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南アジア研究 第27号 010書評・佐野 光彦「佐藤彰男『バングラデシュの船舶リサイクル産業と都市貧困層の形成』」

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Academic year: 2021

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全文

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バングラデシュは、長年世界で最も貧しい国の1つに上げられてい た。しかし、今では世界第2位の衣料品輸出国となり、政治的混乱と は対照的に、経済は順調に成長しているかに見える。ユニクロがグラ ミン銀行と合弁でグラミンユニクロを立ち上げ、現在バングラデシュ全 土で8店舗を数える。チャイナプラスワンとして同国は、労働市場とし てだけではなく、消費市場としても注目されている。さて、このよう に注目が集まっているバングラデシュから今回は、船舶リサイクルを対 象とした佐藤彰男の本書を取り上げる。では、本題に入り各章の内容 を見て行こう。 第1章は、バングラデシュ社会の置かれた現状の把握と、貧困問題 の要因に焦点を当てている。まず、バングラデシュがインド、東パキ スタンを経て独立を果たし、その後の度重なるクーデターからエルシャ ド政権、そして2大政党による民主政治の成立までの歴史的経緯を概観 している。近年、同国は

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11の1国にも数えられ、経済成長と栄養 および衛生・医療面での改善が著しい。しかし、ジニ係数が悪化する など貧富の差が拡大傾向にあると指摘している。都鄙の収入格差が拡 大傾向にあること、さらに農村部人口の急増、イスラムの均分相続制 などの影響で土地の狭小化と、土地なし農民を生み出し、これらのこ とが農村貧困層の都市への人口流入を招く原因となっていると分析し た。次にバングラデシュ社会の停滞の要因について著者は、ホルタル (

Hartal

)の存在、汚職の蔓延、近代化が遅れた産業構造、天然資源に 恵まれないことや社会資本の未整備にあるとしている。さらに、マロー ニ-(

Maloney Clarence

)が指摘したバングラデシュ人の特性の「機 会主義的個人主義」にもとづく彼らの意識や行動様式が、社会停滞に 影響を与えているとしている。これらの要因の整理は、同国の貧困問 題と経済停滞に関して、初学習者にも分かりやすくコンパクトにまと

佐藤彰男『バングラデシュの船舶リサイクル産業

と都市貧困層の形成』

東京:明石書店、2014年、4200円+税、217頁、ISBN978-4-7503-4073-9

佐野光彦

書 評

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まとめられている。 第2章は、人口の向都移動と都市下層労働者の関係について考察し、 それらの下層労働者と発展途上国における非近代工業部門との関係を インフォーマル・セクター研究による知見を援用しながら概観してい る。農村から都市への人口移動に関して、本書の議論を整理するため にあえて都市の持つ「引っ張り要因」に焦点をあてている。著者は、こ のことに関して数名の研究者の議論を整理している。トダロは向都移 動の主原因を賃金格差だけではなく、高収入への期待感の影響も大き いとした。菊池真夫は都市部における賃金水準は教育水準の関数であ るとし、ヤップも収入は教育程度と技能レベルにより決定されると述 べている。スレットンは、都市の不安定な労働は、下層労働者が担っ ており、その労働者は都市と農村を「還流移動」する農村出身者であ ると述べている。発展途上国の農村部では学歴や技能を持たない下層 の人々は厳しい経済や労働面で閉塞状態に置かれている。この状況下 では、労働市場がいかに分節化・階層化していようとも期待賃金に応 じて人々は移動するという渡辺利夫の考えを引用し、トダロのいう高 賃金への期待が向都移動の原動力の一部をなすという考え方が、未だ に一定の有効性を保っていることを、著者は主張する。農村から都市 へ移住した労働者の大部分が、近代産業部門へのステップではなく、長 期にわたって伝統的部門に留まらざるを得ないという理由から、イン フォーマル・セクター研究の重要性が高まってきた。1980年代の議論 では、工業化の進展によりインフォーマルな部分は、フォーマルなセク ターに吸収されて縮小すると予測されていた。しかし、途上国都市の 成長に合わせてインフォーマル・セクター人口も増加した。つまり、 フォーマル・セクターの拡大は、必ずしもインフォーマル・セクターの 縮小を意味しない。フォーマル・セクターとインフォーマル・セクター の相互関係について研究例として、インフォーマル・セクターの存在 はフォーマル・セクターからの需要による部分があるとした木曽順子 や、チープレイバー経済仮説を唱えたポルテスなどを取り上げている。 そして、著者はこれらの相互依存の議論を踏まえ、インフォーマル・ セクターは一定の社会的機能を分担しているのみならず、多くの途上 国社会の基盤的な社会・経済構造に組み入れられていると結論付けて いる。次にインフォーマル・セクターの階層分化のところでは、セク

