超好熱性アーキアのDNA損傷ストレス下におけるゲ ノム維持・修復機構の解明
著者 櫛田 卓志
学位授与大学 東洋大学
取得学位 博士
学位の分野 生命科学
報告番号 32663甲第459号 学位授与年月日 2019‑09‑25
URL http://id.nii.ac.jp/1060/00011257/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
氏 名 ( 本 籍 地 ) 櫛田 卓志(宮城県)
学 位 の 種 類 博士(生命科学)
報 告 ・ 学 位 記 番 号 甲第 459 号(甲(生)第三十九号)
学 位 記 授 与 の 日 付 2019 年 9 月 25 日
学 位 記 授 与 の 要 件 本学学位規程第 3 条第 1 項該当
学 位 論 文 題 目 超好熱性アーキアの DNA 損傷ストレス下における ゲノム維持・修復機構の解明
論 文 審 査 委 員 主査 准教授 博士(工学) 東端 啓貴 副査 教授 博士(学術) 一石 昭彦 副査 教授 博士(農学) 鳴海 一成 副査 九州大学教授 石野 良純
学位論文審査結果報告書〔甲〕
【論文審査】
櫛田卓志氏は、超好熱性アーキアThermococcus kodakarensisにおいて、複製 DNA ポリメ ラーゼ (replicative DNA polymerase)と予想されてきた PolB と PolD のうち、PolB をコード するpolB遺伝子の完全破壊株(ΔpolB株)の作出に成功した。ΔpolB株の DNA 損傷スト レスに対する感受性を調べ、PolB が DNA 修復に重要な役割を果たすこと、そして、T.
kodakarensisが、増殖温度に依存して replicative DNA polymerase が入れ替わるスイッチン グ機構を有する可能性を見いだした。さらに、PolD を過剰産生する株を作出し、PolD が過 剰に存在すると、ΔpolB 変異によって起こる UV、MMS、MMC、熱ショックに対する感受 性、低温感受性が回復することを示した。
【第 1 章 序論】では、アーキアと真核細胞の複製機構を概説し、アーキア由来の DNA ポリメラーゼに関する特性などを解説している。PolB および PolD は、誤った塩基が新生 DNA 鎖に取り込まれても除去し、正しい塩基配列を持ったコピーが合成できるように、校 正機能(3′→5′エキソヌクレアーゼ活性)を有している。さらに、鋳型鎖や基質となるデ オキシリボヌクレオチドの損傷を認識し合成反応を停止させ、新生 DNA 鎖への変異導入を 抑制できることから、両者は複製型ポリメラーゼであると考えられてきた。さらに、in vitro での解析より、PolB が PolD よりも DNA 合成速度が速く、RNA プライマーからの DNA 合 成活性が低いという性質が示されていることから、PolB はリーディング鎖の合成を担い、
PolD はラギング鎖を合成していると推測されてきた。櫛田氏は、T. kodakarensisの細胞内 における PolB と PolD の役割を明らかにすることが、高温環境でのゲノム維持および修復 の解明につながると主張している。
【第 2 章 DNA ポリメラーゼ B 遺伝子完全破壊株(ΔpolB 株)の作出】では、相同組換 え機構を利用した遺伝子破壊法によりT. kodakarensis DAD 株を親株としてΔpolB株を作出 し、ウェスタンブロット解析によりΔpolB株で PolB タンパク質が産生されていないことを 確認している。遺伝子相補実験を行うため、T. kodakarensis由来グルタミン酸脱水素酵素遺 伝子(Tko-gdh)の強い構成的なプロモーターを利用した polB 発現プラスミドを構築し、
ΔpolB株に導入した(polB相補株)。ウェスタンブロット解析によりpolB相補株での PolB の産生を確認した。この株の PolB 産生量は親株のそれを顕著に上回っていた。85℃培養し、
増殖曲線を解析したところ、親株とΔpolB株およびpolB相補株の増殖に顕著な相違は認め られなかった。至適生育温度におけるpolBの欠失や過剰発現は、細胞の生育に影響しない ことが明らかとなり、そのような環境で PolB は、DNA 複製に必須ではないと証明できたと 櫛田氏は述べている。さらに、ΔpolB 株の DNA ポリメラーゼ活性を調べたところ、T.
