• 検索結果がありません。

商人ギルドと工業ギルドとの衝突-香川大学学術情報リポジトリ

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "商人ギルドと工業ギルドとの衝突-香川大学学術情報リポジトリ"

Copied!
15
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

剛 蔵人邸ル肝と革工業薗との調勤 務人ギルドとエ葉ギルドとの聞に雫田が起りたることありや否やを開明にすることは、此の嗣拝のギルドの哉 娃を究める上に極めて必要なことであるが、此の鮎に潤しては経済史研究家の意見が区々であつて、甲論乙駁の 有様である。そこで本稿に於ては其の代表的挙者の桝論を糾介し、併せて私見の叫喘を述べて見たいと思ふので

商工経済研∴梵 第五懇望東 ︵茄配一

滴人ギルドミエ米ギルドミの衝突

商人ギルドミエ菜ギルド′ヾJの衝突

松 崎 賓 次

一、商人ギγドミ手工聖者ミの調和 二、商人ギルドヾJエ発ギルドヾしの衝突 三、プレシタノ及びグロス両虎の邦訳ド劃すろ批列 ︵二一七︶ 一

(2)

あ√る。 発づ最初に商人ギルドと工業ギルドとの術奨があつたか、なかったかを述べるに兜だちて、商人ギルドと手工 発着との開係を血管することが研究を進める上に便利であると信するから左に其の大要針述べることゝする。 英国に於ても、歓洲大陸k於ても、昔日は鞠老に反日はなく寧ろ調和し提携して居ったのであつて、此の鮎につ いては異論はない。特殊的例外はあるけれども、仙般的に諭すれぼ、大陸にありては十二世、英国にありては千 社一 二、ニて銅世紀墳迄は手工巣窟も自由に商人ギルドに加入することが田楽たのであつて、加入後と雑も職人なる が故に組合員たる商人から特殊扱ひをされたことはなく、⋮般組合員と同様にギルドメンとしての特種を享け、 ギルドの保護の下に仕事を紅塵して行くことが出来たのである。此の鮎に就てはブレンクノも﹁商人ギルドは主 として商人の錦織する朗であつたけれども、若し手工巣窟が申円に土地を朋有してゐて完全なる市民樺を栂て屈 託二 さへすれぼ最初から排斥されたのではない﹂と述べてゐるし、グロスも亦﹁手工業者が十二、ニて閃世紀に於ては 証三 自由に商人ギルドに加入することが許されて居たといふこと.は弧調トて匿く嬰がある﹂と言ってゐるのである。 然らば何故手写業者が商人ギルドの紺合となることを許されたか。其の珊由については私の寡議東聞未だ明確な る詮明を何人からも輿へられて居らぬけれども、私は次の理由に基づくものであると推測してゐる。即ちグ。ス も設明して旬るが如くに、其の時分には商人といふ百薬は、今日の大商人の意味ではなく、如何なる郡腰の品物 でもよいから資質してゐる着を放べて包合して商人と言って屈たのである。商人を斯くの如くに解する時旺は共 第五奄 弗三班 ︵二一入︶ 二

(3)

の時代の手工業者は叫而に於ては聯人であつたけれど軋、同時に他而に於てば商人であつたと晋ひ得るや斯くの 如くであるから職人と商人との限界は現代に於ける梯に明瞭ではなかったのは勿論である。 手工業者に資本が出来るに従って賃仕事から代金仕事に移った。換言すれぽ革漁る貿銀を受ける丑産から、生 産上の危険を負揺する代りに、胆管利益をも獲得せんとする年産に移ったのである。界雷すれぼ注文生産から市 葛生産へ.方向を柑摸していつたのである。かくなれば手工柴者はP。単に製作に要する原料を仕入れる計りでなく、 製品の放資をもなさねばならぬのは常然であつて、此磨迄磯慶した手手業者は益々商人的機能を教師することに なるのである。グロスは此の鮎について次の如く述べてゐる。即ち﹁各親方職人は商人として認められて居た。何 となれば丁度現代の桶屋・靴撃短軸尿其の他の職人がなすが如くに彼は自分の閻筍藍早入れ、而して其の製品を 自分の店舗又は露店で販資したからである。即ち手袋製造者は皮革を買入れ、麺劾屋ほ戴物を仕入れたのである。 肉声は肉を販資すると共に皮革をも労り、横紙工・漂白工・染物師などは羊垂や大帝を購入し放物を賛捌いた。叉 認幽 株皮師は樹皮や獣皮藍貝求め、草皮を放資した紆である。﹂と。叉プレンクノも手工発着が商的活動を可成盛にや って居たことについて次の如く畿表してゐるのである。﹁職人は初めは製作に嬰する原料の繁男をなしてゐたの 誰五 である。エドワード一こせEdward≡︵︼uN可−−uヨ︶の時代に於てさへロンドンの洋服屋はモ練物を盛に輸入してゐた のである。下って十六世紀に至ってもハンブルグの醸造業者は主要なる穀物商人であつた。﹂斯く手工発着が繭的 活動をしてゐたといふことは、此の時代には普通のそとであつて商人ギルドが組合員として彼等を迎へたのは彼 商人ギルアミュ葦ギル下ミの衝突 ︵こ⋮九︶ 三

