戦術的ピリオダイゼーション理論と
エンパワーメント
∼
FC バルセロナのチームマネジメントを活用して ∼
宮 脇 秀 貴
! は じ め に
私たちは,程度の差こそあれ,人に影響し,影響されて生きている。この最 初の文を読んでみて,特段何も感じない人もいれば,「あれっ」と思った人も いるだろうし,その他の考えが浮かんだ人もいるだろう。実は,この最初の文 は,宮脇(2010)の冒頭の文と全く同じものである。この同じ文をどのように 捉えて読み始めるかによって,今後のストーリー展開の予想は大きく変わって くるかもしれないのである。例えば,いわゆる予想できる展開もあれば,そう ではない異質な展開もあり得るのだが,要するに,何かに,あるいは誰かに影 響し,影響されるという相互作用の関係は,自然界の中ではごくごく普通のこと であり,逆に言えば,世の中には正確に予想できることの方が少ないのである。 そして,人に影響し,影響されるのは,子供や思春期の少年に限ったことで はなく,大学生や働き盛りのサラリーマン,年配の人まで,どの年代でも,あ るいはどの場所にいても,同じ現象である。つまり,私たちの人生のどの場面 を取り出しても,人に影響し,影響されるという現象は変わらないのである。 さて,話を企業のマネジメントの場面に移すと,例えば,トップダウンコン トロールとボトムアップエンパワーメントを考えてみた場合,私たちは,当た り前のように,企業のマネジメントの場面をトップダウンコントロールの場面 とボトムアップエンパワーメントの場面の2つに分けて捉え,それぞれの研究 を深めてきた。たとえ,それらの2つの場面が現実のマネジメントの中では, 香 川 大 学 経 済 論 叢 第82巻 第4号 2010年3月 123−229きれいに分かれることはなく相互に関連していることが分かっていたとしても である。もちろん,トップダウンとボトムアップの相互作用を考慮した研究も 存在しているのだが!,例えば,トップダウンの場面,トップダウンからボトム アップへ移行する場面,ボトムアップの場面およびボトムアップからトップダ ウンへ移行する場面という,1つの相互作用する循環もしくは環として捉えた り,あるいはこの移行の場面に注目したりする研究が数多く存在しただろう か。また,この循環の環をバラバラにすると,もともと循環の環が持っていた 性質を捉えることが難しくなると考えて,この全体の性質を捉えようとする試 みを行ってきただろうか。そして,この循環の環は,組織のどの場面にも当て はまるにもかかわらず,この環が存在しないという前提で戦略や組織管理の方 法などを捉えてこなかっただろうか。もちろん,例えば, PDCA(Plan-Do-Check-Action)という有名な管理手法があるが,これも4つの要素を分解して,それ ぞれの活動を行うことに意味があるのではなく,P から D,D から C,C から A および A から P への移行の場面が重要であり,この循環の環が反映された 形でなければ機能しないことは,誰でも頭では分かっているのである。しか し,実際の企業では,なぜ,このような当たり前とも思えるPDCA サイクル を行っているのに,一向に組織が活性化しないのだろうか。 本稿では,サッカーというチームスポーツで用いられている,カオス理論や フラクタル概念を反映した戦術的ピリオダイゼーション理論とFC バルセロナ のチームマネジメントを用いて,これまでのエンパワーメント研究の問題点を 明らかにし,新たなエンパワーメントの捉え方を模索していく。また,戦術的ピ リオダイゼーション理論およびFC バルセロナのチームマネジメントを応用し たマネジメントスタイルのあり方あるいは枠組みを構築していくことも本稿の もう1つの大きな狙いである。なぜ戦術的ピリオダイゼーション理論を取りあ げるかと言うと,先ほどのPDCA の例でも述べたように,あるマネジメントの (1) 例えば,戦略とマネジメントコントロールシステムの関係を,戦略からの一方向の流 れではなく双方向に作用することで,創発的に戦略が生まれることを示す研究(谷 1989)や,戦略を実行する現場に対して,積極的に経営陣がシグナルを送り,現場のマ ネジメントの方向性に影響を与えることの有効性を示す研究(Simons1990)などがある。 −124− 香川大学経済論叢 568
考え方や手法を企業が取り入れて行っても,殆どの企業で組織が活性化しない 理由を,「分断とつながり」,「組織内のどこにでも現れているつながり」および 「規律と創造性の共存」という視点からエンパワーメントを捉えることで,これ まで見落としていたエンパワーメント研究の問題点を見つけることができ,新 たなエンパワーメント研究の捉え方や枠組みを見出せると考えたからである。 なお,私たちが研究を行う際に,現実のマネジメントの場面を切り取って 「分析」しようとした時点で,私たちの研究は,既に現実のマネジメントの場 面から切り離された仮想世界"のマネジメントを対象とすることにすり替わって しまっていると考えられる。なぜなら,これは,文献研究に限らず,アンケー ト調査やインタビュー調査,エスノグラフィーなども含めて,そもそも,企業 を観察し,現実のマネジメントをどのように捉えるかという場面で,企業の生 きたマネジメントシステムを生きたまま捉えることができないことに起因する からである。そこで,本稿では,魚ではないが,生きたままマネジメントシス テムを捕らえる思考の枠組みも,微力ながら提示していきたいと考えている。 以下では,まず,本稿に必要な限りで,線形・非線形の考え方やカオス理論, フラクタル概念などと,これらを含んだ「複雑系」の意味を整理していく。次 に,村松(2008,2009a~i)をもとにして,戦術的ピリオダイゼーション理論 を整理し,この理論を実践しているFC バルセロナのチームマネジメントを検 討することで,組織マネジメントのエッセンスを抽出する。最後に,この抽出 したエッセンスを用いて,2つのケースの成功要因を探り,新しいエンパワー メントの捉え方を探究していくことにする。
! 複雑系,カオスおよびフラクタルとは
ここでは,本稿に必要な限りで,複雑系,カオス理論,フラクタル概念およ び線形性・非線形性の意味などを整理しておく。なぜなら,戦術的ピリオダイ (2) 仮想世界とは,人の脳が想定することができる潜在的な存在としてのあらゆる仮想世 界のことである(苫米地2000,pp.20−21)。詳しくは,宮脇(2009b,p.107)を参照せ よ。 569 戦術的ピリオダイゼーション理論とエンパワーメント −125−ゼーション理論が複雑系やカオス理論などの要素を取り入れて構築されている からであり,また,複雑系の定義が現在も多様にあることからも,本題に入る 前に整理する必要があると考えたからである。 以下では,まず,複雑系の言葉の由来などをもとに本稿で用いる複雑系とい う言葉を定義し,次に,複雑系の背後にある生命論的パラダイムを機械論的パ ラダイムと比較しながら説明する。最後に,生命論的パラダイムに立った複雑 系を説明する理論や概念を示し,その内容を述べていく。 1.複雑系とは 本稿では,「複雑系」という言葉を用いることにするのだが,この「複雑系」 は,「複雑性」とも呼ばれることがあるだけでなく,そもそも「複雑」とは何 が複雑かを整理しておかないと,次の段階の定義づけに進むことができないの で,ここでは,「複雑系」という言葉が指す内容を整理していくことにする。 「複雑系」という言葉は,単なる複雑なシステムや複雑性を生み出すシステ ムを意味するものではない(井庭・福原1998,pp.6−7)。