• 検索結果がありません。

高齢者の身体運動による健康づくり

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "高齢者の身体運動による健康づくり"

Copied!
4
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

理学療法学 第 40 巻第 8 号 540 はじめに  今日人の寿命がきわめて長くなり,このためにいかに人生の 最後まで自立して動き,元気で生き抜けるかということが大き な課題となっている。そのための一手段として後期高齢者にお いても身体運動(以下,運動)の実践が重要とみられ,またそ の効果が信じられてきた。運動は確かに短期的には効果が得ら れる。しかし,運動のあり方や実施方法に対しては多くの課題 がある。本稿では,筆者が行っている高齢者の介入研究や運動 の実際の中から感じたことも含めて高齢者の運動による健康づ くりに関わる今日的課題について論じたい。 運動の必要性─人は動くことによって自立が維持できる  加齢に伴って体力や健康度が低下することは周知の通りであ るが,この低下は単なる暦年齢の加算によってもたらされるも のでなく,疾病や環境によっても大きく影響を受けるが非活動 的な生活がさらに負の連鎖を起こしている。最近の高齢者の健 康づくり問題として憂慮されているもののひとつにサルコペニ ア(Sarcopenia)がある。鹿屋体育大学福永哲夫学長によれば, 超音波法で計測した大腿前部の筋厚を BMI(body mass index: 体重/身長2)あたりで示すと,1.00 を下回るようになると自 立を損なうとしてその値を自立のための下限界値としている。 図 1 は,筆者らが老人保健施設入所者(平均年齢 80 歳,n = 16)を対象に 1 年間に亘り超音波法によって筋厚を測定したと ころ,その平均値は観察初期値で 0.99 となり,その 1 年後 0.84 へと有意に低下したことを認めている。年々介護や援助が必要 になっていることからもこの程度の筋量の保持では自立した生 活が困難とみられる。対象者の生活では,食事や蛋白摂取量は 十分得られているとみられたものの日常時の歩行は 200 歩/日 程度に留まっており,あきらかに動かない生活が筋量の低下を 助長していると思われ,年齢が幾つになっても動くことの必要 性が指摘される。 身体運動の効果  自立(機能的自立)維持という視点では,レジスタンス運 動が重視され,国内外でエビデンスが示されている。高齢者 の介入研究についてメタアナリシス分析を行った Peterson ら (2010)1)の報告では,レッグプレス,チェストプレス,ニーイ クステンションとラットプルの4種目について運動開始前の筋 力水準に対して 2 ∼ 3 割程度の増加が期待できるとしている。 しかし,こうした介入研究は多くの場合に研究者が綿密に計画 を立てて介入し,科学論文を作成するためにレジスタンス運動 の有効性が示されているものであり,虚弱者であっても高強度 で,かつ高頻度のウエイト式の運動方法が採用されていること が多い。私見であるが確実に効果が得られるであろうという仮 説をもとに運動効果が期待される運動量を設定するために自ず と高い方に設定することが推測され,最低限度の効果が得られ る運動強度や運動量の設定を見出すことは今だ困難とみられる。 もちろん,一般には過負荷(overload)の原則が考えられるこ とから,日常の生活水準よりも少し高いレベルの活動をすれば それなりに効果が得られるということも違いないともいえる。  筆者らは,先に比較的健康であるが特別な運動を行っていな い高齢者と介護保険を利用している高齢者を対象に 12 週間に 亘って実施した。レジスタンス運動では,筋力などに加えて歩 行速度が有意に増加した(図 2)が,とりわけ虚弱高齢者にお いてはその改善率が大きかった。一般には運動開始(初期)時 の体力が低い人は,運動による改善率が高いとみられている。 本結果も至極当然の結果ともいえるが,この速度の変化は歩幅 の増長によるものであった。歩幅が長くなれば片足での支持時 間が長くなる,すなわち片足で立っているということによるも ので転倒へのリスクの軽減も期待できよう。

  近 年, 高 齢 者 の ADL(Activities of Daily Living: 生 活 機 能)の向上には従来の伝統的な筋力トレーニングよりもパワー (力×速度)を高めるトレーニングが重要であるという論議が ある。Rice & Keogh(2009)2)によれば,過去に行われた伝 統的なレジスタンストレーニングとパワートレーニングを比較 すると,いずれも有効な運動であるが,パワートレーニングの 方が ADL の改善向上に期待できるという見方をしている。こ のように従来型の運動方法でなく,高齢者でも速度を意識して 早く行うような運動も必要とみられている。こうした運動の量 や質を変えることで異なる効果やさらに良好な結果が期待され るが,Steib ら(2010)3)も指摘しているように後期高齢者や 虚弱高齢者に対する介入研究はまだ少なく今後の研究が待たれ る。我々が,過去に実施してきた油圧マシン運動などは速度を できるだけ速く行い,伸展屈曲動作などを行う運動はパワート レーニングのひとつという見方も可能であるが,あきらかに高 理学療法学 第 40 巻第 8 号 540 ∼ 543 頁(2013 年)

