食べる力で、在宅介護を楽にする誤嚥性肺炎を食べながら治す
111
0
0
全文
(2) 研究後の感想 今回、食サポートを活発に行っている医療・介護施設を、北海道から沖縄まで 全国を回って、気付いたことがあります。 この分野は、過渡期を迎え、今大きく変わろうとしているということです。 食サポートは、満足な診療報酬が得られないため、これまでほとんどの医療機関 が積極的に行ってきませんでした。病院をあげて、ではなく問題意識を持った医 療者が、細々と行っているというのが現状でした。 しかし、今年全国を回って、それが変わっていくのを感じました。 変化のキーワードは、「連携」と「街ぐるみ」です。 急性期病院と回復期、介護施設との連携。 医科と歯科の連携など、色々な形の連携が生まれ始めていました。 そして、色々な「連携」が生まれることで、 「街ぐるみ」での食サポートという これまでには全くなかった、新しい動きが各地で産声をあげています。 札幌・秋田・神奈川・鹿児島など、今回の研究でその動きをリポートできました。 これは、今後社会を変えていくための、より良いモデルケースになるものと 確信しています。 今回の研究でも、前回の研究同様、その成果を、雑誌やテレビや書籍などで、幅 広く伝えていきたいと考えています。 それが、今後の医療改善の原動力になるものと期待しております。. ジャーナリスト 塩田. 芳享.
(3) ①愛全病院(北海道・札幌市) ●急性期病院で食べられなくなった患者の受け皿となる病院 ●医療者インタビュー ●居川医師(リハビリ医) ★(塩田)こちらはどのようなスタッフ編成で、活動されているんですか? ★(居川)チームを組んでいるんですが、医師が3名、言語聴覚士が15名、 栄養士さんとは、看護師さんとか、専属の歯科衛生士が1名います。 これで、院内の食サポートを網羅しています。 ★(塩田)こちらは急性期を退院した人たちが来ることは多いんですか? ★(居川)そうです。本来、急性期病院の先生方も、私たちのような病院と連携 できることを望んでいると思うんですね。 実は話し合いをしまして、そのようなことをしましょうと、札幌市で は、肺炎の医療連携というシステムを作っています。 札幌市南部の急性期病院で、肺炎などで食べられなくなった患者さ んは、当院に転院して、食サポートを行うという連携のシステムが 昨年くらいから、出来るようになりました。 ★(塩田)急性期病院で、入院日数が短すぎるとか、早く退院させられてしまう ということが問題になっていますが、このように、しっかりとした 受け皿があれば、問題は解消するんですよね。 こちらの病院は、食べられないという理由だけで、受け入れることは 可能なんですか? ★(居川)食べられないということには原因があるはずなんですよ。 その原因によりけりなんですよ。 バックグラウンドによりけりですね。 ★(塩田)実際に取材を続けていると、食べられないということで、行き場を 失ってしまうという患者さんが結構多いんですよ。 急性期を出られる時に、食べられないで行き場を失ってしまう人た 1.
(4) ちの受け皿がないということが大きな問題になっているんです。 ★(居川)急性期を退院する時に、食べられないということで困っているような 患者さんは、どんどん受けています。 ★(塩田)急性期病院で、食べられなくなって、胃ろうを作ることになってしま った。そうなってしまったので、家にも戻れず、施設に入れない。 そんな状態で、行き場を失ってしまう患者さんが都市部では少なく ない。そんな患者さんをこの病院では受け入れ可能なんですか? ★(居川)可能です。東京は意外と回復期病院が少ないんですよ。 札幌は意外とあります。 ★(塩田)関東の都市部は本当に回復期病院が少ない。入れる人はラッキーだと 言われるほどです。こんな病院があるのは、羨ましいですね。 急性期で食べられなくなった患者さんが、このような病院でたべられ るようになって、在宅に戻れることが理想な姿だと思いますが、 関東の都市部ではなかなかそういう形にはなりづらいですね。 ★(塩田)全く食べられない人が、この病院に来て、少しでも食べられるように なる確率はどれくらいですか? ★(居川)食べられない原因が何かによって、成績が違います。 例えば脳卒中の場合は、一回食べる機能が落ちますけど、その後回復 するんですよ。データ的には、7割くらいの方が経口摂取が可能に なります。 ただし、脳卒中以外の、加齢によるものや、衰弱や、慢性疾患によっ て、だんだん嚥下機能が落ちた方に関しては、成績が良くなくて、 当院の場合、340名中、全く駄目だった方が50名いました。 お試し程度に、食べられるようになった方が128名しました。 完全に3食とも経口摂取に移行できた型は、ほぼ1割というのが当 院での実績です。 ★(塩田)どのくらいの確立で食べられるようになったのは実績というのは、 どんな患者さんが集まっているかの違いで、大きく数値が変わって しまうものですよね。重症の患者さんが集まる急性期病院などでは、 自ずと、その数値は下がってしまいますし。 2.
(5) ★(居川)その通りですね。 ★(塩田)こちらの病院は、マンパワーがかなり充実しているように見受けられ ますが、そうなったのはいつころからですか? ★(居川)私が入ったのが2010年なんですけど、そのころはスタッフの数は 圧倒的に少なかったですね。そこから、少しずつ増やしていったとい うのが現状ですね。 ★(塩田)STの絶対数が少ないので、確保するのは大変ですよね。 ★(居川)確かに、STの確保は苦労しています。 ★(塩田)食サポートをする上で、スタッフが揃わないということは大きな問題 となるんでしょうね。それに、食サポートは満足な診療報酬がとけな いので、そのためにスタッフを増員させることが難しい。 それが、食サポートの大きな問題点のような気がします。 ★(居川)そうは言っても、診療報酬的な問題でも、年々改善はされているよう には感じています。 ★(塩田)いま、食べられない人って、どんな原因が多いですか? ★(居川)一つの原因というよりも、複合的な原因が多いですね。 急性期病院で治療する方って、肺炎を起す方が多いんですよ。 この肺炎という病気は、色々な最終段階になっていることが多いん ですよ。ですので、一緒に持っている病気もコントロールしなくては いけないんです。 例えば、慢性呼吸疾患ですとか、心不全ですとか、そのようなものが 背景にあって、肺炎がでてくる。そういう方が多いですね。 ★(居川)私たち、札幌市では、急性期の先生方とジンギスカンを食べながら、 こんな患者さんは、このような対応しようと顔と顔が見える関係を 作って連携を図っています。 そういうこともあって、札幌市南部では、良い連携のシステムが出来 3.
(6) 上がっていると自負しています。 ★(塩田)地域の急性期病院と、その受け皿となる回復期病院などが、うまく連 携して、食べられなくなったしまった患者さんの食サポートを行う ことは大変重要なことだと思います。 それが、この札幌南部地区では、実にうまく連携していることがよく わかりました。このように地域の、急性期と回復期病院の連携、医療 施設と介護施設との連携など、色々な連携が、重要になってきますね。 ★(居川)最後に、私が是非みなさんに伝えたいことは、ACP,アドバンス・ ケア・プランニングということです。 これは、高齢者の方々が、 「食べられなくなった場合、どんなケアを してほしいか、事前に意思表示を行っておく」というシステムです。 実際に医療現場では、患者さんが食べられなくなってしまった時に、 認知症などで、意思表示ができないケースが少なくない。 そんな時は、医療者として、治療を優先させた方が良いのか、食べさ せることを優先した方がよいのか、迷うことがあります。 そんな時に、事前に意思表示をしてもらっていたら、その後のケアを スムーズにすることができます。 ですから、自分がどんなケアをしてほしいのか、事前に家族などに 伝えておくことをお勧めしたいですね。 ★(塩田)確かに、患者本人が事前に意思表示をしていた方が、治療やケアがス ムーズに行えますよ。これを是非広く伝えていきたいですね。. 「公益法人. 在宅医療助成. 勇美記念財団の助成による」. 4.
