,それぞれの 音楽と向き合ってみると,新たな気づきや感動を得 ることができます。「民族音楽」の中には,もちろ ん西洋クラシック音楽と音楽の特徴に共通性が見 られるものもありますし,西洋クラシック音楽では あまり価値があるとされてこなかった音楽の特徴 に価値を見いだしてきたものも存在します。また,
そういった音楽の特徴の共通性や相違性は,「民族 音楽」とくくられているもの同士でも見られます。
音楽の特徴の違いは,地域によって異なる環境や 気候,生活様式,信仰などに起因します。そのため,
それぞれの音楽だからこその特徴を固有の価値あ るものとして受け止めていく姿勢は,音楽に宿る価 値観や精神と音楽の特徴の結びつきを実感したり,
世界に数多く存在する音楽の多様性や固有性に尊 さを見いだしたりすることにつながるでしょう。
(2) ガムランって,そもそも何?
本題材で扱うガムランも,一般的に「民族音楽」
と呼ばれている音楽のうちの一つに当たります。ガ ムランとは,単体の楽器ではなく,インドネシアと その周辺を中心に発展した,伝統的な打楽器合奏音 楽のことです。ゴングなどの銅鑼類や青銅琴などの 鍵板楽器類による旋律打楽器の大合奏で,東南アジ アの器楽合奏の中で最も大がかりなものです。なお,
ガムランという言葉は,カウイ語(古代ジャワ語)
のガムル(握る,叩くなどの意)から来ています。
①ガムランのルーツ イ ン ド ネ シ ア の 芸術は,ドンソン文 化(紀元前4世紀ご ろ ベ ト ナ ム 北 部 に 発 生 し た 青 銅 器 文 化)によって紀元前 後 ま で に も た ら さ れ た 稲 作 農 耕 文 化 に基づいています。
そして,祖先崇拝や精神信仰といった慣習の伝統を 保ちながら,インドやイスラムといった外来文化の 受け入れを通じて展開されてきました。
ガムランは,中部ジャワ,西部ジャワ,バリをは じめ,村々の小規模なものまで,地域によって様々 な特色が見られます。「上演芸能」の一端として,
「王宮の儀式」を担う要素の一つとして,あるいは
「一般の人々の日常生活」や「宗教儀礼」とのかか わりの中で,ガムランはそれぞれの地域ごとに発達 してきました。しかし,使用される楽器や音楽構造 については,いずれの様式においても共通している 部分を多く見ることができます。
②ガムランで奏でられる楽器
ガムランには,主に青銅製打楽器が用いられます。
そして,ガムランに用いられる旋律打楽器の発音部 分(叩いて音を出すときに振動する部分)の素材の ほとんどは,インドネシアの人々の暮らしと密接に 結びついた素材である青銅か竹でできています。
青銅は,農耕儀礼にかかわる「法器」,つまり宗 教上の道具として用いられてきました。そのため,
ガムランの楽器はそれ自体が神聖なものであると 考えられています。
竹は,インドネシアでは家の建築材料や日用品の 素材としてもきわめて一般的なものです。一般の人 でも手軽に加工できるため,庶民的でプライベート な素材であると言えます。
青銅製打楽器 は,楽器の形や 音楽の中での役 割の区別によっ て,次の表のよ う に 分 か れ ま す。また,青銅製 打楽器の他に,
太鼓も重要な役 割 を 担 っ て お り,シンバルや 笛,胡弓も合奏 の編成に組み入 れられます。
【青銅製打楽器】
ア 銅鑼類 (ア) ゴング属 (イ) ボナン属 イ 鍵板楽器類 (ア) グンデル属
(イ) サロン属
ア 銅鑼類
銅鑼類の楽器は,ゴング属とボナン属に分かれま す。どちらも表面にコブのある銅鑼ですが,曲を演 奏するときの役割の違いで区別されます。
クンプル ゴンアグン
クモン
(ア) ゴング属
ゴング属の楽器は,ガムランで特に重要視されて いる楽器で,ガムランの音楽をガムランたらしめて いる重要な要素である拍節周期(後述)を示すため に,一定間隔で鳴らされる銅鑼類です。
ゴング属で最も重要な楽器が巨大なゴング(ジャ ワではゴンアグンと呼ばれる)で,霊的に強い力を もつ楽器として畏れられています。巨大な銅鑼が棹 に吊るされたもので,日本の梵鐘にも似た深い響き がします。ゴンアグンは曲の最初と最後,そして重 要な節目となる拍で打たれます。
ゴンアグンの拍と拍の間で定期的に叩かれるの が,小型のゴング属です。クンプルやクモン(クノ ンと発音されることもある)といった棹に吊るされ たものと,クトッやカジャー ルなどといった木の箱に張 ったヒモの上に鍋型の銅鑼 が載せてある平置きのもの があります。なお,カジャー ルについては,常に拍を刻み,
一定のビートをキープする 役目を果たします。
(イ) ボナン属
ゴング・チャイムとも呼ばれるボナン属は,複数 のゴングを一定の音階に調律して,セットで用いら れます。ゴング属よりもやや小型の銅鑼が 12~14 個一組で音階順に木枠に並べて平置きされており,
基本旋律に装飾を加えて旋律を演奏したり,リズム 的なアクセントを受け持ったりします。また,前奏 を担当することも多いです。
ボ ナ ン 属 の 楽 器は,奏者によっ て 2 本 の 細 長 い バ チ を 持 っ て 打 奏されますが,代 表 的 な も の に レ ヨンがあります。
レヨンは4人の奏者が息を合わせて演奏し,コブを 叩いたり,軽く押さえて響きを止めたりしながら,
コテカン(後述)によって華やかに旋律を飾ったり,
数個を同時に鳴らして和音を奏したりします。
