政治現象の数理的分析について
その他のタイトル On the Mathematical Analysis of Political Phenomena
著者 山川 雄巳
雑誌名 關西大學法學論集
巻 49
号 5
ページ 559‑579
発行年 1999‑12‑20
URL http://hdl.handle.net/10112/00024459
政 治
現 象
の 数
理 的
分 析
に つ
い て
を受けることになった次第です︒
(1 )
きょうは︑工学部の先生方の研究会に講師としてお招きいただきまして︑恐縮かつ光栄に存じています︒
私︑昨年(‑九九八年︶ ︱二月に﹃数理と政治﹄︵新評論刊︶という著書を出したのですが︑たまたまその本が︑
ただいまご紹介くださった管理工学科の中井暉久先生のお目にとまり︑
さきほど控室で︑林重雄先生にお目にかかる機会があり︑嬉しく思ったことでしたが︑じつは私は学生時代︑京都
大学工学部電気工学科に在籍していたことがありまして︑そのころ先生の父君であられる林重憲教授にもお教えいた
だきました︒そのためでしょうか︑私はいまでも数理的に考えることが割に好きです︒それに︑私の専攻する政治や
政 策
の 学
問 は
︑
一面︑社会工学的な性格をもっていまして︑思考法の骨格が︑案外︑工学部系の学問に通ずるところ
があるのです︒そうした事情から︑中井先生にお読みいただいた本を書くようなことにもなったわけでございます︒
は じ め に
政治現象の数理的分析について
︵ 五
五 九
︶
一度この研究会で話をしてほしいとのご依頼 山
J I I
雄
巳
に な
り ま
す ︒
定や権力の行使にかかわる問題を扱う学問です︒ 第四九巻第五号
もちろん︑数理的分析の適用レベルという点では︑政治学は︑皆様の専攻されている工学とは比較になりません︒
それゆえ︑ご参考になるような話をする自信は全くないのですが︑せっかくのお求めですので︑政治現象の数理的分
( 1
)
本稿は︑関西大学情報科学研究会︵工学部︶での私の講演﹁政治と数理﹂(‑九九九年四月二四日︑関西大学工業技術研
究 所
︶ を
記 録
し た
も の
で あ
る ︒
政 治 と 数 理
さて︑自然科学は自然そのものを問題にしますが︑政治学は人間と人間との関係︑それも主として組織的な意思決
ご承知のように経済学は︑商品の生産・流通・消費などの過程を問題にしますが︑政治学はこれと少し違います︒
経済過程を物質の社会的変換過程と見れば︑経済学は︑︿人間ー自然﹀のかかわりを基軸とする学問だといえるで
しょうが︑政治過程は︑物質代謝過程によって再生産され維持されている人間存在を前提とした制御過程であって︑
そこには自然はあまり直接的には入ってこないのです︒つまり経済学と比べて︑政治学は︑いわばより純粋に︿人間
ー人間﹀の関係を基軸とする学問なのです︒
このため︑政治学は︑数量的に把握できる範囲が経済学より狭くなっている︑というような制約も受けていること
ところで︑政治を数理的に分析しようとするとき︑大きくわけて一︱︱つの様式のアプローチがあるように思います︒ 析について︑しばらくお話してみたいと思います︒ 関法
︵ 五
六
0 )
政 治
現 象
の 数
理 的
分 析
に つ
い て
第一は数量的な分析︑第二は思弁的・解釈論的分析︑第三は両者のミックスです
( T
h o
m ,
19
77
)
︒
以下︑順次︑先にあげた三つのアプローチについてやや詳しく見ていきます︒
まず第一の数量的アプローチのことですが︑多分︑政治学における数量的要素を加味した分析の最も古典的な例は︑
単独者支配︑少数者支配︑多数者支配を区別したアリストテレスの政体分類論でしょう︵アリストテレス
このように︑統治者の数は古くから政治の領域で重要問題とされてきました︒このほか数量的なものが伝統的に問題
にされてきた領域としては︑政治的支持︑財政︑戦争があります︒
政治的支持の問題として一番分かりやすい例は選挙です︒候補者たちは︑選挙で当選しようと思えば︑他の候補者
より多数の票を獲得しなければならないので︑支持者の数という数量的なものに絶大な関心を寄せます︒それゆえ︑
選挙分析は政治学における数量分析の主要な領域の︱つになっているのです
( R i k
a e r
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O r
d e
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k ,
1
97
3)
︒
