名古屋市内の 3 つの一万歩コースにおける
ウォーキング中の身体活動強度
髙石鉄雄
1*,石原健吾
2,鋤柄悦子
1,3,
稲留友美
2,加藤千晶
2,脊山洋右
2The health-promoting effect of daily physical activity was assessed on walking courses recently established by a local government. We evaluated the quality and quantity of physical activity resulting from ten young females walking on three different courses located in Nagoya city. The length of each course was between 8,600 and 10,000 steps. The exercise intensity level was estimated from the cardiovascular response (% HRR) and blood lactate levels, and the energy consumption was estimated from the count of a pedometer during walking. The results indicate that each course had potential health-promoting effects for middle- and old-aged individuals.
Keywords:healthy lifestyle 健康づくり,exercise intensity 運動強度,pedometer 歩数計,GPS
全地球測位システム,middle- and old-age 中高年
(
1名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科,
2椙山女学園大学生活科学部
管理栄養学科,
3愛知文教女子短期大学生活文化学科)
Physical Activity Levels during Walking on Three Different
10,000-step Courses in Nagoya
Tetsuo TAKAISHI
1, Kengo ISHIHARA
2, Etsuko SUKIGARA
1,3,
Tomomi INADOME
2, Chiaki KATO
2, and Yousuke SEYAMA
2原稿受付 平成 23 年 5 月 2 日;原稿受理 平成 23 年 10 月 12 日
1Graduate School of Natural Sciences, Nagoya City University, Aichi 467-8501 2Department of Human Nutrition, School of Life Studies,
Sugiyama Jogakuen University, Aichi 464-8662
3Department of Life Sciences, Aichi Bunkyo Women’s College, Aichi 492-8521
1.緒 言
健康志向の高まり,医療費個人負担割合の増大,要介護 への不安などにより,中高齢の運動実践者は近年増加傾向 にある.なかでもウォーキングは,自宅を拠点とした運動 (Home Based Exercise)であり,また費用もかからないた
め実践者も多い1). ウォーキング愛好者の増加には,国および地方自治体の 取り組みが深く関係している.国は増え続ける国民医療費 を抑えるために 2000 年から国民の健康づくり運動「健康 日本 21」をスタートさせ,生活習慣病の予防を目的とす る日常的な身体活動量の増加を国民に呼びかけている2). ウォーキングは一人でできる身近な運動として推奨され, 1 日 1 万歩を理想としたうえで,成人については 1 日に 男性 9,200 歩,女性 8,300 歩,高齢者については 1 日に 男性 6,700 歩,女性 5,900 歩とする具体的な努力目標が 示されている.また地方自治体では,医療・介護費用の 公費負担増大に歯止めをかけるために,住民に対する種々 の健康づくり推進・サポート事業が行われている.その一 つが,地域ごとにウォーキングコースを指定あるいは設置
* To whom correspondence should be addressed E-mail:[email protected]
資 料
←抄 録 と 本 文 の 空 き 設 定 1.5 行以上かつ最小