イ 鍵板楽器類
鍵板楽器類は,基本旋律を奏でたり,ボナン属と 同様に基本旋律に装飾を加えて旋律を演奏したり します。鍵板楽器類は,グンデル属とサロン属に分 けられます。
(ア) グンデル属
グンデル属は,鍵板をひもで吊って木枠の上に固 定し,各鍵板の真下に竹筒を並べて共鳴筒にした構 造の楽器で,ヴィブラフォンの先祖と言えるでしょ う。グンデル属の楽器には,10の鍵板と2オクター ヴの音域をもつものや,5つの鍵板と1オクターヴ の音域をもつものな
どがあります。ウガ ル,ガンサ・プマデ,
ガンサ・カンティラ ンなどは前者に,ジ ュブラグ,ジェゴガ ンなどは後者に該当 します。
(イ) サロン属
サロン属とは,鍵板をひもで吊らずにじかに木枠 の上に置いたものをいいます。青銅の鍵板が空洞の ある木の台の上に並べられ,木槌や水牛の角による バチで叩きます。金属的な力強い響きがするので,
舞踊や影絵芝居ワ ヤンの伴奏音楽で は効果的に使われ ます。
ウ 太鼓
ガムランでは,クンダンと呼ばれる水牛の皮によ る二面の締太鼓も用いられます。ゴングと同じく,
楽器の音から楽器名が生まれたと言われています が,大小様々なサイズがあり,曲の形式や演奏形態 の違いによって使い分けます。奏法の違いで曲の構 造を示したり,指揮
者 の よ う に 速 度 や 強弱,アンセル(後 述)などの合図を送 っ た り す る 役 割 を 果たし,装飾も加え ます。
エ その他
ガムランでは,他にも多様な楽器が使われます。
小型のシンバルであるチェン・チェンは,リズムを 刻み,華やかさやアクセントを演出します。他に,
骨格旋律(後述)に装飾を加えていく竹笛スリンや 胡弓ルバブが登場することもあります。
カジャール
レヨン
クンダン
チェン・チェン
ジュブラグ
サロン
ウガル
③ガムランの音楽構造
ガムランでは,青銅製打楽器の分類からもわかる ように,使用される楽器それぞれに音楽構造上の役 割分担があります。楽器の役割分担は,ガムランの 音楽構造の特徴そのものを反映しているのです。
ア 拍節周期
ガムラン音楽は拍の流れを伴う音楽ですが,一定 の拍数を一周期(4の倍数,最低8拍,最長256拍)
として,その中を細かいリズムで区切り,それが繰 り返されています。これを拍節周期と呼び,ガムラ ンにおいて最も重要な要素となります。拍子のよう な役割も担い,それぞれに異なった一定間隔で奏で られるゴング属によって生み出されます。
拍節周期の区切りに当たる一周期の最後の拍で 鳴らされるのが,最も大きなゴング(ジャワではゴ ンアグン,バリではゴング・ワドン)です。ゴンア グンから次のゴンアグンまでの拍の間隔はゴンガ ンと呼ばれ,拍節周期には,1ゴンガンの拍数や区 切り方によって,複数の種類があります。例えば,
ジャワのガムランで最もよく用いられるものの一 つで 16拍周期になっているランチャラン形式は,
次のようなリズム構造となっています。
円で表した図からは,1ゴンガンごとに,最後の 拍でそれまでの動きが終着点に達するかのように ゴンアグンが鳴らされるものの,そこで達した終着 点はただちにまたそこを起点とする次の新たなゴ ンガンの出発点となることが,見て取れます。循環 する形式原理に基づく拍節周期を伴うガムランの 演奏では,終局に向かって直進的に進行する西洋ク ラシック音楽の時間の観念とは異なり,いつ終わる ともなく繰り返されるゴンガンによって,無限を暗 示する時間の観念を表していると言えます。
なお,拍節周期は,低く長い余韻のあるゴング属 の楽器で構成されるため,ドローン(通奏持続音・
持続低音)の効果を生みます。そして,ゴング属に よるドローンの効果は繰り返されるゴンガンによ って持続させられるため,ガムランはその音楽自体 に霊力を宿し続けます。
また,ガムランでは,一周期の最後の拍で鳴らさ れるゴンアグンが強拍に当たります。そのため,4 の倍数の拍が特に強調して感じられる拍となり,逆 に奇数拍は弱拍に当たる拍となるといった具合に,
後ろの拍が重くなる拍の流れとなっています。
イ ガムランに用いられる音階
打楽器に旋律的能力をもたせて行われるガムラ ンには,二種類の音階(スレンドロ音階・ペロッ音 階)があります。しかし,それらは西洋の音楽にお ける長音階や短音階とは全く異なります。慣れない うちは音律が「ずれて」いるように聞こえますが,
それは西洋の音楽で用いる全音や半音とは異なる 音程が使われているからです。
なお,これらの音階は西洋音楽のような規格化さ れたものではなく,同じ名前の音階であっても,そ れぞれのガムランのセットによって個々の音高や 音程関係は異なっています。
ウ 基本旋律と基本旋律を装飾する旋律
ガムランの旋律を担当する楽器類には,主に基本 旋律を演奏する楽器と,基本旋律の隙間を埋めるよ うに様々なかたちで装飾する楽器があります。基本 旋律は4拍単位で,ウガルのような,グンデル属の 中でも,音域は低く,音色は柔らかくて,余韻の長 い楽器によって奏でられるため,基本旋律は大編成 の中でも隅々までよく響き渡ります。一方,基本旋 律を装飾した旋律を演奏するのは,ボナン属や高音 域のサロン属などで,細かいリズムに分割して変奏 したり,基本旋律の骨格の音のみ(骨格旋律)を演 奏したりします。なお,基本旋律は伸び縮みする拍 を伴うことがあり,例えば,次の表で記されている ように,「2321」という4拍の基本旋律(A)