また︑政治には﹁バンとサーカス﹂という言葉が示すような︑現実的利益の配分にかかわる側面があります︒配分 トロフィ理論で知られたフランスの数学者ルネ・トムは︑
五六 一︶
第一は︑政治にかかわる事物の正確な量を問題にする数量的アプローチです︒数学的には︑算術︑代数︑微積分な
どがこれに使われます︒第二は︑政治システムの構成や組織の構造を問題にする構造的アプローチで︑グラフ理論や
幾何学などが︑これにかかわることになるでしょう︒第三は︑意思決定︑行動︑その結果についてのいわばミクロな
解釈や論理的分析にかかわるアプローチです︒この領域に適用される数学的方法としては︑さきにあげたものの他︑
記号論理︑組み合わせ理論︑確率論などがあります︒ゲーム理論もこれに入れていいかもしれません︒なお︑カタス
﹃ 政
治 学
﹂ ︶
︒
一般論として︑数学の三種類の使い方を指摘しています︒
治算術﹀と呼んでいます︵ペティ
(C li ne , 19 80)
︒ 第四九巻第五号
が可能であるためには︑配分の原資がなければならない︒そして︑﹁入るを計って出ずるを制す﹂のでなければ︑そ
の政治の体制も長続きしません︒これは財政と政治経済の問題です
(H ib bs
and F
as sb en de r, 19 81
)
︒
戦争も数量的なものが古くから問題にされてきた領域です︒戦後すぐのころ︑﹁日本は物量に負けた﹂という言葉
を︑よく聞かされたものです︒軍隊の精神力または士気はきわめて大切ですが︑にもかかわらず︑敵より数量的に劣
勢な部隊の指揮官は苦戦を覚悟しなければなりません︒装備する火器の性能や数が敵より優勢で︑兵員数も敵より多
いということであれば︑指揮官は必勝を期することができるでしょう︒そこから︑相手より強力な軍備をもちたい︑
というわけで︑軍備競争も始まることになります
(R ic ha rd so n, 19 60 a, 19 60 b)
︒第二次大戦中には︑工学部の皆様が
よくご承知のとおり︑戦闘方法についての数理的解析としてのオペレーションズ・リサーチが開発されました
(B la ck et t, 1 96
2)
︒
政治における数量的アプローチで︑もっと総合的なケースの一例は︿国力﹀の分析です︒ヨーロッパでは一六世紀
以降の絶対主義時代に︑各国の覇権競争が激しくなり︑支配する領域の広さ︑人口の多寡︑保有する国富の大きさ︑
軍隊の兵員数︑武器の優劣などに強い関心が払われるようになりました︒経済力は軍備の大きさも規定します
一七世紀イギリスのウイリアム・ペティは︑こうした国力問題についての統計学的分析を始めた人です︒かれはイ
ギリスの国力を統計データにもとづいて︑ 関法
フランスやオランダの国力と比較しましたが︑こうした分析のことを︿政
﹃ 政
治 算
術 ﹄
一 六
九 0
) ︒もちろん︑こうした数量的関心を満足させるためには︑
イギリスやフランスやオランダの人口や領土の広さなどが︑それぞれどれほどかについての信頼しうるデータが必要 四︵五六
政 治
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の 数
理 的
分 析
に つ
い て
の知識が当然要求されます︒ 常用されているのが統計学なのです︒
五︵五六 なわけです︒ペティ当時は︑まだそうしたデータは不備でしたが︑統計データヘの需要は︑やがて国勢調査などによ るデータ収集を制度化させることになったのです︒日本で有名な︑秀吉の太閤検地にしても︑国家の合理的運営のた めに数量データが必要とされたことから実施された一種の国勢調査であったといえるでしょう︒
現在の政治学で国力に関する数量データを最も必要としているのは比較政治学で︑アメリカでは︑この種のアグリ
ゲート・データを整理したハンドプックがいくつも刊行されています
( T a y
l o r ,
1983
など︶︒そして︑たとえば︑民
主主義の定着と社会経済的条件との相関関係についても数量データにもとづいて議論されています︒この種の議論で
統計学がよく利用されている政治学のもうひとつの分野は︑政治心理学や世論分析の領域です︒
私自身︑何回も世論調査的な調査を実施したことがありますが︑データは基本的にサンプルの面接調査によって得
られるわけで︑調査の設計やサンプリングの段階から統計学のお世話になるわけです︒そして︑収集されたデータの
分析段階に入ると︑変数間の相関分析のために統計学を利用します︒すこし大きな調査ですと︑何千ページものアウ
トプット用紙にプリントアウトされた表を読まなければならないのですが︑相関の有意性を読みとるためには統計学
