張し その彼の姿勢に対してノーベル平和賞が贈られた 新しいアメリカを求めていたのはアメリカ国民だけではなく 国際社会も同じであったのである この様に それまでのアメリカとは違う道を歩もうとするオバマ大統領を評価する声が高まっているが 果たして彼が掲げる方針は本当に新しいアメリカなのか ということを今

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アメリカの核政策は本当に変化したのか? ―オバマ大統領による核外交の再検討― 伊藤 実希 <目次> 第一章 はじめに 第二章 アメリカの核政策 第一節 冷戦後のアメリカ核政策 第一項 HW ブッシュ大統領 第二項 クリントン大統領 第三項 GW ブッシュ大統領 第二節 オバマ大統領の核政策 第三章 歴代大統領とオバマ大統領の政策の比較 第一節 GW ブッシュ大統領 第二節 クリントン大統領 第三節 HW ブッシュ大統領 第四章 結論 第一章 はじめに 2008年、アメリカ国民はその年に行われる大統領選挙に対して様々な希望を抱いて いた。2000年から続いたブッシュ政権には国民は幻滅していたのだ。というのも、ブ ッシュ大統領が始めたイラク戦争は泥沼化し、景気対策などの国内政策も失敗ばかりだっ たからである。国民は新しい道を切り開いてくれる大統領を求めていた。そのような国民 感情が高まる中で選ばれたのがオバマ大統領である。 新しい大統領は、その国民の期待に答えているかのように見える。国内においては、賛 否両論ではあるが、国民保険制度を新たに導入しようと試みている。そして外交面でも就 任演説でそれまでブッシュ政権が行ってきた卖独行動を批判し、諸外国と協調して世界を 主導する方針を掲げた。2009年4月5日のプラハ演説では「核兵器のない平和で安全 な世界を追求するというアメリカの公約を、明白にそして確信を持って明言します」と主

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張し、その彼の姿勢に対してノーベル平和賞が贈られた。新しいアメリカを求めていたの はアメリカ国民だけではなく、国際社会も同じであったのである。 この様に、それまでのアメリカとは違う道を歩もうとするオバマ大統領を評価する声が 高まっているが、果たして彼が掲げる方針は本当に新しいアメリカなのか、ということを 今一度問う必要がある。ブッシュ政権後であるがために新しく見える可能性も否めない。 このセミナーペーパーでは、オバマ大統領の核政策に焦点を当て、その政策は果たして真 に新しいものかどうかを考察する。 具体的には、はじめに冷戦後のHW ブッシュ大統領、クリントン大統領、 GW ブッシ ュ大統領、そしてオバマ大統領の核政策について述べた後、それら政策の比較をする。そ の後、比較で得た結論に対する評価を行う。もし真に新しい、と結論づけられるのであれ ば、なぜオバマ大統領はそのような政策を選んだのか。もし以前と同様、と考えるのであ れば、以前その政策が行われた際と現状はどのように違うのか、そしてどのように違う効 果を期待できるのかについて述べたい。最後にまとめとして今後の展望や課題についても 言及する。 第二章 アメリカの核政策 第一節 冷戦後のアメリカ核政策 第一項 HW ブッシュ大統領 HW ブッシュ大統領は、当選当時から前任のレーガン大統領とは異なる外交政策を掲げ ることを強く意識していた。冷戦が終わった国際社会で、アメリカは唯一のスーパーパワ ーとなり、どのような安全保障戦略を打ち出すかが大きな課題となったのだ。ブッシュ大 統領は1989年5月の演説で冷戦後の新たなビジョンを提示した際に、対ソ封じ込み政 策の成功をふまえた上で、封じ込めを超えてソ連を国際社会に統合するという新たな目標 を提起したのだ。米ソは1991年7月にSTART I 条約1に調印し、ブッシュは同年9月に 更に一連の核軍縮イニシアティブを発表し、戦略核の一方的大幅削減と地上及び海上発射 の戦術・戦略核の全廃を提案した。ここで注目すべきことは、経済再建のためにも軍縮を 進めたい当時のソ連大統領、ゴルバチョフは戦略兵器削減についてアメリカの提案を上回 る削減を逆提案し、米ソ間の「軍縮競争」が行われたことだ。この競争はブッシュ政権末 期まで続き、結果として1993年1月に両国の戦略核兵器を3000〜3500発へと 大幅に削減するSTART II 条約の調印が行われた。