があるとしたら(ガムランの音は数字で記される),
この基本旋律は曲が進むと,8拍かけて演奏された り(B),16拍かけて演奏されたり(C)します。
④バリ島で奏でられるガムラン
本題材では,中部ジャワ・西部ジャワ・バリの大 きく三つの様式に分けることのできるガムランの 中から,バリのものを中心に鑑賞を深めていきます。
ア バリ島における芸能
バリ島では,バリ=ヒンドゥ(インド伝来のヒン ドゥ教と地元のアニミズムが合体・混交した独自の ヒンドゥ教)が各種儀礼の中でそれぞれに対応する 芸能を発達させてきました。それらは,上演するこ と自体が既に儀式であるとされるきわめて儀礼性 の高いものから,儀礼に参加する信徒の娯楽として 供される芸能まで,様々なレベルのものが存在しま す。なお,バリ=ヒンドゥの根源的な考え方には,
次のようなものがあります。
人間は,神々や精霊によって,自然の恵みや 平和な暮らしを与えられている。だから,我々 人間も,その与えられたものを,供物として神々 や精霊へ奉納するのだ。
バリのガムランは,芸能も供物と同じであるとさ れる中で発展してきました。そのため,ガムランの 楽器に神や魂が宿ると信じられているバリでは,新 しい楽器のセットができ上がると僧侶を招き,「新 しい楽器のセットに魂が入り,よい音響が奏でられ るように……」と入魂式が行われます。また,ガム ランの音楽の特徴からも,敬虔なる精神の充実さを 感じ取ることができます。
イ 音楽の特徴やそこに宿るバリの価値観や精神 (ア) オンバク
バリのガムランでは,同一の鍵板楽器類を二つず つ,常に一対にして用いますが,一方は高めに,一 方は低めに調律して,音高をわずかにずらしてあり ます。そのため,同じ音高を同時に鳴らしたときに,
強力なうなりが生まれます。この音の波はオンバク と呼ばれますが,オンバクを生み出す特殊な調律の 仕方はバリ独特のもので,注目に値します。なお,
オンバクに宿る価値観や精神について,民族音楽学 者の岡崎淑子氏は,次のように考察しています。
バリでは,なぜこのような音響が好まれるの だろうか。バリ人は諸事象を二元的に捉え,二 極間の対比の間に生じる波長こそ,調和と共存 の源であると考える。しかもバリのガムランや 踊りは本来神々への奉納芸能であり,人間界と 霊界という二つの世界の交感の場なのである。
それはオンバクが作りだすただならぬ空間にお いて可能となるのだろう。ガムランにオンバク がなければものたりないどころか,意味をなさ ないと考えられているのはそのためではない か。(1999)
(イ) コテカン
バリのガムランでは,コテカンと呼ばれる「番 いリズム」の奏法が用いられます。これは,ある フレーズを一人で演奏せず,二人で分担してかみ 合わせて演奏する,「入れ子」になった一対の音 型です。
コテカンは,装飾された旋律のリズムが細かく なったり,曲の速度が速くなってきたりすると,
ガンサやレヨンによって奏されます。ガムランの 旋律的な要素を担う楽器は,右手でバチを持って 鍵板を叩くのと同時に,左手でその前に叩いた鍵 板の響きを止めながら演奏するのですが,そうい った奏法が一人では物理的に非常に難しくなるか らです。なお,コテカンを楽譜に起こすと次のよ うになります。
リズムがうまく合わさると連続する音の動きと して聴こえてくるこの独特の奏法には,オンバクを 生み出す調律からもうかがえる二元的な世界観(天 と地,浄と不浄,善霊と悪霊など)や,対立する二 者が補い合うという共存概念が潜在しています。
(ウ) アンセル
拍節周期に見られるように,一定のパターンを何 度も反復するのが,ガムラン音楽などインドネシア の様々な伝統音楽に共通する特徴です。しかし,音 型を反復する中で,速度や強弱の変化をつけたり,
次の部分に進んだりしていきます。アンセルとは,
反復されている音型を変形(ブレーク)することで,
切り替わりの場面で用いられます。なお,アンセル の例を楽譜に起こすと,次のようになります。
(エ) ワドンとラナン
バリのガムランでは,ゴングやクンダンを2台一 組で用い,一方をワドン(母),もう一方をラナン
(父)と呼びます。ワドンとラナンでは音の高さが 異なり,ワドンの方が低く,ラナンの方が高くなっ ています。また,ゴングについては,ゴング・ワド ンは拍節周期の区切りの拍に,ゴング・ラナンは拍 節周期のちょうど中間の拍に奏でられる,クンダン については,ワドンの隙間をラナンが埋めるように 奏でられる,といった具合に,ワドンとラナンは番 いリズムとなっており,ここにも前述のバリの二元 的な世界観や共存概念が宿っています。
ウ バリ様式のガムランの演奏形態と楽器編成 楽器編成の種類も多く,約 30 種類のもの演奏形 態が存在するといわれているガムランですが,その 中でも,バリのガムランの代表的な楽器編成にガム ラン・ゴング・クビャールがあります。これは,演 奏形態としては現在バリ島で最も一般的なもので,
どこの村に行っても大抵このセットが使われてい ます。なお,「クビャール」とは「稲妻」とか「閃 光」といった意味で,大音響のダイナミックな演奏 スタイルからこの名前がついたとされます。
ガムラン・ゴング・クビャールの楽器編成と楽器 の配置図例は次の通りです。(一部の楽器は省略)
