ネワール仏教近代化の一側面
―仏典の売買―
吉 崎 一 美
はじめに
仏の言葉を伝える仏典,仏の姿を写す仏画や仏像は,本来は値がつけられない ほどに貴重である.写本から印刷本への転換にともなって,それらが定価を附し て市場で販売されるに至るまでの経過を,ネワール仏教近代化の視点から眺めて みよう. Nis.t.hānanda Vajrācārya(
N.S. 978–1055)
彼はN.S. 1029およびN.S. 1034にネパール初とされる活版印刷本を刊行した(吉 崎[2014: 17]:N.S. はネワール暦の略号.以下同様)が,それらの刊行以前に彼が書写し たと推定される写本(③を除く)が存在する.① N.S. 1025 Nis.panna-yogā[m]valī (東京大学写本no. 216): 奥書に「かつて先人たちによって書き残された写本がネズ ミの害に遭ったので,(N.S.)1025年に修理した.(中略)ニスターナンダが書き整えた(likhitam. śodhitam. Nistānandena)」(f. 134a4–5)とある.新たに加えられた20 folios (Matsunami [1965: 84])が彼の仕事であろう.② N.S. 1026 Mahāyāna-sūtrālam.kāra (BSP 7-2: 114–115): 奥書に「N.S. 1026年(中略)にdvija-vara-vam.śaのNis.t.hānandaが
子孫らのためにと書写した」とある.③ undated Bodhicaryāvatāra (京都大学写本 no. 73: Goshima and Noguchi [1983: 20]): 奥書に「前半を父(一部不明)のMuktānanda1)
が記し,未完の後半を息子のNis.t.hānandaが子孫たちのために記して完成した」 (f. 60a6)とある.写本はf. 30a冒頭を境に筆跡が異なる.これらは写本の書写者 が印刷本の校訂者になった実例である.それらのいずれにも売買に関する記載は 見られない.彼がN.S. 1034に自力で刊行したネワール語訳 Lalitavistara は,ネ ワール仏教における印刷本の金字塔として,ネワール仏教界に新風を吹き込むこ とになった.わずか五十部の初版刊行から十年後(N.S. 1044)の再版時に,本書を もとに仏陀釈尊の生涯が舞台劇に仕立てられてパタン市のOku Bahā で上演され
るや,それを契機にネパールに比丘の伝統が復活したからである(Min Bahadur [1997: ta]).それは近世ネパールにおけるテーラバーダ仏教運動の先駆けになった.
木版本
Nis.t.hānandaの活躍と同時期に,木版印刷本による仏典流布の試みがあった. N.S. 1037に刊行されたサンスクリット語とネワール語の対訳木版本 Dāna-gāthā (Jīva ratna [N.S. 1037])2)は,その一例である.そのサイズは11.2×16.0 cmであり, 表紙と本文にはネパール紙が用いられている.総ページ数は六十八.表紙に, 「吉祥あれ.オーム,ディーパンカラ仏に帰依します.さて『布施の偈文』 (Dāna-gāthā)のネワール語訳(mūla-bhās.ā).ネワール暦1037年(の刊行).本書はpāko-pukhu-dyām. 地 区(Brahma-cakra Mahāvihāraに 隣 接 す る)の 書 店 に あ る( saphu-coyegu-pasale du: そこで入手できる).価格は20(パイサ:mū dhyabā gva / 20)」とあり, 裏表紙には,「本書は紙質が粗悪なので文字を鮮明に印刷できないが,一・二度 読めば賢者たちは理解するだろう」とある.また序文に,「カピサーヴァダーナ
