治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 : アメリカ合衆国との比較法的考察
著者 田坂 晶
雑誌名 同志社法學
巻 60
号 4
ページ 217‑277
発行年 2008‑09‑30
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011467
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二一七同志社法学 六〇巻四号
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察
︱
アメリカ合衆国との比較法的考察︱
田 坂 晶
︵一四七九︶ Ⅰ はじめに
Ⅱ わが国における議論の現状
Ⅲ アメリカ合衆国における議論の現状
Ⅳ 若干の考察
Ⅴ むすび
Ⅰ はじめに
医療の世界で︑患者の自己決定権が重視され︑治療行為のプロセスに﹁インフォームド・コンセント﹂が組み込まれ
るようになって久しい︒その影響は︑わが国の刑事法の領域にも及んでいる︒治療行為の正当化根拠について︑学説上︑
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二一八同志社法学 六〇巻四号
なお激しい対立が解消されずに残されているが︑その要件として︑治療行為に対する患者の同意を要求する点では一致
している︒ここで重要なのは︑﹁患者が治療行為に同意した﹂という形式ではなく︑自らの治療行為に主体的に関与す
るため︑患者が︑治療について医師から十分な説明を受け︑その内容を理解したうえで︑任意に同意するという実質で
ある ︵
︒つまり︑治療行為に潜在的に内在する危険について医師から受けた説明を理解し︑その危険を承知した︵危険を 1︶
引き受けた︶うえで︑治療に同意していることが︑医的侵襲をともなう治療行為の正当化という効果をもたらすのであ
る︒治療行為の正当化要件としての﹁患者の同意﹂とは︑まさにインフォームド・コンセントにほかならない︒
したがって︑治療行為に対する患者の同意が︑当該治療行為の正当化要件として認められるためには︑少なくとも︑
患者自身が医師の説明を十分に理解し︑治療行為の諾否を決定する能力を有していなければならない︒そうした能力を
有さない者によってなされた患者の同意を﹁治療行為にともなう危険を十分に認識したうえで危険を引き受けた﹂と評
価することはできないからである ︵
︒ 2︶
しかしながら︑実際の医療の現場においては︑未成年者であったり︑精神障害を負っていたりなどの理由で︑自らに
施される治療行為について適切な判断を下すことができない者︑つまり同意能力がない者にも治療が日常的に行われて
いる ︵
︒同意能力のない者に対する治療行為は一切正当化されないという結論は︑不合理であり︑こうした治療行為につ 3︶
いても一定の範囲で正当化を認める必要がある︒もちろん︑同意能力がない以上︑患者の同意を正当化の要件とするこ
とはできないので︑同意能力がない患者に対する治療行為の正当化根拠とその要件は︑通常の治療行為の正当化とは異
なることになろう︒ところが︑わが国では︑同意能力のない者に対する治療行為の正当化根拠や正当化要件について︑
必ずしも関心が高くなく︑十分な検討はなされてこなかった︒治療行為の正当化に関する議論に一石を投じ︑こうした
現状を打ち破ることは︑わが国の医事刑法にとってきわめて有益であると思われる︒ ︵一四八〇︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二一九同志社法学 六〇巻四号 ただし︑この課題に取り組むためには︑まず︑その前提として︑治療行為に対して同意するために必要な能力とは︑
具体的にどのような能力なのか︑また︑治療行為に対する同意能力の有無は︑どのような基準によって判断されるのか
を明らかにしておく必要があろう︒この点を明らかにしないままでは︑同意能力のない者に対する治療行為の正当化に
ついての議論も︑抽象的な観念論にとどまらざるを得ないからである︒
以上のような問題意識から︑本稿においては︑まず︑治療行為に対する患者の同意能力の内容とその判断基準に関す
るわが国の議論を整理する︒次に︑この問題について︑一九七〇年代以降︑活発な議論を展開してきたアメリカ合衆国
の状況を概観する︒そのうえで︑わが国における治療行為に対する患者の同意能力の内容と判断基準について︑一定の
方向性を示すべく︑考察を加えたい︒
Ⅱ わが国における議論の現状
今日︑わが国の医療現場では︑患者の自己決定権の重要性が広く認められており︑治療行為を施すにあたって︑最大
限患者の意思が尊重されるべきであると考えられている︒医的侵襲をともなう治療行為に対する刑法上の評価にあたっ
ても︑傷害罪の構成要件該当性を否定するのか︑構成要件該当性を認めたうえで︑違法性を阻却するのかという点には
対立が存在するものの︑治療行為の正当化に︑原則として︑治療行為に対する患者の同意が必要であるという点には異
論は見られない︒
では︑そうした同意が有効になされるためには︑いかなる能力が患者に備わっていなければならないのであろうか︒
治療行為の正当化に︑患者の同意が必要とされるのであれば︑その中身を明らかにすることは︑刑法学上もきわめて重
︵一四八一︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二二〇同志社法学 六〇巻四号
要な作業のはずである︒ところが︑前にも述べたように︑従来のわが国では︑この問題に必ずしも十分な関心が向けら
れることはなく︑未解決のまま放置されてきた︒
こうした刑法学における議論の状況に比べると︑民法学のそれはやや異なる︒民法の領域では︑実際にいくつかの裁
判例で患者の同意能力が争点となったこともあり︑少数ながらも︑治療行為に対する患者の同意の中身についての研究
成果が蓄積されてきたのである︒たしかに︑治療行為を正当化するために患者の同意が必要とされるのは︑刑法の領域
に限られない︒患者の意思に反した治療行為に対する医師の民事責任が問題になるケースにおいても︑やはり﹁危険の
引き受け﹂としての患者の同意の存否が重要な意義をもつものと解されているのである︒
刑法学の視点から治療行為に対する患者の同意能力について考えていくにあたって︑こうした民事裁判例や民法学に
おける議論から有益な示唆を得ることができるものと思われる︒以下では︑この点に関する民法上の動きも参考にしな
がら︑わが国において︑治療行為に対する患者の同意能力の内容や判断基準について︑どこまで明らかにされているの
か︑その現状の把握を試みたい︒
