近代的所有権の構成と形成
同日
1 1 1日本民法における所有権の法的畦格をめぐって
l i
はしがき││問題の提起
ii
一明治維新の土地改革と土地所有権の法的確認
二封建的土地所有権の展開(以上第一九巻三号)
三近代的所有権鮮明の一つの立場
四近代市民法における所有権概念の定式
五旧民法における所有権規定(以上第一九巻四号)
六旧民法の所有権規定の概念構成(以下本号)
七回民法の所有権規定をささえた社会的基盤
λ旧民法における土地所有住と土地利用維との関係
‑ 1
以下次号
1 1 近代的所有権の構成と形成甘
{ 呂
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'EE︐ ︐
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ノ
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澄
近代
的所
有権
の構
成と
形成
日
七
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̲ , ̲
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旧民法の所有権規定の概念構成
前項(五旧民法における所有権規定)ゼ明らかにしたように︑明治維新以後の土地立法の歴史的考察から︑
法 的 事
実として︑土地に対する用益を︑土地に対する所有に従属させていくという法的形態をとって︑土地に対する独占が
法的に承認されたこと︒従って︑そうした方向で士地に対する私的所有権が形成されたことが理解できそのため
明治維新以後の土地立法は︑かかる私的土地所有権が形成されたものとして︑法的意味をあたえなければならない︒
こうした視点にたって旧民法の所有権規定を考察する必要がある︒旧民法はその編纂過程がしめすように︑近代法的
法典としての法形式的特色をもっている︒それは旧民法がフランス氏法を基礎として編纂されたという訟的事実にお
いて
指摘
でき
る︒
ところが旧民法のもつ所有権規定の近代法的形式性は︑現実的には土地関係に対するかかる歴史的
な法的事実にもとづいて法認識されることになる︒従りて︑土地に対する私的所有権の形式的表現を前抗として︑
i円
民法の所有権規定がどのように法認識されたかを検討することが必要となる︒すでに明らかにしたことであるが︑
l日
民法財産編第三
O
条は︑所有権をつぎのようなものとして規定している︒すなわち︑第三十条所有権トハ自由ニ物ノ使用収益及ヒ処分ヲ為ス権利ヲ謂フ
此ノ権利ハ法律又ハ合意又ハ遺一一一一同ヲ以テスルニ非サレハ之ヲ制限スルコトヲ得ス
となしている︒この条文的表現をみると︑同民法の所有権規定ば︑いわゆる所有権の絶対性という近代市民法のもつ
基本的原理にたって︑構築されていたとする指摘がなされうる︒こうした理解は当然のことながら︑旧民法が法形式
的には︑近代的所有権を法的に確定していることを意味していると︑主張できるわけである︒
ところで︑ここでいう所有権の絶対性という法的表現は︑
いったいどういう意味をもつものとして理解さるべきも のだろうか︑このことを検討し正確に把握しておくととは︑共通の法的認識と共通の討論の場を提供するために不可
訣の要件をなすことになる︒従って︑この検討をなしておこう︒K・マルグスは﹁哲学の貧困﹂のなかで︑つぎのよ
うに述べている︒すなわち︑
﹃所有は︑それぞれの歴史的待代に︑それぞれ別様に︑しかも全然異なる一連の社会的諸関係のなかで︑発展してきた︒それゆえ︑ブルジョア的所有に定義をくだすことは︑ブルジョア的生産の社会的諸関係のすべてを説明することにほかならない︒
所有をば︑独立した││関係︑独自の││カテゴリー︑抽象的で永久的な││観念のように定義しようとするのは︑形市上学または法律学の
1 1幻想でしかありえない﹄(マルHエン全集大月書尼版四巻一七一ページi
一七
二ペ
ージ
)
となしている︒とこでは所有は相異なる歴史的形態をとっていることを理解し︑
この前提にたって近代的土地所有を
考察しなければならないことを明確にしている︒従ってとの近代的土地所有権は︑﹃資本によって生みだされた刺余価
値の一部分が土地所有者に帰属するかぎりでの土地所有だけ﹄(資本論第三巻第六編第一二七章青木文庫版八六五ページ)が
問題とされるととになる︒そして︑K・マルグスはさらにつぎのように記述している︒すなわち︑
な﹁五日々によって考察される土地所有形態は︑一?の独自的・歴史的な土地所有形態である︒すなわち︑封建的土地所有なり︑生
業比として営まれる主的農業ーとの場合には土地の占
r
直接的生産者のための生産諸条件の一つとして現象し︑彼の土地所有は彼の生産様式の最も有利な条件・繁栄の条件・として現象する
l !