1 保有する戦略核弾頭数の上限を 6000 発、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道 ミサイルなど戦略核の運搬手段の総計を1600 機に削減する、というもの。

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また、核拡散防止条約(Nuclear Non-Proliferation Treaty : NPT)の重要性も父ブッシ

ュは強調していた。例えば、NPT 発効20周年の1990年の声明では、NPT は核拡散を 防ぐ主要な法的措置及び国際安全保障の主要な基盤をなすものであり、アメリカはNPT に 加わっていない国が締約国になるのを促すとともに、NPT による結束を確かなものにする ことが必要と考える、と主張した2 HW ブッシュ大統領はビジョンに欠けていた、という批判がしばしば出るが、実際には ブッシュ大統領は湾岸戦争をきっかけに「新世界秩序」のビジョンを示した。その指針で は法と秩序が尊重される世界が描かれ、侵略への国際社会の共同対処に主眼があった。ま た、主軸としてはアメリカのリーダーシップの下での国連による集団行動、そして主要国 による協力と負担が掲げられていた。更にブッシュはこの様に多国間協力を外交の基本と した上で、「自由な政府」と「自由な市場」が拡大することの重要性も強調した。たしかに、 主権国家間の争いである湾岸戦争をモデルとしたこのビジョンはこの時代の後に増加する 内戦型の複雑な紛争には当てはめることは難しいかもしれないが、ウィルソン以来のアメ リカ外交の中心的理念の一つであった集団安全保障をある程度現実化した点に関しては評 価に値するだろう。 第二項 クリントン大統領 クリントン大統領は、多国間条約や外交政策を主軸とする不拡散方式による拡散防止政策 を重視する、という基本的な姿勢はHW ブッシュ政権から変えなかった。たしかに、彼は アメリカ史上初めて拡散対抗措置3を公式に導入した。しかし、あくまでも主軸となるのは 拡散防止政策であり、拡散対抗措置は従であるという位置づけだった。クリントン政権の この基本姿勢はホワイトハウスが2000年12月に発表した “A National Security

Strategy for a Global Age”4に明確に示されている。そこでは、戦略の要として国際環境の

改善と危険への対処を挙げているが、前者では冷戦後の二極化した世界において同盟国の 順応と、以前の敵国を含むその他の国の新たな方向付けを重視している。また、国際環境 の危険に関しては地域の潜在的な侵略者の対策を重要事項として掲げ、「アメリカは、可能 であれば同盟国と共に、大規模で越境する侵略を阻止あるいはそれが無理であれば破る能 力が必要である」と述べている。

2 吉田文彦(2009)『核のアメリカ―トルーマンからオバマまで』岩波書店、169 頁 3 大量破壊兵器の開発や製造を探知、破壊、無力化し、それによる攻撃を迎え撃つ兵器を開 発し、その攻撃から生じる被害を限定する方法

4 "A National Security Strategy for a Global Age." The White House. The White House,

Dec. 2000. Web. 12 Jan 2011.

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また、クリントン大統領の攻撃的なアプローチを避ける姿勢は彼の就任当時の方針とし てすでに現れていた。彼は就任演説において、「民主主義と人権擁護という国際社会の意思 と善意が挑戦を受けた場合、通常の場合は平和的外交手段を用いて、そして必要な時には 軍事的手段を用いて、我々は断固行動する」と述べている。つまり、他国に介入すること は対外政策の目的ではなく、アメリカの国益を守る手段としてしか用いらない、と主張し たのだ5 核問題に対する具体的な姿勢としては、以下の様な特徴が挙げられる。まず、NPT に関 しては、クリントン大統領は NPT を軸とする核不拡散体制の重要性を強調し、NPT を活 用しながら核拡散を防ぐ戦略を取った。1995年に行われた条約の延長と、その期限を 決めるNPT 再検討・延長会議では、クリントン政権は国際社会のコンセンサスを得る形で、 NPT を無期限・無条件で延長させる事を狙いとしていた。核保有国と非保有国の間で激し い議論が行われた結果、無期限延長が決まったことはアメリカにとって大きな成果であっ たと言えるだろう6。そして、クリントン大統領自らも大統領声明の中で全世界の NPT へ の参加の促しがアメリカの役割であると主張している7

