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刑法第五六条第一項にいう「其執行ヲ終り…タル日ヨリ五年内」の意義(最判昭和57.3.11) 利用統計を見る

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(1)

刑法第五六条第一項にいう「其執行ヲ終り…タル日

ヨリ五年内」の意義(最判昭和57.3.11)

著者

今上 益雄

雑誌名

東洋法学

26

1

ページ

71-78

発行年

1983-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00003609/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

刑事判

例研究

刑法第五六条第一項にいう﹁其執行ヲ終リ・ ・タルβヨリ五年内﹂の意義        ︵堰鮫譲犠灘講卸鷲職聾繭鞭鍵二〇野解.︶  ︹事 実︺  第一審判決の認定した被告人の﹁罪となるべき事実﹂は次の通りである・  第一 公安委員会の運転免許を受けないで、昭和五五年三月五日午後六時五五分頃、兵庫県尼崎市内道路において普通乗用自 動車を運転した。  第二 公安委員会の運転免許を受けないで、同年五月一二臼午後八時三〇分頃、大阪府門真市内道路において、普通乗用車を 運転した。  ところが被告人は、昭和四九年八月二〇日大阪高等裁判所で、道路交通法違反罪により懲役二月に処せられ、同五〇年三月五 目右刑の執行を受け終った者であった。  そこで第一審裁判所は、右の事実に対し、判示第一の罪に前科を加えて累犯加重をし、併合罪の加重を加えた上で、懲役三月 の有罪判決を言い渡した︵大阪地判昭五五・六・二七︶Q  これに対して弁護人は、控訴趣意において、五年の累犯期間の起算βは刑期終了の翌臼ではなく、受刑の最終日であると解す べきであり、そうだとすれぽ、五年の期間の最終日は昭和五五年三月四日となり、同月五日に犯した判示第一の罪は累犯になら ないと主張した。

東洋法 学

七一

(3)

   刑事判例研究      七二  第二審裁判所は、大正五年の大審院判決は五年の起算日を刑期終了の最終揖であると解しているが、自由刑の執行は受刑の最 終譲の午後二一時まで継続するものであるから、その日を起算日とすれば、その日に有期懲役刑に処すべき罪を犯した場合には、 刑の執行の終っていない犯罪について累犯を認めることとなり妥当でないとして、右控訴趣意をしりぞけ、本件について累犯加 重をした一審判決を維持し、控訴を棄却した︵大阪高判昭五五・一二二一一判例集未登載︶。  弁護人が、この判断は右大審院判例に反するものとして、上告に及んだのが本件である。  ︹判 旨︺  最高裁第一小法廷の裁判官は全員一致の意見で、次の理由で上告を棄却した。  原判決が右大審院判例︵大五・二・八刑録二二・二六・一七〇五︶と相反する判断をしたことは、所論指摘の通りである。  しかしながら、刑法五六条一項に累犯加重の要件を定めた趣旨に鑑みると、同条項にいう﹁其執行ヲ終り⋮⋮タル日ヨリ五年 内﹂とは、受刑の最終日の翌日から起算して五年以内をいうと解すべきであり、第一審判決の判示する第一の罪がその挙示する 前科と再犯の関係にあるとした原判断の結論は正当であるから、刑訴法四一〇条二項により前記の大審院判例を変更し原判決を 維持することとする。したがって、所論判例違反の主張は、原判決破棄の理由とはならないとして、上告を棄却した。  ︻研究︼  翌日起算説そのものには賛成するが、その適用の結果並びに六六年ぶりに長い間支配していた大審院判例を変更し た最高裁判例の判旨としてはきわめて簡潔にすぎ、疑問である。  一 本判決は、刑法五六条一項の累犯の要件のうち、﹁其執行ヲ終リ⋮⋮タル資貿り五年内﹂の意義について、そ の起算目を執行の最終日であるとした大審院判例を変更し、刑期終了の翌日から起算すべきものと判示したものであ

