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早  島    理

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(1)

      外なるもの

―Mahayanasutralamkara 第ⅩⅧ章第89‑91偈を中心に―

       (承 前)*

       早  島    理

         解読研究

梗概ω

       (14因)

 0    序論

 1    基本偶頒

 2     《Bahyarthaの吟味》

 2−A   四大種

 2−A−1   四大種の水         (1),(2)

 2−A−2  四大種の風        (3)〜(5)

 2−A−3   四大種の地        (6)〜⑪  2−B   六境

 2−B−1〜4 六境中の色・香・味・触

 2−A−4   四大種の火         (12)

 2−C   補筆:論述の順序に関して

 2−B−5   六境中の声         (13)

 2−B−6   六境中の法庭所摂の色    (14)冒

(以下次号掲載予定)

 3     《論争を通じての吟味,prcchyate》

 3−1    第一の論難  3−2    第二の論難  3−3    第三の論難  3−4    第四の論難  3−5    第五の論難  3−6    第六の論難  3−7    第七の論難  3−8    第八の論難  4     《まとめ》

       完

(ka.)

kas.89−91

ka.89c ka.89cd ka.90ab

ka.90cd ka.91a

ka.91b ka.91c

ka.91c

(2)

 MSA XVIII、89−91 外なるものの刹那滅について

[0 序論]

【本論】153−10,Ch.648a, P.259a3.

さて,ここで外なるものの刹那滅を三偶をもって立証する。

【釈門】P.183a8., D.155b6.

 以上のように五偶(kas.84−88)をもって,内なる有為の刹那滅を確立し終えた。今や,

三偶をもって〈P.155b>外なる有為の刹那滅を確立する。

[1 基本偶頒]

【本論】153−11,Ch.648b, P.259a3.

[火]

[六境の声]

[六境の法生所摂の色]

[以上,十四の理由をもって,四]大種と六境の刹那滅が確立される。さら に,論争を通じてもまた外なるものの刹那滅が[確立されるので]ある。

       (第89・90・91偶)

[水] (1)[水の]乾上がること,(2)[水量の]増大することにより,

[風] (3)[風]本来の動揺性により,[風量の](4)増加と(5)減少とにより,

[地] 地は(6)・(7)それ(水・風)から生じることにより,また(8)〜(11)四種   の変化があるから,

[六境中の] 色・香・味・触も[水・風・地と原因が]等しいから,まつ   たく同様にそれ(刹那滅)である。

   ㈲[火は]薪に依存して生じるから,

      03)[声は]漸次に認識されるから,

       ㈲[法虚所摂の色は]心に随順するから,

【釈疏】P.183b1, D.155b6.

 「[四]大種と六境の刹那滅が確立される。」(ka.89a)と云ううち,外の有為なるものと は,すなわち,地,水,火,風の[四]大種と,色,香,味,触,声,法庭所摂の色[の 六境]とである。このうち平庭所摂の色とは,〈D.156a>[意識の対象ではあるが,]知覚

されない色である。これらは刹那滅であると説くのである。

 「(1)[水の]乾上がること,(2)[水量の]増大することにより」(ka.89c)と云ううち,

四大種の水界は(1)[水の]乾上がること,(2)[水量の]増大することとを因として刹那滅 であると説く。

 「(3)[風]本来の動揺性により,[風量の](4)増加と(5)減少とにより」(ka.89cd)と云う うち,風界は(3)本来の動揺性と[風量の](4)増加と(5)減少とを因として刹那滅であると説

く。

(3)

 「地は(6)・(7)それ(水・風)から生じることにより」(ka.90a)と云ううち,地界は水と 風とから生じることを因として刹那滅であると説く。

 「[六週中の]色・香・味・触も[水・風・地と原因が]等しいから,まったく同様にそ れ(刹那滅)である。」(ka.90cd)と云ううち,六境中の色・香・味・触の四は,水・地・

風に依存し,それらと同一の自性である。それ故,水・地・風のテーマである(1)[水の]

乾上がること,(2)[水量の]増大することなどを同じく因として刹那滅であると説く。

 「02)[火は]薪に依存して」(ka.91a)と云ううち,刹那滅である火界はまた薪に依存す ることを因として刹那滅であると説く。

 「G3)[声は]漸次に認識されるから」(ka.91b)と云ううち,声は漸次に認識されること を因として刹那滅であると説く。

 「O①心に随順するから」(ka.91c)と云ううち,知覚されない色である法庭所摂の色はま た,心に随順することを因として刹那滅であるとくP.184a>理解すべきである。

 「さらに,論争を通じてもまた単なるものの刹那滅が[確立されるので]ある。」(ka.91cd)

と云ううち,刹那滅を認めない人々は,論争を因として四大種と六境すべてが刹那滅であ ると理解すべきである。

[2 《Bahyarthaの吟味》]

【本論】153−17,Ch.648a, P.259a5.

 さらにこの外なるものとは何か。四大種,及び六境すなわち色・香・味・触・声と法庭 所摂の色である(2)。それ故に「[四]罪種と六境の刹那滅が確立される」(ka.89ab)のであ

る。

 [これらのものが刹那滅であると]如何様に確立されるのか。

【釈疏】P.184a2, D.156a6,

「[これらのものが刹那滅であると]如何様に確立されるのか」と云うのは,四大種と六 境とは如何なる原因(ここでは十四因)と認識手段(ここでは論争)(3)とをもって刹那滅で あると確立されるのかという意味である。

[2−A 四大種](4)

[2−A−1 四大種の水](5)

【本論】153−19,Ch.648a, P.259a6.

 まず水については,(1)乾上がること,(2)増大することにより[刹那滅であることが確立 される]。泉,湖,池等で漸次に水が増大し,あるいは乾上がることが見られる。刹那毎に 変化することなくして,この両者はあり得ないだろう。後になって[水量が変化する]特 別の原因は存在しないからである。

【口慰】P.184a2, D.156a7.

