静岡大学教育学部附属教育実践総合センター紀要 m10p.85〜 96(2004)
広汎性発達障害が疑われ る幼児 に対す る幼稚園での支援について
Educational Support for Young Children with PeⅣ asive Developmental Disorders in lKindergarten
田宮 縁
*・大塚 玲
**Yukari TAVIIYA and Akira OTSUKA
問題 と目的
本研究の目的は、大学の専門家によるコンサルテーシ ョンを通 して実践 してきた軽度発達障 害児への支援 を検討することにある。
文部科学省 (2002)に よる 「通常の学級に在籍 す る特別な教育的支援を必要 とする児童生徒 に関する全国実態調査」によると、学習障害 (LD)、 注意欠陥多動性障害 (ADHD)、 高機 能 自閉症 な ど小・ 中学校の通常の学級に在籍 し特別 な教育的支援を必要 とする児童生徒、いわ ゆる軽度発達障害が疑われる児童生徒 は、全児童生徒のおよそ 6%に 及ぶ といわれている。本 園において も発達に困難 を抱えている子 どもは在籍 してお り、集団での活動に入れない、友だ ち とコミュニケーシ ョンが とれない、多動な どいわゆる「気になる子 ども」が増えてきている。
このような 「気 になる子 ども」について、刑部 (1998)は 、「ち ょっ と気 になる子 ども」が 気 にならな くなる要因を個人の知的能力やスキルの獲得 といった変化ではな く、共同体全体の 変容 にある と述べている。また、水内・増田・七本田 (2001)も 「ちょっと気になる子 ども」
がいつ しか 『気にな らない子」になってい く過程 を子 どもと保育者 との関係のなかで説明 して いる。 この よずに、子 どもの変容を関係論的な視点か ら考察 している研究が多いが、「気にな らな くなった子 ども」への支援にまで及ぶ研究 は希有である。また、発達に困難をもっている のではないか と保育士が感 じた とき、そのことを保護者 に伝えることは難 しい
(橋本 ,2001) が、軽度発達障害のある子 どもの保護者 との連携 について言及 した研究 も少ない。
そこで、本論では広汎性発達障害が疑われ る幼児への理解 を保育者が深めてい く過程を明 らかにす る とともに、「対象児に対す る支援」「クラス集団に対する支援」「物的環境の調整」
「保護者への支援」 という視点か らこうした軽度発達障害児に対する具体的な支援はどうある べ きかについて検討 してい く。
1.幼 稚園の概要
静岡大学教育学部附属幼稚園。年長 2ク ラス、年中 2ク ラス、年少 1ク ラスの計 5ク ラスで、
・ 附属幼稚園教諭 中 *学 校教育講座教授
園児 は定員 140名 。教職員は、園長
(兼任
)、副園長、教諭 5名 、養護教諭、用務員、非常勤講 師 4名 、事務補助員 1名 。「主体的に生活 を創造す る子 ―自発・ 自律・協調 ―」を教育 目標 に 子 どもが自ら動 きだす時間 と空間を重視 した保育を展開 している。
2.対 象児
K男 .コ ンサルテーシ ョン開始時、 3年 保育年中児。
家族構成 :父 親、母親、母方祖父、母方祖母 と本児の 5人 家族。父親は会社員で夜間勤務が 多 く、母親 も夜パー トで勤めてお り生活が不規則である。母親の養育態度は、驚 くほ どていね いに接 しているときもあれば、放任 とも思えるほど無関心 な ときもある。また、本人が嫌が る か らと言 う理由で、再三の注意 にもかかわ らず、髪の毛やつめが伸び放題 という時 もあった。
年中進級後の様子 :登 園後、必ず母親 を引き止めてシール帳を見せに行 き、その後保健室へ 行 くな ど行動のパ ターン化がみ られた。 また、 1日 中何回 も保育室 と保健室を往復するな ど行 動範囲が狭い。友だち とのかかわ りは少な く、アップリカ ブロックを持つて自分の空想の世界 で遊んだ り、走 り回つた りしていることが多 く、遊びもブト常 に限られている。新 しい ことや教 師か らの指示 に対 しての対応が難 しい。
担任 は、 K男 の行動のパ ターンをつかむ ことはできた ものの、行動を起 こさせ る思いまでは 推 し量 ることがで きなかつた。一年をかけて集団生活のなかで、特に行事や生活習慣面で困 ら ないように対応す る手立てはみえてきたが、以下のような点 についての理解が難 しかつた。
・経験が積み重なっていかない。
・小 さな傷な どを異常に気 にする。
・友だちに追いかけてほしくて挑発するにもかかわらず、追いかけられると極度 に怖が る。
・先の見通 しを立てることが難 しい。