こちらの配置図例を見ると,ずらりと並んでいる グンデル属に目がいきます。しかし,まるで西洋ク ラシック音楽のオーケストラのように,指揮者のよ うな役割を担うクンダンが最前列に構え,それに続 いて旋律を担うグンデル属が並び,最後列には拍節 周期を生み出すゴング属が,わきにはボナン属のレ ヨンやシンバルのチェン・チェンといった装飾を加 える楽器が配置されているという見方もできます。
こういった楽器編成の面からも,ガムランの音楽構 造の充実さが伺えます。
(3) ガムランの鑑賞を深めていくこと
バリのガムランを初めて聴いた人は,どのような 感想をもつでしょうか。痛快な響きのする数々の青 銅製打楽器が止むことなく鳴らされていることで 生み出されている迫力に,圧倒される人もいるでし ょう。繰り返される同じようなリズムパターンや,
細やかな動きの装飾から,愉快な気分になる人もい るでしょう。西洋の音階に含まれる音程ではとらえ ることのできない旋律に,新鮮さを覚える人もいる でしょう。中には,ガムランに魅力を感じることが できず,その演奏を秩序のないものだと捉えて,わ けがわからないと感じたり,にぎやかで騒がしいだ けだと感じたりする人もいるかもしれません。
そのような感受は,ガムランならではの音楽の特 徴によるものです。バリのガムランの音の重なりの 中には,痛快で乾いた響きの音色とは対照的な,不 気味にたたずむ深い響きの音色が絶えず潜んでい ます。また,細かなリズムの旋律だけではなく,ゆ ったりとしたリズムの旋律もあります。
不気味にたたずむ深い響きの音色や,ゆったりと したリズムの旋律は,初めて聴いた段階では知覚し づらいように思います。しかし,実はそれらがガム ランの音楽に霊力を宿し続ける重要な要素となっ ています。また,楽器の重なりの薄い静寂の場面か ら,急に数多くの楽器が重なり合ってにぎわう場面 に変化することもあります。ここでは,心を静めて 神々や精霊への感謝や敬意を表現するしぐさから,
激しく舞い踊ることでトランス状態に入り,狂うほ どに神々や精霊への奉納に没頭するモードに突入 することが表現されているのかもしれません。
初めて聴いた時には気づくことのなかった音楽 的な要素を知覚したり,さらりと聴き流していた音 楽的な要素に,その音楽の本質に迫るような価値を 見いだしたりすると,知的好奇心や音楽に対する感 性が呼び起こされ,心からの感動を伴わせながら音 楽表現を味わっていくことができます。また,音楽 表現に宿る価値観や精神に迫ることで,ガムランの 鑑 賞 を 深 め て い く
こともできます。
(4) ボウルでガムランのような音楽をつくること 本題材では,ガムランの鑑賞を,その音楽の特徴 を手がかりに,音楽の創作へと発展させます。その 際には,既存の楽器は用いず,ステンレス製のキッ チンボウルを楽器に見立てることとします。
既存の楽器ではなく,ボウルを用いて創作するこ とのよさとして,次のことが挙げられます。
・「ガムランに登場する役割の異なる様々な音 色」「拍節周期やガムランならではの旋律な どの様々な音型の多様な関わり合いよる音の 重なり方」をふまえた創作活動ができる
・奏法が定まっていないため,音色の種類につ いて幅広く試行錯誤することができる
・西洋の音楽における音階にとらわれずに,音 階を独自につくることができる
・生活になじみのある,身のまわりの素材が発 生させる音から音楽を生み出す体験ができる
・自分(たち)なりに生み出した音色に,自分
(たち)なりの価値づけをすることができる ステンレス製のキッチンボウル一つとっても,
様々な鳴らし方があります。叩くものや叩く場所,
置く場所,持ち方が変わるだけで音色は変わります。
ガムランの青銅製打楽器ほどの強力なうなりを生 み出すものはなかなか見つからないでしょう。しか し,それでも子どもたちは音の持続が長いものや短 いもの,響きの澄んだものや鈍いものなどといった 音色の違いを見つけ,見つけた音色にガムランの音 楽の特徴を踏まえて音楽的な価値づけをしていく でしょう。また,ボウルの個体によって奏でること のできる音の高さが異なるため,複数のボウルを集 めれば音階をつくり出すことも可能です。
もちろん,ボウルで音楽を奏でることには限界が あるため,ガムランをそっくりそのまま再現するこ とは不可能でしょう。しかし,ガムランを鑑賞する ことだけにとどまらず,実際にボウルでガムランの ような音楽をつくりあげていくからこそ得ること のできる気づきや,味わうことのできるよさや美し さがあるはずです。
例えば,「ボウルで奏でることのできる音色」す なわち「生活になじみのある,身のまわりの素材が 発生させる音色」に魅力を感じ,試行錯誤しながら 音楽を生み出していくことを通して,音楽の起源と 発展の追体験をすることができます。それは,楽器 と呼ぶことのできるようなものでなくとも「音楽の 素材としての音」を奏でることができることに気づ き,その音に価値を見いだしていくことで,新たな 楽器や音楽が生み出されていくといったような気 づきにつながるでしょう。
また,ガムランに登場するような「自分(たち)
なりの音色」を探し,そこで生み出された音色に「自
分(たち)なりの価値付け」をした り,「ガムランならではの音の重な り方」を自分たちの演奏で生み出 したりすることを通して,ガムラ ンに宿る価値観や精神と音楽表現