(4)

「水については,(1)乾上がること,(2)増大することにより」と云ううち,水界は(1)乾上が ること,(2)増大することとを因として刹那滅であると確立されるという意味である。その 同じ意味を説き示さんがために,「泉,〈D.156b>湖,池等で漸次に水が増大し,あるいは 乾上がることが見られる」と説く。夏の泉,湖などのように,雨季で水が増加する時は,

雨が何日も前から予想され,水が一日で増えて増加して現われることは無い。そうではな くて刹那毎に漸次に[増大しつつ]現われて来る。あるいは冬,春などの雨が少なく,太 陽が照りつけるなどの時に,[水量が]一日で突如として乾上がるということはなく,刹那 毎に少しつつ漸次に乾上がり消滅する。それ故,水[界]が刹那滅であることは明らかで

ある。

 「刹那毎に変化することなくして,この両者はあり得ないだろう。後になって[水量が変 化する]特別の原因は存在しないからである。」と云ううち,もしこの水が常住ならぼ,刹 那毎に先に滅して,後に漸次に変化することはなく,減少する時にも特に漸次に変化する ことがない。[その]場合は,一度に増大して現われる因もなく,一度に減少して現われる 因もない。したがって,常住の場合ならば[水量は]ある場合は常に増大して現われてく るか,ある場合は常に減少して現われてくるかのいずれかであるはずで,時には増大して 現われ,〈P.184b>時には減少して現われるという[この]両者が生じることはあり得な いのである。

【沓下】P.172a7, D.153b4.

「刹那毎に変化することなくして,この両者はあり得ないだろう。」と云ううち,両者と は[水の](1)増大と(2)減少とである。(6)……もし水にこれら[増大と減少と]を消滅する能 力(hah can)があるならば,その場合,泉,湖,池などでも[水は自分で]増大したり,

減少したりするだろうが,〈P.172b>現実の状態では[増大も]減少もない。乾上がるこ ともまたこれと同様である。もしこれら[水の増大と減少と]が最初から刹那に消滅する 能力により消滅するならば,その場合減少する状態のものは「消滅する能力あるものでは]

ない・∵…(6)。

 「後になって[水量が変化する]特別の原因は存在しないからである。」と云うのは,漸 次[に変化する]因である徐々に消滅することを別にしては,泉,湖,池などが乾上がる,

他の特別な因はない。

[2−A−2 四大種の風]

【本論】153−21,Ch.648a, P.259a7.

風については,(3)本来動揺するものであるから,また[風解の](4)増加と(5)減少するこ とから[刹那滅であることが確立される]。何となれば(3)[変化せずに]止まっているもの に動揺することはないであろう。[止まっているものに]動きは存在しない,と云うこのこ とは一般に認められているのである。さらに(4)・(5)[止まっているものに]増加・減少す ることはない。[止まっているものは]全く同じ状態にあるのだから。

【釈疏】P.184b1, D.156b5.

(5)

「風については,また(3)本来動揺するものであるから,また[風量の](4)増加と(5)減少す ることから」と云ううち,風もまた刹那滅であると確立されるのは,(3)本来動揺するもの であることを因として,[風量の](4)増加することを因として,(5)減少することを因として

[四界は]刹那滅であると確立されるという意味である。

 その同じ意味を詳細に示さんがために,「何となれば(3)[変化せずに]止まっているもの に動揺することはないであろう。[止まっているものに]動きは存在しない,と云うこのこ

とは一般に認められているのである。コと云ううち,刹那滅でないなら,常住な相として存 在しているものには,ある所から他の所へ移動する自性はない。常住なものには作用はな いと既に立証されている。如何様に立証されているのかと問うならぼ,[答えよう。]刹那 滅そのものに基づいてものが他所へ移動することがなければ,ものがある所から〈D.157a>

他の所へ移動する[作用をなす]ことは全くないと立証されている。この風はそうではな くて,東方などから起こり西方などに移動して去るから,刹那滅であると理解すべきであ

る。

 「(4)・(5)[止まっているものに]増加・減少することはない。[止まっているものは]全 く同じ状態にあるのだから。」と云ううち,常住なるものはあらゆる時に増加することも減 少することもなく,[同じ状態に]止まっているから,時には増加し,時には減少すること はない。風はそのようなことはなく,最初は小量で吹き始め,後に徐々に増加する。ある いは最初は大きく吹き始め,後に徐々に小量になる。それゆえ[風は]刹那滅であると理 解すべきである。

[2−A−3 四大種の地](7)

【本論】153−23,Ch.648a, P.259a8.

 地は⑥・⑦それ(水・風)から生じることにより,また(8)〜⑪四種の変化があるから[刹 那滅であることが確立される]。

 (6)・(7)「それ」の語は水と風とを含む。実に[宇宙の]生成の時期に地は風をともなっ た水から生じる。したがって,その[両者の]結果であるからこの[地]もまた刹那滅で あると理解すべきである(8)。

 地にはまた四種の変化が認められる。(8)業によりなされる[変化]。衆生には個々の業の 区別があるから。(9)作業によりなされる[変化]。掘削などによる[大地の変化]である。

⑩大種によりなされる[変化]。火等による[変化]である。⑪時間[の経過]によりなさ れる[変化]。異時にわたって存続するから。

 [以上の四種の]変化は刹那毎に別なものが生起することなくしては理に合わない。消滅 する原因が無いからである。

【釈疏】P.184b7, D.157a3.