一定の要因の変化を説明する変数を明らかにするために数量化理論が用いられたり︑変
数間の関係を定式化するために回帰分析が使用されることもあります︒
皆様もご存知のように︑いまでは
SAS
や SPSS のような︑統計分析のためのプログラム・パッケージが市販さ
れていて︑こうした分析が楽にできるようになりました︒これらのプログラム・パッケージは︑自然科学者の一部も
利用されているようですが︑ SPSS が︑最初︑世論調査型データの統計分析のためにアメリカの政治学者によって
第四九巻第五号
開発されたことを指摘しておいてもよいかと思います︵三宅・一九七三︶︒
次に第二の幾何学的アプローチも政治分析に深いかかわりがあります︒たとえば︑戦争指揮のさいに︑兵力配置を
地図のうえで確かめ︑兵力の最適移動経路を考えるような場合に幾何学的考察が必須となります︒
幾何学は︑学問的理念としても︑政治理論に影響をおよぼしました︒よく知られているように︑ユークリッド幾何
学は︑平行線公理と各種の定理や系との関係にみられるような︑いわゆる公理系の体系的論理構造をもっています︒
そして三角形の内角の和が二直角であるというような幾何学的定理が︑論理的にきわめて厳密に証明されうるという
ことが︑近世初期の政治学者たちに強い印象をあたえました︒中世の政治理論が疑うべからざる前提としていたのは
神の存在です︒神の存在が公理であったといえるでしょう︒ところが近世になるとこれが疑われるようになります︒
その先駆的な例は︑ルネサンス期のフィレンチェ人マキアヴェリです︒かれが﹃君主論﹄(‑五三二年︶で︑政治
的判断は宗教や社会倫理から独立したものでなければならないと主張したことは︑よく知られています︒そして︑か
れは︑さまざまな政治状況において人間はどのように行動するのか︑またどのように行動すべきかを歴史的な資料を
使って分析したのです︒政治行動についての近代的な分析は︑ マキアヴェリから始まったといっても過言ではありま
せん︒かれは人間というものは同じような状況のもとに置かれたとき︑同じような行動をするものだと考えました︒
これは人間行動にある種の法則性を認めるということです︒こうした分析からやがて人間性
(h
目
1 a n
n a t u
r e )
と い
う観念も生まれてきます︒そして︑これが新しい公理的な前提になるのです︒こうして神の存在を公理とする政治学
から人間性を公理的前提とする政治学への転換が果たされ︑国家秩序も︑こうした角度から説明されることになりま 関法 六
︵ 五
六 四
︶
政 治
現 象
の 数
理 的
分 析
に つ
い て
七︵五六五
るとすればどのような状態が現出するだろうか︒この状態をホッブズは自然状態と呼びます︒
を命じます︒そこで︑この自然状態から脱出しようと望んで︑自然状態からの脱出口を︑
序は︑この公理的なものによって根拠づけられ︑理論的に再構築されることになります︒
一 六
九
0 年 ︶
︒
︵一六五一年︶において︑理論の出発点として自己保存の欲望と合理的な思考
力をもつ原子的個人を想定しました︒法や権威による拘束がなくて︑これらの諸個人がまったく自由に放任されてい この状態の諸個人は︑ブラウン運動をしている気体分子のようなもので︑いわば無茶苦茶に走り回り︑互いに衝突
することによって社会を大混乱におとしいれます︒この﹁自然状態﹂は︑﹁万人の万人に対する戦い﹂の状態であり︑
自己保存を願う諸個人にとっては恐怖の状態にほかならないわけで︑個人が平等にもつ理性は︑この状態からの脱出
︱つの全体的な合意である
社会契約に見出すのです︒そして︑この社会契約を通して社会的安全を保障する国家と法が根拠づけられる︑とホッ ホッブズは︑国家や法がつくられるに先だって︑人間は生まれながらにして自由に行動する権利︑自然権と呼ばれ
る権利をもっていると想定しています︒これがかれの社会・政治理論における公理的なもので︑国家や法のもとの秩 ホッブズの場合︑諸個人は安全を求めて固有の自然権を放棄し︑国家や法の保護を求めるようになると想定されて
いるのですが︑ジョン・ロックは︑むしろ自然権は放棄できないから自然権なのだと考えました︒かれは︑自然権の 放棄を否定したうえで︑自然権を保障するために国家はつくられるのだと論じたのです︵﹃市民政府論﹄
ロックは自然権の一っとして所有権を重視しました︒このようにして︑個人の財産所有を前提とする近代社会の秩序 ブズは考えたのです︒ ホッブズは著書﹃リヴァイアサン﹄ す︒その代表的な理論がイギリスのホッブズの理論です︒
J
ろ体系的に展開されていません︒
第四九巻第五号
