敵対的買収における防衛策と取締役の善管注意義務
著者 伊藤 浩紀
雑誌名 同志社法學
巻 72
号 1
ページ 145‑161
発行年 2020‑05‑31
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2020.0000000207
145
敵対的買収における防衛策と 取締役の善管注意義務
――伊豆シャボテンリゾート元代表取締役に対する 損害賠償請求控訴事件――
平成30年5月9日東京高裁第11民事部判決(平成29年
(ネ)第5411号、平成30年(ネ)第936号損害賠償請求 控訴、仮執行の原状回復等申立事件)金融・商事判例 1554号20頁、資料版商事法務412号158頁
伊 藤 浩 紀
〔事実の概要〕
X
(株式会社伊豆シャボテン公園。原告・被控訴人)は、昭和51年1月24 日に設立された会社である。X
は、設立当初は体感音響機器事業を行ってい たが、平成2年に日本証券業協会の店頭登録銘柄として株式を公開した後、事業目的をコンテンツビジネスに変更し、平成16年12月の
JASDAQ
市場の 開設と同時に、店頭市場からJASDAQ
市場に上場した。その後も、X
は、業態をレジャー事業に変更するなど、商号変更や経営陣の交代を繰り返しな がら、上場を継続してきた。また、
Y
(被告・控訴人)は、平成16年4月にX
に入社した後、平成22年4月にX
の100パーセント子会社であるシャボテ ンパークリゾート株式会社(SPR
社。以下、「S
」)の代表取締役に就任し、平成23年6月14日に
X
の取締役に、平成25年3月1日に同代表取締役に就 任した後、平成26年11月29日にX
の取締役および代表取締役としての職務 を終了している。(145)
( )
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146 (146)
X
では、Y
が取締役および代表取締役として職務を行っている間、以下の ように、同社の経営支配権をめぐり、さまざまな攻防が繰り広げられていた。X
の完全子会社であるS
は、自社の公園等の施設に使用する静岡県の原野外 の広大な土地および建物(以下、「公園土地建物」)を所有していた。公園土 地建物には、極度額50億円の1番根抵当権(以下、「本件根抵当権」)が設定 されていたが、本件根抵当権に係る被担保債権は、整理回収機構等を経て他 社に譲渡された後、平成20年4月1日付で、ケプラム社(以下、「K
」)に、同日債権譲渡による根抵当権移転登記がされた。この被担保債権は、事実上 塩漬けの状態であり、実体的価値の乏しいものであった。平成24年4月20日、
K
は、S
に対し、公園土地建物について、本件根抵当権の実行による競売の 申立てを行い、同年5月9日に担保不動産競売開始決定がされた。このよう な事実が全国紙および地方紙により報道された結果、S
は、銀行による融資 を受けられなくなるなど、経営に重大な支障が生ずるようになった。これに 対し、S
は、K
に対する本件根抵当権抹消登記手続請求訴訟を提起した。他方で、
X
では、株主の多数派形成工作が行われていた。平成25年4月3 日、X
の株主であるR
観光(以下、「R
」)は、X
に対し、取締役4名および 監査役2名の選任、監査役1名の解任を求める株主提案の通知をした。R
は、その直前に
T
観光(以下、「T
」)と共同でX
の株式を取得した旨を記載した 大量保有報告書を提出していた。T
およびR
は、不動産事業等を行うA
の 中核会社であり、A
が実質的に支配している会社であった(以下、A
、T
お よびR
の集団を総称して「A
グループ」)。A
は、前科二犯の経歴を有する者 であるほか、いわゆる「反社会的勢力」に属する者であること等が指摘され ていた。R
らによる上記株主提案は、平成25年6月のX
定時株主総会にお いて否決されたが、翌平成26年6月の定時株主総会においても同様の株主提 案がされたほか、同年7月16日には、T
およびR
は、X
に対し、Y
を含むX
の取締役4名の解任および新たな取締役6名の選任を目的とする臨時株主総 会の招集を請求した。この前後を通じて、Y
を中心とするX
の当時の経営陣 と、その退任を求めるT
、R
およびA
との間で、第三者割当の新株発行の差(146)
敵対的買収における防衛策と取締役の善管注意義務 147
(147)
止仮処分(株主側申請)、議決権行使禁止仮処分(会社側申請)、株主総会決 議存在・不存在等確認請求訴訟(双方提起)、職務執行停止・代行者選任仮 処分(株主側申請)などを通じて、
X
の支配権の争奪をめぐる攻防が繰り広 げられた。このような中、
Y
は、X
の代表取締役として、B
、C
およびD
の各法律事 務所所属の弁護士らに法律事務を委任し、X
において報酬計2682万円(以下、「本件弁護士報酬」)を支払った。平成26年11月29日には、