し,ウォーキングを習慣化させて健康づくりを推進する事 業である.この事業は費用も多くはかからないことから各 地に広まっており,いまやウォーキングによる健康づくり はわが国の柱とも言える. 各地にウォーキングコースが設置されているものの,そ れらのコースを歩行した際に,健康維持に有用な運動量や 運動の質が得られるかどうかは,殆ど検証されていない. 健康維持を考える際には,わが国の 3 大死因の 2 つを占 める心臓血管および脳血管系障害の予防3)が重要である. すなわち,これらの原因である肥満,高血圧,脂質異常お よび糖尿病の予防が基本方針となる.日本動脈硬化学会お よび日本糖尿病学会は,それぞれ,脂質異常症治療ガイ ド4),糖尿病治療ガイド5)を発行しており,いずれもそ の予防・改善のための運動として最大酸素摂取量の 50% 程度の有酸素運動をあげている.ところが,髙石ら6)が, ウォーキング習慣のある高齢者を対象に携帯型 GPS と心 拍数モニターを使った調査を行なったところ,ウォーキン グ中の運動強度が心拍数予備量の 40%HRR(40%VO2max とほぼ同等)に満たない,その原因として対象者の多くが 歩数の確保を優先し,坂道や勾配のない平坦なところを 選んで歩く傾向があるなどのウォーキングの実態が明ら かになった.これらは,ウォーキングコースに起伏がない 場合には,たとえ歩数は十分であっても運動強度が上がら ず,期待したほどの健康づくり効果が得られない可能性 があることを示している.このことから,各自治体など でウォーキングコースを指定,設置する際には,既存の ウォーキングコースの地形的特徴,歩行時の運動強度を考 慮した上で,コース整備を行うことが必要であると考え る. 本研究の目的は,名古屋市が市民に対して健康づくりの ために活用することを推奨している名古屋市内の 3 つの 一万歩コースの地形的特徴を示すとともに,各コースを歩 いた場合に「健康づくり」の基本となる運動量および運 動強度が実際に満確保されるか否かをウォーキング中の 種々のデータをもとに検討することである. 2.方 法 (1)コースの特徴 本研究で使用したコースは,名古屋市千種区にある東山 公園一万歩コース(HI)と平和公園一万歩コース(HE), 同市瑞穂区にある瑞穂区一万歩コース(MI)であった. 測 定 者 4 名 が 携 帯 型 の GPS 装 置(eTrex お よ び Geko201,Garmin)を把持した状態で各コースを一定速 度で 2 回歩行し,各一万歩コースの位置情報(緯度,経度, 高度)を 5 秒毎に測定・記録した.得られた情報を用い て Microsoft-Excel 上に移動軌跡図を作成し,WEB から 取り込んだ縮尺 3000 分の 1 地図(マピオン)上に重ね 合わせた(詳細は髙石ら6)参照).またその地図をもとに, マピオンの「キョリ測」機能を用いて各コースにつき 3 回, 縮尺 1500 分の 1 のパソコン画面地図上において歩行距 離を計測した.本番での歩行速度計測のためのチェックポ イントを設定し,その位置情報を得た.これらの測定は事 前調査として実施した. (2)歩行中の運動強度・運動量など 1)被験者 被験者は,歩行運動に影響をおよぼす既往症のない健常 成人女性 10 名(22.3 ± 1.3 歳,159.4 ± 7.4 cm,50.0 ± 4.7 kg)で,定期的な運動習慣をもつ者は 2 名であっ た.本研究は椙山女学園大学倫理委員会の承認および各被 験者からインフォームドコンセントを得て実施した. 2)運動課題 各被験者に 3 つの一万歩コースを各 1 回,3 日間に分 けて普段通りの自由な速度で歩行させ,後述の各種測定を 行った.使用するコースの順は無作為順とし,各コースと も経路は全員同一とした.測定にあたっては,験者が被験 者から一定の距離をおいて後ろを歩き,被験者の歩く速 度に影響を与えないよう留意した.歩行中の会話は必要最 小限とした.なお,測定日の体調および歩行速度確認のた め,各一万歩コースでの歩行に先立ち,平地を通常速度で 250 m 歩行させ(基準平地歩行),その間の心拍数,所要 時間,歩行直後の血中乳酸濃度を測定した. 3)運動強度測定 a)歩数とエネルギー消費量 加速度式の歩数計(Lifecorder EX,スズケン)を使用 し,歩行中の歩数を測定した.また,記録された 2 分毎 の加速度強度(0 ~ 9 段階)と体重,運動時間から代謝当 量(METs)および消費エネルギーを計算した.なお,計 算式は Kumahara ら7)の評価式(以下)を使用した. METs = 0.043x2+ 0.379x + 1.361 (ただし,x はライフコーダに記録された加速度強度値) エネルギー消費量(kcal)= METs ×体重(kg)×運動 時間(h)× 1.05 b)心拍数 腕時計式心拍数記録装置(Accurex Plus,Polar)を使 用し,運動課題中の 5 秒毎の平均心拍数を測定・記録した. 歩行とは別に室内座位安静状態において記録した安静時 心拍数,220 -年齢による推定最大心拍数をもとに心拍 数予備量(HRR;Heart Rate Reserved)を求め,運動時 の心拍数を心拍数予備量に対する百分率,すなわち %HRR
に変換した. c)血中乳酸濃度 高強度運動においては無酸素性代謝が亢進し,血中乳酸 濃度が上昇する.運動強度が高いと予想される坂道や階段 を上った際の運動強度を把握するため,簡易乳酸測定器 (Lactate Pro,Arkray)を使用し,上肢指先から採取した 微量血液により血中乳酸濃度を測定した.測定は各コース とも,運動前,基準平地歩行直後,各コース歩行中最も 運動強度が上がると予想される坂道(予備実験にて決定) を上りきった直後,各コース歩行終了直後の合計 4 回で あった.
