1 はじめに
(1)民放テレビの現在
日本でテレビ放送が始まって 60 年が過ぎた。
1953 年 2 月 1 日に,NHK 東京テレビジョンが 開局,半年後の 8 月 28 日には民間放送である 日本テレビ放送網が開局し,テレビ時代は幕を
開けた。以後,民間放送(民放)テレビは無料 のビジネスモデルとして急速に普及し,家庭の 身近な娯楽として,あるいは重要な報道機関と して,国民の生活になくてはならないものと なっていった。
しかし,右肩上がりで伸び続けていた視聴 率も,ここ数年は,陰りが見え始めている。最
テレビというビジネスモデルのこれから
―民放テレビの現在・過去・未来から考察するメディア論―
How the business model of television will be transformed
—Media studies of the past, present and future of the commercial television—
平松恵一郎
HIRAMATSU, Keiichiro
日本で民放テレビの放送が始まって 60 年が過ぎ,右肩上がりで伸び続けていた視聴率にもこ のところ陰りが見え始めている。民放テレビ局にとっての商品である「番組」は広告のためにあ り,この広告のみを後ろ盾にした巨大な無料ビジネスモデルである民放テレビは,今後メディア としてどうあるべきなのかを考察する。
総世帯視聴率は特に 2005 年を最後に大きく下降している。その原因を探るべく,同じころか ら始まる「人口減少」,さらに「生活時間の変化(女性の社会進出)」,「タイムシフト視聴」,「イ ンターネットの普及」,「多チャンネル化」といった 5 点について,総世帯視聴率の推移との相関 を考察した。結果として生活時間の変化(女性の社会進出)やタイムシフト視聴の増加との関連 性が見えた。しかしながら,これらのファクターを単純に総世帯視聴率低下の原因であると考 えてよいのだろうか。そもそも,女性の社会進出やタイムシフト視聴の増加はなぜ起きたのか。
そこには,伝統的な家族形態の崩壊ということが考えられる。多チャンネル化も,それによる 視聴の分散化以前に,家族の崩壊によってテレビも少量多品種にならざるを得ず,結果,多チャ ンネル化を余儀なくされたと見てよいのではないだろうか。一家団欒でテレビを囲むというライ フスタイルが消滅した現在,視聴率だけが頼りのビジネスモデルは崩壊に向かっているというこ とは確かだ。少量多品種時代となり,多角化から個別化へと進んでいった。生活の場や価値観を 共有する共同体が崩壊したとも言えよう。しかし,人間は壊れた共同体をもう一度作り直そうと する。そんな中で,ソーシャルメディアは壊れた共同体を再構築するために機能し始めた。ソー シャルメディアによって,個別化した関係性をもう一度束ねようとしているのである。大量消費 をはじめとするマスの時代は終わりを告げ,少量多品種の時代となった。民放テレビも供給側か らのいわば押しつけ的な番組作りから,少量多品種時代を意識した,よりユーザー目線の番組作 りと,ソーシャルメディアをはじめとするインターネットと共存していく覚悟が必要な時代と なったと言える。
キーワード: 無料ビジネスモデル(Free business model),共同体(Community),少量多品種(Small quantity, large variety),ソーシャルメディア(Social media)
近約 10 年の総世帯視聴率(HUT=Households Using Television) を 見 て も,2004 年 に は 週 平均 44.6%であったものが少しずつ落ち始め,
2013 年には 41.7%まで下がってしまった(図 1)。
ひと口にテレビ放送と言っても,NHK と民 放ではそのビジネスモデルは大きく違ってい る。NHK は公共放送として,テレビ受像機を 持つ世帯から広く受信料を徴収し,それをもと に放送を行っているが,民放はスポンサーによ る番組の提供 CM および,主に番組と番組の 合間に流されるスポット CM によって放送が 運営されている。まさに,民放にとっての顧客 は視聴者ではなく,CM を提供してくれるスポ ンサーであり,そのビジネスモデルは B to B と言える。あるいは最終的な視聴者までを含め れば,B to B to C とも言えるが,少なくとも テレビ局にとっての商品である「番組」は広 告のためにあり,テレビ局はスポンサー企業か ら「広告料」として入金される収入により運営 されている。「番組は広告を売るための客寄せ に過ぎない」(谷村,2005)という議論はあな がち外れてはいない。日本民間放送連盟(2013)
によれば,地上民間放送事業者の売上高に占め る広告費の割合は,2008 年度 77.7%,2009 年 度 75.9%,2010 年度 76.5%,2011 年度 76.6%,
2012 年度 77.6%といずれも 8 割近くを占めてい る。「こんなにも広告収入に頼り切った,ある意 味〝脆弱 なビジネスモデルは,他業界では存
在しないだろう」(指南役,2011)と指摘され る通り,そのかかる費用の大きさだけから考え れば,きわめて特殊なビジネスモデルと言える。
しかしながら,昨今は視聴率の減少とともに,
その広告収入自体は下降傾向にあり,2004 年に は 2 兆円超あったものが,2009 年以降は 1 兆 7,000 億円台にまで落ち込んでいる(図 2)。
広告のみを後ろ盾にしたビジネスモデルであ る民放テレビは,今後メディアとしてどうある べきなのか。インターネットを中心とした無料 ビジネスも増加傾向にあることも事実である今 日において,無料ビジネスの先駆けとも言える 民放テレビは今後どう生きていったらいいの か,現在・過去・未来を検証しつつ,考察して みたい。
(2)民放テレビのビジネスモデル
1953 年の開局当時,広告収入によって運営 する民放テレビのビジネスモデルは,既にラジ オが先行していたが,テレビはラジオと違い,
