アメリカ障害者教育法における「関連サービス」に ついての一考察
著者 織原 保尚
雑誌名 同志社法學
巻 60
号 1
ページ 109‑145
発行年 2008‑05‑31
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011386
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一〇九同志社法学 六〇巻一号
ア メ リ カ 障 害 者 教 育 法 に お け る「 関 連 サ ー ビ ス 」に つ い て の 一 考 察
織 原 保 尚
(一〇九)
一 問題の所在 一九七〇年代前半、アメリカ国内には学校に通う年代の障害を持つ子どもが八〇〇万人以上いた (
。しかし、その半分 1)
以上は機会の平等を十分満たすような教育を受けておらず (
れ育さ除排く全らかムテスシ教、公、は人万〇〇一約もで中 2)
ているという状態であった (
た ( 障五年にアメリカ者害九教育法を制定し七一。解そのような状況を決はするために連邦議会 3)
教すの特有なニーズを満たた⋮めに構想された特別なそ⋮。的障害者教育法はその目と、して、「すべての障害児が 4)
育及び関連サービスに重きを置いた無償かつ適切な公教育を受けることができるような状態にしておくことを保障すること」を掲げた (
。 5)
アメリカにおいては、教育一般が州の管轄であり、州の予算によってなされている (
、そてし対に州のは。法育教者害障 6)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一一〇同志社法学 六〇巻一号
障害者の教育に関する費用を連邦が援助するという法律である。ただし、この連邦による財政援助には条件があり、法
の定める条件を州の教育の内容が満たしていなければ、援助を受けることはできない (
に出画を、連邦教育長官に対して提しな。れそ、てしそいなならなばれけ計細た方る詳めに作らたれ針や手続を示した に州は、子ども。公教育を保障す 7)
よって州が給付を受けた予算を、各教育委員会等が申請書を提出することによって受け取るのである。その条件として、個別教育プログラム(
IE P
)の作成 (環育統(育教ので境い教な少の約制も最、合 8)(
)、適正手続の保障 9)(
、そして今回問題 10)
となる「無償かつ適切な公教育」の提供することを示さなくてはならない。
障害者教育法は「無償かつ適切な公教育」という文言の定義として、 「教てっあでスビーサ連関びよお育な無公償かつ適切な教別育」とは、特、
A 公費により、公の監督・指導の下で、かつ無料で提供されてきており、B 州の教育機関の基準に合致し、
Ⓒ 関連の州における適切な就学前、初等または中等の学校教育を含み、かつ、D
20 U .S .C . 14 14
(a
)(5
)に基づき要求される個別教育プログラム(IE P
)に従って提供されるものをいう (
。 11)
と定めている。そしてその無償かつ適切な公教育を構成する「関連サービス」については、以下のように定義がなされている。
(一一〇)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一一一同志社法学 六〇巻一号
矯言心、学覚聴、学理病語(学スビーサ援支の面の他の理サ正、医、ンョシーエリクレ法ー療業作、法療理物、スビそ 4 「び育教な別特が児害障に並ら送輸、はと」スビーサ連か関、め達発るうれさと要必にた益るす助援をとこるけ受を利 療 4及び相談サービスを含む 4444444。ただし 444、医療サービスは診断及び評価のみを目的とするものでなければならない 44444444444444444444444444444444。)をいい、児童の障害の状態の早期発見・評価を含む (
。(傍点筆者) 12)
このように障害者教育法は、「無償かつ適切な公教育」と「関連サービス」について一応の定義をおいているが、そ
の定義は具体性を欠くところがあった。このことがその後、障害者教育法に定める「適切な教育」とはどのようなものか、また、子どもに提供されるサービスについて、どの範囲までが「関連サービス」に含まれ、そして、どこから同法
の適用除外とされている「医療サービス」に当たるのかが裁判によって争われる原因となった。
前者の「何が適切な教育か」については一九八二年の連邦最高裁判決において、初めての判断が下されている (
。この 13)
争点と並行する形で「関連サービス」の内容をめぐる争いが裁判所に提起され、最高裁が判断を下すことになる。
本稿は、学校区に対して提供を求められているサービスが、障害者教育法によって提供を義務付けられる「関連サー
ビス」に含まれるのか、それともそれに含まれないとされる「医療サービス」にあたるのかが争点となった二つの最高
裁判決を取り上げ分析するものである。以下第二章においては、一八八四年
T at ro
判決について紹介をする。第三章においては、T at ro
判決以降の下級裁判所において下された判決について考察する。そして第四章において、一九九九年G ar re t F .
判決について紹介する。第五章においては、G ar re t F .