(4)

︵二二〇︶ノ 甲

乾草巻 筋去就

等の浦動が商人たるこ騨を弔してゐた馬めであると思はれるのである。何ぼ今山つの珊由としては常時は商人と 手工柴者との間には繭紫経営上に於て甚だしき数字も起らず、寧ろ商人は手工発着よりも富裕であり、酢命的他 種も高く経済界に男飛してゐたのであるから、個人的関係からしても商人が手工柴者に靡迫せられる様なことは なかつたのである。∵況んや商人ギルドの圃鰭力を以てすれば、手工巣窟を支配することは容易であるし、ギルド の中に多少の手工業者が這入つて釆てもその島灘にギルドの平和が破られる恐れもなく、手工業者がギルドを左 右する稀有力になる杷愛も更になかつた。のみならすエ菜ギルドの莫達の初期に於けるが如くに、ギルドとLて ヽ 或は経済界忙、或は政治界に勢力を得る焉めに巧一人でも多くの組合員を有することが先づ第一に肝要である。 組合員が多くして国籍力が強ければ人的勢力が加はり、叉紺合員が多けれぼ加入倉も増すし、利益金∴寄附金等 も増大するから、物的勢力即ち金銭的勢力が強くなるから、ギルドの活動が容易になるのである。そこでギルド は商人の有資格者は勿論、手工発着迄も組合員たるを許し所期の目的を達成せんとしたのであると信すること・は 必ずしも不雷ではないと思ふ。然しながら朗によりては手工発着には市民鰭が典へられてゐなかった。例へぼ。 ンドン・べヴアーレイBe壱屠オックスフォード・マールポロ−三aユb。rノ2昔ウィンチエスクーWニJChester等にあ りては或る横紙工・晒布二等蛛先金なる市民権が異へられてゐなかったが如き之である。両七て貧乏であネ摘め に商人ギルドに加入することを許されなかったことも儲撫ではない。衛人は失え富を積む者が多かったのに反し、 争工業者には負乏人が多く、l遂には貧乏人と㌫へば手工業者の代名詞であるが如︷止励される梯陀姦サたことさ

(5)

へあるのである。丁度今日労働者といへば省乏人であることを‖心ひ起す程、労働者が辟臍上意まれてゐないのと 同じ状態に遥かれてゐたのがその時代の手工発着であつね。・斯様叱経済的に苦しめられてゐる者の申に多くの葦 例が見出される様に、手工巣窟の中には道徳を破り不正行馬をなし、或は法規を犯す者も多かつたであちう。読 、 殆を果さす他人の迷惑を顧みざる徒聾も繚出したであらう。かくの如き者が商人ギルドに這入っててれぼ横越的 にギルドに責献する期なきのみならす、消極的にギルドの名啓を毀損し、平和を撹乱することさへなしとは言へ ぬのである。のみならず商人階級は常時眈に富裕になつてゐて、質業界の貴族となり、世人の尊敬をもうけてゐた 廿∴に のであるから新興の職人階級と叫紹忙なつて仕溺をすることば、商人の品位を傷つけ配合的地位を引下げた様に 考ふる老もあつた。商人ギルドは之等の鮎を顧慮して彼等のギルドへの加入を拒絶したであらうと思ふ.。其の例 はデンマーク・ドイツ・ベルギーなどのギルドに見らる1桝であつて、之等諸国のギルドの規定の中に﹃﹁汚い手

