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立体視画像観察時に固視刺激の奥行きが周辺視野の奥行き知覚に及ぼす影響

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DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.39.1

立体視画像観察時に固視刺激の奥行きが

周辺視野の奥行き知覚に及ぼす影響

小 林 秀 明

a,

*・前 原 吾 朗

b a神奈川大学大学院 b神奈川大学

The effects of perceived depth of a fixation stimulus

on peripheral depth perception while observing

stereoscopic images

Hideaki Kobayashi

a,

* and Goro Maehara

b a Graduate School of Human Sciences, Kanagawa University

b Kanagawa University

The present study investigated the effects of perceived depth of a fixation stimulus on peripheral depth percep-tion while convergence and accommodapercep-tion produced inconsistent depth cues. We presented a standard stimulus at the central visual field and a comparison stimulus at the peripheral visual field. Observers judged whether perceived depth of a comparison stimulus is located or not on the fronto-parallel plane at a standard stimulus while fixating it. The convergence of a standard stimulus was varied as an independent variable. We measured points of subjective equality of perceived depth between the standard and comparison stimuli. Perceived depth of a comparison stimulus was located closer as the eccentricity increased. This shift of perceived depth was smaller when the convergence an-gle was large. This result suggests that the effects of accommodation on depth perception are comparatively larger in peripheral visual field while convergence is the main depth cue in the central visual field.

Keywords: stereoscopic vision, convergence, virtual reality, peripheral vision

は じ め に バーチャルリアリティ(Virtual Reality: VR)は,コン ピュータ・グラフィックス(CG)によって映し出され る映像や音声で構成されており,観視者の感覚を刺激す ることにより人工現実感を与える技術である。VRは, 「みかけや形はそのものではないが,本質的あるいは効 果としてはそのものであること」(日本バーチャルリア リティ学会,2011)と定義されており,リアルでは体験 できないことも可能とするところに特徴がある。奥行き 感は,両眼視差や輻輳,調節など,複数の奥行き手がか りを組み合わせて知覚されているが,立体視をシミュ レートするVR環境では輻輳と調節が一致しないという 特徴がある。例えば,注視している刺激が画面より手前 や奥に知覚されるように画面上で位置をずらして呈示さ れるとき,輻輳は画面よりも手前や奥に合わせられてい る一方で,調節は画面に合わされていると考えられる (VA問題: Vergence-Accommodation Problem)。VR環境に おいて意図した通りの奥行き感を生じさせるためには, 調節と輻輳が一致していないときの奥行き知覚について 調べる必要がある。また,このVA問題は違和感や酔い の原因である可能性も指摘されており(Toates, 1974; 井 上,1993; 不二門,2012),快適な呈示方法の開発という 観点からも調節と輻輳に乖離がある環境での奥行き知覚 は検討する意義がある。 調節と輻輳は1 m以下の近距離で有効な奥行き手がか り と さ れ て い る が (Leibowitz, Shiina, & Hennessy, 1972; Foley, 1980),輻輳と調節のそれぞれから得られる奥行き Copyright 2020. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. * Corresponding author. Graduate School of Human

Sciences, Kanagawa University, 3–27–1 Rokkakubashi, Kanagawa-ku, Yokohama-shi, Kanagawa 221–8686, Japan. E-mail: h.kobayashi@jindai.jp

