現代ジャワ語話者の若者における敬語使用の変化
―ジョグジャカルタ市ガジャマダ大学学生のケーススタディ―
Changes of the Honorific Use in Contemporary Javanese Young Speaker
—A Case Study of Gadjah Mada University Student in Yogyakarta—
Elyzabeth Esther Fibra SIMARMATA
エリザベス エスター フィブラ シマルマタ
The Japanese, Javanese, and Korean languages have been known as three of the most developed languages in the world which use an honorific system. The Javanese language is known as one of the languages of those three mentioned which has complex norms of honorific. This honorific system, namely Krama, is used as a tool to express politeness (formality) or to pay tribute at many different levels in daily life. However, these days, it is pointed out that there is an increase in the number of Javanese young speakers who are not able to use Javanese honorifics and there is a tendency to avoid the use of honorifics among them. This situation motivates the following research.
The survey in this research was conducted in Yogyakarta, known as a province in Indonesia in which the young speaker citizens mostly use the normative honorific system. The young speakers surveyed in this study are limited to students of Gadjah Mada University which is acknowledged as having the highest level of education among universities in Indonesia. Young Javanese speakers are selected as the sample of this research because they represent intellectuals considered not being able to use Javanese normative honorific system properly.
This research reveals what kind of changes are in the honorific use among young Javanese speakers and how those changes stimulate a new style and a new concept of honorific system from sociolinguistic point of view.
Abstract
1.はじめに
インドネシアの社会は490を超える民族から成り 立っており、それぞれの文化や習慣、考え方も異なっ ている。国内では、500以上の言語が話されており、
そのうち14の言語は話者人口が100万人を超える
(Sneddon, 2003:197-8)。多民族国家であるインドネシ アでは、公用語であるインドネシア語のほかに地方語
(民族語)も使われており、二言語話者bilingualが多 く見られる。ジャワ語も、インドネシアの国語として 定められるインドネシア語に対して、地方語という位 置に立っている。
ジャワ語は、日本語や朝鮮語などと並んで、敬語体 系が発達している言語として知られており、複雑な敬 語の規範を持っている言語とされる。日々の生活にお いて、様々に異なったレベルで丁寧さと敬意を表わす 道具として敬語が用いられている。
しかし現在は、ジャワ語の敬語を使用できなくなる 若者が多くなり、また、敬語の使用を避ける若者たち
が増えているなど、ジャワの若者の敬語離れが指摘さ れている。
この背景に基づいて、本論文では、複雑な敬語の規 範を持つ言語として知られるジャワ敬語が現代の若者 によってどのように使用され、また変化していくのか を社会言語学的視点から明らかにすることを目的とす る。本稿では、現地調査から明らかになった点を分析 し考察していく。
2.先行研究
2-1.ジャワ語の語彙レベル
イ ン ド ネ シ ア の ジ ャ ワ 語 の 研 究 者Soepomo
Poedjosoedarmoら(1979)は、ジャワ語の語彙レベル
を四つに分けている。その中で、三つは話し手と聞き 手との間の「丁寧さ」formalityと関係するものを指す。
一つ目は、Ngokoンゴコの語彙である。ンゴコは丁寧 ではない、インフォーマルな語彙を指す。親しい関係 のある人にのみンゴコが使われる。ンゴコは敬意を表 わさない。他の語彙は数が限られているのに対して、
ンゴコの語彙だけは全ての概念に登場することができ る。
二つ目は、Madyaマディオの語彙である。マディオ は準丁寧、準フォーマルな語彙を指す。相手に中間的 な丁寧さを表わす必要があるという場合、例えば、距 離のある近所の人や年上の親戚などに対してマディオ が使われる。
三つ目は、Kramaクロモの語彙である。クロモは丁 寧、フォーマルな語彙を指す。マディオよりも相手に より敬意を表わす必要があるときに使う。普段は距離 のある人や年輩者に対して使われている。
四つ目は、Krama Inggilクロモインギルといい、例 外に置かれ、特別な語彙として見なされる。クロモイ ンギルの語彙とクロモの語彙を組み合わせて使用する と、高度の敬意を表す機能を持つこととなるが、上述 のSoepomo Poedjosoedarmoらは、クロモインギルの 語彙は丁寧さを示さないものと見なされるため、クロ モインギル体は存在しないと断言している。
目次
1.はじめに 2.先行研究
2−1.ジャワ語の語彙レベル 2−2.ジャワ語の発話レベル 2−3.ジャワ語の教育 3.調査の概要
3−1.調査地 3−2.調査の方法 4.調査結果
4−1.アンケート分析(問1〜問4)
5.考察
5−1.ジャワ敬語使用の減少 5−1−1.教育の問題 5−2.新敬語の出現
5−2−1.簡素化したクロモ、クロモ・ルマ 5−2−2.インドネシア語へのコードスイッチング 6.おわりに
しかし、本論文では、ジャワ語の語彙については目的 ではなく、ジャワ語で敬意の表わし方が表現できると いうことに注目したい。つまり、敬語規範について調 査を行い、その敬語規範は、ジャワ語の発話のレベル
(階層)と関連する。
2-2.ジャワ語の発話レベル
ジャワ語の発話のレベル(階層)はジャワ語で、
unggah-ungguh ing basa the relative values of languageと 呼ばれ、政治的、経済的な力関係など、社会的位置に 応じて話し手と聞き手の間で使われる、ジャワ語話者 の社会的様式として捉える。発話のレベルは、イン ドネシア語ではtingkat tuturと翻訳される。Soepomo Poedjoesoedarmoらはtingkat tuturについて「ことばの 多様なバリエーションであり、バリエーション間の相 違は、話し手が聞き手に対してどのような待遇意識を 持つかによって決定される」と定義している(1979:3)。