のもの﹂。Withd三y′haコds。﹁青い爪を有するもの﹂。Wi旨blu2haコds。﹁稗上で品物を賛り歩く者﹂ へWhO hawked

h訂waresぎthes譜e叶s.︼等はギルドの組合員たるを得ず﹄といふ言葉が用ひられて居るのである。之は汚い芋を してゐる老や青い几をしてゐる者や筒上で商品の呼繁りをしてゐる様な宥比魯乏人に違いないのであるから、斯 様な貧しい手工発着を右に述べた理由によつて商人ギルドから排斥したものと思はれるのである。 ﹁英幽の商人ギルドはバロの統治国鰻であつて、手芯発着を塵迫し手工発着に勤してぬ暴政を行ひたる裕富な る商人の貴族困鰐である。而して彼等は郡市の疇業特種を濁占して之を手工発着に分射さることを拒んだ﹂との 商人ギルドビエ弗ギル、ドヾJの衝突 ︵こ二二︶ 五

(6)

努玉谷 第三既

︵二二こ︶ 六 詮をなす者はブレンタノを初めとして多数の単著があるけれども、グロスは此の詮に賛成してゐない。グロスの 遊ぶる朗によれば前記Pンドン・べヴアーレイ・オックスフォード・マールボロー・ウインチエスクー等にありては ある横紙エ。晒布工等には、市民権も輿へられて属なかつた雷賓のあつたことは疑ひはないけれども、而しそれ は寧ろ例外と見るべきであるり然らば何故に之等の郡市に於て彼等が市民横を恵受することが出来す、又ギルド の組合早こなることを禁ぜられたかと富へば、それは怒らく彼等は外囲から入込んで釆た職人で挙つて、新しく この仕苺を始めやうとLてゐるのであると、郡市常局や商人ギルドの組合員から認められて居た事情に依るもの であらうと考へる方が等質に近いと思ふ。若しプレンクノの論ずる様に手工業者が市民嗜も輿へられず、商人ギ ルドから排斥されてゐたことが串嘗なれぼ、之を謹明するに足る記事がその時分の記録に建ってゐなけれぼなら ぬ筈である。然るにかくの如き記録がない。のみならず、反封に手工柴老は原則として市民樺は得られ自由宣商 人ギルドに加入することが出来たことは常時の記録が明かに示してゐる桝であるとして強硬に反如してゐるので 詫七 あるじ之を妥するに少くとも十二世紀忙ありては欧洲大陸諸闊に放ても、英団に於ても、一般的に考察すれば、 手工業者が商人ギルドに自由にれ入することが机氷たと見てよい。而して桝によりてはある種類の手工業者は商 人ギルド竺泣入ることを拒絶されてゐたことも前記によりて明かである。けれども時代の進むにつれて手工葉者 が蟄展して米たので、商人階級との間に経臍的並に政治的競争が激しく起る様になつた時分に厄、手工柴者は商 人ギルドから排斥される様になつて衆たのである。

(7)

詔五 Breコ訂コ○、蒙m■P・C<ニ・ 空ハ 麻位田縛弱者欧洲檻勝敗 三二頁 ︵現代艦臍撃全集弗五各 日本評論祀版︶ 託七 GrOSSこbiやPPJOT岩∽・ こ−商Å邸飽許とエ裟串ル軒との衝突 英樹忙於ける商人ギルドとエ菜ギルドとの聞忙、激しい寧鋼が起ったと詭く単著を代表する者はプレンクノで あり、之に反してかiる寧闘は起らずと主張する単著を代表する者はグロスである。プレンクノの研究に依れば 統治者在る豊族即ち富みたる商人と、被治者たる貧乏人即ち手工業者との聞には激しい寧ひがあつた。而しなが ら初めの掛は統治者の勢力が強く手工発着は墜迫せられてゐたのであつて、毎にス!フスブルグStr。Sbur蔓は此 註二 許三 託四 商人ギルドさ工柴ギ〝ドヾしの衝突 異国l=駅てほ商工緩済研究弟こ食滞四戟拙稿﹁欧洲に於けろ中世の商人キ∴〝ド一書こて異観商人ギ芋の組織 lこ就て﹂参照 G岩SS一↓hcGニa家1Chaコt<○√1.PJOu.ぎ訂uに機械工托十四世紀にほウイカムWycOヨbe及びアソ下﹂ブ ア主コ旨凋rの商人ギγ下に加入すろ︰孟警れて屈チミ亜−=爽闊都市でほ機軌工及び晒布1育ニ⊥て三 世妃l=ほ身分の如何に丞絢、原則ミLて自由に=商人ギルドに加入する=ざを得たのみならず⋮の特棟みも事受 すろ︰ざが山東主旨み託す Breコ什aコ○︸○コ什heH⋮s[Oryaコdロeくeざpヨ2コ㌻監G云suP・∩<ニ・ GrOいS二b己.P.真芯 ︵二三三︶ 七

