1 産地の概況,背景 奈良県におけるキク生産は,生産面積 110ha,生 産量 4700 万本で全国第 6 位となっている(平成 29 年産花き生産出荷統計,農林水産省).奈良県とし ても,本県農業の柱となるリーディング品目のひと つに位置づけ,更なる生産振興を図っているところ である.ただ,奈良県のキク生産は,多数の品種を 組み合わせて利用する露地栽培が中心となってお り,生産品種群の構成には大きな特徴が見られる. 全国的には,第 1 図のように(大中)輪ギクが約 5 割, スプレーギクが約 2 割,小ギクが約 3 割となってお り,施設と露地の両方で栽培されている.これに対 し奈良県では,小ギクが 9 割を占めており,スプレー ギクはほぼ皆無である.また大中輪ギクでも,全国 的に生産量の多い白大輪ではなく,二輪ギクやミス 菊といった特色ある品種が主になっている. 奈良県内におけるキク生産の歴史は古く,大正末 期から昭和初期にかけて,県西部の生駒金剛山麓の 平群町や當麻町(現葛城市)で導入され,現在は小 ギクを主とする平群町と輪ギク(中大輪ギク,二輪 ギク)を主とする葛城市周辺が主産地となっている. 平群町は,県営農地開発事業(1985~2003 年)に よる造成畑を中心に,小ギクに特化した規模拡大が 進み,小ギクだけをとれば,沖縄県に次ぐ全国第 2 位の産地となっている.葛城市では小ギク生産も増 加傾向にあるものの,1 本の茎に 2 輪の頭花を付け る二輪ギクの生産では全国第 1 位となっており,「葛 城の二輪菊」として地域商標も取得している.しか し,これらの産地では近年,いくつかの生産上の問 題が,規模拡大や新規就農の妨げになっているとし て,普及現場から提起されていた. まず,小ギクにおいては,春から夏にかけての高 温傾向によって,需要期である旧盆に向けた 7~8 月咲き品種の安定出荷が難しくなってきたこと,沖 縄県産との端境期にあたる 5~6 月咲き品種で切り 花長が短くなる品質低下が見られることである.ま た,輪ギク生産では,盆・彼岸の繁忙期に重なる摘 芽作業が敬遠されて二輪ギクの生産量が減少傾向と なっていることである.これらの現地課題を解決す る方法のひとつとして,新品種の育成が普及現場か らの要望としてあがり,農業研究開発センター(以 下,農研センターとする)での育種が開始された. 2 普及活動の取り組み 1)取り組みの経過 2007 年度より,農研センターでは品種育成のため の交配と選抜を開始した.2008 年度には,普及組織 が中心となって県内の切り花キク生産者団体(出荷 組織および研究会組織),普及,研究および行政の 県機関,JA 等の関係機関からなるキク品種選定普 及会議(以下,同会議とする)を立ち上げた. 同会議では第 2 図のように,育種目標の検討,農 研センター育成系統についての意見交換,有望系統 新近畿中国四国農業研究 3 71-74,(2020) 〔普及活動レポート〕
生産者や関係機関と協同した切り花キク品種の育成と普及
仲 照史
奈良県農林部農業水産振興課農業技術支援係 第 1 図 全国(左)と奈良県(右)の生産量における品 種群ごとの割合 (農林水産省 平成 28 年産花き生産出荷統計より作図)新品種普及に向けての検討においては,品種登録出 願時の品種名や出荷時の流通名についても,生産者 や関係機関の意見を元に決めるようにしている.こ うすることで,県内産地みんなの品種という意識を 共有することに繋がっている. 同会議において,現地普及性が有望と判断された 系統については,県として品種登録を行うこととし ている.同会議の発足から 10 年を経て,これまで に出願中を含む小ギク 5 品種と二輪ギク 5 品種を育 成し,県内産地への普及を進めてきた(第 1 表). 2)キク品種選定普及会議の構成員と役割分担 同会議の招集・運営は,県庁の農業水産振興課に 配置された花き担当革新支援専門員が行っており, 各普及指導センター(農林振興事務所農業(林)普 及課)の花き担当普及指導員を通じて,各産地の生 産者組織や関係機関との調整を行っている. 有望系統の現地適応性試験にあたっては,普及指 導員が試験圃場の設置運営,生育および開花の調査, 栽培技術指導,生産者意見の収集・整理を行ってい る. 農研センターは,同会議で提起された意見を参考 として当面の育種目標を設定するとともに,農研セ ンターの試験研究計画に位置づける.その上で,在 来品種の収集,交配親の選定,交配および選抜を実 施している.