の関わりについて理解を深めていくことでしょう。
さらに,指揮者もいない,楽譜もないガムランだ からこそ,互いの奏でる音色が生み出す音の重なり に耳を澄ませ,呼吸を合わせて演奏していくことが でき,そこで生まれる音を媒体としたコミュニケー ションから,言葉を介する以上の一体感さえも味わ っていくかもしれません。
(5) 本題材で味わう音楽科ならではの文化 本題材において子どもたちに味わってほしい音 楽科ならではの文化を,「ガムランに宿るインド ネシアの人々の暮らしや営みに根付く価値観や精 神と音楽表現の関わりを感じ取り,ガムランなら ではの音楽表現に価値を見いだしながら,ガムラ ンを鑑賞したり,ボウルでガムランのような音楽 を創作したりすること」としました。そして,子 どもたちがこの文化を味わうために,本題材で は,題材の軸となる特に注目したい音楽を形づく っている要素を「音色」と「テクスチュア」とし ました。
ガムランに宿るインドネシアの人々の暮らしや 営みに根付く価値観や精神と音楽表現の関わりを 感じ取っていくうえで,「ガムランに登場する役 割の異なる様々な音色」「拍節周期やガムランな らではの旋律などの様々な音型の多様な関わり合 いによる音の重なり方」やそれらの関連を知覚 し,それらの働きが生み出す特質や雰囲気を感受 していくことは,欠かせません。また,ガムラン が人々の暮らしや営みの中に存在しているコミュ ニティでは,音楽に対する感性を豊かに働かせな がら,「音色」や「テクスチュア」などを根拠と して,「音や音楽との対話」「内面(自身の心の 動き)との対話」「他者との対話」を繰り広げ,
充実した「音を媒体としたコミュニケーション」
を図る営みが存在してきた(存在している)はず です。
音楽を形づくっている要素についての視点を他 者と共有し,音楽に対する感性を豊かに働かせな がら,インドネシアの人々の暮らしや営みをふま えて協働的に鑑賞や創作表現を深めていくこと は,その営みを追体験することにあたります。そ して,子どもたちはこのような追体験を通して,
価値観や精神が音楽表現となって顕在化されてい るガムランならではの音楽表現のよさや美しさを 味わい,分かち合っていくのです。
(6) 題材と子どもたち
本校の第3学年の子どもたちは,これまでの音楽 の授業で,音楽に対する感性を豊かに働かせながら,
様々な音楽のよさや美しさを味わってきました。そ れとともに,楽曲でなくとも音楽になりうるという 概念にふれて音楽の多様性を実感したり,背景とな る文化や歴史などと関わり合う中で音楽が生み出 され,育まれてきたことについて理解を深めたりす ることを通して,音楽に対する見方・考え方を広げ てきました。本題材では,そのような子どもたちが,
中学校の音楽の授業においては初めて,一般的に
「民族音楽」と呼ばれている音楽にじっくりとふれ ることとなります。
駅前で時折演奏されるフォルクローレやイベン ト広場で開催される異文化フェスティバル,テレビ 番組における世界の諸民族特集,楽器博物館などが あることを考えると,子どもたちの生活において
「民族音楽」を耳にする機会が全くないわけではな いでしょう。しかし,耳にした「民族音楽」を,そ の音楽の固有性に注目したり,その音楽に宿る人々 の暮らしや営みに根付く価値観や精神と音楽表現 の関わりを感じ取ったりしながら鑑賞することは,
ほぼないでしょう。そもそも,耳にした「民族音楽」
をどの地域の「民族音楽」かについて認識すること もないのかもしれません。
また,子どもたちは音楽の授業のみならず,日常 生活においても,西洋の長音階や短音階に親しんで います。そのため,ピアノの音階こそが世界で唯一 正しいものだと思っていたり,音程を正確にとらえ,
リズムをぴたりとそろえることこそすばらしいと 感じていたりする子どももいるかもしれません。
子どもたちは,本題材の中で,音程やリズムをあ えてずらすといったようなガムランならではの音 楽表現にふれたり,ボウルで音楽を創作したりする ことを通して,自身が構築してきた音楽に対する概 念を覆していったり,音楽文化に対する価値観を広 げたりしていくことでしょう。「ドレミに当てはま らない音程にも可能性が広がっている」「独自の音 楽表現に価値を見いだしてきた人々がいる」「楽器 ではなくても音楽になる」「身のまわりにあるもの でも音楽はつくることができて,それが発展して今 の音楽がある」「人々の暮らしや営みと音楽は切っ ても切り離せない」などといった子どもたちの気づ きや感動を期待したいと思います。
参考文献:柘植元一,塚田健一 編(1999)
『諸民族の伝統音楽からポップスまで はじめての世界音楽』 音楽之友社 野村誠(2010)
『授業がもっと楽しくなる 音楽づくりのヒント 作曲なんてへっちゃらだー!』 音楽之友社 皆川厚一 編(2010)
『インドネシア芸能への招待 音楽・舞踏・演劇の世界』 東京堂出版 皆川厚一(1998)
『音楽指導ハンドブック20 ガムランを楽しもう 音の宝島バリの音楽』 音楽之友社 横井雅子,酒井美恵子(2014)
『プロの演奏でつくる!「日本・アジアの伝統音楽」授業プラン』 明治図書 若林忠広(2010)
『まるごと!民族楽器徹底ガイド』 ヤマハミュージックメディア
