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日本の哲学教育史(下の三)

著者名(日)

柴田 隆行

雑誌名

井上円了センター年報

14

ページ

109-131

発行年

2005-09-20

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00002762/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

日本の哲学教育史

︵下の三︶

柴田隆行

き忘ミミ㌔○主\ 第一章 東京大学教養学部  今回は、一連のこの調査・研究の最終回として、いわゆる教養教育としての哲学教育を取り上げたい。一九九 一年に大学設置基準が改定され、大学が開設する授業科目から﹁一般教育科目﹂﹁専門科目﹂﹁外国語科目﹂﹁保 健体育科目﹂といった区分が撤廃されて、各大学が特色ある教育を展開することができるようになった。これを ﹁設置基準の大綱化﹂と言うが、一九五六年の文部省令によるこの大学設置基準では、﹁大学は、教育課程を編 成するにあたっては、学部などの専攻についての専門の学芸を教授するとともに、幅広く深い教養と総合的な判 断力を培い、豊かな人間性を酒養するよう適切な配慮をすること﹂という項目がこの大綱化で変更されたわけで はないにもかかわらず、国立大学を先頭に公立私立ほとんどの大学でいわゆる教養課程は解体された。このよう な時代の流れにあって、ほとんど唯一と言って良いほどに教養教育をそのまま維持した大学があった。文部省 ︵現・文部科学省︶をまったく恐れないあるいは恐れる必要がない大学、すなわち東京大学がそれである。︵この 形容はたんに主観的なものにすぎないが、東京大学では教養教育を一つの独立した学部で行っている点にその強みと独自 性がある。︶そこで最初に東京大学教養学部について見ておくことにしたい。 109 目本の哲学教育史(トの三)

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 東京大学教養学部の歴史については、﹃東京大学百年史 部局史四﹄二九八七年︶が、創立時のさまざまなエ ピソードもまじえて詳しい。それによれば、東京大学教養学部は、 九四九年五月三一日、新制の東京大学の発 足と同時に設立された。一般に﹁教養部﹂という位置づけであるのに対して、東京大学では専門課程も含めた四 年制の学部としてこれを発足させた点に特色がある。いわゆる一般教養科目ないし一般教育科目を新制大学のな かに設置するのはドイツのフンボルト精神の反映と言われるが、制度的には一九四六年四月に公表された第一次 アメリカ教育使節団報告書に基づく。そこでは、民主主義に基づく教育と全人的な教育の意義が強調された。こ れを受けて、四七年三月に大学令が廃止され、代わりに教育基準法ならびに学校教育法が公布、同年七月に大学 基準協会が設立された。ここで初めて一般教養科目の設置が規定され、新制大学ではこれ以降一斉に一般教養科 目が導入された。これが政府によって正式に認知されたのは、前述のように五六年一〇月の文部省令﹁大学設置 基準﹂においてである。しかし、当時の大学内の空気は、﹁総長もいうし、新制大学ではそういうこともしなく ちゃならないのではないか﹂というものであったという︵前掲﹃百年史﹄六頁︶。四七年一〇月六日に開かれた東 京大学新大学制第五回実施準備委員会総会の様子を、この﹃百年史﹄はつぎのように叙述している。    ﹁横割り的な独立学部を設置してオートノミーを認めるという構想に対しては、ジュニアコースを専門学   部の予科的性格のものとみなして縦割り的編成をとるべきであるとする立場から、かなり難色を示す声が多   かった。たとえば医学部の委員からは、ジュニアコースはあくまで専門学部の延長であって 般教養科目は   専門学部の中で教え、人事についても自治を認めず、それぞれ本郷の各専門学部が決定すべきであるという   主旨の反対意見が述べられている。また経済学部の委員からも、学部とすることはやむを得ないが、独立の   学部は不可とし、あくまでも予科的で各学部の延長と考え、本郷側の管下において各学部の教養部門を含め 110

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  た構想をとり、総長が全権を握るべきであるとする意見が述べられている。﹂︵同右八頁︶  東京大学の場合、単純に学部を増やすにしても敷地面積の問題があり、駒場にあった第一高等学校と合併する ことで、教養学部を設置することにした。その際、第一高等学校から﹁教養部じゃ困る、分校でも困る、教養学 部にしてもらいたい﹂という声があがり、また、天野貞祐第一高等学校校長はそもそも東京大学との合併案に反 対であった。というのは、天野は﹁旧制高等学校の人文・王義的な人間形成教育に強い愛着を抱いていた﹂︵同右 一二頁︶からだという。これら第一高等学校からの要望も含み入れ、南原繁総長ならびに矢内原忠雄社会科学研 究所長らの積極的な働きかけにより、四八年一月一九日の第一五回新大学制実施委員会で、第 高等学校との合 併による独立学部としてのジュニアコース設置案が承認され、同年一月二七日の東京大学評議会で正式に決定さ れた。これによって、東京大学では、専門課程に入る前の二年間を駒場校舎で開かれる教養学部前期課程で学ぶ ことが全学生に課せられることとなった。教養学部にはつぎのような研究室︵学科、教室︶が設けられた。人文 科学科に哲学、心理学、歴史学、人文地理学、国文学、漢文学、外国語科に英語、独語、仏語、古典語、中国 語、社会科学科に法学、政治学、経済学、統計学、社会学、社会思想史、自然科学科に数学、物理学、化学、地 学、生物学、図学、体育科には体育。のちに、人文科学科に文化人類学と教育学、外国語科にロシア語とスペイ ン語、社会学科に国際関係論研究室、自然科学科に科学史・科学哲学研究室が加わった。哲学担当教員は、五〇 年度には教授として川田熊太郎と桂寿一、助教授として山崎正一と原佑と佐藤俊夫、論理学担当の非常勤講師と して大村晴雄が、七二年度には教授として山崎正一、原佑、佐藤俊夫、末木剛博、井上忠、助教授として杖下隆 英が、八六年度には教授として杖下隆英と藤本隆志、助教授として坂井秀寿、山本魏、宮本久雄、講師として高 橋哲哉、助手として萩野弘之がそれぞれ就任していた。 111 日本の哲学教育史(下の_)

