はじめに
スペースデブリ(2)への対処は、今日、宇宙活動をめぐって人類が直面して 論 説スペースデブリと宇宙諸条約上の損害責任の制度
中 村 仁 威
(1) はじめに 1 .宇宙諸条約における損害責任の仕組み 2 .デブリによる損害の宇宙諸条約における扱い 3 .宇宙諸条約の実効性強化の方途 4 .デブリの能動的除去に伴って発生する損害への対応 終わりに * 本稿は、公刊物に依拠しつつ、国際法の一研究者の立場で記述したものであっ て、法的解釈や政策等に係る意見は、筆者の属する組織の立場を表明し、推察さ せ、又は予測させるものではない。 ( 1 ) 1969年生まれ、早稲田大学卒、1992年外務省採用、国際法局条約課長などを経 て、2018年 2 月から在米国大使館公使。この間、中央大学大学院法学研究科にて現 代日本外交論(2003─09年)、早稲田大学法学部にて国際法特論(安全保障)(2013─ 18年)、中央大学法学部にて国際法(2017年)をそれぞれ担当。2019年10月からジ ョージ・ワシントン大学宇宙政策研究所客員研究員を兼ねる。電子商取引など新形 態のビジネスをめぐる法的問題の解明に尽力されてきた江泉芳信教授に敬意を表 し、宇宙ビジネスの今後の発展を見据えた検討を行う。 ( 2 ) 宇宙条約等の多数国間国際約束にスペースデブリの定義が置かれたことはない が、種々の国際的なガイドラインにおいて定義が置かれている。ここでは、国連宇 宙空間平和利用委員会(Committee on the Peaceful Uses of Outer Space:COPUOS)いる難題の中で、最も多くの人々の関心を集めているものの一つである。 国際的な議論は、国連の宇宙平和利用委員会(Committee on the Peaceful Uses of Outer Space:COPUOS)を始めとするいわゆる宇宙コミュニティ で行われてきているが、2019年 6 月には、G20の枠組みでも初めて扱われ た(持続可能な成長のためのエネルギー転換と地球環境に関する関係閣僚会合)(3)。 これまで、主なデブリ対策として、①宇宙状況監視(Space Situational Awareness:SSA)の一環としてデブリを監視し、衝突危険性が生じれば、 衛星運用者がこれを回避すること(4)、②ロケットと衛星の技術的仕様や使用 態様をデブリを低減する方向で改善するとともに、任務終了後の衛星を混 雑軌道から引き離すべく遠隔軌道(墓場軌道)への移動(リ・オービット) や制御された形での大気圏突入の促進(デ・オービット)を行うこと(Post Mission Disposal:PMD)、③上記②について、国際的なガイドラインを作 成して各国の行動の均霑や各国による対策の更なる改善を図ることが行わ れてきた(5)。加えて、近年、宇宙空間におけるデブリの能動的除去(Active Debris Removal:ADR)の 技 術 開 発 が 進 み つ つ あ る。2018年 9 月 に は Surrey Satellite Technology 社が小型衛星から射出した網によるデブリ捕 が作成したスペースデブリ低減ガイドライン(Space Debris Mitigation Guidelines of the Committee on the Peaceful Uses of Outer Space, A/62/20(2007), Annex, pp.47─50)における定義である「地球周回軌道上にあるか、又は大気圏に再突入し つつある人工の物体(破片及び部品を含む。)であって機能していないもの」を前 提として議論を進める。本文中では、単に「デブリ」と呼称する。 ( 3 ) 城内環境副大臣記者会見録(令和元年 6 月20日)(https://www.env.go.jp/ annai/kaiken/r1/0620.html)(2020年 1 月18日最終閲覧)。 ( 4 ) 2019年 4 月、米ワシントン DC で開かれた日米安全保障協議委員会(いわゆる 日米「 2 + 2 」)の際に、2023年に日本政府が打ち上げ予定の衛星に米国の SSA セ ンサーを搭載する旨が発表された(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000470738. pdf)(2020年 1 月18日最終閲覧)。衛星とペイロードを組み合わせての協力は、同 盟国の関係当局の間に高度の信頼関係が成立していることを意味し、日米宇宙協力 が新たな段階に入ったことを意味する。 ( 5 ) 中村仁威「スペースデブリの除去をめぐる国際法上の課題」早稲田大学アジア 北米研究所編『地域研究としてのアジア学』(DTP 出版、2020年)109─113頁。
獲の実証実験に初めて成功し(6)、日本に本社を置く(株)アストロスケール も、2020年にデブリ除去実証衛星の打上げを予定している(7)。国立研究開発 法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、2018年度から「デブリ除去技術 の実証ミッションの開発」事業として、民間事業者の参画を得て、世界初 の大型デブリ除去の実証を目指した開発を行っている(8)。 これらのデブリ対策は、宇宙条約(9)、宇宙損害責任条約(10)等の宇宙諸条約(11)が 設定する法的な規範の上でとられているが、宇宙諸条約自体はデブリ問題 の深刻さが広く認知される前に作成されたので、そのいずれにもデブリに 対する明示的な言及がない。その中で損害責任制度がデブリについて持つ 機能を検討することは、( 1 )当該制度がデブリによる損害の処理にどの 程度役立つかを把握する上で必要であるだけでなく、( 2 )デブリの低減 に対して持つ効果を把握する上でも重要である。けだし、自らの衛星等に ( 6 ) Surrey “RemoveDEBRIS space junk net capture success!”, at https://www. sstl.co.uk/media─hub/latest─news/2018/removedebris─space─junk─net─capture─ success (last visited on Jan. 18, 2020).
( 7 ) Astroscale “Missions”, at https://astroscale.com/missions/elsa─d/ (last visited on Jan. 18, 2020). ( 8 ) 文部科学省「令和 2 年度 文部科学省宇宙関係概算要求について」(2019年 9 月26日、科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会宇宙開発利用部会(第51回)) (http://www.mext.go.jp/kaigisiryo/2019/09/__icsFiles/afieldfile/2019/09/25/ 1421471_2.pdf) 1 ─ 2 頁(2020年 1 月18日最終閲覧)。 ( 9 ) 「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原 則に関する条約」(宇宙条約)(1967年発効)(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/ treaty/pdfs/B─S42─0651.pdf)。 (10) 「宇宙物体により引き起こされる損害についての国際的責任に関する条約」(損 害責任条約)(1972年発効)(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/B─S58 ─0197.pdf)。 (11) 本稿では、「宇宙諸条約」の語を、宇宙条約及び損害責任条約に加え、「宇宙空 間に打ち上げられた物体の登録に関する条約」(物体登録条約)(1976年発効) (https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/B─S58─0217.pdf)及び「宇宙飛行 士の救助及び送還並びに宇宙空間に打ち上げられた物体の返還に関する協定」(救 助返還協定)(1968年発効)(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/B─S58 ─0189.pdf)の総称として用いる。
由来するデブリによって他国の衛星等に損害を引き起こせば当該制度の中 で不利益を被るとなれば、デブリ低減の誘因が生まれるからである。さら に、かかる検討は、( 3 )ADR 技術が発達する中、ADR 実施時に誤って 除去対象以外の衛星等に対して損害を与えた場合にその責任問題をどう処 理する必要があるかを見通し、ADR 事業者やその打上げ国に必要な準備 の機会を与える上でも重要である。以下では、これらの 3 点の解明を目指 した検討を行う。
1 .宇宙諸条約における損害責任の仕組み