石田(2009)によれ ば,複雑系や複雑系の科学という概念は,1980年代の後半にアメリカのシン クタンクのサンタフェ研究所!を中心に興隆し,1990年代には日本でもブーム となった概念である(p.4)。そのサンタフェ研究所で研究していた Casti(1996) は,‘Complex System’を用いているが,サンタフェ研究所の発展を記述した Waldrop(1992)は,‘Complexity’を用いている。‘Complex System’であれば複 雑なシステムを意味する「複雑系」という訳が,‘Complexity’であれば「複雑 性」という訳の方が適していると考えられる"。なお,‘System’とは,ある種の 内的な連関や規則を持ったまとまりのことであり,体系または系と訳すのが通 (3) サンタフェ研究所(Santa Fe Institute)は,1980年代半ばにアメリカのニューメキシ コ州の州都サンタフェに設立されたシンクタンクである(Waldrop1992,pp.12−13,訳 p.12)。そのビジョンは,これまで科学を支配してきた線形性や還元主義的思考とは異 なる,複雑性に対する共通の理論的枠組みを使って,自然の営みだけでなく人類のそれ をも解明しようというものである。なお,Casti(1996)が14年前に予想していた通り (preface xi,訳 p.6),サンタフェ研究所は,複雑系を研究するための実験装置としてコ ンピュータを駆使したパイオニア的存在になったのである。 −126− 香川大学経済論叢 570
例である(吉永1996,p.34)。 例えば,吉永(1996)によれば,科学の分野で見てみると,欧米では, ‘Complexity’を用いた複雑性の科学あるいは複雑さの科学が,複雑系の科学よ りも使用頻度が高い一方で(p.35),Lorenz(1993)によれば,数学などの分 野では,‘Complex System’を用いた複雑系という雑誌が1978年から刊行され ていることが述べられている(p.165,訳 p.166)。また,Lorenz(1993)は, 「複雑性」という言葉は,少々違った意味にもよく使われており,例えば,あ るシステムを詳細に描写したり,作図したりする時に従わねばならない一揃い の指示が,どれぐらいの長さに及ぶかを,複雑性という言葉で表すことを指摘 している(pp.165−166,訳 p.166)。他にも,‘Complex’と‘Complicated’という 言葉の違いに注意を払わなければならない(吉永1996,p.38)。‘Complex’と いう語が示す複雑な現象は,「全体は部分の総和以上である」という性質を持 つのに対して,‘Complicated’が示す込み入った現象は,「全体は部分の総和で ある」という性質を持つと考えられている。 このような「複雑系」と「複雑性」という言葉の違いに関して,石田(2009) は,目指す内容自体に大きな差異はなく,しいて違いをあげるとすれば,複雑 系はハードウェア的なイメージが強く,複雑性はソフトウェア的なイメージが 強いと説明している(p.16)。 以上のように,複雑系(Complex System)と複雑性(Complexity)は,言葉 の違いはあるが,内容自体に差異は殆どないと考えられるので,本稿では, 「複雑系(Complex System)」という言葉を用いることにする!。 2.複雑系の定義づけ ここでは,本稿で用いる「複雑系」の定義を示しておく。なぜなら,複雑系 (4)「複雑(Complex)さ」とは,おびただしい数の独立した構成要素が様々なやり方で相 互に作用し合っているという意味である(Waldrop1992,p.11,訳 p.10)。例えば,無 数のたんぱく質と脂肪,核酸が作用し合って細胞を形成することや,何十億個のニュー ロンが連結して脳を形成すること,さらには何百万の相互に依存した人間が人間社会を 形成していることなどがある。 571 戦術的ピリオダイゼーション理論とエンパワーメント −127−
という言葉は,日本で複雑系ブームが起きた1990年代後半から約10年経った 現在でも,一般に認められた定義が存在していないという現状があるからであ り,また,本稿は複雑系そのものの研究ではないため,複雑系の言葉が意味す るイメージの共通性であれば導くことができると考えたからである。そのため に,主要な先行研究や辞書の複雑系の定義あるいは意味から,本稿で用いる 「複雑系」の定義づけを行っていくことにする。なお,本稿が複雑系そのもの の研究ではないことと,複雑系を構成する理論や概念などは,本節の3.以降 で説明していくことを述べておく。 以下では,主要な先行研究である,Casti(1996),吉永(1996),井庭・福原 (1998)が示す複雑系の定義や意味だけでなく,広辞苑(2008)と岩波理化学 辞典(1998)の複雑系の定義や意味も参考にしながら,それらの共通性を導き 出し,本稿で用いる複雑系の定義づけを行うことにする。 !Casti(1996) 複雑系に見られる複雑なプロセスは,単純系とは,根本的に異なるのである (preface ix-x,訳 p.4)。ふつう単純系は,相互作用の弱い少数の要素,もしく は逆に,容器内の気体や銀河系のように非常に多くの要素からできているのに 対して,複雑系は,要素の数が中規模程度であり,それらの要素は,通常,知 性と適応能力を持っており,全体的な情報ではなく,局地的な情報にもとづい (5) Waldrop(1992)は,サンタフェ研究所の研究のメインテーマが,複雑系から複雑適 応系へと変化したことを述べている(pp.148−149,訳 pp.193−194)。この複雑適応系と は,生物の情報処理の仕組みに着目して,生物をモデル化したものである(井庭・福原 1998,p.90)。すなわち,複雑適応系とは,現実世界の中で,環境に適応するシステム に共通な情報処理のメカニズムをモデル化したものであるが,生物などの適応的なシス テムを,そのモデル化の段階で機械的なものと見なしているのである(p.100)。つまり, 複雑系が生命の生命性を問おうとしているのに対して,複雑適応系では,そのような生 命性を排除し,情報の入出力の観点から生物を眺めているため,コンピュータ上で扱い やすい概念となっているのである。これは,Casti(1996)も述べているように(preface !,訳 p.5),サンタフェ研究所が,コンピュータの内部に現実世界の複雑系を模倣した 仮想世界を創造することで,現実に近い形で再現可能な実験を行うことに重きを置いて いることからも,複雑適応系は,あくまで生物の情報的側面だけに注目しており,複雑 系とは異なるレベルの議論をしていると考えられるのである。 −128− 香川大学経済論叢 572
