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非対称情報と銀行貸付-香川大学学術情報リポジトリ

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(1)

非対称情報と銀行貸付

吉 尾 匡

1.序 まず不確実性を,すべての経済主体に無差別的に,環境として与えられる環 境的不確実性(environmentaluncertainty)と,取引当事者間の情報ギャップ (コミュエケーションの不足

J

から生じる通信的不確実性(communicational uncertainty)とに区別しよう。前者は例えばl年後の今日の天候というような もので経済主体相互間で情報伝達(通信〉を十分に行っても消滅しない不確実 性である。しかし事後的にはすべての経済主体にとってその事象の生起が確認 できる。これに対して後者は,例えばl年後のA社の業績というようなもので ある。国民経済ないしは世界経済の動向といった一種の環境的不確実性に左右 されるような側面を別とすれば,

A

社の業績は

A

社自体がこの

l

年聞にどのよ うな手を打っかにかかっており,それは

A

社自体は熟知していても,その他の 経済主体には必ずしも明らかではない。つまり情報が非対称的(asymmetric) である。また,事後的にもいかなる事象が生起したかをすべての経済主体が必 ずしも確認することは出来なL、。というのはA社はその正確な業績を公開しよ うとしなし、かも知れないからである。 ところでこれらの不確実性のうち最初に経済学の分析対象として取り上げら れたのは環境的不確実性であった。しかし,現在の知識水準では全く予想する ことのできない不確実性を分析の枠組みの中に入れることは困難であるから, 「不確実性の経済学」において取り扱われたのは,生起すiる相対頻度が確定し (1) 早川英男(1986),pp..43-44

(2)

ているような不確実性,いわゆるリスグ

(

r

i

s

k

)

であった。 不確実性が存在するとしてもそれが環境的不確実性, ことにリスクだけであ れば,伝統的な経済学の延長線上に均衡を見出すことができる。例えば

Marko-w

i

t

z

P

o

r

t

f

o

l

i

os

e

l

e

c

t

i

o

n

の理論や,日

i

r

s

h

l

e

i

f

e

r

S

t

a

t

ep

r

e

f

e

r

e

n

c

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の理論,

C

o

n

t

i

n

g

e

n

t

c

l

a

i

m

s

m

a

r

k

e

t

s

の理論などがそれである。確かにすべての財につ いて先物市場ないし状態付請求権の市場が存在していれば環境的不確実性のあ る場合にも

P

a

r

e

t

ooptimum

が成立することになる。しかし,通信的不確実性 が存在する場合,つまり事象の生起事態が相互に確認できないような状況のも とでは状態付市場自体が機能しなくなるであろう。したがって,伝統的理論の 延長上に均衡を見出すことができないし,市場均衡の

P

a

r

e

t

o

最適性も保証で きない。また需給均等の法則や一物一価の法則も一般的には保証されないこと になる。それ故,従来の不確実性の経済学とは異質の経済学が展開されなけれ ばならないことになる。これが「情報の経済学」と呼ばれるものである。 さて金融市場は通信的不確実性が存在する典型的な市場ということができ る。つまり,情報の非対称性が最も問題となる可能性の高い市場と言える。そ こで本稿では情報の経済学の手法を金融市場に適用した例として.J

a

f

f

e

e &

R

u

s

s

e

l

l

の分析を取り上げ,これを手掛りに銀行貸付市場の性格を明らかにし たい。 II.非対称情報の問題 情報が非対称的である場合,まず起こって来るのは逆選択

(

a

d

v

e

r

s

e s

e

l

e

c

-t

i

o

n

)

の問題である。逆選択はもともと保険論の用語である。すなわち,保険者 〈保険会社〉が被保険者の事故確率を個別に正確には知り得ない時,つまり被 保険者と保険者との間に情報の非対称性がある時,保険会社が平均的な事故確 率に対応した保険契約を申し出ると,事故確率の低い優良な被保険者の退出を まねき,平均的な事故確率が高まってしまう。それ故,例えば保険会社が収益 (2 ) 吉尾匡三(1973)参照。

(3)

の増加をねらって保険料率の引き上げをした場合,優良被保険者の退出によっ て加入被保険者の事故確率が上昇し,保険金の支払額が増加して収益の減少を もたらす可能性もある訳である。 情報が非対称的である場合,保険市場だけでなく,財市場においても,金融 市場においても,同様の状況つまり逆選択の問題が発生する可能性がある。財 市場に関しては,有名な

Ake

似の中古車市場の例がある;多数の売手が優良 車や粗悪寧(l

e

m

o

n

s

)