慣習国際法上、国家が負っている国際法上の義務に違反した場合には、 当該国家に国家責任(state responsibility)が生じ、当該国家はそのような 国家責任を解除する義務(12)を負う(13)。 ある国の政府機関以外の私人が行う行為については、国による指示や容 認によって私人の行為が国に帰属すると観念される限られた場合を除け ば、私人の行為による他国法益の侵害の発生を国家が防止するために「相 当の注意」(due diligence)を払う義務を国際法上負っているにもかかわら ず、その国が当該「相当の注意」を払わなかった場合に限り、その国は国 家責任を負う(14)。 (12) 国家責任の解除方法の総称について、国際司法裁判所規程第36条 2 d は “reparation”の語を用い、日本政府はこれを「賠償」と訳している(「国際司法裁 判所規程」(1945年発効)(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/B─S38─ P1─213_1.pdf))。“reparation”の基本形態には、一般に、“restitution”(原状回 復)、“compensation”(金銭賠償)及び“satisfaction”(満足)の 3 つがあるとさ れる(萬歳寛之『国際違法行為責任の研究―国家責任論の基本問題―』(成文堂、 2015年)148頁)。 後 述 す る よ う に、 損 害 責 任 条 約 で 想 定 さ れ て い る の は “compensation”(金銭賠償)であるが、日本政府は、同条約の和訳文において、 これも「賠償」と訳している。以下では、同条約上の“compensation”は、当該 和訳文どおり「賠償」と記述するが、その内実は、金銭賠償を意味するものとす る。 (13) 小松一郎『実践国際法(第 2 版)』(信山社、2015年)333頁。一方、宇宙条約及び損害責任条約は、宇宙活動の特殊性を反映して、次 のように特異な規範を設定している。 ( 1 ) 国家への責任の集中 宇宙条約第 6 条第 1 文は、条約の当事国が、宇宙空間における自国の活 動について、それが非政府団体によって行われる場合であっても国際的責 任(international responsibility)を有し、自国の活動が同条約の規定に従っ て行われることを確保する国際的責任(international responsibility)を有す る旨を規定する。また、同条約第 7 条は、条約の当事国が、宇宙空間に物 体を発射し若しくは発射させる場合又はその領域若しくは施設から物体が 発射される場合には、その物体又はその構成部分が地球上、大気空間又は 宇宙空間において他の当事国又はその自然人若しくは法人に与える損害に ついて国際的に責任を有する(internationally liable for damage)旨規定す る。 前述のとおり、慣習国際法においては、私人の行為によって結果として 他国法益への侵害が発生したとしても、国家が国家責任(state responsibil-ity)を負うのは、当該私人の行為が当該国家に帰属すると観念される限 られた場合を除けば、当該国家に「相当の注意」を払う義務が課せられて いながらそれを履行しない場合に限られる。この点、宇宙条約は、国家に 対する「相当の注意」義務を通じて私人の行動の整序を間接的に確保する のではなく、私人による宇宙空間における活動を、例外なく国家自身の活 動とみなして、他国との関係で当該国家が直接に国際的責任 (internation-al responsibility)を有するとしている。したがって、仮にある国の私人に よる宇宙空間における活動により他国法益への侵害が発生した場合には、 当該ある国の国家機関自身の活動によって生じた法益侵害の場合と全く同 じく、条約が規定する責任原則(過失責任/無過失責任、免責事由等)に従 って、国家責任(state responsibility)の有無等を議論していくことにな (14) 山本草二『国際法における危険責任主義』(東京大学出版会、1982年)233頁。
る。 宇宙条約第 6 条第 1 文後段は、条約の当事国が、「自国の活動がこの条 約の規定に従つて行なわれることを確保する国際的責任を有する」と規定 し、第 2 文は、「(略)宇宙空間における非政府団体の活動は、条約の関係 当事国の許可及び継続的監督を必要とするものとする」と規定する。これ は、前述の「相当の注意」義務とは異なるものであり(15)、国家への責任集中 の原則(第 6 条第 1 文前段)を締約国内で制度的に担保するために導入し た義務だと考えるべきである。 このような制度が導入された交渉の経緯としては、ソ連(当時)が宇宙 活動には国家だけが従事できることとすべしと主張したのに対し、西側諸 国が宇宙活動から非政府団体を排除することに反対した結果、妥協とし て、非政府団体による宇宙活動を容認しつつ、国際的責任は全て国家が負 い、かつ、国家が非政府団体に対して活動の許可と継続的監督を行うこと になったことがあるとされる(16)。 一方、交渉経緯とは別に、国家責任法の発展過程における本制度の法理 論的な意義は何であろうか。宇宙活動は、原則として、それ自体が国際法 で禁じられたものではないが、高度の危険を伴う活動であり、一旦事故が 発生すれば、深刻な損害が広範囲に及ぶおそれがある。そのため、いわゆ る危険責任主義(高度の危険を内蔵する活動が国際社会に対して創出する危険 について、国家としての保証を与えるために、これらの活動を行い又は許可し た国家に国際責任を負わせる考え方(17))を採用して、企業による宇宙活動であ っても国際的責任は全て国家に負わせることによって、国際社会に対する 危険にかんがみ、私人が宇宙条約を遵守するよう国家による保証を与える ことを義務付けたものと理解できる(18)。また、萬歳寛之が指摘するように、 (15) 池田文雄『宇宙法論』(成文堂、1971年)198─199頁。 (16) 同上、195─196頁、198頁。 (17) 国際法学会編『国際関係法辞典(第 2 版)』(三省堂、2005年)168─169頁。 (18) 山本『前掲書』(注14)235─236頁;山本草二「宇宙開発」『未来社会と法:現 代法の諸問題 4 』(現代法学全集54)(筑摩書房、1976年)73─78頁。
この制度は、私人の行為に係る国家責任の基礎を国家と私企業との間の属 人的連関(許可・継続的監督といった国家の支配命令権)に求めているとい う点で、領域や高権的範囲内での国家機能の排他性に国家責任の基礎を求 めてきた伝統的な国家責任法の考え方とは一線を画するものである(19)。 ( 2 ) 地表・飛行中の航空機に対する損害の場合の無過失責任 宇宙条約の諸規定を充実化するための補足的規定として作成された(20)損害 責任条約の第 2 条は、「打上げ国は、自国の宇宙物体が、地表において引 き起こした損害又は飛行中の航空機に与えた損害の賠償につき無過失責任 を負う」(absolutely liable to pay compensation)と規定する。
無過失責任は、国際法益を侵害する行為(作為又は不作為)につき、そ の行為に関わる国家の側に故意又は過失がなくても、その侵害に対して当 該国家に責任を負わせる考え方である(21)。宇宙物体が地表(22)に落下して引き起 こす損害は深刻かつ広範囲に及ぶおそれがあり、かつ、被害者は、通常、 損害を引き起こした宇宙物体をめぐる事業や関連の施設・設備を管理でき る立場にはなく、専門技術に精通してもいないから、原因者の過失を立証 することは極めて難しい(23)。宇宙活動のこのような例外的な性格を踏まえ、 多くの国の不法行為法でも採用される過失責任の原則の例外として、無過 失責任原則を採用したものと理解できる(24)。 無過失責任が免除されるのは、「損害の全部又は一部が請求国又は請求 国により代表される自然人若しくは法人の重大な過失又は作為若しくは不 (19) 萬歳『前掲書』(注12)75─80頁、86─90頁。
(20) L. Smith and A. Kerrest, “Article II (Absolute Liability)”, S. Hobe et al. (eds.), Cologne Commentary on Space Law Vol.2 (Carl Heymanns Verlag, 2009),
p.119. (21) 国際法学会『前掲書』(注17)836─837頁。 (22) 以下、条文の引用又は要約を除き、「地表」は「飛行中の航空機」を含むもの とする。 (23) 山本『前掲書』(注14)11─12頁。 (24) 同上、64頁。