X
において臨時株 主総会が開催され、Y
を含む取締役4名(旧経営陣)の解任が決議され(た だし、法人登記上は、同年6月26日退任、同年12月1日登記とされている)、株主提案にもとづいて新たな取締役(新経営陣)が選任された。
新経営陣の下、
X
は、法律事務の委任に係る本件弁護士報酬の支払は、Y
が自己の代表取締役としての地位を守るために、T
およびR
への対抗策を模 索して行った自己の利益のための財産浪費であり、善管注意義務(会社法 330条、民法644条)および忠実義務(会社法355条)に違反してX
に損害を 与えた行為であるとして、会社法423条1項にもとづき、Y
に対し、損害賠 償請求訴訟を提起した。原審(東京地判平成29・11・22金判1554号30頁)は、「本件3法律事務所 から受けた法的助言の具体的内容は不明である上
B
法律事務所との間には 契約書すら存在せず、そのことは、その内容が株主の共同利益を離れむしろ 被告の個人的利益に基づくものであったものである可能性を想起させかねな い事情であるにもかかわらず、それについてY
の説明は後記のとおり合理 的とはいい難いことといった本件において認められる事情を総合的に考慮す れば、被告による本件3法律事務所への委任は、主としてY
の退任を求め る株主に対してその地位を保全し経営支配権を維持するためその対抗策を模 索する中でされたものであったと推認される」としたうえで、本件弁護士報 酬の支払について、Y
の善管注意義務および忠実義務違反にもとづく任務懈 怠を認め、X
の損害賠償請求(計2682万円)を全額認容した。これに対し、Y
は控訴した。(147)
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148
〔判旨〕原判決取消し。X の請求を棄却(上告・上告受理申立て)。
1「①
X
の100%子会社であるS
の所有する公園土地建物は、Xの事業の存 続に不可欠の重要資産であるところ、K
が競売の申立てをしたことで、X
の 対外的な信用は大きく毀損されたこと、②K
がこの競売申立てに先立って 取得した本件根抵当権の被担保債権は、それまで事実上塩漬けとなっていた 実体の乏しい債権であることがうかがわれるのに、不正常な手段を弄してま であえてこれを手に入れていること、③上記競売の申立てに対して、S
が本 件根抵当権の抹消登記手続請求訴訟を提起して抵抗すると、突然、T
及びR
がX
の筆頭株主に躍り出て、X
の取締役選任の株主提案を突きつけるに至 ったこと、④K
、T
及びR
は、いずれもA
の実質的に支配する会社である のに、T
及びR
はそのような事実を殊更に隠蔽して、K
からの競売申立てに 対するX
の対応を批判するという『マッチポンプ』に等しいやり方で揺さ ぶりをかけたものであること、⑤このように、本件は、A
グループによるX
の乗っ取りという構図が明らかであるところ、A
は、かつて『ソープランド の帝王』と呼ばれた前科2犯の人物であり、その前科の中には、実質的に経 営していた雑居ビルで起きた火災につき『利潤追求に急なあまり、防火意識 が極めて希薄』と判決で指摘されたものも含まれていること、⑥A
は、本 件以前にも東証一部上場の会社を実質的に買収して私物化しているという指 摘が広い範囲でされており、反社会的勢力ないし裏の世界との接点もささや かれていたこと、以上の事実が認められる」。2「以上の状況下で、
Y
が、X
の取締役として、A
グループによるX
の買収 が株主共同の利益に反する可能性があると判断し、これに対する防衛策を講 じようとしたことには、相当の理由があるというべきである。むしろ無為に 手をこまねいていたとすれば、それこそ取締役としての善管注意義務違反を 問われかねない状況であったとさえ言うことができる。このような事実関係 の下で、上記防衛策の模索が、Y
の個人的な保身に目的があったなどと推認 することはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠もない」。3「
X
は、A
の『反社会勢力に属する疑い』なるものはインターネット上の(148)
敵対的買収における防衛策と取締役の善管注意義務 149
記事に基づくものでしかなく、全く信用性がない旨主張する。しかし、本件 では、Aが反社会勢力に属する事実や、A及びそのグループ企業による議決 権行使が不当な目的に出たものであることについて、
Y
が立証責任を負うも のではない。Xが、Yに善管注意義務違反・忠実義務違反があったことにつ いて、立証責任を負うものであり、X
はこの立証責任を果たしていない。……そもそも、反社会的勢力に属することを容易に立証できるような者が上 場企業の買収を図るはずがないのであり(それ自体が上場廃止の理由とな る。)、そのような疑いがあるにとどまるという不確定・流動的な状況の中で、
