育者・教員養成におけるピアノ実技の実践を通して
著者 齋木 麻美
雑誌名 東京家政大学教員養成教育推進室年報
巻 5
号 1
ページ 75‑82
発行年 2018‑02‑28
出版者 東京家政大学教員養成教育推進室
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00010168/
ピアノ演奏におけるカデンツの指導について
―保育者・教員養成におけるピアノ実技の実践を通して
Teaching playing cadence in piano performance;
through the practice of piano performance in nursery teacher training
保育科 齋木 麻美1.はじめに
(1)目的
本研究は、保育者・教員養成における学生たちへのピアノ指導を通して、学生たちがカデンツを不自然 に演奏してしまう実態を捉え、その原因を考察し、カデンツを自然に演奏できるようにするための指導の 在り方について模索することを目的とする。
(2)課題意識・背景
保育者・教員養成における学生たちは、現場に出た際に、子どもたちとともに豊かな音楽活動、音楽教 育を行えるよう、歌唱や器楽、音楽に合わせた身体表現や創作など、様々な音楽表現および音楽作品を学 習している。なかでも、現場で求められる機会の多いピアノの演奏は、技術の習得に時間がかかるため、
一年間ないし二年間の時間をかけて弾き歌いやピアノ独奏曲の指導が行われている。学生たちがピアノを 学習する際に扱われている作品のほとんどが機能和声に基づいて作られた音楽である。
機能和声は西洋近代音楽の重要な特徴の一つである。西洋近代音楽を支配してきた機能和声では、カデ ンツが音楽に句読点を打つ役割を果たし、まとまりをつくる。小さなカデンツを積み上げていくことで、
規模の大きな音楽作品をつくり上げることを可能としてきた。なお、本研究で扱う「カデンツ」とは、ト ニック ― ドミナント ― トニックなど終止形の和声進行のことを指し、ドミナントは緊張、トニッ クは弛緩の性格をもつものである。
筆者は、所属している二つの保育者・教員養成大学、短期大学部においてピアノの指導を行っている。
そこでは、和声における緊張と弛緩の関係が逆になってしまうなど、学生たちがカデンツを不自然に演奏 する状況が多々見受けられた。
そこで、学生たちにこれまでのレッスンの様子を聞いてみたところ、和音の変化に耳を傾けるよう促さ れたり、カデンツの緊張と弛緩の関係について指導されたりした経験のある学生は、A大学短期大学部で 筆者が担当している学生9名のうち音楽高校出身の学生1名のみであった。大学入学後、初めてピアノの 学習をした学生については、昨年度のレッスンでは、間違えないで弾くことだけ指導されてきた、間違え ないで弾くことができればそれで良かった、という声もあった。
確かに、保育者・教員養成における限られた時間の中で、音高や音価を間違えずに弾くこと、より適切 な指使いで弾くことを優先的に指導される現状があるだろう。しかし、メロディーやリズムに加えスラー やスタッカートの弾き方など、つまり楽譜に表面的に記されている部分については指導をするのに、ハー モニーについては耳を傾けるように指導する機会が少ないのではないかと考えた。
そこで、学生たちは和音の変化をどのように感じ、カデンツを演奏しているのか、これまでの学習の中 で目を向ける機会があったのか、実態を捉え、カデンツを不自然に演奏してしまう原因について考察し、
学生がカデンツを自然に演奏できるようになるためのより良い指導法を明らかにしていきたいと考えた1)。
2.研究と実践
(1)研究方法
対象:神奈川県内A大学短期大学部の保育者養成における「ピアノ・声楽2)」を履修している学生のうち、
筆者がピアノ指導を担当している保育科二年生9名
そのうち4名は前期のみ担当し、5名は前期・後期を通して担当した。
方法:観察およびインタビュー
実施時期:2017年4月下旬~ 12月下旬
(2)カデンツを不自然に演奏する原因