を供給する中古車市場を考える。売手はそれぞれ自分の供 給する中古車の品質をよく知っているが,買手はその品質を判別できないので, どの車にも同じ価格がつけられるとする。この場合,粗悪車の売手は有利であ るからその車を売ろうとするが,優良車の売手は価格が一一定水準(留保価格

r

e

s

e

r

v

a

t

i

o

n

p

r

i

c

e

)

以下であれば手離そうとしないであろう。それ故,中古車 市場では粗悪車ばかりが取引されることになる。つまり「悪車は良車を駆逐す る」といういわばグレシャムの法則の中古車版が出現することになる。しかし (本来の〉グレシャムの法則では売手も買手も悪貨と良貨を判別しながら,等 しい交換比率での取引を認めているのに対して,中古車の場合は,売手は悪車 であるか良寧であるかを知っているが,買手の方は判別ができないために同じ 価格がつけられているという違いがある。ところで品質の差が連続的に変化す るような場合には,事態は更に深刻になってくる。というのは,粗悪品が,そ れほどはひどくない品を駆逐し,それが普通品を駆逐し,それが更にあまり良 くない品を駆逐しそしてついには良品を駆逐するという一連の作用の結果,市 場そのものが崩壊してしまうことが考えられるのである。 このように逆選択の結果,ついには市場の崩壊さえもたらす可能性があるが, そのように破局的でないまでも,非対称情報のもとでは市場は非効率的になら ざるを得ない。一物一価の法則は保証されず,財の価格は個々の品質に応じて ではなく,グループとしての平均的品質に応じて設定されるから,良質な財の 供給者から粗悪な財の供給者への所得移転が生ずる。また財の価格は市場全体 (3) Aker10f(1970) PP 489-490。

(4)

の品質に影響を与えることになり,単なる需給調整の役割以上の機能を果たす ことになるのである。例えば価格の引き下げが行われると,優良財の供給者は 市場から退出し,財の平均的品質が低下することになるのである。 III.不完全情報と信用割当 一-Jaffee

&

Russellの理論一一 保険市場と財市場において,非対称情報が逆選択の問題を起こすことを見て きたが,金融市場においてはどうであろうか。金融市場の中でも特に貸出市場 は,商品(債務証書〉がその売手(発行者〉の資質を反映して種々雑多であり, 買手である金融機関が商品の品質を個別に正確に識別するのは非常に困難な市 場である。それゆえ,貸出市場はまさに非対称情報市場であり,逆選択が行わ れておかしくない。.Jaffee & Russellはこのような貸出市場を特殊なモデノレに よって分析し,銀行行動の特徴を明らかにした。以下でその分析の大要を跡づ けておこう。 様々な債務証書の発行者(借手〉は次の

2

つのタイプからなっていると仮定 する。 「正直」な借手一…返済しようとする貸付契約だけを受け入れる。したがっ て借入は必ず返済する。 「不正直」な借手一不履行(default)の方が有利であれば返済しない。不履行 のコストが低ければ返さないが,その他の点では正直な {昔手と同じである。 貸手(銀行〉はこの 2つのタイプの借手を予め識別することができない。 く正直な借手の需要曲線〉 2期間のFisher型消費モデルを考える。記号等を次のように定めよう。 Yl, Y2 …借手の各期の所得(外生変数で各期首に支払われる。〉 (4) ,Jaffee& Russell(1976)

(5)

C

l

C

2 '"、借手の各期の消費(第

l

期の借入によって

c

を増加させ第

2

期首に利子を付けてすべて返済し,

C

2は減少する。〕

L

.

.

一・……借入額(貸付元金〉 r'一 ・ 利 子 率

R

・・………利子率要素

(

R

=

l+r)

各借手の効用函数

U

(

C

l

C

2

J

は準凹関数であるとし,これを最大にするように Lを決定する。 (1)

C

1

=

L

Y

1 (2)

C

2

=

Y

2-

LR

であるから

U

=

U(L+ Y

l

,れ

-LRJ

を最大化するようなLを求めればよ い。解の

1

階の条件は dU

(

3

)

d

L

=

U

l

-U

2

R

=

0

である。ただし

U

i

は第

t

変数に関する

U

の偏微分である。この

(

3

)

式を満足さ せるような貸付額

L

*

をRの関数としたのが,次の貸付需要関数である。

(

4

)

L

*

=

L

*

(

R

J

シこで五

ι

<0

であり,ま

t

.

