NII-Electronic Library Service
『
仏 頂 尊 勝
陀
羅
尼
経 』
の
研
究
佐
々木
大
樹
1
、「
尊勝陀羅
尼」
の世界
「尊勝 陀 羅尼 」1)は 、 日本の み な ら
ず中
国 ・シ ル クロ ー ド周 辺地 域、 広 く中央
〜東
アジア圏内で 熱烈な信 仰の 跡が 伺わ れる もの で ある。中
国に おい て は、680
年代以 降、 幾 本か の経 典儀
軌が翻 訳編 集され る と ともに、 特 に五臺
山の 文殊 信 仰と結びつ き、 「尊 勝 陀 羅尼 経 幢」 の 建立 が広 く行なわ れ た。 そ し て 燉惶におい て は、 尊 勝 陀 羅 尼の 書 写が 盛 ん に な さ れ、 「燉煌 遺 書」 中で も量 的 比重の 大 きい 仏 典の 一 とし て 、現 在にその すが た を見 るこ とがで きる。 日本
では、 こ れ ら大 陸の信 仰 形 態 をつ よ く継 承 しつ つ も、 一方
で は「
尊勝曼荼
羅」 を本尊
とす る「
尊勝法」
、あ
るい は尊
勝 陀 羅 尼に よる 「土砂加持」 等
が 広 く行 なわれ た ようである。一
方
、 イ ン ド ・チベ ッ トに お ける尊 勝 陀 羅尼 信 仰の実態は、 不詳
な部
分が多
い が、 幾種かのサ ン ス ク リッ ト写本が現存 してお り、 チベ ッ ト訳も大蔵 経中
に 五種
ほ どが収 載 されて い る 。 「尊
勝 陀羅 尼」
は私
見が及ぶ 範 囲で も、 サ ン ス ク リッ ト語 ・漢 訳 ・チベ ッ ト訳の他
にも
、 ホ ータ ン ・ク チ ャ ・ソ グ ド ・ パ クパ (蒙 占)・ウ イ グル ・ 西 夏 語等
、多 く
の 言語
に翻 訳 されて お り、 こ れ らの資料 を交合 してい くこ と は今 後 必須の課 題である と思う
。「
尊
勝 陀 羅尼 」の 信 仰は、 仏 教の 一 断面 を示す
に過 ぎない が 、 これほ ど多
くの 言語に翻 訳 され、様
々 な国家 ・地域に根を下ろ した 仏 典 もそ う多 くはあ るまい 。 「尊勝 陀羅 尼」
の 研究
は、 その 一点だ けに留 まらず、 当 時の 仏 教 ・密
教の 信 仰形 態 ・流 通を広 く提
示す
る 可能性 を秘 めてお り、 非 常に 魅力
的な 研 究 領域で あ る と筆
者は期 待す るもの で あ る。 (475
) N工工一Eleotronlo LlbraryCHISAN-KANGAKU-KAI
NII-Electronic Library Service
智山学報 第五 十 六輯
2
、 先行研 究 と当論 文 の 狙い1
,Max
Muller
・
南條文雄 『
The
Ancient
Pa
一Leaves』
(1884
年)2
, 荻 原雲 来 「
尊
勝 陀羅尼の研
究」
(1912
年 :『密 教 』『荻 原雲 来文集 』)3
, 松 本 文三郎 『
支那 仏教遺物
』(191g 年 )4
, 松 本 栄 一 『燉 煌 画の研 究』(1923 年 )5
, 田中海 應 「尊 勝 陀羅尼 信 仰 史
観
」 (1933年 :『大正大学 学報 』 15)6
, 干潟
龍
祥 「仏 頂尊
勝 陀羅 尼 経諸 伝の 研 究 」 (1939
年 :『密教研 究』68
)7
, 那 須政 隆 「仏 頂 尊 勝 陀 羅尼 経の 翻 訳につ い て 」 (1952年 :
r
大正大 学 学 報』38
)8
, 藤 枝晃
「ス タ イ ン蒐 集中の 「仏 頂尊勝 陀 羅 尼』」(1957 年 :『神田博 士 還暦 記念書 誌学論 集』)
g
,村
田治郎
・藤枝
晃
『
居 庸 関』(1g58 年)10
, 長 部和
雄 「
唐代密
教史雑考』
(1971年)11
, 田久保周誉 『
敦
煌 出土于 闘語秘密経典集
の研 究 』(1975 年 )12
, 三崎良
周 「仏 頂 尊 勝 陀 羅 尼 経と諸 星 母 陀 羅 尼 経 」 (1984
年 :『敦煌 と 中国仏教 』)13
, 鎌田茂雄 「「清 涼 山記」攷 一 五台 山に おける尊 勝 陀 羅尼 信 仰一 」 (1gg2 年 :『興 教大 師八 百五 十年御遠 忌 記念論集興教 大師覚鑁 研 究』)
14
,児
玉義 隆 「
西安碑林所 蔵梵
字真
言 陀 羅 尼 経 幢 につ い て 」 (lgg2
年 : 『仏教万華』)15
, 眞保龍 敞 「三十 帖
策
子所見
空 海真
蹟『
注 尊 勝 陀 羅 尼 』 “ 尊 勝 釈”攷」 (
1gg8
年 :『智山学報 』47 )16
,真
言宗智
山派宗
務庁 『常 用 陀羅 尼 と諸真 言 』(2002 年 :「智山 教 化資料」 4 )17
,佐
々木
大樹 「仏 頂尊 勝 陀 羅尼の研 究 一 漢訳 諸本
の 成 立 をめぐ
っ て一」
(2005
年 :『韓 国仏教学SEMINOR
』10)以上、
「
尊勝陀
羅尼」
に関 する先 行研 究の概 略 を書
き述べ た が 、 その視
座 は大 きく三 つ に分 類され る ように思われ る。 (476
) N工工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service 『仏 頂尊勝 陀 羅尼経 』の 研 究 (佐々木)
(
1)「尊勝陀羅尼」
の分
類研究
(併せ て陀羅尼 本文の校正)(
2
) 「尊 勝 陀 羅尼 経 」の 中 国受容
の 問題 (翻 訳 順序等の 史 的 問 題)(
3
) 「尊 勝 陀 羅尼 」 系 統の 遺書
・遺
品の研究
(敦煌遺書 ・石 幢等の 問 題 )こ れ らの 諸研究に よっ て提 示さ れ た地 平は秀 逸 な もの で あるが、 五訳 を
有
す
る チ ベ ッ ト資
料につ い て、 い ま だ具 体的 に 言及検 討 した論 文は ない 。 当論文
に おい て は、従来
の 研究
成果
を踏 ま えつ つ 、 新たにチベ ッ ト訳資料
