本 多 光 雄
─新国際分業への模索─
1.はじめに この論文では,アジア特に中国の東アジアでの 生産活動を踏まえて,国際的生産立地と貿易パ ターンを分析するための学術分野としての国際貿 易論から,国際分業と産業集積の関係を考察して いる. 東アジア諸国は国際的生産とその分配ネット ワークの形成のための重要な地域であり,また研 究する際の必要条件でもある.またこの国際的生 産および分配ネットワークのメカニズムを説明す る際に理論的思考を描くために必要な条件であ る.論文の実証的な部分は,機械品,特に部品と コンポーネントにおける国際貿易の重要性を確認 することが重要である.そのため,最初に主要な 東アジア諸国の全体的な貿易パターンを分析し て,それから, FDI のパターンを通してより密接 にネットワークの性質を調べる必要がある. 伝統的な国際貿易理論は,ミクロ経済学の一般 均衡理論に基づいて,国と国との間の生産配置と 貿易パターンの決定メカニズムを明らかにしよう としてきた.貿易利益の源泉は外生的に与えられ ている国と国との間の相違に求められる.それは 比較生産費説(リカードモデル)であれば,二国 間の生産技術の相違であり,H=O(ヘクシャー =オリーンモデル)であれば,生産要素賦存比率 の二国間での相違であった. このようなモデルは,途上国は技術的に容易で 労働集約的な財を生産そして輸出し,先進国は高 度な技術を用い,人的資本,物的資本集約的な財 を生産し,輸出するという結論が導かれる.これ らの伝統的貿易理論は,現在の世界の貿易パター ンの分析においても一定の説明能力を持ってい る.国際間の技術水準の相違,賃金水準の相違, あるいは相対的な資本賦存量の相違は,今でもど の国が何を生産するかを考える上で重要な要因と なっている.すなわち,伝統的な比較優位理論は この論文で取上げようとしている国際分業を分析 するときに, 依然として,産業立地選択間の解釈 における一定の説明力を持ち,それは技術レベル や要素価格の国際的差異に基づいていることを教 えてくれる. これらの理論的背景を踏まえて,現在の貿易構 造が諸国でどのように変化し,それが各国の産業 構造をどのように変え,そして世界における国際 分業にいかなる影響を与えているのか.さらにそ れらがどのように仕組みが変化してきているかを 検討する. 2.東アジアにおける貿易構造の変化と直接投資 の役割 図1 に示すように,地域別構成を時系列的に 比較すると,世界の輸出と輸入で,東アジア1) のシェアが大きく拡大していることがわかる. この節では東アジア諸国の世界貿易に占めるこ のような変化の原因がどこにあったのかをはじめ に検討する. 近年になり,東アジア諸国はいわゆる 「 外向きの開発戦略(outward-looking development strat-egy)を採用し,開発を進めてきた.この戦略の 下で貿易障壁は徐々に撤廃され,為替レートは過 大評価にならないにように運営された.その結 果,輸出部門にとっての経済環境はほぼ整ってき た.それにより貿易がこの地域の経済成長の源泉 となったとされている.また,1980 年代中葉以 降は多くの国で積極的に直接投資受入れ政策が取 られるようになり,その政策が日本を含む諸外国 の多国籍企業による生産・流通ネットワークの一 環をなすものとして,製造業のコアが形成されて きた. 貿易と直接投資の政策がこのように東アジア諸 国の政府での役割が大きくなったことによって, 従来のこれら諸国での中心的考え方であった,特 定の輸入代替産業に対する保護政策的発想から, 経済成長を念頭に置いた外向きの発想,つまり外 向きの開発戦略である輸出促進的産業への積極的 な政策の転換が見られた.これらの政策転換に果 たした役割としてアジアの通貨危機は大きな地位 を占めたものと思われる.すなわち,直接投資で ある長期資本が短期資本と異なった動きを示し, 短期資本移動に関して一時的な制限を加えても直 接投資に悪影響を出さなかったということは,直 接投資に対する人々の考え方を一新できたのでは ないかと思われる.さらに近年の東アジア諸国の FTA への動き,中国の経済的台頭も政策転換へ の促進力となったと考えられる. この論文では,上述したように,近年の東アジ ア貿易が世界貿易の占める比率が高まったことに よる動きを中心として世界貿易を考察する.この ように,東アジアの貿易動向を注視することによ り,世界の国際分業と産業集積が読み解くことが できると推測できるからである. 図 1.日・米・欧・アジアの輸出の流れ(時系列比較) 出所) みずほリサーチNovember 2004, p. 4,図表 3 より.