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る。  僅か一臼の違いで累犯の成否が分かれるということはめったにあることではないが、本件被告人の場合には、まさ に大審院判例による刑期最終日起算説によれば累犯にはならないが、翌日起算説によれば累犯になるという微妙なケ ースであった。  本件のこのような特異性もあって、﹁大審院判例、六六年ぶりに変更﹂等と、当時の新聞も大きく報道し︵課伍嘘州 鮒鶴夘称鞠旨︶、世間の耳目を集めたものである。  ではなぜ、結果的に被告人の不利益となるような判例変更がなされたのであろうか。その理由と必要性の当否につ いて、以下に検討を加えてみなければならない。  二 先ず、五年の起算日に関する判例の動向はどうであろうか。  戦前の判例は、本判決が引用してその変更を明示したごとく、刑期終了の翌日ではなく受刑の最終日から起算すべ きものとする前記大審院判例が支配的であった。すなわち、﹁刑法ハ期問二付キテハ其第二十四条二於テ受刑者ノ為 メニ利益ナル計算法ヲ定メ、受刑ノ初日並二時効期間ノ初日ハ時問ヲ論ゼズ之ヲ全一日トシテ計算スベキモノトシ、 又放免ヲ行フβ二付キテハ特二刑期終了ノ翌日ト明示セル等ノ点ヲ参照スルトキハ、右第五十六条二定メル五年ノ期 間ノ起算点ナル懲役刑ノ執行ヲ終リタル日トハ、刑期終了ノ翌日ニアラズシテ受刑ノ最終日ナリト解スベキモノナ

⑰﹂と、い久菊釜か二叡墾。

 そして、戦後になっても、これに同調する下級審判例も見受けられ︵瀧瀾鵜糖鵬鼓糊昭尤洗二一薪瞳潮備ゆ漱ミ塑も、特に

    東洋法学      

七三

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    刑事判例研究      七四 昭和五六年の横浜地裁判決は、右大審院判決と同じ理由で、二四条二項のような翌日であるとする明文の規定がない 限り、原則通り、刑の執行の終了した日から起算すべきであると解するのが相当である旨判示した。  しかし、昭和四〇年代以後になると、むしろこの趣旨に同調せず、起算日は刑期終了の翌日であるとするいくつか の高裁判例があらわれるようになり、大審院の判旨に反するこの翌臼起算説が下級審判例では支配的になったとさえ いいうるのである。  さらに、昭和四一年の広島高裁判決は、累犯加重規定の立法趣旨が五年を経過しない間に刑の威力を忘却したこと を刑の加重理由であるとすれぼ、現に刑の執行中で未だ刑の効果が完成していない刑期の最終日を既に刑の執行が終 った日として五年の期間内に算入することは不合理である、として起算日は刑期終了の翌日であると解すべきものと した︵講顯難黛卸︶.  そして、昭和四四年の広島高裁判決も、同様な理由づけをもって翌日起算説を採用したのである︵諮蟻渦網糊姻晒四隆 か二︶.  他方、昭和五四年の大阪高裁判決も、累犯加重規定の立法趣旨から出発して、現に刑の執行中で刑の訓戒・警告効 果が未だ完成していないと認めるべき刑期の最終日を刑の執行の終った日として五年の期間内に含めることは不合理 であるとして、結論的に翌日起算説の立場を明らかにした︵献鞭騙職瑠駈昭﹃鰍廿︶が、本件の原審判決もこの延長線上に あるものと考えてよい。  いずれにせよ、このような下級審の対立状況の中にあって、本判決は、第一小法廷の裁判官全員一致の判断により、

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大審院の判例を変更し、翌日起算説の立場を明確にし、その争いに一応の結着をつけたわけである。  二 次は、学説の対応である。前記大審院判決が出た直後に、これを原則的に批判した牧野博士の主張はつとに著 名である。  牧野博士は、刑法二四条は期間の計算については特に受刑者の利益にしたがうべき旨を定めたものではないばかり か、五六条は五年内に刑の執行の威力を忘却したことを理由とするのであるから、現に執行中の時βは算入すべぎで

はないと嚢ゑ欝鯨翻要雑喝舞鶉鯛の︶.

