369
小売商業独占化の一分野
岡 田
千 尋
1 は じ め に
独占段階の商業部門の…つの特徴は商業における独占化の傾向である。この 傾向は小売商業部門で一層顕著にあらわれる。小売商業は個人的最終消費者に 対する消費財の価値実現を本質的機能とするが,直接には生産部門と関係をも たず,むしろ小売市場の基本的性格(個人的消費の小規模性,分散性,個別 性)によって制約されている。しかしそれは副次的制約であって,基本的には 生産によって規定されることはいうまでもない。それはともかく,個人的消費 の基本的性格はある程度緩和されるが,全面的に除去することは不可能であ る。こうした事情によって,小売商業には経営上一定の限界が生じ,一般的に は小規模分散的である。しかし,独占段階への移行によって,これらの限界を 打破することが可能な種々の要因が準備されてくる。例えば,都市への人口集 中,交通機関の発達,生産技術の一一一A定の発展,広告・情報の発達,消費者の所 得上昇と購買力の増加などである。
したがって,これらの社会的諸要因をふまえ,個人的消費の基本的性格に適 応し,さらにそれを克服することによって限界を打破し,小売商業独占化の基 礎構築をしょうとする。その過程は、まず,資本の集積集中を基礎とする大規 模化としてあらわれる。しかも,大規模化することは恒常的な超過利潤獲得競 争の具体的現象形態のみならず,大規模生産にも適応するものである。つま り,商業大規模化は一方では商業資本そのものの本性であり,他方においては 社会的にも要求される形態なのである。そしてそれはさらにチェーン展開によ
って一層強化され,いわゆる独占的小売商業への展開をみせる。これが小売商
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業独占化の基本的方向である。これはすでに戦前わが国の百貨店発展史のなか に示されている。
ではなぜ,いかなる要因で商業の大規模化は要求されるのか,さらに小売市 場の基本的性格をどのように克服して集積集中を推進するのであろうか。つま り,小売商業独占化のための基礎構築過程はいかにして展開されるのか,本稿 はその具体的方法を販売部面に限定して実証分析することを課題とする。
皿 商業大規模化の要請と形成過程
商業の発展は再生産過程におけるその位置から基本的には生産過程によって 規定されており,生産過程の変化によって商業も変化せざるをえない。生産部 門において生産と資本の高度な集積集中を基礎とする独占資本が形成され,大 量生産体制が確立されると必然的に大量販売が要求される。つまり, 「産業の 集積は商業の発達に反作用し,商業は産業の集積に適応してゆかねばならな い。産業経営が集積されていればいるだけ,その生産はますます大きく,この ま
生産を取り引きずる商人の資本力もますます強くなけれぽならない」のであっ て,商業資本の集積集中による「大量販売機関」が必要とされてくる。このよ うに,生産部門の独占の形成によって商業における独占形成の前提条件が与え られる。なぜなら,「商業は集積・集中に関しても独占形成に関しても,産業 う
と比較して一般に遅れている」からである。
商業資本の集積集中はすでに自由競争段階においてあらわれているが,独占 段階への移行はそれをさらに促進する。というのは,商業の集積集中を実現し 大規模化へと導くのは主として商業資本相互間の競争によってであるが,独占 段階への移行によって「直接には大量生産によって商業資本の大量購買を要請
1) R.Hilferding, Das Finan漁haPital, ei7ze stzadie uber dieゴ露πg5,θE7ε伽zo是伽zg 彰5 Kmpitalism%s、 Mlt einem Vorwort von Fred Oelssner, Dietz Verlag, Berl三n,ユ955,
S,309.林要訳『金融資本論』 (改訳)大月書店,1982年,p.321.
2) G. Fabiunke, P. Hofmann und K. H. Uhlig, Der Binnenhandel in staatsmonop.
olistischen Kapitαlismus der BRZ), Verlag Die Wirtschaft, Berlin,1972, S.57.鈴 木武監訳『現代資本主義の商業構造』ミネルヴァ書房,1978年,p。64.
