印
度
密
教
時
代
區
劃
の
研
究
河
口
慧
海
目 次 緒 言 本 研 究 の 材 料 、 本 研 究 の 目 的 、 西 藏 密 教 の 學 界 は 廣 大 な る 處 女 林 、 密 教 と 云 ふ 語 の 廣 義 的 解 釋 、 密 教 の 狹 義 的 解 釋 の 必 要 、 廣 狹 兩 義 な 備 ふ る 十 住 心 論 、 研 究 の 範 圍 、 總 論 密 教 の 説 主 と 説 時 と、 場 所 、 陳 腐 な ろ 大 乘 非 佛 説 及 密 教 非 佛 説 、 法 身 説 法 は 不 可 能 な る か 、 法 身 説 法 五 具 足 、 歴 史 的 現 象 と は 何 な 意 味 す る か 、 佛 心 ば 常 に 法 に 住 し れ 証 據 、 報 身 説 法 と は 何 を 意 味 す う か 、 報 身 説 法 六 方 式 の 状 態 、 密 教 發 逹 史 上 よ り 見 れる 法 報 二 身 の 説 法 、 應 身 佛 は 果 し て 密 教を 設 き た ろ か 、 金 剛 座 上 密 儀 の 應 身 佛 、 小 乘 部 中 に 存 在 す る 大 乘 経 、 時 代 區 劃 の 標 準 、 印 度 密 教 時 代 思 想 の 特 徴 、本
論
第
一
吠
陀
密
教
時
代
時 代 區 劃 の 困 難 、 吠 陀 密 教 時 代 の 小 分 、 マ バ ー 、 バ ハ ー ラ タ に 於 け る 密 咒 方 式 の 支 用 と 其 解 釋 、 マ ハ ー 、 バ ハ ー ラ タ に 於 け る 密 教 開 祖 濕 婆 と ウ ヤ ー 妃 、 左 道 密 教 の 起 原 , 吠 陀 密 教 發 生 の 年 代 、 吠 陀 及 曼 怛 羅 の 意 義 、 右 道 密 教 の 起 原 、 吠 陀 初 代 の 諸 神 、 吠 陀 時 代 の 護 摩 と 犠 牲 、 旦但 羅 の 意 義 、 吠 陀 曼 怛 羅 と 旦 怛 羅 曼 怛 羅 と の 相 違 、 濕 婆 の 住 處 及 説 法 、 旦 怛 羅 の 隱 密 傳 燈 状 態 、 □ 印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 七 五□ 密 教 研 究 七 六 第 二 佛 陀 密 教 佛 誕 生 入 滅 の 年 代 考 、 西 藏 傳 異 説 の 原 因 、 吾 人 の 依 ら ん と す ろ 佛 滅 年 代 、 佛 陀 密 教 と 命 名 す る 理 由 、 小 乘 隱 密 時 代 經 中 の 曼 拏 羅 供 養 、 小 乘 經 中 密 咒 を 自 他 利 益 の 爲 め に 用 ふ る 証 説 、 密 咒 非 佛 説 の 大 矛 盾 な 指 斥 す= 咒 術 は 佛 滅 後 の 竄 入 に 非 ざ る 史 証 、 佛 陀 ・密 教 は 婆 羅 門 密 教 と 其 源 な 異 に す 、 佛 説 密 教 の 所 化 の 種 類 、 夜 叉 羅 刹 の 文 明 、 佛 最 初 の 説 秘 密 經 處 、 世 尊 最 初 の 灌 頂 授 與 、 畢 舍 遮 等 鬼 類 の 化 度 、 密 教 非 佛 説 に 對 す ろ 四 藏 墨 者 の 反 駁 及 批 判 、 佛 諸 種 の 言 語 な 以 て 説 法 す 、 佛 諸 種 の 秘 密 經 祉 説 く 、 最 勝 應 身 毘 廬 遮 那 佛 の 説 法 、 正 統 密 教 と 不 正 統 密 教 と を 分 つ 一 の 標 準 、 金 剛 秘 密 乘 典 の 結 集 、 佛 滅 後 の 密 教 状 態 、 佛 化 身 の 三 大 菩 薩 と 密 教 傳 統 、 阿 輸 迦 王 時 代 の 吠 陀 系 左 道 密 教 、 佛 滅 後 作 密 修 密 が 秘 密 に て 盛 に 行 は る 、 大 乘 教 の 勃 興= 佛 滅 後 大 乘 最 初 の 首 唱 者 第 三 那 蘭 陀 寺 那 蘭 陀 寺 創 立 前 の 大 乘 教 勢 、 五 百 の 大 乘 學 主 と 那 蘭 陀 寺 創 立 、 瑜 伽 密 教 の 正 邪 兩 義 、 中 道 派 の 先 驅 金 剛 乘 の 密 教 時 代 開 基 薩 羅 詞 の 傳 , デ ル ク 版 藏 經 目 録 序 の 薩 羅 詞 傳 、 薩 羅 詞 尊 者 の 著 書 の 目 録 , 阿 羅 漢 難 陀 と 薩 羅 詞 の 傳 に 對 す る 疑 義 と 批 判 、 薩 羅 詞 の 著 者 に 就 い て 、 正 統 密 教 の 開 祖 龍 樹 菩 薩 略 傳= 龍 樹 の 無 量 壽 佛 眞 言 唱 誦 = 龍 樹 の 撃 第 一 法 皷 、 龍 樹 大 士 密 部 著 書 の 彙 類 = 同 西 藏 譯 密 部 著 書 と 漢 譯 と の 比 較 、 龍 樹 は 果 し て 左 密 道 ね 説 き た う か 、 左 道 密 教 は 龍 樹 の 説 か ざ り し 証 説 、 研 究 者 の 豫 期 、
緒
言
本
研
究
の
材
料
眞
言
密
教
の
歴
史
的
研
究
は
非
常
に
復
雑
に
し
て
誠
に
困
難
な
る
問
題
で
あ
る
、
特
に
印
度
密
教
の
發
達
に
就
て
は
支
那
及
び
我
國
に
於
て
は
其
歴
史
的
材
料
の
乏
し
い
丈
そ
れ
丈
困
難
を
増
す
譯
で
あ
る
、
彼
毘
玖
羅 摩 尸 羅 譯 勝 巖 寺 又 勝 性 寺 の 字 義 あ り ) 時 代 の 密 教 歴 史 に 至 て は 漢 譯 所 傳 を 材 料 と し て は 一 二 を 除 く の 外 何 も 誌 す こ と が な い 、 故 に 我 國 に 傳 ふ る 材 料 を 根 據 と し て は 印 度 密 教 の 歴 史 的 發 達 を 見 る こ と が 出 來 な い の で あ る 、 然 る に 西 藏 は 眞 言 密 教 專 門 の 道 場 と 稱 し て も 善 い 程 の 國 で あ つ て 密 教 に 關 す る 歴 史 的 材 料 も 澤 山 に 有 つ て 居 る 、 我 國 未 傳 の も の も 尠 少 で は な い 、 殊 に 毘 玖 羅 摩 尸 羅 時 代 の 歴 史 材 料 に 至 て は 其 饒 多 な る こ と は 世 界 を 擧 げ て 此 國 に 必 敵 す る も の が あ る ま い 、 先 づ 西 藏 獨 得 の 材 料 と 云 つ て 善 い の で あ る 、 勿 論 此 等 多 數 の 材 料 の 中 に は 密 教 的 氣 分 に 覆 は れ た る 神 話 も 少 々 で は な い け れ ど も 眞 實 の 歴 史 的 材 料 も 亦 甚 だ 多 い の で あ る 、 其 神 話 材 料 も 或 歴 史 家 の 如 く 一 概 に 棄 て た も の で は な い 、 元 來 密 教 は 神 秘 幽 遠 の も の で あ る か ら 其 等 の 神 話 を 通 じ て 密 教 の 歴 史 的 神 髓 に 觸 れ る 事 も 出 來 る の で あ る 、 故 に 西 藏 に 傳 ふ る 所 の 此 等 の 材 料 は 世 界 の 密 教 史 上 特 に は 印 度 密 教 史 上 に 於 て 貴 重 な る 材 料 と 云 は な け れ ば な ら ぬ 、 さ れ ば 吾 人 は 此 特 種 貴 重 の 材 料 を 主 と し 傍 ら 印 度 所 傳 及 漢 譯 所 傳 等 に 依 て 研 究 の 歩 を 進 め ん と す る 、 本 研 究 の 口 的 前 述 の 如 き 材 料 を 以 て 吾 人 が 研 究 せ ん と す る 目 的 は 眞 言 密 教 に 屬 す る 多 數 の 經 典 論 部 は 實 に 純 雜 正 邪 玉 石 混 淆 の 甚 し き も の で あ つ て 何 れ が 正 統 密 教 で あ る か 不 明 の 點 が 多 い か ら 歴 史 的 時 代 思 想 の 特 徴 を 研 究 し て 其 時 代 の 區 劃 を 明 か に し 特 種 思 想 發 生 の 由 來 を 明 か に し 純 正 傳 燈 と 側 □ 印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 七 七□ 密 教 研 究 七 八 面 傳 統 と を 區 分 し て 一 見 し て 玉 は 玉 、 石 は 石 と 知 り た い の で あ る 、 併 し 前 記 の 如 き 材 料 に 依 て 斯 か る 大 膽 な る 目 的 が 果 し て 成 し 得 ら るゝ や 否 や は 問 題 で あ る 。 西 蔵 密 教 の 學 界 は 廣 大 な る 處 女 林 未 だ 西 藏 密 教 の 學 界 は 廣 大 な る 處 女 林 で あ つ て 殆 ん ど 研 究 の 斧 が 端 入 つ て 居 ら ぬ 、 其 處 に 疑 問 の 雜 草 も あ れ ば 誤 解 の 葛 藤 も あ つ て 容 易 な ら ぬ 混 雜 が 横 は つ て 居 る 、 處 女 林 だ け に 新 しく 又 珍 ら し い 材 料 も 少 な く な い が さ て 此 等 を 甘 く 取 り 出 し て 研 究 家 屋 の 用 材 と す る こ と 臓 容 易 の 業 で な い 、 幾 分 か 歐 洲 の 西 藏 語 學 者 等 が 西 藏 佛 教 を 世 界 に 紹 介 し て 呉 れ た 事 は 實 に 感 謝 す べ き で あ る 、 併 し 其 研 究 が 甚だ 幼 稚 で あ る の と 多 く は 耶 蘇 教 宗 派 の 見 所 か ら 批 判 し て 傳 播 せ ら れ る の で 佛 教 自 身 の 見 地 か ら 見 て 正 鵠 を 失 し て 居 る こ と が 多 い の で あ る 、 況 し て 口 授 相 傳 秘 密 を 主 と す る 密 教 に 樹 し て は 正 當 な る 態 度 と 科 學 的 公 平 な る 精 神 を 以 て 其 研 究 を 發 表 し た 者 は 吾 人 の 寡 聞 な る 未 だ 聞 か ざ る 所 で あ る 、 吾 人 は 大 膽 に も 比 處 女 林 に 入 つ て 其 研 究 の 材 料 を 伐 採 し て 本 目 的 の 用 に 供 せ ん と す る の で あ る 、 適 處 に 適 材 を 得 る や 否 や 廣 漠 た る 處 女 林 中 獪 ほ 世 の 西 藏 學 者 及 び 後 生 の 開 拓 し て 適 處 に 適 材 を 發 見 す る 者 も 多 く あ る で あ ろ う 、 只 今 は 請 ふ 隗 よ り 始 め よ の 例 に 随 ひ 不 完 全 な が ら 先 づ 此 目 的 の 進 行 に 吾 人 が 最 善 を 盡 さ ん と 思 ふ 。 密 教 と 云 ふ 語 の 廣 義 的 解 釋 單 に 密 教 と 云 へ ば 梵 語 の で 神 秘 の 法 或 は 秘 密 の 教 と 云 ふ 義 を 表 は し て 居 る 、 此 義 を 廣 く 應 用 す る 時 は 佛 陀 の 密 教 は 勿 論 吠 陀 經 中 の 曼 怛 羅