「地は(6)・(7)それ(水・風)から生じることにより,また(8)一(11)四種の変化があるから」

と云ううち,地が刹那滅であると確立されるのはまた,(6)・⑦それから生じることを因と して,及び(8)一⑪四種の変化を因として刹那滅であると確立されるという意味である。

「それから生じる」とくP.185a>云う言葉はなにを言わんとするのかを示さんがために,

(6)

「『それ』の語は水と風との両者を含む。」と説く。「それ」の語は水と風との両者を云う。

[刹那滅である]水と風との両者から地が生じるから,[地もまた]刹那滅であると理解す べきである。

 水と風との両者から地が如何様に生じるかを示さんがために,「実に[宇宙の]生成の時 期に地は風をともなった水から生じる。したがって,その[両者の]結果であるから」と 説く。太初世界が生成する時に,まず最初に業の威力により虚空には風界が生成する。そ の次に[風]輪の限度まで下降して(9)水界が生成する。その後に風により水が生じて,水の 中からスメル山,[購野洲などの]四洲などが生じる。それ故地は水・風の果であり,水・

風は地の因である。

 「[したがって,]その[両者の]結果であることからこの[地]もまた刹那滅であると理 解すべきである。」と云ううち,地は水・風の果であり,火と風の両者は刹那滅であると証 明されているから,その果もまた刹那滅であると理解すべきである。因が刹那滅であって,

果が〈D.157b>刹那滅でない常住のものの生じることはあり得ないから,と以前に証明ず

みである(10)。

 「地には[また]四種の変化が認められる。」と云ううち,この地には以前とは異なった 色・形体など他のものへの変化が四種認められるから,地は刹那滅であると理解すべきで

ある(11)。

 「(8)業によりなされる[変化]。衆生には個々の業の区別があるから。」と云ううち,地に ついては業による働きによって別なものに変化することがある。たとえぼ,天などの居庭 では天人の善業により大地は綿花の如く柔らかなものとして生じる。他方,地獄の衆生な どの居慮ではくP.185b>地獄の衆生の不善業により大地は焼けた鉄の[如き]極熱を抱い ており,切り立った崖,針(棘)などの種々の苦しみが生じるものとしてまた現われ

る(12)。

 あるいはまた,同じ大地であっても,衆生が鋤と四肢を働かして大地を耕さない時は収 穫などは生じない。その同じ大地を鋤などや四肢を働かして耕す時は,麗しく収穫が生じ

る。それ故[地は]刹那滅である。以上は[地の]第一の変化である。

 「(9)作業によりなされる[変化]。掘削などによる[大地の変化]である。」と云ううち,

ハンマーや岩馨などで掘削して掘ることにより,大地はまた別なものへと変化する。以前 には窪みや谷は無かったのに,岩墾により堀り開いて,窪みや谷に変化する。以上は[地 の]第二の変化である。

 「(10)大種によりなされる[変化]。火等による[変化]である。」と云ううち,火などの甲 種により大地はまた別なものに変る。火がまわって,[地の]色が青,赤に変化する。ある いは風が吹いて来て高い大地が低く変化する。あるいは水が流れ込んで,[大地が]湿った

り,崩壊したりしてしまう。以上は[地の]第三の変化である。

 「⑪時間[の経過]によりなされる[変化]。異時にわたって存続するから。」と云うう ち,大地は時間によりくD.158a>別なものへと変化することがある。[たとえぼ]好まし い時間の流れは穀物などが良く実る大地を作るが,悪しき時間の流れは穀物などが悪く実 る原因となる。あるいは夏の時は草などを青々と生じさせるが,冬の時は[大地は]枯れ た色となり,凍りついたものなどとなる。さらに,ある大地は以前は荒地であったのに後 には村あるいは〈P.186a>集落に変化する。逆に以前は村落であったのに後には荒地と変

(7)

化してしまう。以上は[地の]第四の変化である。

 「この[以上四種の変化]は刹那毎に[別なものが]生起すること[なくして]は理に合 わない。消滅する原因が無いからである。」と云ううち,以上のように四種すべての変化は また,刹那毎に生滅・変化することがなく,[さらに]常住なるものにあるものから他のも のへの四種の変化が生じるとするのは不合理である。実際はそうではなく,[刹那毎に変化 するのである。したがって]四種すべての変化を認識することにより,地もまた刹那滅で あると理解すべきである。

【細註】P.172b2, D.153b7.

「⑪時間[の経過]によりなされる[変化]。異時にわたって存続するから。」と云うの は,[たとえぼ大地は]異なった時間に〈D.154a>わたって存続するから,国,地方,村,

町などが荒地へと変化することがある。

[2−B 六境]

[2−B−1〜4 六境中の色・香・味・触]

【本論】153−28,Ch。648a, P.259b3.

色・香・味・触は地などと原因が等しいから,まったく同様に刹那滅であると理解すべ きである。

【釈流】P.186a3, D.158a4.

「色・香・味・触は地などと[原因が]等しいから,まったく同様に刹那滅であると理解 すべきである。」と云ううち,色・香・味・触という四種の対象はまた地・水・火・風と自 性が同一であり,因を[等しく]する。これらのものは四大種に依存し,四大種は(1)乾上

がること・(2)増大,(3)本来の動揺,(6)(7)それよりの生起,さらに(8)〜(11)四種の変化を因と

して刹那滅であると立証される。[四大種の刹那滅が]立証された時は,それに依存してい る色などの刹那滅もまた立証されると理解すべきである。たとえばデェーヴァダッタの身 体が焼けると,デェーヴァダッタ[の身体]に依存している色・香なども焼けないことは ない。同様に焼けてしまうのである。[したがって]火が刹那滅であると立証されている時 は,火に[依存して]存在する黄色などもまた刹那滅であると立証されないことはない。

それゆえに,[色・香・味・触もまた]刹那滅であると立証されるのである。

【広註】P.172b3, D.154a1.

「色・香・味・触は[地などと]原因が等しいから,まったく同様に刹那滅であると理解 すべきである。」と云うのは,(1)[水の]乾上がること,②[水量の]増大すること,(3)[風]

本来の動揺性,[風量の](4)増加と(5)減少とにより,また(8)一⑳四種の変化などを因とする から,このように連続しつつものの生じることに依存しているから,上述のように[水の]

乾上がること,増大することなどを因として生じるもの[水・風・地]は刹那滅であると 説示した[のである。それと同じ]ように,色などもまた同様であると理解すべきである。

(8)

[2−A−4 四大種の火](13)

【本論】153−29,Ch.648a, P.259b4.

