﹃資本主義の哲学的・経済的基礎﹄
一S・ペジォヴッチ編著i
︑ミご︒︒o辱ミらミ織嵩織肉8ミ︒ミ皆肉ミミ織ミご蕊ミ︒O織慧︑ミ㌧︒・ミ℃巴評巴げ団
ω<①8N霞℃⑦Uoio戸ピ①×一p讐︒旨じdoo閃ρ おQ︒も︒・
古賀 勝次郎
はじあに
筆者は︑ここ数年︑時間の多くをF・A・ハイエク体系の研究に費して来た︒その細やかな成果は︑三年前に︑
﹃ハイエクの政治経済学﹄︵新評論︶︑昨年末に﹃ハイエクと新自由主義﹄︵行人社︶の二冊の単行本として既に公に
している︒我が国においても︑ハイエクの名は︑既に第二次大戦前から知られていたが︑しかしそれは主に経済学の
分野に限られていた︒従って︑もし前著に意義があったとすれば︑ハイエク体系を我が国で最初に紹介した︑という
ことであろう︒ ﹃ハイエクと新自由主義﹄は︑ハイエク体系を︑筆者の問題意識︑一言でいえば﹁ハイエクと現代﹂
ということになろうが︑に沿って研究したものである︒
﹃ハイエクと新自由主義﹄は︑当初の予想より大部のものとなったが︑にも拘らず︑はじめの計画がすべて満され
.た訳ではなかった︒例えば︑﹁新自由主義と新社会主義﹂︑﹁ハイエクとポラソニー兄弟︵カールとマイケル︶﹂など︑
早稲田社会科学研究 第29号(S59.9)
175
はじめの計画に入っていたのであるが︑時間的制約と物理的制約によって︑果たすことが出来なかった︒何れ機会を
得て発表するつもりでいる︒しかし他万︑ ﹃ハイエクと新自由主義コの論述に︑多くの不⊥︐︐分な点が存在するのを筆
者自身認めない訳にいかない︒既に公にしている﹁シュン.へータ:とハイエク﹂︵﹃価値転換期の政治経済学﹄新評
論︑一九八四年所収︶は︑その不十分な点を些少とも補うものといってよい︒しかし︑その他にもいくつも不十分な
点があるので︑機会あるごとに︑補っていきたいと考えている︒
ところで︑昨年末出たS・ペジォヴッチ編著﹃資本主義の哲学的・経済的基礎﹄の中に︑注目すべき︵講演︶論文
が載っている︒ここに︑﹁注目すべぎ﹂とは︑﹃ハイエクと新自由主義bの不十分なところを補ってくれる︑という意
味である︒それは︑ハイエク自身の論文と︑J・M・ブキャナンの論文︑V・ファソベルグの論文の三つである︒ハ
イエクの論文のタイトルは︑﹁中道主義者の知的混乱﹂︵..門プΦ冨琶巳Φoh9Φζ己巳Φ︑︑︶︑ブキャナンのは︑﹁資本主
義における立憲的契約﹂︵..Oo昌ω葺二〇づ巴Oo葺轟︒ニコO巷津p一﹃ヨ︑︑︶︑そして︑ファソベルグのが﹁自由主義的発展
主義と契約論的立憲主義﹂︵..いま︒鼻舘欝昌国く︒ξ鉱︒註︒︒8きαOo馨δ9pぼ嘗Ooづω鼻二二〇p帥一一ωヨ.︑︶である︒拠て︑
これら三つの論文は︑何れも﹃ハイエクと新自由主義﹄における不十分な点を補ってくれるものと思われる︒ ﹁中道
主義﹂の誤りは︑ハイエクの著作の随処に出てはいるが︑何れも断片的記述に止まっていた︒従って︑イギリス経験
論の系譜におけるJ・S・ミルの位置づけが︑ハイエクにおいてどうも明瞭でなかった︒当然だが︑ ﹃ハイエクと新
自由主義﹄も︑それから免れていない︒また︑同拙著の中では︑ハイエクの立場とブキャナンの立場の関係が必ずし
もスッキリした形では述べられてはいなかった︒この点︑上のファソベルグの論文は︑ハイエクとブキャナンの立場
を非常に明確に論じている︒更に︑ブキャナンの論文も︑この間題に側面から解答を与えるものとなっているように
176
思える︒そこで以下︑この二つの問題を上記三つの論文によって解き明かし︑ ﹃ハイエクと新自由主義﹄の不十分な
点を少し補ってみることにしよう︒
しかし︑体裁としては︑書評という形を採一2たいので︑先ず︑それらの論文が載っている本書全体の構成から述べ
ておこう︒
本書の構成
扱て︑本書は︑一九八一年二月︑ ﹁資本主義の哲学目59∴栓済的基礎﹂をテーマに︑西ドイツのフライブルグで行な
われた会議に提出されたベーパーから成っている︒七並のタイトル及びベーパー提出老は左記の通りである︒
『資本主義の哲学的・経済的基礎』
序 文
第一章
第二章
第三章第四章
第五章
第六章 資本主義と社会主義の基礎的制度⁝⁝S・ベジォヴッチ資本主義の起源 方法論的エッセイ⁝⁝R・M・ハートウェル資本主義の定義と説明に関する問題⁝⁝K・D・オップ資本主義の倫理⁝⁝P・F・コスロフスキー資本主義における立憲的契約⁝⁝J・M・ブキャナン
自由主義的発展主義と契約論的立憲主義⁝⁝V・ファソベルグ
177
第七章
第八章
第九章 中道主義者の知的混乱⁝⁝F・A・ハイエク西側における共同決定制度−i西ドイツの場合⁝⁝S・
スウェーデン..E中道王義の終焉⁝⁝一護ΦB曽ω轟三 ペジォヴッチ
178
既に述べた如く︑本稿は書評の体裁を採るが︑その目的は︑上記三人置論文を論じ︑ ﹃ハイエクと新自由主義﹄の
不十分なところを補うことにある︒だが︑その前に︑いまの時点で︑何故︑ ﹁資本王義の哲字的.経済的基礎﹂とい
うテーマの国際会議が開かれたのかを述べる必要もあるので︑先ずは︑ペジォヴッチの﹁序文﹂を紹介することにし
よう︒ ﹁啓蒙主義の時代﹂︵︑弓ぽ①︾鵬①oh国巳楓葺①コ臼①ロけ︶である近代社会ぱ︑ニュー・フロンティアへの機会が大いに
開け︑また︑自然科学の分野で様々な発見がなさ孔た︒そしてそれらは︑人間の宇宙観や社会観に大きな変化を齎し
た︒しかし︑近代祉会における最も皇要な変化は︑聴器生沽の経済伸側.国を重税するようになったことである︒そこ
で︑経済成長を促進することが第一の目田となり︑そのための制度が要請された︒こうして資本主義と社会主義が生
まれた︒資本王義は︑十七世紀の初め︑先ずイギリスに︑次いでオランダに現われた︒社会王義は︑一九一七年のロ
