2 0 1 4 年 4 月 4日
東北大学大学院医学系研究科
染色体転座・逆位による白血病の発症機構を解明
〜染色体異常に起因する疾病の病因解明に向けた新たな解析手法の確立〜 東北大学大学院医学系研究科の 鈴木未来子 講師(ラジオアイソトープセンター)、山㟢博未 博 士(医化学分野)、清水律子 教授(分子血液学分野)、山本雅之 教授(医化学分野・東北メディカ ル・メガバンク機構 機構長)らは、3番染色体長腕の転座および逆位※1を伴う急性骨髄性白血病に おいて、予後不良の原因であるEVI1遺伝子の発現を活性化する機構を解明しました。 3番染色体長腕21(3q21)領域と3番染色体長腕26(3q26)領域との間の転座および逆位は、 急性骨髄性白血病の予後不良因子として知られています。この転座および逆位をもつ白血病細胞で は、3q26領域に存在するEVI1遺伝子が異所性に高発現※2しており、これが白血病発症の原因とな っています。このEVI1遺伝子の異所性高発現には、相手側である3q21領域に存在するなんらかの エンハンサー※3が関与していると考えられていましたが、これまでにそのエンハンサーは同定され ておらず、また、EVI1遺伝子の発現を制御する機構もわかっていませんでした。本研究では、2 つの大腸菌人工染色体(BAC)※4を連結する手法を用いて、ヒト3q21と3q26との間の染色体逆位 を再現しました。また、その遺伝子を持つトランスジェニックマウス系統を新規に樹立し、同マウ スが白血病を発症することを実証しました。さらに、3q21側に存在するGATA2遺伝子のエンハン サーがEVI1遺伝子の活性化および白血病発症に寄与していることを解明しました(図1)。 この研究成果は、EVI1遺伝子だけでなく、その異所性異常発現を引き起こすGATA2遺伝子エン ハンサーも治療標的となりうることを示しており、予後不良の白血病における新たな治療戦略の確 立に繋がると期待されます。本研究成果は、2014年4月3日(日本時間4日午前1:00)に米国の学 術誌「Cancer Cell」のオンライン版で公開されます。また、4月14日発行の同誌の表紙となりま す。 【研究の背景】 染色体転座および逆位による遺伝子構造の改変は、遺伝子の発現異常を惹起し、白血病などの 疾患を引き起こします。このような染色体改変による遺伝子異常は、次の二つのメカニズムにより 遺伝子の発現異常を引き起こします。一つは、二つの遺伝子が内部で組み換わることによって融合 (キメラ)タンパク質を作り出すものであり、慢性骨髄性白血病にみられるフィラデルフィア染色 体(BCRとABL遺伝子間の組み換え)などがその代表例です。もう一つは、染色体改変によりある遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域(エンハンサーなど)が移動してくることによって、そ の遺伝子の発現様式を変化させるものです(図2)。融合タンパク質は比較的容易に検出できるの で、前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して、後者の 場合は、広範囲のゲノム領域から制御領域(エンハンサー)を見つけ出すことが困難であり、前者 に比べて研究が進んでいませんでした。この点で、大きなDNA断片を組み換える技術とそれをマウ スに遺伝子導入する技術が開発されると、このような染色体改変を反映したマウスモデルの作製が 可能となり、後者のような例に対するアプローチが可能となるものと期待されていました。実際に、 後者の代表例である3q21と3q26との間の転座および逆位を伴う白血病では、3q26領域に存在す るEVI1遺伝子が高発現することによっておこる予後不良の疾患であり、3q21領域に存在するエン ハンサーがEVI1遺伝子の異所性異常発現を誘導しているものと考えられてきましたが、その実体 は全く不明でした。 【今回の発見】 EVI1遺伝子発現を誘導する3q21領域のエンハンサーの貢献を明らかにするためには、染色体転 座・逆位を再現するモデルマウスの樹立が不可欠でした。そこで、大腸菌人工染色体(BAC)を用 いた新規の染色体転座モデルマウスを樹立しました。まず、ヒトゲノムBACクローンライブラリの 中から、3q21領域と3q26領域をそれぞれ含む二つのBACクローンを選び、それらを人工的に結合 することによって、ヒト染色体逆位を再現する196 kbのBAC DNAを構築しました(図3)。次に、 このDNA断片をマウスの受精卵に顕微注入し、ヒト逆位DNA断片がゲノムに組み込まれた遺伝子 改変マウス(3q21q26マウス)を作製しました。3q21q26マウスでは、全身の細胞にヒト逆位DNA 断片が挿入されているにも関わらず、造血幹細胞および前駆細胞に特異的にヒトEVI1遺伝子の高 発現がみられました。また、3q21q26マウスは、24週令以降に白血病を発症しました。このこと から、3q21側に造血幹細胞および前駆細胞でEVI1遺伝子の発現を指令するエンハンサーが存在し、 これがEVI1遺伝子の高発現および白血病発症を誘導していることが示されました。 3q21領域には、正常な造血幹細胞および前駆細胞に高発現しているGATA2遺伝子の遠位エンハ ンサー(GATA2遺伝子エンハンサー)が存在しますが、このエンハンサーは白血病細胞でみられる すべての3q21と3q26間の転座、逆位においてEVI1遺伝子に近接していました。このことから、こ のGATA2遺伝子エンハンサーがEVI1遺伝子の発現を活性化しているのではないかと考えて、この 仮説を検証しました。すなわち、GATA2遺伝子エンハンサーを欠失した3q21q26マウスでは、EVI1 遺伝子の発現が有意に減少しており、白血病の発症が抑制されました(図3)。このことから、正 常細胞ではGATA2遺伝子を造血幹細胞および前駆細胞に発現させるはたらきをもつGATA2遺伝子 エンハンサーが、染色体転座および逆位により、EVI1遺伝子のそれらの細胞での発現を活性化し てしまい、白血病を誘導することが明らかになりました(図1)。
