(105) 計測・制御
油圧システムにおけるモデルベース開発( MBD ) 教育用プラットフォームの構築
Construction of an Educational Platform of Model-based Development in Hydraulic Systems
迫 樹哉† 脇谷 伸† 洪水 雅俊† 山本 透† 山下 耕治†† 小岩井 一茂†† 山﨑 洋一郎††
Mikiya Sako† Shin Wakitani† Masatoshi Kozui † Toru Yamamoto
† Koji Yamashita† Kazushige Koiwai† Yoichiro Yamazaki
†広島大学 工学研究科††コベルコ建機株式会社
1 緒言
製品に対する顧客のニーズは,多様化・複雑化して おり,企業はこれらの要求に迅速に応えなければなら ない.製品開発には膨大なコストと時間を要するが,
その中でも試作機を使用した試験の中で発生する設計 変更を伴う手戻りは,企業にとって重大な問題である.
この問題を解決する手段として,近年ではモデルベー ス開発[1] (MBD:Model Based Development)の導入 が進んでいる.MBDでは,機能ごとに分割した製品 のシミュレーションモデルを設計・構築し,これらを つなぎ合わせることで,机上でシステムの設計,検証 を行う.試作機を用いた検証の前段階においてモデル を用いた検証を行うことで,手戻りの回数が減少し,
コストと時間を削減できる.
MBDは,情報通信分野や宇宙・航空開発,さらには 自動車開発などを中心に積極的に導入されてきた[2].
また,近年では,建設機械や農耕機械の分野でも適用 事例が報告されている[3].今後もMBDに基づく研究 開発の加速が予測される一方で,新たにモデルベース 開発に参入した企業に所属するエンジニアの中には,
MBDによる開発の経験が乏しい者も少なくない.こ のような背景に対して,著者らはMBDによる業務経 験の浅いエンジニアを対象とした研修プログラムを提 案している[4].この研修では,MBDに必要不可欠な モデルを用いたシステム設計手法を,実習を伴いなが ら短期間で効率的に学習することができる.
本研究では,油圧システムを対象としたMBD教育 のためのプラットホームの構築を行った.提案するプ ラットホームでは,サーボモータ,油圧ポンプ,リリー フバルブを含む配管,油圧モータより構成されるプラ ントモデルおよび,コントローラをモデル化し,結合 することで,MILS (Model in The Loop Simulation) モデルを構築する.また,構築されたモデルをHILシ ミュレータ[5]に実装し,実際のコントローラとの接続 が可能な検証環境を構築する.ここでHIL (Hardware in The Loop)シミュレータにはMATLAB/Simulink のSimulinkReal-Timeを実装したデスクトップPCを 用いた.また,これらの設計に基づきMBD教育専用 の油圧モータ制御システムを開発した.
本稿の構成を述べる.2章では,油圧制御システム におけるV 字開発プロセスについて概説する.3章 では,提案する教材である油圧モータ制御システムの MILSモデルおよびHILシミュレーション環境につい て説明する.4章では,MILS,HILSおよび実験結果 について比較を行う.5章では,本稿のまとめと今後 の展望について述べる.
なお,本研究は一部の単位系に実際の現場で利用さ れている単位系を用いてモデリングをしていることに 注意されたい.
2 油圧制御のための MBD 学習プログラム
図 1: V字開発プロセス
MBDによる開発では,図1に示すようなV字開発プ ロセスと呼ばれるプロセスに沿って実行される.MILS では,まず,システムを構成するコンポーネントの機 能をモデル化し,コンピュータ上でこれらを結合する ことで,システムの挙動解析や制御系設計等をシミュ レーションを通じて行う.HILSでは,MILSで設計さ れたモデルの一部をハードウェアに置き換え,モデル で記述しきれなかった特性(非線形性や特性のばらつ きなど),ノイズおよび信号の伝送遅延などのハード ウェアの特性を含めたシステムの動作検証をリアルタ イムで行う.V字開発プロセスにより,開発者は製品 開発における人的ミスを含むエラーを開発の初期段階 で対処できるため,試作機による検証段階での大幅な 手戻りを抑制・防止する効果が期待できる.これによ
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り,試作機を用いた検証工数が減少し,開発にかかる 時間とコストが大幅に削減できる.
3 MILS および HILS 環境の構築
提案する学習用油圧モータ制御システムは,図2に 示すように,制御対象となるプラントモデルと,コン トローラモデルによって構成される.次節では,各要 素のモデリングについて説明する.