シア革命が起るまでぱ︑知耐忠猛の産物であった︑盛期主義歩度は︑げての二会嗣効率性が実証されたため︑またたく
問に︑一四欧︑北アメリカへと転丁っていった︑
次にハイエクの議論が取り挙げられている︒ ハイエクによれば︑資本主義は︑人聞が理焦し得る以上に複雑な社会
過程に人聞を参加させる有効な万法である︑というのは︑人間は︑自由市場を通して︑自分の目的の一部でなく様々
『資本主義の哲学的・経済的基礎』
な目的に貢献できるからだ.この後ハイエクの﹁発見的方法としての競争﹂︵..OO﹄b①葺δ昌9ω帥U尻8<①蔓勺δ8
0崔①︑︑一ぎ之§⑦ミミ亀§﹄リミ︑o超ミq︺︑o︑ミa織ミ織ミ偽ミ紙︒こ母ミ§♂一二Q︒︶の一節が引用されている︒ハイエ
ク曰く︑自由市場においては︑ ﹁そこで用いられる知識は︑その構成員すべての知識である︒そしてそれが資する目
的は︑個々人の個別的目的である︒縦え︑その目的が様々なものであっても︑或は︑矛盾し合うものであっても︑で
ある︒これに対し︑︵社会主義的市場においては︑︶組織者の知識のみが︑経済自体の設計の中に入り得るのであり︑
また︑そうした経済の構成員すべての行為は︑それが資する統一的目的ヒエラルキーによって導かれねぽならない︒﹂
このようなハイエクの文章を引用した後で︑ペジォヴッチは次のようにいう︒乱れ迄︑資本主義の起源︑その哲学
的基礎︑またその道徳性について︑学問界は︑無視するか︑或は誤解してきたが︑しかしそれこそ現代の中心的問題
である︒何故そういうことになったかというと︑資本主義は︑ひたすら経済的効率を追求する無慈悲な社会制度であ
る︑といった考えがあったからだ︒従って資本主義は︑その経済的パホーマソスの故に寛大に扱われたが︑その哲
学的︑道徳的な質に対しては評価されてこなかった︒︵果たしてそういうことでよいのか︒︶まさに本書が強調すると
ころは︑かくも長い間︑無視されて来た資本主義の道徳的︑哲学的質なのだ︒しかして本書は︑その問題を︑様々な
方向からアプローチしている︒ペジォヴッチは︑資本主義と社会主義の基礎的制度を︵第一章︶︑ハートウェルとオ
ップは︑資本主義の起源を扱った︒コスロフスキーとブキャナンは︑資本主義の道徳性を分析している︒また︑ファ
ソベルグは︑資本主義の社会過程についての価値評価を行なっているし︑ハイエクは︑社会主義的要素が資本主義制
度へ侵入した社会的インセンティブについて論じている︒更に最後の二章で︑ペジォヴィチとω勲等は︑西側にお 79ける社会主義の実際を分析している︒ 1
以上が︑ ﹁序文﹂の要約である︒
180
中道主義者の知的混乱
順序は逆になるが︑最初に﹁中道主義﹂の問題から述べることにしよう︒
周知の如く︑ハイエク体系を集大成した﹃法・立法・自由﹄︵い寒富鷺・・自欺§§織トきミ◎︶が刊行されたのは一
九七九年の半ばで︑彼が八十歳の時である︒そして上に述べたように︑本書の基になった会議が開かれたのが︑八一
年二月であるから︑それ程の年月を経ていない︒ということば︑このハイエクの講演が︑ ﹃法.立法.自由﹄の不十
分な点の一つを補足したいという意図もあったかもしれない︑ということである︒勿論それは推測の域を出るもので
はないが︑しかし﹃法・立法・自由≧第三巻に次のような箇処があった︒ ﹁社会主義への傾向の最も強力な支持は︑
今日では︑資本主義でも社会主義でもなく︑﹃中道主義﹄︵nヨ一俳α一Φ 乏①旧り︶︑あるいは﹃第三の世界﹄︵♂三﹃α芝︒﹃一亀︶
を欲している人々から来ている︒しかしそれらに従うことは︑社会主義への確実な道である︒﹂但し︑これは︑現在
の民主主義︑つまりハイエクのいう﹁取り引ぎ民主主義﹂︵σ曽σq巴巳⇒ぴq◎①旨︒︒雷公︶の下での議論であるが︑彼が中
道主義を如何に警戒しているかがわかる︒
しかし︑ハイエクが﹁中道主義﹂に対し︑早くから警戒的であったことば︑本論文﹁中道主義者の知的混乱﹂の冒
頭からも明らかである︒彼は︑一九四四年の﹃隷従への道b︵↓詳ぎミ崇高へ§ミ︶の中で言及していたH.ニコル
ソンの文章を引用している︒下院における﹁保守党議員の陣笠連の中で︑最も有能な者は︑⁝⁝すべて心の中では社
『資本主義の哲学的・経済的基礎』
会主義者である︒しそして︑ ハイエクは︑現在広範に見られる社会主義の一変種に過ぎない中道主義が︑多くの保守
主義者に影響を与えていることに︑明らさまな懸念を表明する︒確かに︑保守党員で︑元イギリス首相だったH・マ
クミランにも﹃中道主義﹄︵↓ぎミ〜.織ミ鳴慧ド這ωc︒︶という書物があった︒即ち︑ ハイエクは︑中道主義が︑社会主
義的傾向を有する者ばかりでなく︑保守主義者によっても主張されて来たし︑されていることに注意するのである︒
嘗てハイエクは︑﹁私は何故保守主義者ではないのか﹂︵︑︑≦ξH>ヨZo一着09あ寒く象一くΦ︑︑層冒↓註9蕊ミミごミミ
トきミ§HO8︶の中で自由主義と社会主義と保守主義の位置つげを行なっている︒それによると︑自由主義は︑保守
主義と社会主義の間にあるのではなく︑それぞれ三角形の一角を占める︒これは︑通常の考えと異なるが︑それ故
に︑社会主義と保守主義が手を繋ぐ可能性のあることを示唆している︒言う迄もなくハイエクは自由主義の立場に立
つのだが︑では︑中道主義は如何なる理由で︑如何なる過程を経て成立して来たのであろうか︒
今日︑社会主義塾主向を有する人からも︑また︑保守主義者からも主張されている﹁中道主義﹂の起源は︑では一
体︑奈辺に求められるのか︒ハイエクによれば︑その知的起源はJ・S・ミルにあるとされる︒ハイエクは次のよう