:

:

.R

のある有限値

(

R

m

)

で貸付需要はゼロになる

dR

ー と仮定する。

0=L

*

(

R

m

J

(第

1

図参照〉。なお,上の効用関数から等効用曲線 群を求めると第

l

図の曲線上

I

I

I

I

I

I

V

が得られる。需要曲線はこれらの等 効用曲線の頂点の軌跡であるということができょう。 <不正直な借手の行動> 不正直な借手も

U

(

C

l

C

2

J

を最大化するように行動するのであるが,

2

つの (5) U(L+Y,,}今一LR)==K(一定〉とおき,これを全微分して解くと,五R 立i二些互 dL U2L

(U, /U2)-R~"<B~1_~ ""'=.u. ."'r~_ ,~" ^~j.~._ dR

=一一 L一一ーが得られる。需要曲線上ではU,-U2R = 0であるから,一ー=0とな

dL

る。すなわち等効用曲線は需要曲線との交点では水平となり,この点、の近傍においては曲 線は凹である。(Jaffee

&

Russell (1976), Appendix, pp 665-666参照〉

(6)

R N 第1図 L 場合があり得る。借入を返済する場合と踏み倒す場合とである。不履行の場合 には一定のコスト

Z

がかかるとし,これが第

2

期の所得れから差し号│かれる ことになる。この

Z

が約定元利合計より大

(Z>L*R)

ならば,正直な借手と 同様に借入の返済をするが

Z

の方が小

(Z<L*R)

ならば不履行となる。後者 の場合,各期の消費は次のようになる。

c=

Y

1十

L

*

C

2

=

Y

2

-Z

R Rm L 第

2

(7)

2

図 に お い て , 直 角 双 曲 線

Z

=

LRより右上の領域(斜線の部分,

Z

<

LR) で は 不 履 行 と な る か ら ,Z=LRは 不 履 行 軌 跡(defaultlocus)と 呼 ば れ る 。 需 要 曲 線L*

=

L*(R)は 仮 定 に よ り R軸 と 交 わ る 曲 線 で あ り , か っ U(Ct,

C

2

)

c

t

C

2

の 聞 に 粗 代 替 性 を も た ら す と 仮 定 さ れ て い る か ら , 両 曲 線 は

1

点、で 交わり Z=LRがL*=L*(R)を上から切ることになぎ。) こ れ ま で は す べ て の 借 手 の

Z

が 一 定 で あ る と 考 え て き た が , 現 実 に は こ の

Z

は 様 々 の 値 を 取 り 得 る 。 そ の 最 小 値 をZminと し よ う 。 貸 付 規 模LRがこれよ り 小 で あ れ ば , 不 正 直 な 借 手 で も 不 履 行 と な る こ と は な し 、 。 い ま え = (不履行 を し な い 借 手)j(全借手〉とすると,これは貸付規模の関数と考えられ(tI

=

tI(LR))

(5) tI(LR)

=

1 (LR三五 Zminについて〉 (6) tI(LR)は 連 続 で,X(LR)

<

0 (LR

>

Zmin について〉 である。(第

3

図参照〉 入

¥¥ 〈二人

[LR] Zmin LR 第3図

(

6

)

C

,と

C2

の聞に粗代替性があるということは,R↓(Rが低下〉の時,

C

↑ (C, ,増大),

C

2

↓(C2減少〉となることを意味する。

C

,については,

C

=

y,+L*であるから ,

R

QL

事↑

QC

,↑となる。他方

C

2

はC2=Yミ-L*Rであるから,

C2

↓となるためには くL

R)↑でなければならなし、。そのためにはL*↑の増加率がR↓の減少率(絶対値) より大でなければならない。しかるに,不履行L軌跡上では,LR

=

Z(一定〉であるから, Lの増加率と Rの減少率(絶対値〉が等しい。したがって,一定のRの下落に対し ,

L

の変化より L*の変化の方が大であり ,L*

=

L*(R)曲線はLR

=

Z曲線より緩やかな傾 斜をもつことになる。 (7) t.i(LR)関数についての考察は r正直な」借手と「不正直な」借手の場合ばかりでなく, 何らかの理由で不履行が発生する時には一般的に妥当するとし,それを「幸運な」借手と 「不運な」借手の場合について論証している。(Jaffee& Russell(1976), p..657)

(8)

<貸手の行動と市場行動> さて貸手である銀行は期待利潤を極大化するよう行動し,危険中立的である とする。資金は完全資本市場において,一定の市場利子率

i

で調達するものと し,利子費用以外のコストはないものとしよう。ここで

1

=

l+i

とすると銀行 の期待利潤

π

は (7)π ニ

LR

Jt

(LR)-LI

である。競争的貸付市場で、は均衡において

π

=0

であるから,

(

8

)

R

Jt

(LR)

