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総合的利益管理への構造的調整
一一差額利益分析の発展と総合的利益管理
小 林 健 吾
1 まえがき 組織ではその効率的な運営には組織目標の調和的な達成が不可欠である。い わゆる企業の部分活動が調和のとれたものであることが不可欠になるのである。 経営管理における調整の機能の重要性はこの調和の必要に根ざしている。した がって,この調和を損ないかねないような制度や方法の導入では,同時進行的 に調整機能を補強する制度や方法の採用が不可欠になると考えられる。 筆者が滋賀大学経済学部に奉職していた18年問の多くをついやして原稿を書 き上げたところの前著「予算管理発達史」の執筆での基本的な発想は,以上の ようなところに基づいていた。 すなわちこの書物は内容的には企業の予算制度の生成発達史である。しかし 著者は企業の予算制度を単なる利益の計画と統制のためのシステムとした視角 にとどまらず,むしろ20世紀の企業規模の増大とこれに伴う分権的管理の発展 に伴って不可欠となり,発展を必然的としたところの歴史的な産物として,予 算管理の制度を取り上げようとしたのである。 そこでは,責任と権限の委譲を行う分権は,企業活動の分散化に終わること なく,調和の取れた企業目的の達成に矛盾なく貢献し得るものでなくてはなら ない。このためには,委譲された権限が企業目的の達成に向けて行使されるこ とを保証する制度や方法が不可欠になるのである。比喩的に言えば,分権とい う分化の力と反対のベクトルを持った統合する力として働く制度や方法がなく ては企業活動の調和が達成できない。この課題を担うものとして企業の予算制 度の発展を,文献による検証を通して論究したのである。そして1920年代までの初期の経営管理組織の発展に関心を持った多くの実務家達のこの問題への注 目を取り上げるために,管理組織論の発展にまで言及する必要があった。 ところで,こうした分権に伴う総合の必要の視角で問題に注目すると,この 統合の手段が有効に働くためには,いくつかの備えるべき条件があることに気 がつくであろう。これを次のようにまとめることができる。 1 組織全体の目的・目標に向けられていること。 分権では部門管理者が企業の全体目的を常時意識して彼自身の意思決定を実 行することは,企業規模の拡大に応じてますます困難になる。彼の業務と企業 全体の目標達成との関連がだんだん不明確になるからである。その結果生じる のは自己部門中心的な管理者であり,全体と部分の調和の欠如である。こうし た管理者を組織全体の目標に向けるような統合が必要となるのである。 特に行動科学的アプローチで説明するように,経営管理者は彼自身の利害に よって行動することを予定すると,管理者の行動したがって個々の意思決定を, 企業全体の目標の達成に矛盾なく行わせる制度や方法を工夫する必要がある。 2 組織全体について適用しうるものであること。 分権iが領域的には企業全体の活動領域に及ぶものである以上は,統合も相当 した広がりを包摂しなくてはならない。当然に企業の全活動領域に及ぼされる ものであって,例外となる領域はあり得ないのである。この点で予算管理は標 準原価管理とは基本的に課題を異にする。 3 具体的な手段・手法であること。 分権が具体的な権限と責任の委譲を行う手段であるから,これに対する統合 の方法も目標の強調とか課題の明確化といった管理者の意識に訴えるような方 法にとどまらず,統合を具体的に保証する手段でなければならない。時には, 統合のための手段であることさえも背後において,行動に際しての一つの原理 や原則として認識されることが有効になる。 以上のような条件を備えた制度や方法を伴って始めて,分権に対応した統合 が達成できると考えられるのである。そしてこうした機能を経営管理における 調整の機能として捉えることができるのである。