(8)

︵二二四︶ 人 第ノ五感 第三鱒 の傾向は甚だしかった。成る費族の如きは手工柴老から年竺二百クす一夕ー乃至囚百クオーターの燕穿を強奪し てゐたのであるっコロンでは手工業者は殆んど貴族の.艶妖にされてゐたのであつて、貴族が幾代も続くと其の農 奴たる手工共著の子孫は世襲的に其の資族の畠放となつてゐるといふ憐むペき状態にあつたのである。だから手 工茨者が統治者に勤して、憎悪の念を有し内心反感を持つてぁたのは常然のことである。而して十ニ∵四倣紀に 至れば此の念が益々眠くなり、彼等は統治者階級を戯除せんとさへするに至ったのであつて、此の反抗的精神と 不断の努力とは途に彼等をして猫立せしめ、単に統治者の蛙迫から脱し待たのみならず、統治者の勢力を衰劫せ しめて其の地位を樽倒し、以前の統治者む無し待るに至ったのであると、私は信するのである。かくの如き驚例 はお逸の郡市に多く見る朗であるが、更に手工菜老が囲結してエ菜ギルドを組織し、其の囲慣力を以て貴族隅歎 と非常に激しい衝奨を起したことは既に十三世紀に見らるゝことば魅史の示す朗である。然らば此の争闘の結果 は如何であつたかと富へば十囚世紀の終り頃には殆んどすべてめ那覇にありて、エ業ギルドが膠利を得てしまつ たのである。手工共著は今や郡市の市政にも怨敵し得るに至った。而して以前の支配階級と共に市合を組織し、 段々勢力を得る様になりて、市倉を左右する稜有力になつたのである。叉夙によりては貸族にして市政に蓼興せ んと欲する者は、強制的に工柴ギルド忙加入せしめた朗さへあつたのである。 以上は欧洲大陸諸国の郡苗に於けるエ菜ギルドが、遮に商業ギルドを祉服して市政に活躍するに至った職者を 述べたのであるが、英国に於ても同じ時代に同様の欒化が郁苗組戟の上に起ったのである。エ業ギルドが蟄生し

(9)

た時分には、商柴ギルドは之を塵倒せんと企てたけれども、其の目的は達せられなかったぐエドワード二世Edward ≡山○㍗︼山N両時代にはロンドンではエ纂ギルドは非常なる活動をなし市の自由種を完全に得食。而してヘンリー 六世エeコry≦−血NN⊥会︼時代に至ればエ柴ギルドの勝利は英園にありては鵬椴的となつたのである。 右によりて簡軍ながら私見を加へつ1ブレンクの詮の嬰瓢む述べたつもりである。然るにグロスはブレンダノ が英囲に於て商人ギルドとエ柴ギルドとの問鱒†凶世紀及び共他の時代に率闘が起り、其の結英はエ業ギルドの 勝利に蹄し、郡市政府が民主主義化したとなす鮎に関して反到を唱へ、かくの如き事嘗は英国には全然ない。然 るにも不拘プレンクノがかゝる詮を公にして以釆、多くの聾者が此の綴れる説に同する様になつたは、ブレンク ノが其の王位モ魚はなければならぬと厳しい攻撃の失を放ってゐるのである。而して彼が反封する理由は斯︵ゐ 如き衝爽の蜜例が英国でほ未だかつて見出されてゐないといふにある。弼逸に起った様なエ弟ギルドの革命は王 櫻の通い集団には起り得なかったのである。叉英国の多くの郡市にありては其の政府は古くから民主主義を採用 してゐたのであつて、エ柴ギルドが市政に開興した蔑めに、民主主義が市政わ上に硯はれて釆たのではない。十 囚世紀及び十方世紀中に英国の郡市政府に起った嘗際の欒化は、プレシタノ及び其の〓状の主張とは寧ろ反封の 方向に起ったりである。即ち多くの郡市に於ては初め市政は叫 将殊階級に屈する小数の争に移って行ったのである。而してこの小数の特殊階級の者が市政を司る様になると間 もなく、健力の濫用を始め一般市民に重税を戯離し、滞の財政を乱し、政治其の宜しき得なかったので市民は蛮 商人ギヤドミ工聖ギ〃ドミの衝突 ︵こ二五︶ 九 邁