なりが︑資本および資本制的生産様式の影響によって転
化された形態である︒資本制的生産様式一般が労働者の生産諸条件の収牽を前提とすれば︑農業における資本側的生産様式は農村
労働者の土地の収奪︑および︑農業利潤のために経営する資本家のもとへ農村労働者の従属を前世泊する﹄(資本論第三巻第六編第三
七 章 青 木 文 庫 収 入 六 五
i
八六六ページ) となしている︒近代的土地所有権はかかる意味での︑近代的土地所有形態の法的表現として理解されなければならな近代的所有権の情成と形成
伺
七
近代的所有権の構成と形成
時
七 しな曹、い、'J 0
0 従
も っ ち て
ん 代ろ 近
近 的
i
七 士的 地 所 所 有 有 権 権
? ま は
たんなる私的土地所有権とは法的範障を異にするものとして︑理解しなければなら
一つの佳史的な近代的所有・ぞの形態に照応するものである︒しかし近代的所有権
はあくまでも法的範轄としてのそれであるから︑経済的範障としての近代的所有関係にしめされた意思関係を表現し
ているものであるνこのことは経済的関係である近代的所有そのものを表現したものでないということである︒川島
武宣教授は﹃所有権法の理論﹄(岩波書日一九四九年一一月)のなかで︑近代的所有権法についてつぎのように述べら
れている︒すなわち︑
﹃所有権の私的性一誌が全社会的規模において確立されている資本制社会においては︑所有権は︑一切の人間関係から分離されたところの・単純に物質に対する権利となり︑同時にその反面に於て一切の人間関係は物財に対する所有関係から分離されたところ
の・したがってきた支配的・協同体的関係から解放された主体的人格問の・単純に人的な関係となる︒かように所有権の法と人間
関係の控とが分裂する﹄(同上四四ページ)
とされている︒ここでは近代的所有権はその法的構成において︑一切の人間関係から解放されて︑抽象的な人間関係
‑法人格者の相互関係にたちあらわれる所有関係でなければならないと指摘されている︒
で は 旧 民 法 の 所 有 権 規 定
は︑かかる法的意味と法的構成とを現実にもっていたのであろうか︒
一入
そこで各種必法律制度が調査・審議されるととになった七
O
年(明治三年)に太政官に制度取調局が開設され︑が︑その中心的課題の一つが民法典の編纂とい﹀っこ乏であった︒和田守菊次郎氏は︑との旧民法の編纂をつぎのよう
に要約されている︒すなわち
﹃我政府そ?ル明治初年ヨり法律ノ編纂一二右手シ一ニハ仏国法一一五キ其業ヲ遂ゲント欲シタり明治=一年太政官ニ制度取調局ヲほキ江
藤新平氏ヲ以一ア其長官ト為シ法律/編纂一一従事セシハ氏謂へラグ本邦従前ノ法律習慣ナルモノハ人智未開ノ世一一成リ或ハ事理一一地日
民ス御誓文ノ所詞隅習破ルヘキ者極メテ多シ維新ノ大業ヲ以テ政体ヲ一変シ制度交物大卒則ヲ西国ニ取ル此時一一当リ慣例独リ旧法
ヲ墨守スヘカラスト乃チ仏国法典ヲ取リ我国ニ行ヒ難キ条項ヲ除キ以テ我法典一一為サン事ヲ企図セリ︑是一一於テ箕作麟祥君⁝一命シ
仏国法典ヲ翻訳セシム君先ス民法ヲ訳ス稿ナルニ及ヒ会議ヲ制度局ニ一関キ逐条討論セシメタリ仏蘭西法典之ヨリ大一一我国ニ播レ
リ︑次テ仏人ブスケ氏ヲ鴨シテ編纂ノ業ヲ助ケシメタリ︑明治六年一一至リ今ノ文部大臣大木伯司法卿ト為リ江藤氏ノ美ヲ継キ孜戸
トシテ編纂ノ業ヲ督シ同十一年四月ニ至リテ其草案成ル︑未タ充分ナラス更‑一仏人ボアソナlド氏一一命シテ民法ヲ起草セシム明治
十三年四月新一一民法編纂局ヲ設ケ大木伯ヲ以テ総裁ト為シタリ︒爾来種々ノ否辛ヲ経テ十九年三月ニ歪リ民法中財産編及ヒ財産取
得編併セテ一ケ条成ル︑此ヲ政ぃ肘‑一上申ス︒二十年一一至リ山田伯編纂委員長ト為リ委員ノ数ヲ増シ且ツ其委員一一ハ本邦人ノミヲ以
テ之
一一
充テ
タリ
︑伯
自ラ
委員
ヲ統
督シ
常ニ
議長
ト為
リ夜
以テ
昼ニ
継キ
或ハ
旦ニ
達セ
ンコ
トア
リト
一一
一は
ブ
3二十一生財産編︑財産取得
編︑債権担保編証拠編及ヒ商法民事訴訟法ノ成案ヲ内閣一一口五ス乃チ之ヲ元老院‑一下スコ一五老続ハ委員ヲ設ケ反覆審議シ二十二年七
月二至テ議了ス遂一一二十一二年四月二十一日ヲ以テ天下ニ頒布セリっ﹄(英法学者日本国ヲ改造セントス法治協会雑誌五号一七ペ
ージ以下)
となしている
c
こうして旧民法は一八九
O
年(明治二一十年)法律第二八号・第九八号として制定された︒旧民法はその編纂事業の進 行過程でいろいろの問題を提起することになったが︑
られていらこうした旧民法の編纂における歴史的事実が明らかにしてくれるように︑
一貫してフランス民法を中心的素材となしている点で特質づけ
旧民法の所有権規定がフラン ス民法の所有権規定に従一ったものである乙とが指摘できるであろう︒いうまでもなくフランス民法の所有権規定はフ ランス革命を導くことになった自然法的な啓蒙思想にもとづいて組立てられている︒そこでは市民のもつ自由
h笠
原理
的なものとして組立て︑従って所有権の神聖が宣言されている︒フランス民法では︑フランス革命の進行過程で実現 した封建的土地所有の解体と︑それにかわる農民的土地所有という歴史的現実が︑法の上でも実現きせられていた
η
つぎのように規定している︒すなわち︒フランス民法第五四四条は︑
立代的所有権の構成と形成
伺
七
近代
的所
有権
の構
成と
形成
同
七 回