東アジアは,体制の相違,閉鎖的な対外経済関 係,投資・貿易を牽引できる国が少ない事などか ら,1970 年代まで分業による経済相互依存の変 改は遅々としていた.しかし1980 年代以降,プ ラザ合意に伴う日本企業の大規模な直接投資, NIEs の投資国への変貌,中国と ASEAN の経済 開放が,東アジアの相互依存関係を著しく拡大し た. これが東アジアに高成長をもたらすとともに, 東アジア経済の世界経済に占める比重を高めるこ ととなった.東アジアの相互依存,つまり分業の 実態は貿易の総量が増加したというだけにとどま らず,その内容の変化(構造の変化)を伴った. 一般的に,初期に東アジア諸国は,中間財や資 本財を日本から輸入し,これらを加工して米国に 輸出するというパターンが多く見られた.しか し,1980 年代初期以降には,米国の市場開放要 求 と そ の 後 の 東 ア ジ ア 域 内 取 引 の 増 大 が 伴 っ た2).この時代の東アジアの貿易は異なる産業間 の取引を中心とした垂直的分業から,直接投資を 通じた生産工程の多国間での共有や製品差別化か ら生ずる水平的分業へと変化した.この変化を理 解するためには,より詳しい実証研究が必要であ り,その実証分析には貿易分類を細分化し,分業 構造がわかりやすくする必要があろう3). 最初に,日本の例を見ながら,簡単に日本と現 在の東アジアとの貿易パターンの相違を確認す る. 日本の工業化は,戦後,欧米へのキャッチアッ プを目指して国内に多様な工業部門を展開した. 当初は雑貨や繊維関連商品を中心とした労働集約 財を輸出し,資本・技術集約的な中間財や資本財 は輸入していた.労働集約財の輸出で獲得した外 貨で生産財を輸入し,長期的に生産財部門の育成 を図った.このような展開を伴って,日本の産業 構造はフルセット型といわれるような労働集約財 から,資本・技術集約財に及ぶ多くの産業を国内 に抱えることとなった.この結果,日本の貿易構 造は一次産品を輸入して製造業品を輸出する構造 となり,労働集約財の輸入はそれほど海外に依存 しない産業構造を伴った.このような貿易構造の 特徴を持つ日本は,アジアにおいても,例えば, 農林水産業は1980 年でも輸入は素材が 150 億ド ル,加工品が122 億ドルであり,素材を輸入し これを加工して輸出していた.また繊維関連産業 でも1980 年の輸入は素材 24.3 億ドル,中間財 14.8 億ドル最終財 17.2 億ドルであり,最終財の 輸入は少なかった. このように,日本はアジアで生産された最終製 品の吸収力はかなり弱かった.つまり日本の東ア ジアへの貿易はアジアで必要とする中間財や資本 財の供給であり,これが東アジアの生産・輸出を 支えてきた.これに対して米国は,東アジアの生 産と輸出を吸収する大きな市場として,東アジア の発展を支えてきたし,現在でもそのような役割 を持っていると考えられる.このような日本の工 業化に対して,NIEs 諸国を中心とする輸出志向 工業化は中間財,資本財を輸入し,これを加工し 最終財に仕上げて米国など海外に輸出する戦略で あった.日本の初期の貿易パターンと似ている が,日本のケースと相違する点は,NIEs は国内 市場規模の狭隘性から日本のようなフルセット型 産業構造を有し得なかったことである.したがっ て産業構造・輸出構造の高度化,つまり中間財や 資本財に競争力を持つに伴い,労働集約財は輸入 に依存するようになってきた. このような状況の中で,日本はアジアからの最 終財輸入との競争で,その競争力を失う産業が海 外移転を増大させた.海外に進出した日本企業か らの輸入も増大させながら, 日本は1989 年に 製品輸入比率が50.3% と初めて 50% を超えるま でになった.これはすでに70%以上の製品輸入 比率をもつ他の先進国では見られない現象であ り,欧米諸国からの日本への貿易バッシングが減 少する契機となった.NIEs も輸出志向工業化が 進む中で同様な推移をたどり,日本,NIEs 諸国 の直接投資により近隣のアジア諸国に生産拠点が 展開され,これら諸国の輸出増加に貢献するよう