が基礎付けられることになります
( M
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s o
n ,
19
62
)
︒
私たちの日本国憲法を含めて︑あらゆる近代憲法は基本的人権の条項を設けていますが︑近代人権思想の基本は市
民的自由︑法の前の平等︑私的所有権の理念であって︑それらはロック的理論の公準なのです︒多分︑
あまり意識することはないだろうと思いますが︑日本国憲法にしても︑ロックの理論の系譜をひくものであって︑現
在の私たちは︑古典的な幾何学的公理系の理念と︑ある深い関係をもった世界に住んでいるのです︒
社会契約論は︑このように︑憲法秩序の形で実定化されました︒これを学問的に継承しているのが近代憲法学です︒
しかし︑政治理論としては︑社会契約論は一九世紀の実証主義の批判を受けて没落し︑あまり流行らなくなってしま
いました︒しかし最近になって︑ジェームズ・プキャナンとゴードン・タロックの業績によって代表されるような公
共選択論による見直しが進んでいます
( T
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C a l c
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C o
n s e n
t ,
19
62
)
︒
ところで︑幾何学は空間の数学であるといわれますが︑政治学にも空間的な概念は結構沢山あるのです︒たとえば︑
︿上・下﹀︑︿前・後﹀︑︿左・右﹀は︑空間的な広がりを認識主体としての人間の身体との関係においてとらえた概念
ですが︑政治的な︿支配・服従﹀の概念は︿上・下﹀の概念に対応します︒︿左翼・右翼﹀の概念は︑いうまでもな
く︑︿左・右﹀の概念に対応します︒また︿前衛・後衛﹀の概念は︿前・後﹀の概念に対応するといった具合です︒
さきに指摘しましたように︑軍隊の布陣や移動にも幾何学的な術語が使われています︒
こうしたことからすれば︑政治構造とか組織構造の幾何学があっても不思議ではないのですが︑この領域は︑法律
実務家たちの規範的思考にまかされていると言ってもいい状態で︑残念ながら数理的な政治幾何学は︑これまでのと
関法八 ︵
五 六
六 ︶
一 般
の 人
々 は
政 治
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の 数
理 的
分 析
に つ
い て
政治構造の分析に多少応用されている数学としては︑
いう学際的境界領域が存在していることを確認しておく必要はあると思います︒
までもなくケネス・アロウです︒かれが﹃社会的選択と個人的価値﹄(‑九五一年︶
九 ︵
五 六
七 ︶
近代幾何学の発展にデカルトの座標系の概念は決定的な影響を及ぼしましたが︑政治学の領域では︑扱う現象は数
量化が難しくて︑二分法を組み合わせた単純な座標系が使われている程度に終わることが多いのは残念です︒
ハラリーなどのグラフの理論があります︒トムやジーマンの
カタストロフィの理論︑さらにトポロジーなども︑政治構造論や政治形態論の観点からみて面白いと思います︵たと
第三の意思決定論的アプローチの領域については︑この会場には管理工学やオペレーションズ・リサーチの権威が
多数おられることですし︑私からとくに申しあげることもないのですが︑工学と政治学とのあいだに︑意思決定論と
これとの関連で︑とくに国際政治学の分野でゲーム理論が研究されてきており︑シミュレーションとゲーミングの
技術が発達してきていることも指摘しておくべきでしょう︵たとえば
G u
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z k
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,
19
63
;
B r e m
e r ,
19
87
)
︒
最近の話題としては︑合理的選択論が関心を集めるようになってきています︒合理的選択論のパイオニアは︑いう
において︑記号論理を用いて一
般的可能性定理を証明したことはご承知のとおりです︒合理的選択論のひとつの展開形態はさきに触れたプキャナン
らの公共選択論の業績です︒その影響のもとに︑日本でも経済学者や政治学者などの協力によって︑公共選択学会が
一九九六年に創立されました︒なお︑同じ一九九六年に︑政策や意思決定の問題に関心をもつ研究者の学会として︐
日本公共政策学会も設立されましたが︑こちらのほうは︑とくに合理的選択論にこだわってはいません︒ えば