これまでの育種目標としては,「気象 変動に安定した開花特性を持つ小ギク品種の育成」, 「開花時期が早く茎伸長性の優れる夏ギク品種の育 成」,「摘芽を省力化する無側枝性二輪ギク品種の育 成」,「ウイロイド性キク矮化病の抵抗性中間母本の 育成」などを掲げて育種を進めてきた. 県機関以外の関係機関としては,奈良県農業協同 の現地適応性試験による評価および新品種普及に向 けての検討を議論することとしており,育成系統の 開花時期に合わせて,毎年 2~3 回開催している. 特に,育成系統の意見交換に際しては,農研セン ター内の研究圃場での検討(第 3 図)において,実 生選抜段階から生産者や関係機関の声を何度も聞く ようにしており,このことが結果的に育成期間を短 くすることに繋がっているものと考えている.また, 1)育種目標の検討 2)育成系統についての意見交換 3)有望系統の現地適応性試験 による評価 4)新品種普及に向けての検討 キク品種選定普及会議 研 究 に よ る 交 配 ・ 育 成 普及による栽培指導と現地適 応性調査、問題点把握等 登 録 出 願 有望系統を現地適応性試験 有望系統の 絞り込み 県 の 知 財 管 理 手 続 き 普及による栽培指導、市 場や実需者へのPR 県内産地に作付け、普及 第 2 図 県育成品種普及までの流れ 第 3 図 キク品種選定普及会議における農研センター圃 場の検討会 品種群 花色 開花期 特色 登録番号 登録年月日 千都の輝 ( セントノカガヤキ ) 二輪ギク 黄 7月 適度の無側枝性 21348 平成24年2月2日 春日の紅 ( カスガノベニ ) 小ギク 赤 8月 開花時期の安定性 22340 平成25年3月6日 千都の風 ( セントノカゼ ) 二輪ギク 白 10月 適度の無側枝性 24876 平成28年3月7日 千都の舞 ( セントノマイ ) 二輪ギク 黄 10月 適度の無側枝性 24776 平成28年3月1日 春日の鈴音 ( カスガノスズネ ) 小ギク 赤 7月 開花時期の安定性 25914 平成29年3月28日 千都の恋 ( セントノコイ ) 二輪ギク 赤 10月 適度の無側枝性 25768 平成29年3月1日 千都の粋 ( セントノスイ ) 二輪ギク 白 10月 適度の無側枝性 25769 平成29年3月1日 春日W1 ( カスガW1 ) 小ギク 白 6月 低温期の茎伸長性 27042 平成30年10月10日 春日Y1 ( カスガY1 ) 小ギク 黄 5月 低温期の茎伸長性 27043 平成30年10月10日 春日Y2 ( カスガY2 ) 小ギク 黄 8月 開花時期の安定性 登録品種名 (33680 平成31年2月12日 出願公表) 第 1 表 奈良県で育成されたキク品種(登録品種および出願公表) 新近畿中国四国農業研究 第 3 号(2020) 72
温区と露地で栽培する慣行区の 2ヶ所に栽培し,両 区の開花日が同時期であることを基準として選抜し た. 2007 年の育成開始から 2019 年までに,赤の花色 で 8 月 4 日前後に開花する‘春日の紅’,これより 1 週ほど開花の早い‘春日の鈴音’および黄の花色で 8 月 4 日前後に開花する‘春日 Y2(流通名:春日の 星)’の 3 品種を育成し,平群町と葛城市の産地に 普及が進められており,これら 3 品種で,のべ 65 戸で約 0.7ha が現段階で普及している(第 4 図).同 会議では,白の花色で同様の生態特性を持つ後続品 種を育成する方向で検討を進めている. 2)低温期の茎伸長性に優れる 5~6 月咲き小ギク 奈良県の小ギク生産にとって出荷初めにあたる 5 ~6 月出荷作型は,冬春産地である沖縄県との端境 期となっている.しかし,この作型は冬から春にか けての低温期に栽培するため,多くの品種で茎が伸 長し難く,切り花長を確保しにくい.こうした栽培 上の問題を改善するため,低温期の茎伸長性が良く 6 月上旬までに咲く夏ギク型品種の育成を進めた. 2011 年の育成開始から 2018 年までに黄の花色で 5 月下旬開花の‘春日 Y1(流通名:春日の光)’と 白の花色で 6 月上旬開花の‘春日 W1(流通名:春 日の泉)’の 2 品種を育成し,平群町と葛城市の産 地に普及を進めている(第 5 図).現段階では 2 品 種で,のべ 33 戸,約 0.6ha の普及状況である.これ らは,電照による冬春期生産に利用され低温伸長性 組合の本店および各営農経済センター,奈良県花き 植木農業協同組合,生産者組織としては,奈良県農 協農産物生産・流通部会に属する西和花卉部会と葛 城出荷組合,花き植木農協の切り花部会,葛城切り 花ギク研究会,南和花き園芸組合などの参画を得て いる. これらの農協や生産者組織では,同会議で現地適 応性試験を実施することとした有望系統の試験圃場 の栽培管理と評価を行っている.