神奈川大学での 日本語の授業 とその問題点
神奈川大学での 日本語 は、現在 「日本語
Ⅰ
」か ら 「日本語Ⅳ
」 まで4
コマ各2
単位の授業がお こ なわれ、 2
人の非常勤講師が担当 している。 この ほかに、留学生対象の講義 「日本事情」 も開講 さ れている。 日本語授業の対象 は、短大 を含 むすべ ての学科 にわたっている。その具体的内容 と問題 点について、知 っている範囲で述べてみ よう。大学での語学の学習 を考 えるとき、まず最初 に 目的、つ ぎに時間 と内容が問題 になる。 日本人大 学生の外国語学習 とはちがい、留学生の場合 には、
目的は明瞭である。 日本人の学生 といっ しょに授 業 を受け、ついていけるだけの 日本語力 を身につ
秋 山
洋 子 (神奈川大学非常勤講師) けることだ。ほんとうな ら、 この 目的にそ うだけ の 日本語力 を持 った学生 だけに入学許可 をすれば 問題はない。 しか し、留学生 の 日本語学習 は 日本 語学校 における1‑2
年 間であ り、いかに努力 しようとも、 日本 に生 まれ育 った学生 と同 じ語学力 を数年で身につけることは不可能である。入学者 の選抜 においては、大学側 もどこかで妥協せ ざる を得ない。その うえ、 日本 の大学 の偏差値 の よる 輪切 りには、留学希望者 もまた敏感であるか ら、
留学生 もだいたい 日本語能力 の高い順 に偏差値 の 高い大学か らわ りふ られてゆ く。神奈川大 の よう な私立中堅校 に来る学生 は、 日本語学校卒業時の
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成績 を5段階評価でいえば 3の上か ら4といった ところだろう。(同時に日本 にきた就学生の中で卒 業 まで落ちこぼれず残 る者 は半数程度だが)0
こうい う学生 を受入れて、大学の授業 について いけるようにす るためには、何 を補 わなければな らないか。一般 に語学の‑能力 は、読む、書 く、聞 く、話すの
4
技能にわけ られる。 この4
技能は互 いに関連 してお り、同時 に発達す ることが望 まし いのはもちろんである。神奈川大学の授業で も、最初のわ りふ りでは
4
コマの授業 にそれぞれを割 振 ったのだが、その後 は、講師がかな り自由に内 容 をきめるようになって きた。私はとりあえず大学の授業 についてい くために 必要な能力 は、書 くことと聞 くことではないか と 思っている。読む能力 は もちろん重要だが、漢字 圏の学生の読解力 はかな り高 く、中国の学生の漢 字の知識は最近の 日本人学生の比ではない。幸 い なことに専 門的な文献であるほ ど漢語の占める率 の高いのが 日本語の特徴 であるか ら、大学の教科 書程度は何 とか読み こな しているようだ。授業で は、読解 は他の講師が重点的に取上げてお られる こともあって、このことろ私の授業ではあまりやっ ていない。
また、話す能力 については、ほとん どの学生が 日常生活 に必要な会話力 は
2
年間の 日本生活で身 につけてお り、それ以上の討論やスピーチ能力 は、日本の大学 の教育 システムでは、幸か不幸か必須 の ものではない。必要だ として も専 門課程 のゼ ミ の段階になってか らである。そ うい うわけで、大 学に入学 した留学生 にとって、まず必要 なのは授 業 を聞いて理解す る能力であ り、 レポー トや論文
を書 く能力である。
☆作文教育について
先 に述べた ような観点か ら、私の担当す る日本 語授業では、一貫 して作文 を中心のひとつ におい て きた。この授業 を具体的に紹介 しなが ら、作文 教育の問題点を考 えてみたい。
現在作 文 の授業 は週一 回、授業 には凡 人社 の r実践 にほんごの作文」 という教科書を使っている。
この教科書 は、大学での作文教育のために作 られ た数少ない もののひとつで
、1 0
章か らな り、「事実 を述べ る」
「意見 を述べる」
「引用する」
「要約する」といった文章の機能別 に章だて されている。各章 は例文、基本表現、練習問題で構成 されてお り、
このほか、巻頭に原稿用紙の使い方や、助詞 「は」
と 「が」、自動詞 と他動詞など、外国人 にとって難 しいポイン トのまとめ と問題がついている。
