著者 大嶋 良明
出版者 法政大学国際文化学部
雑誌名 異文化. 論文編
巻 21
ページ 219‑235
発行年 2020‑04‑01
URL http://doi.org/10.15002/00023212
2003 年度のカリキュラム改革によって学部創設当時の「文化情報 入門」と「国際交流入門」の 2 科目が装いも新たに「国際文化情報学 入門」となって 2019 年度で 17 回目の開講となりますがいまだに教科 書というものがありませんね。学部の入門科目にリファレンステキス トが存在しないということは、科目担当としては負い目を感じるとこ ろではありますが、しかし一方では「情報とは何か?」「文化とは何 か?」という大きな問いに対してはいくつかの視点から迫る努力は続 けてきましたので、これまで皆さんと一緒に考えたことを書き留める ことにいたします。本稿の前半では視覚による情報伝達について、後 半ではネット社会における言語の問題について取り上げます。
視覚による情報伝達−文化表象としてのサイン、ピクトグラム 情報デザインの考え方が世の中に広まってゆく中でビジュアルな情 報伝達の好例としてサインやピクトグラムが挙げられることが今日で は多いと思います。そこで今回は「文化表象としてのピクトグラム」
1 本稿は 2019 年度「国際文化情報学入門(情報文化)」の講義資料の一部をも とにまとめたものである.
入門科目の講義ノートより (3)
1Lecture Notes on Introduction to
Informatics (3)
大嶋 良明
Yoshiaki OHSHIMA
と題して、いくつか関連する話題を取り上げて考えてみます。
2020 年開催予定の東京オリンピック Tokyo2020 で街中が盛り上が る国内ですが、2019 年 3 月 12 日に競技関係の案内に使われるスポー ツピクトグラムが一斉に発表されて大きな話題を呼んでいます2。これ を機にピクトグラムと言う字数の多いカタカナ用語もメディアで取り 上げられて一般にも広まってきたようです。
視覚による情報伝達の方法を考えてみると、例えば写真や映像のよ うに形象(イメージ)そのものを表現する手段は直接的・具体的であ り、逆に文字や数字など表現手段は非常に抽象的です。その中間に記 号、図形、シンボルなどが考えられ、サイン、ピクトグラムもこの中 間的なレベルの伝達手段と位置付けられます。他にも簡潔な図像・図 案だけでビジュアルに何かを訴求するという意味ではいわゆるロゴも 同じような働きがあります。Nike や Coca Cola など世の中は無数の ロゴが溢れています。我らの法政大学にもロゴが存在します。しかし ロゴは企業や団体のアイデンティティを主張するためのものですか ら、本講義ではもっぱらサインやピクトグラムを扱うことにします。
ピクトグラムの源流 ISOTYTPE
ピクトグラムの源流を辿ると、オーストリアのオットー・ノイラート
(Otto Neurath)により考案された ISOTYPE(International System Of TYpographic Picture Education)、アイソタイプであろうと言わ れています。そこには単純な図像のみを使用した、言語を使わない方 法で情報を伝達する工夫を見てとることができます。アイソタイプは その名に含まれる Education の語が示すように教育的な目的で考案さ れたものです。ウィーン社会経済博物館に関わったノイラートは来訪 者の年齢や学識に関係なく展示パネルの数値データを視覚的に表現す 2 https://tokyo2020.org/jp/news/notice/20190312-01.html [参照 Dec 30, 2019]
るためにアイソタイプを提案しました。アイソタイプの好例として情 報デザインの本で紹介されるもののひとつに、ウィーンの誕生者数と 死亡者数の推移を 1920 年をはさむ前後 16 年の変化で表現した図説が あります。そこでは誕生者数と死亡者数の 4 年刻みの変化を、赤ん坊 と墓石の絵を並べてその数で対比させることで実に明快に表現してい ます。この図説を一見するだけで第一次世界大戦によりウィーンとい う都市が多くの犠牲者を出したことや終戦後しばらくは人口が大戦前 まで回復しなかったことなどがすぐにわかります。
残念ながらこの博物館は現存しませんが、いわゆるモノの展示が一 切なく統計資料のようなデータのみが展示される他に類を見ないユ ニークな施設でした。