高齢者の身体運動による健康づくり

竹 島 伸 生

**

市民公開講座

Exercise for Promoting Health and Independent Life Style to Older Adults

**

鹿屋体育大学スポーツ生命科学系 教授,医学博士 (〒 891‒2393 鹿児島県鹿屋市白水町1)

Nobuo Takeshima, Professor, PhD: National Institute of Fitness and Sports in Kanoya

キーワード:運動,高齢者,継続性

Japanese Physical Therapy Association

(2)

高齢者の身体運動による健康づくり 541 齢者においても有効な運動様式であることが認められており4), さらなる普及が望まれる。  しかし,Kalapotharakos ら(2010)5)によると,80 歳以上 の高齢者に 8 週間のレジスタンストレーニングを行い,その 後 6 週間のディトレーニングを行ったところ,トレーニング で筋力やファンクショナルパフォーマンスは 25 ∼ 55%,15 ∼ 25%改善したものの,6 週間のディトレーニングによって 60 ∼ 87%,36 ∼ 70%へと大きく減退したという。つまり,短期的に トレーニングをして能力を高めたとしても辞めればすぐに退行 してしまうという。  したがって,運動の今日的課題は「いかに運動を継続できる か」という点である。6 ヵ月の運動指導では,24 ∼ 76%が途中 で辞めてしまうという。Ashworth ら(2005)6)は,施設で行う 運動の 2 年目の実施率は 30 ∼ 40%に過ぎないと指摘している。 また,短期的な効果があっても辞めてしまえばすぐに効果が消 失することもあきらかである。いかに続けるかが鍵といえる。 運動実践の継続が重要  現在世界的に地域型運動(community-based exercise)と称 する集団様式の運動プログラムが展開している。この地域型と いう運動様式を用いた研究論文は PubMed 等で文献検索を行う と 2000 年あたりから増加している。Yan ら(2009)7)は,ロサ ンゼルス市内に住む黒人,ヒスパニック,白人らを対象に過去 の運動習慣のなかった高齢者に地域型運動プログラムを用いて 24 週間の介入指導したところ,体力が有意に改善したがなによ りも参加率が 93%と高く,有効な運動であったとしている。  近年世界的に高齢者の転倒が深刻な問題とされている。特に 転倒する人が繰り返して転倒することが多く,このために転倒 を恐れ,その結果また動かなくなるという負の連鎖が生じ,非 活動的なライフスタイルをもたらし,同様に自立できなくなる という。こうした転倒への不安感を軽減する,または動くこと への自信を回復するうえでも高齢者が通いやすい(集まりやす 図 1 施設入所高齢者における観察開始から1年間後の筋厚の推移 (Takeshima, et al., 2012) 図 2 レジスタンス運動(貯筋運動)前後の歩行速度の変化

Japanese Physical Therapy Association

(3)