ここで注意したいのは、発話のレベルにおけるンゴ コ体、マディオ体、クロモ体は、語彙レベルにおける ンゴコ、マディオ、クロモとは異なるので区別しなけ ればいけないということである。発話の階層は、敬 意を表わすためのコードシステムcode systemである。
そのコードシステムが特定の語彙、特定の構文、特定 の形態、特定の音韻の要素を持っている。一方、語彙 レベルとは各レベルの中で、同じ意味や同じ丁寧さを 持つ語彙を指す。例えば、文章の中でクロモの語彙を 多く用いることによって、文章全体がより丁寧になり、
発話の階層からみれば、クロモ体の形をとっていると 見なされる。
発話のレベルは、Ngokoンゴコ、Madya(マディオ)、
Krama(クロモ)三つの部分に分けられる。ンゴコは 丁寧さが低い、マディオは中間的に丁寧、クロモは非 常に丁寧と一般的に定義されているが、実はこれらの 三つは、更に大きく二つに分かれるとされる。一つ目 はンゴコ(丁寧ではない話し方)、二つ目はクロモと マディオの両方を丁寧な話し方として見なし、ボソ basaと い う(Soepomo Poedjosoedarmo,et al. 1979:8)。
この関係は、次のような図で説明できる(スリ・ブディ・
レスタリ2010:24)。
発話の階層を理解するために、まずはジャワ語の ンゴコ、マディオ、クロモの枠の語彙と発話の階層 と区別する必要がある。Soepomo Poedjosoedarmoら は、発話の階層をスピーチレベルspeech levelと見な す。つまり、ジャワ語のスピーチレベルは「丁寧さ」
formalityの度合と話し手が聞き手に対して感じている
敬意の度合を表すと述べている。このスピーチレベル は社会的変種social dialectとは区別すべきであると注 意している。なぜなら、社会的身分や階層や方言の所 属に関わらず、ジャワ語母語話者全員がこれを用いて いるからである。
次に、丁寧さの度合(順)によって分類される発話 の階層を三つの体それぞれについて述べる。
1.Muda Krama Kramai(非常に丁寧な話し方) 2.Krama Antara
3.Wreda Krama
1.Madya Krama Madya(中間的に丁寧な話し方) 2.Madya Antara 3.Madya Ngoko
1.Basa Antya Ngoko(丁寧ではない話し方) 2.Antya Basa 3.Ngoko Lugu
まず、ンゴコ体について述べる。ンゴコ体は、話し てと聞き手の間に距離がないことと示す。つまり、相 手に対して話者が遠慮せず、敬意を表す必要がない。
そのため、相手に対し親しい関係を持つことを表わす
のにンゴコが使われる。また、社会的に地位の高い人 が社会的に地位の低い人に対しよく使う発話の階層と なる。例えば、家主が家政婦に対して、教師が学生に 対して、両親が子供に対して、夫が妻に対して、年上 の兄弟が年下の兄弟に対してなどの場合、ンゴコで表 現するii。あるいは、怒るとき、痛みを感じるとき、
感情的に極めて厳しい状況になるときなどにも、ンゴ コを使う。お互いに親しい関係を持ちながら、敬意を ある程度表わしたいというときは、丁寧なンゴコ Basa Antya、Antya Basaが使われる。例えば、親しい 関係を持つ公務員たちが会話しているときなどであ る。
次にクロモ体について述べる。クロモ体は、非常に 敬意を表わす体である。この発話の階層は、相手があ まり知らない人、あるいは、自分より社会的に高い地 位を持つ人、貫禄のある年輩の人などに対して、非常 に遠慮を持って敬意を表したいときに使われる。例え ば、学生が教師に対して、部下が上司に対して、家事 労働者が家主に対して、嫁が姑に対してなどの場合 にクロモを使う(実際に日常では、Krama Antaraと
Wreda Kramaが使われなくなったため、現在はクロモ
を使うといった場合、Muda Kramaを使うことを意味 する)。また、場合によって、相手が自分より若いが、
あまり知らない人で、しかも社会的地位がかなり高い 人だと思われる場合に、クロモを使うこともある。イ ンドネシア独立前の上流社会では、礼儀正しく行儀の 良い人になるために、小さい頃から子供は親に対して クロモを使わなければばらないと厳しくしつけられ た。学校において教師たちは、家庭でクロモをきちん と教育されている子供の方が、学校でも非常に礼儀正 しいという評価を持っていたという。しかし、現在、
子供は親に対してクロモを使うべきだというしつけに こだわらない家庭がますます増えているとSoepomo
Poedjosoedarmoら(1979)は述べている。その理由は、
親と子供の間により親しい関係、近い距離を求めてい るからである。そのため、家でクロモを使う必要がな くなる。このような説明から、クロモは敬意を表わし ながら、礼儀正しいというニュアンスも現れることが
分かる。クロモは話し手と聞き手の間に距離があるこ とを示すので、相手に図々しく接することができない という。
最後に、マディオ体について述べる。マディオ体は、
ンゴコ体とクロモ体の間にあり、クロモほど敬意を表 わさず、中間的な敬意を表わすときに使われる。マディ オ体はクロモ体の最初の踏み台と見なされるが、徐々 に三つの階層に発展した。つまり、ンゴコの方に下がっ ていくか(丁寧ではなくなる方)、クロモの方に上がっ ていくか(丁寧になっていく方)の過程で動いてい る。そのため、マディオ体は中間的な存在だと考えら れる。マディオ体を用いる相手はクロモ体ほど高く敬 意を表わす必要はないが、礼儀正しく接しなければな らない。例えば、礼儀正しく接するべき村の人たちに 対しては、マディオ体を使えば良い。あるいは、クロ モ体を使うほどではないがある程度敬意を表わした方 が良いと思う職場や学校の仲間などに対してもマディ オ体が使われる。他にも、事務の課長が村から来た仲 間に対して、家の庭に草刈をする人に対して、社会的 に地位の低い人だが年齢的には非常に年輩の人に対し てなどの場合、マディオ体がよく使われている。
2-3.ジャワ語の教育
現在、ジャワの子供は小学校の4年生から高校3年 生まで、必修科目として週1回2コマ、ジャワ語の授 業を受けなければならない。インドネシアでは、小学 校の段階から、カリキュラムの中でMULOK(Muatan Lokal)と呼ばれる地方の枠の授業を受ける。実は、
2005年までは、高校ではジャワ語(ジャワ文学も含む)
の授業はなかった。しかし、2004年にスマランで行 われた第3回ジャワ語学会の中で、中学校卒業後、学 生たちのジャワ語に対する知識と話す能力が衰えるこ とが指摘されたため、ジャワ語の教師たちは、ジャワ 語を高校まで教えるようにすべきであるという提案を 中部ジャワ州の地方政府に出した。
2005年のはじめにこの提案が中部ジャワの地方政 府に認められ、2005年2月22日に中部ジャワ州知事
令第895.5/01/2005号で、ジャワ語は小学校から高校 まで教えなければならないこととなった。ジョグジャ カルタ特別州もこの提案に賛成したが、新しいカリ キュラムを作るのに一年間もかかったため、結局高 校でジャワ語を教えるようになったのは、2006年の 2月(新学期)からとなる(Karno Ekowardono 2006:
361)。
しかし、中学校から高校までのジャワ語カリキュラ ムの中では、ジャワ語教育といってもジャワ言語自体 の教育がほとんど含まれていないことが問題として指 摘される。実は、中学校から高校までは、ジャワ語よ りもジャワ文学やジャワ文化(伝統的な詩、散文、童 話など)の科目が中心となっていることが明らかと なった。ジャワ語の文法、文型、敬語体系や規範など について正式に教わるのは、小学校のときのみである。
3.調査の概要 3-1.調査地
ジョグジャカルタ特別州Daerah Istimewa Yogyakarta