に述べている︒ ﹁右翼と左翼を共に︑⁝⁝政府の役割に関して︑社会主義的概念に改宗させた知的混乱の起源がいま
や考察されねばならない︒それには︑分配を政策目標として受け入れた知的起源を分析する心要があるが︑そのため
には︑ジョン・スチュアート・ミルの﹃経済学原理﹄︵︑︑§織蔑霧9︑oミ勘ミ肉6︒謹ミヒミミ⑦︒ミ恥↓ぎ壁﹄恵︑篤暑−
驚§・︒ご⑦8ミ︑ミ8号ξ︶における議論を検討するに如くはない︒﹂このように︑ハイエクは︑中道主義の知的混乱
をミルの﹃経済学原理﹄の中に求めようとするのだが︑しかし︑ミルのこの著作の検討を主張するのは︑次のような
理由もあった︒一つは︑ ﹃経済学原理﹄が一八四八年に刊行されて以来︑百年以上に亘って︑世界的に影響を持ち続
181
けたものであって︑そうした影響力の大きさからいっても検討されるべぎである︒また︑・・ルぱ︑ ﹁自由の擁護者﹂と 避して有名であり︑その面でも非常に大きな影響を与えたのであるが︑その彼が︑何故︑経済学の中に社会主義的概念
を持ち込むことになったのか︑この問題に答えることは︑いはば﹁問題の核心﹂に至ることになろう︑とハイエクは
考えるのである︒
では︑﹃経済学原理﹄の議論に移ろう︒結論を急ぐようであるが︑ハイエクは︑薗.経済学原理﹄には︑非常に重要な
ところで︑矛盾があると指摘する︒即ちミルは︑その著作の中で︑ ﹁生産﹂と﹁分配﹂はそれぞれ独立な法則に従う
と論じているが︑しかしハイエクによれば︑それは矛盾した議論であって︑そこにミルの根本的誤謬がある︒例えば
ミルは次のように言っている︒ ﹁富の生産に関する法則や条件は︑物理的真理の性格を帯びている︒従ってそこに
は︑人間の意のままに動かされるといったことがない︒⁝⁝ところが︑富の分配に関してはそうではない︒それは専
ら人間の制度の問題である︒物がそこに在れば︑人類は個人的であれ︑集団的であれこれを自分の欲するままに処分
でぎる︒その処分は何人にも委ねることができるし︑また如何なる条件でも定めることができる︒﹂︵﹃経済学原理﹄
第二篇第一章︶ また日く︑﹁経済学における二つの大きな部門︑即ち冨の生産と富の分配のうち︑価値が関係する
のは︑後者のみである︒﹂︵同第三巻第一章︶
このようにミルぱ︑富の生産に関する法則は︑人間の力によっては如何ともし難い自然的物理的性格を有している
のに対し︑富の分配に関する法則は︑専ら人為的制度の問題であって︑人間はそれを思いのままに処分でぎると考え
た︒要するに︑生産の法則は︑自然科学的であるが︑分配の法則は︑歴史的可変的である︑というのである︒つまり
ミルの主張は︑生産と分配の分離論だが︑ハイエクによれば︑そこにミルの根本的矛盾︑誤謬がある︒しかして︑そ
『資本主義の哲学的・経済的基礎』
のような考えが︑社会主義者︑保守主義者双方から利用されることになった︒
一般に︑ミルは︑古典的自由主義の完成者であると同時に民主社会主義への橋渡しを行なった思想家といわれてい
る︒勿論︑ハイエクも︑ミルをそのよ・りに解釈している訳だ︒例えば︑彼は次のように述べている︒ ﹁古典掌派が経
済の領域において自由を主張したのば︑他の諸領域と同じように︑ここでも︑法の支配が政策を支配しなければなら
ない︑という暗黙の仮定があったからだ︒A・スミスやJ・S:・・ルが政府の﹃介入旨に反対した性格ぽ︑そうした
背景を考えないならば︑理解することができない︒﹂ ︵↓ミO§︒︒ミミ︑§ミトきQ︑◎H霧90﹄笛O︶ ここでは明らか
に︑ミルは︑古典的自由主義の延長上に理解されている︒しかし︑この講演論文でぱ次のように述べられている︒
﹁彼︵ミル︶は︑明らかに社会的正義︵ω8一巴甘ωけ一8︶という新しい概念を発明し︑ともかく︑世の中に流布させ
た︒その場合︑社会的正義とは︑諸資源が如何に分配されるべきかについて社会I−彼は︑政府と率直にいうことを典
型的に恐れた一が決定しなければならない︑ということを意味していた︒﹂つまり︑ ミルは︑民主社会主義者だ︑と
ハイエクはいうのである︒
では︑何故︑ミルには︑自由主義的な顔と民主社会主義的な顔の二つがあるのであろうか︒普通︑民主社会主義あ
るいは社会主義の立場に立つ人は︑ミルは︑自由主義から民主社会主義へと移ったのであって︑それは︑思想の進歩︑
発展であると考える︒だがハイエクは︑そうは考えない︒勿論︑彼は︑ミルが大陸合理論1とりわけ︑サソhシモン
主義1の影響を受けたことは︑これを重視する︒確かに︑ミルは︑サソーーシモソ派の人々の﹁配分的正義﹂︵畠一ω三σ仁・
二く①重出8︶に共嶋した︵ミルと民主社会主義については︑拙著﹃ハイエクと新自由主義﹄第十章第一節目参照︶︒
それは多分︑彼の正義感を充たすものであったろうし︑また︑彼が︑現実分析から得た歴史の要請とも一致するもの
183
であった︒ミルの現実分析は︑労働に対する報酬が労働に反比例している︑ことを示すものだった︒従って︑ ﹁分配
の改善﹂ということが︑そこから導かれる歴史の要請だった訳である︒
これに対しハイエクは︑次のように考える︒ミルは︑基本的には︑スミスやヒュームと同じ自由主義の立場に立
つ︒しかしミルは︑それら自由主義者達の説いた﹁正義﹂の概念を曖昧にしか理解していなかった︒ヒュームなどの
正義論は︑人々の特定資産に対する行為にのみ妥当するというものであった︒このような正義論に対する曖昧な理解
が︑ミルをして︑配分的正義を唱えさせた︒また︑経済理論において︑生産と分配の分離論を説かせたのだ︑とハイ
エクはいうのである︒つまり︑ハイエクによれば︑そうした﹁曖昧な理解﹂が︑ ﹁中道主義﹂を導くに至った︑とい
うのである︒ハイエクぱ︑中道主義の知的起源を︑既に述べたように︑ミルに求めているのだが︑正義に関する曖昧