I

となる。これが銀行の資金供給関数であり,第

4

図では曲線万すま

Y

で示され ている。 (8)式において

R=I

ならば,Jt

=l

であるから(5)式より L 孟

Zmin/I

である。供給曲線は

T

点を越えると右上がりか左上がりになる。いずれになる かは Jt

(LR)

の分布の性質に依存する。もしえが指数分布であれば,供給曲線は 右上がりからやがて後方に反転す町ることになる。第

4

図にはこの場合が示して ある。 R I O

R=J/

ι

RJ=

供給

Z

m

i

n

/

J

L

s

第4図

R=/[

l

=需要 L この供給曲線と需要曲線

(R

=J*(

L

)

L*

=

L*(R)

の逆関数〉との交点 (Ls, Rs)は需給が一致して信用割当が行われない均衡点である。ここではこの 交点が

T

点より右上にあると仮定されているから,均衡利子率要素Rsは機会

(9)

費用要素

I

を上回っている。

Rs

>

1

ならば,(8出 り 十

A[LR)

<

1

である。 したがって不正直な借手の不履行を補償するだけ

Rs

はIを上回っているので あり,正直な借手は不正直な借手のために割増負担金

(

R

s-1)を支払うことに なるのである。 以上のように

S

点で、の契約は信用割当を行わない契約であるが,もし供給曲 線の

S

点より左下の部分で契約が成立するとすれば信用割当が行われること になる。供給曲線上の契約であれば貸手は勿論応ずるはずであるし,借手もこ れを選好するので契約は成立することになる。その理由を第

5

図によって説明 しよう。折線

OTS

は供給曲線であり,

S

点を越える部分は省略しである。と ころで正直な借手は

S

点よりも

E

点を選考する。何故ならば

E

点の効用水準 〈無差別曲線II)はS点のそれ(無差別曲線I)よりも高いからである。契約

E

の利子率要素は契約

S

のそれより低い水準にある。したがって契約

E

の方 が不履行が少なし正直な借手にとって負担すべき割増金がすくなくてすむ訳 である。 R 1

/

0

T 第5図 L なお貸手にとっては契約Eよりも

E

'

の方が利潤が多いが市場の競争によって E~こ押し戻されることになるであろう。 ところで

E

点で均衡が成立しているところへ,新しい貸手が参入し,契約

H

(第

5

図参照〉を申し出るものとしよう。もし正直な借手だけが契約を結ぶと

(10)

すれば

R

H>

1であるから,契約

H

はその貸手にとって一応有利である。既存 の貸手はなお暫く契約

E

を継続するものとすると,借手に対して

2

種類の契約 が提供されることになる。このように,複数の契約がある時の借手の行動は次 のように特徴づけることができる。 ( i ) 正直な借手は契約

E

よりも契約

H

を選好する。

H

の方が割増負担金が少なく ,

E

よりも高水準の効用を保証する。 (ii) 不正直な借手は契約

H

よりも契約

E

を選好する。

E

の方が利子負担は大であるが,それを返済するつもりがないとす れば,不正直な借手はより多額の貸付けを受ける方を選好すること になる。 このことから,どの契約を選択するかによって,その借手が正直であるか不 正直で、あるかを自ら顕示することになる。これが自己選択

(

s

e

l

f

-

s

e

l

e

c

t

i

o

n

)

と呼 ばれるものである。 さて,以上のような新しい貸手の参入が市場に与える効果は以下のようにな るであろう。 新規の貸手が契約

H

での貸付を開始する。 G 正直な借手は

H

へシフト。

E

tIこ残るのは不正直な借手のみとなる。 G

E

での貸手に損失発生。契約

E

は市場から消滅。 G 不正直な借手も

H

ヘシフト。 G

H

の貸手に損失発生。(契約

H

は,正直な借手だけならば,貸手に有利であ るが,不正直な借手を含むと損失が出る。なぜ、ならば,

H

点はゼロ期待利潤 曲線である供給曲線

TS

の下方にあるからである。〉 契約

H

も市場から消滅。

o

(再び契約

E

に戻ることがあるかも知れない。〉 かくして多数契約の均衡は存在しなくなり,市場は失敗に終わるか,または契 約

E

と契約

H

の聞で循環的に振動することになるかのいずれかであろう。そ

(11)

れは参入に関する動学的仮定に依存するのである。 <市場の失敗に対する解決法一-.Jaffee等 の 結 論 > このように考えると,情報が非対称的で市場が競争的であれば,すべての借 手に対して信用割当の行われる安定均衡になるか, または不安定な振動ないし 市場の失敗とし、う結果になるはずである。しかし現実には必ずしもそうはなら ないで,市場が一応機能しているのは何故か。.Jaffee等によれば,市場の失敗 を免れさせるものは