理学療法学 第 40 巻第 8 号 542

い)場所を生活の中で取り入れて行う地域型の転倒予防のた めのプログラム(community-based falls prevention program) が行われてきている。一例では,2008 ∼ 2009 年にかけてフロ リダで 562 人を対象に地域型運動による介入指導を行ったとこ ろ,転倒への不安感の減少と活動量の増加を認め,有効なプロ グラムであったという8)。  筆者らは,1999 年辺りから米国ウイチタ州立大学(身体活 動と加齢研究センター,Rogers ME 教授)との共同研究をは じめている。これまでに,前任校であった名古屋市立大学時代 に大学で行う高齢者の運動教室の開催のみでは虚弱な人や運動 を本当に薦めたい人との出会いは少なく,地域に出かけて運動 の輪を広げていくという研究手法を選択し,研究員や大学院生 とともに名古屋市,愛知安城市,長野飯田市,島根安来市(旧 広瀬町),鳥取広瀬町,福岡香春町などに出かけ,高齢者の運 動を地域で展開した9)。名古屋で行った地域型運動では 2 年間 の継続率は,78%となっており,比較的高い継続率が示されて いる(図 3)。  特に島根広瀬町布部地区は専門の運動指導員がいない状況で この 10 年間に亘って住民同士の運動教室が継続している。長 期の地域型運動の実践が行われている地区である。今春 3 月, 10 年目の体力測定と運動実施の心理的要因を調査することを 試みた。詳細は割愛するが,図 4 に示したように運動の実践を 長期に図るためには心理的動機づけが自己決定されることに よって大きく影響を受けるとみられている10)。筆者らが運動 指導を試みた 10 年前の短期的運動教室(12 週間の取り組み) では,旧広瀬町が運動による健康づくりのモデル地域として地 区を選択し,公民館を基点として運動の機会をつくった。その 際にはまだ多くの人は外的調整による動機づけが多かったもの と推察される。田畑や林業に従事する人も多く,昼夜働くこと が善とされる時代を生き抜き,余暇時間が増大しても運動やス ポーツを行う時間があれば仕事をする方が大切であるという見 方が支持され,日中ウォーキングすることすら遊んでいるとい うように考える人が少なくなかった。また,糖尿病を煩ったの で歩かなければならない。日が昇る中で労働をしているのだか ら身体をさらに動かす運動の必要性を感じないという人が多 かったことも感じられ,運動実践の不安を感じた初期の運動教 室の運営であった。一方,運動教室が終了し,短期的に得られ た心身への効果を維持したいという思いや要求から週 2 回の運 図 3 2 年間に亘る高齢者における運動の継続率の比較 (Ashworth et al., 2005 を竹島が改変) 図 4 運動実践を長期に継続するための動機づけの変容 (Edmunds, 2006 を渡辺が作図)

Japanese Physical Therapy Association

(4)

高齢者の身体運動による健康づくり 543 動教室がこの公民館を中心に 10 年を超えて現在も続けられて いる。公民館より自宅から通いやすい集会所や自宅までも解放 して運動の実践が図られたと聞く。そして,内発的動機づけへ と変化していったとみられている。体力テストの結果も筋力と 下肢の柔軟性については 10 年間で統計的に有意な変化が認め られず,維持されていた。  運動を辞めてしまう理由は,図 5 に示すようなものが挙げら れている。通いやすい場を設定することがもっとも実践を可能 とするが,ひとりで運動を続けられる人は多くない。今日,少 子超高齢時代の到来で人口の減少が著しく,持続可能性(サス テナビリティー)が憂慮されている。環境の問題や経済の問題 が一国の解決で行えない時代に突入する一方で,人口の減少 は,とりわけ国民国家を構成する基または細胞とみられてきた 家族が解体または崩壊(融解)しつつある。独居者も急増して いる。こうした家族が機能していない状況の中では生活のサス テナビリティーが成立しなくなっている。この家族の生活のサ ステナビリティーに替わるものが,地域(コミュニティー)で ある。都会では,虚弱になれば広い横断歩道を渡ることもでき ず,外出を控え,結果として孤立した生活を強いられるように なる。一方,田舎では人口の減少で限界集落などが増加し,町 や村が消えていくことが憂慮される時代になっている。  こうした社会背景の中では,ひとつのことに地域住民同士で 取り組むことが生活のサステナビリティーを維持する手段にも 感じられ,その一様式に運動が貢献できるものとみられる。  健康づくりのために運動がよいという。しかし,これまでの 運動の方法やあり方はどこに行っても同じようなガイドライン に基づいての話が多い。換言すれば,すべて中央でつくられた 処方箋に基づく話で終わっている感じが強い。日本列島は狭く とも広い。我が国には季節がある。この季節変動は,身体運動 や日常のエネルギー消費量にも大きな相違があきらかである。 人の 1 週間あたりのエネルギー消費量をみると,春や秋が高く, 冬や夏が低いという。一般に歩くことが健康づくりに一番とい うが,降雪の多い東日本や高地で歩けるだろうか? 灼熱の夏 に南日本で高齢者は歩くだろうか? 人に歩いてもらいたいと 望むならば,人が外に出やすいような町づくり,タウンプラン があってこそ行動が起きる。四季を考え,町の地形や気候,さ らに施設,環境を十二分に考え,運動が継続できるように図る ことがヘルスプロモーションであり,単に必要な歩数や運動 量,運動強度を示すことが重要なことと思うのは真の健康づく りを求める姿勢といえない。これまでの取り組みやあり方を再 考する時期にきていると思われる。   健 康 づ く り の た め に は,3 歳 を 超 え る す べ て の 人 に 運 動 や毎日の身体活動量を高めることが重要とされている(US. Surgeon General, 1996)11)。このことから自分の身体活動量を 高め,疾病予防を図る取り組みを推奨してきた。しかし,独居 や夫婦ふたりの暮らしが一般化している現代社会では,自分 だけ健康であっても家族の中に病人がでればその介護に追わ れる日々になる。続けてきた運動も中止という話はよく聞く。 Fisher ら(2004)12)の報告のように,実は自分の身体活動量 はまわりの人(隣人)によっても自分自身が影響を受けている との指摘があり,こうした点を考慮すればあきらかに個人での 取り組みよりも地域集団やグループまた夫婦での取り組みの必 要性が一層注目されるものと思われる。 おわりに  地域に居住する高齢者あるいは住民らが自立して(身体的 に),共生していくことがなによりも現代社会を生き抜くうえ で大切であるが,運動もよい道具(ツール)になるという経験 を踏まえて地域での運動による健康づくりについて紹介した。 理想的には high quality of life の実現が理想であるが,運動も 押しつけであってはならないことを踏まえたうえで超高齢社会 の生き方が求められよう。