kodakarensisで DNA ポリメラーゼ活性を有するのは、PolB、PolD、プライマーゼのみであ
ることが示唆された。以上のことから、櫛田氏は、ΔpolB 株の DNA 合成は、PolD により 行われていると推察している。
【第3章 ΔpolB株の DNA 損傷ストレスに対する感受性】では、ΔpolB株の紫外線(UV-C)、
電離放射線(γ線)、メタンスルホン酸メチル(MMS)、マイトマイシン C(MMC)に対す る感受性を解析している。T. kodakarensisには、塩基除去修復(BER)、Alternative excision repair (AER)、ヌクレオチド除去修復(NER)、相同組換え修復(HR)に関与する酵素遺伝 子が存在し、それらが機能してゲノムの安定性を維持していると考えられる。これらの修 復システムでは DNA 鎖の合成が必要である。UV-C、γ線、MMS、MMC に対する感受性を 解析したところ、ΔpolB株は試験した全ての変異原に対し高い感受性を示した。一方、polB 相補株の変異原感受性は親株と同程度に回復した。これらことから PolB は、BER、AER、
NER、HR といった DNA 修復機構に関与すると櫛田氏は、推測している。
【第4章 ΔpolB株の温度感受性】では、ΔpolB株の温度感受性について解析している。
UV-C、γ線、種々の化学物質の他に、高温環境下でも DNA 損傷は誘発される。93℃の増 殖曲線を解析したところ、親株とΔpolB株およびpolB相補株の増殖に顕著な相違は認めら れなかった。しかし、熱ショックに対する感受性を解析したところ、ΔpolB 株は、熱ショ ックに対し高い感受性を示した。polB 相補株の熱ショック感受性は親株と同程度に回復し た。さらに、熱ショックを与えた菌体から染色体 DNA を抽出し、アルカリアガロース電気 泳動に供したところ、親株では熱ショックの有無に関わらず、それぞれ高分子単一バンド として検出された。一方、ΔpolB 株では、熱ショックを与えた時間の増加に伴って、低分 子スメアバンドの増大が観察された。熱ショックを与えなかったΔpolB株の染色体 DNA も、
親株と同様、熱による分解は観察されなかった。櫛田氏は、熱ショックによって生じた染 色体 DNA の損傷を PolB が修復していると考察している。さらに、60℃の増殖曲線を解析 したところ、ΔpolB株の増殖は極めて悪化し、ほぼ生育しなくなったが、polB 相補株の増 殖曲線は、親株と同等にまで回復した。櫛田氏は、増殖温度に依存した複製 DNA ポリメラ ーゼのスイッチングの可能性を指摘している。
【第 5 章 PolD 過剰産生株の作出と表現型解析】では、PolD を過剰産生させることでΔ polB変異による表現型が回復するか検証している。PolD は、校正機能を持つ小サブユニッ ト DP1 と DNA 合成を触媒する大サブユニット DP2 からなり、これらをコードする遺伝子
(polDP1, polDP2)は、複製起点認識タンパク質をコードする遺伝子(orc1/cdc6)とともに オペロンを形成していると推定される。PolD を過剰産生させるため、Tko-gdhのターミネ ーターとプロモーター領域を連結したカセットを作製し、ΔpolB株染色体上のpolDP1の上 流に組込んだ。ウェスタンブロット解析により PolD 過剰発現株での DP1 と DP2 の産生量 増大を確認した。この株の UV-C、MMS、MMC、熱ショックに対する感受性は、ΔpolB 株 よりも低下し、さらに、70℃以下で培養した時の増殖特性は親株と同等にまで回復した。こ れらの結果から、PolD の産生量の増大が、ΔpolB変異による表現型を回復させられること を明らかにした。
【審査結果】
超好熱性アーキアThermococcus kodakarensisには、Family B 型と D 型の DNA ポリメラ ーゼがそれぞれ 1 つずつ見出されている(PolB, PolD)。これらの DNA ポリメラーゼは、校 正機能(3’-5’エキソヌクレアーゼ活性)を持つため、誤った塩基が新生 DNA 鎖に取り込 まれても除去され、正しい塩基配列を持ったコピーが合成される。さらに、鋳型鎖や基質 となるデオキシリボヌクレオチドの損傷(塩基修飾など)を認識し、合成反応を停止させ ることができるため、新生 DNA 鎖への変異導入を抑制できる。以上の特徴から、両者は複 製型ポリメラーゼであると考えられてきた。PolB は、PolD に比較して DNA 合成速度が速 く、RNA プライマーからの DNA 合成活性が低いことから、リーディング鎖の合成を担い、
PolD がラギング鎖を合成していると推測されてきた。本学位論文研究は、これら複製型 DNA ポリメラーゼのうちの PolB の遺伝子の破壊に成功し、破壊株の DNA 損傷ストレスに対す る感受性を評価した。本研究は、T. kodakarensisの DNA 複製に PolB は必ずしも必要では ないことを、遺伝学的相補実験を行うことで初めて明確にし、さらに、増殖温度に依存し た複製ポリメラーゼのスイッチングの可能性を初めて見いだした研究として学術的に価値 ある研究と認められる。
櫛田卓志氏の本研究成果は、国際誌に 1 編の主論文(原著論文)として掲載されている。
本成果は,国際学会では 3 回(ポスター発表 2 回,口頭発表 1 回)および国内学会では 5 回(ポスター発表 3 回,口頭発表 2 回)の学会講演を行っている。
【原著論文】
1. Pol B, a family B DNA polymerase, in Thermococcus kodakarensis is important for DNA repair but not DNA replication. Microbes and Environments, 34: (2019) DOI:
10.1264/jsme2.ME19075
以上,櫛田卓志氏の研究内容は、東洋大学生命科学研究科生命科学専攻の博士学位審査基 準に照らしても妥当であると認められる。従って、所定の試験結果と論文評価に基づき、
本審査委員会は全員一致を以って櫛田卓志氏の博士学位請求論文は、本学博士学位を授与 するに相応しいものと判断する。