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ター内の上昇・下降、地縁と血縁、民族的・宗教的アイデンティティ による他集団排除などの議論の整理を行い、意図的な搾取システムの 有無にかかわらず下層社会内部で階層化が生じることは不可避である と述べている。 第3章は、日本と台湾を例に船舶リサイクル産業の概要、同産業の盛 衰の要因、そして現在の船舶リサイクル産業の問題点を明らかにして いる。大型商船を運用する諸国の多くは、船舶リサイクルが行われて おらず、輸出というかたちで廃棄する。船主からブローカーを介して、 解撤ヤードと向かう。日本における最初の解撤事業は、1898年神戸で 行われた。世界恐慌による大型船舶の廃棄によって、船舶リサイクル 産業は成長していった。解撤から得られる素材は、鉄材、光物(非鉄 金属)、重機械類などの上廻物などである。鉄材は、高炉利用の伸鉄に よってリサイクルされる。このリサイクル業に関しては、海運不況によ り解撤が増加すると再生鉄材が大量かつ安価に供給され、そして再生 鉄材供給過剰に陥り価格が下落するようになる。船舶リサイクル産業、 特に解撤工場は、重金属、有害物質や放射性物などによる環境汚染と、 危険かつ過酷な労働、児童労働などの人権侵害の2点で国際的に非難を 浴びている。解撤方法にはドッグ、アフロート、ビーチング方式があ る。このうちビーチング方式では環境汚染抑制は難しいが、最も設備 コストがかからない。発展途上国では、コスト面と環境規制も緩いの でこの方式が採用される。また、船舶リサイクル産業は、労働集約型 である。なぜなら、大型船舶の廃棄量が船舶の加齢のみならず、運賃 市場・規制措置・用船者の選好・船型の陳腐化などにより左右され、廃 船価格はその量と価格の両面で安定した原材料供給をあてにすること ができないので、経営者たちは設備投資よりも雇用調整によって繁閑 の差を乗り越えようとするからである。この雇用調整過程が次章の重 要なポイントとなっており、厳しい環境に置かれている解撤労働者の 実態が浮き彫りになっている。 第4章の内容は、多様な働き方や生活様式を持ち向都市移動する下層 労働者の生活実態を、船舶リサイクル労働者を例として行った現地調 査が中心となっている。バングラデシュの船舶リサイクル産業は、チッ タゴン市を中心に解撤・伸鉄・家具製造などによって展開されている。 解撤工場は、コントラクター(請負師・手配師)を介した間接雇用で

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ある。その配下にマネージャー(上級監督者)が配置され、彼らがワ イヤー(運搬専門職)、カッター(ガス溶断工)、フィッター(分解工) などの労働者を管理している。労働者の60%以上がワイヤーで、彼ら はチッタゴン周辺かさらに遠方の農村の貧困層出身である。彼らの教 育水準は低く、識字もままならない。労働環境も劣悪で、報酬も船舶 リサイクル産業内ではフィッターとともに最低である。リサイクル業の 閑散期には、真っ先に雇用調整の対象となるワイヤーは、都鄙間を還 流移動する。カッターは、ガス爆発や高所からの落下などの危険性が 最も高い職種であるが、報酬はワイヤーよりも高く、閑散期には溶断 店で働くことも可能であるので、ワイヤーよりも生活の選択の幅は大 きい。しかし、家族とともにチッタゴンに移住した場合、都鄙間を還 流という選択肢はなくなり、さらに技術が活かせない場合は、都市最 貧困層へと転落する。カッターには、親族の紹介でヘルパーになる少 年も多い。フィッターは時間給で働いており、危険度はカッターよりも 低いが、報酬はワイヤーとほぼ同額か下回る水準である。その他、鋼 板のリサイクルとして、裁断専門店、伸鉄工場や鉄筋販売店なども調 査し、これらの業種も船舶リサイクル産業自体の繁閑の波の影響を受 けている。伸鉄工場は解撤と同様に危険な作業もあり、労働環境は良 いとはいえない。廃船からの廃木材を使用した家具製造については、船 舶リサイクル産業の中でも他職種に比して生活は安定しており、木材 の供給源が廃船以外もあるので、同産業の繁閑の影響が少ない。家具 職人になるには、ある程度の学歴が必要であり、見習い期間は報酬が 期待できないので、農村部では下層のかなりの上方の家庭の出身者で なければならない。その他、再利用によるリサイクルの例として、中 古機械類の整備と販売、断熱材の販売、鉄工所の調査を行っている。 第5章は、本書における分析と考察のまとめになっている。都鄙の賃 金格差が都市に移住者を引き付けるヒックス説、近代産業部門に就業 する資格を持たない労働者は非近代部門に職を求めるトダロ説が今も 説得力を持つことを証明した。船舶リサイクル労働者たちは、都市と 農村のどちらでも十分な収入を得られないので、失職すれば都鄙間の 還流労働か、都市に定住している場合は他業種に就労の機会を探す。ま た、家計収入増加のために児童労働が選択される。インフォーマル・ セクター内の階層分化に関しても、船舶リサイクル労働の場合も当て