T h
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,
19
77
)
︒
に利用されてきたかを述べておきました︒ 7
ーこの本は次のような九章から成っています︒ 記号論理が決定問題の分析に役立つことは確かで︑多分︑これからは政治学でも︑記号論理がもっとよく用いられ るようになるだろうと思います︒私自身も︑支持と不支持の問題の分析に簡単なプール代数的論理分析を適用したこ
以上︑ごくおおまかに政治学と数理的分析とのかかわりを概観しましたので︑次に︑私が自分の著書で︑どのよう
な問題をどのように扱ったかを︑ご紹介してみることにしましょう︒
数理的分析/ 2
政策過程/ 8
まず第一章では︑数と記数法にふれたのち︑数理的分析の性質を概説し︑数理的分析がこれまで政治学でどのよう
第二章では︑政治現象のうちポピュラーで重要な︿リーダーシップ﹀と︿リーダーシップの階層構造﹀をとりあげ︑
これをコミュニケーション・ネットワーク構造に着目して︑組み合わせ論の数理によって分析し︑
ルを使って組織の階層的リーダーシップの問題を論じました︒この関連で︑官僚制の成長についてイギリスの行政学
者 C.N ・パーキンソンが定式化した﹁パーキンソンの法則﹂にふれ︑次元解析の角度から検討して︑数理的に定式 とがあります︒ 関法
国力/ 9 戦争 リーダーシップ/ 3
﹃数理と政治﹄について
第四九巻第五号
支持と不支持/ 4 抗議と退出/ 5 政党支持者集団/ 6
1 0
1 0
進法組織モデ
︵ 五
六 八
︶
選挙/
政 治
現 象
の 数
理 的
分 析
に つ
い て
化された形では︑この﹁法則﹂が正しいとは言えないことを論証しています︒
把 握
で き
ま す
︒
五 六
九
第三章は︑政治現象で基本的な位置をしめる︽支持︾と︿不支持﹀の問題をとりあげ︑これまでの政治学者や社会 学者︑たとえばデヴィッド・イーストンやタルコット・パーソンズの議論が不徹底であることを批判し︑この問題を 数理的に厳密に扱うために三値論理の角度から見直しをしています︒また支持の次元を多次元的に捉えようとしてい ます︒さらに︑この関連で支持・不支持の回路構造の分析に簡単なブール代数の適用を試みました︒
第四章は︑︽不支持︾の問題と密接な関連をもつ︽抗議︾と︽退出︾の問題を扱ったものです︒ある政治的対象を
︽支持︾しない人々は︽抗議︾したり︽退出︾したりするわけです︒教室での学生の態度にしても︑これらの概念で アルバート・ハーシュマンという研究者は︑これらの︿抗議﹀や︿退出﹀が企業や政府にとってきわめて重要な意
義をもつことを強調しましたが︑とくに︿退出︾は重大な意味をもちます︒顧客が逃げるような商品しかつくれない ような企業はやがて倒産するかもしれません︒同様に︑国民が逃亡する国家は崩壊する可能性が高いと考えられます︒
実際︑東ドイツは︑通算三六 0 万に達する人々の逃亡ないし︿退出︾が大きい原因となって︑
滅することになったのです︒この章では︑
量的変化がやがて重大な質的変化を導く様子を観察します︒ ついに一九九 0 年に消
ハーシュマンによる東ドイツの人口統計データを紹介しながら︑徐々たる
第五章は︑前章の︿退出﹀概念をさらに展開して︑複数の政治集団間︑ここでは複数の政党のあいだの支持者の移
動を数量的に扱ったものです︒ここでは三つの政党と︱つの政党非支持者集団から成る政党システムのモデルにおけ
る支持者の流出と流入の関係が数理的に分析されます︒そして︑集団間の移動が行列式を使って分析され︑さらにそ
第四九巻第五号
のシミュレーションができるように︑ コンピュータ・プログラムにまで展開されます︒
策過程﹀といいますが︑本章では︑私がつくった政策過程の簡単な数理モデルを紹介します︒
ション・プログラムにまで論理を展開することにしました︒
︵ 五
七
0 )
ご承知のように︑政治現象についての実験は困難なものですから︑数理モデルにもとづくシミュレーションは︑特 定の条件の一定の変化がシステムの状態をどのように変えるかを予見するうえで非常に重要な技術となります︒
第六章は︑︽選挙︾の数理的分析を例示したもので︑これについては︑あとでより詳しくお話しすることにしたい 第七章は政策過程の数理を扱った章です︒政府がなんらかの公共問題について一定の政策を実行するとき︑それは
社会に作用してなんらかの効果をあげ︑その結果は政府にフィードバックしてくることになります︒この過程を︿政 このモデルでは︑政府は社会の一定レベルの福祉水準を守ろうとしているのですが︑福祉のレベルが︑いわばエン
