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研究の背景物質の原子 1つ1つを識別してその性質を調べる研究は これまでに盛んに取り組まれてきました しかしながら テラヘルツ波の信号やノイズレベル (-174 dbm レベル注近くの強度の信号 ) の強度しかない微弱な信号を検出する分光技術の開発は難しく 未だに成し遂げられていない課題でした [1

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Academic year: 2021

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(1)

1 平成 26 年 10 月 24 日 報道関係者各位 国立大学法人 筑波大学

宇宙電波望遠鏡の技術でナノの世界を観察する

~ヘテロダイン走査トンネル分光計測法の開発~

研究成果のポイント

1. アルマ宇宙望遠鏡の検出技術を、走査型トンネル顕微鏡に導入し、新しい局所精密分光計測手法を開 発しました。 2. これまで検出困難であったテラヘルツギャップと呼ばれる周波数領域の信号やノイズレベルの微弱な信 号を、高感度に検出することが可能になりました。 3. 物質の原子 1 つ 1 つを識別しながら、それぞれの原子の性質を明らかにする精密計測技術が実現し、 新しい物質の性質が発見される可能性が飛躍的に広がりました。 国立大学法人筑波大学 数理物質系 松山英治技術専門職員、近藤剛弘講師、大井川治宏講師、 中村潤児教授らは、同、郭東輝研究員、根本承次郎名誉教授らと共同でヘテロダイン走査トンネル分光計 測法という新しい局所精密計測手法を開発しました。この方法により、これまで困難であったテラヘルツ波の 信号注1やノイズレベルの強度しかない微弱信号を原子レベルの空間分解能と高いエネルギー分解能で検 出することが可能になりました。 物質の原子1つ1つの性質を調べる研究は、今日まで盛んに取り組まれてきました。その中で、テラヘル ツ波やノイズレベルの微弱信号を精密に調べる技術の開発は難しく、未だに成し遂げられていない課題でし た。本研究グループは、微弱信号を高感度に検出する原理としてアルマ宇宙望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サ ブミリ波干渉計)の検出技術に着目し、これを原子1つ1つが識別可能な走査型トンネル顕微鏡注2に導入し て新しい精密分光計測手法を開発しました。この計測法により、物質を構成する原子の性質を高速かつ精 密に計測することが可能となり、新しい物質の性質の発見につながることが期待されます。 本研究成果は、2014年10月24日付「

Scientific Reports

」で公開されました。 *本研究は、日本学術振興会科研費奨励研究「光ビートプローブSTMによる局所プラズモン共鳴励起と量子電 磁波の観測」(研究代表者:松山 英治、研究期間:平成21年度)、新エネルギー・産業技術総合開発機構 (NEDO)/固体高分子形燃料電池実用化推進技術開発/基盤技術開発/カーボンアロイ触媒「カーボンアロイ触 媒の最適活性点形成に関する研究」(研究代表者:近藤 剛弘、研究期間:平成22-26年度)の一部として実施 されました。

(2)

2 研究の背景 物質の原子1つ1つを識別してその性質を調べる研究は、これまでに盛んに取り組まれてきました。しかしながら、 テラヘルツ波の信号やノイズレベル(-174 dBm レベル注 3近くの強度の信号)の強度しかない微弱な信号を検出す る分光技術の開発は難しく、未だに成し遂げられていない課題でした[1]。その主な原因は、物質の原子1つ1つを 識別するための信号検出感度と、エネルギー分解能(分析精度)の低さです。これまでの試みでは、検出感度を上 げるための刺激が計測対象に擾乱を与え、計測ができなくなってしまうという問題がありました。 本研究グループは、微弱信号を高感度に検出する方法として、アルマ宇宙望遠鏡の検出技術に着目しました。 アルマ望遠鏡では、宇宙遠方からの極微弱なテラヘルツ波信号を窒化ニオブチタン/絶縁体/窒化ニオブチタン接 合部へ導波し、ヘテロダイン検出注 4という信号検出方法により計測しています[2,3]。この接合部の形やサイズは、 原子 1 つ 1 つを観る走査型トンネル顕微鏡(STM)の探針と試料間との接合部分に良く似ています。そこで、この検 出法を STM に導入し、極めて高い信号検出感度を備え、エネルギー分解能が高く、計測対象に擾乱を与えずに 原子レベルの空間分解能を実現する新しい局所精密分光計測技法として、ヘテロダイン走査トンネル分光 (heterodyne scanning tunneling spectroscopy,HSTS)計測法を開発しました。