ノイラートはアイソタイプを国際的に使用しうる図説言語のひとつ ととらえ、そのはたらきを補助的な言語と位置付けていたようです。
「言語はへだたりをつくり、絵はつながりをつくる3」という彼の言は まさしく言葉の壁によって分断されたものや概念が、絵のはたらきに よって民族の違いを越えて共有されることを指向していました。その 具体的な試みとしてノイラートは Basic in Isotype においてベーシッ ク英語として 850 語に絞り込んで範疇化した個々の英単語をアイソタ イプによる図説で表現することで、個別の文字言語よりも汎用性公共 性にすぐれた補助的な言語体系を提案しました。しかしアイソタイプ によって世界中の言語文化が包摂されるかというと、そこまでは到達 できませんでした。まさに個々の言語はへだたりをつくるのであり、
特定のある言語を深く学び、それに精通することは良くも悪くも分断 された向こう側の文化に理解を深め、思考の様式に親しむということ です。たしかに絵はつながりをつくりますが、英語を下敷きにしたベー 3 オットー・ノイラート,永原康史(監訳), 『ISOTYPE』, p27.ビーエヌエヌ
新社(2017)
シック英語ではあらゆる言語文化のこちら側と向こう側(特に非ヨー ロッパ言語)の分断を埋めるとは限らないのです。
ここでひとつアイソタイプについて注目したい点を挙げます。絵に よって意味を表現するアイソタイプは中国の漢字の持つ機能がその着 想の源となっていたことは見逃せないと思います。ノイラートはこの ように述べています:
現在、中国と日本で使われている書き言葉には、記号のような文 字「漢字」が使われている。漢字は言葉の発音ではなく、ものや 概念などを表している。漢字が表す意味は、漢字ひと文字のなか に使われる「記号〔偏や旁など文字の部分〕」の位置やそれらの 関係性がかたちづくるものから生まれる4。
一例としてノイラートは漢字の「木」と「森(=木が多数集まった もの)」の関係に着目していますが、同じく漢字をいわば借用して書 き言葉の文字表現を構築してきたわれわれ日本語の使い手にとっても 興味深いことです。
このように啓蒙的な意図をもって生まれたアイソタイプですが、
ヨーロッパの文化背景を内包していたためか、そのままの形で全世界 的に広がることはありませんでした。しかしながら絵で簡潔に情報を 伝えるというデザインの考え方は、後年ピクトグラムが登場して広く 発展してゆきました。また数値データを図説化して伝える視覚的な構 成法は、現代ではリチャード・ワーマンに代表される情報デザインの 代表的な手法として多くの表現者たちに受け継がれています。
4 前掲書,p109.
グラフィック・シンボルによる情報伝達
ピクトグラムが社会に普及するきっかけとしては、オリンピックや万 博が思い浮かぶでしょう。最近では観光立国の流れもあってインバウン ドという言葉がよく使われていますが、外国からの訪問客が増加すれば、
いきおい旅する国の言葉を解しない人々も街中に多く往来するようにな ります。彼らに対する案内はやはりビジュアルな情報伝達が効果的です。
このようにして駅、空港などの公共空間や競技場、展覧会場などにサ インやピクトグラムなどの掲示物がさかんに設置されるようになってゆ きます。なかでも公共空間でわれわれに馴染みの深いピクトグラムとい えば、非常口のグラフィックシンボルが想起されます。各所で目にする ことのできるこの図柄のデザインは日本人により提案されたものであ り、ISO 7010 に含められて国際標準に採択されています。
さて、はじめにお話しした Tokyo 2020 のスポーツピクトグラムで すが、スポーツピクトグラムが最初に普及したのは 1964 年の東京オ リンピックであったことは興味深いです。1964 年当時の日本がオリ ンピックを開催したことは、戦後復興の姿を内外に知らしめる絶好の 機会であったと思われますが、ピクトグラムの採用で国際都市東京を アピールしました。同時に亀倉雄策氏がデザインした大会ポスターと あいまって日本のデザイン力が認知されるようになったと考えられま す。ピクトグラムはその有効性が認知されて、以降のオリンピックで も大会ごとに競技シンボルが考案されるようになりました。
その次に日本の国内でピクトグラムが広まったのは大阪万博 EXPO
‘70 です。ここでも会場の案内に多くのピクトグラムが活用されてい ます。この時にはトイレ、禁煙、喫煙、忘れ物、ロッカー、救護室、
交通機関などを表すピクトグラムがデザインされました。