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 二〇〇五年二月の東京大学ホームページにはつぎのように教養学部が紹介されている。    ﹁東京大学に入学した学生はまず教養学部において二年間学習する。そのうち、はじめの一年半は、文科   一類.文科二類・文科三類・理科一類・理科二類・理科三類の二科六類に分かれ、前期課程科目︵基礎科目・   総合科目.主題科目︶を学び、最後の半年は前期課程科目と、内定した進学先の学部の専門科目とを学ぶ。授   業科目は次の通りである。基礎科目ー外国語、情報処理、方法論基礎︵人文科学基礎・社会科学基礎︶、基礎講   義︵数理科学基礎・物質科学基礎・生命科学基礎︶、基礎演習、基礎実験、スポーツ・身体運動。総合科目ーA思   想.芸術、B国際・地域、C社会・制度、D人間・環境、E物質・生命、F数理・情報。主題科目1ーテ   ーマ講義、全学自由研究ゼミナール。﹂  東京大学では、九 年の大学設置基準大綱化後も教養学部をそのまま存続させ、いまも二年間にわたる前期課 程科目を全学生に課しているが、よく見ると、そこには﹁教養科目﹂やコ般教育科目﹂といった名称は見あた らず、方法論基礎、基礎講義、基礎演習といった基礎科目が中心である。東京大学で教養教育が始められた頃に 書かれた、化学担当教授玉虫文一の思いはいまや時代遅れであろうか。    ﹁注意すべきことは、 般教育はその本質において、専門教育への準備教育ではないということである。   もちろんそれは基礎的であるという意味において、専門教育の土台となるものであるが、そのつながりは必   ずしも直接的ではない。例えば 般教育としての化学の課程は、特に将来化学や化学工学や薬学を専攻する   人のために立案されるのではなく、むしろ広く他の分野で活動する人のためにも共通に役立つものとして立   案される。﹂というのも、コ般教育は、専門として法律を学ぶ人も、工学を習う人も医学を修める人も、す   べて社会の↓員としての立場において、ひとしく修得しなければならない教養であり訓練である﹂からであ ll2

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る。︵一九五二年四月一 七頁より重引︶ 二日﹃教養学部報﹄第一〇号﹁大学の一般教育ーー教養学部の意義﹂、前掲﹃百年史﹄ 二 第二章 教養教育としての哲学教育  東京都立大学は戦後に旧制高校や専門学校を集めて創設されたこともあって、当初から専門課程担当教員と教 養課程担当教員を区別しなかったために、教養教育担当教員を﹁格下﹂とみる愚鈍な歴史を築かずに済んだが、 戦前からある国立大学では、旧制高校を合併吸収して教養部をつくる例が多く、近年の教養部解体に至るまでこ れを﹁予科﹂とみなす空気は消えなかった。しかし、じっさいの担当教員には優れた研究者が多く見られるの で、これは言われなき差別と言える。だが、いま問題は担当教員の研究業績にあるのではなく、玉虫文一の説く 教養教育の趣旨が現場で実現されているかどうかにある。  たとえば、東北大学一九八九年度﹃教養部学生便覧﹄には、﹁哲学A ヨーロッパの代表的な哲学者の思索の あとをたどりながら、哲学史上の根本問題である哲学の本質、存在と認識、自然と歴史における人間、価値と実 存などの諸問題について考察する﹂﹁哲学B 現代哲学の傾向を、近代合理・王義の再検討と批判という視点から 調査し、いま哲学に何が可能かを探る﹂とある。これだけで内容を評価するのは無謀であるが、哲学科の基礎科 目のようだとの印象はぬぐえない。九七年度のシラバスには﹁哲学BH カントの﹃判断力批判﹄を中心に、機 械論的自然観と目的論的世界観の関係について考察する。特殊な問題を考察するので、一般教養としては﹃哲学 A﹄を聴講する方が望ましい﹂というものまであり、これが教養教育としての哲学教育として適切であるか疑わ しいものも散見される。 113日本の哲学教散 (トの三)

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 これに比べて、広島大学﹃平成一二年度教養的教育関係授業科目講義概要︵シラバス︶﹄には、たとえば﹁近 代ー現代の知が描いている人間像を分析し、私たちが暗黙のうちに生きている人間像を解明して、それらの人間 像の含む問題点を検討する﹂とか﹁哲学的な問いの発端、自明性のバリアー、永遠の瞬間、現代哲学の発端、存 在神秘の現象学﹂とか﹁古典論理学の諸概念を手がかりとして、合理的な思想について学びます﹂、あるいは ﹁哲学11西洋哲学という等式の意味について考察してのち、哲学の成立と展開の過程をたどることにより、われ われ自身の、世界と人間性の理解を深めることをめざす﹂とあり、哲学を専門としない学生たちに向けて行われ る教養教育としての哲学教育の見本のような内容が提示されている。  立命館大学では、]九六三年以降三般教育の学び方﹄という手引書を発行している。六七年度﹁哲学﹂担当 の舩山信一はつぎのように記している。    ﹁哲学はどういうことを研究する学問であるか? 哲学を学ぽうとする諸君は、まずこういう疑問をいだ   くにちがいない。そして、これはまた哲学者自身の問題、すなわち、哲学そのものの問題なのである。哲学   とは、哲学とは何かということを研究する学問であると非難される理由もここにある。しかしまた、私たち   が人間としてもっているさまざまな疑問は、すべて哲学に通じている。ここからまた、哲学は何を問題とし   てもいいといわれるのである。しかし、それらの問題を整理して見ると、次の四つにまとめられる。    ︵一︶世界が何であるか、また、そもそも世界があり、何物かであるということは、どういうことであるか   という存在の問題。︵二︶私たちは学問を通して、世界、つまり自然や社会・歴史を知ろうとしているが、﹃知   る﹄ということは、いったいどういうことであるかという認識の問題。︵三︶私たちはただ﹃知る﹄だけでな   く、もっと広く、またはもっと深く生きている、この﹃生きる﹄ということは、どういうことであり、また 114

