課題を解決するために必要な資質・能力を育成する授業に関する研究
-第3学年「酸・アルカリとイオン(中和反応)
」の実践を通して-
鹿屋市立第一鹿屋中学校 教諭 安 田 泉 香 1 単元の概要 (1) 単元名 「酸,アルカリとイオン」(大単元 化学変化とイオン) (2) 単元について 本単元のねらいは,「水溶液の電気的な性質や酸とアルカリの性質についての観察,実験を行い, 結果を分析して解釈し,水溶液の電気伝導性や中和反応について理解させ,イオンのモデルと関連 付けて捉える微視的な見方や考え方を養うこと」である。そこで,指導に当たっては,まず,水溶 液の電気伝導性やイオンの存在,イオンが原子に関係することを理解させる。次に,電解質の水溶 液と金属を用いて電池をつくり,イオンのモデルを活用しながら,電極による電子の受け渡しや, 化学エネルギーが電気エネルギーに変換されていることを理解させる。さらに,酸性とアルカリ性 の性質を示すイオンの存在に気付かせ,中和反応によって起きる事象を,イオンのモデルを活用し て思考・表現させながら理解させる。このように,段階的な学習過程を計画することにより,イオ ンについての興味・関心を高め,より微視的な見方や考え方が身に付くようにする。そして,生徒 が日常生活で化学変化の利用について考えることができるようにする。 (3) 生徒の実態 〈平成 27 年度 第2学年 鹿児島学習定着度調査の結果より(平成 28 年1月実施)〉 2 図のように,水素が注入され ているガラス管に熱した銅を入 れて,還元する実験を行った。 すると,ガラス管の中に水がつ いた。 通過率 (学年) (1) 銅を熱したときにできる物質の化学式を答えよ。 28.5% (2) 還元の時に起こっている化学反応をモデルを使って表せ。ただし,水 素原子を○,銅原子を●,銅を熱したときに銅と化合した物質の原子を ◎で表すこととする。 6.0% (3) この実験で,熱した後の銅の質量が 40.0gだった。これに 1.0gの水 素を混ぜて,還元を行ったところ水が 9.0gできた。もともとの銅の質 量は何gあったことになるか。 26.5% 学年全体の化学分野の通過率は 50.0%であった。特に,還元の様子をモデルで表す問題は 6.0% の通過率だったことに加え無回答も 43.0%あり,苦手意識をもつ生徒が多いことがうかがえる。 これは,酸化銅を水素で還元する仕組みが理解できていないため,回答することができなかった だけでなく,分子数の概念を用いた科学的な思考ができていないためではないかと考えられる。 〈平成 28 年度 第3学年 教研式標準学力検査(NRT)分析より (平成 28 年4月実施)〉 9 水の電気分解の問題について 通過率 (学級) 通過率 (学年) 通過率 (全国) 1 水の電気分解による水素発生 58 54 61 2 集まった気体の体積比 42 43 55 3 水の電気分解のモデル 64 57 64 4 水の分解の化学反応式 56 54 66 全国の通過率と比較すると全体的に低く,特に,化学分野は差が大きい結果であった。本学級 の生徒は,NRT 分析結果では化学変化をモデルで表すことはある程度理解していると考えられる。 しかし,全国に比べ,「物質のなりたち」は-14 ポイント,「化学変化」は-22 ポイントとなって おり,化学変化に苦手意識がある生徒が少なくはないこともうかがえる。2 単元の評価規準 関心・意欲・態度 科学的な思考・表現 観察・実験の技能 知識・理解 酸・アルカリ,中 和と塩に関する事 物・現象に興味・関 心を持ち,それを 科学的に探究しよ う と す る と と も に,事象を日常生 活との関わりで捉 えようとする。 