密 教 文 化
隠
岐
島
一
村
落
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実
態
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査
報
告
島
根
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知
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郡
西
ノ
島
町
三
度
部
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狭
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和
性
-中
野
三
郎
目 次 序⋮⋮ ( 六 〇 ) 第 一 章 三 度 部 落 の 狭 小 性⋮⋮ ( 六 四 ) 第 二 章 三 度 部 落 の 調 和 性⋮⋮ ( 八 一 ) 序 昭 和 三 十 二 年 七 月 下 旬 、 各 大 学 に 籍 を 置 く 社 会 学 者 及 び 大 学 院 学 生 七 名 ( う ち 、 地 理 学 専 攻 生 一 名 を 含 む ) は 、 京 都 大 学 臼 井 二 尚 教 授 指 揮 の 下 に 、 約 十 日 聞 に 亘 り 、 隠 岐 島 に 於 け る 一 村 落 、 即 ち 、 島 根 県 知 夫 郡 西 ノ 島 町 三 度 部 落 の 実 態 綜 合 調 査 を 実 施 し た 。 私 も こ れ に 参 加 す る 機 会 を 得 て 、 主 と し て 部 落 の 狭 小 性 と 調 和 性 に つ い て の 調 査 を 担 当 し た 。 三 度 部 落 の 実 態 は 綜 合 調 査 の 結 果 の 発 表 を 侯 つ て 、 始 め て そ の 全 貌 が 明 か に さ れ る 筈 で あ る が 、 本 稿 は 、 私 が 分 担 し た 事 項 に 限 つ て の 調 査 報 告 で あ る 事 を 予 め 断 つ て 置 か ね ば な ら な い 。 然 し 、 こ れ に よ つ て も 、 或 る 程 度 部 落 の 実 態 ば 明 ら か に さ れ る で あ ろ う 。 因 に 、 本 調 査 に 参 加 し た 各 学 者 が 、 分 担 し た 事 項 及 び 職 ( 昭 和 三 十 二 年 七 月 現 在 ) 、 氏 名 を 掲 げ れ ば 左 の 通 り で あ る 。 封 鎖 性 (開 放 性 ) -山 澄 元 ( 京 都 大 学 博 士 課 程 大 学 院 学 生 、 地 理 学 専 攻 。 ) 狭 小 性 ( 広 大 性 ) 調 和 性 ( 不 調 和 性 ) -筆 者 。 伝 統 性 (変 動 性 ) -八 木 佐 市 ( 広 島 大 学 講 師 )等 質 性 ( 異 質 性 ) 上 下 関 係 -神 谷 国 弘 ( 熊 本 商 科 大 学 講 師 ) 生 活 の 共 同 -山 口 素 光 ( 京 都 大 学 修 士 課 程 大 学 院 学 生 、 社 会 学 専 攻 。 ) 即 自 性 (対 自 性 ) -豊 島 覚 城 ( 京 都 工 芸 繊 維 大 学 助 教 授 ) 具 体 的 個 別 性 ( 抽 象 的 普 遍 性 ) 主 情 性 ( 非 主 情 性 ) -阪 口 清 (京 都 大 学 社 会 学 研 究 室 事 務 助 手 ) な お 、 本 調 査 は 、 臼 井 二 尚 教 授 が ロ ッ ク フ ェ ラ ー 財 団 か ら 交 付 を 受 け ら れ た 研 究 費 に よ る 、 わ が 国 の 村 落 調 査 五 力 年 計 画 の 一 環 と し て 実 施 せ ら れ た も の で あ る こ と 、 ま た 、 本 稿 は 先 に 私 が 京 都 大 学 社 会 学 研 究 室 に 提 出 し た 報 告 書 と 同 じ 形 式 、 内 容 の も の で あ る ( 但 し 、 字 句 や 表 現 に 修 正 を 加 え た 箇 所 は 若 干 あ る ) こ と を 附 記 し て 置 く 。
第 一 図 隠 岐 島 略 図
島
後
島 前 凡 例 隠 岐 汽 船 航 路 -甲 線 -乙 線 隠 岐 島 一 村 落 の 実 態 調 査 報 告密 教 文 化 五 万 分 一 地 形 図 昭 和 二 十 八 年 八 月 三 十 日 地 理 調 査 所 発 行 応 急 修 正 版 第 二 図 西 ノ 島 旧 浦 郷 町 全 図 海 面 等 高 線 の 間 隔 は 二 十 メ ー ト ル
(写真1) 三 度 部 落 全 景 長 尾 鼻 中腹 よ り写 す 。山 口素 光 氏提 供 。 部 落 中央 を貫 流 す るは 三 度 川 。 (写真2) 三 度 部 落 近 景 長 尾 鼻裾 にて 写 す 。 山 口素 光 氏提 供 。 写 頁 中央 丘 陵 上 は 部落 の 羅 地 。 (写 真3) 丘 陵 の 墓 地 よ り三 度 港 を 望む (写真4) 右 方 三 度 岬 左 方 長 尾 鼻 隠 岐 島 一 村 落 の 実 態 調 査 報 告
密 教 文 化
第
一
章
三
度
部
落
の
狭
小
性
西 ノ 島 町 、 旧 浦 郷 村 は 和 名 抄 に 見 え る 宇 良 郷 の 地 で 、 西 ノ 島 の 西 南 部 を 占 め て い る 。 隠 州 視 聴 記 に よ れ ば 、 も と 本 郷 、 う す こ あ ら お い ち ん ざ き し や く の え い き な も つ み み た べ 鵜 須 子 、 荒 尾 井 、 珍 崎 、 赤 之 江 、 生 名 、 藻 津 見 、 三 田 部 の 八 註 1 部 落 に 分 れ て い た が 、 そ の 後 、 現 在 の 四 部 落 、 即 ち 、 珍 崎 、 み た べ 註 2 三 度 、 赤 之 江 、 本 郷 の 各 部 落 に 包 括 さ れ 、 昔 か ら 一 村 と し て 改 廃 分 合 も な く 連 綿 と し て 続 き 、 昭 和 二 十 一 年 十 一 月 三 日 、 町 制 の 実 施 を 見 る に 至 つ た の で あ る 。 更 に 、 国 の 画 期 的 な 町 村 再 編 成 の 線 に の つ て 、 昭 和 三 十 二 年 二 月 十 一 日 、 旧 浦 郷 町 は 旧 黒 木 村 と の 対 等 合 併 に よ り 、 こ こ に 西 ノ 島 町 が 誕 生 す る に 至 つ た 。 当 町 は 、 隠 岐 島 で は 島 後 註 3 の 西 郷 町 に 次 ぎ 、 島 前 の 政 治 、 経 済 、 文 化 の 中 心 地 で あ る 。 従 つ て 、 我 々 が 調 査 し た 村 落 は 、 西 ノ 島 町 内 、 旧 浦 郷 町 ( 村 ) 三 度 部 落 と い う 事 に な る 。 (註 )1 島 根 県 隠 岐 支 庁 発 行 隠 岐 島 誌 ( 全 ) 二 三 〇 頁 参 照 (註) 2 本 郷 、 鵜 須 子 、 荒 尾 井 ↓ 本 郷 赤 之 江 、 藻 津 見 、 生 名 ↓ 赤 之 江 (註) 3 西 ノ 島 町 の 沿 革 ( 町 役 場 備 付 け ) 参 照 西 ノ 島 町 、 面 積 及 び 広 ぼ う ( 西 ノ 島 町 役 場 調 べ ) 面 積 広 ぼ う 五 五 ・ 六 八 平 方 粁 東 西 一 五 ・ 二 五 粁 南 北 九 ・ 一 〇 粁 次 に 、 三 度 部 落 の 地 目 別 面 積 を 示 せ ば 次 表 の 如 く で あ る が こ れ に つ い て は 、 遺 憾 な が ら 、 整 備 さ れ た 統 計 資 料 に 接 す る 事 が 出 来 ず 、 従 つ て 、 部 落 の 総 面 積 に つ い て も 推 計 の 域 を 出 ず 、 確 実 な 数 字 を 把 む 事 が 出 来 な か つ た 。 * ﹁ そ の 他 ﹂ の 内 訳 を 示 せ ば 、 浜 の 舟 の 曳 揚 所 六 〇 〇 坪 網 干 場 五 〇 〇 坪 麦 等 の 脱 穀 場 四 〇 〇 坪 墓 場 約 七 〇 〇 坪 水 道 貯 水 所 約 一 〇 〇 坪 計 約 二 、 三 〇 〇 坪 、 約 ○ 、 七 七 町 で あ る 。 (第1表) 三度部落地目別面積 及び総面積西 ノ 島 町 役 場 西 庁 舎 ( 本 郷 ) 調 べ 次 に 、 三 度 部 落 の 戸 数 及 び 人 口 の 推 移 を 見 れ ば 、 第 三 表 に 示 し た 如 く で あ る 。 こ れ に 依 つ て 見 る と 、 戦 前 は 、 出 稼 者 や 他 出 者 の 増 加 に よ り 、 男 女 共 、 入 口 は 下 降 の 現 象 を 示 し て い た が 、 戦 後 の 二 十 二 、 三 年 は 戸 数 、 入 口 ( 特 に 男 子 人 口 ) の 急 増 を 来 し て い る 。 こ れ は 終 戦 に 伴 う 復 員 、 引 揚 げ 、 疎 開 等 や 、 そ れ ら に 基 づ く 出 産 増 加 に よ る 一 時 的 現 象 と 見 ら れ 、 二 十 三 年 を 頂 点 と し て 、 近 年 は 逐 次 、 出 稼 者 、 他 出 者 の 増 加 に よ り 、 再 び 下 降 の 現 象 を 示 し て い る と 見 る 事 が 出 来 る 。 な お 、 古 く 、 壬 申 戸 籍 に よ れ ば 、 明 治 五 年 に 於 け る 当 部 落 の 全 戸 数 は 五 十 四 戸 、 そ の 後 、 明 治 二 十 三 年 頃 ま で に 分 家 が 十 三 戸 創 設 さ れ 、 県 外 よ り の 転 入 一 戸 ( 明 治 二 十 年 ) 、 そ の 他 二 戸 が 増 え 、 明 治 二 十 四 年 現 在 で 七 十 戸 に 達 し て い る 事 が 分 る 。 そ の 後 は 統 計 資 料 が 全 く な い た め 、 確 た る 事 は 知 る 由 も な い が 、 部 落 の 古 老 の 談 に よ れ ば 、 明 治 三 十 八 年 頃 に は 六 十 (第2表) 西 ノ島 町 地 区別 人 口及 び世 帯 数(昭 和30年) (第3表) 三度 部 落 戸 数 及 び人 口の 推 移 (註)主 と して 町役 場 統 計 に よ る。 以 上 の年 次 以 外 の統 計 は 町役 場 に も部 落 に も全 くな い。 隠 岐 島 一 村 落 の 実 態 調 査 報 告