音声だけでなく映像も送ることができる全く新 しい広告媒体であった。しかし,開局当初はラ ジオに比べて高額な広告料金と,テレビ受像機 そのものの普及の少なさがネックとなり,営業 的には苦戦を強いられた。当時は,テレビによ る広告効果は家庭における受像機の台数で決ま るという世界の常識があった。しかし,最初の 民放テレビである,日本テレビ社長の正力松太 図 1 全日(6 時〜 24 時)週平均総世帯視聴率の推移
出所:ビデオリサーチ関東地区データを参照し筆者作成。
45.0 44.5 44.0 43.5 43.0 42.5 42.0 41.5 41.0 40.5 40.0
2003 年
2004 年
2005 年
2006 年
2007 年
2008 年
2009 年
2010 年
2011 年
2012 年
2013 年
(%)
郎は「広告効果は台数でなく,それを視聴する 人の数で決まる」と考え,繁華街を中心に人の 集まる場所を選んで,次々と街頭テレビを設置 していった1)。「1 台 1000 人が視聴するとして,
街頭テレビを 1000 台設置すれば,100 万人集 まる。100 万人の視聴者を得るためには,必ず しも 100 万台の受像機を必要としない。100 万 人の目で見て耳で聴く広告なら,同数のラジオ よりはるかに広告効果が高い」2)という考えで ある。このアイデアは的中し,プロレス中継や プロ野球中継見たさに,街頭に設置されたわず か 21 〜 27 インチのテレビ 1 台に 8,000 人から 1 万人という群衆が押し寄せた。その結果,日 本テレビは開局からわずか 7 ヵ月で黒字に転ず ることとなった。
そ の 後,1955 年 4 月 1 日 に ラ ジ オ 東 京 テ レビ(略称・KR テレビ,現・TBS)が開局,
1956 年 12 月 1 日には大阪テレビ(現・朝日放 送)と中部日本放送(CBC)が開局し,東京・
大阪・名古屋で民放テレビを見られるように なった。無料で見られる民放テレビの登場は,
それまでお金を払って観に行っていた,映画,
演劇,スポーツ観戦等を,ブラウン管越しとは いえ,すべて無料で見られるものに変えて行っ た。また,報道においても,映像によるニュー スは,映画館で見る「ニュース映画」くらいし かなかった時代に,家庭にいながらにして日本 中はもちろん,世界のニュースもテレビで見る
ことができるようになった。しかも速報性にお いては,新聞よりも圧倒的に優っていた。テレ ビの登場は,これまでの日本の家庭における娯 楽や報道を含めた,情報の取得方法を大きく変 えることとなり,人々のライフスタイルをも変 えていったのである。
テレビは急速に身近な娯楽として各家庭に 入り込み,1962 年にはテレビ先進国であるア メリカの「TV GUIDE」のあとを追うように,
向こう 1 週間分の番組表を掲載した『週刊 TV ガイド』(東京ニュース通信社)が創刊された。
元来「テレビ好きで生真面目な国民性」(原,
2013)と言われる日本人である。2011 年 7 月 24 日に地上波が東北 3 県を除き,全国で一斉 にデジタル化された際も,特に大きな混乱もな く移行した。また,デジタル化以降はテレビ 画面で電子番組表(EPG=Electronic Program Guide)が見られるようになったにも関わらず,
テレビ情報誌は週刊・隔週刊・月刊と多岐にわ たる発行サイクルで,日本雑誌協会『マガジン データ 2014』掲載誌だけでも,5 つの出版社か ら計 14 誌が発行され,それらの平均発行部数 の合計は 3,340,821 部にもなる3)。新聞も全国 紙の多くが,目につきやすい最終面にテレビ番 組表を掲載しており,いかに読者のニーズが高 いかが理解できる。それだけでも日本人がどれ だけテレビが好きな国民であるかということが わかる。
図 2 テレビの広告費
出所:電通「2013 年日本の広告費」を参考に筆者作成。
21,000 20,000 19,000 18,000 17,000 16,000 15,000
2004 年
2005 年
2006 年
2007 年
2008 年
2009 年
2010 年
2011 年
2012 年
2013 年
(億円)
2 テレビにおける顧客との関係
(1)視聴率とは何か―広告媒体としてのテレビ 広告媒体である民放テレビにとって,その広 告価値を決める指標となるのが,視聴率であ る。視聴率とは碓井(2003)によれば「テレビ 番組やコマーシャルが『どれくらいの世帯や人 に見られたか』という視聴の〝量 の大きさを 示す,ひとつの尺度」であって,「番組内容の
〝質 や,その番組自体が持つ〝価値 などを 直接表すものではない」4)とされる。日本で最 初の視聴率調査は 1953 年に NHK が面接法で 行ったもので,当時は「視聴率」ではなく「受 け入れ率」と呼ばれていた。その後,民放局や 広告代理店がアンケート式の調査を始めるよう になり,1955 年 3 月には,日本テレビ編成局 制作部が,ミュージカル・コメディー番組『二 人でお茶を』の視聴者調査報告5)をまとめて いる(岸田,1997b)。岸田(1997a)によれば,
この報告書で初めて「視聴率」という言葉が使 われた。当時はラジオからの流れで「聴視率」
と呼ばれていたが,初のテレビ単独局の日本テ レビとしては「聴視率」という言い方に抵抗が あり,「視聴率」という言葉を使ったという。
まだ,テレビは NHK と日本テレビの 2 局しか なかった時代の話である。
日本で初めての機械式視聴率調査は,1961 年にアメリカのニールセン社に依頼して開始 された。翌 1962 年に,日本の視聴率調査会社 としてビデオリサーチが創設され,国産の機械 式視聴率測定機「ビデオメータ」による視聴率 調査が始まった6)。現在,日本での視聴率調査 は,ニールセン社が撤退し,ビデオリサーチに よる機械式・日記式で世帯および世帯内個人を 対象に毎日調査を行っている「視聴率調査」7)
と,NHK 放送文化研究所による年 5 回日記式 で全国民を対象に調査を行う「全国個人視聴率 調査」8)の 2 つがある(藤平,2007)。現在では,
一般に「視聴率」という場合,ビデオリサーチ による関東地区の調査を指していることが多い。