﹃所有権ハ法律及命令一一禁止スル用法ヲ為ササル限り最モ無制限ノ方法ニ依り(含
U 5 2
日b
RF 15 与 田
cz
mv
物ヲ使用︑収
益︑処分スル権利ナリ﹄
となしている︒このことによってこれまでの上級所有権・物上負担・経済的強制から土地の解放が達成されている︒
フランス民法の所有権規党はかかる歴史的な社会的事実を承認し︑土地に対する自由を法的に保障するためのもので
あっ削︒そして︑こうしだ所有権規定の概念柿成をロiマ法にもと三ついて構築しが︒従って所有権の自由な・無制限
の行使が法的に保護されているつ
さて
︑
ボアソナlドの起草した民法草案は︑所有権をつぎのように規定している︒すなわち︑
﹁一附有権トハ法律又ハ別段/契約ニテ定メタル条件‑一循ヒ一箇所ヲ最モ向由ナル方法一一使用シ収益シ及ヒ之ヲ処分スル権利ヲ謂
フ﹂
(ボ
アソ
ナ
Iド民法草案財産編第三一条)
となしている︒ボアソナ1ドは︑これはつぎのような理由にもとづくからだと説明している︒それによると︑
﹁本条ノ説明ヲ始ムル前ニ於テ先ツ所有権即チ﹁プロプリヱエテ﹂ノ意義ヲ解説ス可シ蓋シ﹁プ戸︒フル﹂ト一五ヘハ宜一物ハ他人ニ
同七サルノ意ヲ一不シ窮理学一一子或ル物体ニハ何々/﹁プリヱテl
﹂アリト云へハ其物体ハ一種田有ノ性質ヲ有スルノ怠ナリ所有権
ノコフロプリヱテl﹂トハ閉山一ユリ向日ノ論ニアラサレトモ其出所ハ一山ナカ一ア羅典語ノ﹁プロプリヱタ1ス﹂ヨリ移来セルモノナリ
英両ニテ之ヲ﹁︒ブロペルテ1﹂ト一五フモ北根元ハ同シグ羅典語ノ﹁︒フロブリヱタlス﹂ナリ︒仏語ノ﹁ドメlヌLナル詰モ亦所有 権ノ義ニシテ羅典一語/﹁ドミニヨ1ム﹂ヨリ出テ而テ﹁ドミニヲlムLハ領主ノ義ナリ往古ハ﹁︒フロプリヱテ1﹂﹁ドメ1
ヌ
﹂ 共
一一所有権ヲ指示スル為一一之ヲ用ヒタレトモ現今一一ノハ﹁ドメ!ヌ﹂ヲ用フル者ナシ其ノ説明ノ如キハ長期賃貸ノ条ニ至一ア詳ナル可シ
所有権ノ義解ハ載セラレ仏間民法節五百四十円条一一在リ草案一一記スル所ト大同小異ナレトモ少シグ精密ヲ絞モノアリ先ツ衣紋点ヲ
掲グレハ仏国民法ニハ収益権ト処分権ノミヲ示シ使用権ハ措テ之ヲ問ハサルモノノ如シ今荻一一書籍ヲ所持スル者アラシニ書籍ハ固
ヨリ利益ヲ生出スルモノニアラサルニ付キ其/所持人ハ之ヲ他一一賃貸スルニアラサルヨリハ其収益権ヲ有セスト鋭トモ之ヲ使用ス
ルノ権ヲ有スルヤ疑フニ足サルナリ故一一所有権一一ハ必ス使用権ヲ包含セサル可カラス我カ草案一一載スル所ノ義解ハ之ヲ羅馬法ヨリ
採レ
リ﹂
(ボ
アソ
ナ 1ド氏起稿民法草案財産編講義付司法省一八八︒年一二月) となしている︒このボアソナ
lド自身による記述によって︑
旧民法の所有権規定はフランス民法第五四四条にもとづ
き︑当然のことながらロl
マ法による法的概念によって構築され︑資本主義的生産関係の展開を法的に保障する法的
形式と法的理念とをもつでいた︒これだけではなくフラソス民法第亙四四条と︑旧民法財産編第二一
O
条との条文的対
比をなせば︑その法的表規においてこのことを指摘できる︒かかるフランス民法の規定した近代的所有権は︑いうま
でもなく資本主義的生産にとって
これまで主要な生産手段をなしてきた土地に対する所有の自由が︑必要な経過点 として理解され︑従って近代的土地所有権の確立という点で︑近代的所有権としての法的概念が一貫している
Q ζ
の
点について︑K・マルグスは﹃資本論﹄(第三巻第六編第四七きのなかで︑つぎのように指摘している︒すなわち︑
﹃白営農民の自由な所有は︑ぁさらかに︑小経営のためのーーすなわち︑そこでは土地の占有が自分自身の労働の一生産物にたい
ウシテルザヲセする労働者の所有のための︑条件であるような︑そして︑そこでは白由な所有者であろうと小作人であろうと︑農耕民がつねに自
分の生活維持手段を自分自身で・独立に︒伺則的労働者として・自分の家放とともに生産せねばならぬような︑そうした生産様式
のための││土地所有の最も疋常的な形態である︒土地の所有がこの莞呂採式の完全な発展のために必要なのは︑用具の一向有が手丁↑業的経営の自由な発展のために必要なのと同様である︒土地問有はこの場合には︑人格的自立性の発展のための基礎をなす︒ぞ
れは農業そのものの発展のだめには必要な一通過点である︒﹄(向上青木文庫版一一ニ一一一一一六ページ)
となしている︒近代的所有桂は資本主義的生産関係が現実に社会的規模で展開していることを前提として構築される
こと
にな
る︒
これまでの生産関係にあらわれた変化という現実のもとに︑
それに適合した所有関係は法制度として確
立さ
れる
︒
K・マルグスはこのことをつぎのように記述している︒すなわち︑
﹃つねにそうだが︑この場合にも︑現存するものを法律として神聖化し︑また︑現存するものの
ll
習慣および伝統によって与えられた!│諸制限止を法律的諸制限として国定化することは︑社会の支配者部分の利益とするところだということも明らかであ
近代的所有権の構成と形成同
一七
五
近代的所有権の構成と形成
同
一七
六
る︒他のレっさいを度外視すれば︑現存状態の基礎1現存状態の基探に横たわ乙関係
1 1の
たえ
ざる
再生
産︑
が時
のた
つう
ちに
規
律づけられ秩序づけられた形態をとるや否や︑とにかくおのずからこうしたことが生ずる︒そしてこの規律と秩序は︑それ自身︑
あらゆる生産様式
i!
