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緒言:「状況」から出発する日本語教育

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Academic year: 2022

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.「「状況」から出発する日本語教育」とは

ことばは、常に個別具体の状況のなかで使われる。語や表現や文型は、固有の意味を内 在しつつも、個別具体の状況において使われることにより、その状況におけるさまざまな 解釈を生み出す。

言語研究の諸領域には、「形態論(morphology)」「統語論(syntax)」のように、基本的 には言語のみを研究対象にするものと、「語用論(pragmatics)」のように「言語が使われ ている具体的な状況」までその射程に含むものがある。「言語のみを研究対象にする」と いうアプローチの前提には、自然な状況で使われていることばから、ことばだけを切り離 し、その個別具体性を取り除くことによって、言語の抽象的な「文法」が記述できるとい う考え方がある。

その一方、個別具体の状況からことばだけを切り離し、「文法」を記述することなどで きないという考え方がある。なぜなら、個別具体の状況と「文法」とは、そもそも分離不 可能なほどに絡み合っているからである。このような考え方は、次のような比喩によって 説明されることがある2

アマゾン河に棲息するピラニアについて知りたいとする。捕獲して、実験室に運び込 み、解剖したり、薬剤に反応させたりすれば、そのピラニアの基本構造、身体組成な どは明らかにできる。大量に捕獲して計量すれば、大きさや重さの平均値を知ること もできる。しかし、そのピラニアがアマゾン河でどのように棲息し、どのように活動 しているかといった生態の全貌は、アマゾン河の中で観察しなければわからない。

ここでいうピラニアは「ことば」、アマゾン河は「ことばが使われた個別具体の状況」

を意味する。この比喩の助けを借りるなら、「「状況」から出発する日本語教育」というの は、「ことばを実験室に運び込むのではなく、使われている状況の中で観察、記述し、そ の成果を踏まえてデザインされた日本語教育」と言い換えることができる。

個別具体の状況は無限であり、それらをすべて事前に観察、記述することは、原理的に 不可能である。それにも関わらず、私たちは初めて遭遇する状況において、語や表現や文 型を選び出し、(その成否はともかく)自らのことばを組み立てる。これは即ち、個別具 体の状況は無限であっても、そこでのことばの使われ方には、有限の社会的合意(=文法)

があることを示している。社会的合意には、緩やかなものから、かなり確立された厳しい ものまで段階性があり、ことばの使い手としての私たちは、社会経験を重ねる中で、帰納 的、演繹的に広狭さまざまな文法を学んでいるのであろう。このような言語観、文法観に

特集:「「状況」から出発する日本語教育」

緒言:「状況」から出発する日本語教育

1

小林 ミナ

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立つのであれば、日本語教育においても、無限の個別具体の状況にあることばを状況に置 いたままで観察、記述し、有限の社会的合意(=文法)に還元していくことが必要になる。

2.「「状況」から出発する日本語教育」に関する研究プロジェクト

本特集は、このような言語観、文法観に立ち、これまで筆者らが進めてきた研究プロ ジェクト(2016〜2019年度国立国語研究所機関拠点型基幹研究プロジェクト(公募型共 同研究)「「具体的な状況設定」から出発する日本語ライティング教材の開発」(略称「状 況研」),プロジェクトリーダー:小林ミナ)の成果を中心に、そこで得られた知見、教育 実践に関する論考を取りまとめたものである。

日本語教育におけるこれまでのライティング教材は、初級では「既習の文型や語彙を定 着させる」ための作文が主であり、「学習者が実際に書く/打つ状況」を視野に入れたも のはほとんど見られない。中級以上では、学術論文やビジネスメールなどが扱われるよう になるが、そこでの学習項目は、教材作成者や教師によって経験的に設定されたものであ り、「日本語で何を書かなければいけないのか」「学習者がどのような支援を必要としてい るのか」といった実態を踏まえたものは少ない。また、現実のコミュニケーションにおけ るライティングは、IT技術の発達やインフラ整備などにより、「手で書く」から「キーボー ドやタッチパネルで打つ」に移行している。よってこれからのライティング教材は、この ような現状も踏まえてデザインされるべきであろう。