また,登録された 品種の利用にあたっては,これら 2 農協が利用許諾 を受けた上で,各産地内の生産者団体において種苗 の増殖・再配布を行っている. 3 普及活動の成果 1)高温年でも開花期が安定する 7~8 月咲き小ギク 近年,春から夏にかけて高温となる年が多く,旧 盆向けの 7 月下旬~8 月中旬出荷の作型で,小ギク の出荷時期が不安定になっている.これに対し,奈 良県では電照抑制栽培による計画出荷を推進してお り,大中規模生産者を中心に 3ha 程度まで普及して いる.しかし,中小規模生産者では依然として,露 地季咲き栽培が主体となっているため,産地全体の 出荷期変動の問題は解決できていない. そこで奈良県として,開花時期が年次変動しにく く開花斉一性に優れる旧盆出荷向け 7~8 月咲き品 種の育成を進めた.高温の影響を受けにくい交配親 を選定し,それらの交配実生をハウスで栽培する高 第 4 図 高温による開花変動の小さい 7~8 月咲き小ギク ‘春日の紅’(左)と‘春日の鈴音’(右) 第 5 図 低温での茎伸長性に優れる 5~6 月咲き小ギク ‘春日 W1’(左)と‘春日 Y1’(右) 73 仲:切り花キク品種の育成と普及
び‘千都の粋’の 5 品種(第 6 図)が育成され,葛 城市の生産現場に普及している.ただ‘千都の輝’ については,普及段階の生産現場で,キク矮化ウイ ロイド(CSVd)の被害が顕著に発生したため,現 在は登録を抹消している.この対策技術の検討から CSVd 抵抗性育種の可能性を見出し,小ギクでの抵 抗性中間母本の育成を継続中である. これらの品種はいずれも,奈良県在来の二輪ギク 品種を片親として,輪ギクや中間母本から無側枝性 を導入した品種である.切り花収量の 1~2% で 1 輪咲きとなる切り花が発生するものの,ほとんどの 切り花を二輪仕立てにできる適度の無側枝性を持っ ており,盆・彼岸の繁忙期に重なる芽かき作業を 2 割程度までに省力化できている. 4 今後の展開方向 日本にあるキクの品種は,温度や日長に対する反 応性から夏ギク,夏秋ギク,秋ギクおよび寒ギクと いう 4 つの品種群に分けられているが,これら全て を用いて露地長期出荷ができるのは,近畿中国四国 地域に限られている.近畿より北では,冬の寒さの ため夏ギク型や寒ギク型が使えず,九州南部や沖縄 では冬の寒さが足りないため,夏秋ギク型品種の利 用も制限される.奈良県の産地では,これら全ての 品種群,200 以上の品種を使った露地長期出荷によっ て,低コスト生産を実現している. 筆者らは,この有利性を活かして価格競争力に優 れる産地育成を進めたいと考えている.旧盆のよう な一時的な高需要には,電照抑制栽培などの技術対 策を織り込みつつ,戦略的な品種育成を進めていき たいと考えている.加えて,CSVd 等の病害虫抵抗 性や高温耐性など民間育種では取り組みにくい生態 的育種においても,キク品種選定普及会議とともに 品種育成を継続したいと考えている. に優れる秋ギク型品種と日長反応性のない早生夏ギ ク型品種との交配から育成されており,これに続く 有望系統の育成を継続している. 3)無側枝性を有する二輪ギク かつては全国各地で生産されていた二輪ギクは, 今日では奈良や兵庫など露地季咲き産地の一部で生 産されるのみとなっている.一方,生け花花材など 根強い需要があり,「葛城の二輪菊」は希少な産地 の逸品として有利販売が行われている.ただ,二輪 仕立てのためには 1 茎で 15~20 個もの腋芽を取り 除く必要があり,その芽かき(摘芽・摘蕾)労力が 大きいため,小ギクへの切換が進むなどで生産面積 が 1.1ha まで減少している. 二輪ギクの既存品種には,一輪ギクで実用化され ている高温で腋芽が出難くなる性質(無側枝性)の 品種が存在しなかった.また,民間育種会社での新 品種も近年では,ほとんど育成されなくなったこと から,奈良県では無側枝性を二輪ギクに導入し,栽 培の省力化を可能にする新品種シリーズを開発する ことを目指した. 2018 年までに 7~8 月咲きの‘千都の輝’,10 月 咲きの‘千都の舞’,‘千都の風’,‘千都の恋’およ 第 6 図 奈良県育成の無側枝性二輪ギク ‘千都の風’(左)と‘千都の舞’(右) 新近畿中国四国農業研究 第 3 号(2020) 74