総合的利益管理への構造的調整 37 ところでわれわれの会計に関連した企業目標は利益目標である。これだけが 企業目標か否かはここでは問う必要はない。そこで予算管理ではこの企業目標 に対する統合の手段となることが要求されているのである。これは視点を変え れば,総合的な利益管理技法の確立の必要として受け取ることができる。経営 管理のための会計(管理会計)では,常に総合的な利益管理を保証する手段と なることが要求されているのである。 原価管理でも利益管理の一環としての位置づけ以外に経営管理的な地位をう ることはあり得ない。原価管理は利益管理の手段あるいは下位概念としてのみ 意味がある。意思決定において差額原価やその他の特殊原価概念の位置づけは, 意思決定による差額利益のマイナスの要素として,しかもその限りでのみ有意 であることになる。 こうした総合的な利益管理の課題に注目すると,上述の統合の手段はリッテ ラーが指摘したところの職能部門間の調整を中心とする水平的調整と,企業全 1) 体と部分単位の調整を取り上げる垂直的調整のほかに,今一つの調整の機能を 発揮する手段が不可欠になることに気がつくのである。 分権によって権限を委譲された部門管理者は,部門目標が全体目標と調整さ れて設定されているから,この目標意識的に管理活動を行うことになる。しか しこのような部門目標と全体目標の調和的な設定にとどまらず,さらに積極的 に総合的な利益管理の実を発揮する統合の手段が必要になる。投資決定その他 の経営意思決定は,それらが長期的戦略的な意味を増すにつれて容易には取り 消し難くなり,したがって意思決定段階で全体の企業目標と調和した形での代 替案の評価選択が総合的な利益管理の視点から必要になるのである。個々の代 替案の評価を全体の企業目標に貢献する方向で行うシステムが取られるならば, 部門管理者は個々の意思決定をそれ自体の問題として取り上げながら,企業全 体の目標達成に矛盾しないことが保証されうるからである。 1) Joseph A. Litterer, “Systematic Management : Design for Organizational Recou− pling in American Manufacuturing Firms”, Bztsiness Histo7y Review, Vol.37, No.3, Winter, 1963, p. 372.
このようなシステムが準備されたならば,それはいわば分権的管理組織の発 展に伴う財務的企業目標である利益目標への調整として,水平的調整と垂直的 調整に加えて第三の調整の機能を果たしうるものとなる。 この種の調整の必要については,筆者の知る限りでは,これまでわが国でも アメリカ合衆国でも明快な主張を欠いていた。そこでこのような調整に適当な 命名が必要になり,これを組織での意思決定を構造的に全体目標の達成を志向 2) させて行く意味において構造的調整と呼んだが,ここでもこの名称を使用する ことにしよう。ともあれ以上のところがら分権的な管理組織の発展に伴う統合 の手段としての視点からは,この構造的な調整の問題を避けて通るわけには行 かないのである。水平的,垂直的および構造的の三つの調整が相伴って利益目 標に向けての統合の機能を発揮していると考えられるのである。 このような構造的な調整の必要に注目すると,なぜ代替案の評価で差額利益 分析が行われてきたかの理論的な説明を得ることができる。いいかえれば,差 額利益分析あるいはその要素としての差額原価分析(これはしばしば,特殊原 価調査と呼ばれてきた)もまた,管理組織の分権化に対応して,総合的な利益 管理を達成するための手段として発展したとしうるのである。 以上のような視点において筆者は,先に「青山経営論集」第29巻,第2号(1994 年9月)で「差額利益分析の発展と総合的利益管理」と題してゲーインズに始 ってJ.M.クラークの「異なった目的には異なった原価を」の主張から差額原 価,増分原価の議論,直接原価計算の発展,さらに特殊原価調査論の発展に至 るまでの差額利益分析の生成発展を取り上げたので,この機会にそれ以降の差 額利益分析論の展開を取り上げることにしたい。そこで多少重複するが,クラ ーク以降の先の論文で取り上げた差額原価と特殊原価調査論についての要約か ら見て行こう。 2)小林健吾稿「管理会計の体系について一差額利益分析と管理会計の体系」『企業会計』 誌,第46巻 第1号,1994年1月号。
