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智山學報 第50 - 005苫米地 誠一「実範の阿弥陀観 : 付・東寺観智院所蔵『観自在王三摩地』翻刻」

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(1)

1

実範の阿 弥 陀観

、 は

め に   中 川 少 将 上 人 蓮 光 房 実 範

四 四

は 、 興 教 大 師 正 覚 房 覚 鑁

〇 九 五 〜

四 三

と 同 じ 平 安 時 代 院 政 期 に 生 き た 興 福 寺 の 法 相 宗

真 言 宗

律 宗 兼 学 の 僧 で あ る 。 早 く 東 大 寺 戒 壇 院 凝 然 大 徳

二 四 〇 〜 = 三 =

の 『 浄 土 法 門 源 流 章 』

↓ に 浄 土 門 の 祖 師 の

人 と し て 上 げ ら れ る こ と で 知 ら れ

ま た 鎌 倉 期 に 盛 ん と な っ た 南 都 仏 教 の 戒 律 復 興 運 動 の 先 駆 者 と し て も 知 ら れ て い る 。 実 範 の 浄 土 教 に 関 し て は

覚 鑁 の 『

期 大 要 秘 密 集

互 に 引 用 さ れ る

病 中 修 行 記

の 長 谷 寺 所 蔵 の 江 戸 期 の 写 本 が 『 真 言 宗 安 心 全 書 快 3

に 翻 刻 さ れ て か ら 、 そ の 密 教 浄 土 教 思 想 に 関 す る 研 究 も 始 ま っ て き た 。 ま た 佐 藤 哲 英 博 士 は

竜 谷 大 学 に 所 蔵 さ れ る

念 仏 式 』 と い う 院 政 期 の 写 本 を 翻 刻 紹 介 さ れ

法 然 房 源 空

三 三 〜

二 ) の 弟 子 で あ る 覚 明 房 長 西

八 四 〜

二 六 六 ?

↓ の 撰 集 し た 『 浄 土 依 憑 経 論 章 疏 目 録

長 西 録 ご

色 に 記 録 す る 実 範 作 の 「 往 生 論 五 念 門 行 式 」 に 当 た る も の と 推 定 さ れ て い る

n

色 。 ま た 同 時 に 、 こ れ ま で 存 在 の 知 ら れ な か っ た 実 範 の 著 作

観 自 在 王 三 摩 地 』 の 古 写 本 を 発 見

報 告 さ れ て い る

写 本

29

(2)

智 山学 報 第五十 輯 外 題 に よ っ て 「 阿 弥 陀 私 記 」 と さ れ る

し か し

念 仏 式

の 著 者 に 関 す る 佐 藤 博 士 の 推 論 に は 疑 問 が あ り 、 賛 成 で き な い

ま た 佐 藤 博 士 の 報 告 さ れ た 『 観 自 在 王 三 摩 地 』 は 翻 刻 さ れ て お ら ず 、 写 真 が 掲 載 さ れ る も の の 極 め て 小 さ く

網 掛 の 為 に 文 字 が 潰 れ

本 文 が 判 読 で き な か っ た 。 今 回 、 幸 に も 東 寺 観 智 院 の 聖 教 中 に 江 戸 期 の 写 本 を 見 出 し た の で こ れ を 翻 刻 し

病 中 修 行 記 』 と 合 わ せ て

実 範 の 阿 弥 陀 観

密 教 浄 土 教 思 想 の

端 に つ い て 検 討 し た い 。 二 、

に つ い て 実 範 の 撰 述 書 目 に つ い て

古 目 録 類 に よ っ て 上 げ る と 次 の 如 く で あ る

『 諸 宗 章 疏 録

に は

中 川 実 範 律 師

厳 覚 付 法 。 釈 書 第 十 七 。 本 朝 第 五 十 七 )

7v と し て    

1

大 日 経 序 分 義  

序 分 義

『 日 本 大 蔵 経 』 第

四 巻 「 密 教 部 章 疏 」 上

『 大 日 本 仏 教 全 書 』 第 四         二 巻

A

 

   

A

 

   

 

65432

の 六 部 が あ る が

 

次 に      

7

大 経 要 義 鈔   七 巻

日 本 大 蔵 経

四 巻 「 密 教 部 章 疏 」 上

阿 字 義  

三 巻  

大 正 新 脩 大 蔵 経 』 第 七 九 巻

戒 壇 式  

出 僧 伝

東 大 寺 戒 壇 院 受 戒 式  

『 大 正 新 脩 大 蔵 経

第 七 〇 巻

観 自 在 王 三 摩 地  

東 寺 観 智 院 聖 教   第

九 六 函 二 号   本 稿 中 に 翻 刻

病 申 修 行 記  

上 二 部 題 下 云 少 将 上 人

『 真 言 宗 安 心 全 書 』

   

5

観 自 在 王 三 摩 地

を 除 い て

全 て 既 に 公 刊 さ れ て い る 。

長 西 録

互 に は 実 範 の 浄 土 教 関 係 の 著 作 と し て

6

『 病 中 修 行 記

の 外 に 観 無 量 寿 経 科 文  

30

(3)

実 範の阿弥 陀 観      

8

往 生 論 五 念 門 行 式  

巻      

9

般 舟 三 昧 経 観 念 阿 弥 陀 仏      

10

眉 間 白 毫 集  

巻      

11

臨 終 要 文 の 五 部 が 上 げ ら れ る が

こ れ ら に つ い て は 未 だ 発 見 さ れ て い な い 。  

ま た 目 録 に は な い が

活 字 化

公 刊 さ れ て い る 撰 述 と し て      

12

阿 字 要 略 觀  

『 大 正 新 脩 大 蔵 経

第 七 九 巻

     

13

理 趣 釈 口 決 鈔   七 巻

『 日 本 大 蔵 経

第 九 巻 「 理 趣 経 釈 章 疏 」

     

14

六 種 護 摩 鈔  

『 真 言 宗 全 書 』 第 三 六 巻

を 見 る こ と が で き る 。  

他 に 海 恵 撰 『 密 宗 要 義 鈔 』

真 言 宗 全 書 』 第

七 巻

に は

2

『 大 経 要 義 鈔 』

3

『 阿 字 義 抄

か ら の 引 用 に 加 え て

実 範 の 著 作 と し て       ( 15

四 種 法 身 義      

16

或 鈔 の 逸 文 が 引 用 さ れ る 。 ま だ 如 何 な る も の か 確 認 で き て い な い が

共 に 教 主 義 に 拘 わ る 記 述 が 多 い 。 「 或 鈔 」 は

部 が

1

『 大 日 経 序 文 義 』 に

致 す る が

そ こ に 見 ら れ な い 文 も 多 く

断 定 で き な い す

。   ま た 頼 瑜 の

秘 鈔 問 答 』 「 阿 弥 陀 」 の 項 に は 、

5

『 観 自 在 王 三 摩 地 』 の 引 用

」 と 同 時 に

      ( 17

「 中 川 実 範 次 第 」 又 は 「 中 川 次 第 」 、 「 実 範 秘 决 」 な ど と 称 さ れ る 阿 弥 陀 法 次 第 の

部 な ど が 引 用 さ れ

」 、 ま た 佐 藤 哲 英 博 士 に よ れ ば

31

(4)

智 山学報 第五十輯      

18

菩 提 心 論 開 見 鈔   二 巻       ( 19

理 観  

理 観 鈔 と も い い

唐 招 提 寺 と 高 野 山 大 学 に 写 本 が 存 在 す る と さ れ る

     

20

安 身 養 神 集

良 忠 撰

観 経 玄 義 分 伝 通 記 』 巻 第 五 と 皿

の 三 部 が 実 範 の 作 と さ れ て い る 。   ま た 今 回

東 寺 観 智 院 金 剛 蔵 聖 教 の 中 に 「 密 宗 要 義 鈔

中 川

第 二 九 八 箱 二 四 号

の 写 本 が 見 出 さ れ た

2

『 大 経 要 義 鈔 』 の

部 略 抄 の 写 本 の よ う で あ る が

十 住 心 教 判 に 関 す る 天 台 宗 な ど 他 宗 か ら の 批 判 に 対 し て 反 論 し た も の で

ま だ 全 文 を 検 討 し た わ け で は な く

結 論 は 保 留 し て お き た い 。 三 、

         

