白百合女子大学 博士論文審査報告書
氏 名 幸本 香奈 学 位 の 種 類 博士(心理学)
学 位 記 番 号 甲第59号
学位授与年月日 平成30年1月29日
学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当者 学 位 論 文 名 主 題 青年期の友人関係の発達
副 題 ‘グループ’における対処スキルと関係性ステイタス 論 文 審 査 委 員 委員長 教授 篠田 勝英
主 査 教授 鈴木 忠 副 査
副 査 副 査
教授 田島 信元 教授 宮下 孝広 准教授 眞榮城 和美
論文内容の要旨
青年期の友人関係は,この時期に何より大事な人間関係だといわれている。これまでの研究か ら,青年期の友人との関係性は同質性を重視した浅い関係性から個別性を認め合った深い関係性 へと変化することが述べられてきた。一方で,現代青年の関係性は従来の発達理論とは同様でな いことが指摘されているが,関係性の変化について実証的に調べた研究は 2000 年以降ほとんど 見られない。また,中学生や高校生の学校生活では,‘グループ’と呼ばれる集団的友人関係がよ く見られる。昨今,中学生や高校生が‘グループ’の関係性を維持するために過剰に気を遣い,
精神的に参ってしまうことが問題視されているが,‘グループ’についての研究は少なく,また,
‘グループ’において高ストレス状況に陥らないために,何が必要であるかについて調べた研究 はほとんど見られない。本研究では,青年期の友人関係について,‘グループ’に焦点を当て,現 代の中学生・高校生に,従来の友人関係の発達的変化が見られるかどうかを調べること,良好な
‘グループ’関係’を維持するために,どのような対人スキルが有効であるかを明らかにすること の2つを目的として研究を行った。
研究 1 からは,中学生から高校生にかけて,‘グループ’の関係性や認識に変化は見られない ことが示され,これまでの知見から想定された関係性の変化とは異なる結果となった。青年期の 友人関係の発達的変化が以前とは同様でない可能性に加え,本研究の調査間隔の短さが関係して いる可能性が考えられた。友達との付き合い方による‘グループ’認識の違いからは,ある程度 自分の思いを表明しつつも場合によっては引くというような,主張と抑制の双方の姿勢が必要で あることが明らかとなり,「自己調整」のようなスキルが円滑な‘グループ’関係の維持に有効で ある可能性が示唆された。
研究 2 では,‘グループ’に対する認識の学年差を学年の幅を広げて再検討したが,差は見ら れず,関係性の変化が先延ばしになっている可能性が示された。‘グループ’対処スキルについて は,女子では自己が安定していることと抑制能力が高いことが,‘グループ’に対するポジティブ な認識を高め,ネガティブな認識を減少させる傾向があることが明らかとなった。主張的側面に ついては,‘グループ’に対する認識との関連はほとんど見られず,別の観点からの再検討が必要 であることが分かった。
研究3では,中学生や高校生が‘グループ’経験を通してどのようなことを学んだかを調べる
ことにより,この時期に有効な対人スキルがどのようなものであるかを探索的に検討した。その 結果,単に抑制するというよりも,心の中でどう思っていようととりあえず「合わせておく」こ とや,苦手な人や気の合わない人に対し,あえて主張せずに「距離を置く」ことなど,より処世 術に近いスキルを学んでいることが明らかとなった。
研究 4 では, ‘グループ’に対する認識について,大学生まで学年の幅を広げて再検討を行 った。その結果,中学生から大学生にかけて男女ともに変化が見られず,青年期の‘グループ’
の友達との関わり方や‘グループ’に対する認識は,学年差よりも個人差の方が大きい可能性が 示され,学年以外の指標で発達差を示す必要性が示唆された。‘グループ’対処スキルについては,
男子ではアサーションスキルが,女子では対人距離化スキルが,‘グループ’の関係維持に有効で あることが明らかとなった。
研究5では,学年以外の指標で友達との関係性を示す指標として「関係性ステイタス」の作成 を試みた。その結果,学年に関係なく多くの青年が表面的な関係性に留まっていることが示され た一方,個人差も大きく,いくつかの発達のパターンがある可能性が示唆された。‘グループ’対 処スキルとの関連については,対人距離化スキルは,「‘グループ’にはいたいが,あまり深くは 関わりたくない」段階においてよく使われ,葛藤を乗り越え,「自分のことを分かってほしい。相 手と親密になりたい」段階においては対人接近化スキルのように積極的に自己を開示しようとす るスキルがよく使われていることが明らかとなった。
総合考察では,各研究で得られた知見から,青年期の友人関係における関係性ステイタスと‘グ ループ’対処スキルの位置づけについて論じた。研究 1~5 を通し,これまで考えられてきた青 年期の友人関係の発達理論と現代の青年における関係性の変化は必ずしも同様でないことが示さ れ,従来の発達理論を現代の青年に用いることには慎重になるべきであることが明らかとなった。