テレビ CM には,番組自体を提供するタイ ム CM と,主に番組の合間に流すスポット CM があるが,その CM 料金は視聴率によって左 右される。タイム料金は,視聴率の高い時間 帯が A ランクで,当然のことながら最も高い 料金が設定されている。一方,スポット CM 料金を決定するのは,GRP(= Gross rating points)と呼ばれる「延べ視聴率」である。
「GRP は一定期間に流した CM 1 本ごとの視聴 率の合計値」で,「視聴率(リーチ)× CM 回 数(フリークエンシー)」(関谷,2009)と言え る。例えば 1,000GRP のスポット CM の発注を 受けた放送局は,視聴率 20%の番組であれば 指定された期間に 50 本の枠を用意すれば良い が,視聴率 10%の番組であれば,100 本の CM 枠を用意しなければならない計算になる9)。前 述の通り視聴率はあくまでも「視聴の〝量 」 であって「視聴の〝質 」を示すものではない が,広告料金を決める尺度としては現状それに 頼らざるを得ず,テレビ局側はその〝数字 に 一喜一憂することとなる。結果,〝数字の取れ る企画 や〝数字の取れるタレント に依存す る傾向はどうしても強くなる。
総世帯視聴率が 2005 年頃から下降傾向にあ ることは前述したが,同時にこれは録画機の普 及により,テレビをリアルタイムで見る人が 減ったとも言えるであろう。視聴率データは,
リアルタイム視聴が原則である。ビデオリサー チによれば,ハードディスク・レコーダー等で 録画してから視聴する人のほとんどが CM を 飛ばして視聴していると考えられるという理由 から,録画率の調査は技術的には可能であって も,リアルタイム視聴の調査を重視してきた。
視聴率があくまでも CM のためのデータであ るということの証とも言えるが,ここ数年はさ すがに録画視聴を無視することはできない状況 となり,2013 年 10 月より,録画して番組を見 た人もカウントする「タイムシフト視聴率」の 調査を本格化させた10)。だが,データを購入 するテレビ局側の思惑は様々で,録画率データ
が一般公開されるものになるのかどうかは,同 年 10 月時点では未定となっており,今後の視 聴率が録画率を上乗せしたものになっていくか どうかは未知数である。
(2)視聴率と視聴者の関係 1)2005 年から何が起きたのか
総世帯視聴率の下降は,図 1 で示した通り,
2005 年の 44.6%から 2007 年の 43.1%にかけて の落ち幅が激しい。その後,しばらく横ばいが 続くが,2009 年から再び下降していき,2012 年には実に 41.6%まで落ち込む。この 2005 年 から 2006 年に一体,日本で何が起きていたの だろうか。
2005 年は,3 月に名古屋で日本国際博覧会
「愛・地球博」が開かれ,4 月には JR 福知山線 脱線事故が起きた。流行語大賞は「小泉劇場」
「想定内(外)」。そんな 2005 年であったが,実 はこの年は,前年の 2004 年に 1 億 2,784 万人で ピークに達した人口が,初めて減少を経験した 年であった(図 3)。実際に,総世帯視聴率が極 端に落ちたのは 2006 年からではあるが,この 数年間は大きなポイントと考えられる。
平川(2010)はこの時代を「人口増大から減 少へと移行する社会は,大きな移行期的混乱に 遭遇することになる」11)としているが,人口減
少はテレビ視聴においても 移行期的混乱 を 起こしていたと言えるのかも知れない。仮説と しては「人口減少社会に入り,単純にテレビを 見る人の数が減少した」と言える。総務省統計 局の人口予測では,今後も減少を続け,2055 年にはついに 1 億人を割って 9 千 109 万人とな るとしている(図 4)。
2)生活時間の変化
総世帯視聴率の低下の理由として,人口減少 により「テレビを見る人が減少した」というこ とと同時に,生活時間の変化により「テレビを 見るべき人が見る場にいない」ということも 考えられる。特に,「女性の社会進出による生 活時間の変化」ということに着目してみたい。
図 5 は,1980 年から 2012 年にかけての「共働 き世帯数の推移」をグラフ化したものである。
「男性雇用者と無業の妻からなる世帯」(いわゆ る専業主婦世帯)は,1980 年に 1,114 万世帯で あったが,2012 年には 787 万世帯に減少して いる。一方,「雇用者の共働き世帯」は,1980 年には 614 万世帯であったが,2012 年には 1,054 万世帯まで増加している。両者は1990年に入っ て拮抗し始め,2000 年代に入って完全に逆転 し,その差は徐々に広がっている。総世帯視 聴率が下降を始めた 2005 年あたりからは,専 業主婦の数が減少していることが見て取れる。
図 3 人口の推移
出所:総務省統計局「人口の推移と将来人口」,「人口推計」を参考に筆者作成。
128,200 128,000 127,800 127,600 127,400 127,200 127,000 126,800 126,600 126,400 126,200
2000 年
2002 年
2003 年
2004 年
2005 年
2006 年
2007 年
2008 年
2009 年
2010 年
2011 年
2012 年
2013 年
(千人)
1966 年に最高視聴率 56.4%(ビデオリサーチ,
関東地区調べ)を記録した,NHK の連続テレ ビ小説『おはなはん』は,放送が始まる午前 8 時 15 分12)になると,水道の使用量が急に下が り,水の出が良くなったと言われる(NHK サー ビスセンター,2005)。専業主婦が多く,しか もビデオ録画などなかった時代らしいエピソー ドである。どれだけの主婦層が家事の手を休 め,夢中になってテレビを見ていたかという証 であろう。
3)タイムシフト視聴の一般化
視聴率とはあくまでも広告(CM)効果のた
めの指標,つまりどれだけ CM が見られてい るかを測るものであるため,リアルタイム視聴 ということにこだわってきたということは前述 した。ここまで,①テレビを見る人が減った,