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手がかりに乖離があるとき,どちらの手がかりに基づい て奥行きは知覚されるのだろうか。Swenson (1932) と Richards & Miller (1969)は,輻輳と調節が一致しない状 況において光点の知覚された奥行きを計測する実験を 行った。彼らの実験から,知覚された奥行きは輻輳と調 節のそれぞれが対応する奥行きの間にあるが,輻輳に対 応する奥行きにより近いことが明らかになった。また, Swenson (1932)は,輻輳と調節が広く乖離したときに は調節を無視して輻輳の手がかりに依拠する傾向がある と報告した。彼らの研究は調節よりも輻輳が奥行き手が かりとして重視されるという点で一致しており,同様の 報告は大上戸・石井・佐藤(2012)も行っている。しか し,これらの先行研究において刺激は中心視野に呈示さ れており,周辺視野の奥行き知覚における輻輳と調節の 相互作用については検討されていない。 いくつかの先行研究は,盲点の位置(偏心度約 15°) より内側であれば周辺視野においても両眼視差による奥 行き手がかりは有効であることを示している(Richards & Regan, 1973; Prince & Rogers, 1998)。一方で,両眼視差 によって知覚される奥行きは,中心視野と周辺視野とで 差があることが報告されている。Ames, Ogle, & Gliddon (1932)は,鋼線を観察者の眼間の位置から視角1°, 2°, 4°, 8°, 16°の方向に設置し,20 cm, 40 cm, 76.5 cmおよび 609.6 cmの距離の中心視野に固視点となるスチールワイ ヤー(標準刺激)を設置した。実験参加者は,周辺視野 の鋼線に対して垂直に設置されたスチールワイヤー(比 較刺激)を前後に動かして,比較刺激と標準刺激とが同 じ前額平行面にあるように(比較刺激と標準刺激との間 に奥行き差がないように)位置を調節した。この実験か ら,知覚的な前額平行面は湾曲しており,偏心度が増す ほど奥行き等価点が物理的前額平行面よりも手前に位置 することが明らかになった。また,知覚的前額平行面の 形状は視距離の影響も受け,視距離が長くなると逆に偏 心度が増すほど奥行き等価点が奥に位置すると報告され て い る。Drobe & Monot (1997) の 実 験 で は, 視 距 離 400 mmに両眼視差の生じない上部線(固視点)を設置 し,上部線の前後に知覚される下部線(基準ターゲッ ト)を立体視呈示し,連続的に移動する周辺線(比較刺 激; 左右に2°, 4°, 8°, 12°の偏心度を持つ)を下部線の前 額平行面に一致させる課題を実施した。その結果,周辺 線の前額平行面の形状は,下部線の主観的な奥行き位置 が上部線よりも後ろから前に移るにつれて曲率が増し た。 先行研究をまとめると,主観的に前額平行面上に位置 する点を計測すると,一般的に知覚的な前額平行面は偏 心度が増すほど物理的前額平行面よりも手前に位置がず れることが知られている(Ames et al., 1932)。また,知 覚的前額平行面は視距離の影響も受けており,視距離が 長くなると逆に偏心度が増すほど奥に位置がずれると報 告されている(Ames et al., 1932; Foley, 1966)。加えて, ある一点を注視しているとき,左右眼において同じ網膜 位置に投射される点の軌跡と,同じ位置であると知覚さ れる点の軌跡は一致しないことが知られている(ホロプ ター; Helmholtz, 1925)。しかし,これらの研究は,調 節と輻輳が一致した状態で行われている。調節と輻輳と から得られる奥行き手がかりに差がある状況において, 周辺視野で知覚される奥行きがどのように変化するのか は明らかになっていない。 そこで本研究は,輻輳と調節が示す奥行き情報が一致 しない状況において,固視している刺激の奥行きが周辺 視野の奥行き知覚に及ぼす影響について検討する。実験 では,固視点・標準刺激となる刺激をディスプレイ上で 左右にずらして呈示することで,ディスプレイよりも手 前や奥に位置しているように知覚させる。このとき,輻 輳は固視点・標準刺激の奥行き位置に合わされている一 方で,焦点調節はディスプレイまでの距離に合わされて おり,これらの手がかりが示す奥行きは一致しない。こ うした状況において,固視点・標準刺激と周辺視野に呈 示される比較刺激とが同じ前額平行面に知覚されると き,比較刺激がディスプレイに対してどの程度の両眼視 差を持つかを計測する。Ames et al. (1932)が実空間で 行った実験と同様の結果が得られるとすれば,固視点・ 標準刺激のディスプレイにおける位置ずれが増して遠方 に知覚されるほど,周辺視野における知覚された奥行き は標準刺激の前額平行面に近づくと考えられる。しか し,本実験では固視点・標準刺激と周辺視野の比較刺激 ともに調節と輻輳が一致していないため,Ames et al. (1932)の実験とは異なる結果となる可能性もある。 実 験 方 法 実験環境及び装置と呈示刺激 実験環境をFigure 1に示した。参加者は,眼振検査用 顔面固定器により頭部を固定した。呈示装置までの視距 離は800 mmであった。実験中は周囲を暗幕で覆い,薄 暗い環境で実施した。ステレオシャッターグラスを装着 すると呈示装置以外はほとんど何も見えない状態であっ た。刺激呈示装置には,液晶27型3D対応ディスプレイ (ASUS ROG Swift PG278Q)を用いた。ディスプレイの 解像度は WQHD (2560×1440 pixel)で,リフレッシュ レートは120 Hzに設定した。ステレオシャッターグラ