学生がカデンツを不自然に演奏してしまうことについて、主に六つの原因が考えられた。学生のカデン ツを不自然に弾いてしまう事例を挙げながら六つの原因についてみていこう。
原因① 和声における緊張と弛緩の関係があることを知らないため
これまでに学生は和声に緊張と弛緩のエネルギー関係があることについて教わる経験がなく、そのこと 自体を認識していないため、緊張と弛緩のある表現にならないということである。このことが、カデンツ を不自然に弾いてしまう原因の根底にあると考えられる。
筆者に指導され始めた当初、学生がカデンツを不自然に弾いてしまった際に筆者に緊張と弛緩について 指導されても、学生は音高も音価も間違えて弾いていないのに何を言われているのか分からない様子で あった。ピアノ学習経験者で、ある程度指の動く学生であっても、和音が変化しても一曲を通して全て同 じ音色や強さで演奏する様子が多く見られた。
原因② 指の都合によるため
ドミナントからトニックに解決する際、主音や主和音を弾くのに左手の小指を用いる必要が多く出てく るだろう。そうした時に、小指が発達しておらず、指の動きをコントロールできずに打鍵してしまい、前 の音との繋がりがない、雑で大きな音となってしまうケースが多く見られた。
また、学生たちは主和音の基本形に比べて他の和音や展開形のポジションに慣れていない。そのため、
ドミナントの和音に指の力がいかず、逆にトニックの和音の方が楽に音が出せてしまう。指をコントロー ルせず勢いで弾いてしまうことにより、トニックに不自然なアクセントをつけた音で弾いてしまうケース も多く見られた。
原因③ 弾き終わって解放されたため
演奏の区切りがついたり弾き終えたりする瞬間、終わった解放感から集中が切れてしまったり、上手く 弾けなかった恥ずかしさを紛らわしたりするために、カデンツの部分を粗雑に演奏してしまう学生がほと んどで、最後まで丁寧に弾き切る意識をもっている学生は非常に少ない。このことは、ドミナントからト ニックに解決する際に、ドミナントの音と繋がりのない唐突で強いアクセントがついたり、突然不用意な 大きな音で弾いてしまったりすることに繋がる。これは、先に挙げた「原因②指の都合によるため」にも かかわっており、心理的な解放とともに指の弾きやすさに任せてこのように音を出してしまっていると考 えられる。
原因④ ドミナントで緊張しないため
「原因③ 弾き終わって解放されたため」というのは、心理的にも身体的にも開放されているため、あ る意味トニックになっていると言えるかもしれない。トニックは小さな音で弾かなくてはいけないわけで
はないし、トニックを大きく弾きたいと感じたりそのように表現したりすること自体は問題ではない。
和声において、緊張している(固くなっている)ものが徐々に弛緩するのであるから、弛緩するために は緊張することが必要である。つまり、トニックの部分の弾き方が目立って気になるようだが、実際はト ニックの前にあるドミナントで緊張していないことが大きな原因であると考える。
学生たちの演奏を聴くと、「原因① 和声における緊張と弛緩の関係があることを知らないため」の理 由から全て同じ強さや大きさ、音色で弾いてしまったり、「原因② 指の都合によるため」の理由からド ミナントに入る際に緊張をつくれずに弾いてしまったりしている。
原因⑤ 自分の演奏をよく聴いていないため
学生に聞いてみたところ、カデンツだけに限らず、これまでに学生自身の出した音によく耳を傾けるよ うにあまり指導されてこなかった背景があることが分かった。学生たちは、音の間違えやリズムの間違え に気付いたり、fやpを弾き分けたりすることができないわけではないので、全く音を聴いていないわけ ではない。しかし、音色、音楽の進みや変化に関心をもって耳を傾ける姿勢が乏しいことがうかがえた。
発音した後や、音から次の音への繋がりを意識して聴くということをしていないため、和音が変化しても 気に留めず、全て同じ強さや大きさ、速さ、同じ音色で弾いてしまうのだと考えられる。これによって、
前後の音が関係性をもたない演奏となっている。
原因⑥ 和声の進行に着目していないため