・何 をしていたのか、 目的を忘れて しまうことがある。
・現実の世界 と空想の世界の区別がついていない。
3.コ ンサルテーションの概要
「幼小連携による ADHDの 特徴的行動 を引き起 こす幼児 に関する研究」
(平成 14年 度〜 16年 度 )と い う研究課題のもと、発達障害の専門家である静岡大学教官
(第二著者の大塚 )に よる
コンサルテーシ ョンが、平成 14年
10月か ら各学期 1回 計 4回 実施 された。具体的には、対象児 のクラスの保育を参観 した後、 その日の保育に関 して園長、副園長、養護教諭 も加わ り保育者 ら全員 と協議 を行 つた。まず対象児の担任か ら、当日の保育や最近の対象児に関 しての様子や 問題点が報告 され、その後、大学教官が意見を述べ、全員で協議を行 うとい う手順で進め られ た。
コンサルテーシ ョンは、たんに特定の障害だか らとい う一般論だけではな く、対象児の特性
や個性、家庭の状況、保育者 の経験年数な どを考慮 して、個別具体的に保育者に問題 を発言 さ
せなが ら助言を行 うことを基本方針 とした。ただ し、助言の採用 の有無や実現の仕方は保育者
の主体性にまかせ、支援計画 は担任の保育者が作成 した。 また、 こうした正式のコンサルテー
ション以外にも対象児に対 してのインフォーマルな保育観察や担任 との話 し合いを 3回 行 つた。
広汎性発達障害が疑われ る幼児 に対する幼稚園での支援 について
4.実 施時期
K男 についてのコンサルテーションおよびそれに基づ く支援は、平成 14年
10月に開始 され、
K男 が卒園する平成 16年 3月 まで継続 される予定である。本論は平成 14年
10月か ら平成 15年
10月までの経過をまとめた ものである。
5.資 料の収集 と分析方法
担任である第一著者
(田宮 )が 保育終了後、エ ピソー ドを文字化 した。エピソー ドを単位 と して対象児、保育者、他児、保護者が どのようにかかわっているのか、保育者の支援に視点を 当てて分析 した。
結 果
1.初 回のコンサルテーションによる支援方針
大学の専門家による第 1回 コンサルテーシ ョンのための事前の保育参観か ら、 K男 について 以下の点が指摘 された。
・大人 とのコミュニケーションがほとん どである。
・ しか しそれ も K男 側か らの一方的な働 きかけで、双方向のコミュニケーシ ョンが とれない。
・知的なレベルは、発達の遅れ とはいえないまでも、若干の低 さが感 じられ る。
以上の行動観察や担任か ら報告された これ までの行動特徴の記載か ら、 K男 は広汎性発達障 害が疑われ、専門家か ら以下のような配慮事項 について助言された。
・ 自分が とるべき行動がわか らないため混乱 した り、不適切な行動をとった りするので、重 要 な指示は個別 に行 う。
・絵やサインな ど視覚的な手がか りが有効である。例えば、「ダメ」 と声をかけるよりも禁 止 を表す赤いカー ド
(レッ ドカー ド )を 提示する。
・環境の変化に弱いので、 この先なにが起 こるのかなど見通 しがつ くような配慮をする。
・幼稚園の間に段階的に集団での活動を増や していく。
2.支 援の経過
1)第 1期 (年中児
10月〜
12月)
K男 に対する支援
1学 期に、「スモールステップ」「個別指導」などという支援の方向性をつかむことができた。
「困っている様子が見 られた ときには手伝 う」「自尊心を傷つけないように、他児に迷惑をか けない限 り注意をしない」 とい うこれまでの支援方針で引き続 き実施 してい くことにした。
くエ ピソー ド l K男 の思いに任せる >
登園後、朝の支度 をする前に鞄を背負うた ま、 ま補助輸付きの自転車 を とりにいき、他の子 に とられないように母親 に見張 らせ、朝の支度をする日が多かった。朝の支度を済 ませてか ら自 転車 を とりにい くように伝えるが、自分の自転車であると主張 し、聞き入れない。それ以上言 うと、泣 き、暴れて聞き入れないので、保育者が自転車を預か りその間に朝の支度をさせた。
このような場合 はレッドカー ドも効かない。
補助教諭 (非 常勤講師 )や 養護教諭 による TTを 活用 した りすることで、スムースに日常生 活を送 ることができるようになって きた。保育者 に とっては 「気 になる子 ども」が 「気 にな ら ない子 ども」になってきたが、 自分のイメージのなかでの遊びが中心で、遊びや友だち とのか かわ りについての変化は見 られなかった。
クラス集団に対する支援
