誤嚥性肺炎の予防 ——口腔ケアと摂食嚥下リハビリテーション——
感染予防としての口腔ケア
藤田保健衛生大学医学部歯科 教授松尾 浩一郎
Koichiro Matsuo1.高齢社会の中での歯科医療の方向性
本邦では65歳以上の高齢者の人口割合が2013年に ついに25%に達した1).今後,団塊の世代が後期高齢 者となるいわゆる2025年問題を控え,医療,介護では, 高齢者対策が喫緊の課題として動いている.今後さらに 高齢化が加速していく中で,歯科医療も疾患を持った高 齢者に関わる機会が一層増えていくことは間違いない. これからの高齢者への歯科医療は,今までのようなう や歯周病への対応から口腔機能低下への対応へとシフト していくことが予想される.そこで,これから2回の連 載で,高齢者歯科医療の一環として取り組まれている口 腔ケアと摂食嚥下リハビリテーション(以下摂食嚥下リ ハ)をテーマに話を進めていく.2.誤嚥性肺炎予防のための口腔ケアと摂食
嚥下リハビリテーション
全死因の第3位である肺炎での死亡者のほとんどは高 齢者である.しかも,80歳以上の肺炎患者では,その 9割以上が誤嚥性肺炎であったと報告されている2).こ の誤嚥性肺炎の予防には,「誤嚥の質を改善させる口腔 ケア」と「誤嚥の量を軽減させる摂食嚥下リハ」が重要 であると言われている3,4)(図1).口腔は,栄養摂取 にとって重要な器官である一方で,呼吸器感染症の原因 となる病原菌の温床にもなりやすい場所である.高齢の 摂食嚥下障害者では,寝ている間などに無意識下に口腔 病原菌が混在した唾液を誤嚥してしまい,誤嚥性肺炎の リスクを高めている.この誤嚥してしまう唾液の「質」 を改善させるのが口腔ケアの目的である.一方で,要介 護高齢者などでは周囲や本人が気づかないうちに摂食嚥 下障害が進行し,不適切なレベルの食事を摂取している ことが多い.この食事の誤嚥を回避するために適切な食 事評価と摂食嚥下リハを行い,誤嚥してしまう食物の 「量」を軽減させることができる.3.がん治療と口腔ケア
医療における口腔ケアは低コストで効果的な全身感染 症の予防対策の一つとして考えられている.肺炎のよう な気道感染予防5)だけでなく,感染性心内膜炎のよう な血行感染予防6)や抗がん剤の副作用による口腔局所 感染の予防7)など,口腔ケアは幅広い予防策として医 療者に認知されている. 平成24年度から,がん治療における医科歯科連携を 強化することを目的に,「周術期における口腔機能管理 等,チーム医療の推進」が歯科診療報酬改定で重点課題 となった.平成26年度の診療報酬改定においては,さ らに術前からの口腔管理に対する診療報酬が増額され, また術前の口腔管理を受けた場合には,医科側の手術に も周術期口腔機能管理後手術加算が付与されるようにな った.周術期口腔管理の診療報酬化は,がん治療に対し誤嚥性肺炎の予防
誤嚥の
質
を改善する
口腔ケア
誤嚥を
量的
に減らす
摂食嚥下リハ
(寺本,医薬ジャーナル,2011) 図1連 載
ての医科歯科連携を通じた口腔管理の重要性と必要性を 示している. がん治療における口腔管理は,がん治療やがん自体か らくる口腔や全身の合併症を予防することを目的とす る.死因第1位のがんでは,病期や病巣によって,手術, 化学療法や放射線治療,緩和ケアとその対応が変化する. 治療法ごとに口腔ケアの意味合いは異なるため,各治療 法への口腔ケアの関わり方を理解すると,逆に治療によ る合併症の問題点も整理できる(表1). 1)周術期 周術期の口腔管理は口腔由来の全身合併症予防を目的 とする.全身麻酔下手術後の合併症として,口腔細菌由 来の術後肺炎,頭頸部や上部消化管の悪性腫瘍術後の創 部感染,栄養障害,術中の歯の脱落など,口腔領域に関 連する様々なリスクが存在する8).周術期の口腔管理は, 術後の全身合併症を予防するために,術前からの口腔ケ アと歯周治療などのよって口腔内の感染源を可及的に除 去するのが目的である9,10). 2)化学療法,放射線治療 化学療法や放射線治療における口腔ケアは,治療の副 作用による口腔合併症予防を目的とする.周術期にお ける口腔細菌由来の全身合併症の発生とは機序が異な り,抗がん剤治療の副作用による口腔粘膜炎が問題とな ることが多い(図2).化学療法の副作用による口腔粘 膜炎や口腔乾燥,カンジダ症などや放射線治療後の放射 線性骨髄炎のリスクを軽減させるために治療前から口腔 管理を実施する.口腔粘膜炎は,化学療法の開始から 7∼14日後にかけて免疫能の低下とともに出現し,治 療終了後3週間程度で粘膜は修復されていく.口腔粘膜
炎の評価は,Common Terminology Criteria for Adverse
Events(CTCAE)Version 4.0の中の,「口腔粘膜炎」の