(D.I.Yogyakarta)はインドネシア共和国の中部ジャワ
Jawa Tengahの南岸に位置する州である。人口は約
350万人で、面積は3,185km²である。この地域に住 んでいるインドネシア人はほとんどがジャワ民族(約 90%)であるため、使用される言語としてインドネシ ア語の他にジャワ語も用いられる。
ジョグジャカルタ特別州は4県と1市に分かれてい る。農村部のスレマンSleman県、バントゥル Bantul県、
クロンプロゴKulonprogo県、グヌンキドゥルGunung
Kidul県と、都市部のジョグジャカルタYogyakarta市
である。本論文での調査地は、この都市部のジョグジャ カルタ市にあるガジャマダ大学である。
ガ ジ ャ マ ダ 国 立 大 学Universitas Gadjah Madaは、
ジョグジャカルタ市に本部が置かれる有名な国立大学 で、1949年に設置され、18の学部を持つ総合大学で ある。校名はマジャパヒト王国の宰相を務めたガジャ マダに由来して、インドネシアでは最も高い水準を持 つ大学として知られている。そのため、全国からガジャ
マダ大学へ入学希望者が集まり、2007年から2010年 までの各年の学生平均数は1万5千人である。
全体の学生数からみれば、ジャワ人の学生が最も多 く、学生の日常コミュニケーションの中では、ジャワ 語が欠かせないと言われている。
インドネシアでは、学校や大学など教育の場で行わ れている正式な授業や活動、教育上のやり取り、教育 の実施は全てインドネシア語で行われているが、実際 ジャワ人学生の間で行われる日常会話をみると、地方 語であるジャワ語もよく話されている。つまり、ジャ ワ人学生たちは学内でもジャワ語とインドネシア語を 使い分けて会話をしている。
3-2.調査の方法
本稿の分析は現地調査の結果を中心に行う。調査地 はガジャマダ国立大学で、2011年8月11日から9月 18日まで、約1ヶ月半実施した。調査方法は、現在 ガジャマダ大学で学んでいるジョグジャカルタ出身の 学生たちへのアンケート(164人)と、インタビュー(14 人)である。
アンケートは次頁の8問である。
図2 ジョグジャカルタ特別州
問 設問
(1) 「ジャワ語はどこで習いましたか」
(2) 「ジャワ語が話せますか」
(3) 「ジャワ敬語を最も使う場所は どこですか」
(4) 「相手に対するジャワ語の使用」について a.「相手が教授・教員ならば」
b.「相手が同学年・後輩ならば」
c.「相手が先輩ならば」
(5) a.「自分の中でジャワ語の使用は
どう捉えますか」
b.「自分の中でインドネシア語の
使用はどう捉えますか」
(6) 「自分はどのくらいジャワ敬語が話せると 思いますか」
(7) 「『日常生活でジャワ敬語は不必要だ』と いう考えに賛成しますか」
a.「賛成」
b.「不賛成」
(8)
「ジャワ敬語とインドネシア語に対する意 見について、あなたは
どちらがより適切と思いますか」
これらの中で、敬語使用に直接関連する設問は問1
〜問4の4問である。敬語使用の変化を探るにはこの 4問がポイントになる設問なので、本稿ではこれらに ついてのみ取り上げ、第4章で分析を行う。なお、問 5〜問8については、別の機会に論じる予定である。
対象者は年齢別や性別ではなく「ジャワ人の若者」と いう基準で選ぶ。ここではジャワ人の若者の代表とし て、1年〜4年生に在籍している学生(18〜24才)
を対象とした。
アンケートでは、場面を設定し、そのような場面で
調査対象者がどのような考えをもつのかを選択肢の中 から選んでもらう。どれにも当てはまらない場合、自 由に回答を書いてもらった。ガジャマダ大学側に許可 をとり、大学構内で学生一人一人に依頼して記入して もらった。アンケートで使用した言語は公用語のイン ドネシア語である。インドネシア語で記入指示、注意 事項、場面説明などを記した。
アンケートに加え、インタビューも実施した。イン タビューを受けた学生たちは、ジョグジャカルタ出身 の14人(女性9人、男性5人)で、平均年齢は21才(大 学2年〜4年生)である。インタビューの時間は1人 に約90分〜120分である。14人のうち、12人は両親 ともジョグジャカルタの出身で混合民族ではない。他 の2人は、父親か母親のどちらかがジョグジャカルタ の出身で、配偶者は中部ジャワの出身である。14人 のジョグジャカルタの平均在住歴は19年間(11人は 20年以上、1人は18年、1人は9年、1人は7年)と なる。
インタビューの質問はアンケートの設問に基づいて 行った。つまり、インタビュー対象者は全員インタ ビューを受ける前に、まずアンケート調査を受け、そ のアンケートの回答を参考にしながら、筆者がインタ ビュー対象者の選んだ答えの理由や原因などを一問ず つ徹底的に探った。また、インタビュー対象者が日常 生活で実際に使ったり、触れたりするジャワ語、特に ジャワ敬語に関しての事例や自分の経験などを引き出 して、それに対して質問のやり取りを行った。
調査対象がジャワ人の若者であるといっても、実際 に全てのジャワ人の若者を調査対象にすることは不可 能である。本論文では、ジャワ人の若者を、インドネ シアの大学の中でも、最も高い水準を持つと言われて いるガジャマダ大学の学生たちに限定している。つま り、若者の中でも知識人として認められる集団を、ジャ ワ人の若者の代表として取り上げることにする。ガ ジャマダの学生たちは、インドネシア語の使用に十分 堪能であることと、非ジャワ語使用者の学生仲間との 接触が多いことから、ジャワ敬語が使用できなくなる 可能性の高い人たちであるとも予想される。
4.調査結果
4-1.アンケート分析(問 1 ~問 4)
本章では、ジャワ敬語使用の減少の原因と結果を データから明らかにする。アンケート調査の結果を見 て、分析を行う。
問1.
まず、ジャワ語の教育問題を分析するために、ジャ ワ語はどこで、どのような学び方をするのかを、まず は、アンケート問1の回答を分析した。アンケート結 果の分析から、ジャワ語教育の問題を見ることができ る。
「N=164」
①家族/友達/近所から生育の環境と学校、
両方で学んだ 81人(49%)
②家族/友達/近所から生育の環境のなかで
学んだ 76人(46%)
③学校で学んだ 5人 (3%)
④学ばない 1人 (1%)
⑤その他 1人 (1%)
・学ぶというよりは学校は練習する場だった
アンケートから分かるのは、①の「家族/友達/近 所から周囲の環境と学校、両方で学んだ」、つまり、
自分は自然に家族、友達、ご近所の付き合いからジャ ワ語を学んだと答えた学生は46%であったが、これ は②「家族/友達/近所から周囲の環境のなかで学ん
だ」と答えた学生とほぼ同じ割合である。一方、③の「学 校で学んだ」、即ち、学校のみで学んだと答えた学生
はわずか3%で、非常に少ない。ここまでの結果から
は、ジャワ語の勉強は確かに学校で教師に教わる形で も行われているが、実質的な 勉強場所 は家族や家 の周辺、友達との会話の空間、近所の地域であること を示している。家で両親や兄弟、友達と話したりする とき、また、近所の人々に挨拶したり交流を行ったり するときにジャワ語の勉強がもっとも行われているこ とが、①と②の回答率から読み取れる。学校と自分が いる環境(家、友達、近所)の両方からジャワ語を学 んだ学生(49%)と、自分がいる環境だけからジャワ 語を学んだ学生(46%)は、全体回答の9割以上となっ た。また、①の答え「家族/友達/近所から周囲の環 境と学校、両方で学んだ」には、②の「家族/友達/ 近所から周囲の環境のなかで学んだ」の要素が入って いたため、結局は最もジャワ語を学んだ場所とその方 法は、学校や授業ではなく、自分の家での会話、友達 との会話、家の周辺に住んでいる近所の人々との交流 を行うことであることが分かる。
他方、この結果を強調するかのように、③の「学校 で学んだ」を答えた学生は、非常に少ない(3%)。こ れは、学校だけではジャワ語の勉強にはならないとい うことと、学校でのジャワ語の教育は効率的ではなく、
問題があったことを示している。
問 2.