や 碆 羅 門 の 旦 怛 羅 や 其 他 諸 宗 教 中 秘 密 に 傳 授 す る 程 の も の は 皆 此 密 教 と 云 ふ 語 中 に 包 含 せ ら れ る の で あ る 、 彼 六 祖 惠 能 が 惠 明 の 上 來 の 密 語 密 意 の 外 更 に 密 意 あ り や の 問 に 對 し て 汝 若 し 返 照 せ ば 密 は 汝 が 邊 に あ り と 答 へ た る 如 き 義 に 隨 ふ 時 は 各 人 皆 密 意 を 有 す る も の で あ る か ら 其 れ を 内 觀 返 照 せ し む る 教 は 又 密 教 と 云 は な け れ ば な ら ぬ 、 世 尊 も 又 諸 經 の 中 に 各 密 教 あ り と 説 い て 居 ら れ る 、 此 見 方 か ら 行 く と 顯 經 も 密 教 と な る 、 單 に 平 易 に 密 教 と 云 ふ 語 義 よ り 見 る 時 は 未 入 者 に 秘 し て 入 門 者 の み に 特 に 教 ゆ る 教 は 皆 密 教 と 云 ふ こ と が 出 來 る の で あ る 、 此 義 に 依 る 時 は 世 界 の 宗 教 は 大 抵 密 教 な ら ざ る も の は な い こ と と な る 、 是 れ も 一 義 あ る 解 釋 で あ る け れ ど も 是 れ の み で は 何 れ が 顯 教 に し て 何 れ が 密 教 で あ る か 又 何 れ か 佛 以 外 の 教 で あ る か 其 相 違 點 が 云 何 で あ る か .こ 云 ふ こ と も 區 別 の 着 か ぬ こ と ゝ な る 、 そ こ で 更 に 密 教 の 狹 義 的 解 釋 の 必 要 が 起 る の で あ る 、 狹 義 的 解 釋 と な れ ば 其 學 者 の 立 場 又 宗 派 の 相 違 等 に 依 て 其 實 質 を 異 に す る こ と は 云 ふ ま で も な い 、 印 度 の 婆 羅 門 密 教 徒 は 其 信 奉 す る 旦 怛 羅 を 以 て 唯 一 眞 實 の 密 教 と な し 西 藏 密 教 の 如 き は 吠 陀 に 依 ら ざ れ ば 眞 實 の 傳 統 な き 小 説 的 密 教 で あ る と 主 張 し て 居 る 、 彼 宗 の 仙 人 及 學 者 の 主 張 す る 所 に 依 れ ば 彼 等 の 信 ず る 旦 怛 羅 は カ リ ヨ ー ガ 即 ち 現 代 を 救 濟 す る 吠 陀 で あ る 、 第 五 の 吠 陀 で あ る 、濕 婆 大 神 が 現 代 人 の 實 地 必 要 に 應 じ て 幸 福 自 由 を 得 せ し め る 爲 め に 説 か れ た 吠 陀 で あ つ て 是 れ の み が 能 く 現 代 人 を 救 濟 し 得 る 眞 實 の 密 教 で あ る と 確 信 し て 居 る 、 是 の □ 印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 七 九
□ 密 教 研 究 八 〇 如 き 狹 義 の 信 仰 的 解 釋 に 依 れ ば 彼 等 の 尊 信 す る 旦 怛 羅 の み が 眞 實 の 密 教 に し て 他 は 皆 密 教 と 云 ふ 尊 き 名 を 潜 稱 し て 居 る こ と ゝ な る 譯 で あ る が 、 學 者 の 立 場 か ら 見 れ ば 餘 り に 宗 派 的 偏 見 で あ る と 云 は ね ば な ら ぬ 、 又 西 藏 密 教 學 者 等 の 宣 言 す る 所 に 依 れ ば 眞 實 の 密 教 は 唯 だ 西 藏 の み に 相 傳 し て 居 る の で 支 那 に 傳 へ た 密 教 は 低 級 な る 用 密 修 密 の 外 に 秘 訣 相 傳 が な い 、 又 印 度 は 無 上 瑜 伽 密 乘 の 發 生 地 で あ る け れ ど も 遠 き 昔 に 亡 滅 し て 居 る 、 果 乘 の 實 を 有 す る 無 上 瑜 伽 密 乘 即 ち 眞 實 に 密 教 と 稱 し 得 ら る 秘 訣 相 傳 は 此 西 藏 國 の み に 存 し て 居 る 、 其 れ は 佛 果 の 最 勝 樂 と 無 上 智 と を 因 位 の 行 者 に 受 け し め 此 生 に 即 身 佛 果 を 成 せ し む る が 故 に 果 乘 と 名 づ け ら れ る 、 斯 の 如 き は 普 通 佛 教 の 全く 不 可 能 な る 所 で あ つ て 西 藏 所 傳 の 眞 實 の 密 教 の み 是 れ を 能 く す る の で あ る 、 西 藏 に は 世 界 に 對 し て 他 に 文 明 の 誇 る べ き も の は 何 も な い が 此 眞 實 の 密 教 の み は 大 に 誇 る に 足 る も の で あ る と 意 張 つ て 居 る 、 由 來 西 藏 の 密 教 學 者 等 は 婆 羅 門 密 教 の 如 き は 其 眼 中 に な く 又 眞 實 の 密 教 は 彼 等 の 傳 ふ る 無 上 瑜 伽 密 乘 の み と し て 居 る 、 是 の 如 き は 又 宗 派 的 偏 見 た る こ と を 脱 れ な い 。 廣 狹 兩 義 を 備 ふる 十 住 心 論 我 國 の 眞 言 密 教 は 法 身 佛 内 證 の 境 界 で あ つ て 深 秘 深 遠 な れ ば 密 教 と 名 づ け ら れ る 、 又 未 灌 頂 の 人 に は 是 れ を 示 す こ と を 禁 ず る 法 で あ る か ら 密 教 と 云 ふ の で あ る 、 十 住 心 論 に 依 れ ば 一 の 異 生 羝 心 よ り 九 の 極 無 自 性 心 に 至 る ま で を 顯 教 の 攝 と し て 十 の 秘 密 荘 嚴 心 を 以 て 密 教 と す る 點 か ら 見 る と 眞 の 密 教 は 法 身 毘 盧 遮 那 佛 が 自 受 法 樂 の 故 に 自 脊 屬 と 共 に 各 三 密 門 を 説 か れ
た 秘 奧 の 實 説 の み を 密 教 と し 他 は 顯 教 の 攝 と し す 排 斥 す る か の 如 く に 見 へ る 、 併 し 是 れ は 一 應 の 見 方 で あ つ て 此 十 住 心 に 横 竪 の 二 通 り あ つ て 竪 の 見 方 ば 前 記 の 如 く 見 る の で あ る が 、 横 の 十 住 心 と は 一 の 十 住 心 に 又 十 住 心 を 具 し て 居 る か ら 秘 密 莊 嚴 心 に も 他 の 九 住 心 が あ る か ら 是 等 も 亦 秘 密 莊 嚴 心 の 莊 嚴 と な る 、 此 點 か ら 見 れ ば 顯 教 に 攝 せ ら れ る 總 べ て の 宗 教 も 又 密 教 と 云 ふ て 可 な り で あ る 、 さ れ ば 十 住 心 論 は 密 教 に 就 て は 廣 狹 の 二 義 を 備 へ て 居 ること で 是 れ は 誠 に 正 し い 見 方 で あ る と 思 ふ 。 研 究 の 範 圍 廣 義 の 密 教 を 對 象 と し て 研 究 す る 時 は 印 度 に 於 け る 總 べ て の 宗 教 の 發 達 に 渡 ら ね ば な ら ぬ こ と と な る 。 斯 か る 廣 大 な る 研 究 は 到 底 單 獨 に て は 不 可 能 で あ る 、 然 ら ば 狹 義 の 密 教 を 對 象 と す る か と 云 ふ に 是 れ は 亦 餘 り に 宗 派 的 精 神 に 局 限 せ ら れ て 印 度 に 於 け る 密 教 の 發 達 を 知 る こ と が 困 難 で あ る 今 用 ひ た る 印 度 に 於 け る 密 教 と 云 ふ 語 は 普 通 一 般 に 密 教 と し て 認 め ら れ た る 吠 陀 經 典 中 の 曼 怛 羅 、 婆 羅 門 の 旦 怛 羅 、 佛 陀 密 教 等 を 云 ふ の で あ つ てヴ イ シ ナ ヴ や 、 シ ク や 、 ア リ ヤ 、 ソ マ ー ジ 又 は プ ラ ソ マ ー ジ 等 は 含 ま な い の で あ る 、 さ れ ば 一 般 に 普 通 の 宗 教 よ り は 神 秘 的 行 作 を 主 と す る 宗 派 及 思 想 の 發 達 を 研 究 し た い の で あ る 、 併 し 是 れ を 十 分 に す る と 一 部 の 歴 史 を 書 か ね ば な ら ぬ こ と な る か ら 此 等 思 想 の 發 達 に 於 て 大 躰 に 時 代 を 區 劃 し て 其 特 異 な る 點 を 見 て 印 度 密 教 が 云 何 に 我 國 の 密 教 及 西 藏 の 密 教 に 關 係 を 及 ぼ し て 居 る か を 知 り た い の で あ る 、 そ う し て 猶 ほ 云 は ね ば な ら ぬこと は 始 め に 明 言 し た 如く 此 研 究 に 於 て は 西 藏 材 料 を 主 と し て 用 ふ る の で あ る か ら 自 然 に 吠 陀 の 曼 怛 羅 や 婆 □ 印 度 密 教 時 代 區 劃研 究 八 一