小売商業独占化の一分析 371 するとともにそれを可能にするのみならず,間接的には大都市を出現させそこ に巨大な人口を集中させることによってその大量販売のための条件を準備す
おう
る」からである。
このように,商業大規模化の要請は独占段階への移行によって一層強まる が,それは,産業資本にとっては多数の小規模商業に販売するよりは一個の大 規模商業に集中的に販売するほうがより多くの価値実現の困難性から解放され るし,また商業にとっては大規模化によって企業内部の分業が可能となり,そ れによって労働時間の短縮,価値実現のための物的費用(いわゆる流通費用)
が相対的に減少するからである。また一方,個々の商業資本が小規模であれば あるほど,実現されるべぎ商品資本量を一定とすればそれだけ多数の商業資本 が必要になる。それはまた当然に売買及び売買操作も分散させることになり,
社会総資本にとってはマイナス要因でしかない。
したがって,商業資本の大規模化は社会総資本の要求でもあり,これは商業 資本自立化の結果必然的にもたらされる要求なのである。しかもこの要求は大 量生産体制の確立・発展につれてますます強まる要求である。なぜなら,商業 資本が大規摸化しなければ産業資本ぽますます増大する生産物を多数の小売商 業に分割販売せねばならなくなるからである。そして独占段階への移行はその 要求を一層強めることになるのである。
商業資本の集積集中による大規模化は商業資本間競争による超過利潤獲得競 争から具体化するが,それは商業資本の社会酌平均回転数以上に回転を促進さ のせること、 1種々の資本前貸しにもとづいて種々の利潤量を実現」するという ら
「商業経営の不均等発展」による恒常的な超過利潤の獲得競争であり,最大利 潤すなわち独占利潤の獲得をめざす競争行動なのである。そして「超過利潤の 獲得においてでぎるだけ他の追随を許さないようにしょうとする。他に抜きん
3)森下二次也『現代商業経済論』有斐閣,1972年,p.318,
4) W. Heinrichs, H Seidel und L. Bertullis, Der monopolistische Handeg, ein lnstr−
tonent xui Sicherztn..cr. ma:i.ti?na/er P7−ofite, Verlag Die Wirtschaft, Berlin, 1956, S.
3!.森下二次也監訳,鈴木旧訳『独占的商業の理論』ミネルヴァ書房,1972年,p.32.
5)Ebenda.同上。
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6)
でて大規模化することがその最も有効な途」であり,競争上有利な位置を占め るために大規模化を志向する。しかもそれが商業資本の本性に基づくものであ ることはいうまでもない。というのは,大規模化することで消費の小規模性,
分散性,個別性という特殊性をある程度除去することが可能となるからであ る。こうして,本来の機能である警部門間の多数の産業資本の商品の価値実現 を集中代位するために自立化する商業資本は,自立化の必然的結果として大規 模化することになる。
このように,商業資本の大規模化は社会的要求であるとともに商業資本その ものの独占利潤の獲得という資本の本性をも看過することはできないのであ り,大規模化する要因を内包して自立化するものといえよう。
ところが,小売商業部門においてはこの要求が充分に満たされるとは言い難 い。なぜなら,小売商業の規模は個人的消費に固有の小規模性,分散性,個別 性という特殊性に強く規定されて多様であり,一般的には小規模分散的であ る。つまり「最後の販売の性格は最後の買手たちの所得状態とその場所的集積 の
度とに依存」しており,「消費者たちがちらばっていればいるだけ,販売はけ っきょく量的にだけでなく時間的および場所的にも,ますます分散せざるをえ
ない」からである。というのも,個人的消費の単位は世帯であり,しかも必要 なものを必要な時に小量ずつ購買するという当用買いが一般的な購買行動であ る。こうした購買単位は全国に分散しているし,商晶に対する嗜好も種々様々 である。それゆえに,個人的消費の特殊性に規定されて小売商業は必然的に小 規模分散的とならざるをえなかった。しかもそれは小売商業の基本的性格でも あった。その反面,このような「小売市場の性格が小売段階における独占の形 の
成を容易にし,形成された独占を堅固にすることに役立っている」という側面 も存在する。
6)森下二次也,前掲書,p.213.
7) R.Hilferdmg,α. a O., S.305前掲訳, p.318.
8)E加冠α,同上。
9)森下二次也,前掲書,p.32/.