て決断を下し,自ら行動ルールを更新している。すなわち,構成要素は,系(シ ステム)の中の別のエージェントの行動を知り,その情報にもとづいて自分の 行動を変更できるため,構成要素であるエージェントたちは,相互作用によっ て,システム全体の行動パターンを生み出すことになる(p.34,訳 pp.62−63)。 !吉永(1996) 複雑系とは,無数の構成要素からなる一まとまりの集団で,各要素が他の要 素と絶えず相互作用を行っている結果,全体として見れば部分の動きの総和以 上の何らかの振る舞いを示すものである(p.15)。 "井庭・福原(1998) 複雑系とは,システム(系)を構成する要素の振る舞いのルールが,全体の 文脈によって動的に変化してしまうシステム(系)である(p.3)。複雑系とは, ‘Complex System’であり,複雑なシステム(系)を指しており,この複雑なシ ステム(系)とは,バラバラに分解できる要素の単純な組み合わせで全体が構 成されるようなシステム(系)ではなく,バラバラにしてみると本質が抜け落 ちてしまうような特殊なシステム(系)のことである(p.6)。また,あるシス テム(系)を構成している要素は,各自のルールに従って機能するため,局所 的な相互作用が全体の状態や振る舞いを決定するだけでなく,それらの全体的 な振る舞いが個々の構成要素のルール,機能および関係性を変化させるのであ る(p.6)。 #広辞苑(2008) 複雑系とは,多数の異質な要素が複雑に絡み合い,相互作用しながら1つに まとまっているようなシステムであり,それぞれの要素からは予測できない特 性が出現したり,微細な変化が系(システム)全体の激動を引き起こしたりす るものである(新村2008,p.2438)。 573 戦術的ピリオダイゼーション理論とエンパワーメント −129−
!岩波理化学辞典(1998) 複雑系とは,必ずしも同一ではない要素が多数集まって複雑に絡み合い,非 線形的に相互作用してまとまっているような系(システム)である(長倉他 1998,p.211)。典型的な例としては,脳を初めとする生物の組織や生態系など であるが,地球環境そのもの,あるいはその中で行動する人間の社会も含まれ ている。このような系(システム)では,要素間の複雑な相互作用と非線形性 のために,局所的な相互作用の形あるいは構成要素の個性からは予測できない 多様な特性が自己組織的に発現したり,系(システム)内のごく些細な出来事 が系(システム)全体にわたるほどの大きな変動に発展したりする可能性を持っ ている。 以上の3つの先行研究と2つの辞書の意味に共通する複雑系の要素は,以下 の2点であると考えられる。 ・全体は,部分の総和以上である。言い換えれば,部分の総和が全体とは ならない。 ・多様で異質な構成要素の相互作用は,全体の振る舞いに影響を与えると ともに,全体の振る舞いもまた,個々の構成要素に影響している。 本稿では,上記2つの要素を持つ系(システム)を,複雑系という言葉で表 すことにしたい。なお,本稿の目的が複雑系そのものの研究ではなく,複雑系 の考え方や物事の捉え方を活用して,現象を考察することであることを,再 度,述べておきたい。 3.複雑系の背後にあるパラダイムとは ここでは,複雑系が展開される前提となるパラダイムあるいはものの見方を 整理しておく。そのために,複雑系という考え方が必要とされた背景を,機械 論的パラダイムと生命論的パラダイムの2つを用いて説明していくことにする。 −130− 香川大学経済論叢 574
# 機械論的パラダイム ここでは,機械論的パラダイムを,要素還元主義的アプローチおよび線形理 論の2つの視点から述べていく。 !要素還元主義的アプローチ 要素還元主義的アプローチとは,要素還元的な科学手法を指しており,自然 をより小さな要素に分解して,そこに働く法則や真理を見出そうとする考え方 や方法のことである(石田2009,p.21)。この要素還元主義的アプローチとは, Descartes(1637)が示した「要素還元」という考え方・方法に則るものである (訳pp.26−27)!。この要素還元には3つのステップがあり,まず,問題をでき るだけ多くの,しかもいっそう上手く解決することができる単位の小さな部分 に分ける。次に,一番認識しやすい対象から解決していき,前後に並ばない対 象にも順序を想定しながら,少しずつ階段を登るように最も複合度の高い問題 を認識する。そして,最終的に,全ての部分を満遍なく見直した上で,何も落 とし物や忘れ物がないことを確信するという3つのステップである。このよう に,全体を部分に分けることで,全体の本質を理解できるという考え方手法の ことを,要素還元主義的アプローチと言う。 以上のことからも,複雑系の科学が誕生する以前の科学では,物事を理解す るために,対象を要素に分解してその性質を分析する方法が取られており,ま た,世界をミクロからマクロという階層に分けることで,下の階層が分かれ ば,1つ上の階層の性質は自ずと理解できると考えられてきたのである(井 庭・福原1998,p.4)。 "線形理論 線形理論とは,比例の原理に基づく諸法則を,数学的に構造化した体系のこ とである(吉田2008,p.7)。線形理論を用いると,物事の分解と合成の可逆 (6) 原著がフランス語のため,訳本の内容を用いることにした。 575 戦術的ピリオダイゼーション理論とエンパワーメント −131−
性を,単純さの極限で示すことができるのである(pp.3−4)。例えば,y が x の1次式で表される写像のことを,x の1次関数と言い,そのグラフは直線と なる(今野2006,p.94)。このように,線形とは,比例関係の一般化あるいは 高次元化を意味するものである# $。 !機械論的パラダイムとその問題点 上記!と"からも,機械論的パラダイムとは,全体を部分に分けて分析し, 部分を合わせると全体になるという考え方であり,すなわち,「全体は部分の 総和である」という考え方なのである。また,このパラダイムでは,部分と全 体は線形性の関係にあると考えられているのである。 この機械論的パラダイムは,物事を分析するための効果的な考え方であるこ とは間違いないのだが,物理学者などの間では,1980年代初めまでに,全て の現象に適用することの難しさが理解されるようになっていた。Waldrop(1992) によれば,コンピュータによるシミュレーションや新しい数学的洞察によっ て,1980年代初めまでには,物理学者たちは,ごたごたした複雑なシステム (系)の多くを非線形力学として知られる強力な理論によって説明できるので はないかと考え始めており,そこへ至る過程で,彼らは,「全体は部分の総和 よりも大きいことがあり得る」という,狼狽するような事実に必然的に直面し (7) Lorenz(1993)は,具体的な物理システムの中で,厳密に決定論的な振る舞いをする ものは殆どないのと同様に,厳密に線形の振る舞いをするものも殆どないことを指摘し た上で,線形性が非常に重要な役割を果たすのは,次の2つの状況が組み合わさってい るからであると述べている(p.162,訳 p.162)。 ・時間あるいは変数の範囲の限定 現実の現象の多くは,時間あるいは変数の取る範囲を限定すれば,その範囲内で は,おおよそ線形に振る舞うので,扱いやすい線形の数学モデルとなり,その振る舞 いのシミュレーションを行うことができる。 ・多種多様な手法を用いることができる 非線形方程式には上手く機能しない多種多様な手法が,線型方程式を扱う時には使 うことができる。 (8) 比例関係から派生する重要な法則として,指数法則がある(吉田2008,p.23)。指数 法則は,線形理論の中で「運動」を表現する基本的な法則であり,例えば,時間に対し て連続的に変化する指数法則を表すのが指数関数である。 −132− 香川大学経済論叢 576