総合的利益管理への構造的調整i 39 II特殊原価調査論と差額利益概念 (1) 差額利益概念の普及と混迷 差額原価概念はクラーク以降も持続して,幾人かの理論的な追従者を見るこ とになる点は先の論文でほぼ遺漏無い程度の詳細さをもって取り上げた。そこ でも指摘したようにクラークの定義した「異なった目的には異なった原価を」 という命題は,予算管理,標準原価計算さらには直接原価計算への関心への高 まりや普及に比しては,遅々たるものであった。 この理由の一つは,代替案の評価が短期利益計画での利益改善策に対しては, 直接原価計算によって差額原価分析が代行されたことに,今一つは特殊原価調 査として各種の特殊原価概念によってアプローチする方法が採用されたことに あった。 直接原価計算における直接原価ないしそれからの限界利益を代替案の評価に 利用する問題については,先の青山経営論集の論考で触れたので,ここで詳細 に再論することはしないが,要するに変動費と固定費を分解するこの原価計算 の情報を,代替案の評価に利用しているのである。 しかし,こうした直接原価計算で問題にする代替案が,一般的に経営構造が 一定との前提に立った短期の利益計画での利益改善策として行われることに注 目すると(長期の場合には,経営構造が変化して固定費も増加ないし減少す る),実はこれらの代替案の評価選択でも基本的に直接原価や限界利益によって 行われればよいのではなく,経営構造一定という前提の下で直接原価や限界利 益を通して差額原価や差額利益にアプローチしているのであることに気がつく であろう。それ故また,代替案によって固定費も変化する場合には,これを考 慮に加えなくては代替案あるいは利益改善策の評価が有効に行い得ないことに もなるのである。 しかし,一部の論者の間に限られていたとはいえ,クラークを初めとして幾 人もの論者によって差額原価思考が展開されていたことを忘れてはならない。 そしてこれに注目しなかった人たちの間で,短期の利益計画に際しては直接原
価と限界利益によって問題への接近が可能なことに気がつかれたもであった。 したがってこうした展開は,実際の代替案の評価に利用された役立ちを無視す れば,差額利益分析にとってはむしろ混乱を結果するものに他ならなかった。 また直接原価計算をもって意志決定のための原価計算といった誤解を生み出す 3) ことにもなったのであった。 (2) 特殊原価調査論の発展 伝統的な原価計算が代替案の評価に有効な情報を提供しないことに注目した 一連の論者は,直接原価計算を通しての代替案の評価とは別に,特殊原価調査 論を展開することによってこの問題へのアプローチを試みた。直接原価計算が 経常的に行われる原価計算の方法としての主張を通して,財務会計と結びつい た伝統的な原価計算に挑戦したのとは異なって,この特殊原価調査論では経常 的な原価計算の外で臨時的に行われる原価計算として自らを特徴づけ,これに よって伝統的な全部原価概念に抵触するところの部分原価の計算の実行を,財 務会計の立場からの批判と縁の無いところに置こうとしたのであった。そして こうした原価の計算を意思決定の必要に応じて臨時的に行われる特殊な原価の 調査計算であるとして特殊原価調査と呼んだのであった。 4) こうした特殊原価調査の主張は1945年のハンレイ以降にみられたが,特に 1950年代以降にケラーによって展開されたことは先の論考で取り上げたところ 5) である。そこで彼が示した比較原価(Comparative Costs)の算定の手順を取り 上げると,これが代替案の評価のための差額原価計算そのものであることがよ く知られる。すなわち,次のような手順をケラーは示している。 ①できるだけ詳細に原価を分類する。 3)こうした例としては次のものを挙げうる。わが国でもこうした主張は少くない。 Paul C. Taylor, “What Can We Expect of Direct Costing as a Managernent Tool ?” A?IACA Bulletin, Vol. 34, No. 11, 1953, pp. 1532−45. 4) Edward J. Hanley, “Cost for Special Purposes” NACA Bulletin, Vol. 27, No. 5, Nov. 1, 1945, p. 173. 5) 1. Wayne Keller, “Comparative Costs for Factory Management,” NACA Year Boofe, 1950, pp. 63−78.