最後にサイン、ピクトグラムと文化背景の関係について少し触れて おきます。端的に知る例の一つとして郵便のサインを見てみましょう。
ご存知のように日本国内での日本郵便のサービスを示すサインは
〒(郵便記号)です。アルファベットの T の上に横棒を加えた図案 でカタカナの「テ」の字にも似たデザインですが、このマークは事前 の説明なしではおそらくどこの国から来た外国人旅行者にも通じない と思います。ヨーロッパの各国では郵便サービスのサインとして、ホ ルンのように巻いた形状の郵便ラッパの絵が使われています。これは ヨーロッパにおいては配達人が角笛を携えて各地を訪れたことが郵便 サービスの始まりであったことに由来します。すなわち「郵便ラッパ
(Post horn)」が共通の文化背景として共有されているのです。
もう一つの例としてはイスラム圏での赤新月マークがあります。人 道的な救急救命活動のシンボルとしての赤十字は各国でも広く使われ ていますが、イスラム圏ではもっぱら赤い三日月マークの秋新月(Red Crescent)が使われます。これは十字架にはキリスト教のシンボルと いう文化的背景があり、これを避けるためにイスラム圏では別の形が 採択されているのです。
色といえばサインやピクトグラムと組み合わせて色による情報伝達 が併用されていることにも目を向けましょう。広く使われる考え方と して赤色は禁止、黄色は警戒や注意喚起、青や緑色は許可や案内を表 すという働きがありますね。他にもお手洗いの男子女子を区別するの に男子はブルー、女子はピンクという使い分けもありますが、これは 国によっては逆という報告もありますし、最近ではジェンダーカラー の考え方を反映してこのような特定の色による仕分けは避けるべきと いう指摘もあります。いずれもやはり国際的な了解事項やお互いの文 化的背景には敏感でありたいというものでしょう。
抗議運動が生み出したハンドサイン
最近の香港の話題ですが、図は民主化を求める抗議運動のなかで香 港の若者たちが考案したジェスチャーによるハンドサインです。雨傘、
ヘルメット、アイマスクをはじめ、ハサミやペンチなどの工具、救急
目的での目薬、吸入薬などの補給を求める合図を共通言語としてデモ に参加する人達が意思疎通に工夫するさまが報じられました5。このよ うなものも文化情報の身近で具体的な一例かと思いますが、考案され たハンドサインとジェスチャーの規則のひとつひとつにも、多くの 人々が共通の意思疎通の手段を必要としている切迫した局面を想像す ることができます。
図 1 香港の抗議運動でのハンドサイン @AFP
5 https://twitter.com/afp/status/1146369241601511426 [参照 Dec 30, 2019]
ヘイトシンボルと社会の分断
昨今、なにかと排外主義、排他主義的な右派言論がアメリカの各地 で巻き起こるようになりました。このような風潮は保守的白人層の支 持を受けたドナルド・トランプが米大統領に就任して各所で強硬な発 言を繰り返してきたことと無縁ではないようです。国際人を目指す私 たちは、国内での社会情勢を注視するだけではなく、このような国外 での社会の変化に対しても無知無関心というわけにはゆかないでしょ う。これらの言説が時としてヘイトと呼ばれる運動につながってゆく ときに、そこではさまざまなシンボルやジェスチャーなどが仲間うち だけに通じる合言葉として新しい意味作用を発揮し始めます。いわゆ るミーム(meme)です。これまで私たちが気にも留めずに使ってき た身近なモノの形が、思いもよらなかったような含意を帯びて受け止 められることもしばしばあります。
一例を挙げるといわゆる OK サインがあります。親指と人差し指で 輪を作り、残りの指を拡げて伸ばした形にした手のひらを相手に向け ると、よく知られた肯定的、友好的な「OK」のサインですが、トラン プ大統領が何かにつけて自信ありげに公衆に向けて発するこの OK サ インは、次第に一部のトランプ支持者の間では白人優越主義の隠され たメッセージとして共有されるようになります。これは伸ばした 3 本 指をアルファベットの W、人差し指で丸めた輪の根本までをアルファ ベットの P に見立てることで WP = White Power(白人による支配)
と解釈できるというオルタナ右翼による悪ふざけに発していますが、
今ではヘイト活動を監視するユダヤ系団体「名誉毀損防止同盟(Anti- Defamation League=ADL)」のデータベース“Hate on Display”にヘ イトシンボルとして登録されています6。