判決をめぐる議論の動向について論じる。そして最後に、日本に対しての一提言をもって、論を結びたい。(一一一)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一一二同志社法学 六〇巻一号
二
Irving Independent School Dist. v. Tatro
連邦最高裁によるR ow le y
判決の二年後、最高裁はR ow le y
判決とは違った形で「無償かつ適切な公教育」についての 判断を求められることになった。Irv in g In de pe nd en t Sc ho ol D ist . v . T at ro
(ed ic e ic rv se al m
)」よあ(スビーサ療にた「ったし述前。たなると点争がかうど医うビいるサースが、障害者教育法に 件本。れるあではでて、提供を求めら事い件 14)うに、障害者教育法においては、「医療サービス」は限られたものを除いて「関連サービス(
re la te d se rv ic e
)」には含まないとされ、その提供は義務付けられていない。本件は次のような事実関係の下で原告の請求したサービスが法定されたものか否かが争われることになった。
ⅰ 事実及び争点 八歳の少女
A m be r T at ro
について。彼女には、先天性の脊髄破裂があった。その結果、整形外科的な障害と、言語障害、 膀胱の神経的障害があり、自力で排泄をすることができなかった。そのため、三、四時間おきに腎臓を傷めないようにしつつ、カテーテルを使用することが必要であった。カテーテルを使用するにはcle an in te rm itt en t c at he te riz at io n
(C IC
)とよばれる手段を用いることが不可欠であった。
C IC
は、単純な数分の作業であるが、一時間以下程度のトレーニングを受けた者によってなされることが必要であった。彼女の両親や、ベビーシッター、一〇代の兄弟もC IC
を行うことが できる資格を持っており、しばらく後には彼女自身でもできるようになる程度のものである (IE P
がお容のが作成された。そこにいうては、身体的療法や、作業療法内い、発の時にと期幼児早達ラスに入級するク 、九七九年歳彼女が三。一 15)提供されたが、学校による
C IC
の管理者は提供されなかった。両親は、このIE P
を不服として学校区がC IC
のサービス(一一二)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一一三同志社法学 六〇巻一号 を提供すること、並びに損害と訴訟費用の賠償とを求めて、学校区を訴えた。
まず行政聴聞が行われた結果、
T at ro
側の請求は退けられた (判、裁方地邦連部北スサキテは告原たしと服不をれこ。 16)
所に
in ju nc tio n
を求めた (。 17)
ⅱ 下級審判決 連邦地裁は、
C IC
について、教育的な部分からそのサービスの要求が生じるわけではないため、障害者教育法上の「関 連サービス」ではないと判断を下した。また、リハビリテーション法(R eh ab ilit at io n A ct
)五〇四条も参加を求めている者のために、連邦の予算によって公的なヘルスケアが提供されることを求めるものではないと判示し、T at ro
側が敗訴した (
第所訴控邦連区回巡五た判け受を訴控の告原。裁 18)(
きらけ受を益利もかこ育教別加で特ると、あたし定認とるでがのもいなきでず (
C IC r be m A
な供について、この提けが参はれば、はクラスに、 19)C IC
育、教者害障はてしと由理をれそ。 20)法にいう「関連サービス」に該当し、「無償かつ適切な公教育」の範囲に属するとした (
になプログラムから排除することにり教ョ条四〇五法ンシ、ーテリビハリ育公ともこる、この子どはを邦の予算によ連
C IC
提しての否供を拒する。そ 21)違反するとした (
テ地た。差し戻し審では裁さは、障害者教育法とれ戻覆し上より、原判決がさ。れ、事件は地裁に差以 22)
キサス州法に基づき、学校区と州教育委員会に対して、彼女の
IE P
に学校にいる間のC IC
の提供を含ませること、学校区に対して損害の賠償と、学校区と州教育委員会に対して訴訟費用の支払を命じた (容で認が決判原も裁訴控の後のそ。 23)
されたため、州側は連邦最高裁へ上告した (
。 24)
(一一三)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一一四同志社法学 六〇巻一号
ⅲ 連邦最高裁判決
B ur ge r
長官による法廷意見は本件の争点について、一、C IC
のサービスが、障害児が特別教育から利益を受けるための補助としての「支援サービス(su pp or tiv e se rv ic e
)」に含まれるかどうか。二、診断、または評価以外の目的で提供される「医療サービス」として、除外される範囲に含まれないかどうか。
の二点であるとする (
。 25)
第一の争点について。彼女は
C IC
のサービスが無くては学校に出席することができず、それゆえC IC
は「特別教育か ら利益を受ける」ためのものであるとした (る公どもに対して教つ育を利用でき子持府。害障、に一第はを法立「てしそ 26)
ようにすること」そして「有意義なアクセスを可能にすることを意図していた」ものであるとした。障害を持つ子どもが日中、学校にいることができるようにするサービスは、立法府が描く教育への意義あるアクセスを実現するために重
要な手段である。そのためには、例えば、法は具体的に通学の手段なども用意していたり、建物や設備の改修なども障害者がアクセスするために補助していたりする。
C IC
のようなサービスは、子どもが学校に近づき、入り、そして出て 行くことと同様に、子どもが日中学校にいることができるようにするために、教育のためになされることとして関係がある。これらのことから、C IC
は障害者教育法に定める「支援サービス」といえるとした (。 27)
次に第二の争点について、過去の教育局の規定や立法過程から、障害者教育法では「関連サービス」に資格ある学校看護士または、資格あるものによってなされる「学校看護サービス」が含まれるとした。そして、本法が除外している
「医療サービス」は、「医師の資格がある者によって提供されるもの」であるとした。また、教育長官は「学校看護士」によってなされるサービスは、「関連サービス」となり、「医療サービス」の問題にはならないのであり、医師によるサ
(一一四)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一一五同志社法学 六〇巻一号 ービスが、そのような除外の対象になると判断していることを紹介した。最高裁は、このような「医療サービス」の定義は、立法意図からして合理的であるとした。そして教育長官は、「医療サービス」除外の制度は、学校に対して、過
度に高額でその能力の範囲を超えたサービスを提供することを防いでいるものとしていることにも言及した。また、障害者教育法は、さまざまなセラピストによるサービスを提供することなどを学校に求めていることを指摘した。また、
学校看護サービスは、長きに渡って教育システムの一部であって、立法府が意図する「医療サービス」の除外には当たらないとする、教育長官の見解に同意した。さらに「医療サービス」として除外される医師によるサービスや、病院に
よるサービスは、はるかに予算がかかることも指摘する。学校区は、
C IC
は、医師による監督が必要である点を主張するが、学校看護士は、医師の処方箋による投薬なども行っていることを述べた。そして、そのような点からA m be r
に対して提供されるサービスは、これまでも長い間提供されてきた学校看護サービスによる、障害を持たない子どもに対して普通に提供されているサービスと区別することは困難であり、その点について立法者が、障害を持つ子どもと、障