1、

出 自 に つ い て   実 範 の 伝 記 に つ い て は 、 堀 池 春 峰 博 士

佐 藤 哲 英 博 士 、 櫛 田 良 洪 博 士

3

大 谷 旭 雄 師

〜 な ど

元 亨 釈 書 』 や

律 苑 僧 宝 伝

等 の 「 実 範 伝 」 に よ つ て い る よ う で

実 範 が 初 め は 興 福 寺 に 入 り

法 相 宗 僧 で あ っ た も の が

後 に 真 言 宗 に 転 じ

興 福 寺 で は 真 言 宗 の 修 学 が 出 来 な い の で

中 川 の 地 に 移 っ た も の と さ れ る 。   実 範 の 伝 記 と し て 最 も 古 い 『 元 亨 釈 書 』 「 実 範 伝 」

汐 に は 、 実 範 は 参 議

中 將 藤 原 顕 実 の 第 四 子 で あ り

初 め 興 福 寺 に 入 っ て 法 相 宗 を 学 び

後 に 真 言 宗 に

て 醍 醐 寺 の 厳 覚 よ り 付 法 し た と あ る 。   『 尊 卑 分 脈 』 に よ る と

顕 実 は

藤 原 懐 平 − 資

ー 資 仲 − 顕 実 と 繋 が る 系 譜 に あ り

延 久 六 年

〇 七 四

に 権 少 将 と な り

そ の 後 、 少 将 と な っ た 時 期 は 不 明 で あ る が

寛 治 四 年

〇 九 〇

に 太 皇 太 后 亮 を 兼 ね

寛 治 八 年 に 権 中 将 に 転 じ

康 和 四 年

〇 二

に 蔵 人 頭

康 和 六 年 に 參 議

右 中 將 と な っ て い る

資 信

実 重

相 実

32

(5)

実範の阿 弥 陀 観 範

浄 顕

静 慶 の 六 人 の 子 が あ る が

第 三 子 相 実

〇 八 八 〜

六 五

は 台 密 法 曼 院 流 の 祖 で あ る 叡 山 僧 で あ り

寛 治 二 年

〇 八 八

の 生 れ で あ っ て

そ こ か ら 佐 藤 博 士 は 、 実 範 を 寛 治 三 年 の 生 れ と 推 定 さ れ る 。 ま た 櫛 田 博 士 も 寛 治 二 年 か ら 四 年 頃 の 生 れ で あ ろ う と さ れ る 。 但 し 顕 実 は

寛 治 八 年 に は 中 將 と な っ て お り 、 実 範 は 寛 治 二 年 の 生 れ と し て 、 こ の 時 六 歳 で あ る 。 櫛 田 博 士 の 指 摘 さ れ る よ う に 、 『 中 右 記 』 に よ れ ば

相 実 は 承 徳 二 年

〇 九 八

八 月 二 十 七 日 に 、 十 歳 で 出 家 を し て い る

」 。 こ の 時

顕 実 は 既 に 中 將 で あ っ て

実 範 の 出 生 が 相 実 よ り も 遲 け れ ば

当 然 そ の 出 家 の 時 点 で 父 顕 実 は 中 将 で あ っ た ろ う 。 勿 論

顕 実 の 没 し た 時 は 中 将 で あ っ た 。 而 し

方 で 実 範 は 少 将 上 人 と も 称 さ れ る 。 実 範 が 顕 実 の 子 息 で あ れ ば

中 将 上 人 と 称 さ れ る と し て も

少 将 上 人 で は 父 親 の 位 と 相 違 す る

こ の 点 に 顕 実 の 第 四 子 と す る 伝 承 に 疑 簡 が 生 ず る 。  

方 で

尊 卑 分 脈 』 に は 藤 原 懐 平 の 流 れ に

懐 平 ー 経 通 − 経 季 ー 季 実 と 繋 が る 少 将

木 工 頭 で あ る 季 実 が あ り

そ の 子 息 に 小 野 阿 閣 梨 と 注 記 さ れ る 実 範 の 名 が 見 ら れ る

∂ 。 櫛 田 博 士 は こ れ を 中 川 実 範 と は 同 名 異 人 と さ れ る が

父 親 は 少 将 で あ る 。 ま た 時 代 的 に 全 く 重 な り

実 範 の 受 法 し た 勧 修 寺 大 僧 都 厳 覚

〇 五 六 〜

そ の 師 で あ る 鳥 羽 僧 正 範 俊

〇 三 八 〜

= 二

の 住 し た 小 野 の 名 前 を も っ て 呼 ば れ る 。 勿 論

同 時 代 に 同 名 の 人 物 が 居 た と し て も 同

人 と は 言 え な い が

別 入 で あ る 確 実 な 証 拠 も 無 い 。 同

人 物 を 重 複 し て 上 げ た 可 能 性 も 考 え ら れ

別 人 の 可 能 性 も あ る 。 顕 実 が 中 将 で あ る に も 拘 わ ら ず

実 範 が 少 将 上 人 と 称 さ れ る こ と に よ る 疑 問 が 第

点 で あ る

若 し 顕 実 の 子 息 で な け れ ば

そ の 出 生 時 期 を 相 実 の 生 ま れ た 寛 治 二 年 よ り 下 げ る 必 要 は な く

も っ と 早 い と 考 え る こ と も 出 来 る 。   或 は 第

子 資 信 か ら 第 三 子 相 実 ま で が 同 じ 母 親 で

実 範 は 異 母 兄 弟 の 為 に 四 番 目 に 記 録 さ れ た と す れ ば 、 相 実 よ り 早 い 生 れ で 、 出 家 の 時 に ま だ 父 顕 実 が 少 将 で あ っ た が た め に 、 少 将 上 人 と 称 さ れ た 可 能 性 は あ ろ う 。 相 実 が 叡 山 に 出 家 し 、 実 範 が 興 福 寺 に 出 家 を し た こ と を 考 え れ ば

母 親 が 異 な る 可 能 性 は 高 い よ う に 思 わ れ る 。 ま た 腹 違 い で

33

(6)

智 山 学 報 第 五 十 輯 あ れ ば

相 実 と 同 年

又 は 年 下 で

よ り 早 く 幼 く し て 出 家 し た こ と も 考 え ら れ よ う

  た だ 今 は 『 尊 卑 分 脈 』 の 二 人 の 実 範 と 、 『 元 亨 釈 書 』 の 伝 え る 顕 実 の 子 と い う 説 と

「 少 将 上 人 」 と い う 尊 称 と の 問 題 を 指 摘 す る に 止 め た い

         

2

、 実 範 の 出 家 と 真 言 修 学   既 に 諸 氏 に よ っ て 指 摘 さ れ る よ う に 、 実 範 の 名 前 が 記 録 上 に 見 ら れ る 最 も 早 い 例 が

天 仁 三 年

の 正 月 後 七 日 御 修 法 に 舎 利 守 と し て 出 仕 し た も の で あ る

,。

仮 に 実 範 が 寛 治 二 年 の 生 れ と す る と

天 仁 三 年 は 二 十 三 歳 と な る 。 佐 藤 博 士 に よ れ ば

そ れ よ り 七 年 前 の 康 和 五 年

〇 三

八 月 四 日 に 実 範 の 書 写 し た 旨 の 奥 書 の あ る 『 高 野 贈 大 僧 正 遺 誠 』 が あ る と さ れ る 。   ま た 天 仁 三 年 の 後 七 日 御 修 法 の 舎 利 守 は

櫛 田 博 士 は 承 仕 の 役 で 、 年 若 い 僧 が 勤 め て も お か し く は な い と さ れ る が

こ れ は 請 僧 交 名 に 名 を 連 ね る れ つ き と し た 伴 僧 の

人 で あ る 。 と は い っ て も

そ の 前 の 嘉 承 二 年

〇 七

の 仁 和 寺 大 教 院 内 供 覚 意

〇 五 二 〜

Q

大 阿 の 時 と

天 永 二 年

こ の 寛 助

〇 五 七 〜

二 五

大 阿 の 時 に 舎 利 守 を 勤 め た 式 部 阿 閣 梨 覚 任

〇 八 四 〜

五 二

9 は

永 久 六 年

二 月 に 三 十 三 歳 で 寛 助 よ り 潅 頂 受 法 し て お り 篳

嘉 承 二 年 は 二 十 三 歳

天 永 二 年 は 二 十 七 歳 で あ っ た

ま た 永 久 八 年

の 後 七 日 御 修 法 の 舎 利 守 俊 助 は こ の と き や は り 二 十 七 歳 で あ っ た

こ れ か ら す れ ば

確 実 で は な い が 、 実 範 も 天 仁 三 年 に 二 十 代 の 年 齢 で あ っ た と 考 え て 良 い で あ ろ う

  ま た 実 範 が 建 立 し た こ と で 知 ら れ る 中 川 寺 成 身 院 で あ る が

堀 池 春 峰 博 士

に よ れ ば

東 大 寺 宗 性 上 人 の 『 春 華 秋 月 抄 草 』 第 二 十 亠 ハ に

成 身 院 の 建 立 を 天 永 三 年

と す る も の と 見 做 し う る 記 事 の 有 る こ と を 指 摘 さ れ

ま た 「 永 久 二 年 甲 午 二 月 日 成 身 院 」 と い う 銘 文 の 西 大 寺 風 鐸 銘 の 記 録 が 残 さ れ て い る と い い

