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検査済証の有無が住宅市場に与える影響について
政策研究大学院大学 まちづくりプログラム MJU16718 四辻 香織
1 はじめに
建築基準法では、その実効性確保のため建築確 認検査制度等について規定しており、建築物の設 計段階で建築確認申請、完了時には完了検査の受 検を義務付けている。しかし、過去には完了検査 の受検率が低かったことから、完了検査に合格す ると交付される検査済証を取得していない建築物 が多く存在する。様々な社会的背景から中古不動 産流通市場の活性化が求められる中、国土交通省 では 2014 年に検査済証を取得していない建築物 についてもその活用を目指し、建築基準法適合状 況調査のためのガイドラインを策定した。
これらを踏まえ、本研究では、建築基準法にお ける確認検査制度が市場でどのように評価されて いるかについて、完了検査後に発行される検査済 証に着目して分析、考察を行い、今後の確認検査 制度のあり方と住宅市場の活性化に向けた政策に ついて提言することを目的とする。
2-1 建築基準法と政府介入の合理性について 建築基準法の規制内容は大きく分類すると、① 建築物の構造、防火、避難、衛生などを規定する いわゆる単体規定と②接道、用途、容積率、建蔽 率、高さなどを規定するいわゆる集団規定があ る。つまり、単体規定は主に安全に関する基準で あり、集団規定は主に周辺環境に関する基準であ るということができる。
建築基準法では以上のように性質の異なる規制 が建築に関する規制という点で一つにまとめられ ている。建築物の主たる特徴として、松本(2005) は①重要な品質または性能は目に見えないものが 多い、②様々な影響を内外に及ぼす、③環境およ
びライフラインの負荷となるという3点を挙げた 上で、建築規制に根拠があることを述べている。
①については主に単体規定、②、③については主 に集団規定によって規制されていると考えられ る。
また、八田(1997)は建築物が環境に及ぼす影響 に関しては建築主とその周囲に住む人の利害が対 立すること、単体規定については、安全基準を公 的に強制する根拠については、一般に施工者のみ が安全性が確保されているかの情報を持っている ために、買い手が自力で安全性を確保できないこ と等を挙げている。
これらからもわかるように、建築の安全性に関 しては情報の非対称性があり、建築物とそこでの 活動による周囲への影響には負の外部性が存在す る。そこに公的な関与の必要性、建築基準法によ る建築規制と建築基準法が遵守されているか否か について確認するための建築確認検査制度の根拠 があると考えられる。
2-2 建築確認検査制度と問題意識
建築基準法では第6条で建築物の建築等に関す る申請及び確認、第7条で建築物に関する完了検 査及び第7条の3で建築物に関する中間検査につ いて定め、これらと工事監理についての規定によ り設計段階から工事完了時までの建築物等の適法 性確認が行われる。これらが相互にうまく機能す ることによって違反建築物の発生が防がれるとい う体制になっている。つまり、この制度が確実に 運用されていれば、建築物の適法性、安全性等は 確保されるはずである。
一方で、検査済証がありさえすればその建築物
2 ***、**、*はそれぞれ有意水準 1%、5%、10%を示す。
は適法であり安全性の高い建築物といえるのかど うかという点に着目したときに、以下のような問 題点があると考えられる。①検査済証取得後に申 請をせずに増改築等を行ってしまっている建築物 が存在すると言われていること、②中間検査があ る場合を除き、工事完了後に現場検査で確認でき ることは目視できる範囲に限られていること、③ 特に木造2階建ての戸建住宅においては、その大 部分が特例として、建築士の責任の下に審査の簡 略化が行われているため、建築確認及び検査で確 認している部分は限定的であることなどである。
特定行政庁等による完了検査で確認できない部 分については、建築士等の資格者の工事監理によ り、その適法性・安全性は担保されるという制度 にはなっているが、施工者等に意図的な手抜き等 を行うインセンティブが働いているという点を考 慮すると、このような制度は確実に機能するとい いがたい。これらの問題点から、検査済証がある 場合にも、その建築物が本当に安全なのかどうか は不明であり、危険な建築物が存在する可能性も ある。つまり、検査済証が適法性や安全性を担保 しているとはいえない可能性があるということで ある。