一 治療行為に対する同意能力の意義
一 患者の同意と被害者の同意
わが国において︑医的侵襲をともなう治療行為に対する同意能力の内容は︑どのように理解されているのであろうか ︵
︒ 4︶
この点について正面から言及した刑事裁判例は︑これまでのところ存在しない︒
これに対して︑学説上︑患者の同意と被害者の同意を同義と解する立場からすれば ︵
︑自らの法益の処分権限を放棄す 5︶ ︵一四八二︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二二一同志社法学 六〇巻四号 る点を正しく理解する能力ということになろう ︵
︒しかし︑①成功率の低い手術であっても︑健康の回復を願って︑これ 6︶
に同意した患者が︑身体的利益の保護を放棄したと評価することはできないこと︑②重大な傷害に対する被害者の同意
による違法性阻却は︑刑法二〇二条の趣旨に反するため認められないこと︑③治療行為の正当化要件として︑医学的適
応性や医術的正当性を要求する通説と矛盾することをふまえれば︑患者の同意は︑被害者の同意と同義と解するのは妥
当でない ︵
︒こうした点から︑治療行為に対する患者の同意は︑違法性阻却事由のひとつとして把握されている被害者の 7︶
同意とは性質を異にするものと解すべきなのである︒
二 同意能力と行為能力
一般に︑患者が治療行為に対する同意能力を有しているかどうかが問題になるのは︑患者が未成年者であるとか︑重
度の精神障害を患っている者などの場合である︒このような状況にある者は︑民法上︑一律にその行為能力が否定され
る︒そこで︑治療行為に対する同意能力と︑民法上の行為能力が︑どのような関係にあるのかが︑問題となりうる︒
民法八一八条以下の規定によれば︑行為無能力者であるとされる未成年者が何らかの意思決定をしようとする場合に
は︑親または後見人などの承諾が要求される︒また︑精神障害のゆえに︑行為能力を有さないと判断された者について
も︑同様に後見人や配偶者などの保護義務者が︑その者に代わって意思決定を行うこととされている︒しかし︑治療行
為に対する同意は︑その法的性質にかんがみて︑意思表示ではあるが︑法律行為ではないと解されている ︵
︒医的侵襲に 8︶
対する患者の同意能力の有無が問題となる場面では︑当該侵襲の本質とこれによって自己の身体にもたらされる侵襲の
程度︑さらに︑自己が下す諾否の意思表示の意味を理解することができるかどうかが重要なのであり ︵
︑患者が治療行為 9︶
に対して同意をするためには︑必ずしも民法上の行為能力を具備していることが要求されるわけではないと解されるの
︵一四八三︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二二二同志社法学 六〇巻四号
である ︵
︒ 10︶
このように治療行為に対する同意能力と民法上の行為能力の異質性を強調する見解のなかには︑治療行為に対して有 効に同意するためには︑﹁医的侵襲の性質︑効果︑結果およびその危険の程度を理解しうる能力 ︵
﹂であるとか︑﹁手術等 11︶
の治療を受けた場合に生じうる結果と︑それを受けない場合に生じうる結果とを理解し︑それらの比較衡量によって治
療を受けるかどうかを判断しうる能力 ︵
﹂が必要であると具体的に説くものもある 12︶︵
︒そこでは︑患者がそうした能力を有 13︶
していると認められるのであれば︑たとえ未成年者や精神障害者であっても︑患者本人が治療行為に対して有効に同意
をすることができると解されている ︵
︒したがって︑患者が民法上の行為能力を具備しているかどうかということは︑医 14︶
的侵襲に対する同意能力の有無を判断する際に︑一つの指針とはなり得ても︑決定的な判断基準とはいえず︑行為能力
の有無のみをもって︑治療行為に対する同意能力の有無を判断するべきでないとする見解が多数を占めていると評価す
ることができる ︵
︒ 15︶
現在︑わが国では︑治療行為に対して有効に同意をするために必要とされる能力の内容について明示した規定や裁判
例は存在せず︑学説上も前述のように一部に具体的な理解が示されるにとどまっている︒しかし︑少なくとも︑医的侵
襲をともなう治療行為に対してなされた同意が有効であると認められるために患者に要求される能力は︑民事上の行為
能力とは一致しないという点ではコンセンサスが存在しているといえよう ︵
︒ 16︶ ︵一四八四︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二二三同志社法学 六〇巻四号 二 同意能力の有無の判断基準
一 同意能力の判断基準の意義
それでは︑実際の裁判例において︑患者が︑治療行為に対する同意能力を有しているかどうかは︑どのように判断さ
れているのであろうか︒すでに指摘したように︑患者が治療行為に対して有効に同意することができる能力は︑民法上
の行為能力とは異なり︑一定の年齢による制限や精神上の障害を負っているなどの客観的な事由による一律的な判断に
はなじまないと解されている︒そこで︑やはりわが国においても︑患者が︑自らに施される治療行為に対して同意をす
る能力を有しているかを判断するための明確な基準が必要になる︒
治療行為に対する同意能力の有無は︑必ずしも民法上の行為能力の有無と一致しないとしても︑患者の年齢はその存
否の判断において一応の目安にはなると考えられている︒したがって︑患者が二〇歳以上の成人であり︑かつ︑健全な
精神の持ち主であれば︑同意能力の有無が問題になる場面はほとんどないといえよう ︵
︒また︑患者が未成年者である場 17︶
合︑特に幼児である場合には︑自らの置かれた状況を理解する力や将来を吟味し︑決定する力が未熟で︑広く親権・監
護権を有する者による保護が必要とされていることから︑この場合にも能力の有無はそれほど問題にはならないであろ
う︒ところが︑成人であっても︑脳や精神に障害を負っているなどの理由で︑同意能力の存在が疑われるケースがある
一方で︑未成年者であっても︑成人に近い年齢に達していれば︑実質的には同意能力を有すると評価されるケースも考
えられなくはない︒こうしたケースにおいてこそ︑治療行為に対する患者の同意能力の有無の判断基準が必要になるの
である︒ 以下では︑このような場面において︑治療行為に対する同意能力の有無について判断した裁判例や判断基準をめぐる
︵一四八五︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二二四同志社法学 六〇巻四号
学説を検討して︑わが国において︑治療行為に対する患者の同意能力の有無を判断するために用いられている基準を模
索したい︒
二 裁判例
実際に︑治療行為に対する患者の同意能力の有無について判断を下した裁判例においては︑どのような判断基準が用