密 教 文 化 九 戸 程 あ つ た 模 様 で あ る 。 戦 前 は 、 島 前 全 体 と し て 、 大 正 九 年 以 来 、 国 勢 調 査 毎 に 人 口 は 漸 減 の 傾 向 を 示 し て い た 。 こ れ は 特 殊 産 業 や 企 業 経 営 の 望 み 薄 な ﹁ 島 ﹂ と し て 、 入 口 抱 擁 力 の 局 限 に 達 し 、 人 口 の 過 剰 は 必 然 的 に 出 稼 の 現 象 、 即 ち ﹁ 出 移 民 型 ﹂ と し て 現 わ れ た か ら で あ る 。 昭 和 十 年 末 、 島 前 全 体 の 出 稼 歩 合 ( 現 住 入 口 一 〇 〇 に 対 す る ) は 三 一 ・ 一 に 達 し 、 わ が 国 有 数 の 出 稼 地 帯 で あ つ た 。 殊 に 、 旧 浦 郷 村 の 同 年 に 於 け る 出 稼 歩 合 は 、 実 に 四 〇 ・ 五 で 、 島 前 の 最 高 を 示 し て い る 。 ( 隠 岐 地 理 学 会 編 、 概 観 島 前 地 誌 ( 増 補 訂 正 版 ) 参 照 ) こ の ﹁ 出 移 民 型 ﹂ の 傾 向 は 、 戦 後 の 今 日 に 於 て も 顕 著 に 見 ら れ る 傾 向 で あ る 。 然 し な が ら 、 出 稼 者 に 関 す る 統 計 資 料 が 得 ら れ ず 、 確 た る 出 稼 歩 合 を 把 む 事 が 出 来 な い 。 ﹁ 島 と し て は 耕 地 の 狭 い こ と は 共 通 す る 。 島 前 の 耕 地 は 一 四 〇 〇 町 歩 を 示 し 、 田 は 極 端 に 少 く 畑 が 特 に 多 い 。 之 は 全 国 並 び に 島 後 の 田 が 多 く 畑 の 少 い 傾 向 と 相 反 し て 居 り 、 島 前 が 地 形 に 恵 ま れ ず 、 而 も 溺 れ た 地 塊 に 必 然 す る 運 命 に お か れ た か ら で あ る 。 ﹂ ﹁ 更 に 畑 の 内 訳 を 内 地 の 平 均 率 に 比 較 し て 見 る に 、 普 通 が 割 に 少 く て 樹 木 栽 培 畑 の 割 合 が 稽 々 多 い 。 故 に 畑 (第4表) 概 観 島 前 地 誌 に よ る。(昭 和10年 末) 三 度 部 落 につ いて は 遺 憾 な が ら資 料 を 得 る こ とが 出来 なか った 。 ( 第 5 表 ) の I 島 前 各 村 に 於 け る 耕 地 の 割 合 概 観 島 前 地 誌 十 四 頁 よ り 引 用 ( 昭 和 九 年 末 ) ( 第 5 表 ) の 皿 三 度 部 落 に 於 け る 耕 地 の 割 合 ( 昭 和 三 十 二 年 一 月 )
は 島 前 の 地 形 に 比 を 除 け ば 、 浅 い 渓 問 の 上 部 が 甘 藷 、 桑 園 と な り 、 崖 錐 の 普 通 し 十 二 分 の 利 用 化 畑 、 そ の 末 端 に 水 田 を 耕 す の が 代 表 的 景 観 で あ る 。 ﹂ ( 前 掲 概 が 行 わ れ 、 桑 園 、 観 島 前 地 誌 一 三 -四 頁 引 用 ) 甘 藷 畑 等 の 段 々 畑 統 計 的 資 料 が 十 分 得 ら れ な い た め 、 完 全 な 比 較 は 到 底 出 来 は 可 な り 山 腹 ま で な い が 、 養 蚕 業 の 衰 退 に 伴 う 桑 園 の 減 少 、 普 通 畑 の 開 拓 等 に 拡 つ て い る 。 一 般 よ り 、 昭 和 九 年 当 時 に 較 べ 、 現 在 は 、 島 前 旧 浦 郷 村 各 部 落 の に 山 腹 以 上 の 林 地 普 通 畑 の 割 合 は 可 成 り の 上 昇 率 を 示 し 、 こ れ に 反 し て 、 樹 木 西 ノ 島町 浦 郷農 協 資料 農 山 漁 村 振 興計 画 基 礎 調 査 書 に よる 昭和32年1月 現 在 (第6表)のI 島 前 各村 の 田畑 面 積 及 び そ の 割合 概 観 島 前 地 誌 ( 十 三 頁 ) よ り 引 用 。 昭 和 九 年 末 現 在 (第6表)のII 三度 部 落 の 田畑 面 積 及 び そ の 割 合 昭 和32年1月 現 在 単 位 反 隠 岐 島 一 村 落 の 実 態 調 査 報 告
密 教 文 化 栽 培 畑 の 割 合 は 可 成 り の 低 下 を 示 し て い る も の と 見 ら れ る 。 第 七 表 に 見 ら れ る 如 く 、 三 度 部 落 の 田 地 面 積 七 町 八 反 の う ち 、 用 水 不 足 及 び 酸 性 土 壌 に よ る 要 改 良 田 七 町 歩 に 及 び 、 こ れ は 実 に 、 総 面 積 の 八 九 ・ 七 % に 当 り 、 米 収 量 の 低 い 事 を 自 ら 物 語 つ て い る 。 即 ち 、 上 田 の 場 合 、 上 作 で あ れ ば 、 反 当 り 八 俵 程 取 れ る 様 で あ る が 普 通 の 田 は 反 当 り 五 俵 程 度 と の 事 で あ る 。 従 つ て 、 戦 前 に 於 て は 、 主 食 は 芋 と 麦 で あ つ た の で あ り 、 米 の 配 給 制 度 が 実 施 さ れ る 様 )に な つ て か ら は 、 却 つ て 食 生 活 の 向 上 が 見 ら れ た も の の 、 そ れ で も 米 、 麦 半 々 と い う 実 情 に お か れ て い る 。 当 部 落 に 於 て は 、 昭 和 三 十 年 九 月 に 溜 池 が 、 経 費 六 百 万 円 を か け て 設 置 さ れ た が 、 未 だ 用 水 路 工 事 に 着 (第7表) 部 落 別 田 畑 利 用 現 況 表 単位反 (第8表) 部 落 別 山 林 原 野 利 用 現 況 表 単位反 前 掲浦 郷 農 協 資 料 に よ る 昭 和32年1月 現 在 (註) 山林 原 野 国 有 、 県 有 な し
る ま で に 至 つ て い な 手 す 若 干 の 新 田 開 拓 も 可 能 で あ ろ う 。 ま た 、 畑 面 積 二 一 町 三 い 。 こ れ が 完 成 の 暁 反 の う ち 、 酸 性 土 壌 そ の 他 の 要 改 良 畑 一 六 町 三 反 に 達 し 、 こ に は 、 大 幅 に 用 水 不 れ ま た 、 実 に 全 体 の 七 六 ・ 五 % の 高 率 を 示 し て い る 。 足 は 緩 和 さ れ 、 更 に 第 八 表 に 見 ら れ る 如 く 、 耕 地 の 少 い 隠 岐 島 で は 、 島 民 の 食 糧 自 給 策 と し て 特 殊 な 牧 畑 の 経 営 が 古 く か ら 発 達 し て い る 。 抑 々 こ の 牧 畑 は 、 日 本 全 国 に 類 例 を 見 な い 一 種 の 輪 転 耕 牧 法 で あ つ て 、 一 定 の 区 画 を 限 つ て 、 ﹁ 放 牧 ﹂ ﹁ 大 小 麦 ﹂ ﹁ 大 小 豆 ﹂ ﹁ 粟 、 稗 ﹂ の 四 区 に 分 け て 年 々 輪 転 耕 牧 し 、 四 力 年 毎 に 一 回 転 す る も の で あ る 。 即 ち 牧 畑 で は 放 牧 す る 牛 馬 の 糞 尿 が 直 ち に そ の ま 浦 郷 農 協 資 料 に よる 昭和32年1月 現 在 (第9表) 部 落 別 林 相 区 分 表 浦 郷 農 協 資 料 に よ る 昭 和32年1月 現 在 (第10表) 部 落 別 用 材 薪炭 の 生産 状 況 浦 郷 農 協 資 料 に よ る 昭 和32年1月 現 在 隠 岐 島 一 村 落 の 実 態 調 査 報 告
密 教 文 化 ま 牧 畑 の 肥 料 と な り 作 物 の 茎 葉 藁 桿 や 草 生 は は そ の ま ま 家 畜 の 飼 料 と な り 、 耕 作 と 放 牧 と を 交 互 に 行 い 得 る 一 挙 両 得 の 農 法 と し て 、 現 今 も な お 島 内 各 地 に 行 わ れ て お り 、 殊 に 、 島 前 に 於 て 盛 ん で あ る 。 而 も 、 牧 畑 経 営 の 主 目 的 が 耕 作 に あ る 事 は い う ま で も な く 、 牛 馬 の 放 牧 は 耕 作 を 円 滑 に す る た め に 行 わ れ て い る の で あ る ( 隠 岐 島 史 ( 全 ) 六 三 頁 及 び 概 観 島 前 地 誌 附 録 一 隠 岐 牧 畑 の 展 望 ︹ 島 根 県 技 師 細 川 善 麿 著 ︺ 三 頁 参 照 。 ) 次 に 、 特 産 樹 と し て は 、 僅 か に 桐 が 見 ら れ 、 作 付 面 積 、 本 郷 な し 、 赤 ノ 江 一 反 、 三 度 三 反 、 珍 崎 一 反 、 計 五 反 で あ る 。 第 十 一 表 の ー に 依 つ て 見 る と 、 三 度 部 落 に 於 て は 、 農 業 、 水 産 業 ( 漁 業 ) 以 外 の 産 業 の 見 る べ き も の な く 、 同 表 の II に 示 す 如 く 、 当 部 落 は 明 ら か に 半 農 半 漁 で あ る 事 が 判 明 す る 。 更 に 第 十 二 表 に 依 つ て 見 る と 、 第 二 種 兼 業 農 家 ま で 含 む と 、 全 部 落 九 一 戸 中 八 一 戸 、 即 ち 全 戸 数 の 八 九 % ま で が 、 ま た 人 口 か ら 見 る と 、 四 二 九 人 中 三 九 二 人 、 即 ち 、 全 人 口 の 九 一 % ま で が 、 多 か れ 少 な か れ 農 業 に 従 事 し て い る 事 に な る 。 ま た 、 一 町 歩 以 上 の 経 営 農 家 ( 但 し 、 一 町 五 反 以 上 な し ) は 僅 か に 二 戸 に 過 ぎ ず 、 こ れ は 全 農 家 戸 数 の 二 ・ 五 % 、 部 落 全 戸 数 に 対 す (第11表)のI 部 落 別 産 業 人 口 及 び 戸 数 (第11表)のII 三 度部 落 産 業 人 口及 び戸 数 割 合 昭 和 三 十 二 年 一 月 現 在
浦 郷 農 協 資 料 に よ る 昭 和 三 十 二 年 一 月 現 在 る 割 合 は 二 ・ 二 % に し か 当 ら な い 。 ま た 、 五 反 歩 以 上 ( 一 町 五 反 ま で を 含 む ) の 経 営 農 家 も 僅 か に 一 〇 戸 ( 専 業 農 家 四 戸 、 第 一 種 兼 業 農 家 六 戸 ) に し か 過 ぎ ず 、 こ れ に は 第 二 種 兼 業 農 家 が 、 流 石 に 一 戸 も 含 ま れ て い な い の は 注 目 に 価 い す る 。 こ れ は 当 部 落 に 於 て 、 五 反 歩 以 上 の 耕 地 が あ れ ば 、 一 応 、 農 業 経 営 の 成 立 つ 事 を 示 し て い る と 見 る こ と が 出 来 よ う 。 第 十 三 表 に 示 し た 如 く 、 経 営 耕 地 五 反 歩 未 満 の 農 家 が 圧 倒 的 に 多 く 、 三 度 部 落 の 農 家 が 如 何 に 零 細 経 営 で あ る か が 判 然 と す る の で あ る 。 当 部 落 に 於 け る 主 要 作 物 生 産 状 況 は 第 十 四 表 に 示 さ れ た 如 く で あ る が 、 麦 類 と し て は 大 麦 と 小 麦 、 豆 類 と し て は 大 豆 、 小 豆 を 主 に 、 碗 豆 が 若 干 生 産 さ れ る 。 そ の 他 、 粟 稗 、 黍 、 蕎 麦 等 が 牧 畑 に 少 量 作 ら れ る に 過 ぎ な い 。 第 十 五 表 に 見 ら れ る 如 く 、 役 肉 牛 飼 養 農 家 数 は 八 八 戸 に 及 び 、 部 (第13表) 三度部落経営耕地広狭別農 家戸数 割合 昭 和32年1月 現 在 隠 岐 島 一 村 落 の 実 態 調 査 報 告