こ れ に よ っ て 天

34

(7)

実範の 阿 弥 陀観 永 三 年 に 創 建 を 始 め

永 久 二 年 に 完 成 し た も の と 推 定 さ れ て い る が

そ の 構 成 は 全 く の 密 教 寺 院 で あ っ た 。   伝 記 に よ れ ば 実 範 は 、 初 め 忍 辱 山 に 居 り 、 あ る 日 花 を 摘 ん で 中 川 の 地 に 至 り

勝 景 で あ る の を 見 て 成 身 院 を 建 立 し た と さ れ る 。 中 川 寺 成 身 院 の 造 営 が 天 永 三 年

か ら 始 ま っ た と す る と

こ れ 以 前 に 忍 辱 山 に 移 住 し て い た こ と に な る 。 忍 辱 山 寺 は

も と 興 福 寺

乗 院 末 で

後 に 仁 和 寺 末 と な っ た と さ れ る

忽 。 実 範 を 寛 治 二 年 の 生 れ と す る と

天 永 三 年 は 二 十 五 歳 と い う こ と に な る

『 真 俗 雑 記 問 答 鈔 』

3 に は

実 範 が 遁 世 し た 初 め に

興 福 寺 衆 徒 か ら 帰 住 す る よ う 申 し 入 れ ら れ た と い う 伝 承 も あ る が

中 川 寺 の 建 立 時 期 か ら 考 え て 、 実 範 の 忍 辱 山 寺 へ の 移 住 は 二 十 代 前 半 以 前 で あ っ た ろ う 。   既 に 天 永 三 年 の 後 七 日 御 修 法 舎 利 守 勤 仕 や 康 和 五 年 八 月 四 日 書 写 の 『 高 野 贈 大 僧 正 遺 誠

の 事 な ど も あ り

こ れ ら か ら す れ ば

実 範 は ま だ 年 若 い 出 家 の 当 初 か ら 真 言 密 教 の 修 学 を 始 め て い た と 言 わ な け れ ば な ら な い 。   『 元 亨 釈 書 』 以 下 の 諸 伝 記 に お い て

初 め 法 相 宗 で

後 に 真 言 宗 に 転 向 し た と す る 理 解 は

し か し 既 に 大 伝 法 院 学 頭 中 性 院 俊 立 旦 房 頼 瑜

二 二 六 〜 = 二 〇 四

に も 見 ら れ

頼 瑜 撰 『 秘 鈔 問 答 』 第

蓼 に は

実 範 が 法 相 宗 よ り 真 言 宗 に 帰 し て 厳 覚 の 下 を 訪 れ

受 法 し た 奇 瑞 の 記 事 を 載 せ る 。 こ れ に よ り 厳 覚 に 受 法 し て 真 言 宗 に 帰 し た と す る 説 も あ る が

但 し こ れ は 真 言 宗 に 帰 し た 後 に 厳 覚 よ り 潅 頂 受 法 し た 事 を 述 べ る も の で あ る 。   実 範 が 厳 覚 か ら 潅 頂 を 受 法 し た の は 永 久 四 年

四 月 十 九 日 で あ る 。 し か し 実 範 が 厳 覚 と 出 会 っ た の は 此 れ よ り 早 い 。 範 俊 大 阿 の 天 仁 三 年

の 正 月 後 七 日 御 修 法 で は

範 俊 が 歩 行 不 快 の た め に 加 持 香 水 を 厳 覚 が 代 官 と し て 勤 め て い る 多

こ の 時

実 範 は 舎 利 守 と し て 同 じ 道 場 に 勤 仕 し て い た 。 こ の 時 の 実 範 の 公 請 が

範 俊 と の 関 係 に よ る も の か

厳 覚 と の 関 係 に よ る も の か は 断 言 で き な い が

此 の 当 時 の 御 修 法 全 般 で は

伴 僧 は 大 阿 の 寺 家 か ら 選 ば れ る な ど

大 阿 と の 関 係 が 緊 密 な よ う で あ る

後 七 日 御 修 法 の 場 合 は 他 寺 か ら の 請 僧 も あ る が

実 範 に 関 し て は 他 寺 と は 記 録 さ れ て い な い 。 範 俊 は 此 の 当 時 興 福 寺 権 別 当 で あ っ た か ら

範 俊 と の 関 係 で 公 請 さ れ た

35

(8)

智山学報 第五十輯 と 考 え て よ い の で は な い か 。   そ の 場 合

実 範 の 出 家 入 室 の 師 は 誰 で あ っ た の か 。 大 谷 師 は こ れ を 範 俊 と し

範 俊 が 権 別 当 と な っ て 興 福 寺 に 乗 り 込 ん で き た 康 和 二 年

〇 〇

十 月 七 日 以 降 の 出 家 で あ ろ う と さ れ る 。   こ こ で 範 俊 の 立 場 が 問 題 と な る

範 俊 は 興 福 寺 大 威 儀 師 仁 勢

仁 静

の 実 子 で あ り 、 『 血 脈 類 聚 記 』

理 に は

小 野 僧 都 成 尊

〇 =

〇 七 四

の 出 家 入 室

瀉 瓶 の 弟 子 と す る と 同 時 に

仁 勢 の 真 弟 子 と も す る 。 真 弟 子 と は 実 子 で あ り 弟 子 で も あ る こ と だ が

若 し 仁 勢 の 真 弟 子 と す る 記 録 が 正 し け れ ば

当 然 興 福 寺 僧 で あ る 。 若 し 成 尊 の 入 室 の 弟 子 と す る と

永 井 義 憲 博 士 に よ れ ば 成 尊 は 仁 和 寺 僧 で あ っ た と 思 わ れ

そ う で あ れ ば 範 俊 も 仁 和 寺 僧 で あ っ た 可 能 性 が あ る 。 確 か に 仁 和 寺 と 興 福 寺 と は

仁 和 寺 の 末 寺 で あ っ た 大 覚 寺 門 跡 を 興 福 寺

乗 院 門 跡 が 兼 帯 す る こ と を 通 じ て 関 係 が 深 か っ た が

而 し 仁 和 寺 が 興 福 寺 諸 職 の 補 任 権 を 握 っ て い た 訳 で は な く

範 俊 が 興 福 寺 権 別 当 に な っ た 理 由

又 は 縁 故

に つ い て 疑 問 が 残 る

範 俊 が 上 皇 の 護 持 僧 と し て 鳥 羽 殿 に 居 住 し て い た

し た が っ て 興 福 寺 に は い な か っ た

と し て も

だ か ら 興 福 寺 僧 で は な か っ た と は い え な い 。 範 俊 は 、 大 覚 寺 門 跡 を 兼 帯 す る

乗 院 々 主 覚 信 大 僧 都 が 興 福 寺 別 当 と な っ た 時

康 和 二 年

OOV 補 任

合 わ せ て 権 別 当 と な っ た も の で

覚 信 と の 関 係 が 予 想 さ れ る

興 福 寺 本 『 僧 綱 補 任 』 に は

こ の 権 別 当 補 任 に つ い て 「 宣 旨 に 依 り

本 寺 に 挙 せ 被 る る 。 云 云 」 と あ る

こ の 「 本 寺 」 は 興 福 寺 を 指 す が

同 時 に 範 俊 の 本 寺 を 示 す も の と 見 て 良 い で あ ろ う 。 若 し 範 俊 の 本 寺 が 興 福 寺 で な く

而 も 興 福 寺 の 推 挙 で あ れ ば 「 彼 寺 」 と あ る 筈 で あ る し

興 福 寺 が 異 な る 寺 家 の 僧 を 推 挙 す る こ と も 考 え ら れ な い 。 そ の 前 後 の 権 別 当 か ら し て も 、 範 俊 は 元 か ら 興 福 寺 僧 で あ り