まり水平分業による水平的貿易)を説明するため に,Balassa(1966)や Grubel & Lloyd(1975), およびGreenaway & Milner(1986)達の先行研 究において,主として水平的産業内貿易のアプ ローチから説明されてきたという理論的背景が あった. EU 諸国は所得水準もほぼ同じような,そして 文化的にも歴史的にも似たような国であると考え られるので,製品を差別化することで水平的な産 業内貿易がそれら諸国の貿易を説明する理論とし て役立ったかもしれない.しかし,東アジア諸国 はそれらの諸国の中では,所得は大きな開きがあ り,文化的,歴史的,宗教的にも種々異なってい る.これらの国での貿易を説明する理論として は,従来からの産業間貿易で説明できる部分は多 いが,しかしながら,近年の貿易構造を見ると (表1 を参照),産業内貿易の比率が高まってき ている. この東アジアにおける産業内貿易はEU 型の水 平的産業内貿易では説明がつかない.現在,EU など先進国間の産業内貿易を説明する際に,この 水平的産業内貿易と垂直的産業内貿易のモデルを 使って,その後の理論家や実証家による先行研究 があるが,その際言われている垂直的産業内貿 易,すなわち,先進国型の垂直的産業内貿易はア ジア諸国の貿易では利用しにくい4).1990 年代 に入ると,Jones & Kierzkowski(1990)によって, 産業内貿易が以下のように報告された.彼らによ ると,産業内貿易は ① 垂直的分業(部品の生産工程を受け持ってい る国から他の国に最終製品が輸出されるとい う貿易) ② 水平的分業(生産要素を豊富に持つ先進国間 での水平的産業内貿易) ③ 生産工程が従来の垂直的よりも分散するとと もに,産業間貿易や水平的分業の要素も加 わった分業,つまりフラグメンテーション的 分業 (製品の差別化(特に工程の相違)が生 ずることによる垂直的産業内貿易)(部品間の になった.このような東アジア諸国の相互依存の 深化による結果,先の表で示したように,先発の アジアと後発のアジアの関係が,投資と貿易の域 内拡大をもたらす結果となった. 3. 新しい国際分業体制の必要性(産業間貿易か ら産業内貿易への新しい国際分業) 世界経済が将来,発展するために必要とされる 中心問題は,経済活動がどこに立地されるであろ うかということである.現在のようにグローバル 化が叫ばれている中で,グローバリゼーションの 推進力である貿易自由化や技術進歩は,遠い消費 者に財やサービスを供給することを容易にし,企 業がロケーション間の彼らの生産を分割すること を可能にして,活動をますます活発にすることが できる状況が生まれている. さらにまた,世界経済で継続している統合の動 きに見られる特徴は,生産のグローバリゼーショ ンとその結果生ずる部品や中間財の貿易の増大と それに伴う生産・流通のステップの高まりである. このような部品や中間財貿易の拡張と産業的なク ラスター化に伴う国際間および企業間の取引は, 特にフラグメンテーション理論とアグロメレー ション理論の文献における新しい理論的な思考の 開発を刺激した.技術レベルや賃金レベルの国際 間の相違は,経済活動をどこに立地するかを考え る上で重要な要件となる.さらに精緻な生産・流 通ネットワークの形成が,国際貿易においても重 要なファクターとなる.このようなコンセプトに 立って,前述した貿易の現状把握の中から,東ア ジア諸国の国際分業構造は大きな変化を世界に与 えたと思われるので,次にその変化を探る. 貿易構造は大別すると,現在,一般的に,産業 間貿易と産業内貿易とに分けることができる.し かし,このような東アジアの貿易構造の変化に伴 う分業の変化はこれら産業間貿易と産業内貿易の 理論では説明がつかなくなってきたと考えられ る. 産業内貿易については従来からEU の発展(つ