密 教 文 化 落 全 戸 数 九 h 戸 の 九 六 ・ 七 % に 当 り 、 飼 養 農 家 一 戸 当 り 二 ・ 〇 二 頭 で あ る 。 こ れ は 隠 岐 島 独 特 の 牧 畑 に 於 け る 飼 育 に よ る の で あ る 。 役 馬 の 飼 育 も 若 干 見 ら れ る が 、 こ れ は 問 題 こ う し に な ら な い 程 少 数 で あ る 。 憤 生 産 状 況 も 第 十 六 表 に 示 し た 如 く で あ る が 、 村 外 に 販 売 し た 頭 数 は 生 産 頭 数 の 六 九 % を 占 め て い る 。 そ の 他 の 飼 養 大 中 家 畜 と し て は 、 豚 十 四 頭 、 飼 養 農 家 数 四 ( 全 て 二 頭 以 上 ) 、 緬 羊 二 頭 、 山 羊 一 頭 で 、 殆 ど 問 題 と す る に 足 り な い 。 次 に 、 小 家 畜 の 飼 養 状 況 に つ い て は 、 第 十 七 表 に 示 し た 通 り で あ る 。 鶏 飼 養 農 家 数 は 六 二 戸 で 、 部 落 全 戸 数 の 六 八 % を 占 め 、 飼 養 農 家 一 戸 当 り の 羽 数 は 五 ・ 五 で あ る 。 次 に 、 養 蚕 の 状 況 に つ い て は 、 第 十 八 表 に 示 す 如 く 微 々 た る も の に 過 ぎ な い 。 当 聚 落 は 、 標 高 約 百 米 、 最 高 二 九 米 の 丘 陵 で あ る 三 度 岬 が 、 西 に 約 八 百 米 突 出 し て 北 を 避 け 、 標 高 同 じ く 約 百 米 の 丘 陵 、 長 尾 鼻 が 対 岸 に 平 行 し て 約 五 百 米 走 り 、 そ の 間 を 半 粁 以 上 湾 入 し た 湾 頭 を 占 め て 西 南 海 岸 唯 一 の 孤 立 聚 落 で あ る ( 前 掲 写 真 3 4 参 照 ) 。 海 崖 が 発 達 し 、 風 浪 の 強 い 西 北 外 洋 海 岸 に は 、 北 は 冠 島 ( 西 ノ 島 ) か ら 南 は 神 島 ( 知 夫 (第12表) 経営耕地広狭別専 兼別農家戸数及び人 口
里 島 ) に 至 る 沿 岸 に は 、 三 度 の 聚 落 を 除 く 外 は 全 く 一 戸 す ら 見 当 ら な い 。 ( 概 観 島 前 地 誌 七 頁 参 照 ) 当 部 落 は 、 そ の 中 央 を 三 度 川 が 貫 流 し 、 家 並 も そ れ に 沿 つ て 両 側 に 帯 状 を な し 、 東 北 東 か ら 西 南 西 の 方 向 に 伸 び 、 三 度 川 東 側 下 流 地 域 が 梢 々 膨 脹 し て い る 。 ( 前 掲 写 真 1 2 参 照 ) (第15表) 部 落 別 牛 馬 飼 養 状 況 浦 郷 農 協 資料 に る 昭 和32年1月 現 在 (第16表) 部 落 別 憤 生 産 状 況 浦郷 農協 資料 に よる 昭 和32年1月 現 在 隠 岐 島 一 村 落 の 実 態 調 査 報 告
密 教 文 化 当 部 落 は 、 川 沿 い 業 聚 落 に 見 ら れ る 程 の 狭 い 地 域 に 家 並 が 住 居 は 密 陀 し て い な 列 び 、 集 村 の 形 を と い 。 然 し 、 漁 港 に 近 つ て い る が 、 既 に 見 い 三 度 川 下 流 地 域 の た 如 く 半 農 半 漁 の 部 膨 脹 部 位 の 住 居 が 可 落 で あ り 、 一 般 の 漁 成 り 密 集 し て い る 。 従 つ て 、 部 落 の 端 の 家 相 互 の 距 離 は 近 く (第14表) 部 落 別 主 要 作 物 生 産 状 況 浦 郷 農協 資 料 に よる 昭 和32年1月 現 在 (第17表) 部 落 別 小 家 畜 飼 養状 況 浦郷 農 協 資料 に よ る 昭 和32年1月 現 在 (第18表) 部 落 別 養 蚕 の 状 況 浦郷 農 協 資料 に よる 昭和32年1月 現 在 ( 註 ) 夏 秋 蚕 は 行 わ れ な い
東 西 の 端 の 家 相 互 の 距 離 は 約 四 〇 〇 米 、 南 北 の そ れ は 約 一 五 〇 米 で あ る 。 屋 敷 地 の 堺 は 、 隣 家 が 大 部 分 近 接 し て い る 実 情 で あ る の で 垣 や 塀 に よ つ て 遮 ら れ て い る 場 合 は 寧 ろ 少 い 。 従 つ て 、 隣 家 と の 往 来 は 比 較 的 自 由 で あ る 。 ま た 、 特 に 住 居 の 密 集 し て い る 場 所 に 於 て は 、 家 の 閾 を 一 歩 出 れ ば 、 隣 家 の 人 々 の 話 し 声 を 明 瞭 に 、 ま た は 或 る 程 度 聞 き と る 事 が 出 来 る ほ ど で あ る 。 ま た 、 座 敷 の 障 子 を 開 け て さ え お け ば 、 向 い の 家 人 と 居 乍 ら に し て 雑 談 、 談 合 を 交 す 事 が 出 来 る 処 も あ る 。 軒 下 、 縁 側 、 門 口 等 に 薪 炭 や 漁 具 、 漁 網 等 を 置 い て い る 家 は 四 -五 十 軒 あ り 、 ま た 、 家 の 中 、 座 敷 中 に 漁 具 漁 網 を 積 み 重 ね て い る 家 は 十 数 軒 見 ら れ る 。 住 居 と 耕 地 と の 距 離 は 、 最 も 遠 く て 五 一 六 百 米 、 徒 歩 で 二 十 分 以 内 、 但 し こ れ は 年 々 畑 ( 普 通 畑 ) で 、 牧 畑 で は 一 時 間 以 上 か か る 処 も あ る 。 最 も 近 い 耕 地 は 二 分 と か か ら ぬ 極 く 近 い 距 離 に あ る 。 ま た 、 住 居 と 船 着 場 と の 距 離 は 、 最 短 の 家 で 約 八 十 米 、 三 十 米 乃 至 五 十 米 位 い で 港 へ 出 ら れ る 家 屋 は 十 数 戸 あ る 。 地 先 水 ( 海 ) 面 は 旧 浦 郷 町 全 域 に 亘 る 距 岸 距 離 二 千 米 以 内 の 海 面 を い い 、 浦 郷 漁 業 協 同 組 合 の 有 す る 共 同 漁 業 権 の 及 ぶ 範 囲 と 一 致 す る の で あ り 、 西 ノ 島 に 於 て は 、 共 同 漁 業 権 、 定 置 漁 業 権 の 二 種 類 の み を 利 用 し て い る の で あ る 。 次 に 、 浦 郷 漁 業 協 同 組 合 が 昭 和 二 十 四 年 十 月 に 設 立 さ れ 、 旧 浦 郷 町 各 部 落 民 は 個 人 単 位 で 加 入 が 認 め ら れ 、 従 つ て 、 一 戸 で 四 -五 人 も 組 合 員 と な つ て い る 漁 家 も あ る 。 然 し 、 漁 協 の 株 は 一 株 に つ き 一 、 ○ ○ ○ 円 、 一 世 帯 の う ち 一 人 に つ き 一 〇 株 、 組 合 員 一 入 増 す 毎 に 五 株 と い う 持 株 制 限 が 附 さ れ て い る 。 本 組 合 は 、 西 ノ 島 町 本 郷 に 本 部 を 置 き 、 鳥 取 県 境 港 に 出 張 所 を 置 い て 、 浦 郷 方 面 に 揚 つ た 鮮 魚 を 集 荷 し て 境 出 張 所 に 運 搬 し 、 出 張 所 に 於 て は 、 更 に 出 荷 先 を 指 定 、 山 陰 地 区 及 び 大 阪 、 神 戸 、 京 都 、 四 国 、 名 古 屋 、 東 京 等 、 各 荷 受 機 関 た る 中 (第19表) 部 落 別 漁 協 組 合 員数 浦 郷 漁 業 協 同 組合 調 べ 昭 和32年 現 在 (註 ) 理 事 会 で 正 、 準 の 資 格 審 査 。 利 用 す る 面 に 於 て は 正 も 準 も 差 別 な し 。 隠 岐 島 一 村 落 の 実 態 調 査 報 告
密 教 文 化 昭 和 三 十 二 年 現 在 央 市 場 へ 出 荷 し て い る 。 次 に 、 漁 協 所 有 船 、 及 び 、 そ の う ち 三 度 部 落 所 属 船 の 状 況 に つ い て は 、 第 二 〇 表 に 示 す 如 く で あ る 。 隠 岐 島 周 辺 一 帯 は 暖 流 と 寒 流 が 交 錯 し 、 本 町 三 度 岬 と 日 御 崎 灯 台 の 見 透 線 は 西 日 本 海 の 漁 場 の 中 心 地 と し て 知 ら れ て い る 。 殊 に 、 本 町 三 度 岬 近 海 は 暖 流 と 寒 流 の 接 触 点 に あ た り 、 ブ リ 、 ナ バ 、 ア ジ 、 イ ワ シ 等 、 周 年 豊 富 な 回 遊 魚 族 に 恵 ま れ て い る 。 こ の 漁 場 を 青 凪 漁 場 と 称 し て 全 国 的 に 有 名 で あ る 。 ( 西 ノ 島 町 の 沿 革 参 照 ) 漁 協 で は 、 機 船 巾 著 綱 漁 業 及 び 大 敷 網 漁 業 に よ り 、 左 の 如 く 定 置 漁 業 を 行 つ て い る 。 大 敷 網 漁 業 内 海 大 敷 ( 三 統 ) -イ カ ( 漁 場 三 カ 所 あ り ) 青 凪 大 敷 ( 二 統 )-ブ リ 漁 協 が 設 け ら れ る に 至 つ た 昭 和 二 四 一 五 年 頃 か ら 、 三 度 部 落 で は 従 来 の 農 業 依 存 か ら 漁 業 依 存 へ の 転 換 が 計 ら れ る 様 に な つ た 。 か く し て 、 漁 協 と は 一 応 別 箇 に 、 部 落 民 協 同 の 下 に 三 度 漁 業 生 産 組 合 が 昭 和 三 十 年 二 月 に 至 り 設 立 さ れ る 運 び と な つ た 。 当 生 産 組 合 へ の 加 入 は 、 漁 協 が 個 人 単 位 に な つ て い る の に 対 し て 、 家 単 位 に な つ て い る 。 尤 も 三 十 年 の 発 足 当 時 は 、 加 入 者 が あ れ ば 一 戸 二 入 で も 加 入 さ せ て い た 。 一 株 五 〇 〇 円 で 当 初 の 口 数 は 三 、 七 八 二 株 、 金 額 に し て 一 八 九 万 一 千 円 で あ つ た 。 現 在 、 生 産 組 合 へ の 出 資 額 は 、 -戸 当 り 普 通 五 〇 一 八 ○ 株 、 少 い 家 で 一 -二 株 、 多 い 家 で 三 〇 〇 株 程 で あ り 、 現 在 組 合 は 八 百 万 -九 百 万 円 の 資 産 を 有 す る に 至 つ て い る 。 (第20表) 漁 協所 有船 状 況 浦 郷 漁 協 調 べ (註) ( ) 内 は 三度 部 落 所 属船 を示 す 。