たのである(p.64,訳 pp.79−80)。なぜなら,一般の殆どの人にとって,「全 体は部分の総和以上である」という事実はかなり明白であったのに対して,約 300年間,専ら線形システム(系)に夢中になり,現実から目を背けていた物 理学者たちにとっては,彼らの現実とは異っていたからである。確かに,自然 界には音や光など,線形に振る舞うものがあることから,線形システムでは, 全体は正確にその部分の総和に等しく,また,もしシステム(系)が部分の総 和に正確に等しいならば,各要素は,他で何が起きていようと,それ自身のこ とをしていればよいということになり,数学が比較的分析しやすいものになる のである。 しかし,線形ではない自然が多くあるというのもまた真実である(Waldrop 1992,p.65,訳 p.80)。例えば,生物や脳,社会などは,「生きている」シス テム(系)であり,そもそも分解して理解することができないだけでなく,各 構成要素は,全体の文脈によって,各構成要素の機能自体が決められており, もし,それらが機械であるのなら,機械を分解したとしても,それぞれの部品 の持っている機能は変わらないが,生きたシステムでは元に戻らないのである (井庭・福原1998,p.7)。 さらに,機械論的パラダイムに欠けていることとして,吉永(1996)は,複 雑な現象に存在する多くの要素の動的な関係を,個々の独立した過程に切り離 すことができないという事実を受け止めることであり(p.175),また,「多」を 「多」のままで見ようとする,言い換えれば,「多対多」の関係を重視しようと いう態度であると指摘している(p.195)。すなわち,切断された要素や解剖さ れた自然を理解することと,現実世界の諸問題を理解することは同じではな く,現実世界の中で私たちが知り得ることや制御できることは,ほんの小さな 要素の微かな動きだけなのである(吉田2008,p.3)。 ! 生命論的パラダイム ここでは,生命論的パラダイムを,複雑系的アプローチおよび非線形理論の 2つの視点から述べていく。 577 戦術的ピリオダイゼーション理論とエンパワーメント −133−
!複雑系的アプローチ 複雑系的アプローチとは,要素還元主義的アプローチと対立するものであ り,複雑なものを複雑なまま捉えるという考え方や方法のことである。すなわ ち,生命や知能,社会などの「生きている」システム(系)の原理は,それを 構成している要素を突き詰めてみても理解できないと考えるアプローチである (井庭・福原1998,p.3)。なぜなら,「生きている」システム(系)では,そ の組織化のあり方に本質が隠されているからであり,同じ要素でも全体の文脈 の中でその振る舞いが変化し,それによってまた全体が変化するという循環的 な仕組みになっているからである(pp.2−3)。また,複雑系としての自然や社 会は,複雑化すると新しい性質を獲得するという創発の性質を持っているの で,自然や社会を理解するために,これらを分割して研究しようとした瞬間 に,それらが獲得していた新しい性質が失われてしまうのである(吉田2008, p.39)。このように,生きたシステム(系)を究明するためには,複雑なもの を複雑なまま捉えるという複雑系的アプローチが必要となるのである。 "非線形理論 非線形という言葉は,線形と対立するものを指しており,それ自身の特徴を 積極的に定義するものではない(吉田2008,p.1)。すなわち,「非」という接 頭語によって,線形と対立する概念になっているだけで,具体的な内容を持つ ものではないのである。また,非線形を研究する科学は非線形科学と呼ばれて おり,非線形科学は,線形の補集合を研究対象とする科学ではなく,線形とい う領域の狭さと偏執を批判し,線形を包摂する広い地平へ展開することを目指 した科学のことを指している(p.6)!。 (9) Waldrop(1992)は,全体とは,殆どいつも部分の総和よりかなり大きいという特性 を持っており,この特性の数学的表現が非線形方程式であり,そのグラフは曲線になる と述べている(p.65,訳 p.81)。また,この非線形方程式を手で解くのは,とてつもな く困難であるため,長い間,科学者は非線形方程式を避けようとしてきたと指摘してい る。 −134− 香川大学経済論叢 578
!生命論的パラダイムと複雑系 上記!と"のように,生命論的パラダイムとは,「全体は部分の総和以上」と 捉える考え方であり,また,部分と全体が非線形性の関係にあることからも#, 全体の振る舞いが個々の要素の振る舞いに影響を与えるとともに,個々の要素 が全体の振る舞いに影響を与えるという相互作用を,分解せずに捉えようとす るものである。したがって,複雑系は,生命論的パラダイムを前提に展開して いると考えることができるのである。 4.複雑系を理解するための要素 上記3.のような生命論的パラダイムに則っている複雑系を,どのように理 解していけばよいのだろうか。現在のところ,複雑系を理解するための唯一の 複雑系理論は存在していないことから,現状では,複雑系を説明するためのい くつかの理論や概念を,相互作用させながら理解していく以外に方法がないと 考えられる$。 そこで,上記1.と2.の複雑系の言葉の由来や定義づけの説明の中にも出て きた,複雑系を説明するための主要な概念や理論として,フラクタル概念,カ オス理論,カオスの縁,創発概念,自己組織化理論および共進化概念を取りあ げ,本稿に必要な限りでそれらを説明し,複雑系を複雑なまま捉えることがで きるような準備をしていくことにする%。 (10) 田坂(1997)は,複雑系が非線形性と呼ばれる理由として,複雑系の世界を数学モデ ルで表すと,それが非線形方程式になることを説明した後に,この表現の中には,現代 科学の世界観の持つ2つの思い込みが潜んでいると指摘している(pp.176−177)。 1つ目は,世界が数学的に記述できるという思い込みである。あたかも世界の諸現象 の全てが,いずれは全て数学的に記述できるという思い込みをもとに,世界を線形と非 線形に分けて論じるという発想自体が問題であるとしている。 2つ目は,世界は非線形が基本であるという思い込みである。仮に,この世界を無理 矢理に単純な数学モデルに押し込み,強引に方程式で表したとしても,それを線形と非 線形という2つの言葉で表すことが問題であるとしている。その理由として,この2つ の言葉は,読んで字のごとく,線形なものとそれ以外という発想の言葉であり,そもそ も世界の諸現象は,仮にそれを方程式に表すならば,その殆ど全てが非線形なのであ り,むしろ,非線形こそが世界の根本的な性質であるにもかかわらず,世界を線形なも のとそれ以外のものに分けるという発想が,現代科学の思い込みであると指摘している。 579 戦術的ピリオダイゼーション理論とエンパワーメント −135−
(11) 井庭・福原(1998)によれば,複雑系の科学では,複雑系を研究する手段として構成 的手法が利用されている(p.28)。なお,構成的手法を用いていれば,何でも複雑系の 科学になるのではない。 この研究手法は,コンピュータ上に構成したモデルを動かして現象を発生させ,そこ で得られた振る舞いを観察し,その結果から再度モデルを作り直して観察するという繰 り返しの過程を通じて対象を理解していくものである(pp.19−20)。構成的手法は,シ ミュレーションとアナロジーという2つの柱によって行われる(pp.20−28)。 ・シミュレーション シミュレーションとは,仮説的な構成モデルを基に,対象を理解するための手段のこ とである。すなわち,シミュレーションは,対象とするシステムの要素やその関係性を 抽出したモデルを操作することによって,システムの動作などを調べるために行われる ものであり,多くの場合,コンピュータシミュレーションという形で行われる。シミュ レーションを実験と比較すると,実験では,理論を一度,実世界に戻して,現実の物質 などで実際に験す必要があり,理論で抽出した以外の未知の要因が働く可能性があるの に対して,シミュレーションでは,純粋に理論から組み立てられたモデルの振る舞いを 観察するものなので,設定以外の要因は入り得ず,理論を理想的な条件のまま実現でき るのである。