1

つは独占を許容するような政府の介入であり,他は非 価格制度の活用である。まず独占に関して。寡占的競争下では信用割当が行わ れることもあるが,独占的貸手は信用割当等の非価格メカニズムによらないで 利子率を引き上げることによって利潤をあげる。すなわち,極大利潤を求める 行動の結果,期待限界収入と限界費用の一致する貸付額に対応する需要曲線上 の利子率要素が選ばれるから信用割当は起こり得ない訳である。このような独 占的貸手の存在は例えば営業についての特別の免許制度によって保証されてい る。第2の非価格制度の活用について.Jaffee等は借手に対する抵当の要求,出 資や手付金の要求,更には罰則などが不履行に至らせるか否かに影響を与える ことを指摘している。かくして「貸付市場の非価格制度を検討するのは,それ らが安定化の力をもたらすか否かを見出すということと,別のよりよい取り決 めがあり得るか否かを見出すということの両者のためである」と結んでいる。

I

V

.

情報ギャップの処理 以上の分析は特殊な想定のもとでなされたものではあるが,情報の非対称性 が,競争的な貸付市場を崩壊させる危険性を苧んでいることを鮮明に示してい る。そこで次の問題は,上述のような非対称情報が存在するにもかかわらず, 貸付市場が機能しつづけるための活動や制度を検討することである。更に言え ば,借手と貸手の間の情報ギャッブをいかにして埋めているのか,また埋める ( 8)

J

affee

&

Russell(1976)p..665

(12)

ことが可能であるのかという問題である。 (1) 借手の開示 情報ギャップ解消のためにまず基本的であるのは,情報優位者である借手の 側から,その資質やプロジェグトの内容を開示することであろう。これを通じ てはじめて貸手はそれらを知ることができる。一般に企業が資金調達のために 有価証券を発行しようとする際には,大蔵大臣に届出をし,企業内容を開示す ることが義務づけられているが(証券取引法第

4

条以下),このような形での開 示だけでは貸手の銀行にとって十分な情報とはなり得ない。また有価証券を発 行することができず,銀行等の貸手に頼らざるを得ない弱小企業も,証券取引 法とは無関係に,プロジェクトの内容等を開示しなければならない。資金を必 要とするプロジェクトの内容,成功の可能性等について借手がもっているすべ ての情報を,借手が貸手に伝達するのが最も望ましいことは言うまでもない。 その伝達が不十分な場合は貸手の判断を誤らせ,貸手の損失を招くばかりでな く,資金の,ひいては資源の最適配分を損なうおそれがあり,社会的にもロス が発生することが考えられる。 ところで現実には,情報の伝達は必ずしも十分でないのみならず,故意に誤っ た情報を伝えようとすることすらあり得る。すなわち,

f

苦手が自分に都合のよ い情報だけを伝えて都合の悪い情報は積極的には伝えようとしなかったり,場 合によれば偽りの情報を伝えたりする行動,いわゆる機会主義(opportunism) 的行動も稀ではない。しかしまた一方では,この機会主義的行動を抑制する自 己規制的動機の作用する可能性もある。というのは機会主義的行動をとった方 が目先の利益になるとしても,そのような行動によって,信用が失われるとす れば,長期的利益を損なうことになるかも知れない。このことが賢明な借手を 機会主義的行動に走らせないことになるであろう。 企業と銀行との間で長期的に安定的な取引がなされ顧客関係(good cus -tomer relationship)が形成されると,銀行に顧客企業に関する情報が蓄積さ ( 9) Williamson(1975) p 26, C浅沼他訳(1980)p..44J。脇田(1982)参照。

(13)

れ,企業との情報ギャップが縮小することになる。銀行にその企業の情報が蓄 積されるまでは,銀行がよく知らない企業やプロジェクトに対する貸付に共通 な厳しい条件での貸付にならざるを得ない。しかし顧客関係が形成され,銀行 と企業との情報ギャップが縮小することになれば,相対取引により,当該企業 にマッチした,借手により有利な条件での貸付が行われることになるであろう。 ところが機会主義的行動が一度露見すると,長期の努力によって形成された折 角の信頼関係を損ない,有利な条件が失われることになるから,企業には自己 抑制の誘因が作用するはずである。なお,脇田(1

9

8

2

)

ではこの誘因の強さは, 次の3つの要因によって左右されると指摘されている。 ① 機会主義的行動をとったとき,それが露見する可能性の大きさ。 ② 機会主義が露見した場合の罰則の大きさ(機会主義のコスト〉。 ③ 売手(借手〉の利益追求の時間的視野

(

t

i

m

eh

o

r

i

z

o

n

)

の長短。 (2) シグナルとしての借手の行動 前節で見たのは,借手の側からの積極的な内容の開示であるが,この節では 貸手に対する開示の意図をもたない借手の行動が,事実上,借手の資質を示す シグナルになることもあり得るという点を検討しよう。 まず,c.