□ 蜜 教 研 究 八 二 羅 門 且 怛 羅 に 就 い て は 其 詳 細 を 究 は め る 乙 が 出 來 ぬ 、 乏 し い 印 度 の 歴 史 的 材 料 に 依 て 其 輪 廓 丈 を 誌 し て 本 研 究 の 主 要 な る 佛 陀 密 教 に 云 何 な る 關 係 を 有 し て 居 る か を 見 ん と す る 、 さ れ ば 本 研 究 の 範 圍 は 印 度 に 於 け る 佛 陀 密 教 の 發 達 の 大 要 を 究 め 其 時 代 の 區 劃 を 明 か に し て 傍 ら 他 の 印 度 密 教 と の 交 渉 を 見 ん と す る の で あ る 。 總 論 密 教 の 説 主 と 説 時 と 塊 所 誰 れ が 何 時 何 處 に 誰 の 爲 め に 何 の 因 縁 に 由 て 説 い た か を 説 明 す る 時 は 事 實 の 根 據 が 確 實 と な り 歴 史 的 に 證 明 せ ら る ゝこと が 多 い の で あ る 、 大 乘 非 佛 説 と 共 に 密 教 は 佛 教 に 非 ず と す る 學 説 の 多 い 世 の 中 に 果 し て 佛 説 で あ る と の 根 據 を 得 る で あ ろ う か 、 律 部 の 縁 起 制 禁 開 遷 等 は 佛 在 世の 當 時 佛 弟 子 等 が 實 生 活 の 必 要 よ り 起 つ た 物 語 り で あ る か ち 吾 人 は 是 等 を 歴 史 的 材 料 と し て 十 分 信 用 す る 乙 が 出 來 る の で あ る 、 密 教 も 亦 律 部 の 如 く 佛 弟 子 等 が 實 生 活 の 必 要 よ り 起 つ て 世 尊 が 特 に 其 れ が 爲 め に 説 か れ た と 云 ふ 根 據 を 得 る で あ ろ う か 、 是 れ 一 大 問 題 で あ る 。 陳 腐 な る 大 乘 非 佛 説 及 密 教 非 佛 説 大 乘 非 佛 説 及 密 教 非 佛 説 は 龍 樹 時 代 以 前 よ り 存 す る 陳 腐 な 説 で あ る け れ ど も 今 に 是 れ を 唱 導 す る 者 が 跡 を 絶 た な い の を 見 て も 相 當 に 根 據 あ る 説 で あ る 乙 が 知 れ る で あ ろ う 、 特 に 密 教 の 説 主 は 法 身 佛 で あ る と 云 ふ 説 に 對 し て は 歴 史 家 は 一 も 二 も な く 其 れ 鳳 理 想 否
空 想 の 談 で あ る と し て 少 し も 歴 史 上 眞 實 と せ な い の で あ る 、 斯 か る 説 を 主 張 す る 者 は 啻 だ に 歴 史 家 の み で は な い 、 西 藏 新 派 の 大 學 者 中 に も 法 身 不 説 法 を 主 張 す る 者 が 實 に 多 い の で あ つ て 但 舊 派 の 宗 義 を 濳 信 す る 新 派 の 喇 嘛 等 は 法 身 説 法 の 可 能 な る こ を 稱 へ て 居 る 、 そ こ で 歴 史 家 や 新 派 主 張 の 如 く 法 身 説 法 は 果 し て 不 可 能 で あ る か 云 何 が で あ る か 一 應 舊 派 の 所 説 を 研 究 し て 見 る 必 要 が あ る 、唯 だ 其 説 く 所 を 究 は め ず に 一 概 に 不 可 能 呼 ば は り を す る の は 眞 實 に 達 す る 所 以 で は な い 、 故 に 以 下 法 身 及 報 身 の 説 法 に 就 い て 舊 派 で は 云 何 に 説 明 し て 居 る か を 見 て 其 眞 相 を 究 は め た い と 思 ふ 。 法 身 説 法 は 不 可 能 な る か 舊 派 の 大 學 者 無 畏 恩 行 全 勝 著 の 通 別 宗 義 日 光 録 に は 秘 密 乘 の 三 身 轉 法 輸 に 就 て 以 下 の 如 く 誌 し て 居 る 應 身 の 相 を 以 て 説 か れ た る (作 密 修 密 ) の 如 き は 顯 教 最 後 の 説 法 即 ち 第 三 輪 に 撮 せ ら れ た る も の で あ つ て 、 報 身 の 相 を 以 て 説 か れ た る ( 瑜 伽 ) 如 き は 説 主 は 教 主 毘 廬 遮 那 佛 又 は 金 剛 持 如 來 に し て 其 説 く 所 は 大 乘 諭 伽 の み 、 聽 衆 は 初 地 以 上 の 菩 薩 多 く 、 時 は 常 時 莊 嚴 輪 で あ る 、 以 上 新 派 密 教 と 共 通 の も の で 以 下 其 共 通 な ら ざ る 一 切 顯 密 の 精 要 、 一 切 乘 の 最 項 、 光 輝 明 瞭 大 成 就 法 と 云 ふ は 前 期 舊 派 に は 著 明 な う も の で 説 主 は 法 身 普 賢 佛 で 説 か れ た 法 は 法 界 最 勝 乘 大 成 就 法 で あ る 、 是 れ は 五 の 完 全 を 具 へ て 説 か れ た も の で 説 處 完 全 は 法 性 義 の 阿 迦 尼 唏 、 教 主 完 全 は 法 身 普 賢 、 法 完 全 は 自 然 大 成 就 、 聽 衆 完 全 は 智 薩 捶 衆 、 説 時 完 全 は 不 可 思 議 時 で あ る 、日 光 録 十 二 丁 法 身 説 法 五 具 足 猶 ほ 法 身 説 法 五 具 足 に 就 て 詳 細 に 説 い た も の は 善 解 の □ 印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 八 三
□ 密 教 研 究 八 四 著 所 知 普 遍 に 出 て 居 る か ら 其 れ を 此 に 擧 げ る 、 始 め に 要 領 は 偈 文 で あ る 自 巳 照 現 完 全 清 淨 色 究 竟 の 法 界 に 於 て 、 法 身 普 賢 如 來 が 智 薩 捶 の 大 衆 海 に對 し 、 光 輝 明 照 無 集 行 の 深 奥 義 を 、 不 可 思 議 時 に 於 て 法 爾 に 示 現 な し 給 へ り 、 此 説 明 は 以 下 の 如 く で あ る 教 主 は 法 身 と 色 身 と の 二 つ を 具 へ て 居 る 、 其 第 一 は 實 相 本 來 清 淨 で あ る が 忽 然 と し て 自 己 が 照 現 す る 誤 認 の 基 礎 上 に 完 金 に 清 淨 な る 其 れ を 色 究 竟 と 云 ふ 名 で 呼 ぶ 、 其 れ は 法 界 の 精 要 、 菩 提 の 曼 荼 羅 、 自 己 の 照 現 で あ つ て 十 方 の 方 角 に屬 せ す 又 面 積 量 種 類 に 依 ら ざ る 處 に 於 て 、 教 主 は 自 然 生 智 の 實 相 、 法 性 に し て 所 作 所 觸の 境 よ り 超 絶 し た 一 切 諸 佛 の 祖 先 、 輸 廻 解 脱 一 切 の 總 瑞 光 た る 救 世 主 普 賢 佛 は 、 光 澤 巍 々 と し て 障 碍 な き 所 の 聽 衆 も 又 爲 め に 現 は れ た る 智 曼 茶 羅 に 對 し 、 一 切 の 輪 廻 解 脱 は 本 來 明 瞭 菩 提 の 實 相 に し て 忽 然 成 就 す る 明 光 た る 超 絶 無 集 行 の 奥 妙 深 義 を 、 生 滅 移 變 な き 所 の 不 可 思 議 な る 時 に 於 て 、 自 然 に 現 示 せ ら れ た も の で あ る 、 是 の 如 く 法 身 五 具 足 の 説 法 は 法 界 空 の 實 相 、 寳 瓶 童 子 の 御 身 に 具 足 す る 徳 の 部 分 に 名 づ け た ま でゞ あ つ て 相 と し て 取 る べ き も の は 何 も な い の で あ る第一、一三 丁 歴 史 的 現 象 と は 何 を 意 味 す る か 以 上 の 説 明 を 以 て 現 代 の 歴 史 家 及 び 現 象 を 固 執 す る 密 教 非 佛 説 論 者 を 滿 足 さ す る 乙 は 出 來 ぬ で あ ろ う 、 け れ ど も 何 程 現 象 を 固 執 す る 論 者 歴 史 家 で も 物 象 の み が 事 實 で あ つ て 心 象 は 事 實 で な い と 否 定 す る こ が 出 家 な い で あ ろ う 、 物 の 現 象 は 五 官 で 觀 察 す る が 心 の 現 象 は 是 れ を 觀 察 す る 人 の 直 覺 力 等 に 依 る の で あ つ て 、 是 れ を 直 覺 す る 力 の な い 人に は 他 の 心 の 現 象
は 何 も な いこと と な る の で あ る い 然 る に 以 上 擧 げ た 法 身 説 法 は 唯 佛 與 佛 の 内 心 の 現 象 て あ つ て 是 を 説 く 佛 は 勿 論 場 所 も 時 も 聽 衆 も 法 も 皆 法 身 其 れ で あ つ て 法 身 の 外 に 何 も な い の で あ る 、 吾 人 凡 夫 は 是 か る 佛 の 内 心 現 象 を 直 覺 す ること が 出 來 な い の で あ る か ら 法 身 説 法 は な か つ た と 云 ふ の は 當 り 前 の 事 で あ る 、 併 し 吾 人 に は 何 う し て も な い と 思 は れ る か ら と て 如 來 の 心 界 に 其 事 實 が な か っ た と 何 う し て 云 へ る 、 況 し て 應 身 説 法 が 事 實 と し て 承 認 出 來 る も の な ら 其 原 因 た る 如 來 心 裡 の 説 明 即 ち 法 身 説 法 の あ つ た 事 も 承 認 せ ね ば な ら ぬ 筈 で あ る 、 法 身 説 法 は 如 來 心 界 の 事 實 で あ る 、 是 れ を 直 覺 し 共 鳴 す る 人 々 に は 全 く の 事 實 た る 乙 を 自 證 す る の で あ る 、 然 ら ば 云 何 に し て 法 身 説 法 は 如 來 内 心 の 事 實 で あ つ た こ を 歴 史 的 に 證 明 出 來 る か 。 佛 心 は 常 に 法 に 住 し た 證 據 は 佛 遺 教 經 の 最 初 に ﹁ 汝 等 比 丘 我 滅 後 に 於 て 當 に 波 羅 提 木 又 を 尊 重 珍 敬 す べ し 、 闇 の 明 に 遇 へ る が 如 く 貧 人 の 寳 を 得 る が 如 し 、 當 に 知 る べ し 此 は 則 ち 是 れ 汝 等 が 大 師 な り 、 若 し 我 世 に 住 す と も 此 に 異 な ること な し ﹂ 縮 、 辰 十 、 一 一 三 丁 波 羅 提 木 叉 は 梵 語 で あ る 、 譯 し て 別 々 解 脱 と 云 ふ 是 等 を 別 言 す れ ば 戒 法 で あ る 、 此 法 は 佛 と 異 な る 所 な し と 佛 自 ら 終 に 臨 ん で 明 言 せ ら れ て 居 る 、 何 故 に 此 法 が 佛 自 ら と 異 な る 所 な い で あ ろ う か 其 れ は 衆 生 を 解 脱 せ し む る 法 は 佛 内 心 の 常 住 處 て あ る 、 佛 心 の 常 に 依 る 處 で あ る 即 ち 是 れ な く し て は 佛 は な い の で あ る 、 故 に 此 解 脱 法 は 佛 自 ら と 異 な る 所 な い と 仰 せ ら れ た の で あ る 、 此 法 は 佛 心 の □ 印 度 密 教 時 代 の 區 劃 研 究 八 五