総合的利益管理への構造的調整 41 ②代替案の選択によって変化しない項目を除く。 ③各代替的方法の下で残っているそれぞれの項目の原価を決定する。 ④原価の差額を決定し,意思決定の影響を評価する。 そしてこのような比較原価は「もし取ったならば生じるであろう(will hap− pen if)」原価であり,この原価は特殊調査(Special Studies)によって展開され 6) る必要があるとした。 このケラーの主張の翌年の1951年には,AAA(アメリカ会計学会)の「原 価概念および基準委員会」が発表した報告書においてケラーと同様な見解がみ られることになる。すなわちAAAの報告書では,「管理者に経営意思決定とそ れに関連した政策の決定に必要な原価情報を提供する」という目的に対する原 価計算を特殊原価調査(Special Costs Studies)と呼んで1章を設けて説明した。 このことが,その後のアメリカにおいて意思決定のための原価として,差額原 7) 価よりも特殊原価の語が一般的に使用される理由となった。そしてこの報告書 では原価の諸概念のところで,各種の原価概念を並列的に説明する方法を取り, 差額原価や増分原価も特殊原価の一種として取り上げた。このことがクラーク 以来の上述のような代替案の評価についての差額原価理論の積み重ねにも関わ らず,今日に至るまで代替案の評価についての統一的な説明を欠くことになっ ている現状の契機となったのであった。 すなわちそこでは,代替案の評価における差額(あるいは増分)利益情報の 基本的な重要性についてクラーク以来発展してきた知見を踏まえることなく, それ故に意思決定のための原価概念である特殊原価概念を未来差額原価を頂点 とする構造的な体系において説明することができなかったのであった。この点 は厳しく批判されるべきであるとともに,当然のことながらAAAの報告書の ように多かれ少なかれ時代の支配的な理論に影響するものをまとめるに当たっ ては,広い視野と知識が不可欠であり,これを欠くときには時代の理論を相当 6) lbid., p.67. 7) AAA, Report of the Committee on Cost Concopts and Standards, Accounting Review, Vol. 27, No. 2, April, 1952, pp. 174−88. v. Special Cost Studies, p. 185.
期間誤った方向でないにしても,混乱に導きかねないことを示唆しているので ある。 III 関連原価概念の主張 経済学の価格理論や経営費用論での差額原価(differential costs)の概念は元 来,二つの操業度の原価の差額に由来するものであったから,これを代替案の 評価に利用する場合にも,二つの代替案の原価の差額といった定義に固執する 論者が少なくなかった。 クラークにおける差額原価の概念は,その説明を通して読むとき代替案によ って変化する原価項目の原価を意味するように使用され,二つの代替案の原価 総額の差額とするものではなかったが,この点を必ずしも明確に定義しなかっ た。そのためその後の論者においては,差額原価を二つの代替案の総原価にお ける差額と考える例が持続してみられることになる。 この総原価の差額とする概念は,説明的にもまた理論的にも適切とはいがた いものであった。説明的には,たとえば1,000円と1,200円のどちらが有利かを 判断する場合に,あらためて差額の200円を算定してこの説明を行うのに相当す る。こうした差額を取り上げることは,二つの原価額を比較し得るように並べ て示せば容易にどちらが有利か知りうるから不要でもあり,また代替案が三つ 以上の場合には適用できない。さらに理論的には,われわれの会計での概念は 技術論的な概念であり,そこでは不要な概念を使用することは不要な説明や混 乱を招く意味において技術論的に誤っていることに注目する必要がある。会計 の方法論的な意味でも,原価総:額の差額とする差額原価の説明は適切と言い難 いのである。「不要なものは無いことが正当である」という技術原則からして, 総原価の差額という意味での差額概念は無くても困らないところの不要な概念 であり,したがって使用しないことが正当といえるのである。 しかし,アメリカ合衆国での差額原価概念はクラークの意味したところがら 変質して,次第に原価総額の差額を意味する定義がみられるようになる。すな わち,1956年のアンソニーの「管理会計論」では「一般に,もし代替案が採用