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ス(NVIDIA 3D Vision2ワイヤレスタイプ)を使用して, 立体視呈示を行った。 刺激には,中心視野に呈示される標準刺激と周辺視野 に呈示される比較刺激とがあった(Figure 2)。比較刺激 は直径視角2 degの円形で,標準刺激は両眼融合すると “田”の字状に見えるノニアスラインであった。固視点 にノニアスラインを使用することで,輻輳のずれを極力 抑えている。刺激は85.8 cd/m2の白色で描かれた。画面 背景は0.17 cd/m2の黒であった。参加者はゲーム用コン トローラーのボタンを使用して反応した。 手続き 本実験の課題は,標準刺激を注視した状態で,比較 刺激が標準刺激の前額平行面に一致しているかを判断す ることであった。こうした課題は知覚的前額平行面の測 定を行った先行研究においても用いられている(Ames et al., 1932)。標準刺激の視差角は独立変数のひとつで, 非交差視差方向(+)と交差視差方向(−)に7段階(視 差角 +60, +40, +20, 0, −20, −40, −60 arcmin)を設定 した。視差角はディスプレイの中心に対する輻輳角と標 準刺激に対する輻輳角の差として定義した(Figure 3)。 標準刺激を注視したときの輻輳角は眼間距離によって変 化するが,平均眼間距離に基づいて算出した輻輳角は 3.41°, 3.75°, 4.08°, 4.41°, 4.75°, 5.80°, 5.41°の7段階であった (Table 1)。視差角と輻輳角との間には,一方が増加する と他方が減少するという関係がある。視差角が正のとき には標準刺激は画面より奥に知覚され,負のときには手 前に知覚された。もうひとつの独立変数は比較刺激の呈 示位置(偏心度)で,標準刺激の中心から左右に視角− 4°, −8°, −12°, +4°, +8°, +12°の6水準があった。呈示 位置の値が正のときには標準刺激の右に,負のときには 左に比較刺激が呈示された。 比較刺激の奥行き位置が奥から手前へ移動する系列 (接近系列)と手前から奥へ移動する系列(離脱系列) Figure 1. Apparatus. Standard and comparison stimuli

were presented on an LCD. Observers watched the stimuli through stereo shutter goggles.

Figure 2. Schematic illustration of the stimuli. The standard and comparison stimuli were presented at the center of visual field and the peripheral visual field, respectively. We measured the perceived fronto-parallel plane at the standard stimulus. The standard stimulus was nonius lines in the experiment (see the main text for details). β represents the convergence angle.