これは︑社会的に確立し︑単なる偶然または怒意から独立せねぽならぬ
1i
ーの
不可
快の
契機
であ
る︒
この
規
律と
秩序
こそ
は︑
あら
ゆノ
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産様
式の
社会
的確
立︑
Lたがって単なる習志および単なる凶然からの相対的解放の形態である︒あら
ゆる生産板試は︑生産過程ならびにこれに照応する社会酌諸関係の停滞状態のもとで位︑それ自身の単なる反復的再生産によってこの形態を達成する︒乙の形態は︑断固くつづけば︑習慣および伝統として白からを確立し︑ついには明文の法律として神霊化される﹄(資木論青木文庫‑三一一一八ページ)
とす
る︒
こうして近代的所有権が性的に確立されるまでの経過点として︑資本主義的生産関係の展開にとって︑とれ
までの主要な生産手段たる土地に対する所有形態が︑農業の生産関係に生じた諸変化にもとづき︑それに適応した所
有形態が歴史的に形成され︑それが国定化されることになる︒こうして土地に対する私的所有権︑つまり私的土地所
有権が新らしい生産方法に適応した所有形態として確認されることになる︒だが︑そこではまだ資本主義的生産関係
は現実に社会的規模をもって展聞きれなかった︒そのためこの土地独占の法的保証は農業生産自体の発展段階を反映
し︑農業を資本の下に隷属させることによってつくり出されたところの土地所有形態ではなかった︒そのことは近代
的土地所有権でないととを意味していげの︒とと%が私的土地所有権は︑ぞれ臼p討にとどまるかぎり︑近代的所有権︑
つまりK・マルクスの記述している主うな﹃農業を資本の下に誠一周せしめることによってつくり出きれる﹄ところの
土地所有形態ではない︒それはそうした土地所有形態への前提をなすものに過ぎない︒それは資本主義的生産が土地
の独占︑その生産過程への再接参加を日直結とすむからである︒すなわち資本主義的生産は一方に於て土地所有を身分
的な隷属間協から解放させること合必要とすると同時に︑他方に於てはw労働条件としての土地を土地所有権・土地所
有権者から引きはなし︑資本家と労働者の関係による直接的な生産過程によって︑価値の実現をはかろうとするから
であ
る︒
こうしてもともと土地に対する独占の法的表現に過ぎなかった私的土地所有権の法的概念は︑拡張されることにな
る︒そして木来的には士地独占と相容れないはずの資木に対する独占を法的に表現している近代的所有権に上昇・転
化することになる︒この上昇・転化が私的所有権の法的概念構成を用いてなされゐことができたのは︑所有一般とし
て抽象化されていたからである︒近代的所有権のもとで︑資本の独占が原理的に切っちたてられるのは︑法形式におけ
る抽象性・形式性にもとづいている︒もともと近代法体系自体は︑現実の社会関係の一切を拾象した抽象的・形式的
な観念の体系をなしているからである︒従って近代的所有権秩序は現実の社会関係としての所有の秩序・資本の法秩
序ということになる︒つまり資本主義社会ではすべての物が商品として存在すると理解され︑抽象的な商品に対する
所有権として等質化されるという性格が︑私的所有権に対する抽象的な概念構成によってあたえられるからであるc
とうして近代的所有権梗念は︑それが資木に対するものであっても︑また士地に対するものであっても︑等質化され
ることを意味する︒と同時にそれが生産手段に対するものであっても︑また出買手段に対するものであっても︑均しく
等質化されることを意味している︒現実の社会にあっては︑この近代的所有権のもつ社会的意味は︑それが現に果し
ている経済的諸機能に応じて︑具体的性格が附与されている︒こうして資本主義社会での近代的所有権は私的所有権
の概念拡張の結果として︑資本に対する私的H資本主義的所有を法制的に固定化したものであることはいうまでもな
川︒従って旧民法の所有権規定が近代的所有権として規定されたものであるかどうかは︑たんに表現されている条文
的形式においては主張きれえない︒条文のもつ法的表現の同一性によって︑同一の法的性格をもっという盟解は生ま
そのためにはそれの現実に果している社会的機能をみなければならない︒
れて
こな
いし
︑
近代
的所
有権
の構
成主
形成
同
七 七
近代的所有権の構成と形成同
七 A
甲斐道太郎教授は﹃所有権と所有ーl近代土地一川有権史研究のための覚書け﹂(甲南論集六巻三サ一九五八年六月)のなか
で︑﹃私はむしろ﹁所有権﹂という概念をロ
17
法︑近代大陸法における法典上の存布に限定した方がよいと考える︒この場
合﹁近代的所有権﹂は近代資本制社会における生産関係に還合すべきものとして定立された﹁所有権)を意味するcそしてそ
の土うなものとしての坦代的土地所有権の成立通経及び現実の社会間保において近代士地所有権の示す意義︑換一一一目すれば﹁土
地所有しと﹁土地所有権﹂の相互的関連の仕方を探求することが﹁近代的土地所有権一研究のは指すところであると考える﹄
(同
上七
三ペ
ージ
)と
され
て小
る︒
2との点についてはわたしの﹃旧民法と明治民法﹄(青木書出一九六五年一一月)で︿わしく取扱っているので参照していた
だき
たい
︒
3
へ1
アJ マ ン 土 地 法 要 綱 巌 松 堂 書 白 康 徳 凹 年 一 (U 月四二ページ︒
4船田享二氏は﹃羅馬渋第二巻﹄(岩波書庖一九四三年五月)で﹃経馬人は一般用語として容体の所有権を有する関係主亦す
ために﹁客体は自分のものである﹂
(S 25 mm
お)といい︑又古くは所有権をその作用の方面から指示して使用・収益・把持・
占有
(丘
四片
岡Z
HM ZZ
志望臼田正日開﹀といったけれども︑共和制末期には所有権の意味において自由ロ
5 g E B u g
出口
目立
ロ誌
の語
を用ゐた場合もある︒古典時代の法学者は一般に所有権を
EB
宮山口日所有者を合B E 5
といったけれども︑是等の語は支
配又は権力更に権利の意味にも用ゐられた︒更に古具時代の後には育毛門目立訟の却が用ゐられ︑この語は排他的絶対的に客
体が或主体の有に帰属することを示した︒法源において一般的な所有権の定義と見るべきものは見出されず︑而して右の如き
用語によって既に所有権が絶対的かっ排他的な支配権とされたことは明らかにされるユスチニアヌスの法学提要はこれを以て
物における完全な権力(立自由吉宮司
2 2 g m
)
とする﹄(向上三二七t
二一
二八
ペー
ジ)
と述
べら
れて
いる
︒
5Wげは辺洋三近代市民法の変動と問恒現代法第一巻(岩波吾居一九六五年六月)七五ページ︒
1
七 旧 民 法 の 所 有 権 規 定 を さ さ え た 社 会 的 基 盤 旧民性に説定された所有権規定が︑その条文的表現どうりの近代的所有権として規定できるかどうかは︑それが主際
ところが周知のように旧民法は施行をめ
ぐってなされたいわゆる日本民法典論争にもとボついて︑実際にはその施行が無期延期されてしまった︒このことは旧 にどのような社会的機能を果したかを検討することによって明らかとなる︒
民法の所有権規定が実際にどのような社会的機能を果したかの検討を法的事実に従って分折し︑それによって検証し
ていくことを不可能なものとしていることはいうまでもない︒旧民法の所有権規定を明治民法の所有権規定と対比し
て︑そとに条文的表現の類似性を指摘するとともに︑なおその法的意味と法的性格の差異を問題にすることができる︒
しか
し︑
そうした指摘をなすための準備として︑明治維新以後の土地立法によって確定されることになった土地所有
権︑そしてそのもとで現実の土地関係が展開しているところの土地所有権と︑旧民法の所有権規定とがどのような関
係におかれていたかを明らかにしておきたい︒