総合的利益管理への構造的調整 43 されたら生じ,採用されなかったら生じない原価を探し求めねばならない。」と してこれが差額原価あるいは増分原価とする。彼の数字による例示では,代替 案の原価の差額をdifferenceとして示しており,一見これが差額原価を意味す るものと受け取られかねない嫌いはある。しかしそこでは「長期的な決定では 多くの項目が差額原価になるのに対して,短期では差額原価になる項目は少な い」と説明するところがらも明らかなように,差額原価は原価項目に関連する 8) 概念として考えられていた。原価の項目別にある原価は差額原価に属し,ある 原価は差額原価に属さないといった判断が適用されることが想定できるのであ る。したがって,アンソニーでも差額原価を二つの代替案の総原価の差額と考 えていたとは言い得ないのである。 しかし,アンソニーがこの章の副題を差額原価としないで,「関連原価rele− vant costs」としたことは,これによって未来原価と差額原価を包括する概念と して定義しうるとともに,上述のような誤った差額原価の定義の可能性をさけ ようとして点は認められるとしても,他方では差額原価を総原価の差額として 狭くとらえる見方に一つの拠り所を与えたことも否定できない。 すなわちアンソニー以降では,差額の概念がその字義において二つの何かを 比較した結果を意味することからも,代替案によって変化するという内容を表 現する概念として,差額原価概念よりもむしろディーンによって始められ,ア ンソニーが意思決定のための原価の表題で使用した関連原価の概念が使用され るようになってくる。この例を1960年代初頭の原価計算の代表的ないくつかの 書物に見ることができる。 たとえば,シリングローは1961年の「原価計算論」第1版の第4章で,意思 決定のための原価では「問題になっている代替的な行動の間で真の意味で異な るごとき項目だけを検討するべき」として,これを増分原価と呼んだが,これ を「ある代替案を選ぶことから結果するであろう総原価における差額」と定義 した。そして注でこの概念は差額原価とも呼ばれると説明した。しかし,この 版ではその後に,「増分原価の語は他の意味でも,すなわち二つの原価総額の純 8) Robert N. Anthony, Management Accounting ; Text & Cczses, 1956, pp. 360−1.
差額にではなく,意思決定の結果として変化するであろう原価の諸項目ele− ments of costに言及される。」として,変化する原価項目の意味で使用される 9) ことを挙げていた。 ところが,次の年の1962年に出版されたC.T.ホーングレンの「原価計算論」 では,「かくして関連原価は採用しうる代替案によって変化するであろう未来原 価として定義される。」とし,これに対して「差額原価は時には増分原価とも呼 ばれるが,どのような状況でも一般に各代替案での総原価の変化と定義される。 ……キ額原価は考慮されている代替案の関連原価の算術的な差algebraic dif− 10) ferenceであることに注意すべきである。」と説明した。同じ年にはシフとベニ ンガーによる「原価計算論」第2版でも,基本的な概念として関連原価を持っ て説明し,これに代わる語として増分原価と限界原価に言及した。 その後今日まで,シリングローの著書は5版を,ホーングレンのそれは6版 を重ねることになるが,こうした当時を代表する「原価計算論」の書物におい て増分または差額原価をもって原価総額の差額として説明されたことは,こと の是非はともかく,クラーク以来の差額原価概念にかわって関連原価概念が意 思決定における代替案の選択評価での基本的な原価概念として使用される傾向 を決定的にしたといえよう。その後の代替案の評価のための原価概念を取り上 げる論者では,この関連原価の概念がよく見られるようになるのである。特に, 1966年のAAAのASOBAT(A Statement of Basic Accounting Theory)以 来,関連性relevanceの概念が会計で重視されるに至ったことは,この概念の使 用に大きな促進剤となっているように思われる。 しかしここで注意すべきことは,クラーク以来の差額原価や増分原価の概念 に対して,関連原価の概念に代えたことによって,すでに挙げたように差額の 9)Gordon Shillinglaw, Cost/Accounting,1961, pp.94−5.なお,彼の書物では1967年の第 2版でも増分原価概念は原価総額と項目について適用されるとしたが,その後は原価総額 としての説明だけになってくる。しかし関連原価の概念は使用しなかった。 10)Charles T. Horngren, Cost Accounting,1962, pp.370一.引用の箇所はpp.375&378. かれでは,1989年の第6版に至るまで一貫して,関連原価の概念をもって説明し,増分や 差額を原価総額の差額として定義している。