研究内容と成果 開発した HSTS 計測法では、2 つの入力交流信号f1とf2のヘテロダインミキシング注 4を STM の探針と試料の間 の接合部分で生じさせ、f1とf2の周波数の差を持つ信号f3を生起します(図 1)。f3は1電子ボルト(1 eV)から 1 ナノ電子ボルト(1 neV = 0.000000001 eV)までの幅広いエネルギー領域、すなわち 1 メガヘルツ(1 MHz = 1,000,000 Hz)から 1 ペタヘルツ(1 PHz = 1,000,000,000,000,000 Hz)までの幅広い周波数領域に、任意の強 度で発生させることができます。また、発生させたf3信号は、ラジオをチューニングするように動かすことができま す。このf3信号を用いて測定対象と共鳴吸収注 5やヘテロダインミキシングを起こさせて信号を高感度に検出するこ とで、1 ピコ電子ボルト(1peV = 0.000000000001 eV)のエネルギー分解能と原子レベルの空間分解能で精密分 光を行います。例えば、固体表面上のスピンのラーモア歳差運動と呼ばれる運動や分子の回転や振動モードを、非 破壊かつ無擾乱で高感度に計測することができます。 本研究グループは、開発した HSTS 計測法の精密性を示すために、まず装置上の様々な不安定因子を排除でき る kHz(キロヘルツ)帯域のモデル入力信号(f1と f2)を用いて、走査トンネル顕微鏡の探針と試料(高配向性熱分 解グラファイト)との間の接合部分において、アルマ望遠鏡の検波器と同様にヘテロダインミキシングを起こすことが できることを示しました(図2)。この際、ヘテロダインミキシングで発生させた f3信号の周波数と強度を精密にコントロ ールできます(図3)。次に f1と f2を接近させて相互変調ひずみと呼ばれるひずみを発生させ、高い周波数の信号 団を低い周波数の信号団に変換するビートダウンが可能であることを示しました(図4)。さらに、ギガヘルツ(1GHz = 1,000,000,000 Hz)領域に存在した信号をヘテロダインミキシングにより可聴周波数に変換できることを示しました (図5)。最後に、HSTS 計測法の応用例として、通常はロックイン検波法という方法による走査トンネル分光計測を、 HSTS 計測法によって高速かつ精密に行えることを示しました。ロックイン法(従来法)の結果を図 6 の右軸に、HSTS 計測法の結果を図 6 の左軸に示しています。HSTS 計測法では各サンプルバイアス(サンプルにかける電圧)条件 において検出されるトンネル電流の交流成分を高速フーリエ変換(FFT)注 6によって周波数分解させた後、入力信 号であるf1とf2の周波数およびヘテロダインミキシングで発生させたf3信号の強度をプロットしました。図 6 に示した スペクトルの形状より、HSTS 計測法によって従来法と全く同じシグナルプロファイルが得られることがわかりました。こ こでは 3 つの周波数成分のみをプロットしてありますが、HSTS 計測法は従来法とは異なり、観測される信号の全周 波数成分を一度に、高感度に検出します。そのため、図 4 のような多数の周波数のシグナル成分が存在している場 合でも、各々の強度変化を瞬時にとらえることができます。このように、HSTS 計測法が極めて優れた計測法であるこ とが確認されました。

(3)

3 今後の展開 本研究で開発した HSTS 計測法により、物質の原子 1 つ 1 つを識別しながら、それぞれの原子の性質を高速か つ精密に計測することが可能となりました。今後、物理化学、物質科学、生命科学などの様々な分野で HSTS 計測 法が用いられ、これまでは計測できなかった物質の様々な重要な微細構造情報にアクセスすることで新しい物質の 性質の発見につながるものと期待されます。 参考図 図 1: ヘテロダイン走査トンネル分光(HSTS)計測法の模式図

f

1

f

2

= f

3

f

1

f

3

探針

増幅器

スペクトル分析器

走査トンネル顕微鏡

コントローラ

交流

直流

f

2

分子の振動運動 分子の回転運動 ラーモア歳差運動

エネルギー領域の選択が可能

GHz

THz

PHz

周波数 エネルギー

meV

μeV

eV

MHz

チューナブルな入力交流信号 f

1

と f

2

neV

原子分解能

peV エネルギー分解能

チューナブル

+

x, y, z

(4)