6 https://www.adl.org/education/references/hate-symbols/okay-hand-gesture
[参照 Dec 30, 2019]
このようなヘイトのシンボルには、悪名高いハーケンクロイツのよ うに広く知れわたったものだけではなく、馴染みの薄いものもたくさ ん存在しており、それらが増加の一途を辿っているようです。ADL の“Hate on Display”データベースにはおかっぱ頭のヘアスタイル
(Bowlcut)や白地に黒の X 型十字(cross)を染め抜いた「聖アンド リュース十字架」デザインなどが登録されています。前者はサウスカ ロライナの教会で黒人を狙った銃乱射事件の犯人であり白人至上主義 者のディラン・ルーフの髪型をかたどっており7彼を信奉する若者た ちが好むシンボル、後者は南部連合(Confederates)の旗に倣ったデ ザインですが、League of the South(新南軍)と呼ぶ白人至上主義 者団体の旗印として知られています8。彼らはネオナチを含む他の白人 至上主義者団体とも連帯した示威行動を起こして注目を集めました。
他にも日本国内でふだん目にするような一般的な記号や標識にもヘ イトのメッセージが紛れ込んでいる例があります。例えば≠(数学記 号の不等号)は Unequal, Not Equal (To)と呼ばれて白人至上主義 者たちに使われます9。隠されたメッセージは明らかで人種は同じでは なく白人が優位なのだというものです。他にも黒い男性と白い女性が 手をつないで並ぶ図柄を赤い斜線で覆った No Race Mixing というの もあり、白人社会の純血性を指向するヘイトシンボルとして登録され ています10。
このように“Hate on Display”には多数のシンボルやジェスチャー
7 https://www.adl.org/education/references/hate-symbols/bowlcutdylann- roof [参照 Dec 30, 2019]
8 https://www.adl.org/resources/backgrounders/league-of-the-south-los [参照 Dec 30, 2019]
9 https://www.adl.org/education/references/hate-symbols/not-equal [参照 Dec 30, 2019]
10 https://www.adl.org/education/references/hate-symbols/no-race-mixing
[参照 Dec 30, 2019]
が登録されており、それら全てを網羅的に知悉することは現実問題と しては容易ではありません。しかしながらこういった排他的な言動と ともに立ち現れてくるシンボルやジェスチャーについて、われわれは 意識的に知ろうと努めることは重要かと思います。
ネット社会と日本語
本稿の後半は言語と情報の問題を特にネット社会との関係において 考えてみたいと思います。具体的には多言語主義とインターネット、
今後のネット社会で日本語はどうなるのか、ネット社会における情報 格差などについてです。
言語と情報をめぐる問題について関心を持つようになったきっかけ は、やはりインターネットの普及です。2001 年に出版された西垣と ルイスの共著「インターネットで日本語はどうなるか」が提起した問 題は、インターネットという国境を越え文化の壁を越えて相互接続さ れるグローバルなオンライン・コミュニケーションの世界において、
共通言語としての英語の影響はどんどん強くなるのではないか、この ような状況の中で日本語はどのように変貌するのか、どのような発展 の可能性があるのか、というものでした11。
この本は多言語オンラインフォーラム「言語/権力(Language/
Power)」上での議論をもとに書かれたものですが、ネット社会にお ける多言語主義について興味深い提言を残しているのでその骨子をご 紹介します。日本国内で幾度となく繰り返される英語公用語化の論議 やネット社会での英語優位と思われる言語状況について、西垣氏はナ ショナリズム対グローバリズムの構図を乗り越えた多言語主義の考え 方が必要ではないかと提言しています。国内では国語(例えば日本語)、
11 西垣通,ジョナサン・ルイス,『インターネットで日本語はどうなるか』岩波 書店,2001 年.