項目がよく使用される(表2). 表1 がん治療に関連する口腔関連合併症と口腔ケアの意義 治療法 原因 結果 手術 口腔汚染と術後の嚥下障害など 術後肺炎,創部感染 化学治療 抗がん剤の副作用 口腔粘膜炎,口腔乾燥,カンジダ症, 味覚障害など 放射線治療 頭頸部への放射線照射 口腔粘膜炎,口腔乾燥,カンジダ症, 顎骨骨髄炎など 緩和ケア 全身状態の低下 口腔粘膜炎,口腔乾燥,カンジダ症, 嚥下障害,セルフケア能力の低下など 図2 抗がん剤による口腔粘膜炎 Grade 1:症状がない, または軽度の症状がある.治療を要さない Grade 2:中等度の疼痛.経口摂取に支障がない.食事の変更を要する Grade 3:高度の疼痛.経口摂取に支障がある Grade 4:生命を脅かす.緊急処置を要する Grade 5:死亡
表2 口腔粘膜炎のグレード Common Terminology Criteria for Adverse Events (CTCAE) ver4.0
感染予防としての口腔ケア
抗がん剤による口腔粘膜炎の出現率は40%程度と報 告されている11).その中で,経口摂取に支障がでるよ うな口腔粘膜炎の出現率は,表3に示すようにもっと も多い悪性リンパ腫で6.5%とされている.しかし,最 近頻繁に使われるようになった分子標的薬では,経口摂 取に支障をきたすGrade 3以上の口腔粘膜炎が8%程度 も出現するものも報告されている12).また,血液がん に対する造血幹細胞移植においては80%,口腔領域が 照射野に入るような頭頸部の放射線治療を行う場合には 100%,口腔粘膜炎が出現すると報告されている11). 3)緩和ケア 緩和期の口腔ケアは疾患の進行による口腔合併症予防 を目的とする.がん終末期では口腔問題は必発である. 図3に当院での調査結果を示す.最も多く現れる症状 が口腔乾燥である.がん終末期では食事や水分摂取が低 下し,輸液を増やしても,胸水,腹水の貯留を助長して しまうため,過度な輸液は推奨されていないため脱水に よる口腔乾燥が高率に出現する.また,免疫低下による 粘膜炎やカンジダ症が出現しやすくなる(図4)13).ま たADLが低下し,セルフケアが不十分になり,摂食嚥 下障害も出現する.これらの症状が悪化する前に,がん 緩和ケア患者に対して早期から適切な口腔管理を行うこ とで,口腔合併症の予防とQOLの維持向上に寄与でき る.4.口腔ケアの均てん化と個別化
1)「均てん化」と「個別化」とは 口腔ケアを効率的かつ効果的に実施するためには多職 種連携が欠かせない.口腔ケアの多職種連携における キーワードは,「均てん化」と「個別化」である(図5). 日常的な口腔ケアを実施するのは在宅や施設の介助者で 補助的な化学療法:110% 化学療法:140% 造血幹細胞移植:180% 頭頸部放射線治療:100% 表3-1 がん治療における口腔粘膜炎の発生頻度11) 表3-2 CTCAE Grade 3 以上の口腔粘膜炎のリスク11) ノンホジキンリンパ腫:6.5% 乳がん:4.1% 肺がん:0.8% 大腸がん:1.7% 0 10 20 30 40 50 60 70 口腔乾燥 粘膜炎(舌) 歯肉炎 粘膜炎(その他) 舌苔 口臭 カンジダ う 動揺歯 (N=78;2013 / 4-12) (%) 図3 当院緩和ケア病棟入棟時における口腔問題の出現頻度 図4 緩和ケア患者における口腔乾燥と口腔カンジダ口腔ケアの多職種連携
均てん化:看護部対応
口腔アセスメントとケアプロトコルによる評価と 手技の標準化個別化:歯科対応
看護師では対応が困難な症例の抽出と歯科衛生士 によるプロフェッショナルケアの実施 図5ある.口腔ケアにおける「均てん化」とは,介助者によ る日常的なケア手技の介入回数や介入方法を統一し,手 技の標準化と技術向上を図ることにある.一方で,「個 別化」とは,口腔ケアが困難な症例に対して,歯科衛生 士による専門的な口腔ケアを実施することで効果的に口 腔衛生状態を改善することである. 口腔ケアは一日何回必要かという質問を受けることが あるが,回数は,一概に何回が良いということは決める ことはできない.口腔内の汚染状況やADLの自立度な どによってケアの介入頻度は変化する.アセスメントに より定量的に評価し,その点数によってケアプロトコル を作成することで,介助者間での口腔ケアの手技や介入 回数の統一を図ることができる.一方,汚染状況がひど く口腔ケアの実施が困難な場合には,歯科衛生士による 専門的な口腔ケアが必要となる.アセスメントにより汚 染状況を定量化し,ある点数以上の汚染状況の場合には 歯科衛生士に依頼できるようなパスができ上がると口腔 ケアの効率化を図ることができる.これが「均てん化」 と「個別化」による多職種連携での口腔ケアである. 2)アセスメントとプロトコル アセスメントシートの要件として重要なことは,煩雑 でなく,歯科医療者でない看護,介護職が短時間で評 価できる簡便性にある.口腔ケアのアセスメントシー
トは幾つかあるが,今回はOral Health Assessment Tool
