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(1)

黒部市の盆踊り

大布施盆踊り保存会

音頭取り 成川 正幸

(2)

自己紹介

• 成川 正幸(なりかわ ま

さゆき)

• S40.9.27生まれ 50歳

• 大布施盆踊り保存会 音

頭取り(H13年より)

• H12年に宇奈月温泉花火

大会前にイベントとして盆

踊りを行ったのが始めた

きっかけ。

• H27年は大布施地区と三

日市地区(三島神社)の2

か所で音頭を取る。

(3)

盆踊りの歴史

・江戸時代の初期あたりから全

国的習俗として定着してきたの

ではないかと言われている。

・黒部市周辺を任されていた加

賀藩では、浦山地区にある鶏野

神社に今でも伝わる相撲や盤

持ちを奨励する一方、慶安四年

(1651)に、盆踊りは風紀を乱す

として、「一村一郷に限る」という

布令を出し制限した。しかし、藩

令に反して益々栄え多様化した

と伝えられている。

(4)

誰がどういった経路で伝承されたか?

• 越後ごぜ、信州ごぜ が伝承したのでは?

• 以前に能登の方から前沢地区に「千秋楽」に

ついて問い合わせがあったそうである。能登

と黒部の両方が関わる伝承があったのでは

ないか?

• 今後も調査する。

(5)

黒部市周辺の盆踊り

黒部の盆踊りと言っても地区によって異なる。大正・昭和初期の

音頭に「段物」「川崎」「古代神」「蝶六」「松坂」「羽根曽」「追分」「おけ

さ」「花笠音頭」等があったと伝えられている。

• 内山・音沢・・・・しかた・やんさい

• 愛本新

(黒部川東)

・・入善口説・ざんざ

• 生地・・・・すっちょこ

• 黒部・・・・黒部口説・まっかいた

• 田家・東布施

(布施川沿い)

・・・・蝶六・羽根曽・川崎

• (東布施は布施谷節も伝わる。)

(6)

黒部市の盆踊り分布図

入善朝日

内山・音沢

黒部盆踊り

しばんば・

すっちょこ

布施谷節

蝶六・松坂など

(7)

各地の音頭取り

地区 実施の 有無 月日 場所 音頭取り 人数 音頭形態 備考 大布施 〇 8月14日 大布施公民館 5 黒部 三日市 〇 8月12日 三島神社 3 黒部 三島町内のみ。他は無くなった。 生地 〇 生地 石田 〇 岡公民館 0 黒部 岡町内のみ。他は無くなった。 村椿 × 0 黒部 現在無くなった。 田家 × 0 魚津 10年前まで光徳寺境内⇒田家小学校⇒親水の館 東布施 × 0 魚津 現在無くなった。 荻生 〇 8月15日 荻生の館 2 黒部 若栗 〇 8月14日 若栗公民館 黒部 浦山 〇 8月16日 浦山交流センター 黒部 寺⇒町流し⇒輪踊りに変更。 栃屋 〇 8月13日 法伝寺 黒部 下立 〇 8月15日 下立まちおこしセンター 黒部 内山 〇 8月14日 内山とちの里 2 入善(内山) 集客の為、おとなの踊りだった「やんさい」を子どもに。 また、子どもにはお菓子詰め合わせ。 愛本 〇 8月15日 愛本公民館 3 入善 10

(8)

地域によってなぜ違うのか?

• 村のつながりが関係するのではないか?