国際では共通外国語(例えば英語)を使い分ければ良いという考え方、
すなわち日本語が第一言語で外国語はツールに過ぎないという考え方 は、実は頑ななモノリンガリズム(単一言語主義)が姿を変えたもの に過ぎないという指摘にわれわれは耳を傾けるべきでしょう。西垣氏 は文化の多様性を育む枠組みとして多言語主義が目指すべきものを次 のように提唱しています。
マルチリンガリズムとは、複数の言語を自らのコミュニケーショ ン空間の中に引き受ける思考である。それは、自らの言語の卓越 性や純粋性を強調する代わりに、言語そのもののなかに宿る混交 性、多様性、発展性のうちに美と力強さを見出そうとする12。
日本語を大事にする気持ちの中にともすれば見え隠れする頑なな排 除の心理、われわれは自らの内なるモノリンガリズムに気付きこれを 批判的に見つめる必要があります。
西垣氏らは「言語/権力(Language/Power)」プロジェクトと名 付けたフォーラム=論壇を開設し、そこでは対訳例文の蓄積を共有知 として翻訳を支援するシステム「翻訳メモリ」と複数言語の翻訳チャッ トアプリ「Ami チャット」を活用した共同体の運用実験を展開する ことでインターネット上に多言語環境のコミュニティ形成の可能性を 検討しました。20 年後の現在では、情報通信技術が飛躍的に発達し てスマートホンや小型の専用端末から多言語環境での話し言葉の相互 翻訳が可能となってきましたので、確かに単純な意思疎通においては かなりの作業がこなせるようになりました。しかし複雑な文脈背景を ともなう知を編み込み蓄積するレベルになると解決すべき技術的な課 題はたくさん残されていますし、技術だけでは克服できない問題もた 12 前掲書,「ナショナリズム対グローバリズムを超えて」, p159.
くさんあると思われます。前述の多言語主義についての考え方は現在 も生きているのです。
日本語と英語の関係について考えるときにもうひとつ重要な論考と して水村美苗氏の「日本語が亡びるとき13」があります。水村氏は普 遍語 / 現地語という構図を提示した上で、ネット社会の現状を観察し、
知を記述する学問の世界においては「普遍語=読まれるべき言葉」と しての英語がますます支配的となり、日本語はそれ以外の場面で使わ れるだけのローカルな現地語として存続するだろう、インターネット によってこの傾向は加速されると主張しました。これは、学術書や研 究論文のように世界に向けて価値を問うべきもの、その内容が広く共 有されることを目指すものは英語で書かれるようになるだろう、特に インターネットのように新しい知が即時的に共有される環境において は尚更そうならざるを得ない、という論点です。
ただし水村氏は普遍語としての英語優位とネット上での英語の影響 力の増大は別ものであるということを述べており、その点を忘れては なりません。ネット社会から日本語がなくなってしまうという主張で はないのです。
Norris による情報格差分析の枠組み
ネット社会について見逃すことができないのは社会学者 Norris が Information Divide において提唱したディジタル・デバイド(=情報 格差)の三層モデルです。Norris は大きなマクロレベルでの格差と しては、グローバル化が進むネット社会へのアクセスの可否がもたら す global divide(=グローバリゼーションによる分断)、中間のメゾ レベルでの格差としては社会資本としての情報ネットワークとコンテ ンツ整備の差がもたらす social divide(= 社会的な分断)、そして最 13 水村美苗,『日本語が亡びるとき』,筑摩書房,2008 年
も小さなミクロレベルでの格差としては民主主義社会への個人参加の レベルでの democratic divide(=社会参加における分断)があると 述べています14。この時点での彼女の議論では、インターネットの普 及が将来的に情報格差を解消するのか、それとも逆に今後も格差は拡 大し続けるのかについては断定的な結論は控えていますが、前述の 3 つの格差が解消されることで、誰もが分断されることなくネット社会 に参加することが個人の自己実現のあるべき姿と考える Norris は、
オンライン民主主義の到来をネット社会がもたらす好ましい将来像と して描いています。
さて Norris の論考について、この場での議論に関連して 2 点ほど 挙げておきたいのですが、まず global divide と social divide が解消 されるためにはインターネットの多言語環境が十全に整備されねばな りません。すなわち少なくとも文字を持つ言語文化圏においては自分 が日常的に使用する言語でネットに接続し読み書きができることが必 要条件です。この点についてネット社会はまだまだ開発の途上にある と言わざるを得ません。もうひとつは Norris の議論からおよそ 20 年 が経過して情報格差やネット社会の分断についてはソーシャルメディ アという別の大きな支配的要因が出てきたということです。Twitter や Facebook がサービスを公開したのはいずれも 2006 年ですが、そ の後 10 年以上が経過した現在ではどちらも世界的規模の利用者を獲 得しており、エコーチェンバー現象やフェイクニュースの拡散など多 大な影響力を持っています。少なくとも同一言語圏のネット社会の中 において、ソーシャルメディアはコミュニティへの個人参加に無視で きない影響を及ぼしています。この点について Norris の枠組みには 現代的な検討が必要になってきたように感じます。
14 Norris, P., “Digital Divide: Civic Engagement, Information Poverty, and the Internet Worldwide,” Cambridge University Press, 2001.