②テレビを見るべき人がその時間にいない,と いう 2 点を考察してきたが,3 つ目の仮説とし て,「実際には録画してタイムシフト視聴をし ているのではないだろうか」ということに着目 してみたい。本稿では,その可能性を,録画機 器の普及率から探ってみたい。
日本初の本格的な家庭用 VTR(ビデオ・
テープ・レコーダー)は,1975 年にソニーか 図 5 共働き世帯の推移
出所:厚生労働省「共働き世帯数の推移」を参考に筆者作成。
200 400 600
専業主婦世帯 共働き世帯
800 1,000 1,200
1980 年
1982 年
1984 年
1986 年
1988 年
1990 年
1992 年
1994 年
1996 年
1998 年
2000 年
2002 年
2004 年
2006 年
2008 年
2010 年 0
(万世帯)
図 4 人口の推移と将来人口
出所:総務省統計局「人口の推移と将来人口」を参考に筆者作成。
0 20,000 40,000 60,000 80,000 100,000 120,000 140,000
0391年 0491年 0591年 0691年 0791年 0891年 0991年 0002年 3002年 5002年 7002年 9002年 1102年 5102年 5202年 5302年 5502年 5702年 5902年
(千人)
ら発売された「ベータマックス」で,その後,
日本ビクターから規格の異なる「VHS」が発売 となった。この規格の違いが,のちに他のメー カーを巻き込んでの「ベータマックス・VHS 戦争」に発展していくことになる。内閣府発 表の「主要耐久消費財等の普及率」で VTR の データを見ると,1978 年には 1.3%であったも のが,10 年後の 1988 年には 53%まで伸びてい る。この VTR 対象の調査は 2004 年に 82.6%
となったところで終了し,その後は HDR(ハー ドディスク・レコーダー)に代表される光ディ スクプレーヤー・レコーダーの調査に移行して いる。内閣府の同調査によれば,光ディスクプ レーヤー・レコーダーの普及率は,2002 年に は 19.3%であったが,2011 年の地上デジタル 化をはさんで,2013 年には 77.7%まで普及し ている。特に,2004 年から 2006 年あたりの伸 び方が大きい(図 6)。これは 2005 年前後を中 心とする総世帯視聴率の減少と相関があると言 えるのではないだろうか。
光ディスクプレーヤー・レコーダーの普及 は,同時にタイムシフト視聴が増えているとい うことが考えられる。録画予約は,地上デジタ ル化により EPG(電子番組表)を使用する方 法が一般化し,VTR の時代に比べるとその操 作は格段に容易になった。また,ハードディス クの容量が大きなレコーダーが一般家庭に普 及したことにより,ビデオテープの時代より
も「とりあえず録画しておく」と言った行為が 一般的となり,以前よりも気軽に録画予約をし ていることも考えられる。前述した女性の社会 進出等により,テレビを見たい時間にテレビの 前にいなくても,録画予約をしておいて,あと でゆっくり見るという視聴スタイルが一般化し た。また,VTR の時代には,早送りや巻き戻 しを駆使しなければ難しかった頭出しも HDR は大変容易になった。一方でそれは CM を飛 ばして視聴することも容易になったということ も意味している。
4)インターネットの普及
もうひとつ,テレビ草創期には考えられな かった事象として,インターネットの普及が考 えられる。現代社会において,情報を得る手段 としてインターネットを利用することが一般化 している。人々はこれまでテレビを見ていた時 間を,インターネットに使っているとは考えら れないだろうか。
NTT データ システム科学研究所(2005)に よれば,日本でインターネットの普及スピー ドが加速したのは,21 世紀に入ってからとい うことである。同研究所によると,1995 年に Windows95 や Internet Explorer が登場し,「イ ンターネット」が一般に認知されたというこ とになるので,日本におけるその歴史はまだ浅 い。しかしながら,総務省発表の「通信利用動 向調査」によれば,インターネットの利用者数 図 6 光ディスクプレーヤー・レコーダーの普及率
出所:内閣府「主要耐久消費財の普及率の推移(一般世帯)」をもとに筆者作成。
0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0 70.0 80.0 90.0
2002 年
2003 年
2004 年
2005 年
2006 年
2007 年
2008 年
2009 年
2010 年
2011 年
2012 年
2013 年
2014 年
(%)
は 2003 年に 7,730 万人であったものが年々増 え続け,2012 年には 9,652 万人に達した。図 7 は,ここ 10 年間のインターネット利用者の人 口普及率をグラフ化したものだが,2003 年の 64.3%から 2012 年には 79.5%に増加している。
総世帯視聴率が低下し始めた 2005 年から 2007 年は比較的緩やかではあるが,着実に普及率が 上がっている。
また,同調査によると,年齢階層別のイン ターネット利用率は 13 〜 49 歳までの年齢層で は 9 割を超えているという結果が発表されてい る。さらに 60 歳以上の年齢層も他の年齢層と の比較では低いものの,概ね増加傾向にある。
インターネットは広告費でも,ラジオ,雑誌,
新聞までも抜き去り,2013 年は年間で 9,300 億 円強を稼ぎ出し,今やテレビの次に位置すると
ころまで成長した(図 8)。スマートフォンの 普及とも相まって,インターネットは確実に国 民の生活になくてはならないものとなりつつあ る。
5)多チャンネル時代の視聴者