総合的利益管理への構造的調整 45 字義に含まれるところがらの誤解を避けうる点を除いては(シリングローやホ ーングレン達が差額原価を総原価の差額を意味すると解したこと自体が,価格 理論での元来の差額の字義にこだわって,クラーク以来の差額原価の歴史を顧 みなかった結果といえるが),内容的な変化あるいは発展は全くみられない点で ある。 少なくとも歴史的な視点からすれば,関連原価をもって代替案の選択での基 本的な原価概念とする主張は,代替案の選択での新たな問題の発生に対応して, 従来の差額原価概念ではカバーしきれないところを収容するものとしてといっ た発展史的な背景は見いだせなく,この経過は単に差額原価概念の混迷とそれ に代わる新しい関連原価の概念による救済として見ることができるにとどまる と言わざるをえないのである。 IV 構造的調整に向けて 差額利益分析の経営的基礎 差額原価ないしは増分原価概念にとって,重要な忘れられてはならない問題 は,なぜ代替案の評価に際して差額原価(あるいは差額利益)によって評価す ることが適切であるかである。 われわれの原価概念は,前述のように人類学における人間の概念のような定 義自体が問題であり課題となるようなものではなく,目的を達成するための技 法の理論における概念であり,併せて具体的に何をもって算定するかを導きう る実行的な課題を持つところの技術論的な概念である。それゆえにあらためて 説くまでもなく関連性,あるいは古くから言い慣らされてきた言葉によれば目 的に対する手段の性格から目的適合性が元来的に基本的な重要性をもっている。 こうした原価概念を適切に適用しうるには,そのような原価によって達成し ようとする課題に関連して,原価概念を規定する上位の概念あるいは上部構造 なるものを明らかにする必要がある。これが明らかにされない限り,なぜ差額 原価による分析が適当であるのかも明らかにし得ないばかりでなく,どのよう に差額原価を取り上げることが適切かを判断する基礎も得られない。 たとえば,ある工程での部品の製造に対してA,B, Cの三種類の材料が使
用可能なときに,いずれの材料を利用することが有利かの問題をあげてみよう。 これらの材料の使用によって加工時間も異なる場合には,材料費のほかに機械 の加工時間と時間当たりの変動費によって評価すれば良いように思われるが, はたしてそれで適切なのかの判断は,それ自体からは生じないし,必ずしも容 易ではない。 この場合に,機械の加工時間の増減が利益の増減と線型な関連にない場合に は,ある代替案を選択してこれを利益計画に組み込んでも,評価で算定した利 益額あるいは原価額は利益計画や実績の利益計算額には現れないことになる。 要するに差額原価の選び方によっては分析した結果によって有利と結論され た代替案を組み込んで期間利益計画あるいは期間予算を立てた場合に,差額原 価だけの原価の改善が利益計画ででてこないことが生じうるのである。こうし た場合に,そこでの差額原価の分析の当否を判断する基準が無いことには,分 析の理論的な正当性を基礎付け得ないことになる。 この点に注目すると,問題はどのような差額利益の計算でも実行すればよい のではなく,なぜ差額利益を持って分析すればよいかの根拠にさかのぼること が必要になるのである。 この差額利益分析を基礎づける問題に言及した論者はきわめて限られている。 クラークもこの問題には全くの配慮を見せていなかったことは前述したところ であるが,多少ともこれに言及している例には,早いものとして1957年のシリ ングローの論考を挙げるべきであろう。この論文でシリングローは設備等の廃 棄の決定に際して設備が収益的であるか否かを評価する方法として次の二つを 上げる。一つは帳簿上の投資額に対する投資利益率であり(これを帳簿価額法 Book−return Methodと呼ぶ),今一っに廃i棄によって失われる現金的収益と節 約できる現金的費用によって算定された利益と,廃棄によって回収可能な投資 額(投資の処分価額のほか,棚卸の減少や流動資産の減少等も考慮した額)に よる方法(これをCash−return Methodと呼ぶ)の二つがこれである。この二 つの方法を詳細に取り上げて,いずれの方法が廃棄の決定にとってより信頼し うる収益性の指標であり得るかを検討している。