情報学がとらえた言語
世界には 6000 を越える言語が存在しますが、そのうちおよそ 2500 の言語は消滅の危機に瀕していると言われています。言語がなくなる ということは、その言語によって維持されてきた個別の文化が消滅す ることにつながるのでたいへん深刻な問題です。UNESCO には Atlas of the World's Languages in Danger というサイト15があり、地域別、
話者人口別、絶滅の危険度などで分類して世界中で使用される言語の 現状を表示してくれます。そこでは絶滅の危険度は軽度のものから順 に Vulnerable, Definitely Endangered, Severely Endangered, Critically Endangered, Extinct の 5 段階に分類されています。言語の 絶滅とはその言語の生存する話者が一人もいなくなった状態ですが、
非常に少数の話者しか現存しない言語は絶滅寸前、世代間で継承され ず話者の平均年齢が上がり続ける言語が絶滅に向かいつつある、とい うように段階的に分類されます。例えば祖父母の話す言葉は理解でき るけれども自分は話すことができない、学校でも教わらないというよ うな言語は時代とともに失われてゆきます。
では、どのようにして特定の言語は消滅してゆくのでしょうか?そ れは避けられないことなのでしょうか?インターネット上における母 語利用の促進は世界的な関心事ですが、その動態を観測するために提 案された言語天文台プロジェクトを推進する三上喜貴氏は多数の言語 が滅びゆく現状を言語学者の言を借りて「交易の発達は言語の数を減 らす」と説明しています16。異文化理解は言語を学ぶことからとよく 言われますが、多文化主義による共生はそう単純には行かないかもし れません。人々が交わるとき「交易の発達によって人々のコミュニケー ションが継続される過程で,多言語の理解,語彙の交換などが進み,
15 http://www.unesco.org/languages-atlas/ [参照 Dec 30, 2019]
16 三 上 喜 貴,「 言 語 天 文 台 か ら み た 世 界 」, 『 情 報 管 理 』, vol.16, no.4, 2017, pp.271-274.
最終的にはどちらかの言語が姿を消すなり,融合するなり,あるいは 第三の言語が取って代わるなどして,言語の数は減ってきた17」ので す。ここで気になるのはやはりコミュニケーションが言語に影響を及 ぼすということですね。ネット社会の言語文化圏が分断や包摂と無関 係ではないだろうと考えられます。
そこで話をネット社会に戻します。C&C 振興財団がまとめた「イ ンターネットにおける言語と文化受容18」においては、情報社会におけ る多言語主義の必要性を説き、情報通信に関する UNESCO の勧告と 開発目標に基づいた議論により諸問題を検討しています。そこでは事 例研究として、ペルーでのインターネットの接続性、タイの学校教育 における低価格 PC、カナダ多文化主義における少数言語であるイヌ イット語やフランス語のネット環境と言語政策、チュニジアにおける アラビア語によるネット文化圏、中国が構築する独自のコンテンツ文 化と情報通信環境、欧州統合のなかでのネット社会の分断などが取り 上げられ、多角的に多文化主義・多言語環境についての調査結果が報 告されています。この本はインターネットの世界的普及が始まって 10 年後にまとめられたもので、その当時の調査結果のみでは多言語主義 の将来像を描ききるには物足りませんが、全体のまとめとしてはソフ トパワー論を引用しつつ、文化的なせめぎ合いを経て世界の各地域は 例えばハワイのように固有の言語と文化を温存しつつ、開かれた広い 世界の一部として機能するようになるかもしれないと結んでいます。
さて、言語の動態は Web から観察するためには網羅的に Web サ イトを巡回するいわゆるクローラー(Crawler)を利用します。言語 天文台は前述の多言語主義の推進を念頭に、インターネットのドメイ
17 前掲論文
18 上村圭介,原田泉,土屋大洋,「インターネットにおける言語と文化受容」,
NTT 出版,2005 年.