文  献

1) Peterson MD, Rhea MR, et al.: Resistance exercise for muscular strength in older adults: A meta-analysis. Ageing Res Rev. 2010; 9(3): 226‒237.

2) Rice J, Keogh J: Power training: Can it improve functional performance in older adults? A systematic review. Int J Exer Sci. 2009; 2(2): 131‒151.

3) Steib S, Scoene D, et al.: Dose-response relationship of resistance training in older adults: a meta-analysis. Med Sci Sports Exerc. 2011; 42(5): 902‒914.

4) Lee S, Islam MM, et al.: Eff ects of hydraulic-resistance exercise on strength and power in untrained healthy older adults. J Strength Cond Res. 2011; 25(4): 1089‒1097.

5) Kalapotharakos VI, Diamantopoulos K, et al.: Eff ects of resistance training and detraining on muscle strength and functional performance of older adults aged 80 to 88 years. Aging Clin Exp Res. 2010; 22(2): 134‒140.

6) Ashworth NL, Chad KE, et al.: Home versus center based physical activity programs in older adults. Cochrane Database Syst Rev. 2005; (1): CD004017.

7) Yan T, Wilber KH, et al.: Do sedentary older adults benefit from community-based exercise? Results from the Active Start program. Gerontologist. 2009; 49(6): 847‒855.

8) Batra A, Melchior M, et al.: Evaluation of a community-based falls prevention program in South Florida, 2008-2009. Prev Chronic Dis. 2012; 9: 110057.

9) 竹島伸生,ME ロジャース(編):高齢者のための地域型運動プロ グラムの理論と実際.ナップ,東京,2006.

10) Edmunds J, Ntoumanis N, et al.: A test of self-determination theory in the exercise domain. J Appl Soc Psychol. 2006; 36: 2240‒ 2265.

11) U.S. Department of Health and Human Services: Physical Activity and Health: A Report of the Surgeon General. Atlanta GA: Center for Disease Control and Prevention. Prev Chronic Dis. 1996; S/N 017-023-00196-5.

12) Fisher KJ, Li F, et al.: Neighborhood-level infl uences on physical activity among older adults: a multilevel analysis. J Aging Phys Act. 2004; 12(1): 45‒63.

図 5 高齢者における運動実施に対する障害(バリアー)

Japanese Physical Therapy Association

図 5 高齢者における運動実施に対する障害(バリアー)

参照

関連したドキュメント

 高齢者の性腺機能低下は,その症状が特異的で

 CKD 患者のエネルギー必要量は 常人と同程度でよく,年齢,性別,身体活動度により概ね 25~35kcal kg 体重

最も偏相関が高い要因は年齢である。生活の 中で健康を大切とする意識は、 3 0 歳代までは強 くないが、 40 歳代になると強まり始め、

タービンブレード側ファツリー部 は、運転時の熱応力及び過給機の 回転による遠心力により経年的な

地区住民の健康増進のための運動施設 地区の集会施設 高齢者による生きがい活動のための施設 防災避難施設

燃料・火力事業等では、JERA の企業価値向上に向け株主としてのガバナンスをよ り一層効果的なものとするとともに、2023 年度に年間 1,000 億円以上の

海に携わる事業者の高齢化と一般家庭の核家族化の進行により、子育て世代との