作為(損害を引き起こすことを意図した作為若しくは不作為に限る。)により 引き起こされたことを打上げ国が証明した場合」に限られる(同条約第 6 条 1 )。その場合であっても、国際法に適合しない打上げ国の活動によっ て損害が引き起こされた場合には、免責は認められない(同条約第 6 条 2 )。このような免責事由の限定もまた、危険責任主義の徹底の現れと見 ることができよう。 宇宙物体やその構成部分の落下の情報に接した締約国は、打上げ機関及 び国連事務総長にその旨を通報し(救助返還協定第 5 条 1 )、落下物が発見 された領域について管轄権を有する締約国は、打上げ機関の要請に応じ て、要すれば打上げ機関の援助を受けて、回収のために可能な措置をとる (同条 2 )。落下物が打上げ機関の領域外で発見されれば、当該機関の要請 に応じて、当該機関に引き渡されるか、その処理に委ねられる(同条 3 )。 なお、損害責任条約においては、国家責任を解除する方法として “compensation”(日本政府による和訳は「賠償」)を規定している。この 「賠償」は、同条約第13条において、他の形態による賠償の支払について の合意が成立する場合を除くほか、請求国又は賠償国の通貨により支払う 旨規定していることに見られるように、金銭賠償を意味する(25)。 ( 3 ) 地表以外の場所における損害の場合の過失責任 損害責任条約第 3 条は、「損害が一の打上げ国の宇宙物体又はその宇宙 物体内の人若しくは財産に対して他の打上げ国の宇宙物体により地表以外 の場所において引き起こされた場合には、当該他の打上げ国は、当該損害 が自国の過失又は自国が責任を負うべき者の過失によるものであるときに 限り、責任を負う。」と規定する。 (25) 注12参照。ただし、第13条にいう「他の形態による賠償の支払についての合意 が成立する場合」として、“compensation”(金銭賠償)以外の形態の賠償(repara-tion)、例えば、“satisfaction”(満足)による国家責任の解除が禁じられたとまで 解する必要はないものと考える。
地表への損害について無過失責任を規定した第 2 条に対して、第 3 条に おいて過失責任原則を規定したことについて、多くの識者は、宇宙空間に おいては各々がリスクを負って宇宙活動を営んでいるので、危険負担を対 等化して差し支えなく、伝統的な過失責任主義を導入したものである旨を 指摘している(26)。損害責任条約の交渉中、日本代表団は、損害の発生場所に 関わりなく、第三者損害については全て無過失責任とし、宇宙物体同士の 損害には過失責任を適用する旨の提案を行ったが(27)、これも、地表において 落下してくる宇宙物体によって突如損害を受ける者は無過失責任により手厚 く保護する必要があるが、宇宙物体同士の損害にはそのような特殊事情は 存在しないとの考え方を反映したものと解することができる。このような日 本代表団の提案が多くの国の支持を得て第 3 条に結実した旨の分析もある(28)。 宇宙条約は、無差別・平等の原則(第 1 条第 2 文)、国際法に従っての自 由な探査・利用の権利(同)、天体への立入りの自由(同)、科学的調査の 自由(同条第 3 文)、国家による取得の禁止(第 2 条)等の諸規定に見られ るように、宇宙活動は、原則として禁止された中で特別の許可を得て行う 類のものではなく、各国が原則として自由に展開できるものであるべしと の考え方を明らかにし(29)、その大前提に立って、平和利用(第 3 条)、大量 破壊兵器の宇宙空間における配置等の規制(第 4 条)といった活動態様に 対する規制をかけている。前述のとおり、宇宙条約及び損害責任条約にお いては、危険責任主義の表れとして、国家への責任集中や無過失責任制度 (26) 一例として、中村恵「第 7 章 宇宙法の体系」国際法学会編『日本と国際法の 100年 2 陸・空・宇宙』(三省堂、2001年)202頁。
(27) Summary Record of the Ninety─Fourth Meeting held on Monday, 10 June 1968, at 10.50 a.m. (A/AC.105/C.2/SR.94), pp.50─51, at http://www.unoosa.org/pdf/ transcripts/legal/AC105_C2_SR090─101E.pdf (last visited on Jan. 18, 2020). (28) 中村「前掲論文」(注26)208頁。
(29) 同条約が自由・無差別・平等の旨を様々な角度から明記しているのは、交渉を 行っていた1960年代、宇宙活動が米ソによる寡占状態にあったため、他の大多数の 国々による将来の活動(同条約前文パラ 1 :「人類の前に展開する広大な将来性」) への妨げを排除しておこうとの交渉当事国の意図が反映されたものと考えられる。
が導入されたが、このように、自由競争を原則とする(30)宇宙空間において適 用される責任原則の基本は、あくまで、損害責任条約第 3 条が規定する過 失責任制度であると捉えるべきである。山本草二は、同条約第 2 条を始め とする無過失責任制度の先例について、これらは高度の危険性を内蔵する 特定の事業活動を対象とし、その例外的な危険性のゆえに無過失責任原則 の設定に踏み切ったのであって、こうした事情が当然にその他の損害に妥 当するわけではない旨を指摘している(31)。宇宙物体の地表への落下により引 き起こされる損害については、例外的に無過失責任原則が適用されるが、 損害責任条約の起草者たちも、宇宙空間における損害についてまで、無過 失責任原則を持ち込もうとはしなかったということである。 ( 4 ) 2 つの宇宙物体の衝突によって第三者に損害が生じた場 合の連帯責任 損害責任条約第 4 条は、宇宙空間において 2 つの宇宙物体が衝突し、そ れによって第三者に損害が生じた場合の責任分担原則を規定している。 すなわち、同条 1(a)は、当該損害が地表において又は飛行中の航空 機について引き起こされた場合には、衝突した宇宙物体の打上げ国が連帯 して無過失責任を負う旨を規定する。同条 1(b)は、当該損害が地表以 外の場所において引き起こされた場合には、いずれか一方の打上げ国又は いずれか一方の打上げ国が責任を負うべき者に過失があるときに限り、責 任を負う旨を規定する。打上げ国 2 か国の間の責任分担は、過失の程度に 応じて行う(同条 2 )。損害が生じた場所によって、責任原則を無過失責 任と過失責任とに書き分けており、これは、第 2 条と第 3 条との違いと整 合的である。 (30) これとは異なる見解として、関口雅夫「宇宙物体により引き起こされる損害に ついての国際的責任に関する条約」『法学論集』第23巻 3 号(駒澤大学法学会、 1981年)52─53頁。 (31) 山本『前掲書』(注14)64頁。
2 .デブリによる損害の宇宙諸条約における扱い
上記 1 .で見た宇宙諸条約の仕組みは、デブリによる損害についてどの ように機能するのだろうか。以下では、損害責任条約における損害責任の ルールを論点ごとに検討する。 ( 1 ) デブリの「宇宙物体」性 前述のとおり、宇宙諸条約にはデブリへの明示的な言及がない。損害責 任条約第 2 条及び第 3 条は、損害賠償の対象となる損害を、「宇宙物体」 (space object)によって引き起こされたものに限っているので、まずは、 デブリが「宇宙物体」に該当するかどうかを検討する。Larsen は、損害 責任条約及び物体登録条約において宇宙物体がその「構成部分並びに打上 げ機及びその部品を含む」と規定していることを根拠に、両条約及び宇宙 条約上、デブリは「宇宙物体」に該当する旨を述べている(32)。Smith や Schmidt─Tedd らの主張も同様である(33)。 しかし、デブリの中には、外観上は機能中の衛星に見えるものから、衝 突や爆発によって小さな破片と化したものまで、多種多様なものがある。 Jasentuliyana は、デブリが損害責任条約に規定する宇宙物体の定義に該 当するかどうかは、「部品」の範囲が不明確であるため未決着であり、破 砕されて細かくなったものまで宇宙物体に該当するかどうかは、何とも言 えないと述べている(34)。Wirin は、デブリの全てが宇宙物体に該当するとす (32) P. Larsen, “Solving the Space Debris Crisis”, Journal of Air Law and Commerce,Vol.83, Issue 3 (2018), p.483.
(33) D. Smith, “The Technical, Legal, and Business Risks of Orbital Debris”, N.Y.U. Environmental Law Journal (1997), p.55; B. Schmidt─Tedd and S. Mick, “Article VIII”, S. Hobe, B. Schmidt─Tedd and K.─U. Schrogl (eds.), Cologne Commentary on Space Law, Vol.1 “Outer Space Treaty” (Carl Heymanns verlag, 2009), pp.153─154.