買収の攻勢にさらされた企業の取締役は迅速な対応を迫られるのであって、
後に買収勢力が反社会的勢力に属することの立証ができなかったとしても、
善管注意義務違反の判断(取り分け本件のように新経営陣から旧経営陣に対 して損害賠償請求を行う場合)には、慎重な検討が求められるというべきで ある。こうした点を踏まえると、
A
の『反社会勢力に属する疑い』の確実な 根拠はないとしても、上記2の認定判断を妨げるものではない」。4「
Y
は、平成26年6月6日に最初にB
法律事務所所属弁護士と打合せを行 い、直ちに議決権行使禁止仮処分申立ての準備作業に入ってもらったこと、申立代理人は
E
法律事務所所属弁護士を選任したが、B
法律事務所には、前提となる
A
及びその関連企業のバックグラウンド調査を依頼したほか、申立書、準備書面、証拠の検討等についても法的助言を求め、
B
法律事務所 の意見書が実際にE
法律事務所作成の準備書面等に反映していたこと、こ のほか、A
に関しては、関係会社の実質的な支配関係を隠蔽して公園土地建 物の競売の不安をあおったのが風説の流布及び偽計に当たるのではないか、インサイダー取引の疑いがあるのではないか等の金商法違反の問題点も浮上 していたことから、これらの検討も
B
法律事務所に委任したこと、Y
は、こ のほか、資金繰りに苦しんでいた当時のX
の実情を踏まえ、X
の資本政策 についての法的助言を依頼したこと、Y
は、この間の同月11日及び30日のX
取締役会において、金商法について専門性の高いB
法律事務所から法的ア ドバイスをもらいたい旨を提案し了承されたことが認められる」。(149)
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150 (150)
5「平成26年9月当時、
X
は、裁判所の許可に基づく株主招集の臨時株主総 会開催のための基準日を定める公告や総株主通知等に関し、法律専門家のア ドバイスを要する事態に直面していたこと、そこで、Y
は、同月26日、これ が株主総会招集手続の瑕疵にならないかなどの臨時株主総会に向けての法律 問題について、C
法律事務所所属の弁護士に検討を依頼したこと、また、こ れに関連して、過去のものを含め、Xと株主との間で争われていた多数の裁 判案件の記録を精査してもらい、当時係属中の裁判案件の検討及び法的助言 を求め、実際にこれを受けたこと、Y
は、この間の同年10月14日のX
取締役 会で会社法に精通するC
法律事務所から法的アドバイスをもらいたい旨の 提案をして了承されたことが認められる」。6「平成26年9月、裁判所の許可決定により株主招集の臨時株主総会が開か れることになり、
Y
は、B
法律事務所に依頼して得られたバックグラウンド 調査の結果を踏まえて、改めて議決権行使禁止の仮処分の申立てを検討する 必要があると考え、一般的には難度が高いと考えられている当該仮処分につ いて専門的な知見を有するD
法律事務所所属の弁護士に検討を依頼すると ともに、当時係属していた多数の訴訟案件について適宜助言を得るための法 律事務委託アドバイザリー契約を同年10月1日付けで締結したこと、X
及び その子会社(S
等)を取り巻く法的諸問題についての法的アドバイスを得る ための契約を締結したこと、検討の結果、再度の議決権行使禁止の仮処分の 申立ては見送ることとしたが、この件を含め法的アドバイスを受けたこと、Y
は、この間の同月28日のX
取締役会でD
法律事務所から法的アドバイス をもらうこと、上記アドバイザリー契約を締結することの提案をし、了承さ れたことが認められる」。7「本件当時の
X
の経営陣にとって最優先課題であった会社乗っ取りへの 防衛策のために支出した費用が、平成26年11月29日の経営陣の交代後の経営 陣からみて結果的に無駄な出費ということになるのは、いわば経営者・経営 方針の変更に伴う不可避的な事象にすぎない。そして、当時の経営陣が防衛 策を講じることが株主の共同の利益に資すると判断したことに相当の理由が(150)
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(151)
あることは前述のとおりである。本件の
X
の請求は、新経営陣からみて支 出の有用性が認められないという結果論だけを理由に、当該費用支出をした 当時の取締役の善管注意義務違反を追及するものにほかならず、失当といわ ざるを得ない」。〔研究〕
1 本件判決の意義
本件判決は、現に会社が敵対的買収の対象となっている場合(有事)にお いて、買収防衛策を検討することが、取締役の善管注意義務の内容となるか という論点が扱われたものである。
現経営陣・買収者間の経営支配権をめぐる争いの場面では、現経営陣が新 株または新株予約権の発行(以下、「新株等の発行」)を計画したことに対し、