ここで明らかにするのは、学生たちはジャワ語をど れだけ話せるかである。アンケート調査の問2で、学 生たちは本当にクロモが話せるか話せないか、あるい は、ジャワ語は話せるがクロモかンゴコ、どちらが中 心となるのかという疑問に対し、問2の「ジャワ語が 話せるか」を答えてもらう。どちらも当てはまらない 場合は自由に回答を書いてもらう。
環境と学校、
環境 両方 学校 3%
その他 1%
学ばない1%
46% 49%
ジャワ語はどこで習いましたか
「N=164」
① 話せるが、クロモよりンゴコの方が
メインとなる 106人(65%)
②ンゴコとクロモを両方話せる 46人(28%)
③ンゴコでしか話せない 9人(5%)
④全く話せない 1人(1%)
⑤その他 2人(1%)
・慣れていない、インドネシア語の方を使う ・分かるが、あまり話せない
アンケートでは、②の「ンゴコとクロモを両方話せ る」と選んだ学生は28%となったが、この質問に関 して問題があった。ここでクロモについて詳しく説明 していなかったため、多くの学生から「どちらのクロ モですか」といった質問が出された。「普段日常生活 で使うクロモはどんなクロモですか」と質問を返すと、
ほとんどは中間的クロモ、簡素化したクロモ、クロモ・
ルマ(直訳:家のクロモ)であると答えた。アンケー トの回答とインタビューから分かったことは、彼らが 述べた中間的クロモは、規範的ではないが十分に敬意 を表すクロモのことを指すということである。つまり、
敬語の規範の中には載ってはいないが、普段祖父母や 親戚に、また家の周辺で使っているクロモや、近所と 短い会話をしたり挨拶をしたりするなど、決まり文句、
決まったパターンのように使うクロモ、簡素化したク ロモやクロモ・ルマのことを指した。学生たちは、そ れを敬語の規範における本来のクロモではなく、彼ら が日常に簡単に使用しているクロモと解釈したことに なる。筆者が考えるクロモと学生たちにとってのクロ
モの概念が異なっていることが明らかになった後は、
アンケート協力を依頼するときに、必ずクロモについ て説明してからアンケートを渡すようにした。つまり、
問1におけるクロモというのは、規範的で本来のクロ モではなく、学生たちにとってはクロモと考えられる 簡素化したクロモやクロモ・ルマを意味している。ま た、このことから、学生たちはクロモができると答え ていても、実際には敬語の規範の知識に関してあまり 詳しくないことが多く見られることが分かった。この ことについては、次章でのインタビューで説明する。
問2の回答の中では、①の「話せるが、クロモよりン ゴコの方がメインとなる」を選んだ学生が一番多く、
65%となった。彼らは、クロモはある場面に限って よく使うようにしているという。しかも、そのクロモ は前にも述べたように、簡単でパターンのようなクロ モという。この結果をみると、②の「ンゴコとクロモ を両方話せる」を選んだ学生は、①の「話せるが、ク ロモよりンゴコの方がメインとなる」と同様に(その 逆もあり得る)、同じ状況や背景のなかで①か②を選 んでいた。つまり、規範的で本来のクロモで話すとい うよりも、簡素化したクロモを中心に、それを敬語で あるという感覚で話す学生が多かったのである。この 事実は、ジャワ敬語の規範を詳しく理解する学生が少 なかったことを示しており、クロモのレベルに対する 誤解が起きる原因となっている。
一方、③の答え「ンゴコでしか話せない」を選んだ 学生は、わずか5%であった。主に両親が転勤、出張、
移民のため、小さいころから他の島に移住することに なり、小学生の時にジャワ語の授業を受けられなかっ た学生はンゴコでしか話せなくなるという結果であっ た。その他の回答者は1%のみだったが、自由回答欄 には、ジャワ語は慣れていないのでインドネシア語の 方を使う、ジャワ語はある程度理解できるがあえて日 常には使わないなど、ほぼ似たような答えが見られた。
問 3.
クロモを最も使う場所はどこかについて質問した。
クロモを最も使う場所が分かれば、学生たちは誰に対 ンゴコでしか
話せない5%
その他
1% 全く話せ ない 1%
あなたはジャワ語が話せますか
クロモより ンゴコが メインと
なる とクロモンゴコ
両方話せる 65%
28%
して敬語を使うのか、どのような環境で使うのか、あ るいはいつ使うのかが明らかになる。
「N=164」
①家の周辺 95人(58%)
②その他「近所(24人)、
祖父母の家(4人)、市場(3人) 31人(19%)
③敬語を使わない 19人(12%)
④大学や部活 10人(6%)
⑤職場やアルバイト先 9人(5%)
アンケートでは、①の「家の周辺」を選んだ学生が
半分以上58%となることが分かった。また、②の「そ
の他」を選んだ学生も、ご近所、祖父母の家、市場と 答えており、これは①の回答と同じ枠内にあると考え られる。
この結果をみると、クロモ・ルマ(「家のクロモ」)
と名付けられた若者の新敬語は、家の周辺で、つまり、
近所と挨拶をしたり短い会話をしたり、祖父母や親戚 の家に訪問して話したり、市場でお世話になった商売 人とやり取りをしたりするときに使われている。即ち、
家の周りに関連する全ての人に対して、家のクロモが 最も使われていることが確認できた。
問 4.