れば、宇宙物体の概念が広範に過ぎると主張する(35)。Kerr も、破片が宇宙 物体に含まれるのかどうかは未解決であると述べる(36)。 一方で、「宇宙物体に該当するデブリ」が存在することを完全に否定す る識者は見当たらない。国家実行上も、デブリであっても、物体登録条約 に従って国連に設置されている登録簿に掲載されているものが多々ある(37)。 そして、デブリは「宇宙物体」に該当するとした上で、宇宙条約第 7 条と 損害責任条約第 2 条・第 3 条の適用の在り方やこれらの規定の限界を分析 する論考が多々見られる(38)。本稿においても同様に、デブリを「宇宙物体」 と関連付けて解釈する立場を採用し、ただし、あらゆるデブリではなく、 条約の適用において問題になるデブリの問題(下記( 2 )参照)に限定し て考察を進めることにする。 なお、このような解釈に基づいて検討を進める場合、デブリによる損害 の処理は宇宙物体による損害の処理に他ならない。その上で、損害を引き 起こしたものがデブリであることで、機能中の衛星が引き起こした損害の 場合には考える必要のない課題が発生することも事実なので、以下、宇宙 物体による損害の処理に係る宇宙諸条約上のルールを詳細に見ていく中 で、デブリ特有の課題についても検討することとする。 ( 2 ) デブリの「打上げ国」特定をめぐる課題 ある国の宇宙物体(デブリを含む。)が大気圏再突入時に燃え尽きず地表 Law, Vol.26, No.2 (1998), p.142.
(35) W. Wirin, “Space Debris and Space Objects”, Proceedings on the Law of Outer Space, No.34 (1991), p.46.
(36) S. Kerr, “Liability for space debris collisions and the Kessler Syndrome (part 1 )”, The Space Review (2017), p.3.
(37) たとえば、欧州宇宙機関(ESA)の衛星で通信途絶となった Envisat は、国 連の宇宙物体一覧にいまだに掲載されている(国連宇宙局の検索サービス(http:// www.unoosa.org/oosa/osoindex/search─ng.jspx?lf_id=)で2020年 1 月18日に検索し た結果)。
に達し、他の国の地表において損害を引き起こしたり、宇宙空間において 機能中の衛星と衝突して損害をもたらした場合、賠償請求は、損害責任条 約第 2 条又は第 3 条及び第 8 条 1 に従い、「打上げ国」に対して行うこと になる。 「打上げ国」を特定できる事案は、1978年 1 月にソ連の衛星コスモス954 の破片(原子炉由来のものを含む。)がカナダに落下した事案や、衛星同士 の衝突事案としては史上初とされる(39)2009年 2 月のイリジウム社の通信衛 星イリジウム33とロシアの軍用通信衛星コスモス2251との衝突事案のよう に、既に発生したことがある。 地表で損害が発生する場合は、大気圏再突入によっても燃え尽きなかっ たわけであるから、原因となる宇宙物体は基本的に大きなものであって、 米国等の監視ネットワークによって、軌道上にある時から把握されている 可能性が高い。米軍の監視ネットワークの能力は高く、例えば、中国の気 象衛星 FY─1C は、2007年に同国が行った対衛星攻撃実験によりデブリと 化 し た が、 米 軍 統 合 宇 宙 運 用 セ ン タ ー(Combined Space Operation Center:CSpOC)の宇宙物体カタログには、FY─1C 由来のデブリが600個 掲載されている(40)。 コスモス954の落下事案では、落下直前からソ連、カナダ等の間で落下 時の対応について一定の意思疎通が行われ、これがソ連政府のものである ことが当初から明白であった(41)。この事案において、カナダ政府は、現地調 査によって地上での損害を把握した後、1979年 1 月にソ連政府に対して損 害責任条約第 2 条等に基づき約600万カナダ・ドルの損害賠償を請求し た (42) 。これは、同条約に基づいて請求が行われた初めての、そして本稿執筆 (39) 青木節子「宇宙の探査・利用をめぐる「国際責任」の課題―コスモス2251とイ リジウム33の衝突事故を題材として―」『国際法外交雑誌』第110巻 2 号(2011年) 26頁。
(40) 米軍のウェブサイト https://www.space─track.org/ の Satellite Catalog にて 2020年 1 月18日に検索した結果。
時点(2020年 1 月)では唯一の事案である(43)。両国間の交渉の結果、1980年 11月、ソ連が300万カナダ・ドルをカナダに支払うことで合意したが、合 意文書(1981年 4 月 2 日署名の議定書(44))の文言を見る限り、当該支払いがい かなる法的根拠に基づくいかなる性格のものかは明らかではない。学説で は、ロシアの支払った金は、同条約に基づく損害賠償ではなく、いわゆる 見舞金に相当するものであるとの見解が有力である(45)。 なお、これをもって、損害責任条約が機能しなかったと評価するのは適 切ではない。外交実務においては、他国により法益を侵害されたと考える 国が加害国の国家責任を追及しようとする場合、条約上の紛争解決メカニ ズムを完全に使って拘束的な結論を最後まで追求することが得策でも現実 的でもない場合が多く、ことの軽重や相手国との関係などを総合的に判断 して、適切な潮時を見極めて外交的な決着を図ることがよくある(46)。前述の カナダによる請求の文書が同条約の諸規定に基づいて立論されていること に見られるように、同条約は両国間の交渉においていわば生きた国際法と して活用され、本事案は同条約に関する重要な先例になったと言うことが できる(47)。なお、イリジウム33とコスモス2251との衝突事案では、どちらの 側からも損害賠償請求は行われなかった。 しかし、宇宙空間における衝突の場合、小さなデブリによる衝突であっ (42) Department of External Affairs of Canada, “CANADA: CLAIM AGAINST
THE UNION OF SOVIET SOCIALIST REPUBLICS FOR DAMAGE CAUSED BY SOVIET COSMOS 954”, NO. FLA 268, Annex A, paras. 14─24, at www.emp. ca/links/intlaw7/cases/soviet.doc (last visited on Jan. 18, 2020).
(43) この事案で落下した物体をデブリと見ることも、「宇宙物体」と見ることも両 方可能である。
(44) Protocol between the Government of Canada and the Government of the Union of Soviet Socialist Republics, at http://www.unoosa.org/oosa/en/ourwork/ spacelaw/nationalspacelaw/bi─multi─lateral─agreements/can_ussr_001.html (last visited on Jan. 18, 2020).
(45) 青木『前掲書』(注41)214頁。 (46) 小松『前掲書』(注13)345─347頁。
ても機能中の衛星に対して致命的な影響を及ぼすことがある(48)。このように 小さなデブリの場合、損害を引き起こしたデブリの特定に失敗したり、デ ブリの特定まではできても、打上げ国がわからないことが十分にあり得 る (49) 。また、デブリとその打上げ国を特定するには、SSA プロバイダーか らの支援を得る必要があるが(50)、デブリが SSA プロバイダーの国を打上げ 国とするものである場合、当該国からどこまで詳細な情報が提供されるか は保証の限りではないし、デブリの大きさや軌道によっては、複数の SSA プロバイダーの間で見解の相違が生じて特定結果が不明瞭になるこ ともあり得る。したがって、損害責任を負うべき打上げ国の特定が困難な ケースは多々発生すると考えられる。これは、機能中の衛星同士の衝突の 場合と比べ、一方又は双方がデブリである場合により顕著な制約となり、 また、地表への落下の場合と比べ、宇宙空間における衝突の場合により顕 著な制約となる。すなわち、損害責任条約の適用との関係で問題になるデ ブリは、現在の技術で特定・追跡可能なものに限られると言える。 ( 3 ) 請求対象の範囲 損害責任条約が対象とする「損害」(damage)について、その第 1 条 (a)は、「人の死亡若しくは身体の障害その他の健康の障害又は国、自然 人、法人若しくは国際的な政府間機関の財産の滅失若しくは損傷をいう。」 と規定している。次に、打上げ国が同条約上の賠償責任を負うのは、「損 害」が当該打上げ国の宇宙物体により引き起こされた(caused by)場合で あり(第 2 条及び第 3 条)、かつ、「損害」が「地表において引き起こした 損害又は飛行中の航空機に与えた損害」(第 2 条)又は他国の「宇宙物体 (48) European Space Agency, “Space Debris: The ESA Approach” (2017), p.1, at
http://esamultimedia.esa.int/multimedia/publications/BR─336/ (last visited on Jan. 18, 2020).