害を持たない子どもとを区別しているとは考えにくいとした (
。 28)
そして、「医療サービス」に当てはまらない条件として、以下のような制限を設ける。
一、子どもが、障害を持ち、関連サービスを受ける資格があること。
二、そのサービスが、子どもが学校教育から利益を受けるために必要不可欠であること。三、看護士、または、資格のあるものによってなされるものであること。医者によるものでないこと (
。 29)
さらに
T at ro
側が学校区に対して要求しているのは、学校における資格を持った人によるサービスだけであって、その設備ではないことも指摘する。以上から、提供を求められているC IC
のサービスは、障害者教育法上「医療サービス」 ではなく、「関連サービス」に含まれる、と結論づけた (。 30)
(一一五)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一一六同志社法学 六〇巻一号
リハビリテーション法による弁護士費用の請求については、原告の請求を否定した。この部分には、
B re nn an
判事、St ev en s
判事による反対意見がある (。 31)
以上から、障害者教育法の部分については、原告が勝訴した。
ⅳ 判決に対する評価 以上のように
T at ro
最高裁判決は、提供されるサービスが「医療サービス」として「関連サービス」に含まれないサービスであるかどうかを判断するという判断枠組みを示した。すなわち、「医療サービス」となるのは医師の資格を持った者によって提供されるサービスのみであって、それ以外の者によってなされるサービスは「医療サービス」には該当せず、「関連サービス」として提供されるというものである。
T at ro
最高裁判決については、R ow le y
判決において明確に示されなかった司法審査の範囲についての解答が示されたとする分析がある。すなわち、学校当局が手続的要求に従っており、子どものIE P
が全体的に子どもに合理的に利益を 提供するように作られていたとしても、IE P
の一つの欠点について裁判を通じて争い、変えることができるということである (。 32)
最高裁判決に対する評価としては、肯定的なものと批判的なものが見られる。肯定的なものとしては次のようなものがある。①判決は健全で、公平なものであるというものがあった (
、別や育教たっ合見に求要な特のもど子つ持を害障②。 33)
その子どもが教育から利益を受けるために必要なサービスを提供するという州に課せられた義務について積極的に認める反面、他方では、州を過度の財政負担から保護することも示しており、バランスを取っているものだと評価された (
。 34)
③
C IC
を提供することは、他の手段を選択した場合と比較しても、危険なものであったり高額なものであったりはしな(一一六)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一一七同志社法学 六〇巻一号 いとされる (
るれさ ( し連邦で一律の基準と定てくめたものだと評価、な学はそのサービスの提供を校。区の判断に任せるので④ 35)
。 36)
他方、消極的、批判的評論として次のようなものが見られる。①最高裁判決においてサービスの提供が命じられているのは、子どもが学校にいる間だけであって、子どもが学校にいる時間以外のサービスについては、学校は提供する必 要がないと判断している (
とをため認をとこる度 ( い利の解釈におなて、制限的た態権れ子ら裁判所は、障害を持つど。もに対する法的に認め② 37)
T at ro
、か間や人手や費用もらか、ない内容なので時全でれ。③判決で求めらているサービスは安 38)それ以上の高度なサービスは、医療サービスによる除外に当たるとして、提供されないのではないか (
要てている。⑤看護士等が不足しい視るならば、新しく雇用する必し無学護学校においてを看校士い実がる事てし足不 。のく多は決判④ 39)
があるなど、結果的に予算が多くかかるものであるから、最高裁の予算負担に関する分析は矛盾している (
。 40)
三
Tatro
判決をめぐる下級審の判断対立T at or o
判決以降、下級審では、より範囲が広く高度な健康サービスを求める数多くの訴訟が提起された (。この時期の 41)
下級裁判所は、看護サービスの提供について、障害者教育法にいう関連サービスに含まれるのか、あるいは医療サービスとして除外されるのか、判断が分かれている状態であったといわれる (
にて」スビーサ連関「しと」スビーサ療医。「 42)
含まれないサービスは、医師の資格を持った者によって提供されるサービスのみであって、それ以外の者によってなされるサービスは「医療サービス」には該当せず、「関連サービス」として提供されるという
T at ro
判決の判断枠組みには、沿わない判例も数多く存在した。これは、障害者教育法が「適切な」教育と「関連サービス」について明確な定義を
(一一七)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一一八同志社法学 六〇巻一号
十分に示していなかったことに因る。
T at ro
判決が「医療サービス」の除外について、学校に対して、過度に高額でその能力の範囲を超えたサービスを提供することを防ぐためである等述べたことにより、下級裁判所によっては、サービスにかかる金額などを「医療サービス」の除外についての判断材料とすることになったことも考えられる。以下そのよ
うな判例をいくつか紹介する。
ⅰ
B ev in v. W eig ht
B ev in v . W eig ht
判決 (B ev in H .
女つどもにいつて問題になった。彼子持度をいては、七歳の重のに知的、身体的障害お 43)はロビノウ症候群であり、発作、視覚障害などがあった (
in ev B
、的気の、に期切定、が士護看、に管開た、りたし給供を素酸りチたし引吸をブーュめのい、害たのだがこれらの障 をど子つ持キ害障、は女用もュの特別カリ。ラムを履修して彼 44)そして彼女が怪我をしないようにしたりするために、一日中
B ev in
のそばにつく必要があった (。本件はそのような 45)
B ev in
が、学校のいるために必要なケアをする看護士にかかる費用の提供を、学校区に対して求めた事件である (。原告 46)
は「何が医療サービスであり、学校区の義務ではないものであるかの判断は、単にヘルスケアの提供者の地位に基づくものであり、サービスの性質や程度は無関係である。」と主張した (
in ev B
必邦がは所判裁方地連部西アニベルシンペ。 47)要とした長期にわたる医療サービスについて、多額の費用がかかり、包括的で、そして時間がかかるものであることを指摘した。裁判所は、
B ev in
の求めるサービスは、医師によって提供されるものではないが、これを「関連サービス」 から除外することは障害者教育法の一般的な精神と一致するものであるとした (相なよるす当定に」務義な的期的ケなアと、注意が必要であるとしたう (
B ev in
私は、ヘルス。アの提供者の「ケ 48)いビとるれま含に」スーサ連関、「は所判裁。 49)
うよりも、「医療サービス」として除外されるものに近いような、集中的で多額の費用がかかり、広範囲な看護サービ
(一一八)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一一九同志社法学 六〇巻一号 スを、学校区に対して提供することは求められないとし、サービスの提供を認めなかった (
。 50)
ⅱ
D et se l v . B d. of E du c. of th e A ub ur n E nla rg ed C ity S ch . D ist .