• 昔は、となり村に行って輪を壊したり、一緒に

踊ったりしていた。

(9)

天保10年十村組村名【1839年】新川郡(下新川)

• 【東加積組】 • 三ヶ、住吉、慶野、弥源寺新、川津、早月川原、川縁新、斉木、吉野、出、岩高、升田、早月上野、浅生、有山、 升方、川原波、蓬沢、大熊、鉢、下田、虎谷、松倉、古鹿熊、鹿熊、金山谷、観音堂、小菅沼、池谷、北山、坪野、 平沢、黒谷、山女、嶋尻、大谷、大菅沼、石垣、石垣新、印田新、三田、大海寺野、大海寺野新、刈安、大海寺新、 稗苗、室田、湯上、宮津、大海寺、住吉新、友道、魚津町田地方、魚津町、下村木、本新、釈迦堂新、北鬼江、北 中、青嶋、仏田又新(61か所) • 【上布施組】 • 吉嶋、上村木。相木、本江、六郎丸、袋、横枕、東城、貝田新、東山、青柳、西尾崎、江口、仏田、岡経田、浜経 田、平伝寺、持光寺、斉沢、木下新、東尾崎、天神野新、蛇田、小川寺、長引野新、長引野又新、布施爪、黒沢、 大沢、福平、池尻、田籾、笠破、内生谷、釈迦堂、阿弥陀堂、尾山、朴谷、中陣、山田、神谷、田家新(43か村)外 に浜経田 • 【下布施組】 • 三日市、山田新、吉城寺、前沢、天池新、中野道、牧野新、中野新、中野又新、石野、石田新町、犬山新、石田 新、石田川原新、石田新、西光寺新、正光寺、石田、旧中新、天神新、開発新、開発、堀切、立野新、番田新、立 野新、四ッ谷新、弐ッ屋新、生地新、吉田、平蓬場新(33か村)外に浜石田新、浜石田、生地、芦崎 • 【大布施組】 • 嘉例沢、下立、浦山、熊野新、栃屋、若栗、下垣内新、下山新、長屋新、箱根新、堂林新、清水新、内野新、沖新、 荻生新、荻生、大橋新、沓懸、四ツ塚、植木、木鎌新、植木又新、北新、堀切新、高橋新、石塚新、田家角内新、 比丘尼新、窪田新、大野新、中新、金屋新、北野新、北野又新、植木新、北野、古御堂、栃沢、飯沢、飛騨、本、 大角井新、大崎新、高畠新、蛇沢新、笹原新、下飯野、高瀬新、村椿、荒俣、古田新(52か村) • 【大三位組】 • 入膳、入膳新、君嶋、八幡、横山、椚山、青嶋、袖林新、新屋、浦山新、小摺戸、一宿新、若栗新、福嶋新、柴河 原新、福嶋、青木、上野、道市、吉原、古川、且川、木根、木根新、神子沢、五十里、下飯野新、東狐、道古新、 柴垣新、上飯野新、袖沢新、上飯野、臼森、臼森新、本村新、板屋、高堂新(38か村) • 【五ヵ庄組】 • 東草野、西草野、川任新、前又新、月山、月山新、平柳、二ッ、長野、古黒部、藤原新、春日、椚山新、田又、荒 又、小杉新、日吉新、窪田、舟川新、岡開新、大家庄、三枚橋、横水、横道、不動堂、杉森、藤塚、山王、殿、細 野、古畑、金山、高橋、下山新、下野、野新、下山、下林、中沢、島迷、二ッ屋、林尻、中、愛場、舟見野新、舟見 野、西中、桑畑新、下若林、中ノ口、内山(50か村)外に赤川村 • 【三位組】 • 泊町、沼保、荒川新、大屋、横尾、笹川、宮崎、境、大平、道下、南保、石谷、蛭谷、山崎、山崎新、中野、今江、 舟見、愛本新、明日、栗虫、音沢(22か村)

(10)

歌詞はいつ作られた?

• 「愛本ちまき由来」・・・愛本橋が鉄橋に変わっ

た事を唄っているので架け替えられた大正9

年4月以降だと思われる。

• 「愛本大蛇口説き」・・・明日ご開帳時に各地

の唄い手が集まって新曲を披露したとある。

その場で唄われたのか?

• 「段物」はごぜが伝えた?

(11)

唄い手の育成はどうしているのか?