な理解が︑実は︑社会主義的な人々ばかりでなく︑保守的な人々を中道主義に導いたというのであって︑そこにこの
講演論文の特徴がある︒社会主義的な人が﹁配分的正義﹂を唱えるのは当然だが︑しかし︑保守的な人々が︑中道主
義に何故共鳴するのかというと︑それは︑彼らが︑﹁原則﹂eユ鳶6δ︶を嫌い︑その時々の﹁便宜﹂︵①×OΦ巳①昌︒楓︶
に従う傾向を有しているところがらくる︑こうハイエクばいう︒しかし︑この問題にいく前に生産と分配の分離論︑
また︑社会的正義なる概念の幻想について見ておかねばならない︒
ハイエクによれば︑ミルが生産と分配の分離論を王貧したのは︑価格メカニズムについて十分な理解がなかったか
らだ︑ということになる︒ミルの主張をつきつめるご︑価格というシグナルがなくとも︑人々は︑どんな財をどれだ
け︑どのように生産することができるかを知り得ることになる︒またもし︑生産物が︑価格とは無関係に処分できる
のであれば︑その時︑分配を決定するのは︑生産者の恣意的意志ということにはならないか︒そうであれば問題は極
184
『資本主義の哲学的・経済的基礎』
めて重大なものにならざるを得ない︒即ち︑ ﹁この過程に参加している様々な人による貢献の配分が如何に決定され
るかということではなく︑人間の意志が︑その全体を如何に配分すべきか﹂という問題を惹起するのであって︑その
時問題は︑ ﹁道徳問題﹂になる︒しかしその場合︑その配分を誰の道徳義務に調節すべきか︑という問題を起すので
あり︑その問題に果たして答えはあるのか︒
これらの問題に対するハイェクの答えは︑明瞭に﹁否﹂である︒ハイエクの考えは︑既に拙著﹃ハイエクの政治経
済学﹄一−特に第四章一の中で述べているので︑ここに繰り返えす必要はなかろう︒要するに︑近代のような︽08舞
ωo︒互楓︾においては︑ ﹁社会的正義﹂あるいは﹁配分的正義﹂という概念は︑一つの幻想に過ぎない︒ ︽Oお鉾ωρ
9①蔓︾において︑正義の概念が意味を有するのは︑人聞の行為に関わる規則としてのみである︑とハイエクはいうの
である︒恐らく︑イギリス的自由主義の中で︑最初に﹁社会的正義﹂なるものを説いたのはミルであったろう︒しか
るにハイエクによれば︑ミルは︑ ︵古典的︶自由主義の正義論について曖昧に理解していた︒また︑経済理論におい
て︑生産と分配を分離した︑それらが︑ミルをして社会的正義を説くに導いた︒多分︑以上のようなハイェクの議論
は正しいであろう︒
ミルの上の如き議論が︑ ︵民主︶社会主義者から好意的に迎えられるのは︑当然のことであるが︑しかし︑保守主
義者が何故︑ ﹁中道主義﹂を唱えることになるのか︑については些か説明を要する︒だが︑その結論部分は既に述べ
ているのであって︑保守王義者達が中道戸前を唱えるのは︑彼らが﹁原則﹂を軽視し︑ ﹁便宜﹂に従うという彼らの
性向から来ている︑こうハイエクは述べる︒﹁原則﹂からいえば︑自由の概念と社会的正義の概念は対立的︵p葺①αqo− 85菖ω二〇︶あるいは両立不能な︵一﹃﹁ΦOOづO一ρげ一Φ︶なものであり︑その中間はあり得ない︒ところが保守主義者は︑原則 −
を軽んじ︑便宜に従う傾向を有するので︑多くの場合︑問題の解決を︑その中間的なところで計ろうとする︒前世紀
末葉から︑最近に至るまで︑社会主義の方が自由主義より︑大ぎな勢力をもっていた︒それ故︑便宜に従う保守主
義は︑勢い社会主義の方に引っはら.為ざるを得ない︒保守三義︑自田主義︑社会主義は︑それぞれ言わば三角形の一
角を占めるような位置関係にあるのであ︑て︑もし㌃会主義の万が自田主義より強力である障.には︑保守王義は︑社
会主義の方に引っぱられる運命にある︒実はそこにハイエクは︑第二次大戦後のイギリスが︑保守党政権下において
も︑衰退の道を食い止めることができなかった根本の原因を見るのである︒
ハイェクによれば︑自由主義は︑B・コンスタンがいの︑た如く︑﹁原則の体系﹂︵超ω節ヨ①創①践ヨ︒首Φω︶なのに対
し︑保守主義は︑便宜に従う﹁日和見主義﹂︵o慧︒﹃ε三ωヨ︶である︒従って︑保守主義者が社会主義者と手を結ぶ
事態も起る訳であって︑そこから彼らの中道主義の主張が出てくる︒このようにハイェクは︑ ﹁原則の有無﹂によっ
て︑自由主義と保守主義を分つ最も重要な指標と考える︒それ故︑自由主義の立場に立つハイエクは︑極めて激しい
調子で保守主義を批判する︒ ﹁もし︑保守主義者が︑自分達ば原則なしでやっていける︑あるいば︑個々の場合を個
々の功績によって判断できると信じているならば︑それは︑謙遜ではなく︑社会主義と同じように︑全知の傲慢さで
ある︒﹂社会主義も﹁原則の体系﹂であるが︑しかしそれは己れ︵人間︶の﹁全知﹂を信ずる処からくるもので︑知
の傲慢さを示す何ものでもない︒だが︑保守主義者も︑原則を必要とせず︑すべてその時々の便宜に従い適切な判断
が下せると考えるならば︑それも知の傲慢さを示すものではないか︑とハイエクばいうのだ︒だから︑﹁政治理論は︑
気のきいた︵ωOづω団げ一①︶政治行為を邪魔してはならない﹂︵1・グリムール︶という考えは︑ ハイエクの排除するとこ
ろである︒
186
『資本主義の哲学的・経済的基礎』
以上の如く︑ハイエクの議論は︑言わば︑原則主義︑あるいは︽匹09ユ8マ①き嘆89︾に立つものといってよ
い︒つまり︑ハイエクにあっては︑自由の概念と社会的正義の概念は︑両立し得ないものである︒一九三〇年代に︑
社会主義に対し批判を行なったのも︑また︑今日︑中・道主義を非難するのも︑全くそういう理由からである︒何れ
も︑自由と社会的正義とが両立可能とする点で同じであって︑ハイエクはその点を批判︑非難するのである︒そして︑