漁 協 も 生 産 組 合 も 共 に 、 組 合 員 と 共 同 出 資 で 事 業 の 経 営 を 行 つ て い る が 、 漁 協 の 場 合 は 、 組 合 員 の 持 株 と 組 合 の 持 株 が そ れ ぞ れ 半 分 で あ り 、 毎 年 、 利 益 金 配 当 を 最 小 五 割 、 多 い 時 は 十 割 位 い を 行 う 実 力 を 備 え て い る が 、 生 産 組 合 の 方 は 、 発 足 後 な お 日 も 浅 く 、 赤 字 を 計 上 し た 年 度 も あ り 、 未 だ 配 当 を 行 う ま で に 至 つ て い な い 。 漁 協 と 生 産 組 合 と の 間 柄 は 、 い わ ば 親 子 関 係 を な し 、 魚 は 全 部 漁 協 を 通 じ て 出 荷 す る 。 そ し て 、 生 産 組 合 か ら 漁 協 へ 歩 金 を 納 め る の で あ る 。 そ の 代 り 、 生 産 組 合 の 必 要 と す る 資 材 或 い は 借 入 金 に 対 し て 、 漁 協 は 保 証 を し た り 、 資 金 の 貸 出 し も 或 る 程 度 行 う 様 に な つ て い る 。 三 度 生 産 組 合 所 有 船 と し て は 、 和 船 巾 著 網 一 統 七 隻 で あ る 。 即 ち 、 次 表 に 示 す 如 く で あ る 。 こ の 和 船 巾 著 は 一 年 に 約 一 八 ○ 日 出 漁 し 、 大 羽 鰯 、 小 羽 鰯 ( 目 刺 し 、 煮 干 し の 加 工 品 を つ く る ) を 水 揚 げ す る 。 漁 場 は 接 岸 距 離 二 海 里 以 上 で 、 三 度 港 よ り 五 〇 分 以 上 要 す る 。 部 落 か ら 知 夫 ( 知 夫 里 島 ) の 東 沖 、 西 郷 と 島 前 の 問 の 松 島 沖 ま で 漁 に 出 る の が 普 通 で あ る 。 三 度 港 よ り 七 -八 海 里 の 海 上 で あ り 、 其 処 へ 出 漁 す る の に 二 -三 時 間 を 要 す る 。 機 船 巾 著 、 和 船 巾 著 共 に 同 処 に 集 中 す る の で あ る 。 共 に 夕 方 四 -五 時 に 出 漁 し 、 翌 朝 七 -八 時 に 帰 港 す る の が 普 通 で あ る 。 次 に 、 三 度 岬 周 辺 の 浅 海 利 用 状 況 を 見 れ ば 、 、 三 度 岬 北 海 岸 採 貝 、 採 藻 地 帯 〃 南 海 岸 採 藻 地 帯 で あ り 、 岩 海 苔 は 外 海 に 面 す る 海 岸 全 域 に 亘 り 着 生 す る 。 貝 類 と し て は 、 ナ ザ エ ア ワ ビ 、 ア サ リ が 獲 れ 、 藻 類 と し て は 、 ワ カ メ 、 天 草 、 海 苔 が 収 穫 せ ら れ る 。 然 し 、 第 二 十 二 表 に よ れ ぼ 、 三 度 部 落 に 於 て は 、 藻 類 の 利 用 度 も 二 〇 % に 過 ぎ ず 、 可 成 り 低 い が 、 特 に 貝 類 は 、 他 の 地 区 に 較 べ 最 も (第21表) 三 度 漁 業 生 産組 合 所 有 船 状 況 生 産 組 合 調 べ 昭 和 三 十 二 年 七 月 現 在 こ れ ば 月15万 円 で 借 り て い る、 但 し船 の み 巾着 網 1統 250万 円 隠 岐 島 一 村 落 の 実 態 調 査 報 告
密 教 文 化 豊 富 で あ る に 拘 ら ず 、 全 く 未 利 用 状 態 に 放 置 さ れ て い る 事 が 分 る 。 次 に 、 そ れ ら の 採 取 時 期 を 示 せ ば 、 ワ カ メ 三 月 頃 か ら 五 月 一 杯 天 草 六 月 か ら 八 月 半 ば ま で 海 苔 十 二 月 末 か ら 四 月 頃 ま で ア ワ ビ 殆 ど 年 間 。 採 り 始 め は 十 二 月 一 日 。 十 二 月 -二 三 月 が 最 も 多 い 。 ナ ザ ェ 殆 ど 年 間 。 但 し 、 十 月 の み 採 取 不 可 。 次 に 、 大 体 一 日 に 一 回 だ け 漁 携 す る 漁 法 に は 次 の 様 な も の が あ る 。 尚 お 、 海 苔 の 採 陀 は 一 日 一 -二 回 、 ワ カ メ の 採 集 は 一 日 二 回 行 つ て い る 。 当 部 落 で は 他 に 、 三 屯 程 度 の 動 力 船 ( デ ィ ー ゼ ル 八 馬 力 ) 所 有 者 が 七 名 お り 、 ま た 、 刺 網 又 は 磯 刺 網 の 所 有 者 が 六 名 い る 。 そ の 内 訳 は 、 船 と 網 両 方 の 所 有 者 が 四 名 、 船 の み の 所 有 者 が 三 名 、 網 の み の 所 有 者 が 二 名 で あ り そ れ ぞ れ 刺 網 、 磯 刺 網 、 一 本 釣 を 行 つ て い る 。 次 に 、 漁 業 種 別 生 産 高 水 産 加 工 生 産 高 、 魚 種 別 生 産 高 を 示 せ ば 、 左 の 如 く で あ る 。 以 上 の 如 く 、 三 度 部 落 は 狭 小 で あ り 、 且 つ ま た 貧 村 故 、 以 前 か ら 出 稼 や 他 出 で 部 落 の 外 へ 出 て 行 く 者 は 多 い が 、 外 社 会 と の 交 通 も 不 便 な 土 地 柄 で も あ り 、 外 部 か ら 異 分 子 や 異 文 化 の 入 り 込 む 機 会 (第22表) 部 落 別 浅 海 利 用 現 況 表 浦 郷 農 協 資料 に よる 昭 和32年1月 現 在.
に 乏 し く 、 そ の 意 味 で 、 ま だ 多 分 に 封 鎖 的 な 社 会 で あ る の で 、 村 入 が 日 常 接 す る 対 象 は 極 め て 限 ら れ て お り 、 従 つ て 、 こ れ ら の 事 物 に 反 復 し て 接 触 交 渉 を 繰 返 す 事 に な り 、 必 然 的 に 村 人 は こ れ ら の 事 物 に 習 熟 し 、 そ れ に 精 通 す る 様 に な る た め 、 普 通 名 詞 を も つ て 特 定 の 個 物 を 指 す 場 合 が 多 く な る の は 蓋 し 当 然 で あ る 。 次 に 挙 示 し た の は ほ ん に 数 例 に 過 ぎ な い で あ ろ う 。 ( 例 ) 川 = 三 度 川 。 寺 = 地 福 寺 。 神 様 、 神 社 = 待 場 神 社 。 組 合 = 三 度 漁 業 生 産 組 合 。 局 = 浦 (第23表) 部 落 別 漁 業 種 別 生 産 高 金額単位千円 浦 郷 農 協 資 料 に よ る 昭 和32年1月 現 在 隠 岐 島 一 村 落 の 実 態 調 査 報 告
密 教 文 化 郷 郵 便 局 。 町 = 本 郷 。 港 = 三 度 港 。 当 部 落 で は 、 先 に も 見 た 如 く 、 従 来 よ り 分 家 の 創 設 を 許 し て は 来 て い る が 、 地 域 も 狭 小 で あ り 、 ま た 。 生 活 程 度 も 可 成 り 低 い 部 落 で あ る の で 、 自 ら 限 度 が 存 し て い た 。 分 家 へ の 財 産 分 与 に は 一 定 の 限 界 は 設 け ら れ て い な い が 、 家 屋 を 新 築 す る 場 合 等 に 木 材 を や る と か 、 牛 を 分 け 与 え る と か 、 山 畑 等 多 少 で も 分 け て や る と か す る が 、 そ れ も 、 家 に ょ り 色 々 の 場 合 が あ る と の 事 で あ る 。 出 稼 先 で 分 家 し て 家 を 構 え て い る 者 は 、 殆 ど 本 家 か ら 財 産 の 分 与 を 受 け る 事 は な か つ た 模 様 で あ る 。 二 、 三 男 以 下 は 、 (第24表) 部 落 別 水 産 加 工 生 産 高 数量単 位 貫 金額単位 千 円 浦 郷 農 協 資 料 に よ る 昭 和32年1月 現在 (第25表) 部 落 別 魚 種 別 生 産 高 浦 郷農 協 資 料 に よ る 昭 和32年1月 現 在
部 落 の 過 剰 人 口 と し て 、 殆 ど 悉 く 押 出 さ れ る 様 に し て 、 部 落 を 後 に し て 出 稼 ぎ 乃 至 他 出 せ ざ る を 得 な か つ た 。 彼 等 は 出 稼 ぎ 先 で 結 婚 す る 事 に よ り 、 そ の 地 に 落 着 く 者 も 相 当 出 た の で あ る 。 出 稼 ぎ 先 は 従 来 か ら 大 阪 が 圧 倒 的 に 多 く 、 神 戸 、 京 都 等 も 多 い 。 一 生 、 独 身 を 強 い ら れ た 男 女 は 昔 か ら な か つ た 様 で あ る 。 た だ 、 病 身 の た め 結 婚 出 来 な か つ た 享 年 四 十 五 才 位 い の 女 子 が 一 入 出 た 程 度 で あ る 。 ま た 、 人 口 を 制 限 す る た め の 間 引 き 等 の 風 習 は 古 来 か ら 見 ら れ な い と の 事 で あ る 。 戦 後 、 最 近 三 四 年 の 間 、 他 の 地 域 で も 広 範 に 見 ら れ る 様 に 、 産 児 制 限 の た め の 入 工 流 産 が 当 部 落 で も 行 わ れ て い る 様 で あ る 。 三 度 部 落 は 、 既 に 見 た 如 く 、 地 域 的 に 狭 小 で あ り 、 三 度 川 流 域 の 低 地 に 家 屋 が 密 集 し て お り 、 一 方 、 耕 地 面 積 も 狭 く 、 而 も 用 水 不 足 や 酸 性 土 壌 そ の 他 の 要 改 良 田 畑 が 多 く 、 従 つ て 農 業 生 産 力 も 低 く 、 ま た 、 こ れ ま で の と こ ろ 、 漁 業 の 発 展 も 十 分 に な さ れ て い な い 実 状 か ら 推 し て 、 入 口 収 容 力 に 限 界 が あ る の は い う ま で も な い 。 従 つ て 、 生 産 年 令 層 に 達 し た 者 は 二 、 三 男 の み な ら ず 、 長 男 や 女 子 に 至 る ま で も 、 多 数 、 長 期 の 出 稼 ぎ に 出 掛 け る 有 様 で あ る 。 以 上 の 如 く 、 大 体 、 西 ノ 島 々 内 で も 、 今 ま で 一 番 住 み 難 い 土 地 だ と し か 考 え ら れ て い ず 、 部 落 の 若 い 者 等 多 く 出 稼 先 に 家 を 構 え る 風 習 が あ つ た 位 い で あ る か ら 、 外 社 会 か ら 移 り 住 む と い う 様 な 者 は 殆 ど 見 ら れ ず 、 従 来 、 外 来 者 移 入 禁 止 の 方 策 が 特 に 採 ら れ た 事 は な か つ た 様 で あ る 。