トロピー増大法則が働くとでもいったふうに低下していくのです︒これはいわば漏水です︒そこで政府は政策資源を 供給してやらなければならない︒これは給水といえるでしょう︒この漏水による水位低下に対抗して水位を制御しよ
︱つは連続的な線形制御で︑もうひとつは断続的な閾値制御です︒この二つ の制御方式における漏水と給水の関係を数理的に扱ったのが︑この章です︒この章でもコンピュータ・シミュレー 第八章は︑国力の計算を扱った章で︑それも︑国力計算の元祖ともいうべきウイリアム・ペティの議論を紹介して
います︒ペティについてはすでに触れましたが︑かれは経済学者たちのあいだでは﹁ペティの法則﹂の発見者として
著名ですが︑これまで政治学者はかれをほとんど無視してきました︒しかし︑私はかれを数理政治学の先駆者ともい うとするとき︑二つの制御方式がある︒ と 思 い ま す ︒
関法政 治
現 象
の 数
理 的
分 析
に つ
い て
ご承知のように︑ 以上のような話だけでは︑数理的分析方法が政治分析にどのように適用されているかがもうひとつよく分からない と思われる人が少なくないかもしれません︒そこで︑さきにお約束しましたように︑選挙分析の場合を例にとって︑ もうすこし具体的な説明をしてみることにしましょう︒
一 九
八
0 年代︑竹下内閣のころから﹁政治改革﹂ということがやかましく議論されるようになり
ましたが︑そのさい改革の中心となったのは選挙制度の改革です︒日本の衆議院の場合︑いわゆる中選挙区制がずっ と採用されてきていたのですが︑これが制度疲労しているから︑なんらかよりよい選挙制度に変えようというわけで
し た
︒ 結
局 ︑
一九九一二年に成立した細川内閣のときに︑公職選挙法が改正されて︑衆議院議員の選挙に小選挙区・比
数 理 的 分 析 の 一 事 例 ー 選 挙 に 関 す る ロ ー レ ン ツ 曲 線 分 析
ン・プログラムにまで論理を展開してみました︒ うべき人だと考えています︒そこで︑かれをこの章で大いに顕彰することにしたわけです︒
第九章は︑戦争の数理分析です︒戦争に関しては︑いうまでもなく国際政治学者たちが重要な業績を積みかさねて きていますが︑かれらの仕事は統計分析にとどまっていることが多く︑戦争を
O
R 的にとらえようとしない傾向があ
ります︒これでは明らかに不十分ですから︑私は︑
クラウゼヴィッツと︑多分皆様にとってはおなじみのランチェス
ターを︑この章で取り上げました︒ご承知のように︑
オリジナルなランチェスター方程式では防御の効果のことが考 慮されていませんが︑私はクラウゼヴィッツがその戦略理論で防御のことを重視していることを考慮して︑ランチェ スター方程式を防御効果を組み入れる形で拡張することにしました︒また︑ここでもコンピュータ・シミュレーショ
︵ 五
七 一
︶
制と結びつきやすいとされています︒ただ︑この選挙制度では︑各政党への議席の配分に不公平が生じやすいし︑落
選者に投票した人々の票はいわゆる死票となってしまい︑全国的な集計でみると︑自分たちの声が政治に反映されて
いないという不澗をもつ人々の数が非常に大きくなるということが欠点である︒中選挙区制は︑比例代表制と小選挙
区制の中間の性質をもつとされています︒しかし︑こうした議論はどの程度正しいのか?
な議論にとどまっているとすれば︑選挙が公平でなければならないという民主主義の要請からしても︑社会的に責任
を十分果たしているとはいえないわけで︑申し訳ないことです︒そこで︑それぞれの選挙制度の特性を数量的に表現
いま全国レベルで︑また政党単位で︑得票率と議会の議席占有率との関係を考えてみることにしましょう︒
表1は一九五六年から一九九 0 年にかけての期間に実施された衆議院総選挙の全国レベルでの結果を示すものです
が︑この表には各政党の得票率と議席占有率も記載されています︒小文字の>とsがそれです︒この表によ
ると︑各党の得票率>と議席占有率
Sとのあいだには差があるだけでなく︑政党によってかなり大きなバラッキがあ する方法を考えてみることにします︒ のはは比較的小さな選挙区を設定して︑ 関法 第四九巻第五号
政治学がこうした定性的
︵ 五
七 二
︶
例代表制並立制が適用されることになったのでした︒並立制をとったのは︑小選挙区制だけでは︑問題があるため︑
これに比例代表制と組み合わせることによってバランスをとろうとしたのだとされています︒
では︑小選挙区制︑中選挙区制︑比例代表制などは︑それぞれどのような特性をもっているのでしょうか︒