私は︑ハイエクの以上のような議論に賛成したい︒
ここに︑﹁賛成する﹂と言わずに︑﹁賛成したい﹂というのは︑次のような理由があるからである︒ハイエクの主張
する原則主義は︑それが社会現象に関係する限りでは︑それでよいと思うが︑しかし︑社会現象以外の問題に関わる
ようになると︑果たしてどうか︒例えば︑ ﹁自然﹂の問題がそこに入ってくるとどうなるか︒具体的には︑農業であ
るが︑既に今日︑農業問題は︑少なくとも日本においては︑人聞と自然の問題になっている︒もし日本が今後も︑比
較生産費説に従い︑国際分業を進めていけぽ︑農業は日本から消えてしまうだろう︒そういうことが果たして日本に
とって望ましいことであろうか︒勿論それは︑日本の国民が決めることである︒しかし︑もし国民が農業を必要とす
るならば︑国民は︑国際価格よりも高い値段で︑国内農産物を買うことを甘受しなければならない︒そして︑国内農
産物価格が国際価格より非道く高い場合には︑やはり国家による補助を必要とするであろう︒このような補助は︑ハ
イェクの原則主義ではどう裁かれるのか︒問題は決して配分問題でなく︑人間と自然の関係である︒もっとも︑国内
の農業が︑国際競争力をつけてくれぽあるいはよいのかもしれないが︑それは工業の場合のようには事は運ばないで
あろう︒このような場合︑ハイエクの上に述べたような原則主義は︑恐らく十分な解答は与え得ないのではないだろ 87うか︒実は︑この問題は︑拙著﹃ハイエクと新自由主義﹄の第十章第三下口㈹︑同四節で論じた問題であった︒つま ー
りこういった問題ば︑保守主義ということでは決して片付けられないのでばないだろうか︒
188
自由主義的発展主義と契約論的立憲主義
ハイエクとブキャナンの方法論の問題は︑﹁ヴァージニア学派と財政均衡主義﹂︵﹃ハイエクと新自由主義﹄第四章
第二節囲︶という文章を書いた時から︑既に少々気になっていた︒それは︑その中の私の議論が誤っているというこ
とではなく︑議論に精緻さを欠いていて説得的でない︑ということである︒
先の小文を書き了えて暫くしてJ・トゥムリールの論文﹁国家主権・権力・利害﹂︵..Z讐δ二巴ωo<9Φお三メ℃肇
ξ曾鋤aH口8お段︑ぎO肉b食ヒd鋤竃︒︒一・︶を読んだ︒ トゥムリールはその中で︑﹁彼︵ブキャナγ一筆者︶のハイ
エクとの不一致点の多くは︑誤解から来ている﹂といっている︒勿論︑この論文は︑ハイエクやブキャナンについて
論じたものでなく︑言わば付随的に触れたに過ぎないのだが︑何か核心を衝いているような気がした︒ハイエクとブ
キャナンの間には︑作為的制度︵邸Φ巴σqコ①住︒o霧雲暮ごロω︶の必要性についての対立はあり得ない︒何故なら両者と
も︑ラディカルな制度上の改革案を提唱しているのだから︒また︑法というものが︑社会の変化に対応して調節され
る必要があることに対して両者の間に相違を奮い出すことも困難である︒もっとも︑実現可能性に関しては対立があ
るかもしれないが︒更に︑有効で︑安定的な法は︑現代の民主主義︑即︐ち︑多数決制度の下では︑制定できないこと
を︑ ハイエクもブキャナンも示唆している︑以上のようにトゥムリールは述べている︒
このようなトゥムリールの議論に沿って︑より厳密︑より精緻に論じたのが︑ファンベルグの﹁自由主義的発展主
『資本主義の哲学的・経済的基礎』
義と契約論的立憲主義しということがでぎる︒
ファソベルグば︑先ず︑ハイエクの﹁発展﹂︵ΦイO一;一一〇コ︶という概念を吟味し︑そこに︑二つの異った考えが含ま
れていることを指摘する︒一つば︑ ﹁人間の行為が︑もし︑一定の一般的あるいは抽象的規則によって支配されるな
ら︑諸個人のバラバラな行為も︑意図せざる発展的結果として︑ある全体的秩序を生み出すであろう﹂というもので
ある︒そしていま一つは︑ ﹁自発的秩序の形成に資する抽象的規則は︑それ自体︑発展的過程の意図せざる産物であ
る﹂というものである︒次に︑ファソベルグは︑ハイエクの﹁設計主義的合理主義﹂︵OO旨ωけ目蝿〇一一く凶ωけ ﹃帥一凶Oコ四一一ω﹁口︶
批判を検討し︑そこにも二つの異った内容のあることを明らかにする︒しかもその二つの異なった内容が︑先の﹁発
展﹂の二つの異なった考えに対応しているという︒
ファソベルグによれぽ︑ハイエクが批判する﹁設計主義的合理主義﹂の第一の内容は︑ ﹁組織︑即ち︑一定の望ま
しいとされる結果を達成するために︑諸個人の行為を︑ ︵一般的規則ではなく︶命令によって導く︑という意味で︑
社会を目的意識的に組織化しようとする﹂ものである︒これによれぽ︑すべての活動は︑中央当局によって立案され
た単一のプランに従い︑集権的に指導されなけれぽならない︑ということになる︒ファソベルグによれば︑この種の
設計主義的合理主義が先の﹁発展﹂の概念の第一の考えに対応する︒従って︑ハイエクの発展主義からすれぽ︑それ
は次のようなフィクションに立っていることになる︒即ち︑それは関連あるすべての事実は︑ある人間の理性によっ
て知られている︑というフィクションである︒何故なら︑如何なる人といえども︑社会秩序に関わるすべての特定の
事実を知ることはできないということを認識していないからである︒
ハイエクが︑設計主義的合理主義の下で批判しているいま一つの内容は︑社会の自発的秩序を支配している規則や
189
制度を目的意試的に構築せんとする考えでめる︒ファソベルグは︑これを先の﹁発展﹂の第二の考えと関わらせてい
る︒これに対するハイエクの批判は︑如何なる人間の理性も︑最も適切な抽象的規則を発明することは不可能であ