D et se l v . B d. of E du c. of t he A ub ur n E nla rg ed C ity S ch . D ist .
判決 (生裁学小の歳七、は所判訴控区回巡二第ていおに 51)
である原告の少女について、看護の提供をするという要求について、看護の提供を認めないとした連邦地裁の判断を認容する判断をした。彼女は、小学校の重複障害クラスに在籍しており、人工呼吸器の補助と酸素の供給を常時行うこと
が必要であった。行政聴聞においては、一度目の聴聞においてはサービスの提供が認められたが、二回目の聴聞で判断が覆された (
定つ、サービスの性質にい当ては判断することを否てをス点告は専らそのサービを。行う人物の資格に焦原 52)
する主張を行っている (
、多すと要必を出支の額て医しそ。たし摘指をとる療るもしといないてし識認裁サ高、最はていつにスビーこあで要必が
ro at T
、場はと決判異てい合に件本は裁地邦つなが訓家門専だんつを練、。はに女彼、しとる連 53)障害者教育法の立法意図について「著しく高額なサービスや、学校の能力の限界を越えたサービスを提供する義務から、学校を免除する」ものであるという、
T at ro
判決における教育長官の見解を示した (る件けおに合場の本、は裁地邦連。 54)
高度な看護サービスは、被告に重い負担を課すものであって、障害者教育法は学校と、学校区に対してコンスタントで、
高額な、そして学校における高度なヘルスケアを提供することを命じてはいないとした。さらに、もし医師ではない者によって行われるなら、サービスの重大性を考慮されることなく、すべての医療サービスについて提供することを要求
されるわけではない、と
T at ro
判決を解釈した。そして、最高裁が示しているのは、単純な学校看護サービスが、治療上の「医療サービス」として除外されない、ということだけであるとした (D et se l
健範な的療治、で囲し広たと要必が。 55)康サービスは、医者を必要とするものではないが、「医療サービス」における除外により近いものであると判断した (
。 56)
(一一九)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一二〇同志社法学 六〇巻一号
ⅲ
N ee ly v. R ut he rfo rd C ou nt y S ch .
N ee ly v . R ut he rfo rd C ou nt y Sc h.
判決 (ly ee N
七サの中の」スビー「連関医るれわ言に法「サ療と、は。たし断判る教す当該に」スビー育者障ていつにスビ害 判訴、は所判裁九控区回巡邦第てい連決地求ーサたれらめ、裁てし覆をにのお 57)歳の子どもであり、呼吸合併症をもち、広範囲にわたる注意と、緊急時の対応が必要であった。さらに彼女は、粘液を除去するために彼女の口、鼻とのどの定期的な吸引と、呼吸を補助するために常に彼女の気管にチューブが挿入されて
いることが必要だった。気管チューブは外れやすいもので、もし呼吸がすぐに再開されなかったならば、彼女は意識を失うことになり、死んでしまう可能性もあった。また、彼女の呼吸が止まったときには、人工呼吸の装置を用いること
が必要だった。気管チューブの処置は難しいものであり、緊急時の処置も時間的余裕がないものであるので、訓練を積
んだ者によってなされることが必要であった (
うたれそは区校学、がめ拒求をとこう雇を家を否専が雇を士護看で校学区し校学、は親両。た門のケの吸呼、か士護ア
IE P
区、てしとのの目年二親校学両には学校。対して、フルタイムの看小 58)まで、家庭で、教育をうけさせることにした。行政聴聞では、
N ee ly
が求めているサービスは、「医療サービス」にあたり、学校区は、提供する義務はないとされた (n tio nc ju in
に令裁地邦連め求を)(命サ。供提のスビーののそ、は親両 59)提訴し、地裁においては、両親側が勝訴した (
。 60)
控訴裁判所は本件において提供が求められているサービスについて、「本質的に医療的である」と判断した。そして
T at ro
判決の解釈についてT at ro
判決で問題となったサービスは、「本質的に医療的」なものではなく、それほど難しいものでなく、費用もかからないものだったという点を強調した。広範囲な医療サービスを提供するために、特にN ee ly
一人のために学校看護士を雇わなければならないことを指摘し、その点においてT at ro
判決の場合とを区別した。控訴裁判所はT at ro
判決以来の「(サービスの)提供者を基礎とした」解釈を用いなかった (、うるあが論議なよの、こてしそ。 61)
(一二〇)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一二一同志社法学 六〇巻一号 本来医療的な性質をもつサービスを提供する場合においての、学校区の本質的な危険と責任を重視した (
。裁判所は、 62)
B ev in
判決を尊重し、この事件においてサービスを困難にしているものはN ee ly
に必要なヘルスケアの中の「私的な義 務」の部分であり、提供を求められているサービスは「医療サービス」の除外に該当するものとした (。 63)
ⅳ
M or to n C om m un ity U nit S ch . D ist . N o. 70 9 v. J .M .
T at ro
判決の結論には従っているものの、T at ro
判決には否定的な見解を持っているようにも読むことができる下級審 判決も見受けられる。M or to n C om m un ity U nit S ch . D ist . N o. 70 9 v . J .M .
判決 (J.M .