このような問題意識から今回の分析では検査済 証に着目した。まず、建築基準法と建築確認検査 制度が市場でどのように評価されているのかにつ いて、検査済証の有無という観点から実証分析を 行っていく。さらにその結果に基づき、今後、よ り安全で快適な建築物や都市を増やしていくた め、さらに中古住宅流通市場を活性化していくた めに、建築基準法と建築確認検査制度はどのよう な役割を果たしていくべきかについて考察してい きたい。
3 検査済証の有無が住宅市場に与える影響に関 する実証分析
性質の違いから、3-1では建築基準法の単体 規定(情報の非対称性対策)が戸建住宅成約価格
に与える影響について、3-2では建築基準法の 集団規定(外部性対策)が周辺の地価に与える影 響について、それぞれ分析を行った。
3-1 建築基準法の単体規定(情報の非対称性 対策)が戸建住宅成約価格に与える影響について 単体規定はその多くが建築物とそれを利用する 人の安全性に関する規制であることから、それは 建築主の利益となるものと考えられる。そのた め、安全性を確保することは価格へと反映される はずである。
(1)仮説
検査済証を取得している住宅は安全性が担保さ れているとすると、住宅価格の上昇をもたらす。
しかし、その後の維持管理状態等が情報に反映さ れないため、中古住宅の取引については、その価 格上昇効果が減少していくのではないか。
(2)データ内容
計測データは東京都多摩地域7市(多摩市、稲 城市、狛江市、国立市、昭島市、東大和市、武蔵 村山市)における戸建住宅を対象とした。
(3)推計モデル式
戸建住宅成約価格を被説明変数として、検査済 証の取得の有無やその他住宅価格に影響を与える と考えられる要素を説明変数として推計モデル式 を設定した。
(4)分析結果
変数名 係数 標準誤差
検査済証有無ダミー -0.03889 ** 0.01673 検査済証有無ダミー×新築ダミー 0.04290 ** 0.01675 築年数 -0.01783 *** 0.00217 稲城市ダミー 0.14688 *** 0.02116
:(その他)
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公示地価(対数値)
= β0+β1(検査済証取得率)+β2(最寄り駅からの距離)
+β3(人口密度)+β4(道路幅員ダミー)
+ β5(京王線沿線ダミー)+β6(多摩市ダミー)
+β7(稲城市ダミー)
+β8 ~ β10(用途地域ダミー)
+β11(防火指定有無ダミー)
+β12 ~ β14(接道方位ダミー)
+β15(建蔽率)+β16(地積×容積率)
+β17(渋谷駅までの距離)+β18(間口長さ)+ε
(5)考察
新築住宅売買時では検査済証の有無によって価 格に影響がなかった。中古住宅売買時において は、検査済証を取得していない建築物は検査済証 を取得した建築物よりも価格が高い傾向があると いう仮説に反する結果がでた。これについては、
検査済証は完了検査時点での適法性の証明であ り、その後の履歴が不明であることから、新築時 と比較しその価格上昇効果が薄れていることと、
検査済証がないことにより、逆にその時点での適 法性の証明が必要とされる場合があることによる 影響が大きいのではないかと考えられる。検査済 証を取得していないことにより、金融機関からの 融資を受ける等のために売買時点での適法性証明 が成されたこと、つまり、情報が新しく更新され たことによる価値が価格に反映されたと考えるこ とが可能である。
3-2 建築基準法の集団規定(外部性対策)が 周辺の地価に与える影響について
集団規定はその多くが建築物及びそこでの活動 が周辺環境に及ぼす影響に関する規制であること から、建築基準法を遵守している建築物は違反建 築物と比較して、周辺に与える負の外部性が小さ いはずである。また、完了検査では目視可能な部 分について検査を行っていることから、意図的に 検査を受けていない場合には目視できる部分での 違反の可能性が高い、つまり集団規定に違反して いる可能性が高いと考えられる。以上から、検査 済証の有無を負の外部性の大小の代理変数とし て、検査済証の取得率が周辺地価へ与える影響に ついて分析を行った。
(1)仮説
検査済証を取得している建築物は取得していな い建築物に比べて、負の外部性が小さいため、検 査済証取得率が高い地域は検査済証取得率が低い 地域より地価が高くなる傾向がある。
(2)データ内容
計測データは東京都多摩地域3市(多摩市、稲 城市、狛江市)における 2014 年度の公示地価ポ イントからバッファ 100m以内における全建築物 について、検査済証の有無を調査することによ り、外部性対策の影響の分析を行った。
(3)推計モデル式