る︑という点に存する︒というのは︑社会発展の産物である規則は︑如何なる人の経験よりもはるかに多くの経験を
体現しているからである︒ところでファソベルグは︑ハイエクのこの種の設計王義的合理王義訓判に︑次の二点で注
意を促している︒一つは︑ハイエクば︑発展王義の立場に立つといっても︑決して規則の目的意識的制定︑改変を否
定ばしていないということ︑いま一つば︑ハイエクば︑﹁正しい行為に関する規則﹂︵﹁巳窃︒こr韓8巳⊆9︶と﹁立
憲窺則﹂︵OOづωけ一け二け凶○ゴ﹁ロ一 ﹁二一〇ψ︶を区別している︑ということである︒前者についげ﹂言︑叢︑ハイエクが拒否した
のは︑規則体系の全体的構築を可能とする考えである︒また︑ファソベルグは次のようにいう︒立憲的規則は︑アメ
リカ憲法にも見られるよ芝︑目的意識的に制定されたものである︒ハイエクも﹁妾塁義﹂︵OO質ωけ幽け二け一〇口曽一一ωコP︶
の立場に立つ訳だが︑彼にとって立憲王義は︑ ﹁制限的憲法の理念﹂あるいぱ﹁制限された政府﹂を意味している︒
これからすれば︑設計主義的合理主義は︑これらを拒否するのであるから﹁反立憲王義﹂と呼んでもよいかもしれな
い︒ ファソベルグは︑以上のようにハイエクの発展主義を整罰した後︑ブキャナンの発展主義批判の検討に入る︒ブキ
ャナンは︑=自出の旧弊=へ甥ミト︑ミョρ︑こと試ヒ一町ぎ偽鶏﹄ミ≧ξ翁︑礼き篭貯ミミ翌夕〇誤︶の中で次のように述べ
ている︒ ﹁私は︑社会的発展論的過程の効能は越していない︒⁝⁝発展は︑社会内パラダイスと同じよづに︑容易に
社会的ディレンマを産み出すかも知れない︒﹂ブキャナンは︑明らかに﹁発展王義﹂を批判している︒では︑何故︑
発展主義を批判するのであろうか︒ブキャナンは︑ハイエクの発展王義を次のように批判する︒即ち︑自発的秩序の
190
r資本主義の哲学的・経済的基礎』
原則がもつ︑﹁︑実証的意味と規範的意味を︑ハイエクぱ︑適切に区分することに失敗しているように思える﹂︵︑ミq−
§ミミO§のミミ︑ミミOOミミ鼻︑ミ愚ミミ偽O︑黛︑Oミ苛ミ肉§Sミ糸HO↓80﹁ωH︶と︒J・グレイがハイエクと
ブキャナンの相違を論じた時も︑この引用文をその根拠としている︵﹄◆O惹冥ご..即﹀.踏帥冤①評9・巳夢①幻①げ畔叶げoh
Ω霧ωぎ巴ピδΦ8一冨ヨ.げ自味ミミミ馬ミトきミジ<o一●<●ズρ企一①c︒N︶︒ また︑筆者の﹁ヴァージニア学派と財政均
衡主義﹂も︑グレイと略々同じ立場に立っているといってよい︒
ブキャナンの上の引用文をいま少し説明してみよう︒ハイエクは︑自発的に発展して来た制度ば︑それ自体︑社会
的に効率的であると決めつけているが︑果たしてそうか︒ブキ寿︑ナソによると︑ハイエクの自発的秩序の原則は︑社
会的成果の効率性に対して甲立困である︒それ故︑自発的秩序の原則による社会的結果の説明からは︑ ﹁規範的な含
意﹂︵コO吋b日帥一同く① O.㍉Φ﹃一〇昌Φω︶は出てこない︒従って︑ブキャナンにとって問題は︑現行の法︑制度を評価するため
の﹁規準﹂︵O﹃詳Φ﹃一P︶が如何に導入し得るか︑ということになる︒ファンベルグによれぽ︑実ばこの規準が︑ブキャ
ナンにおいては︑﹁契約論的規準﹂︵oo葺屋9霞一白自一8﹃一目︶である︒いや︑ファソベルグは︑注意深く︑﹁契約論的
規準であるかのようなもの﹂︵Pω 一h ∩OP門﹃PO辞曽﹃凶9コ O﹁一けO﹁一口︶といっている︒扱て︑この﹁契約論的規準であるかの
ようなもの﹂︵以下︑﹁契約論的規準﹂と略す︶に立てば︑現行の法︑制度を構成する諸要素は︑評価可能だし︑改革
案も提案できる︒従って︑実証的意味においてば︑菱行の︐ヒ繍帳︑法律詞制度の多くは︑設計や意図︵58⇒け︶から
独立に成長して来たものだが︑契初耳︑嗣⊥−−=場からすれば︑すべての制度は﹁潜在.弱に改良可能なもの﹂として見なけ
ればならない︒また︑ ﹁法律的諸制度に対する不必要且つ.時宜を得ない介入への警告は︑我々の改善への努力を禁ず
る点までは拡大されてはならない︒﹂ということになる︒
191
﹁契約論的規準﹂に立てば︑法律制度を構成する諸要素は︑ ﹁暫定的に﹂非効率ということになるかもしれない︑
とすれば︑当然次の如くなるであろう︒ブキャナン日く︑ ﹁変化への諸提案が打ち建てられ得るし︑また︑打ち立て
られねばならない︒そしてその後︑関係者︑即ち︑そ○桓互作周の参加者による考えられる賛灰︑反対の議論に委ね
るべく提出されねばならない︒﹂では︑ブキャナンは︑アメリカの現行制度をどのように診断しているか︒彼ば︑ア
メリカの現行制度は︑非効率であり︑現行の法︑憲法秩序は︑すべての人をディレンマに陥れており︑各個人の私的
な合理的行為は︑すべての人々に不満足な結果をもたらしている︑と診断する︒それ故︑次に︑現行制度の改革とい
うことが考えられねばならないが︑どこをどう改革すればよいのか︒ブキャナンによれば︑そうしたディレンマから
脱け出すには︑結局︑立憲上の改革︑社会のすべての構成員の同意に基づいた構造的変革を通してのみ可能である︒
即ち︑具体的には︑彼は︑財政均衡主義を憲法の規範として認めるべきだというのである︒
ブキャナンの﹁発展主義﹂批判と﹁契約論的立場﹂ば以上の如くだが︑ファソベルグの議論が愈々冴えを見せてく
るのは︑以下である︒上に述べたように︑ハイエクの﹁設計主義的合理主義﹂批判には︑二つあった︒︸つば社会を
組織と見倣し︑その設計を可能とする考えに対する批判であり︑いま一つは︑規則体系の再構築を可能とする考えに
対する批判であった︒もし︑ハイエクの設計主義批判をこのように︑字句通りに受け取るならば︑恐らくブキャナン
の契約論的立場は︑設計主義のカテゴリーの中に入るかもしれない︒しかし︑上述の如く︑ファソベルグがハイエク