(49) B. Weeden, “Overview of the legal and policy challenges of orbital debris removal”, Space Policy 27 (2011), p.41.
又はその宇宙物体内の人若しくは財産」(第 3 条)に対して引き起こされ た場合である。それぞれの要素について、いかなる事象が含まれるかをめ ぐる学説の状況を整理すれば、次のとおりとなる。 (イ) 「損害」の範囲 第 1 条(a)の文言からは、いわゆる有形損害が含まれることは明らか だと考えられるが、外縁としてどこまでのものが対象になるかについて は、条約交渉中のみならず、条約発効後の国家実行や研究においても、引 き続き論点であり続けている。 (ⅰ) まず、「人の死亡若しくは身体の障害その他の健康の障害」に精神 障 害(injury affecting mental)が 含 ま れ る か ど う か に つ い て、 Gorove は、世界保健機関憲章(51)の前文パラ 2 が「健康とは、完全な 肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、單に疾病又は病弱の 存在しないことではない。」と規定していることを挙げて、ここで いう「健康の傷害」には、人の精神的及び社会的福祉の状態に対す る損害も含み得ると主張する(52)。Heard(53)の見解も同様である。第 1 条
(a)の英語正文テキストを見ると、“loss of life, personal injury or other impairment of health”とあり、“personal injury”は“impair-ment of health”の例示になっている。世界194か国・地域が締結し ている(54)同憲章における health の定義に精神的福祉の状態が含まれ ている以上、条約法条約(55)第31条 1 にいう「文脈によりかつその趣旨 (51) 「世 界 保 健 機 関 憲 章」(1948 年 発 効)(https://www.mofa.go.jp/mofaj/
files/000026609.pdf)。
(52) S. Gorove, “Cosmos 954: Issues of Law and Policy”, Journal of Space Law, Vol.6, no.2 (1978), p.140.
(53) K. Heard, “Space Debris and Liability: An Overview”, Cumberland Law Review, Vol.17, no.1 (1986), p.181.
(54) World Health Organization, “Countries”, at https://www.who.int/countries/en/ (last visited on Jan. 18, 2020).
及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味」として精神障害 を含めて解釈して差し支えないものと考える。 (ⅱ) 次に、原子力電源衛星の落下により地表で引き起こされる放射能に よる損害が含まれるかどうかという論点がある。この点は、損害責 任条約の交渉時に大きな論点となり、当初、ソ連等は、原子力電源 衛星の落下から生じる放射能による損害は、損害責任条約ではな く、原子力損害関係の諸条約に基づいて処理すべしとの主張を行っ たが、被害者保護の観点から放射能による損害を逆に明文で条約に 規定して救済対象にすべしとの意見を述べる国も多かった(56)。最終的 に、ソ連が放射能汚染による損害がこの条約にいう損害に含まれる ことに同意する旨の発言を行って、交渉当事国間で共通の理解が得 られるに至ったが(57)、そのことが文言上明確になっているわけではな い。しかし、1992年に国連総会決議の形で採択された「宇宙空間に おける原子力電源の使用に関する原則」(58)は、原子力電源を搭載した 宇宙物体による損害に宇宙条約第 7 条及び損害責任条約の諸規定が 完全に適用される旨を記述しており(原則 9 ─ 1 )、これは、条約法 条約第31条 3(a)にいう「後にされた合意」を構成するものと解 することができると考える(59)。放射能汚染については、宇宙物体が搭 載する原子炉によって生ずるものだけでなく、宇宙物体が地上の原 mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/B─S56─0581_1.pdf)。 (56) 山本「前掲論文」(注18)81─82頁。
(57) ソ連代表の発言について、UN Doc. A/AC.105/C.2/SR.116─131, p.82, at http:// www.unoosa.org/pdf/transcripts/legal/AC105_C2_SR116─131E.pdf (2020年 1 月18日 最終閲覧)。このことに触れたものとして、山本「前掲論文」(注18)82頁、及び、 濱川今日子「宇宙物体により生じた損害に関する国際責任」『レファレンス』(国立 国会図書館、2008年)81頁。
(58) U.N. Doc. A/RES/47/68 (Feb. 23, 1993), at http://www.unoosa.org/pdf/gares/ ARES_47_68E.pdf.
(59) E. Carpanelli and B. Cohen, “Interpreting Damage Caused by Space Objects under the 1972 Liability Convention”, Proceedings of the International Institute of Space Law, 56 (2013), p.34.
子力施設に落下して生ずるものもあり得るが、後者も損害責任条約 上の「損害」から除く理由は見当たらず、いずれについても、条約 上の「損害」に含まれると解して差し支えないものと考える。 なお、この問題は、前述のコスモス954事案でも議論になった。 カナダ政府は、ソ連政府に対して、コスモス954の放射性物質によ って放射能を帯びた破片がカナダの領域に及ぼした汚染を条約にい う「damage to the property」と捉えて賠償請求を行った(60)。ただし、 この点についてソ連がカナダに対してどのような主張をし、両国の 間で共通の理解に達したのかどうかは、明らかではない。 (ⅲ) 放射能汚染以外の地表における環境汚染については、宇宙物体によ り生じた事例として直接参考になる国家実行は見当たらない。Kerr は、第 1 条(a)の文言は意図的に広範なものにされており、環境 汚染もそこに含まれると主張する(61)。放射能汚染でなくとも環境汚染 は地上の人々や財産に大きな影響を与えるものであり、条約法条約 第31条にいう用語の通常の意味から外れるものとは思われず、「損 害」に含まれると解して差し支えないものと考える。 (ⅳ) 一方で、デブリによる軌道上混雑の悪化については、Jasentuli-yana(62)、von der Dunk(63)、Kypraios, et al(64)、Malanczuk(65)、Smith et al.(66)ら が、ここでいう「損害」に含めて考えることには無理があることを (60) Department of External Affairs of Canada, supra note 42, para 15.
(61) Kerr, supra note 36, p.2.
(62) Jasentuliyana, supra note 34, p.143.
(63) F. von der Dunk, “1972 Liability Convention, The”, Proceedings on the Law of Outer Space (1998), p.369.
(64) C. Kypraios and E. Carpanelli, “Space Debris”, Oxford Public International Law (2018), para 14.
(65) P. Malanczuk, “Review of the Regulatory Regime Governing the Space Environment – The Problem of Space Debris”, Zeitschrift für Luft ─ und Weltraumrecht (Sonderdruck), Vol.45( 1 ) (1996), p.53.
