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解釈学的問題としての「同時性」の問題

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解釈学的問題としての「同時性」の問題

その他のタイトル Das Problem der ,,Gleichzeitigkeit" als das hermeneutische Problem

著者 東 専一郎

雑誌名 関西大学東西学術研究所紀要

巻 6

ページ 11‑40

発行年 1973‑03‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/16098

(2)

この小論の主題に関して最初に簡単な説明をしておきたい︒まず

第一に主題の前半部分を構成している﹁解釈学的問題﹂ということ

であるが︑この言葉を私が意識して使うようになったのは︑現代ド

イツの知名の哲学者ハンス・ゲオルクガダマー︵四四易︲︒①○詞

の脚9日国︶の﹃真理と方法﹄︵三画胃言茸屋豆冨g言号︶という

書物を読んでからでからである︒この書物にはQ局巨目骨信①①旨9

己匡さmog言言昌国①局B2の三時︵哲学的解釈学の要綱︶という副題が

つけられているが︑ガダマーはこの書物の﹁序論﹂の冒頭で︑自分

の研究の主迦が﹁解釈学的問題﹂︵9m冨門日の目①巨吾号①淳○亘①日︶

の究明にあるといって︑それがどういう問題であるかということに

ついて︑この書物全体のなかで︑該博な学識を基礎において深い省

察を試みている︒ガダマーは︑解釈学の問題は近代科学の方法概念

によって措定された限界を越えた問題であって︑単に科学的な

宮①吾呂時︵方法学︶の問題ではないという︒そして︑芸術や哲学や

解釈学的問題としての﹁同時性﹂の問題︵東︶

解釈学的問題としての﹁同時性﹂の問題

宗教l宗教の問鼬について彼は必ずしも正面から表明的に論及し

ているとはいえないがIのなかには︑近代科学的な富osa房の

支配圏域を越えた或る﹁真理経験﹂︵団弓毎言巨長ぐ○ご乏画言言邑

が必ず含まれていて︑科学的真理の絶大な支配力に抗して︑芸術や

哲学や宗教の中に必ず含まれている科学的ならざるこの真理経験を︑

しかも学問内部の問題として︑いかに解釈するかという問題が︑精

神科学︵○①童①︑三m蔚冒胃言壽口︶の領域における所謂﹁解釈学的問

題﹂であるという︒しかもガダマーは︑単に芸術や哲学や宗教の問

題ばかりではなく︑一般に歴史の理解とか解釈というような問題に

も触れて︑上述のごとき﹁解釈学的問題﹂が︑吾之の歴史理解の根本

にも伏在している問題であるという︒しかし︑ガダマーの思想を直

接論究することがこの小論の目的ではないので︑﹁解釈学的問題﹂と

いうことについての問題提起を彼自身のそれとしてここでこれ以上

詳しく説明することは省略したいが︑私は戦後の日本において︑大

きな思想的指導力を発揮した広い意味での進歩主義とでもいうか︑

そのような立場での歴史の考え方に︑いまガダマーを援用して述べ

一一

東専一

(3)

たような﹁解釈学的問題﹂を含んだ歴史意識がまったく抜け落ちて

しまっていたのではないか︑そしてそこに戦後の進歩主義の問題点

があったのではないか︑と考える︒進歩主義の立場での歴史の考え

方というようなものだけでは︑現代世界における歴史の問題は︑根

本的には解決しないのではないか︑そのような点からいって現代世

界は一つの大きな曲り角にさしかかっているのではないか︑と私に

は思われる︒

次に︑一︲解釈学的問題︲|ということについての上述のごとき理解

に基づいて︑この小論の主題である﹁解釈学的問題としての同時性

の問題﹂ということについて或る序論的な論究を試みたい︒

歴史ということはいうまでもなく︑歴史的時間の上で生起する様

々な事象の時を追っての継起的繋がりに他ならないが︑そのような

歴史の﹁理解﹂ということが吾々において成立するためには︑過去

のものが何等かの意味において︑吾食と共に現在同時に存在してい

る︑ということがなければならない︒例えば︑考古学的な歴史研究

とかそれに基づく歴史の理解が吾食において成立するためには︑い

うまでもないことであるが︑考古学的な過古の遺物が吾々と共に同

時に存在している︑ということがなければならない︒しかしながら︑

過去の遺物のこのような外的同時性ということばかりではなくして︑

例えば芸術史の理解というようなことが吾之において成立するため

には︑いろいろの時代の芸術作品の存在というものが︑より内的な

意味において吾々と共に同時に存在している︑ということがなけれ ばならない︒この場合︑芸術作品の存在ということは︑絵画や彫刻や文学作品が単に物体として存在しているということでは勿論あり得ない︒勿論それらが物体として存在しているということがなければ︑芸術作品の存在ということもあり得ないわけであるが︑しかしながらここでいう芸術作品の存在ということは︑芸術作品が芸術作品の本質を備えたものとして存在している︑ということである︒芸術作品は製作年代がそれぞれ違っていても︑また作品としての様式とか表現形態がそれぞれ違っていてもl芸術史の理解ということが吾々において成立してくるためにはlそれが皆芸術作品である︑

︑︑︑と吾々においていえるところがなければならない︒芸術の歴史の理

解ということが吾々において成立してくるためには︑そのような

︑︑︑ところとして芸術の世界とでもいうべきものが吾食において成立し

ていなければならないであろう︒時代的様式的にいろいろ違ったも

のであっても︑それらがすべて共に芸術作品として見られ得る世界

というような意味での歴史的時間の継起を内に包摂した同時的な芸

術の世界が吾々において成立していなければならない︒時代や様式

がそれぞれ違ったすべての芸術作品が︑同時におなじ芸術作品とし

て見られ得るという歴史理解の同時的な視点︑つまり芸術創造の原

点はいつも現在であり︑そのような現在のメタモルフォーゼが芸術

の歴史であるという歴史理解の同時的な視点︑というものがなけれ

ば︑芸術の歴史の理解というようなものは吾々において成立するこ

とができないのである︒このような芸術作品の芸術作品としての同 一一一一一一

(4)

時性ということは︑単に過去の遺物が吾灸と同時に存在していると

いった外面的な同時性ではなくして芸術作品の芸術作品としての本

質にまで理解がとどいたところで成立している同時性であるといえ

トエ具ノO

ところで次に私は︑最も深い意味での同時性ということが︑宗教

の歴史理解の本質的な条件として考えられなければならないのでは

ないかと思う︒例えば︑﹃伝灯録﹄というような形で吾々に遣され

ている禅の歴史がある︒これは代々の禅の祖師方の所謂﹁さとり﹂

︑︑b︑︑︑の因縁を記録した書物であるが︑これが何故本質的な意味での仏教

の歴史特に禅の歴史になっているかというと︑それはどの祖師方の

﹁さとり﹂も比較の話ではなくして︑いずれも同一の﹁さとり﹂だ

からである︒そしてこの同一の一;さとり︲﹂という絶対現在的同時的

な視点から︑いろいろな祖師方の所謂﹁さとり﹂の因縁が見られて

いるから︑仏教の歴史とか特に禅の歴史というものの成立が考えら

れてくるのである︒

しかしながら︑この同一とか同時という言葉は厳密に考えられな

ければならない︒現代のドイツの最も深い哲学者といわれるマルテ

ィン・ハイデッガーは﹀国①旨葺蟹自国・己罵嚴尉昌具︵﹃同一性と差異

性﹄︑仏教的な耐葉でいえば﹃平等と差別﹄︶という書物の中で︑国①ロ︲

胃弩︵同一性︶という言葉との庁旨匡局騨︵相等性︶という言葉を区

別して︑壷の昌詳蟹ということがどういうことであるか︑というこ

①とをいろいろ詳しく考えている︒西洋哲学で鹿の旨昏鐸ということ

解釈学的問題としての﹁同時性﹂の問題︵東︶ がどういうことであるかということは︑パルメ一デス或いはプラトーン以来西洋哲学における大問題であって︑ハイデッガーはそのような西洋哲学の根本問題としてこの問題を考えているわけであるが︑ここではハイデッガーのいう国①旨三蟹との匡呂寄寓の相違ということを手がかりとして︑これまで述べてきた問題についてもう少し考えたい︒