参考資料:平成24年度改訂版 教育芸術社教科書準拠DVD 教育芸術社 音の森ガムランスタジオ https://otonomori.jp/
4 新学習指導要領との関連 A 表 現
(3) 創作の活動を通して,次の事項を身に付けることができるよう指導する。
ア 創作表現に関わる知識や技能を得たり生かしたりしながら,まとまりのある創作表現を創意工夫 すること。
イ 次の(ア)及び(イ)について表したいイメージと関わらせて理解すること。
(イ) 音素材の特徴及び音の重なり方や反復,変化,対照などの構成上の特徴
ウ 創意工夫を生かした表現で旋律や音楽をつくるために必要な,課題や条件に沿った音の選択や組 合せなどの技能を身に付けること。
B 鑑 賞
(3) 鑑賞の活動を通して,次の事項を身に付けることができるよう指導する。
ア 鑑賞に関わる知識を得たり生かしたりしながら,次の(ア)から(ウ)までについて考え,音楽のよさ や美しさを味わって聴くこと。
(ウ) 音楽表現の共通性や固有性
イ 次の(ア)から(ウ)までについて理解すること。
(イ) 音楽の特徴とその背景となる文化や歴史,他の芸術との関わり
(ウ) 我が国や郷土の伝統音楽及び諸外国の様々な音楽の特徴と,その特徴から生まれる音楽の多様性
〔共通事項〕で扱う「音楽を形づくっている要素」に関する本題材における学習内容 音色 ガムランに登場する役割の異なる様々な音色
テクスチュア 拍節周期やガムランならではの旋律などの様々な音型の多様な関わり合いによる音の重なり方 5 題材構想(全6時間)
6 音楽科ならではの文化を味わう子どもたち (1) 共有された問いに基づく追求活動
本題材では,子どもたちが「ボウルで奏でること のできる音色や音型」と「ガムランで奏でられる音 色や音型」について類似性を見いだしていく中で,
「ボウルでガムランのような音楽を奏でてみたい」
という思いを醸成していきました。そして,授業者 の「ボウルでガムランのような音楽を奏で,演奏会 を開こう」という提案を受けて,「ガムランならで はのよさや美しさをもっと味わいたい」という思い をもって主体的にガムランの鑑賞を深め,「表現し たいテーマが聴き手に伝わるガムランのような音 楽を仲間と共に奏でたい」という思いをもって協働 的に創作活動を進めていきました。
①創作表現へ向かう思いを醸成する
子どもたちの学びは,異なる3パターンの音色を 聴き比べることから始まりました。授業者は,「何 を使って」「どのように」奏でられているかが子ど もたちには見えないようにして音色を奏でました。
【パターンA】
・大きなサイズのステンレス製ボウルを使用
・ボウルの底を指の先で支えて持つ
・ボウルの内側を毛糸で巻かれたマレットで叩く
【パターンB】
・中ぐらいのサイズのステンレス製ボウルを使用
・机の上にひっくり返して置く
・ボウルの底をマレットの持ち手の部分で叩く
【パターンC】
・中ぐらいのサイズのステンレス製ボウルを使用
・ボウルの縁をしっかり掴んで持つ
・ボウルの内側を毛糸の巻かれたマレットで叩く
3パターンの音色について耳を澄ませて聴き比 べた子どもたちに,気づいたことや感じ取ったこと を尋ねてみると,次のような発言が聞かれました。
【パターンA】の音色について
・ボーン ・仏教っぽい ・しみじみとした余韻
【パターンB】の音色について
・音が短い ・痛々しい ・きつい ・中華
【パターンC】の音色について
・ドンッ ・鈍い感じ ・こもった感じ
など その後,授業者は実際に「何を使って」「どのよ うに」音を奏でていたか,子どもたちに見えるよう にして,3パターンの音色を再現しました。そして,
何人かの子どもたちもボウルで授業者の真似をし てみました。しかし,聴いた音色と全く同じ音色を 奏でることはなかなかできないため,子どもたちは,
持ち方や叩く場所などを変えることで音色が変わ ることに気づいていきました。
それぞれの音の鳴らし方と,感受したそれぞれの 音色の特質や雰囲気を共有したところで,授業者は 子どもたちに大きさや形などの異なる様々な種類 のボウルを十分に用意してあることを伝えました。
そして,ボウルを単発で鳴らすだけではなく,様々 なリズムで複数回鳴らしたり,複数個のボウルを用 いて奏でたりし
てみせ,工夫次 第で様々な音型 を生み出すこと ができることも 紹介しました。
(1) ボウルで音遊びをしよう!(1時間)
(2) ガムランの音楽の特徴にせまろう!(2時間)
(3) オリジナルガムランを奏でよう!(3時間)
その後,授業者は子どもたちに,バリ島のガムラ ン演奏『スカール・ジュプン』(プリアタン歌舞団 による演奏,演奏時間は約5分)を,ガムランであ ることについては伝えずに,また映像は見せずに,
紹介しました。聴いた音楽には,ボウルで奏でられ た音色と似たような音色が登場するため,子どもた ちは,どのような音色が音の重なりの中にあるのか,
耳を澄ませて鑑賞しました。
ガムランの演奏を音源のみで鑑賞した子どもた ちに,授業者は「ボウルで音楽っぽいことをしてみ よう」と子どもたちになげかけました。子どもたち はボウルやマレットなどを自由に手に取り,音色や 音型などについて,様々に試行錯誤していきました。
そして,余韻がいつまで残るかじっくり耳を澄ませ たり,ボウルをドラムに見立てて激しく演奏したり,
ボウルとボウルの縁がこすれ合うことで生じる振 動音を楽しんだり,西洋の音階をつくってカエルの 歌を奏でたりと,取り組んでみたことを紹介し合い ました。
