多対多敵対的論争状況
• 本発表で提案するのは一種の理念型として
の論争状況
– 論争状況
• 敵対的論争状況vs. 協力的論争状況
• 多対多論争状況vs. 非多対多論争状況
– 多対多敵対的論争状況
• 論争そのものの記述的理念型と「正しい論
争」の規範的理念系を混同しないことは大事。
– どちらも理念型だが正当化の条件が全く異なる
論争状況
• 意見の食い違う人々がお互いの主張を吟味しあ
う作業が行われている状況
– 事実に関する意見の違い:「症状Zと薬剤Yに因果関
係がある」「因果関係はない」
– 価値に関する意見の違い「致死率の高い疾病を予防
できるなら予防した方がよい」「どちらでもよい」
– 総合的判断の違い:「薬剤Yの使用は当面見合わせ
るべき」「見合わせる必要はない」
• 「吟味」はここでは理性的な検討から難癖に類す
るものまで含む広い意味で用いる。
規範的理念型と記述的理念型
• 論争の規範的理念系において論争における吟
味は意見の食い違いの原因の特定を目指す。
– 意見の食い違いの原因が特定されたのち、食い違い
の擦り合わせが行われる
• 記述的理念型においても意見の食い違いの原
因は存在する
– 原因の特定や擦り合わせが目指されるとは限らない
• 今回主に考察するのは記述的理念型としての論
争状況
意見の食い違いの原因の類型
• 意見の食い違いの原因はお互いに影響しあう4
つのカテゴリーに分類できる(補足スライド
1-4)
– 言葉の使い方についての食い違い
• 定義、典型例の想定、適用範囲等
– 事実関係についての食い違い
• 誰が何を言っているか、統計的事実、将来予測等
– 価値についての食い違い
• 規範、ものごとの優先順位、許容できる過ち
– フレーミングの食い違い
• 問題の基本的枠組み、検討範囲、立証責任、許容される推
論
伊勢田ほか編
(2013)『科学技術をよく考える』名古屋大学出版会 pp.98-100
意見の食い違いを大きくする心理的
仕組み
• 代表性発見法(ヒューリステイクス):代表的だと思うものを多く見
積もる→何が代表的かの意見の違いが事実判断の差、フレーミン
グの差へ
• 利用可能性発見法:すぐ思いつくものを多く見積もる→経験の差が
事実判断の差、フレーミングの差へ
• 保守性バイアス:一度形成した意見はなかなか変わらない→出発
点の違いが事実判断・価値判断の差へ
• 正常性バイアス:異常事態が生じたときに、正常な状態をよく知っ
ている人ほど事態の異常性を小さく評価する→事前知識の多寡が
将来予測の差へ
• 観察の理論負荷性:事前の想定にそぐわないものがノイズとして
無視される→フレーミングの差が事実判断の差へ
• 認知的不協和の回避:最初の態度決定を合理的なものとするよう
に後続の情報が処理され、後続の態度決定がなされる→フレーミ
ングの差が事実判断、価値判断の差へ
架空事例への適用
• 重篤な症状Zの具体例から出発すると、ZとYの前後関係が
クローズアップされ利用可能性発見法が働きやすくなる。Y
とZの因果関係を前提として責任を追求するというフレーミ
ングへ
• 薬剤Yの専門家の観点からは正常性発見法が働きやすく
なる。新たな副作用を主張する側に専門家も納得するレ
ベルでの立証責任を求めるフレーミングへ
• 予防しないという「不作為」によって疾病Xを発症させること
は許容されるか(義務論vs. 功利主義)。困っている人を目
にしたら帰結や義務はさておいてもその人に寄り添って考
えるのが人としてあるべき姿ではないか(徳倫理vs.行為中
心的倫理)。これらの価値観の差もフレーミングの差につ
ながる
食い違いの洗い出しと解消
• 言葉の使い方についての食い違いは話しているうち
に気づくことが多く、気づいてみれば実質的な意見の
違いがなかった、ということはよくある。