 さらに,(12)薪に依存して生じるから火も刹那滅であると[理解すべきである]。何となれ ば火が生じている時は火とともにある薪が同じ状態に止まっていることはない。また薪が 燃え尽きて[なお]火が存続することはあり得ないのである。[薪なくして火はあり得ない から]薪のなくなった[火]が最後までも存続することは許されない。

【釈疏】P.186a8, D.158a7.

「(12)[火は]薪に〈D.158b>依存して生じるから火も刹那滅であると[理解すべきであ る]。」と云ううち,火は刹那滅であると確立されるのはまた,火と云う大種は薪に依存し て生じることを〈P.186b>因として刹那滅であると確立されるのである。如何様に[火は]

薪に依存するのか。薪がある青火は生じ,薪がない時は火は生じない。[さらに]多量の薪 に移れば火は大きく,小量の薪に移れば火は小さく燃えるから,[火はまた]刹那滅である と理解すべきである。

 火は薪に依存しているから[と述べたが,]依存している理由を示さんがために,「何と なれば火が生じている時は火とともにある薪が同じ状態に止まっていることはない。」と云 ううち,ある者は[反論して]「火が刹那滅であることは認めるとしても,薪が刹那滅であ るとは認められない。これは誤りである。」と[云う。これに論駁して次のように答え る]。まず,薪により火が生じる時,火とともに結びついてあるこの薪がある限りはまた火 は薪を燃焼し,[燃焼する限り]火を離れた薪は存しない。[火が燃え]尽きてしまえば薪 もまた尽き果てて存在しない。それ故に,火と薪とは共存しているのであり,火の[常住 でない]如くに薪もまた常住ではないのである。

 もし他の人々が「あるいは薪が無常であるとしても,火は常住である」と反論するなら ぼ,このような[主張は]理に合わないことを示さんがために,「また薪が燃え尽きて[な お火が]存続することはあり得ないのである。[薪なくして火はあり得ないのだから]薪の なくなった[火]が最後までも存続することは許されない。」と説く。火が薪を燃やし,薪 が尽きてなくなってしまった時は,最後に火もまた存続し得ない。薪が燃え尽き,火もま た存続せず現われて来ないから,火は刹那滅であると立証されるのである。もし火が常住 ならば,薪が尽きた後にも[常住であるのだから]火の現われることには理があろう。[し かしそのようなことは決してあり得ない。]

【広註】P.172b6, D.154a3.

「⑫何となれば火が生じている時は火とともにある薪が同じ状態に止まっていることは ない。」と云うのは,・火が生じ[て薪が燃焼し]た時,薪は消滅する。消滅し終わった薪か ら生じた火がどうして確かなものであり得ようか。

 「また薪が燃え尽きて[なお]火が存続することはあり得ないのである。[薪なくして火 はあり得ないから]薪のなくなった[火]が最後までも存続することは許されない。」と云 ううち,薪のなくなった状態とは灰[になった]状態である。燃えかすの状態の火個には

(9)

薪はほとんど[残って]ない。その[燃えてしまった火とは,薪が]無くなって灰となっ た,その火である。もし同じ状態が持続するならば,自ら滅して消滅することはなくなる だろう。[すなわち]最後に灰にならないだろうと云う意味である。〈P,173a>

[2−C 補論:論述の1頂序に関して]

【本論】154−2,Ch.648a, P.259b5.

 [正しくは,四大種をすべて説き終えた後に六境を論じるべきであるが,今は]偶頗に[説 かれている]順序にしたがって,色など[六境中の四法]を[火を説くよりも]先に説き,

後に火を説いたのである。

【帝劇】P.186b7, D。158b6.

 他の人が[次のように]反論する。四大種が順次に刹那滅であると立証されて,その後 に初めて[六境のうちの]色・香・味・触が刹那滅であると立証されるのであれば,理に かなっている。しかし[実際に]そのような[順序では]立証されていない。[まず]地・

水・風の三が刹那滅であると立証されて(ka.89cd, ka.90ab),その後に〈P.187a>色な どの四種の対象について刹那滅であると立証されている(ka.90cd)。しかる後に初めて火 の刹那滅が立証されている(ka.91a)。以上の[論述の順序は]矛盾している。

 [このような反論に]対して,「目撃に[説かれている]lr頃序にしたがって,〈D.159a>

色など[六境中の四法]を[火を説くよりも]先に説き,後に火を説いたのである。」と答 える。偶頗に[おいて説かれる]順序は正しくないが,偶頗に[おいて説かれる]順序を 良しとして,[火を説く前に]色などの四種の対象は刹那滅であると立証して,[その]後 に火が刹那滅であると説いたのである。

[2−B−5 六境中の声](15)。

【本論】154−3,Ch.648a, P.259b6.

 さらに,⑬声はそれはまた後の時に認識される。鐘などの[声が後の時に認識される如 くである。したがって]漸次に認識されるからこの[声も]また刹那滅であると理解すべ きである。何となれば,刹那滅でなけれぼ刹那毎に漸次に(16)認識することはないであろう から。

【釈疏】P.187a3, D.159a2.

 ある入(声常住論者)が次のように反論する。「[色などは刹那滅であっても,]声は常住 であって無常ではない。もし声が刹那毎に滅しまた生じるならば,鐘などの声は生じた直 後に滅するから,後で声が[再び]生じて[耳に達する]ことはないと理解される[はず である]。[しかし実際には]後にもまた声が生じ現われ[て耳に達す]るから,声は常住 である」と。

 かくの如き[反論]は不合理である[ことを示さんユがために,「(13)声はそれはまた後の 時に認識される。[鐘などの声が後の時に認識される如くである。したがって]漸次に認識

(10)

されるからこの[声も]また刹那滅であると理解すべきである。」と説く。鐘などの声が暫 時に生じて[耳に]響くのもまた刹那滅である[から]と理解すべきである。何故にかと 問うならば,[答えよう]。鐘の声はまず大きく響き,その後に大きな響きが滅して小さく 響く。その後にそれも滅して,漸次に小さくなった後で,ついに響かなくなる。それ故[声

もまた]刹那滅であると理解すべきである。

 [声常住論者が説く]「声は常住である」[という主張]に智のあることを示さんがため に,「何となれば,刹那滅でなけれぼ刹那毎に漸次に認識することはないであろうから。」

と説く。もし鐘などの声が刹那滅でなく常住であるとするならぼ,この声が漸次に小さく なって最後に響かなくなることにはならず,いつでも[どこでも]響いていると云う過失 になるであろうと云う意味である。

[2−B−6 六境中の法庭所摂の色」

【本論】154−5,Ch.648a, P.259bl.