決 し て 権 別 当 に 成 っ た こ と で 新 た に 興 福 寺 に 入 っ た も の で は な い

と 考 え る 。 興 福 寺 に 入 っ た 実 範 が

興 福 寺 僧 で あ り 真 言 宗 専 修 僧 で あ っ た 範 俊 の 弟 子 に な っ た と す れ ば

そ の 当 初 か ら 真 言 密 教 を 修 学 す る こ と は 当 然 で あ る と も い え る 。 実 範 は 範 俊 か ら 潅 頂 受 法 し て い な い が 、 そ の 範 俊 は 後 七 日 御 修 法 の 大 阿 を 勤 め た 天 仁 三 年 の 二 年 後 の 天 永 三 年

に 没 し て い

36

(9)

実範の 阿弥 陀観 る

厳 覚 か ら の 受 法 は

範 俊 が 没 し て か ら 四 年 後 の こ と で あ っ た

そ し て 厳 覚 は 範 俊 の 瀉 瓶 で あ る

即 ち

実 範 が 範 俊 の 弟 子 で あ る と し て

師 範 俊 よ り 潅 頂 受 法 す る 以 前 に 範 俊 が 没 し て し ま い

受 法 で き な か っ た た め に

範 俊 の 瀉 瓶 で あ る 厳 覚 か ら 受 法 し た も の と 考 え る こ と が で き よ う 。   櫛 田 博 士 は 『 血 脈 類 聚 記

に お け る 実 範 の 厳 覚 か ら の 受 法 の 記 録 に

実 範 が 高 野 山 の 教 真 の 潅 頂 の 弟 子 で あ る と 見 ら れ る こ と 蓴 と

範 俊 か ら の 潅 頂 受 法 の 記 録 の な い こ と か ら 、 範 俊 の 弟 子 で は な く

教 真 の 弟 子 で あ り

厳 覚 か ら は 重 受 で あ る と す る 。 し か し 当 時 の 覚 鑁 や 持 明 院 真 誉 な ど は

寛 助 か ら 受 法 す る 以 前 に 高 野 山 北 室 聖 良 禅

〇 四 八 〜

= 二 九

や 醍 醐 理 性 院 賢 覚

〇 八 Q 〜

五 六

な ど か ら 潅 頂 受 法 し て お り

寛 助 か ら の 受 法 は 重 受 で あ る

従 っ て 実 範 の 教 真 か ら の 受 法 も

決 し て 教 真 の 入 室 の 弟 子 で あ る こ と を 示 す も の で は な い 。 『 真 俗 雑 記 問 答 鈔

に は

厳 覚 か ら の 受 法 に 関 す る 奇 瑞 と 同 時 に

教 真 か ら の 受 法 に 関 す る 奇 瑞 に つ い て の 伝 承 を 載 せ る

3 が

こ れ は 既 に 密 教 を 修 学 し て い る 実 範 が

教 真 か ら 潅 頂 受 法 し た と さ れ

教 真 の 入 室 の 弟 子 で な い こ と を 伝 え る も の で あ る

  既 に 堀 池 博 士 が 「 験 者 的 性 格 」 と 評 さ れ る よ う に

実 範 は 生 涯 に わ た っ て 多 く の 密 教 修 法 に 勤 仕 し て お り

そ の 活 躍 は 專 ら 真 言 宗 僧 と し て の も の で あ っ た と い え る 。 以 上 の よ う な 状 況 か ら す れ ば

現 在 確 実 な 証 拠 は 見 出 せ な い が

実 範 は 興 福 寺 に 入 り

真 言 宗 専 修 の 範 俊 に 出 家 入 室 し て

そ の 下 に 興 福 寺 に お い て 初 め か ら 真 言 宗 の 修 学 を 始 め た も の と 考 え た い 。          

3、

そ の 他 の 修 学   所 で

実 範 は 興 福 寺 僧 と し て 法 相 宗 を 兼 学 し た と 思 わ れ る

既 に 見 て き た よ う に

諸 伝 記 と も に 実 範 の 法 相 宗 の 修 学 を 伝 え て い る

し か し 実 際 は 若 年 時 か ら の 真 言 宗 の 修 学 が 認 め ら れ る だ け で

法 相 宗 に 関 し て は 明 確 な 資 料 を

37

(10)

智 山 学報第 五 十 輯 見 出 せ な い

ま た 法 相 宗 に 関 す る 著 作 も 知 ら れ て い な い 。   先 に 見 た ご と く 実 範 は 中 川 寺 成 身 院 の 造 営 が 始 ま っ た 天 永 三 年 以 前 に 忍 辱 山 に 移 住 し て お り

天 仁 三 年 正 月 後 七 日 御 修 法 の 出 仕 が 二 十 歳 代 だ と し て

や は り 二 十 歳 代 の 早 く か ら 既 に 興 福 寺 を 隠 遁 し て い た と 考 え ら れ る 。 従 っ て 興 福 寺 僧 と は い っ て も 興 福 寺 に は お ら ず 、 ま た 早 く か ら 密 教 寺 院 ( 中 川 寺

を 建 立 し て お り

そ れ 以 前 に 興 福 寺 に お い て も 真 言 宗 の 修 学 を 中 心 と し て い た と す れ ば 、 法 相 宗 の 修 学 は 当 時 の 僧 侶

般 に お け る 基 礎 学 程 度 の も の で は な か っ た か

そ れ 以 上 の 専 門 的 な 修 学 は し て い な か っ た の で は な い だ ろ う か 。   ま た 伝 記 に よ れ ば

実 範 は 叡 山 の 明 賢 阿 闍 梨 に 天 台 宗 を 習 っ た と さ れ る 。 佐 藤 博 士 は

こ の 天 台 宗 の 修 学 が 天 台 宗 の 信 仰 的 立 場 に 立 っ て 学 ば れ た と 理 解 さ れ て い る よ う で

そ の こ と が 全 く 天 台 顕 教 阿 弥 陀 浄 土 教 的 内 容 の

念 仏 式

を 実 範 の 著 作 と 推 断 す る 根 拠 と な っ て お ら れ る よ う で あ る が

他 宗 を

そ の 他 宗 の 阿 闍 梨 か ら 学 ぶ と い っ て も

そ の 他 宗 の 信 仰 的 立 場 を 受 け 入 れ る も の で な い こ と は 、 他 の 例 か ら も 知 ら れ る 。   例 え ば

天 台 宗 の 慈 慧 大 師 良 源 ( 九

二 〜 九 八 五

は 延 命 院 元 果

四 〜 九 九 五

に 潅 頂 受 法 し て い る し

谷 阿 闍 梨 皇 慶

九 七 七 〜

〇 四 九

は 筑 前 国 の 背 振 山 に 登 り

長 保 三 年

〇 〇

V に 景 雲 陬 閣 梨 よ り 東 密 の 法 流 を 受 法 し た と い う 轂 。 ま た 真 言 宗 で は

覚 鑁 は 園 城 寺 の 鳥 羽 僧 正 覚 猷

〇 五 三 〜

四 〇

か ら や は り 台 密 の 潅 頂 を 受 法 し て い る 。   ま た 東 福 寺 聖

国 師 円 爾 弁 円 (

二 〇 二 〜

二 八 〇

よ り 禅 法 を 修 学 し た 東 大 寺 戒 壇 院 実 相 房 円 照

二 二 〇 〜

二 七 七

円 爾 禅 師 の 門 室 に 入 り

禅 学 修 証 し て 血 脈 を 受 け な が ら 、 真 言 宗 を 第

と し

華 厳

天 台 の

乗 教 を 次 と し

禅 宗 を そ の 下 に 位 置 付 け て い た

3

円 照 以 外 に も 、 木 幡 山 観 音 院 真 空

二 〇 四 〜

二 六 八

V

や そ の 他 多 く の 真 言 宗 系 の 僧 侶 が 弁 円 の 下 で 禅 法 を 修 学 し て い る が

彼 等 の よ う に

批 判 的 立 場 か ら 他 宗 を 学 ぶ と い う こ と も あ っ た と い え る

38

(11)