このような問題意識を踏まえ、この研究プロジェクトでは、日本語学習者が、自身の日 本語生活において、自力で書ける/打てるようになるためのライティング教材の開発を目 的とした。ここでいう「教材」とは、教室での対面授業を前提にした紙媒体の教科書では なく、インターネットに接続できる環境があれば、どこでもいつでも自力で学習可能な ウェブ教材である。そのようなウェブ教材を開発するための基礎研究として、「現実のコ ミュニケーションにおいて、国内外の日本語学習者が何かを書く/打つ状況【状況調査】」

「そこで必要とされる言語、非言語のスキル【スキル調査】」「書く/打つ際に学習者が抱 える困難点【困難点調査】」に関する3つの基礎調査を行なった。

【状況調査】【スキル調査】で得られたデータから「具体的な状況設定」「学習するべき スキル」を抽出し、【困難点調査】の結果を踏まえて「そのために必要な練習」の形式や 内容を考察し、教材を開発する。それとともに、国内外の日本語学習者のニーズ(「状況 設定」「必要なスキル」「学習者が抱える困難点」)を把握する方法論についても考察し、

日本語教育において常に喫緊の課題である「ニーズの多様化への対応」について具体的な 方策を提言することを目指した。

また、研究期間を通じて、次の4回の公開研究会を開催した。

表1 公開研究会の内容

第1回 公開研究会

日時:2017年2月12日(日) 会場:国立国語研究所・講堂 プログラム:

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14:00−14:10 趣旨説明

14:10−15:10 基調講演「なぜ「具体的な状況設定」から出発するのか」小林 ミナ(早稲田大学)

15:30−16:00 研究発表1「コミュニケーションの文脈依存性と日本語学習教材における問題―

LINEにおける誘いへの断りに関する学習者の経験から―」中井 好男(同志社大学)

16:00−16:30 研究発表2「「具体的な状況設定」に基づく産出スキルとはどのようなものか―

SNSに投稿された料理写真のコメント分析を例に―」松田 真希子(金沢大学)

16:30−17:00 研究発表3「書く/打つ言語生活の実態調査」舩橋 瑞貴(群馬大学)

第2回 公開研究会

日時:2018年1月28日(日) 会場:国立国語研究所・講堂 プログラム:

14:00−14:05 趣旨説明

14:05−15:20 基調講演「文字コミュニケーションと状況」定延 利之(京都大学)

15:30−16:00 研究発表1「書く/打つ言語生活の実態調査―調査デザインと予備調査報告―」

千石 昂(早稲田大学大学院生)、日野 純子(帝京大学)、舩橋 瑞貴

16:00−16:30 研究発表2「「書く」言語的スキルとは―LINEによる待ち合わせ場面の分析から―」

副田 恵理子(藤女子大学)、大和 えり子(ロイヤルメルボルン工科大学ベトナム)

16:30−17:00 研究発表3「複言語・複文化社会における日本語使用者のライティングプロセス

―サンパウロとブラジリア在住の日系人を例にして―」向井 裕樹(ブラジリア大 学)、松田 真希子

第3回 公開研究会

日時:2018年10月6日(土) 会場:国立国語研究所・講堂 プログラム:

14:00−14:10 ご挨拶

14:10−15:25 基調講演「日本語コミュニケーションを状況という視点から考える」森山 卓郎

(早稲田大学)

15:30−17:00 パネルセッション:「国内外の日本語生活を概観する「書く/打つ」に注目して」

趣旨説明および進行:小林 ミナ

発題者:舩橋 瑞貴、日野 純子、小林 ミナ コメンテーター:森山 卓郎

第4回 公開研究会

日時:2019年2月3日(日) 会場:早稲田大学早稲田キャンパス・26号館 プログラム:

10:10−12:00 パネルセッション1:「留学生の就職活動に必要な日本語スキルとは」

司会:副田 恵理子

「日本式就活の特異性と現状」森 吉弘(帝京大学)

「キャリア支援課との協働による日本語授業の実践」宮崎 聡子(長崎外国語大学)

「留学生の就活メールとその印象評定」日野 純子

「留学生としての就活の問題点を振り返る」賈 佳琳(JLL日本)

ディスカッション

12:30−13:30 ポスターセッション<前半>

1  「LINEで具体的な相手の状況を知る―伝えたいことを適切に伝える「セカン ドトーク」を事例に―」吉松 眞弓(早稲田大学大学院生)