2014 年度の公示地価を被説明変数として、検 査済証の取得の有無やその他公示地価に影響を与 えると考えられる要素を説明変数として推計モデ ル式を設定した。
(4)分析結果
(5)考察
分析結果によると検査済証取得率が高い地域ほ ど地価が低い傾向があるという仮説とは異なる結 果が得られた。
これらは、元々地価が高いような地域は、容積 率を大きくすること等、建築基準法に違反するメ リットが大きい地域であるからという可能性が高
変数名 係数 標準誤差
検査済証取得率 -0.3244174 ** 0.1488433 最寄り駅からの距離 -0.1059851 *** 0.0186144
人口密度 0.1120958 *** 0.0313479
道路幅員ダミー -0.0322084 0.0505013 京王線沿線ダミー 0.1185178 *** 0.0399363 多摩市ダミー -0.7312124 *** 0.2150664 稲城市ダミー -0.4972281 *** 0.1390899
:
間口長さ 0.0473345 0.1063795
***、**、*はそれぞれ有意水準 1%、5%、10%を示す。
4 い。一方で、このような結果になっていること は、検査済証の有無が負の外部性の大小を表す代 理変数としてふさわしくなかった可能性も示唆し ている。つまり、単体規定に関する分析と同様、
情報の劣化により、外部性の大小を適切に反映で きていない可能性が考えられる。
3-3 考察のまとめ
3-1、3-2のどちらの考察においても共通 して言えることは、以下のような理由から情報の 質、その正確性や新しさという点において、検査 済証が建築基準法の建前である安全性と適法性を 表す適正なシグナルとして機能していない可能性 が高いということである。つまり、そもそも建築 物という商品の特性上、本当に基準に適合した品 質が備わっているかについて判断することは著し く困難であるが、制度上、検査済証はこの目に見 えない品質を保証するシグナルとしての機能を持 つはずである。しかし、建築確認検査制度で確認 できる部分には限界があることや情報が劣化して いくことによって、適正なシグナルとして市場で 評価されていない可能性が高いということであ る。これらを踏まえた上で、次に政策の方向性に ついて提案を行いたい。
4 分析結果等に基づく政策提言
(1)確認検査制度のあり方について
単体規定については確認検査制度には限界があ ることを明確にした上で、安全性を高め、それを 証明したい場合には、任意検査を行いその履歴を 残す制度にしていくべきである。また、単体規定 と集団規定の性質の違いから、官民の役割分担に ついて整理していく必要があると考える。
(2)検査済証にかわる証明書の発行について 法的な位置付けを持たせた再検査制度と検査済 証にかわる証明書の発行を時限的に認める制度を 提案する。増改築を伴わない場合においても、そ の適法性を目視できる範囲において再検査し、情
報更新と安全性、適法性確保の機会を提供した上 で流通を促進していくべきである。
(3)任意検査市場の充実
中古住宅市場の活性化、また新築市場において も買い手が住宅の質の判断に主体的に関わってい けるような検査制度整備が必要だと考える。
(4)建築物に関する情報開示
建築時、施工時、完了時、そして維持管理状態 までの情報の透明性、正確性を高め開示する体制 整備が必要だと考える。
(5)保険制度について
具体的な保険制度設計等については、今後の検 討課題として残るが、買主が安心して住宅購入、
特に中古住宅を購入できるよう保険制度設計を促 進していくべきだと考える。
5 今後の課題
本研究では建築基準法における確認検査制度に ついて検査済証の有無という点に着目して分析を 行った。現在ではその取得率は約9割に達してい る。しかし、検査済証を取得していることと実際 の建築物が安全であるということは同じではな く、建築物の性質上、その品質を事後に確認する ことは容易ではない。また、建築基準法に適合す るように設計し、その通りに施工しているつもり でも、施工技術の差などの問題も存在する。現在 の最低基準を定めている建築基準法の水準の妥当 性も含め、他の制度の効果等についても検証した 上で、確認検査制度のあり方について引続き検討 を行っていく必要がある。特に既存建築物におい ては、今後の検査技術の向上、検査項目の整備や 既存不適格の遡及適用なども重要な課題として残 されている。
最低基準に依存するのではなく、ある程度の裁 量と責任をもたせることで、よりよい建築や都市 が形作られるよう市場原理とまちづくりという双 方の観点から建築基準法のあり方について議論を 続けていくことが必要ではないだろうか。