学生は、楽譜を読む際、音符を横に見て前後の音の関係を見ることに乏しい現状がある。旋律について は多少、横の流れを見ているが、学生の左手パートへの関心は低く、和音については、縦に読むのみで、
前後の和音が関係をもっていない。左手パートへの関心が低いことは、例えば、左手のみ弾かせたり、弾 きながら左手パートを歌わせたりすると明らかである。両手で弾くと弾けるのに、左手だけでは弾けなく なってしまう状況が見られた。また、前後の音が同音や二度上または二度下の音であっても、楽譜を読ん で弾くのに時間がかかってしまい、間違えてしまうことも多々あるほどに音を横に見たり聞いたりしてい ない。このことは、どこに向かって音楽が緊張し、弛緩していくのか捉えられないことに繋がる。
(3)カデンツを自然に演奏できるようになるための試行
これらの原因を踏まえて、学生にどのように和声の緊張と弛緩の関係を指導したら良いか、以下の七つ の実践を試みた。なお、実践するにあたり、学生たちは保育者養成に属しており、音楽を専門に学んでい ないことを鑑みて、音楽の専門用語は極力用いないこととし、容易な言葉に置き換えるなどの工夫を行う こととした。
また、「原因② 指の都合によるため」の解決法として、運指を変えるという方法が考えられるが、手 の型を覚えられなくなってしまうため避けることとした。「原因② 指の都合によるため」の根本的な解 決方法は、指や身体の必要な箇所に筋肉をつけ、身体の使い方を意識するなどテクニックの向上である。
必要に応じて身体の使い方や指の使い方も指導しているが、テクニックの向上は今回の研究目的からそれ るため、ここでは取り上げないこととする。
試行① 極端に弾いてみせる
「原因① 和声における緊張と弛緩の関係があることを知らないため」および「原因④ ドミナントで 緊張しないため」の解決法として行った。緊張と弛緩の関係、音のエネルギーの変化について、これまで に意識を向けさせられたことのなかった学生たちに対し、大げさに表現した方が伝わりやすいのではない かと考えた。
極端に弾いてみせたところ、ある学生は、楽譜のドミナントの和音に「大」、トニックに解決するとこ ろに「小」と書き込んだ。緊張と弛緩の関係が、音の大きさの差として伝わってしまったことに問題があ り、筆者の弾き方を含め、上手く伝えることができなかったことが分かった。
試行② Ⅰの和音とⅤの和音の関係を容易な言葉で説明する
「原因① 和声における緊張と弛緩の関係があることを知らないため」の解決法として学生と音や和音 を確認しながら以下の説明を行った。まず、音階の主音の上に積み重ねたⅠの和音と主音から数えて五つ 目の音の上に積み重ねたⅤの和音を学生に尋ねる形で確認し、それらは相反する性格をもった和音である ということ、また、Ⅴの和音、特にⅤ7の和音は、Ⅰの和音に戻りたいと思う、戻ろうとする性質をもっ ていることを弾きながら説明する。
初めて説明した際には、大学入学以前の音楽経験の有無によって理解度に差があった。特に、大学入学 以前にピアノ学習経験がなく、一年次に楽譜通りに音高やリズムを間違えずに弾くことのみを指導されて きたという学生は、間違えずに弾くことで精一杯でそれどころではない様子であり、筆者の説明に対し、
困惑した表情を示すこともあった。
試行②については、試行③以降で挙げる他の試みとも並行して、必要に応じて同じ学生に数回説明する こともあった。
試行③ 「お辞儀のカデンツ」を色々なエネルギーで弾いてみる
「原因① 和声における緊張と弛緩の関係があることを知らないため」および「原因③ 弾き終わって 解放されたため」の解決法として試みた。
Ⅰ―Ⅴ7―Ⅰのカデンツは、学生たちにとって小中学校時代、または、幼稚園時代より、授業の始めや 終わりに気を付け、礼、気を付けといった挨拶を行う際に用いられていることが多く馴染みがある。そこ で、この「お辞儀のカデンツ3)」を自然な緊張と弛緩の関係だけでなく、Ⅴ7の和音を力なく弾いてみたり、