を加 え て、「
尊勝
陀羅
尼 」 研 究 を補 完 する こ と を意 図し た い 。 す な わ ち チベ ッ ト 訳 ・漢
訳資料
の異訳対
照 を通 じて 、 経 典 同十 ・ 儀 軌 同士の 関係性
、 お よび経
典か ら儀 軌へ の移 行 、 とい う二 点につ い て整理 したい と思 う。3
、 当 論 文 で 用い る資 料当 論 文で用い た
漢
訳 ・チベ ッ ト訳 につ い て、匯
と鬮
との二種
、 さ ら に鬮
を《
A
》《
AB
折 衷》《
B
》
《
その他 》
の4 種
に区
分 した上 で 、 「言 語 別」 「時代 順 」に列 挙 整理 を試み た。資 料につ い て は当
論
文の 目的上 、 「尊勝 陀羅 尼」
単体
の文献
を省
き、 漢 訳 で は経 典6
種
・儀 軌4
種
、 チベ ッ ト訳で は 『デルゲ版チベ ッ ト大蔵 経 』に 入蔵す
る経
典5
種に限 定するこ と と し た。圈
《A
タイ プ》
S
;ravasti 国Jetavana林
の給
孤 独 園 を舞 台 とする。 三十三 天善法
堂 にい た 「善 住 天子 」が、 ある夜
に不思議
な声
を聞
き、 「七 日後に死に、 その後
は悪趣
に生 まれ苦しむ だろ う」との宣告 を受
け る。 恐 れ慄い た善 住天子は帝釈
天の も とに赴き、帝
釈天 は仏の もとへ 相 談を持ち か ける。 仏は そ の 頂か ら光 を 放っ た後、 善住 を救 う手
立て として「
尊
勝 陀羅 尼 」を教 示 するの で あ る。 そ して閻魔
王 や 四 天王 を対 告衆に迎 えつ つ 、 こ の 陀羅
尼の 「悪 道か らの解 脱 」 「寿 命の増 長」等
の 功 徳、 お よび受
持法
を説
き明
かすの である。 善住 はこ の 陀羅 尼に依っ て七 日問修行
し危
機か ら救わ れ る、 という
の が粗 筋である。杜
行 顕 『佛 頂 尊 勝 陀 羅尼經 亅 (大 正No
.g68
:679 年2)翻訳) (477
) N工工一Eleotronlo LlbraryCHISAN-KANGAKU-KAI
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智 山学 報第五 十六輯
地婆 訶 羅 『佛 頂 最 勝 陀羅 尼 經 』(大 正
N
・.g6g
:680
・r・682
年翻 訳)仏
陀 波 利『
佛
頂尊
勝 陀羅 尼 經 』(大 正 N ・.967
・683
年翻 訳)地 婆 訶 羅
『
最 勝佛 頂 陀羅
尼淨
除業 障呪經』
(大正N
・.970
:685
・r687 年 ・r695 〜730
年成立 か)義
浄『
佛 説佛 頂尊
勝 陀 羅尼 經 』(大正N
・.971
:710
年の 翻訳)Jinamitra
・’Surendrabodhi
’Ye
−ses sder
久呷
r
艪
緇r
敵 蝿
獣
r
蜘
弊
躙 雫醐
啝
響吶
尋職』
(デルゲ版 No .597、 北京 No .198 :「聖 一切悪趣 を浄化する頂尊勝 と名づ け る 陀 羅尼」)
《
折 衷AB
タ イ プ》
基 本的 に は
《
B
タイプ》
全 編 をベ ース にするが、 た だ 「尊 勝 陀羅 尼 」が 説 かれた後に《
A
タイ プ》
の 内容が挿入 さ れて い る。 すな わち陀羅 尼の諸功 徳 を縷々 説 く場
面か ら、善住
天子が救
わ れ 、仏に よっ て授 記が与 え られる場
面 までが加え られ てい る。Chos
−kyi
sde ・Ba
−d
r
輔
欄
r
隅 瑠緇r
愈
糊
弊
訂閃糊
噛
w3吶
脚衡
貯r
悶 颶』
(デ ルゲ No .594、 北京 No .199 :「 一切如 来の頂 尊勝 と名づ け る 陀 羅尼 な ら び に儀 軌」)《
B
タイプ》
極 楽仏刹 の 大 善法 堂 を舞 台 と
す
る。 無 量寿如来
が衆
生救
済の た め、 まず
観 自在 菩薩
に対
して「
尊
勝 陀羅尼」
を説示 する。 その 後 観 自在の 要請
に応 えて、陀羅尼塔
を用い た儀軌
、 曼荼 羅、 画 像法 な らびに供 養、護摩法
、 成就法等
を 次 第に明か してい く。法
天 『佛説一切如來烏
i
瑟膩 沙最勝総持 經 』(大正 N・.g78 ・973 〜 1001 年) 不 詳 『輔
輔
『
欄 黼『
靹
鯛
承
云
網樋
咽袖
吶
騨卸
「
矚 鄭綱
(デルゲ
No
.595
、北 京 No ,197 :「一切 如来の 頂 尊勝 と名づける陀 羅尼な らび に儀軌 」)《
その他
タ イ プ》
* い ず れ もB タイプ と類似する文脈を内包する
ともに、 五成 就 文 か ら 「尊 勝 陀
羅
尼」
を説 く
とこ ろ まで は、《
B
タ イ プ》
と ほ ぼ同様
の 内容
を持
つ が、 以降
の展 開は全
く異 なる 。で は
《
A
タ イ プ》
の内容 を圧縮した ような、 短い 記 事が載せ ら れ る。では 以降に、八仏 (
478
) N工工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service 『仏 頂尊勝陀羅尼 経 』の研 究 (佐々 木 ) 頂 ・十六仏
頂
(十六空と対 応)等
に関 する、 他に類 を 見ない 儀 軌が 説か れ る。不
詳 『
气
’・Gr
『榊
・’鯔r
’靹
奄
r
榊
’・鄲
’轉 輛
・噸
’・r
・ ・欄』
(デルゲ
No
.596
、 北京No
.201
:「一切 如来の頂 尊勝と名づ ける陀羅 尼 な ら びに儀 軌」)Ne
り
u ・Dpal
fii
−ma rgyal−mtshanbzafi
−po
r
輯
r
喃
w 蠍 鄲や
r
靭
弊
引勾樋
姻輛
噛
wg ・a
卸
』
(デ ルゲ NQ598 、北京 No200 :「一切 如 来の頂尊勝 と 名づ ける陀羅尼な ら びに儀 軌」)