□ 密 教 研 究 八 六 依 る 處 で あ る か ら 法 身 と 云 ふ 、 さ れ ぱ 應 身 の 佛 が あ る 以 上 は 其 れ が 肉 身 の 主 た る 心 の 依 處 即 ち 法 身 佛 も あ る 乙 を 我 世 に 住 す と も 此 に 異 な る 乙 な し と て 此 法 身 の 常 住 を 示 さ れ た も の で あ る 、 是 れ に 依 て 佛 法 身 の 存 在 及 び 其 思 惟 の 説 法 の あ つ た 事 も 明 白 で あ る が 其 れ を 歴 史 上 云 何 に 相 續 し た か は 本 論 に 於 て 説 明 す ること と し て 、 此 に は 如 來 は 聽 聞 傳 燈 より も 覺 解 傳 燈 を尊 重 せ ら れ たこと を一 言 す る に 止 め て 置 く 。 報 身説 法 と は 何 を 意 味 す る か 是 れ 又 所 知 普 遍 よ り 、 其 綱 領 と 説 明 と を 擧 ぐ れ ば 以 下 の 如 く で あ る 自 巳 照 現 の 色 究 竟 に 於 て 相 好 圓 滿 の 報 身 が 自 己 照 現 の 大 衆 に 對 し 四 時 平 等 に 於 て 大 成 就 法 を 言 語 の 自 相 よ り 超 絶 し た ろ 妙 語 を 以 て 相 續 不 斷 に 現 出 せ り 此 解 釋 は 以 下 の 如 く で あ る 色 身 の 最 初 な る 自 己 照 現 の 報 身 は 、 法 身 界 よ り 基 礎 照 現 の 大 智 照 部 に 於 て 自 然 に 生 す る 場 所 で あ る 色 究 竟 に 於 て 、 諸 族 の 總 主 た る 教 主 金 剛 持 佛 と し て 相 好 圓 滿 の 身 に 現 は れ た る を 以 て 、 五 族 の 總 躰 、 智 の 自 光 に 現 は れ て 居 る 一 と 異 の 妄 想 よ り 離 れ た 所 の 大 衆 に 對 し 、 四 時 平 等 に し て 移 變 を 離 れ た る 時 に 於 て 、 自 然 大 成 就 法 に し て 諸 教 の 精 要 、 完 全 の 奥 義 、 言 語 の 自 相 よ り 超 絶 し た 所 の 妙 語 を 以 て 三 世 に 相 續 し て 不 斷 に 説 法 せ ら れ て 居 る 、 け れ ど も 是 れ は 普 通 の 所 化 を 化 度 す る 爲 め に 現 は れ て 居 な い か ら 第 十 地 の 菩 薩 等 偽、 も 其 行 處 と は な ら ぬ の で あ る 。
報
身
説
法
六
方
式
の
状
態
以
上
は
報
身
最
初
の
状
態
で
あ
つ
て
次
に
菩
薩
等
に
説
法
す
る
次
第
は
以
下
に
擧
げ
る
大 悲 の 爲 め に 他 に 現 す ろ 彼 は 五 族 の 寳 閣 に 於 て 、 五 部 の 教 主 と し て 三 の 深 妙 灌 頂 等 を 施 し 、 深 妙 奥 義 を 言 語 と﹂ 説 明 の 六 方 式 に 依 り 、 方 便 乘 を 佛 子 菩 薩 等 に 示 し 給 ヘ リ 、 其 説 明 は 報 身 佛 最 初 の 状 態 よ り し て 所 化 の 者 等 に 對 し て 完 全 に 大 悲 心 を 生じ た 其 れ が 爲 め に 、 十 地 菩 薩 等 の 現 前 に 、 中 央 に は 色 究 竟 、 東 に は 明 瞭 歡 喜 、 南 に は 寳 荘 嚴 、 西 に は 極 樂 土 、 北 に は 業 最 勝 成 就 で 五 族 の 淨 土 光 莊 嚴 樓 閣 が 現 は れ た 其 等 の 中 に 五 族 の 教 主 と し て 五 部 の 如 來 最 勝 者 が 、 其 等 の 土 に 共 住 す る 大 衆 等 に 對 し て 深 妙 な る 三 灌 頂 を 授 け ら れ た の で 大 衆 等 は 佛 所 言 の 意 義 を 解 し て 自 利 丈 に は 成 佛 し た 、 其 れ か ら 利 他 の 爲 め に 奏願 し た の で 佛 は 大 悲 心 を 發 し て 、 奥 義 を 説 明 す る 言 語 と 説 法 の 六 方 式 即 ち 一 、 正 身 端 坐 、 二 、 眉 を 張 り 上 げ て 、 三 、 眼 は 半 閉 目 に 見 給 ひ 、 四 、 口 門 を 開 き 給 ひ 、 五 、 妙 歯 の 間 よ り 舌 を 伸 ば さ れ て 、 六 、 清 淨 音 を 以 て 説 か れ た の で 此 に 於 て 初 め て 内 道 即 ち 佛 教 中 に 灌 頂 方 便 乘 の 法 門 が 佛 子 菩 薩 等 に 所 有 せ ら れ る こ と と な つ た の で 是 れ 皆 報 身 佛 の 興 へ ら れ た 所 で あ る 。 セ ー チ ヤ 、 ク ン キ ヤ プ 、 第 一 、 一 一 四 丁 以 上 報 身 の 出 現 に 依 て 色 身 の 佛 あ り 菩 薩 の 弟 子 あ り 、 灌 頂 等 の 秘 密 乘 の 方 式 も 具 は つ た の で あ る 。 密 教 發 逹史 上 よ り 見 た る 法 報 二 身 の 説 法 併 し 其 説 處 は 五 佛 の 淨 土 で あ る か ら 普 通 の 歴 史 眼 よ り 見 れ ば一 種 の 神 話 と し か 見 へ ぬ で あ ろ う 、 斯 か る 淨 土 は 實 際 に 存 在 す る に し て も 是 れ を 感 見 し 得 る 菩 薩 や 觀 察 し 得 る 善 知 識 の 外 に は 事 實 と し て 肯 定 す るこ と は 出 來 ぬ の で あ る 、 是 れ を 事 實 と し て 承 認 す る 人 は 高 尚 な る 宗 教 眼 を 具 へ た 人 々 で あ る 、 普通 の 歴 史 家 や 密 教 非 佛 説 論 者 は 斯 か る 宗 教 眼 を 備 へ た 人 々 の 見 る 所 を 妄 信 と し て 笑 ふ で あ ろ う 、 其 れ は 丁 度 薩 羅 詞 大 行 者 の 言 に 深 奥 密 教 の 縁 起 を 聞 い □ 印 度 密 教 時 代 の 區 劃 研 究 八 七
□ 密 教 研 究 八 八 で 笑 ふ 者 は 恰 も 大 糞 中 の 蟆 蟲 が 其 臭 氣 を 愛 香 し て 栴 檀 の 美 香 を 歡 ぶ 人 々 を 笑 ふ に 齊 し と 説 か れた 如 く で 實 際 人 間 は 其 住 む 境 界 の 制 限 を 離 れ て 思 想 す ること は 殆 ん ど 不 可 能 のこと で あ る か ら 是 れ 又 巳 む を 得 な い こ で あ る 、 さ れ ば 普 通 の 歴 史 家 や 密 教 非 佛 説 論 者 な ど に は 法 身 説 法 及 報 身 説 法 のこと は 空 想 と し て 見 ね な い け れ ど も 宗 教 々 理 史 特 に 密 教 發 達 史 の 點 よ り 見 れ ば 如 來 心 界 發 展 の 事 實 と し て 承 認 せ ね ば な ら ぬこと は 以 上 の 説 明 に 依 て 明 白 で あ ろ う 。 應 身 佛 は 果 し て 密 教 を 説 き た る か 然 り 佛 が 廣 義 の 密 教 を 説 か れ たこと は 毫 も 疑 ふ の 餘 地 が な い 、 歴 史 的 事 實 と し て 學 者 間 に 認 定 せ ら れ た 小 乘 律 部 に 於 て 布 薩 健 度 の 儀 式 を 用 ふ る が 如 き 密 部 羯 磨 と 通 す る も の で あ つ て 假 り に 狹 義 の 密 部 を 全 く 説 か れ な か つ た と す る も 儀 軌 を 專 ら と す る 密 部 の 萌 芽 が 此 に あ つ たこと が 解 か る 、 そ う し て 佛 成 道 の 時 地 證 印 を 以 て 惡 魔 を 破 ら れ た る が 如 き は 密 印 が 佛 在 世 の 當 時 に 用 ひ ら れ た 芝 は 明 か で あ る 、 嘗 て 故 サ ラ ツ ト 、 チ ヤ ン ド ラ 、 ダ ー ス 氏 が 余 に 對 し て 密 教 專 用 の 金 剛 と 云 ふ 語 が 佛 在 世 の 當 時 に 用 ひ た 証 が あ る か 又 同 語 か 何 れ の 時 代 よ り 用 ひ 始 め し も の か 調 べ て 呉 れ と 云 は れ た 、 余 は 佛 成 道 の 時 金 剛 座 上 に 踏 跏 跌 坐 し て 降 魔 成 道 せ ら れ たこと を 説 い た 時 に 、 同 氏 は 其 れ は そ う だ が 其 金 剛 が 密 教 の 金 剛 と 同 じ 意 味 で あ ろ う か と 云 ふ て 居 ら れ た 。 金 剛 座 上 密 儀 の 應 身 佛 兎 に 角 菩 提 樹 下 金 剛 座上 踏 跏 跌 坐 し て 地 證 印 を 以 て 惡 魔 王 を 降 伏 し 成 道 せ ら れ 紀 佛 の 態 度 は 全 く 密 教 儀 規 の 行 作 其 儘 で あ る 、 是 れ を 密 教 の 側 よ り 見 れ ば 佛 は 密 儀 を 以 て 成 道
の 相 を 示 さ れ た と 見 る の が 至 當 の 見 解 で あ ろ う 、 成 道 後 四 十 五 年 の 間 に 於 て 佛 世 尊 が 廣 大 無 限 の 慈 悲 心 は 種 々 の 衆 生 に 對 し て 種 々 の 法 を 説 か れ た 王 は 勿 論 で あ る が 、 其 れ を 説 く に も 種 々 の 國 語 を 以 て 其 聽 衆 の 解 し 得 ら る ゝ 語 で 相 應 の 法 を 授 け ら れ た 芝 は 經 説 に 種 々 の 語 を 以 て 機 根 相 應 の 法 を 説 か れ たこと は 誌 さ れ て 居 る の で 解 か る 、 普 通 の 論 者 は 小 乘 は 佛 の 正 さ し く 説 い た も の で 大 乘 や 密 教 は 佛 の 説 い た も の に 非 ず と し て 居 る 、 併 し 其 小 乘 中 に 立 派 な 大 乘 義 秘 密 意 の 經 典 の あ るこ と を 知 ら な い の で あ る 。 小 乘 部 中 に 存 在 す る 大 乘 律 其 れ は 彼 佛 本 行 集 經 は 一 切 藏 經 中 に は 小 乘 部 に 屬 し て 居 る けれ ど も 其 實 意 義 に 至 て は 全 く 大 乘 的 で あ つ て 行 作 の 密 意 も 現 示 せ ら れ て 居 る 、 西 藏 の 大 學 者 ブ ー ト ン 、 チ ヨ ヱ ギ ヤ ル は 十 二 分 教 を 釋 し て 本 生 即 ち 佛 本 行 集 經 を 以 て 大 乘 律 部 と し て 居 る 、 是 れ は 眞 の 意 義 を 解 し た 至 當 の 分 類 で あ る 、 さ れ ば 普 通 に 吾 人 が 小 乘 と 思 ふ て 居 る も の よ 中 に 立 派 な る 大 乘 經 典 も 密 義 の 現 は れ た も の も あ る 、 そ れ で 普 通 論 者 は 大 乘 密 教 非 佛 説 を 生 張 す る で あ ろ う が 、 佛 一 生 八 十 年 の 行 相 は 總 べ て 大 慈 悲 心 の 所 現 で あ ること が 了 解 出 來 れ ば 其 行 相 其 も の が 大 乘 的 で あ り 深 密 的 で あ る か ら 應 身 佛 が 大 乘 や 密 教 を 説 い た 事 を 疑 ふ の 餘 地 が あ る ま い 、 但 し 此 事 を 西 藏 に 存 す る 歴 史 的 材 料 が 云 何 に 説 明 す る か は 本 論 に 於 て 述 ぶ る こと と す る 。 時 代 區 劃 の 標 準 宗 教 史 上 特 種 思 想 の 發 達 及 其 の 思 想 の 盛 に 行 は れ た る 時 代 を 見 る に は 其 特 種 思 想 □ 印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 八 九