地上波のテレビは,東京地区の場合,1964 年に東京 12 チャンネル(現・テレビ東京)が 開局して 7 局体制となった。当時,関東圏の視 聴者は,7 つのチャンネルを回して選んで見て いた。ある意味,視聴者にとってもテレビ局に とっても幸せな時代だったと言えるかも知れな い。やがて,放送は地上波だけでなく,衛星放 送時代へと突入し,多チャンネル化が進んでい く。1987 年に NHK-BS1 が 24 時間放送を開始,
1991 年には日本初の民間衛星放送局である日 本衛星放送(現・WOWOW)が日本初の有料 図 7 インターネット利用者の人口比率推移
出所:総務省「通信利用動向調査の結果」を参考に筆者作成。
10.00.0 20.030.0 40.050.0 60.070.0 80.090.0
2003 年
2004 年
2005 年
2006 年
2007 年
2008 年
2009 年
2010 年
2011 年
2012 年
(%)
図 8 日本の広告費
出所:電通「2013 年日本の広告費」を参考に筆者作成。
0 5,000 10,000 15,000 20,000 25,000
新聞 雑誌 ラジオ テレビ ネット
2005 年
2006 年
2007 年
2008 年
2009 年
2010 年
2011 年
2012 年
2013 年
(億円)
BS 放送として開局した。一方,1980 年代後半 から都市型ケーブルテレビの発達により,CS 放送の多チャンネル化も広がっていき,1996 年,日本デジタル放送サービスによる「パー フェク TV 」がサービスを開始,1998 年には J スカイ B と合併,「スカイパーフェク TV 」
(現在は「スカパー 」)となり,本格的な CS 多チャンネル時代が到来した。BS 放送も 2000 年に BS デジタル放送として民放キー局が BS 放送をスタート,2011 年から 2012 年にかけ てさらに BS 局が複数局開局し,現在は有料・
無料合わせて 29 のチャンネルが存在してい る13)。BS が受信可能なテレビや,パラボラア ンテナを用意することが前提にはなるが,無料 で見られるチャンネルだけを選んだとしても,
地上波 7 チャンネルから選んで見ていた時代と 比較して,選択肢は大幅に増えた。たくさんの 中から選べることは一見,幸せなことのようで はあるが,1 日は 24 時間しかないことはいつ の時代も変わらない。選択肢が広がることで,
一人ひとりのメディアとの接触時間は,どうし ても分散してしまう。また,選択肢が広がった ことで,本当に自分の見たいものに巡り合いに くくなり,逆に多過ぎて選ぶことができず,結 局見ることを辞めてしまうということも考えら れる。この多チャンネル化による視聴者の分 散は,当然視聴率にも影響する。2013 年上期
に話題を集めた NHK の連続テレビ小説『あま ちゃん』は,放送期間中の平均視聴率が 20.6%
(ビデオリサーチ,関東地区調べ)で,前年放 送の『梅ちゃん先生』の 20.7%を下回った。と ころが地上波よりも 30 分早く始まる BS プレ ミアムでの視聴率は,朝ドラの放送を開始した 2011 年 4 月以降で最高の 5.5%を記録した14)。 これは明らかに,BS 視聴や録画による視聴者 の分散が起きた結果と言える。
多チャンネル化の実現に特に寄与したもの は,やはりケーブルテレビの普及によるもの である。いわゆる難視聴地域対策のケーブル テレビではなく,都市型ケーブルテレビと言 われる,①大規模,②多チャンネル,③双方 向といった特徴を持ったケーブルテレビであ る。それらは,自主制作番組を放送する以外 に,BS や CS の稼働により,専門チャンネル をそろえて,いち早く多チャンネル放送を実現 して来た。図 9 は,自主放送を行うケーブル テレビ局に対する加入世帯数の推移をグラフ にしたものである。2003 年の 1,516 万 5,931 世 帯から,2013 年には 2,804 万 4,261 世帯へと毎 年着実に増加している。また,CS 放送のスカ パー (旧・スカパー e2)の契約件数は 2013 年 3 月末現在で 196 万 3,000 件,スカパー プ レミアムサービスが 176 万 2,000 件となってお り,前述した BS 放送の多チャンネル化も加え 図 9 自主放送を行うケーブルテレビ局加入世帯数の推移
出所:『NHK データブック世界の放送 2003 〜 2014』NHK 出版を参考に筆者作成。
0 5,000,000 10,000,000 15,000,000 20,000,000 25,000,000 30,000,000
2005 年 2003
年 2004
年 2006
年 2007
年 2008
年 2009
年 2010
年 2011
年 2012
年 2013
年
(世帯)
て,様々な放送メディアで多チャンネル化が進 行している。
6)総世帯視聴率低下との相関関係
ここまで,総世帯視聴率の低下の要因とし て,①人口減少,②生活時間の変化(女性の社 会進出),③タイムシフト視聴,④インターネッ トの普及,⑤多チャンネル化の 5 点について考 察してきた。ここまでのまとめとして,2003 年から 2012 年まで 10 年間の総世帯視聴率の推 移とそれぞれのデータとの相関関係を見ていき たい。
まず,①「人口減少」との相関係数である が,−0.05 でほとんど相関がないという結果で あった。人口は 2005 年に初めて減少に転ずる ものの再び増加し,2008 年をピークに減少を 始めているためか(図 3),今回のケースでは あまり関連がないという結果であった。一方,
②「生活時間の変化」の一因として考えられる 女性の社会進出,いわゆる共働き世帯数の増加 との相関係数は−0.77 となり,強い負の関連性 があった。また,③「タイムシフト視聴」の要 因として調べた光ディスクプレーヤー・レコー ダーの普及率との相関係数は−0.8,④「イン ターネットの普及率」との相関係数は−0.89,
さらに⑤「多チャンネル化」の大きな要因と考 えられるケーブルテレビ加入世帯の推移との相 関係数は−0.96 で,いずれも強い負の関連性が 見られた。結論として,総世帯視聴率の減少は,