鬮
大 き くは
と
の 二
系統
に分類さ れ る。は純粋な
「
尊
勝 儀 軌」
、 一方
のは中期 密 教 的行 法 中に 、 「尊勝 陀 羅 尼」の 要素を 摂取 して成立 し た と
考
え られる。不
空 「佛 頂 尊勝陀 羅 尼念 誦 儀 軌 法 』(大正蔵 N・.g72 ・764 年)
若
那
『
佛
頂尊
勝 陀羅尼 別法』
(大 正蔵 N ・.g74
F )不
詳 『佛 頂
尊
勝 陀羅
尼眞言』
(大正 No .g74 E )善無 畏 (善無畏弟子喜無畏 集 )『尊勝 佛 頂 修 瑜 伽 法 軌儀 』(大 正 蔵
N
・.g73
: 『一切 經音義 』722 年 、筆 者の推 定735
〜807
年 )4
、対 照研 究に よ っ て明か される尊勝陀羅
尼の成
立 と展 開以 上 、「尊 勝 陀 羅尼 経 」
11 種
類、 お よ び「
尊
勝 儀 軌」4 種
類 を列 記 した。 そ して こ れ ら15 種
類の資
料を照 覧 ・対 照 するこ と に よっ て、尊
勝 陀 羅 尼系統
の諸資料
の成
立 ・展 開に関 する、 い くつ かの知
見が得
ら れ た。(
1
)「尊勝 陀 羅尼経」
両系 統の関係 性と成立順序「尊 勝 陀 羅尼 経 」の 系 統は、 大 きくは
《A
タ イ プ》《
B
タイ プ》
の 二 つ に分 け られ る。 ど ち らの系
統 も、「対 告 衆の要 請に応 えて、 仏が 陀羅
尼 を説
き明 かす」
という
典 型 的 な陀 羅尼 経 典であり
、構
造は等
しい が その内容
は全く
異 なる。 一例 と して経
典の 冒頭部
分を 比較 する と、《A
タイプ》
で は、 善 住天 子の 相 談 をう
け た帝
釈天 が、Jetavana
林 を訪れ、 仏 世 尊よ り陀 羅 尼 を委 嘱 さ れ る という
内 容である。 一方の《
B
タイプ》
で は、 極 楽仏 刹 大 善 法 堂に お い て、無 量 寿 如 来が観 自在 菩 薩に対 して陀 羅尼 を説 くという
内容で あ り、 一見 、 (479
) N工工一Eleotronlo LlbraryCHISAN-KANGAKU-KAI
NII-Electronic Library Service
CH 工SAN −KANGAKU −KA 工 智 山学 報第五十六輯
《
経典対照表》 「尊 勝 陀 羅尼経」;A タイプ AB 折衷 A タ イプの内 容 ○ ○ ○ ○ 五成 就 文 (舎衛 国 給孤 独 園) ○ ○ ○ ○ ○ 善 住が不 吉な予言を聞 く ○ ○ ○ ○ ○ ○ 善住は 帝釈天 に相 談 する ○ ○ ○ ○01
○ 帝釈 天は仏 世尊に相談する ○ ○ ○ ○ ○ ○ 善住の因 縁譚 を質 問 する ○ 仏 頂か らの放 光 ○ ○ ○ ○ ○ ○ 仏は善住の 因縁 譚を説 くO
仏は 陀 羅 尼の存 在を明かす ○ ○ ○ ○ ○ ○ 「尊 勝 陀羅尼」の説 示O
○ ○ ○ ○ ○ 陀 羅尼の由 来と功 徳 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 帝釈天へ の 陀 羅尼の委 嘱O
○ ○ ○ ○ ○ ○ 陀羅尼の諸 功 徳 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 書 写 した陀羅 尼の受持 法 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 閻魔 法王 が仏 所を来訪する ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 四 天王が修 行 法 を質 問 する ○ ○ ○ ○ ○ ○O
仏が 四種の儀 軌を説 く ○ ○Q
○ ○ ○ ○ 壇 法および儀 軌を説 く ○ ○ ○O
○ ○ ○ 仏が陀羅尼 を帝釈 天に託 すO
○ ○ ○ ○ ○ ○ 陀 羅 尼 により善 住が救われ る ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 善 住 は 仏 を大 供 養 するO
○ ○ ○ ○ ○ 仏は善住に授 記を与え る ○ ○ ○ ○ ○ ○ 聞法の 衆が歓 喜 する ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○o
○ ○ ○ ○ (480
) N工工一Eleotronio LibraryNII-Electronic Library Service 『仏頂 尊勝 陀羅尼 経』の研究 (佐々木) 「尊 勝陀羅 尼 経 」;B タ イ プ その他 B タイ プの 内容 ○ ○ 五成 就 文 (極 楽仏刹 善 法堂 ) ○ ○ ○ ○ 無 量 寿 が 陀 羅 尼の存在を明かす ○ ○ ○ ○ 観 自在は陀 羅尼の説示 を要 請 する ○ ○ ○ 「尊勝 陀羅 尼」の説 示 ○ ○ * 以 ドは AB の 内 容 と対応せず、, ○ ○ 書 写し た陀羅 尼を塔に納め る儀 軌 ○ ○ 書 写した陀 羅 尼 を旃檀 塔に 納 め る 儀 軌 ○ ○ 書 写し た陀 羅 尼を浄泥 塔に納め る儀 軌 ○ ○ 曼 拏 羅 法と加 持 灑水 ○ ○ 観 自在が 諸 法の 軌 則 を 質 問 す る ○ ○ 無 量 寿 は 三昧中 「総 持法門」を説 く ○ ○ 「最上塔 廟の 法 」 を説 く ○ ○ 陀羅尼 を納める浄泥 塔と供 養 法 ○ ○ 頂 尊 勝 像の 画 像法 ○ ○ 頂尊勝像の供養 法 ○ ○ 頂 尊勝 像 を 用い た 護 摩 法 ○
Q
護 摩成就 法と陀羅 尼 読誦 ○ ○ 剣な どの諸 成 就 法 を 説 く ○ ○ 陀羅尼読 誦の功 徳を総 説 する ○ ○ 聞 法の衆が歓 喜 する (481
) N工工一Eleotronio LibraryCHISAN-KANGAKU-KAI