そして、包括的核実験禁止条約(Comprehensive Nuclear Test Ban Treaty : CTBT)に 関しても、クリントンは「軍縮市場において最も長く待望され、最も厳しい戦いの末に獲 得された賞である」と自負し、1992年以来の核実験を行わない約束を続けると宣言し た。また、大統領声明ではCTBT を通して国際社会における核実験の全面的禁止を実現さ せる目標を今後も目指すことを表明している8 第三項 GW ブッシュ大統領 GW ブッシュ政権下においてアメリカの核政策はクリントン大統領時代から大きな変化 を遂げたと言えるだろう。前述したように、クリントン時代では不拡散方式が主軸であり、 拡散対抗措置はあくまでも従たるものであった。しかし、ブッシュ大統領の下では拡散対 抗措置で対処する方針が全面的に打ち出されたのである。条約の力に頼る不拡散方式の有 用性は認めたものの、もし条約で拡散を防げなかった場合には、軍事的手段を使ってでも 大量破壊兵器の脅威を排除する必要がある、という戦略をブッシュは打ち出したのだ9。米

5 Clinton, Bill. "First Inaugural Address." 21 Jan. 1993. Address.

<http://clinton.thefreelibrary.com/Bill-Clintons-Inaugural-Address>.

6 吉田文彦(2009)『核のアメリカ―トルーマンからオバマまで』岩波書店、175 頁

7 "President Clinton's Statement on NPT & CTBT." The White House. 6 Mar. 2000.

Presidential Statement. The Acronym Institute, 6 Mar. 2000. Web. 12 Jan 2011. <http://www.acronym.org.uk/dd/dd44/44clin.htm>.

8 Ibid.

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国国防大学拡散対抗措置研究センター教授のジェイソン・エリンスによると、この政策変 更は「不拡散の努力が大量破壊兵器の拡散防止に失敗したことに起因する」ものであり、「不 拡散政策だけで、将来にわたって存在し続ける脅威に対応できるとは信じられなくなった」 ことの帰結である。この結果として、いかに拡散を防ぐか、という焦点ではなく、拡散が 実際に起きた場合の安全保障対策をいかに行うか、という点が重視されるようになったの だ。 ブッシュ大統領のこの政策変更は特に同時多発テロ後に顕在化したが、9.11 テロ以前に も兆しは見えていた。2001年1月の政権発足の時点から、ブッシュ政権は不拡散方式 を軽視する傾向があった。というのも、国際協調による軍縮・不拡散を進める多国間主義 に消極的な姿勢を鮮明にし、卖独行動主義の色彩を強めたからである。 9.11 テロ後に発表されたブッシュ・ドクトリンでは、拡散対抗措置支持の方針がより鮮 明になった。ドクトリンが最初に明らかにされた2002年6月の米国陸軍士官学校の卒 業式での演説では、「化学、生物、核兵器や弾道ミサイル技術の拡散が起きてしまえば、弱 い国や小さい集団でさえ、大きな国を攻撃する破滅的なパワーを得ることになる。アメリ カの敵対者はアメリカやその友好国を脅し、痛めつける能力を欲しているが、全力でこれ に対抗していく」と述べた上でブッシュは、「20世紀の大半、アメリカの防衛は冷戦時代 の抑止と封じ込め戦略に頼ってきた。今なお、その戦略が適用できる場合もあるが、新し い脅威には新しい発想が求められる。(先制攻撃した)国家に対して大量報復で反撃する戦 略で相手の行動を押さえる抑止は、守るべき国も国民もないテロネットワークには無意味 である。常軌を逸した独裁者が大量破壊兵器をミサイルに搭載して発射するのを封じ込め たり、独裁者がこっそりとそれらの兵器を仲間のテロリストたちに供給するのを封じ込め たりする事は不可能である」との認識を示した。そして、このような時代においては国家 安全保障政策として必要であれば先制攻撃に打って出る決意が必要だと主張したのである 10。このような核拡散対抗措置が実行に移されたのがイラク戦争だと言えるだろう。 また、ブッシュ大統領はCTBT 拒否の姿勢を貫いた。大統領選挙の期間中から、ブッシ ュはCTBT 反対の意を明らかにしていたが、その背景には大統領補佐官となったコンドリ ーサ・ライスの意見の影響があったと思われる。彼女は、ブッシュ政権発足直前に『フォ ーリン・アフェアーズ』に掲載された論文で、以下の様に述べている。「多国間協定や国際 機関の支援そのものを目的としてはならない。たしかに強力な同盟関係を持つ事はアメリ カの国益に合致するし、国連その他の国際機関や、周到に準備された国際協定によってア メリカの国益を促進することもできる。だが、クリントン政権は多国間協調型の問題解決