次のようなことが言われています︒比例代表制は︑その名がしめすように︑得票率に応じて議会の議席を比例配分し
よ う
と す
る も
の で
︑
一番公平な選挙制度である︒しかし︑多党制に結びつくやすい︒これに対して小選挙区制という
一選挙区から一当選者が出るようにした選挙制度です︒これは経験的に二党
一 四
一 般
に
表 1 総選挙 (1958‑1990
年)における得票率と議席占有率総選挙 自民 社会 公明 民社 新自ク 社民連 共産
無•他計
有効投票定数
r28 回 1958/05
V57.80 32.94 2.55 6. 71 100.00 39,751,661 467 76.99
s61.5 35.5 0.2 2.8 100.0 29 回 1960/11
V57.56 27.56 8.77 2.93 3.18 100.00 39,509,123 467 73.51
s63.5 31.0 3.7 0.6 1.2 100.0 30 回 1963/11
V54.67 29.07 7.37 4.01 4.92 100.00 41,016,540 467 71.14
s60.6 30.8 4.9 1.1 2.6 100.0
31 回 1967/01
V48.80 27.89 5.38 7.40 4.76 5. 77 100.00 45,996,573 486 73.99
s57.0 28.8 5.1 6.2 1.0 1.9 100.0 32 回 1969/12
V47.63 21.44 10.91 7.74 6.81 5.47 100.00 46,9889,892 486 68.51
s59.2 18.5 9.7 6.4 2.9 3.3 100.0 33 回 1972/12
V46.85 21.90 8.46 6.98 10.49 5.32 100.00 52,425,078 491 71.76
s55.2 24.0 5.9 3.9 7.7 3.3 100.0 34 回 1976/12
V41.78 20.69 10.91 6.28 4.18 10.38 5.78 100.00 56,612,764 511 73.45
s48.7 24.1 10.8 5.7 3.3 3.3 4.1 100.0 35 回 1979/10
V44.59 19. 71 9.78 6.78 3.03 0.68 10.41 5.02 100.00 54,010,108 511 68.01
s48.6 20.9 11.2 6.8 0.8 0.4 7.6 3.7 100.0 36 回 1980/01
V47.88 19.31 9.03 6.60 2.99 0.68 9.83 3.66 100.00 59,028,834 511 74.57
s55.5 20.9 6.5 6.3 2.3 0.6 5.7 2.2 100.0 37 回 1983/12
V45.76 19.49 10.12 7.27 2.36 0.67 9.34 4.99 100.00 56,779,698 511 67.94
s48.9 21.9 11.4 7.4 1.6 0.6 5.1 3.1 100.0 38 回 1986/06
V49.42 17.23 9.43 6.44 1.84 0.84 8.79 6.01 100.00 60,448,610 511 71.40
s58.6 16.6 10.9 5.1 1.2 0.8 5.1 1.8 100.0
V
46.14 24.39 7.98 4.84 0.86 7.96 7.84 100.00 39 回 1990/07 65,704,310 512 73.31
s53.7 26.6 8.8 2.7 0.8 3.1 4.3 100.0
出所:自治省選挙部・総選挙結果調,各回。
溢氾窓縣
Q森囲忌中造旦 0
今ドI ば (1‑tj
やII I)
( 1 .
1)
を結ぶ対角線を引きます︒ 第四九巻第五号
︵ 五
七 四
︶
ります︒自民党はいつでも>より
Sが大きいが︑共産党はいつでも>より
Sが小さい︒社会党︵現在の社会民主党︶
は大体において>より
Sのほうが大きい傾向があるが︑時には
Sのほうが小さくなっていることもある︑といった具
ここで︑各政党の得票率>と議席占有率
Sの関係について考えてみましょう︒政党の数をnとして︑政党に 1
か ら
nまでのナンバーをふって︑各党それぞれの得票率と議席占有率をナンバー添字で区別することにします︒
こ こ
で ︑
S1
1 1
a1•V1
; S2
1 1
a2•V2
; .•.
S ;
1 1
a1・ V;
; •••
Sn
1 1
an•Vn
な る
ai , a2
, •..
,
g .