NII-Electronic Library Service
智山学報第五十六輯
《
儀軌対照表》
善 無 畏 噂 勝 仏 頂 修 瑜 伽 法 軌 儀 』 若 那 『仏 頂尊 勝 陀 羅 尼 別法 』 不 詳 「仏 頂 尊勝 陀 羅尼真言』 尊勝真 言 序 品 尊 勝真 言 持 誦 法 則品 第二 尊 勝 仏 頂真 言召 請 本 尊 等品 第三 尊勝 仏 頂真言修 瑜伽 奉 献 香 華 品 第四 尊 勝 真 言 修瑜 伽五智 品 第五 本 尊真 言 法の前 半 上 巻 「尊 勝 陀羅 尼」(伝 善無畏訳) 尊勝 仏頂修 瑜 伽 本尊 真言 品 第六 本 尊 真 言 法の後 半藏
広 傾 向 三十四法 (別 行法 ) 尊 勝 陀 羅 尼と心真言 画像法(毘盧遮那と八仏 頂) 学梵 音法 画 像法 画像 法 尊勝 仏頂真言 修 瑜伽 画像 品 第七 画像法 (釈迦 と帝 釈 と善 住 ) 尊勝壇法 壇受 法 壇 法 *漢 字 ・梵 字 「尊 勝 陀 羅 尼」 尊 勝 念 誦 法 大 灌 頂 曼荼羅 品 第八 三十八法 (別行) 念 誦尊勝 別行法 (三十五法) 尊勝真言 証瑜伽 悉地品 第九 尊 勝 印 法 下 巻 尊 勝 仏 頂 真 言 修 瑜伽 護 摩品 第十 尊 勝 真 言 修 瑜 伽 祈 雨法品 第 十一 尊勝 仏 頂 陀羅 尼 入 成 就 境 界 品 第十二 こ の 二種の 話の連 絡 は皆 無な よう
に 思 わ れ る。 し か し次に掲 げる《
B
タイ プ》 中
の一文
に よっ て、 これ ら両 系 統の 関係 性、 す なわち深い繋
がり
が明確
に読み取 られる の で ある。「亦 復 不 聞地獄之聲。 何 況生彼 」(
r
大 正 蔵』第 lg巻40g
頁 a段) 「和 訳 :地獄の声 も耳にする こ とが な け れ ば、 (悪い ) 果報が熟 す ることがあるだろうか。 それ らの処 (悪趣 ) に
行 く
こ と は ない 」 3) (r
デル ゲ』 第32
巻240
葉 a 面7
行目) 儀 軌の修
習に よっ て、「
地獄
の声
を聞
か ない」
との果
報が示 され る箇 所で (482
) N工工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service 『仏 頂尊勝 陀羅尼 経』の研 究 (佐々 木) ある が、 これ らの
文言
は脈絡
を欠く
もの で あり
、《
B
タイ プ》
の範疇
だ けで は到 底 理 解 しが たい 。 おそ らくこの 一 文は、《
A
タイ プ》
冒頭の 内容を意識 し て言い 表さ れた もの と推 測 され る。 その例 を仏 陀 波利 訳に よっ て示 す と、
「爾 時 善住天 子即 於 夜 分 聞 有 聲言。 善住天子 却 後七 日命 將 欲 盡。
命
終之後 生 贍 部洲。
受
七 返畜
生身
。 即受
地獄苦
。從
地獄出希得 人身
生於貧賤
。処於
母胎即無
兩 目」
(『大正蔵』19
巻350
頁 a 段) と なっ てい る。 善住天 子 が 夜 分 に 聞い た 七 日後の 死 の 宣 告、 これ が《B
タイ プ》
に おい て、 「地獄の声」
という表
現に集約 さ れ たの だ と考 え られ る。 ま たこ の一文によっ て、漢 訳 年 次か ら類推 さ れ る よう
に 、《
A
タ イ プ》
の 原本 が先行
、 遅れて《
B
タイプ》
が成立 した との 史 実が浮か び 上 がっ てく
る。 漢 訳が な さ れた年代
か ら推 定す
る と、《
A
タ イ プ》
が先 行 して7
世紀、 そ して その影響
下で《
B
タイ プ》
が9
〜10 世紀頃
に は順 次成 立 してい た もの と考 え られ る。な お
《
その他 タイプ》
に区分 し た経 典 ・につ い て付 言 すれ ば、 い ずれ も
《
B
タ イ プ》
と同 じ文 脈を有 してお り、 お そ らく《
B
タイ プ》
か ら派生 し て成立 した もの と考
えら れ る4) 。ま た
《
折 衷AB
タイプ》
の 経 典は、 対 照に よっ て明ら か な よ
う
に、《A
タ イプ》《
B
タイ プ》
を混淆 する構 成を採っ て お り、各
々 の本
文 を無
調 整の ま ま取 材 ・混 成 した た め か、脈
絡の ない 内容となっ てい る。 こ の 経 典の奥書
に は、
「(和 訳)学 者
Chos
−kyi
−sde 、Khams
地 方の 翻 訳 官で ある比 丘Ba
−ri
に よ っ て翻 訳 さ れ、 疑 問が決 択 さ れ た」 5) (『デ ル ゲ』 第
32
巻237
葉b
面4
行 目) とあ り
、 お そ らく
両系
統がチベ ッ トに流 入 して以後
、 こ れ らを融 合 する 形で編 纂 成立 した もの と推
測 され る。(
])教
主交 代の 問 題(
1
)の とこ ろ で、 両系
統 では全 く内容が異なる こ と を告 げた が、 その顕 著 な例 と して、教主交 代の 問 題 が挙 げられよ う。 すな わ ち 「尊
勝陀 羅尼 」 を説
く主体が、 単なる《
A
タ イ プ》「
仏 世尊 」 等の 表現か ら、《
B
タイ プ》
「無 量寿
如 来」(al
’「
q
Tl
’1
]
’Si
气
’ny
)へ と移 行 して い る。 こ の教主 の交代につ い て、 (483
) N工工一Eleotronlo LlbraryCHISAN-KANGAKU-KAI
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智 山学報 第五 十 六輯 こ こ で は教 理 的 な側 面 か ら
解釈
を試み たい 。「佛 告天帝我以 此
方
便。 一切衆
生應
堕地獄道令得解脱
。 一切 悪道亦得清
淨
。 復 令 持者 増 益 壽命
」 (r
大正蔵』第 19 巻 352 頁 a 段 )「
和