(10)

第五巻 第三兢

︵二こ六︶一〇 政府に復踵せんことを巽ふに至り、遮に郡市の政府と咄般市民との問に争闘が起るに去ったのであつて、その寧 ひは市政府封市民の寧ひであつて決して商人ギルドとエ柴ギルドとの寧ひではないのである。尤も英国北部地方 の歯糞中心地の二二この郡市では、かゝる橿類の争闘にエ東ギルドが加はり、有利なる地位をパめて市政に蓼興 するに至り、遮に市政に重きをなす様になつた例はある。ニューカッスルZ2WnaSt−2デふルハムDurhaヨヨーク Y。rkカーリスル︹aユis訂モルペス三。﹁Pethダブリンロub︼ぎキルケニーKニkeココyの諸都市に於ける例は之佐屈す るものである。しかしながら之等の賓例は寧ろ例外と見るべきであつて、之を以て共闘金牌に通する原則である と考へることは挨謬であると言はなければならぬ。多くの郡市にありてはエ柴ギルドは単に経済機関であつて、 政治横路ではなかつたのである。プレンクノは此の鮎に閲しても﹁眈に述べた様に何鹿にても政清の橙力は手工 許こ 柴者の争に革挺し繚けられては居なかったけれども、而も彼等は猫立せる政府を有し、彼等の尚聾に関して■は裁 判舷を保持してゐたのである﹂と論じてゐるがこれも番賞に相違してゐる。或る単著も奮つてゐる様にロンドン やヱクセーターの如き郡市では、エ柴ギルドば其の雑食員に閲した小事件に対しては裁判樺を持ってゐたが、之 とても限られたる範囲内に於てのみ夢判樺を有してゐたのであつて、恨令事件が離合員に関係したことであつて も、その事件が大きい場合には工柴ギルドは蓼判する轢利はなかつたのである。而してギルドが裁判権庭有する 蕩合と雑も、決して絶封的に猫立せる滝のではなく、必ず郡市の政府ヤ普通評議禽の支配を受けねばならなかつ たのである。此の支配から脱して裁判することば絶割に許されて居らぬのである。だから一般的に言へぼ、何か

(11)

寄件が起った時にはギルドは之を裁判するといふよりは、寧ろ取調べを行ふといふことが其の職能になつてゐた 圭呂ふ方が雷ってゐる。グロスは右の設に賛成してゐるのであつて、何磨でもエ柴ギルドの組合員は殆んど猫立 の政府む有し猫立せる裁判権は持ってはゐなかったと断言してゐるのである。かくの如き事情の許にあつたから 郡市常局とエ業ギルドとの間に揉、時々衝突が起ったのは勿論である。刷例を摩げるならばエクセークーに於て は市雷局と洋服屋ギルドとの問に時々衝爽が起った。此の郡市ではエドワード四世Edward︼く︼余ナ∴;巴 の第六 年即ち、二凶六六年十劇月十七日ウエストミンスク一に於て洋服屋ギルドに特許状が輿へられたのであるが、其 の後市営局とギルドとの問に紛争が起り、エクセーター市長其の他から之が敬治運動が起り、続いて欺願書を提 出するに至ったのである。そこで同朝第二十こ年に試合注が制定せられ、之によつて遂に特許胱に記されて居た特 樺は取上げられてしまふことになつたのである。然らば特許批には如何なる事項が記されてあつたかと言へば、 其の主なる.ものは次の如くである。 二エクセーターに洋服屋ギルドを細粒することを許容廿ること。 二、叫人の組合長と四人の役員を選忽すること。 ≡、之等の役員は制服を着し合議・宴愈等を開催することを得ること。 四、右役員は組合員並に其の従僕に不正行為ありたる時は之を矯正すること。 鼠、役員は雷該ギルド、此のギルドに加入してゐる者及び洋服屋の職柴に閲して一般的に取締をなすこと。 商人ギル半ミ工発ギルドビの衝突 ︵∴二七︶一一