授業 に教科書 を使 うか、教 師が 自主教材 を作 る かは難 しい問題で、既成の教科書 を使 う場合 どう して も欠点が気 になって くるものだが、 自主教材 の場合 は教 師の努力 と能力が要求 されるのは当然 として も、毎 回コピーで与 えた ものは きちん とし た形で保存 されに くく、学生の頭か ら消 えると同 時に教材その もの も散逸 して しまう可能性が高い。
その点
、 1
冊 にまとまっていれば、のちのち論文 を書 くときな どに も基本表現 を参照す ることがで きる。現在使 っている教科書 に も不満 はあるが、とりあえず基本的な流れではこれに依拠す ること に している。大学 レベルでの 日本語教育 は、現在 必要に迫 られて実践 ・理論 ともにどん どん進 んで いるので、作文教育の教科書 も種類がふ えて くる ことを期待 している。
授業では、必ず毎回書 く作業 をさせ る。教科書 の課題 にそって、特定の表現 を使 った短文、数行 で答えられる設問への回答 もあるが
、4 0 0
字程度の まとまった文章 を書 くことが多い。文章は必ず添 削 し、次回に返却す る。本 当はこれ をもう一度清 書 させたいのだが、い まの ところ清書す るように 勧めはするが強制 は していない。短い課題の場合 には、前 に出て きて板書 させ、みんなで批評する こともあるが、授業 に変化が出るためか、案外 よ ろこんでやっている。 また、提 出された作文の中 か ら誤用例 を集めてプリン トし、みんなで正解 を 考 えるの も学生 にとってお もしろい ようだ。学生の作文の問題点 は どこにあるだろうか。単 純な問題か らあげて行 くと、 まず文体 の混乱があ る。一般に日本語の初歩では 「ていねい体 (ます)」 の話言葉 を教 え、それにそって 「私の一 日」 とか、
「私の家族」 といった作文 を書かせ るところか ら作 文指導がは じまる。いわば 日本の小学校 の段階で ある。 したが って、最初 の授業で 自己紹介 の作文 を書かせ ると、ほとんどの学生がていねい体を使っ ている。これを 「普通体 (だ、である)」 を使 って 大学生 らしい文章 を書 くようにさせ るのが最初 の
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指導 になる。文体 の問題 はかな り機械 的に処理で きるので、たいていの学生 はす ぐ習得す るが、中 にはいつ まで も混乱 して、形容詞の終止形 に 「だ」
をつけた りす るもの もある。
問題がいちばん多 く、いつ までたって も難 しい のは助詞であ る。 と りわけ、中国の学生 に とって は、母国語 にない助詞 とい う概念 自体 を会得す る までにかな りの努力が必要 だった ことだろ う。主 格 の 「は」 と 「が」、場所 をあ らわす 「で
」
「に」「を」の使い分けなど、ある程度 まとめて説 明 し、
それぞれの作文で はそのたびご とに訂正 している が、なか なか完壁 にはな らない。その点韓 国の学 生 は、母語 に助詞が あるので、それほ ど苦労 は し
ないようだ。
その他 、接続詞 、動詞の アスペ ク ト (「た」 と
「ている」 な ど)、「あれ
」
「それ」
「これ」 (中国語 では遠称 と近称 しかない)の使 い分 けな どが よ く ひっかかる点だ。語柔 についてはあ ま り問題が ないが、 ときお り 母語 にあって 日本語 にない語嚢が混入 した り、中 国語の略字が使 われていた りす る。 もうひ とつ意 外 な落 し穴 は、作文 の中で立派 に使 い こな してい る語桑 を読 ませてみ る と読 めない ことだ。読めな い とい うことは、耳 で聞いて もわか らない とい う ことである。 これは大 きな問題 なのだが、実際 に は毎 回各 自に朗読 させ る時間の余裕 はとて もない。
学期末な どに、作文 を もとにス ピーチ をす ること なども試みたい と思 っている。