(7) ①愛全病院(北海道・札幌市) ●細心の注意を払いながら、「試す」ことが大事ですね。 患者家族インタビュー ●佐藤郁子さん(74歳) ●娘・希美さん(44歳) ★(塩田)お母さんはどんな状態なんですか? ★(娘)去年の11月までは、介護施設できざみのとろみで食べていたんです。 それが去年の11月にてんかんになって、意識がなくなって、救急車 で脳外科に運ばれたんです。 それをきっかけに食べられなくなったんです。 ★(塩田)食べられなくなったというのは、本人も食べたくなくなったという訳 ですか? ★(娘)いや、本人は食べたいんですけど、飲み込みができなくなったんです。 ★(塩田)飲み込みができなくなったということですか。 口に入れて、食べないで出しちゃうということですか? ★(娘)出すんじゃなくて、口に含んだまま、噛むということができないんです。 理由はわからないんですけど、それまでとは全く違うようになってしま ったので。それで私はどうしようと思って、 「食べる力(文春新書刊」と 「口から食べる幸せを守る(小山珠美著)」などを買って読んだら、 「家族 の意思」が大事だということが書いてあって。 ★(塩田)小山さんとか僕とかが情報発信しているのが、広がってきているんで すね。 ★(娘)そこで、私はあんなに食べられていたんだから、食べるという希望は 捨てたくなかったので。 その後、高ナトリウム血漿になって、一カ月以上点滴だけの日々が続い 1.
(8) たんです。その後、ムース食になったんですけど、誤嚥性肺炎になっ てしまったんです。それから、また食べられなって、点滴になって、 その後、嚥下の検査をした時に、危ないので、 「食べるのはダメ」と 言われたんです。 ★(塩田)食べるのは危険だと? ★(娘)そうです。それから鼻から栄養をいれる経鼻経管になって、5月に 胃ろうにしたんですけど。 でも、食べられなくなると、「楽しみ」がないじゃないですか? 母はうにが好きなので、うにを食べさせたいという気持ちがすごくあ って、そこで、 「駄目元」でもう一度嚥下の検査をしてほしいと頼んだん です。そうしたら、意外と結果が良くて、それで言語聴覚士さんに食べ る訓練をしてもらって、プリン数口から始まって、今はそれが少しずつ 進んでいる状態です。 ★(塩田)おかあさんは、意識はしっかりされているんですか? ★(娘)意識はしっかりしていませんね。自分がどこにいるかとか全然わかって いないし。すぐに忘れてしまうし。 ★(塩田)でも、食べたいという意思表示はするんですか? ★(娘)はい。常にご飯、ご飯って言っています(笑) だから、少しでも食べさせてあげたいなと思うんです。 ★(塩田)食べると喜んだりはするんですか? ★(娘)はい。でも本人が食べたいものと違うと、あまり喜びませんね。 ★(塩田)やはり、人間にとって、食べることは最後の楽しみなんですよね。 ★(娘)そうですね。母は本当に食べることが好きだから、よく食べるしぐさを するんですけど、「何してるの? 何か食べてるの?」って訊いたら、 「うん」と答えて、 「パン食べてるの?」と訊くと、 「うん」って答える んです。それだけ、食べたいという気持ちが強いんだと思うんです。 2.
(9) ★(塩田)この病院(愛全病院)には、どのくらい前から入院されているんです か? ★(娘)4年前に、脳梗塞になって、今のような半身麻痺と言語障害になって、 その時に、急性期のリハビリで、この病院にお世話になって、その後、 関連の老健施設に入ったんです。 その後、去年11月にてんかんになって、12月の末から、この病院に お世話になってします。 ★(塩田)この病院に来て、絶食になった時期があったんですか? ★(娘)二回絶食になった時期がありました。 ★(塩田)胃ろうになって、食べられない時期があったんですね? ★(娘)そうです。 ★(塩田)それで、いつころから少しずつ食べられるようになったんですか? ★(娘)今年の5月になって、飲み物の練習を始めたんですが、ずっと下痢の状 態が続いて。でも、自分でも、どうしたら食べられるようになるか、 試したいと思って、私自身が酵素を飲んでいるので、酵素を少し飲み物 混ぜて飲ませたんです。 そうしたら、下痢が治って、普通の便に戻ったんです。 酵素が下痢に効いたんじゃないかと。 ★(塩田)食べるリハビリはしているんですか? ★(娘)そうです。言語聴覚士さんが。 それで、まだ本当に楽しみ程度なんですけど、少しずつ食べられるよう になってきています。基本はまだ胃ろうですが。 ★(塩田)それで、少しずつ食べる量を増やしていきたいと。 ★(娘)そうですね。願いはそうです。4年前も食べられない状態から、ゼリー 3.
(10) 食から始まって、最後はお粥のきざみのとろみまで食べられるようにな ったんです。その時は、どんどん私の方で、 「これくらいなら大丈夫かな」 とか、 「これくらいなら、咽るからとか」実験をしながら、食べるチャレン ジを続けていたんです。 でも、今年になって、初めて誤嚥性肺炎になって、自分の中で怖いなとい う気持ちが出てしまって。 ★(塩田)少しでも、食べられるようになると元気になってきますか? ★(娘)そうですね。全く口から食べるのがゼロの時に比べたら、少しでも食べ られるようになると、体力が違ってきますね。 ★(娘)病院は安全を守られなくちゃいけない使命があると思うんですけ、一番 冒険ができるのは家族だと思うんですよね。 そこで、家族が冒険できるか、できないかで違いがでるんじゃないかと 思うんですよね。 ★(塩田)医療者の方も、安全を守りたいという気持ちはあっても、やはり食べ させたいという思いは持っていると思うので、家族が「強く食べさせ たい」という思いがあれば、それに引かれていくと言う傾向はあると 思いますね。家族の強い覚悟が、医療者の気持ちを変えていくことも ありますよね。 ★(娘)自分でやってきて、思うことは「試す」ということが大事だと思うんで す。どうしたら、食べられるようになるかという。 ★(塩田)そうですね。細心の注意を払いながら、「試す」ことが大事ですね。 ★(娘)色々なことを試しながら、母には少しでも良いから、好きなもの食べさ せてあげたいですね。少しでも、好きなものを食べると本当に喜んでく れますし、元気になってくれますから。. 「公益法人. 在宅医療助成. 勇美記念財団の助成による」. 4.
(11) ②麻生脳神経外科病院(北海道・札幌市) ●言語聴覚士でも食サポートチームのリーダーになれる! ●医療者インタビュー ●源間(言語聴覚士) ★(塩田)源間さんは、現在この病院で、食サポートチームのリーダーとして活 動されていますが、実際のところ、言語聴覚士でも十分リーダーとし て活動することは可能だと思いますか? ★(源間)十分リーダーとしてなりえると思っています。 急性期病院で十分、患者さんを食べさせていて、唾液でも誤嚥させず、 誤嚥性肺炎も起こしていません。 口腔ケアと口腔リハビリをしっかりとしているので、嚥下内視鏡も 嚥下造影検査もせずにやっていますが、KTバランスチャートでの 評価はしていますし、食べる姿勢など全身を看ながら、ご家族にも しっかりと説明して、食サポートを行っています。 ちゃんと評価ができて、リスクマネジメントができた上で、ちゃんと 医者と話せるST(言語聴覚士)であれば、リーダーになれるのかな と私は思っています。 ★(塩田)そうですね。僕もリーダーになれるかどうかは、しっかりと評価が できるかどうかと、主治医と対等に話せるかどうかが重要だと僕も 思います。ただ、ある人はなれてある人はなれないのではなく、言語 聴覚士という資格があれば、どんな人でも頑張ればリーダーになれ る。本来はそうあるべきだと思うのですが。 ★(源間)そこには努力が必要なので、今のままでは、やはりスキルアップする 必要があるかと思いますし、必要な情報を知りえる場が圧倒的に不 足しているように思います。 ★(塩田)評価法は色々ありますが、実際のところ、VE・VFは医科と歯科 の医師以外使えません。でも、KTバランスチャートなどSTでも 使える評価法は色々ありますよね。 1.