実験に仮説が不可欠であるように,シミュレーションには,必ず背後にモ デルが必要となり,複雑系にとって必要なモデルが構成モデルなのである。 構成モデルとは,実際の対象がよく分からない時に,その構造を想像して組み立てら れたモデルのことであり,あくまでも仮説的なモデルなので,実際の対象を完全にモデ ル化したものである保証はない。そこで,シミュレーションを通して,そのモデルの妥 当性を検討し,モデルの修正をはかっていく。この方法を,シミュレーションによる同 定と呼んでいる。 構成モデルを考えるためには,まず,対象を観察し,重要だと思われることを抽出し なければならず,また,そのようにして作られた構成モデルは作りっ放しでは駄目で, シミュレーションの結果や観察を基に,何度も何度も練り直されなければならない。 シミュレーションによる同定の手順は,以下の6つである。 !対象の観察 対象の振る舞いをよく観察しなければならず,内部構造も分かる範囲内で知る必 要がある。 "特徴の抽出 観察によって分かった事実や対象の性質のうち,重要だと思われるものを選び出 す。同じ観察結果からでも,複数の特徴の抽出の仕方がある。 #構成モデルの作成 抽出された特徴を基に構成モデルを作成する。モデルの作成にあたっては,分 かっている事実だけでなく,仮説の段階のものを組み込むことになる。また,未知 の部分については,仮説的にモデル化する。 $シミュレーション 作成された構成モデルを実際に動かし,その振る舞いや結果を記録する。パラメ ータや初期値の値を変えて何度も繰り返す。 %結果の評価 時系列で変化する結果などを可視化のテクニックを用いて分析する。興味深い部 分があれば,再度,その周辺のシミュレーションを行う。また,構成したモデル自 −136− 香川大学経済論叢 580
! フラクタル概念 Mandelbrot(1977)は,複雑な図形の奥に潜む共通の幾何学的性質として「フ ラクタル(Fractal)」を提唱した。このフラクタル"とは,不規則やバラバラの 度合いが,どのようなスケールで見ても同じようになっているものを言う(p.1, 訳 p.1)。例えば,樹木や雲,雪の結晶などは,拡大しても縮小しても同じ形 体を見直すこともしばしばあり,その場合には,組み込んだ仮説やモデルの構造そ のものを変更する。 !対象と構成モデルの比較・検討 作成した構成モデルの振る舞いと現実世界の対象の振る舞いを比べて,モデルの 評価を行う。今のところ,評価の際の客観的な基準はない。 ・アナロジー アナロジーとは,類比の関係を意味しており,ある複数の対象が類似性を持っている 時に,その対象はアナロジーの関係にあると言う。アナロジーの関係で重要なことは, 対象の性質には似ているものもあれば似ていないものもあるという点である。 このアナロジーには3つの種類があり,肯定的アナロジー,否定的アナロジーおよび 中立的アナロジーがある(Hesse1966,pp.7−9,訳 pp.8−9)。肯定的アナロジー(類比 における同質項)とは,両方の対象が持っている性質の類似性を指しており,否定的ア ナロジー(類比における異質項)とは,2つの対象の異なる部分を指している。そして, 中立的アナロジー(類比における未定項)とは,肯定的アナロジーであるか否定的アナ ロジーであるかが分からないものを指している。 通常の科学の理論や法則が肯定的アナロジーだけに注目するのに対して,構成モデル では,中立的アナロジーも含めてモデルを構成する。なぜなら,構成的手法による理解 とは,中立的アナロジーをモデルの中に取り込み,その結果を見ることで,中立的アナ ロジーを肯定的アナロジーか否定的アナロジーに整理していく過程そのものだからであ る。ただし,シミュレーションと現実をアナロジーの関係で理解する時には,シミュレ ーションをどのレベルで見るかが非常に重要な問題となるだけでなく,アナロジーを適 用する際には,対象のどのレベルとどのレベルを比較したらよいかについて注意を払わ なければならない。 (12) カオス理論だけでは,複雑系の構造や一貫性,自己組織的結合力を説明することはで きないと Waldrop(1992)も述べているように(p.12,訳 p.11),カオス理論に限らず 何か1つの理論で複雑系全体を理解しようとすることは,難しいと考えられている。ま た,本文で取り扱う以外にも,複雑系を説明するための理論や概念があることは言うま でもない。 (13) Mandelbrot(1977)は,フラクタルな形には,曲線や面もあれば,不連結のダストも あり,その他にも,たいへん奇妙な形をしたものもあるので,それらに付ける適切な名 前が科学用語の中にも美術用語の中にも見出せなかったため(p.1,訳 p.1),彼は,ラ テン語の‘Fractus’から‘Fractal’(フラクタル)という用語を生み出した(p.4,訳 p.4)。 なお,‘Fractus’に対応するラテン語の動詞の‘Frangere’は,壊れる,すなわち,不規則な 断片ができるという意味であり,また,この‘Fractal’のアクセントは,フラクタルの 「ラ」の部分となる(p.4,訳 p.4)。 581 戦術的ピリオダイゼーション理論とエンパワーメント −137−
が現れる。このような性質を自己相似性と言い(石田2009,p.88),自己相似 性を持つものを総称してフラクタルと呼んでいる。フラクタルなものは,部分 の中に全体が無限に織り込まれているので,どの倍率で見ても同じ形に見えて しまい,どの倍率で見たのかが分からないため,適切な(特徴的な)スケール (大きさ)が存在せず,逆に,フラクタルでないものは,適切な(特徴的な)ス ケール(大きさ)が存在しているのである(今野2006,p.46)。例えば,ある 人を近くで見すぎても,あるいは遠くで見すぎても,その人が誰だか分からな くなってしまうため,普段は意識していなくても,私たちは人の外見的特質を !むために,適切なスケールを用いているのである。 ! カオス理論 カオス(Chaos)とは,一般的に用いられる「混沌」を意味するのではなく, 「実際は厳格な法則に従った振る舞いをしていても,偶然に左右されて進行し ているように見える」ことを言う(Lorenz1993,p.4,訳 p.2)"。すなわち,カ オスという現象は,ある規則に従っていながら不規則的な振る舞いをするよう な現象のことである(井庭・福原1998,p.74)。また,カオス的なシステムと は,現在の状態に生じている微小な差異が,やがては,可能な範囲内で最大の 差異にまで発展してしまうシステムのことである(Lorenz1993,pp.162−163, 訳p.163)。 Lorenz は,1972年12月29日に,アメリカのワシントン州で開かれた科学 振興協会の第139回の集会の地球的大気研究プログラムの分科会で,「予測可 能性:ブラジルで1匹の蝶が羽ばたくとテキサスで大竜巻が起こるか」という (14) Lorenz(1993)は,カオスを完全なカオスと限定されたカオスに分けて説明している (p.21,訳 pp.19−20)。完全なカオスとは,初期状態の後の振る舞いの殆どが非周期的な ものであり,周期性を示すようになるのは僅かの特殊な初期状態に対してのみであるの に対して,限定されたカオスとは,例えば,殆ど周期的な振る舞いをしているが,ほん の少しだけ非周期的な振る舞いを持つものである。なお,周期とは,周期軌道におい て,次の繰り返しまでに要する反復数ないしは時間のことであり,初期条件とは,研究 者が関心を持つ,ある時間区間の始まりの時刻でのシステム(系)の状態のことである (pp.206−213,訳 pp.208−209)。 −138− 香川大学経済論叢 582