(OHAT)をご紹介する(図6).OHATは,オーストラ リアの歯科医師Chalmersらによって開発,報告された 介護者が口腔評価を行うための簡便な口腔評価シートで ある14).OHATは,自分で口腔内の問題を表出できな いような要介護高齢者の口腔問題を見つけて対応するた めに開発された.評価項目は,口唇,舌,歯肉・粘膜, 唾液,残存歯,義歯,口腔清掃,歯痛の8項目が健全か ら病的までの3段階に分けられている.OHATに特徴 的なのは,衛生状態の評価だけでなく,義歯の使用状況 図6 Oral Health Assessment Tool (OHAT)日本語版.http://dentistryfujita-hu.jp/index.htmlより
日本語訳:藤田保健衛生大学医学部歯科 松尾浩一郎,with permission by The Iowa Geriatric Education Center avairable for download: http://dentistryfujita-hu.jp/revised aug, 09, 2014
感染予防としての口腔ケア
や破折の有無,う の本数など咀嚼に関連する項目が含 まれていることである. OHATは,看護師の評価における再現性や妥当性も すでに検証されている14).Chalmersは亡くなっている ため,その共著者らから承諾を得て,筆者が日本語版を 作成し,折り返し翻訳(back translation)による翻訳の 確認も済ませた.当科のホームページからダウンロード で き る の で(http://dentistryfujita-hu.jp/index.html), ご 興味のある方は一覧されたい. アセスメントとともに口腔ケアのプロトコルを作成し ておくことで,評価点数によってケアの頻度や程度を決 定することができる.再評価では口腔内の状況の改善状 況が数値化されるので,ケアを行う介助者のモチベー ションアップにもつながる.ケアプロトコルの一例とし て当院の救急総合内科の看護部で現在取り組んでいる 口腔ケアプロトコルをご紹介する(図7).入院後まず OHATにより評価を行い,1点の項目があったらケアプ ロトコル1を実施し,2点の項目があった場合には,歯 科依頼とともにケアプロトコル2を実施する.1週間後 に再評価し,点数の変化によりプロトコルを変更して実 施していく.口腔ケアの専門家である歯科衛生士と日常 的にケアを行っている看護,介護職が協働して口腔ケア を行うことで,口の衛生状態を整え,効率的な全身合併 症の感染予防を行っていくことができる. OHAT評価 いずれかの項目で「1」がついた場合 (残存歯・義歯・歯痛のみの場合はのぞく) ケアプロトコル1 徹底ケア*: 14 時 粘膜ケア**: 10, 20 時 1週間後OHAT再評価 自己管理へ ケア1継続 歯科依頼 ケア2へ変更 いずれかの項目で「2」がついた場合 歯科依頼 ケアプロトコル2 14 時 3, 8, 10, 16, 20 時 ケア1へ変更 ケア2継続 1週間後OHAT再評価 改善 変化無し 悪化 改善 変化無し *徹底ケア ①口唇,口腔内を水で濡らしてよく絞ったスポンジブラシでしっかりと清拭. ②保湿剤を口腔内全体・舌の上に塗布 ③歯がある場合には,歯ブラシでしっかりとブラッシング、歯間は歯間ブラシを使用 ④舌ブラシで舌清掃 ⑤水で濡らしてよく絞ったスポンジブラシで再度口腔内を清拭.軟化した剝離上皮膜を絡めとる. ⑥口腔ケアウェットティッシュで口腔内全体を清拭して終了 **粘膜ケア ①口唇,口腔内を,口腔ケアウエッティで清拭. ②保湿剤を口腔内全体・舌の上に塗布 徹底ケア*: 粘膜ケア**: 図7 口腔ケアプロトコルの一例(当院総合救急内科看護部西村和子氏より貸借)5.まとめ
時代の流れとともに,歯科医療に求められていること も変化していく.これからの歯科医療は,超高齢社会の 到来とともに,高齢者の口腔機能低下への対応が求めら 参考文献 1) 平成25年 国民生活基礎調査: 厚生労働省大臣官房統 計情報部.2) Teramoto S, Fukuchi Y, Sasaki H, et al.: High incidence of aspiration pneumonia in community- and hospital-acquired pneumonia in hospitalized patients: a multicenter, prospective study in Japan. J Am Geriatr Soc, 56: 577-579, 2008.
3) 医療・介護関連肺炎(NHCAP)診療ガイドライン. 第1版. 日 本呼吸器学会, 東京都, 2012.
4) 寺本信嗣: 抄特集 NHCAP (Nursing and Healthcare-Associated Pneumonia) ∼高齢化社会の感染症治療∼: 4. NHCAPの予防方法 ∼誤嚥性肺炎とワクチンについて. 医薬ジャーナル, 47(10): 2534-2539, 2011.