(12) それだけで、患者さんやご家族を説得することは可能ですか? ★(源間)そこだけで考えたら、なりえると思うんですけど、評価だけで考える なら、可能であると思います。 ただ、STには力の差も大きくあると思いますし、現状絶対数が少な いという大きな問題もあります。 ★(塩田)ここのように病院の中で、医師がいる中で、STがリーダーになる ことは現実的に難しいと思いますが、現実的に介護施設など医師が いない施設の中で、STがリーダーになることは充分可能だし、その 必要性はあると思います。 この病院はどんなスタイルなんですか? 医者はもちろんいますよね。 ★(源間)医者はいますけど、食べることに関してはほぼ僕に一任です。 僕たちに任せてもらっているので、僕がリーダーとして、やらせて もらっています。 ★(塩田)いまのチームの構成は? ★(源間)今はリハ医が入ったので、リハ医・看護師・言語聴覚士・理学療法士・ 作業療法士、後は必要に応じて、往診の歯科医師・歯科衛生士が入って いますね。 ★(塩田)常勤の歯科医師はいないんですか? ★(源間)歯科医師はいません。 ★(塩田)VFやVEの検査はすることないんですか? ★(源間)今はリハ医が入ってきたので、やることはありますが、以前までは 全部僕たちでやっていました。 ★(塩田)じゃあ、評価は全部源間さんがやっているんですか? ★(源間)そうですね。 2.
(13) ★(塩田)食べさせるリハビリは? ★(源間)僕もやりますし、看護師もやります。 ★(塩田)このようなやりかたをすれば、病院でも、十分にSTが食サポート チームにリーダーになれるという訳ですね。でも、現実にはほとんど、 このようなケースはないですよね。 ★(源間)そこは難しいところがありますよね。 ★(塩田)STになって何年目ですか? ★(源間)18年目です。元々僕は北海道の最北端の稚内というところにいて、 そこはSTが一人しかいなかった。 7万5千人の街に、STが一人しかいなかったんです。 そこに、食サポートの専門家の先生方に来てもらって、多職種に 講演してもらって、盛り上げていったんですね。 それが、功を奏して、STが8人にも増えたんです。 ★(塩田)じゃあ、活動がST主導で始まったということですか? ★(源間)そうですね。STが中心になって、色々な専門家を招聘して、 技術を磨いてきたんです。 そんな環境だったので、STとして、色々な経験もできました。 ★(塩田)評価法はSTチャート以外に使っているものは? ★(源間)嚥下のスクリーニング検査もやりますが、僕は基本的に口腔ケアが すごく大事に思っていて、その後に、唾液をしっかりと飲み込めるか を大事に思っていて、その後の熱が出ないかとか、呼吸状態を調べて、 食べられるかどうかを評価しています。 いま、口腔ケアの重要性を広げていくと活動を10年前から始めて います。全国各地で勉強会を進めています。 ★(塩田)医科や歯科の医者と言語聴覚士との違いは何だと思いますか? 3.
(14) ★(源間)医科は喉しか診ない。歯科は口しか診ないという傾向があると思いま すが、解剖学も含めて、その両方を診る事ができるのがSTの強み だと思います。 ★(塩田)実際のところ、口は歯科医と言っても、歯科は歯のことは詳しいです けど、口に関しては、詳しい人は少ないのが現状ですよね。 ★(源間)STも学校で口のことを勉強はしていますが、卒後のスキルアップが やはり相当に必要でしょうね。 ★(塩田)この病院内で、食べさせることに関しては、主治医からの信頼は 得るようになったのですか? ★(源間)5年近く前に、ここに転職してきたのですが、1年目は全く話を 聞いてもらえませんでしたが、徐々に実績を積んで、信頼されるよう になり、話を訊いてもらえるようになりました。 ★(塩田)今後も高齢化に伴い、食べられない高齢者はどんどん増えてくると 予想されます。それにつれて、食サポートをする医療者ももっともっ と必要になってくると思います。 源間さんのような、言語聴覚士のリーダーも、もっと増えてくると 僕は期待しています。最後に、現状をどんな風に変えていきたいか、 要望を教えて下さい。 ★(源間)まだ、この病院内に留まっていて、他の病院や施設との連携をとる のが難しい状態です。街ぐるみで、食べさせる活動ができるような 連携ができると良いと思っています。 ★(塩田)「STでも食サポートのリーダーになれる」 そのモデルケースになるよう、今後も頑張って下さい。 ★(源間)まだまだ課題はありますが、やれることを一歩ずつ頑張っていきます。 「公益法人. 在宅医療助成. 勇美記念財団の助成による」. 4.
(15) ②麻生脳神経外科病院(北海道・札幌市) ●いくつになっても、人は食べれば元気になる! ●患者家族インタビュー ●患者・母・新居なみえさん(106歳) ●家族・娘・のり子さん(80歳) ★(塩田)お母さんはどんな状況なんですか? ★(娘)106歳といっても、昨年まで普通に食事をして、元気に生活を していたんですよ。 去年のいまごろ、夏祭りのころ、すごく元気に食べていたんですよ。 でも、去年の春頃から、唾液をだらだら出すようになったんですね。 それ同時に、噛む事はできるんですけど、食べたものを喉まで送れ なくなってしまったんです。 それで、だんだん食べることができなくなってしまって。 でも、食べる意欲だけはずっとあるんです。 ★(塩田)食べられないとうよりも、送り込めなくなって、食べづらくなった ということですか? ★(娘)そうです、そうです。 ★(塩田)これまで、何か病気をしたことは? ★(娘)2000 年に、足を骨折して、その前年に脳梗塞になっているんです。 パーキンソン病とも言われています。 その治療のために、家で療養をしていたんですが、喋ることもできたし、 ずっと普通に食べることはできていたんです。 ★(娘)母とは、私たちの家族と隣同士で住んでいたんですけど、6年ほど前に 突然こう言ったんです。 「私、老人ホームに入りたいから、探してくれないか」と。 突然言われて、私はびっくりしたんですけど。 1.
(16) ★(塩田)実のお母さんなんですか? ★(娘)そうです。私は二人姉妹の下なんです。 それで、探すのに三カ月もかかったんですけど、その間も母は、 「まだなの?」って急かせて。 私は本当は老人ホームには入れたくなくて、それで主人に相談したん です。「私は老人ホームには入れたくないんだけど」と。 そうすると主人が、「それなら、老健というところがあるよ。そこは ずっといるんじゃなくて、何か月かお医者さんに診てもらって、それで 戻ってこられる施設なんだよ。そこはリハビリもあるから、まず、そう いうところを探してみたら」って言われたんです。 それで、そういうところを探したんです。 そして、三カ月だけでそこで診てもらおうとお願いしたんです。 ★(塩田)それから、どうなったんですか? ★(娘)その後、今年の1月に再び脳梗塞をして、食べることはできなくなり、 経鼻経管で、鼻から人工栄養を送るようになりました。 それまではずっと喋ることもできたんですが、あっという間に喋る ことができなくなりましたね。 食べる訓練もしたのですが、食べ物を送り込む力がなくなってしまっ た。舌の機能が低下してしまったんですね。 ★(塩田)経鼻経管を始めて、今はどんな状況なんですか? ★(娘)いまは胃瘻です。鼻にチューブを入れているのが嫌で、無意識にとって しまうんです。私が「これをとったら、死んじゃうだからね」と何度注 意しても、無意識に抜いちゃうんです。でも、口から食べることはでき ないけど、栄養はとらなくては死んでしまう。 それで先生たちと胃ろうに変えることにしました。 命ある限り、生かしてあげたいという選択でした。 ★(娘)でも、そうは言っても、少しでも口から食べさせてあげたいという 思いはありましたね。だって、母はずっと食欲はあったんですから。 ★(塩田)全く食べられない時期があったんですか? 2.