「試行① 極端に弾いてみせる」で学生が書き込んだような音の大きさの差のみで弾いてみたり、Ⅰの和 音を緊張させて弾いてみたりするなど不自然な緊張と弛緩の関係でいくつか弾いて、学生に聴き比べても らった。自然に聞こえる弾き方だったものを尋ねてみると、学生たちはドミナントで緊張し、トニックで 弛緩する弾き方を自然に聞こえるものと捉えることができていた。それと同時に、これまで筆者がカデン ツの弾き方について指導する際に、何を不自然と言っているのか、その違いを感覚的に理解することがで き、納得していた。
試行④ 動きのある具体例を用いて説明する
「原因③ 弾き終わって解放されたため」および「原因④ ドミナントで緊張しないため」の解決法と して考えた。
緊張や弛緩は、ドミナントの音に入った瞬間、または、トニックに入った瞬間、突然行うということで はなく、徐々に固くなり、徐々に緩むということが伝わるように雑巾絞りに例えて説明した。雑巾を絞っ ていくと徐々に雑巾が固くなり、ぎゅっと絞っているところから握っている手の力を緩めると固くなった 雑巾が徐々に緩んでいくことを動きとともに説明した。この説明により、発音した瞬間、瞬間で変わるの ではなく、音から音へ移り変わる過程があることを認識することが可能となる。
「緊張」と「弛緩」という言葉を用いただけの説明では、感覚的な理解に結び付きにくかったようだが、
学生が実生活の中で経験したことのあるものに例えたり、顔の表情や身体的な動きなど視覚的に見える形 を伴って説明したりすることで、学生の理解を助けることができた。
試行⑤ ドミナントを緊張させるよう伝える
試行①から試行④は、学生に和声の自然なエネルギーの関係を理解してもらうための試みだったが、実 際に学生が自然にカデンツを弾けるようになるための手立てとして試行⑤を試みた。
「原因② 指の都合によるため」や「原因④ ドミナントで緊張しないため」の通り、学生はドミナン トで特に緊張をつくらずに弾いてしまっていたので、まずはⅤ7の和音を固く弾いてみるように伝えるこ とにした。そうすることにより、結果的にドミナントの部分が固くなり、カデンツのエネルギーが逆に なってしまう状況をまずは減らすことができた。
初めは、ドミナントの和音だけを唐突に弾き、その前の音楽と繋がりがない演奏になってしまうことも あった。しかし、「試行④ 動きのある具体例を用いて説明する」を用いながら、いきなり強く弾くので はないことや前の音との繋がりを意識するように声かけしたり、後述する「試行⑦ 楽譜を見ながら和音 の変化が起きている箇所を確認する」のようにどこにV7の和音があるかを学生と先に確認したりするこ とで、ドミナントの部分を目指してエネルギーをもっていけるようになった。
試行⑥ 指導者が弾く
「原因⑤ 自分の演奏をよく聴いていないため」の解決法として、学生がカデンツを不自然なエネルギー で弾いてしまう箇所があった場合に、一度筆者が弾いてみたり、学生が右手しか弾けない段階や一緒に譜 読みをする際に筆者が左手パートを一緒に演奏したりした。
筆者の演奏を聴くことにより、学生は音色や音楽の抑揚をつかむことができ、こういう音楽なのか、と いうリアクションを率直に表していた。指導者が例を示すことにより、学生も何を目指せば良いかイメー ジできるため、次に学生が弾いてみる際の助けとなる。
また、学生と教員で連弾することは、指導者の演奏を聴くこと以上に効果的に学生に音楽を伝えること ができる。教員が和声進行を担う左手パートを弾き演奏をリードすることにより、学生に音楽の流れが伝 わり、感覚的に理解しやすくなる。
試行⑦ 楽譜を見ながら和音の変化が起きている箇所を確認する
「原因⑥ 和声の進行に着目していないため」の解決法として、学生と楽譜を一緒に見ながら和音の変 化について確認した。筆者が「この8小節の中で一番盛り上がるのはどの辺りか」などと尋ね、学生の意 識を向けさせるようにした。学生は、聞かれるまではそのようなことを気にしたことはなかったというよ うな反応をするが、然るべき箇所を見つけることができていた。
また、旋律ばかりでなく、主に左手パートの動きに着目することで、和音の変化を捉えられることに学 生は気付き、少しずつ旋律以外のパートにも目を向けていけるようになった。
これらの試行に加え、カデンツが不自然に演奏された際には、その都度繰り返し声をかけるようにした。
(4)結果と考察