旧民法の所有権規定はいうまでもなく所有一般についての規定である︒そのため旧民法の所有権規定にしめされる
原理的規定は︑当然に土地に対する所有権にも反映させられることになる︒旧民法の近代的所有権としての条文的表
現は︑この土地所有権に対してもあてはめられることになる︒このことは旧民法の土地所有権がたんなる私的土地所
有権としてではなく︑近代的土地所有権としての法的意味をもったものでなければならいこなとになる︒こうした検
討は旧民法とフランス民法のそれぞれの所有権規定の関係の検討という側面において︑いま一つは旧民法の編纂過程
で生じた社会・経済的条件の変化が︑明治維新以後の土地立法によって確立された私的土地所有権を︑
で変えたかという点の検討というこつの側面からなされうるであろうしかし旧民法が一度も施行されることがなか
ったという法的事実のもとでは︑旧民法の所有権規定が当時の社会・経済的条件のもとで企図された法的機能を現実 いかなる形態
に達成されるものとして︑法的に理解されていたかどうかの検討というまわり道によって接近することによって︑
近代
的所
有権
の構
成と
形成
同
七 九
近代
的所
有権
の構
成と
形成
持
。
八つの手がかりをえることになるだろう︒
いうまでもなく近代的所有権に対する法的理解は︑これまで封建的農業生産のもとで主要な生産手段をなしてきた
土地に対する所有関係の現実的変化によって理解されることになる︒人々は自己の経験的事実にもと*ついて事態の意
味を理解することになるからである︒これまで封建法のもとで土地関係は領主的強制力に上って支えられてきた︒こ
の場合領主的強制力は経済外的な強制をとってゐらわされることになる︒それは封建社会における領主H農民という
関係にしめされる非合理的な社会関係によって支えられたためであるοそのため封建的土地所有はニぷの定式化され
た法的概念による法的構成をとって構築されることはなかった︒だが農村経済に侵透してきた小商品生産の発展は︑
これまでの封建的土地関係に一定の変化をあたえることになった︒そしてこの新らしい事態に適応する土地所有に対
する法的形態に転化させる基礎的条件が成熟することになった︒しかし農業におけるこの新らしい経済的変佑を体制
的に確立していくためには︑これまでの政治的支配を排除することが必要となる︒農業生産におけるかかる形態変化
は︑その経済的要求を実現していくために︑この政治的極桔を排除し︑これまで封建法に上って支えられてきた土地
関係における封建的土地所有を排除しようとする︒こうして私的土地所有権が農業における小商品生産を経済的土台
となしつつ︑現実佑されることになる︒明治維新以後の土地立法はこうした農業生産における経済的関係の変化
i l
とれは徳川封建社会の胎内で生じてきたものであったが
l
ーを経済的土台とし︑その経済的要求を法制的に実現させるための法的形態上における変化として規定されたものであった︒農業における小商品生立庄の任透を背景として︑徳
川封建社会の未期には︑新地主が形成されるととになった︒地主は特定物年貢を領主に対して請負うことと引き変え
に︑封建領主から土地に対する使用・収益・処分の三要素を内容とする機能を条件附で承認されることになった︒
K.
マ ル グ ス は 寸
2
惚ウンテルザツh也z ﹃貨幣地代とともに︑土地の一部分を占有して耕作する小作人と土地所有者の間の伝統的な慣習法的関係が︑必然的に契約上の
デAザッヘ・4
アッ ハ
実定法の明文に従って規定された︑純粋な︑貨幣関係に転形する︒だから︑耕作する占有者は事実上︑単なる借地農業者となる︒
この
転形
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一一
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生産
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農民的占有者をだんだんに収奪して︑その代りに資本制的借地農業者を置くために利用されるh他面では︑この転形により︑従米の占有者は金を払って自分の地代支払義務を免れて︑自分の完全所有権をもっ独立農民に転化する﹄(長谷部文雄訳資本論青木文庫版一一一一一九五三年八月一一一一五ページ﹀ すなわち
となしている︒農業生産は小作制度という経済的形態をとって︑直接生産者である農民(小作人)の手によって実現さ
せられていた︒明治維新後の小作関係も︑こうした農業生産の経済的形態を表現し︑ただ明治維新以後の土地立法に
よって形成された私的土地所有権と結合した社会関係としての特色をもっていた︒このことは小作関係が形式的な契
約関係としての姿態をとっている点から︑直ちに近代的小作関係として評価してはならないことを意味している︒近
代的小作関係は︑近代的土地所有権と結びついてはじめて展開できるσもちろん資本主義的生産にとっては︑いU出戸ずha﹂﹂品川﹁同μ
有の独占は一つの歴史的前提となるものであって︑従って私的土地所有権と形式的な契約関係の生成は︑
土 地 所 有
制を資本主義の経済的要求に適合させる形態に︑転化しうる条件を提供することになることはいうまでもなげc
土地に対する独占︑つまり土地に対する使用・収益・処分という社会的機能を表現している法的意味での土地所有
の独
占は
︑
いうまでもなく社会・経済的条件に依存しているものである︒だが法的形式において問題とされるかぎ
り︑搾取関係はあらわれない︒それは所有権一般の投影として理解されるからである(︾従って︑土地所有の独占は自
然的基本権としての白由権思想によって支えられることになる︒とくに徳川封建社会の末期に準備され︑明治維新以
後に勢力的に紹介・移入されることになった西欧諸国の先進的思想
1 1
啓蒙的自然思想
1
!と結合することによっ
近代的所有権の構成と形成
伺
^
近代
的所
手権
の構
成と
形成
同
入
て︑強固な思想的支持をえることになる︒いま明治維新以後に紹介された西欧諸国の先進的思想を概観してみると︑
つぎのようになされた︒すなわち︑西周︑津田真道︑市川斉官︑加藤弘之等による政治・法律書の翻訳がそれである︒
また中村敬宇はジョン・スチュアlト・ミル(HCFロ
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恒三
宮巳
)の
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3
を訴訳し﹃白白之理﹂(明治四年)
として刊行した︒また小幡篤二郎はトクウイi
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の一部を抄訳し︑﹃土木自由之論﹄(明治六年)を刊行した︒そして加藤弘之は守国体新論﹄(明治七年)を
刊行した︒これらの書はひろく一般に読まれ︑人々に多くの影響をあたえたことはいうまでもな川︒
一八
七五
年(
明治
八年)には永峯秀樹がジヨン・スチユアlト・ミルの
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同名
目的
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片山
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訳・
刊行
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印3 (万法精理)を翻訳・刊行した︒
さらに一八七六年(明治九年)には中島勝気が﹃俗夢驚談﹄を︑そして一八七九年(明治二一年)には︑服部徳がルソ!