(14)法三所摂の色もまた刹那滅であることがまさしく立証されている。[刹那滅である]心 に随起するからである。上述した如くである(cf. ka.83b)(17)。

この故に外なるものもまた刹那滅であることが立証されたのである。

【四四】P.187a8, D.159a6.

「(⑳法四所摂の色もまた刹那滅であることがまさしく立証されている。[刹那滅である]

心に随起するからである。上述した如くである。」と云ううち,法庭所摂の[の色]とは知 覚されない色を云う。これはまた(1)波羅提木叉戒,(2)静慮戒,(3)無漏戒の三である(18)。こ れら三種の戒は心に付随し,心を因として生じるのである。したがって心は刹那滅である から,その果である知覚されない色もまた刹那滅となる。ある法が[刹那滅の]心より生

じれば,その[法]は刹那滅であると先に(cf. ka.83b)立証されている。

      (《Bahyarthaの吟味》終了)

       (未完)

註 記

* 本稿は「外なるもの一忽α1吻伽αsπ 短伽初航賜第XVIII章第89−91偶を中心に一」

      

(長崎大学教育学部『社会科学論叢』Nα37,昭和63年3月;以下「種肥1」として引用)

に続くものである。

1)「前稿1」pp.66−67に掲載の梗概とほぼ同一のものである。ただし両者を比べてみれ ば明らかなように,「前開1」では「Bahyarthaの吟味」の項目名を四大種,六境の順に そって単純化して記載してある。本稿の梗概から明かなように,実際にはMSAは四大種 の「地」の後に六台目の「色・香・味・触」論を挿入し,その後また四大種の「火」に 戻って四大種の論述を完了させる。さらに四大種の論述の後に再び六境残余の「声」,「町 村所望の色」論を展開するのである。このように四大種と六境とが入り乱れるかたちで

(11)

論述されるために,注釈は補論として「論述の順序に関して」の一項目を立てて説明に 努めている。なお紙面の制約もあり,本稿では「Bahyarthaの吟味」の終わりまで(「2

−B−6 六境中の法網所摂の色」まで)を掲載する。以下は次号に掲載の予定である。

 (なお「前稿1」の梗概に記した【広註】の《まとめ》はbahy五rtha−ksanikatva kas.

       

89−91に対するものではなく,四法印第一の「諸行無常」全般に対するそれと云うべき

ものである。)

2)「弩弓1」で引用したように(pp.63−64), MSA XI ka.5及び,【釈疏】,【広註】は  「外なるもの」とは「rOpaなどの六境」であると定義している。ここではさらに明確に  「四大種および六境」と限定し,後者について「色・香・味・触・声と法賢所摂の色」

 と述べている。他方『倶舎論』が六識と六根とを「内なる界」とし,六境を「罪なる界」

 としていること(同論第1章ka.39ab参照)は良く知られている。あるいは『婆沙 論』,『倶舎論』などでは色の範疇として五根,五境それに半里摂色の11種を数え,また 五境中の触境の一部が四大種で残余は四大種所造色とされている。したがって,『倶舎論』

などにおける色の範疇のうち,外なる界である六境(五境および法庭汐干色)に四大種 を明記したのがここMSAにおける外界の定義ということになる。

  またこのMSAの外界定義「四大種および六境」は,筆者の知る限りは『菩薩地』,『顕 揚論』,『洋弓』などの喩昼行学派の諸論書に見いだされない。『聲聞地』は地・水・火・

風に空・識を加えた六界をたて,各々内外の二面から考察を加える(vo1.27,430a)。『顕 揚論』は「色」に四大種,五根,五境,平庭所摂色の十五種を数える。さらに地・水・

      の火・風について各々内外の二面から論じるのは『聲聞地』と同趣である(vol.1.

483ab)。また『集論』,『雑集論』は「色蔽」を四大種と四大種所造として説明する(AS Pradhan本p.3,『空論』663b;ASBh§5,『平骨論』696a)。これらの論書における色

の定義は有部教学と同種のものである。

  ところでここMSA XVIII章における平なるものの分析・考察が有為なるものの無常 であり刹那滅であることを立証する過程でなされていること,同様な論書として『聲聞 手』「第四楡伽庭」をあげることができることなどは先に「前稿1」で論述ずみである(pp.

67−69)。その『聲聞地』は「存在物は二種すなわち内なるものと外なるものとして確立  される。、dvividha甲vastu vyavasthapayati/adhyatmikam bahy諭ca/(SBh p.473,

17−18;『聲聞地』471a参照)」と説くが,外界の定義には触れず直ちに「外界の存在物 は16種である。bahya卑vastu§⑳a§avidha卑/(SBh p.473,19)」として外界の存在の 具体的な列挙に移る。この16種の名目やMSA XVIII章における外なるものとの関連の

あらましについても「予稿1」(pp.68−69)を見られたい。

3)【釈疏】は外なるものの刹那滅をgtan tshigsとtshad maとをもって論証するという。

文脈からすれぼ,前者は十四因,後者は八種の論難を指すものと思われる。このように 八種の論難が「tshad ma,*pramana」に,具体的にはanumapaに対応するとすれば,

       楡平行学派における認識手段の問題に一つの資料を提供するものとして重要である。事 実Sthiramatiは八種の論難を注釈するに際して,明らかに「滅性による刹那滅論証 vinasitatva−anumana」いわゆる「古刹那滅論」によると思われる説明をしている(後出

   ●

(12)

3《論争を通じての吟味》参照)。しかし他の認識手段については何等言及していない。

他方『聲厚地』は無常を論じるにあたり,これも周知のように権威ある佛陀の言葉(聖 言量),直接知覚,推理の三種を認めた議論を展開し,推理についてはSthiramati同様