第
二
章
三
度
部
落
の
調
和
性
I 家 庭 の 親 和⋮⋮ II 生 活 の 援 助 、 扶 助⋮⋮ A 結 い 仕 事⋮⋮ B そ の 他 の 相 互 扶 助⋮⋮ III 近 隣 の 関 与 と 責 任⋮⋮ IV 村 の 統 制⋮⋮ V 信 義⋮⋮ 結 び⋮⋮ I 家 庭 の 親 和 昔 は 、 わ が 国 の 他 の 村 落 に 一 般 的 に 見 ら れ た 様 に 、 当 部 落 隠 岐 島 一 村 落 の 実 態 調 査 報 告密 教 文 化 に 於 て も 、 家 庭 内 の 夫 婦 、 親 子 、 嫁 姑 の 関 係 は 可 成 り 前 近 代 的 、 封 建 的 で あ つ た 様 で あ る 。 古 老 の 談 に よ る と 、 明 治 三 十 四 、 五 年 頃 に は 、 嫁 と 姑 と の 間 柄 は ﹁ 敵 討 ち ﹂ と い わ れ て い た し 、 ま た 、 そ の 時 代 に は 次 の 様 な 諺 が 一 般 に 言 い は や さ れ て い た 。 即 ち 、 ﹁ 山 で 辛 い は 山 椒 と 胡 椒 、 家 で 辛 い は 姑 婆 ﹂ と か 、 ﹁ 嫁 や 婿 に 行 く よ り は 秋 の 山 に 立 つ て 暮 せ ﹂ 。 後 者 の ﹁ 秋 の 山 に 立 つ て 暮 せ ﹂ と い う の は 、 秋 の 山 に は 入 の 畑 の 作 り 取 り の 跡 ( 収 穫 後 の 残 り も の ) が 若 干 あ る し 、 ﹁ た な ご ﹂ や ﹁ え び ﹂ ( 野 葡 萄 ) が 得 ら れ る か ら 、 そ こ で 過 し た 方 が ま し だ と い う 意 味 で あ る 。 以 上 の 諺 が 雄 弁 に 物 語 つ て い る 様 に 、 当 時 、 姑 の 権 限 が 強 く 、 如 何 に 意 地 の 悪 い 存 在 で あ つ た か 、 ま た 、 そ の 反 面 、 嫁 や 婿 の 家 族 内 に 於 け る 地 位 が 如 何 に 低 く 虐 げ ら れ た 存 在 で あ つ た か が 分 る 。 夫 婦 間 に 愛 情 が あ つ て も 、 家 風 に 合 わ ぬ と い う 理 由 で 舅 や 姑 か ら 嫌 わ れ 、 離 縁 の 憂 目 に あ つ た 場 合 が 多 か つ た 由 で あ る 。 , 然 し 、 近 時 に な る に 従 い 、 舅 姑 と 合 わ な 炉 場 合 に は 離 縁 と い う 形 を 採 ら ず 、 老 夫 婦 か ら 若 夫 婦 が 別 れ て 居 住 す る と い う 例 も 若 干 出 て 来 て い る 。 然 し 、 一 般 的 に は 、 虐 げ ら れ た 生 活 に 嫁 は 只 管 忍 従 す る こ と に よ つ て 、 不 満 は 内 証 し つ つ も 、 表 面 的 に は 両 者 の 問 に は 調 和 が 維 持 さ れ て 来 た 様 で あ る 。 現 在 に 於 て も 、 両 者 の 関 係 は 、 表 面 上 は 一 般 に 円 満 の 様 に 見 受 け ら れ る も の の 、 実 際 に 両 者 の 仲 の 好 い の も 可 成 り あ る 様 で あ る が 、 寧 ろ 、 そ の 方 が 数 が 少 な い と 見 る の が 妥 当 の 様 に 思 わ れ る 。 両 者 の 不 和 軋 礫 が 表 面 化 し た 例 も 若 干 見 受 け ら れ る 。 そ の 原 因 と し て は 、 色 々 な も の が 挙 げ ら れ る が 、 そ の う ち 、 経 済 的 な 事 柄 が 大 き な 比 重 を 占 め て い る 様 で あ る 。 一 般 的 に 云 つ て 、 姑 に し て 見 れ ば 、 昔 は 自 分 達 が こ う こ う し て 苦 労 し て 財 産 を 造 つ た の に 、 今 の 若 い 嫁 は 生 活 が ハ デ で 苦 労 が 足 り な い と い つ た 様 な 事 が 多 い 様 で あ る 。 事 実 、 今 か ら 五 十 年 程 前 に は 、 当 部 落 の 田 畑 等 は 他 部 落 の 地 主 の 所 有 す る と こ ろ で あ つ た ら し い 。 そ れ が 、 姑 達 の 勤 倹 節 約 に よ つ て 、 漸 次 当 部 落 の も の に な つ た と い う 事 情 が あ る の で あ る 。 具 体 的 な 例 を 挙 げ る と 、 嫁 が 洗 濯 に 石 ケ ソ を 使 い 過 ぎ る と か 、 衣 類 を 出 鱈 目 に 買 う と か 、 料 理 の 仕 方 が 悪 い と か い う 理 由 で 不 和 が 始 ま る 場 合 が 多 い 。 ま た 、 姑 が 小 姑 、 つ ま り 、 自 分 の 娘 の 嫁 い だ 先 に 金 品 を 内 々 に 運 ん だ と か 、 ま た 反 対 に 、 嫁 が 自 分 の 実 家 へ 内 証 で 貢 い だ と か い う 様 な 事 が 元 で 軋 礫 が 起 る 様 で あ
る 。 私 の 偶 々 直 接 聞 き 得 た 一 例 を 次 に 挙 げ て 見 る と 、 十 年 程 前 に 現 在 の 夫 が 出 稼 中 、 松 江 で 結 婚 し 、 そ の 後 、 夫 婦 仲 円 満 で 、 夫 は 財 布 を 妻 に 渡 し て い た が 、 数 年 前 、 夫 と 共 に 帰 郷 し た 。 姑 は 嫁 を 家 風 に 合 わ ぬ と し て 虐 待 。 病 気 の 時 も 寝 か し て 呉 れ ず 、 葡 う よ う に し て 働 い て い る 後 ろ か ら 押 し た り 、 あ ま つ さ え 唾 を 吐 き か け る こ と も あ る 。 夫 も 帰 郷 後 、 妻 に 対 す る 態 度 が コ ロ リ と 変 り 、 姑 に 絶 対 的 に 服 従 し 、 妻 の た め に 何 ら 抗 弁 も し て 呉 れ ず 、 全 く 鵬 甲 斐 な い 有 様 。 財 布 も 夫 が 自 ら 握 る 様 に な り 、 百 円 の 小 遣 い も 儘 に な ら な い 。 子 供 は 女 の 子 が 三 人 、 長 女 は 小 学 校 一 年 生 で あ る が 、 ﹁ オ 母 チ ャ ソ は お 金 が な い か ら 駄 目 だ 。 ﹂ と 子 供 か ら も 軽 蔑 さ れ る 様 な 情 な い 有 様 。 部 落 内 に 身 寄 り も な く 、 近 隣 か ら 他 所 者 と い う 眼 で 見 ら れ 全 く 頼 り な い 気 持 。 姑 の 冷 酷 な 仕 打 ち と 夫 の 態 度 の 豹 変 に よ り 、 今 で は 既 に 夫 へ の 愛 情 も 失 せ 、 離 婚 の 機 会 を 窺 つ て い る 状 態 で あ る 。 次 に 、 京 都 大 学 文 学 部 社 会 学 研 究 室 作 成 の 個 人 一 般 調 査 票 ( 註 ) ( 問 13 ) 即 ち 、 ﹁ あ な た は 嫁 と 姑 と の 意 見 が 合 わ な か つ た 時 、 嫁 は ど う す る の が 一 番 よ い と 思 い ま す か ﹂ の 回 答 を 集 計 し た 結 果 は 左 の 通 り で あ る 。 (イ) 嫁 は 姑 の 意 見 を そ の ま ま 聞 く の が よ い = 7 ( 13 % ) (ロ) 嫁 と 姑 は お 互 に 納 得 の い く よ う に 話 し 合 う の が よ い 。 = 35 ( 66 % ) (ハ) 嫁 は 自 分 の 意 見 が 正 し い と 思 つ た ら 、 そ れ を 通 す の が よ い 。 = 0 (二) 夫 に 話 し て 、 姑 に う ま く と り は か ら つ て 貰 う の が よ い 。 = 7 ( 13 % ) 回 答 な し 。 = 4 ( 8 % ) 右 の 結 果 を 分 析 す る と 、 (イ) が 7 票 ( 13 % ) も 出 て い る と こ ろ か ら 、 姑 の 権 力 が 依 然 強 い と 見 徹 さ れ る 家 族 も あ る が 、 回 が 35 票 ( 66 % ) と 圧 倒 的 に 多 く 出 た の は 、 嫁 が 姑 と ほ ぼ 対 等 の 立 場 に 立 つ て 話 し 合 い が 出 来 る ま で に 、 そ の 地 位 が 向 上 し た 証 左 と 見 る 事 が 出 来 よ う 。 ま た 、 四 が 1 票 も 出 な か つ た 事 は 、 目 の 7 票 ( 13 % ) と 共 に 、 こ れ は 家 の 嫁 と し て 家 庭 内 の 平 穏 を 保 持 し て 請 く べ き だ と す る 意 見 、 な い し 、 そ う し て 行 き た い と い う 希 望 の 現 わ れ と 解 釈 し て よ か ろ う 。 最 近 に 於 て も 、 新 旧 思 想 の 対 立 は 若 干 見 ら れ る 様 で あ る が 年 寄 り も 家 風 に つ い て 余 り や か ま し く い わ ぬ よ う に な り 、 両 隠 岐 島 一 村 落 の 実 態 調 査 報 告