(17) ★(娘)全く食べられない時期も数カ月あったんですけど、いまは胃瘻を付けな がらも、週に 2,3 回好きなもの少しずつ食べているという状態です。 ★(塩田)今も老健にいるんですか? ★(娘)いまは、サービス付き高齢者住宅にいます。 ●その施設に訪問でケアをしているのが言語聴覚士の坂本氏である。 食べるためのアドバイスをしている。 ★(坂本)今年の6月に入居したばかりなので、まだリハビリは始めていません が、食べるためのアドバイスを行い、少しずつ好きなものを食べて もらうようになりました。 ★(塩田)全く食べられない時期に比べて、少しでも食べられるようになると、 変わってきたことがありますか? ★(娘)食べた時はすごく喜ぶんですよ。 ★(坂本)106 歳の誕生日を娘さんが企画してくれて、ホールケーキを買って きてくれたんですね。そのケーキを前にして、スタッフみんなで 写真を撮ったんですけど。その時の表情がすごく良かったですね。 少し食べやすいような細工はしたんですけど、その時は綺麗に食べ ることができましたね。 ★(塩田)食べる機能は落ちても、人間好きなものは食べるんですよね。 ★(坂本)そうですね。急性期のころは、病院が用意したものしか食べさせて いなかったので、ここでは娘はお願いして、好きなものを食べてもら っている。 ★(娘)いまは、週に二回だけ、コーヒーゼリーを持ってきたり、アイスクリー ムを持ってきたり、母が好きなものを少しずつ食べさせています。 そうすると母が大変喜んでくれるので、また持っていこうと思うよう になるんです。106 歳ですから、これからずっと長生きしてほしいとは思 3.
(18) わないけど、一日一日気持ちよく過ごしてほしいなと思うことはただ それだけです。命ある限りね。胃瘻も上手に使っていけば、決して悪い ものではないですから。 ★(塩田)そうですね。胃瘻が問題なのは、再び食べさせる努力を怠ってしまう ことだと僕は思っています。お母さんのように、胃瘻を付けていても 食べる訓練は続け、少しずつも、好きなものを食べられているのなら、 決して胃瘻も悪いものではないと思いますね。 ★(娘)いまでも胃瘻は付けていますが、全く食べられなかった時期に比べて、 好きなものを少しでも食べられるようになって母は大変元気になりまし たし、食べる度に喜んでくれます。全食口から食べられなくても、少し ずつでも、好きなものを食べられたら、生活は全然変わってくると思う んです。母の場合も、106 歳でも、食べられるように本当に元気になりま したから。 ★(塩田)人間いくつになっても、おかあさんのように食欲があるうちに、 「食べれば元気になるもの」なのですよね。 これからも、一日一日気持ちよく生活できることを期待しています。 ★(娘)ありがとうございます。. 「公益法人. 在宅医療助成. 4. 勇美記念財団の助成による」.
(19) ③最期まで口から食べる県・秋田! 推進協議会(秋田県) ●県をあげて食サポートに打ち込んでいる秋田県 ●医療者インタビュー ●谷合医師(JA 厚生連由利組合総合病院). ★(塩田)県でやっている協議体のシステムはどうなっているのかお聞きしたいんですけ ど。参加しているのはどんなメンバーなんですか? ★(谷合)うちの NPO(NPO 法人由利本荘にかほ市民が健康を守る会)ですね。 あとは秋田食介護研究会、小菅先生のところです。 あとは由利本荘市と、にかほ市さん。 あと介護施設的にはニチヨウカイっていう秋田で一番大きな法人さんと、池田 薬局っていう農業とかも取り組んでいる法人さんで、薬局とか施設をやってい る池田薬局。 ★(塩田)これらのメンバーで、「最期まで口から食べる県・秋田! 推進協議会」を作っている訳ですね。 メンバーの中に医科の医者は先生だけなんですか? ★(谷合)いいえ。秋田食介護研究会のなかには医者がいます。 ★(塩田)そうですか。大きな団体としては先生のNPOと小菅先生のところのメンバー とが組んでやっているということですか? ★(谷合)そうですね。 ★(塩田)病院も絡んでいるんですか? 先生が個人的に NPO に絡んでいるということなんですか? ★(谷合)そうですね。病院としては絡んでないです。 ★(塩田)結局、食べるという事は病院自体はそんな絡んでないんですか? 例えば、病院に行ったときに先生の担当の患者だけできるということですか? ★(谷合)そうです。 ★(塩田)病院に行けば出来るという事ではないですね? ★(谷合)そうですね。ですので、あくまでここから病院に紹介するという事は出来ない ので、患者さんと話を聞くわけです。. 1.
(20) ★(塩田)NPO が窓口になって先生のところにつながるということですか? ★(谷合)そうですね。 ★(塩田)それは病院自体が全面的に絡んでいるわけではないんですね? ★(谷合)そうですね。あくまで NPO とは独立していますね。 ★(塩田)その NPO を、県が全面的に補助しているということですか? ★(谷合)そういうことです。NPO というか、協議体に補助しています。 うちだけじゃなくて協議体全体に補助しています。 うちが事務局と、決算とかを出さなくてはいけないので事務的処理はうちがや っているということです。 ★(塩田)病院の医療者、介護施設とかが連携して NPO を作って、秋田県のサポートを 受けて、県民全体の食サポートをしていこうということで良いんですか? ★(谷合)いえ、主体は NPO ではないんです。 色々な組織が集まった協議体なんです。 それが、「最期まで口から食べる県・秋田!. 推進協議会」です。. ★(塩田)なるほど。NPO はその中の一つということですね。 ★(谷合)そうです。NPO はそのなかのひとつです。 で、たまたま事務局をやっているということです。 ★(塩田)どういった言い方をするのが一番わかりやすいですか? 県が主体になってということですけど、別に県が指導しているわけではないで すよね? ★(谷合)そうですね。予算を出して、あと繋いでくれています。 「こうしたらどうですか?」というように。アドバイザーですね。 ★(塩田)主体は県ではないんですよね? ★(谷合)はい。 協議体でやっていることは相談業務と、そのなかで結論が出たときにそれぞれ の参加団体を勧めるということです。例えば、うちの NPO はどうですかと サポートしてくれそうな団体を勧めることです。 その後、患者さんが行くか行かないは自由です。 ★(塩田)協議体の方に連絡がきて、相談を受け、その内容になって、参加団体のどれか がサポートの受け皿となる。そういうことで良いんですか? ★(谷合)そうですね。 ただ、急性期の方が多いので、治療中に移ると危ないケースが多いですよね。. 2.