総合的利益管理への構造的調整 47 そこでは,後者の方法の特徴は「現金またはその等価物への影響で測られた 増分increments」の考え方にあるとし,「恐らく,廃棄の収益性を測定する企業 の主要な目的は,……全体としての企業が良くなるか悪くなるかを見いだすこ とである」として,企業全体の業績への影響によって考慮されるべきことを示 11) 唆している。 このシリングローの論考は,具体的な方法の優劣の論議が必要になると多少 とも企業全体の業績に対する影響としての差額利益分析の意義に近づかざるを 得ないことの例として注目できるが,引用したところの表現では今rつ明確に されていない恨みがある。 これに対して,1959年目H.ビアマンになると,企業の分権では自己部門の利 害で行動する部門管理者によって企業全体の利益の最大化の目標が維持される 必要があることを指摘し,振替価格がこうした企業全体の利益と部分の利益の 一致を保証するための技法としての役割を果たす必要を強調するが,これに関 連して部門の行う限界原価や増分原価による代替案の評価選択が,企業全体の 12) 視点から行われるべきことを指摘している。 ヒルとゴードンも同じ年にその「原価計算論」の著書で,「代替予選択の状況 分析を支配する基礎的な原則は全く簡単である。それは第一に,目的は利益の 最大化と仮定されていることであり,第二にすべてのありそうな行動のコース が検討され,利益において最大の増加(あるいは時には最小の減少)を生みだ すであろうコースを確定することである。利益の差額はさらに収益と原価の差 額に依るから,分析者の仕事は各可能な選択による原価と収益の変化を決定す ることである。この強調は採用される技法を表現するところの,増分および限 11) Gordon Shillinglaw, “Profit Analysis for Abandanment Decisions,” /oumal of Business, VoL 30, No.1, Jan.,1957, pp.17−29.引用の部分はp18.このシリングn一の論 考は,なぜ会計的な利益によるのではなくして現金的な利益によるべきかについての鋭い 指摘を含むなど注目すべき論文である。 12) Harold Bierman, Jr., “Pricing lntracompany Transfers,” Accounting Review, Vol. 34, No. 3, Oct., 1959, pp. 429一
13) 界の術語の使用によって説明されている。」と述べている。 このゴードン達の説明は代替案の選択が企業利益の最大化に向けてなされる とするところで非常に明快である。これから,代替案によって生じる差額利益 で評価するのは,この利益最大化に対する代替案の貢献を測定するためとの基 礎付けが理論的に発展しうるであろう。この意味で差額利益の直接の基盤に触 れているものと評価できる。こうした利益の最大化に差額利益分析の根拠を説 明する例は,このほかには筆者の渉猟した範囲では1970年のJ.W.マックレー, 1971年のG.H.ローソン,1978年のRD.ディロンとナッシュに見られるに止 まる。 これらの論者の主張を簡単に見ておくと,マックレーは各論者の増分と機会 原価の定義を比較して,増分原価の数式的な定義を機会原価から概念から発展 させているが,このうちで経営意思決:定の基本的な批判点は利益最大化である 14> とする仮定を取っている。またイギリスのローソンは,意思決定の原価と収益 を企業全体の観点から取り上げられるべきことを前提とした,利益最大化,時 間的側面,総合的システムを統合する総合的な財務システムによる分権的管理 15) 組織の統合が必要なことを指摘している。さらにディロンとナッシュは原価を 関連原価と無関連原価に分ける増分原価分析は,短期的意思決定の用具として 広く利用されているが,利益最大化に基づいた決定のほか効用極大化のための 決定があるとし,前者の利益極大化の決定では無関連な項目も効用の極大化の ための決定では関連してくるとする。しかし会計的には最大の増分利益または 16) 最小の増分損失をもたらす案の選択を問題にすべきことを指摘している。 これらの論者は,ヒルとゴードンの著書を除いていずれも代替案の評価での 13) T. M. Hill & M, J. Gordon, Accoarnting ; A Management APProach, 1956, p. 424. 14) T.W. McRae, “Opportunity and lncremental Costs: An Attempt to Define in Systems Terms,”Accounting Review, Vol.45, No.2, April,1970, pp. 315−321.特に, p. 319. 15) G. H. Lawson, “Measuring Divisional Performances” Management Accounting, Vol. 49, No. 5, May, 1971, pp. 147−50. 16) Ray D. Dillon & John F. Nash, “The True Relevance of Relevant Costs,” Accounting Review, Vol 53, No. 1, Jan., 1978, pp. 11−7.