訳 :イ ン ドラ天子よ、 この方便
に よっ て 一切 趣につ い て も 、有
情 は地獄
等
の一切趣
か ら完
全 に解放
され るだろう
。彼
らは 一切趣
におい て完
全 に
清
浄とな り長寿 となるだろう」
6) (r
デルゲ』 第32
巻247
葉b
面5
〜6
行 目)上に は一例 として、
仏 陀 波利 訳 を引い た が、 この 一文に端 的に示さ れ る 通 り、
《
A
タ イ プ》
の 主題は 、 「悪趣 に 生 まれ ない」
「寿命
が増 長 する」
の二 点に集約さ れ る。 そ して こ の 陀羅
尼の 性格
は、《
B
タ イ プ》
に も色濃
く引き 継が れてお り、 特 に長 寿 延命
に大 きな比 重が置か れて い る。 その所得
の寿命
につ い て、 例 を法天 訳 に
求
め れ ば、「
七 十歳」 「
百歳」 「
千 歳」
「洛叉 歳」
「無量」等
と縷々 説か れてい る。 一面に は 「寿 命の 増 長」 を期 する経 典であ るか ら、 「無量 寿 如 来 」へ の 交 代は比 較 的 容易であ り、 こ の 移 行に よっ て経 典と しての方向性
をより鮮 明
に した と考
えら れる。また
《
A
タ イ プ》 中
に は、「
佛
言若
人能
日 日誦此 陀羅 尼二十一遍。應
消 一 切 世 間広 大供 養。 捨 身往生極 樂 世界。
若
常 誦念 得 大 涅槃
。 復 増 壽命受
勝 快 楽。 捨此 身已 即 得往 生種 種微 妙 諸佛 刹土。 常 與 諸 佛 倶会一処。 一切如 來 恒 爲 演説微
妙
之義。 一切 世
尊
即 受其 記。身
光照曜
一切刹
土」
(『大 正蔵 』第 1g巻 351 頁 c段 )「
誰で あ れ、 これ を毎
日二 十 一遍ずつ 完全 に誦えてい る者は 、広 大 なる世 界 を供 養 する こ とに等 しい 。 (その 功 徳に よっ て)長
寿
になり
、安楽
を享受 するだろ う。 常 に歓 喜 し大涅 槃に獲 得 するだろ
う
。命終
してか らは極 楽 世界に生 まれ る だ ろ
う
。 そ れ か ら後
に も種
々様
々 な仏刹にあま ね く趣 くだ ろ
う
。 そこ で も一切 如 来と出会い 、 一 切 如 来は安慰 するだ ろう。一切 如 来は授 記 して 、 一切の 仏 刹 にあ っ て も世 間 を 光
輝
さ せ る だ ろう」
7) (r
デ ルゲ亅第32
巻247
葉 b 面 3〜5 行 目) という
よう
に、 陀羅尼に よ る 「極 楽 世界 」へ の 往 生 が 言 及 されてお り、「
無 (484
) N工工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service 『仏 頂尊勝 陀羅 尼経 』の研究 (佐々木) 量
寿
如 来」
登場
の直接
的根拠
に なっ て い る とも思 わ れ る。 その背景
として、 当時の社 会にお け る 阿 弥 陀信仰 の高ま りが 推 測 さ れ 、 現 に 「尊勝 陀 羅 尼 」 と 「阿弥 陀」
「往生浄土」の 結び付 きを示す8
〜9
世紀の 遺 品がい くつ か見受
け られる8) 。 これ ら両信 仰の 融 合が、 い つ 、 どこ で果 た され たの か。 現 時 点で は不詳
である が、 斯か る傾向
に促 さ れ る形で 、《
B
タ イ プ》
の祖 形が形成
さ れ たもの と考 えられ る。(
皿)「
尊勝 陀羅尼」
の 受持 方 法の問 題「
尊
勝 陀羅 尼経」
に は様
々 な利益が説か れる が、先
に 述べ た よう
に「
悪 趣 に生まれ ない」 「
寿 命
が増
長す
る」
の 二点
に集約
さ れう
る で あろう
。 そ して こ れ らの 利 益を獲 得 する た めの方 法につ い て、AB
両系
統 共に 、「
陀羅 尼」
その もの を中心 に据え、受
持 する傾向
が 強い 。 す な わ ち陀 羅 尼 を聴
聞 ・書
写 ・読 誦 する等の 簡潔
な受 持 法で あ り、 その 応用 と して 書 写 物 を塔 中に安 置 して供養
するこ とが説か れ る9) 。 い わ ゆ る 陀羅尼自体
に救 済
の力
を求
め る典 型 的 な陀 羅尼 経 典 とし て理解 す る こ とが で きよ う。しか し
《
B
タ イプ》
で は 同性 格 を踏 襲 しつ つ も、 陀 羅 尼の 中に 「尊 格 概 念」
を見 出 し採
用 して い る とこ ろ に特 色がある。 具体 的にい うと、「烏 瑟 膩沙 総持功 徳 形像 」 (* 「
誌
「
『 運
禽
「
’q 」無 量寿)を 中心 とする供 養 法 ・護 摩 法が長 く説か れてい る。 当初は単なる 陀羅尼 信 仰で あっ た もの か ら、やがて陀羅尼 の背 後に救 済主 の姿
を、具体 的
に想 定
し てい っ た もの と推 測 され る。 三崎 良周 先生 の 論文に よ る と、敦煌
で発見
さ れ たStein
4378 『
仏頂尊勝
加句
霊験 陀 羅 尼 啓 請』
冒頭 の 讃 中に は 、 「尊勝王」 なる仏 格が登 場 する こ とが指 摘 さ れてい る 10) 。 こ の 讃文は、 仏 陀波 利訳の 陀 羅尼 に付 属 する もの で あ り、 過 渡 的な信 仰 形 態を示す
もの として非常
に興 味深
い 。一方の 儀 軌に おい て は、
不空 儀 軌 に 「本尊 尊勝 陀 羅尼像 」 と 明記され る よ うに概ね尊 格が意識さ れ展 開してい る よ
う
で あ る。善無
畏
儀 軌にい た っ ては、「
一切佛
頂 中尊
勝 佛 頂 能 除一切 煩 惱 業 障故。 号 爲 尊 勝佛 頂 心。 亦名
除 障佛 頂」
II)と 、 よ り積極 的
な言 明
が見
られ る。各
々 の 「尊 勝儀 軌 」は お お よ (485