いられてきたのであろうか︒実際の裁判例をみても︑こうした点について刑法上の観点から検討したものは︑これまで
のところ見当たらない︒民事の分野においても︑この点について言及した判例は少数にとどまっており︑必ずしも充実
しているとはいいがたい︒とくに︑成人年齢に近い未成年者について言及した裁判例は︑今のところ︑わが国には存在
しない ︵
︒以下では︑成人の精神病患者の同意能力の有無について判断したいくつかの事案について検討し︑そこから︑ 18︶
この問題に対する裁判所の姿勢を探ってみたい︒
⑴
札幌ロボトミー事件判決精神病を患った成人患者の同意能力の有無について判断した代表的な裁判例とし て︑札幌ロボトミー事件判決があげられる ︵︒本件の事実の概要は︑以下のとおりである︒本件患者Xは︑高校中退後︑転々 19︶
と職業を替えてきたが︑一九六七︵昭和四二︶年︑Xが二三歳の時に事故に遭い︑その頃から生活保護を受けるように
なった︒また︑一九七一︵昭和四六︶年には飲酒が原因で肝臓障害となり︑一九七二︵昭和四七︶年九月︑肝硬変症︑
糖尿病︑胃潰瘍と診断され︑翌年二月までいくつかの病院に入退院を繰り返していた︒しかし︑言動が粗暴であるため
に︑最後に入院した病院の内科で入院継続を拒否された︒一九七三︵昭和四八︶年二月一四日︑Xが妻子に暴力を振る
うと聞いた福祉事務所係員の勧めによって︑Xは精神科︑神経科︑内科を診療科目とするY病院に当時の精神衛生法三
三条に基づく﹁同意入院﹂をした︒同年四月一日頃︑医師Y
1
はXの病状を肝炎のほか︑慢性アルコール中毒症および ︵一四八六︶治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二二五同志社法学 六〇巻四号 爆発性・意思薄弱型精神病質であると診断︑同人に対して前頭葉白質切截術︵ロボトミー︶を実施するべきであると判断し︑同月一三日頃︑S病院脳外科医Y
2
に手術を依頼した︒Y2
は︑この依頼を引き受け︑同月一九日︑患者Xの同意を得ないまま︑S病院でXに対し左前頭葉白質切截術を行い︑次いで︑六月五日︑右前頭葉白質切截術を実施した︒
術後︑患者Xは︑本件手術による後遺症のため︑精神的な活動能力・意欲が失われ︑人格水準が低下し︑怠惰で無気力・
無抑制で浅薄な人格となり︑独立生活を営むことができず︑常に誰かの保護が必要な状態となった︒そこで︑Xとその
家族らは︑Y
1
・Y2
に対して︑ロボトミー手術を施すにあたって︑患者本人の同意を得ていないとして︑損害賠償請求訴訟を提起した︒なお︑Y
1
は︑手術に先立ってXの妻からは書面により手術承諾を得ており︑その旨をY2
に伝えている︒他方︑Y
2
は︑手術を実施するにあたって︑改めて誰からも同意を得ていなかった︒このような事実に対して︑札幌地方裁判所は︑一般論として︑患者の承諾について以下のように述べている︒﹁かか
る承諾は患者本人において自己の状態︑当該医療行為の意義・内容︑及びそれに伴う危険性の程度につき認識し得る程
度の能力を具えている状況にないときは格別︑かかる程度の能力を有する以上︑本人の承諾を要するものと解するのが
相当である︒従って精神障害者或いは未成年者であっても︑右能力を有する以上︑その本人の承諾を要するものといわ
なければならない︒とりわけロボトミーのように手術がその適応性ないしは必要性において医学上の見解が分れてお
り︑また︑重大な副作用を伴うべきものである場合には手術を受けるか否かについての患者の意志が一層尊重されなけ
ればならない︒また︑ロボトミーについては︑その性格上︑精神衛生法第三三条による入院の同意手続を経ていてもこ
れで足りるものではなく︑その手術につき個別的に患者の承諾を要するものというのが相当である﹂︒本判決では︑精
神障害が認められる患者であっても︑問題になっている治療行為について適切に判断する能力が認められる場合には︑
患者本人の同意を得なければならないという原則が明示された︒
︵一四八七︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二二六同志社法学 六〇巻四号
そのうえで︑本件患者の能力に関しては︑以下のような判断がなされている︒すなわち︑患者Xは︑医師が自己の脳
を切ろうとしていることを察知して︑脳を切られることに対して拒否的言動をしたり︑看護婦に対して﹁脳を切ると承
知しないぞ﹂と言ったりしている︒判決では︑Xの症状やこうした言動に照らせば︑本件患者Xは﹁行為能力は勿論本
件手術につき承諾能力︑判断能力を有していたものと認めるのが相当であり︑かつ︑本件手術の施行を拒否する意思を
抱いていたことが明らかであるといえる︒してみると︑本件手術は患者である原告Xの承諾なしに行なわれたものであ
り︑また︑原告Xの前示症状︑精神状態からすれば︑原告Xには生命の危険の緊急事態に在ったものということはでき
ず︑また︑原告Xに対し︑承諾のための事情の説明が不可能であるとかこれをなすことにより却って事態を悪化させる
ことが予測されるものということはできないものというのが相当であるから︑違法たるを免れることはできないものと
いうべきである﹂とされたのである︒
本判決中では︑一般論として︑精神障害者あるいは未成年者であっても︑﹁自己の状態︑当該医療行為の意義・内容︑
及びそれに伴う危険性の程度につき認識し得る程度の能力を具えている﹂以上︑﹁本人の承諾を要するものと解するの
が相当である﹂と明示された︒ここから︑裁判所が︑治療行為に対して同意をするために必要とされる能力は︑財産処
分に関して要求される行為能力とは異なるものであるということを前提としたうえで︑同意能力の有無の判断について
は︑患者の言動や精神状態︑症状などを総合的に考慮に入れて判断すべきと考えていることがうかがえる ︵
︒ 20︶
⑵
名古屋ロボトミー事件判決札幌ロボトミー事件と同様︑成人患者に対してロボトミー手術をする際の患者の 同意能力の有無が争われた事案として︑名古屋ロボトミー事件判決がある ︵︒本件の事実の概要は︑以下のとおりである︒ 21︶
本件の患者Xは︑高校中退後︑強盗未遂や窃盗︑恐喝などの犯罪を重ね︑刑務所に再三出入りしていた︒出所後の一九
六八︵昭和四三︶年︑三六歳の時に︑居住していた家屋が国道と電車軌道に挟まれて騒音が激しく︑頭痛︑不眠に悩ま ︵一四八八︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二二七同志社法学 六〇巻四号 されるようになり︑警察署に身の振り方を相談に赴いた際︑理由もなく署内で暴れたことから︑Y精神病院に入院させ
られた︒その後︑Xはいったん帰宅させられたが︑再び警察署に赴いて暴れだしたので︑Xの父の承諾を得たうえで︑