4 図2: ヘテロダインミキシング信号f3の生起と検出 a, 高配向性熱分解グラファイト表面にかけるサンプルバイアスを変えた際のトンネル電流の変化:電流と電圧が非 線形の関係になっておりヘテロダインミキシングを起こすことが可能であることを示しています。b, f1と f2 をサンプル に入力したときのトンネル電流の高速フーリエ変換結果:入力信号のf1とf2に加えてf3 で示す信号が新たに生成 していることを示しています。c, f3 の周波数に対するf2 と f1 の周波数の差(f2‐f1): f3 の周波数がf2 と f1 の 周波数の差に対応しておりf3 がヘテロダインミキシングによって生起した信号であることを示しています。 図3: ヘテロダインミキシング信号f3強度のコントロール a, 入力f1 (3007.8 Hz)信号の強度を固定し、入力f2 (2753.9 Hz)信号の強度を変化させたときのトンネル電流注 3 の高速フーリエ変換結果。b, (f3 強度/f1 強度)とf3 (253.9 Hz)信号強度の関係:f3強度をコントロールできること を示しています。 -1.5 -1.0 -0.5 0.0 0.5 1.0 1.5 Tunnel li ng curre nt (x1 0 -9 A) -1.0 -0.5 0.0 0.5 1.0 Sample bias (V) P SD (x1 0 -12 a rb.un its ) 4000 3000 2000 1000 0 Frequency (Hz) f2 f1 f1 f1 f1 f1 f1 f2 f2 f2 f2 f2 f3 f3 f3 f3 f3 f3 A C co m po nent (a rb. uni ts ) f3 (Hz) f2– f1 (Hz) c a b Set-point : 450 pA, 250 mV HOPG, 300 K 2 x 10-11 A/sqrt(Hz) x 5 x 5 x 5 x 5 x 5 x 5 -500 -250 0 250 500 Sample bias (mV) ト ン ネ ル電流 ( × 10 -9Aサンプルバイアス(mV) 周波数(Hz) 交 流 成分 (a rb.un its ) 0.14 0.12 0.10 0.08 0.06 0.04 0.02 0.00 f3 intens ity / f1 intens ity 40 35 30 25 20 15 10 5 0 f2 intensity (x10-12A/sqrt(Hz)) Tunneli ng AC current (x 1 0 -12 a rb un its .) 4000 3000 2000 1000 0 Frequency (Hz) 2 x 10-11 A/sqrt(Hz) f2f1 f3

b

Set-point : 450 pA, 250 mV HOPG, 300 K A C co m po nent (a rb. uni ts )

a

x 5 x 5 x 50 x 20 x 20 x 10 x 10 x 5 周波数(Hz) 交 流 成分 (a rb.un its ) の強度 の強度 の強度

(5)

5 図4: 相互作用ひずみ 2 つの入力交流信号f1とf2の周波数を接近させたとき(f1 = 610.0 and f2 = 600.0 Hz)のトンネル電流の高速フー リエ変換結果:相互作用ひずみが出現し、アッパーサイドバンドの信号団が低い周波数帯域にビートダウンしているこ とを示しています。 図5: ギガヘルツ信号のヘテロダインミキシング 2 つの入力交流信号f1とf2の周波数をギガヘルツ帯域にした場合(f1 = 1.999996380 GHz と f2 = 2.000000020 Hz)のトンネル電流の高速フーリエ変換結果:f1とf2差周波(3.623 kHz)を持つf3が生起してトンネル電流成分とし て検出できたことを示しています。 10-13 10-12 10-11 10-10 10-9 10-8 Tunneli ng AC current 750 700 650 600 550 500 450 400 350 300 250 200 150 100 50 0 -50 Frequency (Hz)

f

1

f

2 交流成分の強度 (A/ sqrt (Hz)) 周波数 (Hz)

f

3

ビートダウン

ロアー サイドバンド アッパーサイドバンド アッパー サイドバンド

10

-12

10

-11

10

-10

5000

4000

3000

2000

1000

0

AC com

ponent

(A/

sqrt

(Hz))