買収者が不公正発行該当性を主張し、その差止め(会社法210条、247条)の 仮処分を申し立てることが多い1)。しかし、本件のような買収防衛策と取締 役の善管注意義務が争われた事件は、従来、ほとんどみられなかった。数少 ない事例として、対第三者責任(会社法429条1項。改正前商法266条の3第 1項)が争われた平成4年の京都地裁判決は、支配権争いへの介入を主要目 的とする新株発行について、取締役の善管注意義務違反にもとづく責任が争 われたところ、会社の株主間で支配権争いが生じている場合には、取締役は 中立の立場をとらなければならず、支配権争奪に介入することを主要目的と する新株発行は、不公正な方法による発行にあたり、乗っ取りによって会社 が壊滅させられることが明らかな場合等、特別の事情がないかぎり、取締役 の任務懈怠ないし違法行為にあたるとする判断を示している2)。しかし、同
(151)
1) 飯田秀総「企業買収における対象会社の取締役の義務―買収対価の適切性について―」財務 省財務総合政策研究所フィナンシャルレビュー121号152頁(2015年)。
2) 京都地判平成4・8・5判時1440号129頁。
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152 (152)
判決以外に、同様の事例は見当たらない3)。その背景には、敵対的買収の事 例では、買収前の会社において明らかな不祥事がある等の事情がないかぎり、
買収前の取締役に対する責任追及はほとんど行われない事情がある4)。また、
新株等の発行の差止めの根拠となる「法令」違反には、善管注意義務等の一 般義務規定の違反は含まれない。このような事情もあり、防衛策としての新 株等の発行と取締役の善管注意義務の関係は、議論されることが少なかっ た5)。
そのような中で、本件判決は、敵対的買収に対する防衛策を検討するため の法的助言を法律事務所に依頼し、本件弁護士報酬を
X
の財産から支出し たことについて、X
の取締役であったY
に善管注意義務・忠実義務違反があ るとするX
の主張を否定し、Y
がA
グループに対抗するために防衛策を講 じようとしたことには相当の理由があるとして、Y
の任務懈怠責任を認める ことはできないとの判断を示した。このように、本件判決は、従来検討され る機会が少なかった論点を扱うものとして、検討する価値があると考えられ る。2 「主要目的ルール」の判断枠組みと取締役の 善管注意義務違反の判断枠組み
いわゆる「主要目的ルール」の下では、新株発行が「資金調達目的」であ るか、または取締役の「支配権維持目的」(または「不当な目的」)であるか を比較し、後者が主要目的であると判断される場合に、著しく不公正な方法
3) 新株予約権の発行について、取締役の株主に対する損害賠償責任が追及された近時の事例と して、東京地判平成30・9・20資料版商事415号83頁がある。同判決の判断枠組み(とくに不公 正発行に関するもの)に対する批判として、松中学「大王製紙新株予約権付社債の発行をめぐる 損害賠償請求事件の検討〔下〕」商事2193号36頁(2018年)。
4) 中西和幸「企業買収防衛と会社役員の義務―伊豆シャボテンリゾート役員責任追及訴訟を題 材として―」商事2179号52頁(2018年)。
5) 伊勢田道仁「本件判批」リマークス59号91頁(2019年)。
敵対的買収における防衛策と取締役の善管注意義務 153
(153)
による発行にあたるとして、その差止めが認められてきた6)。もっとも、主 要目的ルールの下では、資金調達目的の存在をすべて否定することは困難で あるため、新株発行の差止めを実現することは容易ではなかった7)。しかし、
ニッポン放送事件の東京高裁決定において、経営支配権争いが生じている局 面における現経営陣または特定株主の支配権の維持・確保を主要な目的とす る新株予約権の発行は、原則として、不公正発行に該当するとの判断が示さ れて以降8)、裁判所は、買収防衛策としての新株発行または新株予約権の発 行を容易には認めない姿勢をとるようになっている。すなわち、裁判所は、
基本的には主要目的ルールの判断枠組みを維持しているものの、新株発行等 による調達資金の使途の合理性にも踏み込んだ審査を行うなど、資金調達目 的に係る審査は、厳格化している9)。また、コーポレートガバナンスコード では、経営陣・取締役会の保身を目的とする買収防衛策の導入を否定したう えで、防衛策の必要性・合理性を要求することに加え、自社の株式が公開買 付けの対象となった場合には、株主が公開買付けに応じる権利を不当に妨げ るべきではないとされている(原則1−5および補充原則1−5①)。この ように、上場会社における買収防衛策の導入は、従来と比べるとハードルが 高くなっている。