図2: 油圧制御システムにおけるMILSモデル 3.1 プラントモデル
制御対象(プラント)の油圧回路図を図3,本研究で 開発した油圧モータ制御システムを図4に示す. 油
図3: 油圧回路図
Servomoter Hydraulic pump pipe
Hydraulic moter
RCP controller (Baseline) Hydraulic oil Tank
図4: 油圧モータ制御システム
圧モータ制御システムは,サーボモータ,油圧ポンプ,
油圧モータ,リリーフバルブを含む配管によって構成 される.さらに,油圧モータには,回転数をアナログ 電圧として出力するためのタコジェネレータが接続さ
れている.本システムでは,サーボモータの指示回転 数をアナログ電圧としてコントローラが出力し,サー ボモータが駆動する.サーボモータに接続されたポン プが回転することにより,オイルタンクからポンプを 通じて配管に油が流入する.次に,流入した油に押し 出される形で配管内の油が油圧モータ側に流入し,油 圧モータが油圧動力によって回転する.モータにおい て動力として使用された油は再びタンクに戻り,油圧 ポンプによって再利用される.
以下に関係式を要素別に記述する.
3.1.1 サーボモータモデル
(1)式に,サーボモータの関係式を示す.サーボモー タは電動モータとサーボコントローラによるフィード バックループを構成し,外部入力としての目標回転数 にモータ回転数が自動的に追従する.ただし,目標値 に追従するまでには若干の遅れを伴うため,この遅れ 要素を含むサーボモータの特性を次式の1次遅れ系と して記述する.
Np(s) = Ksm
Tsms+ 1UV(s) (1) Np(s)およびUV(s)は時間信号Np(t)とUV(t)をラプ ラス変換した信号であることに注意されたい.なお,
UV(t)はサーボモータを作動させるための指示電圧[V],
Np(t)はサーボモータ回転数[min−1],Ksmはゲイン [min−1/V],Tsmは時定数[s]とする.
3.1.2 油圧ポンプモデル
(2)式に,油圧ポンプの関係式を示す.
Qp(t) = qp
60Np(t) (2)
ここで,Qp(t)はポンプ実吐出流量[cm3/s],qpはポン プ押しのけ容量[cm3/rev]とする.
油圧モータの関係式は(3)式 - (6)式で与えられる.
T(t) =ηqm
2πPm(t) (3)
dω(t) dt = 1
I(T(t)−Dω(t)) (4) Nm(t) = 60
2πω(t) (5)
Qm(t) = qm
2πω(t) (6)
ここで,T(t)は旋回体駆動トルク[N·m],ηは機械効 率,qmはモータ押しのけ容量[cm3/rev],Pm(t)は油 圧配管圧力[MPa],ω(t)は旋回体回転角速度[rad/s],
Iは旋回体慣性モーメント[kg·m2],Dはモータの粘 性減衰係数[Nm/(rad/s)],Nm(t)は油圧モータ回転数 [min−1],Qm(t)はモータ吐出流量[cm3/s]とする.
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3.1.3 配管モデル
(7)式に,配管の関係式を示す.
dPm(t) dt = κ
V {Qp(t)−Qm(t)−QR(t)} (7) ここで,κは体積弾性係数[MPa],V は配管体積[cm3],
QR(t)は油漏れ流量[cm3/s]とする.また,QR(t)を 次式で与えるものとする.
QR(t) = 1
RPm(t) (8)
ここで,Rは油漏れ係数[MPa/(cm3/s)]とする.(8) 式では,配管内の異常圧力を抑制するリリーフバルブ 内のオーバーライド特性による漏れ流量と,ポンプ内 部の漏れ流量を総合してQR(t)と記述できると仮定し ている.また,リリーフバルブによって,油圧配管圧 力Pm(t)は次のように制限される.
Pmmax =γ (9)
ここでPmmaxはPm(t)における最大値[MPa],γはリ リーフバルブによる圧力値[MPa]である.
3.1.4 センサモデル
(10)式に,タコジェネレータの関係式を示す.
VNm(t) =αTNm(t) (10) ここで,VNm(t)はタコジェネレータの出力電圧[V],
αT は回転数から出力電圧への変換係数である.これ らの式に基づいて得られたプラントモデル(図5)を MATLAB/Simulinkを用いて設計する.
図 5: プラントモデル 3.2 コントローラモデルの設計
コントローラモデルはデコーダブロック,アルゴリ ズムブロック,エンコーダブロックから構成される.
3.2.1 デコーダおよびエンコーダ
デコーダブロックは,入力されたアナログ電圧を対 応する物理量に変換する.デコーダの関係式を(11)式 に示す.
Nm(t) = 1
αTVN m(t) (11)
アルゴリズムブロックでは,油圧モータの回転数制御 を行う制御アルゴリズムをモデル化し,制御アルゴリ ズムによってコントローラ出力を決定する.制御則に ついては,3.2.2節で説明する.エンコーダブロック では,コントローラ出力に対応するアナログ電圧を出 力することで,プラントモデルに信号を伝達する.エ ンコーダの関係式を(12)式に示す.
UV(t) = 1 Ksm
N pref(t) (12)
これらの機能を構築したコントローラモデルをMAT- LAB/Simulinkで設計する(図6).なお,各コンポー ネントにおける詳細なSimulink モデルについては紙 面の都合上割愛する.