の設計主義の概念を慎重に検討した結果︑ハイエクの第二番目の設計主義批判は極めて柔軟なものであった︒つまり
そこには︑規則の目的意識的な修正︑改変は認められているのである︒ハイエクが︑現行の議会制民主主義一彼に
言わせれば﹁取り引き民主主義﹂︵9渥巴三⇔ひqユ︒ヨ︒韓oq︶1を批判し︑三院制一即ち︑立法院︑行政院︑憲法院
ユ92
r資本主義の哲学的・経済的基礎』
から成る一を提唱するのもそこから来ている︒
ファソベルグの議論の特徴は︑ハイエクの設計主義批判の二番目の内容を極めて柔軟に把握していることである︒
そこで彼は︑ ハイエクの設計主義の概念を﹁集産主義的設計主義﹂︵8一δ〇二藍ωマoo⇒ω霊⊆9一≦馨轟江︒づp房∋︑直訳
すると集産主義的・設計主義的合理主義︶と﹁契約論的設計王義﹂︵8旨霞p2弩貯〒∩o轟け﹃年︒二く一ω肯8づ︒8江︒⇒︑直訳
すると契約論的・設計主義的概念︶の二つに分け︑前者ぽ否定するが後者は肯定する︒つまりファソベルグは︑社会
理論の立場を︑発展主義︑契約論的設計主義︑集産主義的設計主義の三つに分け︑前二者を肯定し︑後証を否定する
という形で︑実は︑ハイエクとブキャナンの立場が同じであることを説こうという訳だ︒その場合︑ファソベルグは
注意していないが︑規則をその全体において再構築しょうとする考えは︑これを恐らく﹁集産主義的設計主義﹂の中
に含めているのであろう︒そうでないとハイエクの設計主義批判を正しく解釈していることにはならないからであ
る︒ ファソベルグは︑契約論的設計主義の内容を次のように説明する︒即ちそれは︑ ﹁自由主義的経済視座の中に内
在する個人主義的志向を集団的意思決定の領域に適用した以上のものではない︒﹂ここで︑ ﹁自由主義的経済視座﹂
︵=げΦ二母置昌Φ8ロ︒ヨ80興ωOΦ〇塞く①︶とは︑︵古典的︶自由主義︑即ち︑発展主義の立場である︒ファソベルグは説
明を続ける︒発展主義に立つ経済学者は︑市場取引について︑自発的交換は︑その参加者の間に合意のあることを示
すものであり︑また︑関係当事者間の同意が︑取引きが効率的だと判断され得る唯一の規準︵9①o巳団︒ユ8ユ8︶
である︑と主張するだろう︒これに対し︑契約論的設計主義に立つ経済学者は︑集合的選択について︑ここでも︑す
べての参加者の間の合意以外には︑効率性に対する判断基準はないと主張するだろう︒ブキャナンも実際そう主張し
193
でいるのであって︑ ﹁情況が非効率だということは︑自発的合意によって効率へ向わねばならない手段が存在しなけ 悩ればならない︑ということを間接的に言っているのである﹂と述べている︒従って︑契約論的設計主義が従わなけれ
ばならないのは︑合意︵9σq﹃①①ヨ①昌け︶という判断基準ということになる︒
これに対し︑そしてブキャナンも指摘していたように︑ハイエクの議論からは︑改革のための判断基準は︑直接出
てこない︒だが︑記述した如く︑ ハイエクは︑現行の議会民主主義の改革案として三院制を提案している︒ファソベ
ルグによれば︑そこには︑やはり︑何らかの判断基準があったはずだ︒しかして︑彼は︑ハイエクにも︑ブキャナン
のように明示的ではないが︑﹁合意﹂という判断基準がある︑という︒ハイエクは︑直接︑﹁合意﹂について論じては
いないが︑しかし彼は︑﹁同意﹂︵OOコωΦ⇒け︶あるいは﹁世論﹂︵o宜三8︶などの概念はこれを非常に重視した︒その
ことを頭に入れて︑ハイエクが︑例えば︑ ﹁もし︑民主的な政府が︑実際に︑大衆のA呈思するところのものに拘束さ
れるならぽ︑反対すべきものはないであろう﹂︵コ﹀.口昌Φf卜§﹄轟・.恥ミ購.§§織ミミ動く︒ドω口Φ蚕b.OΦ︶
と言っているところを読むと︑彼が改革の判断基準として﹁合意﹂を考えているとしてもよいのではないか︑ファソ
ベルグはこう説くのである︒果たしてしからば︑ハイエクとブキャナンは同じ立場ということになる︒ ﹁ハイエクの
発展主義とブキャナンの契約主義︵69#鑓︒鐙ユ帥三ωヨ︶を正しく理解するならば︑両者ば︑事実︑和解し得るものだ
ヘ ヘ ヘ ヘ へし︑また︑包括的で且つ内的に整商的な個人主義的概念のためにも︑和解さ為ねばならない︒﹂ これがファソベルグ
の結論である︒
孤て︑ファソベルグの以上の如き論証に対し︑我々ぱ︑どのように評価すべきであろうか︒少なくとも私に関する
ヘ へ限り︑ファソベルグの論証は︑大方正しいのではないかと判断している︒ここに﹁全く﹂と言わず︑ ﹁大方﹂と言う
『資本主義の哲学的・経済的基礎』
のは︑次のような理由からである︒それは︑先に引用したファソベルグの結論部分の後半のところがらも窺い知るこ
とができるだろう︒ハイエクとブキャナンは︑社会科学方法論としては︑所謂﹁方法論的個人主義﹂︵ヨΦ筈︒Ωoδσqざ巴
冒葺く乙二巴房ヨ︶の立場に立っていた︒従って︑ ハイエクとブキャナンは︑方法論という基本的なところでは一致し
ていた訳である︒だが︑ ハイエクの場合には︑方法論が二段がまえになっていて︑﹁方法論的個人主義﹂の他に︑い
ま一つ︑ ﹁抽象的なるものの優位性﹂︵甚Φ只ぎ9身oh暮Φpσω霞①9︶という方法論がある︒ハイエクの︑とりわけ
秩序論︑法・法律理論は︑﹁抽象的なるものの優位性﹂を基礎に︑﹁方法論的個人主義﹂が採用されていて︑そこが︑
多くの読者に誤解を与えるところであろうと思われる︒ ﹁抽象的なるものの優位性﹂は︑あらゆる現象1精神現象︑
社会現象︑自然現象1に対する存在論的アプローチであり︑ ﹁方法論的個人主義﹂は︑社会現象に対する理解論的ア
プローチといってよい︒