ここでは、ジャワ敬語の使用の減少はインドネシア 語の存在が大きな役割を持つからだという認識に基づ き、ジャワ敬語の意識について尋ねている。「相手に
応じたジャワ語の使用」について、(a)「相手が教授、
教員ならば」、(b)「相手が同学年、後輩ならば」、最 後に(c)「相手が先輩ならば」という設問を用意し、
どのようなジャワ語を使うか答えてもらう。
相手に応じたジャワ語の使用について a.「相手が教授、教員ならば」
「N=164」
①インドネシア語で話す 89人(54%)
②インドネシア語とクロモが混ざる 68人(41%)
③その他「特定の教員だけにクロモを使う」
4人(3%)
④クロモで話す 3人(2%)
アンケートのデータから見れば、学生のジャワ語 の使用法は、(a)の「相手が教授、教員ならば」の中 で、最も多く選ばれたのは①の「インドネシア語で話 す」で、半分以上の54%であった。その次は、②の
「インドネシア語とクロモが混ざる」を選んだ学生は、
41%で、①の回答率より少し低かった。一方、④の「ク ロモで話す」は、わずか2%である。これは、③の「そ の他」の[特定の教授、教員だけにジャワ語のクロモ を使う]よりも下回った。
②を選んだ学生も少なくないが、その多くが、話す 相手がジャワ人の教授や教員の場合であるという。勿 論、インドネシア語が基本として用いられるが、相手 がジャワ人であることが前もって分かっていたら、敬 意をより表すためにインドネシア語のほかにクロモを 入れて話したりするのが好ましいという。ただし、こ クロモを最も使う場所はどこですか
その他 家の周辺 19%
使わない敬語を 12%
大学や部活 6%
アルバイト先職場や 5%
58%
相手は教授、教員ならば
インド ネシア語
54%
クロモ その他 2%
3%
ネシア語とインド クロモの
混合 41%
の②については条件がいくつかあった。
一つ目は、敬語使用を間違ったら、教授や教員に対 して非常に失礼になるので、挨拶などの部分だけはク ロモを交えて話しても良いが、話の内容が深くなった らインドネシア語で話した方が無難で、誤解が起きる 可能性も低いという。二つ目は、全員の教員よりも、
直接自分に関連のある教員(例えば、授業で教わって いる教員、仲良くしてもらっている教員など)に対し て使われている。そういう教員たちに限っては、親し みを持ちながら敬意も表したいので、インドネシア語 にクロモを混ぜたりする。このとき、もしインドネシ ア語を最初から最後まで使っていたら、お互いの関係 の距離感を縮ませることなく、距離感を保つというこ とを相手に感じさせることが分かるという。これは、
③の「その他」にも見られる「特定の教員だけにクロ モを使う」ということは、こうした使用背景があるか らだと言える。
また、このデータから分かったこととして、教員に 対して完全にクロモを用いた学生はわずか(2%)で あった。これも、ジャワ人の教員しか対応できないた め、その条件のもとでクロモでしか話さないというこ とが考えられる。
b.「相手が同学年、後輩ならば」
「N=164」
①インドネシア語とンゴコが混ざる112人(68%)
②ンゴコで話す 29人(18%)
③インドネシア語で話す 23人(14%)
④その他 0人
(b)「相手が同学年、後輩ならば」の問いに対し、
最も選ばれたのは①の「インドネシア語とンゴコが混 ざっている」で、7割近くの68%となった。続いて、
②の「ンゴコで話す」(18%)で、最も少ないのは③ の「インドネシア語で話す」(14%)となった。これ は、上記(a)の「教授・教員に対しての使用法」と 正反対で、「インドネシア語で話す」ことは、最も少 なかった。同い年や後輩にインドネシア語のみで話す のは堅い印象を持たせるという。しかし、最も少なか ったとはいえ、なぜ14%もいたのかは、大学の言語 状況から分かった。ガジャマダ大学にはインドネシア の様々な島から、様々な民族の学生が勉強に来ている。
非ジャワ社会の地域から来た学生は、ほとんどの場合、
ジャワ語を全く話せない。この状況に気遣って対応す るジャワ人学生があえて全般的にインドネシア語で話 す。また、家の中でジャワ語を使用することにこだわ らない学生も③を選ぶ傾向があった。
全般的にインドネシア語を用いた結果、他の民族の 友人が増え易いが、ジャワ語から離れていくのも事実 である。この反対に、②のンゴコだけで話す人から見 れば、インドネシア語のみを使うと、相手に親しくな い、あまり仲良くしたくないなど、距離感を保つ姿勢 かのようで好ましくないという。ンゴコで話すことが 相手と近い距離でいたいということを示すので、スム ーズに仲間に入ることができるという。しかも、相手 が同年配や後輩なのに、インドネシア語で話したらフ ォーマルな雰囲気に変わってしまい、冗談を言わなく なる場合もあるという。その結果、②を選んだ学生は 話し相手が限られてしまう。つまり、相手がジャワ人 であることがほとんどだということが分かった。
他方、②と③以上に、①の「インドネシア語とンゴ コが混ざっている」が最も多く選ばれている(68%)。
非ジャワ社会から来た学生に対しては勿論気遣いなが らインドネシア語を使っているが、その中には簡単で 分かり易いンゴコを入れたりするのが基本である。
例えば、インドネシア語の「私は行かなくなる ねAku tidak jadi pergi ya」という表現は、Aku ora jadi pergi yoと、簡単なンゴコのora [=tidak(否定語)]
相手は同学年、後輩ならば
インド ネシア語と
ンゴコの混合 68%
ンゴコ18% インド ネシア語
14%
やyo[=ya 〜ね]を入れることによって、相手に親し みを見せることができる。つまり、ジャワ人ではない 人でも理解できる範囲のンゴコを入れることがポイン トとなる。その結果、会話の雰囲気が和むようになり、
親しく話すことができる上、自分自身がジャワ人であ ることを隠す必要がなくなるという。
そして、ジャワ人の間でも③を選ぶ理由は、授業や 科目の話などで、ある専門用語などがジャワ語にはな い、あるいは、新しい若者の言葉などがジャワ語には ない場合、インドネシア語で話すためである。
c.「相手が先輩ならば」
「N=164」
①インドネシア語で話す 67人(41%)
②インドネシア語とクロモが混ざる
63人(38%)
③インドネシア語とンゴコ語が混ざる (先輩に仲良くしてもらっているから)
→「その他」の所に書かれた多数の答え
29人(18%)
④クロモで話す 5人(3%)
(c)の「相手は先輩ならば」という設問には、(a)
の「相手が教授、教員ならば」と同様に、最も選ばれ たのは①の「インドネシア語で話す」(41%)である。
僅差でその次に続くのは、②の「インドネシア語とク ロモが混ざる」(38%)である。また、続いて少し割 合は減るが、③の「その他」の[先輩に仲良くしても らっているからインドネシア語とンゴコが混ざる]を
選んだ学生は18%であった。最も少ないのは、④の「ク ロモで話す」で、わずか3%しかなかった。
先輩は自分より年上なので、話すときにある程度敬 意を表わす必要があるが、教員と違って、先輩は公的 な組織で働いている者と見なしていない。後述のイン タビューから言えるのは、インドネシア語を使うのは、