①重g言牌ということは︑二つのものを相対的に比較した場合︑

両者が相等である︑つまりあい等しいということである︒例えば︑

二つの三角形が合同であるということは︑この二つの三角形が比較

の上で少しも形や大きさが違わないということ︑つまり二つを重ね

れば両者が全く一致するということである︒ところがこれに対して︑

国の口受蟹ということは︑例えば︑昨日の私と今日の私とが同一の

私である︑という場合におけるような意味での同一性ということで

ある︒それは︑昨日の私と今日の私とが別の違った人間であって︑

両者を比較した場合︑何処をとって見ても両者が相等しい︑つまり

の豆呂冨芹をもっている︑ということではない︒昨日の私と今日

の私は事実︑比較の上では︑つまりの互昌意騨という地盤の上で

は︑両者はいろいろと違っている︑体重が違ったり︑気分が違った

りしているわけであるが︑それにもかかわらず両者は同一の私であ

︑︑もる︑ということができるところがあるわけである︒このような

画①目葺警の地盤なくしては︑吾々の人格の統一とかそれに基づく

責任というようなことも成立しないといえよう︒詳しく説明する余

一一一一J

(5)

裕はないが︑一般的にいって科学や技術の成立する地盤は⑦匡呂︲

壷曼という地盤であり︑これに対して︑哲学や宗教の成立する地

盤はこの国の口受弩という地盤であるといえると思う︒いろいろな

存在者がそこで比較され測定される①重g毎畳の地盤の上で︑科

学や技術は成立する︒これに対して哲学や宗教において︑人間が死

すべき存在として自己の存在が問われるのは︑自己の存在の国①ロ︲

昏警が死においてどうなるかということが︑吾々にとって抜き差

しならぬ問題となってくるからである︒そういう意味で︑哲学や宗

教の問題は︑相対的な比較や測定の問題ではなくして︑自己の存在

の国の旨昼鐸にかかわる問題である︑といえると思うo

以上︑国①冒三蟹ということがどういうことであるか︑またそれ

にどういう問題が含まれているかというような点について︑多少迂

の路をして簡単な省察を試みたわけであるが︑次に吾灸の歴史理解

の問題に立ち帰って考えてみたい︒私は歴史の理解ということにつ

いても︑いまいった国①旨葺舞の地盤と①冨呂彦昌の地盤とい

う︑二つの地盤が考えられなければならないのではないかと思う︒

先にいった近代的な進歩史観といったようなものは︑このの匡呂︲

置曼という相対的な地盤の上だけから歴史というものを考えて行

こうとする立場であると思う︒しかし歴史には︑このような

の豆昌彦鼻の地盤の上で相対的に比較される進歩の国営○国①とい

うことばかりでなくして︑国①口受鐸の地盤の上で︑人間存在の同

一の根源の絶体現在的同時的メタモルフォーゼとして現われる ①綴呂①言旨︵生起︶としての①綴呂旨三①︵歴史︶ということがなければならない︒この同一の根源のメタモルフォーゼの歴史という視点を外してしまったならば︑歴史における伝統というような問題は本質的な意味では考えられない︑と思われるc﹃西田幾多郎全集﹄第十四巻に収録されている﹃日本文化の問題﹄に︑伝統ということに関して述べられた次の個所がある︒﹁伝統とは現在を中心として

︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑14︑過去と未来が同時存在になることである︒即ち現在に於て過去が空︑︑︑︑︑︑︑︑︑b︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑間的に映され動いてゆく事である︒一体歴史は過去から未来へ動く

事と考へられているが︑実は現在から過去を考へてゆくもので伝統

もそれに従って動いてゆくものである︒この点に関するT・S・エ

リオットの考へはなかノ〜面白い︒彼によれば伝統は過去のもので

なく︑現在に生きて動いてゆくもので︑過去と未来とが現在で統一

して行くことと考へて居る︒それは何もしないものではあるが︑そ

②れがなければ現在を纒めて行くことの出来ぬものである︒﹂︵傍点筆

者︶と︒上記の言葉を使っていえば︑歴史は単に進歩の次元を﹁過

去から未来へ動く事﹂のみに尽きるものではなく︑﹁現在に於て過

︑︑︑︑去が空間的に映されて動いてゆく事﹂︑つまり︑現在において過去︑︑︑︑︑︑が絶対現在的に映されて動いて行くことである︒一︲現在に於て過去

が空間的に映されて動いてゆく﹂という仕方で︑伝統ということが

本質的に問題になっている処では︑人間存在の同一の根源の絶対現

在的同時的メタモルフォーゼという或る富湧壽︵神秘主義︶がそ

の中にいつも必ず含まれていなければならない︒

(6)

周知のごとくキェルヶゴールは一︲キリストとの同時性﹂a尉

︒重○言①冨倶の耳目騨○言尉冒巴ということを︑キリスト教信仰の

lそれなくしては信仰そのことが成立し得ないl根本制約だと

考えたばかりではなく︑むしろ端的に信仰そのことのものがら︑或

解釈学的問題としての﹁同時性﹂の問題︵東︶ 私は以前︑現代における実存の立場の哲学の創始者といわれるキェルヶゴールによって︑﹁私の生涯の思想﹂と呼ばれた﹁キリストとの同時性﹂の思想を手がかりとして︑日本曹洞禅の開祖である道元が仏陀における﹁同時成道﹂の伝承に関して述べた彼独自の同時

③性の思想を検討し︑両者の宗教哲学的な或る比較研究を試みた︒そ

こでは︑﹁キリストとの出会い﹂ということと﹁覚者との出合い﹂

ということが︑宗教的実存の性起の問題︑つまり宗教的時間の性起

の問題として︑実存論的に比較考察されたのであるが︑両者の同時

性の思想にはlキリスト教神秘主義と禅の神秘主義という相違は

あるがともに︑宗教的時間の性起の問題ということにつきない

歴史の問題︑すなわち︑宗教における伝統ということをいかに理解

するかという或る﹁解釈学的問題︲一が含まれていたといえるであろ

う︒この小論では︑上述のごとき宗教的時間の性起にかかわる﹁同

時性の問題﹂を︑歴史における伝統との出合いということに関する

或る﹁解釈学的問題﹂として︑つまり︑宗教的時間の性起の問題と

等根源的な歴史における伝統理解の問題として︑考察したい︒

一一 いは信仰そのことの本質だと考えた︒彼がキリスト教千九百年の歴史をいわば躍び越えて﹁キリストとの同時性﹂のなかに直接に信仰の本質を把握しようとしたことは︑信仰の問題をあくまでも自己身上の問題として実存論的に究明しようとする意図からでたことであるのはいうまでもないが︑それは同時に︑彼がキリストの存在の存在論的性格として﹁同時性﹂という事態を目撃したことに由来している︒勿論︑キェルヶゴールの同時性の思想の上述のごとき実存論的側面と存在論的側面lこの二つの側面は︑相互にからみ合った側面であるが︑この小論では彼の同時性の思想の第二の側面が注目される︒それはこの第二の側面に︑本論文の主題である﹁解釈学的問題としての同時性の問題﹂とでもいうべき問題が含まれているのではないかlそのように私に思われるからである︒

