日 本 天 台 に お け る 教 判 の 受 容 ( 小 寺 )
日
本
天
台
に
お
け
る
教
判
の
受
容
小
寺
文
頴
一 天 台 に お け る ﹁ 五 時 八 教 ﹂ の 教 判 を め ぐ つ て、 関 口 真 大 博 士 は、 諦 観 の ﹃ 天 台 四 教 儀 ﹄ 批 判 か ら 出 発 し て、 遂 に、 五 時 八 教 廃 棄 論 ま で 議 論 を 進 め ら れ た の で あ る が、 私 は そ の 五 時 八 教 廃 棄 論 の 片 棒 を か つ い で い る か の 如 き 印 象 を 与 え る 関 口 博 士 の 私 に 対 す る 論 評 で あ る ﹁ 五 時 八 教 論 ﹂ ( 天 台 学 報 一 四 ) が 発 表 さ れ て い る が、 私 は 決 し て 五 時 八 教 を 否 定 も し て い な い し、 廃 棄 も し て い な い。 ま た、 廃 棄 を 主 張 し た も の も な い。 む し ろ、 湛 然、 最 澄、 証 真 の 諸 師 は、 八 教 の 教 判 を 重 ( 1) 視 し た こ と を 論 証 し た の で あ る。 し か し、 五 時 八 教 も 八 教 も 内 容 的 に は、 そ れ ほ ど 大 き な 相 違 は な く、 化 儀 四 教 と 五 時 ( 五 味 ) と が 関 連 し て 説 か れ る の で、 化 儀 四 教 と 五 時 ( 五 味 ) と は 別 に 扱 え ば 五 時 八 教 に な る し、 化 儀 四 教 の 中 に 五 時 ( 五 味 ) を 含 め て 扱 え ば 八 教 に な る の で あ る。 だ か ら、 最 澄、 証 真 が 五 時 八 教 の 教 判 を 用 い な か つ た と い つ て も、 八 教 の 教 判 を 用 い る な ら ば、 内 容 的 に 大 き な 相 違 が あ る と は 考 え ら れ な い。 と も あ れ、 関 口 博 士 が 廃 棄 論 を と な え ら れ る ﹁ 五 時 八 教 ﹂ の 教 判 が、 日 本 天 台 に お い て は 何 時 頃、 誰 の 手 に よ つ て 伝 承 さ れ、 受 容 さ れ た も の か、 そ の 内 容 は い か な る も の で あ つ た か を 明 確 に す る 必 要 が あ ろ う と 思 う。 二 天 台 六 祖 の 荊 渓 大 師 湛 然 ( 七 一 一-七 八 二 ) は、 天 台 三 大 部 の 註 釈 に ﹁ 五 時 八 教 ﹂ な る 語 を 使 用 し て い る の で、 五 時 八 教 形 成 の 萌 芽 と な る も の が 確 か に 存 在 し て い た と 考 え ら れ る が、 五 時 八 教 で 教 判 を 組 織 づ け た り、 体 系 づ け た り し て は い な い ご と く で あ る。 湛 然 に み ら れ る 教 判 と し て は ﹁ 頓 等 は ( 2) こ れ こ の 宗 判 教 の 大 綱、 蔵 等 は こ れ 一 家 釈 義 の 網 目 な り ﹂ と あ る 判 釈 の 綱 目 は ﹁ 八 教 ﹂ に あ る こ と を 明 示 し て い る の で、 八 教 に 重 点 が 置 か れ て い た と 考 え ら れ る。 し か る に、 彼 の 門 人 で あ る 行 満 の ﹃ 学 天 台 宗 法 門 大 意 ﹄ に は ﹁ 今、 大 師 の 教 門 に 依 り て、 五 時 の 経 を 説 き、 八 教 の 義 を 釈 す。 如 来 出 世 一 代 ( 3) の 化 儀 は こ の 八 を 出 で ず。 