指摘しており、これが多数説であると言って良い。損害責任条約前 文では、「宇宙物体により引き起こされる損害の被害者に対する十 分かつ衡平な賠償がこの条約に基づいて迅速に行われることを確保 する必要を認識」した上で、宇宙物体による損害責任に関し効果的 な国際的な規則及び手続を定めるとの条約作成の意図を明らかにし ている。デブリが宇宙空間で他国の機能中の衛星に衝突して損害を 与える場合とは異なり、デブリによって軌道上の混雑が助長された という抽象的な状況は、もちろん深刻なものではあるが、救済を必 要とする具体的な被害者が存在するわけではない中、現時点で「損 害」に該当すると解釈することには困難が生ずると考えることに は、一定の合理性がある。もちろん、今後、デブリの大量発生によ る軌道混雑がここでいう「損害」に該当するとの合意や解釈、更に はその旨の慣習国際法(条約法条約第31条 3 (a)にいう「後にされた 合意」、同条 3 (b)にいう「後に生じた慣行であって、条約の解釈につ いての当事国の合意を確立するもの」、又は同条 3 (c)にいう「当事国 の間の関係において適用される国際法の関連規則」)が成立すれば、そ れも同条約上の損害になり得るとは言える。しかし、現時点では、 筆者も多数説と同様、デブリの発生による軌道混雑がここでいう損 害に該当すると言うことは困難であると解する。 (ロ) 「宇宙物体により引き起こされた」の意味 宇宙物体(デブリを含む。)が地表や他の衛星等に与える損害の発生態様 には様々なものがあり得るので、いわゆる「間接損害」(consequential damages)(67)や「後発損害」(delayed damages)(68)の扱いが論点となる。
(67) Black’s Law Dictionary, Eighth Edition (Thomson West, 1999) で は、 “Losses that do not flow directly and immediately from an injurious act but that
result indirectly from the act”と定義されている(416頁)。
(68) 学説上、明確な定義があるわけではないが、ここでは、事故発生後、相当長 期間の経過後に顕在化する損害と考えて論を進める。
損害責任条約の交渉中、ハンガリーは、間接損害や後発損害を損害賠償 の対象から除外すべく、その旨を明示的に規定することを主張したが、日 本は、1969年、COPUOS 法律小委員会に示した提案(69)において、間接損害 や後発損害の定義を損害の定義に含めるかどうかという果てしない議論を 避けるべく、間接損害や後発損害をこの条約の対象にすべきかどうかは、 損害の定義の文脈の中で議論するのではなく、英米法にいういわゆる「近 因性の存在」(existence of proximity)の概念を持ち込むことによって、損 害の発生する態様という文脈において検討すべきである旨提案した(70)。実際 に条約第 1 条(a)の損害の定義に間接損害や後発損害に係る文言が入ら なかったことから、条約発効後、間接損害や後発損害に関する学説の議論 は、主に、第 2 条にいう「引き起こした」(caused by)、第 3 条にいう「引 (69) Japan: Working Paper, UN Doc. A/AC.105/C.2/L.61 and Corr. 1, reprinted in
Report of the Legal Sub─Committee on the Work of its Eighth Session to the Committee on Peaceful Uses of Outer Space, U.N. Doc. A/AC. 105/58, annex II, p.31 (1969), at http://www.unoosa.org/pdf/reports/ac105/AC105_058E.pdf (last visited on Jan. 18, 2020). このことに触れたものとして、中村「前掲論文」(注26) 202頁。なお、日本代表団は、この提案を、宇宙活動との間で適切な因果関係のあ る損害(all damages which have adequate relationship of cause and effect with the space activities)は全て賠償の対象とすべきであるとの基本的な立場に基づいて行 っており、現在の第 2 条に規定されるに至った“damage caused by its space object” との文言も、“damage arising out of or resulting from”といった文言にすべきであ るとの提案を行っている。
(70) なお、Burke は、この日本政府の提案は、条約第 1 条における損害の定義の狭 さ と い う 問 題 に 対 処 で き て い な い と 述 べ て い る(J. Burke, “Convention on International Liability for Damage Caused by Space Objects: Definition and Determination of Damages After the Cosmos 954 Incident”, Fordham International Law Journal Vol.8, Issue 2 (1984), p.281)。また、関口雅夫は、日本政府が本来過 失責任の成立要件の文脈で議論すべき相当因果関係説を無過失責任原則の文脈にお いても主張したことは不適当であった旨述べている(関口「前掲論文」(注30)56 頁)。日本政府は、注69で紹介した提案に見られるように、条約における損害の定 義に関する議論が収斂しない中で、条約に基づく賠償の対象となる損害の範囲を適 切な範囲にまで広げることを実質的に確保するために、このような提案を行ったも のと推測される。
き起こされた」(caused (略) by)という文言の解釈の文脈において行われ ている。特に、前述のコスモス954事案においてカナダ政府が行った放射 能除去作業の費用の扱いをめぐって、多くの識者が間接損害や後発損害の 扱いに関する検討を行った。これらの学説の中には、ここでいう「caused by」について、因果関係を厳しく求めることを主張するものと、そうで ないものがある。 まず、因果関係を厳しく求める学説の例として、Kellman は、賠償の 対象は直接損害に限られると述べ、例えば宇宙物体が地上の発電所に落下 した場合、当該発電所が受けた損害は対象となるが、停電によって生じた 損害は対象外になると主張している(71)。Gorove は、損害と原因行為との間 には相当因果関係(proximate causation)の存在が必要であると主張し、 また、「(宇宙物体)により」(by)との文言からして、ここでいう損害は、 宇宙物体が物理的に衝突することによって生ずるものを意味するので、直 接、直ちに引き起こされたわけではない損害は、通常、ここでいう損害に は含まれないとの解釈を示している(72)。Smith et al. は、条約第 2 条が適用 される地表損害と条約第 3 条が適用される宇宙空間における損害の双方に ついて、宇宙物体の衝突によって直ちに生じたもの以外の損害が同条約に 基づく賠償の対象になるかどうかについては、事実的因果関係に加え、相 当因果関係の存在が必要であるとの法理(the rules of proximity)に基づい て検討する必要がある旨を述べている(73)。
一方、Foster は、ここでいう「引き起こされた」(caused)については、 損害が引き起こされ得る事態の全てをあらかじめ予想することは不可能で はないにしても困難なので、事故と損害との間に一定の因果関係(some causal connection)がありさえすれば、あとは個々の事例に即して、正義
(71) B. Kellman, “Space: The Fouled Frontier: Adjudicating Space Debris as an International Environmental Nuisance”, Journal of Space Law, Vol. 39 (2014), p.256.
(72) Gorove, supra note 52, p.141.
と衡平(justice and equity)に基づいて柔軟に判断されるべきものだと指 摘する(74)。Heard(75)や Christol(76)がこの Foster の見解を支持している。 損害責任条約第10条 1 は、賠償請求を行うことができるのは、損害発生 の日又は加害側の打上げ国を確認した日の後 1 年以内とする旨規定した上 で、同条 3 は、損害の全体が直ちに判明しない場合に言及し、 1 年以内と いう期間が満了した後であっても、損害の全体が判明した後 1 年を経過す るまでの間は、請求を修正すること等ができる旨を規定している。この点 からして、同条約は、「間接損害」、「後発損害」と呼ぶかどうかは別にし て (77) 、落下や衝突の瞬間から一定の期間を経て判明する損害の救済をも視野 に入れていることは、明白であると言える(78)。 そして、損害賠償の額は、同条約第12条に従って、「損害が生じなかつ たとしたならば存在したであろう状態に回復させる補償が行われるよう、 国際法並びに正義及び衡平の原則に従つて決定される」。Foster は、交渉 過程で多数の代表団が、条約に間接損害に係る文言を規定することは避け るべきであり、この種の損害の扱いは、将来、個々の事案の中での処理に 委ねるべしとの見解に収斂していった旨の総括を行っている(79)。筆者も、結 局は、個々の事案において、原因行為と損害との具体的な因果関係の様相 等を総合的に勘案しつつ、処理を決定していくほかないと考えるが、その 際は、同条約前文に規定される「被害者に対する十分かつ衡平な賠償」を 旨として処理を行うことが必要であろう(80)。少なくとも、第 2 条が適用され (74) W. Foster, “The Convention on International Liability for Damage Caused by
Space Objects”, Canadian Yearbook of International Law, Vol.10 (1973), p.158. (75) Heard, supra note 53, p.178─179.
(76) C. Christol, “International Liability for Damage Caused by Space Objects”, American Journal of International Law, Vol.74 (1980), p.362.
(77) 関口は、「直接損害・間接損害という言葉は、国際的レベルで論議をする場合 には、多義的な用語となり、論議自体がかみ合わなくなってしまう」と指摘してい る(関口「前掲論文」(注30)56頁)。
(78) Smith and Kerrest, supra note 20, p.127. (79) Foster, supra note 74, pp.157─158.