2  「状況から出発する「書く・打つコミュニケーション」彭 苗(早稲田大学大 学院生)・山村 美紀子(早稲田大学大学院生)

3  「外的場面の変化に対する主体の場面認識とコミュニケーション行為の一考察

―日本語のビジネスメールの事例から―」平松 友紀(早稲田大学大学院生)

4  「SNSが創発することばの学び―情況のAuthenticityとリソース性につい て―」齋藤 智美(早稲田大学)

5  「電子カルテから情報を収集し課題を完成させるライティング教材」山元 一 晃(国際医療福祉大学)・浅川 翔子(国際医療福祉大学)

6  「日本語学習者は、いつどのような状況で漢字を「書く/打つ」のか」藤田 百 子(早稲田大学)・冨永 祐子

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7  「「状況から出発する日本語教育」実践者の思考及び視点の変化」橋本 愛子

(早稲田大学大学院生)

8  「「状況から出発する」教育実践は教師に何を求めるか」小林 ミナ 13:30−14:30 ポスターセッション<後半>

9  「定式化により発話ターンをどう組織化するか ―話題転換の手続き―」木 野 緑(早稲田大学)

10  「「状況」から出発する教育実践において言語コミュニケーションと非言語コ

ミュニケーション双方を取り込む重要性」宮内 健太郎(早稲田大学大学院 生)・向井 大樹(早稲田大学大学院生)

11  「語彙・文法が聞き取れることが真の優れた聴解力か?―聴解プロセスにおけ

るストラテジー運用分析から―」小川 結莉(元・早稲田大学大学院生)

12  「学習者による多読のための読み物作成の意義―初級後半クラスでの実践から」

山岸 愛美(東京国際大学)・秋田 美帆(東京国際大学)

13  「学習者は何を助けにして語彙を理解するか―「辞書」作りの実践から―」白

井 友恵(早稲田大学大学院生)・高槻 美陽(イーストウエスト日本語学校)

14  「ビジネス文書における「さて」と「早速ですが」の使われ方について」加

藤 恵梨(大手前大学)

15  「「状況から出発する」教育実践が文法研究にもたらすもの」小林 ミナ

14:40−16:30 パネルセッション2:「「打つ」言語行動におけるSNSの使用実態と教材化の可能性」

司会:冨永 祐子(早稲田大学大学院生)

「Twitterへの投稿の実態―教材化の可能性と必要性を考えるために―」岡田 祥平

(新潟大学)

「Facebookポストのメディア特性と日本語―産出支援に向けて―」松田 真希子

「LINEコミュニケーション能力の変化―留学生の縦断的調査から―」副田 恵理 子、太田 悠紀子(上智大学)

「ニコニコ動画のゲーム実況への参加過程における日本語学習者の言語行動」中 井 好男(同志社大学)

ディスカッション

3.本特集の構成・内容

本特集は、次の3本の研究論文と7本の実践報告で構成されている。

[研究論文]

日野 純子「打つ・書く言語行動」の実態調査―予備調査から見えた国内外の日本語母 語話者・日本語学習者の特徴―」

副田 恵理子「日本語学習者が書く・打つ状況で必要となるスキルとは―具体的な状況 を踏まえた多角的な調査から―」

大和 えり子「「状況から出発する」アプローチの実現―初級日本語学習者用ライティン グ教材の作成過程から―」

[実践報告]