もっとも、敵対的買収により会社の企業価値が毀損され、株主共同の利益 が害されるおそれがある状況では、何らかの対抗策を講じることがやむを得 ない場合もある。たとえば、いわゆるグリーンメーラーのような「濫用的」
とされる買収者に対抗するための第三者割当による新株発行について、支配
6) 東京地決平成元・7・25判時1317号28頁(いなげや・忠実屋事件)ほか。
7) 神田秀樹編『会社法コンメンタール5』124頁〔洲崎博史〕(商事法務、2013年)は、資金調 達方法や新株割当先の選定等は、多かれ少なかれ経営判断にかかわる問題であるため、引受人と なる者から資金調達を行う必要性も含め、裁判所が踏み込んで審査し、その必要性を否定するこ とは容易ではないと指摘する。
8) 東京高決平成17・3・23判時1899号56頁。
9) たとえば、東京高決平成29・7・19金判1532号57頁(出光興産事件抗告審)では、新株発行(公 募発行)による資金調達の必要性・合理性を会社が十分に説明する責務を負うとされているなど、
従来の判例と比較し、資金調達目的に係る審査は厳格化する傾向にある。
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154 (154)
権維持の目的が認められる場合であっても、例外的に正当化されるという見 解も有力に主張されていた10)。前記ニッポン放送事件の高裁決定においても、
支配権維持目的の新株予約権の発行を原則認めない考えを示しつつ、「株主 全体の利益」の保護の観点から、新株予約権の発行を正当化する「特段の事 情」(買収者がグリーンメーラーであること、買収対象会社の焦土化経営を 目的としていること等11))があり、敵対的買収者による支配権の取得が会社 に回復しがたい損害をもたらす事情があることを会社が疎明、立証した場合 には、例外的に、経営支配権の維持・確保を目的とする新株予約権の発行が 許容されることが示されている。この決定の後、経済産業省および法務省が 公表した「買収防衛策に関する指針」では、敵対的買収が「株主共同の利益」
を害し、株主に財産上の損害を生じさせるおそれがある場合における買収防 衛策の導入は、適法かつ合理的であるとする見解が示されている12)。さらに、
2007年のブルドックソース事件の最高裁決定では、特定の株主による経営支 配権の取得に伴い、会社の存立、発展が阻害されるおそれが生ずるなど、株 主共同の利益が害される場合には、その防止のための当該株主の差別的取扱 い(新株予約権無償割当て)は、ただちに株主平等原則の趣旨に反しないと されている13)。同決定もまた、ある者の買収により「株主共同の利益」が害 される場合には、買収防衛策の必要性を否定しない立場をとるものであ る14)。
これらの判例等で示された買収防衛策が許容される要件は、買収防衛策に
10) 大隅健一郎=今井宏『会社法論〔中巻〕』654頁(有斐閣、1992年)。
11) ただし、同決定が示した4つの「特段の事情」の一部については、有益な買収を阻害するお それがある等の観点から、疑問も示されていることに留意しなければならない。
12) 経済産業省・法務省「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関す る指針」4頁(2005年5月27日)。
13) 最決平成19・8・7民集61巻5号2215頁。
14) ただし、同決定は、敵対的買収が株主共同の利益を害するか否かは、最終的には株主自身の 判断にゆだねられるべきであるとすること(いわゆる機関権限分配秩序)、買収防衛策の導入・
発動が許容されるには、防衛策を講じる「必要性」のみならず、その内容の「相当性」も要求 されるとしていることに留意しなければならない。
敵対的買収における防衛策と取締役の善管注意義務 155
(155)
関する取締役の善管注意義務違反の要件を直接定めるものではない。しかし、
これらは、「株主共同の利益」を保護する観点から新株発行等の買収防衛策 の適否を論じる点で、取締役の善管注意義務違反を判断するための規範とな る内容が含まれている15)。一般的に、取締役の善管注意義務の具体的内容は、
会社の利益、ひいては株主の利益を最大化することである(株主利益最大化 の原則)16)。この「株主利益の最大化」とは、「株主共同の利益」を図ること を意味するのであり、株主全体の利益を犠牲にすることで特定の者の利益の みを最大化することを意味しない17)。したがって、たとえばグリーンメーラ ーのような「濫用的」な敵対的買収により、企業価値の毀損ひいては「株主 共同の利益」が害される事態を招く場合には、そのような買収に対して防衛 策を講じることは、取締役の善管注意義務・忠実義務に違反しないものと解 すべきである18)。
3 本件における防衛策の必要性
本件において、
A
グループによる敵対的買収に対して防衛策を講じること が、Y