□ 密 教 研 究 九 〇 の 各時 代 を 區 劃 し て 研 究 す る の が 一 番 便 利 で あ つ て 且 つ 合 理 的 で あ る と 思 ふ 、 そ う し て 其 區 劃 は 云 何 な る 標 準 に 依 て す る の が 事 實 に 近 い 區 分 を 得 る あ で ら う か 、 一 体 歴 史 上 思 想 は 連 續 し て 居 る も の で ゐ る か ら 明 確 に 區 劃 す る の は 無 理 か も 知 れ ぬ 、 併 し 或 時 代 に 於 て 從 來 盛 に 行 は れ た 主 な る 思 想 に 對 し て 根 本 的 に 反 對 の 地 位 に 立 て 一 新 思 想 を 確 立 し た 一 大 英 傑 或 は 聖 人 の 出 た 場 合 に は 其 至 聖 の 出 た 時 限 を 以 て 時 代 の 區 劃 を す る の は 當 を 得 た も の で あ る と 思 ふ 、 例 せ ば 釋 尊 が 印 度 全 般 を 風 靡 し て 居 て 動 か す こ の 出 來 な か つ た 婆 羅 門 吠 陀 經 典 の 權 威 を 全 く 無 視 し て 自 家 正 覺 の 教 法 を 世 に 宵 揚 せ ら れ た 事 は 確 か に 一 新 時 代 を 劃 し て 居 る が 如 く で あ る 猶 ほ 此 外 に 時 代 區 劃 の 標 準 と な る も の は 或 時 代 を 通 じ て 盛 に 行 は れ た 思 想 で あ る 、 其 れ は 別 に 或 一 人 が 一 新 時 限 を 劃 し た と 云 ふ が 如 き 著 明 な る こ と が な く し て 多 く の 學 者 思 想 家 等 が 略 ぼ 同 一 の 潮 流 に あ る 思 想 を 主 張 し て 其 れ を 傳 播 す る 間 を 一 時 代 の 區 分 と す る こ と が 出 來 る 、 尤 も 其 思 想 は 其 時 代 に 一 番 勢 力 の あ つ た も の を 云 ふ の で あ つ て 其 れ 以 外 の 主 張 が な か つ た の で は な い 、 併 し 共 等 の 小 生 張 は 其 時 代 を 代 表 す る 思 想 で な い か ら 取 る こ と が 出 來 な い 、 例 せ ば 那 藺 陀 寺 の 正 統 密 教 時 代 に 民 間 に は 不 正 密 教 の 思 想 も 隨 分 行 は れ て 居 た け れ ど も 是 れ は 其 時 代 を 代 表 す る こ と が 出 來 な い 樣 な も の で あ る 、 又 毘 玖 羅 摩 尸 羅 寺 の 不 正 密 教 時 代 に 於 て 那 蘭 陀 寺 に は 微 々 と し て 正 統 密 教 の 行 は れ た 事 は 認 め ら れ る け れ ど も 、 其 全 盛 思 想 即 ち 其 時 代 を 代 表 す る 思 想 は 不 正 密 教 で あ つ た 樣 な も の で あ る 、 以 上 述 べ た 所 に 依 て 二 の 標 準 が 引 出 さ れ る 。
一 、 宗 教史 時 代 區 劃 の 標 準 は 新 思 想宣 揚 の 聖 人 の出 た 時 を 以 て 新 時 代 を 區 劃 し 其 思 想 の 相 續 し て 盛 力 あ る 間 を 一 時 代 と す る 。 二 、 或 時 代 に 於 て 多 く の 人 が 共 通 し て 或 一 の 思 想 を 主 張 し て 其 思 想 が 最 も 勢 力 あ る 間 を 一 時 代 と す る 。 吾 人 は 此 二 つ の 標 凖 に 依 て 印 度 密 教 の 時 代 を 區 劃 し よ う と 思 ふ 。 印 度 密 教 時 代 思 想 の 特 徴 先 づ 印 度 密 教 の 歴 史 を 大 別 し て 以 下 の 如 く 五 時 代 と す る 。 一 、 吠 陀 密 教 時 代 吠 陀 現 出 時 代 よ り 佛 誕 生 に 至 る ま で 二 、 佛 陀 密 教 隱 密 時 代 佛 誕 生 より 佛 滅 後 約 四 百 五 十 年 薩 羅 詞 の 出 世 に 至 る ま で (凡う 五 百 三 十 年 間 ) 三 、 那 蘭 陀 寺 密 教 時 代 薩 羅 詞 よ り 玖 羅 摩 尸 羅 寺 創 立 (西 暦 紀 元 七 百 二 十 年 頃 ) ま で (凡 う 七 百 五 十 年 間 ) 四 、 毘玖 羅 摩 尸 羅 寺 密 教 時 代 毘 玖 羅 摩 尸 羅 寺 創 立 よ り 同 寺 滅 亡 (西 暦 一 千 二 百 二 年 ) ま で (凡 う 五 百 年 間 ) 五 、 婆 羅 門 密 教 時 代 毘 玖 羅 摩 尸 羅 寺 滅 亡 よ り 現 今 に 至 る ま で (凡 う 七 百 年 間 ) 第 一 吠 陀 密 教 時 代 は 吠 陀 の 曼 怛 羅 及 第 五 の 吠 陀 と 尊 稱 せ ら れ る 旦 怛 羅 の 思 想 が 專 ら 行 は れ た 時 代 で 犠 牲 や 誦 文 等 に 依 て 現 世 所 祷 が 最 も 盛 に 行 は れ た 時 代 で あ る 第 二 佛 陀 密 教 隠 密 時 代 は 西 藏 判 教 の 用 密 に 屬 す る 不 空 羂 索 經 や 修 密 に 屬 す る 大 毘 盧 遮 那 經 が 隱 密 に 行 れ た 時 代 で あ つ て 現 世 所 祷 と 即 身 成 佛 の 頓 方 便 が 最 も 隱 密 を 主 と し て 行 ふ た 時 代 で あ る 。 □ 印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 九 一
□
密
教
研
究
九
二
第
三
那
蘭
陀
寺
時
代
の
密
教
は
正
統
密
教
即
ち
作
密
修
密
の
密
教
が
世
に
顯
示
し
て
行
は
れ
た
時
代
で
あ
る
。
第
四
毘
玖
羅
摩
尸
羅
寺
密
教
時
代
は
無
上
瑜
伽
密
と
名
く
る
不
正
密
教
が
最
も
盛
に
行
は
れ
た
時
代
で
あ
る
。
第
五
婆
羅
門
密
教
時
代
は
吠
陀
及
旦
怛
羅
が
變
じ
て
左
道
右
道
の
婆
羅
門
密
教
と
な
り
佛
陀
密
教
の
影
響
を
受
け
た
も
の
が
行
は
れ
て
居
る
の
で
あ
る
。
本 論 第 一 吠 陀 密 教 時 代 時 代 區 劃 の 困 難 前 述 の 如 く 印 度 密 教 歴 史 を 大 別 し て 五 時 代 に 區 劃 し た の で あ る が 、 實 は 其 著 明 な る 點 を 捕 へ て 分 つ た ま で ゞ あ つ て 第 一 の 吠 陀 密 教 時 代 も 適 當 に 分 て ば 吠 陀 曼 怛 羅 時 代 、 旦 怛 羅 時 代 史 詩 時 代 、 吉 傳 時 代 と せ ね ば な ら ぬ の で 渉 る が 緒 言 に も 云 ふ た 如 く 本 研 究 は 佛 陀 密 教 の 時 代 區 劃 を 主 と し て 研 究 す る の で あ る か ら 婆 羅 門 密 教 に 關 し た 部 分 は 要 略 し て 唯 だ 吠 陀 密 教 時 代 と し た の で あ る 、 是 の 如 く 時 代 を 區 劃 す ること は 甚 だ 困 難 で あ つ た 、 そ れ は 廣 く 世 に 知 ら れ て 居 る こ で あ る が 古 來 印 度 人 に 歴 史 的 思 想 の な い 芝 で 或 は 其 思 想 を 蔑 視 し て 居 る と も 云 へ る 、 余 は 或 印 度 の 梵 語 學 者 に パ ニ ニ の 傳 記 に 就 い て 質 問 し た 時 に 彼 は 笑 ふ て パ ニ ニ の 傳 記 が 其 著 の 文 典 に 何 の 關 係 が あ る 、 只 君 は 其 實 た る 文 典 を 學 べ ば 其 れ で パ ニ ニ に 對 す る 所 要 は 濟 ん た も の で あ る 、 砂 糖 は 甘 ,い か ら 價 値 が あ るの で 其 生 産 地 や 何 時 誰 れ に 依 て 耕 作 し 製 造 せ ら れ た か と 尋 ね る 必 要 が な い 、 歐 米 人 や 君 等 は 歴 史 歴 史 と 妙 な 處 に 力 瘤 を 入 れ る 癖 が あ る と 云 ふ た 、 斯 の 如 ま 思 想 は 一 般 の 印 度 梵 學 者 を 代 表 し て 居 る と 云 ふ て も 宜 い 位 で あ る か ら 、 極 古 い 歴 史 を 有 て 居 る に 拘 は ら ず 、 其 歴 史 が 實 に 不 完 全 な も の で あ る 幸 に 歐 洲 の 諸 學 者 が 熱 心 に 研 究 し た の と 其 影 響 を 受 け た 印 度 の 學 者 等 が 研 究 し た の で 餘 程 明 か に な つ て 來 た の で あ る 、 併 し 密 教 に 就 い て は 一 部 分 に 就 い て 論 じ た 學 者 は あ る け れ ど も 其 全 部 の 發 達 の 云 何 を 研 究 し て 其 等 時 代 の 特 徴 を 區 分 し 其 發 達 を 説 い た 説 は 余 の 寡 聞 な る 未 だ 聞 か な い の で あ る 。 大 村 西 崖 氏 が 印 度 密 教 に 就 い て 著 述 せ ら れ た 筈 で あ る が 病 中 の 事 で 未 だ 其 書 を 見 る の 便 宜 を 得 な い 。 吠 陀 密 教 時 代 の 小 分 印 度 最 古 の 典 籍 と し て 吠 陀 を 擧 ぐ る こと は 誰 も 異 論 が あ る ま い 、 併 し 其 次 に 旦 怛 羅 時 代 を 擧 げ る 乙 は 多 く の 異 論 が あ る で あ ら う 、 ゴ ー ル ド 、 ス ツ ッ カ 氏 は 古 傳 に 旦 怛 羅 の 事 が 誌 さ れ て 居 る と 云 ふ 理 由 を 以 て タ ン ト ラ 時 代 を 古 傳 時 代 の 前 即 ち 史 詩 時 代 の 後 に 置 い て 居 る 、 さ れ ば 同 氏 の 説 に 隨 へ ば 吠 陀 、 史 詩 、 旦 怛 羅 、 古 傳 の 順 序 と な る 、 或 學 者 は 旦 怛 羅 時 代 を 古 傳 の 後 に 置 い て 居 る 、 併 し 其 理 由 を 誌 し て な い か ら 論 ず る 價 値 が な い 、 吾 入 は 前 記 の 如 く 旦 怛 羅 を 史 詩 の 前 に 置 い た の は マ ハ ー バ ハ ー ラ タ に 以 下 に 擧 ぐ る が 如 ー タ ン ト ラ の 事 を 多 く 誌 し て あ る か ら で あ る 。 マ ハ ー 、 バ ハ ー ラ タ に 於 け る 密 呪 方 式 の 支 用 と 其 解 釋 猶 ほ 驚 く べ き こ と は 同 書 の シ ヤ ン ヂ 、 パ ル ヅ の 二 百 八 十 四 章 の 第 七 十 四 の 偈 に 全 く旦 怛 羅 の 術 語 の 方 式 を 用 ひ て 居 る こ と で あ る 。 □ 印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 九 三