 この立法精神に基づく翌日起算説は、戦前においても賛成者を見出し︵強纏諦相郭渕酷論︶、戦後においても、刑の執 行は刑期の最終日の午後一二時まで継続することを理由としたり、必ずしもその理由を明らかにしないでも、かな り有力に展開されている︵結調か禰酷聡稀野一編願側灘淋、訥酷舗︶。  一方、大審院判例の立場である受刑最終日起算説にしたがう学説も有力である。古くは安平博士がこの判例を支持 して、刑法二四条において特に受刑者の放免については刑期終了の翌日と明示していることから、このような特別規 定のない限り、刑期の最終日と解すべぎだとされた︵纈評四臓班酬法︶。同じく五六条の文言と受刑者の利益を考えれば、

大審院判例を毒すべきであると主張する奮多く︵姻齊謙墜数鶉鄭羅莚薯響、灘翻講幽畢、学藻

刑期最終日起算説と翌日起算説とがほぼ互角に対抗しあっている状況にあるといえる。  三 右に見てぎたように、大審院判例の立場及びこれに同調する学説である刑期最終財起算説の論拠は、何よりも ﹁其執行ヲ終リ⋮⋮タル日ヨリ五年内二更二罪ヲ犯シ﹂という文言に忠実であるという形式的な明確性のほか、特に     東洋法 学       七五

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    刑側事輔判脚烈研究      七六 明文の規定がない限り受刑者に有利な計算方法にしたがうべぎだ、という点にあることは疑いがない。それにもかか わらず、最終日起算説が批判される理由は、どこにあるのであろうか。  先ず、累犯加重規定の立法趣旨からする実質的な批判である。牧野博士が指摘するように、それが刑の執行を受け たにもかかわらず五年内に刑の執行の威力を忘却し再び犯罪を犯した点にあるとすれぽ、現に執行中の最終臼がこの 期間内に含まれるということは論理的にありえないということである。この点について最終β起算説から﹁文言上は 執行終了日となっている﹂ことを理由とする反論もある︵隔酬、輸掲︶が、形式的にすぎ十分な説得力をもつとはいい難

い︵曝郷纏瀦侍%灘鵜辮鶴籍醗鞘鍵附舗禰豊誇切叢織蝦懲期鍛騒鯉ゆ欝稀鑛黎礫批蒲

という解釈がみちびかれるということはできないということの趣旨は、受刑者が刑期最終濤の翌日放免されることと、累犯期間がすでに最終日からは じまることとは別の問題であって矛盾しないとするもののように思われると解釈されているが、そうすれば、中山教授がいみじくも指摘されるよう

欝瑚膿藩鶴蕩於塞甥鰭競勤魏夢鵬賛露雛羅嘱麸鹸鵡魏贈締髄灘羅諮観緊財盾︶。

 問題はむしろ刑期の最終日に犯罪が行われた場合には、最終日起算説によれば、これを累犯期間中の犯行として累 犯加重をしなけれぽならないのではないか、という批判にある。  仮出獄期間中に犯された犯罪は、それが未だ刑の執行を終ったものでないことを理由に累犯加重されないことは判 例︵糧欄鯛舵調二鵡酌二四︶、学説の認めるところであり、異論をみないといってよい。  現に前記昭和四四年の広島高裁の判決は、仮出獄期間の最終日における犯行について累犯加重の適用が問題となっ たケースであり、翌日起算説に立脚して累犯加重を認めなかったのである。  しかし、最終日起算説を採れば、五年の累犯期間はこの最終日から起算されるのであるから、その日の犯行は累犯