認タ看でムイルサフ、てしと」ス護ーー連を決判裁地邦たビしとるけ受をスビ連サプは、特教育別ログラムの「関 七において、連邦第所巡回区控訴裁判は、 64)容した (
いき詰の管気、肺、吸呼、付りにばそが者のい添き付まなめたてしと要必を助補のめのど動移たま、し視看時常を、た
. J.M
チなりおてっもを害障天的の先、は年少の歳四、ュ。りそ。たいてっ行を吸呼よーにとこす通に管気をブ一 65)た。彼は学期の間、週に四日間、一日四時間の彼のために作られた特別教育プログラムを受けていた。費用は年間約二〇、〇〇〇ドルであった。両親は、その費用の提供を求めて、訴訟を提起した (
、のつつえま踏を張主者事当両、は所判裁。 66)
「医療サービス」の定義として「障害者教育法によってカバーされる医学的性質の関連サービスと、カバーされない医
療サービス」を区別することを試みる (
」字てれま読はにり通文な上律法、が言文ういいい﹄所スビーサ療医「は判」裁、にらさ。たしととスーサ療医、﹃降ビ
T ro at
テは置処のルサーテカ、「らは所判明ーかに医療。ビスであるが、判決以裁 67)の定義を医者によって提供されたサービスだけに制限することは恣意的な判断であるとした (
」め明確な定義を示していないた、「て適切な」教育と「関連サービス、い切とが「適つ」教育な「連サービス」に関 障判所は、法害者教育。裁 68)
についての法令における概念に基づいて、抗弁をしなければならないと述べている (
控う、後の論議なよのこ、しかし。 69)
(一二一)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一二二同志社法学 六〇巻一号
訴裁判所はこのような裁判においては、行政聴聞の結果を尊重すべきであることを述べ、医学的な部分から教育的サー
ビスを区別する基準ははっきりしないものであるとして、
J.M .
の求めているサービスが、「関連サービス」に含まれるとした行政聴聞、地裁判決の判断を認容した (。 70)
このように、
T at ro
判決以降いくつかの下級審は、「医療サービス」として「関連サービス」に含まれないサービスは、 医師の資格を持った者によって提供されるサービスのみであるというT at ro
判決の判断枠組みには沿わず、他の多数の要素、一般的には、問題となっているサービスの性質や、範囲、そしてかかる予算も考慮に入れるという判断を示してきた。その結果、医師によるサービスでないものも「医療サービス」に該当し、「関連サービス」には含まれないとして提供されない場合をもたらすことになった。この点についての論争を解決するために、連邦最高裁が取り上げたのが、
G ar re t F .
事件である。四
Cedar Rapids Community School District v. Garret F.
ⅰ 事実及び争点 少年
G ar re t
は、一九八七年、四歳のときに起こったバイクの事故が原因で大けがを負った。彼は知的な障害はなかっ たのだが、その事故によって、背骨の神経に損傷を受け、手足を動かすことができなくなり、呼吸器にも障害が残った (。 71)
一九八八年に彼は
C ed ar R ap id s C om m un ity
学校区の幼稚園に入園した。そして、それ以降、この学校区内の学校に 通っていた (ピをた。彼は電動車椅子スあトローで操作し、コンっでに秀は典型的な普通学級通。っており、成績も優彼 72)
(一二二)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一二三同志社法学 六〇巻一号 ューターを頭の動きで操作したりしていた (
るにテカに胱膀回一約日テ一はに彼。たいてールときすを引吸の管気にとをな要必、とこるれ入し要をい添き付に離必 のい時常は間る、に校学健たまは、た康声距るえこ聞がの管彼、にめ。理彼 73)
こと、定期的に食事や飲み物を摂らせること、呼吸補助装置が不調の時に、救急箱を管理すること、呼吸補助装置の設定のチェック、観察、また呼吸困難や、自律的な過剰な反応が起きていないか観察し、さらに血圧を測ることなどが求
められていた。幼稚園の頃から、小学校四年生になるまで、彼の両親と学校区のとの合意に基づいて、彼の家族が付添い人を提供していた (
。 74)
しかし一九九三年、
G ar re t
が五年次の初めの時に、彼の母は学校区に対して、彼が学校にいる間は看護サービスを提供するように求めた。学校区は、障害者教育法の文言によれば、「関連サービス」の中には「医療サービス」は含まれ ないとし、従ってそのような継続的な一対一の看護サービスを提供する義務はないとして、提供を拒否した (。さすることを求めて提起れ提たのが、本訴訟である供を学に対して、彼がス校いる間の看護サービ 。に区校学 75)
ⅱ 行政聴聞 行政聴聞の後、行政法審判官(
A L J
)は、四七ページに渡るレポートを作成した。その中で、学校区内約一七五〇〇 人いる生徒のうち、何らかの特別教育が必要とされている生徒が約二二〇〇人いるが、呼吸補助装置に頼っている生徒は、G ar re t 1
人だけであるとする。しかし、彼に必要とするサービスの大半は、他の子どもに対してすでに提供されているサービスであるとした (
のよ国のこ、はアケなうのほこ、がいないてっ至のか意なアケるす供提が者いはので婦護看正、はで域地に合いつにて
A L J
のの徒生なうよ者彼、は事当両、はケやア資かうどか要必が格や。練訓はていつに察観 76)範疇にあるとした。障害者教育法は、「学校看護士の資格がある者や、他の資格のある者」によってなされる、「学校健
(一二三)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一二四同志社法学 六〇巻一号
康サービス」と、医者によってなされる「医療サービス」を区別していた。そして、学校区が提供を義務付けられるの
は、前者の方であるとし、後者は提供する必要はないものであるとした。さらに、法にある区別は、単に「そのサービスを提供するものの肩書き」によって決まるのではなく、「特別な訓練、知識や判断を、医者として遂行すること」が
必要なサービスに限られるとした (
なて九らか年三九九一し年対に親母、てしそ。四にし用うよのそ、し償賠を費か護看の度年学のてけた定認とるす当該 めーサるいてれら、求でビ本、で上の件障スのにスビーサ連関定は所法育教者害。そ 77)