]

a

m

e

s

(

1

9

8

1)ではアメリカの金融制度を前提として,補償残高

(

c

o

m

-p

e

n

s

a

t

i

o

n

b

a

l

a

n

c

e

)

と借入の約定料

(commitmentf

e

e

)

の組合わせの選択に注 目している。補償残高はわが国の両建預金に似たものであるが,これを維持す るための期待費用は,その企業の信用リスク(借入の不履行の確率〉によって 左右される。これに対し約定料はその影響を受けない。それ故,補償残高と約 定料とは完全代替的ではなく,その組合せかたによって借入の限界費用が異 なってくる。このことから補償残高と約定料の組合せについてオプションが与 えられた時の借手の選択行動は,いわゆる自己選択

(

s

e

l

f

-

s

e

l

e

c

t

i

o

n

)

であって, 銀行が借手を識別するためのシグナノレとしての意味をもつことになるのであ る。このことから更に,

]ames

は「銀行は預金利子に上限がないとしても別の (10) 脇田(1982)p 24。

(14)

価格形成法として補償残高を利用し続けるであろう」とも指摘してい京 シグナルとしての借手の行動に関して興味深いのは池尾 (1985)の分析であ る。次のようなモデ、時展開していぷ〉一定額の資金を必要とするプロジェク トを考え,プロジェクトの実行者自身が期首に保有している資金

W

oの中から

E

をその資金にあて,不足分は銀行からの借入

L

によってまかなう。ところで 借入額の一部は拘束性預金となるが,これには r'Dの利子がつくものとする。ま た保有資産のうち,プロジェグトに利用しない部分 (Wo-E)は市場利回り rB で運用されるとし,仮にプロジェクトが失敗した場合で、も,この部分はその企 業の期末資産として確保されるとする(有限責任制〉。プロジzクトが成功した 場合の期末資産

W

sは, Ws

=

(1

+

rB )J

V

;

け (μ -rB)E+ {(l-a'μ)一(r-rDa')}L となる。ここでμはプロジェクト成功のときの粗収益率,rは借入の表面金利,

δ

は拘束預金比率である。また,プロジェクトが失敗に終わった時の期末資産 WFi主, WF

=

(l+rB)(Wo-E) である。借手の効用は資産の関数 u

=

u(W)

u'

>

0,

u"

<

0

であるとし,プロジェクト失敗の確率を

π

とすると,期待効用

a

u=

ε(

u)

=

(1一

π

)u(Ws)+

π

U(WF) である。ここで Wo,rB, rDは所与であり ,

L

,μ,J[を一定とすれば

a

δ

と rの関数となる。

u

=

u

(

δ

r

)

これから無差別曲線を求めると,

δ

とrの聞の限界代替率は d乙

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u'(Ws) となる。通常,rB-rD>Oで,第2項も正であるから,この無差別曲線は右下 (11) James (1981)p.726

(12) 池尾 (1985)第4意, pp.. 111-112

(15)

がりである。ここで他の条件が一定で 7lが異なる場合を考えると

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Gπ となる。つまり失敗の危険が大であるほど限界代替率は大になる。それ故,今, 任意の

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と7の組合せから出発して,

δ

とrの代替の仕方について,し、くつか のオプショ γを銀行が提示した時,企業がどのような代替を選択す}るかによっ てそのプロジェクトの危険性を企業自身がどのように評価しているかについ て,銀行は大まかな認識を得ることができる。また池尾氏は「借手のリスクに 関する金融機関の情報が完全でない限り,低リスクの借手は,質の劣った主体 の存在がおよぼす負の外部効果のために,完全情報下よりも過大な拘束比率を 強いられる傾向がある」ことをも指摘している。以上が池尾氏のシグナルとし ての拘束比率の考え方の概略である。 ところで日本の場合 r経営者が自分の経営する企業の借入金に,個人保証を 与えている」のが一般的であり,したがって「経営者にとっては,企業の倒産 は個人財産の完全な喪失」を意味することになるとすればどうであろうか。池 尾氏は「外部市場での運用分については押収されないで済むという(池尾モデ ルの〉有限責任制の仮定は決して現実的なものであるとは言えなし、」と認めた 上で「このことは,拘束比率がシグナルとなる可能性を否定するものではない」 と結論している。 しかしこのような日本的状況のもとでは失敗をした時の期末資産は WF=