収 摂 具 足 す る な り ﹂ と あ り て、 諦 観 の ﹃ 天 台 四 教 儀 ﹄ に い う ﹁ 天 台 智 者 大 師、 五 時 八 教 を 以 て 東 流 一 代 の 聖 教 を 判 釈 し た ま う に 整 き て 尽 き ざ る は な し ﹂ と-280-い う に 対 応 す る 文 が み ら れ る。 こ の 行 満 の ﹃ 学 天 台 宗 法 門 大 意 ﹄ は、 奥 書 に よ れ ば ﹁ 貞 元 二 十 年 ( 八 〇 四 ) 十 月 二 十 日 因 日 ( 4) 本 国、 求 法 僧 飯 澄 故 記 ﹂ と あ り、 最 澄 の 将 来 目 録 で あ る ﹃ 伝 ( 5) 教 大 師 将 来 台 州 録 ﹄ た は ﹁ 天 台 宗 大 意 一 巻 三 紙 ﹂ と 記 さ れ て お り、 更 に、 最 澄 撰 と い わ れ る ﹃ 天 台 法 華 宗 伝 法 偶 ﹄ 一 巻 に は、 最 澄 は 貞 元 二 十 年 十 月 七 日 行 満 を 訪 れ、 十 三 日 行 満 と 仏 瀧 道 場 に 登 り、 天 台 の 教 旨 を う け、 十 四 日 行 満 よ り 八 十 余 巻 の 教 籍 を 受 け、 同 二 十 五 日 の 条 に ﹁ 未 だ 聞 か ざ る と こ ろ の 法 を 聞 き、 未 だ 見 ざ る と こ ろ の 境 を 見 る。 具 さ に、 円 宗 の 旨 ( 6) を 稟 け、 五 時 八 教 を 悟 る ﹂ と 記 さ れ て い る。 こ の 行 満 の ﹁ 五 時 の 経 を 説 き、 八 教 の 義 を 釈 す ﹂ と い う の と 最 澄 の 行 満 か ら ﹁ 円 宗 の 旨 を 察 け、 五 時 八 教 を 悟 る ﹂ と い う の と は 全 く 一 致 し て い る。 し か ら ば、 行 満 の ﹁ 五 時 八 教 ﹂ 説 は ど の よ う な も の で あ ろ う か。 五 時 と は 大 経 に 云 く と し て、 乳 酪 等 の 五 味 を あ げ、 華 厳、 阿 含 等 の 五 時 経 典 を 配 し て い る。 そ し て ﹁ 五 時 具 足。 法 華 一 乗。 開 二 前 四 味一。 会 レ 三 帰 レ 一、 無 レ 非 二 仏 乗一。 成 二 醍 醐 教一。 ( 7) 独 得 二 妙 名 こ と い つ て、 法 華 一 仏 乗 を 強 調 し、 法 華 の 独 妙 な る こ と を 力 説 し て い る。 八 教 で は ﹁ 頓 等 四 教。 是 仏 化 儀。 蔵 等 四 教。 是 仏 化 法 ﹂ と し て、 化 儀 と 化 法 と に 分 判 し て か ら ﹁ 漸 を 会 し て 頓 に 帰 す。 ( 8) 更 に 余 乗 な し ﹂ と 結 ん で い る。 こ の 会 漸 帰 頓 と は い か な る 意 味 で あ ろ う か。 一 般 に 頓 教 と は 華 厳、 漸 教 と は 鹿 苑、 方 等、 般 若 の 三 教 で あ る か ら、 こ れ ら 漸 教 が 華 厳 頓 教 に 帰 一 す る と 解 す る の で あ ろ う か。 そ う で は な く、 こ れ は 本 著 の 終 末 に ( 9) ﹁ 法 華 開 顕。 皆 同 頓 説 ﹂ と あ る ご と く、 法 華 で 開 顕 さ れ れ ば、 華 厳 と 同 じ 頓 説 と な る と い う 意 味 で、 法 華 の 頓 教 に 帰 一 す る と 理 解 し な け れ ば な ら な い で あ ろ う。 こ の ﹁ 会 漸 帰 頓 ﹂ の 説 は、 諦 観 録 に は 全 く 見 ら れ な い 思 想 で あ つ て、 伝 教 大 師 最 澄 の 主 張 す る ﹁ 化 法 の 頓 教 ﹂ に 相 当 す る も の と 考 え ら れ る。 