) N工工一Eleotronlo LlbraryCHISAN-KANGAKU-KAI
NII-Electronic Library Service
智 山学報 第五十六輯 そ
8
世 紀 中の成
立 と目さ れ、 この頃
に はす
で に「
尊 勝」
なる尊格
が成 立 ・定
着
してい たことが窺
われる。(
N
)
四種の「
尊勝 儀 軌」
の成立順序
漢訳 され た 「尊 勝儀 軌」 と して 四種 類が知られるが、 大 きくは
と
の 二種の 系 統に分 類 する こ と がで きる。
不 空儀 軌は 『表 制集 』 巻三 の 自撰
録
12)に記載
さ れ るこ と か ら素性
の確
か な資料
であ り
、『
一切 経音義』
の説
に 随 えば764 年
の成立で ある。内
容 的に は胎蔵法
を基 調、蘇悉
地 と勘 案
、「
尊
勝 陀羅 尼 」の 要 素 を摂 取 して 中国で撰 述 さ れ た もの と考 え
られ る。若 那 儀 軌 ・
不
詳
儀 軌 ・善無
畏儀軌
につ い て は、書誌学 的
に不詳
な部
分が多 く、 その成 立年 代 を特 定 するこ と は難 しい 。 し か しに は、 「画
像
法」 「壇 法」 「別行 法 」 等の 共通 する記事が含ま れてお り、 こ れ らを手が かり
と して、儀 軌の 関係 性お よ び成立順 序を推 測 する こ と は可 能であろ う。は極めて素朴 な尊 勝 陀 羅尼の 受 持 法 を説 くもの であ り、 儀 軌の 源 初 形 態 を もっ と もよ
く反映
して い る もの と思 わ れる。 それに対
しての 内
容
は 中 期 密教 を基 調 と し、の 記
事
を ほ ぼ全 編取 り込む形で構
成 されてい る こ とか ら、 あるい は その 原 本か ら両儀 軌が派生 し た もの と見てい る。(
V
)「
尊勝陀
羅尼経」
か ら「尊勝儀 軌」
へ の展開
まず 「尊 勝 儀 軌 」が、 い ずれの 「
尊
勝 陀 羅尼 経」
に依っ て成
立 したの か を 見てい きたい 。「窟 内作 釋 迦
牟
尼 佛 結跏 趺坐。 左 邊作天 主帝 釋一切 眷 属 囲繞。 右 邊 作 乾 闥婆 児 名 善住。」(『大 正蔵 』第 19 巻 389 頁c 段 :「画像 」)「窟中画 釋 迦像 結 跏 趺坐。 像 右 邊 画天主帝 釋一切 天家 眷属 囲繞。 像 左 邊
画
作
乾 闥婆児名善住
。」
(『大正蔵』 第 19 巻 396 頁 b 段 ;「画 像法」)「我
今
略 説 尊勝 陀羅 尼 法。 即 是 除 一切 障滅一切 地獄 傍生等 身 。 故 号 尊 勝佛 頂 之
義
。 是故
如 來爲
善住
天子
。説
除 七遍畜
生 之身
。」
(『大 正蔵』 第19
巻368
頁b
段 :「序 品第一」)「
窟
内作
釋迦牟
尼佛
結跏 趺 坐。 仏右 邊作天 主帝釋。 一切眷 属 囲繞 。 左 作 乾 闥婆 児。 名日善 住。」(『大正蔵』 第 lg 巻 376 頁 b 段 :「画 像 品第七」) (486
) N工工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service 『仏頂 尊勝 陀羅尼経』の研 究 (佐々木)
印 象 的 な文 言 をい くつ か 抽 出列 挙 した が、 これ らの記
事
に よっ て儀 軌は等 し く
《
A
タ イ プ》
に 依 拠 し展 開 したこ とが 判 明 す る。 すなわ ち の 儀 軌は、《
A
タイ プ》
で展 開さ れ た仏 と帝釈
天 と善
住天子の や り取 りを、「
画像」「
壇 法 」 「曼荼
羅 」 とい っ た可 視 的 な もの に転換 しようとの 意 図が読 み取 られる。善
無畏 儀軌 によっ て「
画像法」
を提示すれ ば次の ようである。「山 中作 禅 窟。 窟 内作 釋 迦 牟尼 佛 結 跏 趺坐。 左 辺 作天 主帝釋 一切
眷
属 囲繞。 右辺作 乾 闥婆 児 名 善住。 顔端 厳 似 菩 薩。 頂 髻衣 冠亦
復
如 是。 以種 種瓔珞華
冠嚴 飾
。 又似 白畳 斜 勒左 臂。 右 手 把毬 杖。 又 作 乾 闥婆 眷 属。 囲繞善住
。歌舞作樂
。佛
左右各作
両箇
四 天 王及諸 眷 属。 又 於仏左 邊作 大 梵天 王并 魔王。」(『大正蔵 』第 】9
巻376
頁b
段 :「画像 品第七」)釈 迦牟 尼 仏 を中心に据 え、 帝 釈天 ・
善
住 ・四天 王 ・閻 魔王 が囲繞す
る構
図 を採
る が、 これ は《
A
タ イ プ》
の 世 界 観 と一致 する もの とい えよう。 続 く 「作壇受
法」
で も、壇 中央
に 仏 頂 (*釈迦牟尼 仏 が 仏 頂 に転換 し てい るこ とは 興 味深い 〉、 南 門に帝釈、東 門に乾 闥婆 児 名 善 住を 配 して い る 13>。 ま た 「大 灌 頂 曼 荼羅 品 第八」 第二 院で も、 説法 相の 釈 迦牟
尼 如 来の 座 下に、 天帝釈
と善
住
天子が跪く姿
が示
さ れ る が14)、 これ らは《
A
タイプ》
の所 説を よく反 映 し た記事とい え よう。一方、 「尊勝 陀 羅尼 経 」 と見比べ た場 合、 「尊 勝儀 軌」 になっ て
新
しく付 け 加 えられ たで あろ う傾 向 も多々 見受 けられる。 その第 一の傾 向は 「尊 勝陀羅 尼」の 利益の種
類が格 段に増え た ことである。す
な わち、先
に 「尊 勝 陀羅尼 経」の 主 題 が、 「悪 趣に生 まれ ない」
「寿命
が増 長 する」
の 二種
で ある こ とを 述べ た が、儀
軌で は 同傾 向 を踏 襲 しつ つ も15)、 その利
益
を増幅
してい る。 その 一例 と して 、 これ ら儀 軌の 共有 部 分で もある 「別行法」
16)を検
した だけで も、 「仏法
へ の信
心を発さ せ る」 「
風 雨 を調節 する」とい っ た ものか ら、「