の取締役としての善管注意義務に違反しないというには、かかる敵対 的買収がX
の企業価値を毀損し、「株主共同の利益」を害するといえる状況15) この点について、主要目的ルールに関する判例の議論には、防衛策を講じる取締役の裁量の 外枠を画する意味を有するものとしての意義があるとする見解として、森・濵田松本法律事務 所編『M&A法大系』425頁(有斐閣、2015年)、武田典浩「本件判批」税務事例51巻5号80頁(2019 年)。
16) 江頭憲治郎『株式会社法』22頁(有斐閣、第7版、2017年)、落合誠一『会社法要説』260頁
(有斐閣、第2版、2016年)、田中亘『会社法』261頁(東京大学出版会、第2版、2018年)等。
17) 落合・前掲注(16)260頁。田中・前掲注(16)263、621頁。
18) これに関連して、日本技術開発事件の東京地裁決定(東京地決平成17・7・29商事1739号 100頁)は、敵対的買収(公開買付け)を遅らせる効果をもたらす株式分割を行うことについて、
「株主全体の利益保護の観点」から、取締役会の権限の濫用であるとはいえない(正当化される)
場合があるとする。同決定は、取締役の任務懈怠責任が争われた事例ではないが、「株主全体 の利益の観点」から許容されない防衛策を講じることは、取締役の権限濫用にあたり、善管注 意義務違反となりうることを示唆する事例といえる。
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156 (156)
にあることが認められなければならない。
本件判決における事実認定や、Xのウェブサイトに掲載されているプレス リリースによると、
X
とA
グループの対立は、遅くとも平成24年までには 生じていたとみられる。Xは、平成25年および翌26年の2年間に、Aグルー プへの対抗措置として、第三者割当増資による新株発行を計2回実施してい る。平成25年(1回目)の新株発行では、Aグループの持株比率の低下に成 功し、X
は、A
グループ傘下のR
観光による株主提案を否決することに成功 した。しかし、平成26年(2回目)の新株発行は、引受人に対するA
グル ープの嫌がらせ等の妨害工作があり、そのほとんどが失権したとされている。A
グループは、これらの新株発行に対して差止めの仮処分を申し立てていた が、いずれにおいても、主要目的ルールにより資金調達目的が優越すること が認定され、差止請求は却下されている19)。他方で、X
は、T
による議決権 の行使が濫用に当たること、および、T
の提出したX
株式に係る大量保有 報告書において、共同保有者として記載すべき者を記載していなかったこと を理由に、T
らの議決権行使に対する差止めの仮処分を申し立てたが、これ は却下されている20)。これらの新株発行等の対抗策を講じた背景には、
A
を実質的なオーナーと する会社であるK
が、X
の完全子会社であるS
が所有する公園土地建物に ついて、他者から不正な手段で根抵当権を取得し、競売を申し立てていたと いう経緯があった。この競売の事実が報道されたことで、S
は、銀行からの 借入れも困難となるほど経営に重大な支障が生じたため、根抵当権の抹消登 記手続訴訟を提起するなどの対抗措置を講じていた。これに対し、T
およびR
は、ともにK
と同じA
グループの一員であるという事実をことさら隠蔽 しながら、S
による対抗措置を非難し、平成25年のX
の定時株主総会におい て、取締役および監査役の選任ならびに監査役1名の解任を求める株主提案19) 東京高決平成25・5・31D1-Law.com判例体系28214219(判例集未収載)、東京高決平成 26・5・29D1-Law.com判例体系28222595(判例集未収載)。
20) 東京地決平成26・6・25D1-Law.com判例体系28224314(判例集未収載)。
敵対的買収における防衛策と取締役の善管注意義務 157
(157)
を行うなど、「マッチポンプ」的行動が目立っていたとされている。また、
この間も、Xの株価は低迷しつづけたが、もともと超低位株であったことに 加え、上記公園土地建物の競売問題の影響もあり、さらに下落していたため、
A
グループは、Xの株式の買集めを進めやすい状況にあった。これに対し、Y
ら経営陣には対抗する手段は残されていなかった。その後、同年11月に招 集された臨時株主総会において、Yを含む取締役は解任され、経営陣が交代 して現在に至っている。以上の経緯を踏まえると、
A
グループによる買収は、X
の企業価値を毀損 し、「株主共同の利益」を害するおそれがあったということができる。した がって、Y
が何らかの防衛策を講じる必要があると判断したことには、相当 の理由があるといえ、防衛策の検討のために本件弁護士報酬を会社の費用で 支出したことについて、Y