工程格差=労働集約的資本財と資本集約的資 本財など) による産業内貿易として,3 つの区分が行われた. 現在,東アジア諸国の国際分業はこのフラグメ ンテーションのモデルが当てはまる形の新しい国 際分業モデルが説明の理論として有効であると 我々は考えている.言い換えると,東アジアの生 産立地・貿易パターンの出現は,新しい国際分業 の出現であり,それを説明する理論的バックグラ ンドがこのフラグメンテーション理論であるとい うことができる. しかしこれまで国際貿易エコノミストが十分な 注意をこのフラグメンテーションあるいはアウト ソーシングに向けたことは少ないが,その現象と それを描写する用語は新しいものではない.この フラグメンテーションが重要視されるようになっ ているのは,近年の国際化,情報化,グローバル 化の中で輸送技術,情報通信技術の革新による ハード面でのコストの低下とともに,貿易障壁等 の削減や撤廃によるソフト面でのコスト低下が相 乗的効果を生んでいるからである.すなわち,製 造工程の一部を結ぶサービスリンクコストの低下 が種々の部品を地理的に別々の地域に立地するこ とを奨励するかもしれないからである.フラグメ ンテーションという言葉は,技術的に,しばしば 異なった企業への移転あるいは,最新の使用で は,異なった国への移転を意味するために使われ るけれども,フラグメンテーションはアウトソー シングとして関連付けられる. その結果,自国で垂直に統合化された製造工程 が外国の場所に動かされるかもしれず,これはア ウトソーシングと呼ばれる.しかしそれは「フラ グメンテーション」という用語に組み入れらない であろう.フラグメンテーションのコンセプトは いっそう概括的に生産ブロックが一国内にあるか もしれないが,距離によって切り離されていると いう可能性のためにより広く関連づけられる.こ の生産プロセスのフラグメンテーションに対する ここでの焦点は,垂直に統合化された生産の絆を 別々の断片(フラグメント)の中に壊してバラバ ラにするため役立つことの利用可能性に関してで あり,それは同じ企業のそばに立地されるかある いは,おそらく,異なった企業のコントロール下 での異なった国のあるいは距離においてはすぐ近 くに立地しているかもしれない. このように,フラグメンテーションは生産工程 を細分化し,垂直的な産業内貿易への特化が進む 結果,生産要素の賦存状況が異なる国同士での貿 易利益や生産の集中がもたらす規模の経済の利益 を実現するようになっている.しかしこのフラグ メンテーションの実現には,一般的には,広義で の輸送コストの削減が必要である.つまり生産活 動の分散立地に大きく貢献すると考えられるもの に,この輸送にかかわるコスト面と外部経済の考 え方を取り入れることである. 現在の東アジアを見ると,必ずしも産業・業種 が一塊となった立地ではなく,より細分化された 工程レベルでの国際分業が観察される.その典型 表 1.東アジアにおける域内貿易に産業内貿易が占める割合 (単位: %) 1996 年 1997 年 1998 年 1999 年 2000 年 水平的産業内貿易 16.6 17.8 20.0 24.6 23.7 垂直的産業内貿易 4.7 6.1 5.1 5.1 7.6 産業内貿易全体 21.3 23.9 25.1 29.7 31.3 注)対象は中国,ASEAN4(インドネシア,マレーシア,タイ,フィリピン),NIEs3(香港,韓国,シン ガポール),と日本. 出所)石戸・伊藤・深尾・吉池(2003)「東アジアにおける垂直的産業内貿易と直接投資」表2-6 より作成.
例は半導体を含む電子機械産業など東アジアで比 較優位を持つ製品,言い換えるとある面では部品 点数の多い製品に見られる.この産業は明らかに 産業全体としては人的資本・物的資本集約的な財 である.しかし現在ではその生産活動すべてがこ れらの生産要素を豊富に持つ先進国に立地してい るわけではない.細かな工程に分けられて分散立 地する傾向がある.このような現象を説明できる のがここで言うフラグメンテーション的分業によ る垂直的産業内貿易理論である.このフラグメン テーションとはもともと一箇所で行われていた生 産活動を複数の生産ブロックに分解し,それぞれ の活動に適した立地条件のところに分散させるこ とである(図2 参照).