加藤 恵梨「ビジネス文書における「さて」と「早速ですが」の使われ方について」

宮内 健太郎「日本語教育実践において非言語表現に留意する必要性―「「状況」から出 発する日本語教育実践」を通じて―」

加藤 林太郎・山元 一晃・浅川 翔子「看護系留学生のためのライティング教材開発―

電子カルテ等からの情報収集による課題遂行を中心に―」

山岸 愛美・秋田 美帆「学習者による多読のための読み物作成の意義―初級後半クラス

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での実践から―」

白井 友恵・高槻 美陽「語彙を自らの状況の中で獲得するということ―辞書作りの実践 から―」

齋藤 智美「SNSが創発することばの学び―情況のAuthenticityとリソース性につい て―」

橋本 愛子「教師の思考及び視点の変化―「「状況」から出発する日本語教育実践」を振 り返って―」

研究論文3本は、「状況研」のメンバーが執筆した。

日野論文は、言語生活のうち「打つ・書く言語行動」に特化した実態調査のデザインを 取りあげたものである。ここでデザインされた調査は、Webアンケートシステム(Survey Monkey)を利用したものだが、「打った・書いたプロダクトを提出する」という項目(任 意)がある点に特徴がある。日本語学習者から提出されたプロダクトからは、「定型表現 の使い回し」「スタンプなどのストラテジー的な使用」といった示唆が得られた。このこ とは、スタンプなどの言語表現以外の要素も含めて、プロダクト自体を分析することがい かに重要であることを示している。「話す言語行動」では、プロダクトとしての音声は、

事前に録音機器などを準備していない限り発せられた瞬間に消えていく。一方で、「打っ た・書いたプロダクト」は、そのまま固定され、保存が可能である。この意味において、

プロダクトの提出が物理的に容易なWebアンケートシステムを利用した実態調査は、「打 つ・書く言語行動」により適している可能性がある。

副田論文では、日本語学習者が必要としている書くスキルを明らかにするために、「日 本語学習者が書くプロセス」「読み手の解釈・評価」「日本語母語話者の言語使用との比 較」の3つの観点から行った調査を取りあげている。3つの調査を通して、学習者自身が 気づいていない課題や、表面的には問題にならないが実は学習者が必要としているスキル の洗い出しが重要であることが明らかになった。これは同時に、学習者自身に対するイン タビューやアンケートといった方法論、プロダクト分析の限界を示すものであり、データ の限界を踏まえた考察が重要であることを示している。

大和論文では、「パソコンで日本語を打つ」ための教材のコンテンツを、「アルファベッ トキーを使って打つプロセス」の観点から検討すると同時に、短く簡単な構造でやりと

りされるSNS(LINE)のプロダクトを「今から行く」と「今行く」を事例として分析し、

その使い分けに、状況のどのような要素が関与しているかを明らかにしている。

続く実践報告7本は、「状況研」第4回公開研究会(2019年2月3日)のポスター発表 に基づくものである。2節に示したように、第4回公開研究会では15件のポスター発表 が行われた。このポスター発表は、「「状況」から出発する日本語教育」という鍵概念を提 示し、それに関する教育実践の発表を広く公募することによって実現したものである。応 募要旨の審査を経て、最終的に上記の15件が採択された。そして、この特集をまとめる にあたり、ポスター発表を行った発表者に実践報告の執筆を呼びかけたところ、7件の発 表者が応じてくださったものである。

加藤恵梨報告では、ビジネスメールで主文の起こし言葉として用いられることの多い

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「さて」と「早速ですが/早速ながら」の使い分けについて、ビジネス文書の参考書にあ るメール例を対象に考察している。その結果、両者には「起こし言葉」という共通点はあ るものの、後続する本文との関係によって使い分けがあることが明らかになった。宮内報 告は、実習生として関わった初級授業での経験から、言語表現の中には、付随する非言語 表現(動作や表情など)とあわせて学習項目とされるべきものがあることを指摘している。

この2本の実践報告は、どちらも言語形式を入口とするアプローチをとっているが、個別 具体の状況の中で観察することにより、言語研究それ自体にも新たな知見をもたらす可能 性があることを示している。

加藤林太郎・山元・浅川報告は、看護系留学生のためのライティング教材の開発を取り あげたものである。通常、こういった教材では、実際の看護現場で使われる電子カルテ等 の、いわゆる生教材をコンテンツとして取りあげ、「どう書けばよいか」を学ぶものが多 い。しかし、ここで開発されている教材はそうではなく、「看護学生として学ぶ」ことを 前提にしているところにオリジナリティがある。山岸・秋田報告では、読解教材が取りあ げられている。読解教材は、教師や教材作成者が書き下ろすか、あるいは小説、新聞、論 文といったいわゆる生教材が利用されることが多い。しかし、ここで取りあげられている のは、「学習者自身が、クラスメートの多読授業のために読み物教材を作成する」という 実践である。「なぜ書くのか」という具体的な目的が設定されることにより、学習者から のアンケート回答からは、初級後半での実践にも関わらず、さまざまな「学び」が得られ たことがうかがえる。この2本の実践報告は、「教育実践におけるauthenticity(真正性)