これまでカデンツについて指導される経験のなかった学生は、およそ8ヶ月の期間で以下のように変化 していった。4月下旬当初、ピアノ学習経験がある学生は、和声の緊張と弛緩について気を付けて弾かな ければならないことを面倒だと感じているような反応を示した。初心者からは、音高とリズムを間違えず に弾くことで精いっぱいなのに何を指導されているのかよく分からないとう反応が返ってくることもあっ た。しかし、6月下旬には、カデンツの弾き方に注意を促されるということが学生たちに定着してきた。
7月末の試験では、それぞれの試験曲中のカデンツを逆の関係で演奏してしまう学生は9名中3名に減った。
後期になると学生も自然なカデンツのきこえ方、弾き方について理解できるようになってきた。不自然
に弾いてしまうことはまだ多く見受けられたが、筆者が目を向けさせると学生自身もすぐに違いに気付 き、改善の仕方も分かるようになってきた。
なかでも、2名の学生は著しく成長し、10 月初頭に行われた試験で前期よりも点数が大きく伸びた。
この成長の理由として、学生が学生自身の出している音を聴けるようになったことが大きな変化だったと 考えられる。それによって、和音が変わっても同じ音質や音量、スピード、音色で平坦に演奏してしまう ことがなくなった。学生のピアノの音色が変わり、丁寧な音の処理が行えるようになり、ダイナミクスの 幅も広がる結果となった。
また、11月、12月頃には、以下三つの興味深い結果が見られた。ある学生が緊張と弛緩を逆に演奏し た際、筆者が声をかけると学生もそのことに気付いた。そして、「今の(演奏)だと突っ込んだ感じで、(突 然後ろから身体を前に押し出されたような動きをしながら)わっとぶつかりそうになる」から改善した方 が良いと学生が言った。まず、音を聴き、違いに気付けるようになることが、より良い演奏へと変化して いけるための大きなステップとなる。更に、どのように良くなかったかを分かるようになれば、学生自身 で演奏を改善していけるステップへと繋がる。学生が学生自身の感覚や言葉で理解し、説明することがで きるというのは重要である。
二つ目は、ある学生の楽譜に、左手パートのドミナントの部分に「かたく」、サブドミナントの部分に「広 がるように」というメモ書きを見つけたことである。これらの言葉は、筆者が用いた言葉の中から学生が 取り出して書いたものである。学生は演奏する際にそのように表現することを「忘れないように」書いた と言っていた。これらのメモ書きから、学生が和音の変化やそのニュアンスを表現しようと意識するよう になっていることが分かる。また、右手が重音で旋律を弾く箇所に「にごらないように」や「音がバラバ ラにならないように。同時にな(鳴)る。(ママ)」というメモ書きや、両手で和音を弾く箇所に「丁寧に」
というメモ書きが見られた。これらのメモ書きから、学生が学生自身の出した音を聴いて弾こうとする意 識をもてるようになってきていることがうかがえた。
三つ目は、ある学生と「あわてんぼうのサンタクロース4)」をレッスンしていた時のことである。学生 は左手のパートを弾いていた際、減七の和音を弾いた途端、声を出して驚いた。「こんな音があるんだ」
と思ったそうだ。この学生の反応から、音の響き、それがもつ性格に以前よりもはるかに敏感に反応でき る感覚が養われていることが分かった。
12 月下旬の最終試験で高得点のついた学生の演奏は、豊かな表現力や丁寧さによる評価だった。これ らは、学生自身の発音した音に耳を傾け、音の変化や音色に関心をもつ習慣が学生に身に付いてきたこと によるものだろう。また、カデンツを自然なエネルギーで弾くことによって終止形がまとまり、丁寧にき こえる演奏となっていた。
およそ7ヶ月の指導を通して、学生たちにカデンツの指導を試みた。まずは学生にその概念を知っても らうところから始まったが、根気強く声をかけ、学生の意識をそこに向かせていくことで、その感覚を徐々 に定着させていくことができた。「試行⑦ 楽譜を見ながら和音の変化が起きている箇所を確認する」か らも分かる通り、学生は、和音の変化について意識したことがなかっただけであり、理解できないのでは ない。指導者が意識さえ向けさせれば、音楽を専門としない保育者養成の学生であっても、理解し、身に 付けていくことができることが分かった。