発表を行い,そこで,単純な規則から複雑な振る舞いが生じることを示した (Lorenz1993,pp.181−184,訳 pp.179−182)。これが後に,カオスの持つ主な 特徴として表現されるバタフライ効果と表現されるようになったものであり, カオスは「初期値の鋭敏性あるいは敏感性」を持つと言われる由縁なのである!。 カオスの「単純な規則から複雑な振る舞いが生じること」と「初期値の敏感 性」を,ロジスティック写像" #を例に用いて説明しておく。このロジスティック 写像とは,個体数分布力学の分野で導入された方程式のことであり,限られた 食料などの下で,個体数が増減する要素同士が拮抗して次の世代の個体数を決 めていく機構を表しており,第n 世代の個体数を Xn,第 n+1世代の個体数を Xn+1,そして,係数を a とすると,「Xn+1=aXn(1−Xn)」の式で表さ れる(石田2009,pp.53−54)$。この式では,生物種の増殖と絶滅という自然現 象を考えた時に,実際には,個体数が増えると食べ物にも困るようになるだけ でなく,住む場所も窮屈になることから,個体数が増えてきたら,その増殖率 が下がるようなモデルが望ましいということで,「1−Xn」という調整作用が 導入された方程式となっている(今野2006,p.118)。詳しい説明は,今野 (2006,pp.81−129)や石田(2009,pp.53−61)に譲ることにして,結論を述べ ると,a の値が「3.5699456…」以上の時,ロジスティック写像の振る舞いが カオスになり,Xn は絶対に同じ値を取らず,周期を持たない振る舞いが現れ (15) 田坂(1997)は,「初期値の鋭敏性あるいは敏感性」を摂動敏感性と訳し,この摂動 敏感性を,ミクロのゆらぎがマクロの大勢を支配する性質であり,ごく僅かな摂動(ゆ らぎ)が極めて大きな変動を生じてしまう性質であると述べている(p.175)。そして, この性質が複雑系としての世界の性質である限り,現在に生じた僅かな変化が未来を大 きく変えてしまうことから,この摂動敏感性を持った世界の未来を予測することはでき ないと述べている。 (16) ロジスティック写像は,昆虫などの世代の重ならない生物の個体数変化を表すもので ある(井庭・福原1998,p.63)。 (17) 写像とは,集合A の要素 X に対して,集合 B の要素 Y がただ1つだけ決まる規則が 定まっている状態を言う(今野2006,p.86)。集合 A の各要素に集合 B の各要素を1つ ずつ対応させる規則が定まっている時,A から B への写像は定まっており,このような 写像は,関数あるいは変数と呼ばれている。 (18) 石田(2009)は,ロジスティック写像のこの式が方程式と呼ばれずに写像と呼ばれる 理由として,この式がある数(Xn)から別の数(Xn+1)への対応づけを表している 点をあげている(p.54)。 583 戦術的ピリオダイゼーション理論とエンパワーメント −139−
るだけでなく,このカオスが発生する a の値では,初期値を少しずらしただけ でも,後の振る舞いは全く違ったものになるのである(井庭・福原1998,p. 64)。さらに,a の値がカオス発生点よりも大きなところでは,突如として周 期性が復活している部分が見られることから,カオス現象の間にも周期性が潜 んでいるだけでなく,この周期性が復活する部分を拡大すると,さらに細かい 同様の振る舞いが含まれているというフラクタルな構造を持っていることが分 かるのである(p.66)。このようなカオスの発見は,今までランダムだと思わ れていたものの中に周期的なものを見出すことを通して,短期的な予測の精度 を上げることを可能にする反面,初期値の鋭敏性のために,長期的な予測が困 難であることを示すことになったのである(p.74)。 Waldrop(1992)によれば,カオスが非線形現象 ! であることや,人間の日常 世界でなら,ここの小さな出来事があそこにとてつもない影響を及ぼし得るこ とを知ったからといって誰も驚いたりはしないが,研究者にとっては,例え ば,風の流れや湿度を支配している方程式はとても簡単なはずなのに,蝶が1 ミリ左方で羽を1回ばたつかせていたら,ハリケーンのコースが全く違ったも のになっていたかもしれないということを知ることは,全てが信じられないほ どの敏感さで結び付いていることを認識し始めるきっかけになるとともに,非 常に単純なシステムが,驚くほど豊かな挙動のパターンを生み出し得ることに 気づき始めるきっかけとなったのである(p.66,訳 pp.81−82)。 このように,簡単な規則からでも,構成要素が相互作用することによって, システム全体としては複雑な挙動を取るのである(今野2006,p.128)。 以上のような線形性・非線形性とカオスの出現の関係を整理したものが,表 1である。 表1を説明すると,横の欄に,線形か非線形かの区分,線形・非線形の内容 が単純か複雑かの区分,カオスが生じるか否か,および備考欄を,縦の欄に, (19) Lorenz(1993)は,カオスの現象は非線形現象であるが,現象が非線形性を持つから と言ってカオス現象にはならないことを指摘している(p.163,訳 p.161)。その理由と して,非線形が,完全に線形にならないと言う意味でしかない点をあげている。 −140− 香川大学経済論叢 584
線形と非線形を置いている。 これまで説明してきたように,まず,線形(写像)では,その線形で表され る事象の中身が単純であろうが複雑であろうが,カオスは生じない。次に,非 線形(写像)では,非線形で表される事象の中身が単純であれ,複雑であれ, カオスが生じることもあれば生じないこともある。非線形の事象の中身が複雑 な場合にカオスが生じることは当然予測されることであるが,ここで重要なこ ととは,非!線!形!の!中!身!が!単!純!な!場!合!に!も!カ!オ!ス!が!発!生!す!る!ということである。 つまり,非線形の事象の中身が単純な中身あるいは規則であっても,構成要素 が相互作用することによって,システム(系)全体としては,複雑な挙動を取 ることがあり得るのである"。 ! カオスの縁 カオスの縁とは,系(システム)の構成要素が秩序に固定されてもいないし, それでいて分解して混乱もしていないような平衡点のことである(Waldrop 1992,p.12,訳 p.11)。全ての複雑系は,秩序と混沌を,ある特別な平衡に導 く力を有しており,カオスの縁とは,生命が自らを支えるのに十分な安定性を (20) 今野(2006)は,いわゆる数理モデルとしての複雑系の研究の流れは,あえて言えば, 全体は部分の総和であるという還元論,つまり,従来の科学の範疇に入ると指摘してい る(p.230)。 線形/非線形 単純/複雑 カオス 備 考 線 形 単純・複雑 生じない − 非線形 複雑 生 じ る のは当然のことである。複雑なところから複雑なものが出現する 生じない − 単純 生 じ る することが重要である。単純なところからでも複雑なものが出現 生じない − (表1)線形・非線形とカオスの出現 585 戦術的ピリオダイゼーション理論とエンパワーメント −141−