実 範の阿 弥 陀観   実 際 に 実 範 の 著 作 に し て も

『 大 経 要 義 鈔 』 の よ う に 天 台 宗 な ど 他 宗 か ら の 十 住 心 批 判

真 言 宗 学 批 判 に 対 す る 反 論 や

『 大 日 経 序 分 義 』 に お け る 安 然 の 教 主 義 に 対 す る 批 判 萎 な ど を 見 れ ば

明 賢 阿 闍 梨 か ら の 受 学 も

実 範 教 学 の 内 容 そ の も の や 信 仰 に ま で 影 響 し た と は 考 え 難 い 。   ま た 律 宗 に 関 し て は

実 範 が 律 宗 の 復 興 に 重 要 な 役 割 を 果 た し た こ と が 指 摘 さ れ

事 実 『 東 大 寺 戒 壇 院 受 戒 式

巻 の 撰 述 が 在 る な ど

そ の 修 学 の 内 容 が 知 ら れ て い る 多 。 ま た そ の 後 の 南 都 の 戒 律 復 興 運 動 の 初 頭 に 位 置 す る も の と し て 評 価 さ れ て い る 。   実 範 が 真 言 宗 僧 で あ る こ と は 既 に 述 べ た 如 く で あ る が

ま た 実 範 を 継 承 し た と さ れ る 笠 置 上 人 解 脱 房 貞 慶

五 五 〜

二 = 二

興 福 寺 法 相 宗 僧 で あ り な が ら

そ の 信 仰 的 な 根 底 が 真 言 宗 に 在 っ た こ と は 以 前 に 述 べ た 所 で あ る §

ま た そ の 後 の 西 大 寺 思 円 房 叡 尊

二 〇

〜 =

九 〇

や 大 悲 菩 薩 唐 招 提 寺 覚 盛

九 四 ー

二 四 九

覚 盛 の 弟 子 の 東 大 寺 戒 壇 院 円 照 な ど

鎌 倉 期 に お け る 戒 律 復 興 運 動 の 推 進 者 は

皆 真 言 宗 僧 で あ る 。   勿 論

こ こ で い う 戒 律 復 興 は 出 家 の 沙 弥 戒

具 足 戒 の 授 戒

受 持 の 復 興 で あ り

菩 薩 戒 の そ れ で は な い 。 叡 山 に 大 乗 戒 壇 が 允 許 さ れ

大 乗 菩 薩 戒 を も つ て 比 丘 戒 と す る こ と が 認 め ら れ た 天 台 宗 に は

祖 師 最 澄 の 小 戒 棄 捨 の 伝 説

酬 か ら も

出 家 戒 の 復 興 運 動 の 起 こ る 余 地 は な か っ た と い え よ う

  こ れ に 対 し 真 言 宗 で は

貞 観 七 年 の 安 祥 寺 僧 都 恵 運

七 九 八 〜 八 六 九

の 奏 上 や 寛 平 七 年 の 本 覚 大 師 円 城 寺 僧 正 益 信

八 二 七 〜 九 〇 六

の 奏 上 に よ る 太 政 官 符 の 真 言 宗 僧 に 対 す る 律 宗 修 学 の 規 定

ヨ や

或 は 祖 師 空 海 に 化 託 さ れ た 弘 仁

承 和 の 両 『 遺 誡

に 見 ら れ る 顕 密 二 戒 の 受 持 の 誠

∫ な ど も あ り

律 宗 の 修 学 が 重 要 性 を 持 っ た こ と が 考 え ら れ る

勿 論

法 相

三 論

華 厳 宗 な ど に と っ て も 、 出 家 僧 に と っ て の 律 宗 は 重 要 な 宗 で あ っ た が

既 に 東 大 寺 や 興 福 寺 な ど 南 都 諸 大 寺 の 真 言 宗 化 の 進 ん で い た 時 代 に

律 宗 の 復 興 運 動 が 真 言 宗 僧 に よ っ て 展 開 し た こ と は

混 乱 の 時 代 に お け る 祖 師

空 海

V

回 帰 志 向 の 現 れ の

種 だ っ た の で は な い か と 想 像 す る

39

(12)

智 山学 報 第五十 輯   但 し 解 脱 房 貞 慶 に は は っ き り し た 戒 律 復 興 の 意 図 が 認 め ら れ る が

そ れ よ り 早 い 時 代 の 実 範 に

伝 記 に 見 ら れ る 唐 招 提 寺 に 於 け る 戒 脈 相 承 の 伝 説 の 問 題 も 含 め て

果 た し て 律 宗 復 興 の 意 識 的 な 意 図 を 持 っ て い た か は 不 明 と い え る 。 た だ 実 範 が 律 宗 の 修 学 を し て い た 事 実 を 確 認 で き る と い え る の み で あ ろ う

三 、 『

』 の

る こ

に つ い て   と こ ろ で 佐 藤 博 士 が 『 念 仏 式 』 を 実 範 の 著 作 と さ れ た 推 論 の 根 拠 は

  ユ

多 く の 引 用 文 が 見 ら れ

仏 教 知 識 の 該 博 な 人 物 の 作 で あ る

  2

天 台 止 観 に 関 す る 相 当 な 知 識 を 持 っ て い る 。  

3、

天 親

世 親

の 『 浄 土 論 』 に 関 す る 文 献 で あ り

浄 土 教 家 に 対 し て は 道 綽 禪 師

善 導 和 尚 な ど の 敬 称 を 用 い 、       浄 影 な ど の 呼 称 と 区 別 し て い る か ら

西 方 願 生 信 仰 の 持 ち 主 で あ っ た 。   4

阿 弥 陀 仏 の 身 相 を 説 く 処 で 、 「 当 心 成 印 」 に つ い て 「 印 は 密 教 に よ り 、 或 は 瑞 像 を 想 へ

と あ る か ら

密 教 に       関 し て も 少 な か ら ぬ 素 養 を 持 っ て い た

  5

源 信

九 四 二 〜

の 『 往 生 要 集 』 の 強 い 影 響 下 に あ っ た も の で

そ の 交 渉 が 在 っ た 。   6

長 承 四 年

= 二 五

の 写 本 で あ る か ら

『 往 生 要 集 』 成 立 の 九 八 五 年 以 降

= 二 五 年 以 前 の 成 立 で あ る 。   7

文 中 に 慈 恩 大 師 窺 基 の 著 作 を

単 に 大 師

ま た は 大 師 疏 と 呼 ん で 引 く 所 が 二 箇 所 見 ら れ る か ら

窺 基 を 単 に       大 師 と 称 す る 法 相 宗 僧 の 作 で あ る 。 と い う 七 項 目 で あ り

こ れ に 該 当 す る の は 実 範 だ け で あ る と し て

念 仏 式 』 を 『 長 西 録

に 載 せ る 「 往 生 論 五 念 門 行 式 」 の 古 写 本 と さ れ た

し か し 佐 藤 博 士 御 自 身 が 言 わ れ る よ う に

条 件 の ー 〜

6

著 者 を 天 台 宗 僧 と す る に 相

40

(13)

実 範の 阿 弥 陀観 応 し い 条 件 で あ る 。 そ れ を 条 件 の

7

に よ っ て 、 法 相 宗 憎 と 結 論 さ れ

天 台 教 学 を 修 学 し た 者 と し て 実 範 を 上 げ ら れ た も の で あ る 。   し か し 本 書 中 に は

窺 基 の 撰 述 を 「 大 師 」 と し て 引 用 す る 外 に

単 に 「 慈 恩 云 」 と し て 引 用 す る 箇 所 も 数 ヶ 所 に 亙 っ て 見 ら れ 、

3

の 条 件 に 見 る 博 士 の 論 理 か ら す れ ば 、 法 相 宗 僧 の 作 と は 言 い 難 く な る の で は な い か 。 若 し 7 の 条 件 を 重 視 す る な ら ば 、 全 て の 引 用 箇 所 に つ い て 「 大 師 」 ま た は 「 慈 恩 大 師 」 と あ る べ き で あ ろ う ま た 唯 識 関 係 の 引 用 が 多 い と 言 っ て も