また、カデンツや緊張と弛緩の関係を指導したことにより、音を聴こうとする習慣を身に付けること、
Ⅰ、Ⅴ、Ⅳの和音だけでなく和声全体に対する感覚を養うことができた。
3.終わりに
今回の実践により、ピアノ学習初心者を含む保育者・教員養成の学生を対象としても、カデンツを自然 なエネルギー関係で演奏することについて、時間をかけて指導していくことで、その感覚を身に付けさせ ていけることが分かった。
保育者・教員養成において、カデンツや和声の緊張と弛緩を意識して弾く必要性を問う意見もあるかと 思われるが、保育者・教員養成であればリズムや音程は何となくでも良い、ということにならないのと同 様の扱いではないだろうか。カデンツを捉えることや和声の自然なエネルギー関係を身に付けることは、
音楽全体が自然な流れをもつこと、音色の幅が生まれることにつながると考える。リズム、メロディー、
ハーモニーの音楽の三要素を考えた時、リズムやメロディーと同等にハーモニーについても学生の意識を 常に向けられるように指導していくことが重要である。そうすることで、学生たちが保育者・教員として 現場に出た際に、より自然で豊かな音楽を子どもたちに届けられるようになることに繋がると考える。
今後は、学生自身が一人でカデンツや和音の変化を意識して弾けるようになるための指導法を考え、実 践していくことが課題である。そのためには、より音を聴く習慣を育てること、和声の自然なエネルギー 関係を自然だと感じられる感覚を養うための経験を増やすこと、楽譜の読み方の指導が必要になると考え る。また、限られた時間の中ではあるが、テクニックの向上についても、より意識を向けて指導していく ことも課題としたい。
また、今回は少人数の学生および短期間における実践の結果のため、今後はより多くの学生を対象に長 期的に観察していきたい。アンケートなども用いてより具体的に学生の理解度をはかりながら、より学生 に伝わりやすく、学生自身の力として演奏表現していけるための指導の在り方について模索していくこと を課題とする。
今後も豊かな音楽を子どもたちに伝えられる保育者・教員を育てられるよう、学生たちの音楽に対する 豊かな感覚を養い、表現の幅を広げていけるように指導していきたい。
注
1)本論文は日本音楽教育学会第48回愛知大会にて行った口頭発表「ピアノ演奏におけるカデンツの指 導法について ―保育者・教員養成におけるピアノ実技の実践を通して」に基づき執筆した。
2)「ピアノ・声楽」の授業は、90分授業のうち45分は声楽の集団指導、45分はピアノの個人レッスンお よび集団練習の形態で行われている。45 分のうち、2、3名を一人の指導者が担当するため、学生 一人あたりの個人レッスンの時間は15分程度である。ピアノのレッスンでは、子どものうたの弾き 歌いとピアノ独奏曲が扱われる。
3)学生の前では「カデンツ」という音楽用語を用いることを避け、「お辞儀の和音」などと呼ぶように していた。
4)吉岡治作詞・小林亜星作曲。
参考文献
・石桁真礼生 『新版 楽式論』(1989年)音楽之友社
・草野次郎 「旋律構造と和声構造に関する考察」 『兵庫教育大学 研究紀要』第22巻(2002年)
119 ‐ 128頁。
・齋木麻美 「ピアノ演奏におけるカデンツの指導法について ―保育者・教員養成におけるピアノ実技 の実践を通して」 『日本音楽教育学会 第48回愛知大会 プログラム』 (2017年) 74頁。
・島岡譲 『和声と楽式のアナリーゼ』(1964年)音楽之友社
・島岡譲 『和声―理論と実習Ⅰ』(1969年)音楽之友社
・砂田眞理子 「ピアノ初心者の心を開く子供の歌の実用伴奏法―和声学に於けるカデンツとコード・
ネームによる伴奏付けの比較から簡易伴奏の可能性を探る―」 『札幌大谷大学・札幌大谷大学短期大学 部 紀要』第47号(2017年) 143 ‐ 155頁。
謝辞
本論文および口頭発表要旨執筆にあたり、ご助言いただきました作曲家 中原達彦先生、新野見卓也氏 に心より感謝申し上げます。