Aizenman & Marion(2004)によると,垂直 的分業は,「多国籍企業がもっとも低コストで生 産できる国に生産工程を分散すること」,また水 平的分業を「多国籍企業が複数の国で同一の財や サービスを生産すること」と定義している.この 定義に従うと,垂直的分業では部品の生産工程を 受け持っている国から他の国に最終製品が輸出さ れるという貿易が発生する.他方で,水平的分業 はそれぞれ差別化された部品・最終財が多数の国 の間で相互に供給されるということになる.この ためにフラグメンテーションはそれぞれの国が持 つ特性を生かすことによって貿易が発生するが, これはH=O 定理のいうような一般的要素モデル ではなく,特殊要素モデルの範疇に入る考え方で あるといえよう.例えば,先にあげた半導体は, 人的資本・物的資本集約財であり,これは従来の 考え方では途上国には豊富には存在しない要素で あるので,H=O 定理に従えば,それらの生産要 素を豊富に持つ先進国間での水平的産業内貿易あ るいはそれら製品の差別化(特に工程の相違)が 生ずることによる垂直的産業内貿易ということに なる.しかし半導体生産の中身を詳しく見ると, ある工程は技術者集団が身近にいることが重要で ある一方で別の工程はきわめて労働集約的である かもしれない.つまり工程ごとの技術特性を考え て,諸国(あるいは諸地域)に分散可能であろう. このように考えると,近年の東アジアにおける 貿易構造は垂直的分業から水平的分業へ,さらに 水平的産業内貿易からフラグメンテーション型の 産業内貿易を持つパターンということがいえるだ ろうと思われる. 次にこのようなパターンのフラグメンテーショ 図2.フラグメンテーションの図
ンが可能になるのは途上国であれば,どこの国で も当てはまるかというと,一定の条件が必要であ る. つまり, ① 直接投資が自由に行われる条件の整備. ② 分散に伴う取引コストの削減が可能な条件の 整備 以下これについて説明する. ① の直接投資が自由に行われる条件の整備につ いて, 直接投資を誘発するためにはいくつかの要因が あるが,WTO や FTA の締結が盛んな昨今,貿易 や資本および為替の自由化がますます叫ばれてい るし,現在のトレンドとしては,これらによる自 由化への流れが中心である.つまり受入国でもい ろいろな直接投資に対する規制は低くなっている かあるいは低くなってくると推測できる.そうで あ る と す れ ば, 直 接 投 資 を 行 う 多 国 籍 企 業 は Aizenman & Marion が言うように,もっとも低 コストで生産できる国に生産工程を分散するよう になる.そのため生産工程を一括して考える必要 性は無く,工程ごとの技術特性などを踏まえた特 性をある国または地域で持つことができるなら ば,その国または地域はその技術特性 (労働集約 的工程でも資本集約的工程でも) を持つ製品を分 散して生産する立地を獲得できるであろう.この ような立地条件を持つのが東アジア(とりわけ, 中国)に見られるであろうというのがこの報告で の骨子である. このような方向付けが考えられれば,直接投資 先がこれも分散するよりは集中するほうが,規模 の経済性をいかせるだろう,つまり産業が集積し ているほうが効率的であるという想定が可能であ ろう.いわゆる,アグロメレーション問題が発生 する. ② の分散に伴う取引コストの削減が可能な条件 の整備について, 次にこの取引コストであるが,現在の世界経済 で問題視しているグローバリゼーションは,その 重要な帰結としてサービス・リンク・コスト(取 引コストより広範囲な意味でのコストで貿易コス トと同義に使う)の削減をあげている. 国際経済では1990 年以降,しばしば 「 新しい 経済地理学 」 と称されるジャンルの新しい研究が Krugman の一連の研究を擁して現れ,フラグメ ンテーション理論との結合が可能となっている. 実際に近年,FTA などの活発化により国際貿易 や投資の障壁が低下しているため,国際的に見て フラグメンテーション現象はますます多く発生す るように土壌が作られるようになっている.ま た,ますます競争的世界環境が,コストを削減す る方法のために,生産者自身が国境の外に目を向 けるように促されている.前述したように,フラ グメンテーションは,ある産業や業種が伝統的理 論に基づいて資本集約財の生産に集中したとして も,その中身を詳細に考えた場合,そのプロセス で技術特性を生かして,それら産業や業種が人的 資本や物的資本に集約的であったとすれば,一方 のプロセスでは人的資本集約的な生産を担当し, 別のプロセスでは比較的労働集約的であるような 物的資本のプロセスを担当するという工程間で分 割を行うことで生産の立地を考えることが可能と なった. ここでその際に重要となる要素は,貿易コスト である.このコストには輸送コスト,通信コスト, さらにはもっと抽象的な意味合いでの種々のサー ビス活動に伴うコーディネーションコストといわ れる概念が含まれる.これら貿易コストはフラグ メンテーションによる生産で,そのコストの低下 が問われる一方で,この貿易コストは,経済統合 などのオープン・リージョナリズムやグローバリ ゼーションにより削減できる可能性が生まれる. これはここで問題としている東アジアにおける最 近のFTA への動向を考えれば,アグロメレーショ ン問題の発展へのキーワードとなるだろう5).