d)主観的運動強度(RPE;Rate of Perceived Exertion) 運動課題中に感ずる精神的負担度を把握するため,一万 歩コースにおける歩行開始から 10 分毎および各コースの 中で最も運動強度が高いと予想される坂道(前述)を上 りきった直後に主観的運動強度(RPE)の聞き取り調査を 行った. (3)統計処理 データは平均値±標準偏差(SD)で表示した.各コー ス歩行時の所要時間,歩数,歩行速度,歩幅,心拍数,% HRR,血中乳酸濃度,RPE 値に対して一元配置分散分析を 行い,有意と判定された場合には,Tukey 法による post hoc test を行った.危険率 5%未満を統計的に有意と判定 した. 3.結 果 (1)コースの概要 名古屋市が WEB 上に公開している各コース地図のス タート地点からの距離と各コースの最も低いところを基 準とした起伏との関係を図 1 に示した.図中の矢印は, 各コースにおいて最も運動強度が高いと予想される坂道 (血中乳酸濃度測定地点)を示す.各コースの長さはそれ ぞれ HI,HE および MI の各一万歩コースについて 6067 ± 8 m,6390 ± 7 m および 6544 ± 8 m であった.HI および HE には約 60 m の高低差があり,HI,HE ともに その 3 分の 2 程度が未舗装路であった.MI については高 低差が約 30 m で,コースのほぼ全てが舗装路であった. 図 1 に示されたように,HI については,高低差が大きい だけでなく山道とも言える路面の起伏が大きい箇所があ ちこちに認められた.HE については,高低差は大きいが 全般的に個々の坂道が長いため急勾配といえるところは なかった.MI については,最初の約 1.5km はほぼ平坦で 図1 名古屋市内における3つの一万歩コースのスタートからゴールまでの距離と 各コースの最下点を基準とする相対的高度との関係
あるが,コース中程から,距離が短く勾配の大きな坂道が 多数存在した. (2)歩行に要した時間,歩行速度,歩数,歩幅 各一万歩コース歩行に先だって行った基準平地歩行の 際の平均速度は,HI,HE および MI のそれぞれについて 83.6 ± 10.3 m/ 分,86.1 ± 7.4 m/ 分および 83.9 ± 7.7 m/ 分であり,HE での測定実施日の歩行速度が若干速い ように見られたが各速度間に統計学的有意差は認められ なかった.また,各一万歩コースでの歩行については表 1 にある通り,所要時間はいずれも 70 分を越え HE < MI の有意な関係があった.歩行速度については,HI < HE の有意な関係が認められた.なお,平均歩数に関してはい ずれも 9000 歩を下回り,コース間に有意差は認められな かった.距離と歩数から算出した歩幅の平均値は,HI の 値が他の 2 つのコースに比べて有意に小さかった. (3)運動強度 1)エネルギー消費量 歩数計データをもとに算出した各一万歩コースでのエ ネルギー消費量は HI,HE および MI の各一万歩コースに ついてそれぞれ 278 ± 38 kcal,282 ± 31 kcal および 256 ± 46 kcal であった.また,同エネルギー消費量か ら各歩行時間分の安静時エネルギー消費量を差し引いた 値はそれぞれ 210 ± 32 kcal,212 ± 36 kcal および 187 ± 44 kcal であった.いずれの評価値についてもコース間 に有意な違いは認められなかった. 2)心拍数および相対的心拍数強度(% HRR) 各コースでの歩行に先だって行った基準平地歩行中の 平均心拍数,および各一万歩コースにおける全行程を通し た心拍数の平均値とその間に測定された最高心拍数,さ らにそれらを% HRR に換算した結果を表 2 に示した.MI の平均心拍数と% HRR 値は他の 2 つのコースに比べて小 さかったが,その違いは有意ではなかった.最高心拍数は, HI の値が他の 2 つに比べて有意に高かった. 3 つの一万歩コースを歩行した際の運動強度変化の一例 を図 2 に示した.