10 Bush, G.W. "Graduation Speech at West Point." Graduation Exercise of the United

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に躍起となるあまり、アメリカの国益に反するような協定に署名することもあった。」ライ スはCTBT を「悪しき条約」と言い切り、反対派としての意見を主張したのだ11 しかし一方で、ブッシュ大統領の外交方針が冷戦後のアメリカ外交において全く新しい ものではないと言うことも可能である。ブッシュ・ドクトリンでは拡散対抗措置以外にも、 国際的な取り決めや枠組みがアメリカの国益に反すると判断した場合にはこれに協力せず、 卖独行動をとる態度が明らかに現れていたが、この卖独行動主義はブッシュ政権が初めて 掲げたものではない。もともと、アメリカは伝統的に、多国間同盟による拘束、束縛を受 ける事なく外交を展開してきた。むしろ、多国間の安全協力に依存する必要があった冷戦 時代が例外だったのである。実際に、クリントン政権は対人地雷全面禁止条約に調印せず、 京都議定書に関しては調印したものの、その履行に消極的な姿勢に転じた12。卖独主義はブ ッシュ政権で顕著になったが、必ずしもその方針はブッシュ独自のものとは言えないので ある。 第二節 オバマ大統領の核政策 以上の様に歴代の大統領は核問題に対応してきたが、オバマ大統領は具体的にどのよう な核政策を掲げているのだろうか。以下で彼の方針を検討したい。 核に対するアプローチが世界中に知れ渡るようになったのは、彼が行った2009年4 月5日のプラハ演説がきっかけと言えるだろう。そこで彼は、「核兵器のない平和で安全な 世界を追求するというアメリカの公約を、明白にそして確信をもって明言します」と述べ た。しかし、そのような理想論を述べるだけではなく、同時に現実主義的な発言も彼はし ている。核廃絶が長い道のりであることを踏まえて、核兵器が存在する限り、アメリカは 自国と同盟国のために核抑止力を維持する、と演説の中で言ったのだ13 オバマ大統領がプラハ演説で示した核の危険を減尐させ、核兵器のない世界を実現する ための具体的な政策は2010年4月6日に公表された『核戦略の見直し』(Nuclear Posture Review: NPR)で説明されている。この文章では5つの主要な目標が掲げられてい る。核の拡散防止と核によるテロの防止、アメリカの核戦略におけるアメリカの核兵器の 役割の減尐、核戦力を削減しても戦略的抑止力と安定性を維持すること、地域における抑 止の強化とアメリカの同盟国への再保証、そして安全・安定的・効果的な核兵器保有の維 持である14。全体を通しても、核拡散防止体制が強調され、非戦略的核兵器等も含めて削減

11 吉田文彦(2009)『核のアメリカ―トルーマンからオバマまで』岩波書店、183 頁 12 佐々木卓也編(2009)『戦後アメリカ外交史』有斐閣(有斐閣アルマ)、256 頁 13 砂田一郎(2009)『オバマは何を変えるか』岩波書店