( 問 ︒ 口
出 田 町 田
口 )
のhh門)
ロ町
︒ロ
青山
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宮 山 田‑ w w
民約論)を︑児島彰一一が寸民権問答﹂を刊行した︒また一八七九年(明治二一年)(
には植木枝盛が﹃民権自由論﹄を︑さらに一八八
O
年(明治二二年)には外山正一が﹁民権弁惑﹄を出版した︒また
一
八八一年(明治一四年)には松島剛がハ1パ1
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山 内
込 空
白 昨
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3
を翻訳し﹃社会
平等論﹄を刊行し︑金子堅太郎が﹃政治論略﹂を刊行し︑エドモンド・パlグ
( E s c
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∞日町内)の思想の紹介をな
し︑また平田東助が﹃国家論﹄を刊行し︑ブルンチュリイ(回
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円件 当
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を紹
介し
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て一八八二年(明治一五年)には長束宗太郎の﹃民権家必続主権論纂﹂︑加藤弘之の守人権新説駿論﹄が︑またルソl
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社会契約論)の訳である﹃民訳訳解﹄が中江篤介によっ(
て刊
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そして一八八一二年(明治二ハ年)には︑馬場辰猪の﹃天賦人権論﹄︑植木枝盛の﹃天賦人権弁﹄︑和田稲
( 町 X 凶;主 J 叩 詩 r l よ
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与司│ド叩明明鵬?治削台租'fill3ぬ9,5応511 4ω0,4必551 4必2,口1131 4位2,3剖46引14必3,幻274削14必3,3421 必43,5臼38114必3,42鉛61
!冶北 海物産税制│j道劃賞劃│ 柑叩哩, 1 門 A
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0 '刊..., I 01"¥円,, 1 0咽o1 。町c刊~ 1 ~凹r内,, 1 ご 川 │山 よ 川 " ム 山v1 U山 よυ叶 U07山071 U山 ムU勺 U山υ山υ│ 山 J1 υUム l
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備 考 1. 大蔵省主税局編明治・大正・昭和国の財政一度表P.22~23 により作成。
2, 各年度はその年の七月から翌年六月までであり,決算額をとる。
3. 租税総収入は海関税収入をふくむ。
679
709
64. 7 2,149
635 地
近代
的所
有権
の構
成と
形成
伺
積の叶通俗無上政論﹄等々が︑
また
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50 58
国各宮町)
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そ翻訳し﹃主権論﹂を刊行した︒さ
らに一八九四年には柿木校盛の﹃
局議院論﹄︑小野梓の﹁民止之骨﹄
が︑また一八九六年(明治一九年)に
は永井修平がマキアベリイ
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こうして明治組新以後︑西欧諸国
の社会思想︑ことに自然的基本権に
ついての閏然法思想がつぎつぎと紹
介されてきしかしそれにもか
かわ
らず
︑
これらの自然法思想によ
って自然的基本権としての近代的所
有権に対する思想が︑人々に一般的
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近代
的所
有権
の構
成と
形成
同
に定着したとはいいえなかった︒それはこうした思想が根づく歴史的条件をもっていなかったからであった︒明治維
その他の諸政策にみられるような
i I 7 ーで亘
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八 四
新以後に明治政府のとった殖産興業︑
保護・育成政策によって︑日本資本主義の成育がなしとげられた︒これ
はいわば上からの諸政策によって日本資本主義のもつ後進性をとりども
すためのものであった︒だが︑このような明治政府による保護・育成に
依存してきた日本資本主義の発展のもとでほ︑ブルョジアジi自体の形
成が弱かった︒とのことはつぎの詰資料をみることによってほぽ理解で
きるだろう︒すなわち︑まづ明治維新以後の租税収入の割合を考察して
みると一八三ページの去のよろになる︒この去で明らかのように歳入中
地租収入の占める割合は一八七九年(明治一一一年
l
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までは七五八五%前)後であった︒その後日本資本主義の発達にともない︒次第に低下するこ
とになるが一八八四年(明治一七年)においてもなお六回がを占めてい
た︒しかし日露戦争の長には︑
一九
一一
一年
(大
正元
年)
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五
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なわ
戸︑
まだ蒸気力を利用した工場数宏みると︑上の表のようになる︒この表によって一八八八年(明治
二一年)以降工場数が急速に増加したことが理解される︒しかも工場職工数についてみると︑
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になる︒とれらの表に内よって近代的工場生産が︑一八八八年(明治二一年)以後急速に発展し︑資本主義的生産が社会的 一八五ページの表のよう
規模で展開したととを知るととができるc従って明治維新以後しばらくの聞はブルジョアジーが社会的思想の担い手
│工場職工数
l
時 工 場 械 工 数 │ 合 言十明治19年
l
11,55720 10,063
21 9,915
22
I
220, 138I
9,44123 346, 979 10.088
24 321,624 10, 997
25 294,425 12,176
26 11,647
27 381. 390 14,569
となりうるまでに成長していなかったことが解る︒
このことは自然的基本権としての近代的所有権に対
する法思想がまだ充分に定着できる基礎的条件を献
いていたことを意味するととになる︒だから旧民法
の所有権規定に表現されている近代的所有権として