(21) ★(塩田)危ないとは? ★(谷合)ほとんどの場合、まずは今いる病院を信頼してやってくださいと言っていま す。ただ、その場合でもモニターをしておくんですよ。 それで退院した後とかに電話がくるじゃないですか。 退院したあとに危ない状態で食べていたりすると、そしたらうちの病院にきた らどうですかと勧めるんですね。 だからまぁ、支えているという感じですね。 それで必要な時に介入すると。 だから全員をすぐ転院とかは全く考えてないです。 ★(塩田)例えば、在宅や施設の人たちが誤嚥性肺炎じゃないかという疑いで救急搬送さ れることがあったときに、先生の病院に行きたいと言って病院に行った場合、 対応は出来るんですか? ★(谷合)現時点では当番が決まっているんですね、病院としては。 なので、そこでの対応は出来ないですね。 退院した後に僕の外来にかかるというのは可能です。 ★(塩田)結局、谷合先生の病院のなかで、食サポートをしているのは、谷合先生一人と いう訳なんですか? ★(谷合)そうですね。 ★(塩田)他の人は同じようなレベルでやっているわけではないんですね? ★(谷合)そうですね。 ★(塩田)病院のなかにチームがあるわけじゃないんですか? ★(谷合)チームは NS のチームや認知症ケアチームというのがあるんですけど。 ★(塩田)例えば、言語聴覚士とか歯科関係の人間というのは、リハビリをやったりとか そういったチームがあるわけじゃないんですか? ★(谷合)チームはあるんですけど 例えばリハビリが入るのって 1 週間後なんですよ。 だからその 1 週間食べられないですよね。 土日も休みですし、夜もいないですからね。 そうするとチーム制にすると逆に介入が遅くなります。 だから今は主治医の僕が一人で介入しちゃうから、来た瞬間から介入できるん です。僕は24時間対応していますから。 土日に彼女たちに働けと言えないじゃないですか。 だからそれがチーム医療の弊害なんです。 チーム医療でやろうとしたらこれは多分うまくいかないと思います。. 3.
(22) ★(塩田)たしかに、そういう面もあるんでしょうね。 ★(谷合)だからどこもやるのが難しいんだと思います。 ★(塩田)ほんとそうですね。 チーム医療の弊害って、結局は一番ダメな人間の基準になってしまうというこ ともあるのかもしれませんね。 ★(谷合)そうなんですよね。 ★(塩田)だから一番やる気がある人間のことを基準に動けばいいけど、一番やる気のな い人間を基準になるから、結局チーム全体が活性化させるこは難しい ★(谷合)そうなんですよね。 だからあえてチームを使ってないんです。 ★(塩田)先生は急性期病院の勤務だけでなく、在宅や施設でも、食べられない患者さん を訪問でサポートしているんですよね。 ★(谷合)在宅も施設もやっています。 ★(塩田)在宅や施設から依頼が来るんですか? ★(谷合)施設では、食べられない人は病院に行きますよね? それを病院に行かせなくて施設でやってしまうということです。 病院に行かなくても、僕が訪問すれば、全部診られますから。 ★(塩田)なるほど。それはすごいですね。 では施設で診ているんですか? ★(谷合)そうです。そこに看護師の小山先生の技術を入れているんです。. ★(塩田)じゃあ KT バランスチャートとかも使っているんですか? ★(谷合)いや、まだそこまでいってないです。 ★(塩田)じゃあ検査をして食べさせてという? ★(谷合)検査というか、まだちゃんとした検査はしていないです。 ですので、まずとろみをつけるとか、薄くするとか僕が指示を出して。 ★(塩田)基本的に窓口は NPO でしているんです? ★(谷合)そうですね。. ★(塩田)それで、秋田は先生が中心になってこういうことをやっているんだ、と。. 4.
(23) ★(谷合)そうですね。 県をあげて取り組んでいるんですけ、正直、病院にとっての質の違いはあるこ とは否めませんね。だって、みんないっぱいいっぱいでやっている訳ですから。 例えば最近の事例だと、食べさせたいという連絡が来て、まず協議体のなかのボ ランティアで理学療法士さんが在宅に見に行ってくれるわけですよ。患者さん を。それで口腔ケアなんかを教えちゃうわけですよ。 だって入院する前に肺炎になっちゃうかもしれないですから。 で、そのあと組合病院に入院して、1週間で食べさせて、そのあとショートステ イに行って、自宅に帰るっていう事例がありました。 だからそういう地域の資源を組み合わせる。 コーディネートするっていうのが僕らの仕事かなと思ってきて。. ★(塩田)このシステムというのはどのくらい前から始まったんですか? ★(谷合)この事業が始まったのは去年の4月からです。今2年目ですね。 その前に在宅拠点事業っていうのがあって、それをうちは NPO からもらって いたんですよ。そのなかでやっていたんです。 ですので、この協議体としては去年からです。 ★(塩田)県が一体となって、食サポートを行うと言う取り組みはまだほとんど、どの県 もやっていないことだと思います。是非、良い形のモデルケースとなるよう、 今後も頑張って下さい。. 「公益法人. 在宅医療助成. 勇美記念財団の助成による」. 5.
(24) ③JA 厚生連由利組合総合病院(秋田・由利本荘市) ●回復期で八カ月絶食していた人が在宅に戻って 食べられるようになった。 ●患者家族」インタビュー ●患者・神坂久二さん(67歳) 息子・邦夫さん(仮名) ★(塩田)どんな問題があったんですか? ★(息子)頸椎の骨折で肺から下が麻痺してしまったんです。 ★(塩田)肺から下が麻痺?. 怪我をしたんですか?. ★(息子)そうですね。仕事中に木を伐採していて、木から転落したんです。 ★(塩田)どのくらい前ですか? ★(息子)3年前の10月です。 ★(塩田)その前までは、普通に食べて元気に生活が出来ていた訳です。 ★(息子)そうですね。 ★(塩田)骨折してどうなったんですか? ★(息子)10月に骨折して、その次の日に手術をして、その後の1~2カ月は 意識が朦朧として、何も食べられない日々が続きました。 その後、少しよくなって食べることもできるようになったんですけ ど、組合総合病院から転院してから、肺炎がひどくなりまして。 ★(塩田)少し食べられるようになって、誤嚥したということですね。. 1.
(25) ★(息子)そうですね。誤嚥性肺炎になってしました。 ★(塩田)その後、どうなったんですか? ★(息子)喉を切開して、胃ろうも造設してという感じですね。 ★(塩田)それで絶食になったということですか? ★(息子)そうですね。その後、八カ月は口からは全く食べられませんでした。 栄養は全て胃ろうからということですね。 ★(塩田)退院したのはいつになるんですか? ★(息子)2年前の8月ですね。 ★(塩田)退院してから、どうなったんですか? ★(息子)組合総合病院の谷合先生に診てもらったら、飲み込みの力が結構 あるんじゃないかということで、少しずつ食べる訓練を始めたんで す。最初は水にとろみをつけて飲み込んで。これからならお粥もいけ るなと、どんどんステップアップしていったんです。 今は市販のプリンやコーヒーゼリーまで食べられるようになりまし た。あとはミキサーで砕いたご飯のお粥とか。 お粥といっても、まだペースト状ですけど。 ★(塩田)ペースト食まで食べられるようになったということですね。 食べられるようになったのは、いつごろからですか? ★(息子)退院して、間もないことですね。 あっと言う間に食べられるね、みたいな。 ★(塩田)食べられるようになって変わったことはありますか? ★(息子)正直、食べられなかった時は、生きた感じがしなかったですね。 食べられるようになったら、肌艶もよくなってきましたし、 全く別人になったように、まさに生き返ったようでしたね。. 2.
(26) 食べられない時は、イライラしましたよ。 ★(塩田)八カ月の絶食の時期は大変でしたか? ★(息子)病院内に持ち込みも禁止でしたから、全くの絶食でしたから、 本当に大変でした。 食べさせてもダメなので、こっそりも食べさせられないし。 ★(塩田)絶対に食べてはいけないときつく禁じられていた訳ですね。 ★(息子)そうです。絶対にダメだと。 ★(塩田)回復期病院の先生に言われたんですか? ★(息子)そうです。絶対に食べられないよって。 ★(塩田)回復期を退院した後から、谷合先生に診てもらったという訳ですね。 ★(息子)そうですね。それで一気に改善していった訳です。 食べられるようになったのも、病院にいてではなく、家にいて、 谷合先生や看護師の小山先生たちに来てもらって、何が食べられる のかを慎重に検討しながら、徐々にステップアップさせていったん です。あとは、栄養士さんが作ってきたサンプルをチャレンジもしま したね。 ★(塩田)いまでも、胃ろうを付けていて、併用しているということですか? ★(息子)そうです。そうです。 今は口から食べる量が増えたので、胃ろうで入れる分はかなり減っ てきました。 ★(塩田)今はペースト食をずっと食べているんですか? ★(息子)そうですね。 ★(塩田)回復期の先生から、「絶対に食べてはいけない」と言われた頃に、 谷合先生のように、「食べさせてくれる医師」がいることは知って 3.