有しているところ,あるいは生命という名に値する十分な創造性を有している ところを指しているのである。すなわち,カオスの縁とは,カオスと秩序の狭 間にあって,混沌と安定に揺れながら微妙なバランスを保っている領域のこと である(石田2009,p.34)。そして,それぞれの系(システム)は,ある臨界 値あるいは閾値のようなものがあり,それを超えたとたんに,その系(システ ム)の様相や状態ががらりと変わる,つまり,秩序の状態がある臨界値を超え るとカオス状態に急変するような場合に,この臨界値をカオスの縁と言うので ある(p.35)。 ! 創発概念 Casti(1996)は,複雑系の驚くべき構成要素の振る舞いが「創発」に起因 すると述べており,この創発とは,サブシステムを個々に取りあげても出現せ ず,システム(系)の構成要素間の相互作用によって,予想もしなかったシス テム(系)全体の特性が生じることであると述べている(pp.91−92,訳 p.149)。 彼は,創発を,システム理論!の専門用語から導き,数多くの構成要素の相互作 用から生じるシステム(系)全体の振る舞いを表現するものとして捉えている。 つまり,システム(系)全体の振る舞いは,システム(系)の各構成要素をバ ラバラに分析しても予測することはできず,ましてや想像することすらできな いものなのである(p.82,訳 p.134)。例えば,水は,水素と酸素が結び付い た化合物であるが,水素は可燃性であり,水素も酸素もよく反応する気体であ るにもかかわらず,2つの物質が結び付いた時に生じる化合物である水は,液 体でかつ可燃性ではないという性質を持っており,これらは,構成要素が相互 作用した結果,突然出現したものなのである。 これに対して,井庭・福原(1998)は,構成要素の規則が全体の文脈によっ (21) 井庭・福原(1998)は,システム理論と人工生命分野の創発概念の違いとして,シス テム理論が,世界を,例えば,原子,物質および社会レベルという階層に分け,それぞ れの階層に特有の性質のことを創発的性質として捉えるというボトムアップの創発であ るのに対して,人工生命分野の創発を,ボトムアップだけでなくトップダウンも含む創 発であるとしている(pp.9−10)。 −142− 香川大学経済論叢 586
て変化し,それによって全体の文脈が変化するような系(システム)が複雑系 なので,システム理論ではなく人工生命分野の創発の意味を用いた方がよいと して,創発とは,多数の要素がそれぞれ局所的な相互作用を行うことによっ て,全体的な性質が生まれ,その全体的な性質が個々の要素の性質に影響を及 ぼすような仕組みのことであると述べている(pp.9−10)。 他には,このような区別はせずに,複数の要素が組み合わされることで,要 素1つひとつが持っていた性質からは予測できない新しい性質や現象が生じる ことを創発と呼んでいる(石田2009,pp.263−264)。 本稿では,井庭・福原(1998)が創発の概念を大きく捉えていると解釈し, 創発を,多数の構成要素がそれぞれ局所的な相互作用を行うことによって全体 的な性質を生み出し,また,その全体的な性質が個々の要素の性質に影響を及 ぼす仕組みのこととする。 以上のように,創発とは,複数の構成要素の相互作用によって新しい性質や 現象を生み出すこととなるのだが,田坂(1997)が述べているように,創発を, 部分の単純な挙動が全体の高度な秩序を生み出すプロセスと捉えることができ ることから,別の表現を用いると,自然に秩序や構造を生み出すという自己組 織化のプロセスとも考えることができるのである(p.66)。 ! 自己組織化 自己組織化とは,部分の単純な挙動が全体の高度な秩序を生み出すというプ ロセスであり,自然に秩序や構造を生み出すプロセスのことである(田坂 1997,p.66)。Waldrop(1992)も述べているように,相互作用の豊饒さが,系 (システム)全体の自発的な自己組織化を可能にするのであり,例えば,発生 中の胚の遺伝子は,肝細胞を形成したり,筋肉細胞を形成したりするなど,自 己組織化していくのである(p.11,訳 p.10)。また,自己組織化のシステム(系) は適応的であり,例えば,人間の脳が経験を学習するために,何十億のニュー ロンが結合し,組織化と再組織化を絶えず行っているように,出来事に受動的 に反応するのではなく,積極的に全ての出来事を利益に変えようとするもので 587 戦術的ピリオダイゼーション理論とエンパワーメント −143−
ある(p.11,訳 p.10)。 このような自己組織化の仕組みは,例えば,単一の細胞から経済システムま で,秩序とカオスの境界にある自然な状態(カオスの縁)に向かって,あるい は構造あるものと予期せぬものの間の大いなる妥協点(カオスの縁)に向かっ て進化していくのである(Kauffman1995,p.15,訳 p.39)。これは,Bak(1994) が示した自己組織化臨界現象と呼ばれるものであり,テーブルの上に砂山を作 り,ゆっくりとした一定のスピードで砂を加えていくと,砂が積み重なり,や がて雪崩がおき始めるという例から考えられたものである(pp.480−481)。こ の自己組織化臨界現象とは,砂山に,臨界状態あるいは臨界値を超えて砂が加 えられると,雪崩を起こし,砂山自身が臨界状態あるいは臨界値を保とうとす る性質のことである。また,同じスピードで同じ量の砂を加えているにもかか わらず,小さな雪崩も起きれば大きな雪崩も起きることから,砂粒の相互作用 によって,臨界状態あるいは臨界値を超えるとカオスが現れることを示すだけ でなく,臨界状態の砂山のような系(システム)を揺り動かすためには,特段 大きな力を必要としないことも示唆しているのである。 ! 共進化概念 共進化とは,例えば,私たちが進化した場合,私たちの競争相手も,私たち の進化に適応するために進化し,彼らの適応の結果,私たちはさらに適応しな ければならないという仕組みのことである(Kauffman1995,p.27,訳 p.64)。 この共進化のプロセスでは,ある系(システム)は独立して存在しているので はなく,他の系(システム)と相互作用しながら存在しているので,ある系(シ ステム)が変化すれば,他の系(システム)もその影響を受けて変化し,また, その逆のプロセスも起こるのである。 このような共進化の仕組みにも,秩序的な状態,カオス的な状態および転移 状態(カオスの縁)があり,共進化の系(システム)では,転移状態,すなわ ち,カオスの縁にある状態に向かって共進化しており,構成要素は自己の利益 のために活動しているにもかかわらず,系(システム)全体としては,まるで −144− 香川大学経済論叢 588
見えざる手に操られているかのように振る舞い,各構成要素が最善を尽くした 時に行きつくような安定的な状態へと進化するのである(Kauffman1995,p. 27,訳p.64)。例えば,生態系全体と個々の要素は共進化しており,複雑系で ある社会や組織もまた,部分と全体は共進化するという性質を持っているので ある(田坂1997,pp.131−132)。さらに,田坂(1997)は,社会に存在する問 題群の生態系を考えると,上位の問題と下位の問題とは,互いに影響を与え合 いながら共進化を遂げていくので,問題群を上位と下位の関係で捉えるとい う,どちらか一方が他方を決定するようなトップダウンやボトムアップのプロ セスとして見ることは適切ではなく,水平統合思考と垂直統合思考を用いて問 題群を捉える必要があると述べている(pp.133−134)。 まず,水平統合思考とは,多くの問題が相互に密接に絡み合いながら,問題 群の生態系を形成していることから,問題群の生態系の中の,個別の問題のみ を取りあげて解決策をはかるのではなく,生態系を構成する主要な全ての問題 に対して,これらを水平的に統合して同時に働きかけるような思考のスタイル のことである(田坂1997,p.134)。したがって,機械的世界観や要素還元主 義のように,問題を直線的構造の因果性で捉えて,この問題群の生態系か ら,1つの問題だけを分割して取り出し,その問題だけを,あたかも故障した 機械の部品を修理するかのごとく解決することで,そして,ある問題の原因と なっている問題を次々と!って解決していくことで,問題群の全体を解決する ことはできないのである(pp.134−136)。田坂(1997)は,これを因果性の問 題解決パラダイムと呼んでいる。 次に,垂直的統合思考とは,問題群の生態系の中の,あるレベルの問題のみ を取りあげて解決をはかるのではなく,その上位のレベルの問題と下位のレベ ルの問題に対しても同時並行的に働きかけることによって,これらを垂直的に 統合して,その解決をはかるという思考のスタイルのことである(田坂1997, p.140)。そもそも,問題群の生態系とは,様々な問題が相互に関係し合ってい ることを意味するのではなく,まさに,様々な問題が循環的構造を形成してい ることを意味しており(p.136),社会の複雑な問題の解決方法を考えるために 589 戦術的ピリオダイゼーション理論とエンパワーメント −145−