「滅性による刹那滅論証式」と同種の論証をのべている(SBh p.473ff,『野臥地』470c 以下参照)。なおこの認識手段に関しての詳細は当該の註記に譲る。

4)以下MSAは具体的に四大種の刹那滅論証に移る。 MSA(その注釈を含め)における 四大種の論述について有部アビダルマとの関連から一・二要約して述べておきたい。

  まず,『婆沙論』,『倶舎論』などが地・水・火・風を論じて,その本質として順次堅さ・

湿り気・熱さ・動きをあげ,又その働きとして保持すること,おさめ集めること,成熟 させること,成長させることをあげていることは良く知られている。他方四大種に関す  るMSAの論述がこれらの性質・作用に基づいていることは云うまでもないが,その性 質・作用に直接論及することは少ない。またそれらを何か固定的実体的なものとしてで  はなく,変異するものとして刹那滅の視点から論じているところにその特色が窺える。

喩伽行学派のなかで『下聞地』(vol.27,430a),『顕揚論』(vo1.1,483bc)や『評論』

 (vol.1,663b)・『雑前論』(ASBh§5;vol.1,696a)なども四大種の性質や作用にふれ  ているが,刹那滅に言及することはない(『聲聞地』「第四喩伽庭」については「前稿1」

参照)。

  MSAは水界については水量の増加・減少の面から刹那滅を論じる。これは水界の性質 である湿性を背景にしているとはいえ,直接論じているのは物質としての水を現象面か  ら扱っているに過ぎない。風界についてはその性質である動揺性と並んで風下の増加・

減少を述べている。つまり元素としての風聴と物質としての風との両者を併記してその 刹那滅性を論じているのである。地については宇宙の生成論に基づいて及び四種の変化・

 に基づいてその刹那滅を論証する。そのうち後者四種の変化の論述は,地界の性質作用 である堅さ・保持することに依存しながらも,直接論じているのは自然界の大地すなわ  ち物質としての地である。火の場合も同様で,その性質である熱さに基づいていること  は云うまでもないが,論じられているのは火と薪との論理的なつながりで,ここでも物

質としての火がテーマである。このようにMSAにおける四大種は,現象としての四大種  に重点があるか,あるいは元素としての四大種と物質としての四大種との併存である。

 このように四大種について具体的な物質とその性質との両者を併存して考える解釈は先  に触れた『名聞地』(vol.27,430a),『顕揚論』(vol.1,483bc)にも展開されている。し

たがって少なくとも『聲門地』,MSA,『顕揚論』は四大種についてこの両者を併存する 理解を有していたことになる。

  ところで桜部民博士が既に指摘されているように,『法藏論』など初期の有部アビダル  マでは四大種について「具体的物質の質量因」と「それら具体的物質の持つ性質」との  両者,あるいは「具体的な物質それ自体と考える考え方」と「その物質の有する触覚的 性質と考える考え方」との両者が併記併存していた。しかし,後の『婆沙論』などでは  「具体的物質の質量因」から「それら具体的物質の持つ性質」へ,あるいは「具体的な 物質それ自体と考える考え方」1から「その物質の有する触覚的性質と考える考え方」へ  と発達し,ついには「具体的な物自体と見る解釈が棄てられ,それら物の中の堅雪・湿

(13)

性等とする解釈に進んでいることが明瞭に理解される」(同『倶舎論の研・究』pp.95−96)

と云われる。そうであれば『聲聞地』,MSA,『顕揚論』に展開される四大種の解釈は,

『婆沙論』・『倶舎論』などではなく,『法纏論』など初期の有部アビダルマのそれと同質

(あるいは継承?)ということになる。喩伽行学派の法体系と有部アビダルマのそれと の具体的な関連性の問題は筆者の能力の及ぶところではない。識者の御教示を切に願う 次第である。

 『顕揚論』の四大種についての補足。同論書が「成無常品」で「滅無因」(ものが消滅 するのに原因を必要とせず自然に消滅する)の立場から刹那滅論を展開していることは 既に論及した(拙稿「無常と刹那」,『南都仏教』No 59,1988,3参照)。その第10偶は「非 水火風滅」として四大種の水などが消滅の原因ではないことを明言している(vol.14,

549a)。同論書も四大種の性質・作用を変異し,消滅するすがたとして論じるが,何か固 定的実体的な消滅の原因としては理解していないこと,および四大種に立脚して「滅無 因説」を説いていることに留意したい。

5)SBhp.483,9−12

  tatha utsa−saras−tadaka−nadi−prasravana−kUpadiny ekada, samrddhyodakani

       

pa§yaty ekada pariksinodakani, sarvena va sarvvam vi§uskani khillbhUtani kot ar一

       ●       ●      ●      ●     ●      ●

ani/

 o  『聲聞地』472c

  云何観察水事攣異無常之性。謂先一時見諸河漬池泉井等。濤波罫溢醗水盈漏後於一時 三差一切枯半乾蜴。見是事巳便作是念。如是諸行弾性無常。鯨如前説。

6)この段落は筆者には難解である。Tib.文に混乱があるのかもしれない。仮にこのよう に訳出した。

7)SBhp.482,14−p.483,2

  ye nena p;thivlprade§a nabhisarpskτta与p{1rvvarp d;§をa bhavanti/g;havastv−

apanavastu−punya§ala−devakulaviharavastu−prakaraih pa§cac cabhisamskrtan

      ロ

       pa§yaty anabhisamskrtan pa§yaty anandinavan sukrtan s⑪aliptan/soparena

      

       

samayena加rnnan pa§yati/jarjaran al加avilOnam cchirnan chatitapatitan khalu       

       

chidran agnina va dagdhan udakena vapahratam/drstva ca punar asyaivam

      

bhavati/anitya bateme samskarah/tathapy esam paurvvaparyenayam evamr丘pah

       

       

      

       pratyakso vikaro viparinama upalabhyate/evam prthivyam viparinamanityatam

       