の取締役としての善管注意義務・忠実義務違反は 認められないとした判旨は、妥当であると思われる。また、本件判決は、
A
が「反社会的勢力」に属する者であることが疑われ ている点に言及している。すなわち、A
は、かつて「ソープランドの帝王」と呼ばれたほか、新宿歌舞伎町雑居ビル火災事件で有罪判決を受けた前科二 犯の人物であることや、本件以前にも、東証一部上場会社を実質的に支配し、
私物化しているという指摘があったほか、反社会的勢力とのつながりも指摘 されていたところであった。もっとも、
A
の属性についての主張は、あくま でインターネット上の記事にもとづくものであり、反社会的勢力とのつなが りを示す確実な証拠は、提出されていなかった。この点について、原審判決 は、インターネット上の記事の信憑性に疑問を示し、Y
による証明は不十分 であるとしていた。たしかに、敵対的買収の場面における取締役の利益相反 状況に鑑みると、A
の属性についての主張は、「株主共同の利益」を害する というには、証拠の不十分さが否めない21)。しかし、本件判決は、防衛策を 講じる必要性の有無をA
の属性のみで判断しているのではなく、前記のよ21) 伊勢田・前掲注(55)92頁は、原審判決の判断について、このような利益相反性を重視し、
より確実な証拠が必要であると考えたのではないかと指摘する。
同志社法学 72巻1号[通巻411号](2020)
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うな会社乗っ取りの経緯を踏まえ、
Y
が防衛策を講じようとしたことには相 当の理由があるとしている。その経緯を前提とすれば、防衛策の検討は、Y の自己保身を目的とするものであったとはいいがたい。したがって、Y
の任 務懈怠責任を否定した本件判決は、妥当であると思われる。4 防衛策の構築と取締役の善管注意義務
本件判決は、
Y
が「無為に手をこまねいていたとすれば、それこそ取締役 としての善管注意義務違反を問われかねない状況であったとさえ言うことが できる」と述べている。この判示部分については、ある者による買収が「株 主共同の利益」に反する可能性がある場合に、防衛策を講じることを検討す ることが取締役の任務であると考えられることを示唆したものとする見解が ある22)。この見解によれば、敵対的買収が「企業価値を毀損する」と判断さ れるにもかかわらず、防衛策を講じなかった場合には、取締役としての任務 懈怠となりうる23)。これに対し、上記判示は、Y
の自己保身目的が推認でき ないことを強調するために述べられた(やや行き過ぎた)表現であり、防衛 策を講じるかどうかの決定自体は、あくまでも現経営陣の裁量であって、法 的に要求される取締役の義務内容とまではいえないとする見解もある24)。 本件における事実関係を踏まえると、A
グループによる買収に対し、何ら かの防衛策を講じる必要があったことは、否定できない。本件判決は、Y
の 解任に至るまでの経緯等を踏まえ、Y
がA
グループによる買収に対して防衛 策を講じようとしたことには相当の理由があるとして、善管注意義務違反を 否定しつつ、Y
が「無為に手をこまねいていたとすれば……状況であったと さえ言うことができる」と述べている。したがって、上記判示部分は、Y
に 自己保身の目的があったという推認を否定するための強調であるのみなら22) 弥永真生「判批」ジュリ1524号3頁(2018年)、野田博「判批」ジュリ1531号102頁(2019年)、
武田・前掲注(15)81頁。
23) 武田・前掲注(15)80−81頁。
24) 伊勢田・前掲注(55)93頁。
敵対的買収における防衛策と取締役の善管注意義務 159
(159)
ず、当時の
X
の支配権争いをめぐる状況下で、A
グループによる買収から 会社を保護するために、Yには、何らかの対抗策を講じる義務が現実に生じ ていたとの考えにもとづくものであると考えられる。これを前提に、Y
は、当時の状況下で要求された善管注意義務を尽くしたと判断されたと解すべき である。
もっとも、上記判示部分をこのように理解するとしても、一般論として、
防衛策を講じることが取締役の善管注意義務となるといえるかは、慎重な判 断が求められる25)。「株主共同の利益」を保護する観点から、何らかの防衛 策を講じることが取締役の善管注意義務の内容となるとした場合、「任務」
であると主張することにより、取締役が防衛策を講じることが容易となり、
会社ひいては株主共同の利益に資する有益な敵対的買収をも妨げるおそれも 否定できない。したがって、防衛策を講じる義務が生じる場合とは、焦土化 経営を行うことを目的とするなど、敵対的買収者による支配権の取得が、会 社の企業価値を毀損し、株主全体に回復しがたい損害をもたらすおそれが明 白である場合であるとするなど、その射程は制限的に解すべきであると思わ れる。