は,従来の直線的構造の因果性にもとづく問題解決パラダイムではなく,こう した循環的構造の共時性にもとづく問題解決のパラダイムこそ重視すべきであ ると田坂(1997)は述べている(p.137)。この共時性の問題解決パラダイムと は,病気の原因を,たんにウイルスだけに限定するのではなく,体力の低下, 体質の変化,食生活の習慣および精神的ストレスなど,様々な要因の複合的か つ循環的な現れとして病気を理解し,それらの諸要因を全体的かつ同時的に改 善していく漢方薬のような方法のことである(p.137)。 以上のように,本稿に必要な限りで,複雑系を説明するための6つの主要な 概念や理論を整理してきた"。複雑系は,複雑系であるがゆえに,その理解のた めの唯一の手がかりというものは存在していないので,本稿でも,複雑系を, いくつかの概念や理論から,複雑なまま捉えていくことにする。
! 複雑系の視点を用いた管理会計研究
管理会計研究の中で,複雑系を説明する様々な理論や概念を用いて,組織マ ネジメントを捉えようとした代表的な研究は,Johnson & Bröms(2000)であ る。彼らは,アメリカのケンタッキー州にあるトヨタの自動車工場とスウェー デンの大型商用車両メーカーであるスカニア社の調査をもとに,現場をリモー トコントロールするための会計システムや会計情報を含む組織マネジメントの やり方が機能しない原因を,複雑系の観点から捉え直し,新たな組織マネジメ ントの原理を提唱している。 以下では,Johnson & Bröms(2000)が提唱する原理のヒントとなったアメ リカのビッグ3(フォード社,GM 社およびクライスラー社)とトヨタ社の組 織マネジメントを比較しながら,まず,ビッグ3とトヨタ社の差が生まれた組 織マネジメントに対する着眼点の違いを説明する。次に,その着眼点の違い を,機械論的パラダイムと生命論的パラダイムを用いて検討していく。最後 (22) 複雑系を説明するための理論は他にもあるので,詳しくは石田(2009)や今野(2006) などを参照のこと。 −146− 香川大学経済論叢 590に,これまでの内容を踏まえて,Johnson & Bröms(2000)が提唱する原理の 問題点を探っていくことにする。 1.ビッグ3(フォード社,GM 社およびクライスラー社)とトヨタ社の着眼 点の違い 1950年代から1980年代半ばにかけての顧客ニーズの多様化や市場のグロー バル化に伴い,自動車業界の各企業には,多品種少量生産と低コストの両方が 迫られることとなった(Johnson & Bröms2000,p.13,訳 pp.29−30)。この企 業環境の変化に適応するために,アメリカのビッグ3と日本のトヨタ社が取っ た組織行動は全く異なるものであった。この行動の違いを,Johnson & Bröms (2000)は,複雑系の概念を用いて説明しようとしたのである。 ビッグ3とトヨタ社がそれぞれの組織マネジメントの方法を考え出した源の 原理は,T 型フォード車の大量生産で有名なフォード社のルージュ工場の組織 マネジメントであった(Johnson & Bröms2000,pp.14−17,訳 pp.30−34)。ル ージュ工場とは,アメリカのミシガン州に建設されたフォード社の自動車工場 のことであり,T 型フォード車の大量生産で有名な工場のことである。一般的 に,ルージュ工場で行われていたことは,1種類の製品を需要が満たされるま で,そして,生産能力の限界まで中断なく操業するという規模の経済性の追求 の象徴とされるものである。また,生産計画に沿って,機械と組織成員が可能な 限り同じ作業を繰り返すことから,組織成員は機械の歯車と考えられていただ けでなく,作業の流れに影響を与える主要な情報は,生産計画や工場レイアウ トなどの生産プロセスの外部から与えられるものと考えられていたのである。 このようなルージュ工場のマネジメントを,ビッグ3とトヨタ社は,着眼点 の違いから,次のように解釈したのである。 ! ビッグ3の見方 ビッグ3は,ルージュ工場の生産プロセスの切れ目のない流れをいくつかの 部分に分断化し,バッチ生産方式で多様な製品を製造することによって,製品 591 戦術的ピリオダイゼーション理論とエンパワーメント −147−
の多様性と低コストを実現できると考えたのである(Johnson & Bröms2000, pp.17−19,訳 pp.35−38)。ところが,このバッチ生産方式には欠点が3つあ り,それらは,分断した各セクションでの最適化を目指すためにセクション間 の不均衡の度合いが大きくなること,バッファーとして大量の在庫を抱えざる を得ないこと,および大規模な製造機械や輸送・作業の促進・スケジューリン グ・再加工のために追加的な資本あるいは間接費が必要となることであった (p.31,訳 p.54)。これらの欠点を克服するためにビッグ3は,価値を生み出 さない活動の排除によってコストを削減することが必要であると考え,例え ば,活動基準原価管理(Activity-based Management)や BPR(Business Process Reengineering)などによって生産プロセスを改善しようとしたのである!。 " トヨタ社の見方 トヨタ社は,ルージュ工場の生産システムから,最高の品質と可能な限りの 低コストで製品の多様化を実現するための3つの重要な特徴を発見したのであ る。 !切れ目のない流れ 切れ目のない流れとは,生産ラインから出荷されていく完成品のペースに各 作業のペースを合わせることである(Johnson & Bröms2000,pp.27−28,訳 pp. 48−50)。この切れ目のない流れがなぜ重要かと言うと,ビッグ3のように,生 産プロセスを分断化してバッチ生産を行うのでは,切れ目なく流れるシステム だけが持つ資源節約の可能性を損なってしまうことになるからである(p.29, 訳 p.51)。切れ目なく流れるシステムだけが持つ資源節約の可能性とは,切れ (23) 田坂(1997)は,これまでの企業の組織変革の考え方や手法も機械論的パラダイムに 沿って展開されており,例えば,リストラクチャリング(Restructuring:組織の再構成) やリエンジニアリング(Reengineering:業務の再設計)なども,企業などの組織を1つ の機械と見なして,自由に解体し,再設計し,再構築できるという発想の下に,企業の 理想的な組織形態や業務形態を設計し,これをトップダウンで管理していこうとする考 え方であったことを指摘している(pp.64−65)。 −148− 香川大学経済論叢 592