密 教 文 化 者 の 関 係 は 一 般 に 円 満 に な つ て 来 た 。 年 寄 り も 若 い 者 を 理 解 す る 様 に な り 、 姑 も 嫁 に 子 供 が 出 来 た ら 、 ﹁ オ 母 ナ ソ ﹂ と 呼 ん だ り し て 親 愛 感 を 示 す 。 嫁 の 地 位 も 強 化 さ れ 、 嫁 は 結 婚 後 十 年 程 で 主 婦 の 座 を 占 め る 様 に な つ た 。 次 に 、 嫁 と 小 姑 と の 関 係 も 、 表 面 上 は 大 体 円 満 な 様 で あ る が 、 四 -五 件 は 不 和 の 例 が 見 ら れ る 。 嫁 と 小 姑 と の 仲 が 悪 い た め に 、 長 男 夫 婦 が 別 居 し て い る ケ ー ス が 見 受 け ら れ る 。 例 え ば 、 兄 夫 婦 が 部 落 内 で 別 に 分 れ て 子 供 と 共 に 住 居 し て い る の が あ る 。 然 し 、 別 居 と い つ て も 、 今 日 で は 大 概 、 兄 夫 婦 は 他 出 し て し ま う が 、 別 居 し な い 場 合 に は 、 両 者 の 関 係 は 険 悪 に な り 易 い 。 親 族 の 者 皆 ん な が 寄 つ て 話 合 い を つ け よ う と し て も 、 一 旦 不 和 が 起 る と 仲 々 旨 く 収 る こ と は な い 様 で あ る 。 然 し 、 一 寸 嫁 が 実 家 に 戻 つ て い る 位 い の 場 合 に は 、 ま た 収 ま る こ と も あ る 。 そ の 原 因 は 、 嫁 が 横 着 ( 怠 け 者 ) で あ る と か 、 不 潔 で あ る ( だ ら し が な い O と か 、 又 は 、 世 帯 知 ら ず ( 金 使 い が 荒 い ) で あ る と い う 様 な 事 で あ る が 、 そ れ に 枝 葉 を つ け て 小 姑 が 他 人 に 嫁 の 悪 口 を い い 振 ら す 。 そ れ に 対 抗 し て 、 嫁 が 小 姑 の 陰 口 を た た く 。 こ ん な 事 か ら 話 し が 大 き く な り 、 収 り が つ か ぬ 様 に な る 様 で あ る 。 不 和 の 例 を 一 、 二 挙 げ て 見 る と 、 (一) こ れ は 最 初 か ら 両 親 や 姉 妹 が 反 対 で あ つ た の に 、 恋 愛 か ら 遂 に 子 供 ま で 出 来 て し ま つ た の で 、 親 類 が か か り 家 に 貰 う 事 に し た が 、 や は り 旨 く 行 か ず 、 一 回 二 回 と 不 和 の 起 る う ち に 、 と う と う 嫁 は 実 家 に 帰 る 、 兄 は 他 出 す る と い う 結 果 に な つ た 。 現 在 は 大 阪 で 嫁 や 子 供 も 引 取 り 、 一 家 を 構 え て い る と の 事 で あ る 。 (二) こ れ は 何 回 と な く 不 和 を 生 じ 、 一 時 は 兄 夫 婦 が 出 て 別 居 し て い た の が 、 親 族 が 寄 合 つ て 和 解 さ せ 、 そ の 後 は 再 び 一 緒 に な つ た が 、 時 々 不 和 が 起 る と 、 今 度 は 両 親 が 或 る 程 度 の 財 産 を 持 つ て 隠 居 す る と か の 事 が あ つ た が 、 そ れ も 現 在 は 収 つ て い る 模 様 で あ る 。 現 在 、 夫 婦 の 間 柄 は 一 般 に 円 満 な 様 で あ る が 、 中 に は 夫 が 大 酒 呑 み で 妻 や 子 供 の 事 な ど 顧 み な い た め に 、 家 計 の 事 で よ く 夫 婦 喧 嘩 を す る 家 庭 が 一 -二 件 あ る 様 で あ る 。 妻 の 地 位 は 昨 今 向 上 し て 来 た と は い う も の の 、 ま だ ま だ 夫 と 対 等 で は な く 、 夫 に 殆 ど 全 て 服 従 と い う の が 一 般 的 で あ る 。 次 に 、 親 子 の 関 係 も 一 般 に 円 満 な 様 で あ る が 、 若 干 不 和 の 例 も 見 ら れ る 。 こ れ は や は り 、 長 男 が 嫁 を 迎 え て か ら の 場 合
が 殆 ど 全 部 で あ る 。 嫁 が 来 て 一 -二 年 も し て 孫 が 出 来 る 様 に な る と 、 世 帯 も 大 き く な り 、 生 活 面 に も 色 々 と 響 い て 来 る 。 そ れ が 原 因 と な つ て 、 嫁 、 姑 、 小 姑 等 、 夫 々 が あ れ こ れ と 陰 口 を 聞 く 様 に な り 、 次 第 に 親 夫 婦 と 息 子 夫 婦 の 間 に ひ び が 入 つ て 来 る 様 に な る の が 普 通 の 様 で あ る 。 し ま い に は 、 息 子 夫 婦 が 子 供 を 連 れ て 別 居 生 活 を す る と い う 事 に な る が 、 そ う い う の に な る と 親 族 等 が 寄 り 合 つ て 収 拾 を 計 る が 、 仲 々 直 ら ず そ の ま ま に な つ て い る の が 三 件 程 あ る 。 ま た 親 族 の 世 話 で 元 に 戻 つ た の も 二 件 程 あ る と の 事 で あ る 。 兄 弟 姉 妹 の 関 係 も 一 般 に 大 体 良 い 様 で あ る が 、 中 に は 弟 が 他 郷 で 結 婚 し て 、 そ の 弟 が 所 謂 不 良 型 で あ る た め 、 兄 の 家 で は 弟 一 家 を 寄 せ つ け な い と い つ た ケ ー ス が あ る 。 今 ま で の と こ ろ 、 家 庭 で は や は り 長 男 が 跡 取 り と い う 事 で 特 に 大 事 に さ れ 、 重 ん ぜ ら れ る 傾 向 に あ る 。 従 つ て 、 兄 弟 姉 妹 の う ち 長 男 が や は り 最 も 権 威 的 存 在 に な つ て い る 。 然 し 、 子 供 の 時 分 は 男 に せ よ 女 に せ よ 、 幼 い 程 が 一 番 可 愛 が ら れ る 様 で あ る 。 然 し 、 こ れ も 長 男 が 嫁 を 取 つ た 後 は 、 次 三 男 や 娘 達 の 地 位 は ど う し て も 低 く 扱 わ れ る 様 に な る 。 前 掲 京 大 社 会 学 研 究 室 作 成 の 個 人 一 般 調 査 票 (問 11 ) 、 即 ち 、 ﹁ ﹃ 兄 弟 は 他 人 の 始 ま り ﹄ と い わ れ ま す が 、 あ な た は ど う 思 い ま す か 。 ﹂ の 回 答 集 計 結 果 に よ れ ば 、 (イ) そ う だ と 思 う = 14 ( 26 % ) (ロ) そ う か も し れ な い = 9 ( 17 % ) (ハ) そ う で は な い = 26 ( 49 % ) 回 答 な し = 4 ( 8 % ) 右 の 結 果 に よ れ ば 、 (ハ) ﹁ そ う で は な い ﹂ と 判 り 否 定 し た 者 が 全 体 の 半 数 ( 49 % ) を 占 め 、 他 の ど の 回 答 よ り も 圧 倒 的 に 多 く 、 (イ) (ロ) の 合 計 23 票 ( 43 % ) と 比 べ て も 、 尚 お 且 つ 3 票 ( 6 % ) 上 廻 つ て い る 。 こ れ は 出 稼 ぎ や 他 出 等 で 、 兄 弟 が 居 所 を 異 に す る 場 合 が 多 い に も 拘 ら ず 、 両 者 の 間 柄 が 肉 親 と し て 比 較 的 円 満 緊 密 で あ る こ と を 示 す も の と 見 て よ か ろ う 。 炉 や 炬 燵 に 於 け る 座 位 、 食 卓 の 位 置 等 、 曽 て は ( 四 十 年 位 い 前 ま で ) 可 成 り 厳 重 に 一 定 し て い た 様 で あ る 。 即 ち 、 戸 棚 の 前 が 主 婦 席 で 、 こ れ を ﹁ カ カ 座 ﹂ と い い 、 ﹁ カ カ 座 ﹂ の 右 側 が 横 座 で 、 こ れ は 主 人 席 ( 家 長 席 ) 、 客 席 は ﹁ カ カ 座 ﹂ の 正 面 に 当 り 、 こ れ を 客 座 と い う 。 ﹁ カ カ 座 ﹂ の 左 側 に 猫 座 が あ り 、 こ れ は 子 供 又 は 婦 入 客 の 席 に 当 て ら れ る 。 お 客 に し て も 昔 は 神 官 、 僧 侶 、 教 員 、 医 者 、 そ の 他 高 官 の 入 が 見 え た 時 に 隠 岐 島 一 村 落 の 実 態 調 査 報 告
密 教 文 化 は 、 特 に 敬 意 を 表 し て 横 座 に 迎 え 入 れ 、 主 人 は ﹁ カ カ 座 ﹂ 、 主 婦 は 猫 座 へ 廻 つ た り し た 様 で あ る 。 お 客 が あ る と 、 子 供 は 遊 び に 出 さ れ た り 、 ま た 猫 座 へ 行 け な ど い わ れ た と の 事 で あ る 。 拗 々 子 ( 文 学 士 喜 田 貞 吉 氏 ) の 隠 岐 日 記 に も 、 ﹁ 向 ふ 正 面 即 ち 戸 棚 の 前 が 主 婦 席 ﹃ カ カ の 座 ﹄ 、 ﹃ カ カ の 座 ﹄ の 右 側 が 横 座 で 、 之 は ﹃ 主 入 の 座 ﹄ 、 客 は ﹃ カ カ ﹄ の 正 面 に 座 る の で 、 之 を 客 座 と い ふ 。 ﹃ カ カ 座 ﹄ の 左 側 が 、 猫 座 と い ひ 、 誰 の 席 と も 定 ま ら な い 。 客 座 に 座 り き れ ぬ 客 は 、 猫 座 ま で 割 り 込 む 様 だ 。 ﹂ ( 隠 岐 島 史 ( 全 ) 106 頁 ) と 記 さ れ て あ り 、 隠 岐 で は 各 地 と も 、 昔 は 炉 の 座 位 が 一 定 し て い た 模 様 で あ る 。 然 し 今 日 、 三 度 部 落 に 於 て は 、 未 だ 厳 格 な 家 庭 も 若 干 あ る 様 で あ る が 、 各 座 の 名 称 が 僅 か に そ の 名 残 り を 止 め て い る 程 度 で あ り 、 従 つ て 、 一 般 的 に は 家 族 員 の 座 位 も 厳 重 に は 一 定 し て い な い 様 )で あ る 。 現 在 、 入 浴 の 順 序 も 厳 重 に 一 定 は し て い な い が 、 原 則 と し て 男 が 先 、 女 が 後 、 ま た 、 年 寄 り が 先 、 若 い 者 が 後 で あ る 。 尤 も 、 乳 飲 児 が い る 場 合 、 子 供 に 母 乳 を 与 え る 関 係 上 、 嫁 を 先 に 入 ら せ る 場 合 も あ る 。 風 呂 場 の あ る 世 帯 は 三 十 で 、 全 世 帯 数 八 九 の 三 分 の 一 に 過 ぎ ず 、 従 つ て 、 貰 い 風 呂 の 慣 習 が 一 般 的 に 行 わ れ て い る 。 貰 い 風 呂 に 行 く 先 、 来 る 家 の 者 は 一 定 し て お り 、 大 体 、 親 族 、 隣 近 所 の 二 -三 軒 乃 至 三 -四 軒 の 間 に 於 て 行 わ れ て い る 。 次 に 、 戦 後 の 今 日 で も 、 若 い 者 が 老 入 を 粗 末 に 扱 う 事 も な い が 、 そ う か と い つ て 特 に 大 切 に す る こ と も 少 く な つ て 来 て い る 様 で あ る 。 然 し 、 若 夫 婦 は 年 寄 夫 婦 の い う 事 が 多 少 無 理