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加重の要件をみたすものとならざるをえないようにみえる。  この点は、最終日起算説が未だ全く触れることのなかった問題であるが、中山教授は二つの理論的説明が可能であ るとして、﹁一つは、五年問の累犯期臼の初日についても最終日についても、受刑終了目を基準として一貫させ、受 刑終了日の犯行も累犯加重の理由としてみとめるという立場である。これは、初日も最終日も一日くりあげるとする もので、後者では被告人に有利であるが前者では逆に不利となる。また最高裁判所の判例に抵触するという問題もあ る。他の一つは、受刑終了日を累犯期間の起算点とすることによって、五年後の最終日を一臼くり上げるとともに、 受刑終了日の犯行については、累犯期間の起算の初欝にはあたるが、執行の未終了を理由に累犯加重の理由から除く という立場である。これは被告人にとって利益となる解釈方法であるといってよいが、矛盾のない論理として説明し うるのかどうかという問題がのこるように思われる。﹂と、説明する︵榊勲引繭︶。  しかし、本件の原審判決もいう通り、刑期は受刑の最終日の午後二一時まで継続するのであり、刑の執行中から執 行後の累犯期間がはじまるというのはやはり奇妙なことであり、仮出獄期間の最終臼における犯行については累犯加

薯認め密とい皇と典ラレ芝考えるならば、菩聲説に立脚する鱗讐い︵翻障甥灘綴鋼灘ぶ纈

騙騰㌔簾臨騨掛厳獣鵜馨饒雛轍駿蓋綾鍵螺離哨碇﹄︶。

 その意味で、被告人に有利な解釈の必要性を強調される中山教授の所見には傾聴すべき点があるが、右に見た二つ の問題解決の方法は余りにも技巧的に過ぎ、実務を指導でぎる論理たりえないのではなかろうか。問題は本件の特異 性にかんがみて、別の角度からする解決の方法があったように思われるのである。すなわち、翌日起算説に立脚しつ     東洋法学      七七

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    刑事判例研究      七八 つ、本件のように大審院ないし最高裁判例が変更され、それが被告人にとって不利益な方向への変更である場合には、 不利益な判例変更の遡及の禁止の原則に基づき、旧判例の下で行為した被告人には不利益な新判例の遡及適用を排除 するという現実的な考慮がそれである。とりわけて、本件のケ璽スでは、大審院以来の確定判例となっていた最終日 起算説が六六年ぶりに変更された場合であり、一層その感を強くするのである︵沖融激畷鵬洞謙渤瑞踊恥さ︶。  四 最後に判旨に対する疑間である。本判決は、累犯加重の要件を定めた五六条の趣旨にかんがみると、執行を終 りたる日より五年内とは、受刑の最終日ではなく、その翌日から起算して五年以内と解するのが合理的であるとされ るのであるが、その判旨はきわめて簡潔であって、長い間支配した大審院判例の変更の論拠が、全くといってよいほ ど積極的かつ具体的に述べられてはいない。おそらくは、本件以外にも、起算時点が争われたケースがあり︵陵勘購尼 蹴鰍離蹴囎犠鰍鍛薦贈縫齪飢猟馳縁”締た︶、翌日起算説に立脚する下級審の判例が集積しており、また牧野博士以来の論拠の 展開により、こと新しくその理由付を明示するまでもない、と考えたものであろう。しかし、最終日起算説は五六条 の文言と受刑者の利益との考慮により主張されてきたものであり、丁度五年後の犯行が問題となった本件のようなケ 肇スでは、明らかに翌日起算説を採る方が被告人に不利益となった場合であるから、大審院判例が立脚した最終日起 算説の変更の理由と必要性を納得のいくかたちで示して欲しかったように思われるのである。特に最近の下級審の中 には、前記昭和五六年の横浜地裁判決のように最終臼起算説に立脚するものも存在し、下級審判例は一義的ではなかっ

た、という事実を忘れる髪塔叢いのである︵薙畿醤購繁辰雛略審編薩齪蹴蟻醐纏疇羅箭脚郵

縢薙︶.

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