突然、台詞 めいたことを言いだす ことが多 く、年中進級後、 クラスのなかで K男 の奇妙な発 言が 日立つ ようになってきた。 そ こで、「 K男 の言動に子 どもたちが違和感を覚えるような場 合は、保育者が フォローする」 とい う支援方針を立てた。
くエ ピソー ド 2 K男 に発言させるが、他児には受け入れてもらえない >
数人の女の子が遊んでいるままご とコーナーに K男 も混 じつて遊んでいたし K男 はひ とりで アイスクリーム屋 さんをやっていたようである。 ままごとの遊びの一部であるかのように K男 のアイスクリーム屋 さんを巻 き込 みなが ら他児 は遊んでいた。保育者がその様子を見て、「楽 しそうね。 K男 君 はアイスクリームを売 っているのね」 と声 をか けると、突然、「俺様 は、○
○
(悪者の名前 )だ 」を言い出 し、ポーズを とつた。「アイスクリーム屋 さんが変身 したのね」
と保育者が言 つて も、それには答 えず悪者 にな りきつていろいろな言葉を発 しはじめた。突然 の K男 の変容 に他児は驚いたようだつた。
結果的にはクラス集団の大きな変化 はなかつた。 K男 の問題行動を他児に見せないために T
Tを 積極的に活用 し、別な場所で絵本 を読んで もらうな ど個別指導を取 り入れた。 こうした配 慮で他児か らの評価 を下げることはなかったが、他児に受 け入れて もらえるような支援 もで き なかった。
この頃、 K男 は友だちにちょっかいを出す ことも多 くなってきた。他児 とのかかわ りを持ち たい、注 目されたいという K男 の思いを理解 し、保育者が積極的に K男 の注 目され る場 をつ く
り、集団への参加 を促すことが必要だ と考 えた。
物的環境の調整
絵やサインな ど視覚的な手がか りがあると理解 しやすい とい う広汎性発達障害の特性 を活か し、「レッドカー ドなど視覚に訴 えるサインの使用」を試み ることとした。
レッドカー ドを見せ ると、行動 を止め、保育者の話を聞 き、 自分が何をした らいいのか考 え ることもあったが、興奮状態の ときはレッ ドカー ドを見 ることもできなかつた。また集団での 活動の とき、他児の目もあ り、保育者側 で レッ ドカー ドを使 つて本児に対応す ることは難 しく、
保育者が使い こなすことができなかった。
保護者に対する支援
保護者 は K男 が特別な支援が必要な子 どもであることを十分理解できていないのではないか と思われた。そ こで保育参観を活用 し、集団活動時の行動 を見て もらうことで、気づいて もら いたい と考えた。
しかし結果的に、自由に遊んでいるなかでの参観が中心だったため、集団のなかでの本児の
広汎性発達障害が疑われ る幼児 に対す る幼稚園での支援について
状態 を捉えることが難 しく、母親は特別な支援が必要なことを感 じなかったようである。今は まだ担任から母親に直接伝 える時期ではない と判断 し、お弁当の中身について栄養のバ ランス の とれたものにしてほしい、お箸を使 う指導を自宅で もしてはしいなど、食事に関する家庭の 協力を依頼するに とどめた。
2)第 2期 (年中児 1月 〜 3月
)
K男 に対する支援
遊 びに関 しては、「好 きな遊びを見つ け、十分 に遊 び込む」を目標 に、 K男 の興味のある遊 びに保育者が積極的にかかわる。 また、 K男 が興味を持ちそうな教材
(ジャンボウッドビーズ な ど )を 用意 し提案する。生活習慣 に関 しては、お弁当の時、「箸を使って食べ る」「座 って食 べ る」を目標にていねいにかかわってい くとい う支援方針を立てた。
くエ ピソ… ド 3 うれ しさに共感 し、 自信を持たせる >
いつも乗つている補助輪付 きの自転車に他児が乗っていた。 K男 は保育者に 「乗ってい る」
と他児を指差 した。「 K男 君 もあの 自転車、乗 りたいのね。で もお友だちが乗 っているか ら、
別 の 自転車を一緒 に探そう」 と言 うと、納得 した。補助輪付 きがなかったので、「輪っぱ付 き ないけど、黄色い自転車に乗ってみようか。押 さえていてあげるよ」 と誘 うと、黄色い自転車 へ向かって行った。最初だけ支えてあげれば、 自力で乗れた。「乗れたよ。すごいね」 と声を か けると、 とてもうれ しそうだった。靴を左右逆 にはいていたので、「靴が右 と左 と反対だ よ。
しつか りとはけばもっと上手に乗れ るよ」 と言 うと、あわててはきかえた。
くエ ピソ… ド 4 行事などの不安な場面ではそばにつ く >
卒園式は、座席が偶然担任の近 くだった。総練習の ときは、「モンスターボールの声が聞 こ え る」 と小さな声で何度 も言つた。「そ うだね」 と同意 してあげると、落ち着いていた。式の 間は 「いつ、あいぼ うさんにプレゼ ン トをあげる