• 各地区で育成を行っている。

• 宇奈月地区では、「黒部清流会」として練習会を開催し、

下立・浦山・栃屋・若栗地区で音頭を取っている。

• 大布施地区では、6月より隔週1回で練習会実施。

• 元々は、盆踊り組合があり、所属する音頭とりを各地に派

遣し、報酬を分配していた。

• そのため、新規に音頭取りを増やしていくと自分たちの分

け前が減ることから育成はしなかった。

• 最終的には、分配額で内輪もめが始まり、解散に至った。

• 解散後、各町内会が当時の役員たちを中心に唄い手を養

成した。

• その後も各自で養成に努めているがなかなか集まらない。

(12)

音頭取り名人碑

黒部市荻生地区にある

「観世音松乃戸」碑

黒部市前沢地区にある

「若田浅次郎」碑

(13)

全国の黒部盆踊り①

(14)
(15)

明治大正の歌詞本①

(16)

明治大正の歌詞本②

(17)

盆踊りの進行(流れ)

①前文句

(音頭とりの自己紹介的な前ふり)

②口説き節

③古代神

(変化を持たせる為に入れる。歌詞は、口説き節の文

句をそのまま唄う事もあるが、数え唄など違わせる事が多い)

④口説き節

(古代神から元に戻る)

⑤交代文句

⑥まっかいた

(盆踊りも佳境に入り、まっかいたで最高潮にな

る。 「ざんざ」とも言われている。)

⑦越中おわら節

⑧千秋楽

(昔は、この後「千秋楽」と言って音頭とりの唄を聴

かせるものもあったが、いつの頃からかなくなってしまった。

伝承

されていない。

「千秋楽」は、相撲甚句のような節回しである。)

(18)

口 説 き 節 に つ い て

• 口説くと言うと異性を口説く事を想像する方が多

いのではないでしょうか。実は語源がまったく別

もので、小歌(小唄)と並ぶ、盆踊り歌の代表的

なもの。

• 調子は77型(黒部で言う口説き節、古代神な

ど)と75型がある。

• 口説き節は、文句を同じ調子で、くどいほど続け

るところからそう呼ばれている。男女の世話物、

心中物、天災地変を語る事件物、宗教、縁起物

などがあり、歌舞伎の演題から取った物が多い。

(19)

まっかいた(ざんざ)

• 口説き」による平踊りが佳境に入った頃、音

頭とりは、「ざんざ」を唄う。踊りは最高潮にな

る。ピョンピョン飛び跳ねる踊りが特徴的で体

力もいる。

• この後、越中おわら節で締めくくる。(以前は

最後、千秋楽で締めくくっていた)

• ざんざの歌詞の特徴は、七五調といって七七

七五で一節。他の民謡の節を取り入れたりし

ている。

(20)

盆踊り 前文句(自己紹介)

盆踊り唄の始めに、音頭取りの挨拶に似た文句が唄われます。

(21)

口説き(愛本ちまき由来)