る地表での損害については、第 6 条において免責事由が厳しく限定され ていることからも、上述の Smith et al. が示唆するように、落下した宇宙 物体の打上げ国の無過失責任成立の要件として、宇宙物体の落下と地表で の損害との間に相当因果関係が存在することを求め、その中で英米法でい うような予測可能性(foreseeability)を求めることは、適切ではないと考 える(81)。宇宙物体の落下と地表での損害との間に事実的因果関係だけを求め るとしても、損害賠償の額は、「国際法並びに正義及び衡平の原則」(第12 条)に従って決定されるので、無限の連鎖に陥ることを懸念する必要はな い (82) 。 (ハ) 「宇宙物体又はその宇宙物体内の人若しくは財産」の範囲 この文言をめぐる今日的課題は、国際宇宙ステーションなどに滞在しつ つ、一時的に船外で活動している人に対して宇宙物体が衝突した場合、 「宇宙物体内の人」に該当するのかという点である。Smith et al. は、一時 的に船外に出ているだけであるので、当該文言に含めて解釈して差し支え ないと指摘している(83)。条約第 3 条の原文は、“persons … on board”とな っており、一時的に船外に出た人間が“on board”でなくなると解するの は不自然なので、条約法条約第31条 1 に照らせば、この解釈を是として差 し支えないと考える。 (80) その際、国連国際法委員会の「国際違法行為に対する国家の責任に関する条 文」(Yearbook of International Law Commission, 2001, Vol.2 Part 2)の第31条 1 が「責任を負う国は、国際違法行為により生じた被害に対して十分な回復(full reparation)を行う義務を負う。」と記述し、同条 2 が「被害は、物質的であるか 精神的であるかを問わず、国の国際違法行為により生じたいかなる損害も含む。」 と記述していることは、一つの参考になろう。 (81) 関口「前掲論文」(注30)54─56頁。 (82) 同上、55頁。
(ニ) デブリに対する損害の扱い ここまでは、宇宙空間において損害を受ける客体としては、機能してい る衛星や宇宙ステーション等が暗黙のうちに想定されていた。しかし、客 体がデブリである場合、損害責任条約等の国際法はどのように機能するの だろうか。ここで考える「被害側デブリ」についても、加害側と同じく、 打上げ国が特定できるものに限って考える。 同条約の起草時、損害は機能する宇宙物体についてのみ考慮されてい た (84) 。デブリは本稿で採用した定義(注 2 )のとおり、機能していない。そ れどころか、軌道環境を悪化させる厄介者であるから、その破壊が同条約 の保護する法益を侵害することになるとすれば、常識的には、違和感を抱 かれることが避けられない(85)。しかし、例えば Salter は、今後、軌道上サ ービス(On─orbit service:OOS)が発達し、軌道上で修理や衛星の製造ま で行うような世界が到来すれば、軌道上のデブリは貴重な資源だと捉えら れる可能性もあると指摘している(86)。Chatterjee も、たとえこの瞬間は機能 していない衛星でも、将来的に機能を復活させられる場合があるかもしれ ないとした上で、国際宇宙航行アカデミー(International Academy of Astronautics:IAA)が、2006年の宇宙交通管理に係る研究において、価値 のある、生きている宇宙船と価値のないデブリとを分ける法的な区分はな いと結論付けたことを指摘している(87)。
(84) 青 木「前 掲 論 文」(注39)39頁;M. Mejia─Kaiser, “Collision Course: 2008 Iridium─Cosmos Crash”, Proceedings of the International Institute of Space Law, 52 (2009), p.276.
(85) 青木「前掲論文」(注39)39─40頁。
(86) A. Salter, “Space Debris: A Law and Economic Analysis of the Orbital Commons”, Stanford Technology Law Review, Vol.19, Issue 2 (Winter 2016), pp.233─234.
(87) J. Chatterjee, “Legal Issues Relating to Unauthorized Space Debris Remediation”, Proceedings of the International Institute of Space Law, Vol.57 (2014), p.21; C. Contant─Jorgenson, P. Lala, K. Schrogl (ed.), “Cosmic Study on Space Traffic Management”, Paris: International Academy of Astronautics (2006), p.40, at https://iaaweb.org/iaa/studies/spacetraffic.pdf (last visited on Jan. 18, 2020).
将来、デブリに資産価値が認められるようになれば、デブリに対して生 じた損害について、賠償請求が行われる可能性がゼロとは言えない(その ようなものを「デブリ」と呼ぶかどうかは別途検討が必要)。なお、衛星運用 者がデブリをバランスシートにおいて資産として扱っているかどうかは、 このような可能性を考える上で、一つの目安になると考えられる。 ( 4 ) 宇宙空間での損害について過失責任原則が適用されるこ とに伴う問題 宇宙空間での損害について、損害責任条約第 3 条は、過失責任原則を適 用している。この点は、デブリによる損害について被害者救済を図る上で 難題を提起する。 同条約の交渉妥結を得るため、過失の定義、衝突回避のための行動基準 の明確化等は断念された(88)。これまで宇宙空間では、いくつかの衝突事案が 発生しているが、前述のイリジウム33とコスモス2251との衝突事案の際を 含め、本稿執筆時点(2020年 1 月)までに条約を援用して賠償請求が行わ れたことがないので、同条約に基づく外交交渉や請求委員会における審査 において過失責任原則が具体的にどのように適用されることとなるかにつ いて、参考になる先例がない。そのような状況の中で、学説においては、 主要法体系における過失の考え方を応用するなどして、同条約の過失責任 原則の機能の解明を試みる例がある。 例 え ば、Dunstan は、 同 条 約 に い う 過 失(fault)は 英 米 法 で い う negligence に相当すると捉え、米国法では、negligence が「害(harm)
を生じさせる不合理な危険から他者を保護するために法によって設定され た標準(standard)を下回る行動」であると定義付けられているとした上 で、原告が裁判を通じて救済を得るには、次の 5 点の存在を示す必要があ るとする(89)。
(88) Christol, supra note 76, pp.368─369;青木「前掲論文」(注39)40頁。 (89) J. Dunstan, “Space Trash: Lessons Learned (and Ignored) from Space Law
①被告が原告に対して負っている注意義務(duty of care)
②その注意義務に対する違反
③被告の行為と発生した害との間の因果関係(actual causal connection)
④害の発生を予見可能とする近因性(proximate cause) ⑤被告の行為によって引き起こされた損害(damages) Dunstan は、その上で、打上げ国が物体登録条約に従って登録を行わ なかったとしても、それに対する法的な不利益はなく、PMD 等を義務付 ける規範が設定されているわけでもない以上、デブリについて打上げ国の 注意義務が成立しているとは言えないので、デブリが引き起こした損害に ついてこのようなテストをクリアすることは、不可能ではないにしても、 非常に難しい旨を指摘する(90)。小塚荘一郎他も、大陸法体系にいう“fault” は英米法体系にいう“negligence”に近いとした上で、いわゆる客観主義 をとった場合、過失の認定には結果の予見可能性(foreseeability)が必要 であるが、デブリの発生源の打上げ機関や打上げ国にとって、当該デブリ が特定の宇宙物体に損害を与える予見可能性を認識することは通常は困難 なので、過失の認定も困難であること、そのため、過失責任を認定できる のは、特定の宇宙物体との衝突のおそれが生じ、それを回避するために何 らかの行動をとる余地があったにもかかわらず、当該行動をとらなかった 場合のように限られたケースのみである旨を指摘している(91)。 一方、青木節子は、前述のイリジウム33とコスモス2251との衝突事案を 取り上げて、米国とロシアのそれぞれの過失の有無を詳細に検討している (米国をイリジウム33の打上げ国だとする材料に不足する中、検討のためにあえ て打上げ国だと仮定している。)(92)。
and Government”, Journal of Space Law, Vol.39 (2013), pp.54─55. (90) Ibid., p.55.