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  どういう意義をもっているかという人生の問題。︵四︶私たちはただ一人だけで生きているのではなくて、社   会のなかに生きており、またその社会は、ただ現在だけでなくて過去をもち未来をもっている。その社会や   歴史の問題。    哲学にはこのようにいろいろな問題があり、そこから、﹃哲学とは何か﹄にかんするいろいろな考え方、   また哲学のいろいろな部門が出て来る。しかも、そのいずれの問題についてもいろいろな解釈があり、した   がっていろいろな立場が生じ、また研究の方法もさまざまである。哲学においてはとくにどの考え方が正し   いかということを一義的には決められない。︹中略︺    もちろん哲学は問題の解決を与えることはできないかもしれない。そのために哲学は頼りがないとも見ら   れよう。しかし、問題を意識し発見し叙述し、自分を含めてあらゆるものを批判して行くところに、哲学の   強さがあるのである。﹂  舩山の文章は、それ自体難しい内容を含みながらも話が具体的であり、説得力がある。つぎの問題は、これを どのように日々の授業のなかで展開するかにある。東洋大学のかつての教養課程一般教育科目﹁哲学﹂を見てみ ると、たとえば六七年度講義要項で中島盛夫はこう書いている。    ﹁哲学は知識体系としては教えられない。ただ哲学の仕方を学んでもらいたい。そのために古今の有名な   十人の哲学者の思索のあとをたどり、われわれ自身の哲学のよすがとしよう。広く浅く知る必要はない。少   数の基本的な哲学思想の内面的な仕組みを深く理解したい。哲学者たちの生きた歴史的状況に注目しなが   ら、彼らが歴史的現実にどう取り組んだかを見てゆこう。﹂  同年、新田義弘はこう書いている。 115 日本の哲学教育史(下の二)

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   ﹁本講義は、一般講義の趣旨にしたがい、哲学思想への理解を深めさせることによって、自ら哲学するこ   とへと動機づけることを意図する。したがって、﹃哲学とはなにか﹄という問題を哲学史的に解明すること   によって哲学思想の歴史的理解を深めさせるとともに、哲学の基本的問題を具体的問題論的に考察すること   によって、哲学的思考の内的発生を促し、現代の精神的課題と取り組むために思想的熟成を図る所存であ   る。﹂  哲学史をもって哲学を講じるというスタイルである。七〇年度もこうした傾向は変わらず、﹁西洋における・王 要な哲学者の思索のあとをふり返りつつ、哲学の方法と概念を明らかにしていく﹂︵泉治典︶、﹁ギリシアに淵源 をもつ﹃哲学﹄の原意をその展開相を追いながら﹃哲学的に考える﹄ことを身につけさせる意図のもとに、講義 形式で授業を行う﹂︵飯島宗享︶、﹁こんにちまでの西洋哲学を、思想史の観点で概観し、現下われわれの思想状 況の自覚化に資す﹂︵暉峻凌三︶等々とある。暉峻は七五年にも、﹁哲学の学習にとって哲学史は欠くことができ ない。専門課程ではいくつかの哲学史の講義がおこなわれているはずである。この講義では、一般教育というこ とを念頭において、主に近代哲学の経過のあらましを、  哲学よりも一そうひろい思想の観点でかんがえてゆ きたい﹂と書いている。ちなみに、暉峻と飯島は、アリストテレス研究者として知られる出隆門下生であるが、 出は哲学概論をイデオロギーにすぎないとして、みずから哲学史家であることを自認していた。同じく出隆の門 下生の大井正が勤めていた明治大学政経学部でも、長年一般教育科目に﹁哲学史﹂と﹁論理学﹂はあっても、 ﹁哲学﹂や﹁倫理学﹂という科目は存在しなかった。似た傾向は、かつて伊藤吉之助が勤めた北海道大学でも見 られた。筆者もかつて教養課程の﹁哲学﹂を担当していたころはもっぱら哲学史を教えていたが、それは、人間 の思考の歩みを哲学の歴史として捉えることができると思っていたからである。しかし、それが教養教育として 116

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の哲学教育として適切であったかについて、いまは確信が持てない。 第三章 理工系大学における哲学教育  第二章で概観した、教養教育としての哲学教育の状況は、文学部に哲学科がある大学であり、しかも文系大学 ないしは総合大学のものであった。そこで、受講生が将来的に専門の哲学とはほとんど関わることがないと思わ れる理工系大学の様子を探っておきたい。ただし、過去に遡って調査する意味は少ないと思われるので、現状を 大学のホームページで調べることにする。  まずは東京工業大学の二〇〇四年度カリキュラム・シラバス一覧から。ここではいわゆる教養教育は、﹁学部全 学科目﹂という名称のもとで開講されており、哲学はそのうちの﹁文系基礎科目﹂に組み入れられている。﹁哲 学概論第一﹂︵二単位、推奨学年一年、桑子敏雄︶は、﹁現実のなかに隠れている哲学的問題の所在をさぐりあて、 哲学的に理論化するプロセスについて考える哲学入門。具体的には、環境問題を材料に用います﹂とし、講義計 画を﹁環境問題のなかの哲学、空間の豊かさ、風景の哲学的意味、身体と概念、﹁ローカルであること﹄、﹃グロ ーバル﹄と﹃ユニバーサル﹄、モノと概念、身体空間と概念空間、空間の再編行為の構造﹂と示している。﹁哲学 概論第二﹂は推奨学年二年生で担当は同じく桑子。講義のねらいとして﹁人間は﹃ロゴスをもつ動物﹄と言われ ます。﹃ロゴス﹄とは﹁理性﹄であるとともに、コミュニケーションのための道具、つまり﹁言葉﹄です。古代 ギリシアで哲学がはじまったとき、言葉による方法として﹃問答法﹄が用いられました。これはのちの﹃弁証 法﹄の基礎にもなりました。この講義では、哲学の本来の意味に立ち返って、自分の考えを言葉にし、それを人 に語ること、あるいは他者の言葉を聞くこと、要するに討論するということの意味について、実践的な討議を通 117 日本の哲学教育史(下の