(12)

六、之等の役員及び市長以外の者は何人と雑も如斯支配擢料−有せざること。 七、常該ギルド妓二つの囲鰭であつてギルドの印鑑を朗有し、困鰐名に伐旬て訴訟を親すことが日米ること。 八、何人と難も市より許可あるに非ざれば洋服屋を開業するを得ざること。 九、善良にして誠嘗なる着でなければギルドに加入することを得ざること。 等である。 然しながらギルドの勢力は依然として伸長せられ、法律上では右述べた諸梓の特條は剥奪されてしまったけれ ども、事寛上に於ては之等の特樵を其のま1行使してゐたのである。其の後仲裁者が這入って事件は園満に解決 L完富局もエドワード豊の血ハヘ警護霞めることになつて鼓に蕗びギルド鱒公然この特掛の保有者とし 靡 許三 て所動することになつたのである。 以上運べ来った様にエ兼ギルドと市常用との軍ひほあつたけれども英閲忙於ては左程際い範囲に\起ったもので一 ほない。叉左程激しい琴ひとはならなかったのである。而して故にも述べた様にエ発ギルドが郡市の政治に巷興 することがあつても、葡ほ之は例外と考ふるが重富である。此の場合に於てさへもエ発ギルドと商人ギルドとの 間に術爽が起ったと考へることは正常ではないとグロスは考へてゐる。 託一詳剥けBre⊃小aコ○∵d峯−PⅦりCxトnXii右参照されたし 註二 Bre⊃taコ○こb声−P一nXニi 第五懸 第三携 ︵二こ八︶ 〓︼

(13)

許三 T●Sヨ彗↓E⊃隻sh Gニd⋮u′P・N岩以下に詳しき説明ぁり。就いて見ろべし /許四 GrOSS二b乙﹀PPJO↓⊥︼良 三 アレンタノ及びタ田風雨薦の所説陀酎す為批判 前二項濫於て諭する桝に依って、読者諸彦はプレンクノ及びグロス両氏の所見の嬰鮎を把来し得られたことゝ 侶する。然らば吾人は雨着の所論中何れを是とし何れを非とすべきや。此〃問題は現今と邸も梅ほ畢者の問に、 或は前者に加嬉し後者を排する者あり、或は反封に後者に味方し前者を駁する者ありて意見の叫致を軟いでゐる 状態である。ワルフォードWalfO−dイーツEeatsサルヴイオーニS巴く己コiグリーンGreeコアツシnレ一語h虐 ハントエ旨什フエルグソンFer雀SOコナンソン2aコSOnニコルスZ昏○ニsテーラーTayすアメリーpヨeryペインBaiコ 等の諸単著はプレンタノ改む支持し、スクツブスSどbbsカン﹂;グハムG。。。i。曾aヨフォン オーヘンコウス 卑▼−VOコOcheコkOWSkl等はグロスに組す。 抑々商人ギルド畿達の初期に於ては、手事業者をも原則と㌧て自由に之に加入せしめたことは前述せる如く、 畢者の意見も﹁致してゐるのであるが、後に至れてエ柴ギルドが蟹生し、年と共に畿達するに及んで市政.にも参 興し、商人ギルドを魔道して遂に其の地位を奪つてしまつたことも紅臍兜の教ふる所であつて、此の瓢について は何等の疑問も存しないのである。然るにエ柴ギルドの顎展に作って、商人ギルドとの問に申開が英囲に於ても 商人ギγド†草葦ギルドミの衝褒 ︵こ二九︶一三 邁

(14)