いずれの被験者についてもほぼ同様の 変化パターンが観察され,最も運動強度が高いと予想され る地点(図内矢印)において乳酸濃度および RPE の最大 値が得られた被験者の割合は,HI,HE および MI につい てそれぞれ全被験者 10 人中,10 人,7 人および 9 人で あった. 各コースにおける心拍数を% HRR に変換し,強度区 分ごとの頻度を 1 データ 5 秒として各区分の運動時間を 図 3 に示した.各コースとも,時間が最も長いのは 30 ~ 40%HRR 区分であった.50% HRR 以上の運動時間は, HI,HE および MI のそれぞれについて,19.2 ± 20.6 分, 11.8 ± 12.9 分,10.1 ± 11.6 分であった. 3)歩行中の代謝当量 各コースにおける歩数計の加速度強度を代謝当量に変 換し,強度区分ごとの運動時間を図 4 に示した.各コー スとも,時間が最も長いのは 4.3 ~ 5.1 METs 区分(加速 度強度 5)であった.代謝当量が 4.3 METs 以上となる運 動時間は,HI,HE および MI 一万歩コースについてそれ ぞれ 49.8 ± 27.4 分,47.7 ± 27.5 分および 32.7 ± 32.2 分であった. 4)血中乳酸濃度 表 3 に各コース合計 4 回の血中乳酸濃度測定の結果を 示した.最も運動強度が高いと予想される坂道を登りきっ た直後の血中乳酸濃度は,HI > MI > HE の順に有意な大 小関係が認められた. 5)主観的運動強度 歩行中の RPE の結果を表 4 に示した.歩行開始から約 表1 所要時間,歩行速度,歩数および歩幅の比較 表 2 心拍数および% HRR の比較
4.考 察 本研究では,3 つの一万歩コースにおいて被験者を自由 な速さで歩行させ,種々のデータを得た.各コースにおけ る歩数と時間との関係から得られる 1 分間あたりの平均 歩調は,HI,HE および MI のそれぞれについて 115.2 歩 / 分,121.3 歩 / 分および 114.3 歩 / 分であった.HE の 数値が若干大きいが,これらは先に報告されている同年 1.5km にわたってほぼ平地が続く MI 一万歩コースでは歩 行開始 10 分の時点で RPE が 10 を下回り,MI < HI の有 意な関係が認められた.MI は終盤に向かって少しずつ増 大する傾向が認められ,歩行開始 70 分後の値は HI < MI であった.各コースにおいて最大の運動強度が予想される 坂道を上り切った直後では HI,MI ともに RPE が 14 を越 え,これら 2 つのコースには中等度強度を越え高強度に 至る個所があることが分かった.HE の RPE は,ほぼ一貫 して比較的低い状態が続いた. 図2 名古屋市内における3つの一万歩コースを同一被験者が歩行した際の 運動強度(心拍数)変化の一例 図 3 各コースにおける% HRR による推定代謝当量区分と 運動時間割合との関係 図 4 各コースにおける歩数計加速度強度による推定代謝当量区分と運動時間との関係
れらの知見はいずれも,1 日 1 万歩の実践が健康づくりに とって有効であることを裏付ける. 今回の 3 つのコースと同様,国内各地の「一万歩コース」 には,コース周辺住民に歩行による健康づくり効果を期待 させ,その実践を促す狙いがあるものと考えられる.しか し,本研究で取り上げた HI,HE および MI の各コースは, 国が示している成人女性の目標値(8,300 歩)を満たした ものの,本被験者延べ 30 人分の歩数データの中に 1 万歩 を越えるものは皆無であった.ただし「1 万歩」をあくま でエネルギー消費量の目安と考え,60kg の成人に対する 一日の推奨消費エネルギー 300 kcal を平均体重 50kg の 本被験者にスケールダウンした場合,その目標値は 250 kcal となる.歩数計に記録された加速度強度を元に算出 した運動中のエネルギー消費量は,HI,HE および MI の 各一万歩コースについてそれぞれ 278 ± 38 kcal,282 ± 31 kcal および 256 ± 46 kcal であり,いずれもこれを上 回る.したがって,本研究で使用した 3 つの一万歩コー スは,1 万歩を満たさないまでもコース上に多数の坂や階 段を含むことで平地での 1 万歩に相当するエネルギー消 費量を確保していると判断され13),「一万歩コース」と呼 代女性の通常歩行の歩調とほぼ一致する8,9).