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大網麻奈美

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Academic year: 2021

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「保育」と聞くと,一般的に,学校に通うよう になる前の子どもが,大人によって守られ,自由 に遊んでいるというような様子が思い浮かぶだろ う。もちろん,そういった側面があることは間違 いない。しかし保育の現場というのは,子どもの 生活の場であると同時に保育者の生活の場でもあ る。また自由に遊ばせるといっても,そこには「こ んなふうに育ってほしい」というような子どもに 対する教育的な期待も含まれているはずだ。保育 とは,一体何が行われている場なのだろうか。そ の問いに,保育者と子どもの関係のあり方をじっ くりと議論することで答えてくれるのが本書であ る。

「保育心理学」とは聞きなれない領域であるが,

著者も言及しているように,それは決して心理学 を保育実践に応用する,といったものではない。

動機も関心も保育実践に根ざしている。問題が起 こっているのも現場であり,問題の解決を必要と しているのもまた現場だからである。読者はリア リティを感じながら本書を読み進めることができ るだろう。

 本書は大きく 2 部に分かれている。第 1 部では,

どのようなものが保育心理学の射程に入るのかが 述べられる。後半に「メタアクト」と称して二つ の事例があげられているが,それは第 1 部での主 張にリアリティをもたらしてくれると同時に,事 例の例示が,理論の下ではその事例を超えて一般 性をもった学ぶ機会となることを示してくれる。

第 2 部では 5 名の研究者がそれぞれの研究テ ーマについて語っている。

【第 1 章 人間関係の礎を築く保育:乳児期の 保育課題】では,乳児期の保育についての議論が,

従来アタッチメント(愛着)に偏ってきたことを

指摘した上で,保育者と子どもの関係の形成にお いて重要となる新たな着目点を提起する。

【第 2 章 遊びの心理学:幼児期の保育課題】

では「文化的共同遊び」の研究事例が紹介され,

遊びの実践の中で保育者と子どもがどのようにか かわっているのかが丁寧に描かれる。遊びは子ど もが自由に想像を膨らませているものと思われが ちだが,実際はそんなに単純なものではないこと がわかる。

【第 3 章 幼児期の子どもの育ちの支援者にな る:保育者の育ちと課題】は,保育者側の成長に 焦点を当て,その過程を丁寧に記述している。保 育の場においては,子どもだけでなく保育者も周 りの人に支えられて成長する。しかし,保育者の 抱える問題は個人の力量の問題として片付けられ てしまうことが少なくない。本章を通して,保育 者集団の構造を整えることの意義を教えられる。

【第 4 章 学童保育における協同性の発展と指 導員の力量形成:学童保育指導員の育ちと課題】

は,学童保育実践の質的な発展と指導員の力量形 成の関連を読み解いていく。学童保育は運営の主 体や利用施設も多種多様であり,一般的な議論を することが困難である。その中で本章が,その実 践の本質を仮説的に整理し論じていることは非常 に有意義である。

【補章 遊びと学習,就学前保育におけるその 新しい関係──スウェーデンの幼児教育の新しい 潮流】ではスウェーデンの新しい幼児教育カリキ ュラムの捉え方が紹介される。スウェーデンでは 1996 年に保育が教育システムに統合され,2 年後 にナショナルカリキュラムが導入された。それに 伴う保育現場の変化が描かれる。日本においても

「就学前は遊ぶべきで,学童期には学習すべき」

といった考え方が一般的であるが,実際には遊び にも学習の次元があり,その逆もまた然りである。

就学前の学びについて考えることで,生涯に通じ る新たな学習観が立ち現れることを実感できる。

 現在,育児休暇の不備や保育所の不足など,日 本の保育環境が乏しいことは明らかである。本書 がよい資源となり,保育の危機を打破するための 議論が活発になされることを期待する。

大網麻奈美

石黒広昭 編著 幼児教育 知の探求6

『保育心理学の基底』

萌文書林 2008 年 A5 判 285 頁 ¥2500(税抜)

図書紹介

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