共働き世帯の増加,光ディスクプレーヤー・レ コーダーの普及,インターネットの普及,ケー ブルテレビの普及(多チャンネル化)が大きく 関連しており,特に多チャンネル化との負の関 連性はきわめて強いと言える。
しかし,データ上で関連性が見られたからと 言って,生活時間の変化(女性の社会進出)や タイムシフト視聴の増加が,そのまま総世帯視 聴率低下の原因であると単純に考えることは できない。ここで考えなければならないこと は,女性の社会進出やタイムシフト視聴の増加 はどうして起きたのかということである。その
理由として,伝統的な家族形態の崩壊というこ とが考えられる。平川(2010)はコンビニエン スストアの誕生を例に取り,「ひとびとのライ フスタイルの変化は,家族の性格というものま で変えてゆく契機」となり,「高度経済成長と 民主化の進展は,ここに至って日本の伝統的家 族構造である,家父長制,長子相続といったこ とまで変容させていくことになった」としてい る15)。また,内田(2004)は「消費の実践が,
そのまま家族の親密性を担保し,資本主義の繁 栄を駆動」してきたとし,いわゆるテレビを含 めた 三種の神器 は 核家族体制 が後押し してきたものだが,「やがて家族単位の消費行 動では,供給に追いつかない時代」となって いった。つまり,家族が仲良く暮らしていれば,
テレビはお茶の間に一台で用が足りるが,企業 と広告代理店とメディアは,さらにテレビを 買ってもらうためには,家族を解体した方が総 需要は増えると考えたという議論である。しか しながら,原因と結果は常に入れ替わるもので ある。人口収斂は,総人口減少が始まる 20 年 以上前から出生率低下という現象によって起き ており,消費化の進展によるライフスタイルの 変化,伝統的家族制度の崩壊,テレビの普及と いう現象の間にどちらが先かと言う因果関係を 見出すことは難しい。しかし,これらの現象の 間にはデータが示す以上の強い相関があること は類推されるだろう。重要なことはこれらの現 象が,戦後の消費化の進展の中で同時的に起き たということであり,テレビの視聴率低下も,
このようなライフスタイルの変化に伴って生じ た現象であると言える。
例えば,多チャンネル化も個人個人が分断し た結果生まれたものとも考えられる。家族が いっしょに同じ番組を見ていた時代は少ない チャンネルでも事足りていたが,核家族化が進 み,さらに個別化が進むにつれて,それに対応 するために多チャンネル化が起きてきたとも言 える。多チャンネル化による視聴の分散化以前 に,家族の崩壊によってテレビも少量多品種に
ならざるを得ず,結果的に多チャンネル化を余 儀なくされたと見て良いのではないだろうか。
「総世帯視聴率」という言い方が象徴するよ うに,視聴率とは「テレビ番組をリアルタイム に家族みんなで見ることが前提条件」16)となっ ている。総世帯視聴率の低下は,まさにこの前 提条件の崩壊ということであり,一家団欒でテ レビを囲むというライフスタイルが消滅した現 在,「視聴率頼みのビジネスモデルは崩壊」17)に 向かっているということは確かである。
3 テレビのこれから
(1)インターネットとの関係
今やインターネットで見ることができるの は,ちょっとしたビデオクリップやアニメー ションに留まらない。テレビ番組はもちろん のこと,映画もまるごと鑑賞できる。インター ネ ッ ト は, 新 聞, 雑 誌, 書 籍, 映 画, ラ ジ オ,テレビといった,およそすべてのメディア を飲みこんだと言っても過言ではない。Jaffe
(2005)はメディアには「『視』『聴』『動』『イ ンタラクティブ』の 4 つの価値を統合したアイ デアが,これからは必要」と論じている。これ までのメディアで言えば,ラジオは「聴」,印 刷媒体は「視」のみに訴える。テレビは「視」
「聴」「動」の 3 つが可能,そしてインターネッ トだけが「視」「聴」「動」に「参加」を加え,4 つの価値をすべて持ち合わせているとしている。
また,吉良(2007)は「インターネットやモ バイルが個々の部屋に存在するようになったお かげで,『お茶の間文化』から『個室の文化』
へ大きく変革した」と分析している。まさにテ レビは「お茶の間文化」であり,インターネッ トによって,それが破壊されたのである。同時 に,家族の崩壊から考えれば,あくまでも先に 個の時代になっていたところにインターネット が登場して来たとも言える。いずれにしてもマ スの時代が終わりつつあり,マスの象徴とも言 えるテレビのビジネスモデルは,このままでは 難しくなっていくことは明白である。ヤフーの
川邊健太郎副社長は「ネットというのは,極大 なマスメディアもできれば,極小のミニメディ アみたいなものもでき得る,どっちの側面も ある」18)と語っている。ある意味,そこがイン ターネットの強みである。
インターネットはおよそテレビで見られる情 報をほぼ凌駕する一方,テレビも限りなくイン ターネットに近づき始めている。2003 年に東 京・大阪・名古屋で地上デジタル放送が開始さ れ,同時に地上波でデータ放送サービスがス タートした。このデータ放送は,テレビの画面 上に,通常の放送のほかに天気予報やニュー ス,あるいは放送中の番組内容を補完する情報 を送り,視聴者はリモコンのボタンひとつで 様々なデータを見ることができる。一見すると 便利なサービスであるが,データ放送を映し出 すと,テレビの画面が限りなくインターネット で見るホームページに近いものになる。そんな 中,スマートテレビという,これまでのテレビ 放送とインターネット情報を両方視聴できる次 世代テレビが登場した。
(2)スマートテレビとは何か
山崎(2011)によれば,スマートテレビには 3 つの特徴がある。①「従来のテレビ番組に加 え,動画などインターネット上の各種コンテン ツ情報をテレビ画面で楽しめる」,②「パソコ ンやスマートフォンのような,情報処理能力を 持っている」。③「インターネットを通じた心 理的な共同視聴(ソーシャル視聴)が可能」と いう 3 点である。このスマートテレビの先駆と 言えるのが,2010 年にアメリカで発売された グーグルテレビだが,発売と同時にアメリカの 地上波放送局は,グーグルテレビからの見逃し 放送サイトの視聴を一斉に拒否した。背景には