細かいことをあげれば き りが ないが、 じつ は一 番問題 なのは、文脈 の通 らない文章であ る。 日本 語中級 まで に習得す る 日本語 の文型 は、非常 に単 純 な ものである。 しか し、 自由に作文す る となる と、言いたい内容 は大学生 の レベルだか ら、その あいだのギ ャップが埋 め られない。文章が長 くな るにつれて、最初 に出て きた主語 と結 びの述語が ずれて しまう。あるいは、自動詞 と他動詞が逆 にな る。要す るに、日本語の文章 として成立 しないのだ。
この種 の混乱 は、 日本人で も話言葉の場合 な ど はよ くお こる。わか っていてつい間違 えるのはだ れに もあることだが、問題 なのは 日本語 の基本構 造 を把握 しきれていない場合 だ。授業 を してみ る と、毎年何 人か はこうい う基本 的な問題 を持 った
学生が出て くる。 こうい う学生 のなか には、 日本 語学校がつぶれて途 中 まで しか授業が受 け られな かった とい う者 もい るが、難 しい語桑 や慣用表現 な どはた くさん知 っていて、 日本語能力 にけっこ う自信 を持 っている者 もいる。逆 に、語嚢が少 な く小学生の ような文 を書 いていて も、文脈 は きち ん と通 っている者 もいる。後者 の場合 はこれか ら どんどん語嚢や表現 を増 や してい くことがで きる が、前者 の場合 は難 しい。 これは、現在大学入学 には必須 となっている 日本語能力検定 の偏 りと関 係がある。 きちん とした 日本語 の構 文 を身 に付 け るべ き日本語学校 の第二年次が、選択式 の模擬試 験 に費や されていることと無関係ではない。現在 、 学生のこの ような問題 には個別 の添削 で対応す る
ことしかで きていないのだが、実際 には根本 的な 問題がある学生 は指摘 された問題点 を十分把握 し きれない。逆 に、基本 的な問題 のない学生 は、指 摘 された細かい問題点に敏感に反応する。したがっ て、一年 間の指導 でそれぞれ に最初 の段 階 よ りは 向上 した として も、学生 間にあ ったギ ャップを埋 めるところまではいかないのが現状である。
☆語嚢 をふやす
さきに、学生 に要求 され るの は書 く能力 と聞 く 能力だ と述べ た。 しか し、現在担 当 している授業 では、いわゆる聴解 はや ってい ない。例 えばテー プ機材 を使 って聴解 その ものの授業 をす るの も一 つの方法ではあ るが 、学生 に とっては実際のすべ ての授業が聴解 の現場 となっているわけだか ら、
む しろそれ を助 けるためには基本表現や語嚢 を増 やす ことが必要 なのではないか と考 えて、 この と ころそ うい う授業 を している.昨年 と一昨年 は、
F日本語新聞の読み方jとい うテキス トを使 って語 桑 を補 いなが ら、実際の新 聞 を読 んでみた。 この テキス トには、名詞 と動詞 を組合 わせ た基本表現 の一覧があるので、 これ を毎 回
1
ペ ージずつ与 え て次 回に漢字、読 み、助詞 の穴埋 めな どを組合 わ せた小 テス トをお こなった。 これは単語 を音 とし て覚 えるこ とと、間違いやすい助詞 を動詞 と組合 わせて覚 えて しまうとうい う意味では効果があ っ た とお もう。今年度 は、他 の授業 で新 聞が取上 げ られている ので、趣 向を変 えて F日本語表現便利帳j (専 門教
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育出版社 )をテキス トに してみた。 これは、衣、
食、住、人の性格や外見、気候、組織 な ど
1 0
項 目 にわたって さまざまな表現が集め られ、問題が添 えられたユニークなテキス トである。内容 はなか なか面白いのだが、集め られた表現があ ま りに多 く、最初 の うちていねいにや っていたのでちっ と も進 まない。途中で方針 を変 えて、練習問題 を重 点的にやることに したが、 このテキス トはむ しろ 作文の副教材 としたほうが よかったか もしれない。授業の最初 には
、
r外 国人のための助詞j(武蔵野 書院)か ら、練習問題 を 1ページずつやっている。このような短時間の練習の くり返 しは、気分転換 にもな り、積重ねることでそれな りの効果 もあが るようだ。
☆授業時間 とカ リキュラム
現在神奈川大では、 日本語の授業 は
4
コマであ る。(中国語学科の学生 にはあ と‑ コマ必修 となっ ているが、現在のところ開講 されていない) 。