ハイエクの方法論が︑ ﹁抽象的なるものの優位性﹂と﹁方法論的個人主義﹂という二段がまえを採っているという
ことは︑彼の議論に深さと同時に慎重さを与えているように思える︒ファソベルグは︑そこまでは突込んでは議論し
ていないが︑ともかく︑社会現象の理解というレベルで︑ハイエクの発展主義とブキャナンの契約主義は和解可能で
あることを論証し得ている点では︑大いに評価されるべきである︒筆者の﹁ヴァージニア学派と財政均衡主義﹂は︑
どちらかと言えば︑ ﹁抽象的なるものの優位性﹂という方法論に力点を置いて論じたと言える︒そこで勢い︑ハイェ
クとブキャナンの相違が現われてこざるを得ない︒例えば︑筆者は︑ハイエクとブキャナンの相違の由って来たる根
拠として︑次の点を挙げている︒ ﹁ブキャナンは︑何故自分の考えがハイエクと違うかを弁明しているが︑それは一
﹂見そっけないが︑意外に真実を衝いているかもしれない︒即ち︑ハイエクと自分の違いは︑彼がヨーロッパ人で︑我
195
がアメリカ人であることから来ている︑というのだ︒ ヨーロッパば長い歴史を有しているので︑コ︒ヨ○ωにそれだけ
重みがある︒これに対しアメリカは︑ヨーロッパに多くを負うたとはいえ︑すべて自分達でやらねばならなかった︒
従って︑立法に重ぎを置かざるを得なかったのである︒﹂︵﹃ハイエクと新自由主義﹄一〇八頁︶どうも存在論的思考
の有無は︑歴史の長短と関係しているようだ︒
しかし︑ハイエクの﹁発展主義﹂との相違を強調したのは︑もともとブキャナン自身であった︒だが︑最近︑ブキ
ャナンは︑そうした相違より︑寧ろ︑類似点を強調し出しているのは︑注目されてよいことである︒ハイエク生誕八
十周年の特集を組んだ﹃オルドー﹄︵O肉bP<oピ︒︒9H㊤お︶に提出したブキャナンの論文﹁政府の課税権に対する
立憲的制限﹂︵︑︑Ooロω葺鼻凶○位置Ooロω需二月けωo旨Oo<①≡菖Φ葺巴目9×ぎσq﹁o毛興︑︑︶の中にもそれは窺・兄るが︑最新刊
でG・ブレナソとの共著﹃公共選択の租税理論﹄︵↓ミ︑︒ミミ討↓嚢噛お︒︒ρ深沢他訳︑文真堂︑昭和五十九年︶の
中でも次のように言っている︒ ﹁ハイエクの﹃一般法﹄は︑われわれがここで﹃憲法ルール﹄と呼んでいるものに相
当するように思われる︒⁝⁝比例税率の提案の場合と同様︑ハイエクの提案する構造的改革は︑主として相対的租税
負担をめぐる期間内の政治論戦の軽減ないし排除をもくろんでいる︒ある意味で︑ハイエクの提案はどちらも︑租税
ルールを非立憲的よりもむしろ立憲的に扱うようにするのがその狙いである︒﹂︵上掲邦訳二四三頁︶にも拘らず︑ブ
キャナン等は︑それに次のような注を付すことを忘れてはいない︒ ﹁ハイエクが暗黙裡に修正を提案している政治構
造は︑イギリスのものに近い議会政治のそれであることを注意しなければならない︒かれの改正提案は合衆国の状況
にはそんなに簡単にあてはまらない︒﹂︵上掲邦訳二七九頁︶
本書に載っているブキャナンの小論文﹁資本主義における立憲的契約﹂も極めて興味深いものであるが︑紙幅の都
196
『資本主義の哲学的・経済的基礎』
合もあるので︑簡単に触れるに止めざるを得ない1小論文とは言え︑取り扱われている問題は︑非常に重要なもので
あるから︑何れ機会あれば︑詳論したいとは思っている一︒その中でブキャナンは︑P・1・コスロフスキー︑M.
ポラソニー︑F・ナイトの資本主義論を紹介し︑またそれぞれに簡単な論評を加え︑最後に彼自身の考えを述べてい
る︒言ってみれば︑ブキャナンの議論は︑それ等三人の優れた処を評価し︑自らの理論の中に摂取したものだ︒コス
ロフスキーは︑資本主義経済における個人︵個体︶の自同律と社会における価値合理性︵<p︒ξΦ鑓けご毒忌詳団︶の対立を
強調している︒ポラソニーは︑近代社会を﹁道徳的転倒﹂︵ヨ二巴ぎく臼ωδp︶によって特徴づけられると診断する︒
また︑ナイトは︑﹁相対的に絶対的な絶対的なもの﹂︵お一象一くΦξ9げωo一⊆8餌σωoご8ω︶を強調するが︑それは︑資本
主義と道徳あるいは倫理といった問題を論ずる上の不可欠の概念と見倣される︒ブキャナンは︑以上のような議論を
積極的に受け入れ︑最後に彼自身の考えを明らかにしている︒ ヘ ヘ ヘ ブキャナンが最後のところで論じていることは︑議論︑価値評価︑あるいは選択において﹁立憲的レベル﹂︵ら§恥導
ヘ ヘ ヘミ§謹二①くΦ一︶と﹁立憲後のレベル﹂︵讐罫§恥ミミご§=Φ<①一︶とを分けて考えることの必要性である︒ブキャナン
は︑この論文の末尾で︑﹁生ぎるに値する如き自由社会であるためには︑立憲的に建設されなければならない︒﹂と述
べている︒そしてそのためには︑ ﹁立憲的レベル﹂と﹁立憲後のレベル﹂とに区別して議論されねばならないという
のである︒配分の規範理論は︑現在の選好を体化しているので︑その理論の範囲内では︑その選好は︑相対的に絶対
的なものとして受け入れられねばならない︒従って︑この規範的情況の内部での関係ある選択は︑立憲後の選択と類
似している︒しかし︑議論の第二段階︑即ち立憲的レベルでは︑現在の選好は受け入れられる必要はない︒このレベ 塒ルでは︑そうした選好が効果的に批判されることが議論の一つの目的になるのであって︑それは︑適切な制度的変革
を通じて行なうべぎだという考えをもってなされなくてはならない︒しかしそこで止まってはならず︑その後も︑効 梱率的な立雨後の政策変革を求め続ける必要がある︒それは︑また同時に︑立憲構造における変化︑つまり︑ある選好
される立憲後の選択の開発を約束するような変化を促︐進させなくてはならない︒このようなブキャナンの﹁立憲的レ
ベル﹂と﹁立憲後のレベル﹂の区別は︑上のハイエクーブキャナソ論争の一つの参考となろう︒