0

であり,したがって U'(WF)の項は存在しなくなるので, d

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1

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__.L=(rB-rD) dδlu= となり , rB

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YDであるとすれば,無差別曲線は右下がりの直線となり,

π

に よって左右されることはない。とすれば,なおシグナノレとなる可能性はどのよ うに論証されるのであろうか。 (13) 池尾 (1985)p..114

(14) 池尾 (1985)p“1150

(16)

これまで自己選択行動としてわれわれは,借入契約を行う時点での借手の短 期的行動を問題にしてきた。しかし長期的な取引の成果,特に借手の預金・借 入比率によって,その借手の資質を識別することは可能である。ここでの預金 は拘束性預金だけでなく,借手企業が自発的に蓄積してきた預金も含まれる。 したがって預金対借入(貸付〉の比が

1

を超えることもあり得る。預金残高が 多いのは担保力が大ということであるし,実効金利の引上げにも寄与する。そ れ故銀行は好ましい借手と判断するであろう。このようにして預金・貸付比率 は,短期的ないわゆる自己選択行動の指標とはなり難いとしても,長期的に形 成された一種のシグナノレと見ることもできるのではないだろうか。

(

3

)

貸手の審査 貸手側からの積極的な開示を待つだけでは勿論,十分な情報は得られないし, また借手の行動をシグナルとして利用するにも限度がある。いずれにしても情 報は自由財ではないから,時間とコストをかけて貸手が積極的に情報を収集し なければならない。雑多な情報の単なる集積のままでは役立たないことは言う までもなし、。それらの情報は整理され解釈されてはじめて意味をもっ。つまり 審査が行われなければならない。特に{苦手の返済の確実性に関する情報を整理 し解釈することが必要である。個別の貸付に当たって,借手企業やそのプロ ジェクトに関する情報の収集・審査にどれだけのコストをかけるかは,当該貸 付からの期待収益に左右されるであろう。期待収益以上にコストをかけるとい うことは,通常あり得ない。情報の収集と審査に要する費用は,必ずしも貸付 金額に比例する訳ではない。むしろ貸付金額と負の相関関係があるかも知れな い。長期にわたって取引が継続し,顧客関係が成立している企業とか,広く知 られている大企業への貸付の場合には,ほとんど調査費用を必要としないこと もあり得よれこれに対して,新規の貸付先や,零細企業の場合には,丹念な (15) ケインおよびマノレキーノレは,優良顧客を主として預金との関連でとらえている。すなわ ち①預金額が多いこと,②預金が増加しつつあること,③安定的預金であること,④古く から継続した預金勘定であること,⑤結びつきが強固であること,の5つの条件を備えた 顧客を優良顧客と見ている。 (Kane& Malkiel(1965)p..122参照〉

(17)

調査を必要とするであろうから,調査費用はむしろ大きくなる。このことから 中小零細企業に対する貸付は,その貸付からの期待収益より調査費用の方が大 となるケースが多くなるであろう。 この意味において,わが国のメインパンク制は注目に値する。シェーンホル ツ・武田(1985) では,メインパンクは「借手の収益性についての事前的,事 後的情報を生産し,発信する主体J,すなわち「中心的な(メイン〉情報機関」 であると定義されている。彼らによるとメインパンクと借手との取引関係は次 の6項目によって特徴づけられる。 ① 高い融資シェア ② 資本関係 ③ 人的関係 ④ 総合的な取引関係 ⑤ 長期的関係 ⑥ メリットの享受,デメリットの許容 メインパンクは平常時に,メイン取引によるメリットを享受する代わりに,企 業が窮地に立った時には救済しなければならないデメリットもある。企業は金 融緩和期にはやや高めの金利を負担するが逼迫期にも融資を受けることができ る。このようにメインパンクと企業は互いに保険をかけ合っているというのが ⑥の意味である。 このような広汎で密接な取引関係を通じて,企業とメインパンクの関係が形 成され,はじめて両者聞の情報ギャップは縮小する。それでもなおギャップは 完全には除去できないであろう。まして,メインバンク関係が形成されない多 くの中小零細企業との情報ギャップは大きい。この場合には,貸付を全く行わ ないか,十分な調査を行えないまま,ほぼ同様な不確実性をもっと見られる

1

群の企業に対し,若干の貸倒れが発生しても全体としては利潤を見込むことが 出来るような条件で貸付を行うかのいずれかであろう。 (16) シ=ーンホノレツ・武田(1985)p 14。 (17) シェーンホノレア・武田 (1985)p..13.。

(18)

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.