日本三橋のその名も高き 黒部愛本その跳ね橋も 時よ変わればくろがね橋と 今は変わったその愛本に 昔ながらの粽がござる さても不思議な粽の由来 申し上げるもはばかりながら それは見もせぬ昔の事よ ところ愛本その橋詰に 茶屋を渡世の平三郎夫婦 年も老いゆく二人の中に 一人娘にお光がござる お光年頃器量なら美人 諸国諸大名や旅人たちも 足をとどめて茶を召し上がる 近郷近在若い衆たちも お光お光と騒ぎもすれど お光いつかな顔さえ見せず ある夜戸締り戸口を見れば 縁に置かれし二升樽ひとつ 硬い口張りしめ縄はって 誰が置いたか置き忘れたか 三日経っても音沙汰無けりゃ お爺こっそり口取って見たら ぷんと匂うたが極上酒に 義理も我慢もあらかた飲んで あまりの旨さに妻子に分けた 内輪良い気でごろりと寝たが 宵の疲れに寝すぎた夫婦 慌てて戸開けりゃ早や日が高い 掃除するやら朝飯出来た お光どうしたまだ起きやらぬ お光お光と母ごが呼べど 何の返事もあら不思議やな そっと寝屋見りゃも抜けの殻に 夫婦二人は気も狂うばかり お光お光と近所はおろか 近郷近在毎日さがす 尋ね探せど影さえ見えぬ さてはあの酒悪魔の種か 誘う悪魔にかどわされて 娘今頃七裂き八裂き 可愛いや食われて骨もろ共に 夫婦泣き泣きその日を仮に 死んだ命日と余の目もあわず 来る回向と念仏ばかり 泣きの涙で年月送る 明日は娘の早三年と 宵のうちから燈明あげて さてもざんげに打ち行くほどに 開けて開けてと戸叩く者は 確かに覚えの娘の声じゃ もしや変化の者ではないか 見れば確かに娘の声じゃ もしや変化の者ではないか 見れば確かに娘のお光 懐かしいやら嬉しいやらで 抱き込むように戸開けて入れて 娘泣き泣き言う事聞けば わたしゃあの晩ある若者に 誘い連れられ縁づいたほどに 今は身重でもう産み月と どうぞ産ませて下さいませと それにつけても願いがござる 私ゃ母屋に入りたるなれど 可愛い娘の初産じゃもの これが見ないでおられよか そっと寝屋見りゃ大波小波 蛇の子産んでは泳がせまわる あっと叫んだ母御の声に 娘お光は部屋より出でて 見ない約束見られたからにゃ 何を隠そう三年前に 私嫁いだ愛本橋の 淵の主なる大蛇でござる さても正体見られたからにゃ 二度と再び会われもしない あわれ老いゆく父母様よ ここに持ってきた粽がこそは いくらたっても変わらぬ粽 せめてこの世の形見の粽 粽いだしてわたらせたなえ 委細教えてさらばと消える 橋は鉄橋と変わりはしたが 淵の面影昔のままに 茶屋の粽のその香りをも 今に伝わる愛本粽 絡む大蛇のこの物語 ほんに不思議なこの物語 伝え語るもやれ恐ろしや

(22)

口説き(愛本大蛇口説き)

姿

姿

(23)

古代神(入り事)

同じ音頭では踊り手も飽きるので、長い「口説き」の途中に、変化を持た

せる為、音頭取りは「古代神」を入れる。(入り事とも言う)

(24)

途 中 交 替 文 句

盆踊りの文句を、最初から最後まで一人で唄いきる事は滅多に無く、途中で

交替する。後を受けた音頭とりは、先の人の文句と違った文句を唄う。

(25)

黒部盆踊り考察

音頭取りの高齢化で10年後に存在するのか。

踊り手も同様に高齢化している。

以前は、青年団が中心に伝承していたが今

は無くなり、どちらも誰が伝承していくの

か?

大布施地区では、3年前より小学校で練習

会を実施。

浦山地区では、保育所で練習会を実施。

ほとんどの方は盆踊りに色んな種類がある

事を知らない。

テンポ 唄い手がよるが、荻生・三日市が

若干速い。

・囃子は基本、踊り手が囃すが、今では音

頭取りが囃す事が多い。

その為、唄い手は休む時間が無くなってい

る。

楽器なし。

若栗で提灯を持って踊っていた人がいた。

「千秋楽」の復活

音頭取りの交流(周辺自治体)

北海道にどのような音頭が伝承され

ているのか?

内山・音沢地区はどうして違うの

か?

大布施地区のみ「囃子」が違う個所

があるのはなぜ?

・将来やりたいこと

同じ歌詞で全国盆踊り大会を実施し

たい。

片づけなどを考慮して日程変更する

地区が出てきた。

新曲を作りたい。

昔は、夜遅くまでやっていたが、

「うるさい」などの苦情があり、ほ

とんどの地区は22時まで終了させて

いる。

(26)

黒部市の盆踊り

参照

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