の自由性と絶対性とは︑現実の土地関係にたいする
場合には前近代的なものとして︑私的土地所有権の
確立に役立つものとして機能したように思われる︒
明治維新以後︑地主の経済的地位を強化する政治
的運動が︑自由民権運動と結びつく自由党の政治的
主張によってなされてきた︒この一自由党の運動は一
政治勢力の支柱としてこれを利用した︒ 租軽減という地主の経済的要求をかかげて肝治政府と対決したっ明治政府は農村における地主の地位を利用︑)︑白己の 方では政治的参加を要求するとともに︑他方では地
そのため一定の限度内で地主の要求をいれることになった︒このことは土地
所有権にも反映する︒農村における地主の政治的・経済的地位を確保するためには︑土地耕作権を土地所有権に従属
対して所有権をあたえ︑ させるという関係において確立させることを必要とする︒だから土地からの作徳を収納していたという外形的所有に
一地両主の関係のもとで現実に耕作してきた者の耕作権(開与
g u
g
仲間Cロ)を収去するという方
近代
的所
有権
の構
成と
形成
伺
一八
五
近代
的所
有権
の構
成と
形成
司
一八
六
向で実現させられたのであるつこのことはK・マルグスが農業における資本主義的生産の展開の条件として記述して
いる近代酌所有権の確立という方向ではなく︑農業生庄の諸条件を土地所有に徒一局せしめるという私的土地所有権の
確立ということにおしとどめることになる cこうして直接生産者たる農民を地︑上に蒜属させる関係を実現し︑寄生地
主制の確立が企図されたわけである︒こうして明治維新以後の土地立法は︑私的土地所有権を確立したのである︒こ
のことは地租改正条例にともなう土地立法や行政方針そして地主層を基盤とする農商務官の手になる小作条例草案の
内容をみれば明らかである︒ところがフランス民法にもとづく旧民法にあっては︑法典的統一という見地から近代的
所有権規定に貫徹している法原理を︑土地に対する所有権規定にも貫ぬかなければならなかっそのため旧民法の
土地所有権は確立されつつあった私的土地所有権と︑門このように妥協するかが問国となった︒このことは旧民法の所
有権規定と利用権(用益権)規定との条文的表現においてしめされることになるコ
いうまでもなく近代的所有'碓の法的概念は︑権利の客体に対してもつ現実の人々の関係の一切を捨象して組立てら
れている︒このことは近代的所有権が︑抽象的な人々の関係としての法的構成をとっていることを意味している︒こ
れは近代的土地所有権にとっても同慌である︒近代的所有権はその客体に対する自由な支配である︒この近代的所有
権のもつ法的機能から︑種々の支分的権利が派生してくる︒ところが明治維新以後の土地立法によって︑土地所有権
者と土地利用権者との関係が︑土地に対する所有権と利用権(用日否権)の二重構造を排除することによって生みだされ
た︒この場合土地所有権者と土地利用権者との問係は︑抽象的関係としてではなく︑あくまでも農業生産における経
済的形態を反映し︑地︑主H小作人L﹂いうすぐれて現実的・具体的な人間関係を意味していた︒従って土地所有権から
派生した土地利用権は︑所有権自体に内包される支分的権利とし︑かつ所有権に従属するという形態において存在する
こと
がで
きた
︒
かかる法的形龍
γ
ーー所有権に利用権(用益権)が従属するという法的形態ii
は︑私的所有権である︒もちろん︑近代的土地所有権は︑私的土地所有権の確立を前提として導かれることになる︒しかし近代的所有権を資
本主義的生産関係にしめされる所有関係一般の法的表現として担えるかぎり︑土地に対しても近代的所有権が貫徹さ
れていなければならない︒私的所有権においては︑派生した利用権(用益権)が一つの物権として法的に許容されると
しても︑従来的な利用権(用益権)が所有権自体の自由を侵害されることは許されない︒利用権(用益権)はつねに一定
の限界をもついわゆる制限物権としての法的地位にとどめられている︒
明治維新直後の土地立法にしめされた法的形態と︑現実の農業における生産関係との聞には︑予盾が存在してい
た︒かかる現実から土地に対する所有権を︑現実の農業生産関係自体とかかわりなしに規定してみても︑それが法制
的意味において︑近代的所有権を確立したことにはならないわけである︒いうまでもなく所有権に利用権(用益潅)が
従属するという法的形態をとって︑所有権を法制的に確立することに︑直接生産者である農民が無関心であったとい
うのではない︒農民にとっては利用権(用益権)が所有権に対して優位に︑少くなくとも対等なものとして確立される
ことを要求する︒これは大井憲太郎の﹃土地平分法﹄にしめされているように︑農民の階級的利益を代表した主張も
なされ向︒しかし︑こうした農民の階級的利益を実現するためには︑農民の利害を代表する組織がなければならなか
った︒全国的な統一的な農民の組織のみられなかった当時においては︑それが法制の上に反映されることはなかっ
た︒だから旧民法の所有権規定と明治民法の所有権規定とは︑同一の法的表現形式をとりつつも︑実際にはこうした
社会・経済的条件そ反映している︒このことは旧民法と明治民法の所有権規定のもつ本質的差異となってあらわれる
ことになる︒この検討は旧民法と明治民法の土地所有権に対する土地利用権(用益権)の関係を比較してみることによ
近代
的所
有権
の構
成と
形成
同
一八
七
近代
的所
有権
の構
成と
形成
伺
八 八
って
解明
でき
る︑
だろ
う︒
明治
維新
以後
︑
日本の農業生産力は天皇制官僚の指導と強制による技術体系のもとで急速に増大させられた︒この
農業技術が天皇制官僚に依存したことは︑同時に天皇制を支えている寄生地主制と結びついて︑土地に対する近代的
土地所有権の定着を困難なものとし叫ん︒これまでの封建的土地関係は︑地主H
農民という個人的関係に変質させた
が︑その内実においては地主U小作人という隷属関係をとどめていた︒寄生地主制のもとでの農業生産自体には︑
ヲー にー
れまでの農業生産関係
1 1
封建的な農業生産
ll
が保持された︒従って︑寄生地主制のもとでの土地に対する所有関
係は︑こうした農業生産自体のもつ性格にもとづいて︑依然として封建的土地所有関係が残され︑近代的所有権を前
AU 提とする土地関係とはいえない︒このことを理論的問題として担えてみると︑本来近代的所有権思想が一般化される
のは︑自己の労働にもとづく労働生産物に対する所有が成熟していることを前提条件となしている︒従って︑労働生
産物に対する所有は非労働生産物
1 1ー
たと
えば
土地
!?lに対する所有とでは本質的に異ったものとなる︒近代的所有
権とはことなり︑これまでの土地に対する所有関係は︑労働に基礎をおくものであったから︑近代的所有権とは異つ
て他人の労働と労働生産物とを直接に支配する所有であった︒従って︑土地所有が資本としての意味をもたない社会
にあっては︑自然的基本権としての所有権思想が社会的なものとなりうる条件を訣除しているといいうる︒近代的所
有権が土地所有権にまで一般化されうるのは︑土地所有者と土地利用権者とが対等な関係として成り立ち︑しかも逆
に利用権(用益権)に所有権が依存するという関係において︑法的に規制されることによって形成される︒これは商品
生産の発達が︑労働生産物に対する所有を成熟させ︑
た段
階に