小売商業独占化の一分析 373 しかし,小売商業が小規模分散的なものでなければならないとすれぽ,商業
資本自立化の意義は著しく減退するものとなる。というのは,売買の集中,価 値実現の集中代位が不充分にしか遂行されないからである。つまり「分散的で 未発達の商業が大量生産と対立するのであれば,そのことによって流通時問は ユの
延長され,商業資本の自立化の利益も不利益に変わる」ことになるQしたがっ て,小売市場の基本的性格を克服していく過程に小売商業独占化の方向が求め られねぽならない。しかも独占段階への移行にともないそのための諸条件は次 第に準備されてくる。つまり,大量販売のためには大量生産が前提となるし,
大量消費を必要とするが,独占段階への移行による「生産の集積は,同時に購 買者大衆の集積を生み出す。生活上重要な必需品に対する需要は,いまや,広 い領域にわたって分散して現われるばかりでなく,集積された形態で,大量に
エエ
現われる」からである。
流通過程においても資本の集積集中という一般法則は貫徹しており,このよ うな社会の変化に十分対応できる能力と態勢を整えていた一部の小売商業資本 は近代的大規模形態の百貨店として,しかも小売市場において商業大規模化の 要求を満たす最初の具体的経営形態として登場した。それは資本主義発展の結 果もたらされた必然的傾向であったことは疑いもない。しかもそれは「小売商 きお 業において登易した最初の資本集中形態であり,独占的商業資本として」謡 えられる。そしてこのような「百貨店の大規模な売場面積によって可能となっ ている提供商品の幅広い陳列によって,売買活動のいっそう迅速な進行が可能
ユヨラ
ならしめられ」消費者はワン・ストップ・シ・ヅピングの効果によって購買時 間をより節約されることになる。百貨店ばこうした「取引活動の集積から生ず ヱの
る一切の利益を奪いとる」ことによって,その独占的地位をますます高めよう とする。それでは,具体的にはどのようにして基礎構築過程はなされたのであ
10)W.Heim ichs, et aユ. a. a O., S.29,前掲訳, P.30.
11) E6層目4σ. S.30,1司上。
12)橋本町『現代商業学』ミネルヴァ書房,!972年,p.175.
!3)W.Heinrichs, et al., a a.0,S.51,前掲訳, P.57.
14)Ebe7zda.同上。
374 彦根論叢 陵水60年記念論文集(222・223号)
ろうか。
小売商業独占化の基礎構築過程は大規模化によってなされるが,単一店舗の 拡大,取扱商品の増加が副次的側面としてあらわれ,その基本的規定要因は資 本の集積集中である。まずその側面からみていこう。
う
わが国百貨店の発展史のなかで資本の集積集中の著しい発現時期の一つは第 一次世界大戦前後であり,株式会社組織への移行及び増資が特に著しく行なわ れている(第1表)。これは大戦前後の好況が反映されていること,また特
第1表各社別資本金の推移 単位 万円
三越陣坂屋白木割高醒大丸:そ・う
明治37年
〃 40年 ク 41年
〃 42年
〃 43年
大正5年
〃 6年〃 7年
〃 8年
〃 9年 ク 12年 ク 13年
〃 14年
昭和2年
6810!!12 年年年年年〃〃〃〃〃
. JrO
!00
200 400
1, 200
700
!, 5, OO
3, OOO
. orO 100 200 Jroo
1, OOO
1, 200 1, 500
2, OOO
・ 500
1, 500 7roo
1, oroo
1, 050
100
・ 300
700
1, 400
50 1
e L200
1, Jr oo
・ 10 300
400
注 ・は株式会社組織への移行を示す。
出所 三越『三越のあゆみ』,松坂屋『松坂屋60年史』,白木屋『白木屋300年史』,高 島屋『高島屋135年史』,大丸『大丸250年史』,そごう『株式会社そごう社史』よ り作成
15) アメリカの百貨店発展史については,J. W. Ferry, A Historyげ伽Depa 一t zent Store,1960,M. P. McNair and E. G. May,7加∠4mei iean L)epartnzestt Stdi・e/920 −1960,1963.,TMahoney and L SIoane, The Great IMerchants,1966などが参考 になろう。
小売商業独占化の一分析 375 に,資本集中にとっては不可欠な株式会社組織への移行が大きな要因となって いる。三越,松坂屋においてはすでに明治末にそれぞれ株式会社化しており,
その他においても松屋は明治36年に合名会社,大丸は明治40年株式合資会社,
高島屋は明治42年合資会社などとそれぞれ組織化されており,株式会社への移 行準備は着々と進められていたといえよう。というのも,資本集中形態の最高 エ う
の組織は株式会社組織であり,各社が株式化していくのは資本の本性にもとつ く当然の帰結であったといわねばならない。その意味においても,株式会社制 度の確立は独占的小売商業形成にとって一層重要な役割を演じたのである。そ の後においても急速に資本の集積集中がなされている。
また,資本蓄積による資本増も重要な一面である。いわゆる内部積積である が,これは超過利潤を恒常的に獲得することによってなされる。しかし超過利 潤は一般的には一時的なものでしかありえない。そのために競争上有利な位置 を占めるために大規模化するのであり,彼らが求めるものは最大利潤である。
それは「自由競争が独占によって交代せしめられ,個別的利潤の平均利潤への ユつ
平均化が妨げられる場合にのみ確保」できるものである。
次に副次的側面の考察に移ろう。
取扱商品の拡大は,高級呉服類中心の商晶構成から次第に脱皮し,奢修品か ら実用品,高級商品から大衆商品への傾向がみられ,衣食住の消費生活に関す る全ての領域へと拡大していく。とくに関東大震災は日用生活必需品の販売を ユ 必然的なものとした。それは「物資の供給は何より必要なことであった」から ユの
であり, 「日常差当っての必需品を販売」したことも取扱商品拡大の一要因で あるが,消費財産業の工業化,生活様式の変化などの環境要因に対応するもの であった。また,10銭,20銭を中心とする低価格商品の均一売場の設置,特売 場の設置によっても,大衆消費者層に対応した取扱商品の拡大がなされたかが 容易に理解されよう。
16) 詳しくは大塚久夫『株式会社発生史論』中央公論社,1964年,p.10.