夫婦 仲 を和 順 させ る」 「嫁 ぎ先を確 保 する」
とい っ た俗間の 問題 に まで 及ん で い る。 また利 益の増幅
に ともない 、 陀 羅尼の受
持 方法 も複雑化
・多
様化の 一途 を辿っ て い る17) 。そ して
「
尊
勝 儀 軌 」に付 け加 えら れ た第
二 の傾 向
は、「中
期 密 教 」 という
(487
) N工工一Eleotronlo LlbraryCHISAN-KANGAKU-KAI
NII-Electronic Library Service
智山学報 第五 十 六輯
視点
であろう
。す
な わ ち儀軌
は、
純
然た る「
尊
勝 陀 羅尼 」の 儀 軌で は な く、 む しろ中期 密教 中に 「尊
勝 陀羅 尼」
を どの よう
に位 置づ ける か、 という
目論見が根 底に介
在 して い る。 そ れで も儀 軌は 、中
期密
教 的構
成に則り
つ つ も比較 的
、尊勝系統
の流れ を汲
ん で い る よう
に見受 け
られ る18)。 一方
の不
空
儀軌所
説の曼荼
羅は、毘盧遮
那を中尊
とする八大菩薩
のも
の で あ り、尊勝系統
の 色彩
は極
端に薄
い と言 えよう
19) 。6
、 結 語先行研 究に よっ て提 示 された 「尊勝 陀
羅
尼 」の世界
、 その地平の更 なる拡充
を果たす
べ く論
を展 開して き た。 具体
的 にいう
と従 来の 漢訳資料
(経典6
種 ・儀軌4
樹 に、 未 だ検討
の なさ れてい ない チベ ッ ト訳資料
5
種
類 を加 え、 異訳 対 照を試み た。 その対 照成果は図表 《
経 典 対 照 表》《
儀 軌 対 照 表》
で 示 すと と もに、 特 に 「経 典 同士 ・儀 軌 同士 の関 係 性 」 「経 典か ら儀 軌へ の 展 開」 に関して要 点 を抜 き出 し、 本 文 中(
1
)
〜(
V
)
と して整 理 した 。 その結
果、「
尊勝 陀羅 尼」
の成
立 展 開に関 して、 図表 《尊勝 陀 羅尼 経成
立俯 瞰
図》
の よう
な全体
像 を導
き出す こ とがで きた。(
1
)《
A
タ イ プ》
の 原典が7
世 紀 中に成 立、 中 国で相 次い で漢訳 さ れ、 幾 種かの
儀
軌が撰述 さ れ た(
2
)《
A
タ イ プ》
の 影 響の もと、《
B
タ イ プ》
の 経典 が8
〜10
世紀頃 に成立 し たこ の全体 像に関して、 細 部で は修正 されるべ き、 また補 強 されるべ き点
等
、多
々 あると慮 られ る が、 大枠
の 流れ につ い ては大過 ない もの と思 わ れ る。今
後
は、 出版
されてい ない資料
、例
え ばサ ンス ク リッ ト写本
、敦煌遺書 等
に ま で資 料範 囲を拡大 して、 よ り研 究 精 度 を高め てい きたい と思 う。 またこれ ら の 文 書 資料に併せ て、 「尊勝曼 荼羅」 「仏 頂尊勝 陀 羅 尼 経幢
」等
の 遺 品の 検 討 を試み、 「尊勝 陀羅 尼 」 世 界の解
明 を押
し進めてい き たい 。 その 成果は、 東 〜中央
ア ジ ア に おける「
仏教の信仰
世界」
の解
明にも資
する もの と 、 筆者は期待
する とこ ろである。 (488
) N工工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service
『仏頂尊 勝 陀羅尼経 』の研 究 (佐々 木 )
尊
勝
陀
羅
尼
経
成
立
俯 瞰
図
(
489
)CHISAN-KANGAKU-KAI
NII-Electronic Library Service
智山学 報 第五十六輯 注
1
)当論 文におい て 「尊 勝 陀羅 尼」 とい う場 合は陀羅尼 その もの を、「尊勝 陀 羅尼 経」とい う場合は陀 羅尼を記 載 する経典全体を指す もの と して 、 厳 密に峻別 し て表記 した。
2
) 各 資料の漢 訳 年次の 考証につ い て、 その 多くは拙論 「仏頂尊勝 陀羅尼の研 究 一 漢 訳諸本の成立 を め ぐっ て一 」 (『韓 国仏 教 学SEMINOR
』10
所 収 )で示 したが、 その後の 検討に よっ て改 定した箇所 もある。 3) 原文 :解
醜
甲
軸
閾ζ蜘娯 兪廻
概
w肝鉢
娯鮒
可響
甫
翠
鴫
『嗣
慰噌
嫡r
煮
*同様の文脈は、 『デ ル ゲ』第 32 巻 242 葉 a 面4
〜5
行目、 『大正蔵』 第19
巻409
頁c 段にも見受けら れ る。4
) その こ と は 同一タ イ トル を 有 す るこ と か ら も伺わ れ る。 また経 典 に 関 してい え ば、 《A
タイプ》の影響 も加 味 されて い るようで ある。 5 原文 :喉
騨
榔
穂
鮒
開 町嫡翻
慱
鹸蝿
轍
鰤
「阿
可 覗¶
6
) 原 文 ・零
神
軸 巛輛 含
・蚋
9黼r
駅 轍町
咽 嫡 轍 輪 ・粥 照『rflKzax’ 炳
war ’4’flecru’S 緬w
駄
塑
・) 馼 ・
啣 弗
挿
r
噸
魍
今
冠
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弔
r
『)
簸 蜘 駟和
韓 嚇
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貸 魚璽響
弓『
1
壽ミ咽 雫慢
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1
嫁
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6『
1
弓
『
麕
勾マ
略
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博