ン19ごとの Web コンテンツにおける言語の多様性を分析しました。
具体的には各ドメイン内でのローカル言語の占める比率とグリーン バーグ言語多様性指標20(以下は言語多様性指標と約す)の関係を調 査したところ、日本のような国はローカル言語(ここでは日本語)の 比率が高く 0.9 を超えており、言語多様性は 0.2 程度と低くなること、
多言語(あるいは多方言)社会のアフリカ各国では総じて多様性指標 が高く、ローカル言語の使用率は低いことがわかりました。これに対 しヨーロッパ諸国ではローカル言語の比率も言語多様性も 0.6 の近辺 であることが分かっています。漢字文化圏を中心とするアジア、いわ ゆる横文字文化の欧米とアフリカでは大きく Web コンテンツの様相 が違うことが改めて明らかになりました。この調査結果は文字コード の多言語化とその実装を追跡調査することと相まってネット社会の多 言語主義と文化の多様性にとってはとても有意義です。
言語天文台によるディジタル・デバイドの分析
本稿の最後に言語天文台によるディジタル・デバイドの分析につい てご紹介します。言語天文台の調査は多岐にわたりますが、その一つ にジニ係数21によるディジタル・デバイド評価の試みがあります。国 連は人口 1000 人あたりの電話回線の加入者数、携帯電話の所有者数、
インターネットの利用者数を開発目標として掲げていますが、これら の指標をジニ係数でまとめることで情報格差の測定に利用できます。
非常に興味深いことに 1998 ~ 2008 年の推移で見ると GDP のジニ係
19 国別のドメイン、正確には ccTLD を指す.ジェネリックなドメイン gTLD からの寄与は含まれていない.
20 ある社会(国)において任意に抽出した二人が異なる言語を話す確率 21 所得分配の不均衡などを数値化する手法として測定対象を累積人口で描く
ローレンツ曲線があるが、ジニ係数はローレンツ曲線の歪みすなわち不均衡 部分を 0 ~ 1 の面積比で計測したもの.ジニ係数は平等な均衡分布なら 0 と なり不均衡がひどくなるほど値は 1 に近づき大きくなる.
数は 0.7 付近であまり変化しませんが、電話回線では 0.6 弱から 0.4 付 近に、インターネット利用では 0.8 から 0.4 付近に、携帯電話の所有 では 0.7 から 0.2 付近へと顕著な変化が見えてきました。すなわち経 済指標との比較において情報アクセスの阻害要因としての global divide はある程度は緩和されてきたということかもしれません。また ジニ係数だけではわかりませんが、別の調査で見えてきた多言語環境 の整備や文字コードの実装が進んだことで改善しつつある点も含める と global divide の解消に向けての進歩として評価できます。
一方でコンテンツの蓄積や整備、コミュニケーションの自由の面で は国別ドメインを切り口とする調査結果、個人のネット社会への参加、
報道の自由度との比較対照など、クローラーを駆使したネット社会の 分析から切り込んだ点は現代的で大変に興味深いものでした。これら は同じく報道機関のオンライン Web へのアクセスや社会参加から social divide や democratic divide を論じた Norris の枠組みと深い関 係にあります。さらに申すとネット社会における多言語主義を意識し た西垣氏や水村氏の問題提起にも関連しています。言語天文台はこの 問題提起に対しても敏感であり、ネット社会における母語のプレゼン スと言語多様性について国別の調査を進めていますが、ネット社会か ら日本語がなくなってしまうわけではないという水村氏の予言を現時 点では裏付ける結果となっています。それらについては稿を改めて考 えてみたいです。