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して考えます。引っ込み思案な東工大生のなかで、自分を変えたいと思っている諸君のための授業でもありま す﹂とある。桑子は、九九年五月に上智大学で開かれた日本哲学会大会のシンポジウム﹁時代の危機と精神的価 値﹂で森岡正博が﹁現代において哲学するとはどのようなことなのか﹂と問題提起したのを受けて、工業大学で は﹁だれそれのしかじかの哲学について﹂という研究では通用しないと発言していたが、日頃の苦労がしのばれ る実感のこもった発言であった。﹁論理学﹂は第一が三年生向け、第二が四年生向けだが内容は同じで、担当は 藁谷敏晴。講義計画は﹁論理学とは何か、命題論理の基本的原理、自然演繹法の基礎、命題論理の諸定理、命題 論理演習、命題論理の特徴的定理の反省と考察﹂とありかなり高度な内容に見えるが、工業大学の三、四年生な らば容易に理解できるかもしれない。ほかに﹁生命倫理学﹂や﹁西洋近現代思想史﹂という科目も見られるが省 略する。  つぎは東京農工大学の場合。﹁農学と工学という二分野に立脚した科学技術系総合大学﹂をめざし、専門教育 と教養教育の有機的なつながりを重視するという教育理念が掲げられている。教養教育の目的は、①大学の大衆 化、入学者の多様化にともなう学力の多様化への対応、②科学技術の知識・能力だけでなく、技術のもたらす社 会的影響、地球環境の保全、資源・エネルギーの有効利用などに配慮する視点の酒養、③知識詰め込みでなく課 題探索能力を育む教育の実施、④国際化社会にあって十分なコミュニケーション能力を発揮できるリテラシー能 力の養成にあるという。カリキュラム上では教養教育を﹁大学生として学ぶべき普遍的教養や現代の市民的教養 を育成するもの﹂と位置づけて、↓年から卒業年次までのあいだに﹁専門科目とのくさび形﹂で履修するよう編 成されている。﹁哲学﹂は尾関周二担当で後期二単位、授業概要には﹁地球生態系破壊にまで至った環境問題と インターネットに象徴される情報化への進展は現代における科学技術と関わる二つの大きな問題領域といえる。 118

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これらの進展とそれへの対応は二一世紀の人間生活に大きな影響を及ぼすものと考えられる。そこで、これらが 人間と社会にどういう新たな問題性をもたらしているか、そして、それらのインパクトをもとに様々な人間観も 登場している。こういったものを吟味しつつ、哲学の根本的な問いである﹃人間とは何か?﹄を改めて問い直し てみることにする﹂と書かれている。授業内容は、情報化と環境化の中の人間存在、環境と生命の人間論、共同 体と個性の人間論という三つの章に分けて展開されている。﹁倫理学﹂は亀山純生担当で二単位。授業概要には 「『 Eソは悪い﹄という常識倫理を改めて倫理学的に問い直すことを通して、常識倫理の陥穽や現代の典型的価 値観・倫理問題を理解する。あわせて現代倫理学の基礎を理解し、倫理学のエッセンスを﹃体験﹄することを通 して、学生の視野の拡大・新しい知識の習得と問題解決力の獲得の↓助とする﹂と書かれている。﹁論理学﹂は、 非常勤講師の島崎隆担当で二単位。オーストリアの高校三年で用いられている教科書を使い、知の形態、ソクラ テスの無知の知、学問・科学の分類、道徳の論理、本当の存在とは、本質と現象、といった問題を取り上げ、西 洋文化の基礎にあるロゴス︵論理、ことば、思想など︶を体得することをめざすとしている。さらに、﹁欧米のデ ィベート的コミュニケーションと日本的コミュニケーションの差異などについては、異文化コミュニケーション の問題として、とくに触れたい﹂という。  電気通信大学電気通信学部は、九九年の改組によって全学共通の総合文化科目と基礎科目を担当していた人文 社会科学系列と自然科学系列を解体し、七つの専門学科に分属させた。それに伴い共通教育は学部の全教官が協 力して行うこととなったが、共通教育のうち特に低学年対象の基礎教育は大学教育の根幹をなし、その円滑な実 施と改善・充実を図るには全学的な組織が不可欠であるとの認識から、翌年四月に基礎教育センターを設置した。 ﹁哲学﹂や﹁倫理学﹂は総合文化科目のうち人文社会科学部門に置かれている。﹁哲学﹂のシラバスは公開されて 119 日本の哲学教育史(τ’のつ