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することを推進するなど、「核なき世界」の実現に向けてアメリカが政策面から変わろうと していることが読み取れる。 また、オバマ大統領はNPT の重要性も認識している。2010年3月5日、NPT40周 年を記念したスピーチでは彼は「今春の運用検討会議、そしてその後も私たちは同盟国と 協力しNPT の強化、そして各国の権利と義務を実施する。世界はこれ以上の拡散と地域的 な軍備競争に耐えられない」と述べている15 CTBT も、NPR で批准することが目標の 一つとして掲げられている。 オバマ大統領の現時点での功績として特に注目すべきものは2010年4月に合意に至 ったロシアとの新START だろう。この条約は米露ともに核弾頭、そしてミサイルや潜水艦 などの運搬手段を大幅に削減することが内容に盛り込まれている。核軍縮を目指すアメリ カはもちろん、この提案はロシアにとっても歓迎できるものであった。というのも、ロシ アは冷戦時代の兵器や武器を大量に抱えており、その維持や解体に膨大な費用がかかって いるからだ16。この合意が今後どの程度効果を発揮するかは未知数であるが、「核なき世界」 というオバマ政権の掲げた目標実現への大きな一歩だと言えるだろう。 第三章 歴代大統領とオバマ大統領の政策の比較 以下ではオバマ大統領の核政策が果たして真に新しいものなのか、について考察したい。 評価の仕方としては、各政策の目的、具体的な内容、そして大統領及び側近の専門家の信 条という四点から類似点そして相違点を検討していく。 第一節 GW ブッシュ大統領 まず、以上の考察からもオバマ大統領と政策の違いが明らかと言えるのはGW ブッシュ 大統領であろう。ブッシュ大統領の多国間条約を軽視する傾向や核政策についても拡散対 抗措置を軸としており、オバマの志向との相違点が目立つ。今回の考察においては歴代大

<http://www.defense.gov/npr/docs/2010%20Nuclear%20Posture%20Review%20Report.p df>.

15 Obama, Barack. "Statement by President Obama on the 40th Anniversary of the

Nuclear Nonproliferation Treaty." The White House. 5 Mar. 2010. Speech.

16 「 米 ロ が 核 軍 縮 条 約 合 意 、 ロ シ ア が 歓 迎 の 理 由 」( 日 テ レ News24 )

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統領とオバマ大統領の類似点の比較をすることが大きな目的のうちの一つであるため、GW ブッシュ大統領についての詳しい言及は必要がないと思われる。 第二節 クリントン大統領 クリントン大統領は、大統領選中に「アメリカファースト」を掲げブッシュ大統領に勝 ち、経済面でのアメリカの自信回復を図ろうとした。しかし、この事からクリントンは孤 立主義者であった、と結論づけられるわけではない。彼は「クリントン・ドクトリン」を 打ち出し、アメリカには平和と民主主義を広める使命があると考えた。この考え方はウィ ルソン大統領と同様に理想主義的17であると言えるだろう。オバマ大統領も「核廃絶」とい うスローガンのみを評価するのであれば理想主義者であるように思えるが、実際には彼の 主張は核廃絶のみを呼びかける端的なものではなく、核兵器が存在する限り、自国と同盟 国のために核抑止力を維持する必要性も認識している現実的な方針である。この個人の信 条における違いはこの二人の大統領の類似点を模索するにあたり決定的な相違点であり、 GW ブッシュ大統領と同様に更なる考察は必要ないと言えるだろう。 第三節 HW ブッシュ大統領 ここで、特に注目する必要があるのがHW ブッシュ大統領の核政策だ。確かに、オバマ とブッシュ・シニアはそれぞれ民主党、共和党と政党こそ異なるものの、政策面では似て いる部分が多々ある。まず、時代の背景としても、HW ブッシュ大統領は冷戦終盤という 外交上非常に重要な時期に大統領に就任し、1989年にマルタ会談を経て冷戦の終結を 宣言したが、オバマ大統領も同様にイラク戦争、アフガニスタン戦争というアメリカに大 きな影響を与えた戦争の最中に就任し、イラク戦争に関しては2010年8月31日に終 戦宣言を発表した。オバマ、ブッシュ政権共にアメリカのその後の外交方針や国際社会で の立ち位置を決めるターニングポイントであったと言えるだろう。 また、双方とも国際社会におけるアメリカの理想的な立ち位置として、卖独行動主義で はなく、他国との協力を主軸とした多国間協力方針を掲げている。前述した様に、ブッシ ュ大統領が「新世界秩序」のビジョンで主張した法の秩序の重要性はオバマ大統領のノー ベル平和賞受賞に際して行ったスピーチにもちりばめられている。「アメリカだけではなく、 いかなる国家も自らが法を守らないのであれば、他国にその法を守れと言うことはできな い。私たちが法を守らなければ、私たちの行動は恣意的に見え、将来の介入がいかに正当