総合的利益管理への構造的調整 49 差額利益分析を正面から取り上げたものではなく,何か別の問題に関連して展 開している際に差額利益の取られる根拠に言及していることに注目できる。こ こでは代替案の会計的な評価の問題範囲に止まっている限りは,なぜ差額利益 の分析が妥当するかの考慮の必要を感じることは少ないが,さらに広い視点で 取り上げようとすると,この「なぜ」の問題に行き当たらざるを得なくなるこ とをよく表している。別言すれば,代替案の会計的な有利さの評価は,どれほ どの利益の増加をもたらすかで計られることは当然であるから,この問題範囲 では差額利益の基礎は分かりきったことであり,あらためて説明の必要を感じ るまでもない。しかし,代替案の評価を他の関連で説明する必要が生じると, 企業全体の利益業績に言及することになると考えられるのである。 そうであるとしてもわれわれにとって重要なのは,企業目標とこのような関 連を持つ差額利益分析は,どのような企業経営上の必要を満たすように機能し ているのかを明らかにすることである。 この点で注目しうるのが上述のローソンの主張である。そこでは,分権的な 管理組織での管理者に必要な統合は,前著「予算管理発達史」の第1編と第2 編で取り上げてきたような予算による水平的と垂直的な調整とともに,今一つ の統合の手段が準備されていることを示唆しているのである。この点で同様な 財務的な手段による一つの統合に注目しているものとしてJ.M.サミュエルを 17) 挙げることができよう。 サミュエルは前述のビァマンと同様に,管理者は彼自身の利害で行動すると いう行動科学的な管理者行動の理解の上に,このような管理者をして全体とし ての企業の利益目標の達成に向けさせるには何が必要かに注目して,振替価格 の問題を取り上げる。いいかえれば,管理者を「全体としての企業の利益ある 活動を達成するようにデザインすることが必要」と考えるのである。そしてこ のような状況を達成するのに役立つ原価計算のシステムは如何にあるべきかを 機会原価による振替価格を通して取り上げているのである。この主張がどの程 17) J.M. Samuel, “Opprtunity Costing: An Application of Mathematical Program− ming,” fournal of Accounting Research, Vov. 3, No. 2, Autumn, 1965, pp. 182−91.
度成功しているかは別として,こうした必要への注目が見落とせないのである。 V 一応のまとめ 以上を概観してみると,差額利益分析を企業全体の利益業績に位置づけて, 体系的に説明する例としては乏しいものを感じざるを得ない。筆者が昨年の「企 業会計」誌の1月号の論壇で取り上げたところの,分権的な管理組織の発展に 伴う第三の調整としての構造的調整の論議は,独立的な事業部制への発展に関 連して,振替価格の問題を通しての具体的な進展は見られるとはいえ,上述の 例でも正面からこの問題を取り上げたものは見出せないし,理論的にはまだ問 題の端緒に近づいたとしか言い得ない状況にあると結論せざるを得ない。 しかし,たとえば減価償却費の計算上の理由から投資経済1生計算での現在価 値法や利益割引率法(内部利益率法)による有利さの評価と,それを採用した 場合の会計的な期間損益の額での影響とが同様でない場合に,減価償却費の計 算は全く無視してよいかは,検討の余地のある問題である。さらに差額利益分 析においては機会原価はどのように考慮されるべきかも,さらに上位の概念か らの判断がないことには理論的に取り上げることは不可能に思われる。こうし た必要が分権的な管理組織の発展に伴う総合的な利益管理システムにとって無 視しえないと考えるのは筆者だけであろうか。 そこで,この項で取り上げた各論考によってこの問題は具体的な財務システ ムへの注目によって展開されていることの示唆によりながら,われわれは歴史 の分野の問題としてではなく,現実の方法的な問題として取り上げることが必 要になる。