年上に対するクロモ使用を避けることが最も主要な原 因となっていることである。先輩には勿論敬意を表わ しながら話すべきである。ただ、その敬意を表わすた めのクロモを誤って使っていたら、敬意を表わすつも りが失礼なことになってしまう。この危険性があるた め、より中立性を持つインドネシア語を使った方が無 難で分かり易いという。インドネシア語は、クロモほ ど丁寧さを表わさないかもしれないが、失礼にはなら ない程度、十分に丁寧で、中立のニュアンスを持つた め好まれる。
また、僅差でそれに続くのは、②のインドネシア語 とクロモが混ざっている話し方である。自分がはっき り分かるクロモだけは話せる、あるいは、相手が教員 の場合と同様に、挨拶程度ではクロモで話せるが、細 かい内容の話だったらインドネシア語に切り換える。
ンゴコの場合とは逆に、インドネシア語にクロモを入 れることによって、敬意の度合がより高く評価される。
ただし、クロモのみで話すのは、間違いを避けられず、
誤解も招き得るため、好ましくないという。
特別に説明を要するのは、③の「先輩に仲良くして もらっているから、インドネシア語とンゴコが混ざっ ている」である。これに関しては、付き合いの中で、
ある期間が経てば、後輩が先輩から仲良くしてもらい、
先輩と後輩の壁を無くしたいなど、つまり、仲の良い 仲間として接触したい場合は、後輩は先輩の暗黙の了 解を得て、インドネシア語とンゴコを混ぜて先輩と会 話をすることが許される。本来は先輩にンゴコで話す と、非常に失礼な人だと思われるが、敬意よりも親し みを求める仲間関係であれば、ンゴコでも話すことが できる。ンゴコのみでは図々しくなる可能性があると 思うときには、インドネシア語と混ぜながらンゴコを 使う。
相手は先輩ならば クロモ3%
インドネシア語と
混合 18%ンゴコの インド
ネシア語41%
インドネシア 語とクロモ の混合 38%
5.考察
本章では、アンケートの分析結果に加え、インタ ビュー調査の結果を合わせて、考察を行う。
5-1.ジャワ敬語使用の減少
インドネシア語は敬語の体系や規範を持たないた め、使用するのに便利だと考えられており、また中立 的なニュアンスも持ち、非常に使い易いという。この ことは調査データからも明らかである。クロモからイ ンドネシア語へ移っていく「インドネシア語化」をし ている学生たちが頻繁に見られる。しかし、この現象 を加速させる要素は他にもある。それはジャワ語の教 育にある。
5-1-1.教育の問題
インタビューを受けたRS(女性、21才)。両親は ジョグジャカルタ出身だが、RSが生まれる前に両親 が仕事の事情で様々なところ(非ジャワ社会)に転勤 をし、様々な民族や地方の人と出会った経験を持つ。
その結果、家庭内では両親が子供たちに対しジャワ語 の使用をこだわることはなかったという。家庭内で ジャワ語の使用をこだわらないため、クロモを話すよ うなしつけはされず、学校ではンゴコでしか話さない という。
彼女は「家では両親はインドネシア語で子供たちと 会話をする。おじいちゃんとおばあちゃんもそれに合 わせて、インドネシア語で私たちに話してくれた。た だ、近所の人と会うときだけクロモを使う。しかも、
あいさつ程度のクロモで話す」とジャワ敬語を覚える 苦労を語った。「周りにはジャワ人の友達がいて、彼 らから家の周辺で使う決まったパターンという簡単な クロモを教えてもらった。また、祖父や祖母に教えて もらった」とクロモの習い方を説明した。
彼女は両親が子供たちに対し、ジャワ語を教育しな いことを残念に思っていたが、背景には両親の事情も あって、非ジャワ社会に住む大変さがあるからという。
FO(男性、21才)も両親はジョグジャカルタ出 身だが、彼が生まれる前に両親が仕事の事情で南スマ トラ州に長年転勤になり、様々な民族や地方の人と出 会う経験があった。彼自身も小学校時代は南スマトラ 州で過ごした。中学生中学校からは両親の仕事の事情 でまたジョグジャカルタに戻ったが、その頃はほとん どジャワ語(ンゴコやクロモ)を話せず、一から学び 始めた。その学び方は、自然に学校の友達からと自然 に会話している間に色々と教えてもらったりすること が多かった。中学校から高校までは学校でジャワ語を 習う機会がないなかったかと問うと、「中学校や高校 ではジャワ語というよりもジャワ文学をよく習った。
ジャワ語の基本文型や敬語規範などはそんなに習って はいなかった。多いのは、例えばジャワ語のことわざ とか、ジャワの伝統的な詩や歌の学習とか、散文を読 むことなど。」と語った。中学校からジャワ語の授業 に参加し始めたFOだったが、中学校とや高校では ジャワ語の敬語体系や規範は学んでいなかった。
FOだけではなく、インタビュー対象者のほとんど が、ジャワ敬語の体系や規範を正式に学んだのは小学 生のときだけであったと答えた。実質的に家族や環境 から自然に学んだりすることが多かったという。
また、GI(女性、22才)はジャワ語の教育につい て少し批判的に語った。彼女はジャワ語の授業につい て「つまらない、あまり役に立たない。規範的なクロ モを小学校で教わっていても、使う機会があまりな い。先生自身も教える内容に対してはっきりわからな い。結局は無理やり教えようとして、授業がつまらな くなってしまう。日常生活で使える簡単なクロモだけ がわかる」という。
問1のアンケートの結果で、学校でのジャワ語の教 育に問題があることが示されたが、ジャワ語の教師の 間にみられる不安や悩みもジャワ語の教育に影響を及 ぼしている。中部ジャワ州のスマランで行われたジャ ワ語学会Kongres Bahasa Jawa IV(2006)において、
中学校や高校で行ったジャワ語の授業の問題点に対し て、授業を担当している教師たちの葛藤が隠せなかっ た。例えば、発話の階層Unggah-ungguh basaの授業
は難しくて学生には全く人気がないと訴えている。対 策として学生の興味を持たせるため、直接口頭で教え るよりも映画の台詞などを用いて教えた方が便利だと いうジャワ語の教師もいた(Eka Yuli Astuti 2006: 169- 174)。また、教師自身が持つジャワ語の能力をもう一 度検討する必要があるという声も上がった(Pranowo 2006: 283-286)。専任のジャワ語教師として就職する 人も少ない。そのため、ジャワ語の教育背景を持たな い教師が増え、ジャワ語教育の質が問われるなど、様々 な問題がジャワ語の教育に見られる。
5-2.新敬語の出現
クロモの使用ができなくなる若者が増えていると指 摘されるなか、実際は若者たちが彼らなりの敬語使用 の概念を持っていることが調査から明らかになった。
5-2-1.簡素化したクロモ、クロモ・ルマ
まず、話す相手に対して敬意を表わす新しい形のク ロモが本論文の現地調査で明らかになった。それは「簡 素化したクロモ」や「クロモ・ルマ」と学生たちが呼 ぶものである。「簡素化したクロモ」とは、家の周辺 や近所の人たちと挨拶したり、短い会話をしたりする ときに簡単に使われる決まったパターンのようなジャ ワ語のクロモのことを示す。ある学生のインタビュー の中で、これは「クロモ・ルマ」とも呼ばれていた。
「ルマ」は、インドネシア語で家という意味で、家の 周りで使える簡単なクロモと見なされる。これは本来 のクロモと違って、文章の所々にインドネシア語を入 れたり、バサにおけるクロモとマディオの語彙をあま り区別せず使ったり、ンゴコのなかでも丁寧なンゴコ を入れたりすることも許される。実際の使い方はイン タビューの事例の中に見られる。