?」と不安そうだったので、ていねいに説明 す ると落ち着いた。
自転車やジャンボビーズな どひ とつの遊びにこだわ り、繰 り返 し、長時間遊ぶ姿が見 られ、
無 目的に園舎内を走 り回るなど、他児が違和感を抱 くような姿は少な くなってきた。また、保 育者の提案する遊びのなかに K男 な りの楽 しさを見つけだ した り、繰 り返 し遊ぶなかで想像力 を働かせ遊びが発展 していった りする様子がみ られた。お弁当の場面でも、具体的な目標 を示 す ことで以前のように歩 き回つた り、箸 を使わずに食べた りする姿は減少 してきた。
一方、そばについて不安な気持ちを取 り除 くことで、卒園式にも参加できたが、新 しい行事
の際には十分な配慮 が必要であった。保育者が積極的に活動や遊びを提案 したことで、 K男 の
世界 を広げ、他児のなかで徐々に自信 を持つ ことができるようになってきたようであった。 ま
た、できた といううれ しい気持ちに共感 しなが ら、 もうひとつ別な課題を与えると他の課題 に
も抵抗な く取 り組むことができ、できることがひ とつ増え、さらなる自信につなげてい くこと
ができた。
クラス集団に対する支援
他児か らの評価 を下げないために、集団活動の時、「注意 して参加 を促すのではな く、 K男 の要求を取 り入れ るなどして参加を促 してい く。他児に迷惑 をかけるような ときには TTを 積
極的に活用 し、別 な場所で別な課題 を与 える」 という支援方針 を立てた。
くエビソー ド 5 集団への活動に参加を促 し、 K男 のよさを他児に伝える >
初 めて 自転車 に乗れた 日、片づ けの時間で あることを伝 える と「もっ と乗 つて いたい」 と 言 つた。 K男 の気持ちもわかつたので、「 K男 君が 自転車 に乗れ るようになった こ と、みんな にお話 しするね。で も、帰 りの集 まりにこない とお話 しで きないな Jと 告げて、後 は K男 に任 せ ることにした。補助教諭には、 自転車に乗 り続 けているようだつた ら、遠 くか ら見ていてほ しい と頼 んだ。 さらに帰 りの集 まりにきて も参加できない ようだつた ら、『べ ろべ ろば―』を 1対 1で 読んで ほ しい と依頼 した。帰 りの集 ま り前 に、 K男 は自転車を片付け保育室へ戻って きた。いす とリゲームに参加 し、絵本『ねずみ くん とゆきだ るま』 もみんな と一緒 に聞いてい た。最後 に K男 が 自転車に乗れるようになつた ことをクラス全体 に伝えた。近 くで乗 つていた 子が、状況を説明 して くれた。
帰 りの集ま りで、外れて しまうこともあったが、補助教諭の手助けで参加す る日が多 くなつ て きた。 また、 クラスのなかで認められた り、注 目された りす る機会を設けることで、集団で の活動 に快 く参加できるようになってきた。 このような機会 を重ねることで、帰 りの集 まりで、
何か楽 しそうな ことがあるのではないか とい う期待感 を持て るようになってきた ようである。
注意す るので はな く、参加 してみた くなるような状況 を保育者が作つてい くことが、他児から の評価 を下げない ことにつながつた と思われ る。また、 自転車 に乗れるようになった ことを きっかけに、他児 も K男 に仲間意識を持つ ことができるようになつてきた。
物的環境の調整
興奮状態の時 にはひ とりで落ち着 く場 を設 けることも有効なのではないか と考 え、遮蔽され た空間を準備 し、ひ とりで落ち着いて活動がで きるように計画 した。
くエ ビソー ド 6 K男 が作った遮蔽空間を リソースコーナー として認める >
職員室のすみにおいてある修理中の小机 と積み木を椅子 と机 に見立てて遊び始 めた。 自分で 少 し大 きめの積 み木 を 2つ 持ち込み、壁を作 つた。全職員の了解 を得て、そこを K男 のスペー ス とす ることとした。
K男 自身が居心地のよい場所 にリソースコーナーを作 つた。保育者が設定 した ものではな く、
本人のお気に入 りの場所であつたため、気分転換 をしたい ときや落ち着いて活動 を したい とき
な ど、 自らリソースコーナーヘ行 き、遊ぶ姿が見 られた。 自分で選んだ場所、机や椅子 を使用
した リソースコーナーだつただけに効果的に機能 した。 しか し、興奮状態をリソース コーナー
で も収 められない ときは、保育者や養護教諭 をたたいた り、蹴 つた りすることが多 くなつてき
た。 このような場合 どのような対応をした らよいのか困つた。