三 ﹁ 五 時 八 教 ﹂ の 教 判 は、 湛 然、 行 満 に な つ て 次 第 に そ の 形 態 が と と の え ら れ、 最 澄 の ﹃ 天 台 法 華 宗 伝 法 偶 ﹄ に み ら れ る ご と く、 行 満 よ り ﹁ 円 宗 の 旨 を 稟 け、 五 時 八 教 を 悟 る ﹂ と い う 言 葉 が 事 実 伝 承 さ れ た と み る な ら ば、 最 澄 も 五 時 八 教 に つ い て 何 ら か の 知 識 は も つ て い た と 考 え ね ば な ら な い で あ ろ う。 し か し ﹃ 天 台 法 華 宗 伝 法 偶 ﹄ が 真 偽 未 決 の 書 で あ る だ け に 速 断 す る こ と は 危 険 で あ る が、 五 時 八 教 の 思 想 的 推 移 か ら 判 断 す れ ば、 最 澄 に 五 時 八 教 の 教 判 が 存 在 し て も 不 自 然 で は な い。 そ れ は と も あ れ、 日 本 天 台 に 将 来 さ れ た 文 献 と し て 最 初 に そ の 名 が 明 確 に 見 ら れ る の は、 承 和 七 年 ( 八 四 〇 ) の ﹃ 慈 (10) 覚 大 師 在 唐 送 進 録 ﹄ に 記 さ れ て い る ﹃ 天 台 五 時 八 教 次 第 図 ﹄ で (11) (12) (13) あ ろ う。 こ れ は 山 王 院 録、 玄 日 録、 永 超 録 等 の 目 録 に そ の 名 が み ら れ る が 現 存 し て い な い。 し か る に、 智 証 大 師 円 珍 ( 八 日 本 天 台 に お け る 教 判 の 受 容 ( 小 寺 )
-281-日 本 天 台 に お け る 教 判 の 受 容 ( 小 寺 ) 一 四-八 九 一 ) は、 こ の 慈 覚 大 師 円 仁 ( 七 九 四 -八 六 四 ) に よ つ て 将 来 さ れ た ﹃ 天 台 五 時 八 教 次 第 図 ﹄ を 参 照 し て ﹃ 諸 家 教 相 (14) 同 異 集 ﹄ を 著 わ し た 形 跡 が あ る。 こ こ に は 天 台 の 教 判 を ﹁ 五 時 八 教 ﹂ で 論 じ て い る の で 考 察 し て み よ う。 ﹃ 諸 家 教 相 同 異 集 ﹄ 一 巻 は、 甘 露 集 と か 開 甘 露 門 集 と か 呼 ば れ る こ と も あ る。 巻 末 に は ﹁ 余 与 二 若 狭 母 ]博 製 二 此 文 一也 ﹂ と あ つ て、 円 珍 が 若 狭 の 母 の た め に 製 し た 文 で あ る と 記 さ れ て い る。 本 書 は 教 相 を 立 て る 者 二 十 五 家 あ る と し て、 そ の う ち 十 家 を あ げ て い る。(1)嘉 祥 の 三 法 輪 二 蔵 (2)元 暁 の 四 教 (3)法 蔵 の 五 教 (4)恵 苑 の 四 教 (5)遍 覚 三 蔵 の 三 時 教 (6)法 宝 の 五 時 教 (7)劉 軋 の 七 階 五 時 教 (8)上 宮 太 子 の 五 時 教 (9)天 台 大 師 の 五 時 八 教 (10)慈 覚 大 師 の 二 種 教 を 略 述 し 此 等 の 同 異 を 研 詳 し て い る。 大 日 本 国 に 八 宗 あ る を 説 き、 仏 弟 子 を 禅 師、 律 師、 法 師 の 三 つ に 分 類 し て い る 点 は、 注 目 す べ き 説 で あ ろ う。 