戸
棚
カ
、
座
横
座
塩
は
三
尺
四
方
位
で
あ
る
猫
座
客
座
だ と 思 つ て も 、 大 体 服 従 す る 様 で あ る 。 尤 も 、 若 夫 婦 の 父 母 に 対 す る 言 葉 遣 い は 特 に 丁 寧 な 事 は な い 。 ま た 、 母 親 に 対 す る 息 子 や 娘 達 の 言 葉 遣 い は 多 少 粗 つ ぽ い が 、 無 論 、 悪 気 や 軽 蔑 か ら で は な く 、 親 し さ か ら で あ る 。 ( 昔 は 、 父 を テ テ 、 母 を カ カ と 呼 ん で い た と の 事 で あ る 。 ) そ れ で も 、 七 十 年 程 前 ( 明 治 二 十 年 頃 ) に 義 務 教 育 が 始 ま つ て か ら 、 自 然 と 言 葉 遣 い が 良 く な つ た と の 事 で あ り 、 ま た 、 五 十 年 前 位 い か ら 出 稼 も 始 ま り 、 出 稼 者 が 帰 郷 し た り す る 事 に よ つ て 、 必 然 的 に 出 稼 先 の 都 会 の 言 葉 も 当 部 落 に 流 入 す る 様 に な つ た 。 本 土 か ら 距 る 離 れ 島 の 当 部 落 で も 、 新 教 育 の 効 果 が 現 わ れ て 、 子 供 は 一 般 に 探 求 心 が 強 く な り 種 々 疑 問 を 発 す る 様 に な つ た 。 こ れ に 対 し て 祖 父 母 は 、 子 供 に 納 得 が ゆ く 様 な 説 明 が 出 来 な い 場 合 が 多 く な つ て 来 た ら し い 。 彼 等 は 子 供 が 理 屈 つ ぼ く な つ た と 歎 じ 、 孫 達 は 祖 父 母 を 幾 ら か 馬 鹿 に す る 傾 向 が 出 て 来 て い る 様 で あ る 。 従 つ て 、 子 供 達 の 祖 父 母 に 対 す る 言 葉 遣 い は 柳 か 粗 野 に な つ て き た 。 そ の 様 な 場 合 、 親 が 言 葉 で 厳 し く 戒 め る 場 合 も あ る が 、 打 郷 す る 様 な 事 は な い と の 事 で あ る 。 こ れ ま で 、 若 夫 婦 が 老 夫 婦 か ら 離 れ て 別 居 す る 事 は 、 跡 取 り の 場 合 は 殆 ど 見 ら れ な い 。 こ れ は 両 者 の 関 係 が 、 従 来 、 比 較 的 円 満 で あ つ た と い う よ り も 、 経 済 的 に 別 居 が 仲 々 許 さ れ な い と い う 事 情 に 帰 せ ら れ る で あ ろ う 。 六 十 才 前 後 の 入 が 知 つ て い る 、 こ れ ま で の 別 居 生 活 の 例 は 、 僅 か 三 件 程 に 過 ぎ な い 。 敦 れ も 先 に 見 た 如 く 、 嫁 と 姑 、 小 姑 間 の 性 格 、 思 想 の 相 違 に 帰 せ ら れ る 様 で あ る 。 一 般 に 、 若 夫 婦 は 祖 父 母 の 過 労 に な る 事 は 出 来 る 丈 け 避 け る よ う 、 労 る 気 持 を 十 分 持 つ て い る 様 で あ る 。 然 し 、 他 方 、 祖 父 母 は 働 け る 限 り は 飽 く ま で 働 こ う と す る 。 こ れ は 、 じ つ と し て お れ な い と い う 気 持 か ら の 様 で あ る 。 ま た 、 若 夫 婦 は 祖 父 母 の 経 験 -田 畑 の 作 業 や 出 漁 す べ き か 否 か 等 -を 出 来 る 丈 け 尊 重 す る が 、 祖 父 母 も 自 己 の 古 い 経 験 や 意 見 を 固 執 す る 事 な く 、 若 い 者 の 建 設 的 意 見 に は 割 合 い 素 直 に 従 う 様 で あ る 。 例 え ば 、 若 い 者 の 意 見 に よ つ て B H C や セ リ ナ ソ 石 灰 の 如 き 農 薬 を 使 用 す る に 至 つ て お り 、 た め に 農 業 生 産 力 が 向 上 し 、 部 落 民 の 生 活 程 度 も 可 成 り 向 上 し て 来 て い る 。 次 に 、 結 婚 に つ い て は 、 現 在 は 殆 ど 親 が 定 め る 状 態 で 、 親 の 意 志 が 尊 重 さ れ 、 若 い 者 は 配 偶 者 の 選 定 を 親 に 任 し て い る 状 態 で あ る 。 息 子 が 適 令 期 に 達 す る と 、 親 や 兄 姉 が ﹁ 嫁 を 貰 隠 岐 島 一 村 落 の 実 態 調 査 報 告
密 教 文 化 え ﹂ と 勧 め 、 そ し て 、 親 が 伯 叔 父 母 等 親 族 に 依 頼 す る 。 ま た 、 こ の 頃 に な る と 、 親 族 で も 放 つ て は お か な い の で あ り 、 花 嫁 候 補 者 を 積 極 的 に 推 薦 す る と い う 事 に な る 。 敦 れ に し て も 、 依 頼 を 受 け た 親 族 が 殆 ど 結 婚 ま で の 運 び を す る の で あ る 。 然 し 、 中 に は 恋 愛 か ら 親 の 意 志 に 反 し て 配 偶 者 を 選 ぶ と い う 事 も 若 干 あ る 様 で あ る 。 こ の 場 合 、 親 の 主 な 反 対 の 理 由 は 相 手 の 女 性 が 弱 い 、 病 気 を よ く す る 、 従 つ て ま た 、 働 ぎ が な い と い う 事 で あ り 、 結 婚 し て か ら も 嫁 が 達 者 で な い 場 合 に は 親 と の 間 に 何 に か と 問 題 が 起 り 、 遂 に は 別 居 と い う 事 に も な る 。 然 し 、 こ の 場 合 で も 、 子 供 で も 出 来 、 嫁 が 案 外 丈 夫 に な つ て 働 ぎ が あ る 様 に な つ て 来 た 場 合 に ば 、 最 初 の 反 対 は 何 処 へ や ら で 両 者 の 関 係 が 円 満 に な つ た 例 も 見 ら れ る 。 然 し 、 敦 れ の 場 合 で も 、 結 婚 が 成 立 し て い る 以 上 、 親 族 間 の 交 際 は 同 じ 様 に や つ て い る と の 事 で あ る 。 こ の 地 方 に は 、 古 く か ら ヨ バ イ の 風 習 が あ り 、 そ の 当 時 は 実 質 的 に 自 由 結 婚 が 行 わ れ て い た の で あ る が 、 ヨ バ イ は 犯 罪 に な る と い う 浦 郷 警 察 署 長 の 警 告 が 行 わ れ た 事 か ら 、 大 正 の 末 期 か ら 昭 和 の 初 期 に か け て 消 滅 し た 由 で あ る 。 ( 註 ) 個 人 一 般 調 査 票 に よ る 面 接 調 査 を 、 次 の 要 領 で サ ソ プ ル を 選 定 、 実 施 し た も の で あ る 。 即 ち 、 当 部 落 の 二 〇 才 以 上 六 九 才 ま で の 男 女 全 員 を 母 集 団 と し ( こ れ を 二 〇 才 -二 九 才 、 三 〇 才 -三 九 才 、 四 〇 才 -四 九 才 、 五 〇 才 -五 九 才 、 六 〇 才 -六 九 才 の 五 つ の 年 令 層 に 層 化 し 、 更 に 各 年 令 層 を 男 女 別 に 二 分 、 合 計 一 〇 の グ ル ー プ に 層 化 し た 上 で 、 各 層 か ら 夫 々 三 分 の 一 の ナ ソ プ ル を 任 意 に 抽 出 し た 。 各 年 令 層 、 性 別 層 に 属 す る 人 数 及 び ナ ソ プ ル 数 を 示 せ ば 上 表 の 通 り で あ る 。 ナ ソ プ ル 数 六 〇 な る も う ち 調 査 不 能 (病 気 、 不 在 そ の 他 ) 七 、 ナ ン プ ル II 生 活 の 援 助 、 扶 助 ゆ A 結 い 仕 事 ( 当 地 で は ﹁ 手 間 替 え ﹂ と 称 し て い る ) 結 い 仲 間 と し て は 、 現 在 、 親 族 、 隣 近 所 及 び 部 落 全 戸 が 挙 げ 実 数 五 三 で あ る 。 ( ) 内 は ナ ン プ ル 数 を 表 わ す 。
ら れ る 。 左 に 記 す 如 く 、 田 植 え 、 麦 刈 り 、 麦 コ ナ シ 等 の 場 合 に 、 親 族 、 隣 近 所 の 問 で 相 互 に 労 力 を 交 換 し 合 い 、 作 業 を 共 同 で 行 う 場 合 が 多 い 。 尤 も 、 親 族 と 隣 近 所 と で は 、 親 族 に 重 点 が 置 か れ て い る 。 や は り 親 族 の 方 が 、 お 互 い の 事 情 に よ り よ く 通 じ て い る か ら で あ る 。 親 族 間 で は 、 例 え ば 、 ﹁ お 前 、 何 す る か ? ﹂ と 聞 き 合 う 様 )な 調 子 で あ る 。 親 戚 、 隣 近 所 間 の 結 い 仕 事 と し て は 、 現 在 、 餅 揚 き 、 味 噌 煮 、 田 植 え 、 田 の 草 取 り 、 田 の は で か け ( 刈 取 つ た 稲 を 掛 け 干 す 作 業 ) 、 麦 蒔 き 、 麦 刈 り 、 麦 打 ち 、 豆 植 え 、 豆 は た ぎ 、 蕎 麦 は た き 、 粟 刈 取 り 、 粟 こ な し 、 黍 刈 取 り 、 黍 こ な し 、 菜 の 洗 い 、 薪 取 り 、 木 出 し 、 肥 背 負 い 等 、 多 数 を 数 え る 事 が 出 来 る 。 米 鳩 き 、 井 戸 替 え の 結 い も 、 最 近 ま で 広 汎 に 行 わ れ て い た が 、 前 者 に つ い て は 、 漁 業 協 同 組 合 と 部 落 共 同 出 資 で 精 米 機 一 台 を 購 入 し た た め 、 ま た 、 後 者 に つ い て は 、 昭 和 二 十 九 年 十 ( 註 ) 二 月 に 部 落 内 に 水 道 が 敷 設 さ れ 、 水 量 が 豊 か に な つ た の で 、 今 日 で は 余 り 見 ら れ な い 様 に な つ た 。 こ れ ら に 対 し 、 稲 刈 り 、 稲 こ き 、 屋 根 葺 替 え 、 家 の 新 築 の 場 合 は 、 部 落 全 戸 か ら 人 が 出 て 共 同 作 業 を 行 う の で あ る 。 