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はまる。ワイヤーは縁故関係にあるコントラクターを介して職を得る が、両社の関係はビジネスライクで、コントラクターたちは配下の労働 者の処遇改善など全く考えていない。カッターの場合は、親族をカッ ター・ヘルパーに就かせることもある。それは、繁忙期の動員力をコ ントラクターたちに示すことができるためでもある。再生家具職人たち の雇用は、地縁・血縁にもとづく強い紐帯を持っている。このように 船舶リサイクル労働者がどの職種を選ぶかによって、彼らの生活は大 きく左右される。しかし、それには雇用主や仲介者との縁故関係によ る影響を強く受ける。コネ社会と学歴社会というバングラデシュの悪 弊は、学歴や資格を持たないこれらの都市下層に属する労働者たちに とって、より過酷なかたちで現れると著者は結論付けている。 補章では、船舶リサイクル・システム改善に向けての動向について 記述している。バーゼル条約やシップリサイクル条約の問題点などをあ げ、解撤工程の改良の試みなどを紹介している。 最後に少しコメントを記しておきたい。本書は、今まで工学系研究 の環境問題、経済学研究のリサイクル問題としての対象であった船舶 リサイクル産業を社会学の手法を用いて、発展途上国の都市下層形成 過程の1つの研究テーマとしてフォーカスしている。バングラデシュの 都市下層労働に関しての研究は、リキシャ夫や清掃労働者などの調査 はあったが、バングラデシュの船舶リサイクルの労働者に関するものは ほとんど見られなかった。本書の4年以上にも渡るフィールド調査に よって、その研究テーマを見事に描いて見せている著者の努力に敬服 するばかりである。他方ナショナルジオグラフィック(2014年5月号) によれば、チッタゴンの場合、平均的な船の解体には3 ~ 4カ月の期間 がかかり、約5億円の投資でざっと1億円もの利益が見込めるそうであ る。このことが表わすことは、リサイクル企業やコントラクターなどの 搾取である。そこで、船舶リサイクル労働者の報酬に関して、数少な いであろうコントラクターやスーパーバイザーとの収入格差について の言及があれば、より彼らの生活の過酷さが伝わってきたと思われる。 著者が本書を出版後、ムヒブラー氏の本が出版された。同書によると、 カッターやフィッターにも正規労働者が存在し、彼らには住宅手当、医 療手当、残業手当などが支給されるそうである。また、集計データに 現場労働者以外も含まれている模様なので一概にはいえないが、船舶

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リサイクル労働者の出身地がチッタゴン周辺とする者が、著者が引用し ているデータよりも増加している。最近のバングラデシュは社会の変化 が激しいので、チッタゴン定住の第二世代が増加した可能性もある。こ れらの点については、著者の今後の調査が待たれる。 著者は、バングラデシュ研究の新たなテーマも提供してくれている。 船舶リサイクル労働者たちが失職すれば都市最貧困層へと転落する場 合と同様に、事故で障害を持った場合はさらに厳しい状況に追い込ま れる。障害者を排除する社会では、家族もその困難を背負うことにな る。このことは、障害と貧困を考える1つのケースとなり得る。雇用主 側は組合を形成しているが、船舶リサイクル労働者の大半が間接雇用 であるので、彼らが組合を組織するのは難しいと本書からは読み取れ た。著者は当事者による改善は中短期的には期待薄としたが、チッタ ゴンには港湾荷役労働者組合の活発な活動という例があるので、今後 の労働者たちの活動に注目して行きたい。以上のことから、本書はバ ングラデシュ都市下層労働たちの実態を把握する良書である。是非、一 読をお勧めしたい。 参照文献

Dr. Muhammad Muhibullah, “Ship-Breaking Industry:Risk-Vulnerability, Health Hazards and Livelihood of Worker in Bangladesh”, APPI, 2014.

参照

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