5) Yoneyama T, Yoshida M, Ohrui T, et al.: Oral care reduces pneumonia in older patients in nursing homes. J Am Geriatr Soc, 50: 430-433, 2002.
6) Wilson W, Taubert KA, Gewitz M, et al.: Prevention of infective endocarditis: guidelines from the American Heart Association: a guideline from the American Heart Association Rheumatic Fever, Endocarditis and Kawasaki Disease Committee, Council on Cardiovascular Disease in the Young, and the Council on Clinical Cardiology, Council on Cardiovascular Surgery and Anesthesia, and the Quality of Care and Outcomes Research Interdisciplinary Working Group. J Am Dent Assoc, 138: 739-745, 747-760, 2007.
7) Soga Y, Sugiura Y, Takahashi K, et al.: Progress of oral care and reduction of oral mucositis̶̶a pilot study
in a hematopoietic stem cell transplantation ward. Supportive Care Cancer, 19: 303-307, 2010.
8) Akutsu Y, Matsubara H, Okazumi S, et al.: Impact of preoperative dental plaque culture for predicting postoperative pneumonia in esophageal cancer patients. Dig Surg, 25: 93-97, 2008.
9) 小林義和, 松尾浩一郎, 渡邉理沙ら: 当院における周術期 口腔機能管理患者の口腔内状況および介入効果. 老年 歯科医学, 28: 69-78, 2013.
10) Akutsu Y, Matsubara H, Shuto K, et al.: Pre-operative dental brushing can reduce the risk of postoperative pneumonia in esophageal cancer patients. Surgery, 147: 497-502, 2010.
11) Keefe DM, Schubert MM, Elting LS, et al.: Updated clinical practice guidelines for the prevention and treatment of mucositis. Cancer, 109: 820-831, 2007. 12) Yardley DA: Adverse event management of mTOR
inhibitors during treatment of hormone receptor-positive advanced breast cancer: considerations for oncologists. Clin Breast Cancer 14: 297-308, 2014.
13) Alt-Epping B, Nejad RK, Jung K, et al.: Symptoms of the oral cavity and their association with local microbiological and clinical findings̶̶a prospective survey in palliative care. Support Care Cancer, 20: 531-537, 2012.
14) Chalmers JM, King PL, Spencer AJ, et al.: The oral health assessment tool̶̶validity and reliability. Aust Dent J, 50: 191-199, 2005.
いての認知度は明らかに高まってきている.われわれ歯 科医療者はその期待に応えるべく,他の職種と連携を図 りながら医療の中での口腔管理や口腔ケアの意義を確立 していかなければならない.