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いないが、﹁倫理学A﹂は横田理博担当で、﹁世界には様々な宗教的世界観・倫理観が並び立ち、ある場合にはそ れが国際的紛争の一因にもなっている。この講義では、いくつかの宗教思想の理解を・王題とする﹂とあり、﹁倫 理学B﹂も横田の担当で、﹁キリスト教の基本的な立場を聖書に即して理解する﹂とある。  つれづれに帯広畜産大学のホームページを開いてみると、そこでは、全学共通科目は﹁共通教育﹂と﹁基盤教 育﹂に分けられ、前者が専門基礎科目で、いわゆる教養教育科目は後者である。基盤教育はさらに﹁基盤総合科 目﹂﹁学ぶ基盤﹂﹁生きる基盤﹂﹁共通基盤﹂に分けられる。﹁基盤総合科目﹂には﹁生命と倫理﹂﹁獣医学概論﹂ など、﹁学ぶ基盤﹂には﹁科学の方法﹂﹁地球科学概論﹂など、﹁生きる基盤﹂には﹁哲学﹂﹁文学﹂﹁法学﹂﹁体育 実技﹂などが置かれている。﹁共通基盤﹂とは語学と情報処理科目を言う。﹁哲学﹂は杉田聡の担当で、﹁科学に よって証明も反証もできなくとも、人間にとって意味のある問いは少なくない。そうした問いのいくつかを、主 に西欧の哲学史二部東洋の思索を含む︶から精選して話したい﹂とそのねらいが述べられている。講義計画に は﹁1、自然を支配するものは何?︵ギリシャの自然哲学︶、2、誰弁はどう使うか︵ソフィストの弁論術︶、3、 生きることとよく生きること︵ギリシャの倫理学︶、4、自然に目的はあるか?︵アリストテレスと近代の自然観︶、 5、ストア派とインドの思索︵仏教の話︶、6、思考・推理のルール︵形式論理学の話︶、7、愛は奪うか?︵ヨー ロッパの知恵︶、8、博愛について︵〃︶、9、愛の詩を読む︵日本とヨーロッパの詩歌︶、10、義務とは何か?︵カ ントの倫理学︶、11、自己とは誰?︵マルクス・フロムの疎外論︶、12、実存と死について︵実存哲学の話︶、13、自由 と不安について︵〃︶﹂とあり、かつて全国的に見られた教養教育としての﹁哲学﹂のオーソドックスなスタイ ルが思い出される。 120

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第四章 新たな試み (一 j 名古屋大学教養教育院  最後に、新たな教養教育の試みに挑む名古屋大学の例と、さらに幅広い哲学教育の場として近年全国的に増え つづけている人間科学部の動向、そして最後に鳥取環境大学の取り組みを見ておきたい。  名古屋大学の哲学科については前回取り上げた。そこでは触れなかったが、名古屋大学は二〇〇〇年二月に、 ﹁人間性と科学の調和的発展を目指し、人文科学、社会科学、自然科学をともに視野に入れた高度な研究と教育 を実践する﹂と謳う名古屋大学学術憲章を定め、これに基づき翌年一二月に教養教育院を設置した。教養部はす でに九三年に廃止されていたが、教養教育院は﹁独創的で自立した豊かな個性を備えた知識人を育成するため に、それにふさわしい基礎教育及び教養教育を全学的な責任体制で実施する﹂ことをめざして新たに設けられ た。名古屋大学の全学教育は、﹁一、大学教育への導入教育と自立学習支援を目標に、基礎セミナーを、文系学 生四単位、理系学生二単位必修科目とする。二、主に入学初年次に、人文学、社会科学、自然科学の基本的分野 に関する基礎科目、二年次以降に教養科目を配置して、基礎から応用への系統的学習を可能にする。三、専門分 野を超えた幅広い学問的素養を養うことを目標に、基礎科目、教養科目共に、文理の檸がけ教育を行う。四、豊 かな人間性の酒養を目標に、宗教、芸術、倫理等、リベラルアーツ的性格の顕著な科目を全学教養科目に指定 し、文理の学生に共通する教養を養う。五、研究ツールとしての外国語運用能力を養成し、異文化理解を通じた 国際感覚を酒養する︵言語文化︶。六、スポーツや生涯健康保全に必要な知識・技能を養う︵健康・スポーツ科学︶﹂ という六つの枠組みで展開される。全学教育科目は基礎科目と教養科目と開放科目に大別され、基礎科目はさら 121 日本の哲学教育史〔トの三)

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に﹁全学基礎科目﹂︵学問の体系や構造を認識させ、専門教育へ接続させるとともに、自主的判断能力をかん養させる 科目︶と﹁文系基礎科目﹂︵人文・社会科学系分野の基礎となる科目を設定し、それぞれの分野における学問体系を認識 させるとともに、自主的判断能力を養成する科目︶と﹁理系基礎科目﹂に分けられ、教養科目もさらに﹁文系教養 科目﹂︵人文・社会科学系分野の諸現象について、主題を設定し、それらの諸現象を学際的、総合的に分析、把握する能 力をかん養するとともに、他の学問分野との関連性についても理解させる科目︶と﹁理系教養科目﹂と﹁全学教養科 目﹂︵専門分野を問わず、豊かな人間性を育み、総合的判断力のかん養をめざす科目︶に分けられる。  ﹁哲学﹂は文系基礎科目として開講されている。米山優と吉田純が文系学部担当、金山弥平が情報文化学部・理 学部.医学部・農学部担当、戸田山和久が工学部担当であるが、米山と戸田山は情報科学研究科の、吉田と金山 は文学研究科の教授である。二〇〇四年度のシラバスで米山はつぎのように書いている。﹁可能な限り普通の言 葉で、哲学への入門をできるようにするのが本講義の目的である。︿考える訓練﹀をすると思ってもらえれば結 構である﹂とし、﹁アラン﹃定義集﹄から、概念の定義を毎回原則として一つずつ読み進める形で授業は進行す る﹂とある。さらに、﹁基礎知識をある程度前提とした書き方をするので、理解のために私がプリントを作成し ながらそうした知識を補っていく。現代哲学の潮流の中で、アカデミックなスタイルを持たないアランのような 人物は表面には出てこないが、ずっと日常的なものに近い出発点と叙述法を持っているので、入門としては最適 と私は判断している﹂と補筆している。もっとも、﹁講義の受講の他に、最初の講義において配布する﹃課題図 書リスト﹄から、毎月一回、自分の好きなものを選び、書評︵二〇〇〇字程度︶を提出することが単位認定の前 提条件となるハードな講義と思ってほしい。やる気のない学生は来なくてよろしい。また、私語する者はつまみ 出す﹂ともあって、厳しそうだというより、日頃の苦労がうかがえる。 122