(27) いましたか? ★(息子)その頃は全く知りませんでした。主治医の先生から、 「絶対食べられ ない」と言われていたので、そういうものだと思っていました。 ★(塩田)主治医の先生が無理だと言っていたので、無理だと思っていた? ★(息子)そうですね。その当時は諦めていましたね。 ★(塩田)谷合先生のことは以前から知っていたんですか? ★(息子)組合総合病院に入院していたので、名前だけは存じていましたが、 主治医ではなかったので。ただ、信頼できる先生だよという話は 以前から聞いていましたので。 ★(塩田)それで退院してから、診てもらおうかと? ★(息子)そうですね。 ★(塩田)2年くらい往診で診てもらっているということですか? ★(息子)そうですね。ずっとですね。 ★(塩田)ああいう医師は、大変むずらしいんで。 ★(息子)本当に心強いです。 ★(塩田)急性期で食サポートを診ている医者が、在宅でも診ているという人は ほとんどいなんじゃないでしょうか。 おそらく、回復期で8カ月絶食していて、在宅に戻って食べられるよう になるケースなんて、通常は考えられないですよね。 急性期から回復期、在宅と本来なら、医療的はどんどん手薄になる ものなんです。特に食サポートの分野はそれが顕著です。 ですから、今回のケースは、本当なレアなケースだと思います。 ★(塩田)食べられるようになって変わった点も多いですよね。 4.
(28) ★(息子)そうですね。まずイライラはしないし、食べられない時は我儘でした よ、正直。「いいから、食べさせろ」とか。 ★(塩田)お父さんは食べたい、食べたいとずっと言ってた訳ですか? ★(息子)そうです。 ★(塩田)顔色なんかも変わりました? ★(息子)そうですね、顔色も変わりましたし、舌が変わりましたね。 食べていなくて、使ってない舌と使っている舌って、全然違うんです よ。食べていない時は、舌の中心が真っ白になっていたんです。 ★(塩田)じゃあ、食べられるようになって、介護も楽になりましたか? ★(息子)そうですね。本当にそうですね。. 5.
(29) ④昭和大学歯科病院(東京・大田区) ●1週間以内の短期入院で、食べるために必要な情報を全て教える病院 ●医療者インタビュー ●高橋歯科医師 ★(塩田)ここは大学病院ですけど、どのような形で食サポートをしているんですか? ★(高橋)一応原則としては通院ですが、短期間の入院でのサポートも行っています。 入院の間にリハビリのやり方を覚えていただくということなんです。糖尿病 の教育入院ってありますよね? それと同じように摂食嚥下のための訓練の 教育入院みたいなことで、治るまでって言ったら何ヵ月もかかるので。 できるだけ数日、1週間以内。今はもう4・5日の入院で、そこでどういう 姿勢でどういう物が食べられるかとか、食べられない人はこういう訓練をや って下さいという、食べるために必要が情報を全て教えるんです。 こないだ入院された方は、バルーン訓練なんですけど、外来でやってもお年 寄りで独居の方なんですけど、自分でやらなきゃいけないんですけど手が震 えてしまって何回やってもうまく出来ないということなので、それを覚えさ せるためだけに入院していただいて、2泊3日の入院で、うまくできるよう になりました。 ★(塩田)家に帰ってどんなことをしなくちゃいけないかという事を全部教えるという事 ですね? ★(高橋)そうですね。あとは食べられるようになった患者さんを外来でフォローしてる のと、あとはさらにお家のほうに行って、お家で実際にどういう風にしている のかということで、うちは訪問診療と施設と両方やっています。 外来と、あと必要があったら入院と。4つですね。 ★(塩田)この病院に来る患者さんの中で、嚥下障害とか食べられない人っていうのは何 割ぐらいなんですか? ★(高橋)半分以上だと思います。 ★(塩田)食べられないけど食べたいということで来る人は多いですか? ★(高橋)そうですね。うちの病院の特徴としては頭頸部がんの術後の患者さんが多いで すね。なぜかというと私が元々口腔外科だったのと、癌の専門病院にずっと行 っていますので、今でも週1回行っていますので、癌研有明病院というところ にずっと行っていますので。その次には脳梗塞の患者さん、それから色んなと ころから依頼がありますね。 ★(塩田)歯科医師は何人ぐらいいるんですか?. 1.
(30) ★(高橋)大学院生も含めて常勤が13人ぐらいです。 ★(塩田)食べられない原因には、やはり誤嚥が多いんですか? ★(高橋)やっぱり、誤嚥が原因ですね。誤嚥を起こすわけにはいかないので、この人は 間違いなく 100%誤嚥してしまうだろうという方はやっぱり経口摂取は出来な い。なのでその他の経路として胃ろうをオススメするとか。その代わりと言っ てはなんですが、ちょっとした食の楽しみとして口をキレイにしてこういう姿 勢だったら何口いいですよというようなことを見つけるのも我々の仕事です。 ★(塩田)胃ろうをつけても、全く食べないのと少しでも食べられるのとでは大きな違い がありますよね。胃ろうを付けても、食べる訓練を続けるかどうかが大きな問 題になってくると思います。 ★(高橋)あとは家族の希望と患者さんの希望が乖離してるって多いじゃないですか。 例えば胃ろうにして家族がおじいちゃん絶対食べさせてくださいって来るわけ ですよ。でもそのなかでご本人はもう食べたくない。 結局、摂食っていうのは本能ですから、本能っていうのは睡眠欲や性欲とか本 能ですし同じなんですよ、食欲も。だからもう自分としては食べたくないって いう人いっぱいいるわけですよね。やっぱりそれは死を間近にしてる人ってい うのはやはり食欲も。 本能的に少しでも食べる意欲がある人は上唇でそれを食べる動作をほんの少し でもしてくるんです。それが全くなければもうこれは大きなお世話なんです。 ですからご家族にはそれを見せます。それで、もしもおじいちゃんやおばあち ゃんが召し上がりたいのであれば、ちょっとでも唇の動きで取り込もうとする からよく見てくださいと。 それで全然出ない場合は、これを夜やったら出るかもしれないですけど、少な くとも今は大きなお世話。なので食べさせるわけにはいかないという話はしま す。 ★(塩田)摂食嚥下とか食べることに関して総合的な部分で診れるような専門医がおそら くいないと思うんですよ。それで全部診られるのは誰なんだってときに、歯が あって口腔があって嚥下があったときに、結局全部トータルすると嚥下は医科 じゃないですか。管轄としては。それで歯と口っていうのは歯科じゃないです か。だから本来は全部診れるわけじゃないんですよ、みんな。 じゃあ歯科医師が嚥下を診て全部診れるようにするのか、医科が口とかを診て 全部診れるようにするのか、どっちかじゃないですか。 どっちが良いのか? 歯科医師として、先生はこの問題をどう考えますか? ★(高橋)そうなんですけど、一応歯科としての医師国家試験と歯科医師国家試験を比べ た場合に、圧倒的に嚥下に関する問題が出てるいのは歯科なんです。 それからカリキュラムのなかで嚥下を入れてるのも歯科です。医科の中で嚥下 が入っていてもせいぜい1・2時間。だから歯科のほうがそういう意味では取 り組んでいると思います。 ★(塩田)そうですよね。僕も歯科がやる意義は大きいと思っています。. 2.