酸・アルカリ,中和と塩に関 する事象・現象の中に問題を見 いだし,目的意識をもって観 察,実験などを行い,酸・アル カリの特性と水素イオン・水酸 化物イオンとの関係,イオンの モデルと関連付けた中和反応 による水と塩の生成などにつ いて自らの考えをまとめ,表現 している。 酸 ・ ア ル カ リ の 性 質,中和反応に関する 観察,実験の基本操作 を習得するとともに 観察,実験の計画的な 実施,結果の記録や整 理などの仕方を身に 付けている。 酸・アルカリの 特性が水素イオン と水酸化物イオン によること,中和 反応によって水と 塩が生成すること などについて基本 的 な 概 念 を 理 解 し,知識を身に付 けている。 3 単元の指導計画(全 10 時間計画の第8~9時のみ記載) 小単元 時 主な学習活動 評価の観点 評価規準 関 思 技 知 酸 と ア ル カ リ を 混 ぜ 合 わ せ た と き の 変 化 8 【本時】 酸(塩酸)とアルカリ(水酸化 ナトリウム水溶液)の水溶液を混 ぜ合わせると,どのような変化が 起こるか,イオンのモデルを使っ て考える。 ○ ○ ○ 酸とアルカリを混ぜ合わせ ると,水素イオンと水酸化物イ オンが互いの性質を打ち消し 合って水が生じる変化を,イオ ンのモデルを使って自らの考 えをまとめ説明している。 9 前時より,水溶液中の水素イオ ン(H+)と水酸化物イオン(OH-) はどうなったかを考え,イオンの モデルを使いながら表現し,中和 と中性の違いを説明する。 ○ ○ ・ 酸とアルカリの水溶液を混 ぜ合わせると水と塩が生じ ることを説明している。 ・ 中和と中性の違いをイオン のモデルを使いながら説明 している。 10 うすい硝酸とうすい水酸化カ リウム水溶液,うすい硫酸とうす い水酸化バリウム水溶液を混ぜ 合わせたときの様子を観察し,中 和と塩の生成について理解する。 ○ ○ ○ ・ 身の回りの酸とアルカリの 水溶液を取り上げても,中和 反応が起こり,塩が生成され ることについて説明してい る。 ・ 中和反応の実験を安全に行 うことができる。 4 本時の実際 (1) 本時の目標(8/10) 塩酸と水酸化ナトリウム水溶液の中和(打ち消し合う反応)を,イオンのモデルを使って理解し, 酸とアルカリの水溶液を混ぜると,水素イオンと水酸化物イオンが結び付き,水が生じることを説 明できる。
(2) 「判断基準」の設定 評価規準(科学的な思考・表現) 酸とアルカリの水溶液を混ぜ合わせると,水素イオンと水酸化物イオンが結び付き,互いの性 質を打ち消し合う。そして,水が生じることをイオンのモデルを使って自らの考えをまとめ,説 明している。 評価の場面及び評価の対象(思考・判断に基づく表現内容) 発表の場面,生徒の説明やワークシートへの記入で評価する。 判断の要素 ア 中和反応を起こすイオンの種類と数 イ 反応後の水溶液中に存在するイオンの種類と数 ウ モデルを使った考察及び説明 尺度 判断基準 予想される表現例 B H+(水素イオン)と OH-(水酸化物イオン) のモデルを使って,互いの性質を打ち消し合 い,水が生じることを表現することができ る。 「酸の性質を示す H+の数が多いと酸性, アルカリの性質を示す OH-の数が多いとア ルカリ性を示す。H+と OH-が反応して水と なり,互いの性質を打ち消し合う。」 A 〔判断基準Bに加えて〕 Na+(ナトリウムイオン)と Cl-(塩化物イ オン)の存在について考えることができる。 「Na+と Cl-が反応して NaCl(塩化ナトリ ウム)ができる。」 C状況の生徒への補充指導 B状況の生徒への深化指導 ・ 酸性とアルカリ性の水溶液には,それぞれ電離 したら酸の性質を表す H+とアルカリの性質を表 す OH-のイオンがあることを確認させる。 ・ H+と OH-はどのように性質を打ち消し合うか 考えさせる。 ・ 中和が起こったとき,水溶液中にある 他のイオンはどうなっているか考察させ る。 (3) 主体的・協働的に学ぶ学習の展開 過程 形態 学習活動 主体的・協働的に学ぶ学習の工夫 課 題 の 設 定 (10 分) 班 全 体 1 中和の実験を体験する。 ① BTB 溶液を加えた塩酸に水酸化ナトリ ウム水溶液を混ぜ合わせる。 ② フェノールフタレイン溶液を加えた 塩酸に水酸化ナトリウム水溶液を混ぜ 合わせる。 2 気付いたことを発表する。 3 学習課題を知る。 酸とアルカリの水溶液を混ぜ合わせ ると,水溶液中のイオンはどうなるの だろうか。 1 班ごとに酸性とアルカリ性の 水溶液を混ぜ合わせる実験を行 い,気付いたことを発表させた。 [安全指導で配慮した点] ・ こまごめピペットの使い方や 薬品の取扱いに注意を促した。 ・ 保護眼鏡の着用を促した。
課 題 の 探 究 (30 分) 個 人 班 班 4 何を使って説明するか考える。 5 モデルを使って,自分の考えをまとめ る。 ① 塩酸に,水酸化ナトリウム水溶液を1 滴加えるとどうなるか。 ② 更に1滴加えるとどうなるか。 ③ もう1滴加えるとどうなるか 6 班の意見をまとめる。 7 他の班の意見を聞き,考えを深める。 1班 2班 3班 4班 5班 6班 [手順] ① 各班から,1人ずつ他の班に行き,説 明を聞く。 ア→2班 イ→3班 ウ→4班 エ→5班 オ→6班 カ→説明 4 条件整理を行った。 ア イオンの数の条件整理 もともとの塩酸中には H+と Cl-が 2 個ず つあ ると設 定 し た。 イ 加えるアルカリのイオンの 数の条件整理 水酸化ナトリウム水溶液1 滴中には,Na+が1個,OH-が1 個あると設定した。 5 水溶液を混ぜ合わせるとき, ビーカーの中では何が起こって いるのか,段階的に考えさせた。 イメージができない生徒には,次 の補充指導を行った。 [補充指導] ア 混ぜ合わせていく中で,イオ ンがどうなるかを考えさせた。 イ H+の数と OH-の数に注目さ せて,水溶液の性質の変化に気 付かせた。 6 班全員の意見を聞き,班の意見 としてまとめさせた。 ア イ ウ エ オ カ
個 人 班 班 ② 元の班に戻り,他の班の説明を伝え る。 ③ 自分たちの班の考えと比較し,見直し をする。 8 各班の考えを参考に,自分たちの班の考 えをホワイトボードにまとめ,発表する。 ◎ 評価(思考・表現) 8 H+と OH-が結び付いて水にな ることに気付かせた。 B 酸の性質を表す H+とアル カリの性質を表す OH-が反 応して水ができている。 C 酸性とアルカリ性の水溶 液には,それぞれ電離したら 酸の性質を表す H+とアルカ リの性質を表す OH-のイオ ンがあることを確認する。 課 題 の 解 決 (10 分) 全 体 9 本時のまとめをする。 酸とアルカリの水溶液を混ぜ合わ せると,水溶液中の H+と OH-が結び 付いて水ができる。 10 次時の予告を聞く。 9 水素イオンと水酸化物イオン に注目してまとめを行った。 [深化指導] 水溶液中にある他のイオンは どうなったか発問し,考察させ た。 10 他の酸性の水溶液やアルカリ 性の水溶液を混ぜ合わせるとど うなるか,考えるように伝えた。 付箋を活用して,他の班の考えを メモする。
5 研究の成果と課題 (1) 成果 ○ 互いに説明し合う活動の時間を設けたことにより,実験結果を基にまとめた自分たちの班の意 見を,他の班へ説明しなければならないという責任感が生じ,主体的に理解を深めていこうとす る姿が見られた。 ○ 他の班の意見を聞きに行った際,意見を聞きながらメモを取 ることで,理解できていない部分をもう一度確認するなどの動 きが見られた。 ○ 付箋を使った活動を取り入れたことにより,化学実験におけ る考察の苦手意識を減らすことで,その後の実験の考察も意欲 的に取り組めるようになった。