このことか ら,本研究の被験者はいずれのコースにおいても同歩行が 種々の測定を伴う課題歩行であることに影響されること なく通常通りの歩調で歩いたと考えられ,コース間に認め られた心拍数を始めとする各種データの平均値の違いは, 各コースの坂道の勾配や長さ,あるいはその頻度などの違 いを反映したことが考えられる. (1)運動量(歩数,消費エネルギー) Paffenbarger ら10)は,疾病予防のための身体活動量の 目安として 1 日当たり約 300 kcal のエネルギー消費に相 当する身体活動を推奨している.これは体重 60kg の人の およそ 1 万歩の歩行に相当し,わが国で 1 万歩が推奨さ れる根拠となっている2). 山本ら11)は中年女性を対象とした研究の中で,1 日 1 万歩を歩くことは中等度強度の活動時間を増やし体脂肪 の減少をもたらしたことから,同歩行が冠動脈危険因子の 状況改善につながる可能性を示唆している.また,安部 ら12)は中年男性を対象とし,1 日の平均歩数が 1 万歩以 上を示す人はそれ以下の人に比べて体脂肪率や血清コレ ステロールがより良い状態にあることを報告しており,こ 表 3 各測定地点における血中乳酸値の比較 表 4 各時点における RPE の比較
んで差し支えないと言える. (2) 運動強度 1) % HRR について アメリカスポーツ医学会(ACSM)は,成人の呼吸循環 器系の健康づくり,あるいは血管系障害の予防のための運 動強度と量の目安として 50% HRR を越える大筋群活動を 1 日に 20 分以上行うことを推奨している14).本研究の基 準平地歩行の際の運動強度(表 2)は,歩行速度 85 m/ 分に対し,約 30% HRR 強であったが,各コース上では平 均歩行速度は平地と同程度ながら,運動強度は坂道や階段 を含むことで運動強度は約 40% HRR へと 3 割程度増大 した.ただし,運動強度ごとの累積時間(図 3)を見ると, HI については 50% HRR 以上で歩行している時間が約 20 分確保されていたが.他の 2 つのコースはいずれも同強 度の累積時間が 10 分強であり,3 つのコースの健康づく り効果に違いが出る可能性が示された. 2) 加速度強度と METs 値について 本研究ではさらに,歩数計の加速度強度,すなわちその 歩行がどれだけ動的に活発に行われているかという指標 から先行研究の推定式にしたがって METs 値(代謝量によ る運動強度の絶対評価値)を算出した(図 4).次に,こ の数値を元に,各コースでの歩行が健康づくりに対してど のような意味を持つかを考察する. 「健康づくりのための運動指針 2006」では,1 週間に 23 エクササイズの活発な(3 METs 以上)身体活動を行 い,そのうち 4 エクササイズは活発な運動を行うことを 推奨している15).同指針に従えば,本研究において各コー スを歩く前に実施した基準平地歩行(81 ~ 88m/ 分)の 強度は 3.3 ~ 3.6METs である.これに対し,本研究のコー ス全体を通しての METs 値は,HI,HE および MI につい てそれぞれ 4.4 ± 0.8 METs,4.5 ± 0.8 METs,3.8 ± 0.9 METs であった.これらの数値は,平地におけるやや速 めの歩行(94 m/ 分;3.8 METs)に匹敵あるいはそれよ り 15%以上も高強度であった.また,加速度強度 5(4.3 METs)を越える歩行の累積時間はいずれのコースも 30 分を大きく超え,さらに HI および HE においては,加速 度強度 6(5.2 METs)を越える歩行が 10 分以上含まれて いた.これら高強度の歩行を含め,いずれのコースも歩き 終えるまでに 70 分以上を要したことから,各コースの歩 行は 4.8 ~ 5.5 エクササイズに達する.したがって,この 歩行を週に 3 日程度実践し,残り 4 日間についてこまめ に身体を動かす生活を続けていれば,1 週間の身体活動の 合計は運動指針にある 23 エクササイズを満たすことが可 能となる. 3) 血中乳酸濃度について 一方,わが国で近年問題となっている要介護者の増加原 因を見るに,特に中高齢者においては身体的自立能力確保 のための脚筋量および脚筋力の維持につながる運動の実 践が必要であり16),長時間の有酸素運動のみならず無酸 素運動(筋力トレーニング)を普段の生活に取り入れる必 要がある. 