Frequency (Hz)

f

3

= 3.623 kHz

f

1

= 1.999996380 GHz

f

2

= 2.000000020 GHz

周波数(Hz)

成分

(A

/s

qrt

(Hz))

(6)

6 図6: HSTS の応用例として行った走査トンネル分光計測 従来法の結果を右軸に、HSTS 計測法の結果を左軸に示しています。a, ロックインアンプで計測した、電流に対する 電圧の一回微分成分(従来法)と HSTS で計測したf1とf2の強度が同じサンプルバイアス依存性を示すことを示し ています。b,電流に対する電圧の二回微分成分(従来法)と HSTS で計測したf3の強度が同じサンプルバイアス依 存性を示すことを示しています。 用語解説 注1) テラヘルツ波 周波数が 0.1~100THz(テラヘルツ)にある電磁波。光と電波の中間の周波数であり、双方の特性を併せ持つ。 注2) 走査型トンネル顕微鏡(STM)、トンネル電流 先端を尖がらせた金属針(探針)を、試料表面をなぞるように走査して、その表面の形状を原子レベルの空間分 解能で観測する顕微鏡。探針と試料間に流れるトンネル電流と呼ばれる電流(0.000000001 m 程度と非常に 近い距離に物質を近づけた際に流れる電流)を検出し、その電流値を探針と試料間の距離に変換させ画像化す る。トンネル電流は試料の電子状態に依存するので、表面構造だけでなく電子状態も原子レベルの空間分解能 で調べることができる。 注3) dBm(デシベルミリ) dBm は電気工学や振動・音響工学などの分野で使用される無次元の単位であり 1mW に対する電力の大きさを 表したもの。 注4) ヘテロダイン検出、ヘテロダインミキシング ラジオや信号処理で用いられる検出方法。2つの振動波形を合成または掛け合わせること(ヘテロダインミキシン グ・相互変調)で新たな周波数が生成する原理を用い、信号を検出する。信号の変調および復調、興味のある 情報を扱いやすい周波数帯域に移すなどといった用途に使われている。 x10 -1 2 -800 -600 -400 -200 0 200 400 600 800 Sample bias (mV) 5 4 3 2 1 0 f3 int en si ty ( x10 -1 2 A/sq rt (Hz) ) -1000-800 -600 -400 -200 0 200 400 600 800 1000 Sample bias (mV) f1 int en si ty ( x10 -1 2 A/sq rt (Hz) ) ロ ッ ク イ ン ア ンプ で計測した電流 に 対 す る 電圧の一回微分成分 電 流 に 対す る電圧の二回 微 分 成 分の絶対値

FFT (f

1

)

FFT (f

2

)

FFT (f

3

)

Lock-in

Lock-in

高 速 フ ー リ エ変換 で 計測 した 交流 成分 (規格化後)

a

b

サンプルバイアス (mV) サンプルバイアス (mV) 高 速 フ ー リ エ変換で 計測 した f3 強度( 10 -12 A/ sq rt (Hz ))

(7)

7 注5) 共鳴吸収 ある物質系が振動する外場のエネルギーを吸収して励起される現象。振動の周波数を変化させると、ある値の 近傍で強いエネルギー吸収が起こる。 注6) 高速フーリエ変換(FFT) 信号を様々な周波数成分の和として表したときの各周波数成分の強度を求める場合に行う計算方法(フーリエ 変換)の一つ。デジタル信号の周波数解析を行う場合には離散フーリエ変換と呼ばれる方法が用いられるが、こ れを高速に計算する手法が高速フーリエ変換である。 参考文献

[1] Balatsky, A. V., Fransson, J., Mozyrsky, D. & Manassen, Y., Phys. Rev. B 73, 184429 (2006). [2] Tonouchi. Nat Photon. 1, 97–105 (2007).

[3] http://www.almaobservatory.org/

掲載論文

【題 名】 Principles and Application of Heterodyne Scanning Tunnelling Spectroscopy (ヘテロダイン走査トンネル分光の原理と応用)

【著者名】 Eiji Matsuyama, Takahiro Kondo, Haruhiro Oigawa, Donghui Guo, Shojiro Nemoto, Junji Nakamura 【掲載誌】 Scientific Reports

問合わせ先

中村 潤児(なかむら じゅんじ) 筑波大学 数理物質系 教授

参照

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