病 入 が 出 た り 、 或 い は 入 手 が 足 り な く て 、 結 い 返 し の 出 来 な い 場 合 で も 、 村 人 は 別 に 返 し を し な い し 、 盆 や 暮 に お 礼 と し て 金 品 を 届 け る 事 も し な い 。 ま た 敦 れ 時 期 が 来 た ら 、 返 す 事 も 出 来 る だ ろ う と い う 考 え の 様 で あ る 。 援 助 し た 方 も 、 相 互 扶 助 の 精 神 で 、 返 し を 期 待 し て い な い と の 事 で あ つ た 。 然 し 、 最 近 で は 、 田 起 し 、 田 植 え 、 畑 の 植 付 け 等 の 場 合 に 特 に 入 を 頼 ん で や る 事 が 一 部 に 行 わ れ る 様 に な つ た 。 部 落 内 に 雇 わ れ 専 門 の 人 が 二 入 程 お り 、 頼 む 家 も 四 -五 軒 は あ る と の 事 で あ る 。 田 起 し の 場 合 は 、 一 日 八 ○ ○ 円 の 賃 金 を 出 し 、 田 植 え の 場 合 は 、 米 三 升 或 い は 麦 を 対 価 と し て 支 払 う 様 で あ る 。 そ の 他 の 場 合 は 、 一 日 二 -三 〇 〇 円 の 賃 金 を 支 給 す る の が 普 通 と の 事 で あ る 。 ( 註 ) 昭 和 二 十 九 年 十 二 月 末 、 公 共 分 終 り 、 三 十 年 一 月 末 各 戸 給 水 を 完 了 B そ の 他 の 相 互 扶 助 仕 事 の 早 く 片 附 い た 家 で は 、 親 戚 、 隣 近 所 に 手 伝 い に 行 く 。 こ の 場 合 の 反 対 給 付 も 特 に 行 わ れ な い 様 で あ る 。 ま た 、 以 前 よ く 協 力 、 援 助 し て 呉 れ た 家 に は 、 其 処 か ら 病 人 が 出 た 隠 岐 島 一 村 落 の 実 態 調 査 報 告
密 教 文 化 り 、 ま た 、 年 寄 り や 子 供 だ け に な つ て 入 手 の な い 場 合 に は 、 自 分 等 の 仕 事 を 二 分 程 残 し て も 、 進 ん で 手 伝 い に 行 く 。 然 し 、 前 に 非 協 力 で あ つ た た め に 手 伝 い に 人 が 行 か な い 家 が 現 在 一 軒 あ る 。 周 囲 の 者 は 、 山 林 や 畑 、 牛 を 持 つ て い る か ら 、 何 と か な る だ ろ う 、 生 活 に 窮 し て 来 れ ば 生 活 保 護 法 の 適 用 を 受 け る だ ろ う と 話 合 つ て 、 見 て 見 ぬ 振 り を し て い る そ う で あ る 。 普 請 や 屋 根 葺 替 え の 時 は 、 前 に も 記 し た 様 に 、 部 落 全 部 で 行 う の で 、 八 十 入 位 い 出 動 し 、 一 入 当 り 二 日 奉 仕 で 、 屋 根 葺 や 壁 塗 り を 手 伝 う の で あ る 。 親 族 は 特 に 三 -五 日 出 動 す る 。 そ の 際 、 奉 仕 を 受 け る 家 で は 、 昼 食 、 お 三 時 、 そ れ に 夕 食 を 出 し 、 夕 食 に は 酒 を 少 量 振 舞 う の が 慣 し で あ る 。 貧 し い 家 に 対 し て は 、 各 自 が そ れ ら の 物 を 持 寄 る 場 合 も あ る 。 婚 礼 や 葬 式 等 の 場 合 、 必 需 物 資 で 買 え な い も の は 、 や は り 親 族 ( ﹁ い と こ ﹂ 位 い の 範 囲 ) 、 隣 近 所 問 で 融 通 し 合 う 。 尤 も 婚 礼 の 場 合 は 、 婦 入 会 が 婚 礼 の 衣 裳 用 に 五 -六 年 前 に 購 入 し . た の が あ る の で 、 そ の 後 は そ の 衣 裳 を 借 り る 人 の 方 が 多 く 、 そ の 際 は 損 料 と し て 四 -五 百 円 程 度 を 支 払 う だ け で よ い 。 結 婚 式 は 自 宅 で 行 い 、 引 続 き 披 露 宴 が 行 わ れ る 。 招 待 客 は 、 多 い 場 合 で 四 十 四 -五 人 か ら 五 十 人 位 い ま で 、 少 な い 場 合 で 二 十 入 か ら 二 十 四 -五 人 と の こ と で あ る 。 こ の 際 、 親 戚 の 婦 入 五 -十 人 位 い が 手 伝 い に 来 て 手 料 理 を 出 し 、 ま た 、 七 十 円 乃 至 百 円 程 度 の 菓 子 折 を 土 産 と し て 用 意 す る の が 慣 わ し で あ る 。 会 席 膳 、 什 器 類 は 各 組 ( 当 部 落 は 六 隣 組 か ら 成 つ て い る 。) で 二 十 入 分 位 い 用 意 し て あ る 。 こ れ は 、 昭 和 四 、 五 年 頃 、 隣 組 と し て 共 同 で 購 入 し た も の で あ る 。 物 資 の 調 達 だ け は 各 家 の 主 婦 が 行 う が 、 そ の 他 の 準 備 、 接 待 、 後 片 附 け 等 は 、 家 の 者 が 親 族 、 隣 近 所 の 者 と 共 同 で 行 う の で あ る 。 葬 式 の 場 合 、 参 加 範 囲 は 親 族 、 隣 近 所 の 他 は 部 落 内 各 戸 一 入 宛 お 悔 み に 出 向 き 、 葬 列 の 見 送 り に 参 加 す る 。 主 と し て 親 族 の 者 四 入 が 棺 を 荷 い 、 二 人 が 山 の 墓 地 に 穴 を 堀 る 。 棺 を 荷 う 人 、 墓 穴 を 堀 る 入 に は 食 事 ( 主 と し て 昼 食 ) を 供 し 、 ﹁ 清 み ﹂ と い つ て 酒 を 一 -二 本 出 す 程 度 で あ る 。 手 伝 い の 人 は 親 族 、 隣 近 所 の 入 な ど 十 名 程 度 と の こ と で あ る 。 急 に 死 者 が 出 る と い う 様 な 、 必 需 物 資 の 調 達 が 出 来 て い な い 場 合 に は 、 親 族 、 隣 近 所 問 で 足 ら な い 物 を 出 し 合 つ て 間 に 合 わ せ る 。 葬 式 の 際 の 準 備 、 接 待 、 後 片 附 け 等 は 、 殆 ど 親 族 や 隣 近 所 の 入 達 の 間 で 行 い 、 不 幸 の あ つ た 家 の 者 は 彼 等 に 任 せ 切 り の 形 で あ
る 。 米 や 麦 な ど の 主 食 の 無 く な つ た 時 は 、 隣 近 所 か ら 借 り て 自 分 の 家 に そ れ が 出 来 た 時 に 返 し た り す る 。 例 え ば 、 年 間 、 麦 十 俵 要 る の に 二 俵 不 足 す る 様 な 場 合 、 来 年 は 十 二 -三 俵 作 る 計 画 を 立 て て 不 足 分 を 借 り る 場 合 が あ る 。 富 山 の 売 薬 や メ ン ソ レ ー タ ム 等 の 附 け 薬 の 類 い は 近 隣 間 で 相 互 に 貸 借 を 行 つ て い る 。 醤 油 と か 、 食 用 油 、 酒 等 は 部 落 の 店 で 買 え る の で 貸 借 は 行 わ れ な い 。 衣 類 に つ い て は 、 近 頃 、 若 い 入 の 間 で は 背 広 の 着 用 が 多 く な り 、 従 つ て 、 特 に 貸 借 は 行 わ れ な い と の 事 で あ る 。 結 婚 や 葬 式 の 場 合 に は 黒 紋 付 着 用 が 多 く 、 そ の 際 の 紋 付 、 袴 等 に つ い て は 、 若 い 人 の 中 に は 持 つ て い な い 者 も あ る の で 、 当 然 貸 借 が 行 わ れ る 。 道 具 類 は そ れ ぞ れ 各 家 に 備 付 け て あ る の で 、 貸 借 は 殆 ど 見 ら れ な い 。 自 転 車 、 リ ヤ カ ー 等 は 二 -三 台 あ る が 、 狭 小 な 部 落 で あ る か ら 部 落 内 で は 必 要 と さ れ ず 、 隣 村 の 赤 之 江 部 落 に 預 け て あ る と の 事 で あ り 、 従 つ て 貸 借 の 必 要 は 生 じ な い 。 一 般 に 、 或 る 家 で 出 来 な い 事 が あ つ た 場 合 、 出 来 る 家 の 者 が し て や る 様 で あ る 。 当 部 落 で は 、 孤 児 、 孤 老 等 は 従 来 か ら 余 り そ の 例 を 見 な い し 、 現 在 も 全 く い な い 。 若 し 出 た 場 合 に は 当 然 親 族 聞 で 世 話 を 見 る こ と に な る 。 生 活 扶 助 世 帯 は 現 在 二 世 帯 あ り 、 生 活 扶 助 を 現 に 受 け て い る 入 員 は 四 人 で あ る 。 然 し 、 町 税 免 除 者 は 現 在 皆 無 で あ る 。 ま た 、 生 活 困 窮 者 が 出 た 場 合 に は 、 先 ず 親 族 間 に 於 て 扶 助 を 行 う 。 従 つ て 、 破 産 者 を 出 し た 事 が な い 。 五 十 年 程 前 の 事 で あ る が 、 死 人 が 出 て 困 つ た 家 庭 を 、 部 落 の 各 戸 が 少 額 宛 出 し 合 つ て 救 済 し た 事 が あ る 。 頼 母 子 講 は 、 曽 て 四 -五 十 年 前 ま で 行 つ て い た そ う で あ る が 、 今 は や つ て い な い 。 当 時 二 -三 十 入 が 加 入 し て い た と の 事 で あ る 。 自 殺 者 は 、 百 年 程 前 に 西 郷 の 酒 屋 の 番 頭 と な つ た 部 落 の 青 年 が 、 首 を 吊 つ て 死 ん だ と い う 話 以 外 は そ の 例 が な い 様 で あ る 。 こ れ ま で 部 落 会 長 を 十 年 以 上 二 十 年 に 亘 つ て 勤 続 し た 三 氏 即 ち 、 間 瀬 静 夫 、 山 西 庄 太 郎 、 間 瀬 幸 造 の 各 村 治 功 労 者 を 部 落 と し て 表 彰 、 記 念 品 ( 木 盃 等 ) を 贈 呈 し た 事 が あ る 。 ま た 人 命 救 助 ( 海 で 溺 れ か け た 者 を 救 つ た ) の 廉 で 、 戦 時 中 、 大 政 翼 賛 会 か ら 表 彰 を 受 け た 一 件 も あ る 。 私 財 を 特 に 投 じ て 貧 窮 者 救 済 、 育 英 、 公 共 事 業 、 村 治 に 貢 献 す る 様 な 篤 志 家 は 従 来 出 て い な い 。 氏 神 の 待 場 神 社 や 檀 那 隠 岐 島 一 村 落 の 実 態 調 査 報 告