WP(女性、20才)は、クロモ・ルマは決まった 場面で使うことが多いと語った。例えば、近所と道端 でばったり会うときに短い挨拶のような会話が使われ る。また、祖父母の家に訪問するときや、年配の親戚
に会うときなどにも使われる。それ以外の場面では、
クロモを使う機会があまりないため、クロモ・ルマは 習慣としての敬語のような感覚で使われている。例え ば、ラマダン(イスラム教の祝日)のときにお年寄り を祝うときには、クロモで伝えたほうが非常に丁寧で 礼儀正しい、居心地も良いという。このような祝いの ことばも、毎年のラマダンにおいて家族内、親戚、近 所に対して行われる儀式なので、クロモ・ルマとして 捉えると述べた。
アンケートの問2では、クロモが話せると答えた学 生自身も、規範的な本来のクロモではなく、パターン 化したクロモのことを指していた。学生たちはそれを 簡素化したクロモやクロモ・ルマなどと各々が名付け ていたが、習慣的に使われるクロモの「レベル」の存 在が明らかになった。
NA(女性、20才)はンゴコとクロモを両方話せ るが、ンゴコの方を中心に使っている。彼女はジョグ ジャカルタ州のグヌンキドゥル県の出身である。小さ い頃からジャワ社会の典型的な村で育てられ、家の中 や家の周辺では彼女は完全にジャワ語で話している。
祖父母や両親、近所の人たちに対しては必ずクロモを 使い、兄弟や同学年の仲間にはンゴコを使っていると いう。祖母はインドネシア語が分かるがあまり上手に 話せないため、彼女は毎日クロモを話していると語っ た。彼女自身もクロモが話せるというが、実は普段自 分が使っているのは、あまり規範的ではないクロモの ほうであることを述べていた。例えば、本来のクロモ であれば、Mbah,badhe dhahar?[お祖母ちゃん、召し 上がりますか]。しかし、私はMbah, dhahar?(同じ意 味)というだけで十分だ」と語った。Dhaharはクロ モでは召し上がるという意味である。本来のクロモで は「〜するつもり、〜たい」の意味するbadheを言わ なければならないが、クロモ・ルマではbadheを抜け ても構わないようである。これは、習慣的にbadheを 付けなくても許されるからである。
ER(女性、21才)はインタビューで、普段使っ ているクロモについて、「クロモは話せるがそれは規 範的なクロモではなく、ンゴコのニュアンスを持つク
ロモを使う」と説明した。つまり、クロモ体の中で、
クロモ語よりもっと低いレベルの語彙(ンゴコ語や省 略語など)が多く混ざっていることを指す。これは、
彼女なりの簡素化したクロモとなる。例えば、近所 と挨拶するときに、規範的なクロモであれば、Kados pundi pawartosipun / kabare pun Mbah?[お祖母ちゃん、
お元気ですか]となるが、普段彼女が使っているクロ モ・ルマは、(1)Dos pundi kabare pun Mbah?、あるい は、(2)Kepripun kabare Mbah?(全部同じく、[お元気 ですか]という意味をする)を使う。これは、相手を 判断して使うという。仲良くしてもらっている近所の 年輩者には、仲良くしながら敬意を表わす(2)を使う が、少し距離があってもっと敬意を表わそうとする場 合は(1)を使うことになる。但し、彼女にとっては、
両方ともかなり丁寧な話し方であると説明していた。
アンケートの問2とインタビューの結果から分かっ たこととして、簡素化したクロモやクロモ・ルマなど は、本来のクロモより自由が与えられ、使い方につい ても個人差があって厳格な体系ではないが、習慣的に 使われているクロモなので、簡素化しても本質的なク ロモの機能をもつことに変わりはない。つまり、敬意 を表わすために使われている敬語の使い方の一つと なっている。
それに関連して、アンケートの問3では、クロモを 最もよく使う場所はどこかという質問をした。クロモ を最も使う場所が分かれば、学生たちは誰に対して敬 語を使うのか、どのような環境で、あるいはいつ使う のかが明らかになるからである。
GI(女性、22才)は、長男31才、長女28才、
次女25才、三女22才(GI)の四人兄弟で、両親(父 61才、母60才)はお互いにンゴコで話しているが、ジョ グジャカルタ市にある国立大学で教授として働いてい る背景があるためか、子供たちに対して家の中でジャ ワ語を使用してほしいというこだわりはないという。
しかし、家の外で近所の人たちと会うときには必ずク ロモを使うようにと小さい頃から家族内で教わってい た。
ンゴコは学校の友達などに使っているが、家の周
りに住んでいる人達や近所、家の前を通る物売り pedagang kaki limaの人に対しては、必ずクロモを使 わないといけないという。つまり、近所との交流があっ たからこそクロモが話せるようになったと語った。ま た、彼女の家に25年間働いているウンボmbok(ジャ ワ人の家政婦)がいて、ウンボからも様々なクロモを 教えてもらったという。
MT(女性、21才)も同じように語った。「むしろ 家ではンゴコの方をよく使う。親にも兄弟にもンゴコ で話す。両親は柔軟性を持つ親だと思うが、一つだけ 親から言われていることがあって、それは家の中では ンゴコやインドネシア語など、何語で話しても良いが、
周辺の人達や近所と会うときには、必ずクロモを使わ ないといけないということだ。家の掟のようなものと なっている」と、近所に対してクロモで話すのがルー ルであった。
簡素化したクロモやクロモ・ルマは本来のクロモほ ど丁寧ではないかもしれないが、十分に丁寧であるこ とが分かる。語彙の選び方や使い方に関してはあまり 厳しくないが、クロモの枠に入るものと見なされるた め、敬意を表わす「シンプル」な道具として学生たち は好んで使っている。また、家庭内ではこだわらなく ても、近所の人々には敬意を表わすため、必ずクロモ で話すというジャワ社会のしきたりは簡素化したクロ モを促す要因となっている。
5-2-2.インドネシア語への コードスイッチング
ジャワ語では、敬意を表わすために、年上や年輩の 人にジャワ敬語を使わなければならないことに対し て、インドネシア語では、二人称代名詞のように用い るBapak, Ibu, Mas/Mbak/Abang/Kakakといった呼称(親 族名称)以外、敬意を示す語彙がないので簡単に使え ると言われている。これはジャワ語、特にジャワ敬語 からインドネシア語への言語使用のスイッチを加速す る一つの要因とも言える。
アンケートの問4「相手に対してジャワ語の使用」
についての結果と、インタビューの結果もこのことを 裏付けている。大学(学校)は学生たちにとって教育 的な場所、あるいはフォーマルな場所なので、教員に 対して中立性を持つインドネシア語を使った方が良い という。また、大学も国家的な場所(特に国立大学や 公立学校は、国がつかさどる機関であり国家のものと みなされる)と考えられるので、自然に教育や政治の 世界で働く人たちも国家の枠に入る者として捉えら れ、正式な教育言語あるいは政治の言語、すなわちイ ンドネシア語を使った方が適切だと思われる。
a.「相手が教授、教員ならば」