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とがあった(Figure 4)。比較刺激は0.5秒ごとに視差角 20 arcsec移動した。ただし,比較刺激の網膜像の大きさ は変化しなかった。立体視力に比較すると視差角 20 arc-secの変化は主観的等価点を計測するには大きすぎると の指摘があるかもしれない。しかし,周辺視野では両眼 視差感度が低下することが知られている(Rady & Ishak, 1955; Rawlings & Shipley, 1969; Prince & Rogers, 1998; Mo-chizuki et al., 2012)。予備実験において,観視者が奥行き 位置の変化を知覚することができ,かつ主観的等価点の 差異を観察可能な変化幅を検討したうえで,本実験にお ける比較刺激の移動速度を決定した。 実験参加者の課題は,比較刺激が標準刺激と同じ奥行 きになったときと,再び異なる奥行きになったときに反 応することであった。反応したときの比較刺激視差角の 平均を主観的等価点とした。 標準刺激視差角7水準×比較刺激偏心度6水準の42条 件のそれぞれにおいて,接近系列,離脱系列を2回ずつ 計4回測定し,合計で42×4=168系列を1セッションに おいて実施した。ひとつの主観的等価点は,参加セッ ション数に応じて12回もしくは20回の反応に基づいて 決定された。 本研究は,所属機関における「人を対象とする研究に 関する倫理審査委員会」で承認され,実験参加者から書 面によるインフォームドコンセントを得たうえで実施さ れた。 実験参加者 矯正視力及び立体視機能ともに正常の成人5名(男性 2 名,女性 3 名)が参加した。このうち 2 名は著者で, 5セッションに参加した。残り3名は3セッションに参 加した。平均瞳孔間距離は 62.0 mmであった。Table 1 は,瞳孔間距離62.0 mmにおける標準刺激の輻輳角と, 標準刺激の奥行きがディスプレイからどの距離にあると 想定されるか(瞳孔間距離と視差角から計算された理論 値)を示している。また,Ames et al. (1932)と比較をす るために,観視者からの距離も示した。結果を分析する にあたっては,各参加者の瞳孔間距離をもとに,主観的 等価点(視差角)を標準刺激の前額平行面からの距離 (mm)に変換した。 結 果 Figure 5は,標準刺激前額平行面から主観的奥行き等 価点への距離の平均を標準刺激の視差角毎に示してい る。また,Figure 6では,実環境で測定をしたAmes et al. (1932)の実験結果と比較をするために,標準刺激前額 平行面から主観的奥行き等価点への距離の平均を観視者 からの距離に換算して示した。周辺視野における比較刺 激の奥行き主観的等価点に最小二乗法を用いて二次関数 を当てはめ(Figure 5, Figure 6内の曲線),この最小二乗 回帰曲線の曲率を主観的等価点の前額平行面からの乖離 の指標とした。二次関数の当てはめを用いた分析は Drobe & Monot (1997)も行っている。当てはめた最小 二乗回帰曲線の曲率をTable 2に示す。

主観的等価点の標準刺激前額平行面からの距離に関し Figure 3. Disparity angle. The disparity angle is defined

as the difference between the convergence angles at the center of display, α, and at the standard stimulus, β. Binocular disparity, d, is defined as the distance on the display between the stimuli presented to the left and right eyes.

Table 1.

Disparity angles, approximate convergence angles, and the mean distances from a display to the standard stimuli.

Disparity angle (arcmin) Convergence angle (degree) Distance from display (mm) Far Side +60 3.41 +232.9 +40 3.75 +142.3 +20 4.08 +64.3 at the Display 0 4.41 0.0 Near Side −20 4.75 −55.4 −40 5.80 −104.9 −60 5.41 −147.1

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て,7 (標準刺激の視差角)×6 (水平方向の比較刺激呈示 位置)の2要因分散分析を行った。標準刺激の近くに比 較刺激が呈示されたときよりも,視野の周辺に呈示され たときの方が主観的等価点は手前に位置しており,比較 刺激呈示位置の主効果は有意であった(F(5, 20)=3.40, MSe=122, p=.02)。この結果は,周辺視野に呈示された 刺激の奥行き知覚に関する先行研究の結果と一致してい る(Ames et al., 1932; Drobe & Monot, 1997)。先行研究と の比較のためにAmes et al. (1932)に記載されている実 験参加者OgleとComfortのデータもFigure 6にプロット した。彼らはレール上を移動する比較刺激(棒)の位置 を標準刺激の前額平行面と一致するように調節したが, 本研究における標準刺激の視差角0 arcminの結果と比較 すると知覚された点の軌跡の形状は類似していた。 標 準 刺 激 の 視 差 角 の 主 効 果 も 有 意 で あ っ た が (F(6, 24)=5.56, MSe=35.8, p<.001),交互作用が有意で あったので(F(30, 120)=2.30, MSe=8.37, p=.001),この 主効果の解釈には注意が必要である。比較刺激の偏心度 −12°と12°における主観的等価点の標準刺激の前額平行 面からの距離は,標準刺激視差角60 arcmin (最も奥)で は,それぞれ15.8 mmと15.6 mmであるのに対し,標準 刺 激 視 差 角 − 60 arcmin (最 も 手 前) で は そ れ ぞ れ 5.27 mmと2.63 mmとより小さかった。Figure 5とFigure 6及びTable 2からもわかるように,標準刺激が手前に知 覚されるほど比較刺激の知覚的前額平行面の曲率が小さ くなり,標準刺激の前額平行面に近づいていくことがわ かる(Table 2)。こうした結果が反映され,標準刺激視 差角の主効果と交互作用が有意になったと考えられる。 知覚的前額平行面の曲率が最大となった標準刺激視差 角+60 arcminと最小となった−60 arcminにおける各参 加者の結果をFigure 7に示した。5人中4名の参加者(■, □, +, ×)において,知覚的前額平行面の湾曲は−60 arcminよりも+60 arcminの方が大きいことが図から見 てとれる。また,湾曲が比較的大きい参加者(■, +) と比較的小さい参加者(◇)とがいた。 考 察 本研究では,立体視により知覚される固視点・標準刺 激の奥行き量を7段階設定し,標準刺激と同じ前額平行 面に知覚される比較刺激の視差角を計測した。比較刺激 の偏心度は左右それぞれに−4°, −8°, −12°, +4°, +8°, +12°の6条件があった。その結果,周辺視野における 知覚的前額平行面は偏心度が増す毎に手前に位置する形 状となった。Ames et al. (1932)は,固視点までの距離が 約6 mまで離れると,知覚的な前額平行面の形状は周辺 視野において奥に湾曲したと報告している。本実験の結 Figure 4. Perceived position of a comparison stimulus in depth. A comparison stimulus is perceived moving from the far to