本 書 の 成 立 に つ い て 研 究 さ れ た も の は 見 当 ら な い が、 慈 覚 大 師 の 語 が 見 ら れ る の で、 大 師 号 の 誰 名 が 貞 観 八 年 (八 六 六 ) で あ る か ら、 そ れ 以 後 の 成 立 で あ る こ と は 疑 う 余 地 が な い で あ ろ う が、 貞 観 八 年 は 円 珍 は、 五 十 三 歳 で 二 年 後 に は 天 台 座 主 に 補 せ ら れ て い る か ら、 比 叡 山 の 重 鎮 と し て 活 躍 期 に 入 ら ん と す る 時 で あ る。 若 狭 の 母 の た め に 製 し た と 奥 書 に 記 さ れ て い る が、 あ る 本 に は そ の こ と が 全 く 記 さ れ て い な い の で、 こ れ が 製 作 理 由 だ と い う に は か な り の 傍 証 を 必 要 と す る で あ ろ う。 本 書 の 製 作 理 由 は、 円 珍 の ﹃ 授 決 集 ﹄ (智 全、 三 八 二 下 ) に 此 土 三 論 師 所 レ 奏 大 乗 三 論 大 乗 義 抄 中 三 車 四 車 謬 論 甚 不 二 穏 便 一 顛 言 例 語。 更 不 レ 足 レ 言。 又 言。 四 教 無 レ愚。 甚 好 笑 也。 と あ る ご と く、 天 長 六 勅 撰 の 一 で あ る 西 大 寺 玄 叡 撰 ﹃ 大 乗 三 論 大 義 砂 ﹄ 四 巻 に は、 天 台 に 対 す る き び し い 三 論 か ら の 批 判 が あ り、 こ れ を う け た 円 珍 は、 天 台 教 相 と 他 家 の 教 相 と の 同 異 を 研 詳 す る 必 要 が あ つ た の で あ ろ う。 こ と に、 玄 斐 を 遍 覚 と 呼 ん だ の は、 円 珍 が ﹃ 日 本 比 丘 円 珍 入 唐 求 法 目 録 ﹄ に ﹁ 大 遍 覚 法 師 画 賛 一 巻 ﹂ ( 智 全、 一 二 六 四、 一 二 七 八 ) と 記 述 し て い る の で、 円 珍 は 玄 斐 の こ と を 遍 覚 と 呼 ん だ よ う で あ る。 こ れ ら の 点 か ら 考 え て も 本 著 が 円 珍 の 真 撰 と し て 扱 わ れ る こ と に 矛 盾 は な い ご と く で あ る。 四 こ の 円 珍 の ﹃ 諸 家 教 相 同 異 略 集 ﹄ に は ﹁ 階 朝 の 天 台 智 者 大 師 は 五 時 八 教 を 立 つ ﹂ と 述 べ、 最 初 に 五 時 を 説 き、 八 教 を 列 挙 し て、 次 の ご と き 問 答 を 設 け て、 五 時 と 八 教 と の 同 異 を 論 じ て い る。 問。 五 時 八 教 云 何 同 異。 答。 五 時 約 レ 竪 明 二 説 教 之 次 第一。 蔵 等 四 教 約 レ 横 判 二 機 理 之 浅 深一。 頓 等 四 教 虹 該 二横 竪 一也。 (智 全、 五 八 二 上 ) と あ る。 五 時 を 竪 に 約 し、 蔵 等 の 四 教 を 横 に 約 す る の は、 天 台 教 判 に 用 い ら れ る 一 般 の 説 で あ る が、 頓 等 の 四 教 を 横 と 竪 と に 約 す と い う の は 円 珍 の 特 色 あ る 説 と し て 注 目 し な け れ ば
-282-な ら な い で あ ろ う。 つ ま り、 五 時 と 頓 等 四 教 と が 竪、 蔵 等 四 教 と 頓 等 四 教 と が 横 と し て そ の 関 係 を 論 じ て い る。 こ れ を 図 示 す れ ば 次 の ご と く に な る で あ ろ う。 (竪 ) ( 横 ) 華 厳 頓 蔵 阿 舎