. , g
を 定
義 す
る と
︑
これらの関係から作図してみることにします︒式①は得票率の合計が 1 になることを意味しているので︑横軸に累
積得票率をとり︑最大累積値 1 で区切ります︒また縦軸に累積議席占有率をとり︑これも 1 で区切り︑それぞれの 1
のところでそれぞれに直行する長さ 1 の直線を引きます︒そうすると一辺が 1 の正方形ができますが︑原点と点
この座標系に各政党の位置をプロットしていくわけですが︑得票率の小さな政党から順番にプロットすることにし
ます︒さきの添字の番号順に得票率が大きいとすると︑まずく
1をマークして縦に
S1
をとる︒以下同様︑という簡
(3)
( 2 ) ( 1 )
合 で
す ︒
a,
• V1
+
a2•
V2
+
⁝ +
a1•
V 1
+ ⁝ +
an
・S n
" " 1
S1
+
S2
十 ⁝ +
S t
+ ・ :
+
Sn
1 1
1
V1
十
V2
十 ⁝ + <
i
十 ⁝ +
Vn
1 1 1
関法
一六
政 治
現 象
の 数
理 的
分 析
に つ
い て
がこの対角線上に位置することになります︒ レンツの描いたローレンツ曲線の一種で︑ラムダの大きさは︑ するものであったわけです︒私たちの場合︑ ラムダは︑いうまでもなく議席配分の不平等等の程度を表わすことにな
ります︒そして︑対角線は議席配分の平等線ないし均等線を意味するわけです︒完全比例代表制では︑あらゆる政党
式④の関数を解析的に定式化することは容易ではありませんが︑作図はさきに述ぺたように簡単です︒そして︑方
図1~si I 0.9 0.8 0. 7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1
累積得票率と累積議席占有率の座標系
0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1
Iv,
現 さ
れ ま
す ︒
一 七
この曲線は︑所得分配の研究で知られるドイツの経済学者ロー
( 4 )
ローレンツの場合︑所得分配の不平等性の程度を表現 A 1
1 1
/ 2
│
J
f(v )d v
︵ 五
五 七
︶
この曲線と対角線との間に挟まれた部分の面積入は次の式で表 ることになります︒ このようなプロットの結果︑原点と点
(1,1 )
を結ぶ折れ線グ
ラフが描かれることになりますが︑政党が非常に多かったとすれ
ば︑図 1 に示すような一種の滑らかな曲線が描かれることになる
でしょう︒すでに明らかなように︑ a はこの曲線の勾配を意味す 得票率と議席占有率とのあいだの勾配を意味します︒ 単な作業を続ければいいのです︒式③から明らかなように︑ a は
図
2総選挙のローレンツ曲線 I
(日本,
1958‑1969年 )
10 40 50 60 70 80 90
関法
第四九巻第五号
眼紙に図を描いて根気よくラムダの部分の方眼の数を勘定していけば︑面積の近似値を得ることができます︒こうし
た近似値でも︑選挙と選挙制度の数量的な比較分析には十分役立ちます︒
図 2 から図 4 は︑このようにしてトレースして得られた日本の中選挙区制とイギリスの小選挙区制のローレンツ曲
線です︒基礎データの表を掲示するべきですが︑ここでは省略させていただきます︒
それぞれの選挙のラムダの値を挙げるのは︑ここでは控えておきますが︑図を見れば選挙制度の特徴が一目瞭然で
す︒日本の中選挙区制のローレンツ曲線は新月のような形をしていて︑いわば痩せて均等線に接近しており︑当然ラ
1 00 8
屈 3 総選挙のローレンツ曲線 I I
( 日 本 ,
1972‑1983年 )
紺
90 80 70 60 50 40
30
20
37回(1983.12.18) 35回(1979.10.7)
一 八
︵ 五
七 六
︶
10 20 30 40 50 60 70 80 90 1 0 0 ⑤
図 4 イギリス下院議貝総選挙のローレンツ曲線 (1970‑1983
年 )
政 治
現 象
の 数
理 的
分 析
に つ
い て
紺
90 80
70 60 50
40 1979 30
20
10 20
を意味します︒
30 40 50 60 70 80 90
一 九
ることが有効であり︑また︑今後ますます必要とされるだろう
以上で︑私の話を終わりますが︑最後に申し上げておきたい
ムダの値は小さい︒これは中選挙区制のもとでは︑比例代表制にかなり近い︑比較的平等な議席配分がなされること
これに対して︑図 4
に示すイギリス総選挙のローレンツ曲線は︑全般的に見て︑日本の場合よりはるかに肥ってい て︑議席配分の不平等性がより高いことが明らかです︒形状はポロのスティックのような形をしていて︑いわば顎が 張っています︒これは二大政党を前にして小政党が進出しにくいことを意味するのです︒じつはイギリスは︑最近の 政党の得票率から見ると︑すでに二大政党制の国というより多党制の国と言ったほうがいいのですが︑そうした有権 者レベルでの変化は議会内の勢カパターンの変化にまでなかなか結びつきません︒選挙制度が邪魔しているのです︒
1 0 0
①
特徴を直観的によく表現してくれるとともに︑議席配分の平等 性の程度を数量的にとらえることを可能とするのです︒従来の 政治学は︑こうした数量的な把握が苦手でしたが︑そうした欠 点が改善されつつあるという実例として︑議席配分のローレン
ツ曲線分析をご紹介してみました︒
ことは︑社会科学と自然科学との共同研究・学術交流を推進す
︵ 五
七 七
︶
こ の
よ う
に ︑
ローレンツ曲線分析は︑さまざまな選挙制度の
窒坦撚回兵痢撼ばajt>
110 (ばや<)
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