むすび一一金融機関の存在意義 ところでこれまでは,借手を情報優位者,貸手を情報劣位者として,その聞 の情報ギャップを問題にしてきたが,そのように割り切ってよいものであろう か。借手を一方的に情報優位者と位置づける見方ではプロジェグトの成否が もっぱら借手の行動にかかっており,それに関する情報はすべて借手の手中に あると考えている。たしかに個別のプロジェクトの成否は,その実行者がどれ だけ意欲的に取り組むかにもかかっていよう。しかし,なにがしかの機会主義 的行為によって,有利な貸付を受けようとすることはあるとしても,最初から 不履行を目論んで,貸手を欺こうとするような不正直な借手は例外と考えてよ い。大部分はプロジェクトの成功のために全力を尽くすと考える方が自然では なかろうか。そうするとプロジェクトの成否を左右するものは何であろうか。 まず第1に実行者の資質があげられよう。誠実にその計画の実行に当たるかど うかではなく,客観的にどれだけの実行力をもっているかという問題である。 それは「本人が一番よく知っている」とし、う側面もあろうが,むしろ第3者の 方が正確に評価できるという面のあることも否定できないであろう。自分の身 体でも本人よりも医者の方がよくわかるというのと似たケースもあろう。 次にそのプロジェクトに関連する特殊な専門技術のいかんが,その成否にか かわっていることは否定できないが,そのプロジェクトがその社会において市 民権を獲得できるかどうかの決め手となる第

2

の要因として,むしろ当該企業 やそのプロジェクトを取り巻く経済社会の状況をあげるべきだと思う。つまり, 自然科学的な専門技術上のノウハウもさることながら,一層重大な意味をもつ のは経済の現状や動向についての適格な判断であろう。専門技術上のノウハウ については明らかに借手が情報優位者であろう。また,ある狭い領域に限定す ればプロジェクトを取りまく環境について借手が情報優位者の位置を維持する であろう。しかしプロジェクトが結局は国民経済や世界経済の現状や動向等に 左右されるとすれば,借手よりも貸手の銀行の方が情報優位者と考えられるの である。ここにこそ,金融仲介機関の存在意義を認めることができるのではな

(19)

いだろうか。このように見てくると借手と貸手の聞の情報の非対称があること は否定できないが,これを一方的に強調し過ぎると金融機関の本来の機能を見 誤ることにもなりかねない。この観点から, 臼向野(1986) の審査能力に関す る分析は注目すべきものと思われる。 〔付記〕 本稿を執筆するにあたって,香川大学近代経済学研究会の先生方から有益なコメントをい ただきました。ここに記して謝意を表します。なお誤りがあるとすれば,筆者の責任であるこ とは申すまでもありません。 参 考 文 献 (1) 池尾和人「日本の金融市場と組織』東洋経済新報社, 19850 (2) シェーンホノレツ,武凹真彦「情報活動とメインパンク制」日本銀行金融研究所「金融研 究」第4巻第4号, 1985。 (3 ) 早川英男 rT情報の経済学」につし、て一一概念的整理と理論的可能性一一」日本銀行金 融研究所『金融研究』第5巻第2号, 1986。 (4 ) 日向野幹也『金融機関の審査能力』東京大学出版会, 1986。 ( 5 ) 吉尾匡三 rT状態選好理論」についてJ"香川大学経済論叢』第46巻第2・3号, 1973。 (6 ) 脇田安大「情報の非対称性と金融取引一一貸出市場における顧客関係の意義一一」日本 銀行金融研究局『金融研究資料』第13号, 1982。

( 7) Akerlof, George,“The Market for‘Lemons': Quality Uncertainty and the Mar-ket Machanism,"Quarter!y]ournal oj Economics, Vol 84, Aug 1970

( 8) J affee, Dwight M, & Thomas Russell,“Imperfect Information, Uncertainty, and Credit Rationing,"Qzωrter'!y fournal

0

/

Economics, Vol 90, No,4, Nov 1976 ( 9) J ames, Christopher,“Self-selection and the Pricing of Bank Services: An Analy

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0

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Financial and Quantitative Ana!ysis, Vol 14, N 0 5, Dec 1981

(10) Kane, E.

J

&

B, C Malkiel,“Bank Portfolio Allocation, Deposit Variability, and the Availability Doctrine,"Quaγterかfournal

0

/

E.ωηomz

ω

, VoL 79, No"1, Feb 1965

(11) Williamson, Oliver E, Markets and Hieraκhies ' Ana!ysis and Antitrust lmpli -cations, The Free Press, 1975 C浅沼禽里,岩崎晃一訳『市場と企業組織』日本評論社,

参照

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