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 理工系学部を担当する金山弥平の講義の目的およびねらいは、﹁哲学︵本義は、知恵を愛すること︶の目的は、 もの知り・博学にあるのではない。むしろ、ものごとの究極の原因や原理を学問的に探求すること、そのために 自ら考えること、そして人間や世界について自分なりの答えを見出すこと、あるいは、答えを見出すために考察 を続けること、そしてなしうる限り善き生を営むことにある。哲学においては、出来合いの答えはないのであっ て、本授業の目的は、﹃万人に共通の正解を吸収する﹄という思考法から脱却するきっかけとなる場を提供する ことにある﹂という。授業ではグループに分かれての討論と発表という形式をとるとある。いずれにせよ、仮に この二つの講義概要を見るかぎり、教養教育院という立派な名称を掲げているわりには、従来の授業内容とあま り違わないようにも思われる。 ︵二︶ 人間科学研究  このような取り組みとは別に、哲学教育を狭い哲学科の枠内におさめず、広く人間科学として捉える傾向が近 年とみに目立つようになっている。つぎにこの点について見ておこう。最初に、中身は問わずに名称だけでイン ターネット検索︵蚕。旦江σq6⑥[呂。コ︵言oz∈乞ξσq①痴。Fg[ム巴ぬ①巨︶︶をすると、総合人間学部は二件︵ルー テル学院大学と京都大学︶、総合人間科学部も二件︵尚綱学院大学と上智大学︶、人間科学部は二四件︵北海道文教大 学、人間総合科学大学、早稲田大学、大阪大学ほか︶、人間学部は一八件︵大正大学、名城大学、追手門学院大学ほ か︶、人間文化学部は=件︵作新学院大学、昭和女子大学、滋賀県立大学ほか︶、人間関係学部八件︵大妻女子大学、 和光大学、椙山女学園大学ほか︶、人間生活学部六件︵藤女子大学、岡山学院大学ほか︶、人間社会学部一五件︵埼玉 工業大学、平安女学院大学、大阪府立大学ほか︶、教育人間科学部三件︵横浜国立大学、山梨大学、新潟大学︶といっ 123 日本の哲学教育史 (ぺの )

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た具合である。ちなみに、旧来の人文学部は五〇件あり、いまも健在である。ついでに、﹁哲学﹂で検索すると 三二件︵北海道大学、学習院大学、愛知大学ほか︶、﹁哲学科﹂では一四件︵國學院大学、東京女子大学、東洋大学ほ か︶と意外と少なく、さらに﹁思想﹂では五件︵茨城大学、筑波大学、東京大学、早稲田大学、広島大学︶であっ た。東京大学に哲学科はなく、現在あるのは思想文化学科である。  それにしても、なぜいまこれほどまでに人間科学オンパレードなのだろうか。このことについて、﹃東洋大学 人間科学総合研究所紀要﹄創刊号︵二〇〇四年︶に杉山憲司が﹁人間科学の総合に向けて1一試案からの問題 提起﹂という論文を寄せている。杉山によれば、人間科学はもともと人文科学とほぼ同義であったが、﹁二〇世 紀に入って人間についての経験科学がますます発展し、人類学、精神医学、心理学、社会学、それに脳科学や動 物行動学などを含む人間の科学的探求が、旧来の人文科学的な人間理解を根底的に揺るがすほどに発達したのに 伴い、人文科学という語に代わって、社会科学や自然科学をも含む広義の人間科学が成立した﹂︵六頁︶という。 現在設立されている人間科学研究の学部ないし研究所の理念を調べると、そこに二つの志向性が見られると杉山 は言う。一つは、﹁哲学を中心とした人文科学に、社会科学、自然科学を加えて、諸学を総合する新たな次元の 確立として人間科学を捉え、人間科学の概念規定に焦点を置く﹂もの、もう一つは、﹁生命科学、社会科学、行 動科学などのデータに基づく実証研究に力を入れて人間研究の内容を豊かにすることに焦点を置く﹂ものであ る。  哲学がフィロソフィアすなわち愛知を語源として持ち、あらゆる経験的知識を包括しつつ、その由って来る根 拠を問うものとして、かつての﹁万学の女王﹂  とまでは行かぬとしても﹁万学の従僕﹂  として、学びつ つ問い問いつつ学ぶ学問の入門であると同時に、近現代の極度に分化した専門科学をグローバルに見直す立場に 124

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身を限定するならば、﹁人間﹂という総合的な存在を対象とする人間科学にとって哲学がやはり欠かせないとの 認識は、文系大学ないし総合大学よりも、理工系大学での方が強くあるように思われる。そこで、最後に、﹁人 間﹂に劣らず学際的かつ総合的な取り組みを求められる﹁環境﹂に正面から立ち向かう鳥取環境大学の例を見て おきたい。 ︵三︶ 鳥取環境大学  鳥取環境大学は二〇〇 年四月に開講した新しい大学である。環境問題はそれ自体が従来の学科概念では包括 できない総合的な課題であることと、初代学長に元日本哲学会会長で環境倫理学の第一人者である加藤尚武が就 任したことから、おおいに興味が持たれる。︵加藤は二〇〇五年三月に退職した。  追記︶  まず建学の理念として﹁環境問題の解決に貢献する人材の育成﹂が掲げられているが、これは当然のこととし て、その具体的な方策として﹁文理融合﹂と﹁学際的・実践的なアプローチの重視﹂が唱えられている。具体的 には、﹁人と社会と自然との共生を規範に環境問題の解決に取り組む専門的人材を育成するため、環境問題の背 景にある自然と人間活動の関係について、人文・社会科学から自然科学まで幅広い学問分野からアプローチする 総合的教育を行う﹂とあり、カリキュラムは人間形成科目と専門科目に分けられる。前者はいわゆる一般教育科 目であるが、これには総合教育科目と外国語科目と情報処理科目があり、総合教育科目は﹁人間そのものとその 在り方、営みについて、倫理、社会、文化、芸術など従来の学問を組み合わせて豊かな人間性を酒養するととも に、幅広い視野と国際感覚を身に付けさせることを目的としている﹂と位置づけられている。これには﹁現代社 会と倫理﹂﹁ことばと論理﹂﹁現代社会と経済﹂﹁現代社会と農業﹂、﹁文明の歴史とその経過を考えながら人類と 125 「1本の哲学教育史(下のり