じつ は日本語が開講 された最初 の2
年間は、 これが倍 の8
コマあった。なん とか留学生 の 日本語能力 を あげようとい う配慮 だったが、単位数が2
コマで2
単位 と他の語学の半分だったこともあ り、学生 の負担が大 きす ぎるので現在の4
コマになった。授業 をする立場 としては、作文 については時間が たっぷ りあるのはあ りがたかったが、 もうひとつ の授業は
2
コマ続けて飽 きさせ ない ように授業 を 進めるのはなかなか難 しか った。 2
年 目は授業の 後半 を自由課題 とし、学生 に自分で学習計画 をた てさせて、速読や問題集 をや らせてみたが、結局 ほとんどが同 じ問題集 をやるような結果になった。2
年ずつの経験か らみて、 2
倍の授業時間だか ら といって2
倍の効果があった とはいえないようだ。その理由の一つは、語学の学習 には段階がある ということだ。短期集中が大 きな効果 を発揮す る のは初級か ら中級 にかけて、留学生の場合 でいえ ば 日本語学校 の
2
年 間である。 この期 間に、基本 的な語嚢 と文法構造 を身に付 けて しまうと、あ と は無限にある語嚢や表現 を徐 々に拡大 してい く段 階になる。大学 にはいった留学生 は、この段階に さしかか り、大学生活のすべてがかれ らの 日本語 習得の現場 となるわけだか ら、 日本語教育 はこの 段階ではむ しろ脇役 にまわ り、かれ らの 日本語習得 を効果的にサポー トす る役割 をはたすべ きだろ う。そのためには、 日本語 の授業時間が多す ぎて 学生 に負担 になるようでは逆効果である。
短期集中の時期がす ぎた とい うことは、逆 にい えば、気 の長い フォローが必要 だ とい うことだ。
その点では、 日本語 の単位 を
1
年生 で全部 とって しまうのは、必ず しもいい とはいえない。現在 は で きれば1
年生で全部 と り、残 した者が2
年で と い うふ うになっているが、他 の授業で出て きた 日 本語の問題 を持 って来 る場 として、 2
年 目に も日 本語の授業があったほ うがいいのではないだろう か。教師のほうも、 2
年間にわたって同 じ学生 と つ きあうと、その学生の問題点 もよ く見 えて、適 切 な指導 もしやす くなる。なお、中国語学科 の
2
単位 については、例 えば 中国語和訳の ような授業 を設定 して、中国語学科 の 日本人学生や中国語学科以外 の中国人学生 も自 由選択で きるように した らお もしろいのではない か とお もうが、どうだろうか。時間よりもっとたいせつ なのはカリキュラムで ある。 じつ は神奈川大学 の 日本語授業で最大の問 題は、日本語授業全体 の方向をきちん と決めるシ ステムがで きていない ことである。現在 日本語の 授業 は、非常勤講師
2
人が2
コマずつ教 えている が、授業内容 はそれぞれが完全 に任 されている。というと信頼 されているようだが、要す るに全体 責任 を負 うところが存在 しないのだ。講師同士 も 出講 日が違 うので、顔 をあわせ ることが ない。 日 本語用の資料 を置 く場 な どもないので、非常勤講 師控 え室の書棚の一部 を利用 している状態である。
外国語学部 には 日本語教 師養成の副専攻課程があ り、そこには専任 の先生 もお られ るようだが、 こ れ も留学生の 日本語教育 とはまった く関係がない。
今後、留学生の受入れ を続 け、ふや してい くの であれば、 日本語教育 も先 を見通 したシステムが 必要になって くる。 この
4
年 間の試行錯誤 を今後 の礎石 として役立てるために も、経験 をきちん と 把握 して集約す るところが な くてはな らない。 日 本語の授業 、 日本事情の授業、留学生のカウンセ リングなど、全体 を見渡 して適切 な指示 ので きる 責任体制が必要になって くるだろう。1日LH‖HLllHHHHMllHlJHlmH日日=日日HlHI川日日日日日日日日日日HHIJHlHLIHllMmlllHLIHIMHIH日日日日HlHl日日川日日‖日日IllHJHLJHlHILHI日日日日川日日t
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