聖典に記された布施の偈文を抜出して,Jīva ratna Bajrācāryyaが校訂し,簡潔な
ネ ワ ー ル 語 と し て(翻 訳 し て)刊 行 し た」 と あ る. 校 訂 翻 訳 者 のJīva ratna
Vajrācārya (N.S. 991–1059) はカトマンズ市のBhotyā Bahā 出身のパンディトであっ
た.彼は「Nis.t.hānandaの直後に(木版の)活字で仏教書を出版した」([Phan.īndra N.S. 1123: 22])ことで知られる.Bhotyā Bahā (= Bhot.e Bahā, Brahma-cakra Vihāra) はGubhā Bahā (Brahma-cakra Mahāvihāra) の支院である3).Brahma-cakra MahāvihāraのJīva ratna
Vajrācāryaは,確実な例だけを挙げれば,以下の諸写本を書写した.①N.S. 1023
Svayambhū-purān.oddhr.ta-nepāla-tīrtha-mahātmya (Yoshizaki [1991: 28, no. 481]).② N.S. 1026 Stotra-sam.graha (BSP 7–3: 129). ③N.S. 1027 D.ākinī-guhya-samaya-sādhana-(mālā) (Yoshizaki [1991: 229, no. 3797]): 奥書に,「父のJīva ratnaが書き終えなかっ たものを,息子のMāna ratnaが(以下欠)」とある. ④ N.S. 1040 Sinhāmathayā
vidhi (Yoshizaki [1991: 69, no. 1248]).これらの写本にも売買に関する記載は見られ ない.
印刷所の貢献
写本の制作が書写者とその依頼者による共同作業であったのに対して,印刷本
出版の場合には両者の関係が基本的に継続されながら(吉崎[2014: 17]),校訂者
への参加者となる.身近な例を挙げれば,名古屋市徳林寺の高岡秀暢氏を代表と する仏教資料文庫(cf. 吉崎・田中[1998: 113–115])は現地でNepāl Bauddha Prakāśan
という出版組織を立ち上げ,1970年代からネワール人仏教学者たちを支援して
ネワール語による多数の仏教書を刊行したが,その印刷をほぼ一手に引き受けた
のがパタン市のSubhās. Print.iṅg Presであった.この印刷所は,通常の営利事業の
合間に,空いた印刷機をほぼ無償で稼働させて仏教書の印刷を請け負った.オー
ナーの Śākya一族は熱心な仏教徒として知られている.彼らにとって,それは家
業を通しての宗教行為なのであった.同様に旧ビル・ライブラリー(V.S. 2025にネ
パール国立古文書館と改称:V.S. はヴィクラム暦の略号.以下同様)所蔵写本の仏教部門
目録(BSP 7-2およびBSP 7-3: ともにV.S. 2023)と歴史部門の目録(BSP 8: V.S. 2025)は, Papular Ārt. Print.iṅg PresのParśa man.i Vajrācāryaによって印刷された.その印刷は 「格 別 に 安 価 な 費 用」 で 請 け 負 わ れ た と い う(下 記 のRatna kājī Vajrācārya談:
1989.1.26.:Parśa man.iとRatna kājīはともにSaval Bahāに属し,Parśa man.iの息子たちは印刷
所経営を引き継ぎながら,Ratna kājīらの出版活動を援助した).