       ●     ●      ●

      ●       ●

VyaVaCarayati/

  『聲聞地』472b

  云何観察国事攣異無常之性。謂由早見此地方所。先未造立道場天寺宅舎当薬城縞等事。

後見新造善作喜吉。復位寸時見質朽枯堀堺。零落頽殿穿訣。火具梵渇水所漂蕩。見贈呈 巳。便作是非。如是諸行其性無常。一拝故。如是色相前後韓攣現可測距。

8)地の刹那滅を立証する論述は十四因の(6)(7)および(8)〜(1Dに大別される。前者は宇宙開

(14)

詩論を背景に水・風から地が生じ,その水・風が刹那滅であるから(すでに立証ずみ),

地もまた刹那滅であるとするものである。後者は衆生の個々の業などによる大地・自然 界などの現象世界の変異の考察に基づくものである。

 このうち宇宙生成時に風と水から地が生じるという構想は我々にたとえば『ヴィシ ヌ・プラーナ』を想起させる(定方晟『インド宇宙誌』「宇宙の生成」p.129ff参照)。す なわち畳(buddhi=mahat)から自我意識(aha卑kara)が生じ,自我意識から虚空

(aka§a)が,虚空から風(vayu)が,風から火(jyotis)が,火から水(anbhas)が生 じ,最後に水から地(prthivi)が生じるとされる。さらに虚空以下の各々が先行者の性 質を累進的に有すると云われている。関連部分を図式的に示すと以下のようになる。

生成の順序

生成物

性    質

1

虚空 声(§abda)

2 風 声+触(spar5a)

3 声+触+色(r⑪a)

4 水 声+触+色+味(rasa)

5 地 声+触+色+味+香(gandha)

 あるいは虚空から風が,そして順次に火・水・地が生じて来るというこの考えがサー ンキャ学派やヴェーダーンタ学派の文献に散見されることも知られている(服部正明訳

『古典サーンキャ体系概説』(世界の名著1『バラモン教典・原始仏典』所収)pp.292−293 参照);前田専学『ヴェーダーンタの哲学』サーラ叢書,第四章「アートマンーブラフマ

ンの宇宙論的考察」特にpp.123−141参照)。ただし断わるまでもなく,この『ヴィシヌ・

プラーナ』の宇宙開闘説が,MSAにおける,風と水から地が生じるという生成説に直接 関連するというのではない。この種の知識に疎い筆者にとっては,MSAに,あるいは仏 教の評論書に展開される四大種生成説が宇宙開關説の如何なる系譜に位置するのかまっ たく不明である。識者のご教示を願う次第である。いずれにせよMSA及びその注釈が四 大種の刹那滅を論証するにあたって,ヒンディーミソロジーに展開されるような宇宙開 關論を受けているのは興味あるところである。あるいは上記『ヴィシヌ・プラーナ』の 宇宙生成説に,外なるものの定義として今問題となっている四大(および虚空)と六境 がすべて含まれているのも気になるところである。(補註)

9)宇宙生成に関するこの前後の訳文は疑問が残る。とりあえずこのように訳出しておく。

10)原因が刹那滅であれば結果もまた刹那滅であるという議論に関しては同じくMSA第  XVIII章で「外なるものの刹那滅kas.98−91」に先立って, kas.82・83に説かれる「刹  那滅の十五義」中の第十・十一義「tad−hetutva−phalatva−tas,因・果」(ka.83b, SAVBh  P.169a3以下, MSATは注釈を欠く)やこの刹那滅の十五義全体の結語の部分に述べら  れている。

  そのうち第十・十一義「tad−hetutva−phalatva−tas,因・果」は,心と諸行とを因果関  係で論じるもので,原因である心が刹那滅であるから結果である諸行もまた刹那滅に他  ならないとする。同趣の議論は『顕揚論』「成無常品」(ka.7,548c)や『集論』,『雑集

(15)

論』(ASBh§56, pp.52−53;『論集論』721ab)などにも見いだされ,この学派に共通の ものと思われる。なお拙稿「無常と刹那」(『南都仏教』Nα59)p.19以下を参照された い。今はMSA第XVIII章kas.82・83「刹那滅の十五義」の結語を引用する。

 tata§ca tesam ksanikatvam/na hi ksanikasyaksanikam phalam yujyate

      

tadanuvidhayitvat/(p.151)。またSAVBhはP.171a6以下参照。

11)以下四種の変化に基づいて地の刹那滅が論じられる。ここで論じられる「地」が四大  種すなわち元素としての地そのものよりも具体的な大地を意味していることについては  前掲註記(4)参照。さらにここの結論で世親繹も【釈疏】も明らかに「滅無因説」に依拠  して刹那滅を論じている(「変化は刹那毎に別なものが生起することなくしては理に合わ  ない。消滅する原因が無いからである。」)ことに留意されたい。

12)衆生の業によって大地などが異なったものとして現われてくるという議論は,たとえ  ばVasubandhuの『唯識二十論』kas.3−6に見られるのと同趣である。ただし『唯識二  十論』では外界実在論の否定に重点が置かれ,ここMSAでは刹那滅の立証がテーマであ  るという差異はあるが。

13)さきに註記(4)でもふれたように,ここで論じられる「火」は具体的に燃えている火で  あり,薪との論理的関係からその刹那滅を立証する。ここで論じられる刹那滅の論証や  後出の[第七の論難](次号掲載予定)で論じられる灯火と灯芯の議論は,我々に『中論』

 第10章「観然可然品agnindhanapariksa」や,『顕揚論』第6章「成空耳」ka.4(vol.15,

       

 554a)などに展開される火と薪の議論を想起させる。ここMSAのSthiramati繹と安和  造『大乗中観繹論』「潮時火品」との比較検討をも含め,これらの諸論書の比較研究は別  稿に譲りたい。

14)Tib.文は mdag mehi gnas skabs kyi me la である。あるいは mdag me は別な意        ●

 味か?