広汎性発達障害が疑われる幼児に対する幼稚園での支援 について
保護者に対する支援
K男 の実態を保護者 に理解 して もらい、言語教室を紹介 し通級を勧めたいと考えた。そこで まず、第 1段 階 として母親 に 「言葉で うま く伝 えられないため、友だち とのコミュニケーショ ンが難 しく、 トラブルが多い」 という実態を話すことにした。第 2段 階 として、言語教室を勧 める。第 3段 階 として、言語教室を勧めた ことについての母親の反応 いかんで、祖父母に幼稚 園に来て もらい、副園長か ら言語教室の話をす る。 これ らが うま くいかない場合は、希望者面 接の機会を設けるな ど段階を踏んで言語教室を勧める計画を立てた。
くエピソー ド 7 K男 の成長を伝え、言語教室を勧める >
母親 に 「自転車が乗れ るようにな り、自信が持てるようになった」「自転車に乗 ることを通 して、友だちとのかかわ りが広がってきた」「みそ汁づ くりなど活動の幅 も広がってきている」
「お弁当の とき個別 に具体的な指示を出す と以前 より上手に食べることができる」 といった K
男の成長 を伝え、「伸 びる時期 にきているようだが、他人 とのコミュニケーションをもっと上 手に とれ るようになると、 さらに伸びる可能性がある。言語教室で個別の指導を受けるともっ と伸びてい く子だ と思 う。年長 になるまで待つ より、今の時期が大切だ と思う Jと 言語教室を 勧めた。
母親 は K男 の園内での様子 を知 り、 うれ しく思ったようである。「時々 自宅へ来て くれる保 健婦 さんか ら言語教室のことは耳に したことがある。パ ンフレッ トもいただいた。発音の不鮮 明 さも気 になるので、是非言語教室へ通わせたい」 と言語教室通級の手続 きを依頼 してきた。
自宅へ保健婦が訪問 している経緯 を尋ねると、言葉がなかなか出て こないので気になっていた。
3歳 児健診の とき、 K病 院を紹介 され受診 した。検査を受けたが、普通の幼稚園で大丈夫だろ うと言われた。その後、時々保健婦 さんが自宅へ来て くれている、 と話 して くれた。
K男 の成長を伝 え、今後 の成長の見通 しを話すことで言語教室の話が一気に進んだ。それま で 3歳 児健診の話題 は一切なかったが、 日に見 えた成長を確認 してようや く母親が話す気持ち になれたようだった。言語教室を勧める場合は、子 どもの成長にあわせてタイムリーに様子を 伝 えてい くことの重要 さを感 じた。
3)第 3期 (年長児 4月 〜 10月
)
K男 に対する支援
「友だちとかかわるなかでの楽 しさを感 じる」「遊びのなかでのルールを守ろうとする Jを 目標 に、成功の機会を与え、 自己決定の機会を設 けなが ら、意欲 と自信 を高めていけるような 支援 を試みた。
くエ ピソー ド 8 気持ちに共感 し、感情 と行動を切 り離 して考えさせる >
A子 を殴る。数人の女の子 に追い詰められ、 K男 は トンネルのなかに隠れていた。私は A子
たちに保健室に行 くように言つた。 K男 に殴った理由を尋ねると、「 S男 君が大切 に している 亀
(ぬい く ゛
るみ )を 持 っていた」 と言 う。「 S男 君は大切な友だちだ もんね。亀を取 り戻 した かつたのね。でも殴っちゃだめだよ。日で言お うね」 と言 うと、急に走 り出し保健室へ と行き、
A子 の前で上下座 を して 「ごめんなさい」 と大 きな声であや まった。 A子 は笑い、許 した。
「 K男 君、 A子 ちゃん、許 して くれた よ。 もういいよ」 と言 うと、走つて遊戯室へ行 き、片隅 でハアハア息を して 自分の気持ちを押 さえているようだつた。「謝れて偉かつたね。ひ とりで いたい
?」と尋ね るとうなずいたので、 ひ とりにさせた。 しば らくすると、工作 コーナーにい た私の横 に座 り、スパゲティを作 り出 した。
くエビソー ド 9 やってはいけないことを遊びへ >
K男 は私のポケ ッ トか らタオルを取 り出 し、水に濡 らした。相手にしては しかつたようであ る。濡 らしたタオルを私のズボンにつ けた。紺のズボンは色が変わった。楽 しくなつたようで、
「やめて」 と言つている私の声をまった く聞き入れない。養護教諭の Tシ ャツにもタオルをつ けにいった。 しか し、 自い Tシ ャツは色が変わらなかつた。不思議 に思つたようで、 また私の ズボンにタオルをつ けにきた。水 を含 む ことで、布の色が変化 す ることに興味を持 った よう だつた。私は 「もっ と、面 白いことで きるから、来てごらん」 と保健室前の コンクリー トにつ れていき、「タオルを絞つてごらん」 と言い、コンクリー トに水が しみ込んでい く様子 を見せ た。「アー」 と K男 は驚 き、 うれ しそ うな顔をした。タオルの水 を周 りにた らし、「花火