キェルヶゴールが﹁キリストとの同時性﹂ということをいう場合︑

歴史的同時性と永遠的本質的同時性ということを厳密に区別した︒

これはよく問題にされる周知の区別であるが︑両者の連関を問題と

するキェルヶ?コールの同時性の思想において︑一般に︑歴史の理解

ということに関する解釈学的な問題として︑両者の解釈学的連関と

いうことが問われていたのではないか︑私はそのように考える︒そ

れでこの小論では特にその点を問題としてとりあげたい︒

キェルヶゴールに拠れば︑キリストを信ずる者は︑いかなる人も

決して過去のこととはならない地上におけるキリストの現在を生き︑

そのような意味でその人はキリストと永遠的本質的な同時性におい

一五

(7)

てある︑といわれる︒従ってキェルヶ等コールは﹁決して過去のこと

とはならない地上におけるキリストの現在﹂︑所謂a①富農鴉

の①沼亘呂蔚︵聖なる歴史︶ということを︑信仰にとって欠くことの

できない歴史的前提だと考える︒そして彼はこのような島①再匿鳴

の①召匿呂蔚のなかに含まれている永遠的本質的同時性ということ

を︑吾之の歴史理解の条件としてのいかに広汎な意味における歴史

的同時性ということからも厳密に区別する︒彼はそのような観点か

ら&①富澤電①go三︒宮のは﹁歴史の外﹂酋匡汗烏言与号局⑦のい︲

①g旨宮巴にあるという︒従って彼の考える永遠的本質的な意味で

の﹁キリストとの同時性﹂ということは︑吾灸のどのような歴史の

理解をもすべて拒否するという仕方で︑いかなる人のいかに広汎な

︑︑歴史理解の条件のなかにおいても絶対否定的に不在であると同時に︑

﹁決して過去のこととはならない地上におけるキリストの現在﹂と

して︑それが一i聖なる歴史一と呼ばれようとも単に或る特定の歴史

としてのみではなく︑現在において過去が絶対現在的に映されて動

くという仕方で︑いかなる人の信仰の歴史的前提の中においても絶

︑︑対肯定的に現在である︑といえる事柄でなければならないであろう︒

キェルヶゴールが歴史的同時性ということをいう場合︑その端的

な意味は差し当たり歴史的同時代性ということである︒しかしなが

ら勿論︑イエスと歴史的に同時代人であるということはキリストと

の永遠的本質的同時性ということとは何のかかわりもない︒イエス

と同時代人であったとか︑彼と共同生活をしたというようなことは︑ 信仰にとって何の特権にもならないことはいうまでもない︒しかしながらこの歴史的同時性ということは︑外面的な歴史的同時代性ということから吾々の歴史理解の条件としての歴史的同時性ということにまでlこれは永遠的本質的同時性ということの意味をそれと対比して解釈学的に徹底して究明するためであるがl拡大されなければならない︒同時代性という意味での歴史的同時性ということとは違っているが︑例えば聖書を古典として読むことができる人間は︑それを古典として読むことができるという点においていかなる時代の人といえども歴史的同時性においてある︑ということができる︒また一節において述べたごとく︑例えば凡ての芸術作品が時代や様式はそれぞれ違っていても︑それらが同じ芸術作品と見られ得るような芸術の世界の成立︑つまり歴史的同時性の成立ということが︑芸術の歴史の理解ということの根本条件である︒従ってこれらの事柄は一般化していえば︑吾々の文化の理解ということ全般についていわれなければならならない事柄である︒しかしながらキェルヶゴールの考える歴史的同時性ということの中で最も重要な点は︑吾々の歴史理解の根本条件としての歴史的同時性ということの中に実存的同時性︵島①のx量目凶①房の重o言①匿鴇①gという最深の契機を入れて考えている︑という点である︒実存的にイエスとかかわりを持ち︑実存的にイエスと同じく生きる︑そういう実存的な在り方という点においては︑時代の区別というようなことは問題ではな

い︒しかもこのようなことは勿論単にイエスについてだけいわれ得 一一ハ

(8)

ることではない︒例えば︑江戸時代の或る古学派の儒学者たちは儒

教の伝承の歴史を越えて孔子と実存的に同時的に生きるということ

を自からの生活理想とした︑といわれる︒吾食はイエスにしる孔子

にしろ︑実存的にそれと同じく生き得るという点において︑時代の

相違を越えて完全に歴史的同時性という同一線上に立っているとい

わなければならない︒

それでは何故キェルヶ︒コールは︑歴史的なものの実存的現在化と

いう操作を通して実現される︑文化の理解という次元をも越えた最

も深い意味での歴史的同時性ということと︑信仰の本質である永遠

的本質的同時性ということとを︑一線を劃するような仕方であのよ

うにはっきりと区別しようとするのであろうか︒それは恐らく︑歴

史的なるものの実存的現在化という次元にまで深化されて捉えられ

る歴史的同時性といえども︑単に歴史という波の上における深化さ

れた次元での異時の同時化ということに過ぎないからである︒歴史

の原理である異時の同時化によって成立する歴史的同時性は︑それ

が人間存在のどのような深層において成立しようとも︑歴史そのも

のが十時架にかけられ超歴史として復活する処lそれがキェルケ

︒コールのいうg①富監嘱の①o豆の胃の︵聖なる歴史︶ということで

あるlにおいて成立する永遠的本質的同時性とは質的に違った同

時性である︒ともかく吾友はここで︑歴史的同時性と永遠的本質的

同時性との解釈学的連関が覆蔵する歴史と超歴史との間の宗教的な

卿死線ということに留意しなければならない︒吾々が歴史に死んで歴

解釈学的問題としての﹁同時性﹂の問題︵東︶ 史を超えて復活するという吾々の実存的問題においても︑勿論歴史と超歴史の間に宗教的死の問題という厳粛な問題がある︒これと同

︑︑︑︑︑様に︑歴史を生きる人間が超歴史を保蔵する宗教的伝統をいかに継

承するかという問題を究明しよとする場合にも︑歴史と超歴史の連

関のなかにある解釈学的問題として︑宗教的死の問題を吾々は決し

て忘れてはならないであろう︒周知のごとくハイデッガーは︑﹃有

と時﹄において︑吾々人間の現有が一︲死への有﹂として︑先駆的覚

悟性の内で死に明け渡された﹁︲瞬間﹂︵シ長①ロ三島︶において︑

﹁遺産の伝達﹂︵ご意1尉嚴門旨①言①︑国吾①巴ということが真の意味

において成立すると考え︑そのことがそこで真の意味において成立

し得る現有の実存論的構造として﹁現有の歴史性﹂a尉の①胃巨︲

⑤g藍呂訂騨号︑己鵲凰昌︶ということを問題にした︒これは勿論︑

伝統の継承ということに関する生の哲学の立場でのディルタイ的な

解釈学的問題の理解のなかには立場上決して見当らない︑︿イデッ

ガーに特有な卓抜な見解である︒しかしながら﹃有と時﹄の時期に

おける彼の死の理解は︑宗教的な意味での死の理解にまで決して届

いてはいないのである︒従って︑吾々が死に明け渡されるというこ

とが︑﹁遺産の伝達﹂ということが真の意味において成立し得るが

ための不可鉄の条件である︑ということはいうまでもないことであ

るとしても︑それだけの死の理解では︑歴史的同時性と永遠的本質

的同時性︑歴史と超歴史の解釈学的連関のなかに覆蔵された宗教的

死の問題を一つの解釈学的問題として究明することには決してなら

一七

(9)