仏典の売買
写 本 は 時 と し て 金 銭 を 媒 介 し て 委 譲 さ れ た. ①N.S. 932に 書 写 さ れ た
Svasthānī 写本は,N.S. 940に本来の所有者から三ルピーの「寄付」(daks.in.ā)に よって新たな所有者に譲渡された(Śukra sāgar [V.S. 2057: 227, no. 249]).②N.S. 1036
には,新たな所有者が六十ルピーの「寄付」によって Abhidharma-kośa 写本を 「購入」した(若原他[2003: 44, 49])4).写本奥書には,時としてこうした譲渡(ま たは譲渡を示唆する)記録が書き添えられる.仏の言葉を伝える経典は,仏の姿を 描く仏画や仏像と同様に,売買の対象にはならないので,それらの制作者(写本 の書写者・絵師・仏師)には制作依頼者から寄付の名目で謝礼が支払われる.それ で上記のような写本委譲も「寄付」金の授受によって成立した.仏典の印刷本も 当初は法施(dharma-dāna)によって流通した.法施による出版では刊行者(施主) が出版費用を請け負う.それは一種の寄付行為である.近隣縁者に一冊でも多く 配布されるようにと,無償の法施本には「無料 (nih.śulka)」,「布施 (pradāna)」など と表示されている.ところがそうした中に,しだいに「寄付 (dachinā)」,「援助
(gvāhāli)」,「献金 (candā)」,「協力 (sahayoga)」などと称して,実質的な販売価格を
併記したものが見られるようになった.「任意 (yathā-śaddhā)」と表示して,読者
Nepāl Bauddha Prakāśanから刊行された一冊([Ratna kājī N.S. 1108])では,読者に八 ルピーの「寄付」が求められている.これはその「寄付」を次の出版予定書の諸
費用に充てるためであった.あるいは「(この仏教書の発行部数一千・価格四百ルピー
の売り上げの)半分を,(関連する)仏教寺院護持のために,また残りの半分を同様
の仏教書を出版するために(支出する)」(Badrī ratna and Phan.īndra [N.S. 1125: 2])とす るものもある.その実質的な販売価格が,次の段階では営利目的を持つ出版社の 登場によって「売値」に変化する.営利目的を持たない校訂者(また著者)も, より多くの読者を獲得するために,出版社からの刊行を受け入れることになっ た.こうして本来は値段を付けられない仏典にも,写本には「寄付」の名目で 「買値」が記され(「売値」が記されることはない),印刷本には「売値」が表示され るようになった.この変化は,「印刷本は完成の当初から魂入れの儀礼が必要と されない」(吉崎[2014: 19])ことにも関連するであろう.こうした変化に呼応し て,写本もまた河口慧海ら外国人研究者たちによる「売買」の対象となったので ある.
おわりに
ネワール仏教の近代化における「写本(〈寄付〉による制作→〈買値〉による所有権 の移動)→法施印刷本(無償から有償へ)→〈売値〉を附した印刷本」という仏典制作 上での変化のプロセスは,筆者が整理したモデル図式であって,これまでに挙げ た個々の事例は時間上で前後することがある.従来の写本制作(仏像・仏画も同 様)では,依頼者が制作者に謝礼を〈寄付〉する.その謝礼は作品(写本・仏像・ 仏画)と等価ではない.どちらかが他方に過剰な〈善意〉を示すことで,両者の 関係は作品制作後も維持され,次の段階(新たな作品の制作)への布石となってい く.ところが「〈売値〉を附した印刷本」の仏典では,それによって流通の速度 が進み,その範囲も拡大したが,作者と出版者の関係には,仏典流通という目的 の他に,新たに経済的利益の追求という要素が加わることになった.その一方で 法施本刊行の伝統は今も根強く存続しており,それを支援するアピールも盛んに 出されている.こうした法施本の習慣こそが,ネワール仏教徒には「値がつけら れないほどに貴重な」財産であり,それが「〈売値〉を附した印刷本」に象徴さ れる〈近代化〉への批判的見解の核となっているのである.(1) MuktānandaとNis.t.hānandaの親子関係は Phan.īndra [N.S. 1123: 20]などに確認できる.カ トマンズ市のOm-bahā-tolに住むMuktānandaはdvija-vara-vam.śaと称して,N.S. 968に
Dur-gati-pariodhana 写本(京都大学写本no. 51: Goshima and Noguchi [1983: 14–15])を書写し た. (2)本書はKamal ratna Tulādhar氏からの寄贈(2016.2.23.)である.記して御礼
を申し上げます.氏の一族はGhorāśār Pālā を率いるラサ・ネワール商人たちであった.
(3) Brahma-cakra Mahāvihāraとチベットとの間には密接な関係があった(Locke [1985: 321–
325]).ネワール仏教における木版本仏教書の出版には,チベット仏教経典の木版印刷が
影響を与えたものと思われる.ラサとの交流が途絶えた20世紀後半以降,木版本仏教書の
出版も稀になった. (4)新たな所有者の略歴等を省く.