図 6: コントローラモデル
3.2.2 アルゴリズム
油圧モータの回転数Nm(t)が,目標回転数に一致 するように,ポンプ指示回転数を自動調整するコント ローラを設計する.制御則として,次式のI-PD制御 則を導入する.
u(t) =kc
{ 1 TI
∫ t 0
e(τ)dτ−y(t)−TD
dy(t) dt
} (13)
e(t) =r(t)−y(t) (14)
ここでy(t)は油圧モータ回転数Nm(t),u(t)はサー ボコントローラへの指示値N pref(t)(ポンプ指示回転 数),r(t)は油圧モータの目標回転数[min−1],e(t)は 制御偏差を表している.また,kcは比例ゲイン[−],TI
は積分時間[s],TDは微分時間[s]である.ここでr(t) は,ステップ状の目標値であるとする.I-PD制御則の 関係式はコントローラモデルのアルゴリズムブロック に実装される.
以上のモデリングにより,油圧モータ制御システム のMILSモデルを構築することができる.
3.3 Hardware In the Loop Simulation環境の構築 本研究では,制御器として産業現場のRCPなどで も用いられるSpeedgoat社製のBaselineを利用する.
MBDでは,コントローラなどのハードウェアの動作検 証を行うHILSにおいて,プラントモデルを模擬するた めに,HILシミュレータと呼ばれるシミュレータを使用 する.本研究では,HILシミュレータとしてHumsoft 社製のインターフェースボード(MF634)を実装したデ スクトップPC使用する.コントローラ,およびHIL シミュレータを含むHILS環境の外観を図7に示す.
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RCPαϱφϫʖϧͶ͕͜ΖϙηφPC
RCPαϱφϫʖϧ(Baseline)
HILεϝϣϪʖν(υηέφρϕPC)
ޜ݃Վ
図 7: HILS装置
4 制御結果
本章では,MILSおよびHILSにおけるシミュレー ション結果と,本研究で開発した油圧モータ制御シス テムの制御結果を比較する.なお,各測定値はMILS モデルの結果を基準として正規化されていることに注 意されたい.
MILSとHILSの制御結果を図8に示す.ただし,実 機におけるセンサの観測雑音を想定し,MILSおよび HILSモデルにガウス性白色雑音を印加している.双 方のシミュレーション結果が一致していることから,
プラントモデルおよびコントローラモデルがリアルタ イムなシミュレーション環境においても正確に動作し ていることがわかる.
図8: MILS及びHILSにおける制御結果 つぎに,コントローラモデルを油圧モータ制御シス テムに搭載されたコントローラ(Baseline)に実装し 制御を行った.このときの制御結果を図9に示す.
図8,図9より,各出力値の定常状態における値は シミュレーションと同値を示していることから,各コ ンポーネントモデルの定常特性は正確にモデリングで きていると考えられる.しかしながら,実機において はシミュレーションと比較してモータ回転数Nm(t)に 大きなオーバーシュートが発生しており,また,オー
図9: 油圧モータ制御システムにおける制御結果 バーシュート後の圧力変動もシミュレーションに比べ て実機の方が大きな変動を伴っている.これらの動作 については,油の持つ非線形性や配管内に含まれる空 気の影響などの要因が考えられるが,現象のモデリン グまでには至っていない.そのため,今後は,これら の原因の究明とモデル化が課題となる.
5 結言
本研究では油圧システムにおけるMBD教育用プ ラットホームを提案し,作成した油圧モデルの妥当性 をMILS,HILSの構築と検証および油圧機械の実験に よって議論した.
今後は,システムの非線形性を含むさらなる正確な モデリングを行い,より高度な内容を含むMBD教育 プログラムを構築する.
参考文献
[1] A. Ohata, and B. R. Kenneth, ”Improving Model- based Design for Automotive Control Systems Development,”Proc. 17th World Congress 2008, Vol.41, pp. 1062-1065, 2008
[2] 下浦美那,辻本圭史,森田康志,大依 仁, ”ロケッ ト電子制御システムへのモデルベース開発手法の 適用,” IHI技報,第54巻,1号,34/40, 2014 [3] T. H. Lim,H. C. Cho,H. S. Lee,S. Y.
Yang,”Development of Hardware In the Loop System (HILS) for Hydraulic Excavator,” 22nd International Symposium on Automation and Robotics in Construction ISARC 2005,2005 [4] 脇谷 伸, 山本 透, 森重智年, 足立智彦, 原田靖裕,
村岡 正,似井内 進, ”自動車エンジニアを対象とし たモデルベース開発(MBD)基礎研修と評価,”工 学教育,第66巻, 1号, 60/66, 2018
[5] 千田陽介,橋間正芳,佐藤祐一, ”組み込み用ソフト ウェア開発を支援するHILシステム, ”計測と制御 ,第41巻, 2号, 151/154, 2002
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