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閑 鄭 砥wq
『『
膏敢礁隅
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4 蜘 N’KF ザ 『 … eCN’4 ’qs ’▼η 雫署 ぺ
1
{
▼N 糊 噸 『 Pt 噸 K’9’ 可 ’afq
“r 鰍鄭 rq T4K’蜘
气
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饗鱈 解響
1
气
噛
『
哺
『
脳 刷 粥『
伽
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q
叩
噂
『
’agx’eq
「
や
貼
噛
『
網 矧 粥や
剰『 慾騨
縄
r
で『
1
欄再
逾
袖
黼r
可
照突
『
押
黙
司櫓
r
氓響
菊
8
) 中国におい て 「尊勝 陀羅尼 」と 「阿弥 陀」 「往生浄土」が結び付い た遺 品の 例を 挙げ る と 以 下の ようで あ る。 例 え ば、2004
年東 京国 立博物 館で 開催さ れ た 「中 (490
) N工工一Eleotronio LibraryNII-Electronic Library Service 『仏 頂尊勝 陀羅尼 経』の研 究 (佐々木) )
9
10) 1Dl2 )13
) 14) 15) 16)17
) 国 国宝展 」に 出品され たNo .121 「阿弥 陀三 尊坐像龕」に は、 「般若心経」と と もに 「尊勝 陀羅 尼」 が 刻 まれて い る。 目録の解 説によれば、 陜西 省 西安 市 青 龍 寺址 出 土 (石灰 岩、全高 75 ・幅 61 ・厚 40 )、 8 世紀 前 半の造立 である とい う。 ま た他に も 「尊 勝陀羅尼 経幢 」の刻 銘 中に 「往生浄土」 「無量寿 国」等の表現が 見受け ら れ、私見が 及ぶ範囲 で は866
年の もの が 最古で あ る (*次稿で詳細 な る検討を予 定して い る)。 「陀羅尼 塔」につ い て詳 言すれば、 《A タイ プ》で は、 陀羅 尼 を書写 した もの を、 四衢道等に あ る 「翠堵 婆」に安 置 して合掌 ・恭敬 ・旋繞 ・行道 ・帰依 ・礼 拝 す べ き と 記 して いる。 同様に 《B
タ イ プ》で も、 帛や 樺皮9 に牛 黄を もっ て陀羅尼 を書 写し、栴檀 ある い は浄 泥に よっ て造 られ た 「塔 」 中に納め広 大供 養 すべ き と し、 また 「最上塔廟 之法」(Ngsi}
『蕾『
靹
黒
ぺq )と して荘厳の委 細 を説い て い る。 この経 典の中に共 通して描写 さ れた 「陀羅尼 塔 」の 信 仰は特 徴 的 な もの で あ り、 噂 勝 陀羅尼1
の 成立 地 を特定 する上で重要 な鍵になる と思 わ れる。 今 後 資料を広 げて、 例え ば、他 陀羅 尼経 典における受持 形 態との比較 、お よび遺跡 調査等の考古学 的成果等を踏ま えて再考 してみ たい。 三崎良周 「仏頂尊勝 陀羅尼経 と諸星母 陀羅尼経」117 〜 120 頁 『大正蔵 』第 19 巻 378 頁 b 段 「三朝所 翻経 請入目録流行 表」 (『大正蔵』 第 55 巻 930 頁 c段 ) 『大 正 蔵』 第19
巻376
頁 c 段 『大正蔵 』第 19 巻 378 頁 c段 「悪趣に生 ま れ ない 」 「寿 命が増長 する」 とい う傾向は、 「尊 勝儀軌」 中の別行 法 「第一法」等に、 端 的な形で 引継が れて い る。 その例 を 善無畏儀軌に よっ て示 せ ば、「若人欲得壽命長遠 不 堕地 獄餓 鬼畜 生阿修羅 道及滅 諸罪者・ … 」 (『大 正 蔵』 第19
巻373
頁b
段 )と あ る。 ま た 不空儀 軌で も、 「若 於 本教 尊勝 陀羅 尼 經。 毎 於 白月十五 日。 除滅 業 障 増 福延命。 要 期誦一千遍 」(『大正蔵 』第 19 巻 365 頁 a段 ) との言明 が 見 ら れる。 (『大正蔵 』第19
巻396
頁 c 段)、 「念誦尊勝別行法」(『大 正 蔵」第19
巻393
頁b
段 〜)、 「尊 勝仏 頂修瑜伽 本尊 真言 品」 (『大 正蔵 」 第19
巻373
頁b
段 〜 )。 経典 と比較 し た 場 合、 儀軌 で は受 持 方法が大 きく増 広さ れ る 傾 向が見 受け ら れ る。 経 典の段 階で はその受 持 方法につ いて 、 陀 羅尼 を 主 に 据 え た もの が多 く、 聴 聞 ・書写 ・受持 ・読誦等を行な う、あ るい は その書 写物 を塔 中に安 置 して供 養 するこ とが説か れ てい る。 ま た僅か な が ら陀 羅尼の威 力 を注い だ もの、 例え (491
) N工工一Eleotronlo LlbraryCHISAN-KANGAKU-KAI
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智山学報 第五十六輯 ば加 持 をし た土 砂 (芥 子)や水を散灑する とい っ た受持方 法 も見 受 けら れる。 一方の儀 軌では、 これ ら経 典所 説の方向性 を踏 襲しなが らも、 陀 羅尼に限 らず 「善住 天子」を描写 すべ きこ と、 また弗・金 薄 ・水草 など を加 持 して用い るべ き こと等、 より幅 広い解 釈が施さ れ てい る。 18) 善無 畏儀 軌で は、 む しろ尊勝系 統の密教を含みつ つ 、「中期 密教 」と 「仏 頂系 の 密教」 との融 和が 図 ら れてい る ように見える。 その例を挙げれば、 「画像品 第 七」で は毘盧遮那を中尊とする 入 大 仏頂の 曼荼 羅 (『大 正蔵 』 第 lg 巻 376 頁 a 段)、 また 「大灌頂曼荼羅品第八」で は同 じ く毘盧遮 那を中心に四大 頂輪王の 曼 荼 羅 (『大 正 蔵』第