サービスを将来にわたって提供しなければならないと結論付けた (
。 78)
ⅲ 下級審判決 学校区は、その判断を不服としアイオワ北部連邦地方裁判所に訴えを提起した。 連邦地裁においては、両当事者は行政聴聞の記録に基づく
su m m ar y ju dg m en t
を要求した。地方裁判所は、A L J
の障害者教育法に関する判断を認容し、そのサービスが「医療サービス」として障害者教育法の範囲から除外されるもので はないこと、学校区が、「関連サービス」の提供を求められていることを認定し、G ar re t
側に立つ判断を示した (。 79)
学校区は、第八巡回区控訴裁判所に控訴した (
。 80)
控訴裁は障害者教育法にいわれる関連サービスの内容として、
T at ro
判決で示された二点が問題になるとした (ちわ、そのサービスが 。すな 81)
一、「支援サービス」の範囲に入るか (
サ療入に囲範の」スビーい医な、「がスビーサのそ、二から ( 、 82)
、 83)
である。そして、一については
T at ro
判決の引用から、もしサービスが提供されなかったならば、彼は学校に出席する(一二四)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一二五同志社法学 六〇巻一号 ことができず、特別な教育から利益を受けることができないため、「支援サービス」の範囲に入るとし、二についてもやはり
T at ro
判決の引用から、サービスが、医師によってではなく、看護士や資格のあるものによってなされる場合は、 その範囲には入らないとした (。 84)
控訴裁判所は、その他の下級審の判例では、
T at ro
判決を明確な基準を確立したと解釈していない判決もいくつか存 在していることは理解しているが、この控訴裁判所では、最高裁の判断に沿った判断をするとして、原判決を認容した (。 85)
学校区は、控訴裁判所が示した第二の点について最高裁に
ce rti or ar i
を求めた。いくつかの連邦裁判所は、要求され た健康サービスが、医師によってなされるがどうかを問題にしておらず、他の多数の要素、一般的には、問題となっているサービスの性質や、範囲も考慮されていると主張する。この点についての対立を解決するために、連邦最高裁はce rti or ar i
を認容した (。 86)
ⅳ 最高裁多数意見
St ev en s
判事が法廷意見を述べ (in lia r ye re g,B ur sb r,G te ou ,S ca r,S no on t,O uis nq eh R ’C
れした意同に。そが事判。 87)最高裁は、
G ar re t
が学校にいるためにそのケアが必要不可欠なものであったとしても、彼に対して「継続的な一対一 の看護サービス」を学校にいる間提供することは、障害者教育法§ 14 01
(a
)(17
)からは求められない、という学校区の主張について、T at ro
判決、及び本判決の控訴裁判決を示して否定する。「関連サービス」の内容については、「障害を持つ子どもが、特別教育から利益を受けることを助けるために、求められるような」広く包括的に、支えとなるサービスであると定義する。また「医療サービス」の内容については、
§ 14 01
(a
)(17
)には「関連サービス」の内容として列挙されているものの、「診断または、評価の目的のため」と制限されている。しかし、これ以上は「医療サービス」と
(一二五)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一二六同志社法学 六〇巻一号
して
§ 14 01
(a
)(17
)の範囲外になる部分について、特別な定義は明確には書かれていないとする (。 88)
そして、
T at ro
判決においてすでに「医療サービス」について最高裁は判断していることを示す。「医療サービス」に該当するには、サービスが医師によってなされるものでなくてはならず、学校健康サービスは該当しないとする (。 89)
§ 14 01
(a
)(17
)にいう「関連サービス」は、広く他の文脈において大まかに言われるような「m ed ic al
」なケアを含むわけではないとする。そして、学校区の主張において問題となっている部分について、カテーテルを使用する部分は、す でに、T at ro
判決で判断が示されており、他の部分に関しては、学校看護士や、その他の訓練を受けた者によって十分提供できるものであるとした。A L J
の判断にもあるように、要求されているサービスの大部分は、学校区によってすでに他の生徒に対しても提供されているサービスであり、学校における
G ar re t
に対する呼吸補助装置のケアも訓練や知識や、医師の判断も要らないものであるとする。以上から、範囲は広いものの、G ar re t
の要求は、T at ro
のケアと比較して、 より「m ed ic al
」なものではないとした (。 90)
また、学校区は
一、そのケアが、継続的なものであるか、断続的なものであるかどうか二、すでにいる学校保健員が提供できるサービスであるかどうか
三、そのサービスにかかる費用四、そのサービスが適切にになされなかった場合の結果の可能性
などの要素を考慮するべきだと主張した。
しかし、最高裁はそのような
m ult i-f ac to r te st
は、法の文言からも、T at ro
判決の内容からも支持されないものであるとする (
りのとつのサービスが、他サるービスと比較して、よひあ校ぜして、そのような学区。の主張に対して、なそ 91)
(一二六)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一二七同志社法学 六〇巻一号 「
m ed ic al
」になるかの説明をしていない、と指摘する。そして、医師によってそのサービスが提供されているどうかを基準とする方が、法の解釈として、より合理的で実践的であるとする (。 92)
そして裁判所は、
G ar re t
が学校にいるために必要とするサービスを提供するにあたって、負担しなければならない費用について、学校区は大きな感心を持っていると指摘する (高の最、もてっあでのもなうよそは心関の区校学、しかし。 93)