おい
て︑
土地所有と対抗し︑土地所有より優位な地位を占める程になっ
はじめて形成されることを意味している︒だから近代的所有権思想宏開花させることになった市民
革命は︑土地に対する直接的所有権
30 2Z
E自己
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と用益物権
20 SE ES
口町)という二重形態をとっていた5
封建的土地所有の廃絶を︑要求する土地革命となったのである︒
しか
も︑
この場合土地革命は︑資本主義的生産の経
済的要求に従って︑土地に対する所有権と利用権(用益権)との関係を︑利用権(用益権)の優位に確定した︒従って明
治政府による一連の土地立法は︑かかる農業生産にあらわれた形態的変化を背景としつつ︑上からの諸政策
ll
h日本
資本主義の後進性をとり除くためのーーに適応した土地制度上の改革堅実現しようとするものであった︒とのかぎり
で土地に対する所有権と利用権(用益権)との二重形態をとっていた封建的土地所有が排絶されたわけである︒だが︑こ
のことによって明治椎訴以後の土地立法にしめされた所有権のもつ法的形式から︑さらには旧民法の所有権規定のも
つ条文的形式から︑直ちに近代的所有権としての法的性格を本質として担えてよいかどうかは︑さらに検討すべき謀
題となる︒そのため旧民法の土地所有権規定と土地用盤権規定との関係について︑若干の検討をなしてみたいと思う︒
1
この点については︑わたしの﹃旧民法と明治民法﹄(青木書庖一九六五年一
ただきたい︒とくに一七七ページ以下で︑この間の事情を明らかにしている︒
2小倉武一土地立法の史的考察農林省農業綜合研究所一九五一年一二月一五五ページ
3宮川澄日本民法央論争の社会・経済的基礎について侍立教経済学研究六巻一号一九五二年一二月三ページ以下
4西村真次小野梓伝富山房一九三五年一一月一一六ページ︒なお明治文化全集第七巻所収の下出産吉自由民権文献年
表明治文化全集第七巻所収の士口野作造政治文献年衰を参照していただきたい︒
5西村立次小野梓伝富山一房一九三五年一一月二六五ページ︒なお宮川澄﹃日本民法典論争の社会・経済的基礎について
白﹄
立教
経済
学研
究六
巻一
号(
一九
五二
年一
一一
月)
九ペ
ージ
以下
を参
照し
て下
さい
︒
6大内兵衛監修日本統計研究所編日本経済統計集日本評論新社一九五八年四月地租改正の研究有斐閣一九六二年九月四八七ページ︒
7木村荘之助日木小作制度論上巻叢文閣一九三六年九月
一月
)で
くわ
しく
取扱
って
いる
ので
参照
して
い 一 一 一 一
一 一 一
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ニ一
二三
ペー
ジ︒
福島
正夫
六四
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四二
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ジ︒
近代的所有権の構成と形成
伺
一八
九
近代的所有権の構成と形成同
九0
11 10 9 宮 川 澄 旧 民 法 と 明 治 民 法 青 木 書 庄 一 九 六 五 年 一 一 月
二O
八ペ
ージ
︒ 渡辺洋三所有権の思想(現代法日岩波書庖一九六六年一月)一五九
l
一六
0
ペー
ジ︒
木村荘之助日本小作制度論上巻叢文閣一九三六年九月四二六ページ︒
渡辺洋三所有権の思想(現代法日岩波書庖一九六六年一月)一四二
l
一四
三ペ
ージ
︒
8
八 旧民法における土地所有権と土地利用権の関係
法典上の近代的所有権がどのようであるかは︑所有権と利用権(用益権)の相互関係を解明することによって明らか
にされる︒従って日本民法典に規定されている所有権は︑それがどのような条文的表現をとっていても︑
現 実 の 社
会・経済的条件と結︑ひついて一定の社会的機能を果すことになる︒いうまでもなく法典上の規定自体は︑その法的
構造に従って一定の意味があたえられていることは当然である︒このことは旧民法の所有権規定がもっ条文的表現に
従う︑法論理構造からする近代的所有権としての本質把握を可能なものとする︒しかし前項(七旧民法の所有権規定
をささえた社会的基盤)で明らかにしてきたように︑同一の条文的表現をとっていても︑本質的意味を異にするという
ことが理解される︒この所有権規定のもつ多様な本質的意味の差異は︑法解釈という法的技術を利用することによっ
てあたえられることになる︒そのため旧民法の所有権規定の本質的毒味を︑たんにその条文的表現の法解釈によって
なしても明らかにされることはない︒このことはくり返し述べたところである︒旧民法の所有権規定は︑所有権一般
についてのもっとも抽象的規定として妥当している︒そのため旧民法の所有権境定を法解釈という法的技術を利用
し︑その条文的表現のもつ法的論理構造に従って︑かりに近代的所有権として本質的意味を附与しても︑所有権規定
の現実にはたす法的機能は明確にされえない︒しかし近代的所有権としての法的意味があたえられている限り︑土地
に対する所有権にたいしても︑そこで貫徹している法的原理が適用されなければならない︒この場合にはじめて旧民
法の土地所有権規定もまた︑近代的土地所有権としての本質的意味をもつことになる︒こうしてはじめて法論理にお
いては一貫することになる︒そとで旧民法の所有権規定の本質的意味を解明するために︑前項(七旧民法の所有権規戸
在ささえる社会的茶話)で問題を提起しておいたように︑土地に対する利用権(用v否権)と所有権とが︑どのような相互間
係そもつものとして構築されていたかを︑検討してみることにしたい︒
とこ
で利
用権
(用
益権
)と
いう
のは
︑
所有権の支配の権能としてもつ使用・収益・処分の諸機能の一定部分の支配的
機誌の質的差異に着円して理解されている︒旧民法の利用権(用益権)についての規定は︑かかる見地にたって構築さ
れている︒そして旧民法はかかる利問権をそれの具体的にもつ社会的機能のいろいろの形かち︑各種の利用権を規定
しているわけである︒それらの利用権を簡単にしめずとつぎのようになる︒まず旧民法財産編第四四条以下では︑間
益権についての規定をおいている︒すなわち︑
第四十四条用益権トハ所有権ノ他人ニ属スル物ニ付キ其用方ニ従ヒ元質本体ヲ変スルコト無グ有期ニテ使用及ヒ収益ヲ為スノ
権利ヲ誇ブ
と規
定し
てい
る︒
この規定は所有権の法的蹴能在使用・以益・処分の機能とし︑この前提にーだって︑所有権のも勺
権能のうちから使用・収益の法的権能をとりだし︑そうした法的椎能をもった権利を利用権(用益権)となしているこ
とをしめしている︒従って一方では処分権が所有権者の手に留保され︑他方では他人に属する物に対する使用・収
益権が︑別問権者に帰属する一種の一物両主的関係にたって︑もワとも強固な利用杓荘となしている︒またこの用益
権と並んで使用桂と住居権についても︑旧氏法財産編第一一
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条以下に規定在おいている︒すなわち︑近代
的所
有権
の構
成と
形成
同
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