とは何か」を考える上で、きわめて示唆に富んでいる。これまでの日本語教育では、教室

の外のauthenticityをいかに教室の中に持ちこむかに腐心してきた。しかし、この2本の

実践報告からは、教室の中も「日本語授業をしている」という意味において、まったく authenticであることが読みとれる。

白井・高槻報告は、実習生として関わった初級授業で行った「辞書作り」の活動を事例 に、見出し語の選択や、意味記述、例文の内容を分析し、学習者が未知の語彙をどのよう に獲得しているかを考察している。齋藤報告では、SNSを中核に据えた初級授業を事例 に、そこにどのような「学び」が起きているかをとりあげたものである。SNSへの投稿 は授業時間外にそれぞれ行い、皆が集まる授業では、その投稿に基づいて、話題や内容に 関するディスカッションが行われる。また、プロダクトに基づき、文法、語彙、表現といっ た言語要素が教授される。橋本報告は、実習生として関わった「「状況」から出発する日 本語授業」が、国内外で日本語教師経験を持つ自分自身の思考や視点にどのような変化を もたらしたかを考察している。この3本の実践報告で取りあげられている初級授業は、扱 う文型について勉強し、導入方法を考え、教室活動を工夫し……といった、通常の初級の 日本語授業と比べると、教案作成や教材研究といった教師の事前準備の負荷が少ないよう にも見える。(良くも悪くも)「出たとこ勝負」だからである。しかし、これらの報告を丹 念に読みとくと、日本語授業として成立させ、「学び」をもたらす教室を作り上げるため には、教師の側に、かなりの知識と技術が求められることが見てとれる。そしてそれは、

教案作成や教材研究といった事前準備とはまったく質の異なる知識と技術である(小林 2016)。

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.おわりに

「「状況」から出発する日本語教育」というアプローチは、「場面シラバス」と誤解され ることが多い。また、「「具体的な状況設定」から出発する日本語ライティング教材」につ いて説明すると、「会話授業で行うロール・プレイの、「書く」版ですね」といった反応が 返ってくることも多い。しかし、この認識は正しくない(詳細は小林2017を参照された い)。

3節で紹介したように、本特集にある論考は、すべて「個別具体の状況」を踏まえつつ も、その成果を教育コンテンツとして取り組むには、どのような普遍化、一般化が可能か を考察したものである。それぞれの論考から見えてくるものは、気の遠くなるような普遍 化、一般化の過程であり、同時に日本語の体系やコミュニケーションに関する深い知識と 洞察力である。

アマゾン河のピラニアを観察するなら、実験室に運び込んで解剖するほうがはるかに楽 で、効率的である。しかし、それではことばやコミュニケーションの実態は見えてこない。

勇気をもってアマゾン河に飛び込もう!

1 この緒言、および、3本の研究論文は、次の助成による研究成果の一部である。

2019年度早稲田大学特定課題研究助成費(科研費連動型)「国内外における日本語コミュニ

ケーションの実態を踏まえた日本語教育のデザイン」(プロジェクトリーダー:小林ミナ)

2016−2019年度国立国語研究所機関拠点型基幹研究プロジェクト(公募型共同研究)「「具体

的な状況設定」から出発する日本語ライティング教材の開発」(研究代表者:小林ミナ)

2015−2019年度科研費基盤研究(C)「アカデミックライティングにおける適切なリソース活

用のための教材開発」(研究代表者:副田恵理子)

2009−2014年度科研費基盤研究(A)「コミュニケーションのための日本語ウェブ教材の作成

と試用」(研究代表者:小林ミナ)

2005−2008年度科研費基盤研究(B)「コミュニケーションのための教育文法に基づく日本語

教材作成のための基礎的研究」(研究代表者:小林ミナ)

2 柳町智治氏(北星学園大学)の私信による。

参考文献

小林ミナ(2017)「「状況から出発する」アプローチ」『早稲田日本語教育学』22、pp. 101–113 小林ミナ(2016)「複言語・複文化時代の日本語教育における日本語教師養成」本田弘之、松田真希

子(編)『複言語・複文化時代の日本語教育』凡人社、pp. 135–162

(こばやし みな 早稲田大学大学院日本語教育研究科)

参照

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