4. 産業集積(アグロメレーション)問題 アグロメレーションの概念は,経済活動の地理 的集中での立地から生ずる効率性の向上を強調す る理論である.アグロメレーションによる利益 は,地理的な境界内への経済活動の集積が大きく なればなるほど,生産コストが低下するというも のである.国際分業体制が国と国との間の生産配 置と貿易パターンという形態から,地域間の生産 配置と取引パターンに変化する必要性が見出され るようになっている.特に,前述したように,現 状の中国を含む東アジアの生産立地と貿易パター ンに見られる特徴を考えるとき,東アジアでは企 業のネットワーク形成が事実上の統合を促進して いると考えられる.すなわち,東アジアでの貿易 が単なる商品の国と国の間の売買ではなく,国境 を越えた工程間分業による企業内貿易,委託加 工,部品およびその製品の相互補完的な取引とい う複雑な形態になっている.とりわけ東アジアで 発展してきている企業内における企業の構造変化 と企業間の関係の洗練されたパターンは,貿易と 海外直接投資の伝統的なアプローチを越えて,国 際貿易理論に企業行動の分析を取り入れるべく研 究を導入した. 木村によると,「今,東アジアで起こっている 企業活動のグローバル化は,単なるワンセット方 式のアクティビティーの再配置でも,同種のアク ティビティーの水平的展開でもない.もっと精緻 な垂直的分業と集積の利益を生かした有機的な生 産・流通のネットワークの構築である.」 このように現代の国際貿易論では,企業は従来 のようなブラックボックスではなく,企業の行動 それ自体及び企業の中身までを研究の対象にする 動きが出てきている.いわゆるマクロ,セミマク ロ,ミクロの融合的発想の必要性が生じてくると いうことである. この点をふまえて産業組織論の視点から見る と,竹田も述べている変種変量生産あるいは多品 種大量生産を可能にする概念のように思える. 宮沢はその著書『業際化と情報化』の中で工業 化社会の動きを規模の経済性の追求から範囲の経 済性6)へ,そして連結の経済性(ネットワーク の経済性)の追求の一連の動きとして提案してい る.彼によると,連結の経済性概念を範囲の経済 性概念と比較したとき,範囲の経済性がインプッ ト面を重視しているが,連結の経済性の考え方 は,情報やノウハウがコアとなって組織間,主体 間の結合によって,シナジー効果などというイン プット面以外の側面にも着目している. ボーダレスが叫ばれている今日,貿易論が産業 論や企業論の概念を取り入れて考えなくてはなら ないという現状を踏まえたとき,このような産業 組織論的視点からの見方が,参考になる部分も多 い.この連結の経済性は前述した貿易コストの役 割と重なる部分である.そのように考えると,変 種変量生産あるいは多品種大量生産活動は,セミ マクロあるいはミクロの視点からアグロメレー ションによる集積概念が分析に利用可能であろ う. アグロメレーション理論における集積の利益 は,上述したように,ある地域的境界線内への経 済活動の集積が大きくなるほど生産コストが低下 するといわれている.これは現在のFTA による 市場のグローバル化が進むとアグロメレーション はますます可能性が高まる. こ れ は 現 在 東 ア ジ ア で 盛 ん に な り つ つ あ る FTA などを含むオープン・リージョナリズムと いう概念と一致するものであろうし,また,東ア ジアの持つ国際分業体制の特長とも合致する. 現実的にどのような形のアグロメレーションが 生ずるかについてはまだ多くの実証研究を見てい ない.例えば,変種変量生産,あるいは多品種大 量生産活動にどのようにこのアグロメレーション の考え方が応用できるのか.また,日本における 東大阪市の産業集積や東京の大田区に見られる中 小企業による産業集積(アグロメレーション)が 日本では周知の例であるが,これらは垂直的な分 業体制がなぜこれら地域に集積したのか.さらに