その後,授業者は子どもたちに「映像を見ながら,
先ほどの音楽を聴いてみよう」と提案しました。子 どもたちは,映像で奏でられているものがボウルで はなく,見たことのない楽器であることに驚き,奏 者が息を合わせて様々な奏法で演奏している映像 に釘付けになりました。そして,ボウルで奏でるこ とのできる音色や音型とガムランで奏でられる音 色や音型の類似性を,漠然と見いだしていきました。
視聴後,授業者は子どもたちに,この音楽がガム ランと呼ばれるインドネシアの伝統的な音楽であ ること,バリ島のガムランが神々や精霊にお供えす るための音楽であることを伝え,「視聴した音楽を 手がかりに,ボウルでガムランのような音楽を奏で,
演奏会を開こう」と提案しました。授業者の提案を 受けた子どもたちは,ボウルで音遊びをしたり,ガ ムランを試聴したりしたことをふまえ,次のような 思いを「追求の記録」に書き留めました。
・とても楽しさを覚える授業だった。「ガムラン」
はとても不思議で,呪われそうな合奏だけど,
どこか心惹かれるものだった
・キッチングッズであるボウルを使って「音楽っ ぽいこと」をしたが,大きさによって異なる高
さの音が出るのがおもしろくて驚いた。日常生 活で何気なく使っている道具が楽器になるの がすごい。この世界は音楽であふれている
・ボウルの持ち方,叩く場所,マレットの使い方 を変えることで,音の感じが変わった。音がの びている時は,余韻が広がって心地よかった が,音が止まるのもシンバルのようでいい
・同じボウルでも,音高や音色の質(鋭かったり こもっていたり)の違いをいかして,様々な曲 調の音楽を奏でることができる。ガムランを演 奏していた人たちは,音符を書いて,楽譜を見 て演奏しているのか,何か別な方法で曲を作っ ているのかが気になる
・バリ島の人たちの民族音楽は,最初はただ適当 に鳴らしているだけだと思ったが,よく聴いて みると,しっかりとした曲になっている。もっ とじっくりと聴いてみたい
など これらの記述からは,「ボウルでガムランのよう な音楽を奏でてみたい」「ガムランならではのよさ や美しさをもっと味わいたい」といった思いが子ど もたちの中に醸成されていったことがうかがえま す。そこで,ガムランそのものに強い関心を寄せて いった子どもたちは,ガムランの音楽の特徴にせま るために,まずはガムランをじっくりと鑑賞してい くこととなりました。
②バリ島のガムランについて鑑賞を深める
ガムランをじっくりと鑑賞していく前に,授業者 はまず,ガムランの概要について子どもたちに紹介 しました。
ガムランとは……
・インドネシアに伝わる青銅製の打楽器合奏
・バリ島のガムランは,神々や精霊にお供えする ための音楽であり,その音響が生み出される空 間においては,人間界と霊界の交感(互いに感 じ合うこと)が可能であるとされる
そして,「大きな銅鑼が吊されているものがあっ た」「釜のような形のものをポコポコ叩いていた」
「ごつい感じの鉄琴がたくさん使われていた」とい ったガムランに使用される楽器についての子ども たちの発言を拾いながら,『スカール・ジュプン』
で用いられているガムランの楽器の写真を提示し,
「ゴング属」「ボナン属」「グンデル属」「その他」
と分類していきました。
その後,ガムランの音楽の特徴にせまるために,
それぞれの楽器が「どのような音色を奏でていたか」
「どのように演奏されていたか」「どのような雰囲 気を生み出していたか」について,『スカール・ジ ュプン』の映像を何度か視聴することを通して確認 していきました。
【ゴング属】(単体で楽器となる銅鑼)
・吊るされている大きめのゴングと小さめのゴ ングがあって,バチを使って演奏していた
・音色は「ゴーン(低い)」と「ガーン(高い)」
の2種類あった。霊界にまでよく響く音色のよ うに感じた
・規則的な間隔で交互に繰り返し奏で続けてい て,わりとずっと不気味に潜んでいた
・平置きの単体ゴングは,木魚のようにポクポク と奏でられていた。拍を刻んでいた
【ボナン属】(複数個セットで楽器となる銅鑼)
・「テロテロ……」「ポコポコ……」といった感 じのかわいらしい音色だった。神様に呼びかけ ているように思えた
・こもった感じの音色だった。複数の釜を同時に 叩いて和音を奏でているように思えた
・尖っているところと平らなところで音色が異 なる。リズムが細やかだった
【グンデル属】(鍵板楽器)
・トンカチで叩いている時と,リンゴのようなも ので叩いているときで音色が違っていた
・冷たく固い音色と,電子音のようにのびている 不思議で緊張感のある音色があった
・細やかなリズムの華やかな旋律とゆったりと 不思議にうごめく旋律があった
・同じような旋律が繰り返されている
・叩いた鍵板を手で押さえて響きを止めている
【その他】
・小さなシンバルがカシャカシャ……と奏でら れていて,胸騒ぎがする感じがした。また,華 やかさも添えていた
・シンバルはリズムが細かくて,まるで揺れ動く 空気のようだった。何かが降臨する感じ
など バリ島でガムランが演奏される目的をふまえな がら,その音楽の特徴について気づいたことを意見 交換していくと,音楽の中で奏でられている音色や それぞれの属の役割について,子どもたちは自分た ちなりに考察していきました。そこで,授業者は子 どもたちに「ガムランにおいて,最も重要とされる