15)この声§abdaの議論は,たとえば『喩伽論』本地分中「意地」(vo1.3,293a)に見ら  れるような聴覚の対象としての音声の分析追求ではなく,ミーマーンサ学派が主張する  「声常住論」を背景に展開されているようである。Sthiramatiが伝える対論者の主張は  次のように要約される。

    主張:声は常住である。

    証因:[後の時にも]聞かれるものであるから。

    喩例:鐘の音の如し。

 これを書換えて

    主張:声は常住である。

    証因:所聞性(聞かれ得るという性質)の故に。

 とすると,この推論式は明らかに陳那(Dignaga)の「九四因説」の第五句に相当し,し  たがってこの場合の証因は不共不定因(asadharana−anaikantika)であるから,推論式        ●

(16)

自体が成立しないことになる。あるのはこの推論式の喩例がその背後に常住な「声性

§abdatva」を予想しているとすれば,これは相違決定不定因(viruddhavyabhicarin

−anaik護ntika)になる。いずれにせよこのような証因に基づく対論者の主張命題は成立

しない。

 ところが対論者の主張に対するSthiramatiの答論は次の推論式になる。

   主張:声は刹那滅(無常)である。

   証因:[漸次に後の時にも]聞かれるものであるから。

   喩例:鐘の音の如し。

この推論式を

   主張:声は無常である。

   甲州:所聞性(聞かれ得るという性質)の故に。

と書換ると,この証因は平調の説く六種の似因(1ihga−abhasa, hetv−abhasa)の第五で あり,Sthiramatiのこの主張もまた成立しないことになる。(いずれも北川秀則『インド 古典論理学の研究』第一部第五節「因の三相説」,第六節「九句因説」,およびモークシャ カラグプタ,梶山訳『タルカバーシャー』中公文庫p.50以下参照。)

 このように陳那の「九句勢説」やモークシャカラグブタの論理学にしたがう限り,

Sthiramatiの注釈に推論式を予想するのは無意味なものに陥ることが懸念される。

Sthiramatiの「声」に対するこの注釈は次の二様に解釈されよう。

 六境の「声」をめぐるここでの議論は一見推論式による論証形式をとりながら,実は 厳密な推理論ではなく,音声が後の時にも聞こえてくるという現象を説明するのに,声 無常論に因るのが妥当なのか,声常住論に因るのが妥当なのかという議論を展開してい るとするのが第一の解釈である。

 第二の解釈は,Sthiramatiの推論式を後代の「刹那滅論証」の一例とするものであ る。つまり陳那の指摘する似因の誤謬を避けるために提案された「内遍充論」に基づい てこの万国を理解し,鐘の音など個々の音声に「所字性」を証因としてすべての声の「無 常性う刹那滅」を立証するとするものである。この解釈が妥当とすれば,「滅性による刹 那滅論」を論じながら(『驚顔地』,MSA,『顕揚論』の刹那滅論が「滅性による」ことに ついては上掲拙稿「無常と刹那」参照),Sthiramatiは「内三巴論」を先駆的に用いた一 人であり,一種の「内遍充論者」であったということになる。この解釈の妥当性につい てはSthiramatiによる注釈文献からより多くの推論式を検証する必要があるのは云う

までもない。      ・

 なおこの論証の問題に関しては,梶山雄一「インド仏教の論理学」(同『仏教における 存在と知識』所収),桂紹隆「因明正理門論研究[三]」(広島大学『文学部紀要』No39,

1979,12),御牧克己「刹那滅論証」(講座大乗仏教9『認識論と論理学』所収)を見られ たい。また§abdaの論証式について判断隆氏(広島大学)からご教示を得た。記して謝 意を表する次第である。

16)Skt.テキストは pratiksanam andataratamopalabdhih (154,5)であるが,下線部

       

 は意味不明であり,Tib.訳をも参照して削除する(なおNAGAO−lndexのCORRIGEN  DAには触れられていない)。

(17)

17)前註記(10)参照。

18)法庭所摂の色について三種の戒の名称に言及するのは,たとえば『喩伽論』本地分中  「意地」の「法庭所撮色有色二種 謂律義不律義所撮色 三摩地所行色」(vol.3,293c)

 である。その具体的な内容は『顕揚論』「撮事品」第一に次のように説かれている。

  法庭所撮色 謂一切時意所行境。色悪所撮。無見無封。此復三種。謂律儀色不律儀色  及三摩地所行境色。律儀色云何。謂防護身語業者由彼増上造作心法故。依彼不現行法建  立色性。不律儀色云何。謂不防護身語業者。由役増上造作心心法故。依彼現行法建立色  性。三摩地所行境色云何。謂由下中上三摩地倶轄。相磨心心法故。起彼所縁影像色性。

 及彼所作成就色性。是名法庭所撮色。(vol.1,484a)

  また『集論』本地分中「三法品」第一(663c;Pradhan本p。4),『雑集論』同(696bc;

 ASBh§5F p.4)も法庭所摂の色を論じて「極略色,極週色,受所引色,遍計所起色,

 定自在所生色」の五種の色を述べるが,三種の戒についてはふれていない。

補注)宇宙生成時に四大が順次生じてくるという宇宙創造説について,校正段階で赤松明  彦氏(九州大学)から貴重なご教示を得ることができた。以下に引用するとともに厚く  お礼を申し上げる次第である。

  先ず,宇宙創造におけるこの四大の順次生成はたとえば『マハーバーラタ』(忽魏励航処  伽,Pune Critical Edtion 12−292−24, Moksadharmaparvan)等にも見られること,ま        ,      ・

 た従来の諸研究のうちM.Biardeau, a嘱6s 6θ〃¢夕漉。♂ogガ6乃ガη40〃6, BEFEO 1968 pp.

 19−45;W.Kirfel, Dαs P磁πσ、翫耽σ嬬s碑α, Leiden 1927, pp.8−9,48−49などを参照

       

 しつつ,この宇宙創造の順序が上述の『ヴィシヌ・プラーナ』のみならず『クールマ・

 プラーナ』(1−4−24)など多くのプラーナで述べられていること,したがって古いサーン  キャ説に起源を持つと考えるのが定説のようである。

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