〈略号〉
BSP 7-2 Br.hatsūcīpatram., Saptama bhāga Dvitīya khan.d.a: Bauddhavis.ayaka. Ed. Buddhi sāgar Śarmā
and Pūrn.a ratna Bajrācārya. Kāt.hamān.d.ū: Vīr pustakālaya, V.S. 2023 (≒1966). BSP 7-3 Br.hatsūcīpatram., Saptama bhāga Tr.tīya khan.d.a: Bauddhavis.ayaka. Ed. Buddhi sāgar Śarmā and Pūrn.a
ratna Bajrācārya. Kāt.hamān.d.ū: Vīr pustakālaya, V.S. 2023(≒1966). BSP 8 Br.hatsūcīpatram., as.t.ama bhāga: purān.etihāsavis.ayaka. Ed. Buddhi sāgar Śarmā and Bābu kr.s.n.a Śarmā.
(Kāt.hamān.d.ū): Rās.t.riyābhilekhālaya, V.S. 2025(≒1968). 〈参考文献〉
吉崎一美 2014 「ネワール仏教における写本と印刷本の関係」『印度学仏教学研究』63(1): (16)–(20). 吉 崎 一 美・ 田 中 公 明 1998 『ネ パ ー ル 仏 教』 春 秋 社. 若 原 雄 昭
他 2003 「梵語仏教写本の文献学的研究」『龍谷大学仏教文化研究所紀要』42: 28–50.
Badrī ratna Vajrācārya and Phan.īndra ratna Bajrācārya. N.S. 1125 (2005). Svayambhū Mahāpurān. a. Kāt.hamād.aum.: Āśānanda svadharma vihāra. Goshima Kiyotaka and Noguchi Keiya
(eds.). 1983. A Succinct Catalogue of the Sanskrit Manuscripts in the Possession of the Faculty of Let-ters, Kyoto University. Kyoto: Kyoto University. Jīva ratna Vajrācārya. N.S. 1037 (≒1917). Dāna-gāthā. (Kathmandu): privately printed. Locke, John K. 1985. Buddhist Monasteries of Nepal: A Survey of the Bāhās and Bahīs of the Kathmandu Valley. Kathmandu: Sahayogi Press.
Matsunami Seiren (ed.). 1965. A Catalogue of the Sanskrit Manuscripts in the Tokyo University Li-brary. Tokyo: Suzuki Research Foundation. Min Bahadur Shakya (ed.). 1997. Lalitavistara sūtra: translated and compiled by Pt. Nisthananda Vajracharya. Lalitpur: Young Men s Buddhist
Association. Phan.īndra ratna Vajrācārya (mum.mha). N.S. 1123 (2003). Mhasīkā Dhalah.: Nepālabhās.ā Sāhitya Khyalay Yogadāna Dupinigu (Whos's Who in Nepal Bhasha). Yem.: Nepāla-bhās. ā Ākādemi. Ratna kājī Vajrācārya. N.S. 1108 (1988). Vimalāvatī avadāna (Basundharā bratayā bākham.).Yem.: Nepāl Bauddha Prakāśan. Śukra sāgar Śres.t.ha. V.S. 2057 (≒2000). Kīrtipurko Sām.skr.tik ra Purātāttvik Itihās. Kīrtipur: Nepāl ra Eśiyālī Anusandhān Kendra, Tribhuvan
Viśvavidyālaya. Yoshizaki Kazumi (ed.). 1991. A Catalogue of the Sanskrit and Newari Manu-scripts in the Asha Archives (Asha Saphu Kuthi),Cwasa Pasa, Kathmandu, Nepal. Kumamoto:
Kuro-kami Library (privately printed).
〈キーワード〉 ネワール仏教写本,木版本,法施,仏典の売買,Nis.t.hānanda Vajrācārya