17 キリスト教的な倫理観や人類愛に基づく思想。人類は戦争よりも平和を好むという信念 に基づいている。一つの国家が卖独で行動するよりも、国際機関などを通じた多国間アプ ローチによる集団的安全保障が有効。

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化されようと、その正統性を弱めてしまうことになる」と彼は述べている18。具体的な政策 内容に関しても、父ブッシュ政権時代にSTARTI, II といったソ連との軍縮条約が結ばれた ことに対して、オバマ大統領は新START をロシアと結び、更なる軍縮を実現しようとして いる。NPT を非常に重視している点も二人の類似点と言えるだろう。 では、なぜこの様に政党が違うにも関わらずこの二人の大統領は類似する政策を打ち出 したのだろうか。その大きな理由は側近の専門家、そしてオバマとブッシュ個人の信条に あると考えられる。ブッシュ大統領の外交顧問であった現実主義者であるブレント・スコ ウクロフトはオバマ大統領とも密な関係を持っている上に、現在のオバマ大統領の国防長 官であるロバート・ゲイツはもともとスコウクロフトの下で国家安全保障副顧問を務めて いた。特に、オバマが2002年10月2日にシカゴで行ったスピーチの内容からはスコ ウクロフトの意見と似ている側面が多々伺える19。オバマは、イラク戦争は「イデオロギー 的である」と批判した上で、「未定の長さ、未定のコストが必要とされ、未定の結果がもた らされる」と主張した。また、「中東の炎を煽り・・・アルカイダの傭兵育成を強化させる」 20と注意を促している。そして、この内容はスピーチが行われる6週間前にスコウクロフト がウォールストリート紙で発表した記事の主旨と一致している。記事の中でスコウクロフ トは、イラク侵攻は「大規模及び長期的な軍事的占領がその後必要となるだろう」と述べ ているのだ21 また、個人的な信条としても、ブッシュそしてオバマ大統領ともにリアリスト22である。 オバマ大統領がリアリストであることは前述した通りだが、ブッシュ・シニアに関しても、 イラク軍がクウェートを占領した際には国連安全保障理事会にて武力行使を含めた「あら ゆる必要な手段」を取る権限を与える安保理決議678号の採択のため、積極的に働きか けた。またSTART の調印など、ソ連との協調関係を築き上げる中でも、その背景には理想 主義的な倫理観や人類愛に基づく動機ではなく、無駄な軍費削減といった現実的な思惑が

18 Obama, Barack. "Nobel Lecture." The Nobel Peace Prize 2009. The Nobel Prize. Oslo,

Norway. 10 Dec. 2009. Lecture.

19 Dionne, E. J. Jr. "Obama's Realist Worldview Recalls George H.W. Bush."

Washington Post. 28 Nov. 2008. Web. 03 Nov. 2010.

<http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/11/27/AR2008112702048. html>.

20 Obama, Barack. "Against Going to War with Iraq." Chicagoans against War in Iraq.

Federal Plaza, Chicago. 2 Oct. 2002. Speech.