!」と 言 つた。「もつ と、た くさん描 こうよ。いい ところ教えてあげるよ」 と言 うと、ついてきた。
古い絵の具の筆 と水の入ったカップを用意 し、保育室の西側の 日陰の コンクリー トの場所 に連 れて行つた。 コンクリー トやサ ッシのガ ラスに水で絵を描いていると、他児 も 3人 程カロわつた。
K男 は 1時 間以上 その遊びを楽 しんで いた。
他児の遊びに加わった り、他児が K男 の遊びに加わった り、遊びのなかで友だち との相互的 なかかわ りが もて るようになってきた。 そのなかで、自分の行動 を振 り返 つてよりよい行動を とることも徐々にで きるようになって きた。また、身の回 りの環境 に目を向け、積極的にかか わろうとする姿がみ られ、 ものの変化 を不思議に思 うなど、知的な好奇心 も芽生えてきた。選 択肢を与え、 自分で考 える時間を確保 した り、友だちとの トラブルについて感情 と行動 を切 り 離 して考 えさせた りす ることで、 自らルールを守ろうとす るようになって きた。 また、 K男 の 興味や関心を捉 え、他児を巻 き込みなが ら環境を再構成 した り、や つてはいけないことを遊び として別な形で価値付けた りした ことで友だちとかかわるなかでの楽 しさを感 じていけるよう になってきた。
クラス集団に対する支援
K男 のよさを保育者が認 め、クラスの子 どもたちに伝えなが ら、 K男 を核 としたクラス経営 を行 うことを目標 とした。
くエピソー ド 10 経験をみんなの前で話す機会を作る >
クラスの 4人 の子 どもが、近 くのお花屋 さんへ各学年の花壇 に植 える苗を買いに行つた。 K
男は赤組のパセ リを買 う。 K男 が帰 りの集 まりで絵本に興味を示 さず集団か ら外れそうになっ たので、読み終わつた後、買い物に行 った子 どもたち 4名 に前 に出て もらい、何 を買つたか、
どんな気持ちだつたかをインタビュー した。 K男 もみんなの前 に立ち、前に発言 した子の 「ド キ ドキした」 とい う言葉を受け、「ワクワクした。パセ リを買 つた」 とうれ しそ うに話 した。
4人 の話を他児たちは興味深 く聞いていた。
広汎性発達障害が疑われ る幼児に対する幼稚園での支援について
くエビソード 11 友だちとのかかわりを見守る >
K男 が 自分の顔を誕生日のプレゼ ン トのランチ ョンマッ トに描いていた。 自分の顔の周 りに S男 、 D子 、 C子 の顔を描いた。それぞれ違 う色 を使っていた。私の顔 を描 くとき、自と青 と 灰色のソメールを とった。通 りがか りの男児がそれを見て、「先生の服の色 を見て決めたんで しよう」 と声をかけた。私は 「本当だ。 よ く気がついたね」 と言つた。 K男 は 「 Kち ゃんも、
青 い服、着ている」 と言つて、 自分の体 と手足 を描いた。「なかなか、いいじゃん」 と声をか けて男児 はいな くなった。別の女児 もプールに行 く途中、「 K男 くん、二手だね」 と声をかけ て くれた。 K男 はうれ しそうだった。
他児 も K男 のことを知 り、 よさを認める姿がみ られるようになってきた。遊びのなかだけで な く、 クラス全員がお互いの ことを知 る機会を重ねた ことが効果的だった と考える。また、注 意をす ることで参加 させるのではな く、 自然な形で参加を促すこと、ひ とりだけに注目をさせ るので はな く、数人の子 どものなかに入れることで、 K男 だけに特別な配慮 をしているという 感覚 を他児 に持たせなかった ことも効果的であった。また最後に発言させ ることで、前の子 ど もの発言を受け、上手に話す ことができた。 K男 の自信や他児の評価 を高 めてい くことにつな がつた。他児から認められた り、励 まされた りする経験は教師の励ましとはまた違 う意味で、
本児の成長 を支える要因 となった と考 えることができる。
物的環境の調整
興奮状態の ときに人形を使い戦いをさせ欲求不満を解消 させ ようとしたが、効果が上が らな かつたので、 K男 が好きなアップリカブロックを準備 しておき、人形の代わ りに使用すること に した。「じっ くりと取 り組みたい活動の ときにも、 リソースコーナーを積極的に利用 してい く」「視覚 に訴える表示、先の見通 しがわか りやすい表示を心がけることで K男 の不安感を取 り除いてい く Jと いう支援方針 を立てた。