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果では奥への湾曲は見られなかったが,固視点の奥行き が比較的近距離であったためと考えられる。また,Fig-ure 5とFigが比較的近距離であったためと考えられる。また,Fig-ure 6及びTable 2からもわかるように,標準刺 激の視差角が大きいときよりも小さいときの方が比較刺 激の最小二乗回帰曲線の曲率が小さくなっていた。つま り,標準刺激に対する輻輳角が増加し,標準刺激の奥行 きが手前に知覚されるにつれて,周辺視野における計測 点が標準刺激の前額平行面に近づき,立体視空間の歪み が小さくなることが示唆された。この結果は,標準刺激 の知覚された奥行きが観視者に近づくほど,標準刺激の 知覚的前額平行面は手前への曲率が大きくなったという Ames et al. (1932)とDrobe & Monot (1997)の報告とは 異なっている。こうした先行研究との違いは,固視点の 輻輳と調節から得られる奥行き情報が一致しないために 生じたと考えられる。VR環境における知覚的な前額平 行面については林部・岡部・中谷(1998)も検討してお り,標準刺激の知覚された奥行きが手前になるほど知覚 的前額平行面形状の曲率が小さくなるという点では本研 究の結果と一致している。しかし,林部他(1998)の実 験では,刺激として天井や床なども呈示されており,両 眼視差以外にもテクスチャー勾配や平行線の収束といっ た奥行き手がかりが利用可能であった。また,注視や固 視についての制限を設けず,刺激を自由に観察できたと いう点も本研究とは異なる。 本実験の刺激が呈示されているディスプレイまでの距 離は調節によって知覚できたと考えられる。一方で,輻 輳は標準刺激までの距離を示す手がかりとなっている が,視差角0°の場合を除いて,調節と輻輳の示す奥行き には乖離があることとなる。標準刺激に対する比較刺激 の相対的奥行きは両眼視差によって変化しているので, 比較刺激の奥行き知覚は調節,輻輳,両眼視差の相互作 用の影響を受けるであろう。本実験は標準刺激に対する 輻輳角が大きくなるほど(標準刺激の視差角が小さくな るほど)標準刺激の知覚的前額平行面の曲率が小さくな ることを示したが,この結果は比較刺激が周辺視野に呈 示されたときに調節が重視され,知覚された奥行きが ディスプレイに近づくためであると考えられる。注視し ている刺激の奥行きに関して検討した Swenson (1932)

やRichards & Miller (1969)は,輻輳と調節が広く乖離す ると,調節を無視して輻輳の手がかりを信頼する傾向が あると述べている。しかし,輻輳は注視している刺激の 奥行き手がかりであり,周辺視野に存在する刺激に関し て輻輳から得られる直接的な奥行き手がかりはない。そ のため,周辺視野の刺激の奥行き知覚においては,調節 の影響が比較的大きい可能性がある。もしそうであるな Figure 5. Perceived fronto-parallel planes at the

differ-ent disparity angles of the standard stimulus. Each panel shows the results at a different disparity angle. Table 1 shows approximate convergence angles at different disparity angles.