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いうグローバルな観点から、その光と影を明らかにし、将来の文明のあり方を考える﹂という﹁地球文明論﹂、 ﹁人間進化行動学が提示する人間の本質について平易に解説する﹂という﹁行動学入門﹂等々といった科目があ る。専門科目は、専門基礎科目、基幹科目、展開科目、演習科目に分けられる。ここには﹁環境総合計画学﹂ ﹁生物と環境﹂﹁環境と倫理﹂﹁環境社会学﹂﹁国際環境法﹂﹁都市・農村と環境﹂﹁地域生活文化論﹂、さらには﹁古 来の自給自足的な生活から、現代の大量消費生活に至るまでの変遷、その背景にある社会基盤や経済状況につい て学習することによって、これからのライフスタイルはどうあるべきかを考察する﹂という﹁ライフスタイル 論﹂等々、いずれもきわめて学際的かつ総合的な科目がたくさん配置されている。環境政策学科一年生の必修科 目である﹁環境政策演習﹂は一七名の教員が担当している。環境政策学科の入学定員は一六六名であるから、学 生一〇名に対して一名の教員がつく計算になる。︵筆者が勤める学科と比べると四分の一である。︶この演習の目標 は﹁論文や資料を読みこなす力をつけさせる﹂ことにあり、↓般に見られる基礎演習ないしサブゼミである。た とえば、田中章介﹁再審開始決定第一号として著名な事件鎌田慧﹃弘前大学教授夫人殺人事件﹄︶を読む。その なかから、①法律的﹃事実﹄の意義、及び②虚偽の事実を作り出す社会的情景や地域的要因について考える﹂、 中川聡七郎﹁環境問題の本質と解明への道を考える。環境問題は優れて現代社会の問題である。それは、根源的 には、便利さ、快適さを求める人間の欲望から生れたもの。それが、市場主義、民主主義という現代の経済社会 システムによって加速された。環境問題の解決のためには、私たちの生活振りへの反省だけではなく、経済社会 全体のシステムの変更をも必要とする段階に来ているともいえよう﹂、金子弘道﹁二一世紀最大の環境問題とい われる水の現状を読み解く。その中から世界の食料や人口問題を考える﹂等々、各教員が設定したテーマに即し て文献解読法や調査実習、レポートのまとめ方、発表の仕方などが学習されるようになっている。 126

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 これらいずれの科目にも広義の哲学が含まれていると言えるかもしれないが、ここで狭義の哲学に限って見る ならば、やはり加藤尚武が担当する科目が興味深い。総合教育科目に属する﹁現代社会と倫理﹂は、﹁企業の社 会的責任と企業の中で働く人の企業に対する責任、職業倫理を中心にして、経済活動が相互信頼、労働意欲、相 互扶助などの倫理性と密接に結びついていることを、実例を通じて学ぶ﹂ことを目標とし、つぎのように授業計 画が示される。﹁1、環境と経験︵ロックの断り書き、マルサス人口論、ミルの警告︶、2、持続可能性とは何か ︵持続可能性の定義論争、デーリーの三原則︶、3、生物の利用︵バイオマス戦略の問題点、生物多様性問題の現状、遺 伝子操作生物︶、4、世界の水問題と食糧問題︵循環型資源の枯渇、レスター・ブラウンの問題点︶、5、原子力開発 の展望︵資源問題でバイオマス戦略を選ぶ必然性があるか。なぜ核融合反応制御技術は確立されないのか︶、6、救命 艇倫理︵ハーディン、ローマクラブ報告︶、7、情報技術と環境問題︵ユビキタス︶、8、マテリアル・フロー・コス ト︵会計方式、連結決算、エンロン問題︶、9、サプライ・チエーン・マネジメント︵流通、循環経済︶、10、特許権 と著作権︵ディズニー社問題、ビジネスモデル特許、生物特許︶、11、プライバシー︵インティマシーの選択権、守秘 義務︶、12、企業倫理︵ストック・ホルダー、ステイク・ホルダー︶、13、国際貿易︵アボリジニー・ライト、絶滅危惧 民族、世界自由貿易、開発経済︶、14、職業生活の未来像︵終身雇用、年功賃金︶。﹂専門基幹科目に属する﹁環境と 倫理﹂の目標は、﹁環境問題が、近代社会の法律、経済、政治のすべての基本原理のなかに含まれる構造的要因 と結びついていることを理解する﹂点に置かれており、講義計画には、人口と食料、石油のなくなる日、温暖化 論争、生物の利用と生物の権利、情報技術と環境問題、生態学と倫理学などの主題が掲げられ、なかには﹁環境 に関連した英語﹂という・王題も見られる。最後の主題は何が論じられるか不明だが、いずれも加藤の得意とする 論題にあふれており、個人、人間、社会、自然、あるいは法、経済、経営などさまざまな角度から環境にまつわ 127 日本の哲学教育史(下の一j

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る問題が哲学的に論じられていると思われる。 128 第五章 総括  本論考は、本誌第九号掲載の﹁哲学館︵東洋大学︶における哲学史講義﹂から始まり、﹁上﹂では九州大学、 広島大学、大阪大学、京都大学、立命館大学、同志社大学を、﹁中﹂では京都にある仏教系大学、すなわち龍谷 大学、大谷大学、佛教大学、高野山大学と、駒澤大学、大正大学、立正大学を、﹁下の一﹂では東京都立大学、 東北大学、北海道大学、一橋大学、筑波大学を、﹁下の二﹂では名古屋大学、金沢大学、学習院大学、慶応大学、 中央大学、法政大学、早稲田大学、明治大学を、それぞれ取り上げた。東京大学については、別稿で取り上げた ので、今回の連載からは除外した。  ここで調査し取り上げたのは主として哲学科の歴史である。﹁哲学教育史﹂と銘打ちながら、おもに哲学科の 歴史のみを取り上げた理由は、すでに何度か述べてきたが、最後にもう一度繰り返しておく。併せて、これまで 調査研究してきたことがらについて、箇条書きで総括しておきたい。順番は必ずしも整合的ではない。 ①日本の哲学教育は、明治以来もっぱら大学ないしはその前身で行われてきたがゆえに、ここでは哲学教育の  歴史を大学史という観点から調査研究することとした。佐久哲学会を代表とする各地の民間学習団体、﹁哲学  道場﹂﹁哲学体験村﹂、あるいは市民講座やカルチャーセンター、現代のネット上の﹁哲学塾﹂などの調査は後  日の課題としたい。 ②範囲を大学内に限るとしても、哲学教育の実態調査は、哲学を専門としない圧倒的多数の他学部学科生たち  を対象としたいわゆる教養科目ないし一般教育科目としての﹁哲学﹂について行われなければならないと思わ