くエ ピソー ド 12 手順を写真で示 し、先の見通 しを立てさせる >
誕生会 に牛乳パ ックを使いひ とりずつ蒸 しパ ン作 りをした。前 日、日頭で知 らせることに加 え、完成品の写真 と自宅か ら持 って くる牛乳パ ックの実物を掲示 しておいた。 K男 は期待感を 持 っていつ もより早めに登園 し、素早 く支度をすませ、蒸 しパ ン作 りに参加 した。手順を写真 で示 していたため不安な様子 もな く取 り組めた。蒸 しパ ンを蒸 している間、「固まった
?」と 何回 も気 にした。 ドロ ドロしている生地が固まることを不思議に感 じたようだ。調理室ヘー緒
に行 き、蒸 し器を見せ、温 まると固まることを説明すると、納得 したようだった。
視覚的な表示で手順をわか りやす く示すことで、期待感をもって活動に参加できることが多 くなって きた。視覚的にスモールステップで先の見通 しを持たせ ることは、 K男 にとって効果 的な支援であるとともに、他児 に とって も有効な手立て となった。
また、活動に入 り込むことで 自分の気持ちをコン トロールできることが多 くなり、まだまだ
養護教諭の力を借 りることも多いが、他児の前での問題行動はほとん どな くなった。 リソース
コーナーの設置が他児の評価 を下げないことにつなが り、ひいては本児の自尊心を傷つけない
ことにつながった。
保護者 に対する支援
就学 について保護者の考えを聞きなが ら、 どのような環境が K男 に適 しているのかを伝 え、
校内に就学指導委員会のある公立小学校 を勧 めてい くとい う方針 を立てた。
くエピソー ド 13 小学校の選択肢を増やすように伝える >
7月 初旬、降園時、いろいろな友だち とのかかわ りが増えてきた こと、友だちも K男 の こと を気 にした り、受 け入れた りする様子がみ られ るようになってきた ことを伝 え、「附属幼稚園 の どんな ところがいい と思 う
?」と問いかけてみた。母親は 「突然で、困っちやう」 と笑 つた。
「どうして附属幼稚園を選んだの
?」と別の間 き方をすると、「自由保育が合 つている と思 っ て。で もこの子 は何かや ることがあつた方力れヽいみたい」 と答 えた。「課題があるとしつか り
と取 り組む し、そのなかで想像力を働かせて楽 しんでいるように感 じる。課題があれば、いろ いろな経験 を積んでいけるのではないか。今 は、できるだけ興味のあ りそうな活動に誘 うよう に心がけてい る」 と K男 の活かされ る環境 と現在の支援についての話をした後、小学校への進 学 を どのように考 えているのかを尋ねてみた。母親はちょつ と困つた顔 を した。公立小学校 の
よさも伝 え、選択肢のひ とつに加えてみ るように提案 した。
2学 期 に入 り、母親は学区の公立小学校 について詳 しく知 りたい と言って きた。幼稚園側で 知 ってい る限 りの情報を伝え、教頭先生 にコンタクトをとり、小学校の見学 に行つて もらった。
K男 の実態 を母親 も理解 し、 K男 に とって何が大切なのか、 自分が どのように周囲 とかかわ ることが大切 なのかを考えて行動するようになってきた と感 じられた。言語教室の参観 日にぜ ひ来てほしい と保育者 に依頼 して くるな ど、積極的に K男 にかかわつてい こうとする姿がみ ら れ るようになってきた。
1.対 象児およびクラス集団に対する支援
第 1期 にはそれ以前 と同じ目標で K男 に支援 をしてきた。 日標が大 き く、具体性 に欠 けるた め支援 につなが らず、 K男 や他児、母親の変容 はみられなかつた。第 2期 以降は、で きそ うな ことを中心 に具体的な目標 を立てて支援 し、 K男 の成長を促 した。「気 にな る子 ども」が気 に な らな くなった時期に、積極的に K男 にかかわったことが効果的であつた。 また、注意す るこ とで問題行動 を止めさせ るのではな く、 よ りよい行動を具体的に伝 えることが、 自尊心 を下 げ ないことにつながった。
第 2期 にスムースに日常生活を送れ るようになっている K男 に対 し、保育者が積極的に活動 や遊びを提案 した。 K男 は遊びの幅を広 げ、友だちとのかかわ りも増え、 自分の世界 を広 げて いった。他児 とのかかわ りのなかでひ とつずつできることが増 えることは、 K男 の自信 につな が ると同時に、生活を共にする他児の見方 を変化 させていつた。