□ 密 教 研 究 九 四 こ れ は 神 呪 術 語 と 同 一 方 式 め 部 分 の み を 擧 げた の で あ る が 其 偈 の 全 文 と 解 釋 を示 せ ば 以 下 の 如 く で あ る 。 ガ ハ ンタハ 光 る 者 即 ち 圓 滿 グ ラ フ マ な る 濕 婆 、 アガハ ンタハ 無 光 者 即ち 其 光 が 有 生 の 爲 め に 覆 は れ た る 者 、ガハ ヂ ー 結 び 着 け る 所 の 士 即 ち 人 間 の 業 に 果 を 結 び 着 け る 者 、ガハ ン ヂ ー はガハ ン 刻 光 る 者 の 所 有 主 、チャ に 動 く 所 の 其 等 即 ち 動 不 動 な る 人 間 動 物 植 物 等 の 有 生 (生 命 ) チ エ リー 戯 る ゝ 者 即 ち 人 が 小 鳥 に 戯 る ゝ 如 く 濕 婆 は 吾 人 々 間 に 戯 れ る 。 ミ リ ー 結 着 け る 者 即 ち 濕 婆 は 総 べ で の 結 果 を 結 び 着 け る 者 、 此 語 を 重 ね て 用 ひ た の は 昔 を 強 め て 呼 ん だ の で あ る 、 ブ ラ ブ マ は 庵 、 カ ー イ カ マ ク ニ ー ナ ー ン は 火 神 の 妻 又 は 蘇 婆 詞 、 ダ ン ヂ ム ン ダ は 苦 行 者 大 苦 行 者 等 、 ヅ リ ダ ン ダ ヅ リ ク は 三 杖 を 持 つ も の で あ る 是 れ を ユ ー ラ 、 カ ン タ ハ に 以 下 の 如 く 説 示 し て ゐ る 、 ガ ハ ン ヂ は 庵 で ル ド ラ 即 ち 濕 婆 と 云 ふ 語 は 呼 び 掛 の 格 で 入 れ る 、 そ う す る と 全 文 の 意 は 、 オ ー 濕 婆 よ 、 有 生 よ 、 一 切 の 結 果 を 與 ふ る 者 よ 、 總 べ て の 榮 光 者 よ 、 一 切 の 有 生 に 戯 る ゝ 者 よ 、 オ ー ン 、 メ ワ ー ハ ー 、 ( 受 け よ ) 苦 行 者 と 在 家 の 者 等 を 、 と 云 ふ こ と に な る 。
マ ハー 、 バ ハ ー ラ タ に 於 け る 密 教 闌 祖 濕 婆 と ウ ー マ 妃 以 上 擧 げ た 文 は 啻 に 神 呪 の 術 語 に 合 し て 居 る ば か り で な く 又 碆 羅 門 密 教 の 教 主 た る 濕 婆 即 ち 大 自 在 天 に 對 し て 讃 歎 祈 願 し て 居 る こ と で あ る 、 是 れ 確 か に マ ハ ー バ ハ ー ラ タ 時 代 よ り 前 に 密 教 の 存 在 し て 居 た こ と を 證 據 立 て る も の で あ る 、 此 外 同 史 詩 の ア ヌ シ ヤ ー サ ナ の 十 四 章 第 三 百 七 十 九 偈 に は シ リ ー 、 ク リ シ ナ が ユ ヂ ヒ シ ユ ヂ , ラ に 告 げ た 言 に 余 は 八 日 間 を 一 瞬 時 の 如 く に 過 ご し て 婆 羅 門 ウ パ マ ン ニ ユ か ら 神 呪 を 領 受 し た 、 此 偈 に 續 い て シ リ ー 、 ク リ シ ナ は 其 呪 を 誦 し て 濕 婆 を 拜 す る 爲 め に 云 何 に 苦 行 し た 事 か ら 濕 婆 が 歡 喜 し て 其 妻 ウ マ ー と 共 に 彼 の 前 に 現 は れ た 事 、 次 で ク リ シ ナ が 其 呪 を 歌 ふ て 濕 婆 と ウ マ ー と を 非 常 に 滿 足 せ し め た の で 彼 等 か ら 視 福 等 を 得 た と あ る 、 此 外 シ ヤ ン チ 、 パ ル ヅ の 二 百 八 十 四 章 第 三 十 二 偈 及 五 十 四 偈 の 間 に ダ ク シ ヤ の 犠 牲 を 行 ふ 處 に ダ ク シ ヤ の 娘 即 ち 濕 婆 の 妻 サ ヂ ー の 死 が 誌 さ れ 命 に 却 て 彼 女 の 死 躰 か ら 犧 牲 を 滅 す 爲 め に 吉 祥 黒 女 神 が 現 は れ た 、 そ う し て ダ ク シ ヤ が 彼 神 呪 を 歌 ふ て 彼 女 神 を 歡 喜 せ し め た の で 彼 女 神 突 伽 は 大 神 濕 姿 と 共 に ダ ク シ ヤ の 前 に 現 は れ て 後 消 失 せ た 。 左 道 密 教 の 起 原 又 ア ヌ シ ヤ ー サ ナ 、 パ ル ヅ の 中 に ク リ シ ナ が 種 々 の 名 目 を 擧 げ て 居 る 中 に 以 下 の 如 き 名 目 が あ る 。 吠 陀 の 著 者 、 曼 怛 羅 の 著 者 、 □ 印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 九 五
□ 密 教 研 究 九 六 と あ る 、 此 に 曼 怛 羅 と あ る は 吠 陀 中 の 曼 怛 羅 で は な か ろ う 、 若 し 吠 陀 中 の 曼 怛 羅 な ら ば 吠 陀 と 擧 げ た 中 に 含 ん で 居 る の で あ る か ら 此 に 別 に 曼 怛 羅 と 擧 げ る 必 要 が な い 、 斯 く 吠 陀 と 並 べ 擧 げ た 所 以 は 別 種 で あ る 旦 怛 羅 で あ る こ と は 明 か で あ る 、 そ う し て ヅ ー マ 左 、 ダ ク シ ナ 右 は 旦 但 羅 に 於 け る 左 通 と 右 道 と を 意 味 し た も の で あ る と は 印 度 梵 學 者 マ ホ ー ダ ヤ の 説 で あ る 、 其 の 時 代 に 既 に 肉 欲 行 樂 を 修 道 の 要 素 と す る 左 道 密 教 が 存 し て 居 た か と 疑 ふ も の が あ る で あ ろ う が 、 マ ハ ー 、 バ ハ ー ラ タ 大 史 詩 の 英 雄 が 何 れ も 不 義 密 通 の 産 出 で あ り 、 ク リ シ ナ が 一 萬 六 千 の 牧 女 を 妻 妾 と し て 嬉 戯 に 耽 け り し が 如 き 社 會 の 隨 落 状 態 を 見 れ ば 何 事 も 宗 教 化 す る こ と を 歡 ぶ 印 度 人 が 左 道 密 教 を 創 始 し 實 行 す る に 至 つ た こ と は 自 然 に 成 行 け る 状 態 で あ つ た と 思 は れ る 、 又 カ ー リ ダ ー サ の 史 詩 ク マ ー ラ 、 ナ ン バ ヴ の 濕 婆 と 其 妻 パ ル ヴ ヂ ー と の 交 接 秘 密 最 勝 樂 に 於 け る 廣 大 壯 烈 な る 説 明 は 確 か に 左 道 密 教 の 思 想 表 現 で あ る 、 其 上 マ ハ ー バ ハ ー ラ タ 時 代 の 多 く の 人 々 が 旦 怛 羅 の 種 子 神 呪 を 知 つ て 居 た こ と は ア ヌ ノ ヤ ー サ ナ 、 パ ル ヴ の 中 に 四 口 の マ ハ ー リ ン ガ (大 男 女 根 に し て 濕 婆 の 神 躰 表 徴 ) チ ヤ ー ル リ ン ガ 圦 美 男 女 根 ) 、 ギ ー シ ヤ 種 子 即 ち 精 の 支 配 者 、 又 精 の 作 者 等 の 語 を 用 ひ て 居 る 、 猶 ほ 旦 怛 羅 經 典 に 肌 い て 精 確 な 記 事 が 同 大 史 詩 の シ ヤ ン ヂ パ ル ブ の 三 百 四 十 一 章 中 第 六 十 四 偈 よ り 六 十 八 偈 に 至 る ま の 間 に 出 て 居 る 、 其 要 は 以 下 の 如 く で あ る 。 オ ー 、 ラ ー ・ジャ ー 、 リ シ (即 ち 王 仙 人 ) よ サ ン キ ヤ 、 ヨ ー ガ 、 パ ン チ ヤ 、 ラ ー ヅ ラ 、 吠 陀 、 パ ーシュ 、 パ タ 等 の 典 籍 は 犠 牲 を
設 立 す る 爲 め に 知 る 。 此 中 の バ ン チ ヤ ラ ー ヅ ラ ー は 旦 怛 羅 で あ る と は 印 度 一 般 梵 語 學 者 の 読 で あ る 、 此 外 同 大 史 詩 中 に 旦 怛 罹 に 關 す る 記 事 は 一 ご 二 に 止 ゞ ま ら な い が 以 上 の 引 證 で 大 史 詩 時 代 に は 旦 怛 羅 が 存 し 左 道 密 教 の 存 し て 居 た こ と も 明 か で あ ろ う か ら 引 例 は 以 上 で 止 め る こ と に す る 、 先 づ 是 れ で 兎 に 角 吾 人 が 旦 怛 羅 時 代 を 以 て 史 詩 時 代 の 前 に 置 く 理 由 が 明 白 で あ ろ う 。 吠 陀 密 教 發 生 の 年 代 婆 羅 門 密 教 の 見 識 あ る 教 師 等 に 彼 等 が 奉 ず る 密 教 發 生 の 年 代 を 尋 ね る と 大 抵 一 言 の 下 に 答 へ ら れ る 、 曰 く 密 教 は 常 住 な り 發 生 な ど あ る こ と な し と 、 又 曰 く 吠 陀 は 梵 天 の 啓 示 し た も の で 密 教 は 大 自 在 天 の 啓 示 し た 吠 陀 で あ る 、 故 に 吾 人 は 是 れ を 呼 ん で 第 五 の 吠 陀 と 尊 稱 し て 居 る 、 吠 陀 は ク リ タ 刧 (黄 金 時 代 ) ヅ レ タ 劫 ( 三 徳 時 代 ) ヅ ワ ー バ ラ 劫 ( 二 徳 時 代 ) に 適 當 し た 經 典 で あ つ て 現 代 に は 行 は れ な い も の で あ る 、 そ こ で 大 自 在 天 は カ リ 劫 ( 鬪 爭 時 代 ) の 初 め に 於 て ヒ マ ー ラ ヤ 山 カ イ ラ ス 雪 峯 に 於 て 其 妻 パ ル バ ヂ ー の 間 に 對 し て カ リ 劫 の 人 間 に 最 も 適 當 し た 聖 典 即 ち 旦 怛 羅 を 説 か れ た も の で あ る と 、 此 説 ,に 依 る と カ リ 劫 の 初 め は 西 暦 紀 元 前 三 千 百 〇 一 年 で あ る か ら 本 年 よ り 五 千 〇 二 十 年 以 前 で あ る 、 マ ハ ー バ ハ ー ラ タ 大 史 詩 も 其 頃 に 出 豕 た も の と し て 居 る 、 そ う し て 梨 倶 吠 陀 の 如 き は ク リ タ 劫 即 ち 今 よ り 凡 そ 三 百 七 八 十 萬 年 以 前 か ら 行 は れ て 居 た と 云 ふ て 居 る 、 彼 等 は 斯 の 如 く 古 よ b 傳 ふ る 所 を 確 信 す る の み で あ つ て 其 れ に 對 す る 確 實 な る 粟 證 は 何 も な い 、 是 □ 印 度 密 教 時 代 區 劃 の 研 究 九 七