17)W.Heinrichs, et a1., a. a.0., S.33,前掲訳, p.34.
!8)19) 白木屋『白木屋三百年史』,1957年,p.364.
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こうした資本の増加,取扱商品の拡大とともに店舗の拡張がなされている。
関東大震災後の店舗の増・改築以後,各百貨店は積極的に増築を展開するが,
自制協定案,日本百貨店商業組合営業統制規程によって支店,分店の新設が禁 止されてからは特に著しく展開されている(第2表)Q これは前記二つの規制 は増築については何ら禁止していなかったからである。
第2表 百貨店営業面積の推移
牽陵……聖劉企業数i営業延小小戸数庭訓欝劃指数
昭和 8 年
〃 9 年
〃 10年
〃 11年
4588 つμ222
174, 406!99, 282 224, 151 244, 772
100
!14
129.
140
7, 266 7, 971
8, 005 8, 741
100 ieg 110 120
注 日本百貨店商業組合加盟店の数値
出所 松田慎三『新訂デパートメントストア』日本評論祉,!937年,p195一一一196.
このように,資本主義の発展につれて,資本の増加,取扱商品の拡大,さら に店舗拡張がしだいに進み,今なお百貨店の特徴として残る現金・正札販売,
返品・返金の自由などの近代的販売方法及び経営方法の採用とともに百貨店の 大規模化は展開され,大規摸化することで消費者のニーズに応えたのである。
こうした近代的販売方法,取扱商品の拡大,会社組織,とくに株式会社組織 への移行によって,旧来の呉服店を基礎として,小売商業大規模化の現実経営 形態が百貨店として登場し,「流通活動の集積の利益は,最大利潤の確保のた
20)
めに」徹底的に利用されたのである。しかしこれは小売商業独占としては端緒 形態にすぎない。というのは,それはさらにチェーン展開によって消費の分散 的性格を克服し,より強化された地位を築く必要があるからである。それは,
チェーン・システムが「生産の集中性と消費の小規模分散性という矛盾を解決
する」最適な適応形態だからである。それによって,より強化された地位が保 障されることはいうまでもない。
20)W.Helnrichs, et al., a. a.0., S.30,前掲訳, p.31
21)橋本勲,前掲書,P.204.
小売商業独占化の一分析 377
巫 独占的地位の強化過程
大規模化することで小売商業独占化の一歩を踏み出した百貨店にとって,と くに大規模化の過程での資本間競争の激化は必然的に新市場の開拓を招来す る。なぜなら資本間競争において「白己の地位を維持しうるためには,巨額の カ
利潤量を必要」とするからであり,既存市場の集約的開拓とともに地方市場へ も進出する。それは,消費者の「場所的分散の必然性は一大商店がいくつかの コ麦店をもうけることによって克服される」からである。
大規模化することで,とくに取扱商品の拡大によって一応消費の個別性を克 服しえたものとすれば,次は,チェーン展開によって消費の分散性を克服しよ うとする。しかし,この両政策はほぼ同時平行的に実施され,厳密に順序が決 められるわけではないが,一応ある程度の大規模化を確立した後でチェーン展 開されるものとみるのが適当であろう。それは,単一店舗大規模経営の限界を 克服するために地方進出を図るものと把えられるからである。いわゆる多店舗 化政策の展開である。
三越を例にとれば.昭和3年神戸支店の開設をはじめ,銀座,新宿,金沢,
の
高松,札幌,仙台へと多店舗化による地方進出を図っているし,他の百貨店で の
も同様に支店・分店網を全国的に拡げていった。しかし,こうした多店舗化政 策は固定資本の増大が著しいこと,進出地域における消費構造との関連におい ても,現代における巨大スーパーの多店舗化ほどの展開はみられていない。も っとも,交通網の不整備,所得状況,購買慣習などにおいて制限されていたか らでもある。しかし,多店舗展開による消費の分散性の克服過程がこの期にお いてみられたことは注目しなければならない。なぜなら,それは地域独占から
22)W.Heinrichs, et a1., a. a.0., S.38,前掲訳, P.41.