ないであろう︒﹃有と時﹄においてのようないわば生死的な死の理

解が宗教的死の理解にまで届いてこそ︑始めて﹁遺産の伝達﹂とい

うことが真の意味において成立し得るがための充分な条件が用意さ

れる︑といわなければならないのではないか︒

吾々は先に︑実存的同時性というところまで深化された歴史的同

時性といえども︑単に歴史という波の上における深化された次元で︑︑︑︑︑︑の異時の同時化ということであって︑超歴史の歴史化という次元で

成立する永遠的本質的同時性ではあり得ないといった︒そして︑両

者の連関のなかに覆蔵された宗教的死の問題が注目された︒前述の

碗︒︑︑︑︑やごとく異時の同時化ということは︑歴史の原理︑歴史構成の原理で

ある︒しかしながらこの異時の同時化としての歴史の原理というこ

とはキリスト教的にいえば︑多少飛躍した言い方になるが︑律法の

原理ということに他ならないであろう︒実存的同時性という次元に

まで深化された歴史的同時性といえども︑永遠的本質的同時性には

届かないということは︑神学的にいえば︑律法的同時性が福音的同

時性に届かない︑ということであろう︒実存的にイエスと同じよう

に生きようとすることは︑イエスと同じように生きようとしてしか

も同じようには生きることができないという実存的な問題を︑同時

にその裏に含んでいる︒しかしながら︑イエスと同じように生きよ

うとして︑しかも同じように生きることができないということには︑

実存的に歴史的なるものの現在化︑異時の同時化を追究して︑しか

も実存的深化が足りないということには尽きない意味がある︒仮り に異時の同時化として︑実存的同時性ということが完全な意味において成就したとしても︑そのようにして成立した歴史的同時性と︑本質的永遠的同時性ということとの間には︑或る無限なへだたりがある︒その故はここでいう永遠的本質的同時性とは︑イエスがキリストであるということにおいて︑超歴史を含んだ歴史として成立している同時性であるからである︒従って上述のごときへだたりは︑実存的な異時の同時化の次元におけるへだたりが仮に零になったとしても︑その故にこそかえってはっきりと露わになってくる歴史と超歴史との間の無限のへだたりである︒従って吾灸はここで︑律法的自己追求的自己における宗教的死の問題を看却することができない︒吾々がキェルヶゴールにおける歴史的同時性と永遠的本質的同時性との間の解釈学的連関ということを問題とする場合においても︑前述のごとき宗教的死の問題を蔵した連関として︑生の解釈学の立場とは違ったそれの取り扱いが要求されるであろう︒歴史的同時性と永遠的本質的同時性との間の無限のへだたりが露わになるということ︑すなわち例えばキェルヶゴールのいうような﹁思弁的過程に対する対立としての同時性﹂︵①匡○言①匿鴇①騨巴︑の品①畠胃国

⑥園巨日名禺昌画蝕ぐ①旨卑○N①器︶ということの成就において︑それに

もかかわらず却って両者の無限のへだたりが露わになるということ

は︑時間のへだたりをうめるいかに深化した仕方での異時の同時化

も福音的同時性としての永遠的本質的同時性の成立ということに対

するいわば﹁蹟きの可能性﹂に他ならない︑ということの深刻な露

(10)

吾々はこの小論では︑キェルケゴールにおける歴史的同時性と永

遠的本質的同時性の連関という問題を︑前述のごとく︑総じて歴史

の理解ということに関するある一つの解釈学的問題として究明しよ

うと試みてきた︒一体︑歴史の理解とそれに基づく歴史の記述とい

うことには︑前述の言葉でいえば異時の同時化の問題︑これを特に

歴史学的な歴史記述の問題としていえば︑所謂﹁時間のへだたり﹂

の克服という問題がある︒例えば︑吾々が過去の文献を充分読みこ

なすことができるためには︑吾々の時代の言葉と非常に違った古い

時代のそれを実証的に詳しく解読するという仕方で︑吾々の時代と

過去の時代を引き離している﹁時間のへだたり︲一が克服されなけれ

ばならない︒しかしながらそのような仕方で成立する異時の同時化

の成立︵歴史的同時性の成立︶は︑例えば︑古典が保蔵する本質的真

解釈学的問題としての﹁同時性﹂の問題︵東︶ 呈であるといえよう︒キェルケ︒コールの﹁蹟きの可能性﹂の問題については後で触れたいが︑吾々は歴史的同時性と永遠的本質的同時性の解釈学的連関ということを問題とする場合︑生の解釈学の立場では立場上究明することが不可能な問題として︑解釈学的問題としての﹁蹟きの可能性の問題﹂ということを考えなければならないであろう︒というのは﹁蹟きの可能性﹂の問題のなかに︑キマールケゴール特有な宗教的死の問題が蔵されている︑と考えざるを得ないからである︒

理が吾灸の自己表現として吾を自身の所有となり吾灸に継承される︑

といった場合に成立するような意味での﹁時間のへだたり﹂の克服

というようなことと比較すれば︑単に外的な意味での異時の同時化

の成立︑すなわち単に外的な意味での歴史的同時性の成立というこ

とに過ぎないであろう︒前述のような意味での一︲時間のへだたり﹂

の外的な克服によって︑却って内的本質的な意味での﹁時間のへだ

たり1−が露わになる︒言葉の障碍というような意味での一︲時間のへ

だたり#一が真に克服され︑言葉が言葉として意味するところが真に

露わになることによって︑却って古典の本質が︑それを自己の側か

ら理解することを許さない或る異質なものがらとして経験され︑そ

のことによって真の意味での一︲時間のへだたり﹂がそこで始めて露

わになる︑ともいえるのである︒従って︑吾之が内的本質的な意味

において経験する一︲時間のへだたり﹂︑つまり︑吾交に或る異質な

ものとして経験される伝承の本質が︑吾々の自己否定を通してより

深い意味での吾々の表現として理解されるとき︑始めて﹁時間のへ

だたり﹂ということの真の意味での克服が成立し︑より深い意味で

の異時の同時化ということが成立する︑と一応いうことができるで

あろう︒

一節の冒頭で触れたことであるが︑ここでもう一度︑﹃真理と方

法﹄︵三国言言陣旨目・言gき計︶におけるガダマーの所説を︑上

述のごとき問題に関連させて︑すこし敷荷しておきたい︒同書にお

いて彼は︑シュライエルマッヘルに始まりディルタイにおいて完成

一九

(11)