□密 教 研 究 九 八 れ 學 者 の 承 認 出 來 な い 所 で あ る 、 此 極 端 な 長 い 年 代 に 對 し て 他 の 一 方 極 端に 短 縮 し た 臧 歐 洲 學 者 の 説 に 依 れ ば 吠 陀は 西 暦 紀 元 前 八 百 年 よ り 全 二 百 年ま で の間 に マハー 、バハ ー ラ タ は 紀 元 後 八百 年 頃 に 出 來 た も の で あ る と し て 居 る 、 吠 陀 の 如 き 浩 瀚 な る 典籍 は 一時 代の 作 物 に 非 ず し て 長 き 時 代 に 渡 つ て の 産 物 で あ る と 云 ふ こ と は一 般 學者 の 主 張 す る 所 で あ る 、 併 し 不 完 全 な る 材 料に 依 て 年 代 を 確 定 し よ う と す る の は 無 思 慮 な 事 で あ る 、 唯だ 此 際 確 實 な る こ と は 佛 出 世 以 前 に 吠陀 の 教 權が 廣 く 確 立 せ ら れ て 犧 牲 の 殘 忍 な る 行 爲 が 痛 く 佛 の 大 慈 悲 心 を 病 ま し め たこと は 勿 論 誰も 疑 ふ 者 は ある ま い 。 猶 ほ も う 一 つ 明 か な こ と は 吠 陀 の 曼 怛 羅 が 前 で あ つ て 旦 怛 羅 の 曼 怛 羅 が 後 に 現 は れ た 事 で あ る 、 そ ふ し て 此 等 の 發 生 に 就 い て 佛 誕 生 前 何 年 と 云 ふ こ と を 定 め た い の で あ る が 實 際 今 の 研 究 程 度 と 材 科 で は 其 れ が 出 來 な い の で あ る こ と を 斷 つ て 置 く 、 只 漠 然 と 佛 誕 生 以 前 幾 百 年 か 幾 千 年 の 昔 よ り 佛 誕 生 前 ま で 吠 陀 は 全 勢 力 を 以 て 行 は れ 旦 怛 羅 は 隱 約 の 中 に 行 は れ て 居 た こ と は 前 記 の 文 献 に 徴 し て 確 か で あ る と 信 ず る 。 吠 陀 及 び 曼 怛 羅 の 意 義 吠 陀 は 根 語 知 る 、 と 云 ふ 語 か ら 出 家 て 知 る こ と 或 は 智 識 と 云 ふ こ と を 意 味 す る 、 是 れ は 只 だ 字 義 で あ つ て 此 語 は 印 度 教 徒 が 彼 等 の 信 ず る神 々 よ り 啓 宗 せ ら れ た 最 高 の 書 に 名 付 け た も の で 全 く 婆 羅 門 等 の 信 仰 の 基 礎 と な つ て 居 る も の で 古 代 の 梵 語 で 書 か れ て あ
る
、
元
來
此
吠
陀
に
三
部
あ
つ
て
梨
倶
吠
陀
耶
柔
吠
陀
沙
摩
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陀
で
後
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第
四
吠
陀と
して阿他
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吠
陀
を
入
れ
て合
せ
て
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吠
陀と稱
へ
て
居
る
け
れ
ど
も
初
め
の三
吠
柁の 如 く 三 聖 典と稱 賛 せ ら れ て 居 る も の 程に權 威 も な け れ ば 信用 も な い 、 此四 吠 陀 の 各 部 に 二 つ の 明確な る區分 が ある 、 一 は 曼怛 羅或 は サ ン ヒ タと稱 せら れ る も め で あ つ て 他 は ブ ラ ーフマ ナ で あ る 、 印 度 教 徒 の 確 信 す る處 に 依 ると 此等 の 吠 陀 は 皆 人 の 著 作 し た も の で は なく て 梵 天 の 啓 示 し た も の で あ る と し て 居 る 、 吠 陀 の 一 名 を﹁ 聽 か れた も の ﹂ と 云 ふ所 以 は 吠 陀 を 世 に 出 し た 仙 人 等 に 依 て 聽 か れ た も の で あ る か ら だ と 説 明 し て 居 る 、 又 吠 陀は 梵 天 と 同 じ く 常 住 不 滅 の も の で あ る と 主 張 す る 、 ﹁ 次 に 曼 怛 羅 は 考 へ る と 云 ふ 根 語 で 考 へ る こ と が 成 就 さ れ た も の と 云 ふ 字 義 で あ る 、 即 ち 讃 歎 或 は 祈 祷 と 云 ふ こ と を 意 味 す る 、 著 明 な る 吠 陀 の 注 釋 者 マ ー ダ ハ ザ 、 サ ー ヤ ナ の ミ マ ン サ に 關 す る 著述 等 に 於 て 以 下 の 如 く 曼怛 羅 を 定 義 し て 居 る 、 マ ン ヅ ラ は 時 と し て 第 一 人 稱 單一 母 者 を 以 て 神 を 呼 ぶ こ と が あ る 、 其 終 が 時 と し て 母 昔 で 以 て ﹁ 汝 が あ る ﹂ 或 は ﹁ 汝 に 一 と 云 ふ 言 語 を 以 て す る 、 其 れ は 祭 典 の 行 式 を 誌 し て あ る 、 又 讃 歎 、 所 願 、 命 令 、 回 想 、 哀 訴 、 尋 問 、 返 答 等 を 含 む 。 ゴ ー ル ド 、 ス ヅッ カ 、 パニニ 、 九 九 頁 右 道 密教 の 起 原 右道 密 教は 左 道 密 教 に 反 し て 肉 欲 を 制 止 し て 跡 に 合一 せ ん と す る 教 で あ る、 此 密 教 徒 は 同 じ 印 度 教 徒 で あ り な が ら 左道 密教 徒 を 悪 魔 の 如 く に 嫌 ふ て 居 る 、 併 し 左 道 の 徒は右道の 教 徒 を 日 し て 畜生 の 如 く 愚 眛 で あ る と 云 ふ て 居 る 、現 今 は 是 の 如 く 背 反 し て 居 る 教 であ る が其 翻 め の □印 度 密教 時 代區劃 の研 究 九 九□ 密 教 研 究 一 〇 〇 起 原 も 又 甚 だ 相 違 し て 居る 、 右道 密 教 は 前 記 の 吠 陀 の 曼怛 羅 に 依 て 居 る の で 云 は ぐ 吠 陀 の 密 教 即 ち 梵 天 の 密 教 で あ る と 云 へ る 、 此 教 は 現 今 甚 だ 勢 力 が 乏 し い 、 左 道 教 徒 の 云 ふ 所 に 依 る と 右 道 の 如 き 清 淨 な る こ と は 前 世 紀 及 前 々 世 紀 等 の 吠 陀 實 行時 代 に 行 は れ た 教 で 彼 時 代 の 天 人 的 身 躰 を 有 し て 居 る 者 に 適 當 な る 教 で あ つ て 現 今 の 如 き 鬪 爭 時 代 の 肉 慾 強 盛 な る 人 間 に は 不 可 能 の 教 で あ る 、 然 る に 強 い て 其 れ を 行 は ん と す る 彼 等 の 暗 愚 に は 友 ぶ べ か ら ざ る も の で あ る と 嘲 笑 し て 居 る 、 此 等 の 言 に 依 て も 右 道 密 教 は 吠 陀 時 代 の 産 物 で あ る こ と が 明 か で あ る 、 但 し 吠 陀 時 代 の 右 道 密 教 徒 は 吠 陀 の 一 部 な る ブ ラ ー フ マ ナ に 規 定 さ れ た 犧 牲 馬 羊 山 羊 等 を 殺 し て 盛 な る 儀 式 に 依 て神 に 供 へ た 者 で あ る . 然 る に 近 代 の 右 道 密 教 徒 は 是 れ を 蛇 蝎 の 如 く 嫌 ふ て 行 は な い の み な ら ず 他 の 殺 し た 肉 さ へ も 食 は な い の で あ る 、 又 酒 も 飮 ま な い 、 然 る に 吠 陀 時 代 の 密 教 徒 は ソ ー マ と 云 ふ 酒 の 如 き も の 即 ち 人 を 快 よ く 醉 は せ る も の も 飮 め ば 又 肉 も 食 ふ た 、 此 等 の 相 違 を 來 し た 所 以 は 近 代 の 婆 羅 門 密 教 徒 は 佛 陀 正 統 密 教 の 影 況 を 受 け た も の と 思 は れ る 。 歐 洲 及 印 度 の 學 者 中 に も 此 説 を 主 張 す る 者 が 澤 山 あ る 、上 遠 す る 所 に 依 て 大 路 右 道 密 教 の 起 原 が 明 か で あ ら う 。 吠 陀 釖 代 の諸神 吠 陀 中 最 古 の 梨 倶 吠 陀 は 多 く 祭 ら れ て 居 る神 は ア グニ (火神 ) 困 陀 羅 ( 兩神 帝 釋 天 王 ) スル ヤ (日神 ) が 主 で あ つ て 諸神 も 又 祭 ら れ て 居 る 、 吠 陀 の 初 代 に は 梵 天 は 祭 ら れ て 居 な い ﹁ル ツ ド ラ (古 傳 時 代 の濕 婆) は 吠 陀 時 代 に は 暴 風 爾の神 、マルト諸神 (風神 ) の 集合 名 詞 で あ つ