世界的に見ると,アメリカのシリコンバレーやこ こで取り上げた東アジアで起こっている垂直的国 際分業がその事例となるであろう.これらのより 詳細な研究は今後に待たねばならない. 5. まとめ 国際貿易理論でいう比較優位に基づく貿易パ ターンとは,このアグロメレーションは相容れな い側面を含んでいる.すなわち,国際貿易理論で は従来十分に捉えられていない輸送コスト問題 (これらコストを広義の貿易コストとして捉える) を考えるとき,これらの貿易コストは国境の概念 を越えた地理的概念であり,これまでの国際貿易 理論での比較優位では捉えにくい.新しい国際分 業体制では情報やノウハウがコアとなって組織 間,主体間の結合によるシナジー効果などという 側面にも着目することが重要となる.フラグメン テーションとアグロメレーションの結合的思考が 有用となる.しかしながら,一面で,アグロメ レーションは,それを実行する場合に,シンガ ポール等に始まる自由貿易港や台湾や中国に見ら れる経済開発区(経済開発特区)などに見られる ように,政府や巨大企業等の役割が潜在的に大き くなる可能性を持っている.たとえば,戦略的貿 易政策論に見られるように,比較優位の源泉の初 期条件を政府あるいは巨大企業の強力な政策で作 ることも可能であり,これがしばしば政策として 使われれば,近隣窮乏化や寡占および独占企業を 発生させる可能性を持ってくる.また Dixit & Stiglituz(1977)流の独占的競争の組み合わせや Samuelson が言う 「氷解= iceberg」 貿易コストが 含まれる.他方で,反対に,ごく小さな集積の種 をまくことができるならば,比較的安定的な産業 構造を作成することも可能であろう.このよう に,アグロメレーション問題は政策分析を導くも のであるが,これまでこの方向での研究は十分に なされていない.政策の失敗は世界経済にとっ て,プラスともマイナスともなりうるのではない かという危惧を一面ではもっているように思え る. 先行研究ではアグロメレーションは自己増殖的 な動きが示されるなどの研究もあり,私自身はこ の問題についてはまだ研究の緒についたばかりで ある. (日本大学経済学部教授) 注 1) ここで東アジアは日本,NIEs 諸国,ASEAN 諸国, 中国の国・地域を指す. 2) これは東アジア諸国への直接投資による産業構造 の変化によるところが大きいと思われる. 3) ここでの報告は実証分析をしての報告ではないの で,より詳しい分析は,以下を参照. 本多光雄(1999)『産業内貿易の理論と実証-国際 競争力と比較優位』文眞堂. 4) ここで先進国型の垂直的産業内貿易とは工程の分 散による立地の多角化を考えている,つまり工程 間の格差を十分に考慮していない貿易である. 5) ここでは広義の輸送コストには物的輸送コスト (流通コスト),情報コスト(情報通信コスト),貿 易政策における障壁(関税,輸入割り当てなど) に起因するコスト,言語や制度が異なることに起 因するコスト,通信コストをはじめとする情報収 集コスト,さらにコーディネーションコスト(人 間の多様性から生ずるコスト)などの広い概念が 含まれる. 6) 別々の主体が,いろいろな商品を別々に生産する よりも,ひとつの主体で複数の商品をまとめて生 したほうがコストが安くなるということで,需要 が多様化し小ロット化したのに対応して,製品や 活動の範囲を広げて,多角化によって利益を上げ ようというものである.これは多品種生産,多品 種活動を分析するための概念である.またこれに はいろいろな要因があるが,ポイントはある生産 物の生産プロセスの中に,他の生産物の生産に とってコストなしで転用可能な共通の生産要素が 含まれていることである.
参考文献
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