される近代解釈学の発展のなかに︑どのような﹁解釈学的問題﹂が

含まれていたか︑という問題を非常に綿密詳細に追求する︒ここで

はそれに詳しく論及することは避けたいが︑彼が近代解釈学の創始

者と完成者として︑それぞれシュライエルマッヘルとディルタイと

を特に問題にした視点は︑前者に関しては︑他者の理解の問題とい

う視点であり︑後者に関しては︑自己表現の問題という視点であ

る︑と大略いうことができるであろう︒吾灸が何かを理解し解釈し

ようとすることは︑その何かが吾々にとって誤解の可能性を含んだ

他者性を備えた何ものかであるからである︒単に自明な事柄を︑吾

灸はことさら改めて理解し解釈しようとはしないであろう︒しかし

ながら他方︑その何かについての理解と解釈が吾々において完成す

︑︑︑るということは︑吾々にとって他者性を備えたものとして否定的に

︑︑︑現われるこの何ものかが︑却って肯定的により深い意味で吾々自身

の所有となり︑より深い意味での自己表現として理解し解釈される

ということである︒ガダマーは︑吾々が何かを理解し解釈しようと

︑︑する場合当然問題になるべき解釈学的問題状況の以上のごとき否定︑︑︑︑面と肯定面とを︑それぞれシュライエルマッヘルとディルタイに振

り分けて︑それを両者に固有な一︲解釈学的問題﹂ということの二つ

の局面として究明しようとしている︑といってよいであろう︒ガダ

マーは他者の理解の問題という前述の第一の視点から︑シュライェ

ルマッヘルの考えた﹁普遍的解釈学の理念﹂a尉迂用①言国冒ご︲

ぐ胃邑①昌国①昌日①ロ①二三ごとして︑仙島の卑註言冒温号晴卑①国己寄詳 ︵他者性︑異質性︑不識性の経験︶︑⑨島の富貴言冥昌号三島︲

⑦蔚鬮融目・冒雷$︵誤解の可能性︶︑という二つの事柄を問題とする︒

島①固烏蚕言自国的号局卑①日包言騨ということは︑吾々が過去のもの

を理解し解釈しようとする場合の初歩的な解釈学的問題状況に即し

ていえば︑勿論差し当たりは︑例えば過去の時代の古典を構成して

いる津①日・な言葉に関する文献学的な解釈の困難さに︑必然的に

随伴する写①日1冨騨の経験ということであろう︒しかしながら前

述のごとく︑そのような意味での一時間のへだたり﹂に由来する

写①日号曼の経験は︑過去のものの理解とか解釈が克服すべき前

提条件であるに過ぎない︒むしろ︑﹁時間のへだたり﹂に由来する

上述のごとき写①日包冨胃が克服され︑最早辱の日・でなくなるこ

とによって︑それとは完く質の違った種類の写①日号呈つまり︑

吾々が理解し解釈しようとする事柄に固有な内容それ自身がもつ

蜀制日・胃牌が︑ここで始めて問題となってくるのである︒吾々が

過去のものを理解し解釈しようとすることは︑そのもの自体が何で

あるか︑そのもの自体の固有な本質が何であるかを問題にすること

であって︑こちら側の勝手な所謂﹁近代的解釈﹂をそれにつけ加え

たり︑伝承的解釈の自明な前提に安易に依存することであってはな

らないであろう︒そのことは逆にいえば︑吾々が既に持ち合わせて

いるこちら側の自明な理解を投入して勝手な解釈をしようとすれ

ば︑そのような解釈はそのもの自体の固有な内容の誤解になり蹟き

になる︑ということである︒シュライエルマッヘルの﹁普遍的解釈

(12)

学の理念﹂構成の前提である弓蔚日号①茸の経験﹂ということと︑

﹁誤解の可能性︲|ということとは︑以上のごとき意味において相互

に連関し︑いわわば一つの解釈学的問題状況を形成している︑とい

って差し支えないであろう︒そのような意味でガタマーは︑シュラ

イェルマッヘルの﹁解釈学は誤解を避ける術である﹂︵国閏日の目早

鼻営農①〆巨目鼻︾冨馬ぐの曼画且国自ぐ①胃日①己目・︶という言葉を引︑︑︑︑︑℃︑︑︑︑用し︑このような否定的表現aご日昌の彊蝕ぐ①少一﹄a目︒どのなか

③に解釈学の凡ての課題が含まれている︑というのである︒

前述のごとく︑近代解釈学の祖といわれるシュライエルマッヘル

が︑弓局①日・毒豊の経験﹂と﹁誤解の可能性一という普遍的解釈

学的理念に基づいて︑解釈学的問題状況の否定面を適確に把握して

いるのに対して︑近代解釈学の完成者であるディルタイは︑シュラ

イェルマッヘルにおいていわば他者ないしは汝として否定的に経験

されたものを︑却って自己のF号①国︵生︶の表現と見るような解釈

学的間胆状況の肯定面を︑特にとりあげて問題にしたといえるであ

ろう︒ガダマーは勿論﹃真理と方法﹄において︑近代解釈学の出発

点と完結点との連関を︑解釈学的問題状況の否定面と肯定面との吾

︑︑々が問題にしようとしているような或る内的な連関として︑必ずし

も自覚的表明的に述べているとは言い難いが︑この小論では︑こ

︑︑の否定面と肯定面との或る内的連関の問題が特に表明的に問題とし

て立てられ︑以下の論述が進められる︒従って私は上述のごとき

解釈学的間迦状況の否定面と肯定面の連関を︑先に触れたごとく宗

解釈学的問題としての﹁同時性﹂の問題︵東︶ ︑︑教的死の問題を入れて︑死︵否定面︶と言葉︵肯定面︶の内的連関の問題として考えたい︑と思う︒というのは︑吾食が宗教上の古典をいかに理解するかとか︑宗教上の遺産をいかに継承するかというような問題に︑自己身上の問題として直面する場合︑シュライエルマッヘルからディルタイヘの上述のごとき解釈学的間迦状況のI死線が抜かれた否定面と肯定面とのlいわば形式的な連関の分析だけで果して充分であるかどうか︑そのような点に私は大きな問題を感ずるからである︒前述のごとく﹃有と時﹄のハイデッガーは︑吾々現存在が先駆的覚悟性なかで死に明け渡された瞬間において︑遺産の伝達ということが真の意味において成立すると考え︑そのことが真に成立し得るがための現存在の実存論的構造として現存在の歴史性ということを問題にした︒これはシュライエルマッヘルからディルタイヘの近代解釈学の発展の中には見当らない解釈学的問題の一歩踏み込んだ把握であるといえるであろう︒しかしながら︑死に明け渡された先駆的覚悟性ということは︑遺産の伝達ということの必要条件ではあっでも︑充分な条件ということには決してなり得ない︒それはまた遺産の伝達ということの内容にはかかわらない単に形式的な条件であるに過ぎない︒従って吾灸が遺産の伝達の内容ということに特に眼をつけて考える場合︑死への先駆的覚悟性ということだけでは︑それは遺産の伝達ということの必要条件にすらなり得ないのである︒吾々が宗教上の遺産をいかに継承するかということを問題にする場合︑それの必要にして充分なる条件は︑宗教的死

一一一

(13)