21 Scowcroft, Brent. "Don't Attack Saddam." Wall Street Journal. 15 Aug. 2002, Print.

22 外交政策におけるリアリスト、すなわち現実主義者とは、国家の究極的な第一目標は生

存だという考えを持つ者のこと。この目標のためには軍事力が最も重要であり、国家は自 国の国益の最大化を目指すべきとする。

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あった。更に、ブッシュ政権はソ連でクーデターが勃発する前まではゴルバチョフ政権と 友好的な関係を保っていたものの、クーデター後にゴルバチョフの権威が失墜するとロシ ア共和国のエリツィン大統領へと支持を移して行った。 しかし、もちろん異なる点もある。 “George H. W. Obama?”という記事の中で外国問題 評議会のチャールズ・クプチャンは「(オバマの)外交政策の特徴はイデオロギー的な錯乱 が存在しないことである」と述べている。また、アメリカン・エンタープライズ・研究所 の副代表であるダニエル・プレトカは同記事の中で「(ブッシュ大統領が現実主義者であっ たのに対して)オバマは現実主義者ではない・・・彼のフレームワークは、アメリカの国 際的なリーダーシップの卖なる拒否であり、同盟の価値を下げ、偉大な目標を示す紙面上 の同意と内容のない談話を好むものでしかない」と強く批判をしている23。しかし、すでに 記述したように、オバマ大統領が核廃絶に向けて現実的な指針を出していることから、プ レトカの指摘は妥当ではないと言えるだろう。そして、クプチャンが主張するビジョンの 有無に関しても、冷戦後の国際社会の中で強硬な態度で湾岸戦争に挑み、「新世界秩序」と いう指針を打ち出したことはブッシュ大統領の一種のビジョンと言えるだろう。 第四章 結論 HW ブッシュ大統領、クリントン大統領、GW ブッシュ大統領と歴代の冷戦後の米国大 統領をオバマ大統領と比べてみると、確かにオバマ大統領は「核廃絶」という従来の大統 領が主張してこなかった目標を掲げており、その新規性は高い評価に値すると言えるだろ う。しかし、その新たな目標はオバマ大統領でなければ主張することはできなかった、と 結論づけることはできない。オバマ大統領と GW ブッシュ大統領、そしてクリントン大統 領の間には大きな信条的な違いがあるが、HW ブッシュ大統領と比較してみると、ソ連と の核軍縮を実現した政策、大統領自身及び側近の専門家の信条といった面で非常に似てい ることがわかる。また、「核廃絶」という目的そのものをHW ブッシュ大統領は掲げてない ものの、「新世界秩序」の中で主張された法の秩序の重要性はオバマ大統領も共有している。 以上の類似性を鑑みると、オバマ大統領「核なき世界」という目標は彼でなければ設定で きなかった、というよりも、以前からそのスローガンが掲げられる可能性はあったものの、 時代背景や国際社会の動向といった条件が合わなかったため存在しなかったと考える方が より真実に即しているだろう。 また、各政策の目的、具体的な内容、そして大統領及び側近の専門家の信条という四点 から類似点そして相違点を検討する、という方式は政策を比較するための入り口でしかな

23 "George H.W. Obama?" Rep. Foreign Policy. 14 Apr. 2010. Web. 03 Nov. 2010.

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い。HW ブッシュ大統領とオバマ大統領が様々な点において非常に類似している、という 事実は明らかにすることができたが、更に詳しく政策内容や専門家の影響まで詳しく考察 するには、政策決定に関わる大統領スタッフ、国務省や国防総省などといった外交関連の 行政府組織、議会、そして利益団体やマスメディアなどの非政府アクターの行動などもフ レームワークを用いて分析する必要がある。 オバマ大統領は就任直後、まだ功績を残す前にノーベル平和賞を受賞した。この事に対 する評価は様々であるが、オバマ大統領が真に「アメリカ外交に新たな時代をもたらした」 と今後評価されるためには、彼が掲げる目標に向かって尐しずつでも前進することが必要 である。初の黒人大統領である、といった端的な賞賛だけではなく、超大国アメリカを核 廃絶の道へと確実に導いた指導者として将来讃えられることを期待したい。

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参考文献  阿单東也(1999)『ポスト冷静のアメリカ政治外交—残された「超大国」のゆくえ』 東信堂  佐々木卓也編(2009)『戦後アメリカ外交史』有斐閣(有斐閣アルマ)  信田智人編(2010)『アメリカの外交政策—歴史・アクター・メカニズム』ミネルヴ ァ書房  古矢旬(2009)『ブッシュからオバマへ―アメリカ 変革のゆくえ』岩波書店  村田晃嗣(2009)『現代アメリカ外交の変容—レーガン、ブッシュからオバマへ』有 斐閣  吉田文彦(2009)『核のアメリカ―トルーマンからオバマまで』岩波書店  「 米 ロ が 核 軍 縮 条 約 合 意 、 ロ シ ア が 歓 迎 の 理 由 」( 日 テ レ News24 ) http://www.news24.jp/articles/2010/03/28/10156171.html アクセス日時:2010.12.14

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