裁の役割というものは、存在する法についての解釈をすることであると述べる。
T at ro
判決にもあるように「関連サービス」の定義において、費用の問題を適応させることはあっても、それ自体を定義として用いることとは異なるという。「関連サービス」や、「医療サービス」の除外の定義について、費用を基準として用いることは、議会の意図に反し、また障害者教育法の目的とも対立するとした (
le y R ow
法においては子、教障害を持つ育障者害、し用引を決判、てしそ。 94)どもの能力を最大限に引き出すことを要求していないことを示した (
育つ障、をもど子持をを害障てし対に害持、「な教に緒一り限能た可ともど子いな州りへあ教育の扉を開けること」で のて、全対は図意の格資しある子どもに。議て「公会 95)
することが求められる」とする (
。 96)
そして、このケースは公立学校にアクセスを保障することについてのものであり、入ってからの教育レベルについて ではないとする。もし、
G ar re t
が学校に通い続けるならば、争点となっているサービスが提供されなければならないと する。法や、先例、また障害者教育法の目的から、学校区は、G ar re t
のような学生を公立学校に統合することを保障するために、「関連サービス」に対して費用を支出しなければならないとして、原判決を確認した (。 97)
ⅴ 反対意見
T ho m as
判事による反対意見にK en ne dy
判事が同調している。(一二七)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一二八同志社法学 六〇巻一号
反対意見は、多数意見が大きく依拠している
T at ro
判決が、障害者教育法の文脈と一致していないので、この事件に おいてはT at ro
判決を支持することはできないとする。仮にT at ro
判決を正しいとするにしても、多数意見は、議会の歳出権限に従って立法するという、憲法の規定を無視するものであるとする (T at ro
関教「るけおに法育障者害、はで決判。 98)連サービス」の定義において、州が「医師によるサービス」ではなく「学校健康サービス」を提供することが求められる、という教育省の規定に依拠しているとする。しかしこの判断と、教育省の解釈は、障害者教育法の文言からは誤り
であるとした (
。 99)
反対意見はまず、障害者教育法の中にこの問題について直接述べられている部分がないということについて、
T at ro
判決は考慮していないとする。裁判所は、障害者教育法の文言を離れて解釈する必要は無く、§ 14 01
(a
)(17
)においては「関連サービス」の内容として「診断または、評価の目的のため」を除いて、医療サービスを提供することは求められ ていないのであるとする (す意スビーサ療医、「は見数の多、たま。るすとい」定いに盾矛と法用使るけお法義邦連の他、ていつになて明説をし
al ic ed m
ーにな」「本的質ぜな、は見意数「ビサスかのいならなに」ビ。ーサ療医「が」ス多 100)る定義を用いていると指摘する (
。 101)
多数意見が拠っている
T at ro
判決の問題点は、サービスそれ自体ではなく、サービスの提供者に焦点を当てているた めだと述べる。「m ed ic al
」という言葉は、辞書では別な定義のされ方をしているという (スとあり、医療的ケアを提供するこでと法ビーサ援支は立は。るすといなでこ持育をる子どもの教つの会を増加させ機 の害者教育法、目的は障害。障 102)
の例として、言語療法であるとか、作業療法であるとか、本質的に「
m ed ic al
」なものについて、詳細に書いていることを挙げる。それは、そうしなければ、広く「医療サービス」の例外に当てはまるからであるとした (。 103)
「
ro at T
と規則を尊重しているいは省えども、判決は、の育医さ療サービス」についてま教ざまな解釈があり、また間(一二八)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一二九同志社法学 六〇巻一号 違った判断をしているとする。教育省は、障害者教育法の「医療サービス」の除外について、定義する規則を発布する立場にはないとする。
T at ro
判決の前にも、教育省は、医療サービスについての解釈をする規則を示しているが、それ は議論のある文言についての解釈の試みであり、施行されていなかったと説明する (となりあでとこいれ存さ許はれそ、、在しこいなきではとうし従に則規いなてそ育響。の解釈に影省されているとする
at ro T
て、おに釈解、は決判教。い 104)批判した (
。 105)
また障害者教育法は歳出権限に従って制定されており、連邦予算を受け取るためには、立法での状況は一義的なもの でなくてはならないとする (
るてもど子つ持を害障、し、と標目の法立の法育を障者きす育教に緒一り限るで害ともど子いなた持を教害、し用引障
R y le ow
は厳格解には釈、、法立のこれえゆれさなな。を決判てしそるくすといなら。てそ 106)ことがあるという。しかし、それはあくまで「適切な」場合においてのみであり、必ずしも可能なものではないとする。そして、法によれば「医療サービス」については、障害を持つ生徒に提供する必要はないと指摘した (
。 107)
反対意見は、障害者教育法の関連サービスについて、学校看護士が通常の業務としてできる程度の健康関連サービスを提供するというように解釈されるべきだとする。そして、
T at ro
判決について、議会意思に反する判断であったと批判する (
。 108)
そして、原告が求めるような一対一のサービスを提供するためには、学校区は、原告のためだけに人を雇い、最低でも一年につき一八、〇〇〇ドルかかることを示す。それらのことから、多数意見にある、原告の要求するサービスが「よ り広くなる」性質をもつものであるかどうかの結論は不適切であったとする。そしてこのようなアプローチは、歳出条項に抵触し、州に予想できない財政的義務を課すものであると、結論付けた (
。 109)
(一二九)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一三〇同志社法学 六〇巻一号
五
Garret F.
判決に対する評価G ar re t F .