復活ということであろう︒これを強いて分析的にいえば︑宗教的死

が遺産の継承ということの必要条件であり︑宗教的復活がそれの充

分条件ということになる︒従って﹃有と時﹄の場合︑必要条件とし

ての死が真の宗教的死ということになっていないが故に︑遺産の伝

達ということの必要条件すら真の意味では充たされていないという

ことになる︒

しかしながら吾々は﹃有と時﹄のみをせっかちにとりあげるだけ

では︑ハイデッガーにおける解釈学的問題の究明としては︑不充分

であるというそしりをまぬかれることができないであろう︒後期の

ハイデッガーにおいては︑既述のごとき解釈学的問題状況の否定面

と肯定面との連関の問題が︑否定面としての﹁死︲一と肯定面として

の﹁言葉﹂の解釈学的連関の問題として捉えられ︑それの究明が志

向されたのではないか︒その場合の﹁死一と﹁言葉﹂は︑最早単に

吾々人間の現有の有り方としての生死的な﹁死﹂と︑最早単に人間

が語り得るがための実存論的条件としての﹁言葉﹂として捉えられ

ているのではなく︑両者はそれぞれ存在そのものの否定面と肯定面

として︑いわば宗教的な死と宗教的な言葉の次元にまで換骨奪胎さ

れて把握されている︑といえるのてはないか︒次節以降で吾交は︑

後期のハイデッガーにおいて解釈学的問題状況の否定面︵死︶と肯

定面︵︽華︶の連関がどのようになっているかlこういった点を

特に問題としてとりあげ︑その究明を試みたい︒ ハイデッガーの﹁有の思惟﹂の根底には︑周知のごとく終始一貫

して死と言葉の問題︑後期のことばを使っていえば所謂﹁死と言葉

の間の本質関係﹂︵合︑三のい①旨ぬぐの吾竺言ぬい三四sg目&巨豆

⑨智8s①︶の問題がある︒吾之が自己の有にかかわる問題と現実的

な有る者にかかわる問題とを︑問題としてはっきりと区別すること

ができるのは︑吾々の有の根抵に死の問題︵目○号︑買○亘①日︶が横

たわっているからである︒吾有が現実的に生きるということは︑吾

盈が現実的な有る者との間の様之なかかわりから起ってくる諸問題

を解決することにおいて生きる︑ということである︒科学や技術は

このような現実的な有る者とのかかわりから起ってくる諸問題の解

決という地盤を離れては成立しないであろう︒しかしながら死とい

う問題に撞着する時︑吾々は吾盈の現有の有る者としての一切の内

容を捨象して︑自己の有そのことを問わざるを得ない︒死の問題は

現実的な有る者との一切のかかわりを捨象して︑有の問題を科学や

技術の問題とは一線を劃した哲学固有の問題として純粋に提起する

ための抽象化の原理を含んだ問題である︑ともいえるであろう︒

﹃有と時﹄の序説第七節においてハイデッガーは︑哲学というもの

が﹁現有の解釈学﹂︵国①門日①目①員涛号︑己四m①冒巴から出発する

﹁普遍的現象学的有論﹂倉嵐ぐ9重①吾琶○日①旨○ざ喝︑gの○日○︲

ざ魁①︶に他ならないと考え︑哲学の出発点である﹁現有の解釈学﹂

一一一一

(14)

は﹁実存の分析論﹂︵シ旨匙贄涛号島国桝冨①自国︶として﹁すべての哲

︑︑︑学の問いの導きの糸の端を︑そこから問いが発源しそこへ問いが帰

︑︑︑⑩入する処に確固として繋ぎ留めている﹂という︒ここでは﹃有と時﹄

の文脈を詳しく辿ることはできないが︑ハイデッガーが﹁そこから

︑︑︑︑︑︑︑

﹄慰翻

問いが発源しそこへ問いが帰入する処﹂といった哲学の問いの在処は︑一︲実存の分析論﹂として﹁現有の解釈学﹂を主導した死の問題

の中にあったともいうことができるであろう︒死の問題によって主

蝿導された﹁実存の分析論﹂が彼の一︲有の問い﹂が問端を開いた処で鰹ある︒哲学の学問的性格は︑人間の根本にある問いを終始一貫あくまでも問いとして立て︑あくまでも問うものとしての立場を離れな

いというところにあるともいえるであろう︒しかしながら︑そこに

じきげ鮒︼︲型画

も問いが本当に問いとして立てられる問処が直下に答である︑とい

う消息がなければならない︒しかるに﹃有と時﹄の場合︑﹁哲学の

問いがそこから発源しそこへ帰入する処﹂というのは︑哲学の問い

︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑があくまでも問いとしてそこから発源し︑あくまでも問としてそこ

へ帰入する処である︒勿論︿イデッガーの哲学の根本にある﹁有の

問い﹂は︑問いそのものの外に答を求めるようなそういう相対的な

問いではあり得ない︒そこに吾たは﹁有の問い﹂があくまでも﹁問

い﹂であることの積極的な意味を見逃がしてはならない︒しかしな

がら︑﹃有と時﹄以降の彼の後期の哲学ということを視野に入れて

考えるならば︑彼の哲学の変貌は一︲有の問い﹂が本当に﹁有の問い﹂

として立てられてゆくがための変貌であり︑﹁有の問い﹂の問処が

解釈学的問題としての﹁同時性﹂の問題︵東︶ 直下に答であるような︑問いの立て方を求めての変貌︑それ故﹁有の問い﹂の最早形而上学的ならざる立て方を求めての変貌であったといえるであろう︒従ってもし事態がそうであったとすれば︑﹃有と時﹄の段階では︑﹁哲学の問いがそこから発源しそこへ帰入する処﹂という死の問題から問端を立するlこの間処は︑問処が直下に答であるような仕方で立てられた問処ではあり得なかったと

も︑︑︑︑もいえる︒つまり︑哲学の問いがあくまでも問いとしてそこから発℃︑℃Eb源し︑あくまでも問いとしてそこに帰入するこの間処は︑死の不安

において有る者への一切のかかわりが滑り落ち後退することによっ

︑︑︑て︑有る者とは完全に絶縁された仕方で有が純粋にそこへ集めら︑︑︑︑れる処︑有が純粋に不可解なXとしてそこから現ずる処であった︑

といえるであろう︒従ってハイデッガーにおいては︑彼が﹁有の問

い﹂の問端を立した問処自身が︑最早外に答えを求めることを自ら

ふさぐ他ないような︑いわば﹁そこからそこへ︲一という構造を︑出

発点において既に担っていた︑ともいえる︒それは既に︑問い自身

最早形而上学的ならざる︑問いの立て方であった︒

それでは︑﹁有の問い﹂を問処が直下に答であるような仕方l

すなわち最早形而上学的ならざる仕方lでどう道得するか︑どう

道い得るか︒そこに後期ハイデッガーにおける﹁言葉の問題﹂があ

った︑といえるのではないか︒そのような点からいえば︑︿イデッ

ガーの﹁有の思惟﹂は︑死の問題に始まり言葉の問題に終る︑と或

いはいうことができるかも知れない︒簡単にいえば︑死によって有

一一一一一

(15)

が問いとして立てられ︑そのような独自な問いを真に問いとして︑

問処が直下に答であるようなI最早形而上学的ならざるl問い

として道得し得る一I言葉の本質﹂︵Sm三の唾①旨号門普3s①︶が︑

彼の哲学の畢寛帰処として最後に問題になった︑ともいえる︒しか

しながら勿論︑︿イデッガーの有の思惟が死の問題に始まり︑言葉

の問題で終るというような言い方は︑ほんの差し当たりの言い方に

過ぎぎないであろう︒前述のごとく︑一有の問い﹂が問いそのもの

の他に答えを求めるような相対的な問いではあり得なかったとすれ

ば︑﹁有の問い︲一の否定面をなす死の問題と肯定面をなす言葉の問

.︑︑︑︑題は︑絶対否定即肯定的な連関において︑終始同時的に彼が問題と

してきた蟹g︲ぐ国彦四宮︵連関的な事柄︶であるといわなければなら

ない︒﹃ある日本人との対話﹄︵シ畠①宮①日①の名墨呂ぐ○国号局

︑頁四sの︺園三のo言昌①旨①日言冨冒①門自国Q①旨の日卑長の冒号目︶のな

かでハイデッガーは次のごとくいう︒﹁言葉と有への省察が早くか

ら私の思惟の道を定めているというそのことの故に︑それの究明は

でき得る限り背景に引き留められたままになっている︒私があまり

に早くあまりに遠方に敢えて進んだということが︑恐らく﹃有と時﹄

⑪という書物の根本欠陥である﹂と︒以上のことばにもあるように︑

﹁言葉︲一の問題は︑︿イデッガーにおいては︑彼の哲学のいわば奥

の院にある問題として︑最初から−1有の問い﹂をめぐっての彼の思

惟の道を定めていた問題であったが︑﹁有の問い﹂を問処が直下に

答であるような︑最早形而上学的ならざる仕方で道得する﹁言葉の にんにく本質﹂の究明ということは︑最後まで忍辱留保され︑最後まで背景に引き留められざるを得なかったのであろう︒