23)R.Hilferding,仏a.0., S.306,前掲訳, P.318.
24)ヨ越『三越のあゆみ』。
25)白木屋の場合は分店網の拡大が著しい。白木屋,前掲書,参照。松坂屋においても 上野.銀座,大阪,静岡などに支店を設置している。松坂屋『松坂屋60年史』参照,
また他の百貨店の地方進出についても各社社史を参照されたい。
378 彦根論叢 陵水6Q年記念論交集(222・223号)
全国的独占への方向を示唆しているからである。
こうした多店舗化政策とともに,店舗を開設しないで分散的消費を克服しよ の
うとする方策が積極的に展開されている。それは出張販売である。この出張販 売の「(1)固定資本の殆ど要せず経費回収の速なる事,(2)取扱商品及び出張期選 択の自由による固定店に見る業務繁閑の招来を避けうること,(3)出張地域の広 ビリ
範囲にして且その購買力に応ずる伸縮自由の可能」なことが地方進出の最も合 理的な方法として各百貨店において採用された。しかもそれは「百貨店側の事 ラ
情と地方消費者側の欲求のもとに発展」したのである。出張販売は明治期にも
行なわれているが,取扱商品が呉服類中心の商品構成ではその需要も季節的に 一定しており,夏物,冬物各一回の年二回が普通であったといわれている。し かし,取扱商品の拡大及び資本間競争の激化は地方進出をより活発にし,大都 市からしだいに中小都市へと進出する(第3表)。しかも一度出張すれぼその地
域へは恒常的に引き続き進出している(第4表)。 こうして,年々その出張範 囲を拡大し,取扱商品もしだいに拡大し,地方市場に深く浸透していった。昭 和初期においては資本間競争の激化を反映:して特に活発に行なわれたが,昭和 7年目おいては百貨店協会加盟11店のうち1店のみが行なわないだけであり,
き
非加盟店においても積極的に採用され全国的に広がっていった(第5表)。そ 26)その目的は「(1)自己のマーク宣伝の為行うもの,(2)直接マーク利用的意義を有する もの,特に近年に於ては滞貨処分的意義を有するもの,(3)出張販売よりの直接の収益 を目的として行うもの」である。堀新一『百貨店問題の研究』有斐閣,1937年,p.115.
なお同書は出張販売の特殊研究である。より詳細は同書を参照されたい。
27)同上書,p.154.
28)同上書,p.156.そして出張販売発達の原因を5つあげておられる。それは,(1)百 貨店の多くが呉服店から発展したこと,(2)連鎖店,通信販売店の未発達,㈲狭地多都 市による都市の密集,(4)百貨店の都市偏在,(5>地方小売店の無自覚,である。詳しく は同書P.156〜P.158.