本研究で示した関係性ステイタスとは,‘グループ’において,他者に嫌われたくない気持ちと自 分らしさを出したいという気持ちとの葛藤を克服していくプロセスであり,葛藤克服のプロセス は,学年の移行に伴って一様に変化するのではなく,変化のプロセスにはいくつかのパターンが ある可能性が考えられる。そして,‘グループ’対処スキルは,葛藤を克服するプロセスの時々に おける関係維持に有効であり,対処スキルを身に付けることにより,学校適応や精神的健康に良 い影響をもたらすことが考えられる。
論文審査の結果の要旨
本論文は,中学生・高校生の‘グループ’に焦点をあてたユニークな研究である。青年期の友 人関係の発達について,従来理論では関係性の深まりを軸とした標準的発達の枠組みの中で,友 人関係のもつプラスの意味合いが論じられることはあっても,マイナスの部分にはほとんど光が 当たらなかった。しかし学校現場や中高生の臨床場面においては,友人関係に端を発する問題が 数多く指摘されている。本研究は,実践的な問題意識のもと,実証的な心理学の方法論により,
社会性の発達の場にもなり学校でのさまざまな問題の源にもなる‘グループ’に焦点をあて,中 高生のリアルな友人関係の発達を捉えようと試みた。
本研究が青年期の発達研究に対してもつ意義は以下の3点にまとめられる。
一つ目は,1998年以降,詳細な実証的検討がされてこなかった,中学生・高校生を中心にした 友人関係の発達を丹念に調べ,従来理論が主張する発達差(学年差)が見いだされないことを指 摘した点である。縦断調査の間隔や横断調査の対象年齢の幅を広げるなど3回にわたって調査を 行ったが,明確な学年差は見られなかった。この知見は,ここ 20 年余りの間に,青年期の友人 関係が変化し,関係性の深まりが先延ばしにされる傾向があるという実践現場からの指摘と整合 するものである。
二つ目は,上記の結果を踏まえて,友人関係の深まりを知るための新しい視点として,関係性 ステイタスという概念を提案し,その有効性を実証した点である。この概念は,アイデンティテ ィ・ステイタスや夫婦の関係性ステイタス概念を青年期の‘グループ’関係に援用し,‘グループ’
への関与(自己投入)と,‘グループ’において葛藤を経験したかどうか(過去の危機)という2 点から関係性の発達を捉えようとしたものである。
この指標を用いて調べた結果,学年差では見いだせなかった友人関係の認識の差異が捉えられ るとともに,学年差を超えた大きな個人差が明らかになった。たとえば中学生の時点で既に,葛 藤を経験し一定以上の関与を達成している人たちがいる一方で,大学生でも大きな関与をしない 人たちが存在する。‘グループ’をめぐるこのような多様性の存在が明らかにされたことは重要な 発見であり,今後の青年期の発達研究へ新しい展開をもたらすものとして高く評価される。なぜ なら,この発見は発達を学年ごとに「輪切り」にして見ていくのでは見いだせないものであり,
個人個人が,自分の置かれた環境(友人)との相互作用によってそれぞれ独自の友人関係(‘グル ープ’)をつくりあげていくという,標準的発達への代案となる発達の見方を示唆しているからで ある。
三つ目は,対人スキルへ着目した点である。著者は‘グループ’に所属する中高生たちが集団 の同調圧力や暗黙の集団規範の中で微妙なバランスをとりながら立ち回ることが日常的に要求さ れ,対人スキルをさまざまに獲得し駆使している点に着目した。アサーションスキル,対人接近 化スキル,対人距離化スキルという3つの対人スキルを提案し,その獲得の程度が上記の関係性 ステイタスによって異なると同時に,学年間でも一定の差異があることを見出した。このことは
‘グループ’の友人関係を円滑にし,自分自身の精神的健康を維持する上でこれらの対人スキル を身につけることが有効であることを示しており,友人関係での葛藤や不適応などの問題をかか える若者を支援していく際のヒントとなるであろう。
一方,今後の課題としては大きく3点ほど挙げられた。一つには,従来理論における青年期の 友人関係と‘グループ’概念との関係に関して概念的により深い検討を要するであろう。‘グルー プ’は確かに独自の視点であり実践的にも重要な問題であるが,友人関係・友だち集団について の従来理論の中にどのように位置づくのかを,もう一歩踏み込んで明らかにすることが求められ る。
二つ目として,関係性ステイタスに関してさらに概念的・実証的に検討を進める必要があるだ ろう。関係性ステイタスの判定結果と現実の‘グループ’とのつきあい方の対応を精査し,測度 としての妥当性を検討することが望まれる。
三つ目として,‘グループ’とどのようにつきあうかが現代の青年の発達にとってどのような発 達上の意味をもつのか――すなわちどのような現代的「発達課題」なのかを論じてもよかったの ではないか。関係性ステイタスという概念を導入することによって垣間見られた大きな個人差を 発達理論として練り上げていくことが期待される。
上記のような課題はあるが,本研究は課程博士の学位請求論文として十分なオリジナリティー を備え,実証的な方法により有意義な知見を得たものと認められる。以上により,審査委員会は 本論文が博士(心理学)の授与に値するものと認めた。