当時の精神衛生法︵現在の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律︹以下︑精神保健法︺︶に基づく鑑定を経て︑﹁措
置入院﹂の手続が取られた︒鑑定医二名は︑Xに精神疾患の疑いがあり︑暴力︑自傷︑器物損壊などの問題行動がある
と診断した︒そこで︑Y病院の精神科の医師Y
1
からの依頼に基づき︑医師Y2
は︑同年一一月二五日と︑翌年二月二二日の二回にわたりロボトミー手術を実施した︒施術の際︑Y
2
は患者Xの父親の手術承諾書は確認したが︑本人の同意は得なかった︒そこで︑Xは︑ロボトミー手術について︑①医療目的の不存在︑②医療行為としての相当性の不存在︑
③適応症外の手術︑④療法の選択順序の誤り︑⑤有効な同意の不存在を理由として︑Y
1
およびY2
に損害賠償を請求 する訴えを提起した ︵︒ 22︶
これに対して︑名古屋地方裁判所は︑まず精神衛生法上の措置入院をさせられた精神障害者であっても︑治療を受け
るか否かの判断能力があるならば︑緊急やむを得ない等の特別事情のある場合を除いて︑その者に医的侵襲を加えるに
は患者本人の同意が必要であって︑近親者の同意では足りないとの原則を確認した︒そして︑患者Xが︑﹁意思能力︑
判断能力を有していたことは明らかであるうえ﹂︑ロボトミー手術に対して同意していなかったことも明らかであり︑
﹁一般に︑他の専門医から手術の依頼を受けた手術執刀医においても︑手術の実施にあたり︑患者の承諾を得られてい
るか否かを確認すべきであって︑既にその承諾が得られているとき︑緊急の事態のため承諾を得る時間的余裕がない等
の場合を除き︑自ら患者に対する説明に基づく承諾を得ねばならない﹂と判示した︒
本件では︑当時の精神衛生法上の措置入院をすることが必要な者であっても︑治療行為について判断することができ
る能力を有する可能性があり︑その能力が認められる場合には︑治療行為に際して同意を得なければならないと明言さ
︵一四八九︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二二八同志社法学 六〇巻四号
れた点で注目に値する︒ただ︑基本的には︑札幌ロボトミー事件判決の延長上に位置づけることができる判決といえよ
う ︵
︒ 23︶
⑶
習慣性右肩関節脱臼治療手術事故事件これに対して︑精神障害のない成人の治療行為に対する同意能力が問 題となった事案として︑一九八六︵昭和六一︶年の東京地裁判決がある ︵︒本件の患者Xは︑高校卒業後︑自衛隊に入隊 24︶
し︑隊員として勤務していたが︑一八歳の頃から︑その後一年間に五回位脱臼を繰り返すという︑習慣性右肩関節脱臼
の症状があった︒そこでXは︑一九八二︵昭和五七︶年︑二一歳の七月一二日に︑Y病院整形外科で診察を受け︑習慣
性右肩関節脱臼の治療のため︑手術をすすめられ︑同月二九日︑同病院に入院した︒翌月二日︑Xは全身麻酔施用の上︑
習慣性右肩関節脱臼治療のため︑バンカート法による手術を受けたが︑右手術中に悪性高熱が発生し︑心停止を起こし︑
同日死亡した︒このような事実に対して︑Xの遺族が︑Xは手術時には成人しているが︑いまだ二一歳になったばかり
の者であるから︑患者本人のみならず︑その両親に対しても︑Xの症状やその程度︑放置することの不利益と治療を行
なうことの利益︑予想しうる合併症などの危険について説明すべき義務があるにもかかわらず︑患者本人に対しても患
者の家族に対しても説明義務が十分に尽くされていなかったとして損害賠償を請求する訴えを提起した︒
これに対して︑東京地方裁判所は︑患者本人に対して必要な説明は十分になされており︑本人の同意も得られていた
と確認したうえで︑本件患者本人の同意能力については︑以下のように判示した︒すなわち︑患者Xは︑手術当時二一
歳の自衛隊員であって︑独立した社会人であるから︑医師は︑手術を行うに際しては︑患者本人に対して説明をすれば
足り︑これに加えて患者の家族に対しても治療行為についての説明をする必要はないと示したのである︒
⑷
裁判所の立場以上のように︑裁判所は︑治療行為に対して同意をするべき患者が精神障害を負っている者であっても︑当然にはその同意能力を否定していない︒患者がおかれている状況や︑その者の言動︑医的侵襲の程度など︑ ︵一四九〇︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二二九同志社法学 六〇巻四号 様々な要素を考慮に入れながら総合的に同意能力の有無を判断しているのである︒このことは︑たとえ当該患者が精神保健福祉法上の﹁措置入院﹂の状態であっても同じである︒また︑一九八六︵昭和六一︶年の東京地方裁判所判決は︑
札幌・名古屋ロボトミー事件判決と異なり︑精神障害を負っていない成人患者の同意能力の有無について扱ったもので
あるが︑本判決においても︑ロボトミー事件判決で示されたのと同様の姿勢がうかがえる︒すなわち︑成人年齢に達し
たばかりの者の同意能力の有無を判断するにあたって︑本判決は︑成人年齢に達している形式的要因のみではなく︑患
者が独立した社会人であることなど実質的な要因も勘案したうえで患者の同意能力を肯定したのである︒
前にも述べたように︑この分野に関する裁判例は少数にとどまっており︑裁判所の姿勢を分析するために十分な蓄積 がなされているとはいいがたい ︵
︒しかしながら︑以上に示した三つの裁判例から分析すると︑裁判所は︑当該患者が精 25︶
神病患者であることをもってその同意能力を当然に否定しているのではなく︑当該患者が問題になっている治療行為に
ついて︑正確に認識したうえで判断する能力を具備しているかどうかに着目して︑事案ごとに判断すべきと考えている
といえよう ︵
︒ 26︶
三 学説の展開
治療行為に対する患者の同意能力の有無を判断する方法に関する学説の動向を整理すると︑刑法の領域よりも︑民法
の領域でより活発な議論が展開されている︒民法において︑この点について言及している学説の多くは︑個々の患者の
能力は個別的に判断しなければならないとしながらも︑患者の年齢が一定の目安となることを認めている︒たとえば︑
①特に根拠は示していないが︑一五歳ないし一八歳以上の未成年者に同意能力を認める見解 ︵
︑②原動機付自動車免許の 27︶
取得可能年齢や︑女子の婚姻可能年齢︑義務教育の終了年齢などから︑一五〜一六歳以上であれば︑治療行為に対して
︵一四九一︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二三〇同志社法学 六〇巻四号
同意する能力を有していると認めるとする見解 ︵
︑③養子の同意年齢を根拠として︑一五歳になれば同意能力を有すると 28︶