(91) S. Kozuka, M. Uchitomi and H. Kishindo, “International Regime for Space Debris Remediation in Light of Commercialized Space Activities, The”, Proceedings of the International Institute of Space Law 56 (2013), pp.400─401. (92) 青木「前掲論文」(注39)43─47頁。
そこでは、米国の場合、まず、イリジウム社が事業の免許を得る際の根 拠となる米国の法令(「国際宇宙機関間スペースデブリ調整委員会」(Inter─ Agency Space Debris Coordination Committee:IADC)が2002年に作成した 「スペースデブリ低減ガイドライン」(Space Debris Mitigation Guidelines)(93)や これを受けて COPUOS が2007年に作成した同名の文書(94)を受容したもの)で求 められる衝突回避策(衛星設計構造、デ・オービット等)を実行しており、 かつ、信頼し得る軌道混雑データを入手することができ、それに基づいて 衝突を予想でき、回避行動をとることが合理的に期待できる状況にあった のかどうか、次に、(打上げ国と仮定された)米国政府が衝突を予測でき、 イリジウム社に警報を伝達できたにもかかわらずそれをしなかったのかど うかによって判断されるとする(95)。 ロシアについては、同国政府はコスモス2251を自ら運用していたが、そ の操縦は既に不能になっており、デブリ生成抑止の国際ルールがいまだ生 成過程にある中、同衛星を放置したこと自体に国際法違反を問うことは困 難であるとした上で、ロシア政府として衝突を予測でき、イリジウム社に その情報を伝達できたにもかかわらずそれをしなかったかによって、ロシ ア政府の過失の有無が判断されるとする(96)。 そして、仮にロシアが衝突を予測でき、イリジウム社にその情報を伝達 できたにもかかわらずそれをしなかったとすれば、自国の管轄・管理下の 宇宙活動が他国の宇宙活動の自由を侵害しないよう確保する義務(宇宙条 約第 9 条、第 1 条、第 3 条等)や宇宙活動における「協力及び相互援助の原 則」(同第 9 条第 1 文)等の違反であると言い得るかもしれないと指摘して (93) Inter─Agency Space Debris Coordination Committee, IADC Space Debris
Mitigation Guidelines, p.6, IADC─02─01 Revision 1 (2007), at http://www.unoosa. org/documents/pdf/spacelaw/sd/IADC─2002─01─IADC─Space_Debris_Guidelines─ Revision1.pdf (last visited on Jan. 18, 2020).
(94) COPUOS, supra note 2. (95) 青木「前掲論文」(注39)46頁。 (96) 同上、46─47頁。
いる(97)。 ここで述べられている考え方を定式化すれば、①打上げ機関が衝突回避 の文脈でその国内法令(上述の各種ガイドラインを受容したもの)において 負っている義務を履行し、軌道混雑に関する情報に基づき衝突を予想で き、かつ、回避することが合理的に期待できる状況にあったかどうか、② 打上げ国が SSA によって衝突を予測でき、当該国の打上げ機関、衝突相 手の打上げ機関/打上げ国に対して衝突予測の旨を伝達できる場合に実際 に当該伝達を実施したか、という 2 点のテストによって過失の有無を認定 することになる。 損害責任条約第 3 条は、打上げ国が過失責任を負う局面として、当該打 上げ国自身の過失の場合と、自国が責任を負うべき者の過失の場合の双方 を規定しているので、この 2 点のテストによって過失の有無を認定する考 え方が成立する余地がある。 ただし、②については、青木自身が指摘するように、SSA 能力の詳細 は軍の秘密であって、特に米露が加害側の打上げ国である場合には、衝突 予測の不伝達と損害との因果関係を証明することには困難を伴うことが想 定される(98)。また、SSA 能力が高いほど過失を問われる可能性が高まるの であれば、このような方法による過失の認定について米露の納得を得るこ とは難しく、結局、定着しない可能性が高く、また、SSA 能力に係る情 報開示や国際協力の進展にマイナスの効果を及ぼしかねないという問題も ある。すなわち、理論的には認定基準になり得るが、基準として使うこと は実効性に乏しい。 では、①についてはどうであろうか。主要な宇宙活動国は、既に、前述 の各種のガイドラインを受容する形で、衛星の設計や PMD に係る法令を 施行し、違反には罰則等の不利益を課している例も多い(99)。条約第 3 条にい (97) 同上、47頁。 (98) 同上、46─47頁。 (99) 典型的な法令として、日本の「人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関す
う過失の認定は、その基準として同条約において締約国の法令を挙げてい ない以上、本来は、国際法に基づいて行う必要がある。しかし、これらの ガイドラインは、それ自体が法的拘束力のあるものではないものの(100)、主要 宇宙活動国のコンセンサスの結果として作成され、実質的に各国の行動を 均霑する効果を十分に有している。そして、前述のとおり、各国の法令に より受容され、それぞれの法体系において、法的拘束力を有するに至って いる例も多い。このような国家実行を考えれば、打上げ機関がこれらのガ イドラインのうち各国の法令によって受容されたものを遵守しているかど うかを、過失を認定するための一つの要素と考えることには、それなりの 合理性があると言える。一方、打上げ機関に衝突予想と回避をすることを 合理的に期待できる状況は、現在の SSA サービスの精度からして、ほと んど現出しないだろう。 なお、学説の中には、自国由来のデブリを監視していない中でデブリが 他国の宇宙物体に損害を引き起こせば、それ自体が過失を構成するとの見 解もある(101)。しかし、SSA は高度な技術と多額の資金を要する業務であり、 これを実施している国・機関の数も限られ、かつ、使用するアセットの能 力とネットワークの規模によって監視精度が大きく異なる中、監視してい ないこと自体が過失を構成すると結論付けることには無理があると考え る (102) 。 る法律」(平成二十八年法律第七十六号)(宇宙活動法)第22条及び「人工衛星等の 打上げ及び人工衛星の管理に関する法律施行規則」(平成二十九年内閣府令第五十 号)第22条から第24条までがある。また、罰則の例として、同法第 4 条第 1 項及び 同条第 2 項並びに第60条第 1 号及び同条第 2 号がある。
(100) COPUOS のガイドラインの性格について、COPUOS, supra 2, para 2を参照。 (101) R. Jakhu and M. Ahmad, “The Outer Space Treaty and States’ Obligation to Remove Space Debris: a US Perspective”, The Space Review (2017), at http://www. thespacereview.com/article/3370/1 (last visited on Jan. 18, 2020).
( 5 ) 損害責任条約以外の救済制度の活用可能性 その一方で、被害国が損害責任条約第 3 条に規定される過失の存在を証 明できない場合、救済の途が完全に閉ざされるかといえば、必ずしもそう ではない(103)。同条約第11条は、「国又は国により代表されることのある自然 人若しくは法人が、打上げ国の裁判所、行政裁判所又は行政機関において 損害の賠償についての請求を行うこと」が同条約によって妨げられるもの ではない旨を規定する。ここでいう「打上げ国」は、原文では“a launching State”となっており、加害側でも被害側でも構わないものと解する。裁 判官は、宇宙空間での損害事案の場合、過失の認定をするに当たって、各 種ガイドラインやそれを受容した国内法令を参照するだろう。前述のとお りガイドラインには法的拘束力はなく、また、特に被害国の裁判所での審 理の場合、加害国の法令の順守状況がどの程度勘案されるかはケース・バ イ・ケースであろうが、過失の認定に役立つ法源が限られる中、少なくと も何らかの形で審理の材料とされる可能性は十分にあるものと考えられ る (104) 。 ただし、加害側が外国政府である場合、被害者が被害国又は加害国の裁 判所で当該外国政府を被告として請求を行うことができるためには、加害 側が主権免除を主張しないこと、付託事案が法廷地国の準拠法で主権免除 の対象にならないことが必要になる(105)。また、条約に基づく請求であれば、 地表での被害については無過失責任原則が適用されるが、国内裁判所を通 じた請求の場合、法廷地の準拠法の内容次第では、加害側の過失の立証を 求められる場合もあり得る。更には、請求認容の判決を得た場合にも、加
(103) Smith and Kerrest, supra note 20, p.133. (104) Ibid., p.133.
(105) 池田は、他の締約国から損害を受けた私人が加害私人の本国を直接に相手取っ て加害国の裁判所に提訴する場合、宇宙条約があるがゆえに、加害国政府は主権免 除を援用することはできない(ただし、加害国の訴訟手続法で可能かどうかは別問 題)との見方を述べている(池田『前掲書』(注15)197頁)。