5 本件における防衛策の妥当性
―顧問弁護士以外の法律事務所との契約について
これまで検討してきたように、株主共同の利益に反するような敵対的買収 に対し、取締役が買収防衛策を検討することは、善管注意義務に違反しない と解すべきである。一般論として、本件のように、法律事務所に法的助言を 求める行為が広義の防衛策であることに、異論はないと思われる。もっとも、
本件において、
Y
は、A
グループに対する防衛策を検討するため、すでにX
の顧問弁護士となっていた法律事務所ではなく、B
、C
およびD
の各法律事25) 伊勢田・前掲注(5)93頁、吉田正之「判批」金判1581号5頁(2020年)。
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務所に法的助言を依頼していた26)。これについて、
X
は、顧問弁護士以外の 法律事務所に相談する必要はなかったとしたところ、原審判決は、Xの主張 を認め、顧問弁護士の業務の遂行にとくに不足する点があったような状況は うかがえないこと、上記各法律事務所による業務提供の内容が明らかでない こと、および、上記法律事務の委任はY
の地位の保身を目的とする行為で あり、正当な理由なくX
の財産を流出させた行為であること等を理由に、Y の善管注意義務違反を認めている。これに対し、本件判決は、上記各法律事 務所との契約について業務提供の実態が認められるとし、本件弁護士報酬の 支出が結果的に無駄な出費ということになるのは、経営者・経営方針の変更 に伴う不可避的な事象にすぎず、当時の経営陣が防衛策を講じることが「株 主共同の利益」に資すると判断したことには相当の理由があると述べている。本件判決も指摘するように、取締役は、不確実な状況の中で迅速な判断を 迫られることがある。したがって、取締役の交代に伴い経営方針が変更とな り、その経営判断が結果的に誤りであったとされる場合であっても、事後的・
結果論的な評価をもとに、取締役の善管注意義務違反を問うことは許されな い27)。もっとも、買収防衛策を講じることは、取締役の地位の保身につなが る行為である。例外的にそれが許容される場合であっても、その内容は、「株 主共同の利益」を確保する観点を踏まえた必要かつ相当な程度のものでなけ ればならない。本件においては、上記各法律事務所との契約について、顧問 弁護士以外の事務所に依頼する必要性があったのか、それが肯定されるとし て、上記各法律事務所による業務提供の実態があることに加え、「株主共同 の利益」の確保の観点から必要かつ相当であるかが問題となる28)。
これについて検討すると、本件判決は、
X
は、A
グループの金商法違反行 為の疑い、バックグラウンド調査および議決権行使の差止め等について、専26) 本稿では詳論しないが、Yが複数の法律事務所に委任したことについて、弥永・前掲注(22)
3頁は、いわゆる「オピニオンショッピング」をした可能性に言及する。これに対し、武田・
前掲注(15)80頁は、その可能性に否定的な見方を示している。
27) 江頭・前掲注(16)470頁。
28) 伊勢田・前掲注(5)93頁。
敵対的買収における防衛策と取締役の善管注意義務 161
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門性の高い弁護士が所属する法律事務所から法的助言等を受けたとし、それ ぞれの契約は、Xにとって「必要、有益」であり、かつ、対価役務の提供が あったことも認められると述べている。買収防衛という専門性の高い分野に ついて、専門家としての助言を弁護士に求めること自体は、取締役として妥 当な判断であるといえる。したがって、本件判決のこの判示部分は支持され るべきである。しかし、各契約が、実際に「必要、有益」であったと認める に足りる具体的な証拠は、十分に示されているとはいえない。たとえば、原 審判決では、一部の法律事務所との間では、契約書は作成されず、電話によ るやり取りに関する手控え程度の記録も残されていないこと等が指摘されて いる。このような指摘を踏まえると、各法律事務所より提供を受けた業務の 内容は、契約数や報酬金額に相当性が認められるか否か、いたずらに重複す る内容の委任契約を締結していなかったか否か、または、支払った報酬の額 が法外な額でなかったか否か等、不透明な部分が多いことは否めない29)。こ の点で、本件判決は、上記各法律事務所による対価役務の提供があったこと を、やや安易に認めているように思われる30)。買収防衛策の利益相反性に鑑 みると、防衛策そのものではなく、その検討のための支出であっても、各法 律事務所による業務提供の実態については、もう少し慎重な認定がなされる べきであっただろう。
29) 伊勢田・前掲注(5)93頁。
30) 吉田・前掲注(25)5頁。