• 事実判断の違いは比較的容易に確認できるものもあ
る(調べれば分かること、単なる思い違いなど)。
– 「発見法」の違いによる認識の差は、そうした心理メカニ
ズムの存在を共有できれば擦り合わせ可能
– 将来予測などについては「相手の見方も十分ありうる」こ
とくらいは期待できる
– 誰が信用できるかについての食い違いは他の事実判断
に広く影響する重要な食い違いだが、経験的には解消は
非常に困難
食い違いの洗い出しと解消
• 価値判断の違いは、導出的価値判断について
は事実認識の違いに回収可能。
– 帰結主義、義務論、徳倫理など、判断の根本的視点
がずれている場合、合理的な吟味の方法は非常に
限られる(普遍化可能性テストなど)
– 相手の話をきいているうちに相手の価値観に納得が
いくことは実際にある
– お互いのずれが価値観のずれであることが分かれば、
(規範的モデルとしては)異なる価値観の人々がどう
やって共存するか、という問題設定へ移行することが
可能
食い違いの洗い出しと解消
• フレーミングの違いについて、「どのフレーミング
から問題を見るべきか」を合理的に吟味するの
は非常に難しい
– 事実認識の場合と同じく、そのフレーミングに到達す
るプロセスでさまざまな「発見法」が使われていること
が共有できれば、お互いのフレーミングを相対化する
ことは(規範的には)可能
– 場合によってはお互いのフレーミングを包摂するよう
なより包括的なフレーミングという形で対立は解消可
能(お互いが重視する事実や価値をすべて重要だと
みなす、検討範囲を広くとる、等)
食い違いの解消の前提
• ほとんどの「意見の食い違い」は複雑な食い違
いの組み合わせ。
• 「Yの集団投与は中止すべき」と言っている人(Aさん)がい
たとして、その人がどういう根拠から何を主張しているのか
については無数の可能性があり、「Yの集団投与を継続す
べき」と主張するBさんとどこで食い違っているかも無数の
可能性がある。
– AさんはそもそもYの副作用についての国際的知見を知らないの
かもしれないし、知った上で予防原則を適用しているのかもしれ
ないし、知った上で既存の研究を信用していないのかもしれない
し、認知的枠組みのせいでそうした知見がノイズとして処理され
ているのかもしれないし、疾病の予防に価値を見いださないとい
う価値観の持ち主かもしれないし、そもそも「集団投与」という言
葉で全く違うものを指しているのかもしれないし……
– 比喩的に言えば、式の数より変数の数の方が多く、しかも変数
の関係が複雑に入り組んでいる
食い違いの解消の前提
• 正確にどこが食い違っているか明確にするには、協力
的態度が不可欠
– 相手の求めに応じて自分の立場表明の背景を説明する
– お互いに自分の方が正しいということを前提しない
– 異なる考え方のさまざまな可能性に対してお互いに想像
力を働かせる
– 一致できない問題についても、意見の違いがある中でど
ういう合意をとるか、という方向で協力的に考える
• 食い違いの発見とすりあわせは時間がかかる作業で
もあるので、お互いへ時間的リソースを投資すること
をいとわないことも重要
架空事例への適用
• 「薬剤Yは症状Zの原因である」「薬剤Yの集団投与は中止されるべ
き」という点について一歩もゆずる気がない論者にとって、以下の
ような主張をする論者は「敵」であり、相手の指摘にあわせて自分
の見解を修正することは「負け」となる。
– 「薬剤Yは症状Zの原因ではない」「薬剤Yが症状Zの原因だという十分
なデータはない」「薬剤Yは症状Zの原因ではない可能性もある」等々
– 「薬剤Yの集団投与は継続されるべき」「薬剤Yの集団投与は事実関
係を確認するまで停止して再開されるべき」「薬剤
Yの集団投与は中