「激減するテレビ広告費を,これ以上グーグル に取られてなるものか」という放送局側の危機 感があったようだ(山崎,2011)。
かつてテレビのデジタル化の売りのひとつに インタラクティブ(双方向性)というものが
あった。デジタル化により,テレビを見ながら クイズに答えたり,ゲームに参加したり,ある いはちょっとしたアンケート調査に応えるとい うようなことも可能になった。だがこれもイン ターネットと比較すると,なんとも中途半端な 機能に見える。実際にテレビ局側も,生放送中 に番組に寄せられたツイッターによる「つぶや き」を紹介していることでも明らかなように,
今後はますますインターネットと融合せざるを 得ない。というよりも,テレビはインターネッ トの力を借りなければ,この先の展開が困難な 時代になっていると言っても過言ではない。ま た,ケーブルテレビでは,さらにテレビの「ス マート化」が進んでおり,ケーブルテレビ大手 のジュピターテレコム(JCOM)では,各家庭 に設置するセット・トップ・ボックスでオンデ マンドなどのサービスを提供している19)。ス マートテレビは,間違いなくこれから先のテレ ビのスタンダードになっていくことであろう
(3)視聴率と視聴質
前述の通り,少量多品種の時代となり,テレ ビの場合も細分化していく必要があり,いわゆ る CS 放送などにおける専門チャンネルであれ ば,有料チャンネル(ペイ・テレビ)のビジネ ルモデルが考えられる。しかしながら,無料ビ ジネルモデルである民放テレビは,マスを対象 とした総合編成中心であるため,なかなか少 量多品種時代にはなじめないものとなりつつ ある。もちろんマーケティング活動としては,
最初に大きくマスに向けて広告を打って,広 くリーチ(reach)20)を取っていこうとする場 合,まだまだテレビは有効であろう。だが,家 族揃って同じ番組を見ていた時代ではなくなっ た今,とりあえずテレビにさえ CM を打って おけば事足りるとは考えにくい。細分化した個 人に到達していくための広告媒体として,テレ ビは必ずしも有効ではなくなったと言える。八 塩・岩崎・小川(2008)による研究では「視聴 の分散・多様化は,番組提供形態の見直しとい
う課題を,テレビ局だけでなく,スポンサー企 業,広告会社にも突きつける」とした上で,「従 来型の視聴率をベースとした番組セールス形態 に加え,視聴者層や視聴満足度,影響力といっ た『視聴の質』をセールスに生かす工夫が求め られる。」としている。つまり「視聴率」に対 して「視聴質」と言う指標が必要であるとい うことであり,ビデオリサーチでは「Q レイ ト」21)(Quality Rate)という番組好意度指標の 調査を始めた。また,ツイッター社と連動して,
2014 年 6 月よりテレビ番組に関連するツイッ ター上での「つぶやき」を番組ごとに集計する 調査の提供を始めた(ビデオリサーチ,2013)。
「つぶやき」がどれだけ端末に表示され,読ま れたかを示す「インプレッション」を集計する ことで,既存の視聴率だけでは測ることのでき ない,ツイートの到達や影響度合いの把握をす ることが狙いである。くわえて,ツイート内容 からテレビ番組に対する評判や話題性を明らか にし,「番組コンテンツの価値」を探ることを 目的としている。ここでも視聴率に変わる新た な指標として,テレビとネットの融合が始まっ ていると言える。
一方,放送開始から 60 年の時を経て,テ レビの視聴者の側も変化してきている。加地
(2012)は「色んな裏事情が視聴者にも見えて くるように」なったと論じている。つまり,こ の番組はこういう意図だとか,これは何かの宣 伝だろうとか,視聴者はある意味 玄人 と なったということである。同時に「テレビ番組 全体を見渡しても,クオリティも決して下がっ ていない,むしろ上がっている」と指摘する。
これは視聴者の目が肥えてきたことと同時に,
テレビの質も上がってきていると言えるのでは ないだろうか。決して昔のテレビが今のテレビ よりクオリティが高かったというわけではな い。そこには草創期だからこその時代背景を含 めた様々な要因がある。みんなで同じものを見 ていた時代から,少量多品種の時代になっただ けのことである。テレビはマスメディアであっ
たがゆえに,どれだけ多くの人が見たかという 量的な尺度である視聴率が最も重要な尺度に なっていたが,量の論理だけで評価を定めるこ とに違和感を持つクライアント企業も多くなっ ている22)。まさに少量多品種の時代となった 現在,その時代に合致したテレビ番組の作り方 が必要となっている。民放テレビにとって,番 組にスポンサーがつくことが最重要課題である と考えるならば,<量だけでの評価に違和感を 持つスポンサーが多くなっている=企業側も少 量多品種を意識し始めている>ということを考 えるべきである。民放テレビにおける番組の作 り方も,ペイテレビ並みとまでは言わないが,
誰もが喜ぶ番組作り から, わかる人だけわ かるといった要素のある番組作り に変わって いく必要がある。その点,スポンサーに縛られ ない NHK は,比較的実験的なことを行える環 境にある。2013 年上期の連続テレビ小説『あ まちゃん』は,これまでの朝ドラの常識をいい 意味で裏切り,ドラマの基本は押さえつつも,
わかる人だけわかればいいという小ネタを散り ばめた結果,ヒットドラマとなった。少量多品 種時代に合った番組作りには,これまで以上に 質の向上が求められるということである。
(4)ソーシャルメディアとテレビ
核家族化が進み,共同体が壊れた現在,4 大 マスコミに代表されるマスの時代は終息に向か いつつあり,代わりに台頭してきたのがイン ターネットであるが,中でもソーシャルメディ アの普及は大きな意味を持つ。その背景にも,
家族の崩壊が大きな意味を持っている。少量多 品種の時代となって,多角化から個別化へと進 んでいき,共同体は崩壊した。しかし,人間は 壊れた共同体をもう一度作り直そうとする。そ んな中で,ソーシャルメディアは壊れた共同体 を再構築するために発生したとも言えないだろ うか。ソーシャルメディアによって,個別化し た関係性をもう一度束ねようとしているのであ る。高度経済成長時代,強固な地縁共同体が共