【今後の展開と応用への期待】 3q21と3q26との間の転座および逆位をもつ白血病では、EVI1遺伝子が高発現することが発症と 予後不良の原因であることから、これまでEVI1遺伝子を標的とした治療戦略が考えられてきまし た。しかし、EVI1遺伝子は正常な造血細胞にも必要な遺伝子であり、EVI1遺伝子そのものを攻撃 することは重大な副作用を伴うものと予想されます。本研究では、転座や逆位によってGATA2遺伝 子のエンハンサーがEVI1遺伝子に近接し、発現を異常活性化して、白血病発症を誘導することを 明らかにしました。今後、GATA2遺伝子エンハンサーによるEVI1遺伝子活性化機構の解析が進む ことによって、制御機構を標的とした新たな治療戦略の確立に繋がることが期待されます。 なお、本研究は文部科学省 科学研究費補助金、独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研 究推進事業 チーム型研究(CREST)、公益財団法人三菱財団、公益財団法人内藤記念科学振興財団、 公益財団法人武田科学振興財団、などの支援を受けて行われたものです。山㟢博未は学術振興会特 別研究員の支援を受けました。
【参考図】 図1 染色体転座・逆位によるEVI1遺伝子活性化機構 正常な造血幹細胞や前駆細胞では、GATA2遺伝子の近傍に存在し、GATA2遺伝子の発現を活性化 しているGATA2遺伝子エンハンサー(上図)が、染色体転座または逆位によって、EVI1遺伝子に 近接し、EVI1遺伝子の発現を異常に活性化することによって、白血病の発症が誘導される(下図) ことを明らかにしました。
図2 染色体改変による遺伝子発現異常を引き起こす二つのメカニズム
染色体改変による遺伝子発現異常には、融合タンパク質産生型(上図;遺伝子Aと遺伝子Bが内部 で組み換わることによって融合タンパク質ABを作り出す)と遺伝子発現様式変化型(下図;遺伝 子Dの近傍に別の遺伝子Cの発現制御領域(エンハンサーなど)が移動してくることによって、遺 伝子Dの発現様式を変化させる)の二つがあります。
図3 本研究の概要 EVI1遺伝子を含む3q26領域(左上)とGATA2遺伝子エンハンサーを含む3q21領域(左下)をそ れぞれもつBACクローンを、loxP514配列とloxP511配列を利用して組換えることによって連結し、 ヒト染色体逆位を再現するDNA断片(3q21q26構築、右上)を作製しました。このDNAをもつ遺 伝子改変マウス(3q21q26マウス)の造血幹細胞、前駆細胞では、ヒトEVI1遺伝子が高く発現し ており、このマウスは白血病を発症しました。エンハンサーを欠損した3q21q26マウス(右下) では、EVI1遺伝子の発現が減少し、白血病発症が抑制されました。
【用語解説】 ※1 染色体転座・逆位 染色体の一部が切断されて、他の染色体に結合したり(転座)、自身の染色体に逆向きに結合した り(逆位)する現象。白血病などの疾患の原因となる。 ※2 異所性に高発現 本来発現するべき場所以外で遺伝子が高い頻度で発現しタンパク質が生成すること。 ※2 エンハンサー 遺伝子の発現を活性化するはたらきをもつDNA領域。エンハンサーの作用によって、遺伝子が発現 する場所、時期、量が規定される。それぞれの遺伝子に固有のエンハンサーが存在しており、エン ハンサーはその遺伝子の近傍に位置していることが多い。 ※3 大腸菌人工染色体(BAC) 200 kb程度の長いDNAを組み込むことができるベクター。大腸菌内で相同組換えを起こすことに よって、DNAを改変することが可能。 【論文名】
A Remote GATA2 Hematopoietic Enhancer Drives Leukemogenesis in inv(3)(q21;q26) by Activating EVI1 Expression
「3番染色体逆位においてGATA2遺伝子の造血エンハンサーがEVI1遺伝子発現を活性化すること により白血病を誘導する」
掲載予定誌: Cancer Cell 25, April 14, 2014 【お問い合わせ先】 <研究内容に関すること> 東北大学 大学院医学系研究科・医化学分野 教授 山本 雅之(やまもと まさゆき) Tel:022-717-8084 Fax:022-717-8090 E-mail:masiyamamoto@med.tohoku.ac.jp <報道担当> 東北大学 大学院医学系研究科・医学部広報室 長神 風二(ながみ ふうじ) Tel:022-717-7908 Fax:022-717-8187 E-mail:pr-office@med.tohoku.ac.jp