本研究では,無酸素的な筋活動が行われたことを反映す ると考えられる血中乳酸濃度を測定し,今回対象とした 一万歩コースが筋力づくり効果を持つか否かについても 検討した.その結果,最も運動強度が高くなると予想され る急勾配を上りきった直後の血中乳酸濃度は,コース間 で有意な違いが認められた.なかでも,通常の建物にあ る階段に比べて段差の大きい階段が続く HI においては血 中乳酸濃度が 3.6 ± 0.7 mmol/L にまで上昇し,その値は 他の 2 つのコースに比べて有意に高値であった.運動に よるこのような血中乳酸濃度の上昇には成長ホルモンの 分泌を促し17),さらに筋萎縮を抑制する効果が期待でき る18).歩行途中の運動強度が筋力トレーニングに順ずる レベルにまで上昇したことは,急勾配での運動継続時間が 比較的短かったにも関わらず RPE が 15(きつい)を超え ていたことにも表れており,同コースを積極的に歩くこと は下肢の筋力づくりに有効となる可能性がある19).また, MI において最大血中乳酸濃度が測定された坂道は最大勾 配 20%(70 m の間に 14 m 上昇)であり,標高差は階段 80 段分に相当した.この坂道については,極めて急勾配 であることから被験者が始めから歩行速度を落としたこ とで血中乳酸濃度は 2.3 mmol/L にとどまったが,ここで の歩行は大腿部や下腿部に大きな負担のかかるものであ り,脚筋力低下の防止につながることが推察された.なお, 本研究では被験者への負担軽減のため途中の急勾配等で の乳酸濃度測定を 1 か所のみとしたが,図 2 に示された ように HI,MI では,急勾配による心拍数増加が何度も認 められ,これらの地点でも一過性に無酸素代謝が亢進し, 血中乳酸濃度が大幅に上昇していたことが予想される. Nemoto ら20) や Morikawa ら21)は,1 万歩近く歩いた としても通常歩行では脚筋力の増加は認められないとし ている.基準平地歩行において血中乳酸濃度が歩行前のレ ベルと大差がなく(表 3),その一方で急勾配の上り坂や 階段での血中乳酸濃度の大幅な上昇を見るに,このような 立体移動を要する一万歩コースを定め,その歩行を推奨す ることは意義あることと考える.これに対し,種々のデー タが示すように HE においては他の 2 つに比べて運動強度 が若干低い傾向があった.この理由として,HE はコース 全体が丘陵地であり,上り下りの勾配が全般的にゆるやか で長めであったことが考えられる. 一方,このように坂道や階段が数多く含まれていたにも 関わらず,各コースでの全歩行終了直後の血中乳酸濃度は
測定を実施した場合には,本研究結果に比べて 50% HRR を越える運動時間の占める割合が高くなった可能性があ る.これは,健康づくりにとって望ましいことと考えられ るが,途中,本被験者の運動強度が 77% HRR,血中乳酸 濃度が被験者によっては 4 mmol/L を越えたことを考える と,コースや歩行速度次第では,一部の中高齢女性にとっ て呼吸循環器系あるいは下肢の筋肉や関節に対し過度の 負担が生じることが予想される.既往症がある場合には急 勾配は避ける,あるいは歩行速度を大幅に落とすなどが必 要である.また,HI と HE については未舗装で足を滑ら せやすい路面,つまずきやすい路面があるため,一般に骨 密度に劣り転倒が骨折につながりやすい女性では特に注 意を要する. (5)今後の課題 本研究では,女子大学生が一万歩コースを歩いた際の 種々のデータを基に運動強度を評価し,そのコースを歩く ことによる健康づくり効果について検討した.高齢者に予 想される運動効果についてもふれたが,得られた結果はあ くまで若い成人女性のものである.今後は,中高齢者を対 象とする測定,あるいは一定期間これらのコースを歩いた 際の運動効果の評価なども必要である. 5.