時的に存在していたことが,同じ番組を一緒に 見るという体験の共有を促して,テレビ普及を 下支えしていた。わずか 27 インチの街頭テレ ビに 1 万人近い人々が集まってプロレスに熱狂 したという事実,NHK 紅白歌合戦の平均視聴 率が 81.4%(1963 年,関東地区,ビデオリサー チ調べ)あったという事実,すべてそれらの中 心にはテレビがあった。テレビは幻想の統合軸 を可視化することに成功したと言える。多くの 日本人が自分たちの求めているものをブラウン 管の向こう側に観ることで,体験の擬似的な共 有を可能にしたのである。
例えば,友澤(2013)は「これまで縦割りで 考えられていたテレビとデジタルの壁が,ソー シャルメディアによって溶け始めている。」23)
と論じている。情報の送り手側も「何かのデ バイス,メディアだけを中心に考えるのではな く,やりたいことが先にあり,その送り先はテ レビがいいのか,インターネットがいいのか,
全部がいいのか,ユーザーが置かれているコン テクスト(文脈)を踏まえて考えなければなら ない。要はテクノロジードリブン(技術先行)
ではなくユーザーファースト」ということであ る。まさに,ユーザーファーストという観点か ら見れば,テレビを見ながらツイッターやフェ イスブックなどのソーシャルメディアを使って 情報を共有しているユーザー(視聴者)のこと を,テレビとしては,まずどう考えていくのか は大変重要な問題だ。実際,テレビ局側もソー シャルメディアとの融合を積極的に考え始めて いる。日本テレビは「JoinTV」において,テ レビとソーシャルメディアの連携を模索してい る。これは「スポーツ中継を見ながら離れた友 人と一緒に応援したり,日本中の映画ファン と同時視聴体験をしたり,クイズ番組に参加し て家族や友人と特典を競ったりして,SNS で つながる友人とリアルタイムで楽しめるサー ビス」24)である。日本テレビはこの「JoinTV」
をオープンプラットフォーム化,2013 年 11 月 には WOWOW がこのサービスを利用し,大型
無料放送企画で大規模な視聴者参加型番組を実 現した。また,NHK は 2013 年 9 月より,放送 と通信を連携させる新たなサービスとして「ハ イブリッドキャスト」を開始した25)。このサー ビスは,NHK がインターネット経由で提供す るニュースや気象情報などをテレビ番組と同じ 画面で見ることができるもので,現在のデータ 放送よりも高画質で大量の情報が送ることがで きる。在京民放各局も2014年より実験的にサー ビスを開始,視聴者はスマートフォンなどを 使って番組に参加したり,関連情報を簡単に入 手することができる。サービスの利用には専用 のテレビ受像機が必要になるが,「ハイブリッ ドキャスト」は放送局が主導権を握り,放送を 主軸にインターネット配信の情報を利用してい くサービスとなる26)。
2013 年 9 月,TBS で放送されたドラマ「半 沢直樹」の最終回が 42.2%の高視聴率を記録し た(関東地区,ビデオリサーチ調べ)。平成に なってから放送された民放ドラマでは 1 位の視 聴率であった。今や 10%台前半が当たり前の ドラマ界にあって,空前の数字を記録したこと になる。ヒットの要因は様々あるが,録画視聴 ではなく放送時に視聴する人が多くなければこ の数字は出ない。コンテンツが面白ければ,録 画ではなく一刻も早く見たいという作用が働く と同時に,かつては翌日の学校や職場の話題と して,口コミで広がっていったものが,現在で はソーシャルメディアが口コミの役割を果たし ていると言える。ソーシャルメディアが視聴率 の上昇に役立っているとすれば,ますますテレ ビはソーシャルメディアと共存共栄していくべ きだ。しかしながら,「半沢直樹」は稀有な例 である。コンテンツによほどの力がない限り,
同様の現象は起きにくい。本稿で何度も繰り返 している 少量多品種 時代には,そうそうメ ガ・ヒットは出ないものとして,テレビのこれ からを考えていかなければならない。
4 おわりに
本稿では,総世帯視聴率の減少を端緒に,無 料ビジネスである民放テレビのこれからを,そ れをとりまく様々な要因をあげながら考察して 来た。最後に,根本である,広告収入に依存し たビジネスモデルという観点から,今一度民放 テレビを考えてみたい。
民放テレビのステークホルダーとして,視聴 者というユーザーがいて,視聴率を指標とする スポンサーがいる。本稿の冒頭に記した通り,
テレビ局の顧客はスポンサーであるが,その向 こうにユーザー(視聴者)がいる B to B to C の関係である。スポンサーは視聴率というもの にお金を出している。テレビがマスの象徴だっ た時代は,スポンサーがお金を出したい番組 と,大衆が見たい番組は一致していた。しかし,
顧客構造が変化した現在では,スポンサーがお 金を出したい番組と,大衆が見たい番組は必ず しも一致しなくなってきている。つまり,ユー ザーが求める商品とスポンサーが求める商品の 乖離が,時代とともに拡大してきてしまった。
これは株式会社における所有と経営の分離と似 た形と言えないであろうか。株主は会社が産み 出す商品にはさほど関心はなく,株価の上昇に のみ関心がある。一方,民放テレビにおいても,
番組の一社提供というものが少なくなった現在 では,スポンサーは視聴率の上昇にしか関心が なく,番組の内容に対してはさほど興味を持っ ていないのではないだろうか。良い番組,すな わち視聴者が見たい番組をサポートしていこう ということよりも,どれだけ CM を周知でき るかということだけを考えていると言っても過 言ではない。いわば,株式会社もテレビ番組も,
実際は興味のない非当事者によって支えられて いるとも言える(表 1)。
この,商品の質よりも収益(あるいは視聴率)
にしか興味がないものによって,株式会社もテ レビも支えられているという構造は,右肩上が りの時代においては有効に機能していたのだ