音色はどの楽器が奏でているものだと思うか」と尋 ね,意見交換をしていく中で,うなるような響きの 持続する音響空間の中でこそ,神々や精霊と通じ合 うことができ,響きの長い音こそがガムランをガム ランたらしめていることを共有していきました。そ して,授業者が途中で補足説明を加えつつ,意見交 換されたガムランの音楽の特徴を確認しながら,
『スカール・ジュプン』について映像を見ながら再 び鑑賞しました。
演奏目的や音色に込められた精神・価値観をふま えてガムランをじっくりと鑑賞した子どもたちの
「追求の記録」には,次のような記述がありました。
・じっくり鑑賞すると,旋律のようなものがある など役割分担があった。強弱や音色にも変化が あったので,ただタカタカするのでなく,ボウ ルで奏でる際もワンパターンにならないよう 工夫したい
・ガムランが,ゴング属の音色を基に周期的に奏 でられていることがわかった。重要視されてい るゴング属の楽器があまり目立たないことに 驚いたが,意識して聴いてみると,ゴンアグン が出す重くて低い響きのある音色や,ジェゴガ ンの出す不思議な旋律や雰囲気が曲を引き締 め,神秘的な空間をつくり出していると思え た。ボウルで演奏するときも,ただただ旋律を つくり,それを支える土台を演奏するのではな く,華やかで目立つ旋律の裏で行われる雰囲気 づくりの音色も追求していきたい
・ゴング属は他の楽器と比べてひっそりとして いるけど,注目してみると場面の切り替えやメ インの楽器の移り変わりなど重要な役割を担 っていた。自分が曲をつくるときも,表向きに 聞こえる音だけでなく,裏のひっそりとした音 も大切にしようと思う
など 鑑賞を通してガムランならではの音楽表現のよ さや美しさを味わった子どもたちは,「ボウルでど のような音色を奏でようか」「それぞれの属の役割 分担を,ボウルをどのように扱って表現していこう か」などといった視点をもって,ボウルでガムラン のような音楽を奏でることについての思いをさら に膨らませていきました。
【バリ島のガムランについて鑑賞を深める場面の板書】
③オリジナルガムランの創作活動
創作活動は,男女混合の5人組で行いました。ま た,次のような創作活動の流れを確認し,子どもた ちは見通しをもって活動を進めていきました。
創作活動① 役割分担と音の素材探し 創作活動② 創作の途中経過の聴き合い 創作活動③ オリジナルガムランの演奏会
創作活動に取りかかる前に,これまでの学びをふ まえて,授業者と子どもたちで「ガムランのような 音楽をボウルで奏でる際の五つのポイント」と「ガ ムランを語る際に欠かせない要素」について確認し ました。その際,「拍節周期」や「ゴンガン」につ いては,授業者が子どもたちの前でボウルを用いて 実演することで,子どもたちは理解を深めることが できました。また,過年度の子どもたちの創作した 作品を動画で紹介しました。動画に触発された子ど もたちは,「自分も取り組んでみたい」「こういっ た表現をしてみたい」といった創作活動へ向かう思 いをさらに膨らませていきました。
【五つのポイント】
① 「ゴング属」「ボナン属」「グンデル属」「そ の他」といった分類を意識しよう!
② ボウルを用いて座って奏でよう!
③ 拍節周期は1ゴンガンを8拍としよう!
④ 演奏時間は1分半程度を目安としよう!
⑤ 神々や精霊にお供えすることをイメージし,
音楽の中に雰囲気の変化を生み出そう!
【ガムランを語る際に欠かせない要素】
拍節周期
・ゴング属によって奏でられ,最も大きなゴング によって周期が区切られる
・周期を区切る音から次の周期を区切る音まで の間隔をゴンガンと呼ぶ
・ゴンガンは,他のゴング属によって拍が刻ま れ,4拍単位で次に大きいゴングが,他の拍で さらに小さいサイズのゴング属が鳴る
・ゴンガンの繰り返しによって持続する「うなる 音響」は,ガムランの音楽自体に霊力を宿し続 ける
ドレミに当てはめることのできない五音音階
・全音とも半音ともとらえることのできない微 妙な音程によってできている
・音階を構成する音は,数字で呼ばれている コテカン
・二人で分担してかみ合わせて演奏する,「入れ 子」になった一対の音型
・装飾された旋律のリズムが細かくなったり,曲 の速度が速くなってきたりすると奏される
・二元的な世界観や,対立する二者が補い合うと いう共存概念が潜在している
アンセル
・反復されている音型を変形するもので,切り替 わりの場面で用いられる
創作活動に取りかかり始めた子どもたちは,グル ープ内で「ゴング属」や「ボナン属」などといった 役割を分担し,ボウルを奏でて「音楽をつくる際の 素材」となる音色や音型などを模索していきました。
また,各グループに用意された「音楽の流れ」や「音 の重なり方」などについてメモを残すことのできる 創作ボードを用いて,「表現したいテーマ」や「音 楽の大まかな場面の変化」について話し合い,それ らをどのように表現していくかについて仲間と検 討していきました。さらに,「ガムランを語る際に 欠かせない要素」に関する補足資料に掲載されてい るコテカンやアンセルに興味をもち,ボウルを楽器 に見立ててそれらに取り組むといったように,「ボ ウルであっても,できる限りガムランに近づけたい」
という思いをもって取り組んでいきました。