認める見解 ︵
︑また︑④遺言を有効に行うことができる年齢から 29︶︵
︑一五歳になれば同意能力を認めると説く見解などが散 30︶
見される ︵
︒さらに︑⑤﹁﹃臓器の移植に関する法律﹄の運用に関する指針 31︶︵
﹂で示された記述を参考として︑一五歳を一 32︶
応の目安として︑あとは︑個別の事情も考慮に入れたうえで判断するのが妥当であると説く見解もある ︵
︒﹁﹃臓器の移植 33︶
に関する法律﹄の運用に関する指針﹂では︑﹁臓器の移植に関する法律における臓器提供に係る意思表示の有効性につ
いて︑年齢等により画一的に判断することは難しいと考えるが︑民法上の遺言可能年齢等を参考として︑法の運用に当
たっては︑一五歳以上の者の意思表示を有効なものとして取り扱う﹂とされている ︵
︒ここから︑一般の治療行為につい 34︶
ても︑一五歳以上の者について︑有効に同意する能力を有するものと推定するとの目安を導いているのである︒
同様の点について︑刑法的な観点からは︑どのように考えるべきであろうか︒すでに述べたとおり︑身体への侵襲を
ともなう治療行為に対する患者の同意は︑有形力の行使に対する被害者の同意とは異なるものであると解するべきであ
る︒そして︑治療行為に対して同意するために必要とされる能力の有無を判断する際に︑特に問題となるのは︑上述し
たように︑患者本人が︑治療行為の本質を正確に理解し︑これによって自己にもたらされうる利益と被る可能性のある
不利益とを正確に比較衡量することができるだけの能力を有しているかどうかである ︵
︒こうした能力は︑一定の年齢以 35︶
上に達した者に対して一律に認めるべきものではない ︵
︒同様に︑患者が精神的に障害を患っているという事情のみをも 36︶
って一律にその同意能力を否定するのは妥当ではないとされている ︵
︒この限りにおいては︑一定のコンセンサスが見ら 37︶
れるものの︑同意能力の有無を判断する具体的な基準については︑﹁非常に微妙で難しい問題である﹂から︑一概には
いえないとして︑積極的な検討がなされないまま今日を迎えたというのが実状である ︵
︒ 38︶ ︵一四九二︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二三一同志社法学 六〇巻四号 三 わが国における治療行為に対する同意能力に関する議論の状況 ここまで︑治療行為に対する患者の同意能力をめぐるわが国の現状について整理を試みた︒わが国においては︑治療
行為に対して同意するために必要とされる能力は︑民法上の行為能力とは区別され︑﹁自らに施される治療行為にとも
なう危険を引き受けた﹂と評価できるだけの実質をともなうものでなければならないという点については一定のコンセ
ンサスがみられる︒しかし︑治療行為に対する同意能力の具体的な内容につき明らかにした立法や判例はこれまでのと
ころ存在せず︑学説においても︑統一的な定義が示されるには至っていない︒
また︑治療行為に対する同意能力の有無を判断する基準についても︑いまだ統一的な基準は確立されていない︒この
ため︑実際の医療の現場において︑患者が治療行為に対して同意する能力をもっているか否かの判断は︑個々の医師の
裁量に一任されているのが実情である ︵
︒ 39︶
Ⅲ アメリカ合衆国における議論の現状
アメリカ合衆国においても︑医師が治療行為を行う場合には︑原則として︑患者本人の同意を得なければならないと
解されている︒患者の同意を得ずに行われた医的侵襲は︑いかに必要性や相当性が認められるものであっても︑不法な
身体接触の罪︵
assault and battery
︶を構成する可能性がある ︵︒このように︑治療行為に︑原則として患者の同意が要 40︶
求される背景には︑医療の世界における患者の自己決定権の浸透があった︒たとえば︑患者の自己決定権を尊重すると
いう考えを初めて明示した一九一四年のシュレンドルフ・ケース判決において ︵
︑ニューヨーク州最高裁判所は︑﹁成人 41︶
︵一四九三︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二三二同志社法学 六〇巻四号
年齢に達し︑健全な精神︵
sound mind
︶を有する者はすべて︑自己の身体に対して何がなされるのかということを決 定する権利を有する﹂と判示した ︵︒本判決が示した患者の自己決定権を尊重する姿勢は今日においても広く支持されて 42︶
おり︑一般に︑健全な精神を有する成人は︑自己の治療行為について決定を下すことができると解されている ︵
︒このた 43︶
め︑成人の患者は︑治療行為について決定を下す能力を有していないという証明がなされない限り︑自己の治療行為に
対して自ら同意し︑または拒否する能力を有しているものと推定されるのである ︵
︒他方︑成人年齢である一八歳に達し 44︶
ていない未成年者は︑原則として︑治療行為に対して有効に同意する能力を有さないものと推定される ︵
︒ 45︶
ただし︑実際には︑アメリカ合衆国においても︑成人の同意能力が否定されるケースもあれば︑未成年者の同意能力
が肯定されるケースもある︒同意能力の有無は︑患者が成人であるか未成年者であるかという形式的な基準のみによっ
て一律に判断されているわけではないのである︒それでは︑アメリカ合衆国において︑治療行為に対する患者の同意能
力の有無は︑いかなる基準のもとで判断されているのであろうか︒また︑そもそも︑治療行為に対する患者の同意能力
とは︑どのような内容のものであると解されているのであろうか︒以下では︑これらの点を中心に︑アメリカ合衆国に
おける治療行為に対する患者の同意能力の動向を整理したい︒
一 治療行為に対する患者の﹁同意能力﹂の内容
アメリカ合衆国では︑治療行為に対して同意するために︑どのような能力が必要であると考えられているのであろう
か ︵
︒早くから治療行為に対する患者の自己決定権の重要性が認識されてきたこともあり︑アメリカ合衆国における患者 46︶
の同意能力に関する議論の歴史は古い︒ところが︑この点に関する同国の議論の展開を追ってみると︑同意能力の定義 ︵一四九四︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二三三同志社法学 六〇巻四号 を明文で示した規定は存在しないことが分かる ︵
︒また︑患者の同意能力について言及した判例においても︑各事案の具 47︶
体的状況に応じて個別的な判断が下されているにとどまり︑同意能力の統一的な定義を明らかにしたものは見当たらな
い ︵
︒では︑そうした状況の中で︑アメリカ合衆国では︑治療行為に対する患者の同意能力の内容をめぐって︑どのよう 48︶