第 3期 には、遊びの幅が広が り、友だち とのかかわりが少 しずつでてきた K男 に対 して、選 択肢 を与えた り、 自分で考 える時間を確保 した り、友だち との トラブルの際に感情 と行動 を切 り離 して考 えさせた りすることで、 自らルールを守ろうとす る行動がみ られ るようになつてき た。保育者が K男 の興味や関心を捉 え、他児を巻 き込みなが ら環境 を再構成 した り、やつては
考
広汎性発達障害が疑われる幼児に対する幼稚園での支援 について
いけないことを遊び として別 な形で価値付けた りしてい く支援をしてきた。 このような支援を 繰 り返すなかで、友だち とかかわ りなが ら遊ぶ楽 しさも味わ うことができるようになってきた。
また、遊びのなかだけでな く、クラス全員がお互いを知 る機会を重ねた ことで、他児 も K男 の ことを知 り、 よさを認める姿がみられるようになってきた。 クラス替えも、他児が先入観を 持たずに K男 のよさを見 ることができる要因になったのではないだろうか。
他児 に対 しては K男 の評価 を下げないために、注意す ることで参加を促すのではな く、快 く 参加 させ るという配慮が効果的であった。さらにクラス集団 とのよ りよい関係を保つために、
K男 だけを特別に扱 うのではな く、他児のなかに入れなが ら、参加 を促 した り、よさを伝えた りしてい くことに留意 してい くことで、 K男 だけが特別な配慮を受 けている という感覚を他児 は持たなかった。
2.物 的環境の調整
物的環境については、アップリカブロックの使用、 リソースコーナーの活用、視覚的な提示 な ど有効な手立てを繰 り返 し行い発展 させていき、その一方でレッドカー ドや人形の使用など 効果が上が らないものは無理のない形で中止 して事態を観察 してい くことが有効であった。さ らに、保護者が障害を認識 していない場合、 リソースコーナーな ど物的環境の調整は難 しいが、
遊びのコーナーの一部 として無理のない形で K男 とともに作 り出 してい くといった配慮の必要 性 を感 じた。 また園全体で研修会を行い、軽度発達障害児への理解 を深めてきたことで物的環 境の調整が可能 となった。
3.保 護者に対する支援
母親に対 しても K男 と同様 に具体的な目標が支援につなが り、母親 も変容 していった。母親 の変容のきっかけは、言語教室への通級 を決心 した ときか らである。言語教室を勧めるにあ たつては、 K男 の目に見えた成長を伝えた上で、今後の成長の見通 しを話 した ことが効果的で あつた。言語教室のフオローにより、母親はK男 の実態を真正面から見ることができるように なった。言語教室など外部機関との連携が重要であるが、外部機関にだけに任せっぱなしにす るのではなく、園内でも効果的な支援を繰り返し、外部機関と幼稚園の双方が保護者を支えて いくことが大切である。
保護者 との関係については、問題行動だけを伝えた り、無理に医療機関の受診を勧めた りす ることで保護者 との関係をこじらせ、不信感をつのらせないように慎重に保護者 との関係を築 いてい くことが重要である。学校教育の入 り口である幼稚園で、保護者が学校 に対 して不信感 を抱 くと、その後の教育のなかで不信感を払拭 し信頼関係を築いてい くためには、想像以上の 時間 と労力が必要 となって くるか らである。
当初、保育者は K男 の母親の養育態度にらぃて、一貫 した態度で接 していない、生活習慣の
面でも問題がある、 と考えていた。しかし、広汎性発達障害の K男 やその母親 とかかわってい
くなかで、「本人が見たいと言 うので同じビデォを繰 り返 し見せている」 と話す母親の言葉の
重さをようや く理解することができた。母親のス トレスまで抱え込む保育者の幅が必要である
ことを痛感 した。 K男 の個性を理解し、支援を重ねるなかで、本当の意味で母親への共感を持
てるようになった。 .
献
文2) 3)
4)
刑部育子 (1998):「 ち ょつ と気 になる子 ども」の集団への参加過程 に関す る関係論的分析
.発達心理学研究 ,9,1‐ H.
橋本亜希子 (2001):通 常の保育園に在籍 す る発達 に困難 を抱 えてい る子 どもの実態 につ いて .発 達臨床心理学研究 ,7,41‑51.
文部科学省 (2002):「 通常の学級 に在籍 する特別な教育的支援 を必要 とする児童生徒 に関 する全国実態調査」調査結果 .文 部科学省
http://― .meXtOgojp/b̲menu/shingi/ChOusa/ShOtOu/018/toushin/030301i.htln 水内豊和・増田貴人・七本田敦 (2001):「 ちよつと気になる子 ども」の事例に見 る保育者 の変容過程 .保 育学研究 ,39,28‑35.
96