浄 土 論 』

♂ そ の も の が 唯 識 の 祖 世 親 の 作 で あ り

そ れ に 関 連 し て 多 い の は 当 然 と も 言 え る

ま た

念 仏 式 』 は 単

の 写 本 の み で 対 校 本 も 無 く

そ の 表 記 を 余 り 信 用 し す ぎ て も い け な い の で は な い か

逆 に

窺 基 を 単 に 「 大 師 」 と の み 表 記 す る 箇 所 の 問 題 を 、 別 に 考 え る べ き で は な い か

  ま た 若 し 仮 り に 『 念 仏 式 』 が 法 相 宗 僧 の 作 と し て も

出 家 の 当 初

若 い 頃 か ら 真 言 宗 僧 と し て の 修 学 を 始 め て い た と 考 え ら れ る 実 範 が

設 え 天 台 の 明 賢 に 学 ん だ と し て も

真 言 宗 の 立 場 を 離 れ た 著 作 を 成 す こ と は 考 え 難 い 。   ま た 仁 和 寺 僧 で は あ る が

高 野 山 大 伝 法 院 学 頭 と も な っ た 宝 生 房 教 尋

や 常 喜 院 心 覚

七 〜

八 〇

な ど の よ う に 三 井 園 城 寺 僧 か ら 真 言 宗 へ 転 向 し た 人 物 な ど も あ り

仁 和 寺 の 南 岳 房 済 暹

〇 二 五 〜

の よ う に

直 接 に 天 台 宗 僧 か ら の 受 法 の 記 録 が な く と も 天 台 教 学 に 詳 し く 、 数 多 く の 文 献 を 引 用 し て い る 例 も あ る 。 伝 記 と し て 知 ら れ て い な い か ら と い っ て

そ の 他 の 天 台 宗 僧 と 真 言 宗

法 相 宗

三 論 宗 僧 な ど と の 学 的 交 流 が 全 く 無 か っ た と す る こ と は で き な い 。 即 ち

天 台 教 学 に 詳 し い こ と を も っ て 、 直 ち に 実 範

入 に 決 め 付 け る こ と は で き な い 。   ま た 実 範 が 浄 土 教 に 心 を 寄 せ る よ う に な っ た の は 、 阿 弥 陀 の 口 決 を 受 法 し た 時 の 感 激 に よ る と い う 説 が 頼 瑜 撰

真 俗 雑 記 問 答 鈔 』 § や 成 賢 口

道 教 記 『 遍 口 鈔 』 § に 伝 え ら れ る 。 本 当 に こ れ ら の 伝 承 が

実 範 が 浄 土 教 へ 傾 倒 す る 切 っ 掛 け で あ っ た と す れ ば

そ の 始 ま り は 密 教 で あ っ た 事 に な る 。 若 し そ う で あ れ ば 、 実 範 が 顕 教 浄 土 教 へ 傾 倒

41

(14)

智 山学 報 第五 十 輯 す る 可 能 性 は 低 い で あ ろ う

  ま た

長 西 録 』 そ の も の が 、 真 言 宗 関 係 の 人 師 の 記 録 に つ い て は 余 り 信 用 で き な い よ う に 思 わ れ る 。 例 え ば

恐 ら く は 覚 鑁 の も の と 思 わ れ る 『 附 弥 陀 秘 釈 』 が 禅 定 院 阿 闍 梨 定 尊 の 作 と さ れ

3

覚 鑁 の

期 大 要 秘 密 集 』 に 関 し

こ れ を 収 載 し た 仏 厳 房 聖 心 の

十 念 極 楽 易 往 集 』 第 六 巻 に つ い て

こ れ の み を コ 期 大 要 集 第 六   霊 心 作 」 と す る

3

そ の 上

多 く の 密 教 浄 土 教 関 係 の 著 作 を 残 し た 覚 鑁 の 撰 述 は 何

つ 記 録 し な い 。

長 西 録 』 に 実 範 の 作 と さ れ る も の も

果 た し て 本 当 に 実 範 の 著 作 か ど う か 確 実 と は 思 わ れ な い 。 或 は 佐 藤 博 士 が 推 論 さ れ る よ う に

『 念 仏 式 』 の 書 写 者 が 中 川 寺 の 僧 で あ っ た と し て

実 範 が 明 賢 に 受 学 し た と す る と

明 賢 の 「 往 生 論 五 念 門 私 行 義 」 の 転 写 で あ る と す れ ば 、 考 え ら れ な い こ と で は な い か も 知 れ な い

  ど ち ら に し ろ 佐 藤 博 士 の 議 論 は 『 念 仏 式 』 の 著 者 を 実 範 と す る だ け の 必 要 条 件 に 足 ら ず

逆 に 伝 記 資 料 や そ の 他 の 著 作 の 内 容 は 否 定 的 な 状 況 証 拠 が 多 く

佐 藤 博 士 の 推 断 に は 全 く 賛 成 で き な い 。

42

、 『

』 に つ い て   次 に 確 実 な 実 範 の 撰 述 に よ っ て

そ の 阿 弥 陀 如 来 観 を 見 て い き た い 。   先 づ 『 観 自 在 王 三 摩 地 』 で あ る が 、 こ れ は 『 無 量 寿 如 来 観 行 供 養 儀 軌

無 量 寿 儀 軌

』 の 「 自 身 觀 」

5 と 呼 ば れ る 八 葉 蓮 華 の 中 央 に 觀 自 在 菩 薩

周 囲 の 八 葉 に 八 体 の 阿 弥 陀 如 来 の 坐 す 曼 荼 羅 を 観 想 し

中 央 の 観 音 と 自 身 を

体 と す る 観 想 の 註 釈 で あ る

今 は 東 寺 観 智 院 所 蔵 の 江 戸 期 の 写 本 に よ る が

本 文 は 後 に 翻 刻 を す る 。 )   本 書 で は

初 め に

出 体

が 上 げ ら れ る 。 こ こ で 本 尊 と は

無 量 寿 仏 と さ れ

毘 盧 遮 那 の 円 満 覚 道 の 中 に 万 善 を 慈 栄 し て 塵 垢 に 染 ま ら ず

又 毘 盧 遮 那 の 法 界 体 性 の 上 に 五 眼 高 く 臨 み て 邪 正 謬 ま ら ざ る 徳 を 無 量 寿 仏 と 名 づ け る と

(15)

実範の阿 弥 陀観 さ れ る 。 即 ち 無 量 寿 仏

阿 弥 陀

と は 毘 盧 舎 那 如 来 の 功 徳 と さ れ る

阿 弥 陀

大 日

体 説 で あ る 。 但 し

覚 鑁 や 覚 鑁 の 最 初 の 真 言 密 教 修 学 の 師 で あ る 仁 和 寺 禅 定 院 定 尊

ヨ な ど は

こ れ を 金 剛 界 五 仏 の 五 智 に 当 て

大 日 如 來 の 妙 観 察 智 の 功 徳 と し て い る の で あ る が

こ の 理 解 は 実 範 に は 見 ら れ な い よ う で あ る

  次 に 〈 釈 名

で あ る が

こ こ に 上 げ ら れ る 得 自 性 清 浄 法 性

観 自 在 王

仁 勝 者 な ど の 名 前 は

覚 鑁 の 解 釈 に は 見 ら れ な い も の で あ る

覚 鑁 は 無 量 寿

無 量 光 な ど の 十 二 光 仏 名 を 中 心 に

そ の 漢 訳 語 の 意 味 か ら 連 想 さ れ る 解 釈 を 見 せ て お り

禅 定 院 定 尊 に も 同 様 な 解 釈 が 見 ら れ る 璽 。 実 範 の 場 合 は

無 量 寿 に 関 し て

方 便 無 尽 な る が 故 に

ま た 無 量 寿 と 名 つ く 。 謂 く

衆 生 界 無 尽 な る が 故 に

諸 仏 の 大 悲

方 便 も ま た 終 尽 す る こ と 無 し 。 即 ち 是 れ 法 身 常 恒 不 壊 の 徳 な り 。 」 と す る 。 即 ち 法 身

大 日 如 來

の 常 恒

永 遠 性 を 示 す も の で あ り

ま た 大 日 如 來 の 慈 悲

方 便 の 徳 性 を 象 徴 す る も の と し て 阿 弥 陀 如 来 を 捉 え て い る 上 い え よ う

こ れ は 覚 鑁 の 『 阿 弥 陀 秘 釈

に お け る 無 量 寿

無 量 光 の 解 釈 を 合 せ た も の に 近 い と い え よ う か 。   そ し て

化 相 V と し て 、 「 大 日 如 来 の

浄 妙 国 土 に 仏 身 を 現 じ て 無 量 寿 如 来 と 為 る

雑 染 世 界 に

因 形 に 住 し て 観 自 在 菩 薩 と 為 る 。 」 と し て 『 理 趣 釈 』 璽 に よ る 阿 弥 陀

観 音

体 説 の 上 に

そ の 本 体 を 大 日 如 來 と し て

阿 弥 陀

観 音 を 大 日 の

別 徳

と し て い る 。 こ の 後 に も 『 理 趣 釈

か ら の 引 用 が 見 ら れ る が

こ れ ら は

弘 法 大 師 空 海

七 七 四 〜 八 三 五

法 華 経 開 題 』

犂 に 見 ら れ る も の で

実 範 の 他 の 著 作 に 見 ら れ る 空 海 の 著 作 か ら の 引 用 な ど と 合 わ せ て

空 海 教 学 研 究 の 成 果 の 側 面 を 考 え る こ と が 出 来 よ う

  ま た 続 い て

観 自 在 菩 薩 を 中 心 に 観 想 す る こ と に つ い て

觀 自 在 菩 薩 は 穢 界 に 住 し て

我 等 が 為 め に 近 善 知 識 と 作 る が 故 に

穢 よ り 浄 に 向 い

因 よ り 果 に 至 る た め で あ る と す る 。 真 言 密 教 の 阿 弥 陀 法 次 第 で は 、 阿 弥 陀 如 来 と そ の 浄 土 で あ る 極 楽 を 観 想 す る 道 場 観