言葉の問題は哲学の一般的な問題領域のなかでいえば︑いうまで

もなく一︲解釈学﹂︵函閂日の目の三時︶の問題である︒しかしながらこ

こで吾之は︑前述のごとく言葉の問題は︑ハイデッガーにおいては

死の問題と密切に連関した問題であった︑という点に深く留意する

必要がある︒﹃言葉への途上﹄︵ご昌日言①鳴園ロ周智3s①︶に収録

されている論文﹃言葉の本質﹄︵口蝕睦乏の唾2号周智3sの︶におい

て︑彼は﹁死と言葉の間の本質関係﹂a農乏恩①扇ぐ国豆岸旨騎

圃三o胃旨目a自己讐国g①︶ということについて触れ︑動物は死

を死として経験することができない︑しかもまた動物は言葉を語る

⑫ことができない︑という点を注視する︒死に得るということと言葉

を語るということとは︑ともに人間の本質的な存在の仕方であり︑

﹃有と時﹄の用語でいえば︑それは現有の在り方を本質的に規定し

ている所謂﹁実存鴫﹂︵固炭厨司国風皇①ご︶︑つまり実存論的範嶋である︒

というのは︑人間に固有な有の理解なくしては︑死を死として知る

という人間に固有な死の理解はあり得ない︒同様に︑人間に固有な

有の理解なくしては︑人間は人間に固有な︑︾雪︽︲蟹蝿目︵﹁ある﹂を言

うこと︶としての言葉を持ち得ない︒そのような意味で︑死と言葉

は吾々の現有の在り方をそれぞれ本質的に規定している実存鴫であ

るが故に︑両者の連関は﹃有と時﹄のことばを使っていえば現有の

本質としての実存の中にある︑ともいえるであろう︒これに対して

(16)

彼の後期の思想においては︑死と言葉の問題はいずれも有の性起

︵野①狩昌︑︶の問題として考えられる︒後期のハイデッガーにおい

ては︑死と言葉の連関ということは︑有の性起の現有へのかかわり

の否定面と肯定面との連関として考えられているのではないか︒

﹁死と言葉の間の本質関係﹂の問題ということに関する彼のこのよ

うな後期の思想については︑後で改めて考えてみることにしたいが︑

ともかく吾々は言葉の問題ということがハイデッガーにおいては︑

前述のごとく死の問題と切り離しては考えられていない︑という点

に注目する必要がある︒従って︑言葉の問題は解釈学の問題である

といっても︑それは単に死の問題を含まないディルタイ的な生の表

現の問題に尽きるものではない︒﹁八表現v八体験v八意識vとい

った名のもとに現代の思惟を規定している主導的諸観念は︑それら

の規準的役割ということに関していえば︑既に暖昧なことになって

⑬しまっている筈だ︒︲一とハイデッガーはいう︒

それでは彼の哲学の奥の院の問題ともいうべき言葉の問題を︑彼

はいったいどのような意味で﹁解釈学﹂の問題として考えたか︒

﹃有と時﹄の序説第七節で︑哲学というものが﹁現有の解釈学﹂か

ら出発する﹁現象学的有論﹂であると考えられているという点につ

いては先に触れた︒上述の﹃或る日本人との対話﹄にでてくる回想

に拠ればlこの﹁解釈学的現象学﹂︵芽言圓目呂言言雲平

冒○日①冒昌○蝋①︶において彼にとって問題であったことは︑現象学の

内側での一つの方向ということでもなく︑ましていわんや何か新し

解釈学的問題としての﹁同時性﹂の問題︵東︶ いものということでもなかった︒むしろ逆に︑現象学の本質をより根源的に思惟し︑このようにして現象学を西洋哲学への帰属性へと独自な仕方で逆に接合しようと試みた︒Iと彼はいうのである︒それでは何故そのような試みに﹁解釈学﹂︵国日日①月員涛︶とか﹁解釈学的﹂︵宮島日の目の三宮gということばが選ばれたのであるか︒このような点について同書が語っていることは︑大略次のごとき事柄である︒

﹁神学的由来﹂︵島の吾①○ざ唱mo言国国言ご津︶から﹁思惟の道﹂

︵号曙三岳号ロの罠①旨巴にはいり︑﹁聖書の言葉と神学的I思弁

的思惟との間の関係﹂換言すれば﹁言葉と有との間の関係﹂の問題

に追い廻わされていたくイデッガーにとって︑﹁解釈学﹂︵函①吋日①︲

旨①員涛︶という名称は決して疏遠なものではなかった︒﹁解釈学﹂

という名称を︑彼その後彼と同一の源泉つまり神学研究︑特にシュ

ラィェルマッヘルの研究から出発したディルタイの歴史的精神科学

理論のなかに見出したという︒同書でハイデッガーは︑聖書解釈と

一つに結びついて形成されてきた﹁解釈学﹂ということについて︑

シュライェルマッヘルの手稿から刊行された﹀因①昌冒①旨①昌涛自己

尿曼涛日騨意mopg局①国雰且吾屋ロ函四二gmz2①目①︑薗冒の具x

︵畠銘︶︑﹀産狩①日の旨の国口重白目笑の次の最初の二つの文章を引

用する︒﹁解釈学と原典批判︑二つ文献学的学科︑二つの技術学︑

この両者は一方に携ることが他方を前提しているが故に︑互に切り

離せない関係になっている︒﹂﹁前者は一般に他人の言︑特に書かれ

二五

(17)

たそれを正しく理解する技術であり︑後者は文書とその語句の正当

性をただしく判断し︑またそれを充分な証拠とデータから確認する

⑭技術である﹂と︒しかしながらこの函①局日のロ①員涛という名称は︑

ハイデッガーによれば︑あらゆる種類の解釈l例えば造形芸術の

作品の解釈lのための理論と方法論をも表示し得るようにそれが

適合する意味を拡張して︑﹁広い意味において﹂使用されることが

勿論可能であるが︑﹃有と時﹄においては特に﹁或るなお一層広い

意味において﹂︵旨①旨9回○s葛①言弓①自国a①目白長︶使用されて

いる︑といわれる︒しかし︑﹃有と時﹄の場合︑この.層広い︲|

︵葛①言己ということは︑同一意味のものを一層大きい妥当領域へ

と単に拡張することを意味しているのでは勿論あり得なかった︒こ

の場合︑二層広い﹂ということは︑原初的本質︵9m四目歓長胃再

三gg︶から源を発してでてくるような﹁広がり﹂︵三①言︶から

⑮いわれている︑とされる︒

ところで以上のごとくハイデッガーは︑彼が国9日①局員時とい

う名称を使用するに至ったいくつかの理由を述べ︑しかも言局日?

国①巨吾gが︑宅惠旨OBの昌○ざ蝋①への形容語として使用された場合︑

それは慣行のごとく解釈︵シ屋号喝目︶の方法論を意味しているので

なくして︑シ巨巴品①ごそれ自体を意味していたのだと強調した後︑

彼は自らの国①局日の旨の三房という言葉の使用が決して勝手なこと

ば使いではなかったこと︑しかも同時に︑それが田豆目○日の旨○さ唱の

に関する彼の試みをその意図において明蜥にするのにぴったり適合 していたこと︑これらのことを吾々に理解せしめるため︑最後に国閏日①目①昌涛という言葉の語原について大略次のごとき或る﹁論究︲一︵国a員①門自信︶を試みようとする︒−1解釈学的﹂e閂日①旨①厚︲吾呂︶という表現はギリシャ語の動詞管ミピの這這から由来していて︑これは名詞管道管の毒に関係があるが︑この普彗亡m労は思惟の遊びをすれば︽甸喜謝神の名と言葉を合わすことができ︑その方が学問の厳密さよりもより抱束する力がある︑と︒ヘルメースは神々の使者であり︑彼は運命の用向きをもってくる︒苦彗迄の冒亡とは知らせをもたらす陳述︵己騨1侭目︶lその陳述が使いの用向きを聴取することができるかぎりにおいてのみ︑その陳述は知らせをもたらすわけであるがIそういった意味での知らせをもたらす陳述である︒このような陳述︵ロ四塁品①eが︑プラトーンの対話篇﹃イオン﹄G霞①︶の言葉苦蓮君笥mSg剣暑①m号︵使者達は神女のものである︶に従っていえば︑彼等自身が神々の使者達に他ならないような︑そういった詩人達によって既に言いいだされていることについての解釈︵シ巨巴品の巳となる︒従ってそのような意味においての含唾国日日①月昌言宮︵解釈学的なもの︶とは︑いわゆる解釈ということではなくして︑それに先立って︑使いの用向きと知らせを