ER(女性、21才)は、大学内では教員に対して ほとんどはインドネシア語で話すが、相手の教員が先 にジャワ語で話してきたら、自分自身もなるべくクロ モで返事しようとしているという。教員がそのジャワ 語のコードを出さない限り、彼女はずっとインドネシ ア語で話した方が良いと考えている。さらに、「クロ モを使うのを嫌うわけではないが、まず、インドネシ ア語の方がより中立的なのでややこしくない。クロモ で話すと、使い間違えないように言葉を選ぶので時間 がかかる。そこで、教員に返事するペースが遅くなっ て、変な間ができて、気まずくなる場合もある。丁寧 なインドネシア語で話せば十分に丁寧だと思う。しか も、大学なので、インドネシア語で聞きたいことがはっ きり言える」と理由を語った。ERにとってクロモは 文化的アイデンティティで、守るべきものとして使う 必要が勿論あるが、大学のような教育的場面において は、公用語のインドネシア語の方が適切だと考える。
また、グヌンキドゥル県の出身であるNA(女性、
20才)も同様に語った。彼女は祖父母や両親にはク ロモで話すが、ガジャマダ大学に来たらジャワ語をほ とんど使わなくなってきたという。「基本的には家や 近所では年上の方に対してはクロモを使うが、ガジャ マダ大学では、教員がいくら年上であってもインドネ シア語で話す」と述べた。彼女によると、教員には非 ジャワ人の教員もいるので、ジャワ人の教員かどうか を確認してクロモに切り換えるよりも平等に使える中
立的なインドネシア語を使った方が無難なのだとい う。
クロモは難解で、誤って使用する危険性があるため 使用しないという学生も多いが、インドネシア語が教 育上の学問的な言語として捉えられていることが、学 生たちのインドネシア語の使用を促す最も大きな要因 となっている。
b.「相手が同学年、後輩ならば」
ER(女性、21才)にとって、大学ではジャワ語 は使う必然性がないという。ジャワ語ができなくても インドネシア語で友人を作ることができるし、インド ネシア語の方が幅広く使える。ただ彼女は、友人との 会話では、せめて簡単なンゴコを入れてほしいという。
ンゴコを入れることによって、会話のニュアンスに親 しみが込められ話し易いし、とても楽しいと彼女は言 う。ジャワ人の友人との会話を通してンゴコを習い始 める非ジャワ人学生もいるので、彼女たちはインドネ シア語と簡単なンゴコを混ぜて会話をしていた方がお 互いにとって良い形になる、と彼女は話をまとめた。
ジャワ人の学生にとってンゴコを混ぜて話すこと は、文化的アイデンティティを保ちながら親しくて楽 しい会話ができる一方、非ジャワ人の学生たちにとっ ても、ジャワ文化を習う機会となって、付き合いもス ムーズになる。
UP(男性、24才)も大学ではインドネシア語を 最もよく使っていると語った。その理由は、前に述べ たように、大学は公的な空間あるいは教育の場として インドネシア語を使った方が適切だと言う。しかも、
彼は医学部の学生であるため、ジャワ語で表現できな い、訳せない専門用語が出てくると、結局はインドネ シア語の方に切り換える。しかし、全ての会話をイン ドネシア語だけで行っているのではなく、相手によっ てジャワ語を入れたりする方法もあると説明した。彼 は後輩や同学年の友人には必ずンゴコか、インドネシ ア語とンゴコを混ぜて話をするが、教員や先輩には基 本的にインドネシア語で話す。ジャワ人の教員や先輩 に先にジャワ語で話されたら、(途中でまたインドネ
シア語にスイッチする可能性が多々あるが)できるか ぎりクロモで返事しようとしているという。
c.「相手が先輩ならば」
一方で、UPは先輩に対して、もう一つ別の会話方 法があると説明している。年齢が離れた先輩や自分と あまり親しくない先輩に対しては、インドネシア語か インドネシア語にクロモを混ぜて使うが、仲良くして いる先輩に対しては、あえてクロモを避けてンゴコで 話すという。ンゴコを使うことによって、先輩との仲 の良さや親しみが倍になって会話が楽しくなる。この ような形は勿論先輩からの了承や願望があってこその 付き合いなのだが、お互いの興味や好みと、付き合い 期間の長さによるとしている。「先輩から仲良くして もらい、ンゴコで話してほしいというサインをもらっ たら、僕もンゴコで話し始める。でも、ンゴコの中で も丁寧なンゴコを使う。丁寧ではない印象を避けるた め、たまにインドネシア語を混ぜて先輩と会話をする」
と彼は説明する。このような現状は、UPだけではな く、他のインタビュー対象者もほとんど同様に答えて いた。
教員と先輩にはインドネシア語かインドネシア語に クロモを混ぜて話すという選択肢が最も多く選ばれて いたが、先輩に対してはさらに付き合い方の選択肢が ある。つまり、親しみを感じさせ、距離感を縮めるた めの工夫として、後輩はンゴコで先輩に話すことが好 まれる。
6.おわりに
現代のジャワ人の若者の間では、クロモというジャ ワ語の敬語使用ができなくなっていることが明らかに なった。敬語の使用はどのように変化してきたか、二 点に絞ってまとめられる。
①本来は相手に敬意を表わすためにクロモが用いら
れるが、クロモの使い分けが非常に難しいことに加え て、その使い分けには誤用の危険性がある。つまり、
クロモを間違って使うと、相手に対して非常に失礼な ことになり、若者自身がクロモを使う自信を無くす。
そのため、規範的で本来のクロモを使用することを避 け、より無難で使い易いクロモ、即ち、簡素化したク ロモあるいはクロモ・ルマと呼ばれる日常で使う際に 規範に縛られないクロモを求める若者が増えている。
実際には、ジャワの若者にはクロモをジャワ文化の一 つとして使いたいという願望はあるが、規範的には使 えない。結果として、若者の敬語離れの状況が進んで いく。
②インドネシア語へのコードスイッチングという手 段がある。インドネシア語にコードスイッチングする ことによって、ジャワの若者はより中立的な敬意の表 わし方を求めていることが明らかとなった。つまり、
クロモを使用するだけが相手に対して敬意を表わした り、丁寧に話そうとしたりする努力の表わし方ではな いということである。インドネシア語へのコードス イッチングという手段は、相手に対しては無難で誤解 のない、より中立的なコミュニケーションの方法とし て認識されている。
このように、現代のジャワの若者の間では、敬意を 表わすために、簡素化したクロモあるいはクロモ・ル マ、インドネシア語へのコードスイッチングという手 段の使用へと移行していく可能性がある。特にクロモ・
ルマは、今後の敬語を担うにことになる可能性がある と考えられるが、このような現象は先行研究の中では 論じられておらず、本論文が注目する重要な点である。
つまり、クロモ・ルマは若者が生み出している若者な りの新敬語であると考えられる。クロモ・ルマという 用語自体は、どこまで広がって普及しているのかこれ まで全く言及されておらず、今後の課題になると考え る。
註
i ジャワ語の正書法では、KramaとMadyaは[a]母音で表記されているが、発音するときはKromoとMadyo のように、[o]母音で行われる場合が多い。本研究では、KramaとMadyaについては正書法にしたがって表 記することにした。一方、NgokoはNgakaとは書かれることはないため、発音のとおりに表記した。
ii マタラム王国の時代では、上流社会の家族の中では、妻が夫に対して敬意を表わすために、クロモを使う 場合もある。
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