29) 白木屋は新潟,長岡,高田,北海道などへ(白木屋,前掲書,p.308),松坂屋にお いても岐阜,大垣,中津川,多治見,北海道,九州(松坂屋,前掲書,p.43)にそ れぞれ出張している。その他各社社史参照のこと。
30)各都市への出張店名,回数など詳しいことは堀新一,前掲書,p.!63参照。
31)百貨店協会加盟店のうち阪急だけが実施していない。同上書,p.151。また海外に までも進出している。同上書,p.162。
小売商業独占化の一分析 379
第3表 都市別の百貨店初回出張販売の時期
×
時 期
込』1・万以上濡蹄霧請元至幸六斎上
ユ﹃ロ明 治 大正2年〜6年末 大正7年〜11年末 大正12年 大正!3年
〃14年
〃15年 昭和2年
目 3年
〃4年
〃 5年
〃6年
〃 7年8月
423﹁11﹁1﹁1﹁1 8422一︻33一3︸︸2 1232237111﹁576 541!146782660
11
235︻1一26一3222 0545588899360 212 12 112
出所 堀新一『百貨店問題の研究』有斐閣,1937年,159ページより作成。
第4表 地方12都市における出張回数の推移
隷早年 ・年・剰・年1・年1(7年8月まで)
市市市市市市市市市市市町 山 松 田 府 岡戸都若利山岡塚 倉 歌 津 和 甲和長瀬京会足福二平岸鎌 135424123162 1 287441220147 228451130245 1 434452334125 1
1
4 7 8 2 3 3 1 3
工 ! 不明
3
・三口 44 ,s 1 42 i 47 i 601 36
注 京都における松坂屋の出張回数は不明のため計上していない。また百貨店名は 省略した。
出所 堀新一,前掲書,163ページ。
380 彦根論叢 陵水60年記念論文集(222・223号)
第5表 地方の規模別都市にみる初回出張販売の時期
地方﹁北海道
賦
病期期前中後 期期鉢前中後東北
期期寺前中後関東
期期期前中後北陸
期期期前中後東山
10万 以上
1
1
計
琵班 製油 班審
蛭砺肝
11 001
19耐ll i
1
∩Q− り0
2
287
9ρ9タ! !1n∠2
つ﹂
318 24 112
!て⊥1!5
11 地方 試
期期期前中後東海
︵乙 2 4 期期期前中後近畿
期期期前中後中国 61218
期期期前中二四国
11V
﹁D42
九下 期期期前中置
傘黙 劇露 聖油 断熱
特上!0
ネ
−一−
2
1
311
Qり一−﹁−13
2
吋⊥ 0σ−
813
9臼21
4ρU1
30 1 112 −﹁2 2QJ2
2! 11り0
1
1
14∴3 21
計
487
1
ρ06﹁D
1 2︵b8 234凸 697
注 前期=大正12年以前
中期=大正12年以後,昭和2年末まで 後期=昭和3年以後,昭和7年8月まで
各地方付属県名は略す,帝国統計年鑑の地方区画による。
出所 堀i新一,前掲書,P.161
れは,初期における高級品,奢修品が中心の商品構成では地方の上流階級の虚 栄心を満足させただけであるが,取扱商品の拡大による,とくに日用必需品,
雑貨品を充実した商品構成になれば百貨店の平等なサービス,広告などの顧客 吸引策に一般大衆が引きつけられていくのは当然の傾向だからである。
例えば広告をみても,新聞広告,チラシ,ポスター,立看板,旗,さらには 32)ダイレクト・メールまでも用いられている。さらに,囮政策,特価販売,掛売,
32)例えば,三越(東京)は新開広告,チラシ,DMなどが用いられ,高島屋(東:京)
ではチラシに次いでDMが多く用いられている。各店の広告方法など詳しくは同上
書, p.176〜p.!77.
小売商業独占化の一分析 381 景品売出し,無料配達など,当該店舗における営業形態とほとんど変わらない 販売方法は地方市場の消費者を支配するに充分な政策であったといわねぽなら ない。その取扱商品も衣食住全般にわたり,当該店舗における販売商品とほと
んど変わらない。それら商品は一般的な当該店舗での購買商品,出張販売用の 特別購買商品に分類されるが,売残商品は持帰り,バーゲン品,特価品として
当該店舗で処理する方法が主にとられている。
出張販売は一出張当り普通2〜3日が期間とされたが,その売上高は一出張 おの
当り3〜4万円に達する場合もあり,いかに地方市場に百貨店を浸透させた か,またいかに中小小売商を圧迫したかばその反対運動によっても明らかなこ とであろう。というのも,例えば,全市的規模で実施された最初の商業調査
(東京市役所r東京市商業調査書』昭和5〜7年調査)においても,旧市域にお いて年間3万円以上の売上高の個人小売商数はわずか1,034店,全個人小売商 数のわずか1.8%にすぎないことをみても,いかに強大な力を発揮したかが容 易に理解される。とくに呉羅店,日用雑貨店の受けた打撃が大きかったという。
このように,とくに取扱商品の拡大と商品構成面での大衆化,出張回数増 加,出張地域の拡大は必然的に大都市から中小都市へと大規模資本の力をみせ つけていき,昭和4年〜6年の3年間に,百貨店協会加盟店だけでも,全国113 都市中出張していないのは僅か20都市程度という進展をみせたのである。
消費の分散性克服の方策はこの出張販売の他に通信販売も行なわれたが,そ れほどの進展はみせなかった。さらに,特殊な例であるが高島屋による「十銭
ヨア ぎきラ
ストア」の急速な展開もみのがせない。これは百貨店による二極化展開戦略と 33)商品構成,商品種類など詳しくは,同上書,p.209〜p.2!0参照。
34) 同上書,P2!2.