て 單 稱 と し て は 彼 等 諸 神 の 父 の 名 で あ る 。 ﹂ 吠 陀 の 後 代 に 至 て は 火 御 雨 神 日 神 の 三 神 を 初 め と し て 他 の 諸神 は 一神 梵 天 の 部 分 の 名 で あ る と 云 ふ 思 想 が 生 じ た 、 吠 陀 の 註 釋 家 と し て 最 も 古 い ヤ ー ス カ は 土 地 に 住 す る 火神 、 中 間 に 住 す る 因 陀 羅 、 天 に 住 す る 日神 は 各 々 種 々 の 名 で も つ て 呼 ば れ て 居 る 、 併 し 彼 等 諸 神 は 一 神 の 外 に な い の で あ つ て 唯 だ 種 々 の 名 で 呼 ば れ 或 は 讃 歎 せ ら れ て 居 る に 過 ぎ な い の で あ る 併 し 此 一神 思 想 は ベ ダ ン タ 學 派 や 思 慮 あ る 學 者 の 説 で あ つ て 一 般 の 實 状 に 於 て は 吠 陀 時 代 の 人 民 も 現 今 の 印 度 人 と 同 じ く 多 く の 別 々 な る 神 々 と し て 信 じ て 居 た の で あ る 、 そ れ で 雨 が な く て 困 れ ば 因 陀 羅 を 所 り 、 大 陽 の 恩 惠 の 甚 し い の と 其 熱 光 の 威 壓 に 於 け る 恐 し さ と に 對 し て 謝 恩 や 哀 憐 を 乞 ふ の 祈 祷 と な り 、 火 に 對 し て も 同 樣 に 其 勢 力 の 偉 大 な る こ と や 其 恩 惠 の 廣 大 な る こ と を 讃 歎 し て 其 れ に 祈 願 す る の で あ つ た 。 吠 陀 時 代 の 護 摩 と 犠 性 此 等 の 諸 神 に 祈 る 事 柄 は 前 記 の 外 、 財 産 、 食 物 、 壽 命 、 子 孫 、 家 畜 、 牝 牛 馬 、 防 敵 の 冥 護 、 勝 敵 、 時 と し て 敵 を 全 滅 す る こ と 等 を 求 め て 祈 る の で あ る 、 此 等 の 祈 祷 は 先 づ神 を 歡 喜 せ し む る 爲 め に 後 世 に 云 ふ 所 の 護 摩 を 焚 い て 供 養 す る 、 そ れ は 火 中 に 醍 醐 ( バ タ の 精 油 ) を 注 入 □ 印 度 密 教 時 代區 劃の研 究 一 〇 一
□ 密 教研 究 一 〇 二 し て 燃 や し 其 邊 り の 床 上 に 敷 き あ る 吉 祥 草 や 、 其 周 園 の 土 地 や 火 の 上 に ソ ー マ 植 物 を 壓 し て 出 せ る 汁 を 醗 酵 し た ソ ー マ 酒 を 撒 ず る 、 そ う し て 其 余 分 は 此 式 に 關 係 し た も の が 皆 飮 ん で 仕 舞 ふ 、 此 等 の 儀 式は 大 抵 一 室 の 中 で 行 は れ て 集 つ た 者 等 は 大 に 飮 ん で 歡 樂 を 盡 し た も の で 此 ソ ー マ 酒 は 普 通 の ア ル コー ル よ り は 能 く 醉 は し め た と 傳 へ ら れ る 、 そ う し て 彼 等 は 醉 ふ て 樂 し む 丈 で な く 神 々 も 亦 非 常 の 好 物 と し て 之 を 飮 ん で 共 に 樂 し む と し て 居 た 、 其 故 に 此 ソ ー マ の 護 摩 供 養 に は 神 秘 的 の 意 義 も 亦 具 は つ て 居 た の で あ る 、﹁ 諸 神 は ソ ー ヤ を 以 て 醉 は し め る 精 液 と 云 ひ 、 生 命 の 水 と 云 ひ 、 健 康 を 與 ふ る 不 死 不 死 の 靈 液 と 讃 じ 、 天 仁 ま で 準 備 せ し む る も の 、 諸 敵 を 滅 す も の な ど ゝ 賞 讃 し て 居 る 此 ソ ー マ に 二 の 種 類 が あ つ て 一 は 黄 金 色 で 一 は 緑 色 で あ る 其 中 黄 金 色 の も の は 大 抵 の 場 合 に 神 聖 と し て 用 ひ ら れ る 此 ソ ー マ 供 養 式 は 其 初 め は 甚 だ 單 純 な も の で 一 家 族 或 は 二 三 の 家 族 が 一 室 内 に 集 合 し て 行 ふ た 者 と 見 へ る 併 し 後 に 其 供 養 を 專 門 と す る 婆 羅 門 僧 の 出 來 た 時 か ら 段 々 復 雜 に な り て 遂 に は カ ル パ 、 ス ー ト ラ の 如 く 其 禮 式 に 用 ふ る 材 料 は 容 易 に 滿 た す こ と の 出 來 な い 程 複 雜 に な つた 、 犧 牲 の 如 き も 初 め は 誰 で も 行 ふ こ と が 出 來 た の で あ る が 遂 に 其 組 織 的 複 雜 に 且 廣 大 な る こと ゝ な つ て 專 門 の 僧 に 非 ざ れ ば 全 く 行 へ ぬ も の と な つ た 、 其 犧 牲 も一日 に し て 終 る も の も あ れ ば 五 六 日 に し て 終 る も の も あ る 、 十 六 人 の 婆 羅 門僧 に し て 一 年 有 餘 も 費 や す 大 儀 式 も あ る 、 又 犧 牲 に 用 ふ る 動 物 は 善 く 肥 へ た の
で な け ね ば な ら ぬ 、 犧 牲 を 供 す る 者 が 肥 へ て 犠 牲 の 動 物 が 脊 せ て 居 る 場 合 に は 動 物 は 彼 奉 供 者 に 比 較 し て 自 分 は 脊 せ て 居 る 彼 は 肥 へ て 居 る と 思 ふ 、 但 し 此 れ に 反 し て 奉 供 者 が 脊 せ て 居 て 犧 牲 の 動 物 が 肥 へ て 居 た 場 合 に は 奉 供 は 骨 に ま で 徹 し て 肥 へ る こ と ゝ な る と 或 印 度 人 は 云 ふ て 居 た 、 此 犧 牲 の 儀 式 は 後 世 の 左 道 密 教 の 食 肉 儀 式 の 遠 因 を な し ソ ー マ 供 養 は 同 密 教 の 飮 酒 儀 式 即 ち 酒 を 不 老 不 死 の 靈 藥 と し て 飮 む こ と の 遠 因 を な し て 居 る の で あ る 、 特 に 左 道 密 教 徒 に 於 て は 吠 陀 時 代 に 於 て さ へ 是 の 如 き こ と の あ つ た の は 彼 等 の 行 法 上 其 れ が 權 證 と し て 甚 だ 都 合 好 い こ と で あ る 。 旦怛 羅 の 意 義 旦 怛 羅 の 字 義 に は 織 機 、 經 糸 、 糸 、 子 孫 、 要 點 、 神 學 、 科 學 、 神 秘 的 儀 式 に 神 を 祭 る 法 或 は 是 れ に 依 て 超 人 的 神 通 力 の 成 就 等 凡 そ 三 十 ﹂ の 意 義 に 用 ふ る 、 是 に 旦 怛 羅 と 云 ふ は 濕 婆 に 依 て 啓 示 せ ら れ た 宗 教 的 典 籍 で 特 に カ リ 劫 に 必 要 な る こ と を 誌 し た も の で あ る 、 カ リ 刧 即 ち 現 代 の 人 間 に は 吠 陀 時 代 に 行 は れ た 苦 行 な ど は 全 く 行 へ な い の で あ る か ら 現 代 相 當 の パ ン チ ャ 、 タ ツ ト ワ 五 眞 魔 、 即 ち 肉 、 魚 肉 、 酒 、 食 物 、 女 色 、 を 用 ひ て 諸 願 成 就 特 に 解 脱 を 得 る 秘 法 を 示 さ れ た の が 旦 怛 羅 で あ る 。 吠 陀 曼怛 羅 と 旦 羅 曼怛 曼 羅 と の 相 違 第 一 の 相 違 は 教 主 の 異 な る こ と で 吠 陀 は 梵 天 で あ つ て 旦 怛 羅 は 濕 婆 で あ る 、 次 の 異 點 は 吠 陀 は 婆 羅 門 僧 の み が 其 れ を 行 ふ 特 權 を 有 す る も の で 首 陀 羅 ( 最 下 種 族 ) の 如 き は 其 曼 怛 羅 を 誦 す る聲 す ら 聞 く こ と が 許 さ れ な い若し 偶 然 聞 い た も の が あ れば 其 耳 を 斷 ち 若 □ 印 度 密教 時 代區 劃 の研 究 一 〇 三
□ 密 教研 究 一 〇 四 し 又 曼 怛 羅 を 稱 ふ る な ら ば 彼 の 舌 を 斷 つ と 云 ふ 嚴 酷 な る 制 限 が あ る 、 併 し 旦 怛 羅 に 至 て は 種 族 男 女 の 區 別 は な い 、 誰 れ で も 其 道 に 入 る こ と が 出 來 る 、 ヤ ブ ナ 即 ち 外 國 人 で も 同 一 に 教 徒 た る 權 利 を 受 け る、 是 れ 大 な る 異 點 で あ る 、 吠 陀 の 祭 神 の 方 法 行 事 等 は 總 べ て 婆 羅 門 男 子 の 行 ふ所 で あ つ て 女 子 は 許 さ れ な い 、 然 る に 旦 怛 羅 に 於 け る 主 要 な る 行 法 に は 女 子 が 居 ら な け れ ば 全 く 不 可 能 で あ る 、 故 に 旦 怛 羅 で は 最 下 族 の 婦 人 で も 是 れ を 女 神 と し て 非 常 に 尊 む 、 是 れ 第 三 の 異 點 で あ る 、 次 に 吠 陀 は 前 述 の 如 く 大 抵 現 世 祈 祷 で あ つ て 死 後 の 幸 福 の 爲 め と か 、 生 天 と か 、 又 は 解 脱 の 爲 め に 修 す る 行 法 は 誠 に 鮮 い 、 然 る に 旦 怛 羅 の 主 と す る 所 は 現 世 祈 祷 で な く し て 現 世 に 無 上 悦 樂 を 享 け る 解 脱 を 主 と す る の で あ る 、 勿 論 旦 怛 羅 と て も 現 世 祈 祷 を 隨 分 行 ふ が 其 れ が 主 要 で な い 、 是 れ 主 要 な る 目 的 の 異 點 で あ る 、 吠 陀 は 清 潔 な 物 を 擇 ん で 用 ふ る 例 せ ば 吉 祥 草 や ソ ー マ や 鮮 肉 等 を 犠 牲 の 時 に 使 用 す る 、 旦 怛 羅 に は 五 甘 露 と し て 血 、 鼻 液 、 汗 、 尿 、 精 液 を 用 ひ 、 行 法 の 場 所 に 墓 地 の 尸 躰 上 を 擇 ぶ が 如 き 汚 穢 を 尊 重 す る 、 是 れ 行 法 上 の 異 點 で あ る 、 猶 ほ 此 外 に も 些 末 な る 相 違 點 を 擧 ぐ れ ば 幾 等 も あ る け れ ど も 主 な る 異 點 は 前 記 の 五 點 で あ る 、 此 五 の 相 違 は 後 世 婆 羅 門 の 右 道 密 教 と 左 道 密 教 を の 相 違 と も 共 通 す る こ と を 附 言 し て お く 。 濕 婆 の 住 處 及び 説 法 大 自 在 天 濕 婆 の 天 國 は 雪 山 中 の 雪 峰 快 羅 佐 ( 娯 樂 の 座 ) の 項 上 で あ つ て 、 マ ハ ー 、 ニ ル ブ ー ナ 、 タ ン ト ラ (左 道 密 教 の 所 依 の 經 典 ) の 説 明 に 依 れ ば 此 山 の 項 上 は 諸 種