⑯もたらす︑ということを意味する︒八以上は︑国の員巨①目①員涛の語

原についてのハイデッガーの﹁論究︲一の大要であるが︑このように

名蓮君m這這ということの﹁本源的意味﹂aq巨吋名己長胃ぎ酸邑巳

を彼がここで特に強調したのは︑それが︑﹃有と時﹄への道を開 一一一ハ

(18)

いた現象学的思惟の特徴を示す助けとなったからだと︑彼はいうの

である︒

ところで上述のごとく︑苦毫喧恩のヘヒの本源的意味でもって現象学

的思惟を特徴づけるといわれる場合︑最大の眼目とされるところは

有る者の有を現出にもたらす︑ということである︒それも勿論︑最

早形而上学のやり方でするのではなく︑有それ自身が輝き出でるや

り方でといわれる︒﹁現成する者の現成﹂︵シ昌葛①四の旨号mシ旨︲

葛①︑①邑号ロ︶︑すなわち﹁両者の非一非異﹂︵︹痔園三①宮岸言箆①局

脚扇ぎ局9国旨毎sということが︑この場合の最大の眼目とされ

⑰る︒かくして人間は︑自らが﹁非一非異﹂︵国三の毎sの語りかけ

に言い応じ︑そのようにして﹁非一非異︲一︵凶三の葱どの使いの

用向きを告知する限りにおいて真に人間として存在する︑といわれ

る︒従ってこのようにして︑﹁非一非異︲一︵凶三の雷三への人間本

質の連関︵国の園長︶のなかで︑前もってはたらいているもの︑支え

となっているものが一︲言葉﹂︵普国目の︶である︑とされるのであ

る︒それ故︿イデッガーは︑﹁解釈学的連関︲|a胃篇局日①目①巨房o言

国①Nこ色ということを定めているものは︑上述のような意味での

﹁言葉︲一である︑と考える︒このようにして彼は上述のごとき彼

の根本の考えに基づいて︑一︲言葉﹂というものが︑現成と現成する

者との﹁非一非異︲一︵N三①蚕写への人間本質の一︲解釈学的連関﹂

⑮におけるの目且国長︵根本動向︶である︑と考えるのである︒

以上は大体︑﹃或る日本人との対話﹄にでてくる﹁解釈学的連関﹂

解釈学的問題としての﹁同時性﹂の問題︵東︶ a国富時日①旨①員言富国①園長︶ということに関する彼の根本の考えの要約的な記述であるが︑この場合﹁連関﹂︵団①園長︶といわれる事柄のなかには︑分析すれば︑およそ次のごとき意味が含まれている︑と思われる︒

⑳この場合汗園長ということは︑﹁非一非異﹂と人間本質の

国間口︑ということである︒

②﹁非一非異︲一と人間本質の澪園長の根本動向︵①局屋且園長︶

は﹁言葉﹂である︒

⑥しかしその国①国長は︑記号論理学で考えるようなの旨き国

という意味での関係ではあり得ない︒

仙人間が人間として存在する︵乏函目︶ことを要請しているも

のは︑﹁非一非異﹂である︒

⑤人間が﹁非一非異︲一の要請に言い応じ︑そのようにして﹁非

一非異﹂からの使いの用向きを告知する限りにおいて︑人間は人間

として存在する︒

⑥扉園長とは︑﹁非一非異︲一の一︲用︲一色日ロ&︶ということ

である︒例従って︑雰侭長という言葉が言おうとしていることは︑人

間が人間としてあるということにおいて︑一︲使用されている﹂

侭各国目︒胃︑の言︶ということ︑すなわち︑人間を要請する﹁非一

非異﹂の﹁用﹂に帰属しているということ︑に他ならない︒

⑧そのような﹁用﹂が宮門日目①巨吾gな﹁用一︑すなわち︑

(19)

知らせをもたらすことに関する︑そして使いの用向きを守護するこ

とに関する意局日①月三騎呂な﹁用﹂である︒

⑨人間が﹁連関のなかに﹂Q日野凶猛︶立っているということ

は︑人間が人間として﹁用のなかに︲一︒日国国巨g︶存在する︵弓恩の旨︶

ということと︑まったく同一の意味である︒

⑩しかし︑﹁非一非異︲一は現成からも︵ぐ○日シロミ$①冒言局︶︑

現成する者からも︵ぐOBシロミ①m①ご号冒画易︶︑また両者の関係か

らも︑説明され得ぬものである︒

川その故は︑一︲非一非異﹂それ自体が﹁覚明﹂︵屋︒三目国屯を

開き︑それの内部で始めて人間が︑それとして現成する者と現成そ

のこととを区別することができるからである︒

咽従って吾々は最早外から﹁非一非異への連関︲|aのN目頭凶巨局

国三①註澪︶などといってはならない︒というのは︑﹁非一非異﹂は

表象作用の対象ではなく︑用の大用a農乏旦蔚巨号国39意︶

であるからである︒

以上は大体︑ハイデッガーによって閃①園巨︑︵連関︶といわれて

いる事柄についてのおおまかな意味内容の分析に過ぎないが︑彼は

右に列記したような意味において︑一︲非一非異﹂︵N言①ずごという

ことと︑人間が人間として有るということとの﹁解釈学的連関﹂の

根本動向︵の爲匡且園信︶として︑﹁言葉﹂︵響3sの︶ということを

考えていると思われる︒

しかしながら︑ここで問題とされているような意味での﹁言葉の 問題﹂は︑﹃有と時﹄以来終始一貫継承されてきた﹁死の問題︲一といったいどのようなかかわりにおいてあるのか︒人間が人間として有る︵三①m①旨︶ということは︑人間が﹁死を免れぬ者一︵&の聾①弓︲亘片言︶として有るということである︒しかも︑この﹁死を免れぬ者﹂をその本性︵君の︑①ロ︶が性起すること︵国①凋冒①巳へと総持︵ぐ①易四日目①宮︶している法︵の①の①目︶としての﹁性起﹂︵国局の樹旨邑ということのなかで︑後期のハイデッガーにおいては︑﹁言葉の本

⑲質﹂︵9m三①︑①旨号局普so言︶が見出された︒それでは︑いった

い﹁死と言葉の間の本質関係﹂︵9︐三のmgぬぐ①昌堅冒尉目&匡且

ので国︒底巴とは︑どういうことかc

四節において私は︑﹃或る日本人との対話﹄にでてくる﹁解釈学﹂

の問題に関するハイデッガーの根本の考え︑換言すれば︑﹁非一非

異﹂︵国三①毎sと人間本質の﹁解釈学的連関﹂の問題に関する彼

の根本の考え︑を説明してきた︒その場合私は国三①奇岸という彼

のこの特異な言葉の訳語に困却して︑強いてそれに﹁非一非異﹂とい

う語を当てた︒勿論︑そのような言葉が訳語として適切であるとは

必ずしも思っていないが︑私がここでこの言葉をあえて使用した根

本の理由はlハイデッガーがN言①註岸とか乏四胃言営号ぬい凪易

︵有の真性︶というようなことを問題とする乏困①凰国巨目︵本質空

間︶は︑仏教の言葉でいえば︑真妄の﹁和合︑不和合﹂とか﹁非一

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