な議論が繰り広げられてきたのであろうか︒この点を探るため︑以下では︑アメリカ合衆国においてこれまで展開され
てきた議論を整理したい︒
一 大統領委員会の報告書
一九七〇年代に入ると︑アメリカ合衆国では︑医学研究が急速に発展し︑脳死による死の認定︑臓器移植︑患者の自
己決定権︑遺伝子工学などや先端医療における倫理問題など医療をめぐる法的・倫理的問題が強く認識されるようにな
った︒こうした議論が活発化していく中で︑一九七八年一一月に合衆国連邦議会の承認を得て︑﹁医療および生物医学
的ならびに行動学的研究における倫理的諸問題研究のための大統領委員会︵
President ’s Commission for the Study of
Ethical Problems in Medicine and Biomedical and Behavioral Research
︶﹂が設置された︒同委員会は︑約四年間にわた る検討を経て︑一九八二年に﹃医療上の意思決定︵Making Health Care Decisions
︶﹄と題する報告書を公刊した ︵︒本報 49︶
告書は︑一九七〇年代から一九八〇年代初めにかけて︑アメリカ合衆国において展開された議論を総括する一大モニュ
メントとして高く評価されており︑今日の議論の礎を築いたと理解されている ︵
︒ 50︶
この報告書の中で︑大統領委員会は︑治療行為に対する患者の同意能力について︑次のように述べた ︵
︒まず︑患者は︑ 51︶
治療行為に関する決定をするためには︑精神的︑感情的︑法的な能力を有していなければならないとしたうえで ︵
︑患者 52︶
がそれらの能力を有しているかどうかは︑年齢などの患者の状態によって形式的に判断するのではなく︑治療行為に関
︵一四九五︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二三四同志社法学 六〇巻四号
する決定が下された場面において︑実際に︑患者にどのような能力が認められるかを検討することによって︑実質的に
判断すべきであると説かれた ︵
︒ 53︶
また︑治療行為に対する同意能力を構成する要素として︑三つの能力を挙げた ︵
︒第一に︑自己の価値観および目標を 54︶
保持する能力︵
possession of a set of values and goals
︶である︒ここでは︑自己にとって最善の判断を下すための前提として︑自己の価値観にしたがって判断し︑結論を下すことができる能力が要求される︒治療行為について自己決定を
下すためには︑患者本人が妥当であると考える結論を導くことが要求されるのであるから︑決定を下す際に︑自己の価
値観を保持していることが要求されるのである︒したがって︑当該患者が事前に表明していた価値観と矛盾する内容の
決定を下すことは︑同意能力を否定する方向に作用する要素であると解される︒第二に︑情報を受け取り︑それを理解
する能力︵
ability to communicate and to understand information
︶である︒これは︑治療行為に関する説明を受けて︑理解する能力である︒この能力を有していると認められるためには︑代替的治療行為の存在とその内容︑さらに︑それ
ぞれの治療行為を受ければ︑どのような結果が生じる可能性があるのか︑あるいは︑いずれの治療行為も拒否すればど
うなるのか︑といった点についても正しく理解する能力が要求される︒第三に︑選択肢について熟慮し︑理由づける能
力︵
ability to reason and to deliberate about one ’s choices
︶である︒これは︑提示されている選択肢を比較考量したうえで︑決定を下す能力である︒ここには︑個人的な目標や人生プランも考慮したうえで︑治療方法を決定する能力も含
まれると解されている ︵
︒ 55︶
二 同意能力を構成する四つの要素
アメリカ合衆国では︑裁判例が︑治療行為の実施にあたっては︑患者の自己決定権を尊重し︑原則として﹁インフォ ︵一四九六︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二三五同志社法学 六〇巻四号 ームド・コンセント﹂が必要であるという姿勢を貫いていることに加えて︑一九八二年に大統領委員会が︑治療行為に対する同意能力についての報告書を発表したことにより︑治療行為に対する同意能力の内容について︑高い関心が払われるようになった︒こうした状況下において︑議論は次第に収斂されていき︑一九八〇年代後半には︑治療行為に対する同意能力を肯定するために︑①自己の選択を相手に伝える能力︑②治療行為に関連する情報を正確に理解する能力︑
③状況の本質や治療行為の結果を正しく評価する能力︑④情報を合理的に処理する能力をあげる見解が有力化した ︵
︒そ 56︶
れ以降︑治療行為に対する患者の同意能力の内容に関する議論は︑これら四つの要素の内容やその妥当性を中心に展開
されてきた ︵
︒そこで︑以下では︑これらの各能力についてどのような議論が繰り広げられてきたのか︑詳しく検討を加 57︶
えたい︒
⑴
自己の選択を他者に伝える能力第一に︑治療行為に対する同意能力が認められるためには︑自己が下した決 定を︑他者に伝達する能力︵ability to communicate a choice
︶が認められなければならないと解されている︒自己の決定を他者に伝える能力を有していなければ︑患者が︑治療行為に関する自分の意見を他者に知らせることができず︑
したがって︑患者の意思に沿った治療を施すこともできないからである ︵
︒自己の決定を他者に伝える能力は︑治療行為 58︶
に対する同意能力を判断するにあたって必須の要素であり︑多くの裁判例において︑検討の出発点として位置づけられ
てきた ︵
︒もちろん︑自己の決定を他者に伝える能力のみをもって治療行為に対する同意能力を認めると︑自己の意見を 59︶
表明することはできるが治療行為について適切に判断することができない者にまで︑同意能力が認められることにもな
りかねない︒こうした結論の不合理性から︑たしかに︑伝達する能力は不可欠ではあるが︑これだけをもって治療行為
に関する同意能力の有無を判断することは妥当でないとの声が大きい ︵
︒実際に︑患者の同意能力を肯定するためには︑ 60︶
自己の決定を他者に伝える能力が不可欠であるとする多くの裁判例や制定法も︑自己の選択を他者に伝達する能力のみ
︵一四九七︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二三六同志社法学 六〇巻四号
によって治療行為に対する同意能力の有無を判断しているわけではない ︵
︒ 61︶
⑵