(31) ★(高橋)それとあとは咀嚼っていうのもいわゆる嚥下の準備期なんです。 咀嚼はあくまでも嚥下の一部であり、その嚥下を診る人っていうのは教育的に は歯科が一番やっていると思いますけど、でも基本的に診れる人が診ればいい というのが私の考えです。 結局医科とか歯科の垣根じゃなくて診れる人が診る。 要するにやれる人が患者さんにとってはありがたいわけですから、ですから医 科も頑張ればいいし歯科も頑張ればいい。 ★(塩田)だからやれる人がやればいいと思いますけど、もう一つは圧倒的に今人材不足 だから増やさなきゃいけないんですよ。そこで、どっちのほうが人材があるか と言ったら僕は圧倒的に歯科だとおもうんですよね。 ★(塩田)この病院で行っている短期入院ですが、病院を胃ろうを付けて退院して、 在宅に戻るような人も行うことがあるんですか? ★(高橋)そうですね。教育入院ですね。 ★(塩田)教育入院、そういう形をして良くなって帰っていくんですか? ★(高橋)そうですね。教育入院で大体5日くらいの入院のなかでやれることを全部やっ て、そのなかでも例えばフジシマのレベルでいう10ランクのうちの1ランク ぐらいは上がるんですね。でもそれは上げるのが目的じゃなくてあくまでも教 育です。 ★(高橋)うちでも、色々な検査を行っているのですが、 嚥下内視鏡検査、嚥下造影検査があたかも確定審査のように思っている人が多 いっていうのが問題なんですね。 部屋に戻って別のものを、さっきと同じものを食べたときに同じことが起きて るかなんて神のみぞ知るなんですよ。 要するに全然機能検査ですから、誤嚥していると言ったところで何の意味もな いんですよね。それがわかってない人が多いんですよね。 それでうちのほうは必ずこういう場面を、全部普通内視鏡ってみんなこればっ かしやるんですけど、僕は違ってうちはここから嚥下音だとか呼吸音を入れて 姿勢とこの画像を全部一緒にしたものを CD にやいて記録を取り、送るんです ね。そうしたことで初めてどういう姿勢をとってかってことがわかるわけです ね。 ★(塩田)全くその通りですね。 ★(高橋)同じ嚥下造影検査でもうちの嚥下造影検査っていうのは、嚥下音や呼吸音がわ かるシステムになっているんですよ。これをもってやると多少再現性を出して 検査が出来るかなという感じですね。これは段々広がってきています。 ★(塩田)いくら検査をしても、姿勢が悪い形で食べて誤嚥していたら、逆効果な訳で。 そんなケースは決して少なくないようですよね。. 3.
(32) こんな状態で検査して、誤嚥して、一生食べられないと言われたら、それは本 当に理不尽な話ですよね ★(高橋)VE でアウトだった。じゃあ、どうしたら食べられるようにあるのか、それを 考えなきゃダメですよね。 ★(塩田)本当にそうですね。 検査で誤嚥をしているのがわかった時に、それなら絶食と考えるのか、 どうしたら食べられるようになるのか考えるかが、「食医」かどうかの 大きな分かれ目になると僕は思っています。 ★(塩田)この病院で、4~5日間で短期入院で大きく変わる患者さんはいますか? ★ (高橋). あっという間に変わる人もいますね。例えば、よそで胃ろうを入れられてう ちに来て初日から普通に経口摂取をして、普通の朝食を食べさせたこともあ ります。それは誤嚥するんです。ただ誤嚥するんですけど必ずがむせ反射があ るので、だったら誤嚥した時に前かがみになって排出。これを必ず守って下さ いっていってそれでもう朝食を食べさせて、結局その人はそれからネッパツも なくて胃ろうも抜けましたし、その方は4か月ぶりにいきなり朝食だったそう です。それはまあレアなケースですけど。ただそういうケースも実際にあるん です。. ★(塩田)退院してここに入るよというのは何日ぐらい前にわかるもんなんですか? ★(高橋)それは人によって様々なので、ただこの病院の弱いところは、医者が夜いませ んので、だから急性期で医者の管理が必要な方はちょっと無理ですね。 やっぱりある程度落ち着いて、という意味で土日とかはなるべくかけないで平 日の教育入院ということにさせていただいています。 そのかわりそれ以降は外来でも対応できますし、16 キロ以内でしたら往診も 行きます。あとうちのほうでしばらくやったあと再入院っていうこともやっい てます。 ★(塩田)食べられないという理由だけでも短期入院できるんですか? ★(高橋)そうですね。 うちには全胃ろうの患者さんも短期入院に来ています。 そんな患者さんにも、トレーニング法を教えて対応法を教えてっていうのをや ってます。 ただ胃ろうが抜けるまでは長期間になるので。 それで一旦うちにかえってきてもらって外来でフォロー。あとは 16 キロ圏内 だったらお家のほうに訪問することできます。 ある程度改善が見られたらこっちのほうに来ていただいて、胃ろうもう抜ける んじゃないかってことで、その所見を胃ろうをつくった、僕たちが胃ろうを抜 けるわけじゃないので胃ろうをつくったところにコンサルトをして胃ろうを抜 いてもらうと。. 4.
(33) ★(塩田)急性期で退院をしなくちゃいけないってことで、リハビリ病院に行くか、施設 に行くか、在宅に戻れるのか、行き場がなくて迷っている患者さんが、いま 大変多くいるんですけど、そんな患者さんを短期入院させて、良い形になって 戻してくれるという可能なんでしょうか? ★(高橋)そうですね。100%出来るかは断言できますが、まず外来で、患者さんの状態 を見させてもらってからの判断となりますね。 ★(塩田)やっぱり外来で診てからですか?. 短期入院するかどうかっていうのは。. ★(高橋)1 回外来で診させていただいて。でその時に内科にも、入院に関わるか、麻酔 科も含めてそれで決めさせていただきます ★(塩田)だいたい、何回くらい外来で診て判断するんですか? ★(高橋)いやいや、もう初めから入院目的で来ていただくんですけど、外来で確認して ってことですね。外来に来る期間として 1 回か 2 回だけです。 ★(塩田)このような短期入院で診てくれる病院があることは、おそらく多くの人が 知らないと思いますので、もっと広く伝えていく必要がありますね. 「公益法人. 在宅医療助成. 勇美記念財団の助成による」. 5.
(34) ④昭和大学歯科病院(東京・大田区) ●病院で一生食べられないと言われた56歳の男性を救ったのは 歯科大学病院だった ●患者家族インタビュー ●患者・頓所悦郎さん(67歳) ●妻・政子さん(64歳) ●高橋歯科医師. ★(塩田)最初は、何が原因だったんですか? ★(頓所)クモ膜下の後遺症で嚥下機能をやられてそれで。 ★(塩田)何歳の時ですか? ★(頓所)56 歳です。 ★(塩田)56 歳ですか。全然若いですね。いまから13年前ですか。 それで結局、クモ膜下の後遺症で嚥下障害になって、それで前の病院で食べら れなくなってしまった?. ★(妻)最初救急病院行ったんです。 そこで嚥下がやられているっていうのが分からなくて、私たちも知識がなかっ たので。 ★(塩田)そうですよね。 ★(妻)それで主人も普通に喋っていたんですよ。 ICU に入ったときも普通食が出たんですよ。それで普通食食べるときにちょっ とむせるような感じだったんですけど、食べることは食べていたんです。 それでそこの病院が閉鎖されるってことで他の病院に転院するってことで、もう リハビリぐらいしかないだろうって感じで、コイルもやってましたので、コイル の結果も見ながらリハビリってことで鶴見の方の総合病院のほうに移ったんで す。そこでリハビリもあって脳外もあって。 でもそこで脳外もあったんですけど肺炎を起こしたんです。要するにここがダメ だったから。 ★(塩田)誤嚥性肺炎ってこと? ★(妻)そう。それでここがダメだってことがそこで分かったんです。 ★(塩田)どのぐらい経ってからですか?. 1.