︵こ三〇︶ 二四

第玉食 第三戟

欧洲大陸に於けると同様忙起ったとのプレンクノの訟に勤してグロスは盛に其の紛れるを詮き自説の正しきを主 張してゐることは既に述べた通りであるが、私は未だ之を以てプレンクノの詮が打ち破られてしまつたとは考へ ぬのである。蓋し初め商人ギルドに手工発着を組合員として迎へてゐたのは、決して手工発着の馬めに粁臍的な り政治的なりの特樵を牲得せしめて、其の篭展をなさしめんが焉めではなくして、彼等を引入れて仙人でも組合員 を多くして、商人階級の経済的・政治的利益を増進せんが蔑めであつたのである。即ち商人ギルドの草礎を固く し、対外的にも勢力を携張し、特偲を撰大し、之を確保し経臍界並に政治界に勇飛せんとする手段に外ならなか ったのである。極端に言へば他人を犠聴にしても自らを肥さんとしたのである。少くとも動機は其庭にあつたの である。勿論結果から見れぼ手工発着も商人ギルドに加入することに依りて、利益を得たのであうぅ。何となれ ば彼等は職人としての活動をすると同時に、商人としての職能をもつくしてゐたのであるから、商人ギルドが組 合員たる商人の商的活動を有利に導く馬めに獲得した特椎は、手工菜者の商的活動の上にも、商人と等しく好影 響を輿へたといふことは見易き埋であるからである。文字工業者が商人ギルドに加入することによりて郡市行政 にも参興することを可能ならしめたのであるから、此わ酎から見ても手手業者は商人ギ几ドに加はることにより て利便を受けたわけである。然るに後年に至りて手工柴老の数も多くなり、資本も豊富になり、自覚特に階級意 識も田楽て釆たので、手工業者ばかりで而も同職の手工業者究でギルドを組放することが有利であり、必要であ ることを悟るに至って、遮にエ紫ギルドが作られたのである。而して之が段々各郡市に普及し菟達する様になつ

(15)

て、組合員たる乎工発着仙人としての繭的椚勤もエ豊ギルドとしての囲鰭的尚的活動も、愈々盛になつて米たの である。斯様な状態になれぼ商人と手工業者との個人的利害の背馳から街爽を釆たし、之が引いてはその偶人の 属する商人ギルドとエ業ギルドとの間に紛寧を惹起することもあれば、叉商人ギルドとエ真ギルドとが初めから 利害紺係相反する馬めに、正面衝突の起ったことは、歓洲大陸諸国に於ては勿論であるが、英囲に於ても起った と考ふべきである。況んやエ柴ギルドが次第に勢力を得商人ギルドと共に市政に参興するに至れば、鼓にも椛力 の奪ひ合払を亘じ、衝突の起り得ると考へるのは決して無碍な考へ方ではないと信する。グロスは英国にあつて は郡市常局と草業ギルドの衝突が起った虎に於てさへ、商人ギルドとエ業ギルドとの閥にかゝる辞ひは起ったこ とはないと主振してゐるけれども、しかしながら之丈の詮明では米たこの詮に服従し難いのである。仙固から考 へれば常時郡市の政治は資族階級が主となつて行ってゐたのであつて、而も此の貴族階級の[−J接をなすものは、 匡富を積んでゐる商人ギルドの知合員たる商人であつたのであるから、郡市常局とエ柴ギルドとの琴闘は、少く とも商人とエ柴ギルドとの衝突であり、従って商人ギルドとエ柴ギルドの紛争であつたと解鐸さることが出来る のである。然し乍ら勿論私も英国に於ける此の疎わ串間揺、欧洲大陸諸圃のそれに比すれば激烈でなつたことは 認める。聾するに私は欧洲大陸諸因に於ても、英的に於ても、或は躍臍的に或は政治的に猫占舷を幕政し、他の 階級を踵迫してゐた商人ギルドと工巣ギルドとが敬った路次、遂にユ某ギルドが前者を挺して其の地位に代った のであると考察するのである。ハ昭和五年六月十五日稿︶ 商人ギルドミ工弗ギルドミの衝突 ︵こ三〓 i五

参照

関連したドキュメント

      ︾+跨切

 第二節 運動速度ノ温度ニコル影響  第三節 名菌松ノ平均逃度

第一章 ブッダの涅槃と葬儀 第二章 舎利八分伝説の検証 第三章 仏塔の原語 第四章 仏塔の起源 第五章 仏塔の構造と供養法 第六章 仏舎利塔以前の仏塔 第二部

チ   モ   一   ル 三並 三六・七% 一〇丹ゑヅ蹄合殉一︑=一九一︑三二四入五・二%三五 パ ラ ジ ト 一  〃

2 学校法人は、前項の書類及び第三十七条第三項第三号の監査報告書(第六十六条第四号において「財

<第二部:海と街のくらしを学ぶお話>.

条第三項第二号の改正規定中 「

電気第一グループ 電気第二グループ 電気第三グループ 電気第四グループ 計装第一グループ 計装第二グループ 情報システムグループ ※3