35)売上高についての詳細は,同上書,P!78参照のこと。
36)地方中小小売商の打撃の程度は,同上書,p.179〜p、/84参照のこと。
37)詳しくは商工省商務局『「高島堅十銭二十銭ストア」に就いて』,1936年Jを参照さ れたい。
38)現在では百貨店のスーパー兼営は珍らしいことではなく,例えば,大丸一ピーコ ック,松坂屋 松坂屋ストア,西武一西友ストアなど多数見られる。
382 彦根論叢 二水60年記念論文集(222・223号)
して把握できょうが,百貨店の限界を打破しようとするものであり,とくに最 寄品中心の商品構成と小規模店舗の多店舗展開はより一層個人的消費の基本的 性格を克服するのに役立っている。それは「百回忌としての高島屋のもつ伝統 的なマークの信用というものが陰に陽に十銭二十銭のチェーンストアに対する ラ
消費者大衆の関心の上に非常に力強い有効な役割を果して」いたからである。
また,従来からの通信販売だけではなく,そごうによって通信販売店のチェー なの
ン化も試みられている。
こうした消費の分散性を克服するための種々の政策によって,百貨店はその 地位をしだいに強化し,より一層小売商業独占へと展開する方向を進んだので ある。しかしそれも限界がある。それは百貨店そのものの限界である。それ
は,現実には,アメリカにおいてチェーンストア,大規模スーパーが小売商業 の革新の主役になったこと,わが国においても戦後百貨店の地位が巨大スーパ ーに逆転されたことをみても明らかであろう。とはいえ,不完全ながらも小売 商業独占化の基礎構築の基本的要件は,こうした百貨店の発展過程のなかに明 確に位置づけられているといえよう。
1V 小売商業独占化の一側面
以上からも明らかなように,小売商業独占化の一つの側面は消費者大衆への 接近であり,個人的消費の基本的性格を打破しようとするところに求められ る。とくにそれは商圏の拡大,いわゆる市場拡大と,上流階級から中流階級,
そして消費者大衆への接近である。しかもそれは店舗拡大と同時平行的に進行 する。例えば,商圏拡大は無料配達区域の拡大によってもある程度可能となる し,消費者大衆への接近は廉売,特売場の設置,低価格商品構成などによって
39)商工省商務局,前掲書,p.37.
40)そごう『株式会社そごう社史」,1969年,p.223〜参照のこと。
4/) アメリカにおけるチェーンストア,スーパーマーケットの文献は多々あるが,G. H.
Lebhar, Chαin Store in AmericαJ859〜1962,1963.倉本初夫訳,商業界, M. M.
Zimmerman, The Snper Market, A Revolution in Distribution,1955,長戸毅訳,
商業界,が参考になろう。
小売商業独占化の一分析 383 も可能となる。とくに無料配達区域の拡大,特売場の設置はより重要な政策で あった。なぜなら,この二つの政策は消費者にとっては百貨店をより便利な配 給機関とさせるからである。
無料配達区域の拡大は百貨店自制協定案で縮少されるまで拡大し続け,当該 店舗所在地区域内にとどまらず隣接県にまでも拡大されている。とくに注目さ ゑヨ
れるのは夏季における臨時的拡大である。避暑,贈答などの要因があげられる が,かなり広範囲にわたる百貨店間戦争を反映しているといえよう。この無料 配達区域の拡大も一面では市場拡大の一方策である。
他方,店舗拡大とそれにともなう商品の拡大は低価格商品にも及び,常時展 開される廉売,特売の他に,特売場の設置もなされた。特売場の設置は以前か らされており,百貨店問競争の一要因であったが,消費者大衆へのより接近に は日用雑貨品の特売場の設置も必然的であった。これは低所得階級まで支配し
ようとする方策であり,上流階級のみならず全階級的消費を集中することが目 標だったのである。
こうした全階華甲消費の集中の結果,とくに最も成功したといわれる均一価 格売場の設置は,消費者大衆の百貨店観を上流意識から普通の意識へと変化さ ぜた。そして,六大都市における百貨店の一口当りの販売額が平均2円50銭以 内であること,しかも50銭以下の売上口数が全売上高の33%を占めることなど
ユき
ぽ,いかに消費者大衆に「百貨店」が浸透していったかを証明するものであろ
う。
このように,消費者大衆のなかに深く浸透し,個人的消費の基本的性格を克 服する諸方策が各百貨店によって積極的にとられ,その間における百貨店間競 争はますますエスカレートしていった。この競争によって中小小売商を圧迫し 42)昭和6年9月現在松坂屋の無料配達区域の最遠地は小田原,横須賀,干葉,野田,