治療行為に関する情報を理解する能力第二に︑治療行為に対する同意能力が認められるためには︑治療行為 に関連する情報を理解する能力︵ability to understand the relevant information
︶が要求される︒医師から受けた治療行為に関する説明を理解できない者は︑治療行為に対して同意するか︑それともこれを拒否するかという判断をするこ
とができないと解されているのである︒実際の裁判例や制定法においても︑治療行為に対する患者の同意能力の有無を
判断する際に︑この能力の有無が問題とされることが多い ︵
︒ここでいう理解力の意味は︑医師によって提示された説明 62︶
の内容を理解する能力に限定され︑自己を取り巻くあらゆる事情を理解していることまでは必要とされていない ︵
︒ 63︶
⑶
治療行為の結果を正確に評価する能力第三に︑自らの置かれている状況や︑治療行為によってもたらされる 結果を正しく評価する能力︵ability to appreciate the situation and its consequences
︶が要求されることがある︒ここで要求される能力は︑患者が︑単に特定の情報を理解できるだけではなく︑自己が置かれている状況︑治療行為によっ
てもたらされうる利益や侵襲にともなう危険性︑治療行為を拒否することによって自己の身体に起こりうる結果を正し
く評価できる能力であるとされる︒こうした結果について正確に理解していなければ︑患者は︑適切な判断を下すこと
ができないと解されるからである︒たとえ︑患者が︑特殊な信念に基づいて一般に不合理であると思われるような決定
を下したとしても︑患者のこうした信念が︑治療行為について評価する能力に影響を与えておらず︑医的侵襲によって
もたらされる利益や侵襲にともなう危険性︑治療行為を受けなかった場合におこりうる結果について︑患者が正確に評
価していると認められるのであれば︑当該患者の同意能力は否定されることはない ︵
︒実際の裁判例においても︑この能 64︶
力に言及したと思われるものが存在する︒たとえば︑宗教上の理由で︑子宮がんを治療するための手術に同意しない患
者に対して︑医師が患者の同意を得ないで手術を実施する許可命令を裁判所に請求した一九八七年のミルトン・ケース ︵一四九八︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二三七同志社法学 六〇巻四号 判決がある ︵
︒本件において︑オハイオ州最高裁判所は︑信仰上の理由で︑子宮がん治療のための手術を拒否している本 65︶
件患者は︑自己が病気であり︑治療行為を受けなければ死亡する可能性があるという事実を認識したうえで︑拒否の決
定を下しているとして︑患者の同意能力を肯定し︑同意能力が認められる以上︑当該患者の意思を無視することはでき
ないと判断して︑医師の訴えを斥けた ︵
︒ 66︶
⑷
情報の合理的な処理能力第四に︑様々な代替的治療行為の存在を認識し︑それぞれのメリットとデメリットとを比較するための論理的思考を働かせ︑自己にとって最適の方法を選択するために︑自己の治療行為に関する情報を
合理的に処理する能力︵
ability to manipulate information rationally
︶が要求されることがある︒この能力が要求される際には︑患者が下した決定の結果ではなく︑決定を下すまでのプロセスに焦点があてられる︒たとえ医師によって提示
された情報を理解し︑自己の下した決定を他者に伝えることができたとしても︑情報を論理的に処理することができな
ければ︑治療行為に対する同意能力は認められないと判断されることになるのである ︵
︒実際の裁判例においても︑同意 67︶
能力を肯定するためには︑患者は︑治療行為に関する情報を理解し︑評価する能力を具備していることに加えて︑冷静
に情報を見極め︑合理的な思考プロセスを経て︑治療行為に対する決定を下す能力を有していると認められなければな
らないと判示されているものが存在する ︵
︒ 68︶
⑸
同意能力を構成する四つの要素このように︑一九八〇年代以降のアメリカ合衆国では︑治療行為に対する同意能力の構成要素として︑①自己の選択を相手に伝える能力︑②治療行為に関連する情報を正確に理解する能力︑③状
況の本質や治療行為の結果を正しく評価する能力︑④情報を合理的に処理する能力という四つの能力に焦点をあて︑こ
れらの能力をめぐって議論が積み重ねられてきた︒同意能力の要素として︑こうした能力を要求している裁判例は︑上
述した各能力のいずれかひとつのみをもって︑患者の同意能力の有無を判断しているのではなく︑いくつかの能力を要
︵一四九九︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二三八同志社法学 六〇巻四号
求している︒
ここで治療行為に対する同意能力を構成する要素として提示された各要素を︑前述した一九八二年の大統領委員会報
告書において提示された三つの能力と比較検討してみたい︒まず︑大統領委員会が要求する﹁自己の価値観および目標
を保持する能力﹂は︑四つの要素のうち︑③﹁状況の本質や治療行為の結果を正しく評価する能力﹂に包含されること
になろう︒状況の本質や治療行為を結果を正しく評価するためには︑自己の価値観や目標の存在が前提となるからであ
る︒また︑﹁情報を受け取り︑それを理解する能力﹂は︑②﹁治療行為に関連する情報を正確に理解する能力﹂と文字
通り一致する︒さらに︑﹁提示されている選択肢を比較考量したうえで︑決定を下す能力﹂も︑④﹁情報を合理的に処
理する能力﹂とほぼ同じ内容の能力を指していると解することができる︒こうしてみると︑一九八八年に提案されたこ
れら四つの能力は︑一九八二年の大統領委員会報告書が要求する三つの能力をふまえており︑両者において要求されて
いる能力は︑矛盾していないと評価することが許されよう︒そこで︑一九八二年の大統領委員会報告書において示され
た能力と︑一九八八年に示された四つの要素とをあわせて勘案すると︑今日︑アメリカ合衆国においては︑治療行為に
対する患者の同意能力の内容としては︑①治療行為に関連する説明を理解する能力︑②この情報を駆使して︑自己の価
値観に沿った判断を下す能力︑③自己が導いた結論によってもたらされる結果を予測する能力︑④自己の決定を正確に
他者に伝える能力であると解されていると評価することができる︒
二 同意能力の有無の判断基準に関する議論