止されるべきとは限らない」等々
• 「薬剤Yは症状Zの原因ではない」「薬剤Yの集団投与は継続される
べき」を出発点として同じような態度をとる論者も当然存在しうる。
敵対的態度をとるかどうかと主張内容は一応独立。
論争相手の過小評価
• 相手の知的能力を自分より下だととらえる
– 正しい結論に達しないのは相手が正しい推論ができてい
ないからと考える
• 相手の持つ情報を自分の持つ情報の真部分集合と
みなす
– 自分と相手の事実判断が食い違うのは相手が自分の
持っている情報を持たないからだと考える。
– 科学コミュニケーションでよく出てくる「欠如モデル」はこれ
の特別な場合
• 相手の人格を自分より下だと捉える
– 相手が自分と異なる規範的主張をするのは隠れた利己
的な意図があるからだと考える、など
敵対的論争と過小評価
• 敵対的であることと相手の過小評価は独立の事
象だが、相互に影響しうる(おそらく認知的不協
和を除去するために)
– 相手の知的能力、情報、人格が自分より下であるた
めに食い違っているのなら、当然相手に譲歩する必
要はないし、譲歩するのは負け、というのも分からな
くはない。
– 相手に過小評価された側も、過小評価に反発して敵
対的態度をとるようになるかもしれない。
– 逆に敵対的論争を遂行する上では、相手が自分より
全面的に劣っていると主張する方が自分の非妥協的
態度を正当化しやすい。
多対多論争
• 多様な立場の一群の人々が一斉に非特定的な
論争的情報発信(自分の立場の主張、他の発言
者の主張の吟味や論難)を行い、情報の流れの
整理や論争全体の統御が行われていない状況、
と定義
– 「非特定的」:そのグループの中の誰にあてた情報
発信であるかが必ずしも明確でないような情報発信
– 古典的な集団討論は一時に一人しか発言できない
形で統御され、発言の非特定性も低くなるため、この
意味での多対多論争ではない
多対多論争状況は何をもたらすか
• 論争状況そのものについての事実認識、フレーミングのず
れ
– その問題についてどういう「陣営」が存在するか
– それぞれの陣営における共通見解は何か
– 自分のまわりで発言している個々の人はそのうちのどの陣営
に所属するか
– それぞれの陣営の勢力はどのくらいか
→代表性発見法や利用可能性発見法の働く余地が大きい
• 個々の発言の解釈のずれ
– どの発言がどの発言に向けられているか
– その発言はどういう基本的立場を前提として行われているか
– それは本発表で言う意味で「敵対的」なのかそうでないのか
架空事例への適用
• 「集団投与をやめるべきだ」という人の典型例につい
ての事前のイメージやたまたま目にした印象の強い
発言は、その「陣営」の典型的主張や人数比などの推
定に大きく影響するだろう(代表制発見法、利用可能
性発見法)
– 「やめるべきだ」という主張があまりに多すぎるからバラン
スをとるために「続けるべきだ」と主張する、など、この状
況認識はその論者の行動にも影響すると思われる
• 「集団投与を続けるべきだという人がいるがそいつはZ
の症状の苦しみを何も分かっていない」というような発
言があったとき、それを見た人が自分に当てられた発
言だと解釈し、「わたしはZの症状がつらいことはよく
分かった上で言っているのに」と思うかもしれない。
多対多敵対的論争状況
• ここまで考察してきた効果の相乗効果
– 多対多論争状況においては、論争相手の過小評
価が加速する可能性がある
• 論争相手を過小評価する傾向がある人には、自分と
対立する「陣営」と見なした発言者たちの中でも知的
能力、情報量、人格などの面で特に劣っていると思わ
れる相手が目立って見え、それが「敵陣営」全体を代
表するように思えるかも(認知的不協和の回避と代表
性発見法や利用可能性発見法の組み合わせ?)