曼 荼 羅 観

こ の 觀 自 在 菩 薩 を 中 央 に

周 囲 の 八 葉 に 八 仏 を 観 想 す る 八 葉 観 ( 自 身 観 〉 と が 共 に 修 さ れ る が

定 尊 の 『 阿 弥 陀 略 道 場 観 私 釈 脚 は 道 場 観 に 関 す る 口 決

註 釈 で あ る の に 対 し

43

(16)

智 山学 報 第五十 輯 範 の

観 自 在 王 三 摩 地 』 は

自 身 観 に 関 す る 解 釈 で あ る 。 そ の 他 に も

道 場 観 に 関 し て は

諸 師 の 口 決 な ど が 知 ら れ る が

自 身 観 に 関 す る 解 釈 は 稀 で あ る

こ の こ と は

実 範 の 観 想 の 中 心 が

因 位 の 観 音 か ら 果 に 向 っ て い こ う と す る

修 禅 的 傾 向 が あ っ た こ と を 示 す も の で あ ろ う か 。

秘 鈔 問 答 』 に 引 用 さ れ る 「 弥 陀 次 第 」 や 「 中 川 次 第 」 と 称 さ れ る 阿 弥 陀 法 次 第 が 発 見 さ れ れ ば

自 身 観 だ け で は な く

道 場 観 の 内 容 に よ っ て

実 範 の 阿 弥 陀 如 来 に 対 す る 観 想 の 全 体 像 が 判 明 し て く る と 思 わ れ る が

現 在 は ま だ 確 認 さ れ な い よ う で あ る 。 或 は 次 に 検 討 す る 『 病 中 修 行 記

引 用 の 道 場 観 が 「 弥 陀 次 第 」 や 「 中 川 次 第 」 の 道 場 観 と 同 じ も の な の で あ ろ う か 。 ま た

理 趣 釈 』 の 引 用 の 多 い こ と も

実 範 の 阿 弥 陀 理 解 の 特 徴 の

つ と い え よ う 。 五 、 『

』 の

         

1、

『 往 生 要 集 』 の 依 用   次 に 『 病 中 修 行 記

巻 末 に       是 の 如 く の 行 儀 は

人 の 意 に 依 る 可 し 。 右 に 著 す 所 は

自 ら の 為 な り

尊 像 を 示 し て 、 瞻 敬

+ 禮

せ 令 む 。     綵 幡 等 を 執 ら 令 む る 事 は

是 れ 大 乗 経 の 説

祇 園 寺 の 伝 な り と 雖 ど も

行 用 は 時 に 随 ふ

必 ず し も 勧 む る こ と     を 得 ず

÷ 縁 V 殊 に 所 存 有 る 智 識 、 怪 し む こ と 莫 れ ま く の み 。

こ こ で

ー1  

で 示 し て い る の は

3

)     に 示 し た 高 山 寺 所 蔵 古 写 本 と の 校 異 で あ る 。 以 下

同 様

と あ る よ う に

実 範 が 撰 し た 臨 終 行 義 で あ り

入 滅 す る 十 年 前 の 長 承 三 年

= 二 四

の 作 で あ る

ま た 「 已 発 の 惑 業 を 除 く 可 き 事 」 の 本 文 が 覚 鑁 の 『

期 大 要 秘 密 集 』 「 五

懴 悔 業 障 用 心 門 」 に 引 用 さ れ る 外

其 の 項 目 の 上 に 影 響 を 与 え て い る こ と が 指 摘 さ れ て い る 。 と は 言 え

こ れ ら は 当 時 の 臨 終 行 義 全 般 に 共 通 し て い た 可 能 性 が 考 え ら れ 、

44

(17)

実範の阿弥陀観 遡 れ ば

恵 心 院 僧 都 源 信

九 四 二 〜

の 『 往 生 要 集 』

δ に 収 集

類 聚 さ れ た 聖 教 の 説 に 依 る も の と も い え る 。 尊 像 か ら 綵 幡 等 を 臨 終 者 の 手 に 執 ら せ る 祇 園 寺 の 伝 な ど も

『 往 生 要 集 』 に 拠 っ た も の で あ ろ う し

ま た 「 阿 弥 陀 の 四 種 曼 茶 羅 の 相 を 念 ず 可 き 事 」 な ど に

往 生 要 集 』 「 雑 略 観 」

8 に 拠 っ た 引 用 が 指 摘 さ れ て い る

  而 し こ こ で 注 意 し な け れ ば な ら な い の は

佐 藤 哲 英 博 士

大 谷 旭 雅 師 な ど 、 『 往 生 要 集 』 か ら の 引 用 を 源 信 の 浄 土 教 学 の 影 響 と 考 え

天 台 浄 土 教

顕 教 阿 弥 陀 浄 土 教 と し て の

そ れ も

摩 訶 止 観 』 的 浄 土 教 と し て 理 解 さ れ る 傾 向 が あ る

の 要 素 と す る こ と で あ る

而 し 已 に 叡 山 の 阿 弥 陀 浄 土 教 自 体 が

慈 眼 房 光 宗

= 七

撰 『 渓 嵐 拾 葉 集

3

に よ れ ば ( 1V 密 教 の 浄 土 教

2

諸 大 乗 経 の 浄 土 教

源 信 門 流 の 『 往 生 要 集 』 の 浄 土 教

3

『 摩 訶 止 観

の 浄 土 教

4

善 導 流 の 浄 土 教

法 然 房 源 空

= 二 三 〜

門 流 の 浄 土 教

と 区 別 さ れ て 認 識 さ れ て お り

決 し て 顕 教 阿 弥 陀 浄 土 教 の み で は な か っ た 。 ま た 法 然 房 源 空 の 専 修 念 仏 以 前 の 顕 教 阿 弥 陀 浄 土 教 で あ っ て も

源 信

諸 大 乗 経

流 と

摩 訶 止 観 』 流 と は 異 な る も の と し て 区 別 さ れ

混 同 さ れ て は い な か っ た 。   そ の 中 で

『 往 生 要 集 』 は あ く ま で 要 文 集 で あ り

聖 教 の 要 文 が テ ー マ に 添 っ て 集 め ら れ た も の と し て 利 用 さ れ て い た こ と が 考 え ら れ る

覚 鑁 の

期 大 要 秘 密 集 』 だ け で は な く

覚 鑁 の 瀉 瓶 の 弟 子 で あ る 浄 法 房 兼 海

= 〇 七 〜

五 五

阿 弥 陀 并 極 楽 証 文

久 安 六 年 高 野 御 室 御 逆 修 法 要 唱 導 文 』 ご 蓼 に お い て も

源 信 を 「 先 徳 」 と 称 し て 『 往 生 要 集 』 に お け る

潅 頂 経

の 引 用 を 指 摘 し て い る が

決 し て 顕 教 浄 土 教 の 影 響 を 受 け た も の で は な い

実 範 に お い て も

同 様 に

往 生 要 集 』 の 利 用 は 見 ら れ る と し て も

そ れ を 単 純 に 天 台 浄 土 教 の 影 響 と す る こ と に は 慎 重 で な け れ ば な ら な い

余 り に も 天 台 僧 明 賢 か ら の 受 法 を 強 調 し た

往 生 要 集 』 に 引 き つ け す ぎ た 解 釈 は

実 範 教 学 の 正 し い 理 解 に は 遠 い よ う に 思 わ れ る 。 あ く ま で 院 政 期 の 真 言 宗 僧 の 教 学 と し て 理 解 す べ き も の で あ ろ う