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 れるが、これはその影響を調査するのがきわめて困難であること、現在多くの大学でいわゆる教養部ないし教  養課程が廃止されたために資料が散逸し、講義要項さえ閲覧が難しいこと、したがってまずは、教養教育とし  ての哲学教育を担当する教員のほとんどが哲学科出身者で占められているがゆえに彼らがどういう教育を受け  たかを調べることから着手しても遅すぎない︵論理的な意味で︶と思われること、などの理由で哲学科の調査  を優先させた。今回多少はその欠を補ったつもりである。 ③各大学の哲学科を調査してわかったことは以下の通りである。︵イ︶当然ながら、一人の教員が長く勤める大  学では変化が乏しい。五年ごとに講義要項を調査したが、教員が退職しないかぎり内容がほとんど変わらない  ことも多かった。︵ロ︶地方大学で人事異動が激しい。教員の中央志向の現れと思われる。教員の一般公募があ  まり行われていなかった時代には学閥と思われる人事異動も多く見られた。︵ハ︶講義内容は担当者の興味関心  に大きく左右され、教育的見地から内容が決定されているとは思われないことが少なくともかつてはしばしば  見られた。︵二︶講座制をとった帝国大学では、学問分野の多様化によって講座の増設が頻繁に行われた。︵ホ︶  西洋哲学に限っても、いわゆる時代区分すなわち古代・中世・近世近代・現代、そして言語区分すなわち英語  圏・ドイツ語圏・フランス語圏等々、それぞれに哲学の特徴は異なると思われ、これに倫理学と論理学、さら  には日本思想も含めて、教員の人数が多い大学ではそれなりのバランスを考えて人員配置が行われているが、  国立大学は学生数も少ないが教員数も少ないために、前述のように教育内容が所属教員の関心に大きく左右さ  れざるを得ない。︵へ︶旧帝国大学以来の﹁概論﹂﹁特講﹂﹁講読﹂﹁演習﹂という形式的な科目名称が現在に至  るまで関西方面の大学で多く見られる。︵ト︶一学年の所属学生が一桁のこともある国立大学と六〇から八〇名  近い私立大学とでは教育の内容も形式も比較にならない。 129 日本の哲学教育史(下の_)

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④﹁哲学は時代の子である。﹂日本の哲学教育の歴史にも﹁流行﹂が見られる。啓蒙主義、民族主義、皇道主  義、その反省としての純粋原典講読主義、マルクス主義、実存主義、現象学、分析哲学、生命倫理、環境倫  理、等々。旧帝国大学系の国立大学では純粋原典主義が多く見られ、哲学演習とはすなわち外国語文献講読を  意味する。昨今の倫理学の授業内容はほとんどが環境倫理か生命倫理である。 ⑤哲学科と倫理学科を分ける大学がかつていくつかあったが、こうした分類は日本独自のものであるようだ。  最近は﹁哲学﹂に﹁思想﹂をつける大学が増えてきた。哲学と思想の違いはたしかに微妙である。明治期には  西洋哲学と東洋哲学の区別は、講座ないし学科単位では少なかったが、しだいに分化し、最近ふたたび両者を  統合する動きが見られる。 ⑥教養教育科目ないし一般教育科目の﹁哲学﹂は、かつてはもっぱら哲学史をその内容としていた。最近は  ﹁哲学﹂﹁倫理学﹂という科目名称そのものが表面から消えて、﹁思想の世界﹂や﹁西洋の伝統思想﹂﹁環境倫  理﹂﹁行為の理論﹂というようなかつての副題が主題に置かれるようになってきた。哲学科という学科名称さ  え消えつつある昨今、この現象はさらに多く見られることになるであろう。 ⑦今回、教養教育としての哲学教育を調べて思うに、一般学生︵哲学を専攻しない学生︶は、人生において、  あるいは日常生活において、あるいは他の学問研究や職業において哲学がどういう意味を有するかについてそ  れなりに教わる機会がいちおうあるのに対して、将来哲学を教える立場に立つかもしれない哲学科の学生ない  し大学院生が、厳密な原典講読すなわち哲学研究者になる道について徹底した訓練を施されることはあって  も、哲学を一般の人にどのようにして教えるかといった﹁哲学教授学﹂ないし﹁哲学教育法﹂を学ぶことはめ  ったになく、また、そもそも哲学は人生にとって何の意味があるかなどという問題は﹁青臭い﹂﹁素人﹂の問 130

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題であるとして、専門的に正面切って論じられることがないのではないかと思われる。その結果、教養教育と しての哲学教育を担当することになってしばらくは﹁哲学科ごっこ﹂のような授業内容を展開することになっ て、学生たちから﹁哲学はわけがわからない﹂といった不満の声を出させる結果を生むのではないだろうか。 ただし、﹁良心的﹂な教員はそういう現場から徐々に学んで、自分なりの教授法を確立していくことになるで あろう。そう考えると、今回見たように、文系大学ないしは総合大学でよりも理工系大学での方が﹁哲学﹂の 授業内容が具体的で入り込みやすくなっているのは、まさにその現場体験に由来するのかもしれない。 131日本の哲学教酬(一}一の⊃

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