判決は、それまで下級審判決において判断が分かれていた問題に対して最高裁として判断を示したものである。その問題とは、「医療サービス」となるのは医師の資格を持った者によって提供されるサービスのみであって、それ以外の者によってなされるサービスは「医療サービス」の除外には該当せず、「関連サービス」として提供されるか
どうか、という法文上明確でない問題であった。それ故に、判決に対する評価にも賛否両論の対立が見られる。
まず、本判決を好意的に捉える見解には、障害を持った子どもの公教育に対するアクセスについて、大きく扉を開く
ものであったというものがある。最高裁は、この判決によって、障害を持つ子どもに対して、学術的成功と、より良い明日という機会を保障したのであると評価する。また、同様の方向性を持つものとして、障害者教育法一九九七年改正
を挙げる (
会でり、かつてない形で社ーに貢献きとるようにするものであるとするな ( 税バンメう払を金のてを対にちた人つ持害会障のく多、てしし、。産社てしそ、に的生よ、にブィテジポりそ 110)
もてど子つ持を害障、し対に区校学、たま。 111)
に「関連サービス」の提供によって「公立学校に意味のあるアクセス」を求めるものであるという (
校も増がとこるす学入にこ学立公がどる予るいてれさ想も子と障害の重いえ ( 、なうよのこ後今。 112)
とをこるれ入に級学もど子い重の害障。 113)
は、障害を持たない子どもにとっても、社会における統合という点で重要であるとする (
。 114)
「辞点を基準にしており、書い的な意味とは異なったうと医つ療サービス」の定義にいかて、医師が関わるかどう定 義を用いているとする見解もある (
のたるすとるあでしも ( の害者教育法致歴史とも合、障りのあの定義は、教育長官見。解を尊重したものでこ 115)
ro at T
てビも、医療サースっの定義は、定められて決よ規。障害者教育法の定にによっても、判 116)おり、これまで立法による変更もなく、これまで制定された規定から、立法府の方針が理解でき、重要な教育や、障害
(一三〇)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一三一同志社法学 六〇巻一号 者の権利を保護するという決定があることも明らかであったとした (
ビてサるれさ供提っビよにのもつ持をース資為ーサるす係関に行」な的療医「らか格のビにースの定義ついて、「医師 し一、て長と拠根の八九官二年に教育。が医療サそ 117)
ス」へと解釈を変更しようとしたが議会が反対し、のちに撤回されたことがあり、その結果一九八三年、障害者教育法に、障害を持つ子どもの手続や実践を減らすことのないこと、という条文を追加したことを挙げる (
。医療行為について 118)
定義がはっきりしないことによって、訴訟も増える恐れもあったとした (
。 119)
さらに、学校区によって主張された費用などを基準とした判断は、障害者教育法の目的と対立するという指摘もなさ れている (
してるれさとるい ( いを十分尊重するとのう裁判所目態度を示的法も立に、最高裁判決は、子どの。教育という障害者教育法の逆 120)
いる政治的な問題にはながは、実際は人数が少な、スさビだし小人数に提供れ。る高額な支援サーた 121)
ので、それほどのコストの増大は起こらないのではないかという見解も出されている (
的配それだけ制限こな置ば(分離教育)が増、れる予るあものもるす想もすとるなにとようとえ ( つ。抑を用費ていえに合統、たま 122)
。本判決で、仮にサー 123)
ビス提供が認められなければ、おそらく家庭での教育になっただろうが、その場合、費用はさらに多くかかるのではないかとする見解もある (
G ar re t
スの、家よりも学校お方にれいて健康的リば供れな。について、単純モさニタリングが提 124)クが高いということはなく、他の子に害を与えるという危険もない (
、スがだのるなと題問のトコはに的終最、てしそ。 125)
人一人いればよく、学校には保健担当者が提供することもできるし、アシスタントでも良い。家庭でするよりも安く、そもそもリスクも小さい、という評価も存在している (
。 126)
本判決で、最も問題点として多くあげられるのは、予算がかかりすぎるという問題である。本判決を好意的に捉える見解の中にも、問題点を指摘するものがある。今回の最高裁判決において、議会の行動なしに医療サービスの定義はな されており、予算の負担は近い将来問題になるだろうと予測する (
公どな切適つか償無「にも子む望のて全、で点のそ。 127)
(一三一)
アメリカ障害者教育法における「関連サービス」についての一考察一三二同志社法学 六〇巻一号
教育」の機会を広げた
G ar re t
最高裁判決は疑問が残るとする (。はりあが連関と題問の用、費方仕の義定のスビーサ療医。 128)
障害が重ければ重いほど、費用も多くかかるとされる (
るなと題 ( とべき費用係の関れも問るわ持。にもど子いなた使を害障、たま 129)
年問法成立当初はそれほど題教とされなかったが、近育者わ害害を持つ子どもに使れ。る費用について、障障 130)
金額が増大しており、大きな問題となっていると指摘する (
のい前以れそも決判本、はてつに題問るす加増が算予。 131)
T at ro
判決も答えてはいないとする (、よることができるうににするためには来校い学件のような重障。害の子どもを本 132)
より多くの費用が必要であるとする (
に常るなと果結るかかが用費 ( 判非、ばらなるすに料材断のど時た、医者が関わるかう。かだけをサービス提供ま 133)
、をる金額が、前年度下受回らないよう」とけが九州害者教育法一九七。年改正では、「各障 134)
予算に関する条文が追加されている (
たっるいてれさ介紹もどなとこ (
IE P M ed ic aid
用なにうよるきで予使正。また、近年の法改にがより、に対しての算 135)予が続けている事実あ持るので、最高裁がちを区心会が州と学校の。予算について感議 136)
算の問題を連邦議会に任せたのは、合理的であるとする (
とてを算の提供も期待されいやる予され、そのために増す、不るす摘指とるあで欠可がとプッテスな的終最ういは ( 一ス判決の先には、さらに、対。一の医者による健康サービ本 137)
。こ 138)
の判決で、裁判所は、医療サービスの判断はしやすくなる。
G ar re t F .
最高裁判決に不満のあるものは、立法に注力するだろうと予想している (。 139)
本判決に否定的に捉える見解の根拠としても、やはり予算の問題について指摘するものが多い。今回の最高裁判決は、学校側にこれまで予期しなかったような財政的負担を強いているとするものである (
よ障に法育教者害、は決判裁高最。 140)
って求められる費用における、経済的な現実を無視しており、危険であるとも評価されている (
予るた多くの学校区に影響を与え判か決であり、費用もかかることがっなじでビスを命いいる点て、れまで提供してこ ムルタイーの看護サ。フ 141)
想されている (
たビないような看護サースなの提供が学校で行われらばのれルタイムで子ども健。康状態を観察しなけフ 142)
(一三二)