まとめ 本研究では,3 つの一万歩コースを通常速度で歩いた場 合の運動量と運動強度が平地を歩いた場合とどの程度異 なるかという観点から,各コースの特徴を明らかにした. その結果,若年成人女性の歩数はいずれのコースにおいて も 1 万歩に達しなかったが,国が示した成人女性の歩数 の目標値を満たし,運動による 1 日のエネルギー消費量 を確保できると考えられた.また,坂道の勾配,心拍数予 備量,代謝当量,血中乳酸濃度などのデータから,坂道を 含むことが運動強度を上げることに貢献していること,下 肢筋群に対しても一定の筋力維持効果が期待できること が示唆された. 引 用 文 献 1) 内閣府,大臣官房政府広報室,体力・スポーツに関する 世論調査報告書,(2010) 2) 厚生労働省:21 世紀における国民健康づくり運動(健康 日本 21)(2000) 3) 厚生労働省:「平成 20 年度人口動態統計の概況」(2009) 4.) 日本動脈硬化学会:動脈硬化性疾患予防のための脂質異 常症治療ガイド 2008 年版 株式会社協和企画(2008) 5) 日本糖尿病学会:糖尿病治療ガイド 2008-2009 南光 堂(2008) 6) 髙石鉄雄,山田美恵,田中 勤,金若美幸,柳澤尚代. 運動前または基準平地歩行に対して同等または低値を示 した.これらは,各一万歩コースでの歩行が被験者にとっ て過度の負担にはなっていなかったことを示すと同時に, 各コースを決められた地点からスタートすれば,最後は下 り坂でのクーリングダウンでウォーキングを終了するこ とを意味する.努力を強いる歩行ばかりでは身体的あるい は精神的疲労,あるいは関節障害の発生につながる可能性 がある.健康づくりに必要な適度の高低差を含むことは重 要であるが,疲労感を残さずにウォーキングを終えること のできるコースを設定することも,運動の継続性の面にお いては重要かもしれない. (3)本研究の問題点 本研究では,加速度計内蔵の歩数計を使用し,その歩 行強度をもとに METs 値およびエネルギー消費量を推定し た.山田と馬場22)は,本研究で使用した歩数計と同じ加 速度計を内蔵したカロリーカウンターを使用し,階段運動 時のエネルギー消費量が,上りでは 47%過小評価,下り では 42%過大評価されたとしている.階段同様,坂道の 上りでは支持脚側の足よりも前に踏み出した脚の足位置 が高いため平地歩行時に比べて着地時の衝撃が小さく,ま た,下りでは逆に前足が支持足よりも低くなるため着地 時の衝撃が平地歩行に比べて大きくなる.これらの現象 は,一般に平地に比べて上りで大きく増大,下りで減少す る歩行時のエネルギー需要量とは逆の関係にあるため23), 加速度をもとに作成した推定式から算出した消費エネル ギーは,上り勾配で過小評価,下り勾配で過大評価され る.従って,起伏に富む今回の 3 つの一万歩コースでは, エネルギー消費量は歩数計強度を元に算出した数値以上 であった可能性がある.また,加速度強度が勾配の変化に 伴って瞬時に変化するのに対し,心拍数は必ず応答の遅 れが生じる.階段や急な勾配を上った直後の %HRR 値は, 呼吸循環器系に対する負担を過小評価している可能性が ある. (4)測定結果の中高齢者への応用 本研究の被験者のうち日常的にスポーツ活動を行って いたのは 10 名のうち 2 名であったが,全員が大学生であっ たことから呼吸循環器系の能力を示す最大酸素摂取量は 65 歳程度の女性に比べて約 33%,同年齢程度の男性に 比べても約 20%高かったことが予想される24).また,筆 者らが過去に行った調査において平均 69.6 歳の高齢者が 85 m/ 分程度で平地を歩いた場合の運動強度は 37% HRR 程度であったのに対し6),本研究の成人女性が同程度の速 度で平地を歩いた場合の運動強度は 30% HRR 前後であっ た.したがって,今回の被験者に比べて体力や体格に劣る 女性中高齢者が今回の一万歩コースを大学生と同じ速さ で歩くことは考えにくいが,高齢者を被験者として同様の
15) 厚生労働省:健康づくりのための運動指針 2006(2006) 16) Janssen, I., Steven, B., Heymsfield, M.D., and Ross, R.
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