45

(18)

智 山 学 報 第五十輯          

2、

町 弥 陀 法 道 場 観 と 四 種 法 身 互 具  

病 中 修 行 記 』 を 見 る と

先 づ 「 阿 弥 陀 の 四 種 法 身 の 依 正 を 念 ず 可 き 事 」 で は

阿 弥 陀 法 の 道 場 観 の 観 想 を 前 提 と し た 記 述 が 認 め ら れ る 。 そ れ は       西 方 に 刹 土 有 り

名 づ け て 極 楽 と 日 ふ 。 五 大 の 所 造 に し て 七 宝 を 地 と 為 す 。 融 字 の 加 持 に 由 っ て

水 烏 樹 林

    皆 法 音 を 演 ぶ 。 如 来 の 信 解 願 力 の 所 生 に し て

荘 厳 無 量 な り 。 其 の 土 の 中 央 に 渡 融 字 有 り 。 此 の 二

脯 三

の     種 子

孔 雀 座 と 成 る

是 れ 能 坐 の 転 法 輪 王 の 大 法 輪 を 転 ず る こ と

善 く 時 宜 に 応 ず る こ と を 表 す 。 座 の 上 に 月     輪 有 り

輪 の 中 に 蓮 花 有 り 。 花 の 上 に 種 子 有 り

三 昧 耶 形 と 成 る

則 ち 本 尊 阿 弥 陀 仏 と 成 る 。 身 の 高 さ 六 十 万     億 那 由 他 恒 河 沙 由 旬 な り 。 八 万 四 千 の 相 有 り 。

の 相

11 二 字 虫 殞

に 各 々 八 万 四 千 の 随 好 有 り 。

の 好     に ま た 八 万 四 千 の 光 明 有 り 。 と い う も の で あ る 。 こ れ は 前 に も 触 れ た よ う に 阿 弥 陀 法 次 第 の 道 場 観 と 共 通 す る も の と 考 え ら れ る

  こ こ で は 初 め に

無 量 寿 儀 軌 』

に よ る 極 楽 の 情 景 を 示 す 「 水 鳥 樹 林

皆 法 音 を 演 ぶ

」 と い う 句 が 引 か れ る 。 こ の 文 は 『 観 無 量 寿 経 』 に ま で 遡 る も の で は あ る が

文 章 的 に は

無 量 寿 儀 軌 』 に

致 す る 。 そ の 他 の 阿 弥 陀 法 に お い て も

皆 刷 無 量 寿 軌 』 を 依 用 し て い る し

こ こ で も

字 の 加 持 に 由 っ て

と あ っ て

種 子 に よ っ て 観 想 す る こ と が 示 さ れ て い る 。 そ も そ も 『 無 量 寿 軌 』 自 体 が 「 無 量 の 荘 厳 は 経 の 所 説 の 如 し

と い う よ う に

観 無 量 寿 経 』 の 記 述 を 依 用 し て お り

顕 教 経 典 を 含 め た 仏 説 の

音 に 無 量 の 義 を 読 み 取 る 密 意 の 立 場 に お い て

真 言 密 教 に お け る 阿 弥 陀 や 極 楽 の 様 相 の 表 現 に 『 観 無 量 寿 経 』 を 依 用 す る こ と は 当 然 で あ り

こ れ を 短 絡 的 に 顕 教 化 し た も の と は い え な い

  次 い で 阿 弥 陀 如 来 の 座 と し て 孔 雀 座 が 示 さ れ る 。 孔 雀 座 を 説 く 点 で は

金 剛 界 系 の 阿 弥 陀 如 来 と 言 え る

西

日 本 密 教 の 阿 弥 陀 法 次 第 の 道 場 観 に つ い て は 以 前 に 整 理 を し た が

孔 雀 座 を 観 想 す る 道 場 観 で は

台 密 の 『 阿 娑 縛 抄 』

46

(19)

実範の阿 弥 陀観 以 外 に 極 楽

安 楽 世 界

の 観 想 は さ れ て い な い 。 そ の 点

実 範 の 観 想 は 極 め て 特 異 な も の と い う こ と が 出 来 よ う 。 ま た こ の 道 場 観 の 示 さ れ る 前 に 「 阿 弥 陀 は 是 れ 蓮 花 部 の 尊

方 便 具 足 の 仏 な り 。 是 の 故 に 仏 子

先 づ 応 に 帰 念 す べ し

」 と あ る よ う に

阿 弥 陀 如 来 は 蓮 華 部

即 ち 法 部 の 主 尊 で あ る が

法 部 は 説 法 を 司 る と こ ろ か ら

道 場 観 中 で も 転 法 輪 王 と さ れ て い る 。 そ の 転 法 輪 の 時 宜 に 適 う こ と を 孔 雀 が 表 す と い う に つ い て は

『 金 剛 頂 経 義 訣 』 に 阿 弥 陀 の 孔 雀 座 を 釈 し て 「 種 子 の 変 ず る 所 の 孔 雀 座 と は

其 の 諸 々 の 世 間 に 孔 雀 鳥 を 以 て 瑞 禽 と 為 す 。 此 の 禽 の 麗 状

種 種 の 色 を 具 せ り

明 慧 有 り て 善 く 時 宜 に 応 ず 。 転 法 輪 王

之 れ を 以 て 座 と 為 す 。 」

瀏 と あ る の に よ る も の で あ ろ う 。 ま た こ こ で の 阿 弥 陀 の 観 想 は 、 蓮 華 台 上 の 月 輪 中 に 種 三 尊

種 子 二 二 昧 耶 形

本 尊 形

を 観 ず る

般 的 な 形 式 に よ る も の で あ る

そ の 種 子 の 字 や 三 昧 耶 形 に つ い て は 具 体 的 に 述 べ ら れ て い な い が

大 谷 師 が こ れ を 『 往 生 要 集 』 に 拠 る と さ れ る の は 間 違 い で あ る 。   ま た こ の

段 の 初 め に は 「 西 方 に 刹 土 有 り

名 づ け て 極 楽 と 日 ふ

」 と あ る 。 佐 藤 博 士 は 本 書 に 西 方 往 生 が 願 わ れ て い る と し

顕 教 阿 弥 陀 浄 土 教 か ら 密 教 浄 土 教 へ 移 る 途 中 の 過 程 に 在 る も の と 解 さ れ て い る が

こ こ に 見 ら れ る

西 方 の 刹 土 」 の 語 を も っ て

西 方 の 報 土 で あ る 極 楽 へ の 顕 教 的 な 往 生 を 願 う も の と す る こ と は 全 く の 誤 り で あ る

阿 弥 陀 は 金 剛 界 曼 荼 羅 で も 胎 蔵 曼 荼 羅 で も

中 心 の 大 日 如 來 に 対 し て 西 方 に 位 置 す る 。 即 ち 阿 弥 陀 の 世 界 が 西 方 で あ る こ と は

決 し て 報 土 で あ る こ と を 意 味 し な い 。 既 に そ の 極 楽 に 位 す る 阿 弥 陀 如 来 が 蓮 華 部 の 尊 と い わ れ

ま た 孔 雀 座 に 坐 す 点 で

全 く 密 教 の 金 剛 界 曼 荼 羅 中 の 阿 弥 陀 如 来 で あ り 、 報 仏 で は な い 。 従 っ て そ の 土 を 報 土 と す る こ と も 誤 り と い わ ね ば な ら な い 。   ま た 極 楽 に つ い て 、 同 時 代 の 覚 鑁 は

期 大 要 秘 密 集 』 に 極 楽 は 密 厳 浄 土 の

別 徳 で あ り

十 方 に 遍 滿 し

娑 婆 と 異 な ら ず

娑 婆 即 極 楽 と し て 現 身 往 生 を 主 張 し て い る 璽 。 ま た 覚 鑁 に は

「 密 厳

華 蔵 」 に つ い て 密 厳 浄 土 を 金 剛 界 曼 荼 羅 に

華 蔵 世 界 を 胎 蔵 界 曼 荼 羅 に 配 当 し

、。

、 更 に

五 輪 九 字 秘 釈 』 で は 「 毘 盧

弥 陀 は 同 体 の 異 名

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