日光,桐生,前橋高崎,八王子などとなっており,夏季(7〜9月)は伊東,勝浦も 含まれている。三越でも同様に拡大しており,とくに夏季は避暑地の箱根,伊香保,
軽井沢などが含まれる。関西では和歌山,奈良,有馬,宝塚,姫路へと拡大している。
43)詳しくは百貨店事業研究会編『百貨店の実相』東洋経済新報社,1935年,p.225〜
参照のこと。
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その経営難をますます深化させ,いわゆる中小小売商問題として社会的な大問 題を登場させたことを改めてここで論ずる必要はなかろう。ただ中小小売商問 題のその後の展開は具体的には商業組合法(昭和7年),第一次百貨店法(昭 和12年)の制定となってあらわれたことだけを指摘しておこう。
百貨店立競争の激化とそれにともなう利潤減少の傾向は必然的に新市場開拓 をもたらすが,それとともに,地域的独占をより強化するためには既存市場の 維持,より集約的な開拓もされねぽならず,それにつれて流通費用の増大が著 しくなるのは当然であった。というのは,既述のように,競争は超過利潤獲得 のために行なわれるのであり,恒常的に超過利潤を獲得し続けるためにはより 有利な立場に立つことが必要である。しかも自由競争が行なわれている限り一 時的には優位に立ちえたとしてもそれは一時的なものであり,他資本の追随を うけるのは当然である。それらを排除し,常に優位な立場を維持し続け,安定 した市場シェアを確保し続けるためには次々と新しい販売政策を展開せねばな らず,平均的な大きさの資本間競争では必然的に利潤減少,流通費用の増大が 招来されるのである。したがって,恒常的に超過利潤を獲得し続けていくため には自由な競争状態を排除しなければならない。そのために大規模化し,新し い販売政策を展開してきたのであるが,その優位性が完全に発揮されないとす れば協調関係の成立が不可避となってくる。
このような「協調」の最:初のあらわれは,昭和7年の百貨店自制協定案であ った。これ以後百貨店法制定までの種々の法規制は,中小小売商業者による反 百貨店運動の成果の一つであることも一面では否定できないが,百貨店間競争
に一応の休止をもたらす「協調」関係の成立という一面を看過することはでき ないものであろう。そして,この自制協定案によって,少なくとも百貨店協会 加盟店問の競争はある程度緩和した。それは,支店・分店の新設禁止,出張販 売の禁止,過剰サービスの廃止などで一応競争を制限し,流通費用増加に歯止 めをかけ利潤減少を最少限にくい止めようとする協調関係のあらわれだからで ある。この自欄協定案という「協調」によって全ての百貨店問競争が規制され
小売商業独占化の一分析 385 44)
たわけではないが,その後の商業組合法制定による「営業規制」,さらに,国家 を包括したものとしての第一次百貨店法の成立による規制によって競争はしだ いに制限された。しかし,百貨店法によって新規参入を一応阻止したれども,
資本間競争はより高次元での競争段階へと進展したことは疑いもない。それは 4,g)
「百貨店法は百貨店カルテルに公認の根拠を与えるという逆効果」の性格をも っていたからである。
V お わ り に
小売商業における独占化の過程の一つの側面は,小売市場の基本的性格を克 服する過程に求められる、それはすなわち,販売部面における独占的地位の獲 得過程である。本稿ではいわゆる小売商業独占形成への基礎構築過程の一面を 資本蓄積を中心に展閉したつもりであるが,不充分さは残されている。また本 稿では販売部面を中心としたために,一面では大量販売の前提条件をなす購買 部面,つまり「購買独占」としての地位確立過程を捨象している。さらに,銀 行資本などのいわゆる金融資本との関係も捨象している。これらの点について 今後考察しなければならないが,販売,購買,金融三部面の関係を統合的に把 握することによって,小売商業独占化の過程,実体など,その基本的概念は明
らかにされるものといえよう。これらが今後の研究課題である。
44) この商業絹合法では百貨店の新設については何ら規制していない。そのために,伊 勢丹(昭和8年),東横百貨店(昭和9年)などの新規参入が相次ぎ,昭和8年には 36企業だったものが,昭和11年末には5S企業に増加した。しかし一方では過剰傾向と なり,東京においては丸菱(昭和9年),ほてい屋(昭和10年),美松(同)の閉店も みられる。詳しくは松田慎三『新訂デパートメントストア』日本評論社,1939年,p.
196参照のこと。
45)森下二次也『現代の流通機構』世界思想社,1975年,p.175.