論争状況での科学コミュニケーション
• まず、「論争状況」であるということ自体から導け
る注意点がある
– 論争者があなたが伝えようとしている情報を知らない
ように見えても、知らないのではないかもしれない。
– 論争者がどのような筋道でその情報を無視している
かを探り出さないとその相手に対してどういう情報を
提供するべきかも見えてこない。
• たとえば「専門家は信用できない」という事実認識から専門
家の提供する情報を無視するという態度が出てきているな
ら、「専門家は信用できる」という情報を提供する、など
敵対的論争状況で
• 論争者がここで言う意味で「敵対的」な論争を
行っているように見えるとき(ゼロサムゲームとし
て論争を行っているように見えるとき)
– 意見を変えることが失点だと思っている人に対しスト
レートな情報提供はあまり意味がない
– 意味のある情報提供のためには、提供のしかた自体
を工夫する必要がある
– 生産的な情報提供のためには、自分も状況をゼロサ
ム的にとらえてしまっていないか(非専門家の立場に
理解を示すことが負けだと思ってしまっていないか)
振り返りながら進む必要がある
多対多状況で
• 多対多論争状況で追加で気をつけるべきこと
– 不特定多数に対して漠然と情報提供したつもりが特
定の個人に対する反論や攻撃ととられることもありう
るので注意が必要
– 多対多状況の中の特定の誰かに情報提供しようとし
ている場合、相手が論争状況をどうとらえているか、
自分から見て論争状況がどう見えているかという意
見交換は先にした方が不幸な誤解を生まない
– 「陣営」の一人としてではなく、相手が自分で発言して
いることをベースに相手がどういう思考のプロセスを
たどっているかを推測しないと、大きな間違いを犯す
可能性がある
補足スライド2:事実認識の違い
• 誰が何を主張しているかについての違い
– 不注意
– 協調原理を使って実際の発話から「言おうとしている
こと」を導出するプロセスでずれが生じる
• 現在の事実関係についての違い
– 調べればすぐ分かるものvs.調べるのが困難なもの
– 持っている情報のずれから導かれる結論のずれへ
– 誰が情報提供者として信頼できるかについてのずれ
• 将来予測の違い
補足スライド3:価値判断の違い
– 基礎的価値判断
vs.導出的価値判断
• 基礎的価値判断は同じでも事実認識の違いから導出的価
値判断がずれることはある
• 基礎的価値判断:リベラルvs. 保守、帰結主義vs.義務論vs.
徳倫理学
– 許容できる過ちについてのずれ
• 「過ちなのだからどこまでも追及すべき」、という人と「許容
できる過ちだからそこまで追及しなくても」という人のずれ
– 価値判断とはそもそも何かについてのずれもある?
• 主観主義vs.客観主義
補足スライド4:フレーミングの違い
• その問題をどういう問題としてとらえるか(基本的な対立構図、主
要な事実関係、主要な価値や利害、問題の範囲)
• 何が動かせない所与とするか
– 「電力の安定供給」を動かせない所与として扱うかどうかで電力政策
問題の捉え方が異なる
• 誰に立証責任があるか
– 害があることもないことも立証が難しい場面で、「害がある」という主
張に立証責任があるか、「害がない」という主張に立証責任があるか
• 許される推論
– 対人論法、事例からの推論、権威からの推論等をどういう場合に認
めるのか、まったく認めないのか
– 統計的相関から因果を推定することはどういう場合に許されるか、
まったく許されないのか
• 形而上学・認識論等のレベルでのずれ
– そもそも「事実」は存在するか、など
補足スライド5:論争プロセスの
ABS化
のためのスケッチ
• 世界は議論対象領域と討論エージェント集合からなる
• 個々のエージェントは初期状態で語彙集合、定義集合、事実判断集合、価値判
断集合、フレーミング原理集合を持つ
• 個々のエージェントは議論対象領域からランダムにいくつかの「事実関係」を学習
し、価値判断集合とフレーミング原理集合に基づいて事実関係の重要度のランク
付けを行う
• 個々のエージェントは発見法を用いて事実判断集合をアップデートする
• 個々のエージェントはフレーミング原理集合を用いて重要な事実関係と価値判断
を組み合わせて立場表明を行う
• エージェントはお互いの立場表明の内容をチェックし、自分の判断集合と矛盾す
る内容の立場表明を行ったエージェントと「論争状況」に入る
• 各エージェントは自分と論争状況にある他のエージェントへ「質問」か「指摘」を行
う。
• 各エージェントは質問に対しては対応する判断を「立場表明」し、指摘に対しては
自分の事実判断、価値判断の集合を一定のルールに従ってアプデートする
• Etc.