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らば,周辺視野の刺激の奥行きは,標準刺激と比較する とディスプレイにより近づくように知覚されると推測さ れる。本実験において知覚的前額平行面の形状が標準刺 激の視差角によって変化したのは,こうした理由による と考えられる。つまり,標準刺激の視差角が正で(非交 差視差),標準刺激がディスプレイよりも奥に知覚され るとき,周辺視野の刺激の奥行きは調節が示す奥行きで あるディスプレイに近づいて知覚され,知覚的前額平行 面の曲率は大きくなる。また,標準刺激の視差角が負で (交差視差),標準刺激がディスプレイよりも手前に知覚 されるときには,周辺視野の刺激の奥行きがディスプレ イに近づいて知覚されるので,知覚的前額平行面の曲率 は小さくなる。偏心度が大きいほど立体視力が低くな ることを考慮すると(Rawlings & Shipley, 1969; Prince & Rogers, 1998; Mochizuki et al., 2012),周辺視野の刺激に対 しては調節が有効な奥行き手がかりではないことも考え られる。しかし,Gu & Legge (1987)は,偏心度15度の 刺激に対しても調節反応が生じたと報告している。この 知見に基づくと,本実験で用いた周辺視野刺激の奥行き 手がかりとして調節が影響した可能性は十分にあると思 われる。 VRにおける不快感や酔いの原因のひとつは,過去の 経験などに基づく予測と知覚との矛盾にあるとされてい る(感覚不一致説)。本実験においては,輻輳がディス プレイよりも手前に合わされているとき,知覚的前額平 行面の曲率が小さく直線状になっていた。このことは, Table 2.

Curvature of perceived fronto-parallel plane at the differ-ent disparity angle of the standard stimulus.

Disparity angle (arcmin) Curvature of perceived fronto-parallel plane

+60 0.208 +40 0.150 +20 0.127 0 0.085 −20 0.069 −40 0.052 −60 0.046

Figure 6. Perceived fronto-parallel planes. They are shown as the distance from the observer. “ ” in the figure represents the possible position of the standard stimulus, which was calculated from the pupillary distance and convergence. Eccentric-ities of comparison stimuli were also converted to distances from the center to make a comparison with the previous report (Ames et al., 1932).

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VR空間における面の位置があまり変化して知覚されず, 知覚された面の歪みが比較的小さいことを意味してい る。したがって,VR空間においてディスプレイよりも 手前に位置する刺激を注視しているときに感覚不一致が 低減され,不快感や酔いが起こりにくくなると推測され る。こうした状況で実際にVRの観視評価が高くなるか どうかを検討することは今後の課題のひとつである。ま た,本実験ではステレオシャッターグラスを用いて立体 視呈示を行ったが,近年はヘッドマウントディスプレイ (Head Mounted Display: HMD)が一般的になってきてい る。多くのHMDではレンズを使用することで焦点距離 を約 2 mにしており,本実験における観察距離800 mm よりも長くなっている。HMDを使用したときに輻輳が 知覚的前額平行面にどのように影響するかを調べること もVRのより快適な呈示方法の開発には有効であろう。 結 論 知覚的な前額平行面は湾曲していることが知られてい たが,固視している刺激が観視者に近づくにつれて, VR環境では知覚的前額平行面の曲率が小さくなること が明らかになった。これは,中心視野における奥行き知 覚と比較して,周辺視野における奥行き知覚に対する調 節の影響がより大きいことに起因すると考えられる。本 研究の知見に基づくと,固視している対象物が呈示画面 よりも手前に知覚されているときの方が快適に観視でき る可能性がある。より快適で臨場感の高いバーチャルリ アリティを構築するにあたって,VR環境における知覚 的な前額平行面に関する基礎的な研究を進め,知覚的な 前額平行面の形状に一致するような呈示の観視評価が高 いかどうかを明らかにする研究が今後必要となるだろ う。 引用文献

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Figure 2. Schematic illustration of the stimuli. The standard and comparison stimuli were presented at the center of visual  field and the peripheral visual field, respectively
Table 1 shows approximate convergence angles at  different disparity angles.
Figure 6. Perceived fronto-parallel planes. They are shown as the distance from the observer

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