(35) ★(妻)ある程度は分かっていたんですけど栄養は点滴から入れてたんですけど。 ★(塩田)口からは食事はしていなかった? ★(妻)してなかったです。点滴をしてました。肺炎を起こしていましたから食事をする っていう立場じゃなかったんで。 点滴をずっとやってると血糖が上がってきたりもしますので、色々調べたら嚥下 がダメだってことで食べることは一切やらないで胃ろうになったんです。 ★(塩田)胃ろうになったんですか。それはくも膜下出血になってから何か月ぐらい?. ★(妻)移ったのが12月23日に倒れて1か月、それで2月頃に他のリハビリ病院に転 院しまして。 ★(塩田)転院してから胃ろうになった? ★(妻)そうそう。3月ぐらいに胃ろうやりまして、もう食べれないってことを言われま したので、その時はもう生きるか死ぬかでしたので、主人は全く覚えてないんで すけど。 ★(塩田)56 歳ですか? ★(妻)はい。でもう生きるか死ぬかって感じで肺炎も起こして本人はもう ★(頓所)自分でも、もう駄目かなって思ったから。 ★(塩田)意識も朦朧として? ★(妻)肺炎を起こしたので余計ダメでした。それでこっちも仕事してまして子供もまだ 20代でしたので、ネットで調べてもらったんですよ。 とにかく何でもいいから調べてほしいってことで、胃ろうの。 やはりクモ膜下で倒れて食事が出来なくて亡くなったってそういうことしか出な いんですよ。 だから何かあるだろうと思って鶴見の総合病院が脳外科が、昭和大学と繋がって るというということをい小耳に挟んでなんとなく知ってたので、昭和大学を調べ たんですよ。そしたら口腔外科って出たので、もしかしらそこでやってるんじゃ ないかなって思って ★(塩田)口腔リハビリ科ってどのくらい前から? ★(高橋)口腔リハビリ科は平成16年ですね。 ★(塩田)ちょうど13年ぐらいですか。. 2.
(36) ★(高橋)ちょうど出来てすぐくらいいですね。 ★(塩田)少なかったですよね?きっと。今でも少ないですけど。 ★(妻)それでどうしても診てもらいたいってことで紹介状を書いてもらうんですけど、 渋りはしないですけど書きますよってリハビリの先生が言ったんですけど、もう 絶対食べられませんよと言われたんですよね。 主人はなにも覚えてないんですけど、ここを切って喉から食事を入れるかとか、 3つくらい言われたんですけど、そこまでして食べたくないっていうし、目一杯 食べて死ぬみたいなこと言うんですよ。 ★(塩田)家族にしてみれば、本人が胃ろうでずっと生きてるのもかわいそうだし、でき れば食べさせたいと思いますよね。 ★(妻)そう。胃ろうはい切ないし、周りは食事していtるのに食べれないし、割と性格 がのんびりしてて根気がいる人で。そんな性格もあると思うんですよ。 その性格が短気とかだと続かないかもしれないんですけど、割とのんびりしてい てマイペースな人だったから続いてリハビリ行ってみようってことで先生のとこ ろ電話入れて。 ★(塩田)前の病院で胃ろうやったときっていうのはリハビリやったりとかは? ★(妻)やっていたんですけど ★(頓所)めん棒を冷たくしてアイスマッサージみたいに。あと発音ですね。 ★(塩田)たぶん食べさせるというより発語にちかいような。い ★(妻)そうそう。だからリハビリの先生自体が食べさせるってあれがなかったです。話 を聞いているとそんな感じです。. ★(塩田)家族にしてみれば食べさせたいという意識は強いですよね。 ★(妻)そうなんです。 ★(塩田)たぶんそういうのって経験してないと分からないじゃないですか。みんなまだ 知らないから全然少ないけど、なってみて初めて分かるっていう。 ★(頓所)食べられたときは嬉しかったですもんね。 ★(塩田)それでこちらに転院されたってことですよね? ★(妻)通院したんです ★(塩田)通院したんですか. 3.
(37) ★(妻)向こうで 6 ヶ月で退院させられちゃいまして ★(塩田)そのリハビリ?. ああ、そうですよね。. ★(妻)だから通院したんです。 ★(塩田)ああ通院したんですか。 ★(妻)そうです。月に 1 回来て、どんどん伸ばして ★(頓所)3か月とか6か月とか1年になって ★(妻)それで2年半で来なくていいて言われて。様子見てくださいって。 ★(塩田)でどんな風なことをされたんですか?通院で。 ★(頓所)喉に力を入れることとか、バルーンで ★(塩田)風船のやつですよね? ★(頓所)をとにかく口の中がきれいじゃないといけないっていうんで、歯の磨き方それ をやって。. ★(塩田)ケアとリハビリの勉強をして、うちでもやられたってことで? 家で誰かが通って来たりとかはあったんですか? ★(妻)いえ、ないです。 ★(塩田)じゃあここに通院してご家族のかたがケアしたりリハビリしたり。 ★(妻)はい、ここで 100%。 ★(頓所)リハビリで教わったことを家でやってる。 ★(塩田)それで通院してきて、全く胃ろうだったものが最初に食べられそうになったの って ★(妻)完全ですか? ★(塩田)いや、少しでも口から食べられるようになったのって. 4.
(38) ★(妻)最初先生にヨーグルトは 100 グラムとか毎日やっていて、1か月後に昭和に通 って、結果を見て、とにかく水がダメでしたから、だからとろみをつけたりなん かしてしばらくやっていて、それが1年半ぐらい続いて、それで胃ろうも一緒に やっていましたから胃ろうやりながら ★(塩田)ここ来たときは全くゼロだったんですか? ★(妻)ゼロでした。 ★(塩田)ゼロから最初に食べ始めたっていうのはいつくらい? ★(妻)ここに来たのが5月の連休明けですからそのときはまだ食べていませんでしたか ら ★(塩田)じゃあ1,2か月ぐらい? ★(妻)そうですね。それで胃ろうとったのはその年の冬でしたから12月にとったんで す。 ★(塩田)全くゼロで食べられないって言われて胃ろうでやっていて、一番最初に一口食 べた時って、どうでした? ★(頓所)一番最初に食べる練習をしたんですよ、入院した時に。 色んな先生が入れ代わり立ち代わり聴診器でどうやってものが落ちているとか 調べてくれて、それでもう大丈夫ですよと言われてまともに食べだした時は本 当に嬉しかったですね。 ★(妻)量は少しずつですけど。 ★(塩田)でも大丈夫だって言われたら安心するし。 ★(頓所)そうですね。 ★(塩田)今はもう完全に 10 年で普通に? ★(頓所)もうそうですね ★(塩田)完全に普通に戻ったのはどれぐらい?. 3年ぐらい?. ★(妻)そうですね。 ★(高橋)やっぱり僕らはこうすればっていうのを出すんですけど、姿勢にしても練習に しても。でもそれをやっていただけるかいただけないかであれなので、もう頓 所さんは本当に熱心にやっていただいて。 ★(塩田)やっぱりご家族の協力と、それがないとできないことですよね。. 5.
関連したドキュメント
☆…塩を入れただけで色がきれいに美しく なると初めて知りました。ブロッコリーを
応力とひずみに線形関係が成立する微小変形下 で測定されるので、本来は、試料の流動性と直
(以下同様)
【目的】前回、飛騨地域の嚥下訓練食の統一化に向けてアンケー
―今後希望するセミナー
厚生労働省の人口動態調査によると、2010 〜 2014 年の 14 歳以下の子どもの窒息による死亡事故 623 件のうち、食品による窒息事故は 103 件(16.5%)で第 3
ll.食べ方は育児環境と関連しながら発達する 「食べ方」の基礎は,乳児期から幼児期にか
と述べている 5) .また Kwong らは patchy air space con- solidation と隣接する胸膜肥厚を特徴とすると述べてい る 6) .我が国では間藤らが,consolidation