前節では︑治療行為に対する同意能力の内容について︑アメリカ合衆国で展開されている議論を整理したが︑次に︑ ︵一五〇〇︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二三九同志社法学 六〇巻四号 患者が実際にこうした同意能力を有しているかどうかを判断するための基準に関する同国での議論を整理したい︒ 本章の冒頭において述べたように︑アメリカ合衆国では︑患者が成人である場合︑その患者が同意無能力者であるということが証明されない限り︑治療行為に対する同意能力を有するものと推定されている︒これに対して︑未成年者については︑原則として︑治療行為に対して有効に同意する能力を有する者であるとの推定は働かない ︵
︒しかし︑治療行 69︶
為に対する患者の同意能力の有無は︑成人か否かという形式的な基準によって機械的に判断されているわけではない︒
そもそも︑前節において検討したような治療行為に対する同意能力は︑成人年齢を境界として一律に具備されるものと
は考えられないからである︒後に詳述するが︑成人の患者であっても︑精神疾患に罹患しているなどの理由で同意能力
が否定されることがあるし︑また︑未成年者であっても上述の能力を有していると認められる場合には︑同意能力が肯
定されることがありうるのである︒それでは︑実際に︑治療行為に対する患者の同意能力の有無は︑どのような基準に
よって判断されているのであろうか︒
一 大統領委員会報告書の三つのアプローチ
前節において検討したように︑一九八二年の大統領委員会報告書では︑治療行為に対する患者の同意能力の内容につ
いて明確な枠組が提示されたが︑同時に︑治療行為に対する患者の同意能力の判断基底についても一定の指針が示され
た︒具体的には︑同意能力の判断基底として︑①﹁決定の結果﹂アプローチ︑②﹁患者の状態や類型﹂アプローチ︑③
﹁決定を下す者としての患者の機能的能力﹂アプローチの三つのアプローチに分類し︑これらについて︑個別に考察を
加えたうえで︑一定の結論が導かれた ︵
のである︒同報告書の公刊以後︑今日に至るまで︑患者の同意能力の判断基底に 70︶
関する議論は︑これら三つのアプローチを軸に展開されてきた︒そこで︑以下では︑同意能力の判断基準に関するアメ
︵一五〇一︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二四〇同志社法学 六〇巻四号
リカ合衆国の議論の動向を探る足がかりとして︑これら三つのアプローチについて考察を加えたい︒
⑴
結果アプローチ大統領委員会報告書が示した三つのアプローチのうち︑患者が下した決定の内容に重点をお いて︑決定者の能力の有無を判断する﹁結果アプローチ︵outcome approach
︶﹂によると︑治療行為の実施についての諾否︑また代替的治療行為がいくつかある場合には︑治療方法の選択をする際に︑合理的な一般人とは異なる価値観を
示した者について︑同意能力が否定されることになる︒たとえば︑通常︑合理的な一般人であれば了承すると考えられ
る︑侵襲の程度も危険性も低い治療行為を受けることを拒否した患者は︑同意能力を有さない者であると判断されるこ
とになる︒こうした帰結の不合理性のために︑大統領委員会は︑このアプローチに対しては︑消極的な評価を下した ︵
︒ 71︶
⑵
状態アプローチこれに対して︑患者の状態やカテゴリーに基づき︑同意能力の有無を判断する﹁状態アプロ ーチ︵status approach
︶﹂では︑同意するために必要な能力を有さないとされるカテゴリーに該当する者は︑その患者個人が実際にどの程度の能力を有しているのかということをまったく考慮されることなく︑同意能力が否定される︒
このアプローチに対しても︑大統領委員会はネガティブな評価を下した︒たしかに︑意識不明者のように︑決定を下
す時点では同意をすることが明らかに不可能なカテゴリーもあるが︑類型的に同意無能力であるとされるカテゴリーの
なかには︑実際には︑自己に対する治療行為について同意する能力が十分に認められる者もいるはずだとしたのである︒
大統領委員会報告書では︑治療行為に対する同意能力の有無は︑個別的に判断するべきものであるから︑患者の状態を
類型化し︑無能力であるとされる類型に属するかどうかで同意能力の有無を形式的に判断するアプローチは妥当ではな
いと結論づけられた ︵
︒ 72︶
⑶
function approach
機能アプローチ他方︑﹁機能アプローチ︵︶﹂では︑患者が下した決定の内容や︑個人がおかれた状況ではなく︑決定を下す時点において︑実際に患者に認められる個人的な能力の作用に焦点をあてて︑同意 ︵一五〇二︶
治療行為に対する患者の同意能力に関する一考察 二四一同志社法学 六〇巻四号 能力の有無を判断する︒たとえば︑精神疾患に罹患しているすべての者について︑一律に同意能力を否定するのではなく︑制定法やコモン・ローによって示された︑﹁同意能力推定の原則﹂を覆すに足る立証がされない限り︑成人患者は 治療行為について同意する能力を有すると判断すべきであるとするのである ︵
︒また︑原則として同意能力を有さないと 73︶
推定される未成年者については︑一定の年齢に達していないことのみをもって一律に治療行為に対する同意能力を否定
するのではなく︑一定の判断基準を満たしている場合には︑当該未成年者に同意能力を認め︑治療行為に対して自ら同
意することができると解するのである ︵
︒ 74︶
⑷
大統領委員会の立場大統領委員会は︑上述のそれぞれのアプローチについて考察を加え︑患者が治療行為に対して同意するために十分な能力を有しているかどうかは︑﹁機能アプローチ﹂に沿って判断することが望ましいとい
う結論に達した ︵
︒つまり︑提示されている治療行為について決定を下す時点において︑当該患者に実際に認められる機 75︶
能の作用に重点をおいて判断するべきであるとの結論を導いたのである︒また︑患者が成人である場合には︑自己の意
思で判断することができないような意識不明の患者や︑こん睡状態にある者など︑同意能力を有していないことが明白
な状態にある者以外は︑同意無能力であることが証明されない限り︑同意能力を有すると推定されるべきであるとした︒
さらに︑治療行為に対する同意能力は︑事前に表明していた価値と選択に従って︑その者の利益を増進させる判断を下
すことができない患者についてのみ︑否定することを提案した ︵
︒治療行為について下した決定が︑自己の価値観や目標 76︶
に合致しているかどうかが問題なのであるから︑一般の者であれば通常選択するであろうと思われる治療方法を選択し
なかったり︑特異な決定を下したという事実のみをもって︑同意能力を否定するべきではないという点を強調したので
ある ︵
︒大統領委員会は︑治療行為に対する患者の同意能力の有無の判断は︑治療行為を取り巻く周囲の状況も加味した 77︶
うえで︑患者個人の自己決定を尊重し︑個別具体的に判断するという姿勢を明らかにした︒
︵一五〇三︶